第4話 Etude of Devotion
「お、お邪魔します……」
「どうぞ、スリッパに履き替えて待っていてね」
「は、はいっ……!」
告白イベントから数日後、晴臣は千花に呼び出されていた。
指定された場所は『Purgatorio』から電車で20分のベッドタウンにある小綺麗なクリニックだ。
『休診日だけど話は通してあるからインターフォンを鳴らして』と言われた通り緊張に震える指でボタンを押せば、中から出てきたのは栗色の緩いウェーブが掛かったボブカットに色素の薄い瞳を持つ美しい女性だった。
恐らくこの病院の医師なのだろう。千花より年上だろうか、白衣に身を包んだ女性は晴臣の姿を見ると「ああ、君が千花の」とにっこり微笑んで待合室に案内してくれる。
「先にトイレを済ませておいてね。終わったら2番診察室に入って、下着まで全部脱いで椅子に座ってくれる?」
「はい」
女医の指示通り、トイレを済ませて診察室に入る。
千花からは、今日からテストを始めるとしか聞かされていないが、恐らくピアスを開けるために連れてこられたのだろう。
(……まさか、あの綺麗な女医さんに……ち、ちんちんに穴開けられるんやろか……!?)
ドギマギしながら診察室のドアを開ける。
と、そこには荷物を置くかごと、ピンクの大きな椅子があった。
椅子の前にはカーテンがひかれていて、カーテンの向こうには誰かがいるのだろう、カチャカチャと器具を用意する音が響く。
(さっきの、女医さんかな……)
それだけで晴臣の心臓が早鐘を打ち始める。
よりによって初めて会った女性の前で、全裸になるだなんて。
CHIKA様にだって見られたことが無いのに……
(……ああもう、ビビってもしゃあない!)
ぶんぶんと頭を振って不安を振り払い、晴臣は勢いよく全てを脱ぎ捨てて籠の中に放り込む。
そうして椅子に腰掛ければ、頭上にモニターがあるのに気付いた。
なるほど、カーテンの向こうの医師と顔を合わさずに情報を共有できる仕組みがあるのだとちょっとだけ安堵する。
流石にあんな美女に顔を見られながらのピアッシングは勘弁して欲しい。
「準備できた?」
「はっ、はい!」
「オーケー。千花、そっちの準備は」
「あ、大丈夫です」
「へっ」
カーテンの向こうから聞こえた声に、晴臣は(あ、CHIKA様も来ていたんだ!)とちょっと嬉しくなる。
そうか、CHIKA様に見られながらピアスを開けて頂けるのか……そう思ったら、素直な息子さんはすっかり喜びを全身で表現していて、あ、やばいと焦った次の瞬間「じゃあ倒しますねー」と声が掛かった。
「え、倒す、へっ、うわあぁぁぁ!?」
ウイイィィ……ン、と静かなモーター音と共に背もたれが倒れていく。
それと同時に足の部分が外側に広がっていく。
(へ、ちょ、ちょっと待ってえぇぇぇ!!)
あれよあれよという間に、晴臣は股間を大きく開いた情けない姿を取らされていた。
へそから下はカーテンの向こうに晒されて、股間がスースーする。
そう、すっかり元気になった晴臣の雄芯もカーテンの向こうにしっかり晒されて……いることに気付いた瞬間、「ま、ちょ、いかんがあぁぁ!!」と晴臣は思わず涙声で叫んでいた。
「どうしました?……ああ、大丈夫ですよ、見慣れてますから」
「あ、そうですかぁ……ってそうやないですうぅぅごめんなさいいいぃぃぃ!!!」
(こ、これはしゃあないんや!やって、CHIKA様がおるけん……!!)
晴臣が心の中で必死で言い訳をしていた、その次の瞬間。
「じゃ、開けるわよ」
「へっ…………ひええぇぇぇぇぇ!!?」
目の前のカーテンがシャッと開けられる。
あられも無い姿をした下半身が、目の前に開陳される。
ぴしりと固まったその前には、先ほど案内をしてくれた女医と
「……え、ち、CHIKA様……?」
「おはよう、真鍋さん。気分はどうかしら?」
いつもは下ろしているつややかなストレートの髪を後ろで束ね、薄化粧で白衣に身を包み柔やかに微笑む千花の姿があった。
…………
「え、あ、何で……?」
混乱する晴臣に「話は処置をしながらね、先に準備するわ」と千花は何本かの革ベルトと拘束具を取り出す。
「普通の診察じゃこんなことはしないんだけどね、折角だし、拘束されていた方が気分が出るでしょ?」
「へっ、うわぁ……」
足台に乗せられた足をきっちり革ベルトで固定し、手は首の横に持ち上げられ、首輪から伸びる手枷で拘束される。
骨盤と胸郭部分にもベルトをかけられ、晴臣は完全に婦人科の診察台に縫い止められてしまった。
(うわ、こんな格好で……動けない、恥ずかしいいぃぃ……)
涙目になった晴臣の足下で「これで興奮するの?」「これはあくまでスパイスですね、メインはピアッシングなので」と交わされる会話から察するに、女性も千花や自分の性癖のことは知っているのだろう。
「朝から元気ねぇ。なあに?そんなにおちんちんに穴を開けられるのが嬉しいの?」
「っ……その、CHIKA様が見ると思ったら……ごめんなさい……」
「そう、真鍋さんは素直で良い子ね」
「うぅ……嬉しくない、です……」
にんまりしながら千花は晴臣の足の間に座る。
そうして手袋を付け、相変わらず元気なペニスをつんつんと突いた。
晴臣の口から思わず「んっ」と声が漏れ、ピクンと大きく跳ねる屹立に「はぁ、真鍋さんはどこもかしこも素直ねぇ」と千花はすっかりご機嫌だ。
「千花、オートクレーブは3番にあるから」
「分かりました、芽衣子先輩。すみません忙しいのに」
「いいのよ、千花にも春が来たのならこのくらいはね?」
「ちょ、先輩そんなんじゃないですってば!」
茶化す芽衣子と呼ばれた女性に、全くもう!と呟きながら千花は診察カートから滅菌済みのはさみを取り出した。
「じゃ、始めよっか」
「は、はい……ってあの、はさみ、何を」
「……何をされると思う?」
「ひぃっ」
千花が手にしたはさみの先を、つん、とペニスに触れさせる。
途端に情けない悲鳴が晴臣の口から上がった。
(え、まさか、ちんちんを切られる……?いや、玉?……あわわわわ……!!)
流石にそんなことはしないはず、そうは思っていても予測のつかない行動に、晴臣は真っ青になりカタカタと震え始める。
そんな恐怖の表情を千花はじっくりと堪能し「これはね」と口を開いて――
「びええぇぇぇぇん!!!」
「!?」
その時、突如として診察室に大きな泣き声が響き渡った。
(え、何!?いや、これ、子供の泣き声!!?)
凍り付く晴臣の目の前で、千花もまた「えっ、ええっ」と動揺を隠せない辺り、想定外の自体が起こっているのだろう。
「め、芽衣子先輩!?」
「ごめん!着いて来ちゃったのかしら、もう、だめだって言っておいたのに……」
キョロキョロと声の主を探していた芽衣子だが、すぐにカーテンの隅に隠れていた小さな子供を見つけ、「幸尚君、どうしてここにいるの!?」と大声を上げる。
そうすれば幸尚と呼ばれた男の子は……恐らく幼稚園児だろう……その声にびっくりしたのか、目をまん丸にしてぽてんと床に座り込み、顔をくしゃくしゃにしたかと思うと更に大声を上げて泣き始めてしまった。
その様子に芽衣子が「ああやっちゃった」という顔をする。
「うわああああぁぁぁん!!わあああああぁ!!」
「あああ、はいはいごめんね幸尚君、おっきな声怖かったね?よしよし……ねぇ幸尚君、おばちゃん、お仕事だからここには来ちゃだめって言っておいたわよね?どうして来ちゃったのかな?」
「えぐっ、ひぐっ……そ、そうくんが……ていさつたいだ、って……おばちゃんを、さがしてこい、ってぇ…………」
「…………そう、奏が、ねぇ……」
「え、ええと、芽衣子先輩?あの、顔が大変なことに」
泣きじゃくりながら答える幼子の話を聞いた途端、芽衣子のこめかみに青筋が立つ。
……どうやら芽衣子の激情家なところは今でも健在らしい。恐らくこの幼子は芽衣子の遅くに出来た末っ子の友達なのだろう。
ああ、これは強く生きるんだよ坊や、とまだ見ぬ末っ子に祈りを捧げながら、千花は「ごめん後は何とかして!私、子供達を外に連れ出すから!!」と未だピーピー泣き続ける男の子を抱っこしたままものすごい勢いで去って行った。
「……あの、大丈夫なんでしょうか…………」
「だ、大丈夫でしょ……芽衣子先輩は昔からああだから……ああ、お説教タイムが始まったみたいね……」
遠くから聞こえる芽衣子の怒鳴り声と子供の泣き声を聞きながら、千花は興をそがれてすっかり縮こまった晴臣のペニスに向かってはさみを拡げ
「ヒィッ!!」
サクッと小気味よい音を立てた。
「…………え?」
「はぁぁ……真鍋さん、その怯えた顔本当にいいわ……先にここ、綺麗にしちゃいましょうね」
「は、はぁ……って、毛ええぇぇ!?」
ここ、とつつかれた場所見れば、そこにあったはずの毛がごっそり無くなっている。
(あああ、ちんちんで無くて良かった!良かったけんど、まさか毛ぇ剃るん!!?)
シャクシャクと、みるみるうちに晴臣のふわふわした下生えが短く切り揃えられていく。
「本当は貞操具を付けるときでも良いんだけど、折角診察室を貸して貰えたからね」と千花は鼻歌でも歌い出しそうな調子で落ちた毛をはらい、もこもこの泡を下腹部に塗りたくってカミソリを構えた。
「動いたらおちんちんが無くなるわよ?まぁ、この体勢じゃ動けないでしょうけど」
「っ……」
千花の手がきわどい部分に触れつつ、ショリショリと下生えを綺麗に剃り上げていく。
さっきのはさみもだったが、千花の手つきは明らかに刃物を扱い慣れた様子だ。
「……あの、CHIKA様……これまでの人たちも、これを……?」
「ええ。貞操具を付けるのに毛は邪魔なのよね。巻き込んじゃうと痛いでしょ?」
「あ、なるほど」
定期的に剃ってあげるから心配しなくて良いわよ、と話す千花の手は縮こまった陰嚢や丸出しのアヌスにまで降りてきていて、その感触に息子さんはすっかり復活して涙を零している、
なぁに、そんなに早く穴を開けて欲しいの?と笑われれば、恥ずかしさで顔から火が出そうだ。
「……ま、見ての通りでね。私、本業は医者なのよ」
「お医者さん……さっきの女性は?」
「彼女は大学の先輩でね。ここのクリニックはご夫婦でされているのよ」
ああ、なるほど。だからCHIKA様はあんなに人の身体の扱いに長けているのか、と晴臣はすんなり納得する。
先ほどの女性の夫――どうやらその人も千花の先輩らしい――が『Purgatorio』のオーナーである賢太の兄で、学生時代の千花に賢太を紹介してくれたのもこの夫婦なのだそうだ。
末っ子の出産を機に開いたこのクリニックは婦人科と泌尿器科を標榜していて、時折賢太の紹介で普通の病院には掛かりにくいお客さんの診療もお願いしているという。
「腕はいいのよ、二人共。ただまぁちょっとばかし脳筋よりというか、拳で語り合うご夫婦というか」
「ず、随分物騒なお医者さんたちですね……」
「いい人たちなんだけどね。先輩たちがいなければ、私はとうの昔に潰れていただろうから」
バーでは内緒にしてね、と言いつつ千花は手を動かす。
SMバーに集う位だから訳ありの人間は多いし、余計なことは聞かないのがマナーだから、それ以上特に問い詰める気も無いと言えば、千花はいくらか安心した様子だった。
毛を剃りつつお尻の穴をまじまじと見られて「本当に遊んでないのね、綺麗なものだわ」なんて言われても、喜んで良いのかちょっと悩ましい。
普段はホテルで剃毛と貞操具の装着を済ませるそうだが、晴臣の場合最初にピアッシングが必要なため、念のために何かあっても対応できるよう休診日に使わせて欲しいと芽衣子に頼んだのだという。
そう説明されれば、千花の優しさに、そして晴臣だけに向けられた……例え凶暴であっても特別な感情に、ちょっとだけ嬉しくなるのだ。
「これでよし、と……後で抑毛ローションを渡すから毎日塗っておいてね。気休め程度だけど肌の保護にもなるから」
「はい……うぁ……」
「ふふっ、いいわねぇ!赤ちゃんみたいにつるっつるになっちゃったわね」
目の前のモニターの電源が入る。
そこに大写しにされたのは、まさに今下生えを取り払われ頼りなさげに佇む、己の卑猥な股間。
大人の男である象徴を一つ奪われた事実を突きつけられ、晴臣の背中にぞわりと何かが駆け抜ける。
「毛が無くなると途端に情けなくなるわよねぇ、実に奴隷らしくて好みだわ」
「CHIKA様は、つるつるがお好きですか……?」
「ええ。男の尊厳をこうやってね、一つ一つ奪い取って……私無しでは生きられないように変えてしまうって思うとね、ゾクゾクするわ」
そうして千花という檻の中に閉じ込められた哀れな生け贄を甚振るのが夢なのだと語る彼女の瞳は、これまで見てきた彼女よりずっと狂気が漏れ出していて……とても幸せそうで。
きっとこれを見ただけで怖じ気づきギブアップした男性も多いのだろうなと、晴臣は彼女をガチ勢呼ばわりした変態紳士達を思い出す。
(……まぁ、怖ないかいうたら、ちょっと怖いけんど……)
でも、やっぱり自分はそんな残忍さも含めてCHIKA様が好きだ。
そう再確認する晴臣の眼前では、モニターに映った晴臣の欲望からまた一筋歓喜の涎が垂れていた。
…………
「さてと、準備している間に萎えさせておいてね」
「あ、えっと萎えさせるってどうやってっ痛ったああぁぁぁぁ!!」
大きいままじゃやりにくいからね、とポケットから千花が取りだしたのは、どう見てもそこら辺で売っている洗濯ばさみである。
なにを、と尋ねる間もなく千花はその洗濯ばさみを、事もあろうに晴臣の小さな胸の飾りに無言でパチン!と取り付けた。
「っぎゃあぁぁぁ……!!うぐっ……いだい……いだいいぃ……!!」
「あーあーもう涙目になっちゃって……ふふ、ほうらぐりぐりしたらどう?」
「いぎいぃぃ!!!」
「あはははっ!いいわね、これだけで白目剥いちゃうのねぇ!」
痛い、なんてものじゃ無い。
ささやかな突起を、どうみてもバネを緩めていないであろうただの洗濯ばさみで挟まれ、さらにぐりぐりと回される度、晴臣の口から悲鳴が漏れる。
余りの激痛にぶわっと涙が溢れて、楽しそうに笑う千花の顔すらよく見えない。
「これなら……ああいいわね、ちゃんと縮められたじゃない。消毒が終わるまでそのままでいなさいな」
「いっ!!いだいっひっぱるのいだいいいぃぃ!!」
洗濯ばさみに、こともあろうか千花は錘をぶら下げて身体の外側に乳首を引き延ばす。
女性と違って……いや女性だって流石にこんなことをされれば快楽どころでは無いだろう。じんじんとした止まない痛みに、涙が、鼻水が、嗚咽が止まらない。
(もげる、乳首取れるうぅぅ!!痛すぎて訳わからんがあぁぁ!!)
