第4話 穴があったら挿れるは道理
カツン、カツンと固い物をアスファルトに打ち付ける音に混じって「はぁ……っ……」と艶っぽい声が混じる。
ゆっくりと、けれど一定のリズムで刻まれる音は、時折不意に止まっては荒い息の音に取って代わり、暫くしてまた人気の無い夜の駐車場に響くのだ。
「んっ……んふぅ……」
『ほれ、慧。また目がとろんとろんじゃよ』
「んぐぅ……」
自宅から車で1時間半、下宿先からだと30分、少し山間に入った道の駅の駐車場。
昼間でも休日のイベントが無ければ閑散としているこの場所に、こんな真夜中に訪れる人などいやしないだろう。
がらんと広い駐車場には、一体いつから停まっているか分からない車が数台、数少ない街灯に照らされているだけだ。
そんな物寂しい駐車場に、慧は特訓のため夜毎訪れていた。
「はぁっ……はぁっ……もう、ちょっと……」
『うむ、もう少し姿勢良く歩けるようになった方がよいのう。あと口から涎が』
「くっそ、ほんっときっちぃ……」
そう、これは特訓なのだ。
これ以上大学で、無様な姿を晒してしまわないための。
…………
いつだったか紅葉に指摘されたことがきっかけで気付いた、触手服を着ているときのとろっとろに蕩けた自分の表情。
確かにあの頃の自分は、目新しい気持ちよさに振り回され、いかに人目を避けてこっそりお漏らしするかに血道を上げていたお陰で、普段の自分がどう見られているかなんて全く気にも止めていなかった。
指摘されて以来それとなく周囲の様子をうかがえば、確かに自分とすれ違った学生たちの視線が、結構どころでなく痛い。
その多くは驚愕を、そして好奇心と嫌悪を浮かべている。そこまではまぁ想定範囲内だ。
だが……その中に少々の欲情を見つけてしまったときには、流石の慧も「これはまずい」と真っ青になり不安を覚えたのだった。
「このままじゃマジでヤバいって、主に俺の尻の安全が!!」
『何故いきなり尻になるのじゃ』
「だって!!明らかにそういう目で見ていたのは男だっただろ!?俺、男子校出身だからああいう視線には敏感なんだよ。思い出すだけでも恐ろしい、峰島先輩がいなければ俺の処女はとっくに奪われていたんだ……」
『お主、割と苦労してきておるのう』
(……なるほど、今回はこれが『言い訳』になりそうじゃの…………)
頭を抱えて真剣に悩む慧を、アイナはただ静かに見つめる。
どうやら慧は、この触手服の機能を忘れてしまっているらしい。
この服は炎や水、雷、そして刃さえ通さない特殊な魔法生物なのだ。しかもちょっと裾を捲ることすら許されないほど密着し、ギチギチに身体を締め付けた状態を保ち続ける。
外敵から身を守ることに関して、これほど便利な鎧は無い。まして装着者の意思無しに脱がせて蛮行に及ぶなど、できるはずが無いのである。
だが、敢えてアイナは指摘しない。
これはきっと、アイナにとっては望む方向に進むような気がするから。
それに面白いではないか。この事実に気付いたとき、すっかり変わってしまった身体を抱えた慧がどんな反応をしてくれるのか。
案の定、慧は「いかにしてこの服を着て真っ当な大学生活を送るか」を思案し始めた。
「何とかして、触手服を着ていても普通の顔で過ごせるようにならないと……」
『……ふむ。して、どうする?触手服を着る日を増やして慣らすか?』
「それ、慣らしている間が大惨事になっちゃうじゃんか!!……あ、でも待てよ……アイナそれ、もしかしたら意外と良い案かも」
『ほう、何か策があるのじゃな?』
ということで、慧は夏休み前のレポート提出が終わるや否や合宿で運転免許を取得する。
その間に調べ尽くした人気の無いスポット……それがこの道の駅なのだが、ここで夏休みの間夜な夜な外を歩く練習をすることで、夏休み明けからは無様な顔を晒さないようにしようという作戦を実行に移しているのだ。
もちろん、特訓中の身体の支配権は慧だ。そう出なければ意味が無いし、そもそもアイナでは運転ができないからここまで来れない。
ちなみに合宿中は「命の危険もあるから!」とアイナに頼み込み、普通の服で過ごさせて貰った。
毎日もごもごの服に包まれては『死ぬ……もう嫌じゃ頭がおかしくなるうぅぅ』と嘆いていたアイナだったが、免許さえ取れれば夏休み後半はずっと触手服が着れるというご褒美に、それはそれは健気にも耐えていたのだった。
…………
「な、なぁ……んひっ、アイナっこれ、前より触手の動きが大胆になってる気がするんだけど……!」
『そりゃお主の身体が慣れてきたからじゃのう。この子達は賢いからの、装着者の開発度合いに合わせて良いところを探してくれるのじゃ』
「そん、なぁぁっ……ひうぅ……」
そうして始まった、特訓の日々。
日中も触手服は着たままだから、基本自宅でゲームに興じ、時折運転の練習を兼ねて車で近所に出かける位。
そして夜はこの道の駅に来ては、あまりの快楽に腰が抜けてしまうまでひたすら駐車場の端っこを往復している。
……が、どうも様子がおかしい。
夏休みも明日まで。この1ヶ月ほぼ毎日ここに通い詰めてきたというのに、どうも成果が芳しくない気がする。
それどころか連続して触手服を着ているせいだろうか、日を追うごとに全身の感度が上がってきているようなのだ。
お陰で今日なんて、一歩足を踏み出すだけで膝が笑い「はうっ」と情けない声が上がってしまう。
特に最近は……ほら、まただ。
胸の小さな飾りを器用につままれ、細いブラシが密集したような触手で先端を執拗に擦られれば、腰に響く鈍い快楽に思わず目が潤み、悩ましい吐息が漏れる。
(俺、男なのに……乳首で気持ちよくなってる……)
全体の締め付けだって、最初に比べれば明らかにキツくなっている。
こんなにも息が苦しくて、頭がぼんやりして……思考が回らなくて、でもそれが気持ちいい。
特訓を繰り返せば繰り返すほど、身体はますます敏感に、心は貪欲になる。
その事に慧は薄々気がついていながらも、毎夜ここに来ることを止められない。
がさっ
「!!…………っ……」
植え込みから音がして、びくりと全身が跳ねる。
こんな時間に人はいない。だからこの音はきっと、野良猫か何かなのだ。
……分かっていても、快楽に蕩けた頭は猛スピードで淫らな妄想を作り上げる。
あれほど避けたいと思っていた欲を露わにした視線すら……妄想の中では美味しい素材に変わってしまう。
ああ、こんな格好で夜な夜な歩きながら感じている姿を誰かに見られたら。
(……きっと、もっと、きもちいい)
屋外にいる以上絶対に安全なんて事はあり得なくて、そのスリルが更に興奮を、情欲を煽り立てる。
もっと、もっとドキドキが欲しくて……わざと電灯の方に近づいていく。
そこにあるのは、ほんの少しの不安と、それを大きく上回る期待だ。
より鮮烈な快楽を、頭が蕩けるような刺激を、もっと、もっと――
常時ふわふわした頭のせいだろうか、それともいつだったかアイナや紅葉に言われたからだろうか。
最近の慧からは、この明らかに普通で無い状態への罪悪感が薄らいできていた。
(そう、悪くないんだ……別に、誰にも迷惑をかけてないから……こんな、変態みたいなことしてたって…………)
気持ちよくなるのだって、仕方が無い。こんな全身の良いところをエンドレスで刺激し続けるものを着ていればそりゃ気持ちよくだってなる。だから自分は何も悪くないのだ。
そう、これも全て、アイナとの奇妙な生活を平穏無事に過ごすため。
彼女がこちらの服に慣れない以上、こちらが譲歩しなければどうしようも無かった、その結果がこの状態だ。
そもそもこの関係だって期間限定、1年だけの予定だ。それが終われば無事解放されるのだから。
だから、今だけなら、ちょっとくらい気持ちよくなっても、悪くない。
慧はそう自らに何度も言い聞かせ、電灯の柱に寄りかかって息を整える。
「ふぅっ……んふぅ…………はぁ……っ……」
『慧よ、腰が揺れておるぞ』
「っ、ああああもうっ!集中、集中っ!!」
(……思わぬ形で自分から開発されておるのう……セルフ調教とはよく言ったものよ)
ぶんぶんと首を振って快楽を逃がす慧の様子を、アイナは時々茶々を入れつつ内側からじっくりと観察していた。
もちろんアイナだって、慧が感じている快感は全て共有している。だからそれなりには気持ちが良い。
けれど、皮膚を這い回る、そして乳首を執拗に責められる快楽は、女性であるアイナにとってはさほど目新しいものでは無いから、溺れることも無い。
何せこちとら120年も女性として生きてきたのだ。単なるメスの快楽はありとあらゆる方面でしゃぶり尽くしている。
とは言え、未知の快楽に溺れていく慧の感覚は、どこか懐かしく、そして新鮮だ。
(男がメスの快楽を覚えていくと、こんな風になるのじゃな……慧は相変わらず認めておらぬが……)
ドツボにはまるとはこういうことを言うのだろうか。
生来の流されやすい性格が多大な影響を与えているのは事実だが、それを良いことに慧は無自覚な願望を叶える方向へと、自ら足を運んでいる。
第一、危険だと感じたなら触手服を着て大学に行かなければ良いだけだったのに。
もしくは大学に行くときは男物の触手服にしてくれと頼めば終わりだったのに。
それこそアイナと交渉をする選択だってあったはずだ、この服を着るのは休日だけにしてくれと。
そうすれば彼の平和な大学生活を瞬く間に取り戻せたというのに、穏便な選択肢は慧の中には最初から今まで「一度も」存在していない。
(慧はいつもそうじゃな。妾を言い訳に使ってすっかり楽しんでおる)
別にダシにされるのは構わぬがのう、と独りごちつつ、アイナは困り顔でため息をつく。
快楽を素直に享受し楽しみ追求するのは種族として当然であるアイナにとって、慧の行動は不思議極まりないものだ。
何たって慧は、アイナが手を下すまでも無く自らメスに堕ちると言わんばかりの行動を繰り返すくせに、頭は頑として性的なもの……特に性癖の偏った事柄に厳格なフィルターをかけ、必死で言い訳を探してようやくほんの少しだけの快楽を受け入れるのだから。
心の奥底に追いやられてしまった願望は未だ慧には知覚されず、しかし時折無意識に顔を覗かせ、アイナとの生活をとっかかりにして現実を願望へと近づけていく。
その行動原理は、本人のあずかり知らぬ間に堕ちた現実を言い訳にでもしないと望みを叶えることはできない、そう思い込んでいるが故だろうか。
そこまで回りくどいことをしなければならないとは、そうでもしないと自分ですら自分の本心を認められないとは……この世界は何と窮屈なのだろう。
(とは言え、妾がその願望を引きずり出してやらねばあと何年かかるやら……)
アイナは心の中で、なんとも難儀な子じゃと再び嘆息する。
けれどその声色に混じるのは、未熟な子供を見つめる年長者の優しい眼差しだ。
そろそろ自分が直接手を下す頃合いかも知れない。
慧の中に作られた常識の壁に風穴を開けたなら、既に沼に足を突っ込んでいる身体はほんの少し背中を押してやるだけで一気に底まで堕ちきるだろう。
それほどまでに、性的な快楽とは魅力的で抗いがたいものだから。
そうしてもはや戻れぬところまで身体が変わってしまえば、心はどうしたって堕ちざるを得なくなる。
そこで事実を知ったとき、彼の中に生じるのは、悲嘆か、慟哭か……それとも歓喜か。
(何にせよ、お主を素直にしてやらんとのう。良い素質を持っておるのに勿体ない、才能は磨くためにあるのじゃから)
とは言え、今のままではアイナが明確に堕とそうとすれば恐らく慧は拒絶を表すだろう。
それは、慧に言い訳を与えないから。
だから何かもう一つ、慧の心を揺るがすきっかけがあれば――
そう思案していたアイナの耳がかすかな音を捉えたのは、もはや運命だったのかも知れない。
それはふぅふぅと快楽に浸る慧の頭では知覚できず、否、本来人間の聴力では聞き取れない音。
けれどもアイナにとっては聞き慣れた、こんな小さな耳でも捉えられるほど魅力的な声。
(……なるほど、これも天の采配か。ならば利用させてもらうかの)
『慧よ、今度は反対側の電灯まで歩いてみぬか?ちと遠いが、このくらいは大学でも歩くじゃろ?』
「んっ……そ、そうだな……よし、やってみるか。アイナ、誰もいないかちゃんと見張っててくれよ」
『任せるのじゃ。……お主も一歩目からそんな悩ましい顔をするでない』
「うぅぅ……こいつに言ってくれよ、乳首ばっかり弄るなって…………」
アイナの意図も知らず、慧は勧めに従いよろよろといつもは行かない反対側の端っこに向かって歩き出すのだった。
…………
時折身体を震わせよろけつつも、慧は自らを鼓舞しながら表情をキリリと引き締めて(いるつもりで)カツン、カツンと歩いて行く。
ようやっと残り3分の1ほどの距離になったとき、ふとゴールと定めた電灯の方を向けば、その根本に何かがあるのを慧の視界が捉えた。
(え……あれ…………犬、じゃない?)
