沈黙の歌Song of Whisper in Silence
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7話 『めすいき』を覚えるのじゃ!

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 年が明けて、大学が再開して1週間。
 目覚ましで無理矢理起こされた慧は「ふいぃ、寒すぎるだろ……」と身体を震わせながらいつものようにお湯を沸かし、昨日買ってきたみかんを一つ剥いて頬張りつつ、トースターに食パンを放り込んだ。

「ん……っ……」

 ふとしたときに襲ってくる熱に、射精欲に、甘い吐息が漏れる。
 無意識のうちに股間に手をやれば、感じるのはもうすっかり慣れてしまった金属の固い感触だ。

「…………はぁっ……触りたい……っ」

 嘆きを口にしながらも、その口の端は上がっていて。
 朝からどろりと溶けた瞳と共に、慧が明らかにこの状態を楽しんでいることを表している。

『む、今日はみかんじゃな。にしても冬というやつはちと寒すぎるじゃろう!こんなに冷やしては耳もかっちんこっちんになるわけじゃ!』
「おはようアイナ、ほんっと耳のこととなるとこだわりが爆発しすぎだって……ほら、遅れるからさっさと食べちまおう」
『うむ。……朝からトロットロの良い顔じゃよ、慧』
「っ……嬉しく、ないからっ……!」

 幸せそうな声でにまにまと笑うアイナの顔が脳裏に浮かぶ。
「やめろよその顔」と文句を言いつつも、慧は全然嫌そうな素振りを見せない。

(うむ、その恥じらい方も妾の好みじゃな)

 あの解放という名の慧が堕ちた日から、3週間が経った。
 ようやく『アイナ様』呼びも敬語も収まった事に安堵を覚えつつ、あの日から確実に変わった慧の姿にアイナは心からの喜びを覚えている。

 まだ葛藤が多少残っているとは言え、すっかり己の性癖を受け入れてしまった慧を見ていれば、この世界に亡命してもう9ヶ月、この身体に同居することと新たに得た膨大な異世界の知識に対して、ようやく少しだけ恩を慧に返せたような気がするのだ。

(もう少しじゃ。お主は望みを叶えられる器を持っておるのじゃから……)

 ……とは言え、慧の望みを叶えながら、自分だって叶わぬと諦めていた願いを実現させていて。
 最近では慧の望みを叶えるだけでは、少々釣り合いが取れない様な気がし始めている。
 もっとこの快楽に弱々でちょろい青年に何かしてやりたくて仕方が無い、そんな自分の感情にアイナはどこか新鮮な気持ちを覚えていた。

(まぁそれは追々にじゃな。まずは慧を立派な男の娘にする、それが妾の為すべき事じゃ)

「にしてもさ……ずっと気になっているんだけどこれ、目立たないか?」
『大丈夫じゃろ、ほれあまり薄着でおっては風邪を引くぞ?』
「んー、まぁいいか。ダメならコートを羽織ってりゃ」

 アイナがそんなことを考えているとはつゆ知らず、いつものように着替えながら慧はふと鏡に映る姿を眺める。
 そこに映っているのは、いつも通り童顔で冴えない青年の姿だ。

 ただ、明らかにその胸はほんのりと膨らんでいて。
 そっと指でてっぺんを擦れば「はああんっ……」と甘い声と共に目が蕩けてしまう。
 その様子に、アイナはますますもって上機嫌になるのだ。

『良い感じに出来上がってきておるのう。これならそろそろメスイキも出来るかもしれぬ』
「う……やっぱり、ちょっと怖いんだけどさ……」
『じゃが、お主は止めぬじゃろう?』
「むぅ……ああもうさっさと準備して行くぞ!」

(言えるかよ!アイナの手で、もっともっと気持ちよくして欲しいって……後戻りできなくして貰うのが気持ちいいんだって、そんなこと……!)

 ちょっとむくれつつ、慧はバッグを引っ掴んで外に出る。
 流石は1月、ドアを開けた途端顔に刺さるような寒さが慧を襲うが、今の煮詰まった射精欲を鎮めるにはこのくらいが丁度良い。

(……言わずとも妾は全てお見通し、ということも分かっておろうな)

 まだまだ地球の常識と本心との間で揺れ動きつつ、しかしようやく己の心の奥底に耳を傾けた慧がどうにも愛おしくて。

(今夜こそ成功させてやらねばのう、メスイキを……)

 パーカーの上からでも分かるほどほんのり盛り上がった胸を眺めつつ、アイナは今夜のプランをのんびりと練るのだった。


 …………


 話は年末に遡る。

 あの辛かった……けれど新たな快楽を知った1ヶ月の管理を終えた後、慧は3日と間を開けずに何も無い空間に向かって土下座を決め込んでいた。
 目の前の床に置かれているのは言うまでも無く、銀色に光るフラット貞操具である。

「アイナ様……お願いします、俺をまた、管理してください……」
『ふむ。慧はどのように管理されたいのじゃ?』
「……うんと、優しくして。いっぱい俺のチンコで遊んで、振り回してほしいです……」
『そうかそうか!良いぞ、妾は素直な子は大好きじゃ!!じゃが「様」は無しじゃと言うておろうに』
「でも……なんか、落ち着かなくて」

 すっかり「様」呼びが定着してしまった姿に少々やりすぎたかと反省しつつ、アイナは慧の申し出を快諾する。
「小箱は今夜召喚するからのう」と、再び慧を戒めた鍵は一旦ロックボックスに収められることになった。
 食い入るように箱を見つめ、ロックがかかった途端に「はぁ……っ!」と感極まったように腰を振って悶えるものだから、あまりに可愛らしくて……ついつい悪戯をしたくなってしまうのはもう仕方が無い。

 冬休みだというのに、年末年始に2日だけ実家に帰ってとんぼ返りしてきたのも、そんなアイナに振り回されたい慧の気持ちの発露だろう。
 本当にいじらしいものじゃと、アイナは今日も慧の無意識のおねだりに答えて、ぷっくり大きく育ってしまった胸の飾りを執拗に虐めていた。

『それはそうと、んっ……熱の方はどうじゃ』
「んあっあっあっ……ぎもじいぃ…………乳首、ぎゅってしてぇ……!」
『もうすっかり乳首がお気に入りじゃの、これならもうちんちんの快楽など要らぬじゃろ』
「っ、やだぁ…………だって、熱、消えない…………」

 可愛いおねだりに応えて少し力を入れて摘まみ、そのままぐりぐりと指の腹で転がしてやる。
 そうすれば、慧は一層高い声を上げて腰をへこへこさせながらうっとりと快楽に浸るのだ。

 とは言え、そもそも射精管理のきっかけとなった身体の内で燻る熱は、未だ引くことが無い。
 それもそうだろう。何せ今回は1ヶ月間かけてこれでもかと昂ぶらせておいて、肝心の射精はruined 、すなわち甘出しやら台無しやらと言われる不完全な状態だったのだから。

 それに、例えあの時満足のいく射精を許されていたからと言って、果たしてそれで収まったかと言われれば答えは否、だろう。
 数日は強烈な解放の余韻で紛らわせたとしても、アイナの言う根本的な対処法では無い限り縁が切れることは無いのだと、今の慧には何となく理解できていた。

 ……むしろこのまま熱を抱えてグズグズになった姿を愛でて貰うのも悪くない、なんて思ってしまう自分もどこかにいるのは否定できない。
 慧とて、流石にそこまで血迷った方向に走るつもりは無い、多分、だけど。

(……根本的な対処法…………)

 あの時はアイナが口を濁したその方法は、恐らくこれまでの慧には受け入れられないものだったのだろう。
 けれど、今の自分なら……女性に管理されることが快楽に繋がる性癖を認められた今なら、もしかしたらできるかもしれない。

(何をするんだろう……気持ちいい、かな……)

 正直、それがこの熱の発散に繋がるかどうかすら、今の慧には些末事となっていた。
 慧が望むのは、ただ、アイナによって管理され、振り回され、啼かされることで気持ちよくなることだけだったから。

 つれつれとまとまらぬ思考を更に混乱させるかのように、アイナは指を動かす。
 さっきまで延々と乳輪だけをくるくる擦っていたかと思えば、今度は先端だけをそうっとなぞられる。
 単調な、一定のリズムに沿った愛撫の中に、定期的に挟まれるぎゅっと摘まみ潰すような刺激が、だんだんと頭の中を真っ白に塗りつぶしていくのだ。

「ぁ……あへぇ…………もっとぉ……」
『慧はこれが好きじゃの。この腰がずんと重くなる感じ……良いものじゃろ?』
「はぁっ……はい……気持ちいいの、好きぃ……」

 口の端から、つぅ、と涎が伝う。
 どうしてこの乳首から与えられる快楽というのは、頭がふわふわしてすぐ口がだらしなく開いたままになってしまうのだろう。

「あぁ…………」とうっとりしたため息を漏らす慧に『それはの』とアイナがそっと囁く。
 アイナも考えることは同じだったようだ。
 今の慧なら、次の段階に……あの時に躊躇した手法に進んでも問題が無いだろうと。