カチャカチャと金属のぶつかる音がしたと思ったら、ペニスに冷たく濡れたものが触れた。
そのままごしごしと、千花は消毒鉗子で掴んだ大きな綿球でペニスと睾丸、その周囲を丹念に外に向かって消毒していく。
すっかり縮こまったペニスの皮を無理矢理鉗子で剥いては、亀頭をゴシゴシ擦られる。
普段なら千花にこんなことをされれば晴臣のことだ、すぐに頭をもたげただろうが、流石に乳首を洗濯ばさみに襲われた状態ではそんな余裕も無いらしい。
青緑の丸い穴が開いた覆布をペニスに通して、千花は再び晴臣の胸元に戻ってきた。
「OK、じゃあ外すわね」
「ギャッ!!」
言うやいなや千花は錘ごと洗濯ばさみを引っ張って無理矢理乳首から外す。
バチン!といい音が鳴り、乳首がもげたんじゃ無いかと思うくらいの激痛に晴臣が叫べば「……サイッコーだわ」とどこかうっとりした様子で、真っ赤に腫れ上がった晴臣の乳首をコリコリと指で転がした。
「どう?流石にまだ感じはしないでしょ」
「むりでずぅ……いだい……じんじんして、いだいぃ……」
「ま、そうよね。ピアスを開けたら手当てしてあげるから」
「はひぃ……」
拍動と共にじんじんとした痛みを訴える乳首を放置し、千花は再び股の間に座る。
手袋を取り替えるとカートを足で引き寄せ、すっかり大人しくなったペニスをふにっとつまんで皮を引き下げた。
「ん……」
「大きくしたら、玉を握るからね」
「ヒィ……」
「モニター見える?カメラの位置はさっき調整したから良い感じにおちんちんが映っていると思うけど」
目の前に映っているのは、千花のすらっとした指につままれた、己の裏側だ。
千花は晴臣の傾きを確認して、亀頭下の中心から曲がっている方に少しずらした位置に紫のインクがついた楊枝で印を付ける。
「ここから尿道に向けてピアスを通すわよ」
続けて画面に映ったのは、緩いカーブを描くピアスと、金属の筒だ。
筒の片方の先端は斜めにカットされている。
「これを尿道につっこむの」
「ヒッ、あ、あのっ尿道ってその」
「そのまんまよ、おしっこの出る穴からぶっさりとね」
「えええええ、うわ、うわあぁぁ……!」
こうやってね、と潤滑剤をまぶした筒の先端を千花が躊躇いなく鈴口に突き刺す。
染みるような感じととてつもない違和感はあるが、我慢できないほどでは無い。
「で、これから刺す針がこれね」
「ふ……ふっとい……!!」
掲げられた針は、見たことも無い太さに見える。もはや凶器だ。
画面越しだから太く見えるのだろうかもしれないと、顔を青ざめさせながら晴臣は気休めにもならない言い訳を頭の中で思い巡らせるも、そんな淡い希望は千花の一言で打ち砕かれる。
「太いわよぉ、だってこれ、10G……直径2.5ミリあるから」
「あわわわ……CHIKA様、その、これって麻酔とか」
「しないわよ、麻酔の方が痛いんじゃ無い?こんなところ」
「そそそそういうものなんですか!!?ええ、じゃあこのままぶすっと!!?」
事前に4ミリまで拡張するとは伝えていたが、そう言えば最初の大きさは教えていなかったわね、と千花が何かを持って晴臣の頭の方にやってくる。
「折角だから見せてあげる」と手にしているのは、2本の針。
「こっちがね、点滴をするときに使う針。もっと太いのもあるけど、手術で使う点滴のスタンダードなサイズがこの20Gね。大体0.8ミリってところ」
「……十分太い気がするんですけど……」
「普段病院にかかって目にするのはこれより1段階細いのが多いかしらね。で、今から真鍋さんのおちんちんをぶっさり貫くのが、こっち」
「…………あは、はは……っ……」
「どう?実感できた?いいわねぇその恐怖に怯える顔……怖い?怖いわよねぇ!でも……真鍋さんが選んだのよ、ね?」
「うぅ……」
(……ほんまに、この人は)
恐怖に新たな涙を零しつつ、晴臣は千花の様子に胸を痛める。
嬉しそうに針を見せつけはしゃぐ千花は、けれどどこか躊躇いの感情を乗せた視線をこちらに送ってくるのだ。
ああ、きっと彼女はこれまでの人生でこの狂気を決して人に見せまいと努力してきたのだろう。
そうしてこうやってテストをする度、ほんのちょっとだけ扉を開けて、けれどやはり受け入れられないと諦めてまた閉じ込めて。
だからその口から紡がれるのは、晴臣に向けた煽り言葉でありながら、同時に自分に向けた確認の言葉なのだ。
(あなたが良いって言ったから、楽しんで良いのよね?)
そう言外に語りかける千花に(ええんで)と想いを乗せて、晴臣は震えながらもしっかりと首を縦に振る。
(僕がCHIKA様を楽しませたいんやけん、楽しんで、ええんで)
「そう、です……僕が、CHIKA様にお願いしたんです……!」
「うん……良い子」
ありがとう。
小さな声で囁き、千花は椅子に戻って再度ペニスに挿入したレシーバーをつまみ、先ほど印を付けた場所に合うように位置を調整する。
そして
「じゃ、開けるわよー、はい」
「んごっ!!」
カウントでもしてくれるのかと思ったら、千花は開けると言った途端一気にその太い針を容赦なく急所に突き刺した。
ビクン!!と全身が反射的に跳ねるものの、しっかりした拘束に阻まれて身体を浮かすことすらできない。
「……ぐぅ…………」
「ほら、モニターを見てなさい。今からピアスを通すから」
「うぅっ……うひいぃぃ」
針をレシーバーの中を通して尿道の外に導き、レシーバーを外す。
そのまま針の根元にピアスを押しつけ、一気に押し込めば、あっという間に晴臣のペニスは銀色のピアスで飾られていた。
「これでよし、と。ここはそんなに痛くないのよね、距離も短いし」
「うそおおぉこれで痛くないんですか!?」
「テストに合格したら、その乳首にもピアスを開けてあげるわよ。その時は覚悟なさいな」
「ひぇ……」
テキパキと片付けてガーゼを当てる千花を、晴臣はぼんやりと眺める。
確かに思ったほど痛みは後を引かず、このくらいなら痛み止めを飲まずとも我慢できそうだ。むしろ痛めつけられた乳首の方がよっぽど痛い。
(……合格したら、って言うてくれた)
千花はそんな先のことまで考えてくれているのだ、その事が堪らなく嬉しくて、痛みで滲んだ涙も引っ込んでしまいそうだ。
一方の千花もまた、自分の発した言葉に驚きつつ、けれどこれまでに無い充足感を感じていた。
(合格したら、だって。……そんなことを考えたのは、この子が初めてだわ)
期待をすれば、裏切られたときのショックも大きいから、あまり期待はしちゃだめよと自らに言い聞かせる。
常に最悪の事態を考えて動くのは仕事柄慣れているのだ、どうと言うことは無い。
それでも、ちょっとだけ。
ちょっとだけ、自分の狂気を受け止めて貰えた夢を見ることを、許して欲しい。
「じゃ、乳首の手当をするわね」と手にしたものを見た晴臣のギョッとした顔に、そして「お、お願いします……」と涙ながらに懇願する声に、仄暗い幸福と快感を感じながら千花は手際よくその真っ赤に熟れた乳首を覆うのだった。
…………
「これ……何回見ても、ヤバい見た目やな……」
昼休み、トイレの個室に腰掛けた晴臣は、その中心を貫き煌々と輝くピアスを眺め、ため息をついていた。
ペニスにピアスを開けるという衝撃的なイベントから、5日が経った。
千花の言うとおり、意外にもピアスの傷からの出血はほとんど無く、痛みも既にほとんど感じない。
トイレに行けば最初の内は染みていたが、千花から貰った生理食塩水で傷口を洗えば簡単に痛みは取れたからそう困ることはなかった。
それより、むしろ大変なのは立ってトイレができないことで。
「……毎回個室でトイレかぁ…………個室少ないし、なにより立ちションできないだけで、こんなにショックなもんやんや……」
ただ、座ってトイレを済ます。
それだけの変化なのに、いかに些細な行動で自分が男であることを認識していたかを思い知らされる。
まるで自分が人よりも一つ劣った存在になった気さえしてしまうのだ。
「ん……あとは、こっちのじくじくがなぁ……」
あの日散々痛めつけられた乳首には、丸い肌色のテープが貼られていた。
真ん中には丸い磁石が取り付けられ、その先から極細の針が出ている……いわゆる円皮針。
肩こりなどのツボに使われるスポールバンという治療器具だ。
『ちっ、CHIKA様っ、そそそんなところに針だなんてぇぇぇ!!』
『大丈夫よ、貼っていれば針の事なんて忘れちゃうから。シャワーにも強いけど剥がれてきたら取り替えなさいね。ちなみにここ、胃のツボでもあるのよ』
『へえぇ、こんなところにツボが……』
『乳腺炎に効いたり胸が大きくなるなんて話もあるわ。ま、鍼灸をやっちゃだめなツボなんだけど』
『いやいやそれ、大丈夫なんですか!?』
だいじょぶだいじょぶ、と軽くあしらわれてそのまま帰宅したのだが、確かに日常では貼っていることすら忘れるくらいだ。
けれどこうやってふとしたとき、そして夜布団に入った後に、なんとも言えないじくじくした感覚に襲われることがある。
「乳首イキできるようになろうね、って言われたけんど……男の乳首ってそんな簡単に開発できるもんなんかな……」
半信半疑ながらも、千花の言うことだし、どのみち晴臣に拒否権など無い。
だから言われたとおり、両方の乳首を隠すようにスポールバンを貼り、風呂上がりには毎日乳首をカリカリしては「何がええんかよーわからん」と首をかしげる事を繰り返している。
「……まあええわ、それに肩こりは楽になったしなぁ」
更に一番磁力が強力なやつだというエレキバンを、鎖骨に沿って4カ所。
胸に伸びる動脈の近くに貼ることで、これまた乳首開発の補助にするらしい。
そっちの影響はよく分からないが、少なくとも副作用だと言われた肩こりの改善には劇的な効果を示していて、非常に助かっている。
すると、ピロン、とメッセージの通知音がした。
スマホを開ければ、それは千花からの呼び出しで。
「明後日……ああ、もう1週間になるんや」
これから1年間、最低でも週に1度は会うからねと言われたのを晴臣は思い出す。
一体何をされるのか正直不安も大きいが、それ以上にCHIKA様とプライベートでご一緒させて頂けることが嬉しくて。
「あと2日や……CHIKA様に会えるの、楽しみやな……」
バーではいつも通り会っているけれど、やはり二人だけで会える方が楽しみに決まっている。
これがあればどんな仕事だって頑張れそうだ、と晴臣はじわじわした乳首から沸き起こる感覚を振り払い、上機嫌で仕事に戻っていった。
…………
胸が、じくじくする。
いつからだろう、なんとも言えないじくじくした感じに苛まれて、夜目が覚めるようになったのは。
この感覚がなんなのか分からなくて、毎日ベッドの中で悶えては睡魔が勝って寝落ちできる瞬間を待ち続けていた。
けれど昨日、いつものように風呂上がりに乳首を弄っていたら、じくじくが広がるだけなのに何故か手を止めることができなくて……お陰で結局昨日は一睡もできないままだったのだ。
(何なんこれ……変や、乳首が何か知らんけんどおかしい……)
「お、真鍋君だ。……どうしたんだい、随分熱っぽい顔をしているけど」
「ああこんばんは……ちょっと、色々と」
「へぇ……ああそっか、CHIKA様のテスト中なんだっけ?どう?辛い?」
「ええと……まぁ……」
それから3週間が経った。
いつものように『Purgatorio』に顔を出した晴臣は、カウンターに陣取っていた常連達に呼び止められる。
「あら、真鍋さんも来てたのね」
「CHIKA様」
それとなくお茶を濁しつつ、いつものように変態談義に花を咲かせていれば、カツカツとヒールの音を響かせて千花がカウンターにやってきた。
相変わらずその姿は凜として美しく、とても30半ばだとは思えない。
「CHIKA様っ!今回はどんなテストをしているんですか?」
「おいテストの内容は秘密なんじゃねーの?」
常連客の一人が好奇心を隠さず千花に問いかければ「もう秘密にしなくてもいいわよ」と千花は返す。
気のせいかその表情はいつもより明るい。
「そもそもあれを見せて以来『告白』してくる子もいなくなったしね」
「あ、あれは……あはは、流石にちょっと怖すぎて……」
そう、あの晴臣の告白イベント以来、千花への告白をしようとする猛者はいなくなった。
それまでも千花のテストが過酷であり、彼女の中にとんでもない狂気が垣間見えるという噂は流れていたが、とはいえ経験者以外は「まさかCHIKA様に限って」「ギブアップしたから内容を誇張して過酷だと吹聴しているだけじゃないか」と内心思っていたらしい。
だがあの日、千花が嬉々としてPAタイプの……己の性器を貫かなければ付けられない貞操具を晴臣に装着すると宣言したことがきっかけで、その噂は真実であったと誰もが確信する。
結果、あれ以来『ガチ勢』に挑むほどの度胸を持った男性は現れていない。
千花としても今は晴臣一人をじっくり堕としたいから丁度いいと思っているらしい。
オーナーでもあり公称恋人でもある賢太も「もう何年もやってきたし、ここらで終わりにしてもいいだろ」と、晴臣を最後に告白イベントを終了にすると決めたそうだ。
「テストの内容はね、聞いて卒倒しない自信があるなら聞けば良いわ、真鍋さんに」
「へっ、僕?」
「ええ。全部正直に喋りなさいね?……真鍋さんは私のために人間を辞めてくれるんだし、そのくらいはできるわよね?」
「っ、はい……」
「え……?」
その会話に、周囲は凍り付く。
何だその、人間を辞めるというのは。ただの奴隷になれるかを試すテストじゃ無かったのかと。
そして既に千花のテストを経験した者は、別の意味で震える。