遠目には野良犬に見えたそれは、しかし足を運ぶにつれて慧の心臓を高鳴らせていく。
そうして決定的な形を捉えた途端、慧の全身がカッと熱くなった。
――あれは、ヒトだ…………!
遠くてはっきりとは分からない。けれども間違いない。あれは人間がしゃがんでいる姿だ。
途端に慧の心臓が早鐘を打ち、首筋をつぅ、と冷や汗が伝っていく。
(……まさか、こんな時間に誰かがいるだなんて。流石に見つかったらヤバい)
今の慧は、触手服しか……傍目には扇情的なボディスーツと長手袋、サイハイブーツしか身につけていない。
最初の頃は一応シャツを羽織っていたのだが、誰にも見られない経験がちょっとだけ気分を大きくさせてしまったお陰で、ここ数日は駐車場に着くや否やシャツを脱いで夜の散歩に勤しんでいたのだ。
だから、見られるのはまずい。
いくら知らない人でもこの格好は、お巡りさんを呼ばれてもおかしくないやつだ。
(まずい、まずいって……これ以上は……)
そう、分かっている。引き返せば良いのだ。
今ならあの人影はこちらに気付いていない筈だ。向こうの隅に戻って、何事も無かったかのように特訓を再開すればいいだけ。
分かっているのに……足が止まらない。
だって気になるのだ。こんな夜更けに寂れた駐車場にしゃがみ込んで何をしているのか。
(ほら、もしかしたら具合が悪くてしゃがんでいるのかも知れないし、さ!)
慧は必死で自分に言い訳をしながら街灯の方へと近づいていく。
だが、ようやくその形を正確に捉えた目は驚愕に見開かれ「まじか」と思わず小さな声が漏れた。
……それはあまりにも倒錯的で、けれどある意味慧の邪な予想通りの光景で。
(うわ……ガチで拘束してるよな、あれ)
目に映ったのは、股を大きく拡げて……股間を外気に晒してしゃがむヒトだった。
その表情までは分からない。何せ顔には細い革のベルトのようなものを着けているから。
口元から後頭部に伸びるベルトがあるから、口枷も咥えているのだろうか。
電灯から伸びる鎖は、きっちりと嵌められた革の首輪に繋がっている。
そしてその下は、深紅のボディーハーネスでギチギチに戒められていた。
後ろに回された手にも枷が見える。きっと後ろ手に拘束されている筈だ。
何より遠目からでも分かる。色から察するに、あれはどう見ても服を着ていない。素っ裸というやつだ。
(……あ、胸、凄い形…………)
ハーネスにより絞り出された歪な胸の先端には、何かが光っている。
そして今更ながら気付くのだ。その胸は、どう見ても女性のそれだと。
ドクン
(え……こんなところで、女の子が一人で縛られて…………いや、違う)
周囲に人影は無い。
誰かとプレイをしているなら、いくら何でも不用心すぎる。
つまり彼女は縛られているのでは無い、あれは恐らく自分で縛っている。
これまで得てきた無駄な知識が囁いている。彼女は今まさに『お楽しみ中』なのだと
(だめだ、逃げなきゃ。これ以上近づいたらバレちゃう)
頭では分かっている。
けれどもふらつく足は、真っ直ぐにあられも無い姿の女性を目指して歩いて行ってしまう。
……だって、こんなところで縛られて楽しんでいるだなんて。
それもわざわざ街灯に照らされているだなんて。
まるでそう、心のどこかでバレたいと思っているようじゃないか。
『……まぁそうじゃろうな。お主ならその気持ちは分かるじゃろう?』
(え…………アイナ……?)
『無自覚か。まぁよい、ほれ挨拶でもして来ぬか』
「えっちょっ、待っていきなり人の身体を動かすなよっ……!!」
突然身体の支配権を乗っ取られたかと思えば、慧の身体はスタスタと街頭に向かって歩いて行く。
カツカツというヒールの音に、どうやら件の女性も気付いたようだ。こちらに首を向け、目を真ん丸に見開いて「んーっ!!んふうぅぅぅっ!!」と何やら呻いている。
「アイナ、まずいって!ほら、彼女も嫌がっている、早く離れて」
『何を言っておる。知り合いに会ったならちゃんと挨拶くらいするべきじゃ』
「そんな挨拶とか、って、知り合い……?」
カツン、とヒールの音が駐車場に響く。
気がつけば慧は女性の真ん前に立っていた。
驚愕の眼差しで、目に涙を溜めて慧を見上げる女性。
顔の真ん中を通るベルトは鼻フックに繋がっていて、端正な顔を醜く歪めている。
その口に嵌まっているのは、やはり口枷だ。恐らくは口の中に何かが入っているのだろう、ときどき嘔吐きながら彼女は必死で「んっ!んぅぅ!!」と首を振りながらこちらを見ている。
まるで、お願いだから見ないでと訴えるかのように。
けれどその表情は……そう、アイナの言ってた通りだ、分かってしまう。
(ああ、やっぱり見られたかったんだ)
とろりと蕩けた顔はこの状況に……誰かに発見されることに興奮して気持ち良くなっている証左だ。
何より顔を見てしまった以上、慧にこのまま去る事なんて選択肢は選びようが無い。
だって、そうすることで困るのは『お互い様』だから。
言葉も無く立ち尽くしていた慧は、ややあって震える唇を開く。
そして目の前で恐怖と絶望と……その奥に情欲を灯らせた瞳で慧を見つめる女性に向かって話しかけた。
「……今晩は、米重さん。奇遇、だね」
…………
「んううぅぅぅ!!んんんっ、んむうぅぅ!!」
お願い、見ないで。
きっとそんな風に叫んでいるのだろう、紅葉の瞳から大粒の涙がいくつも零れる。
普段はほとんど表情の無い、クールで格好いい彼女から漏れる悲鳴は実に切羽詰まっていて、紅葉がこの状況に絶望を抱いていると誰だって思うはずだ。
……その奥に灯る、昏い歓喜に気づかなければ、だが。
「えっと、落ち着いて米重さん。……取り敢えずこれ、取ろっか」
「ん――!!」
何にしてもこのままでは埒があかない。
まずは拘束を解いて話を、と慧が提案するも、紅葉はひたすら首を振っている。
そして顎で地面を必死で示している。
「えと、米重さん?」
『慧、娘の足元を見てみよ、何か箱がある』
(え……あ、ホントだ)
アイナに促され、床に置かれた透明なボックスを手に取る。
その中にはいくつかの鍵が入っていて、蓋の液晶ディスプレイには「1:03:47」と数字が示されていた。
箱はロックされていて数字はカウントダウンされているようだから、恐らくこの数字がゼロになるまで箱を開けることはできない、つまり拘束を解くこともできないと言うことか。
「あーうん、理解した……どうしようか…………」
「んうう、んえっ……おぇっ……」
「あ、えっと、口枷は取ってもいい?」
「(こくこく)」
ごめんね、触るよ?と一声かけて、慧は後ろに回る。
どうやら口枷と鼻フックは一つのベルトで繋がっているらしい。これでもかと言わんばかりにギリギリに締め込んであって、良くここまで自分で絞れたな……と慧はちょっと感心しつつ顔面の拘束を注意深く取り外した。
「口、抜くよ……」
「おぇぇ……えほっえほっ…………」
「あ、よだれ」
「えほっ……それは言わないで……はぁっ……」
「ご、ごめんっ」
ずるり、と取りだした口枷は思いのほか長かった。良くこんなものを着けていて呼吸ができたものだ。
真っ黒なディルドにはねっとりとした透明な液体がたっぷり絡んでいて、その生々しさに慧は思わず唾をゴクリと飲み込んでしまう。
「はぁっ……はぁっ…………」
「え、と……その、大丈夫……?」
「…………大丈夫に見える?」
「見えないですごめんなさい」
外した口枷をどうしたものかと逡巡していれば「……あっちに水道あるから、適当に洗って……後ろにバッグがあるから、タオルにでもくるんでおいて」と紅葉は顎で場所を指す。
言われたとおり、たっぷりの水でしっかり洗って街灯のところに戻れば、紅葉は相変わらず股を開いて……大切なところを開けっぴろげにしたまま、どこかうっとりと佇んでいた。
これは童貞には少々どころで無く刺激がキツい。目のやり場に非常に困る。
そんな慧の動揺を知ってか知らずか、ようやく落ち着いてきたのだろう……といっても目を潤ませたまま、紅葉はぽつりと呟いた。
「……こういう、ことなんだよ」
「こういう……?」
「前にさ、姫里が聞いただろ?なんでお漏らししてるのが分かったかって。……好きなんだよ、こういうの」
「あ……」
その言葉に、これまでの紅葉の行動が繋がる。
絶対に分かるはずが無いお漏らしの瞬間を見抜いたのは、紅葉が『経験者』だったからだ。
あの開放感と、恥ずかしさと、快感の混じった瞬間を……紅葉は知っているのだ。
「……米重さんは、いつからその、こういうのを……?」
「高校生の時から。でも、家でしかしたこと無かったんだけどさ」
そう言うと、紅葉はぽつぽつとこれまでのことを話し始めた。
…………
何がきっかけだったのかは覚えていない。
ただ気がついたら、こうやって自らを戒めて遊ぶことに嵌まっていた。
身体を自由に動かせないことが、誰かに見つかるかも知れないスリルが、なすすべもなく玩具に弄ばれる状況が……全部、楽しくて、気持ちよかったのだ。
玩具を装着して、自縛して、ロックボックスに鍵を入れて束の間の拘束を楽しむ、誰にも秘密の趣味。
通販でこっそりオムツを買って、限界まで我慢して決壊する開放感に酔いしれたり、窓を開けたまま外に向かって股を開き、乳首にクリップを挟んで口枷をつけて一人遊びをしたり。
彼氏はいないし、そもそも男にも興味は無い。
こういう変態な遊びのパートナーがいればもっと楽しいかも知れないとは思うけれど、出会い系に走る気は全くない。
だから今のままで十分満足していたのに。
「……あの日さ、姫里が堂々とお漏らしして気持ちよさそうにしてただろ?」
「ぐ……」
「あれ見てさ、外でやるのも良いかもしれないって思って」
「………………えええ!?ちょっと待ってまさか」
「姫里が休んでいる間に、試してみた、学校で」
「うっそだろ」
そうしたら、思った異常に興奮して。
ランチの間に友達の前で漏らしながら軽くアクメを決めた、その衝撃的なプレイは暫く夢にまで見るほどだった。
それ以来、紅葉はこうやって人目を忍んでは、屋外でその性癖を満足させることに腐心している。
(……それ、米重さんは俺のせいで性癖を更に歪めちゃったんじゃ)
『まぁそうとも言うのう』
(そうとも言うのう、ってむしろアイナのせいだろう、元はと言えば!!)
