沈黙の歌Song of Whisper in Silence
沈黙の歌Song of Whisper in Silence
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11話 約束は果たさねばのう!

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 ――そして月日は巡り、また幾度目かの春を迎える。
 寂しさにはいつまで経っても慣れない。
 それに涙の数が減った分だけ、アイナが遠くなった気がするんだ――

「あ、ひめにゃん先輩が来た!」
「先輩、卒業おめでとうございますっ!!ううっ、もう先輩の愛らしい姿を見られないかと思うと、俺……」
「あ、ありがとう……まぁでもほら、SNSはずっと続けるからさ」
「はいっ!!動画配信もお待ちしております!」

 桜もそろそろ満開になりそうな3月下旬、慧は人生を変えてしまった大学生活にピリオドを打つ。

 卒業式の服は紅葉たちと示し合わせて袴にした。
 行きつけの美容院で朝の7時から着付けと化粧、ヘアアレンジをお願いすれば「男の娘の化粧は初めてなのよね」と緊張した面持ちで施してくれたが、やはりプロは違うなといつもより艶やかな顔を眺めて感心する。
 それに、和装はくびれが無く胸が小さくても綺麗に着こなせるのがありがたい。
 たまには着物で出かけるのもいいかなと思うけど、見せる相手がまだいない事に気づけばただ寂しさが過ぎるだけだ。

 卒業式を終え慧を取り囲む集団の中から、一人の青年が出てきて手を差し出す。
 慧はそのイケメン……峰島と万感の思いを込めて固い握手を交わした。

「卒業おめでとう、姫里」
「峰島先輩……ありがとうございます。4年間、本当にお世話になりました」
「なあに、推しが可愛くなった上に大量の百合シーンを産み出してくれたんだから、このくらいは安いもんだよ」
「その妄想は最後まで治らなかったか……」
「姫里だって今でも百合は大好きだろう?」
「ぐっ……最高ですよね!」

 慧の卒業をもって「ひめにゃんを見守る会」は解散となる。
 会長だった峰島は予定通り大学院に進み、すっかり機械工学科の名物となった慧を何かとサポートし続けてくれた。
 峰島の提案で始めたSNSはあっという間に数万のフォロワーを抱える男の娘アカウントに成長し、最近では動画配信でもちょっとしたお小遣いが稼げるくらいである。

「慧ちゃん!はやくー」
「あ、今行く」

 立て看板の前で、紅葉達と写真を撮る。
 紅葉は大学院に進学するから今後も会えるだろうが、紗南や雅は地元に帰って就職するためこうやって交流するのもこれが最後だ。

 ちなみに伊佐木は明後日日本を離れ広州に旅立つ。
 二人がプレイしているオンラインゲームの開発会社に就職が決まったと聞いたときは「お前中国語喋れたのかよ!?」「てか良く入れたな!」と学部内でも大騒ぎだった。

 これも姫里のお陰だけどな、と仲間内全員の進路が決まった後の飲み会で伊佐木は照れながら話していたっけ。
「新しいチャレンジを繰り返すひめにゃんを見てたらさ、俺もゲームばっかやってる場合じゃないなって思って。だから、2年の後半からめちゃくちゃ英語と中国語とプログラミングの勉強をしていたんだよ」となんだか凄く良いことをしたかのように言われたけれど、慧がやっていたチャレンジは主にエロい方向ばかりだ。本当にそれを見習って良かったのか?とちょっとだけ疑問に思う。

「うん、綺麗に撮れてる!ありがとうー、大事にするね、慧ちゃん」
「慧ちゃんはここで就職するんだっけ」
「うん、私元々ここが地元だしね。まさかこんなところにアダルトグッズの開発会社があるだなんて思いもしなかったよ」

 そう、慧は県内にあるアダルトグッズの開発会社に就職する。

 そもそも男の娘として生きていくと決めた段階で、就職は諦めていた。
 もちろん仕事の時は普通の男性の姿に戻って、プライベートで男の娘として過ごすという選択肢もあった。
 慧は性自認は男性だし、別に男性として過ごすこと自体に違和感は無い。今だって服装こそ女装しているが、基本的な意識は(エロいとき以外は)男性のままだから。

 けれど、数ヶ月間悩んだ末に慧はその選択肢を却下する。
 この姿は自分だけが望んだものでは無い。愛しい人の望みであり、理想でもあるのだ。
 それを仕事のためという理由で一時的にでも捨ててしまうのは、どこか彼女が遠くなってしまいそうで……逢えなくなりそうで、どうしても出来なかったのだ。

 そんな決意をぽつりと漏らせば「慧らしいね」「いーんじゃね、ひめにゃんが決めたんだから」と紅葉と伊佐木が諸手を挙げて賛成する一方、峰島は「それならむしろ、男の娘であることを活かしてみたらどうだろう」とSNSと動画配信を勧めてきたのである。

 結果として、峰島の提案は大正解であった。
「やたらチョロ過ぎて見ている方が心配になる男の娘」として庇護欲をかき立てられたファンをネットでも獲得した慧は、少しずつ案件を貰うようになり……その伝手からとあるアダルトグッズ開発会社に就職を決めたのだ。
 ちなみに社長曰く、決め手はこれまで使用してきた各種ディルドのレビューと改善点を専門知識を活かして書き連ねたレポートだったらしい。好奇の視線に晒されながらも真面目に大学に通っていて本当に良かった。

「じゃあね!慧ちゃんもがんばってね!」
「うん、紗南さんも雅さんも4年間本当にありがとう、楽しかった」

 両親と会場を後にする二人を見送り、慧たちは「じゃあ打ち上げに移動しようか」と街へ繰り出すのだった。


 …………


「慧のお母さんは、何だかノリノリだったな。俺らよりはしゃいで写真撮ってたじゃん」
「そうなんだよ……この歳で娘が出来たみたい!一粒で二度美味しい!!とか言われちゃってさ」
「理解があるのは良いことだよ」

 「せっかくだから打ち上げの前に桜が見たい」と言う伊佐木の提案で、桜のアーチが美しい遊歩道を4人並んで歩く。
 今年は桜の開花が早かったお陰で、週末には満開になるとニュースで流れていた。

(……アイナと、見たかったな)

 どうしても、春はよろしくない。
 初めて出会ったあの日の記憶が蘇り、すぐに鼻がツンとしてしまう。
 今日は折角綺麗にメイクを施して貰ったのだ、せめて帰るまでは涙は取っておきたい。


『慧よ、約束しよう。お主が逢いたいと思うならば、妾はいつか必ず』
『とにかく何か考えておくから待っておるのじゃ!』


 ――アイナが元の世界に帰って約3年が経った。
 結局慧に出来ることは男の娘として過ごしながら約束を信じて待つことだけで、そして3年経ってもアイナとの再会は叶っていない。

 何度も寂しさに襲われ涙に暮れ、いっそ忘れてしまえたらと自棄になり、けれどもアイナを覚えさせられたこの身体がそれを許すはずも無く。
 相変わらずあのデートのような気持ちよさを得られないお陰でガチャの軍資金はあっさりアダルトグッズに消えてしまう。
 じくじくした熱を少しでも紛らわせようと、そしてアイナに開発された身体を維持しようと懸命になった結果、慧の身体はより男の娘らしく、そして淫らに育っていた。

(この身体を見たら……アイナは何て言うんだろうな)

 アイナのことだ、きっと『お主は本当に快楽に弱いのう』とあの美しい瞳で弧を描きながら嬉しそうに口ずさむに違いない。
 ……ああ、あのすらりとした指を想像するだけでまた胎に熱が溜まってしまう。

すかさず両隣から「慧、妄想が顔にダダ漏れだよ」「ひめにゃんのエロ顔も今日が見納めだから……あ、写真写真」といつものように指摘され、「いや写真はマジで勘弁して」と慧は慌てて頭をぶんぶんと振るのだ。

 アイナと会う前から何も変わらない、けれどもどこかぽっかりと心に穴が開いたような日々。
 今日も何事も無く楽しく……ちょっとした寂しさを抱き締めて過ごすだけ、そう思っていた。

 と、前を歩く峰島が「……ん?」と声を上げた。

「どうしたんですか、峰島先輩」
「あ、いや……綺麗な人だなと思って」
「峰島先輩、また妄想の世界ですか」
「ひどいなぁ米重さん、今回は三次元だよ」

 峰島が「ほら」と視線で前を指す。
 桜並木の途切れる辺り、スマホを弄っている女性に伊佐木も「あ、確かに遠目にも分かる美人」と声を上げた。
「ま、ひめにゃんには敵わないけどな!」と付け加えるのも忘れない。そこは忘れても構わないのだが。

(……確かに、綺麗な女の人だな)

 それは不思議な印象の女性だった。
 年の頃は20代半ばだろうか、ウェーブのかかったスノーベージュのロングヘアに、ピンクのインナーカラーが甘さを足している。
 パープルのニットと黒のホットパンツ、ブルーグレーのニーハイブーツという出で立ちは3月下旬には少々寒そうに見えるが平気なのだろうか。
 もう少し温かくなってきたらああいう格好も試してみようかな、なんて思いつつ足を進めれば、ふと彼女がこちらに顔を向けた。

「あ」



 その瞬間、慧の、世界の全てが――動きを止めた。



「……慧?」
「…………アイナ……?」
「「「え」」」

 ぽつりと慧の口から漏れた言葉に、3人の視線が一斉に女性の方へと向く。
 確か慧の話に出てきた皇女様は、この世界には存在しない落ち着いた桃色の髪に、深紅色の透き通った瞳をしていたと言っていた。
 目の前の女性には、その特徴は全く当てはまらない。そもそもクロリク――峰島曰く、その種族名はロシア語の「兎」に似た発音なのだそうだ――の特徴であり、彼女が何より大切にしていた「耳」がない。

 けれども。
 叫んでいるのだ。慧の中でこの器が、そして魂が。
 あれはアイナだと、この器の持ち主であり、愛しい皇女様なのだと――

「……う、そ……」

 慧に気付いた彼女は、今度こそはっきりと意思を持ってこちらに目を向ける。
 そして柔らかく大人びた……そう、あの頃と何も変わらない微笑みを慧に返して。

「…………っ」

(まさか、このタイミングで……)

 あまりにも突然の再会に、頭が追いつかない。
 そんな慧を見かねたのだろう、紅葉が「慧」と声をかけた。

「……行きなよ」
「紅葉、さん……?」
「待ってたんだろう?ほら、しゃんとして。3年も待たされたんだ、思いの丈を全部伝えてきな!」
「っ!」

 バシン!と勢いよく背中を叩かれ、思わず足がよろける。
 その勢いのまま、慧はよろよろと、そして次第に小走りに桜並木を駆け抜けた。

 ああ、袴がまとわりついて、上手く走れない。
 しかも久しぶりに息子さんが反応してやがる。お前は現金にも程がある、痛いからちょっと勘弁して欲しい。

 駆け寄る慧の目の前で、すっと彼女が両手を広げる。
 ようやくはっきり捉えたはずの懐かしい相貌が、笑顔が、あっという間に春霞のようにぼやけて滲んでしまう。
 だってその顔立ちは、今回もアイナに……そして器であった慧に良く似ていたのだから。

(アイナ、アイナ……逢いたかった、アイナ……っ!!)