 ああ、その囁き声が脳をくすぐる感覚すら、気持ちが良い。

『乳首で得られる快楽は、メスの気持ちよさだからじゃよ』
「メスの……気持ちよさ……」
『妾たちにとっては当たり前の感覚じゃがの。こう、きゅぅんと胎が切なくなって、身体の力が全部抜けて、惚けた声しか出なくなってしまう……ふわふわと、ずっと白くて柔らかい物に包まれているようじゃろ?』
「はぁ……っ…………そう、ふわふわ……チンコと全然、違う……」
『そうじゃ。そして言うまでも無いことじゃが、女子だって絶頂するのじゃよ』

 この先に待つ至福の快楽を、味わってみたくはないか?
 そう囁くアイナの声は、とろりと蕩けた蜂蜜のように甘くて、慧の心に絡みついてくる。

「乳首で、絶頂……?」
『乳首だけでは無い、ここも』
「んふぅっ……!」
『……更に奥もじゃ。全部、メスとしての絶頂を迎えることが出来る』
「メス、絶頂…………本当に……?」

 それこそが、この身に燻る熱を発散される根本的な対処法。
 今の慧は中途半端にメスとしての快楽を与えられ、けれどもまだメスとして達することを知らない。
 アイナのように与えられた刺激でメスイキできるようになれば、高めるだけ高められて放り出されるもどかしさも、射精というそれなりの快楽で誤魔化す必要も無くなるというのだ。

(……メスイキできたら、全部解決する……?)

 アイナの言葉を、ふわふわした頭は素直に受け入れてしまう。
 この熱を発散する手法がもっと気持ちが良いことであるなら、どこにも反対する必要なんて無い。
 何より、アイナが言っているのだ。アイナが、また自分を変えてくれるのだ。

 けれど、わずかに残った理性は未だ、慧を押しとどめようとする。
 ……数日前まではこの理性こそが慧の本意だったはずだ。だというのに、今や慧の心模様は完全にひっくり返ってしまっている。
 それでもまだ負けを認めたくないと言わんばかりに、理性は記憶と言葉を駆使して何とかこれまで築いてきた常識の中に慧を連れ戻そうとするのだ。

 ……それが無駄な足掻きと、どこかで知っている癖に。

 慧だって健全な男子だ、エロい話には興味津々だ。
 特に男子校育ちだからか、学校でも割と過激な話が出ることは多かった。
 
 そんな中で、メスイキの話は何度か聞いたことがある。
 何でも一度覚えてしまえば、射精の快楽すらどうでも良くなるほどの天国を味わえるとかなんとか言っていた同級生がいたような……

「あれはヤバい、もう俺戻れない気がする」

 そうほんのり後悔を滲ませながらも全く戻る気の無さそうな恍惚とした表情をしていた彼が語っていた、彼の気持ちは未だ知り得ない。

 ただ、いくら変態であることを受け入れたとは言え、そこまで堕ちるのはまだちょっと、抵抗がある。……ほんのちょっとだけだけれど。

 それに、男の身体がそうそう簡単にメスイキなど出来るはずが無い。
 男としての何かを失ってしまった彼も、メスイキできるまでには1年近くかかったと言っていたなとアイナに話せば『確かに時間はかかるじゃろうな』と彼女もあっさり肯定する。
 ただし、それはあくまで地球の技術ならじゃ、と付け加えながら。

『残念ながらこの世界は、珠玉のような思想に技術がまだまだ追いついておらぬ。本当に勿体ない事じゃ……いつか異世界の存在が知れ渡りサイファと交流を持つ日が来たならば、この世界にはどれだけ救われる者がいることか!』
「お願いだから、異世界交流で地球の変態レベルを底上げしないで」
『じゃが、サイファの技術なら全くの未経験から2ヶ月で立派なメスになれるぞ?どんなに堅物でも3ヶ月はかからぬじゃろうな』
「ひぇっ」
『ましてお主はもう、身体はメスイキを覚えておるし、ちょっと背中を押してやればすぐじゃ』
「………………はい?」

 今、この皇女様とんでもないことを言ったぞ。
 どう言うことだ、身体が既にメスイキを覚えているって。俺にそんな覚えはまっったく無いんだが。

 怪訝な顔を見せた慧にアイナは『ふむ』と頷き、掌をすっと上に向けた。
『地球には論より証拠という言葉があるそうじゃな』と話しつつ。

『ならば、手っ取り早く体験してみるのが良かろう。今から身体をメスイキさせるから、その感覚をちゃんと掴むのじゃ。さすれば、すぐにでもめくるめく快楽の世界に飛び込めるぞ?』
「いやいや待って、俺まだメスイキさせて欲しいなんて一言も言ってないですアイナ様、って一体何を召喚……?」
『ん?慧の身体でメスイキするなら、これ以外ないじゃろう』

 なんだろう、この流れはとても嫌な予感しかしない。

 慌てる慧を宥めつつ、アイナの召喚は止まらない。
 いつものようにぱあっと部屋が光に満ち、すぐに掌に収束する。
 ……そして掌の上でうにうにと動くその小さな物体が見えた途端、慧の顔は真っ青を通り越して紙のように白くなった。

「ひっ……!!」
『そう怯えずとも大丈夫じゃ……と言っても、流石に無理じゃな……』

 手のひらの上で蠢く透き通った召喚物。
 それはよりによってあの日、散々慧を苦しめた前立腺刺激用魔法生物の芋虫君だった。


 …………


『まずはやってみるでな……って、そんなに怖がらずとも無茶はせぬと言っておろう』
「そんなの、信じられるかあぁぁっ!!いくらアイナ様でも、もうこれは嫌ですうぅっ!!」

 よりによってどうしてこれだったのか。
 これならいつぞやかアイナに暴言を吐いたときに使われた、ピンク色のスライム君の方がまだ良かった……いや、良くは無いか。あれはあれで、暫く乳首が敏感になって大変なことになった記憶がある。

 泣きながら理由を問い詰めれば『お主の身体じゃと、これしかないんじゃよ』とあっさりかつ明快な答えが返ってきた。
 曰く、今の慧の身体でアイナがメスイキを感じられたのは尿道からの前立腺刺激だけなのだそうだ。
 乳首も随分育ってはいるものの、まだ絶頂にはほど遠いらしい。

『じゃから、これを使って妾がこれからメスイキする。お主はそれを体感し、メスイキとはいかなる感覚なのかを覚える。頭がちゃんと覚えればすぐにでもメスイキできるはずじゃ。だからの、もう泣くでない……最近お主が泣くと妾まで悲しくなってしまうのじゃ』
「じゃあ泣かさないでくださいよおぉぉ……!」
『むうぅ……お主、丁寧な言葉遣いになってもやっぱり我が儘じゃのう』

 ひとしきり泣いてごねる慧を宥め、ようやく「一回だけなら」と承諾を得たアイナにより、魔法生物は貞操具の真ん中の孔からちゅるりんと中に潜っていく。
 ベッドに転がり待っていれば、やがて奥に少しの違和感があった……かと思うと
 
「っあ……!!?」
 
 いきなり一気に目の前に星が散って…………今、俺は一瞬死んでいた気がする。

「んああぁっ!!」
『ちょ、だれがっ最初からクライマックスにしろとおぉぉっ!!ひぃっぎもぢいぃっ、もっだめっいぐいぐいぐうぅぅぅぅ!!』

 あまりに遠慮のない動きに、アイナもびっくりである。それどころか早速メスイキを決めている。
 残念ながら慧には突然すぎて、何が何だか理解できないけれど。

(いつもなら最初はやわやわした動きから始めるのに……!)

 どうやらこの芋虫君が慧の中に来たのは、初めてでは無いと見た。
 慧の良いところばかりを最初から全力で抉るこの仕草、間違いなく経験者だ。

(ひいぃぃぃ、俺を殺す気かよおおぉぉ!!)

 呼ぶ個体は厳選してくれ!と、あまりにも強烈な刺激で目を白黒させつつ、慧はアイナに心の中で突っ込みを入れる。
 しかしこれは流石のアイナも想定外だったのだろう。
 魔法生物を必死に窘めつつも、すっかり股間から頭を打ち抜くような強烈な快楽に翻弄されてしまっている辺り、制御もできていないようだ。

 アイナがいきなりアクメを決めてから1分も経たないうちに、慧の身体は再びガクガクと痙攣を繰り返し、その口からは声にならない悲鳴が上がった。

「うが…………っ…………ぁ……!!」
『いぐっ……ちょ、だめまたいぐっ!あああっちょっと待つのじゃ、だめじゃ、だめっ降りられ……ぁっ……!!』

 目の前がチカチカと光る。腰がビクンと大きく跳ねる。
 どこかで覚えがありそうな感覚だけど、それを想起する前にまた次の星が瞬く。
 止まらない、止まらない、ああまた身体が痙攣してる、頭が真っ白になる……!!