何だか申し訳ないことをしちゃった気がして「その、ごめん」と謝れば「何故謝るんだ?」と紅葉は不思議そうに小首をかしげる。
それはいいが、その股を開いているのはどうにかして貰えないだろうかと遠回しに伝えれば「ああ、足が痺れて動けないんだ」とあっさり返された。
「それに、安全な相手に見られるのは……存外、悪くないな」と小さな声で付け足しながら。
「むしろ姫里には感謝しているけど」
「へっ、感謝?俺、何かしたっけ……いや、お漏らしはしたけど」
「あの気持ちよさそうな顔を見なければ、とても屋外プレイになんて踏み切れなかった。新しい世界を知れた気分だよ」
「いやいや、その世界は知らない方が良かったんじゃ!?」
「……ふうん、姫里は意外と常識人なんだな、変態なのに」
「うっ」
俺は変態じゃ無い、そう声を大にして言いたいが、公衆の面前でお漏らしプレイをかました挙げ句、ラバースーツ(に見えるはずだ)で気持ちよくなりながら夜中にこんなところを闊歩している状況では、釈明も何もあったものでは無い。
どう答えたものかと頭がぐるぐるしている慧に「楽しいだろ、こういうの」と紅葉は上気した顔でニヤリと口の端を上げる。
「ちょっと人とは違う趣味だけどさ。誰も傷つけていないなら、別に悪いことじゃない。変態だって立派な趣味だ、姫里は分かるだろう?」
「え、うん、まぁ」
「なぁ姫里。私はあんたの秘密を喋らない。あの日みんなの前で盛大にお漏らしして気持ちよくなっていたことも、こうやって夜な夜な悩ましい声を上げながら女物のボンデージを着て散歩していることも」
「げ」
今、夜な夜なって言ったぞ、彼女。
つまり既に慧の特訓と称した奇行は紅葉に筒抜けだったのかと愕然としていれば「いや、姫里だと気付いたのは今だけどさ」と慌てて付け加えられる。
そうして顔をしかめつつ、ようやく後ろに転ぶようにお尻をアスファルトに着けて「流石に2時間は足が限界だな……」と独りごちた。
というか、この状態で2時間やるつもりだったのか。慧だって1時間で切り上げているというのに、なかなかのチャレンジャーだ。
「それでさ、姫里も喋らないよな?今日のこと」
そう尋ねる紅葉に「そりゃまぁ、おあいこだし」となんとも間抜けな返事を返せば「おあいこ、か」と紅葉は初めて笑い声を上げた。
……不思議だ。
こんなに淫らで変態にしか見えない格好をしているのに、彼女の笑顔は何で清々しいんだろう。
「いいなそれ、おあいこだ。それならこれからも楽しめる」
「あ、止める気は無いんだ」
「何で止めるんだ?こんな楽しいこと」
「…………そっか」
(米重さん、めちゃくちゃポジティブだよな)
紅葉は実にシンプルだ。
気持ちが良いから、楽しいから、する。
もちろん人に迷惑をかけないように細心の注意は払うけれど、その楽しみのために余計な言い訳をしない。
その潔さに、自分なんかよりよっぽど男らしいなとすら感じてしまう。
「ロック解除までまだ30分はあるしな、どうする?もう1周散歩して楽しんでくるか?」と爽やかに尋ねられるも、慧は首を横に振る。
流石にこの状況で更に特訓をするだけの度胸は慧には無い。
だからそのまま紅葉の隣に座り込み……流石にその肢体を目にするのは憚られたので街灯を挟んで背中合わせになって、ぽつぽつとこの歪んだ趣味の話に盛り上がるのだった。
(……アイナもだけど、楽しんでるよなぁ……)
そもそも自分は、そういう方面には何の興味も無かったはずだ。
なのにアイナがこの身体にやってきてからたった数ヶ月で、明らかにその性癖を歪められている気がする。
少なくとも、年頃の女性が裸で拘束露出プレイをしていても卒倒しないくらいには。
(俺も、楽しんでもいいのかな)
ほんのり感じていた、触手服への、そして夜の散歩への期待感。
罪悪感は薄れてきたとは言え、やはり楽しむとなると抵抗が大きくて、認めてしまったら何かが変わってしまう気がしていて。
けれど、紅葉を見ていたらそんなことでいちいち言い訳を探している自分がちょっとだけ馬鹿らしくなってしまう。
(だよな、気持ちいいは気持ちいい。それでいいんだ)
変態じみた行為だとは思う。けれどせめて、気持ちいいに言い訳をつけるのは止めよう。
そう心の中で呟いた瞬間、慧の中の壁が一つ壊れたことに本人は気付いていなかった。
…………
「なるほど、特訓か。まぁ水曜日の姫里の顔は、めちゃくちゃ蕩けてるから」
「やっぱり?」
ようやくロックボックスのタイマーが終了し、紅葉は器用に手枷の鎖を外し鍵を取り出して拘束を解いていく。
何でもこの手枷の鎖の長さが重要なのだそうだ。長すぎればあっさり外せてつまらないし、けれど短すぎると外せなくなって大変な目に遭う。
「一度やらかしてさ、母親に見つかってめちゃくちゃ叱られた」ととんでもない暴露をけろっとした顔で話すあたり、やはり彼女は剛の者だ。
時間をかけて拘束を解く紅葉に慧も手伝おうかと申し出たが「それはなし」とすげなく断られる。
「準備から片付けまで、一人でするからいいんだ。姫里だって似たようなものじゃ無いのか?」
「ええと……ま、そうかな」
言えない。
まさか自分の中に異世界の皇女様がいて、散々振り回されて気持ちよくなっているだけだなんて、口が裂けても言えたものじゃ無い。
「万が一の時にはちゃんと何とかなるようにしているから」とロックボックスの横に置かれていたはさみを持ってハーネスを切る仕草をする紅葉に、慧は尊敬の念すら感じていた。
「……凄いなぁ、米重さんは。俺、どんなに頑張っても顔に出ちゃうし、周りにも気付かれてるから……」
「ああ、それで何とかしようとしたんだ。でも大丈夫じゃ無いか?姫里には護衛もいるし」
「護衛……?」
どういうこと、と尋ねれば「そっか知らなかったんだ」と紅葉が話題に出したのは、峰島のことだ。
流石は残念なイケメン、その容貌に似合わぬ性癖を堂々と公開していることで、1年の間でも早々に有名人となったようである。
高校時代から優秀ではあったが大学でも相変わらず成績優秀だと言うから、天は二物と一緒に余計な物でも与えないと釣り合いが取れないとでも思ったのかも知れない。
「そうそう、その先輩が中心になって、6月くらいだったかな、姫里の護衛というかファンクラブが発足したのは」
「はい?」
「最近の姫里は危なっかしくて見てられない、ここは危ない奴らに引っかからないよう陰で見守り〆るやつが必要だって、学部全体を巻き込んで」
「な」
「何だったっけ、ちゃんと名前もついてたぞ、確か」
帰り支度をしながらうーんと考えていた紅葉が「ああ、思い出した」と振り向く。
その口から出た言葉に……慧はあまりの恥ずかしさに卒倒するかと思った。
正直に言おう、これならこのボンデージ姿を見られる方が余程マシだ。
「『ひめにゃんを見守る会』とか言ってたな。安直だよな、姫里だからひめにゃんとか。……おーい、どうした姫里?大丈夫か?」
…………
「信じられねぇ……伊佐木のやつ、今度リアルで会ったら絞める……」
『物騒じゃのう。それもゲームの中でのお主の名前じゃろ?そう怒らずとも良いでは無いか』
「あのな、この世界じゃオンとオフの関わりはよほど親しくない限りバレないようにするものなんだってば」
あの後「これからも週末はここでやってるけど、プレイ中は見かけてもお互い声をかけない、誰かが来たり危険な状態なら助け合う」と紅葉と秘密の約束をして戻ってきた慧は、そのままベッドに突っ伏してがっくりと落ち込んでいた。
謎の会ができたところまでは百歩譲って許そう。いや、それもどうかとは思うけど、慧の身を案じた峰島が言い出したことと思えば文句を言う気にもなれない。
だが伊佐木、お前は駄目だ。よりによってキャラ名を白日の下に晒すだなんて。しかもどう見ても女の子キャラなのがバレバレな名前なのに。
『そんなに女の子のキャラとやらを使っているのは恥ずべき事なのか?』と不思議そうに尋ねるアイナは、人の手を使ってスマホをぽちぽちとタップしている。
こっちは突っ伏したままなのに、どうやら慧の目を使わなくても表示されている情報くらいなら触れれば読み取れるらしい、何て便利な能力なんだ。
「だって俺、男だし。……しかもさ男なのにさ、童顔だし、すぐ女に間違われるし」
『女に間違われるのはそんなに嫌なものなのじゃな』
「あ、その……別に女性が嫌いって言うんじゃ無いからな!ただ、コンプレックスなんだよ、女っぽく見えるのって」
何にせよ伊佐木は絞める、と息巻く慧には、アイナの呟きは耳に入らない。
『……お主が妾の器に入り込んで男になったのも、その願望ゆえかのう……』
フリデール王国の宮廷魔法師は、おっちょこちょいで有名だ。
宮廷魔法師を名乗るぐらいだから基本的な腕は確かなのだが、アイナを亡命させるのに20年近く時空を間違えたことを「良くあること」で済ませてしまえるくらいには、これまでにも様々な事をやらかしている。
だから、この器に転生してきたときだって驚かなかった。
まさか器の性別まで間違えて作ってしまうとは、あやつらは相変わらずじゃと苦笑しただけだったのだ。
けれど、慧と過ごすうちにアイナは一つの仮説を立てる。
もしかしたらこの器は本当に女性として作られていたのに、何らかの予期しない要素が混じることで男になってしまったのではないかと。
もちろんこれは、仮説に過ぎない。
けれど慧の心の奥に秘められた願望、そして自分が女であるとは見做されたくないという強い拒否感を勘案すると、あながち的外れでもない気がするのだ。
(まぁ、理由は何でも良い。妾としても男の器になっていたのは喜ばしいことじゃったし)
考えを巡らせつつ、調べ物を終えたのだろうアイナはパタンとスマホをベッドに置く。
そして相変わらず伊佐木への呪詛を唱える慧を『そのくらいにしておいてやれ、イサキも善意だったかも知れぬのじゃし』と宥めつつ、珍しく殊勝におねだりをするのだった。
『のう、慧。少し欲しいものがあるのじゃが、手に入れては貰えぬかのう?』
…………
夜、いつものように陽が落ちるなり『今日と明日は特訓は休みにせぬか?ちょっとやりたいことがあるのじゃ』とアイナが言いだした。