 近づけば近づくほど、心が歓喜に震えて、涙が止まらない。
 色は違うけれども、その瞳の美しさはやっぱり変わらないままだ。

(待っていた……!ずっと、アイナが望んだ形で、私は……!)

「っ……アイナ…………!!」
「…………約束を果たしにきたぞ、慧よ」

 広げられた腕の中に飛び込んで。
 遅いぞって文句を言おうと思っていたのに、嗚咽に邪魔されて何一つ言葉にならない。

「うっ……うわあぁぁん、ひぐっ、うわああぁぁ……っ……!!」
「うむ、待たせたのう愛しい子よ……!」

 アイナは何も語らず、ぎゅっと慧を抱き締める。
 人目も憚らず泣きじゃくる慧を、後ろに残された3人もまた涙を浮かべて見守っていた。


 …………


「良いんですか、私達まで一緒で」
「うむ、お主達にはあの頃もそれはそれは世話になったし、きっと妾が去ってからもじゃろう?あとクレハよ、妾に敬語はいらぬ」
「あ、名前知って……るよな。分かった、アイナさん」

 ようやく泣き止んだ慧を「まったく、ヘタレなのも変わらぬままじゃのう」とどこか嬉しそうに見つめるアイナに、これは二人だけの時間だなとそっと去ろうとしたら「どこへ行くのじゃ」と引き留められ。
 結果として4人はアイナを連れて、近くのファミレスへと打ち上げに向かったのだった。

「じゃあ、姫里、伊佐木、米重さん、卒業おめでとう!」
「かんぱーい!!」

 簡単な自己紹介の後、グラスを鳴らして互いの未来を祝う。
 一段落付いたところで慧達がアイナに卒業のことを話せば「そうじゃったか」とすまなそうな顔をした。

「まさかあれから3年近く経っておるとはのう……まぁ、前回の18年から比べれば随分誤差は小さくなったが、宮廷魔法師団もまだまだじゃな」
「もう大変だったんすよ!特に最初の1年はちょっとしたことですぐ泣き崩れるし、なのにやたらエロい顔して……スイッチが入ったらずーっと射精したい、アイナ様射精させてーって涙目で譫言を」
「うわあぁぁ伊佐木、それは言わないでえぇ!!」

 それはそうとアイナはいつこっちに来たんだ?と慌てて誤魔化すように慧が尋ねれば「昨日じゃ」とアイナは一枚のカードを取り出した。

「これ……運転免許証じゃん。アイナ、運転できるのか?」
「何を言う慧よ、お主とのデートの後に起きぬお主の代わりに妾が運転したではないか」

 運転免許証に記されているのは「嵯峨野愛菜(さがの あいな)」という名前と今のアイナの顔写真だ。
 生年月日から数えるに、どうやら今は25歳らしい。
「これ本物?」と慧が尋ねれば「もちろん本物じゃよ」とアイナは得意げな表情を浮かべる。

「妾は正式に地球人として転生したのじゃ。この身体が朽ちるまで、向こうに戻る必要はないからのう」
「「!!」」

 今回のアイナは、どうやら前回の反省を元に新たな方法で地球に転生してきたらしい。
 曰く、最初から成人体の器を魔法で生成し、転生先で暮らすために必要な知識を付与しておく。もちろん「先住民」が入らないような対策も万全だ。
 同時に転生先の歴史に関与しない範囲で、この器が元々この世界にいたという情報を世界に書き込んでしまう。これにより、転生した瞬間からその世界の成人として活動できるようになるのである。

 ちなみにこの魔法を考案し体系立てたのは、あのへっぽこ魔法師長のアルペルッティだと言うから驚きだ。
 あの変態おっさん、本当に優秀だったんだなと慧は心の中で独りごちる。

「まあ、妾の場合は元々1年あまり慧の中にいたからのう。ある程度の知識は持っておるが、にしてもこの世界での役割も必要じゃからな。ちなみに今の妾は、美容師として働いておる設定じゃぞ」
「びっ、美容師!!?ちょっと待て、アイナのその芸術センスで、美容師!?」
「あ、それは聞いた覚えがあるぞ……ゾンビみたいな土塊を自画像と言い張ってたとか」
「ちょ、慧よ、お主妾のことを一体何と説明したのじゃ!?」
「アイナさんが3年も待たせたから仕方ないな。多分ほぼ全て知ってるよ、俺たち……大体何百回泣きながら延々と惚気を聞かされたか……」
「ぐぬぅ……それは本当にすまなかった……」

 運ばれてきた料理に舌鼓を打ちながらも、話は尽きない。
 離ればなれだった3年間を取り戻すかのように、慧は、そして紅葉達はこの3年間の出来事をアイナに話し続けた。
 その一つ一つにアイナは興味深そうに耳を傾け、笑い、時にしんみりした表情を見せる。
 それはまるで、掌から零れ落ちてしまった宝石を大切に拾い上げ抱き締めるかのような、どこか切なさの滲んだ愛おしさを感じさせるのである。

「……待っていたのは、アイナさんも?」

 そんな様子に何気なく紅葉が尋ねれば、一瞬虚を突かれたような表情を見せたアイナだが、すぐに柔和な笑顔に戻って「そうじゃな」と頷く。

「お主は相変わらず聡いのう、クレハ。無論じゃ、妾だってこの日をずっと待っておった。……じゃが、同じ待つにしても妾より慧のほうがずっと……辛かったじゃろうて」
「だめだよ、年下だからってそうやって慧を甘やかしちゃ。アイナさんだって寂しかったならちゃんと伝えないと」
「ふふっ、クレハは厳しいのう。話から察するに、これは相当慧に手を焼いたか?」
「手は焼いてないけど、本当にチョロいしすぐ流されるし、ヘタレだしなのに一途だから。締めるところはびしっと締めてあげた方が慧のためかなって」
「……ぐぅ、紅葉さんが容赦ない」
「ごめん、それは俺たちも思うから擁護できない」
「酷い」

 じゃが、本当に感謝する、とアイナは深々と頭を下げる。
 妾の愛し子を守ってくれてありがとうと何度も繰り返すアイナに、ああ、彼女なら慧を託してもきっと大丈夫だと、紅葉はもとより別れの日の慧が未だ忘れられない伊佐木と峰島もようやく安心するのだった。

 本当に良かった。慧は確かに、この皇女様に深く愛されているのだ――

「ところで聞きたかったんだけど」

 お腹も朽ちて話も一段落したところで、紅葉が好奇心から話を切り出す。
 それは正式に地球人として転生してきたアイナの能力についてだった。

「アイナさんの身体は、慧と同じ……その、異世界の成分が入っているの?」
「うむ。慧の身体は1割くらいじゃったが、この身体は4分の1がサイファの成分で出来ておる。寿命は人間と変わらぬが老化の速度は遅くなるかのう、まぁそれは慧も同じじゃが」
「え、それは初耳」

 クロリク達はほぼ不老長寿だ。
 400年前後という寿命を持ち、外見は15歳から寿命を迎える数年前までほぼ変化が無いという。
 だから外見の老いを自覚すれば、世界に還る日に向けて身支度を始めるのが通例だそうだ。

 そして峰島曰く、慧は背こそ伸びたもののその顔立ちは15歳前後の頃から全く変わっていないらしい。
 どうやらずっと不思議には思っていたようで「そっか、ちゃんと理由があったんだな」と一人でうんうん頷いている。
 年齢なりに年を取らなければこの世界では不具合が起こらないのか?と慧が尋ねるも「美容師は若々しい方がよいじゃろう?なんじゃったか、美魔女とか言っておらんかったか」とまた慧の知らない余計な地球の知識を披露してくれる。だがアイナ、きっとそれは間違えた知識だ。

「それに、慧もいつまでも愛らしい男の娘でいられるのじゃよ」
「そうだよ!今の外見を死ぬ直前まで維持とか、サイコーじゃんか!」
「いやいやどうすんだよ、あまりに年を取らないんじゃ私そのうち外で働けなくなりそう」
「案ずるな、その時は妾が養ってやろう。なに、もうお金の使い方はバッチリじゃぞ!」
「嘘つけ、人のカードを容赦なく使い倒していた癖に!!」

 容赦ない慧の突っ込みに、けれどアイナはとても嬉しそうだ。
 ……というより、何だかとても懐かしそうな顔をする。
 不思議そうに見つめる紅葉に気付いたのか「話を戻すとじゃの」とアイナはすっと先ほどの穏やかな笑顔に戻った。

「以前より使える魔力も増えておる。とはいえ、制限はそのままじゃ」
「制限?ああ、なんだっけ異世界の触手を召喚するとかなんとか」
「触手だけではないがの。サイファにある命のない物質と魔法生物を召喚する魔法のみが、この世界で使えるのは同じよ。……ただ、ちょっとだけ法律を変えてじゃな。基本は同じなのじゃが、最大で3つまでこの世界に同時に存在できるように」
「職権乱用にも程があるだろそれ」
「まあ皇女様ならそのくらいは許される……許されるものなの?」

 さらに追加で頼んだサラダを頬張りながら、アイナは新しいルールについて話す。
 ……というかそのサラダは、どう見ても3-4人で分けるサイズだろう。1人で抱えてムシャムシャやってるから、伊佐木がちょっと引いてるじゃないか。

「別に職権濫用と言うわけでも無いのじゃぞ?第一妾が皇帝だったのは250歳までじゃし、これはただのフリデール皇国民として国からの許可を受けたものよ」

 召喚魔法の行使が24時間に1回と言う制限は以前と変わらない。
 ただ、3回目までは先に召喚したものが元の世界に戻らず存在できるようになったそうだ。
 もちろん4回目の召喚をすれば、最初に召喚したものが元の世界に戻ることになる。