(ちょ、おれ、いっかいって、いったのに…………!!)

 慧の嘆きは、いつも通り魔法生物には届かない。
 何ならアイナにも届いている気がしない。こんなに乱れたアイナを見るのは、初めてこのチップを入れたとき以来かもしれない。
 ……むしろコイツ、初めての時の個体じゃないのか、いやそうに違いない!

 真っ白な意識の片隅で「アイナ様が振り回されるのもちょっと可愛いかも」などとアイナが聞いたらむくれそうな感想を抱きつつ、あまりの刺激に慧の頭はシャットダウンを決め込んだのだった。


 ――それから、30分後。


『はぁっ、はぁっ……まだ、ふわふわするぅ…………どうじゃ慧、分かったか……?』
「…………分かると、思うか……?」
『ぐぬぬ、何とも難しいものじゃ……』

 どうやら魔法生物は、たんまり慧の体液を飲んで一旦落ち着いたらしい。動きが随分と緩やかになった。
 さては駆けつけ一杯をやりやがったな、俺は生中じゃねぇ!と心の中で突っ込むも、全裸で汗だくになってベッドに沈んでいては何の迫力も無い。

 しかしなるほど、確かにアイナの言うとおりこの身体はメスの絶頂を繰り返していたのだろう。
 いつもの射精後のすっきり感と気怠さとは全く違う。ぼんやりとした熱が、全く引かない。
 それ以前に、もう指一本動かしたくないくらい全身が疲労している。

 アイナ曰く、これを繰り返すことで身体がメスイキしていることを自覚、つまりメスイキの反応がこれだと分かれば上手く身体と脳を繋げられるらしい。
『妾も初めての体験じゃがな』と戸惑っているあたり、どうやら向こうの男の娘たちは最初からこの魔法生物で簡単にメスイキできてしまうようだ。
 ……良かった、俺まだ地球人のレベルの変態ですんでた、とちょっとだけ安心してしまう慧である。

 にしても、流石にこれでは絶頂を経験するどころでは無い。その前に慧の頭が焼き切れてしまう。
 こうなったら言葉で説明してみてはと勧めれば『んー、そうじゃの……じわじわってのが、だんだんぐわわわってなって、うあああってなるのじゃ』と実に素晴らしい説明が返ってきた。
 皇女様はいつも聡明であらせられるのに、語彙力を一体どこに置いてきてしまったんだ。

『そう言われてものう……えっちの時に頭など使わぬじゃろ?わざわざ快楽を言葉に直すなぞ、向こうではやったこともないわい』
「そういうもんなのか、童貞には分からない世界が」
『お主は童貞より先に処女を何とかせねばの』
「やめて不穏発言」

 これでは埒があかない、とアイナはそのまま真剣に考え込んでしまう。
 そんなにメスイキ一つに躍起にならなくて良いのにと思わなくも無いが、自分のために何かを考えてくれているというのは、何だかくすぐったくてちょっと幸せな気分だ。

「取り敢えずさ。これ、もう出して欲しいなって思うんですけど」
『ぬ、そうじゃな……まったく、こやつ魔法生物の癖に全然言うことを聞かぬ奴じゃったな!地球人の体液と相性が良すぎるのも問題じゃのう……』

 という事で早々に魔法生物にはご退出いただき、びしょびしょになったシーツを引っぺがして洗濯機に放り込む。
 ついでに風呂に入りながらも、アイナはずっと考えを巡らせている様だった。
 同じ身体にいるから見えるはずが無いのに、あのピンと張ったふかふかの耳をご自慢そうに見せている皇女様の姿が目に浮かんで、慧はつい妄想の中の彼女に見とれてしまう。

 そんな感じでずっと静かだったアイナが『そうじゃ』と唐突に声を出したのは、ベッドに潜り込んだ後だった。

「アイナ様?」
『慧、もう少しマイルドなメスイキをすればお主でも分かるかも知れぬ!』
「マイルドなメスイキって何そのパワーワード」

 また碌でもないことを思いついたな、と頭のどこかで理性が囁いている。
 けれど慧の心は既に、これから与えられるであろう快楽に胸を弾ませていた。

『……うむ、決めたぞ慧よ。妾はお主の乳首でメスイキする!』
「そっち!?マイルドって刺激を弱める方向じゃ無いんですか!!?」
『弱めたところで前立腺は前立腺じゃ。結局慧が気絶する未来しか見えぬ!それに、胸ならば良いものがあってな……つぅ、全くそう急くでない』
「そう言われたって……痛てて、アイナ様がやることだから……」
『っ、全くお主というやつは……』

 ともかく、明日の夜を楽しみにしておれ。
 アイナの言葉にすっかり元気になった息子さんからの痛みに顔をしかめつつ、アイナは慧に向かって嬉しそうに笑いかけるのだった。


 …………


「で、これは……?」

 そうして迎えた次の日の夜、アイナが召喚したのは2枚の丸い形をした白いパッドだった。
 今回はうねうねしていないから、魔法生物では無いようだ。

『これはの……フリデール皇国におけるクーデターの一因となった魔道具なのじゃ』
「げっ、何でそんなヤバそうなものを!?ちなみにどう言う道具なん……ですか?」
『うむ、この「よわよわ乳首くん育成パッド」はじゃの……』
「待ったもう大体話が分かった」
『理解が早すぎるのう!?』
「むしろ何故分からないと思った!!?」

 何なんだ、その安直極まりないネーミングは。
 というかこんなふざけた名前の道具によってアイナは亡命の憂き目に遭ったのか。
 彼女は一応悲劇のヒロインの筈なのに、ギャグみたいな世界観のせいで本当にどこまでも締まらないではないか。
 
 ……慧が別の意味でアイナを気の毒に思うのも無理はない。

『説明は要らぬのか?』とちょっとしょんぼりしているアイナに負けて一応説明は聞くことにしたが、9割方は予想通りの内容だった。
 いや、むしろこの名前で予想が付かない方がおかしい。

 アイナ曰く、このパッドは乳首を覆うように貼り付けて一晩寝るだけで、触手服を着た瞬間悶絶するほどの敏感な乳首が出来上がってしまう代物なのだそうだ。
 効果を定着させるためにはおおよそ1年ほど毎晩継続的に貼付する必要があるが、それはあくまでクロリク達の話。
 地球人の体質を考えれば、一度貼れば一週間は感度が持つだろうというのがアイナの見解だった。

 だが、続くアイナの説明に、やはり説明とはちゃんと聞くべきだと慧は痛感する。
 第一このパッドがクーデターの原因となったという段階で説明を省くのは悪手だった。
 ありがとうアイナ、そして馬鹿やろう何てものを地球人に付けさせるつもりだ、このエロウサギが。

『ちなみにこれを一晩貼るとじゃな』
「貼ると……?」
『女の子のような綺麗なおっぱいが出来るのじゃ』
「…………チェンジで」
『何故じゃ!?』

 慧はすっかり忘れていたのだ。
 確かフリデール皇国の皇帝は、「男の娘は巨乳が至高」派だったという事を。
 ここは地球だ、流石に男の娘に女の子のおっぱいは……喜ぶやつがいることは否定しないが、リアルナチュラルおっぱいが出来上がるのはアウトだアウト!!

『そんなに嫌なのか?』とアイナがしゅんとした様子を見せるも「俺は騙されないっ!絶対に!!騙されないからな!!」と慧は必死で意気込む。
 ……が、アイナからすれば慧のチョロさなどとうの昔に看破している訳で。

『心配せずとも巨乳にはせぬ。妾とて、この世界の男には基本的に女のおっぱいはついていない事くらい知っておるからのう!』
「それ、巨乳じゃ無ければ付けて良いと思っているだろ!じゃない、思っていますよね!」
『敬語で無くて良いと言うておろうが。……のう慧よ、お主は確か貧乳派じゃよな?』
「…………そうだけど」
『そしてお主は二十歳も近いと言うのに女を知らぬ』
「うっ、ち、地球じゃ別におかしくなんかないからな!!」
『そこでじゃ、本物のちっぱいに……掌に収まるくらいの微乳にリアルで触れてみたいとは思わぬか?』
「ぐっ……卑怯者おぉぉ!!」

 ニヤリと笑うアイナの顔が浮かぶ。
 もう完全に手玉に取られているのが悔しくて…………ちょっと嬉しい。

(いやいや、男ならおっぱいが嫌いなやつなんていない、よな?あのぷるんとした柔らかい胸に触れてみたいと思うのは、地球人の男なら普通!そう、俺は何もおかしくない!!)