目の前にはアイナにせがまれて行ってきたドラッグストアの紙袋がある。
「んー、まぁいっか。毎日行くって米重さんと約束したわけでもないし。夏休みも明日で終わりだしな。で、何やるんだ?」
『うむ、そろそろ妾もお主との約束を果たさねばならぬと思ってな』
「…………!!」
その言葉に、全身が痺れたような感覚が走る。
この感覚が不安なのか、恐怖なのか……それとも歓喜なのか、今の慧には判別が付かない。
(……忘れていたわけじゃ無かったんだ)
夏休み中は一切その話が出なかったからちょっと油断していた。
慧はカラカラになった喉から恐る恐る「なぁ、本気なのかよ」とアイナに問いかけを絞り出す。
だが答えなんて必要ない。さっきの声色は、真剣そのものだったから。
「何でまた俺を男の娘にするのが家賃代わりなんだよ……」
『まぁ今は細かいことを気にするでない。それにそんな一生懸命に尻を庇おうとせずとも良いぞ、そっちはまだ先の話じゃ』
「そっか、っていずれはやるって言ってるじゃんかそれ!!」
まぁまぁ、と慧をあしらいつつ、アイナはシャワーを浴びる。
最初の頃はこの線のように出てくるたくさんの水にも驚いたものだが、慣れてしまえば意外と心地よいものだ。
『何にせよ今日は、ちょっと妾の好奇心を満たしがてらじゃしな』
「それは今まで通りじゃないか!まったく、散々玉の皮は伸ばすわ、毛は根絶やしにするわ、チンコは削れてしまいそうだわ……」
『心配するな、ここに来たときからお主のちんちんは変わらぬ愛らしさのままじゃ』
「愛らしいって言うな」
相変わらずアイナは慧の股間にご執心だ。
その中でもよほど慧の潮吹きが(いろんな意味で)良かったのか、アイナは時折あの残念な形の触媒を召喚しては「アイナ」の姿になり、慧の息子さんを弄んでいた。
正しい形のローションガーゼも覚え、そのうち輝き始めるんじゃ無いかと思えるくらいの頻度で慧の亀頭は様々な物体で磨かれては、精液ではない液体を噴き出しまくっている。
そのせいだろうか、最近では普通に射精するのではどうも物足りない。
そもそも散々ペニスをおもちゃにされているせいで自慰をする機会も滅多に無いから、断言はできないのだが。
風呂から上がればアイナは慧の身体を床に座らせる。
そうしていつものように、まだ大人しい雄芯を左手で持ち上げては、その先端をしげしげと眺めていた。
『……いつ見ても面白いのう……ここがくぱくぱするのがなんとも可愛らしくて良い……』
「あのなアイナ、男のチンコに可愛いという形容詞はおかしいと思うんだよな、俺」
『そうか?にしても穴が見えるというのは実に不思議な感覚じゃ』
女性は直に尿道を見るのが難しい、という事実を慧は初めて知った。
だから、割と大きくなるまでどこからおしっこが出ているのかいまいち分からない女性もいるのだそうだ。
それに引き換え、見えるというのはなんとも良い、とアイナはじっとその先端を見つめている。
そうして、今日の目的を何気なく呟いた。
『慧よ。穴があったら挿れたくなるのは地球人も同じなのかのう?』
……今このウサギ、さらっととんでもないことを口にしやがった。
確かに穴があれば挿れたくなるのは男の性かも知れないが、その穴は少なくとも今アイナが眺めているそこではない。
大体その穴は、既に触手服がしょっちゅう拡げて顔を突っ込んでいるだろ、もうそれで満足してくれと心の中で全力で突っ込めば『心配するな』と明るい声が返ってきた。
『妾とて慧を傷つけたい訳ではない。むしろ慧を喜ばせたいのじゃ。じゃからな、ちゃんと調べたのだぞ!』
「つまり、調べた結果がこの消毒液とローションだと。で、挿れるものは向こうから召喚するつもりだな!?」
『おお、流石じゃのう慧。妾の考えが読めるとは』
「これだけやられりゃ嫌でも分かるようになるわ!!」
何がタチ悪いって、この皇女様は相変わらずこれを善意100%の親切心でやっているのだ。
こちらだって一応嫌だと意思表示だけはするけれど、いつも『……本当かの?』と妙に心に刺さる物言いで尋ねた挙げ句、まぁ良いではないかと強行するのがお約束だ。だから今回も早々と心の準備をする方に頭を切り替えておく。
にしても、チンコの穴だぞ?どうやったって入口にはならんだろ、とブツブツ文句を言っている間にもアイナは手際よく準備を進めていく。
一旦トイレに行って全てを出し切って、同じくドラッグストアで買ったペットシーツを敷いた上に座り、縮こまった息子さんを無理矢理こんにちはさせてたっぷりと消毒薬を塗りつけ、その上からローションをたらりと垂らした。
『妾たちはさっと魔法で清めるだけじゃからのう。何でも地球人はこの液体でしっかり拭わねば、調子が悪くなるとのことじゃ』
「そりゃ出口に物を突っ込むこと自体間違えているからな。で、何を突っ込むつもりなんだよ」
『おおそうじゃ、喚んでおかねば』
左手で息子さんを握ったまま、アイナは右手をかざす。
いつものようにぱぁっと部屋が光った後、慧の右手に握られていたのはガラス棒のような物体だった。
……見た瞬間、気が遠くなった気がする。
「……18年……短い人生だった…………」
『慧よ、これでお主が死ぬのは少々難しいと思うぞ?』
「いや死ぬわ!!だってお前、それなんだよっ!?長さも太さもおよそ人間に使って良いものじゃないって気付けよ!」
『大丈夫じゃ、実績はある!』
「あっても嫌に決まってるだろうがあぁぁぁ!!」
これまでだって大概なものを使われてきたけれど、正直今回はドン引きだ。
触手服だってここまでの衝撃では無かった気がする。
だって、その手に握られている透明な棒は、どう見ても箸より太くて長さも倍くらいある物体だったから。
…………
「嫌だ、絶対にやだぁぁっ!!チンコ壊れちゃうって!」
『そんなに怯えずとも大丈夫じゃと言っておるじゃろ。ほれ、見てみよ』
ああもう、逃げられるなら今すぐ裸足で逃げ出したい。もう全裸だなんて気にしている場合じゃ無い。
やだやだと涙声で叫ぶ慧を宥めつつ、アイナが少し右手に力を入れる。
と、見る間にガラスの棒がボコボコした数珠つなぎのような形に変形した。
その凶悪な形に「ヒィッ!!」と慧の喉から悲鳴が漏れる。
うん、きっと皇女様はこれを見せて安心させようとしたのだろう。
だが考えて欲しい、多少触手に頭を突っ込まれているとは言え先っちょだけの話で、何ならその現場を見たわけでは無い、そんな初心なチンコの持ち主にその形状を見せるのは逆効果ではないだろうか。
『これは特殊な素材でできておってな。持ち主が魔力を込めれば自由な形態に変形できるのじゃ。太さも長さも自由自在、温かくしたり冷たくしたり、雷を纏わせてピリピリさせることも』
「なぁ、お前らの世界のチンコはどれだけ悲惨な目に遭ってるんだよ!?」
『心配せずともお主の持ち物とそう変わりはないぞ。これまで幾多の男の逸物を見てきたのだ、安心せい』
「いやむしろ安心できねぇよ!同レベルのチンコに入れて良い代物じゃねぇって!!」
『ぬぅ……埒があかぬの、えい』
「んぎゃあぁぁぁっ!!?」
どうやらこれ以上説明をしても無駄だと思ったのだろう。何の前触れも無くアイナはその手にした棒を恐怖に怯える鈴口に突き刺した。
……一瞬、世界がコマ送りになって。
ぶわっと心の底から吹き上がる恐怖に、血の気が引いて。
「いやあぁぁぁやめろおおぉぉ!!」
『落ち着け慧、ほら、大丈夫じゃ!見るのじゃ、血も出ておらぬ!』
「出て無くて当たり前だこの鬼畜皇女っ!!」
半ばパニックになった慧を必死でアイナは宥めようとするが、もはや慧にそれが通じる状態では無い。
『これは……もう気にせずに実力行使をした方が……』とブツブツ呟きながら、アイナはその手にした物体をずるずると竿の中に潜り込ませていった。
「ひっ……ひっ…………!!」と恐怖に怯え引き攣った声をあげながら、慧はなすすべも無く己の分身が貫かれるのを見守るしか無い。
だが最初こそツンとした痛みがあったものの、今は尿道を逆流される違和感くらいで特に痛みも感じない。
良く見れば棒状だったその物体はいつの間にか固めのチューブのような性状になっていて、太さも5ミリくらいと大分細くなっている。
「っ…………おどかす、なよぉ……」
『脅かしているつもりは無かったのじゃがな。にしても、何とも妙な感覚じゃのう……女性ならすぐに終わるものが、いつまで経っても終わらぬ……』
「いや終わらせて良いんだってば、どこまで挿れる気だよ?」
『一旦はこの辺までかのう……もう少し固くするか』
「うえぇ……気持ちわりぃ……」
アイナがそう言った途端、尿道の中で物体が硬さを増す。
違和感こそ強くなったものの、今のところとても気持ちいいにはほど遠い。
はっきりとは分からないが、恐らく息子さんの根本までぐっさり串刺しにされていると思う。
あまりにも見た目のインパクトが大きすぎて、正直なところ刺激があったとしても受け取るどころでは無い。
けれど……なんだかんだ言っても、慧は期待している。
この5ヶ月間、彼女がこうやって慧に与えてきたものは――過ぎたるは及ばざるがごとしという言葉の意味を痛感することはあっても――快感だけだったから。
そして今回もアイナは慧の期待を裏切らない。
「どれ、やってみるか」と頷いた途端、アイナはペニスの奥深くまで突っ込まれた棒を慎重に、しかし一気にずるぅっ!!と先端近くまで引き抜いた。
『んぉっ……!!』
「おほおぉぉっ!!?」
途端、尿道をつるりとした物が滑っていく感触とともに背中にぞくぞくぞくっ!!と何かが駆け抜けていく。
これは知っている、この背中にゾクゾクとくる感覚は何度もアイナに教えられたから。
「な……んで、きもちいいぃ……」
『ほう!やはり後を引くんじゃの……どれ、もう一回』
「えっあっ入る、入っていくぅぅっ!変、これ変っ!!あああなんかいけない感じがするぅ!」」
『こうやって……ペニスの根本まで入れて……ほれっ』
「ヒイィィッ何か出ちゃいそうっ!!」