 それに一見すれば大幅な緩和に見えるが、この回数緩和のために新たな制限も設けられている。
 それは使用目的だ。

「その……えっちな事に使うもの以外は召喚できぬのじゃ。じゃから、幻影用の触媒は残念ながらもう呼び出せぬ」
「あーあの前衛的な土塊とやら」
「そこは触れるでないイサキ。とはいえ、今は自分の身体があるから問題はないがのう」
「待って、それは前とほとんど変わらないってやつじゃんか、このエロウサギ!」
「失敬じゃのう、今はもう地球人じゃというのに」
「あ、それならアイナさん、私用の触手服も借りられる?」
「「米重さん!?」」

「だめだこの皇女様、やっぱりエロいままじゃんか」と頭を抱えながらもどこか嬉しそうな慧に、これ幸いとばかりに「アイナさんが帰ってきたら慧に頼んで貰う約束だったんだ」と相変わらずのポーカーフェイスでさらっととんでもないことを頼む紅葉。
 二人を交互に見つめながら「……ぷっ」とアイナは思わず吹きだした。

「ああ、本当に……本当に何も変わっておらぬのう!そう、お主はそういう娘じゃったなクレハよ。もちろんじゃ、慧をずっと支えて貰った礼も兼ねて触手服と言わずなんでも求めるがよいぞ!」
「……アイナ、紅葉さんを更に変態の道に突き進ませてどうするんだ」
「何の問題も無いよ、慧。私は私のご主人様が見つかるまで、とことん一人で探求すると決めているから」
「だれか紅葉さんを止めてぇ」

 ならば週末にまた会おうと二人は約束し、ついでにアイナは皆と連絡先を交換する。
 流石にスマホは1年間使い倒していただけあって使い慣れている……かと思ったら「ぬ、慧よ、このアプリとやらはどうやって入れるのじゃったか」と尋ねながらだ。
 まるで孫に教えられるおばあちゃん状態だな……と思うも、慧から散々年齢のことを口にすれば手ひどいお仕置きを食らっていたと聞いていた3人は、そのツッコミは心の中でそっと呟くだけに止めるのだった。

「……もしかしたらさ」

 夕暮れ時、「じゃあまた。伊佐木は準備頑張ってな」と店を出てアイナの車に乗り込み去って行く慧たちを見送りながら、紅葉はぽつりと呟く。

「どうした、米重さん」
「あ、いや……私の気のせいかも知れないけど」

 やはり女の勘は鋭い。
 前置きをしつつも、どこか確信を持って紅葉は語るのだった。

「アイナさん、私達が思う以上に……それこそ何百年も、この日を待っていたんじゃ無いかなって」
「えっ」


 …………


 大学近くのレストランから車で約1時間。
 あの日アイナとデートをしたモールからほど近い分譲マンションの最上階にある4LDKの角部屋が、アイナの新しい家だった。
 どうみてもそれなりにお値段のしそうな広々とした部屋と立派な設備に、ちょっと目眩がする。

「ここが妾の住処じゃ。器に服への耐性は付与したお陰で、がさがさでも気にならずに着ることは出来るようになったのじゃが、やはりどうにも家というのは慣れなくてのう……そうじゃ!ここに大きな木でも植えて」
「やめて分譲マンションだからって家の中に木を生やさないで」

 ……いや、目眩の原因はそれだけではない。
 3年経とうが地球人に転生しようが、やっぱりアイナはアイナのままだ。知識を詰め込んだところでサイファの民として過ごしてきた習慣はそう簡単には抜けないのだろう。
 これは改めて地球の常識を教える必要がありそうだな、と何気なく開けた冷蔵庫にびっしりと詰まった小松菜とキャベツを発見して、慧は「……私は何も見なかった」とそっと扉を閉めるのだった。

 それにしても、最上階からの眺めは実に素晴らしい。夜景はきっと綺麗だろうし、毎年夏に行われる花火大会もここからなら快適に眺められそうだ。
 一体どうやってこんな部屋を手に入れたのだろうかと不思議に思って尋ねれば「買ったわけではないぞ」という意外な答えがアイナから返ってきた。

「はい?買ってないってどういう……」
「これが魔法の力じゃよ、慧」

 どうやらさっきアイナが話していた「存在を世界に書き加える」魔法というのは思った以上に壮大な事を成し遂げるらしい。
「できる限り快適に、しかし歴史を変えないように」と試行錯誤を繰り返した結果、今のアイナは天涯孤独の身ながら相続した不動産収入で暮らしていて、美容師は趣味という多方面から突っ込まれそうなチート環境を手に入れてしまったのだ。
 確かに異世界転生らしい設定で、実に羨ましい。

 いいなぁ、とため息をつきつつ慧は「そこまでチート状態にするには試行錯誤を繰り返したんだろうな」と感想を漏らす。
 アイナはいつの間にか服を脱ぎ捨て、ついでに慧の服もいそいそと脱がしながら「そうじゃな、200年くらいかのう」と事もなげに返事をした。
 そりゃ200年も費やせばチートな魔法も出来上がるかと、アイナに手を取られ一緒にバスタブに浸かってぼんやり……していたはずの慧は、思わず我に返る。

(え、200年もかけたって……!?)

 つまり、少なくともアイナはあの別れから200年を向こうの世界で過ごしてきた……?

「ちょっと待ったアイナ、んっ……」
「はぁ、慧の肌はやっぱりもちもちですべすべじゃ……ふふっ、この髪は地毛じゃな。そうじゃ、お主に似合うように整えてやらねば。にしても……また耳が固くなってるのう、湯浴みが終わればたっぷり愛でてやるでな」
「んはぁ……っ、じゃ、なくてぇ……アイナお前、一体何年ぶりに私と再会したんだ!?」

 早速慧の耳をはむはむしながら胸をまさぐり始めるアイナに流されそうになりながらも、慧は必死で尋ねる。
「まぁ良いではないか」とアイナはすっかりやる気満々だ。おかしい、アイナは確かにエロウサギな皇女様だったが、こんなに易々と理性を飛ばしてしまうような奴では無かったのに。
 良くない、と抵抗する慧にアイナも根負けしたのだろう、しぶしぶ手を離したアイナは慧の耳元で、そっと囁くには大変重大な情報をもたらしたのだった。

「……ちゃんと転生したと言うたじゃろう。アイナ・フリデールは昨日、サイファにて415歳で世界に還った……じゃからお主と会うのは295年ぶりじゃ」


 …………


 あの日、無理矢理サイファに戻らされたアイナが目を覚ませば、目の前には見慣れた濃い藍色の空が輝いていた。

「……戻ってきたのじゃな」
「アイナ様、お帰りなさいませ!ああ、急に動かれますとお体に触ります故、2-3日はゆっくりなさって下され」
「うむ、大義であった、アルペルッティよ」

 宮殿――といっても地球で見た大きな建物とは比べものにもならないほど素朴な石の建物だが――近くの草原で目を覚ましたアイナは、早速状況を側にいた魔法師長に尋ねる。

 こちらの世界ではアイナが亡命してから既に5年が経過しており、クーデター後貧乳派のリーダーが一時的に皇帝の座についたものの、先帝同様の強硬策を連発した事により、巨乳派が先帝を担ぎ上げ、さらに民衆から「胸は形こそ命!」の美乳派が蜂起。
 3年に及ぶ三つ巴の内戦を経て、ようやく「こんな争いのために男の娘を愛でられないなんてアホらしくない?」と気づき始めた民衆により再び国は一つにまとまったのであった。

 現在はもう一人の後継者であったトゥーレが皇位に就いているが、あくまでも彼はアイナが戻るまでの間の代理という認識らしい。
 本人は「俺は愛しのパウリを愛でて過ごしたいんだ!」と以前から豪語していたから、アイナが皇位に就けば喜び勇んでお気に入りの男の娘のところにせっせと通うのだろうな、とアイナは惚気始めると日が暮れるまでおしゃべりが止まらない折れ耳の青年を思い出し苦笑する。

「まあ、そういう事なら早う即位を宣言した方がよいな。準備は」
「万端でございます。その、何せお戻り頂くことが決まってから既に半年も経っておりますので……」
「そうじゃった……慧がこっそり言っておったのう、それはうっかりじゃ無くてへっぽこと言うのじゃと」
「ひどい」

 ですが、よろしいのですか?と魔法師長はおずおずとアイナに尋ねる。

 さっきまでの様子を遠見の魔法で眺めて(そして堪能して)いた彼である。用意した器に入り込んでいた先住民とやらと皇女がどのような関係だったかは、言うまでも無く理解している。
 だからこそ、突然愛し子と引き裂かれたばかりの彼女にいきなり即位というのは酷では無いかと進言したのだ。

「……無理はなさらずとも。お心が休まってから話を進めても、トゥーレ帝の事ですからきっと反対はなさらぬかと」
「確かに、トゥーレ帝はただ一人への愛に生きておるしのう。いつまで経っても幼いというか可愛らしいというか」

 しかしアイナはそれを一蹴する。
 たった一人の愛しい者に自由に会うこともままならない状況が、どれだけ寂しいかを今のアイナは理解できるから。
 そして……今すぐに戻りたいのはやまやまだが、それが叶わないことも当然よく知っているから。

(時空は越えられるのじゃ)

 道すがら、アイナは己の研究所と言う名の小さな洞窟に立ち寄る。
 そこにはうねうねと主人を迎える魔法生物たちに混じって、白い小箱がぽつんと置かれていた。

「……為すべき事を為したら、必ず約束を果たしに戻るでの。泣かずに待っておるのじゃよ、慧」

 箱の中に入っていた小さなリングをアイナは手に取り、左手の薬指に嵌める。
 深紅色の宝石が輝く銀の指輪は、黒い手袋には良く映える。

「…………じゃから、今は……うむ、これでお主と一緒じゃ」

 妾は大丈夫じゃ、ここにお主がおるから。

 そっと指輪に口付けて、アイナは踵を返し魔法師団と共に宮廷に向かうのだった。


 …………


 それからの日々はまさに多忙を極めていた。

 クーデターの後処理こそトゥーレ帝が滞りなく終わらせてくれていたものの、課題は山積みだ。
 そこでアイナは新帝として他国との交流をこなす合間に、そもそもの原因となった男の娘に関するガイドラインを策定する。
 これには国家による押しつけだとの不満の声も上がったが
 
「あくまでもそれぞれが定義する男の娘を保証するためのガイドラインなのじゃ」
「何人であっても他者に地雷を押しつけてはならぬ。それを国が決めることで、今回のクーデターの発端となった事態を防げると妾は信じておる」