まさか晴臣は、あの千花の……不可逆な調教を、テストが終わる頃には確実に男としての何かを失うであろう仕打ちを既に承諾してしまったのかと。
「え、えと……晴臣君、む、無理はしちゃだめだよ……?」
「真鍋君、引き返すなら今だぞ?ああでも、もうピアスは開けられて……いやいや、それだけならまだ人間に戻れるから!!」
「一体何をされているんですか!?怖すぎるけど、聞きたすぎる……!」
(――退路を、絶たれとる)
詳細をねだる常連達の向こうから見つめる千花の瞳は、笑っているようで笑っていない。
そこから読み取れる感情は真剣そのもので、これもテストのひとつなのだと物語っている。
こうやって内側だけでない、外からも晴臣を追い詰めて、その大きな掌の中に閉じ込めようとしているのだ。
目覚めて以来ずっと隠してきたものを露わにし、押さえつけてきたものを初めて現実にするのだ。
きっとこれから彼女は何度となく、こうやって晴臣を試すのだろう。
「本当に、いいのね?」と――
(ええで)
だから晴臣も、何度でも答える。
(ええで、なんぼでも試しまい。僕はCHIKA様が安心できるまで、ずーっとうんって言うけん)
「ええと、あんまりびっくりしないでね、あと笑わないでほしいな……」
「心配するな、ここに歪んだ性癖を笑う奴だけはいない」
「……うん、そうだね」
すぅ、とひとつ深呼吸をして。
晴臣はピアスを開けた日からの日々を皆に説明し始めた。
…………
毎週末の千花との逢瀬では、まず念入りにピアスと乳首の状態を確認される。
ピアスの穴の形成は順調で、この間8Gへの拡張を行ったばかりだ。
正直ピアスを開けられたときよりも拡張の方がずっと痛くて、その日は流石に痛み止めを頂いて帰る羽目になった。
「本当なら3-4日位で一気に6Gまで上げたいだけどね、初めてのピアスだし、乳首の育ち具合も調整したいから」と、次のゲージアップは2週間後、そこから1週間後に貞操具を装着すると言われている。
そうして確認が終われば、延々と乳首を虐められる。
虐めると言っても快楽を与えられるわけでは無い、そもそも晴臣の乳首にそんな性感は芽生えていない。
毎回洗濯ばさみを無理矢理付けられぐりぐりと捻られ、痛みに泣けば錘を増やされ、ぶらぶらと揺らして卑猥なダンスを踊らされ、引きちぎらんばかりに一気に引っ張って外される。
いくら晴臣が痛みでも快楽を感じられるようになったとはいえ、流石にこの拷問のような乳首責めでは今のところ快楽など一ミリも感じていない。
「あんまりやり過ぎて組織を痛めすぎるのもだめなのよ」と千花曰く、こうやって適度に痛めつけて神経の再生を何度も繰り返すことで、短期間で感度を上げるのが目的なのだそうだ。
当然ながら、そこで泣き叫ぶ晴臣の姿をじっくり堪能しているのは間違いない。
罪悪感に襲われながらも欲望に負けて歪んだ喜びを表に出す千花の姿に、晴臣は今日も楽しそうな顔が拝めたと喜び、痛みに泣きじゃくりながらも感謝の言葉を紡ぐのである。
…………
「とまぁ、こんな感じでまだ貞操具はついてないから大したことは……ええと、僕何か変なことを」
「「どこが大したこと無いって!!?」」
話を聞き終えた常連達は、いや、そっと聞き耳を立てていたスタッフや他の客も、想像以上の仕打ちに凍り付く。
店内の音楽がやたら鮮明に聞こえるほど静まった中、経験者の一人が「CHIKA様がパワーアップしてる……」と呟いた。
「聞いているだけで乳首がもげそうなんだけど!俺の時は力一杯つねられたくらいだったのに」
「いやいや、それでも十分痛そうじゃん!!で、乳首どうなったんだよお前は」
「う……その…………乳首で声が出るほど感じるようになってさ、これ以上開発されるのが怖くなってギブアップした」
「ええー、勿体なくね?乳首で感じられるなんて、ちょっと興味あるなぁ」
「……やめとけ、本当に戻れなくなるから」
1ヶ月半でギブアップしたという彼は、今でも乳首は敏感なままでニプレス無しにはシャツを着ることもできないと、シャツの下に貼られた丸い絆創膏のような物を見せてくれた。
開発した乳首は、そのまま刺激をしなければある程度元に戻るとはいうものの、ギブアップ後に乳首と後ろを弄らなければ射精ができないほど開発されてしまっていたことに気付き、もはや引き返すこともできず、泣く泣くその身体を受け入れることにしたという。
「CHIKA様を恨んではいないけど、もう少し説明が欲しかったな」とこぼせば「あら、最初の同意書にきちんと書いてあったはずよ?心身に不可逆的な変化が起きる可能性は高いですって」と返されぐうの音も出ない。
というか、同意書まで書かされるのか。
テストと言ってもあくまで千花と相性が合うかの確認だけで、まさか最初から本格的に調教をやっているとは思っていなかった、と言わんばかりの重い空気が流れる。
そんな空気をものともせず「それより」と千花は晴臣のほんのり色づいた顔を見て嬉しそうに笑った。
「真鍋さんもそろそろ良い感じに育ってきたみたいね、こっち」
「え……」
とんとん、と千花が自分の乳首を指さす。
ぽかんとした様子で眺めていると「ずっとじくじくしたままじゃない?」と千花が嬉しそうに囁いてきた。
(あ、これ、育っているんだ!?気持ちええわけや無いけどなぁ……)
そう正直に答えれば「まだ感度が上がっただけだからね、気持ちよくするのはこれからよ」と千花はにんまりする。
「いいわね。この調子なら貞操具を付ける頃には乳首でオナニーできるようになっているわよ」
「え、でも貞操具って着けたら射精禁止なんじゃ……」
「ふふ、じきに分かるわよ。開発されてて良かったってね」
戸惑う晴臣と、隣で「やっぱりCHIKA様、ガチ過ぎる……」と恐れおののくギャラリーを眺めて千花は意味深に笑いながら今日のショーの準備のためにカウンターを離れていった。
…………
テストの内容を話して以来『Purgatorio』に行く度に晴臣は常連客やスタッフから「大丈夫か?生きてるか?」「辛くなったらいつでも言え」と声をかけられ、ついでに毎回肉野菜炒めが大盛りで出てくるようになった。
この間なんて噂を聞きつけた樹が店にやってきて「いいか、だめなときはちゃんとだめって言うんだぞ、流されてやっちゃって傷つくのはお互いになんだからな!」と延々と奴隷の心構えなるものを語られる始末だ。
そんなに自分は頼りなく見えるのだろうかと、ちょっとだけしょんぼりする。
「あの、そんなに心配しなくても……最近は乳首の洗濯ばさみもスポールバンも無くなって、ちょっと寂しいくらいで」
「ホント真鍋君は痛みには強すぎるな!!……で、その手は止めないのな」
「あ、えっと、CHIKA様が暇さえあればずっと触ってなさいって……ん……」
「おいおい悩ましい声が漏れてるぞ」
最近では乳首を弄るだけで、腰が砕けそうなほど気持ちよくなる日も出てきた。
今のところペニスは痛みが無ければ自由に自慰して良いと言われているが、ただペニスを擦るだけではどこか物足りなくて、ついつい手が乳首に伸びてしまう。
(CHIKA様の言うた通りやったわ、ほんまに乳首でオナニーするようになるなんて)
乳首の刺激だけでは射精にはほど遠いが、この頭が溶けるような感覚は癖になりそうだなと人目につかないようにこっそり乳首を触って熱い吐息を漏らしつつ過ごすことが増えてきたある日、千花からのメッセージが届く。
それはいつもの逢瀬の連絡で……そして、本格的な射精管理の始まりを告げる知らせだった。
ピアスを開けてから1ヶ月半がたった週末、晴臣は約束のホテルの一室で全裸になり、入口に向かって土下座したまま千花の到着を待っていた。
カチャリ、とドアが開けば、そのままの体勢で千花に挨拶をする。
そうして許可を貰えばようやく彼女を拝する事を許されるのだ。
「じゃ、そっちに座って」
「はい」
先に全身を確認し、更に伸びてきた毛を剃られた後、いつもは許されない椅子に腰掛けるよう命じられる。
全裸で座るというのはどうにも落ち着かなくてもぞもぞしていれば、千花が一枚の紙を目の前に出してきた。
晴臣が「これは」と尋ねれば「同意書よ」と返事が返ってくる。
(……ああ、前にバーで言ってたやつ……)
今日は貞操具を装着すると事前に説明は受けている。
既に今後どうなるのかの説明も受けているのにと不思議そうな顔をすれば、半分は職業病なのよと千花は笑った。
「説明と書面による同意。これは私にとって絶対に外せないものなの。常に最悪の事態を想定して……保険をかけるというと言い方は悪いけどね、知らなかったでは済ませて欲しくないから」
「そういうものなんですね……」
「ただね、みんなはいはい言ってサインをするくせに、ギブアップの時には『そんなの知らない、聞いてなかった』なんて言い出すのよねぇ……」
医療も調教も悲しいほど一緒なのよ、と嘆息しながら千花は改めて貞操具での射精管理について説明を始める。
「既に話しているけど、これから約10ヶ月間、真鍋さんにおちんちんに触れる権利および射精する権利は無い」
「はい」
「まぁ物理的におちんちんには触れなくなるしね。鍵は私が管理するし、解錠しての股間の洗浄は週1回、ホテルで行うから。ああ、準備は全てこちらでするから真鍋さんは念のために着替えだけ持ってきておいて」
「分かりました」
それ以外にも様々な項目が同意書には並ぶ。
千花が体調管理を行うこと、それ以外にも毎日千花から送られるものには全て目を通し、報告を行うこと。
乳首およびアナルを用いた自慰は自由だが、それで射精した場合はそこでリタイアと見做すため気をつけること。
「射精したい」と訴える事は許可するが、千花に対して射精を懇願することは禁止、等々……
どれもこれも、晴臣から人間として当たり前に許されていた権利を取り上げ厳然たる上下関係を強いる内容である。
それら一つ一つを千花は丹念に説明し、晴臣は同意の言葉を返していく。
そして、最後の項目。
そこには「心身の不可逆的な変化が起こる可能性が非常に高いことを了承し、一切の責任を千花に負わせないこと」と書かれていた。
(これ……確か、経験した人が言よったやつ……)
確か彼は、乳首とアナル無しには射精ができなくなったと言っていたっけ。
自分もそうなるのかと千花に尋ねれば「まあそのくらいは基本じゃ無いかしら」と平然と恐ろしい答えが返ってきた。
「基本、なんだ……」
「後はそうね、乳首の肥大化、長大化、乳房の肥大化、勃起不全、射精障害……ペニスの短小化もありうるかしら。私、勃起機能はなるべく保持したい派だからそこは気をつけるけど、起こらないとは言えないし」
「ひえぇ……それ、終わった後まともに生活できるんですか……?」
「どうかしらね。一応リタイアした人も社会生活は営んでいるようだし、何とかなるんじゃ無いかしら。それに合格すれば私が面倒見るんだから、何の問題も無いわよ」
「まぁ、そういう事なら……ありなんかなぁ……」
もう一度同意書を読み直す晴臣に、どうする?と千花は尋ねる。
(断るなら、断ってくれて良いのよ。……あなたにはまだ、未来があるのだから)
彼女は決して無理強いはしない。
壊して嬲って気持ちよくなりたい自分と、誰も傷つけたくない自分という相反するものを抱えたこの女は、せめて自ら相手を壊さないというルールを課しているからこそ、何とか自分や世界と折り合いを付けて生きていけるのだから。
(……多分やけど、ここでサインすれば僕はリタイアはせん。二度と……まともな身体には戻れんくなる)
そして千花の狂気と優しさの共存を知る晴臣は、その未来を全て捧げるつもりでここにいる。
(ここでサインしたら、いつか後悔するかもしれん)
ボールペンを持つ手が震えて、上手く字が書けない。
(けんど)
「……本当に、いいのね」
(ここで諦めたら、僕は間違いなく一生後悔するけん)
「もちろんです。……僕は、CHIKA様にずっと笑っていて欲しいですから」
少しよれた筆跡の署名と、ブレて押し直した印鑑。
ああ、この頼りなさは実に自分らしいじゃないか。
「CHIKA様、どうか僕を、CHIKA様にふさわしい奴隷にしてください」
真っ直ぐに、ただ真っ直ぐに千花を見つめるその瞳に曇りは無く。
(……いいわ、私も覚悟を決めましょう。……真鍋さん、あなたに期待をする、夢を見る覚悟を)
「分かりました。これで成立ね」
千花は頷くと、サラサラと流れるような筆跡で2通の同意書に署名をし、印鑑をぽんと押した。
…………
「……こんなにガチガチに拘束するんですね」
今日のホテルの部屋は所謂SM用途に作られているようで、壁にも天井にもそれらしい仕掛けが満載である。
千花は壁に取り付けれたX字型の磔台に晴臣を拘束し、ずるりとペニスに刺さったピアスを抜いていく。
「じきに意味は分かるわよ、頑強な拘束が無いと管理なんてできないから」
「そういうものですか……あの、CHIKA様、何を」
「何って、貞操具を着けるのよ。ああそうか、構造までは知らないわよね」
あの日見せられた貞操具を分解し、リング状の部品を持った千花が足下にしゃがみ込む。
そうしてたゆんと所在なさげに垂れている玉をひとつつまみ、ぐいっとリングの中に押し込んだ。
「ひいぃぃぃっ!?」
「へぇ、結構タイトねぇ。まぁこのくらいじゃ無いと固定は出来ないか……って何ビビってるの?あれだけ玉責めされて喜んだぐらいなんだから、このくらい大丈夫でしょ?」
「よ、喜ぶけど痛いのは痛いんですうぅっ!それに絵面が!!見てるだけで痛いぃ!!」
「ふぅん、そういうもんなのね、っと」
「うぎいぃぃぃ!!」
(待って待って、貞操具って玉まで痛い思いするん!!?)