ゆっくりとアイナは手にした棒を押し込んでは引き抜き、また押し込んでは引き抜きを繰り返す。
その度におしっこが出そうなもじもじした感覚が叩き込まれ、これは快感であると脳に植え付けられていく。
『あぁ……長いのはいいのう……どれ、慣れてきた事じゃし刺激を増やして』
「はぁっはぁっ…………っ、うあぁぁっ、何これっぼこぼこしてるうぅぅ!!」
気がつけばアイナの持つ棒は一回り太くなっていた。
さらに微妙な凹凸で表面が波打っている。お陰で一気に刺激が鋭くなり、慧の口から悲鳴が漏れた。
アイナも気持ちが良いのだろう、ガッと引き抜いては『ふぅっ……んっ……はぁぁ…………」とうっとり身体を震わせ、暫く息を整えてからまたちょっとだけ凶悪な形に変えた物を小さな穴に押し込んでいく。
奥まで押し込んで、くるくると回して、でこぼこを尿道に教え込ませて、ちょっとだけ引き抜いて、挿れて、抜いて、挿れて……
いつの間にかその動きは激しくなり、まるで透明な棒であり得ないところを犯されているような気分になってくる。
「あっ……あぅっ……あがっ、あっあんっ……はぁっ……」
『はぁぁっ……良い、良いのう……これがっ、男の尿道っ……長いの、ずっと気持ちいい……!』
アイナは夢中になって抽送を繰り返す。
奥の奥まで貫いていないとは言え、単純に考えても女性の尿道の倍以上の長さを同時にボコボコした瘤で擦られているのだ。そりゃアイナだっていつもと違う感覚に悶えるのは仕方が無い。
それでも快感に手を止めてしまわない辺り、慣れているんだろうなと慧は思考がぼやけた頭でぼんやり考える。
(どうやって、やってたんだろうな)
……チラリとよぎるのは、転生前のアイナのこと。
姿は知っている、皇女様なのも聞いた。確か子供が一人いることも。
けれどそれだけだ。
自分はアイナの事を……プライベートな部分をほとんど知らない。
それこそ、芸術センスが壊滅であることくらいしか知らないんじゃ無かろうか。
(……誰かとやってたのかな)
婚姻という制度を持たず、特定の相手も持たず、合意さえあれば誰とでも寝る、しかも同性異性を問わないという爛れきった文化。
それを常識として120年も生きてきたのだ、しかも子供までいるということはそれなりの経験だって積んでいるはず。
だから、こういうことも他の誰かとやっていたに違いなくて。
(…………いいな)
自分も、アイナと一緒にこういうことをしてみたい。
いや、今まさにやっているけど、頭の中で同居して俺の身体を操るんじゃ無くて……
(何を、俺は)
浮かんだ考えを、慧は即座に否定する。
それはだめだ。考えちゃだめ。
ほら、もっと気持ちよくなって、忘れちゃおう。
「っ、アイナ……もっと、ごしごししてぇ……」
『!!うむ、良いぞ!更にでこぼこにしてみるのじゃ、もっと気持ちよくなれるはずじゃからの!』
初めて慧から明確に懇願されたおねだりに、アイナは気を良くする。
そうだ、そうやって気持ちいいは貪欲に求めれば良い。
……それこそが慧の願望を叶える原動力となるのだから。
(このまま前立腺も……ああ、でも今日は折角慧がおねだりしておるのじゃ、尿道を存分に楽しむのもよかろう)
そう、求められれば倍にして与えたくなるのが、サイファの民の性だ。
『んっ、この身体はっ……こうやってずるぅって……んあああっ、やるより』
「はああぁぁんっ……!!」
『ここをっ……でこぼこで小刻みに擦る方が、好きじゃ、のっ……』
「うああぁっ、アイナっ出る、でちゃう、もうっ……!!」
慧がとても気持ちよさそうだ。
もっと、もっと与えて、ドロドロにしてやらねば。
求められる嬉しさと男の身体ならではの快楽に、アイナのネジもすっかり外れてしまって。
時間を忘れて没頭した挙げ句棒を差し込んだまま二人して気絶するように眠ってしまった頃には、とうにてっぺんを回っていた。
…………
『うひぃ……痛い、何でこんなに痛いのじゃ……』
「あったりまえだろ!!あんなぶっとい物を突っ込んだまま朝まで放置とか……くっそもうトイレ行きたくねぇ、全部染みて死ぬぅ…………!」
目が覚めた慧は、その惨状にまず絶叫する。
床に倒れ込んだままの身体は、当然のように全裸のままだ。
真夏だから風邪こそ引かなかったが、全身汗だくで、ついでにそれ以外の体液やらローションやらもこびりついていて非常に気持ちが悪い。
それに何より、息子さんが大惨事で。
「お前な、あれどう考えてもやりすぎだろ……10ミリはあったぞ……」
『うう、すまぬ……慧がもっと、と言うし、妾も更なる高みを目指したくてじゃのう……』
「そんなところで高みを目指さないでくれ」
朝になって元気になった息子さんが、何だか痛い。
その慎ましやかだった筈の先端には、凶悪なでこぼこを有したどう考えても1センチを越えていそうな棒がペニスの根本までずっぽりと貫いていて、どうやら朝勃ちによりがっつり締め付けて痛みを覚えているようだ。
とにかくトイレに、と慎重に棒を抜いた段階で悶絶したから、嫌な予感はしていたのだ。
案の定、いつものように便器に向かって排尿して……あまりの痛みに二人の「痛ってえぇぇぇぇ!!!」という絶叫が頭の中でリフレインするほどだった。
これは間違いなく尿道が傷ついている、むしろ初めてであんなぶっとい物を入れられて傷つかない方がおかしい。
「ううぅぅ……もうやだ、トイレ行くのやだ……」
『しかし水を飲んでおしっこをしてしっかり洗い流さねばならぬのじゃろ?そうあのお髭の若者も言っておったではないか』
「分かってるけどさぁ……あとあの医者どう見ても60は越えてそうな爺さんだったぞ」
『妾の半分しか生きておらぬなら若者じゃ』
恥を忍んで泌尿器科に行けば、医師は「好奇心は結構だけど無茶は止めなさい」と言いつつ薬を出してくれたが、残念ながらこの痛みは甘受するしかないらしい。
3日もすれば収まるからとは言われたが、あの召されてしまいそうな激痛を3日も味わうとか冗談じゃ無い。この世の地獄というのだそれは。
「アイナ、何か無いの何か、サイファにこれをパーッと治すような道具」
『ううむ……妾たちに道具を使って身体を治すなどという概念は無いのじゃよ。じゃがまぁ何か考えてみるでの、取り敢えず夜までは耐えるのじゃ』
「そんなぁ……」
ああ、何でよりによってアイナに「もっと」なんて言ってしまったのか。
彼女は確かに強引で人を振り回し続けているけど、いつだって彼女の世界に照らし合わせた善意こそが行動原理の8割方を占めていて、その世界は分かち合い、与え合うことで出来上がっていると知っていたのに。
快楽に溺れても彼女にねだることだけは金輪際するまい、と慧は固く心に誓うのだった。
…………残念ながらその誓いはあっという間に破られてしまうのだけど。
…………
また、いつもの夜が来る。
肉体の支配権を交代したアイナは『本当に地獄じゃった……』と心なしか青い顔をしながら掌の上に召喚用の魔法陣を描いている。
『排泄とは拷問にもなる、新しい知見じゃ……』
「そんな知見得なくていいって。てかさ、ああいう棒があるって事はアイナの世界でもやるわけだろ?やらかしたりとかないのか」
『まぁ、やらかすというか……敢えて痛い思いをさせて楽しむ国はあるのう。もしかしたらそういう国では排泄も物理的に行っているのかもしれん』
「ごめん、それも得たくない知見だったわ。聞くだけで痛ぇ」
それで何か良い案は、と縋るような目つきで尋ねれば「うむ、良い物を思いついたのじゃ」と部屋を光らせる。
光が掌に収束して「これじゃ」と見せられた物に……慧はアイナが身体を支配していてくれていて良かったと心のどこかで思いつつ「うぎゃあぁぁぁ!!」と叫び声を上げた。
それは、透明で内側にキラキラした物を浮かべていて。
そしてうねうねと掌の上を這う生き物だったから。
「な……なっ、これ、何……!?」
『そう怯えずともよいぞ。これも触手服と同じ魔法生物じゃ』
「いやむしろそれは怯えるだろ!!」
怖々と慧は掌の上の物を眺める。
うねうねとした動きを見れば、ざっと全身に鳥肌が立ってしまう。
確かに素材だけなら悪くは無い、ガラスのように透き通った身体の内側にラメが散りばめられている様は、まるで宝石のような美しさを持っていて、これがじっとしていれば綺麗だなと思えたはずだ。
だが、動きは完全に芋虫のそれである。それだけで全てが台無しだ。
「勘弁してくれよぉ……俺、虫苦手なんだって……」
『虫では無い、こやつは魔法生物じゃ。これがあればお主は尿道が治るまで排泄の痛みを感じずに済むのじゃぞ』
「それだけ聞けば魅力的なんだけどなぁ……いやぁぁそのくねくねもじょもじょした動きがあぁぁ……!!」
そもそもが、アイナが満面の笑みで召喚した物である。
たとえ形状が魅力的に見えたとしても、最終的には毎度おなじみ慧がグズグズのドロドロにされる結末しか迎えないに決まっている。
(痛みから逃れる……まさか、チンコの中に入れる、とか……?ひいいぃぃ……!)
これまでの経験から考えつく使い方など、十中八九碌なものでは無い。
一応、ほんの一縷の望みをかけて「で、どうやって使うんだ」と慧は怖々アイナに尋ねてみた。
『うむ、そもそもこやつの元になった情報は、異世界ではプロステチップと喚ばれている代物でだな。排泄管理はどちらかというとおまけなのじゃ』
……うん、そのチップとやらが何かは分からないが、少なくともまた地球の変態が創作した結果がブーメランしてきていると推測する。
その段階で慧の想像の斜め上を行くヤバい代物だ、あれは。こんな予測、当たって欲しくはないけれど。
そんな慧の不安は……言うまでも無く的中するわけで。
『そうじゃの、先に元になった情報を見せた方が早いじゃろう。これもこの世界の情報で作ったものじゃ』とウキウキしながらアイナはスマホを操作し、とあるサイトを開いた。
「なになに……プロステートチップ…………前立腺を尿道側から刺激……?」
読み進めていくうちに、どんどん慧の顔色が悪くなっていく。
いやこれ、かなりヤバい代物じゃないか?公式サイトに「オンナノコの感覚へ誘う」とか堂々と書いちゃってるし!!