 ……と全国を行脚して説得して回った結果、フリデール皇国は建国以来初となる男の娘の定義を掲げることになったのだ。

 そして日々の公務もさながら、アイナには非常に重大な仕事が待ち受けていた。
 それは、アイナが1年あまりに及ぶ地球での生活から持ち帰った大量の異世界の情報を整理し、この世界の発展のために還元する事である。
 その量、サイファで召喚される異世界情報換算で約140年分。大半は性にまつわるものだが、これまで見向きもしなかった地球人の生態に関する情報も数多く含まれているのが特徴だ。

 既に魔法生物を通して地球人の情報は瞬く間にサイファ全土に知れ渡り「フリデールの皇女があの憧れの異世界に出向いている」と世界中でその帰還を熱望されていたアイナは、皇位に就くや否や各国からの「異世界の情報はよ!」「全裸待機なう(映像付き)」というせっつきに追われる羽目になる。

 しかしあまりの情報の多さに、そのまま共有すればこの世界に混乱が起こると判断したアイナは、公務の合間を縫って情報を整理した後に情報をこの世界に還元すると決断した。
 ……結果、世界の発展に有益な情報から順にあらゆる情報を還元するこの仕事に、アイナは実に10年という歳月を費やすことになる。

「アイナ帝よ、お主はなんという恐ろしい情報を持ち込んだのじゃ……このぴあすという飾りは、まさに主従関係のためにあるようなものじゃ。こんなものを耳に開けられるような立場に貶められたなどと思うと……はぁ、尻尾がゾクゾクしてくるぅ……」
「ああアイナ帝、着ぐるみラバーなるものに着想を得た触手服の使い方ですが、地球の知識から着想を得まして口の中や舌、孔の中までぴっちりラバーで覆ってしまう魔法を組み込みましたぞ。挿れられているのに直に感じられないこの状況は、病みつきになること間違いなしです、是非一度試着を」
「お主ら、新しい性癖の扉を開いたからといって、毎回妾に報告に来ずとも良いのじゃぞ?まぁ触手服は明日試してみるかのう」

 とまぁ、地球の知識のお陰でサイファはますます変態方向に発展していくのである。
 なお、あれほど慧が切望した調理の知識は「めんどくさい」「そんな暇があったらえっちいことをしていたい」という圧倒的多数の意思により全く普及しなかったようだ。

 そんなこんなで20年近く公務に忙殺され、ようやく落ち着いた頃には新たな命を授かり、これまた10年以上育児と公務の両立に忙殺されたお陰で、アイナは慧のことを思い出す暇すら無い状況だった。
 ……そう、ちゃっかり子は為しているし、相変わらず男の娘だって愛でている。ただ一人を愛していたとしてもそれとこれとは話が別なのが、クロリクという知識と性を重んじる種族なのだから。

 そうして40年近くが過ぎ、子供が成人してようやく公務も落ち着いてきた頃。
 一人佇む研究室の中で、アイナはふと忙しさを言い訳に蓋をしていた気持ちを思い出したのだ。


「……慧に、会いたいのう」


 宮廷の離れに作った研究室で、うねうねと体液をねだる触手服の手入れをしながらぽつりと漏れた言葉に、アイナ自身も意外だったのだろう「今、妾は……」と驚きに目を見張った。

 あの突然の別れから40年の歳月が流れ、アイナの大切な記憶もところどころ綻びが生じ始めている。
 それでもこの幼い思慕の情は全く色褪せることなく、銀色のリングとともに己の責務に邁進するアイナが、その寂しさに向き合える日をのんびりと待ち続けていたのだ。

「ああ……そうじゃ。慧との約束を果たさねばならぬ」

 誰かの記憶というのは、声から忘れていくのだという。
 実際アイナも、慧のグズグズになった可愛らしい顔や仕草はたくさん覚えているのに、今ではもう、その泣き声がどんな声だったのか上手く思い出せないのだ。

 それでも、あの日の約束を忘れたわけでは無い。

『また逢いたいと、思うてくれるならば約束しよう。妾はいつか必ず』


「……必ず、お主の元に戻り共に生涯を過ごすのじゃ、愛い子よ」


 あの日の約束を……慧には届かなかったかもしれない約束の全てを、アイナは再び口にする。
 いや、例え届いて無くとも愛し子に誓った約束なのだ、何があっても果たさなければならないとアイナは改めて心に決めるのだ。

「ふぅ……まったく、思い出すのはお主が泣いている姿ばかりなのは……何故じゃろうな、慧よ……」

 目を伏せて小さな声で呟いてそっと口付けを落とした指輪に、ぽたりと熱い雫が一粒落ちた。


 …………


「魔法師長よ、お主の腕を見込んで頼みがあるのじゃ」

 1ヶ月後、アイナは宮廷近くの森に棲む、とある共同体を訪ねていた。
 宮仕えとは言え用がなければ特に宮廷に詰める必要も無い上、魔法の研究であればどこでも出来るため、魔法師団は基本的に自分の共同体の中に研究室を持つ傾向にある。
 魔法師長のアルペルッティもまた、森の中に作った木の小屋に己の研究室を構え……決して籠もりきることはなく、共同体で睦み合う男の娘達をデレデレしながら眺めているのだ。

 今日もまたお気に入りの男の娘が弄ばれ必死で懇願しているのを「可哀相は可愛い」などと呟きながら見物していたら、いきなり背後からアイナに声をかけられ10年は寿命が縮んだかと思った。
 まったく……とびっくりして逆立った耳の毛並みを整えながらブツブツ文句を言う魔法師長に「大げさな」とため息をつきつつ、相変わらず美しい皇帝は桃色の髪をなびかせながら木の上へと彼を誘う。
 この共同体で一番高い木からは、遠くの湖まで見渡せて実に気分が良いのだ。

 暫く二人並んで無言で景色を堪能した後、アイナはぽつぽつと話を切り出した。

「……あの日、妾の愛し子を見たのはお主だけじゃったか」
「そうでしたな、40年ほど前になりますか。いや、あれは実に可愛らしい娘でしたなぁ…………お忍びで逢いに行かれないので?」
「皇帝に禁忌を破るよう唆すのはどうかと思うのう」

 お主はいくつになっても変わらぬな、とアイナは20ほど年上の青年に苦笑する。

 もちろんアイナだって、今すぐにでも全てを放り出し逢いに行きたい気持ちはある。
 けれども今の自分は一国の皇帝だ。確かに一般のクロリクがこっそりお忍びで異世界に足を踏み入れている事は知っているし、よほどやらかさない限りは見て見ぬ振りをしているけれども、流石に皇帝自らやってしまうのは無しだろう。

 それに、今の異世界転生技術ではどうしても転生する時空にブレが出る。
 確かにサイファの異世界転生技術は狙った時空へ移動が出来ると謳っているが、完全にブレを無くすことには成功していない。
 それでも1000年近い研究により、たった20年前後にまでそのブレは小さくなったのだ。お忍び用途なら正直これ以上精度を高める必要はないのが実情だ。

 けれども、とアイナは唇を噛みしめる。
 ……20年という歳月は、たかだか80年程度の寿命しか持たない慧にとってはあまりにも長すぎると。

「あの子に……慧に逢うには、それではいかぬのじゃ」
「アイナ帝……」
「あの子達の寿命は短い。そのうえ慧は泣き虫でチョロくてヘタレ極まりない子じゃ。……下手にずれて長く待たせてしまうのは、できる限り避けたい」

 だから、アイナは決めたのだ。
 自分は皇帝としての責務を全うし、ここで寿命を迎えようと。
 そしてその魂が世界に還るその時に異世界転生を行い、合法的に地球へと転生しようと……

「妾はまだ160歳じゃ。ざっと見繕っても250年近い時間がある。その間に転生時空のブレをできる限り少なくして欲しいのじゃ」
「…………良いのですか、それで」

 アイナの提案に、魔法師長はあの時と同じ言葉をかける。
 その方法を採ると言うことは、すなわちアイナがここから更に250年近い年月を愛しい人に逢えず過ごさなければならないのと同義で。
 この目で別れの瞬間を見たからこそ分かる。あれほどまでに想い合っていながら……そう、今もその左手の薬指を無意識のうちに愛おしそうに撫でるほどの想いを抱いていながら、クロリクにとっても決して短くは無い期間を孤独と共に過ごすのはどれだけの寂しさを伴うことか。

 そんな彼の気遣いに、アイナは「良いのじゃ」と少し寂しそうに、けれどきっぱりと己の意思を返した。

「妾も勿論寂しい。じゃがな、命の短い者の方が、もっと寂しい」
「…………」
「なぁに、この想いは再び相まみえたときにしっかり受け止めて貰うし、心配するでない。それに妾にも……準備があるのじゃよ」
「準備ですか」
「うむ、まぁそれは置いておくとして……頼まれてくれぬか、アルペルッティ魔法師長」
「止めて下さいアイナ帝。皇帝ともあろう者が、そう易々と臣下に頭を下げるものではないですよ」

 アイナは頭を下げ、じっと魔法師長を見つめる。
 魔法師長は暫く腕組みして考え込んだ後、やおら周囲にいくつもの小さな魔法陣を展開し始めた。

「アルペルッティ?」
「そのような難事業をたった250年でなど、流石に私一人の手には余ります。大体250年経ったら私は430歳ですよ?流石に生きているかどうかも怪しいです」
「……そうか」
「ですから伝送魔法で協力要請をします。……国中から、いえ、世界中から選りすぐりの魔法師を集めましょう」
「!!」

 目を見張るアイナの前で、魔法師長はひたすら魔法を詠唱する。
 やがて小さな魔法陣がひとつ、ふたつと金色に輝き始め……気がつけば100近く展開された魔法陣の実に7割が金色に染まっていた。

 それは「Yes」の証。
 70人近い魔法師が、この壮大なる計画の実現に手を挙げたのだ。

 呆然とするアイナに向かって、魔法師長はどこか誇らしげに「これだけ集まればきっと何とかなりますよ」と胸を張る。
 信じられないという面持ちのアイナは、しばし言葉を失った後「……何故、皆……」とようやっと言葉を絞り出した。

「そりゃまぁ、アイナ帝が地球で理想の男の娘を作って寵愛していたという話は、世界中に知れ渡っていますから」
「だからじゃ。何故妾の私的な望みに……皆、これほどまでに協力してくれるのじゃ」
「簡単なことです。無いものに与えるのは我らクロリクの性分。受けた恩を倍にして返すのは我らクロリクの矜持、でしょう?」
「……!」