 ……性とは時に人を狂わせるものである。
 まして自分には当分縁が無いと思っていた女性の胸(生)だ。この際自分の身体に生えてきても問題は無かろう。
 確かにアイナの胸は何度も味わったが、あれはあくまでも幻影でかつ触手服越しだったからノーカンだと慧は都合の良い理屈を捻り出し、内心小躍りしながら首を縦に振った。
 相変わらず、安定と信頼のチョロさである。

「……絶対に掌に収まるサイズにしてくれよ」
『当然じゃ、妾は胸の大きさに興味はないからのう』

 ぺろりとはだけた胸に、パッドを貼り付ける。
 特に粘着質な感じでも無いのに、皮膚に押しつけた途端まるで皮膚と一体化したかのように吸い付いてしまったパッドは、丁度ニプレスのようにぷっくり膨らんだ乳首を綺麗に隠してくれる。

「にしても、こんなものでクーデターって一体」
『前に話したじゃろう、現皇帝のユージン帝が出したお触れを。このパッドはかつてこの世界から得られた情報を基に作り出されたものなのじゃが、当時の情報ではどんな男の娘でもぷるぷるの巨乳になるという代物でじゃな』
「待ったこれも地球原案!?地球のエロ漫画、サイファに貢献しすぎじゃね!!?」
『じゃから言ったであろう、この世界は妾たちにとって憧れの世界じゃと。……その事を知った皇帝が突然言いだしたのじゃ、ここは原点に立ち返って男の娘は巨乳とすべきである、と』
「それ絶対皇帝の趣味だろ」
『趣味じゃな』

 終わってシャツを元に戻せば、下着の上からでもはっきり分かるほど育っていた乳首が見事に目立たない。
 試しに上からそっと触ってみたが、パッドに覆われているお陰か感覚もほとんどない。
 これなら不意に乳首を刺激してしまっても「はうっ」と悩ましい声を上げずに済みそうだ。

 しかもこれまでの魔法生物と異なり、貼り付けたところで特に動くこともなく、変な刺激が与えられることもない。
 いや、むしろ肩透かしなくらい何もなさ過ぎて、これはこれでちょっと心配になってくるなと慧が不安そうにアイナにこぼせば『まだ付けたばかりじゃしの』とアイナもあっさりしたものだ。

『彼女たちも、貼っている間はほとんど何も感じ無いと言っておったな。なのに外した瞬間からいきなり感度が上がって、めちゃくちゃ気持ちがいいと大人気なのじゃよ』
「そっか、明日の朝外すのが怖いな……って、やべっアイナ様、俺明日と明後日オンラインゲームの固定活動があるんですけど……」
『そう言えばそんなことを言っておったな。……イサキと遊べるといいのう』
「何でそんな不穏なこと言うのさ!」

 それならむしろ貼ったままにしておけば良いかもしれない。貼っている間は感じないんだし。
 慧がそう提案すれば『まあ、それが次善策じゃろうな……』とアイナは承諾したもののどこか歯切れが悪い。

「アイナ様?」
『様はよさんか。まぁ……それも良かろう。3日後が楽しみじゃな』
「え、あ、うん?」

 ……このときにちゃんとアイナを問い詰めておくべきだったと慧が気付くのは、3日後である。


 …………


「ふおぉぉぉ……生だ……俺に付いているのはともかくとして、生のおっぱい……!」
『よく分からぬが、まぁお主が好む感じに出来たというなら良かったのう』

「この3日間だけはガチでゲームに集中するから!」と宣言しただけあって、時々腰を揺すりながらも伊佐木達との時間を心ゆくまで堪能した慧は、3日後の朝アイナの指示に従い、鏡の前でそっと胸のシートを剥がす。

 貼ったときにはただのシールだったのに、剥がしてみれば髪の毛のような大量の根が胸からずるんと抜けてきて、そのホラー並みために「うひぃ!」とちょっと腰を抜かしかけた慧であったが、剥がした途端にふわんと……そう、ふくよかな男性の胸ではなく、お碗をふせたような形の良いおっぱいが出現したことで一気にテンションが上がったようだ。
 鏡に映る胸と、実際の胸とを交互に見比べては「すげぇ……本物だ……!」と感無量の様子である。

「な、な、触ってもいいかな?」
『そりゃお主の胸じゃからな、存分に触るが良い』
「ふひっ、んじゃ遠慮無く」
『ただその』
「ん?」

 そっと触った方が良いぞ?というアイナの忠告は、少々遅かった。

 早速慧の右手が、ふにゅんとした小さな胸を包み込むように揉みしだく。
 アイナの触手服越しの感触とはまた違う、この掌に収まる柔らかさに感動……したいところだったが、その前に慧は「んひいぃぃぃっ!!?」と高い悲鳴を上げてその場に崩れ落ちてしまった。

(な……な……今の、何……!!?)

 腰にじわんと電流のようなものが走り、一気に脚の力が抜けてしまったようだ。
 一瞬何が起こったのか分からなかった慧だが、気を取り直して再び胸を揉んだその瞬間、疑問は氷解する。

 気持ちが良い。
 まるで胸全体が乳首になってしまったかのような敏感さを呈している。

「あはぁ……きもちぃぃ…………なに、これぇ……!」
『ふうぅんっ……これは、思った以上じゃったのう……慧よ、乳首を、そーっと触ってみよ。そーっとじゃぞ!』
「ん……そーっ、とおぉぉっ!!?」

 アイナの言葉に従ってそっと胸の頂を擦れば、あまりの快楽に脳みそから何かが一気に噴き出るような感覚さえ覚えてしまう。
 本当にちょっと先端を掠めただけなのに、頭の中がぼんやりして、口が締まらない。
 腹がずくんと疼いて……ああ、気持ちいい、もっと、もっと……!

「んあぁ……あぇ…………もっと、かりかりいぃ……えへぇ、きもちいぃよぉ……」
『……んうぅ、もどかしいっ……慧、左手を貸すのじゃ!右手は好きにしておって良いから』
「ん、あいなさまぁどうぞぉ……」
『様は要らぬと……ああもう、だめじゃこんなものでは!もっとがっつりと気持ちよくならぬか!!』
「ひぎいぃぃっ!!?」

 すっかり感度の高まった胸の飾りが相当お気に召したのだろう、慧の指は執拗にそこを責め立てる。
 けれども胸の良さがそこだけでは無いことをアイナはよーく知っている訳で。
 あまりに単調すぎる快楽に痺れを切らした皇女様は、同意を取るや否やあっさりと左手の支配権を奪い取り、そのまま指を右の胸……を通り過ぎて腋に近いあたりをふにゅふにゅと優しく揉みしだき始めたのだ。

 いきなり新たな性感帯を開発、否、既に開発済みであることを突きつけられた慧は、半ばパニックに陥りながらもその手を止めることが出来ない。

「おっぱい……きもちよすぎぃ……♡」
「これは良いのう……!向こうに帰ったら、妾も使ってみねば……ぬうぅ、逝けそうで逝けないのが辛いっ……!」

 かりかり、さわさわ、ふにふに。
 手が、指が、勝手に動いて……もう、止められない。

 触れれば触れるほど魂まで液状化してしまいそうな快楽に、股間はすっかり触発されて痛みを訴えている。
 けれど、締め付けるような痛みすら全く抑止力にならないほど魅力的な快楽の虜になった頭は、ひたすらに胸を弄れと命令を下し続けるのだ。

(もっと、もっと……きもちいいの、ほしい……)

 やわやわと胸を揉み、カリカリと乳首を掻き、ギュッとつねって全身を振るわせる。
 慧の動かす手も、アイナの動きを真似て腋の方へとさらなる快楽を広げていく。

「きもちぃ……もっと……」
『足りぬ、逝けぬ……あぁ、もっと、もっとじゃ……』

 ……惚けたような表情で涎を垂らしながら、どこまでも溶けていきそうな快楽に浸り続けた慧とアイナが正気を取り戻したのは空腹を覚えた昼過ぎだった。


 …………


「…………あいな……このおっぱい……攻撃力が高すぎる……」
『うむ、その、パッドなのじゃが……大きさはいくら貼っていても指定したサイズ以上にはならぬが、貼っていた時間が長ければ長いほど感度は上がって天井知らずでの』
「それを……先に言って欲しかったなぁ……んうぅっ……」

「このままではおっぱいで身を持ち崩してしまう!」と危機感を持った慧により、乳首には以前紅葉に勧められた厚手のニプレスが貼られている。
 けれど、3日間かけてがっつりと開発された胸は、先端を防御するくらいでは焼け石に水らしい。
 揺れるほども無い筈なのに身体を動かした些細な振動でもじんわりとした快楽を感じるし、何より飢えた頭は勝手に渇望を紛らわせようと、無意識に手を腋から胸へと繋がる辺りに這わせてしまうのだ。