「はっ、これをきっかけに俺をメス堕ちさせようと」
『流石に妾もそこまで鬼ではないわ!今回は魔法生物の副効用を利用するだけじゃ……じゃがまぁ、お主も気持ちいいのは嫌ではないじゃろう?』
「……っ」
その返しは、狡い。
散々気持ちいいことを教えておいて。アイナから与えられる物は気持ちが良いと身体に覚え込まされていて。
すっかり貪欲になった身体がそんな話を聞けば……ほら、もう股間にずんっと何かが走って、臨戦態勢に入ってしまう。
「素直なのはいいことじゃ」とアイナが笑いつつ何かを唱える。
と、先ほどまでうねうねしていた透明な芋虫は、瞬く間に形を変えて震え始めた。
その形状は確かにサイトに展示されているチップと同じような形をしている。
『こやつはの、装着者以外の指示で自由な形に変形するのじゃ。尿道が前立腺を貫いている辺りに棲み着き、精液の元をエネルギー源として自律的に動くこともできる。形は……そうじゃな、こんな風に』
掌の上で、芋虫の形が様々に変わっていく。
どうやら魔法生物に質量保存の法則などと言う物はなさそうだ。完全に尿道を塞ぐような形になったり、逆にストローのように長い筒状になったり、大きさも形も、それどころか硬度すら思いのままらしい。
『での、こやつがこのストロー状に変形すれば、尿道の表面に尿が触れることは無くなる。つまり』
「!!なるほど、痛み無く排尿できるってことか!それめちゃくちゃ便利じゃんか!」
『じゃろ?まぁその分エネルギーとなる体液は恵んでやらねばならぬから』
「…………あー……なるほど理解した」
つまりだ。
これから3日間の地獄のような排尿を回避できる代わりに、俺は前立腺という何やらオンナノコとなるのに非常に重要な器官をこやつに捧げる必要が出てくるらしい。
アイナ曰く、精液で無くとも精嚢分泌液やカウパーで十分エネルギー源にはなるから、学校で無理矢理射精させられるようなことは無いし、それこそ万が一射精したところで全部この芋虫が飲んでしまうそうだ。
(前立腺……メスイキ……オンナノコ…………出てくる言葉に不安しかないな……)
慧の良心が警鐘を鳴らす。
まだ今なら引き返せる。これ以上はまずいと。
けれど慧の……心のどこかが囁く。
女性の快楽は男性とは比べものにならないとアイナも言っていたでは無いか。
この前立腺とやらを使えば、男でありながらメスの快楽を得られるというのだ。
アイナのように、そして紅葉のように……気持ちいいを楽しんだって、いいじゃないかと。
(……そう、だよな。アイナが勧めるなら間違いなく気持ちいいんだろうし)
ほんの少しだけ逡巡するも、慧の決断は早かった。
「それはもう、挿れるしかないな」
『うむ、今日はすんなりじゃの?まぁこの痛みは流石に辛いしのう……』
お互い早く楽になりたいわな、と言いつつアイナは掌をそっと慧のペニスに近づける。
どことなく慧が期待しているのを感じ取り、ようやく壁が壊れたかと微笑ましく思いながら。
(良い事じゃ。喜べ慧、これでようやくお主の願いを叶えてやれる)
もぞ、と芋虫状に戻った魔法生物が、亀頭の上を這っていく。
何ともくすぐったい感覚に慧の期待は高まり、そこだけがくっきりと鮮やかに意識に飛び込んでくる。
(本来の目的は目的として……こやつにかかれば、すぐにメスの快楽の虜になるじゃろう)
緊張と興奮で、はぁっと慧は大きく息を吐く。
その緩んだ瞬間を狙って
(慧、これはお主が望む姿になる、第一歩じゃ)
たっぷりと自ら出した粘液を纏った芋虫が、にゅるん!!と鈴口の中へと消えていった。
…………
それから10分。
どうやらあの粘液のお陰で、傷ついている尿道に染みることも無く芋虫は奥へ、奥へと入っていった。
ペニスの根本で一瞬感覚が無くなったものの、すぐにその奥に違和感が生じて……けれどそれもすぐに慣れてしまう。
その後は、本当にただ待つだけだ。
痛みも、気持ちよさも何も無く、本当にこれで大丈夫なのか少々不安になってくる。
と、その場に寝っ転がってスマホを眺めていたアイナが、下腹部に掌を当てた。
恐らく芋虫の状態を確認しているのだろう。
『……うむ、もう動いても問題ないぞ』
「本当に大丈夫なのか?全然何も感じないんだけど」
『まあ入れたばっかりじゃしの。取り敢えずトイレに行ってみるぞ、さっきから我慢したままじゃし』
「う……ちょっと怖いな……」
アイナ曰く『先端は前立腺の部分を占拠していて、尿道全体をコーティングする筒みたいになっておる』らしい芋虫、もといサイファ版チップの効能を確かめるべく、アイナはトイレに向かう。
緊張を滲ませながら『出すぞ』と確認を取れば、慧はひぃ、と悲鳴を上げつつも覚悟を決めたようだ。
しょろ……じょぼぼぼぼ……
最初はほんの少しだけ、遠慮がちに。
染みないことを確認すれば一気に括約筋を緩め、朝から溜めに溜めた小水を一気に吐き出していく。
「はあぁ……すっきりぃ…………」
『うむ、上手くいったようじゃ。これならいつも通り過ごせるのう!』
良かった良かった、とアイナもホッとしたようだ。
流石のアイナもあの痛みは御免被りたいものだったのだろう。
じょろじょろじょろ…………
いつもと同じ、何の痛みも無い排尿。
そんな当たり前のことに感動し、けれど慧は同時にかすかな違和感を覚える。
「なぁ、アイナ。これおしっこしてる感覚もないんだけど」
『そりゃそうじゃ、尿道に流れる感覚を感じることもないからのう』
「あ、そっか。でもなんかこれ、スッキリ出せた感じがしないな……」
『文句を言うでない、痛くないだけで十分じゃろ』
「それはそう」
3日もすれば治るという話だったから、とりあえず3日は入れっぱなしだな、と話をしつつそのままシャワーを浴びる。
良く見れば鈴口も薄くコーティングされていて、ちゃんと入口まで覆われているんだなと感心する。
いやはや、サイファの魔法技術様々だ。
「そう言えば本来はどうやって使うんだ?」
『そうじゃな、妾の国では男の娘なら皆これを入れている程の大人気グッズじゃよ』
「まじか」
『うむ。こやつは持ち主以外の魔力で動くからのう。一度入れてしまえばその娘を楽しませたい連中が好き放題じゃ』
「……うへぇ」
好き放題。
もうその段階で碌でもない使用方法しか思いつかないのは、地球人の性だろうか。
慧によぎった思考に『ちゃんと合意の上で無ければちょっかいなどかけぬぞ』とアイナは呆れたように慧を窘めた。
アイナからすれば、この世界は魅力的である一方でやはり凶悪な世界にも映るようで、いつだったか『何故同じ種族の間でこれほど争うのじゃ……?』と当惑していた記憶がある。
こほん、と一つ咳払いをして、アイナはこの素晴らしい(?)チップの本来の使い道を語り始めた。
『さっきも見せたが、これは大きさも形状も、重さや質感までかなり自由に変えることができるのじゃ。もちろん大きさには制限があるがの』
今回のように尿道をコーティングするのはもちろん、奥で尿を堰き止めることも、逆に膀胱の中まで入り込んで括約筋を開きっぱなしにし、強制的にお漏らしをさせることも可能。
前立腺に限っても、装着者が最も感じる大きさ、形状を作り出し、装着者自身で筋肉を動かしてメスの快楽に浸るも良し、振動や雷(電気か?)を発生させて内側から刺激を与えてやるも良し。
誰も指示を与えなかったとしても、自律思考を持つチップ自身がエネルギーとなる体液を得るために勝手に動き出すこともあるらしく、いきなり真っ赤な顔をしてその場に崩れ落ち悶え始める姿は大変に愛らしいそうだ。
愛らしいって、めちゃくちゃ災難にしか聞こえないんだが、それは。
「なぁ、その、やってることも大概だけど、今『連中』って」
『ん?……そうじゃった、お主らは1対1で番となるのじゃな。妾たちは特定の番を持たぬ、じゃから繁殖目的以外であっても遊んで欲しそうな男の娘がおれば、皆よってたかって遊んでやるのが常識じゃよ』
……本当に、サイファは爛れすぎだと思う。
あまりにも性に奔放すぎて、それこそ道ばたで乱交していてもお咎め無しなんじゃと震えれば『むしろ何が悪いのじゃ?』ときょとんとされ「聞くまでも無かった……」と慧はがっくりと肩を落とす。
「あとさ、一つ気になっているんだけど」
そして、もう一つの疑問。
さっきアイナは「持ち主以外の魔力で動かす」と言っていた。
今、この身体の持ち主は非常に遺憾だがアイナの筈だ。少なくとも魔法生物から見ればそうなっている。
なのに何故、アイナはこれを変形できたのか。
そして、チップが勝手に動き出す危険は回避できるのか。これができないと、大学に行くどころじゃなさそうな気がする。
それを問えば「その辺は異世界じゃから多少違うみたいじゃの」とアイナは下腹部を撫でながら彼女の見解を話してくれる。
……今、何か奥の方でずくんとした感覚があった、ような。
『今、このチップは持ち主かどうかにかかわらず、サイファの魔力を持つものに反応するようじゃ』
「え、ちょっと待ってそれって」
『安心せよ。この地球という世界に来ておるサイファの民、クロリクは妾一人だけじゃ。実質妾以外にこのチップを変形させることはできぬ』
チップが自律的に動く問題に関しても問題は無いだろうとアイナは話す。
そもそもこの小さな魔法生物が必要とするエネルギーはそれほど多くない。挿入するだけでも前立腺部分を刺激するから確実に体液は産生されるし、それで事足りるだろうというのがアイナの経験からの予測だった。
「そっか、それなら良かった……」
挿入されている以上、大学でもほんのり気持ちよくなることは確定しているというのに、この程度で良かったと思ってしまうくらい感覚がずれている事に、慧は気付いていない。
アイナからすれば喜ばしい変化だから、特に指摘する必要もないかと『さて、片付けをして寝るかのう』とアイナは立ち上がった。
……どこが奥の方で「ずくん」と何かが響いている。
(異物が入っているんだし仕方が無いか……これなら動けそうだし、あんなトロ顔を晒すこともないだろ)
「あれ、今日はもう寝るんだ」
いつもなら人の身体を散々遊び倒すのにと意外そうに尋ねれば『流石に身体を休ませてやらねばのう』と顔をしかめつつアイナはパジャマを手にする。
『何じゃ、気持ちいいことも期待しておったのか?』
「っ、そ、それはっ……」
『なぁに恥ずかしがることはないぞ!じゃが、今日はだめじゃ。あれほど傷つけておるのに追い打ちをかけてはならん。……とは言え、折角こやつを使うのなら本来の用途も試したいよのう?』
「…………そういうの、言うなよ」
『そうむくれるな。それに妾も同じ気持ちじゃよ。前立腺の快感は流石に未知じゃしな!』
じゃから、気持ちいいお楽しみは明日の夜にやるかのう。
嬉しそうな声を上げるアイナに、いつもならほんのり期待しつつも表面上は文句を付けていたはずなのに。
(何でだろうな、今日は……アイナの言葉が嬉しい)
「……分かった。でも無茶はしないでくれよ」
素直に応じてしまう自分を不思議に思いつつも、慧は明日を心待ちにしてベッドに入るのだった。
…………
ずくん
(……腰が、重い…………)
それはかすかな違和感。
これまで感じたことがあっただろうか、胎がずくりと疼くような、不思議な感覚。
(これ、触手服に似てる)
そうだ。触手が乳首をブラシのような先端で舐め回したり、吸ったりするときに来る、あの感じだ。
下腹部がずんと重くて、勝手にきゅぅっと力が入って、時折ビクビクと痙攣する、あれに似ている。
(俺……確か寝ているはずなのに)
夢うつつでぼんやりとした状態で、慧はその感覚を拾い、堪能する。
これは気持ちが良いやつだ。夢でも味わえるなら折角出し楽しませて貰おうと。
と、不意に何かがぐっと奥を押しつける。
その瞬間、ピリッ!とした強烈な刺激が身体を駆け抜けていった。
「んあっ!!」と思わず上がった声は、自分のものとは思えないほど甘く、高い。
(きもち、いい……何で……?)
よく分からないままに、さっきの快楽の元を辿る。
それはお腹の奥の方。まるで何か、快楽を詰め込んだ小さなタンクのような物があって、それを中からぐっと圧迫されているようで。
ずくん
また、刺激が走る。
さっきの鋭さが、より深く身体に響いてくる。
(あ……お尻、力入れたら、きもちがいい……)
ふと気付いて、ぐっ、ぐっと会陰に力を入れる。
そうすれば気持ちいいがリズミカルに送られていって……気がつけば身体が勝手に、気持ちよさを求めて勝手に力を入れて、抜いて、入れて、抜いて……
(これは……白い波だ)
サイファの景色の中で味わった、快楽の白い波が、押し寄せてくる。
ああ、これはきっときもちいいやつ――
「んああぁぁ……っ!!はぁっ、はぁっ、はっ…………」
甘い、部屋に響く嬌声に、慧はハッと目を覚ました。
「…………え、なに、ゆめ……?」
既に外は空が白んできている。
時間を確認しようとして汗びっしょりの身体を起こそうとしたとき
ずくん
「んはあぁぁっ……!!」
身体の奥から響き渡る快楽に、慧は思わずベッドに崩れ落ちた。
「なっ、なに、これ……」
思いがけない衝撃に頭が真っ白になりかけ、慌ててかぶりを振って正気を取り戻す。
そうして悟るのだ。あれは、あの快感は夢では無かったと。
だって今も、慧の身体はキュンキュンと勝手に何かを締め付け続けているのだから。
その度に送り込まれるのは、身体の奥に何かが溜まっているような、どこか痛みにも似た鋭い快楽。
(分からない、分からないっ!!何が起こってるんだ……!?)
理解不可能な現象に、身体の感覚が薄まり恐怖が支配して震えが走る。
だめだ、このままではおかしくなってしまう……助けて、誰か……!