 私はあなたと同じ時代を生きられて幸運ですと笑いながら、魔法師長はアイナに皆の思いを告げるのだった。

「アイナ帝、あなたがこの国に……いえ、この世界にもたらした知識の恩恵は、これっぽっちでは報いきれないほど計り知れないのですよ」
「アルペルッティ……」
「ですから……皆で叶えましょう、その異世界の青年との約束を」


 …………


「――それから200年かけて、異世界転移魔法の時空のブレは前後3年にまで短縮されたのじゃ。その過程で、あらかじめ転移先の世界に情報を書き込むことが誤差短縮に繋がると分かってな……あれよあれよという間に転移者の快適な生活が保障されることになったのじゃぞ」
「そして案の定、アイナは最大誤差をかまして帰ってきたと」
「そう言うてやるな、20年待たされるよりは良かったじゃろ?」
「まぁ……あのへっぽこおっさんが頑張ったのは伝わった。本当に優秀だったんだな」

 ちなみにここに転送してくれたのはアルペルッティではないからのう、とアイナは付け加える。
 魔法師長の彼はこの技術を完成させた2年後に世界に還……ったと思ったらすぐに転生してきて、今は女の子の立場で男の娘の睦み合いを堪能しているそうだ。
 一瞬しんみりしかけた慧だったが、後に続く情報に性癖とは生まれ変わってもブレないのか、まさか魂にでも刻み込まれているというのか?とちょっとだけ自分の将来が不安になる。

 何にしても、短期間かつ情報収集などの限られた用途とはなるが、合法的に異世界転移が出来るようになったお陰で、サイファは(方向性はともかく)更なる発展を遂げるだろう。
 それだけでは無い。アイナはこの魔法の運用策定に於いて、女性でありながら男の娘になりたいと望む――かつての自分と同じように叶わない望みを持つ者が、この世界でひととき男の娘として望みを叶えるという選択肢をも作り出したのだ。

 未来に現れるかも知れない奇特な性癖を持つ者が、全てを諦めて生きなくて良いように。
 その発想はまさにエロウサギ……もとい、クロリクらしいなと、慧は彼女の偉業を純粋に褒めて良いものか悩みつつ、けれどこれだけは伝えておこうと脱衣場でぎゅっと彼女を抱き締めた。
 ……ああ、やっぱり幻影と同じで、アイナの方が背は高いのか。ちょっと格好が付かないのが悔しい。

「……慧?」
「…………私のために、300年も待ってくれてありがとう。……おかえり、アイナ」
「っ…………妾も……妾も、寂しかったのじゃぞ……!」
「逢った途端にエロい事が我慢できないくらい、な。分かってる、アイナは凄いな」

(ああ、そうか)

 慧の言葉に、ずっと押し込めていた感情が溢れ出す。

(妾も慧と同じじゃ。ずっと慧を想って涙に暮れることが許されなかっただけで、本当は)

 ……本当は、ずっと寂しいと泣きたかったのだと。

「……寂しかったのじゃ……本当に……」
「うん……」

 気がつけば慧を胸に抱き締めたままアイナは嗚咽を漏らしていて。
 ――それは慧が初めて見た、アイナの心からの叫びだった。


 …………


 涙に暮れながらも、どうやら待つという選択肢はアイナに存在しないらしい。
 二人は一糸まとわぬ姿で、主寝室の大きなベッドになだれ込む。

 正確には、慧の股間には金属の覆いが着いたままだ。さっきから全く大人しくなる気配が無くて、締め付けられて非常に痛いし、なのに穴からはたらたらと透明な蜜が滴り続けている。
 残念ながら鍵はあと15日間、ロックボックスの中だ。ここに来る前にアイナがアパートに寄ってくれたお陰ですでに回収済みだが、ここで遊んで貰えるのは少し先の話になりそうだ。

「……ふふっ、また随分可愛らしくなったのう」
「ぐぅ……だって、アイナが待ってろって言ったから……アイナの理想の男の娘でいようと思って、さっ……!」
「うむ。そんなところも含めて本当に愛いのう」

 あれから欠かさず弄り倒していた胸の飾りは、アイナの朧気な記憶にあるよりも二回りは大きくなっていた。
 先ほどまで来ていたのが和装だったから気付かなかったが、身体は全体的に女性らしい丸みを帯びているし、胸も心なしかふっくらしている。聞けばメンズブラを愛用しているらしい。
 この身体を、アイナを想いながら、そしてアイナのために育ててくれたのだと思うと、ぐっと胸にこみ上げるものがある。

「その分こっちは……その、ちっちゃくなっちゃったんだけど」
「なんと、それはまた……お主、妾がちっちゃいちんちんが好きだと言うたのを覚えておったのか!」
「いやその、あれからずっと貞操具を着けてるせいなのか、だんだん大きくならなくなってきて……そしたら普段のサイズも縮んじゃったんだよな」

 身体というのは不思議なものだ。
 いつの頃からか、慧の息子さんはフラット貞操具で奥に押し込められると朝勃ちはおろか普段でも不意に元気になることが激減してしまった。
 最近ではこうやって痛みに顔をしかめる事が珍しいくらいなのだと話せば、アイナはむしろ嬉しそうに「妾なら元気になるのかのう」とその綺麗な顔を近づけてくる。

「ちょ、だめだって……ぐぅ、痛ったい……何で同じベースの顔なのに、そんなにアイナは綺麗なんだよぉ……」
「なに、慧も随分愛らしいでは無いか。記憶にあるお主よりさらに可愛くなっておるぞ」

 それに、反応するのも無理は無いのう、とニヤニヤしながらアイナは慧の手を己の胸に持って行く。
 ぽふん、と触れるのは、幻影で嫌と言うほど埋もれさせて貰ったふっかふかの巨乳……ではなく、掌にすっぽり収まってしまうような控えめのおっぱいだ。

「顔も、胸も、お主の好みに合わせて作らせたのじゃよ、どうじゃ、触り心地は。……まぁ聞くまでもなさそうじゃのう」
「ぐぅ……最高すぎる……つまり私の好みはサイファに筒抜けじゃないか、なんか悔しいんだけど…………」

 ほれほれ、いくら揉んでも良いぞ?と人の手に押しつけてくるから余計にたちが悪い。
 お互い向かい合ったまま、ひとしきり慧は「最高だ……このささやかな感じ……!」とアイナの胸を堪能し、アイナは慧の耳に舌を這わせ、うなじへと指を滑らせる。

「はぁっ……ふふ、乳首も触り慣れておる、んっ……これが慧の気持ちいい触り方じゃな?後でたんまり触ってやるでのう」
「んううぅっ……耳元で喋るな……あっ……!」

 アイナの指が、舌が触れたところから、じわんと熱が灯る。
 愛する人に触れられる幸せとはこういうものだったかと、頭が思い出す前に身体がアイナを求めて反応しているようだ。

 すぐにだらしなく開いて舌を突き出してしまう口からは、涎が溢れてくる。
 鼓動は早鐘を打ち、息は荒くなり、頭には霞がかかり。
 もう頭の中はアイナのことでいっぱいで、早くあのめくるめく快楽を、果てなき白い波を与えて欲しいと腰はカクカクと無様に揺れ、その奥に潜む秘所もこんなものでは足りぬとアナルプラグをぎゅっと締め付けながら物欲しそうに口をヒクヒクさせるのだ。

 そんな慧を、アイナは懐かしそうに、そして愛おしそうに堪能する。

「……お主も人のことは言えぬのう、全然余裕がなさそうじゃ」
「当たり前だ、ろっ……!あれから全然、満足できて……んううぅぅっ……!」
「ふふっ、やはりあの体験は強烈じゃったか。……妾もじゃ、あれを越える快楽など一度も…………やはり、お主でなければならぬ、のう妾の愛し子よ」

 二人の脳裏を過ぎるのは、たった一度きりのデートの記憶。
 あの日共に上り詰めた高みへとたどり着くどころか、近づくことすら出来ない。
 どんなオナホを使ってもバイブやディルドにこだわっても……そして子を為してすら得られない現実に、二人は愛する人との交わりがどれだけ甘美だったか、別れて程なくして実感することになる。

 結果、慧は「アイナぁ……早く帰ってきて……!」と泣きながら疼く身体を慰め、事務的に子種を吐き出す日々を送ってきた。
 そしてアイナは「慧でなければもう嫌なのじゃ」と二人目の子が成人した途端男とまぐわうことを拒否し、それどころかあれほど堪能していた男の娘と遊ぶ事すらパタリと止めてしまう。
 お陰で「アイナ帝が幼い恋心に溺れておられる」「性から遠ざかるなど、命に関わるのでは」と周囲を大変心配させたそうだ。

 ちなみに性から遠ざかっても死ぬわけでは無い、ということもアイナが寿命を全うしたことにより皮肉にも証明されてしまったという。
 どれだけ爛れているんだクロリクは、と喘ぎながらもツッコミは忘れない慧である。

「……はぁっ……んっ…………アイナ……お願い、もう……」
「うむ、妾も早うお主が欲しい……」

 ぎゅっと抱き締めて、互いの熱を感じる。
 懐かしい匂いに頭が痺れてしまいそうだ。

「……のう、慧よ」
「…………なに……?」

 抱き締め合ったまま、アイナは右の掌を天に向けてかざす。
 ああ、その仕草すら懐かしくて、涙が滲んできてしまう。
 今日は一体何で遊んでくれるのだろうか。久々に触手服にも包まれたいけれど、折角だからアイナと直に触れ合っていたいし、やはり魔法生物が穏当か……

 そんなことをつれつれ考えていれば「期待しておるのう」とアイナに苦笑される。
 部屋がほんのり明るくなったから、きっと背後では召喚魔法が発動しているのだろう。

「……お主に贈り物があるのじゃ」
「贈り物……」
「妾が……フリデール皇国第62代皇帝、アイナ・フリデールが全てを注いで作り上げた逸品じゃ。どうか受け取って欲しい」
「アイナ…………そんな、私のために」
「当たり前じゃ。愛しい子のためなら妾は何だって出来てしまうのじゃよ」

(ああ、私はこんなにも、愛されている)

 熱っぽい視線で紡がれるアイナの想いが、慧の心を満たしていく。
 3年間空っぽだった心にその想いは温かすぎて、心の中に吹きすさぶ嵐を融かして飲み込んでしまうようだ。

 光が後ろで収束する。
 名残惜しそうに身体を離しつつ、アイナは「これを、お主に」と召喚した物を両手で差し出す。
 感激に目を潤ませ「ありがとう」といいかけた慧は……しかしその掌に載る物を見てぴしりと固まった。