突然の暴挙に混乱を隠しきれない晴臣を横目に、千花は片方の玉を気合いで通す。
そうして袋の中を滑らせ、もう片方の玉を無理矢理ねじ込んでいく。
粗な組織で覆われた睾丸は自由自在にぬるぬると動くものだから、良い感じにリングを通りかけてはつるんと逃げ、またひしゃげるんじゃ無いかと言わんばかりに押し込まれてはあっけなく手をすり抜ける。
「ふふ……なかなか通らなくて大変ねぇ?あら、汗びっしょり」
「っ……ぐぅっ……!ちっCHIKA様ぁまだですかああぁぁっ!?」
「んー、もうちょっとかかりそうねぇ」
「そんなぁぁ!!」
……いや、これ絶対わざとだ。
折角の機会だからと、玉の感触と痛みに悶えて涙目になる自分の醜態を堪能している。
だって、さっきから実に楽しそうにするすると逃げる玉と晴臣の顔を交互に眺めているのだから。
ひとしきり堪能して満足したのだろう、ようやっと双球と縮こまったペニスがリングを通った頃には、晴臣はすでにげっそりやつれて疲労困憊だった。
もはや本日は閉店しましたと宣言したいくらいである。むしろ、これからが本番だというのに。
「あの……CHIKA様、これってずっと着けたまま……?あ、でも洗浄……」
「ええ、仕事でどうしようも無ければ日をずらすかも知れないけど、最低でも週に1度は全部外して洗浄してあげるわよ。……楽しみでしょ?私に遊んで貰うの」
「あ……あひぃ……こっ怖いですけど、ちちCHIKA様が嬉しいなら……!」
「もちろん、嬉しいわよ。さ、後はちゃっちゃと着けちゃいましょ」
先端がL字上に曲がった部品に潤滑剤を塗布し、ピアスの穴から尿道に向かってぐるんと通す。
しっかり拡張しただけあって、違和感こそあるものの特に痛みもひきつれもない。
「終わったら一度トイレに行ってみてね」と言いつつ千花はペニスケージを被せ、上部の二つの突起を固定用の部品とリングに開いた穴に通して、ぐっと鍵穴が真っ直ぐになるように押さえつけた。
「ほら、見てなさい。といっても真鍋さんはこっちの趣味があるわけじゃ無いから、そこまで興奮はしないでしょうけど……鍵をかけるわよ」
「は、はい」
横から鍵穴に鍵を差し込んでカチャリと回せば、晴臣の男の象徴はあっけなく金属の檻の中に閉じ込められてしまった。
「はい、できあがり。……貞操具フェチだとね、この音だけで興奮しておっきくしちゃうのよ」
「へえぇ……いつか僕もなるんやろか……」
「どうかしらね。でもきっと真鍋さんは貞操具が好きになるわよ」
勧められたとおりトイレで用を足す。
潤滑剤がぽたぽたと出てきた後は、特に残尿感も無くスッキリと排尿できることに安堵し、しかし尿道とチタンのチューブとの隙間から漏れる尿がケージを伝ってあちこちに滴るのがちょっと気になる。
ウオッシュレットで綺麗に洗い水気を拭き取ったけれど、何となく洗い残しがあって臭いそうで怖い。
(これ、ウオッシュレット付きのトイレやったらええけど……無かったら詰まん?)
「おしっこは問題ないです」と千花に告げ、しかし洗浄が気になると言えば「出先だとなかなか大変かもね」と晴臣を再び磔にした千花が何かを取りだした。
ペットボトルのキャップにノズルがついたような物体は、まさにペットボトルに装着して使う簡易ビデだそうだ。
念のためにこれを持ち歩くようにして、水はコンビニで買えるしねと渡され、流石女王様、扱いに慣れてるなと感心する。
「陰嚢の駆血はちょっと怖いから、痛みが出たらまずリングの位置を確認して。リングが前に引っ張られちゃうとタマタマが根元で締まってかなり痛いらしいから。自分でリングをこの位置まで戻しても痛みや腫れが取れなかったらすぐに私に連絡しなさい」
「は、はいっ」
「じゃあ、ちょっとおっきくしようか」
「へ」
(おっきく、って、えっ!?この状態で、おっきく!!?いや、どなんするん!?)
想像もつかずに不安そうな視線を向ける晴臣の前で、千花は何が良いのかしらと少し逡巡した後、やおら上着を脱ぎ始めた。
「え、ちょ、CHIKA様あぁぁぁ!!?」
思わず叫んだ晴臣を「静かになさい」と咎めつつ、千花はブラウスのボタンを外す。
「一番手っ取り早く興奮させるにはこれでしょ。おっぱいが嫌いな男はいないし」
「いやそうですけど!!もももうちょっとご自分を大切にしてください!」
「大丈夫よ、大体触れないでしょ?見るだけなら減らない減らない」
「あわわわっ減りますって……痛っだああぁぁぁっっ!!!」
ぽいぽいと色気も何も無く千花はその場で服を脱ぎ捨てる。
ブラを外せばぷるん!!と音がしそうな勢いでたわわな双房が晴臣の眼前に展開された。
「若い子みたいな張りは無いけどまあ、雄の本能に訴えかけるにはこれで十分でしょ」と目の前でたぷたぷ揺らされるそれはどう見ても巨乳と呼ばれる大きさで、だめだと思いつつも(CHIKA様着痩せするタイプやったんや……たゆんたゆん……)と目を皿にして眺めてしまう男の性が悲しすぎる。
途端に股間に激痛が走り、思わず大声で叫んだ晴臣に千花は実に満足げだ。
その下半身を見ては「あははっ、見てみなさいよ真鍋さん、このぶざまなおちんちん!!」と股間をツンツンされている。
「ひぎぃ……いだい……って、うああぁぁちんちんがボンレスハムになっとるうぅぅぅ!」
「あら、良い例えねぇ。ちょっとお歳暮の時期には遅すぎるけど」
「いやいやいや、CHIKA様つんつんしたらもっとおっきくうぐうぅぅ」
千花の長い指が醜くはみ出た晴臣のペニスを突く度に、晴臣の正直な欲望は喜びを表現しようとしては更に檻に赤黒くなった肉を食い込ませて、その邪な考えを咎めてくる。
「いだい……いだあぁ……」と涙をぽろぽろ零しながら呻く晴臣に「これでよく分かったでしょ」と千花は口の端を上げて実に良い笑顔で残酷な事実を宣告した。
「真鍋さん、貞操具ってね。自慰や射精以前に、勃起する権利も奪っちゃうのよ」
「ひぃ……それ、えっ朝は」
「…………ふふ、良い報告を待ってるわよ」
「うそん……」
朝だけじゃ無い。そりゃ学生時代に比べれば落ち着いたけれど、この息子さんは日中だってよく分からないタイミングで大きくなっちゃう困ったちゃんなのだ。
つまりその度にこの拷問のような痛みに耐えて仕事をしなければならないということか、と晴臣の顔は真っ青を通り越してもう真っ白だ。
「そのうちおちんちんがね、覚えちゃうの。ああ、僕は普通の人間みたいにおっきくなっちゃだめなんだって……可愛そうにねぇ!もう真鍋さんのおちんちんは、二度と女の子を知ることができなくなるかもしれないわね」
「へ、その、それって勃起しなくなるって……」
「そういう風にもできるってこと。とはいえさっきも言ったけど、私はなるべく勃起能力は維持させたいのよね、じゃないとこの悶絶が楽しめないし」
「いいいぃっだっぃぃぃ……ひぐっ……」
痛みで萎えたと思えば、更にそのたわわな実りをふにゅんと身体に押しつけられ、無理矢理痛みを与えられる。
「勃起能力の維持には、定期的に完全勃起させて海綿体を維持させないといけないから」とまことしやかに理由を説明するけど、どうみても8割方は千花が単に楽しみたいだけだろう。
過去には痛みに弱く繊細な男性で精神的な恐怖が上回り、性行為が可能なレベルまで勃起できなくなったものもいたそうだ。
「もちろん書面を交わしてあったから大事にはならなかったけどね、随分恨み言を言われたわよ」と嘆息する千花の顔には、一人の人生を歪めてしまった罪悪感がありありと浮かんでいて。
(……ああ、CHIKA様は背負いすぎや)
例え相手がちゃんと書面を読んでいなくても、署名した以上は双方の合意。
であれば、ルールに則って誠心誠意(?)調教した千花が、その結果に罪悪感を感じる必要なんて無い。
……それはある意味、相手への傲慢さでもあるから。
(ほんだけんど、僕のことは背負わんでええんやって今言うても……まだ通じんよなぁ)
もっと、CHIKA様が喜べるようにいっぱい苦しめば、このちっぽけな自分の戯言にも耳を傾けてくれる日が来るだろうか。
せめて、自分に対する罪悪感からだけでも解放してあげられればいいのだけれど。
ようやく千花のおっぱいから解放され一息ついた晴臣は、しかしその千花の手に乳首用の吸引器が握られているのを確認して、冷や汗を流し乾いた笑いを漏らしつつ、彼女の心を開くのはまだまだ時間がかかるなと心の中で独りごちるのだった。
…………
晴臣は、元々それほど性欲は強くない方だと思っている。
学生時代から自慰だって溜まれば抜くくらいだったし、SMバーには通うけれどもそれ以外の場面でそういったものに触れたいという欲望も無い。
そりゃ魅力的な女性を見ればどうしても目で追ってしまうけれど、その程度のものだ。
だから貞操具を着けられても、少なくとも最初の内はそこまで大変では無いだろうと思っていた。
……よりによって最初からクライマックスに仕立て上げられるだなんて、思いもしなかったのだ。
「毎日メッセージでリンクを送るから、見終えたら感想と反応を詳しく送りなさい」と初日に渡されたのは、AV動画だった。
何の変哲も無い、SMですらないただのエロ動画なのだが
(あーうん、これはいい、実にいい……けんど、何で僕の好みバレとるん……?)
単に千花が「自分に似た女性なら反応も良いんじゃ無いか」と安易に選択した動画だが、どうやら晴臣にはクリーンヒットだったらしい。
ストレートの黒髪に巨乳、柔らかそうなお尻から太ももにかけてのライン、良く通る、男に媚びすぎない喘ぎ声……
とたんに晴臣の晴臣は臨戦態勢に入ろうとして、激痛に床に転げ回る羽目になる。
「ぐうぅいだいぃ……!でも、約束……最後までちゃんと見なきゃ……」
興奮しては痛みに萎え、また興奮しては泣きながら悶えるのを何度繰り返しただろう。
震える手で感想と一緒に「ちんちんが痛くて、でもムラムラが止まらなくて辛いです」と送れば、すぐに返信が返ってきた。
『ずっと射精したくて頭の中がバカになるようにしてあるからね、楽しみにしてなさい』
「ひぇ」と思わずスマホに向かって身震いする。
そうして体調管理はきっちりするからとホテルで渡されたサプリとクリアファイルを眺め、晴臣は「……ガチって、こういうことやったんか」とまだ収まりきらない屹立に顔を顰めながら呟いた。
机の上に置かれたサプリは、亜鉛とビタミン剤。
クリアファイルには食事の注意点と毎日行うツボ押しおよび呼吸法、スクワットのやり方。
千花曰く「東洋医学で言うところの腎と脾を強化するのよ……ええと、簡単に言うと性欲と勃起力を上げることに特化しているの」だそうだ。
いくら何でもそんな即効性は無いだろうと思っていたが、やはり専門家は恐ろしい。
ツボ押しと呼吸法をやった途端ムラムラが収まらなくなって、完全に勃起こそしていないから痛みはないものの、ずっとペニスに触りたくて仕方が無い。
(……ああそうだった、もう僕、ちんちんに触れん……)
その度に金属の固い檻に手を阻まれる。
触れないと分かっていても、無意識の行動は止められない。
それでも2日目までは大丈夫だった。
朝は目覚まし代わりの朝立ちで悶絶する最悪の目覚めを迎え、トイレに行くたびケージの中でしょぼくれる情けないペニスを目の当たりにしては、尊厳を奪われた事実を突きつけられる。
家に帰れば動画を見て悶え、ただどうにもスッキリしない気持ちではあったけれど無理やり我慢もできたし眠りにつくことも比較的容易だった。
けれど3日目。
何もしなければ精子が溜まって抜きたくなるタイミング。
ましてこの二日間散々情欲をかき立てられてきた睾丸は、既にたっぷりと精子を溜め込んでいて。
(……出したい)
夜になれば、これまでのように溜まったものを出そうと手を股間に持って行って、檻に阻まれて。
触れない、出せないと思えば余計に出したい気持ちが高まって、何とかして射精しようと隙間から指を突っ込んでも、多少の刺激にはなれど射精にはほど遠い快楽しか得られない。
(そうや、貞操具ごとゆさゆさすればちょっとは……って無理やあぁそんなんしたらちんちん裂けるうぅ!)
貞操帯を掴んで前後に揺すろうとして、ペニスを貫く金属が穴を引っ張った痛みに恐怖を覚える。
だめだこれ、とてもじゃないけど揺するなんてできそうにない。
(あ、これはほんまにきついかも……てか、僕これを10ヶ月も続けるん……?)
射精管理の辛さの一端を垣間見て、晴臣の背中にさぁっと背中に冷たいものが走る。
(無理やこんなん、気が狂ってまう……!!)