「気持ちいい……けど、明日から学校なの、どうすんだよぉ…………」
『慧よ、声に全く嫌がっている素振りがないぞ……?』
「くそおぉぉ…………」

 一応、慧だって危機感は覚えているのだ。
 こんな状態で学校に行けば、また醜態をさらしかねない。何より学業に支障が出てしまうと。
 けれど……一方でその心には欲望混じりの甘えも見え隠れする。
 どうせ自分の醜態を堪能している連中だっているんだ、このままちょっとくらい大学で楽しんだって良いんじゃ無いか、と……

 そんな思考を見透かしたかのようにアイナは『いつもの席なら問題ないじゃろ?』とこれまたうっとりした声で唆すのだ。

『あそこならイサキが隣におるし、何かあれば親衛隊が囲んでくれよう』
「親衛隊言うな」
『なあに、このまま開発しなければ感度はすぐに戻る。そうじゃな、2週間もすれば元通りじゃ。じゃからそれまでを乗り切れば今まで通り過ごせるのう』
「……ま、そのくらいなら……いいよ、な?」
『ただのう』

 いずれは元に戻る。
 その言葉は条件付きであることを、アイナはちゃんと教えてくれていたのに。

『……あくまで何も開発しなければ、じゃがな』

 射精欲を吹っ飛ばす甘い快楽の虜になってしまった慧の耳に、そんな忠告は届かない。


 …………


 それから1週間、話は冒頭に戻る。
 アイナの言ったとおり、確かに風が吹くだけでも感じてしまいそうなほどの敏感さは1週間経つ内に落ち着いてきた。
 それに流石に大学に行けば緊張感もあるお陰か、はたまたニプレスの上に厚手の服を着込んでいるのが功を奏したのか、感度の上がった胸が原因で悶絶する様な事態は起こらずに済んでいる。

 ただ、それはあくまでも不意には起こらないだけで、起こせないわけでは無い。

「っ……ふぅっ…………ん…………」

 身体が、疼く。
 じわじわと頭の中が、またあの焼け付くような渇望に浸食される。
 それも仕方が無いだろう。再び金属の蓋の下にペニスを閉じ込められてから、既に20日近くが経過しているのだから。

 それでも初めての時に比べれば多少余裕が出たのか、講義も頭に入らないほどの射精欲に襲われるわけでは無い。
 何より管理されることの悦楽を自覚したのが大きいのだろう。不意に襲ってくる頭を掻きむしりたくなるような辛さも、今の慧にはアイナの手綱を感じる精神的な快楽に変換されていた。

 それに、今は、紛らわせるものだってあるから。

(……だめ、こんなところで触っちゃ……でも、ちょっと、だけ……)

 ジャケットに隠しながら、慧はトレーナーの上から触れれば分かる膨らみの頂点をそっと人差し指の爪で弾く。
 分厚い生地越しでも十分に刺激を享受できるほどの感度を保ったままの乳首からは、相変わらず痺れるような甘い快楽が腹に、頭に流れ込んでくる。
 今の慧にとっては、俺も触れとばかりに暴れようとする下半身からの痛みすら、快楽のスパイスにしかならない。

『慧よ、両方一緒がいいぞ……そうそう、同じように、一定のリズムで、の……』
「んうぅ……っ……」

 思わず小さな声が漏れて、慌てて唇を噛みしめる。
 もう止めなきゃ、講義に集中しなきゃと理性は必死で行動を諫めているのに、手が止められない……止めたく、ない。

 すりすり、かりかり、くるくる。

 単調なリズムを刻んで、淡々と同じ刺激を与え続ける。
 何でも闇雲に刺激を強めれば良いというものでは無いことを、慧は身をもって実感していた。
 最近ではこれだけで頭の奥がじんと痺れて、ふわふわと白いものに包まれていくことも増えてきている。

(このふわふわ……何だっけ…………)

 そっと隣に座る伊佐木が自分のラップトップを前に置いて慧を隠したことにすら気付かないくらい、慧は快楽に没頭している。
 ぽやぽやと回らない頭で、思い起こすのはこの白い感覚。

 そう、確かに自分はこの感覚を、どこかで知っている。
 ……この先があることも、知っているのだ。

 ふと、鼻を何かがくすぐる。
 前に座る男子学生の香水だろうか?爽やかな緑と、どこかスッとする香り。


『あれは魔法薬を作っているのじゃ。この香りは……虫除けじゃな』


 ……頭の中に響く、アイナの声。
 いや、今アイナは声を出していない。これは……記憶だ。

「!!」

 途端、慧は何かスイッチが入ったような感覚を覚える。
 お尻のちょっと上、尾骨のある辺りに熱が灯ったような、感覚を。

 そして知らぬはずなのに、悟るのだ。



 あ、俺、これからメスイキする、と。



(これ、知ってる……そうだ、あの夢だ)

 幼い頃から何度も何度も繰り返し見続けた、不思議な夢。
 いつからかそこには真っ白な波のような快楽が伴って、目を覚ませばいつもパンツの中はぐっしょり濡れそぼっていった。

「はぁっ……!」
『ぁっ……これは……慧、来るぞっ』
「っ…………アイナ、怖い……」

 見知らぬ大きな波に慧が思わず小さな声で不安の言葉を漏らせば、アイナはいつも以上に優しい声色で『案ずるでない』と慧を包み込む。

『そのまま身を任せよ、そしてほんのちょっと刺激を強くするのじゃ』
「っ、ひっ、くる……何か、何かくるっ……!知らない、こんなのっ……」


(違う。……俺は『知っていた』)


 射精とは違う、頭の中が真っ白になる気持ちよさがあることを。
 全身が蕩けて境目を無くして、腹の中が熱くて、ただ気持ちいいだけが延々と頭に残る、降りることを知らないその絶頂を。

 今、夢で得た慧の頭の快楽と、アイナに教えられた身体の快楽が……ようやく結びつく。


(…………逝くっ……!)



 ――その瞬間は、思ったより静かだった。



 小さな白い波が、全身を覆い尽くして、頭の中でパチパチと星が弾けるようで。
 けれども波は一度で終わること無く、何度も、何度も慧の全身を襲う。
 ……むしろ、波は大きくすらなっているように感じられる。

(気持ちいい……降りられない、こういう、ことか……!)
『そうじゃ、これがメスイキじゃ……っ……!はあぁぁんっ、またくるぅぅっ!!』

 頭の中が「気持ちいい」で埋め尽くされる。
 他の何も、この世界に存在しないかのような真っ白な、満たされているのに空っぽな気持ちよさ。
 
 射精の気持ちよさこそ至上だった、慧の快楽の記憶が見る間に塗り替えられていく。
 ……ああ、こんな気持ちよさを知ってしまったら。

(こんなに、いいなら……メス堕ちしてもいいや)

 真っ白な世界の中で、小さな声が囁きかける。
 慧はただそれに是と返しつつ、快楽の海を揺蕩い続けるのだ。

 初めてのメスイキが慧に刻み込んだもの、それは、あれほど頑なに拒んでいたメス堕ちへの受容だった。


 一方。

 ビクン!と大きく身体が跳ねて、けれど寝たふりをしていた最後列に座る慧の身体は伊佐木のラップトップで隠されていて。
 だから、慧のこの瞬間を知っているのは、伊佐木と……勘のいい紅葉だけ。

 異変を感じた伊佐木は、慧が椅子から落ちないように気を配りつつも「これは報告必須!」と慌ててスマホのメッセージアプリを立ち上げる。
 今は実習中であろう峰島にメッセージを打てば、瞬間返ってきた返信に「峰島先輩は過保護すぎだろ……気持ちは分かるけどさ……」と伊佐木は苦笑するのだ。

 にしても、と伊佐木は隣でいまだピクピクと震えている、童顔の青年をみやる。
 腕の隙間から見える顔はゾクッとするほど色っぽくて、うっかり股間が反応してこれでは当分席から立てなさそうだ。いや、慧も動けないだろうから問題ないと言えば問題無いのだが。

「……ったく、峰島先輩との盟約が無ければまーじで襲ってたぞ、この無自覚姫ちゃんめ……エロ可愛過ぎだろ……!」

 熱っぽい声で小さく嘆息する伊佐木の独白は、幸いなことに誰にも……慧にも聞こえなかった。


 …………


「……はい」
「あ、ありがとう……」
「で、どうだった?学校でアクメを決めた感想は」
「ぶっ!!」

 波が通り、慧がようやく潤んだ瞳を前に向けた頃には講義は終わっていて、学友達はランチに出かけてしまったようだ。
 がらんとした講義室の中に残るのは、慧と、その頬に冷たい水のボトルを当てた紅葉と、困ったような顔をした伊佐木の3人だけだった。

 紅葉の渡してくれたペットボトルを開けて、一気に水を喉に流し込む。
 暖房と絶頂で火照りきった身体に染みこむ冷たさが心地良い。
 だが、一息ついた途端の紅葉の口から放たれるストレートな質問に、慧は危うく口に含んだ水をぶちまけそうになった。