「っ、はぁっ……アイナ、アイナぁ……っ!!」
藁にも縋る思いで慧はアイナの名を呼び続ける。
一体どれだけの間、喘ぎ声を交えながら叫び続けただろうか『んん?どうしたのじゃ……』とアイナのぼんやりした声が返ってきた。
「アイナっ助けて、これ何っ気持ちいい、気持ちいいけど怖いいぃっ!!」
『ん?……んん?くぅっ、これは……うむ、ともかく慧は落ち着くのじゃ』
アイナは少し焦った声で、けれどなるべく慧を怖がらせないように優しく宥める。
そうして『慧、手を借りるぞ』と言うが否や右手を下腹部に持って行った。
(…………これは、よもや……ぬかったのう……)
くっ、とアイナは心の中でぼやく。
そうだった、この状態でチップを使うなら、そして慧に魔法生物を使うならまず最初に考慮しなければならなかったのに。
『慧よ、すまぬ』
「んはぁ、なにぃ……っ、あああっやめてぇ、きもちいい、こわいっ」
『本当に面目ない、これは……魔法生物の暴走じゃ』
「……え…………っあああああっ!!」
びくん!と大きく慧の身体が跳ねる。
強烈な快感を一気に叩き込まれた頭が、一瞬にしてショートして。
(暴走……どういう、こと……)
疑問を呈する小さな呟きを最後に、慧の意識はブラックアウトした。
…………
「おはよ、姫里……えと、大丈夫か?何か顔がその……赤い、けど」
「あ……伊佐木…………大丈夫……」
「そ、そっか。それならいいんだけどさ」
(全然大丈夫じゃないけどな!!どうすんだよこれ、ここまで運転して来れたことが奇跡だぞ……ひうぅ、また気持ちいいが溜まるっ……)
『むぅ……だめじゃ、妾の命令が碌に入らぬ……前にもあったのう、このパターン』
(くっそ、サイファの魔法生物は聞き分けがなさ過ぎるだろ!!)
あの後、アイナの助けを借りながら何とか支度をし、気合いで運転して大学までやってきた慧だったが、既に本日は閉店したいレベルで疲弊しきっていた。
『すまぬ!本当にすまぬ!!』と朝から平謝りのアイナから語られた説明も、それに追い打ちをかける。
魔法生物は基本的に装着者の魔力をエネルギー源としている。
当然ながら体液には魔力が籠もっているため、触手服は汗や愛液、このチップは主に精嚢分泌液を中心とした体液を摂取することでエネルギーを得ているのだ。
ところがこの器は……慧の身体は、サイファの成分が少ない。
地球成分9割でできた身体の体液から得られる魔力は当然ながら非常に少なく、必然的に魔法生物たちは大量の体液を欲するようになる。
その上、どうも地球人の体液は魔法生物には非常に依存性が高いらしい。
……端的に言ってしまうと「美味しい」んだそうだ。そんなところに価値を見出して欲しくなかった。
というわけで、排尿の痛みを楽にするために使われたキラキラの芋虫君はアイナの命令を守りつつも、口にした慧の体液に惚れ込み「もっと頂戴」と言わんばかりに自己判断で前立腺を開発することにしたようである。
それはそれはもう積極的に、かつ貪欲に。
「っ……ふぅっ…………んくっ……ぁ…………」
必死で喘ぎ声をかみ殺すも、とてもじゃないが追いつかない。
目の前が涙で滲んで、上手く見えない。
(くそう……大人しくしろ、よっ……!!)
地球で実用化されているチップは、あくまでそこに留置されるだけである。
確かに日常的に延々と刺激された状態にはなるとは言え、気合いで日常生活くらいは送れる代物らしい。まぁ、油断すればふとした動作でメスイキしてしまうヤバい物体ではあるのだけども。
だがこいつは、意思を持つ分遙かに凶悪だ。
どれだけじっとしていても、締め付けないように気を遣っていても「もっと気持ちよくなれ」と言わんばかりに内部で刻々と変形し、慧が最も気持ちよくなる形で、間隔で、リズミカルに圧迫し、不意打ちのように振動やビリッとした……恐らくは低周波のような物だろう、刺激を混ぜてくる。
ああほら、また始まった。
芋虫は一定のリズムを淡々と刻んで、まるで拍動するかのように前立腺を内側から圧迫し、叩き続ける。
とん、とん、とん……
「いっ……はぁっ…………」
時には良いところを淡々とピンポイントにノックし、目の前に星を散らせる。
ぐーっ……ぐーっ……
「ふぐうぅぅ…………っ!!」
時にはゆっくりと押し広げるように動き、勝手に涙を零させる。
ずりずりずり……
「んうぅぅぅぅぅ!!!」
そして時には、その形のままゆっくりと擦るように上下して、腰から下が溶けてしまいそうな快楽に悶絶させる。
(やばいやばいやばいっ、講義どころじゃ無い、てかもう座ってるのもきっつい……!)
気持ちよくて、腹の中に、頭に、じくじくとした熱が溜まっていく。
いつまでも、どこまでもただただ溜まり続けて、解放されるラインが見えない。
時折腰を無意識にカクカクと動かすけれど、もどかしさはずっと取れない。
いっそ射精してしまえれば楽になりそうなのに、どうやらこのチップは慧に射精させる気はなさそうで、ひたすら前立腺だけを執拗に責め、溢れてきた体液を全て啜り取って堪能している。
(お願い……逝かせて…………せーえき、出させて……)
どこにこんなに溜めこめるんだと突っ込みたいくらい、熱が、逃げ場の無い快楽が送り込まれて、もう全身が弾けてしまいそうだ。
いつしか慧は、公衆の面前にもかかわらずひたすら心の中で射精を懇願し続けていた。
誰かに気付かれる事なんて、この過ぎたる快楽の前には些事に過ぎない。
あたま、おかしくなる、もう、ださせて
繰り返される哀訴は、しかし張本人には届かない。
異世界人である慧の命令は、魔法生物には全く効かない。
そして運が悪いことに……アイナもまた、いや、アイナの方こそそれどころでは無くて。
『ひっ……んあっあっあっまたっ、いぐっ、逝っちゃう……っ!!んひいいぃっっ!……はぁっはぁっはぁっ……またっ、早いいぃ……休ませてぇ…………きもちいい、きもちいいっ……ぜんりつせん、しゅごいぃっあんっ……あたま、ぴかぴか、きもちいいっ逝ぐうぅぅ……!!』
……そう。
いつもなら慧が快楽に翻弄され悶えているところを『相変わらず敏感じゃのう……』と半ば呆れつつも微笑ましく観察している筈のアイナが、完全に快楽に振り回されている。
さっきから頭の中では悩ましい嬌声がひっきりなしに響き、その叫びから察するにもはや何度達したか分からないレベルだ。
(……いいなぁ、羨ましい…………俺も、すっきりしたい……!)
快楽に蕩けた頭で、慧はぼんやりと思う。
どうして、アイナは同じ刺激でアクメを決められるのかと。
どうして……あんな、気持ちよさそうな声で啼くのかと。
いつもとは全く違う、余裕の無いアイナの嬌声に余計に煽られて。
なのに、この熱を発散する方法をこの身体は知らない。
(きもちいいけど、これじゃ出せない、逝けない……ああああっ、またっきもちいい、もう無理、壊れちゃうってお願い助けて……!)
傍目で見ても分かるほど全身を痙攣させながら、慧は朝の講義が終わるまで机に突っ伏してただひたすら快楽を溜め込み続けるのだった。
…………
「……里、姫里……大丈夫か……?」
「え……ぁ…………」
身体をゆさゆさと揺さぶられれば、また奥からずくんと刺激が送り込まれて、思わず「やだぁ……」と声が漏れる。
その声に一瞬怯んだものの、慧を喚ぶ声は執拗に身体を揺すり続けていた。
「…………あ、れ……峰島、先輩……?」
「気がついたか。どうした、体調が悪いのか?伊佐木が心配してたぞ、ずっと魘されてて起きないって」
「え……」
(あれ……俺、確か……)
ぼんやりした頭が、ようやく現実を認識し始める。
講義室にはもう自分達以外の人はいない。どうやら今日の講義はもう終わってしまったようだ。
そうして慧を取り囲むのは、心配そうな表情の峰島に、伊佐木に、名前も知らない先輩が数人。
「姫里君、汗凄いよ?ほら、タオル」
「えっと、ありがとうございます……」
「姫里、今日は俺が送っていくから。そんなんじゃ運転も危険だろ」
「いや、そんなそこまではっ、んうぅ……」
立ち上がろうとすれば、もうちょっとと言わんばかりに奥からぐっと圧迫されて、そのまま再び椅子に崩れ落ちてしまう。
そんな慧に「ほら、そんな状態じゃ無理だって」と伊佐木は優しく肩を貸した。
「伊佐木、俺車回してくるから」
「分かりました。姫里、外まで頑張って歩けるか?無理ならおぶっていくけど」
「あ、ああ……だいじょぶ、がんばる……」
伊佐木の方を借り、ふらつく足でゆっくりと講義棟の外へ向かう。
一歩足を踏み出す度に、中からまるでそれに呼応するかのような快楽に襲われ、必死で喘ぎ声をかみ殺す。
(……いいな、アイナはずっと気持ちよく喘いでいられて)
頭の中でずっと聞こえてくる艶っぽい声が、今は羨ましくて仕方が無い。
俺もこんな風に、いっぱい喘いで、気持ちよくなりたい……
ぼんやりした頭は、自分がメスの快楽を欲していると気付いていない。
数人の男子に囲まれて歩く自分を、通りすがる人たちが見ている気がする。
ふと慧が気にすれば、名前も知らない先輩がすっと不躾な視線を遮り「ひめにゃ……じゃない、姫里、大丈夫だからゆっくり、な」と優しく声をかけた。
……気のせいだろうか、何かを忘れている気がするし、自分を取り囲む一部の男性陣の股間がちょっと……元気なような。
「今日のノートは米重がまたコピーさせるって言ってたから、とにかく家で休めよ」
「姫里、レポートがヤバそうなら俺らも手伝うから、峰島に声をかけな」
「はい……ありがとう、ございます……」
いまいち事態が飲み込めないままに、慧は峰島の車に乗せられ自宅へと送り届けられる。
その後ろ姿を見守りながら、慧を取り囲んでいた一人がぽそりと「……今日もひめにゃんを守り抜いたな……」と感慨深げに呟いた。
「伊佐木、良くやった。水曜じゃ無いから完全に油断していたぞ、やっぱり俺らのひめにゃんは日々進化している」
「当然っすよ。あと本人の前でひめにゃん呼びは御法度ですよ先輩!」
「お、おう、すまなかった……はぁ、しかし今日のひめにゃんも随分と色っぽかったな……」
そう、彼らこそが紅葉があの日語っていた『ひめにゃんを見守る会』のメンバーである。
水曜日だけやたら色っぽくなる慧にこっそり手を出そうとして〆られた伊佐木と、めざとく慧の尻の危機を察して〆た張本人である峰島。
この二人が中心となり、「明らかにえっちいことを楽しんでいる姫里を邪な奴らから守りつつ存分にその痴態を眺める(だが手は出さない)」という理念の元に立ち上げてしまった実に残念なファンクラブの面々は、今日も今日とて慧の知らぬところで「今日のひめにゃんも最高だった」と慧の悩ましい顔を堪能し、慧の大学での平和を守り抜く。
ちなみに峰島に恋愛感情は無い。むしろ恋愛だなんてとんでもない。慧はただの最推し、祭壇に祭るべき尊い存在である。
生粋の百合好きだった峰島に、ふたゆりや男の娘属性を付与してしまったのは何を隠そう慧なのだ。本人が知ったら卒倒しそうなので内緒にしているが。
まあ何にせよ、お陰で慧はチップの暴走という碌でもない事故に巻き込まれつつも無事に(いや、前立腺は全然無事では無いが)家にたどり着くことができたのだった。