そう思えば悲しいかな、余計に射精欲は増し、しかしぐんと大きくなったペニスがギリギリと外の檻と中を貫く金具を締め付ける痛みを送り込んできて、晴臣を嘲笑うように甚振るのだ。
『どう?まだ起きてるかしら。3日目だから少しは辛くなってきた?』
それを見計らったかのように、千花からメッセージが届く。
もう既に限界を感じていると書けば『いつでもギブアップして良いわよ』と素っ気ない返事が返ってきた。
『辛いけど、頑張ります』
『そう、まあせいぜい頑張りなさいな。ああ、遅くなったけどこれ今日の動画ね』
『ひぃ……拝見します……』
『そうだ、折角だから視聴している動画を撮って送ってくれない?』
『分かりました』
動画を見ながら動画を撮るとはどういうことなのだろう。
あれか、またスケベな動画にちんちんをおっ立てて悶絶している姿を楽しみたいのだろうか。
(……こんなみすぼらしい姿で、楽しんで頂けるんやろか……)
不安になりつつも、晴臣はスマホで自分が映るように位置を調整する。
そして送られてきたリンクをパソコンで開いた。
(……おぅ、なんで野郎のちんちん……?)
画面に大写しにされたのは、いつもの綺麗なお姉さんでは無く、ただのペニスだ。
血管が浮き出るほどビキビキにそそり立った欲望は、今の自分には許されない姿だなと気付いて、ちょっとだけ悲しさを覚える。
と、横から伸びてきた手が、ちゅこちゅこと屹立を扱き始めた。
そのすらりとした手は間違いなく女性のものだ。綺麗に整えられた紅色の爪が美しい。
(うわ、そこゴシゴシするの気持ちいい……あああ、これ寸止めだ……!)
良いところをいっぱい擦って、限界ギリギリでぱっと手を離して、ビクビクと涎を垂らしながら情けなく揺れるペニスの先端をそっとつつく。
落ち着けばまた、そのぬめりを使って更にくちゅくちゅと雁首を擦って……ああ、あれは絶対気持ちいいやつだ……と晴臣の手が己の股間に伸びて、けれど金属の固い感触に思わず「あぁ……!」と絶望のため息を漏らす。
一体どれだけの時間、そんな焦らしが続いただろうか。
粘ついた音と、時折堪えきれず漏れる男の声と、女の笑い声。
さっきから晴臣の腰もうずうずして、息を荒げ貞操具の上から必死に指を突っ込んで、何の足しにもならない刺激を与えてはうわごとのように「もっと……もっと……」と呟き続けていることに、晴臣は気付いていない。
そして、ようやくその瞬間が訪れる。
明らかに射精を促すような女の手の動き、荒くなる息遣い。
そして「出させてください」と切羽詰まった男の上擦った声に「いいよ、出しな」と女がぐりっと先端をくじった瞬間
「あああっ!!!」
見たことも無いほど大量の濃い白濁が、何度も、何度も鈴口から吹き上がる。
「いっぱい出たねぇ」「きもちいいねぇ」とまるで男をあやすような口調で褒める女に、うっとりした……そう、あれは開放感で脳が一瞬止まった気持ちよさだ……男のため息が混じり、動画は暗転した。
「はぁっ……はぁっ……いてて…………うあぁ……!!」
信じられなかった。
ただの男の寸止め射精動画だ。普段の晴臣なら絶対に選ばないようなジャンル。
なのに晴臣の股座はすっかりいきり立っていて……あんな風に、溜まったものを気持ちよく吐き出したいのだと、必死で訴えていて。
「ひぐっ……僕も、いっぱい出したい……触りたい、出したいよぉ……!!」
動画を撮影していたことすら忘れて、晴臣はぽろぽろと涙を零し咽び泣きながら、どうしようも無い衝動に諦めが訪れるまで狂ったようにカリカリと貞操具を掻き毟り続けるのだった。
…………
「これまで射精管理した中で、間違いなくトップクラスにグズグズになるのが早いわよ、真鍋さん」
「はぁっ……CHIKA様ぁ…………出したい……ごしごし、したいですうぅ……!」
「そうね。……分かっているわよね?『射精させてください』はギブアップと見做すわよ」
「ううっ、はいぃ……」
開始から1週間後。
晴臣はいつものようにホテルに呼ばれていた。
仕事をしていれば忘れていられるけれど、家に帰った瞬間頭の中が「射精したい」でいっぱいになってしまう。
千花曰く、大抵の男性はそこまで切羽詰まるのにもう少しかかるらしいのだが、どうも晴臣は痛み以外の被虐に対する耐性がなさ過ぎるようだ。
最近の晴臣は、あれ以来毎日送られてくる寸止め後の大量射精動画ですっかり頭を焼かれていて、今日も千花が部屋に現れた途端泣きながら足に縋り付いて腰をへこへこする有様だった。
「にしても、これだけ反応が良いと私は楽しいわよ」
「ううぅ……」
浴室に立たされ、手は後ろで拘束され、足は肩幅に拡げた状態で拘束棒付きの足枷で固定される。
「念のためにね」と首輪から伸びる鎖をシャワーラックに繋がれ、逃げられないようにした上で千花は首にかけていた鍵を取りだした。
「動画、送ってくれたでしょ?あんなに思い通りに乱れてくれるだなんて、真鍋さん本当にチョロくて素敵ねぇ!ね、あの動画、どうしたと思う?」
「んひっ、ど、どうって……」
戸惑う晴臣の耳元に、貞操具を外し終えた千花の唇が近づく。
――そう、いつだってそこから発せられる言葉は、晴臣を狂わせる。
「…………オカズにさせて貰ったわ、何度もね」
「!!」
オカズ。
こんな綺麗な人が、自らを慰めたりするんだ。
しかも、自分の無様な動画で、何回も……!!
(ああ、あれでええんや……いやいや恥ずかしくて情けなくて死にそうやけど!!でも、あんなんで、CHIKA様は喜んでくださるんだ……!)
その言葉に、戒めを解かれた屹立は精一杯喜びを表現する。
「ああ、ホント無様ね」とうっとりと微笑みながら千花はもこもこの泡で晴臣の下腹部を洗い始めた。
「やっぱりいいわね、PAタイプ。多少緩くても絶対に抜けないから普段の洗浄もしっかりできてるわねぇ。これなら臭いもそこまで気にならなかったでしょ?」
「はい……んっ、でも、汚れが全部は取り切れなくて」
「それは仕方が無いわね。毎週こうやって外して洗ってあげるから我慢なさいな」
「うぁぁ……うぐ……」
普通のケージタイプならもっと汚れが溜まるのよ、と言いながら晴臣を洗う千花の手は優しい。
(はぁぁぁCHIKA様のお手でちんちん洗われてる!!気持ちいいっ、もっとおぉぉ)
千花の柔らかい手が触れただけで、つい腰を振ってしまい、ガシャンと枷が鳴る。
「私の手で気持ちよくなろうだなんて、随分度胸があるわね」と、千花がニヤリと悪魔のような微笑みを浮かべたと思った瞬間、晴臣は「ぎゃあぁぁぁっ……!!」と悲鳴を上げていた。
「はい、だめよー。ちゃんとじっと立ってなさい。……動いたらまた玉握りつぶすから」
「ううぅ、ごめんなさいいぃ……」
「頑張ったらご褒美を上げるから、良い子にしてるのよ」
(ご褒美……?何やろ……めっちゃ嫌な予感しかせんけど……)
この2ヶ月、千花の調教を受けてきたのだ。
そのご褒美は「千花が」楽しいことだろうと――つまり晴臣にとっては苦悶と絶望の時間だろうと哀れな青年はすぐに理解する。
(まぁ……ご褒美っちゃご褒美、間違ってはないけんど)
晴臣にとっては、肉体への直接的な刺激以外で、千花の責めに直接興奮する要素は何も無い。
確かにスパンキングや鞭の痛みは自分を解放する快楽に変わるけれど、それ以外の調教は基本的に痛くて、苦しくて、我慢ばかりで辛くて堪らないだけ。
けれどその先に、千花の喜ぶ顔が、興奮した声がある。
晴臣が惚れ込んだ女の、一番美しい顔が待っている。
だから、確かにご褒美は、ご褒美として機能しているのだ。
「真鍋さん、乳首もしっかり弄ってる?」
「んふ……はい、でも……乳首触り始めたら際限なくて……止め時が分からなくなります」
「そう、随分気持ちよくなるようになったのねぇ」
ペニスを触れない鬱憤を晴らすかのように、乳首を触る時間は明らかに増えた。
今や千花が命令しなくても、暇さえあれば小さな乳首をふにふにと触り、転がし、爪でひっかいて、じゅわんと腰に広がる、そして頭に霞が掛かる気持ちよさに浸っている。
……まあ、大抵途中でペニスの痛みに正気に戻されるのだけれども。
「いいわよ、その調子でしっかり育てなさいな。乳首はちょっと大きくなってきているしね」
「っ、はぁぁっ……ちっCHIKA様っ……!?」
「自分じゃ触れないし、ちょっとだけね。あわあわで触れられるのって気持ちが良いでしょ?大丈夫、絶対に出せないように見極めて触ってあげるから」
「ひいぃぃぃっ!!」
泡に包まれたペニスを、千花の手がゆっくりと扱いていく。
雁首に溜まった汚れを取るように優しく擦られ、つるりとした先端をふわふわの泡越しに撫でられ、しかし奥にせり上がる感覚を感じた瞬間、ぱっと手を離されて「うあぁぁぁ!!」と声を張り上げては枷を千切らんばかりに暴れ、腰で空を切る。
何度も、何度も、何度も。
その悲鳴が濁り、声が枯れ、涙でぐしょぐしょになっても、千花の手は止まらない。
(死ぬ……こんなの、死ぬっ、出したい、出した過ぎて頭ぐつぐつになるっ……!!)
もうこれ以上は、無理。
後ひと擦りされれば絶対に出てしまう、そのタイミングで千花は「はい、おしまい」とにっこり笑う。
余りの辛さに涙をぽろぽろと零せば「……ほんと、何度見ても見飽きないわ」とうっとりした様子だ。
「シャワーの水流でも出ちゃいそうね。ちょっと落ち着くまでそのまま待ちましょ……ああ、折角だし手伝ってあげるわ」
そう言って洗面器を持ったままバスルームから出た千花が、洗面器に何かを入れて戻ってくる。
「随分弄っちゃったからね、冷やさないとねぇ」
「っっっっ冷たああぁぁぁっ!!」
力なく垂れる睾丸と、ついでにガチガチの竿が洗面器に使った途端、晴臣は更なる大声を上げた。
こんなに叫び続けた日なんて、人生初めてかも知れない。明日の喉は確実に死んでいるに違いない。
刺すような痛みすら感じる冷たさに恐る恐る下を向けば、どうやら洗面器の中身は氷水だったようだ。
さっきまでパンパンに張り詰め重そうに垂れ下がっていた双球も、これは酷いと言わんばかりにすっかり身体の中に寄って縮こまっている。
「どう?頭もちょっとスッキリしたでしょ。じゃあ元に戻しましょ」
「スッキリというか……もう、頭の中がジェットコースター過ぎて、ごじゃです……」
「ごじゃ?」
「ええと……ごじゃは、わやって言う意味で……ちゃう、わやも方言……あれ、日本語で何て言うんだっけ」
「いやそれも日本語でしょ」
混乱を放置されたまま綺麗に泡を流され、ふかふかのタオルで水気を取る。
「貞操具はね、これから毎回着けて欲しいって自分からお願いするのよ」と屈辱の言葉を吹き込まれ、けれども晴臣にそれを拒否する権利など無い。
権利があったって、千花の命令には背きたくない。
「……CHIKA様…………ううぅ……僕のおちんちんが良い子になれるように、閉じ込めてくださいぃ……」
「いいわよ。こんな勃起もできない情けない姿が良いだなんて、真鍋さんは本当に変態ねぇ」
「ぐすっ……」
「貞操具を着けたらベッドに行きましょ、ご褒美を上げるから」
流石の千花も慈悲は持ち合わせていたのだろう、そこまで(全くとは言っていない)玉を弄ばれずにテキパキと貞操具を戻される。
……カチリ、と鳴る鍵の音が、今日は何だかやけに大きく聞こえた。
…………
「……で、ご褒美は乳首責めだったと」
「うん。吸引して乳首を根元で……あれ何だろう、ゴムパッキンみたいなので止められて、ひだひだがついたぬるぬるのやつがぐるぐる回転する……ローター?を乳首に固定されて」
「晴臣君、それさ……その、股間は……」
「もうむちゃくちゃ痛いんだけど、だんだん乳首の気持ちいいのと混じって訳が分からなくなってくるんだよね……」
「ひえぇ……真鍋君が着実にメス化していってる……」
「ちょっと酷いわね、私は真鍋さんをメスにする気はないわよ」
「うっそだろ、CHIKA様これどう見たってメス堕ちコースじゃ」
「勃起能力は維持させるから、メスじゃないわよ」
「「それは基準がおかしいから!!」」
装着から10日目、バーに現れた晴臣にわっと常連客が群がる。
すでに貞操具を装着した話は広がっていて、どんな風に管理をされているのか尋ねられた晴臣は、ご機嫌にウーロン茶を飲んでいる千花の隣で装着から今までの経緯をぽつぽつと語っていた。
「内容自体は俺らの時と同じだけど、ずっとキツそうに見える」と経験者が感想を漏らせば「真鍋さん、思った以上に反応が良いのよ。まだまだやりたい事はたくさんあるし、これからが楽しみね」と千花は嬉しそうに笑う。
その笑顔はこれまで店では見せたことが無い純粋な、けれど妖艶さを放ったもので、カウンターの向こうにいる賢太すらドキッとするような表情だった。
(……ったく、すっかりお熱じゃねーの)
これまでの挑戦者の時には見せなかった、プライベートの千花の顔が漏れている。
それは仕事での完璧な女王様像からは少しブレるけれども、人間少しは欠けたところがある方が不思議と魅力はあがるものだ。
実際、晴臣のテストが始まってからの千花は実に調子が良い。何たって振るう鞭のキレが違う。
今でも晴臣への所業に対する罪悪感は持っているようだが、やはりあの台風の日に言い放たれた情熱的な言葉は大きかったのだろう、珍しく千花が晴臣に甘えているようにすら見えるのだ。
(あれで自覚ゼロなのが、最大の問題だけどな!)