「え……あの……アイナ、これは……?」
「ふふ、良く出来ておるじゃろう?ほら、このままでも随分活きが良くて」
「……くそっ、さっきまでの感動を返しやがれえぇぇぇ!!!」

 掌の上で、ピチピチと魚のように跳ねる物体。
 その姿はどう見ても…………ガチガチに滾った男性のペニスと陰嚢そのものであった。


 …………


「何が!どうなったら!チンコ型の魔法生物が想い人への贈り物になるんだよ、この変態ドスケベウサギ!!」
「失敬な、ちゃんとお主のことを考えて丹精込めて作ってきたのじゃぞ!!この魔法生物を完成させたのは世界に還る2年前でのう……実に素晴らしい出来映えじゃろ?もうこれで妾に美的センスが無いとは言わせぬのじゃ!」
「チンコを作って美的センスを語るなよ!!てか2年前って、お前まさか人生の大半をこのチンコ生物の開発に費やしたのか!?」

 ……ああ、やっぱりアイナはサイファの民だった。情熱の注ぎ方がおかしな方向に突き抜けすぎだ。
 地球ではそういうのを才能の無駄遣いって言うんだと心の中でツッコみつつ、慧は差し出されたペニス型魔法生物を眺める。
 にしてもこのピチピチ元気なチンコの造形、見れば見るほど凄く嫌な予感がするのだ。何というか懐かしいというか、とても見覚えがあるというか。

 聞いたら後悔しそうだと思いつつも、慧はおずおずとアイナに尋ねる。
 返ってくる答えは、やっぱり期待したとおりで。

「……あのさアイナ、一つ聞きたいんだけどこれ」
「ほう、気付いたか?そうじゃ、この『インスタントふたなりくん』はな、お主のちんちんとたまたまを模して作ったのじゃ!勿論形だけでは無い、感じるところも全てじゃぞ。あれだけ触っておれば、妾でもここまで克明に再現できるということじゃな」
「人の性器を断り無くモデルに使うな!というかなんだよその毎度毎度安直なネーミングは!!」
「分かりやすくて良いじゃろ?既にサイファでも市販化されておってな、あの憧れの異世界のペニスを模した事もあって、男の娘を愛でつつ楽しみたい女性に飛ぶように売れていると」
「いやあぁぁぁ俺のチンコが地球代表になって大変な目に遭ってるうぅぅぅ!!」

「見てみよこの再現力!」と陰嚢をびよんびよんと伸ばしながらアイナは実に誇らしそうに胸を張る。
 そこはお願いだからもっと優しく扱ってあげて欲しい、見ているこっちまで何だか痛くなってくる。
 もう既に頭が痛いというのに、これ以上痛いところを増やさないでくれ、とがっくりしながら慧は再び「さっきまでの甘々な時間を返せ!」と叫ぶのだった。

 あまりにあまりな贈り物に「大体、何で……こんなものを作ろうと思ったんだよ!!?」とキレ気味に尋ねれば、アイナは「決まっておろう、お主と繋がるためじゃよ!」と何を今更と言わんばかりの顔で慧に説明する。

「ほら、お主は男の娘になって女子ときゃっきゃうふふしながら、えっちいことをしたかったのじゃろう?」
「そうだけど!チンコが出てきたら百合えっちとは言わない!」
「何を言う、お主はふたなり女子の画像を見ながら自慰しておったではないか」
「あ、あれは偶然で……ぐうぅっ、どうしてそういう事はちゃんと覚えているんだよぉ……」

 アイナが言うには、腕で慧の処女を貰ったのはそれはそれで良いものではあったが、どうせならば二人で気持ちよくなりたいと考えたらしい。
 とはいえ、双頭ディルドよろしく魔法生物を互いの穴に突っ込むのでは芸が無い。
 なによりそれでは相手の熱は感じられない。なんと言うか、直接繋がれてはいない気がするのだ。

 ――ならば、自分が慧の中に入れる身体になれば良い。

 何せ慧の雄の象徴は、銀色に輝く蓋の奥に閉じ込められたままだ。きっと慧のことだからアイナがいなくたって自主的に射精管理は続けるに違いない。
 であれば、愛し合いたいときに着けられ自分もその奥の感触とそれに伴う快感を得られるものを。形は良く見知った愛し子のブツをなぞれば問題ないだろう。

「というわけでじゃな、転生後の魔力でも着け外しや操作ができるように作ったのじゃよ。もちろんこやつの感覚は全て共有されるし、精液のような体液も『射精』できる優れものじゃ」
「めちゃくちゃ真面目に作ってるし高性能とか、どれだけ心血を注いだんだよ……」
「なぁにたかが250年じゃ!お陰でほら、この継ぎ目が分からない自然な装着感!!しかもたまたまは出し入れ可能!!」
「何でそんな無駄機能まで付けてるんだよ!!」
「いやぁ、さしもの妾でもお主がどっちを好むかまでは分からなかったのじゃ。ならばいっそどっちにも対応させようと」
「もうやだこの変態エロウサギめ!」

 ほれほれ、とアイナがふたなりくんをそっと握り、ぴちぴちしている根本を恥骨の上に沿わせる。
 と、根本から細かい触手がアイナの下腹部に潜り込んで完全に皮膚と一体化してしまった。
 どうやら色合いまでちゃんと擬態するらしく、確かにぱっと見どころか近づいて良く見ても最初から生えていたようにしか見えない。
 やはりサイファの技術は高度だと思い知る。こんな形で思い知らされるのはそろそろ終わりにして欲しいけど。

(でも、やっぱり……これがいい)

「お前なぁ」と呆れながらも、慧の顔はずっとにやけたままだ。
 何なら涙まで時折滲んでいて、もう笑ったり泣いたり、今日の表情筋は忙しくて堪らない。

(アイナに振り回されるのが、いい)

 そんな気持ちをアイナも感じ取ったのだろう。
 腹につくほどそそり立ったふたなりくんをぐっと慧の下腹部に押しつける。
「次に鍵を開けたときは、お主のと比較してみようかの」と声を上擦らせながら。

「……熱い…………」
「そりゃそうじゃ。この子は寄生型じゃからな、今は完全に妾の一部となっておる。……これは妾の熱じゃ。この300年近く待ち続けた、お主への想いじゃよ……!」
「アイナ……っ……!」

 そっとアイナの中心に触れる。
 ピクンと反応する欲望に、アイナが「んっ」と目を細めて艶めかしい声を上げるあたり、本当に自分のペニスと変わらない感じなのだろう。

 男のペニスなんて、しかもそれを尻に挿れられるだなんて、考えるだけで吐き気がしていた。
 そんなことをされたら人生おしまいだとすら恐怖におののいていた数年前の自分を、慧はふと思い出す。

(あんなに嫌だったのになぁ……)

 なのに、アイナに付いているこれは……ああ、愛する人と繋がれると思うだけで胎がきゅぅんと甘く疼いて、貞操具の真ん中からは白濁混じりの粘液が糸を引いて滴っている。

(今は……欲しいと、思ってる)

 慧は、はっきりと自覚する。
 アイナの、これが欲しいと……アイナとここで繋がりたいと。
 そう思ったら、勝手に身体が動いていた。

「っ、慧!!?」
「んっ……ん……ふっ……」

 そっとアイナをベッドに横たえたかと思うと、慧はその天を突いている欲望を手で包み込みつつ、ペロリと舌で舐めあげた。
 予想外の行動にアイナは面食らったような表情を見せ、しかしすぐに「ふぅ……久しぶりの気持ちよさじゃ……!」と腰をもどかしそうに揺らしている。

(そっか、久しぶりだよな……「これ」は私の身体でしか味わえなかったんだから)

「ローションガーゼは地球人に人気のプレイ」というとんでもない誤解のもと、雄の快楽に没頭していたアイナの姿を思い出す。
 そうだった、アイナもまた自分と同じく男の娘になりたくて、だからこそ慧の望みを叶えてくれたのだ。

(それなら、いっぱい気持ちよくしてやらないと)

 勝手知ったる自分のペニスが原型なら、話は早い。
 気持ちいいところなんて誰よりもよく知っている、とばかりに弱いところを舌でなぞれば「っ、いい……っ……!」とアイナは身体をのけぞらせた。
 どうやら思惑通り快楽を堪能しているようだ、口に含んだ欲望も心なしか大きくなっている気がする。

 ……いや、心なし、どころではない……?

(え、ちょ、待った!どこまででかくなるんだよ!?)

 急激に喉の奥で膨らむ亀頭に目を回しながら、慧は慌てて口からペニスを引き抜く。
 そして改めて全体を見て「アイナ、これ、どう言うこと……!?」と心なしか青ざめた顔でふぅふぅ息を整えるアイナに尋ねた。

「どう見ても、錯覚じゃないでかさなんだけどさ……」
「はぁっ……ああ、ちょっとばかし妾の箍が外れてしもうたのう……」
「タガ……?」
「ほら、何せ約300年ぶりの逢瀬じゃからな。もうお主が愛しくて愛しくて……これは装着者の想いが高まりすぎると、自動的に巨根モードに入るのじゃよ」
「巨根モード」
「情報で見たのじゃ、地球人は身の丈に合わぬ恐ろしげな大きさのペニスをこよなく愛するとか何とか」
「アイナの情報源はニッチすぎるんだよ!!」

 慧の目の前にそびえ立つのは、どうみても女性の腕ほどありそうな大変な大きさの息子さんである。
 こう言うのは二次元だからいいんだよ、リアルに持ち込んじゃいけない!とアイナを諭しつつも、これを越える大きさのディルドがあることも……身体で知っているだけに頭ごなしに否定もしづらい。
 何より……初めての腕の感触を覚えている身体は、その逞しい砲身に、しっかり段差のあるくびれに、そして先端に透明な雫の玉を作っている鈴口に牽かれて……ああだめだ、後ろが切なくて、堪らない……!