「えと、あの、バレて……」
「あのなぁ姫里、流石にあれでバレないと思っている方がおかしい」
「伊佐木に同感だな。あ、その顔で外をうろつくのはお勧めしないよ」
「あ、うん、後でトイレ行ってくる……その、ごめん」
「別に謝らなくたっていいと思う。それで感想は?私は結構良いものだと思うけど」
「ぐっ」
「よよよ米重さあぁぁん!?何でそんな無表情に爆弾発言をかましてるのさあぁ!!?」

 ……なるほど経験者か。言葉の重みが違いすぎる。
 というか一体何をしてこんなところで逝っちゃったんだ、米重さんは。

 流石にその質問を返すだけの度胸は無く「……初めてだから、何が何だか……」と正直に慧が吐露すれば「あ、初めてなんだ」と紅葉はちょっと意外そうな顔をする。
 伊佐木に至っては「姫里、それ……お前、初めてとか、ずりぃよ俺もうここから立てねぇ……」と股間を押さえて悶絶してしまっていて。

「……前から思ってたけど、俺をオカズにするのは趣味が悪いと思うぞ」
「そっ、そんなことは無いぞ!!第一峰島先輩始め、同志だって21人もいるんだから!」
「おい待てまた増えてるじゃんか!」

 素直な感想を返しただけなのに、何故かこちらがダメージを食らうような情報を追加される。
 どうして、俺は男にはこれっぽっちも興味なんて無いのに、こうも人の尻を狙う男は後を絶たないのか。

 がっくりしている慧に「そりゃ姫里は可愛いからな」と紅葉は当然だと言わんばかりの様子だ。
 あまり嬉しくないんだけどと慧が返せば「そうなのか?」とこれまた意外そうな表情を見せる。

「あんなに誘ってて、嬉しくないんだ」
「待って誘ってるってどう言う事!?」
「いや。……まあ、何にしても姫里が楽しいと思えているなら良いんじゃ無いか?何かあったんだろ、冬休みに」
「……!!なん、で」
「顔に書いてある。……だから、そういう顔。前にも言っただろう?あんまりトロットロの可愛い顔を晒してたら……危ないよって」
「っ…………!」

(彼女は、気付いている)

 何故かは分からない。けれど、紅葉は間違いなく慧がこの冬休み中に一つ「堕ちた」ことを確信している。

『流石じゃな、察しのいい娘じゃ』

 慧の中ではアイナが感嘆の声を漏らしている。
 ああ、本当に彼女は誤魔化せない。このアイナとの秘密の関係すら、いつか暴かれてしまうのかも知れないとすら思う。

 けれど、紅葉に知られてしまうことに慧が全く不安を感じないのは、彼女の正確の成せる業なのか、それとも……彼女も同類だから、だろうか。

 何にしてもそろそろランチに行かないとと話していると、講義室の前のドアがバタンと開いて「姫里!」と叫びながら涼やかなイケメンがパタパタと自分達のところに走ってきた。
 全く色男というのは、何をしていても様になる。どうして自分もああ生まれつかなかったのかと悲しくなるくらいに。

「はぁっ、はぁっ、だ、大丈夫か……?誰にもバレては」
「大丈夫ですよ峰島先輩、気付いたのは俺と米重さんだけです」
「そ、そっか……はぁぁぁ、良かった…………」

 慧の無事を確認して気が抜けたのだろう、峰島はその場にへたりこみ「姫里、俺の寿命は5年縮んだぞ……」と珍しく諫めるような瞳を慧に向けた。
 聞くに、慧が初めてのメスイキで翻弄されている間伊佐木は峰島に連絡を取り、見守る会の出動判断を仰いでいたらしい。
 だが、感付いているものが教室にいないことを理由に今回は見送られたのだそうだ。

 一体何でそんな大事に、と呆れたような口調で慧が尋ねれば「むしろ大事だと思ってないのは、姫里だけだからな」とこれまた峰島も呆れ混じりの表情で話を始めるのだった。

「そろそろ姫里も、自覚くらいはしておいた方がいいと思うんだよな。……姫里は無自覚たらしの姫ちゃんだって事に」


 …………


 その少年は、決して美少年では無かったがどこか守ってあげたくなるような愛くるしさを伴っていた。
 ……そう、峰島が「何で男子校に女子が」と一瞬勘違いするくらいには。

 峰島が慧の事を知ったのは、中学3年の時だ。
 当時からイケメンで、しかしすでに百合の世界にどっぷり浸かっていて「二次元こそ至高!」と断言する残念な少年だった峰島は、たまたま通りがかった2年の廊下ですれ違った慧に一目惚れし、次の瞬間失恋する。

 だって、峰島が好きなのは女性だったから。
 いくら女の子のように可愛くても、男は恋愛対象外だ。

 けれども一度火の付いた峰島の恋心は、男だったらからと言う理由だけで簡単に諦められるものではなかったらしい。
 それからもさりげなく先輩として仲良くなることに成功し、事あるごとに慧のことを追い続けた峰島は、とある事実に気付く。


 ……この子、めちゃくちゃチョロくて無防備じゃないか。


 その容姿は決して美人では無い。背が低くて線が細いとはいえちゃんと男らしい体つきをしているし、強いて言うなら童顔で女っぽい顔をしているくらいである。
 ただ何と言えば良いのだろう、その仕草の一つ一つが無意識に男を誘っているように見えるのだ。

 案の定、慧少年に絆されている同級生や先輩は結構な人数いるようで、中にはあからさまに慧を抱きたいと公言するものすらいる始末。
 それでいて本人は全てが無自覚だ。

 これが共学校なら、慧はただの可愛い男の子で終わっていたかも知れない。
 だがここは中高一貫の男子校である。そう、飢えたオオカミの巣だ。
 そんな中にぽつねんと現れた、蠱惑的な少年。
 ……その尻は狙われて当然だろう。

 この頃には慧の性的嗜好が女性でれっきとしたヘテロ男性である事を本人から聞き出していた、そして「最近とある先輩から妙につきまとわれて」と相談された峰島は、自分の想いにようやく……ただし変な方向で折り合いを付けてしまったのである。


 俺は、この子を恋人には出来ないが推しにはできる、それでいいじゃないか、と。


 それ以来、峰島は卒業まで、否、卒業してもなお所属していた生徒会を通じて慧の身辺を守らせ、不埒な男どもには「お話」をしながら初めて出来た三次元の推しを全力で守り続けてきたのだった。
 なお、このとき峰島に「男の娘もありだな」と新たな性癖を付け足したのが慧であることは、言うまでも無い。

 そして次の年。
 何の因果か慧は同じ大学に進学し、峰島も推しを再び側で見られる幸運に感謝しつつ、大学は共学だからとどこか安心していた。
 というのに慧は何を思ったのか、入学早々学内でエロいことをこっそりと楽しむようになってしまい「俺の推しがエロ可愛いどうしよう」と峰島は人知れず頭と股間を抱えることになってしまう。

 そんな折に、峰島は明らかに慧に色目を使っていた伊佐木を発見する。
 ちょっと絞め……じゃない、お話をすれば、どうやら彼は彼で高校時代からオンラインゲームでの付き合いがあり、「Himenyan」に惚れ込んで同じ大学に進学したらしい。

「姫里のキャラは女の子なんすよ、リアルもずっと女だと思ってたから入学式じゃショックを受けて……でもあいつ、ロールプレイじゃ無くてリアルでもHimenyanのまんまで、でも俺男は守備範囲外で……」

 そうさめざめ泣く伊佐木に、ああこんなところにも同志がいたのかと峰島は同情と親近感を覚える。
 そうして伊佐木に持ちかけるのだ。

 俺たちの恋は失恋に終わったけど、せめて推しを共に守らないか?と。

 その頃には、慧は本人の預かり知らぬ所で学内でも有名な「ちょっとエロい女みたいな男の子」になってしまっていた。
 このままでは慧が意に沿わぬ関係に巻き込まれるのも時間の問題だと考えた二人は、その推す方向が変なベクトルを得た結果「ひめにゃんを見守る会」を結成する。
 そして慧の身辺をこっそり守る代わりにエロい推しをオカズとして(勝手に)補給させていただくシステムを構築したのだった。

 そう、すべては無自覚すぎる慧と、恋心が変な方向にねじ曲がった二人の青年のせいである。

 もちろん慧はこの事情を知らない。
 慧にとって二人は、何だかよく分からないけど自分を守ってくれる気の良い友人と先輩でしかない。
 だから、これからだって二人は言わない。
 二人の初恋が慧であったことも、その恋が終わった今、二人の最推しが慧であることも。


 …………


「生き方は姫里の自由だし、俺たちがどうこう言うつもりは無いけどさ。流石に学校でメスアクメを決めるのはトイレだけにしておけ」
「うぐ……すみませんでした、先輩……」
「……そんなに過保護にしなくてもいいんじゃないのか?周りにバレなければ」
「そこなんだって米重さん。米重さんみたいなクール系ならいざ知らず、姫里は無自覚ダダ漏れ系だから本人がどれだけ気をつけたってバレバレになる未来しか見えない」
「酷い、でも反論できない」

 息を切らせて教室に駆け込んできた峰島により、こんこんと説教は続いていた。
 分かってはいたけれども、これまでも慧の痴態が「ひめにゃんを見守る会」により補足され、余計な邪魔が入らないように守られた上で堪能されていた事実を逐一開陳されてしまうのは、なかなか心に来るものがある。
「姫里は高校時代から無自覚に人を誘う癖にチョロかったが、大学に入ってエロを覚えたらますます無防備さに磨きがかかった」なんて峰島に断言されてしまっては、もう反論の余地がない。

 更に中学の頃から尻を狙われていたのは知っていたけれど、実は慧の想像を遙かに超える危険に晒されていた事を今更ながら知らされ、慧は初めてのメスイキの余韻もすっかり吹き飛んで青ざめていた。

『……お主、そのチョロさは生来のものじゃったか……これはイサキもミネシマも被害者と見たぞ、全く一体今までどれだけの人間に道を踏み外させてきたのじゃ』
(俺がしようとしてしたんじゃないってば!!)