カウンターでは、千花が蕩々と自分の奴隷論を開陳して常連客をドン引きさせている。
これも晴臣のテスト以来変わったことだ。千花は常連客の前では、その奥に秘めた獰猛な欲望をあまり隠さなくなった。
ドン引きはするけど、ここの客達は決して千花を否定しない。
晴臣がきっかけでその歪みを表に出して、ようやく千花はその事に気づけたのだ。
その歪みへの忌避感は変わらずとも、こうやって表に出せるようになったなら、きっと自分で受け止められる日が来る。
そして、その日はきっと近い。
(最初はとんだ拾いものをしてしまったと思ったけど、いやいやここまで化けるとはなぁ)
まぁ、ここから更に化ける、いや千花の歪みに沿わされるんだろうけど、きっと彼はその全てを受け止めてしまう、そんな予感がする。
「……なに、賢太さん。ニヤニヤしちゃって」
「いや何でも。それより千花、そろそろソファ席の方回ってくれ」
「あ、すみません。つい話し込んじゃったわね」
じゃあねと去って行くその背中はどこか希望を感じさせて、これは兄貴達に報告を入れないとなと賢太はそんな千花を感慨深げに見つめるのだった。
…………
出したい、出したい、もう、それしか考えられない。
「うあぁ……CHIKA様……出したい、ちんちんごしごししたい……」
「あらあら、随分煮詰まっているわねぇ」
ホテルに入った途端、挨拶もそこそこに晴臣は虚ろな瞳で涙を零しながら、必死で腰を振り続ける。
その発情しきったオス犬のような仕草が実に無様で可愛くて……ぞくぞくとしたものが千花の背中を駆け上がる。
(ああ、これは……いけない、暴走してしまいそう)
装着から3週間。
これまでの経験から、最も脱落者が多いのがこの日だ。
どうやら3週目というのは一つの壁があるらしく、オナ禁チャレンジをしていたお客から聞いた話によると、3週間を超えればすっとこの煮詰めたような射精欲が収まる時期が来るのだそうだ。
まあ、オナ禁ではそもそも性的な刺激に触れないようにするから、最終的には性欲という牢獄から解放される点で射精管理とは話が異なるが、少なくとも射精を禁じられて3週目頃にかなり辛い時期があるのは確かなのだろう。
(……ま、ずっとピークのままで維持するのが私の腕の見せ所なんだけどね)
一応晴臣も仕事をしているから、今のところ仕事に影響が出るような命令は避けている。
そう、これでも随分加減をしているのだ。本気で自分の奴隷として扱うなら、仕事中だろうが何だろうが容赦なく衝動を維持させて苦しませるに決まっている。
「……ほんと、だらだらねぇ……」
「はぁっ、はぁっ、CHIKA様っ、うああぁ……」
もはや痛みすら、興奮を止める材料にならないのだろう。
みちみちとその小さな檻に食い込んだ晴臣の肉棒からは、透明な涙がつぅつぅと糸を引いて床に水たまりを作っている。
もうずっとカウパーが止まらなくて、下着が汚れて困ると言われたのは数日前だったか。
予定よりも早く壊れちゃったのねと笑いながらバーで晴臣に渡した紙袋には、おりものシートが大量に入っていた。
「……えと、これ」
「使い方は……流石に知らないか」
「あ、知ってます。姉ちゃん達が使ってたから……あ、まさか」
「知ってるなら話は早いわ。真鍋さん、ボクサーパンツだったでしょ?これを貼り付ければおむつみたいに吸ってくれるから」
「っ、おむつ、みたいに……」
その言葉は相当屈辱的だったのだろう、晴臣は涙目になりながら「ありがとうございます……」と紙袋を受け取る。
とはいえだらだら溢れる我慢汁でズボンを汚すわけにもいかず、渋々晴臣は毎日パンツにシートを貼り、通勤バッグの中に予備のシートを入れて出社する羽目になったのである。
そうやって、少しずつ、少しずつ男である矜持を奪っていく。
……この射精管理を終えた時、晴臣がどこまで自分の好みに染まっているのか、今から楽しみでたまらない。
(……まだ舐めさせるのは無理かな)
「CHIKA様、CHIKA様ぁ……」とすっかり理性を吹っ飛ばして縋り付き、それでも私を押し倒さないのは大したものねと千花は感心する。
男としての本能を封じられた奴隷の中には、貞操具がどうやっても外せないと知るやいなやキーホルダーから力尽くで鍵を奪おうと考える不届きものも存在する。
実に単細胞で愚かな行動だ。キーホルダーが易々と鍵を奪えるような管理をしていると思い込むだなんて。
実際に千花も押し倒された事が何度かある。当然のようにスタンガンと催涙スプレーで事なきを得た後、念書を書かせてギブアップさせたから、屈服させた後の男の行動は知識としてしか知らないが……きっと晴臣はその先へ、自分から隷属する立場に喜んで堕ちていくだろう。
(焦らない、慌てない。私に期待をさせたんだから……たくさん絶望して、嘆いて、楽しませてよね)
いつものように浴室に拘束し貞操具を外せば、待ってましたとばかりにその中心は天を突く。
これは今日はあまり寸止めで楽しめなさそうだなと思いながら、うっかり射精させないようやわやわと陰部を洗い、ついでに伸びてきた毛を綺麗に剃り上げた。
「あぁぁ……触りたい……触り、たいっ……!!」
「真鍋さん、どうしても触りたければギブアップすればいいのよ……?」
「!!!嫌やっ!!……そんなん、せん……CHIKA様と、約束したけん……どなんなっても、せん……!」
「……そう、可愛い子」
方言がダダ漏れになるほど理性を吹き飛ばしても、自慰という餌をぶら下げても、この一見気弱ですぐに折れてしまいそうな青年は、自らを苦しめる千花への恋慕を貫き続ける。
どこまでも愚かで、みすぼらしくて……なんて、愛しい生き物なのだろう。
それならば、私にできる最大級の賛辞を彼に与えてあげねば。
「ねぇ、真鍋さん。あと10日くらいで1ヶ月になるのよね」
「はぁっ……いっか、げつ……」
「そう。1ヶ月経てば精液を出させてあげるわ」
「っ!!!」
「だから……それまで、頑張れるわよね?」
それは甘い、甘い罠。
射精管理のなんたるかを知っていれば、千花の言葉が何を意味するのか、きっと察することができただろう。
けれども被虐の沼に足を突っ込みながらも、千花への崇拝が先走ってこの世界のことはまだよく分かっていない晴臣に、それを求めるのは酷というものだ。
「あ、あぁ……出せる……出させて、もらえる……?」
「ええ、もちろん真鍋さんが触ることは出来ないわよ?私が全部、搾り取ってあげるから」
「うあ……あああ……!!頑張る、頑張りますぅ……辛いよう……!」
「……ふふ、良い子」
涙を流しながらも「頑張るから」と繰り返す晴臣に「じゃあ、いいものをあげるわ」と突きつけられたのは、本物そっくりの……しかし馬鹿でかいディルドだ。
直径は5センチくらいあるだろうか、長さも20センチはある明らかに人並み外れた大きさのディルドに、晴臣の口から「ひっ」と小さな悲鳴が漏れる。
「ほら、真鍋さんは自分のおちんちんはゴシゴシ出来ないでしょ」
「……はい…………」
「だからね、代わりにこれをゴシゴシしたり、舐め舐めして気を紛らわせるといいわよ」
「そ……んな……」
また一つ、大粒の涙が晴臣の瞳から零れる。
想像するだけでもその惨めさに打ちのめされる。だって、自分のペニスはこの檻の中で醜くはみ出したまま痛みを訴えているのに、こんな逞しい偽物のペニスを扱いて自慰したつもりになれ、だなんて。
(酷い……CHIKA様は、悪魔だ……!)
ぐにゃりと視界が歪む。
あまりにも酷い扱いに、何もかも投げ捨ててギブアップしてしまいたい気持ちがふとよぎる。
けれど、次の瞬間脳裏を掠めるのは、千花の笑顔。
(……ほんでも、そんな僕を見て……CHIKA様はきっと喜んでくださる……)
正直、限界なんてとっくの昔に超えている。
ただ千花が幸せを感じられるから、試して良いって約束をしたから――
それだけが最後の砦となって晴臣の折れそうな心を支え続けている。
だから、晴臣は泣きながらも必死で感謝を告げるのだ。
悲嘆に暮れ涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔を隠しもせず、どうかこんな自分で楽しんで欲しいと、それがあれば自分は頑張れるといわんばかりに。
「ありがとうございます、CHIKA様……いっぱい、ゴシゴシさせて貰います……」
「ふふ、気に入ってくれて良かったわ。じゃあ、いつものように『ご褒美』をあげましょ」
「ひぃ……嬉しい、ですぅ……ひぐっ……」
(ねぇ真鍋さん、あなたならきっと、私を満足させるだけのものを見せてくれるわよね……?)
……ああもう、1ヶ月目の日にあなたが見せる絶望を想うだけで、ゾクゾクが止まらない。
それから2時間後。
たっぷりと寸止めと乳首責めで泣かされ、熱に浮かされたような表情のままふらふらとホテルを後にする晴臣を見送り、千花はその内にある嗜虐の熱を昂ぶらせ……先ほどまでの痴態を思い出しながらベッドに寝転がって指を泥濘に這わせるのだった。
…………
「んっ、んうっ、ここっ、ここゴシゴシしたい……触りたい、触らせてぇ……お願いします、触らせてくださいっ……!!」
いつものように千花から送られてきた動画を眺めながら、ローションを垂らしたばかでかいディルドを股間に置いて必死でくちゅくちゅと扱く。
そんなことをしたところで晴臣の息子さんは狭い牢獄の中に囚われたまま、必死で大きくなろうとしては痛みを訴え続けているというのに……もうこんなことでもしていないと、頭がおかしくなりそうだ。
「お願いします……扱かせて……ちんちん触りたいっ、触りたいよう……!!」
譫言のように虚空に向かって許しを乞い続ける。
その願いは絶対に届かない、叶うことも無い……そう分かっていても呟かずにはいられない。
正直、自慰や射精を許されるなら、今の自分は千花のどんな命令だって喜んで従ってしまいそうだ。
たった1ヶ月。
ただ、ペニスを弄り射精することを禁じられただけで、男はここまで屈服させられるのかと、晴臣は射精管理が何故主従関係の躾において採用されているのかを、身をもって体感していた。
(明日や)
それでも、まだ晴臣には小さな希望があった。
「1ヶ月後には精液を出させてあげる」と約束してくれた千花の言葉。
もちろん、射精管理自体が終わるわけでは無い。
ひとときこの衝動から逃れたところで、また同じ牢獄の中で悶え苦しむ日々が待っていることに変わりは無いのだ。
(一瞬だってかんまん、もう、一瞬でええけん……この苦しさから解放されたい……!)
最近では夢の中ですら、必死でペニスを刺激しようとしている。
酷いときには無意識に貞操具を弄っているのだろう、大きくなって激痛で目が覚めたり、うっかりケージを引っ張って尿道を貫く異物が引っかかる痛みで目が覚めたりと、晴臣は散々な目に遭っていた。
最近は朝立ちが無くなったから、最悪の目覚めだけは回避できるようになったのが不幸中の幸いだろうか。
(ちんちんもちゃんと覚えるんやな、朝立ちしたら痛いって。それに……何でか仕事はうまいこといくようになったんよなぁ……)
これほど射精欲に苛まれているのに、仕事の方は順調だった。
むしろ仕事に全力で集中しなければあっという間に衝動に飲み込まれ醜態を晒しかねないから、全てを忘れるために仕事に打ち込んだ結果、逆に職場での評価が上がるという皮肉な結果になってしまっているのだ。
しかも体調もすこぶる良い。この辺は千花の体調管理のなせる業かも知れない。
何せこれまでご飯をおかずにうどんを食べるような生活をしていたのが、ちゃんと肉や野菜を摂り、サプリを飲み、ついでに下半身中心の筋トレも加わって、明らかにやる気も持続力も上がった気がする。
……まぁその分、息子さんが元気になるのも早くなった気はするのだが。
いや、むしろそっちが目的なのは分かっているけれど、こういう方向に知識のある人間による射精管理は恐ろしく逃げ場がなさ過ぎる。
けど、明日だ。
明日にはちょっとだけ楽になっているはずだから。
「ひぐっ……出したいよう…………がまんんん……あした、あしたまで、がまんっ……!!」
必死で己に言い聞かせながら、晴臣は日課をこなし、震える手で千花を喜ばせる報告を送るのだった。
…………
「昨日の音声だけどね、一人でするときもなるべく『触らせてください』『出させてください』って言わないようにしなさいね」
「はぁっ、はぁっ、な、何でですか……?」
「家でそうやって懇願する癖を付けちゃったら、うっかりここで私に言っちゃうかも知れないでしょ?」
「あ……確かに……」
「今日はお尻も洗ってね」とホテルに着いた千花に挨拶をした途端渡されたのは、先端にいくつも穴の開いた人差し指くらいのノズル付きのポンプだ。
使い方を真っ赤になりながら教わり、トイレで何度か微温湯を直腸に送り込んでは排泄する。男性同士の交合ではここを使うと聞いたけれど、この準備だけで自分には無理だなと晴臣は確信しつつ、ちょっとぐったりしながら腹の中を綺麗にした。
それが終われば「先に洗浄だけ終わらせるわね」と、いつものようにバスルームで拘束されて貞操具を外される。
最近では上手くケージをずらしながら洗うのにも慣れてきて、もちろん完璧とはいかなくともかなり清潔を保てるようになってきたように思う。
「上手に洗えてるわよ」と先っぽを泡でヌルヌルされながら褒められれば、嬉しくてつい腰を振って答えてしまう。
すかさず千花に「だめでしょ」とぺちんと玉を叩かれる激痛すら、この後に待つひとときの解放への期待で塗りつぶされるのだ。
(もうすぐ、出せる、気持ちよくなって楽になれるぅ……!)