――余談だが、この設立理念をひょんなことから熱く語られてしまった紅葉は、ただ一言
「……どうして男ってバカなの?」
と無表情で言い放ったらしい。
…………
「あいな……おねがい……たすけて…………」
『はぁっはぁっ……きもちいぃ……とまらぬ、もっとぉ……』
家に帰り着くや否や、慧はベッドに倒れ込む。
いや、正確には倒れ込んだのはアイナだ。まだ日が暮れていないというのにドアが閉まった瞬間に身体の支配権を奪われるとは、どうやら相当アイナも切羽詰まっているらしい。
「あいなぁ……っ!!もう、むりだよ……たすけてよぉ……!!」
幾度目かの渾身の叫びで、ようやくアイナが『……ん?慧……っ、お主、大丈夫か!!?』とこちらの状況に気付く。
「だいじょぶ、じゃない……うええぇぇん……!!」とぽろぽろと大粒の涙を零しながら、ようやくアイナに気付いて貰えて一気に気が抜けたのだろう慧がわぁわぁと泣きじゃくれば『ぬぅ……すまぬ……』とまだ甘い響きを残しつつもアイナは申し訳なさそうに謝罪の言葉をこぼした。
『久々の強烈な快感に、つい我を忘れてしもうたわい……ふぅっ、にしてもこれはまずいのう……慧よ、召喚魔法が使える時間になるまで耐えよ。終われば何でもしてやるでのう』
「っ、なんでも、って、いったぁ……」
『当たり前じゃ、元はと言えば妾の見込みが甘かったせいじゃしな』
「うぅっ、んあ……もう、やだぁ……えぐっえぐっ、ずずっ……おねがい、あいな」
しゃくり上げながら、慧は必死で考える。
ここまで酷い目に遭わされたのは初めてなのだ、流石にちょっとやそっとの事じゃ許せそうに無い、と。
けれど寸止め状態で煮詰められた頭が、そんなまともな考えを働かせられるはずはなく。
おわったら、いっぱい、しゃせいさせて。
……これだけしか、慧の頭には残っていない。
「おねがい、しゃせいさせて、おねがい……」と譫言のように呟く慧に『もちろんじゃ』と返し、アイナは泣きじゃくる慧をひたすら宥めながらその時を待つのだった。
(……にしても)
腹の中からは相変わらず強烈な快楽が送り込まれてくる。だが、慧のお陰で何とかアイナは正気を保っている。
(慧よ、お主すっかり妾に処理して貰うのが日常になってしもうたのう)
アイナがここに来て以来……そもそもアイナが振り回し続けているお陰で溜まることも随分と減ったのだが、慧の処理はいつの間にかアイナの役目になっていた。
「だってムラムラするのは夜だし」と口を尖らせていた慧だが、どうにもアイナに処理されることを心のどこかでは望んでいるようである。本人は絶対に認めないだろうが。
(……まぁ、男の娘に堕とすには良い兆候じゃ。お主のこれは、じきに使われなくなるしの)
物騒な思考を巡らせながら、アイナは必死で首をもたげ、しかしチップに吸われているお陰で一滴も涙をこぼせず震える屹立にそっと触れる。
途端に「さわって、だして」と涙を流しながら慧が懇願するが、それはまだできない。いや、できなくは無いが今では意味が無いのだ。
『ほれ、あと1時間じゃ。とっておきを召喚してやるでの、それまで頑張るのじゃよ』
「辛いよう……ひぐっ、ひぐっ、もう出したいよぅ……」
あと1時間。
『いやはや、新しい知見は良いが、流石に今回は犠牲が大きすぎたのう』とアイナは準備をしつつ大きくため息をついた。
…………
「はぁっ、はぁっ……ううぅっ、出したい……」
『うむ、すぐに出してやる。じゃがその前にこれをしてからじゃ』
24時間が経過した瞬間、アイナはすぐさま掌の上に魔法陣を浮かべた。
ぱぁぁ、と広がった光が収縮すると同時に、ようやく慧の奥の方で蠢いていた違和感が消失する。
「……もう、いない……?」
『大丈夫じゃ、完全にいなくなっておる』
下腹部に手を当て、チップが向こうに帰っていることを確認してアイナはホッと一息つく。
次回の召喚時にはよーく言い含めておかねばと自省しつつ、アイナは『まずはこれじゃ』と召喚したものを目の前にかざした。
それは注射器のようなもので、先端が丸くなった柔らかそうなチップが付いている。
シリンジの中には濃い緑色の何かがたっぷり詰め込まれていた。
「アイナ、それは……?」
『これは魔法薬じゃ。傷を治すためのな』
「…………はい!?」
ちょっと待った、と慧がぴしりと固まる。
暫く頭の中が停止した後、傷を治す魔法薬が召喚できるならどうしてわざわざあんな凶悪な芋虫状の魔法生物を召喚したのだと、ふつふつと怒りが湧いてきた。
「……お前なぁ、最初からそれを使えば良かったじゃんか!そうすりゃ俺は」
『そうしたかったのは山々なのじゃが、これは……いや、説明するより使った方が早いのう』
「おい、ごまかすなよ」と剣呑な慧の言葉もスルーし、アイナは先端をつぷりと鈴口に滑り込ませる。
柔らかいのとそこまで太くないせいか、ちょっと染みる程度で大した痛みは感じない。
「アイナ、何とか言えよ」
『……話は後での、まずは薬を入れるぞ…………歯を食いしばる、覚悟しておけ』
「へっなんで…………」
言うが否や、アイナは一気にその緑の液体を尿道の中に流し込み。
『ぐううぅぅぅっ…………!!!』
「っっっっ…………がはっ…………!!」
ペニスが中から爆発四散するような激痛に、股間を押さえて転げ回った。
『痛いぃ…………慧のちんちんが、なくなりそうじゃ……痛すぎる……!』
あまりの痛みに、涙が、鼻水が止まらない。全身に勝手に力が入ってしまう。
「ふぐうぅぅぅ……」と獣のような唸り声をひっきりなしに上げなければ、とても正気を保てない。
慧はと言えば、どうやらあまりの痛みに走馬灯が見えているようだ。
無理も無い、傷ついた尿道を尖った石が転げていくよりも何十倍も痛いとクロリクの男たちが悶絶する魔法薬なのだ。三途の川くらい見えていても不思議では無いだろう。
『ううぅ……これだから、使いたくなかったのじゃ……分かって貰えたかのう』
「…………お前ら、魔法技術は発展してたんじゃ無いのかよ……ああもう、身体は痛くないはずなのにまだ何か痛ぇよ……」
『前にも話したが、妾たちは傷や病を治すのに道具は使わぬ。魔法で治癒力を上げる程度じゃ。……これはラトゥリ国でペインプレイを愛好する魔道士たちが作り出した薬での、どんな傷もたちどころに治す代わりに、地獄のような苦痛を与えられると評判の逸品じゃよ』
「もうさ、サイファはいっぺん滅んだ方が良いんじゃ無いか……変態にも程があるだろ……」
たっぷり30分、この世の物とは思えない痛みを味わい尽くした二人は、朝から延々と前立腺を甚振られたのもあって身体は疲労の極地にあった。
……けれども、残念ながら溜め込まれた熱を冷ますには、こんな痛みではどうしようもないらしい。
痛みが去り、尿道の中の傷が癒えれば、ほら次こそ自分の出番だと言わんばかりに慧の息子さんははち切れんばかりに太い血管を隆々と露わにし、その欲望を主張している。
慧もこのままでは収まりが付かないのだろう「アイナ、もう触って出して……」とぐったりしつつも弱々しい声でアイナに再び放逸をねだり。
『そうじゃな、とにかくスッキリして早く休むのじゃ……』
アイナも流石に疲れた様子で頷くと、そっと右手を剛直に伸ばし、慧に待望の解放を与えるのだった。
…………
夏休み明けからいきなり大変な目に遭ったが、それ以降はいつもの大学生活が戻ってきた。
これまで同様、水曜日には触手服を着て講義に臨む。
以前に比べてあまりじろじろ見られることが無くなった気がする。これは特訓の効果が出ているな、と慧はようやく訪れた安寧の日々を堪能していた。
「いやもう、夏休みに頑張ったお陰だよ。あ、でもこれからも週末は……あそこにいると思う」
「そっか、よかったな。私も今度屋外放尿にチャレンジしてみるつもり」
「ちょ、米重さんは相変わらずブレないなぁ……」
……実は相変わらず、どころか今まで以上に色気を振りまいていて、それを「ひめにゃんを見守る会」のメンバーが必死になって守っているだけなのだが、紅葉も慧の名誉のためにそこには触れないことにしたようだ。
にしても、と紅葉は慧の顔をじっと見つめる。
相変わらず整った顔をしているけれど、何故か彼女は下半身が女性と認識しないのだ。
何だろうと怪訝に思っていると、少し逡巡した後紅葉が「あのさ」と口を開いた。
「姫里、欲求不満?」
「へあっ!?なな、なんで」
「いや、そういう顔をしてる」
「どんな顔だよ!……うーん、不満ってほどじゃないんだけど……」
(相変わらず鋭いな……)
慧は紅葉の洞察力に、心の中で舌を巻く。
紅葉の言うとおりなのだ。
あの芋虫チップ君暴走事件以来……もしかしたらもっと前からかも知れないのだけれど、溜まって出してもどうもスッキリしない。
いや、ちゃんと溜まったものは出せているのだが、これまでならもっとこう、スッキリ気持ちよく射精して終われていたのに、最近ではどこか物足りなさがつきまとうのだ。
(……っ、まただ…………)
そして時折襲いかかる、あの日の記憶。
熱が溜まるだけの強烈な快楽に翻弄される辛さに、絶頂を繰り返すアイナの嬌声。
あれは実に気持ちよさそうだった。明らかに射精とは違う、もっと気持ちよさそうな絶頂を味わっているのだと思うと……
(……何を、俺は)
何で、オンナノコみたいに、絶頂したいだなんて思ってる?
「……姫里?」
「あ、ごめん。ぼーっとしてた」
ノートありがとう、といつものようにコピーを取り終えたノートを手渡して、慧はどこかふわふわとした足取りで講義棟へ戻るのだった。
…………
そんな様子を、アイナは今日も静かに観察する。
(……なるほど、メスイキとは自然にできる物ではないのじゃな……)
今までアイナが相手をしてきた男の娘たちは、皆当たり前のようにメスイキを決めていたから思いもしなかった。
どうやら地球人の特質なのか、単に十分な快楽を与えるだけではメスイキには辿り着けないらしい。
てっきり、あの日慧がガンガンにメスイキを決めていると思っていたアイナはその事実をしって少々面食らっていた。
……と同時に、慧の抱える欲求不満の原因も理解する。
(あれだけメスの快楽を得ているのにメスイキはできない、射精はできても所詮オスの快楽……それではどうやっても満足はできぬわのう)
週に3日は触手服で散々全身を、特に敏感になった乳首を嬲られているのでは、それも無理は無い。
しかしこのままでは慧の精神的にもあまりよろしくないだろう。
(……機は熟したか)
アイナとの信頼関係、常識から外れたプレイへの抵抗感の排除。
そして意図したわけでは無いが、知らず知らずのうちに開発されている身体。
たった一度でしっかり味を覚えた前立腺は、処理の度に会陰から押してやるだけでも甘い声を上げ、欲望を扱きつつ乳首を弄ればうっとりと涎を垂らしながら喘いでいることに、慧は気付いていない。
メスの絶頂こそまだ知らないが、慧の身体は既に沼へと両足を突っ込んでいるのだ。
(楽しみじゃのう。この身体がメスイキを覚えて溺れる姿が……)
やっとこれで、望みが叶う、叶えられる。
アイナは今夜も『処理』を頼もうかなと逡巡している慧を、内側から愛おしそうに見つめるのだった。