「……慧?流石にこれはやり過ぎじゃったかのう……待っておれ、今元の大きさに戻すから」」
「いい」
「えっ」
「…………そのままで、いい。馴らせば……いける」
「慧……?」

 心配そうに慧を見つめるアイナにちょっと待ってろと声をかけた慧は、一旦ベッドから降りアパートの荷物を適当に放り込んだカバンを開ける。
 暫くごぞごぞと手を動かしていた慧が取りだしたのは、ガラスのような見た目の長大な塊だった。
 直径は7センチ、長さは20センチは越えているだろうか。

「……お主、それ」

 まだ持っておったのかと呟くアイナに「当たり前だろ?」と慧は笑い、たっぷりとシリコンジェルを塗り込む。
 そして「んっ」と顔を赤らめて息めば、ごとりと慧の蕾からアナルプラグが床に落ちた。

 それはアイナの知る日常用プラグよりずっと太くて、こんなものを着けたまま素知らぬ顔をして大事な式典に出られるほど馴らしたのかと、アイナは心の底から感嘆する。

「慧……」
「ちゃんと、維持しておいたから。……アイナが拡げてくれたままに」

 だからほら、と慧はベッドにのそりとあがると、まだぽっかり暗い穴を開けたままの後孔に塊を埋め始めた。

「んはぁぁ……」と思わず甘い声が漏れる。
 こればかりは仕方が無い。だってこれは、ただ太くて大きいだけのディルドとは全く別物なのだから。

「はぁっはぁっはぁっ……はい……ったぁ……んはぁ……」
「慧、お主」
「…………これは特別だから。……アイナの置き土産で、アイナの魔力で……だから、ほら…………んひぃっ……こうやってきもち、んっ、よくなればっ……あはぁ、私今、アイナを抱き締めてるっ……!!」

 ずぷん、と音がして、開けてはいけない場所をこじ開ける。
 もう侵入されることに慣れきった壁は、易々と侵入を許し、目の前がチカチカするような、そして全てが引きずり下ろされるような快楽を産み出してくれるのだ。
 ――そう、それは全て、アイナが教えてくれたもので。

「慧……っ……!」

(そうか、お主はそうやって……妾と繋がって、妾を待ち続けてくれたのじゃな)

 アイナは快楽に喘ぐ慧の後ろに回り、その控えめな胸にもたせかける。
 慧はこの胸を大層気に入っていたから、背中越しに感じるのもよいだろう。

 さらさらのストレートの、きちんと切りそろえられたボブカット。
 これはアイナが慧に似合うと購入したウィッグと同じだ。色まで揃えているだなんて、一体どんな顔をしてこの色に染めて欲しいと頼んだのか、想像するだけで嬉しさに顔がにやけてくる。
 ああ、けれど慧の顔立ちなら、もっと可愛くしてやれる。
 これからは自分の手でこの愛し子を整えてやれるかと思うと、胸に何かがこみ上げてきて。

「んひぃぃっ!!」
「ふふっ、慧はしっかり馴らすのじゃ。妾はこちらで応援しておるでな?」
「いやっ、それっ、ぜんぜんおうえん、じゃ、んあぁぁぁっ!!」

 思わず後ろから手を回し、すっかり大きく育った乳首を捏ねる。
 最初は親指と人差し指でくるくると転がすように。
 声が甘く、高く、大きくなってきたら先端も一緒にカリカリと優しく引っ掻いてやれば「いぐっ……!!」とひときわ大きな声を上げて、慧は目を見開いたまま腰をガクガクと痙攣させた。

 その顔があまりにも愛らしくて、アイナは何かに惹きつけられるように慧の唇にむしゃぶりつく。
 初めて触れた唇は温かくて柔らかくて、その奥に入れて欲しいと舌でノックすれば、慧はすんなりと口を開けて熱い舌を絡ませてくる。

(……口付けをしたのは、初めてじゃったな)

 慧の身体にいたときだって機会はあったけれど、幻影の姿で愛し子に口付けるというのも何か気が引けてついぞ交わさずじまいだった。
 けれど今は、もう何の杞憂も無い。何の隔たりも無い――

 ぷは、と口を離せば、二人の間に透明な橋が架かる。
 そう、もう二人を分かつものはない。こうやっていつだって……この命が世界に還るその時まで、ずっと側に……!

「……アイナ」

 うっとりと愛しい人を見つめながら、慧は優しい声で囁く。
 ほら、たまには泣き虫が伝染したっていいだろう?と微笑みながら。

「そうかもしれぬ」と呟くアイナの声は、震えていて。

「ようやっと、ようやっと本当の意味で一つになれるのじゃ……慧よ……妾だけの男の娘よ……!」

 背中からひしと強く抱き締められる。
 耳元ではアイナのしゃくり上げる声が、いつまでも、いつまでも続いていた。


 …………


「『初めて』は前からがいい」という慧の願いを叶えるべく、アイナはクッションを慧の腰の下に入れてその蕾……というにはすっかり熟れてしまった入口を上に向け、膝を曲げて拡げた間に陣取る。
 あれから3年間、慧のあまりの身体の硬さに「慧ちゃんは柔軟がんばろ、ね?」「慧、身体が柔らかければ怪我も避けられる」と半ば無理矢理女性陣にやらされた柔軟体操が功を奏して、今の慧はアイナの知るガチガチの慧ではない。

「きつければすぐに言うのじゃぞ」
「分かってる。……なぁ、早く私と繋がって」
「っ……もう、どうしてくれるのじゃ!お主が愛しくて何かが暴発しそうじゃ!!」

 熱くて固いアイナの英知の結晶が、そっと入口に添えられる。
 何もしなくてもそのまま飲み込まれそうなほど泥濘んだ下の口でやわやわと先端を食めば、顔をしかめつつアイナが「……挿れるからの」と声をかけた。

 腰を掴まれ、ぐっと体重をかけられれば、ぐちゅり、と粘ついた音が静かな部屋に響く。

「んっ……あ、あ……ぁ……っ……!!」
「くうぅぅっ……!

 さっきまで特大の塊を咥えていただけあって、先端はすんなりと中に入り込む。
 思い切り前立腺を押しつぶしたのだろう、慧は早速白目を剥いて身体を跳ねさせていた。

「……ふちが、伸びきっておるのう……」
「ひいいぃっ!?」

 ぽつりと呟いたアイナが、ジェルで濡れた指でそっとアナルの縁をなぞる。
 皺のしの字も見当たらないほどパツパツに拡がった辺縁を少しでも伸ばすように優しく撫でながら、腰は小刻みな動きを繰り返していた。
 その度にぐちゅぐちゅと卑猥な音が股間から聞こえてきて、今自分はとんでもない姿をアイナに見られていると思うと急に恥ずかしくなって。

「あっあっあっあんっ……!あい、なっ……いいから、奥っ……」
「だめじゃ。お主を泣かせたくは無いのじゃ……!」
「だって……アイナがっ、それつらいっ……」

 確かに慧の息子さんはもう穴を知ることはないだろう。許されるとしてもオナホが関の山だ。
 それでも、突っ込めるはずの穴に突っ込まず、先端だけを中途半端に動かすだけでアイナが辛いことくらいは何となく分かる。
 ふたなりくんなんて名前が付いているくらいだ、きっと雄のようにさっさと突っ込める限り深く突き入れて腰を振りたいだろうに。

「なぁに……300年も待ったのじゃぞ?このくらい待てるわい」
「そういう、もんだいじゃ、はぁあんっ!!だめ、またいぐっ……!」
「ふふっ、案ずるでない。少しずつ奥には入っておるからのう」

 ぐちゅ、ぐちゅっ、ぬぷっ、ずぷ……

 ゆっくりと、じっくりと時間をかけて、慧の中がアイナで満たされていく。
 無機質な魔力の塊とは違う、圧倒的な熱と質量と躍動が……アイナの命が直に感じられる。

(ああ、確かに……腕より、深い)

 腕の方がもっと深くまで入り込めるのに。
 腕の方が先端はより繊細に動かせるのに。

 なるほど、アイナがこのペニス型魔法生物に己が半生を注ぎ込んだ気持ちも理解できる。
 これほど満たされる気持ちは、そして繋がりを感じられる感覚は、きっと「これ」でしか味わえない。

「は……ぁ……」
「うぁ…………ぁ……」

 長い時間をかけて、ようやくアイナのすべすべした下腹部が尻のあわいに触れた。
 今日はアイナの提案により、玉無しバージョンだ。確かにこれであのたゆたゆしっとりした感触が当たるのはちょっと微妙な気分になるかも知れないと、玉の出し入れ可能という発想に至ったアイナの配慮に感謝する。

「……全部、入ったぞ…………よくぞこの大きさを一人で維持し続けたものじゃ……」
「当たり前だろ……アイナが、これが理想の男の娘だって言ったんだから……!」
「お主、今日はどうしてそう人を煽るのじゃ。……いや、どれだけ煽ろうとも妾は理性を吹き飛ばさぬからの!」
「別にそんなつもりじゃ……でも、我を忘れて私で楽しむアイナも、見たいかな」
「それが煽っているというのじゃ」

 そういうのは次の機会にのう、とアイナはもう煽るなと言わんばかりに慧の唇を塞ぐ。

(あぁ、気持ちいいし、幸せで……アイナに食べられちゃうの、いいな……)

 口付けが、これほど気持ちが良いものだとは知らなかった。
 ……よく考えたら慧のファーストキスは触手服(男性型)だったのだが、あれを口付けとは断固認めない。

 アイナの腰の動きはどこまでも緩慢で、けれどその単調なリズムは敏感なところを押しつぶし、擦り、目の前をチカチカさせながら、一方でじわじわと慧の中に熱を溜めていく。

(知ってる、この感覚は……ああ、懐かしい)

 最初は夢の中で、訳も分からず飲み込まれて毎度のように下着を濡らしていた。
 それがいつからだろう、アイナによって教え込まれた身体は、この白い波に――メスの絶頂に飲まれたときには雄の快楽を捨て去るようになって。

「はっ、はっ、はっ……どうじゃ、辛くないか……?ああ、もう喋るどころでは無いのう。よいよい、そのまま快楽に溺れるのじゃ。ふぅっ、可愛いのう……妾の愛し子よ……」
「あんっ……はぁんっ……ん…………っ……!」

 二人の吐息が重なり、喘ぎ声が唱和する。
 一つの身体で共にあり二つに分かたれたものが、今ようやく再び一つに戻る。

(きもちいい……)

 もはや、口からは意味のある音が出てこない。
 想像していたよりずっと静かで、穏やかな交合で、なのに慧は直感する。

 きっと私達は今日、共にあの日の快楽を越えてしまうのだと。


(やっぱり、アイナだから)
(愛し子と共にまぐわうのは)


「ふぅっ、妾ももう出そうじゃ……慧、慧っ……」
「うぁ……んあああああっ!!!」



(これほどまでに、満たされる)



 ぐっ、ぐっ腰を押しつけられ、奥に大量の熱い飛沫が迸る。
 白濁を注ぎ込む小さな痙攣も、粘度の濃い液体が流れる感触も、全てが引き金となって新たな快楽を、絶頂を産み出していく。