そんな期待がすっかり顔に出ていたのだろう「まったく、情けないわねぇ」と呆れたような口調で詰る千花もどこかご機嫌だ。
……そのご機嫌の理由が、晴臣の考えているものとは全く正反対であることなど、彼には知る由も無い。
いつものように貞操具を元に戻され、首輪から伸びる鎖を引かれてリビングに戻る。
後ろ手に拘束されたままなのだからわざわざ戻さなくても良いのにと思うけれど、一瞬でも隙を見せれば刺激しようとするでしょ?と言われてしまえば、それもそうかとすんなり納得してしまう。
「この部屋ね、良いものがあるのよ」と奥から千花が何かを引っ張り出してくる。
それは端に4つの枷と、前方から垂直に上方へと伸びる棒に輪っかのついたフレームだった。
バーでも似たような拘束具を見たことがある、恐らくあの輪っかには首を通して、四つん這いのまま身動きできなくしてしまうやつだ。
あの位置で首を固定されれば、腰を下ろすことすら許されないはず。
千花はそのフレームを姿見の前に設置する。
そして晴臣に四つん這いの体勢を取らせ、手際よく手足と首を固定してしまった。
「鏡、近いかな……どう?これで真鍋さんの情けないおちんちんが見えるかしら?」
「っ、見えます……」
「オーケー、じゃあ精液搾り取っちゃおうか」
「はいぃ!!っ痛うぅ……」
精液、の一言に一気に晴臣の期待が膨らむ。
ついでに中心も一緒に膨らもうとして痛みに顔をしかめれば「どれだけ嬉しいのよ」と千花に鼻で笑われる。
ああ、その姿すら嬉しくて、だめだ、もう大きくなるのが止められない。
「そんなに大きくしてたら痛くて辛いわよ」
「はっ、はぁっ、えっ、でも取らないと出せないんじゃ」
「大丈夫よ、そのままで出せるわ」
「その、まま……?」
どういうことだろう。
確かに世の中にはお尻や乳首を弄くって射精する男性がいるとは聞いたことがあるけれど、残念ながら晴臣の乳首は、せいぜい気持ちよくなってが股間が元気になる程度の開発度合いだ。
お尻に至っては、座薬より大きなものを入れた記憶が無い。いやさっきの洗腸ボトルで最大値は更新したけれど。
「真鍋さん、お尻って全くの未体験?指は?」
「な、何もないです!熱出したときに座薬を入れたくらいで、あとはさっきの……お尻洗うやつが初めてで……」
「そ、じゃあちょっとだけ慣らそうか」
「ひいぃぃっCHIKA様ああぁぁ!!?」
「排便するように息んでみて、洗浄しているから何も出ないし思いきって良いわよ」
「ひょええぇぇぇぇ!!!」」
正面の鏡から後ろを確認すれば、千花が手袋を装着している。
そうして脇に置いたチューブから半透明のジェルを指に纏わせると、躊躇無く尻を割り開いてその形の良い人差し指をすぼまりに添えた。
「はい、大丈夫よー息んで下さいねー」
「う、ううっ……うあぁぁ……」
色気の欠片も無い声で促されれば、つい病院にいるような感覚で指示に従ってしまう。
そうだったCHIKA様はお医者さんだっけ、と余計なことを考えてた次の瞬間、ぬぷぷと中に異物が入ってきて思わずぎゅっと肛門を締め付けてしまった。
「だめよ、ほら深呼吸」と空いた手で千花がぺしんとお尻を叩けば、久しぶりのスパンキングを思い出して思わず「はうっ」と甘い声が漏れる。
「ほんっと、真鍋さんはお尻を叩かれるのが好きよねぇ。玉責めもだけど、痛いのが好き?」
「んぐ……プレイで一番楽しいのはスパンキングや鞭ですね。痛いと泣けるから……泣いても良いのが気持ちよくて」
「ふぅん、そういうものなのね。だから他のプレイにはそこまで食指が動かないと」
「ふぅっ……はい……」
暫く挿れたまま馴染ませ、少しずつ拡げるように動かされる。
どうにも不快な異物感は取れないが、少なくとも痛みは感じない。
「泣ければ良いなら、射精管理はおあつらえ向きかもね」といいつつ、千花は丹念にアナルを開いていく。
出たり入ったりする感覚はとても気持ちの良いものでは無い。これで快楽を感じられるだなんて、今の晴臣には想像がつかない。
「射精管理が、ですか……?確かに辛くて泣いてばかりですけど」
「真鍋さん、痛みと言うよりは自分のどうしようも無く情けない部分を晒け出すことを許される行為が好みなのよね。……それを私が好むからってのもあるけど、真鍋さん自身もそれが刺さるでしょ」
「んっ……確かに……」
「なら、きっと病みつきになるわ、今からね」
「……?」
(どういう、意味やろ)
不思議に思っていれば、ぬぽんと指を抜かれて「んひっ」と情けない声を上げる。
「次、これを入れるわね」と鏡越しに千花が見せたのは、つるりとした細身の……ディルドだろうか、ピンク色の物体だった。
「そっ、そんなの」
「入るわよ、十分ほぐしたしこれ2センチしか無いから」
「いやいや2センチってでかいっうひょぉぉぉぉ!!?」
「はいはい、もう入ったからね」
あっという間に晴臣のアナルはそのディルドを飲み込んでいく。
覚悟していた痛みは無く、ただすさまじい違和感とほんのりした暖かさだけを感じる。
多分、晴臣が少しでも違和感を感じないようにディルドを暖めてくれていたのだろうが、そんな気遣いすらこの違和感の前では無力だなと、ぞわっと鳥肌を立てながら晴臣は心の中で独りごちた。
「……んー、もうちょっと奥かな……」
「あ、あのっCHIKA様何を……」
「何をって、精液を絞り出すのよ」
いやいや初めて尻に物を突っ込まれて射精するのはどう考えても無理でしょ、と晴臣が突っ込もうとしたその瞬間、つん、と下腹部に不思議な……まるでおしっこが漏れるかのような変な感触が走った。
「え、CHIKA様なんか僕」
「……見つけた、ここね」
鏡越しに千花に訴えれば、その千花の口がニヤリと弧を描く。
……ああ、その顔は、良く知っている。
(あれは、僕が泣かされる顔や)
晴臣を絶望の底に叩き落とす、その瞬間を待ちわびるかのような笑顔。
(まずい)
頭が一気に警鐘を鳴らす。
あの顔はいけない。これから自分は間違いなく泣き叫び、無様な姿をこの美しい人の糧として捧げることになるのだと、知らせるような顔だ。
(怖いっ……知っとる、これがCHIKA様の欲しいものやって……僕の大好きなCHIKA様を見れる瞬間やって……でも)
怖いものは怖い。
全身の毛が逆立ち、疾く逃げろと晴臣を急き立てる。
(ああ、ああっ、でも逃げられんっ……動け、ないっ……!!)
ガチャガチャと枷を鳴らしたところで、腰を逃がすことすら出来ない。
その間にも何かが漏れるような感覚は続いていて、最近ずっと続いていた下腹部の重さがすっと取れて。
すっと、取れて……?
千花の唇が開く。
だめだ、そこから発せられる言葉は、間違いなく地獄への片道切符だ。
「ねぇ、真鍋さん」
「……は、はひ…………」
「おちんちん、どうなっているか見える?」
「ひ……」
満面の笑みに恐怖しか感じず、しかし千花の命令には逆らえずに鏡の中の己のペニスを眺める。
相変わらず檻に囚われたままのペニスからは、しかし先端から何か白いものがつぅつぅと糸を引いて溢れ……床に、白い水たまりが出来ていて。
その液体には、見覚えがあって。
いや、見覚えなんてレベルじゃ無い。
あれほど必死に我慢して、出したくてたまらなくて、この日を、この瞬間を渇望し続けたもの。
それが……晴臣の期待を何一つ満たすこと無く、ただ壊れた蛇口から漏れるように滴っている…………!
(な、何なん……何が起こっとるん……!?)
分からない。
分からないが何か取り返しのつかないことが起こった予感だけはして、身体がカタカタと震え始める。
「ふふ……ふふふっ、あはははっ……!!」
「ち、CHIKA様……?」
「最高よ、真鍋さん!!そう、ねぇもっと絶望して見せて!!」
「……っ、何、を……!?」
心の底から楽しくて、興奮して堪らないと言った素敵な笑顔で、千花の口から紡がれる残酷な事実。
それは、晴臣の心に、愛しい人を喜ばせられた歓喜と共に……果てしない絶望と虚無を叩き付ける。
「今ね、真鍋さんの精液、搾り取ってるのよ」
「え……」
(いやや、それ以上聞きたくない)
知りたくない、知ればこれまでの1ヶ月が全て無駄になったような無力感に襲われるから。
「ミルキングって言ってね、こうやってお腹の中から、真鍋さんの精液……正確には精嚢分泌液ね、精液の素をぜーんぶ絞り出しちゃうの」
「そん、な……」
「お漏らししている感覚くらいはあるのでしょ?……真鍋さんは私の奴隷になるんだもの、精液だって情けなく垂れ流すのがお似合いよ」
「あ……や…………っ……」
(やめて、お願い、取り上げんといて)
大粒の涙がぽたぽたと床に落ちる。
それに合わせるかのように、檻に阻まれた中心から白い涙がたらたらとこぼれ落ちる。
残念ねぇ、そう心底気の毒そうに語る千花の顔は、言葉とは裏腹に嗜虐の喜びに溢れていて。
「真鍋さん、まさか奴隷の分際で射精の気持ちよさを味わえるとでも思ったの?……ふふ、可愛そうにねぇ……私が管理する限り、真鍋さんには二度と、射精する快感を得る権利は無いのよ……!」
(そんな、あんなに頑張ったのに……いっぱい我慢したのに……!!)
美しい嗜虐者の高らかな宣言に、晴臣の何かが、ぷつりと切れた。
「いや……いやっ、やだああああああ!!!射精っしたいいいいいっ!!」
「あははははっ!残念ねぇ!もう真鍋さんの精嚢は空っぽよ!でもね、見てみて?ほら玉はパンパンのまま……分かるかしら?……どれだけ出しても、射精欲は全く無くならないわよ!」
「うああぁぁぁ……!!そんな、そんなっ返して、返してえぇぇ!!」
「あ、射精した後の気怠さだっけ?そんなのが男の子にはあるんでしょ?それは味わえるからね。……奴隷なんだから、それだけ味わせてもらえるだけで嬉しいわよ、ねぇっ!!」
(もう、二度と、気持ちよく射精できん……そんな、いっぱい溜めたぶん、全部無駄に……捨てるだけやん……!!)