 無自覚に誘惑するだなんて、それもよりにも寄って男をだなんて、誰が好き好んでこんな体質になんかなるものか。
 俺は男になんて一切興味は無いのにと零せば「知ってる、それは何度も聞いたからな」と峰島はうんうんと頷く。
「しかし現実に、今だって姫里は男を誘惑しまくっているんだよ」と事実を突きつけることも忘れないが。

 少し落ち着いた頃を見計らって、4人は学食に向かう。
 相変わらず峰島は人気者らしい。同じ学部の連中は皆峰島の性癖を知っているから生暖かい目で見ているが、他学部の女子が明らかに黄色い視線を飛ばしている。
 ……そんな中に、確かに慧に向けられた男性の視線が混じっていることに、今の慧は当然気付いていた。

「……心配するな、俺らが守ってやるから。姫里は自分が無自覚に人を誘惑していることだけ分かってりゃいい、どうせ自分じゃどうしようもないだろ?」
「ごもっともです……」

 そんな視線をものともせず、峰島はいたって平然とパスタを平らげる。
 その横では伊佐木が、こちらもいつも通りおどおどした様子でカツ丼にかぶりついていた。

「峰島先輩は……伊佐木もだけど、俺を止めないんですか?」

 慧は日替わり定食だ。
 相変わらずサラダの食感に顔をしかめつつも無理矢理水で流し込みつつ、ずっと気になっていたことを尋ねる。

 二人が大切な先輩や友人として自分によくしてくれているのは知っている。
 その後ろに邪な……エロい目的があるのもまぁ流石に気付いてはいるが、この二人はきっと自分には手を出してこないと慧はどこかで確信を持っていた。
 ……こんなだからチョロいと言われるのだろうなと自嘲しつつ。

「こんな変態みたいな事しているのに」と呟く慧に「俺は人のことを言えた義理じゃ無いから」とさらっと返すのは峰島だ。

「俺は百合しか勝たん」
「知ってます、俺を百合沼に引きずり込んだのは先輩ですから」
「そう、あの良い匂いがしそうな甘々な世界こそ至高!……だがそこに男の娘の可能性をぶち込んだのは姫里、お前だけどな」
「ぐふっ……」

 いいじゃないか、お前が変態なら俺は更に変態だ、と笑う峰島の顔は実に爽やかだ。
 きっとこの会話が聞こえていなければ、惚れる女性は多いに違いない。
 ……ああほら、あそこで見つめている女性陣なんて、間違いなく峰島の外見に惚れ込んでいる。
 そんな健気な様子があまりに気の毒で、早く現実に気付けますようにと、慧達はつい心の中で祈らざるを得ない。

「ま、男に興味が出てきたのならその時は言ってくれ、ちゃんと俺たちの独断と偏見で厳選して紹介してやる」
「それは未来永劫来ませんから、安心してください」
「俺もそう思う、やっぱ女の子がいいよなぁ!」

 ランチを終えれば、峰島は実習室へと去っていった。
 伊佐木と紅葉は次の講義は無いらしい。「マジで気をつけろよ」と見送られつつ、慧もまた次の講義へと足を運ぶ。

『……そう言えば、お主は男には興味がないのじゃよな』

 さっきまで峰島達のとの会話を静かに聞いていたアイナが、ぽつりと慧に問いかけた。
 当たり前だろ、と心の中でツッコめば、では、とアイナは続けて慧に問いを投げかけるのだ。

『……では慧よ、お主はその封じられたちんちんで、女の子を抱きたいと思うのか?』
「………………え」

 当たり前だろう、俺は男なんだから。
 冬休みまでの自分ならきっと、即座に言い返していた。

 けれど、何故だろう。
 ……絵が、思い浮かばないのだ。
 これまで男なら当たり前だと思っていた、女の子との交合が……慧の心に妙な違和感を生じさせて。

(いやいや、でも俺は男だから!)

 そう。
 自分は男。好きなのは女の子。それだけは自信を持って言える。
 なのに、何故アイナの問いには素直に答えられないのか。

『……ふむ』

 そんな慧の様子に何か思うところがあったのだろう。アイナはしばし考え込み『もう一息じゃな』と慧に聞こえないようにそっと呟くのだった。


 …………


 それから、更に時は過ぎる。
 外は厳しい寒さが続いているが、この部屋の中は淫靡な熱気でむせかえるようだ。

「うあぁぁっ、出したい、しゃせーしたいですぅアイナ様ああぁっ!!」
『っ、これ、様は無しじゃと言うたじゃろうが』
「んひいぃぃっ!!そこっ、そこもっとごしごししてぇぇ……!」

 あの日から、慧は完全に自分ペニスの権利をアイナに明け渡したままだ。
 射精だけでは無い、自慰も、洗浄も……ペニスに関わる全てを、アイナの手に委ねてしまっている。

 だから、こうやってアイナの気が向いたときには、戒めを外されてのびのびと天を突く欲望を延々と可愛がって貰えたりする。
 ちなみに「気が向いたら射精も赦してやるかもしれんの」とは言ってくれるものの、こればかりはよほどのことが無い限り許されないだろう。

 今日だって前日に小箱を呼んだと思ったらあっさり鍵をロックボックスに閉じ込められ、24時間経ってようやく解錠をしていただけたのだ。
 こうやって絶対に射精しないように寸止めを繰り返した後は、無理矢理痛みで萎えさせられて再び金属の蓋の下に押さえ込まれ、鍵は即時向こうの世界に戻されてしまうに違いない。

 分かっていても、今日こそ射精の許可をいただけるのでは無いかと、愚かな頭は期待してしまう。

 ……いや、違う。
 頭が期待しているのは、その後に待つ絶望だ。
 アイナに『残念じゃったのう、まだおあずけじゃ』と嬉しそうに宣告されながら、目の前で光の中に消えていく鍵入りの小箱をなすすべもなく見送る、絶望に堕とされる快楽を味わいたいから……だから、わざわざ期待をする。

「はぁっ、はぁっ、出したい、出したいよおぉ……」
『ははっ……も、もうこれ以上は、触れられぬのう……頭が、焼き切れそうじゃ……!』

 ああ、身体が動くなら、今すぐにでもこのくびれをこちゅこちゅと扱いて、たんまり溜まった白濁を吐き出したい。
 火事場の馬鹿力宜しく、本当に切羽詰まればこの身体の支配権をアイナから奪い返すことが可能なのも分かっている。

 ……分かっていても、慧はやらない。
 冬休みに入るまでの自分なら躊躇無く実行していたであろう最終手段も、今の自分には必要ない。

(これが、いい……っ!)