「くぅっ……だめじゃ、まだまだ収まらぬ……慧よ、お主の中はどうしてこんなにも温かくて気持ちが良いのじゃ……」
「か……はっ…………ぁ……っ!」

 止まらない。
 アイナの緩やかな律動も、全てを高みに押し上げる波も、剛直を舐めしゃぶる胎の蠕動も、そして胎にあやされ二度、三度と吐き出される欲望も……

(溶ける……もう、アイナとの、境目が、分かんない……)

 ずっと思い描き、待ち望んだ果てしない白い波に声すら奪われ。
 息つく暇も無く襲いかかる絶頂の波に翻弄され。

「……妾もじゃ、慧。ようやく妾たちは悠久の時を超え、一つになれたのじゃよ……」

 けれども、慧の顔はすっかり蕩けて……どこか微笑んでいるようにすら見えた。


 …………


「あれ……ここ、は……」
「起きたか、慧」
「っ、アイナ!?…………あ……そうだった……」

 目を覚ませば既に時計は夜中の3時を回っていた。
「どうじゃ、気分は」と至近距離で微笑みかける愛しい人の眼に、ああ自分は本当にアイナと再会できたのだと、今更ながら慧の胸に実感がこみ上げてくる。

 どうやら意識を失っている間にアイナが後始末をしてくれたらしい。身体もべたついておらず清潔なパジャマを着せられて、慧は洗いたてのシーツの上でアイナに抱き締められていた。
 もしかして、アイナはずっと起きたまま自分を抱き締め眺めていたのだろうかと思うと、つい頬が緩んでしまう。

 流石に全身は気怠いし、お尻には何かが挟まっているような感覚が抜けないが「……幸せだよ」と掠れた声で呟けば目の前の愛しい人が破顔する。
 その美しいかんばせが笑顔になるだけで、じんと幸せが身体に満ちて……全く貪欲な身体だ、また胎が疼くとはどういうことだ。

「アイナは……あれで、満足できたのか?」

 ふと気になって慧はアイナに尋ねる。
 記憶のある限り、アイナは最初から最後まで終始慧を気遣った優しい抽送を繰り返していた。
 男なら、あそこは欲望のままに腰を振りたくりたいところのはずなのに。ふたなりくんだとまた違うのだろうかと問えば「もちろん満足じゃ」と先ほどまでのまぐわいを思い出したのだろう、うっそりした顔でアイナは慧の額に口付けを落とした。

「お主が快楽に翻弄される泣き声は実に良いものじゃった……いや、やはり地球の知識というのは素晴らしいのう」
「へっ」
「ええと、なんじゃったか……そうじゃ、すろーせっくすじゃ!いやはや、受け入れる側があれで気持ちよくなれることは体験済みじゃが、挿れる側もなかなかどうして良いものではないか」
「ああ、変態じゃ無い性の知識もちゃんと導入してるんだな……待て、体験済みとは」
「当然じゃ。女子の身体を持つからこそ、受け手が大変なのはよーく知っているからのう!後ろは懇意にしていた男の娘に頼んで試させて貰ったのじゃ」
「…………そっか、そうだな、クロリクに浮気という概念はなかった」

 転生してきたって相手は異世界人だ。しかも異世界で400年以上生きた記憶を持ったままの皇女様だ。常識が違うのは仕方が無い。
 ……そう頭では理解していても、やはりモヤモヤしたものを感じてしまう。

 複雑そうな表情を浮かべた慧に「妬かずともよい。妬いてくれるのも愛らしくて良いものじゃがな」とアイナはその控えめな胸に慧の顔を押しつける。
 まったく、この皇女様は自分の扱いを熟知しすぎだ。そして、こんなことであっさり機嫌が直る自分も相変わらずのチョロさだと、慧は苦笑混じりのため息を吐く。

「さっきのふたなりくんじゃがな、あれは一方向の感覚共有も可能なのじゃよ」
「一方向……?」
「装着者の興奮にあわせて大きく、固くはなるが、ふたなりくんの受けた刺激や射精の感覚は装着者に伝えない状態じゃ。……男の娘にオスの快楽はいらぬじゃろ?当然試すときにはこれを使ったに決まっておろう」

 だから子供が成人して以降、本物の男に貫かれたことはないから安心せいとアイナは微笑む。
 慧はまぁそれなら……と安堵を覚える。ただ、ちょっとだけ実験に付き合わされた男の娘に同情するのだ。

(それ、まるで人の形をした、ただのピストンバイブ扱いじゃんか……)

 ――けれど、そこに羨望が混じっていることは否定しない。
 己の逸物はオスであることを忘れさせられ、偽物の、しかも異世界のどこの馬の骨ともわからない形のペニスを着けて何の快楽も得られない抽送を強いられるなど、どれだけ情けなくて、どれだけ辛くて……どれだけ、気持ち良かったのだろう。

「っ……相変わらずアイナは鬼かよ……はぁっ……」
「そう言いながら実に嬉しそうでは無いか。なに、次はお主が妾に入れるが良い。もちろんお主のメスになったちんちんではなく、お主にオスの快楽を伝えないふたなりくんで、な?」
「~~~っ!!」
「ほう、今ので軽く達したか!ふふっ、本当にお主は妾に管理されるのが大好きじゃのう!!」

 腕の中でビクンと震える、このチョロい愛し子が可愛くて堪らない。
「本当にお主はどこまでも、妾の理想じゃ」と耳元で囁けば、またビクンと身体が大きく震えた。

「……はぁっ…………けど」
「けど?」
「アイナは良かったのかよ……男に転生しなくて」

 そう、自分は心の奥底の願望通りに、アイナの理想の男の娘に作り替えて貰った。
 けれどアイナだって抱いていた望みは同じなのだ。

 どうせ転生するなら、今度こそ男の娘として堪能すれば良かったんじゃね?と尋ねれば「そうはいかぬじゃろ」とさも当然のようにアイナは答える。

「お主は女の子といちゃいちゃしたかったのじゃろ?ならそれで良いのじゃ」
「でも」
「あの1年あまりの生活で、妾は十分に望みを叶えてもろうた。それに妾が女で無ければ出来ぬ事もある」
「……?そっか」

 気がつけば、時計は朝の5時を指していた。
 流石にこのまま陽が昇るまで過ごさせて貰おう、アイナもそのつもりだろうしと一応アイナに尋ねれば「何を言うておるのじゃ」とアイナはきょとんとした顔をする。

「ここはお主の家じゃろ?」
「うん、私の……えええええちょっと待った、私の?家!!?」
「何じゃ、大学は卒業したからもうあそこに住む必要は無いのじゃろうが」
「そ、そりゃそうだけど……え、そんな急に」
「それにお主の新しい職場はここから車で40分くらいじゃ。十分通える範囲じゃぞ?」
「待って何でそんなこと知って……ああそうだった、スマホで検索するのはお手の物だったもんな……」

(ああもう、そうだった!アイナはそうやっていつもいつも私を振り回すんだよ!!)

 懐かしい感覚に目眩を覚えながら、ようやくこの生活が戻ってきたのだと慧は心の中でそっと歓喜する。
 降って湧いたような同棲の話は、どう考えても断れる雰囲気では無い。
 第一、慧に断る権利は無い。
 ……権利があっても断る理由は全くないけれど。

 とはいえ、この流れは予想外だ。
 いや、アイナが帰ってくればきっといつかはそうなるだろうと期待はしていたけれど、流石に再会して1日も経たないうちとは、いくら何でもシナリオの展開が雑すぎる。

「まさか卒業していきなり彼女と同棲とか……親にどうやって説明しよう」と慧は喜びつつも頭を抱えてしまう。
 ただでさえ男の娘として生きるとカミングアウトしたときに、母親はともかく父親とは大揉めしたのだ。出来れば何年か冷却期間をおいて、もう少し関係が落ち着いてからの方が良かったなと思う。

 そんな慧に「何も心配することはないぞ?」とアイナはにっこり笑って一枚の紙を取りだしてきた。
 ……それこそ急展開が過ぎるだろうという突っ込む暇すら、この元皇女様は与えてくれそうに無い。

「このために妾は女の身体で転生したのじゃ。…………お主、まさか妾が指輪の意味に気付いてないとでも思うておったのか?」
「……はあぁ!!?」

 左手の薬指、その意味を知らぬほど妾の情報収集力は拙くはないぞ?
 そうにんまりするアイナの手に握られているのは、アイナによる記入が済んだ婚姻届で。

「妾はお主と約束をしたのじゃ。幸いこの世界には、約束を果たす証としてこれほど便利な制度があるのじゃからな、当然活用するに決まっておろう!」
「あの日の、約束……まさか……」
「ふふっ、やはり全ては聞こえておらんかったか。まぁよい、ならばもう一度ここで宣言するだけじゃ!」
「!!」

(ただここに戻ってくるだけじゃ、なかったんだ……!)

 最後まで聞き取れなかった、約束の言葉。
 そこに込められた、慧が思っていた以上の意味を知った慧は驚愕に目を見開き、その長いまつげに彩られた瞳にはみるみるうちに涙が溜まっていく。
 思わずアイナを抱き締め「ばか……ちゃんと約束は伝わったか確認しろよ……!」と震える声で想いを言葉にすれば「良いでは無いか、今伝わったのじゃ」と力強く抱き締め返された。

「……愛しい子よ、お主は生涯妾だけの男の娘じゃ、慧」

 誓いの指輪は既にここに。
 そして涙をそっと拭ったアイナから、熱烈なプロポーズと共に誓いの口付けが今、交わされる。

 ……瞳を閉じた慧の目尻から、新たな歓喜の涙がまた一筋流れ落ちた。

 慧にとっては3年の、アイナにとっては300年の時を超えて。
 慧は最後まで聞き取れなかったあの日の約束を知り、アイナは相手に届いたかどうか分からない約束を守って、今ここに実現させたのだ。


『また逢いたいと思うてくれるならば、約束しよう。妾はいつか必ずお主の元に戻り、共に生涯を過ごすのじゃ、愛い子よ』


 窓の外はそろそろ夜明けが近い。
 1時間もすれば窓から差し込む朝の光が、永久の誓いを交わし抱き合う二人を祝福するように照らすことだろう。
 そして彼らは共に、新しい一歩を踏み出すのだ。

 目が眩みそうな薄い青空の世界で始まる二人の未来が
 どうか幸多からんことを――


 ――押しかけ皇女に絆されて 完――



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おまけ

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