 どうしてわざわざ、アイナに振り回される楽しみを自分でぶち壊す必要があるのか、と。
 今や心の奥底から聞こえる声と慧の思考は結託し、望んでいた快楽を享受している。

 それに、アイナはちゃんと慧を分かっている。
 健気に振り回される愛しい子には、いつだって特別なご褒美を与えてくれるから。

 カチャリ、と小さな鍵の音がする。
 無理矢理押し込められた蓋の穴から、とろりと透明な涙が流れ落ちる。
 そんな惨めな姿すら愛おしそうに穴から伝う液体をすくうアイナの指に、脳裏には桃色の耳をピンと立ててうっとりと微笑む彼女の姿が自然と浮かんできて、ふわふわとした幸せな気持ちと、ご褒美を期待するドキドキが止まらない。

『ふふ、慧は良い子じゃ。……今日はもう一つ、メスにしてやらねばの』
「んっ、メス、に……?」
『そうじゃ』

 前に教えたであろう?と話しつつ、アイナは掌の上に魔法陣を展開する。
 部屋を照らす光が収束した先にあるのは……見慣れた透明の芋虫君だ。

(メスに……前立腺の、チップ……)

 その行為の意味するところなど、分からぬはずが無い。
 じゅわん、と音がして……新たな快楽に、脳から何かが溢れる音が聞こえた気がした。

 きっと今の自分は、実に物欲しそうな顔をしているのだろう。
『愛いのう』と熱を帯びた吐息を漏らしながら、アイナの掌が股間のプレートに添えられる。
 慧の体液を察知したのか、魔法生物はプレートに触れるや否や垂れていた体液を辿るようににゅるん!と尿道の奥へと消えていって。

『さて、リベンジと行くかのう慧。今ならもう、お主はここでも』
「んあぁぁぁっ!!」
『……っ、メスイキ、できるはずじゃ……!!』

 途端に全身に雷が落ちたような鋭い快楽が腹から発せられる。
 そうして宣告したアイナもまた、期待に胸を躍らせた慧と同じく理性を手放したのだった。


 …………


 乳首で覚えたメスイキが甘く蕩ける砂糖菓子のようなものなら、前立腺からもたらされる絶頂は脳天に響くような強炭酸のジンジャエールのようだ。
 ……理性の欠片を寄せ集めて、慧はそんなことをぼんやり思う。

 身体の奥で透明な魔法生物は自由自在に形を変え、大きさを変えつつ、ぐっ、ぐっとリズミカルに慧の敏感な場所を押し続ける。
 その度に慧の口からは濁った喘ぎ声が放たれるのだ。

「いっいぐっ、またっ、だめっもうこわれちゃう、いぐぅっ……!!」

 アイナに操られた両手は、すっかり感度の上がった胸をそっと揉みしだき、その頂まで指を這わせては、一番良いところを避けてまた遠ざかる動きを延々と繰り返す。
 かと思えば、突然てっぺんの敏感なところを延々とくるくる擦り続けて、新たな熱を胸から腰に流し込んでくる。

「ひぃっ、止まらないのぉぉっ待ってアイナ、乳首までだめぇぇ!」

 じっくり、たっぷり、腰がずんと重くなるほど、腹が震えるほどの快楽を溜めて、溜めて……ここぞとばかりに尿道の奥から、胸の頂から、あの白い大きな波を起こす刺激を与えて。

「んっ、やだっやめちゃやだ、でももう無理っ、いぐいぐいぐぅぅぅ……っっっ!!」

 ……遠くで聞こえるのは、自分の高くて甘ったるい啼き声だ。
 もはや何を喋るかすら、今の慧には制御できない。
 いや、そもそも今自分が一体どんな体勢で、何を見ているのかすら、よく分からない。


(気持ちいい)


 慧という器の中に存在するのは、快楽、ただそれだけ。
 そこから泡のように時折生じる思考すら、すぐに次の絶頂の波に飲み込まれ、文字通り泡沫となって消えていってしまう。

 ほら、また一つ、思考の泡が生まれる。

(ああ)

 もう戻れる気がしないと、全く戻る気のない顔で話していたかつての同級生の顔がよぎる。
 その気持ちが、今の慧になら……そう、ありありと手に取るように理解できてしまう。

(うん、もう戻れなくてもいいや……)

 きっとまた正気に戻れば、あのどうしようも無い焦燥感に悩まされるに決まっている。
 どれだけメスの快楽を追求しても、この身体は男のもの。生理的に溜まるものを出すための欲からは逃れられない。

 それが分かっていても。
 もし生涯、射精とメスイキの快楽、どちらかを永久に取り上げられるとしたら、今の自分は間違いなく射精の快楽を諦めてしまうと断言できる。

 それほどに慧にとってメスの快楽は、今や甘美な麻薬のように離れがたいものとなっていた。
 元々快楽に弱い慧であったから、この境地はなるべくしてなったものに違いない。

 ただ。

『はぁんっ……もっと……もっと、いぐっ……!っ、くうぅぅ……出せないのは辛いのう……まだじゃ、まだもっと、気持ちよくなって……忘れさせておくれ……!』
「アイナ、も、あたま、こわれちゃう……!!」
『何の……こんなもんでは、まだ足りぬわあぁ……っ!!』

 ここまでメスの快楽にドハマリしたのは、間違いなくこの皇女様の力が大きい。

『はぁぁ……やっぱり良いのう、この絶望感混じりの甘美な快楽……』
「あひ…………し、死ぬぅ……」
『ぬ?慧よ、まぁそう言わずにもうちょっとだけ、な?』

 もう頭のネジが数本すっ飛んでいそうな状況なのに、まだまだアイナは魔法生物を、そして胸の飾りを弄るのを止める気は無いようだ。

(辛い……気持ちよすぎて辛い……っ……!)

 もう、我慢するのが気持ちよくて、気持ちよすぎて辛くて、辛いのも快楽に変換されて……全てがぐちゃぐちゃに溶け合って。
 俺を殺す気か!と突っ込みたくもなるけれど、そこまでアイナが自分を振り回し、自分に与え……そして何より、共にこの快楽と苦痛のごった煮を分かち合う倒錯的な状況を、確かに慧の心は喜んでいるのだ。

(全部……アイナと一緒だから、俺は……)

 芽生えた想いの名前を知ろうにも、快楽に惚けた頭は言葉を探せない。
 そうこうしているうちに『慧よ』とアイナの口からは更なる悦楽がもたらされる。

「んっんぅっ……な、に……?」
『お主、気付いておるかのう?』

 くりくり、と真っ赤に腫れ上がった胸の飾りを弄られれば、思わず「んひぃ……!」と甘い声が漏れる。
 あんまり弄っていると後でヒリヒリして大変なことになるのに、アイナは手を止めない。

『なあに……ここを弄る手を止められないのは、お主もじゃろう?』
「っ……」

 そしてアイナに思考を読まれて突っ込まれれば、言葉に窮する。

 そうなのだ。
 手を止められないのは、むしろ慧のほうで。

 流石にこれ以上峰島達に迷惑をかけるわけにも行かないから、大学でアクメを決めることこそ自重しているが、どこにいてもふと気がつけば乳首を弄って悦に浸ってしまう。
 まるで息を吸うように胸に指が伸びていって、自慰を覚えたてのサルのように隙あらばこねくり回す。
 そんな状況で講義を受けることに頭は慣れてきているようで、最近では常に快楽で霞がかった状態でも何となく課題をこなしてしまっているのだから恐ろしいものである。もちろん「見守る会」の全面的なバックアップがあってこそではあるけれど。

 休みともなれば日がな一日、触手服に包まれ延々とメスイキを繰り返す。
 洗濯物を干しながら、ご飯を食べながら、ふとした瞬間に緩く絶頂して、快楽に浸って……そしてまた刺激を求めて。

 そんな日々を重ねていく内に、いつしか燻り続けていた熱はすっかり消え失せていた。
 代わりに慧の中に残されたのは、消えない射精欲と、飽くなきメスの快楽への渇望、そして――

 アイナはどこか嬉しそうに慧の気付いていない事実を突きつける。

『初めてパッドを使った日から1ヶ月半……のう慧よ、この2週間、妾がお主にパッドを貼っていない事に、気付いておるか?』
「……え…………?」

(パッド……貼ってない……そう言えば、胸は平らに…………戻っ、て……)

 快楽に惚けた口から、涎がたらりと落ちる。
 それとともに、どろりと快楽に蕩けた瞳から、アイナの言葉を理解した涙がつぅ、と一筋溢れた。

 アイナは確かに言っていた。
 パッドは定期的に貼らなければ、大きさも感度も元に戻ってしまうと。

 ただし


 感度についてはあくまで「開発しなければ」の話である。


 最後にパッドを貼ってから2週間。
 暇さえあれば弄り、弄られ続けた……恐らく寝ている間だってずっと触っているはずだ……慧の胸の感度は落ちるどころか、初めて3日間パッドを貼りっぱなしにした日に匹敵するほどの、もはやニプレス無しには服を着ることが出来ないほどの感度を維持している。

 一度開発された身体は、意識的に刺激を遮断し続けなければ……否、それでも完全に元に戻ることはない。
 まして快楽に弱い慧がこれから先、己の手を止めることが出来るかと言われれば、答えはもう明白だ。

「あは……あはぁ……」

 けれども。
 後戻りできない現実を、絶望を突きつけられたはずの慧の口から漏れたのは、確かに歓喜の声で。

「アイナ様ぁ……俺、もう戻れない……どうしよう、俺今、気持ちよくて、すっごい嬉しい……」
『じゃから様はやめいと……まったく、可愛い子じゃの』

 慧はアイナが変えてくれた身体に、うっとりとまるで宝物のように慈しむような眼差しを向けるのだった。


 暦の上ではそろそろ春になろうという季節。
 慧がアイナの理想とする男の娘になるまで、あと二ヶ月である。

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