「やだああああっ!!出したいよおぉ!!いっぱい射精したいいぃぃ……!!」
力の限り叫び、ガチャガチャと鎖を鳴らして暴れても、その無様な姿からは逃れられず。
千花の高笑いが響く中、晴臣はただただ声が枯れ力尽きるまで絶望の咆哮を上げ続けるのだった。
…………
「ひぐっ……ううぅ……CHIKA様は、鬼やぁ…………悪魔やぁ……」
「うふふ、分かってたでしょ?真鍋さんはぜーんぶ分かった上で、人間辞めてもいいですって言ったんじゃなかったっけ?」
「ほんだけんど……辛いもんは辛いんやぁ……うええぇ……」
「なら、ギブアップ」
「せん」
「……そう」
小一時間泣き叫び、ヘトヘトになったところでようやく拘束を解かれ、気怠さの残る中再びバスルームに繋がれる。
汗だくになった身体を洗われつつ「折角だから空っぽになっているのを体験させてあげる」と全力で扱かれるのにまともに反応しない息子さんに更にショックを受け、失意の中「僕のおちんちん……閉じ込めて、ください……」と涙ながらに懇願して、あわれ晴臣の欲望は再び狭い檻に閉じ込められるのだった。
「もう……辛すぎて……頭、動かん……」
「ゆっくりしてなさいな、今日はこれ以上やる気は無かったし、何よりさっきの真鍋さんの痴態だけでもう私もお腹いっぱい……ふふ、あぁ思い出すだけで身体が疼いちゃうわ……」
何かを袋に詰めつつ千花はそんな晴臣を楽しそうに眺め、やがて「真鍋さん」と静かに口を開いた。
「……ねぇ、後9ヶ月、これが続くのよ」
「CHIKA様……?」
「テストが終わる頃には、もう引き返せなくなるわよ?真鍋さん、その様子じゃ童貞でしょ?このままじゃ女の子は抱けない身体になっちゃうでしょうね」
怖くないの?と尋ねる千花の声は、少しだけ震えていて、本当にこのまま続けていいのか戸惑いを覚えているように見えた。
(……みんな、変わっていく身体に耐えられなくて、ギブアップしていった)
とても自分ではご期待に添えません、そう表向きは千花を持ち上げて念書を書く彼らの言葉は、彼女の性癖の苛烈さを、異常性を暗に示していて……いつも静かに千花を傷つけてきた。
自分の歪みは、どうしたって相手を引き返せない沼に落とし込み、それなしには生きられなくしてしまう。
その事実を目の当たりにし、相手を歪めてしまった罪悪感を背負って、それでも何とかここまで一人で立って、生きてきたのだ。
けれど
(お願い、無理なら早めにギブアップして)
晴臣は優しいから。初めて自分の歪みを出して良いと言ってくれたから。
そう、自分にベタ惚れのこの青年は、千花のためなら本当に普通の人間であることを辞めかねない。
ピアッシングから2ヶ月半、晴臣には十分良い夢を見せて貰った。
例えここで約束を反故にされても文句なんて決して言わないし、失望もしない。
これ以上は本当に彼を変えてしまう。そして変わった後でギブアップなんてされてしまったら……多分今回はもう、立ち直れない。
何故だか分からない。分からないけれど、晴臣にこれ以上貶めた後でギブアップをされるのは耐えられないと、直感が囁くのだ。
(あなたのためでも、私のためでもあるのよ。……だから、だめならだめってはっきり言って)
そんな祈りのような気持ちが通じたのか、晴臣はベッドに転がったまま「……怖くない、って言ったら嘘になります」と天井を見つめる。
「……そうよね」
「ほんでも、僕はCHIKA様に幸せになってほしいんです。お店でずっと、僕らお客の夢を叶え続けていたCHIKA様の夢を……本当の欲望を叶えられるなら、僕は怖くてもええです」
「…………」
「やけん……手加減せんといてください。僕、頑張りますから」
「…………そう、頑張っちゃうのね……」
ああ、この子はどこまでも純粋で、正直だ。
格好付けることすら出来ない。何にでも驚き、すぐに辛さに泣き、絶望に怯え、痛みに叫ぶ。
それでいて、どこまでも千花に惚れていて……一生懸命に、その度しがたい性癖を包み込んでくれる。
「……なら」
はい、と渡されたのはさっき千花が用意していた紙袋。
その中身を見た晴臣の目に、驚愕と恐怖の感情がありありと浮かぶ。
(もう、後戻りはさせないわ。……沼の底まで堕ちなさい)
「最終目標はね、この間あげたでしょ?あのディルド相手に無様に腰を振ってメスイキして貰うこと」
「ひぃっ……」
「男に二言はないわよね?それなら、私を喜ばせるために……ペニスでの快楽は生涯諦めて、そのお尻、性器に変えなさい」
袋の中に入っていたのは、さっき使った洗腸器とシリコンジェルのチューブ、ディスポの手袋が詰まった箱。
そして大小とりどりのアナルプラグと、不思議な形のディルドだった。
…………
『どう?仕事は出来そう』
『気合いで集中すれば何とか……でも違和感が凄くて……』
『そのうち挿れてなきゃ落ち着かなくなるわよ。じゃあ朝の指示通り、入れ替えて』
『はい……』
あの日から、晴臣には新しい日課が増えた。
朝起きればお腹を洗って、ひとしきり指で千花に教えて貰ったとおりお尻をほぐす。
しっかりほぐれれば、たっぷりシリコンジェルを塗りたくったアナルプラグを挿入したまま出社するのだ。
「最初から大きいと辛いでしょ」と指定されたプラグは直径2センチと小型だが、アナル処女の晴臣にとっては十分すぎる代物だ。
しかもこのプラグ、恐ろしいことにくびれが無い。肛門括約筋の部分もそのままの太さだから、ずっと便が出かけで挟まったような変な焦燥感までおまけでついてくる。
そして何より晴臣の心を折ったのは、下着の指定だった。
『何で、よりによってTバック……』
『プラグを押さえるのに丁度良いでしょ?プラグの底にある溝に嵌め込めばずり落ちなくて』
『そうですけど……恥ずかしいです、こんなの誰かにバレたら死ぬ』
昼休みに命令され、個室のトイレで下着になり写真を撮る。
そこには、ピンクのメンズブラとTバックを身につけた、どう見ても変態にしか見えない青年が映っていた。
その頬は恥ずかしさからか色づいていて、潤んだ瞳と相まって色っぽい雰囲気を醸し出している。
写真を送れば『ちゃんと着けてるわね、えらいえらい』と返事が返ってくる。
ああもう、きっとこの画面の向こうで千花は白衣に身を包んで真面目な顔をしながら心の中でニヤニヤしているのだろう。
『で、プラグは替えた?』
『はい、2.5センチにしました。痛みはないです』
『じゃあ大丈夫ね、お仕事頑張って』
その返信に「はあぁぁぁ……」と晴臣はため息をつきつつがっくりと便座に腰掛けた。
「……CHIKA様、こないだから、めっちゃえげつなくなっとらん……?」
朝から拡張してようやっと太さに慣れた肛門に、休む暇は無いと言わんばかりにワンサイズ上のアナルプラグを挿入する。
用意されていたアナルプラグは5ミリ刻みで最小が2センチ、最大は5.5センチだと言っていた。正直あんな馬鹿でかいものを入れて平然と仕事をする日が来るだなんて思えないし、思いたくも無い。
「でもなぁ……CHIKA様のことやし、絶対そこまで拡張されるよなぁ……」
男に二言はないとはいえ、後悔するなとまでは言われていない。
だから晴臣は毎日のように「お尻はやだぁ」「ちんちんごしごししたい」と嘆きながら、表向きはただの社会人の顔をして仕事をこなしていた。
『CHIKA様、帰宅しました』
『お帰り、今から処置があるから遅くなるかも。必ず連絡するから、ご飯食べたらそれまで乳首とお尻を弄ってなさいな』
『はい』
帰宅すればしたで毎日のように乳首を弄りながらエネマグラを入れ、当然のように元気になる息子さんを檻に食い込ませて痛めつけながら、千花の許可が出るまでひたすらオナニーを繰り返す。
(処置かぁ……何時間かかるんやろ……)
確かに千花は冷酷だが、一方で非常にマメで真面目でもあった。
特にアナルの開発が始まってからは毎日様子伺いのメッセージが入るし、週に1度の洗浄のみならず、普段も恥ずかしい写真を送らせては晴臣の状況を把握しているようだ。
今日だって、別に千花が言わなくてもちゃんと一人遊びをしながら連絡を待つのに、こうやって予定外の業務が入ったと知らせてくれる。
(そう、CHIKA様はお優しい方なんや……調教はエグいにも程があるけんどな!)
調教において優しさと鬼畜さは同居できるのだと、彼女に従っていれば嫌というほど思い知らされる。
当然のように逞しいペニスの寸止め射精動画は送られてくるし、一人遊びで手が空いていないなら口でディルドをしゃぶればいいんじゃない?とこれまた情け容赦ない指示も出されている。
誰が悲しくて偽物とはいえちんちんをしゃぶらなければならないのかと嘆きながらも、何故か千花の言葉には逆らえなくて、今日も晴臣は泣きながら床に固定したディルドをしゃぶりつつ腰を振り続けていた。
(誰も見よらんのに……CHIKA様だって見れんのに、何でこんなこと真面目にしよるんやろな……)
もちろん、千花の事を喜ばせたいから何だってやるとは決めている。
ただ、貞操具を着けてから1ヶ月半を過ぎた辺りから、晴臣は前にも増して奇妙な従属の感情が強まったことに気付いていた。
何故かは分からない、けれど、千花の命令には勝手に身体が従ってしまうような感覚があるのだ。
多分今の自分は、千花に命じられればそれこそ排泄物すら口にしてしまいそうだと思い至った瞬間、ぞわりと全身が冷たくなるような痺れが走った。
(……身体だけやない……心まで、支配されて……壊されよるんや……)
晴臣は精神的な従属にそこまで快楽を感じるタイプでは無い。
あくまでも千花への恋慕が先にあって、そこから派生した従属なのだ。
けれど、この心に生じた抗いがたい服従の念は、例えば今ここで千花への恋心が冷めたとしてもきっと消えない自信がある。
(何でこんなことに……いや、僕が選んだんやけど……ほんまにもう戻れん……)
日に日に増していく前立腺の感度に、それに付随して上がっていく乳首の気持ちよさに、そしてじわじわと太さを増していくアナルプラグに、肉体的にも精神的にも二度と戻れない領域に足を踏み入れた絶望混じりの背徳感を覚える。
強いて言うなら、ペニス以外で快楽を得られるようになった分、射精欲を紛らわせられて楽にはなったかなと……正直無理矢理にでも良いところを見つけないと、今の晴臣は徐々に普通の男で無くなっていく恐怖に飲み込まれてしまいそうだった。
…………
貞操帯装着から3ヶ月が経った。
最初にアナルプラグを突っ込んで出勤しろと言われたときはどうなるかと思ったが、人間は意外と適応力を持っているらしい。
今や直径4センチのプラグをアナルに突っ込んだままでも、それがちょっと前立腺を刺激して股間に痛みを走らせる結果になっても平然と仕事をこなすようになってしまった事に、晴臣自身も驚いている。
射精できない辛さはあるけれど、ペニスを弄れない辛さは乳首とお尻を弄ることでかなり緩和されるようになった。
最近では貞操具を着けた状態で興奮しても完全に勃起することが減ってきたように思う。
週1の洗浄の時には相変わらずガチガチにいきり立っては千花に限界まで寸止めをされているし、勃たなくなっているわけでは無いから、それなら貞操具があるときは痛くないほうがいいやとすら思っている。
……自然と男としての機能が衰えることを肯定している自分に、晴臣は気付けない。
「CHIKA様……僕のちんちんから精液の素を絞り出してください……」
「そう、そんなに空っぽにして欲しいんだ?」
「ううっ……はい、だって……僕のちんちんはCHIKA様のものですから……」
流石にミルキングを懇願する瞬間は、今だって情けなさと絶望に襲われる。
ああ、今月も頑張って我慢してきた成果を全て台無しにされてしまうのだ。
本物のマゾというのはこれでゾクゾクできるらしいけれど、今の晴臣にはただの拷問でしか無い。
……とはいえ、千花の興奮したかんばせが拝めるなら拷問でも頑張って受け止めるし、実際に千花の笑顔で自分は興奮するから、射精管理が晴臣に合っていると言った千花の言葉はあながち間違えてはいないとは思う。
流石に心待ちにすることは無い、これからもあり得ないが、あの笑顔のためなら搾り取られるのも仕方が無いかと心のどこかでは諦め混じりに納得しているのも事実だ。
「あの、一つ聞きたいことがあったんですが……」
折角だからとここのところ続く謎の従属感について晴臣は尋ねる。
そうすれば「そりゃまあ、本能を握られちゃってるからね」と千花はまんざらでも無い様子だ。
「本能?」
「そ、男にとってペニスを刺激して射精することは本能なのよ。ご飯を食べたり寝たりするのと同じくらい、欠かせないものね」
「ご飯と同じ、って……ちょっと訳が分からないんですけど」
「そうねぇ……今、もし真鍋さんが私の作るご飯しか食べられない状況になったら、そして私の気分次第でご飯が出てくるかどうかも分からないとなったら、必死でご機嫌を取るでしょ?それと同じ事が起こっているだけなの」
「そっか……じゃあ僕はもう、CHIKA様には逆らえない……」
「そもそも真鍋さんは私に逆らおうと思ったことが無いでしょ。でもそうねぇ……体感、させてあげよっか」
「え」
そろそろ出来ると思うんだよね、と千花はいつものように晴臣を四つん這いに拘束する。
そうしてペニスの下にカタンと何かを置いた。
「……それは?」
「まあ見てなさいな。もう3回目ともなると随分落ち着いているわねぇ」
「っ、そりゃ……泣きたいですけどもう慣れたというか、諦めたというか」
それならますます楽しみね、と千花は慣らしもせずにジェルを纏ったディルドをつぷ、と挿入する。
ずっと拡張されたままのアナルは細いディルドをすんなりと受け入れ、ぷっくり腫れた良いところをつついて欲しいと期待するも、その棒はあっさりしこりを通り過ぎて晴臣の努力を無に帰す場所を押し始める。
やがて何かが漏れるような感覚と共に、たらりとその鈴口から白い蜜が流れ出し、下に置かれたガラスのシャーレの中に卑猥な水たまりを作り始めた。
「今日もたっぷり溜まってるわね……ほら、全部絞って貰えて嬉しいでしょ?」
「ぐすっ……はい、嬉しいです……」
「……本音は?」
「びゅっびゅって出したかったのに……また、全部無くなっちゃうの、やだあぁぁ……!」
「ふふ、真鍋さんはほんっと正直ね」
ひとしきり中を押されてもう出るものが無くなったのだろう、なんとも言えない虚しさを残しながらディルドが引き抜かれれば、後孔は咥えるものが無くて寂しいとばかりにヒクヒクと蠢いていた。
「いいわねぇ、もう何か入ってないと寂しいんだ」
「……ううぅ……スースーする……」
「今日は拡張目的じゃないし、4センチのを戻しておくわね」
「んううぅっ……!」
今の晴臣の限界の大きさを、ズボッと突っ込まれる。
もはやこの大きさで中を埋められているのが当たり前になった身体は、そんな圧迫感にどこか安堵感を感じてしまって、変えられてしまった事実に涙がまた一筋頬を伝った。
「じゃ、ここからが本番ね」
フレームからの拘束を解かれ、しかし手は後ろ手にすぐ拘束されてしまう。
尻を高く上げて突っ伏した晴臣の鼻の先に置かれたのは、白い体液が溜まったシャーレだ。
ある意味嗅ぎ慣れた臭いが鼻をつき、本当に搾り取られたんだと惨めな現実を突きつけられ思わず顔を背ける。
そんな晴臣を「ほら、顔を背けない」とニヤニヤしながら千花は横にしゃがみ込んだ。
「ねえ、そんなにこれが欲しかったの?」
「っ……」
「これ、出したくなかったんだ」
「ひぐっ……うう、出したく、無かったですぅ……」
「そう、じゃあ身体に戻しましょ」
「え」
(戻す?……どういうこと?)
ぽかんとする晴臣に千花はニヤリと笑って、ただ一言短い命令を下した。
「全部、綺麗に舐め取りなさい」
…………
「……っな……!!」
(え、今、舐めろって言った!?これを!!?僕が出したやつを、全部!?)
信じられないと言った様子で目を見開く晴臣に「ほら、さっさと舐めなさいな」と千花は命令を繰り返す。
「そ、それは……」
「身体に戻したかったんでしょう?なら、全部舐め啜ればいいじゃない」
「……っ…………」
自分の体液を、しかもよりによって精液の素を口にする。
余りにも悍ましい命令に、想像しただけで「うぇ……」と晴臣は吐き気を催していた。
(こんなものを……でも、これを舐めれば……CHIKA様は、笑って下さる……!)
何度も、何度も己に言い聞かせる。
拒否なんて言葉は自分には存在しない。自分で出したものを這いつくばって舐め啜る情けない姿で千花が喜ぶなら、このくらい……!
「っ、うえぇぇ……っ!おぅぇぇっ……はぁっ、はぁっ……ぐすっ……」
「ほら、手伝ってあげるわ」
「んぶぅっ!!」
シャーレに顔を近づければ、ほんのり漂う臭いに胃から何かがせり上がってくる。
必死で堪えて震える舌を白濁に近づけるも、あと一歩が……身体が動かない。
と、千花の声が耳元で聞こえたと思ったら、思い切り頭を掴まれ、シャーレの中に鼻と口を突っ込まれた。
「ほらほら、ちゃんと舐めなさいな!」
「えほっえほっうげぇぇっ!!うぇ、おぇぇっ……!」
鼻の中に精液が入り、ツンとした痛みに涙が零れる。
鼻いっぱいに広がった臭いと、そこから口腔に広がる、ねっとりと絡みつく、舌がおかしくなりそうな嫌な苦みにえずきが止まらない。
「うえぇぇっ!!ひぐっ、えぐっ」
「どうしたの?出来ないの?」
押さえつけられながらも、晴臣は必死で首を振る。
(無理です、CHIKA様っ!これは無理、吐き気が止まらない……!!)
何とか千花を見上げて、瞳で訴え続ければ、千花もこのままでは難しいと察したのだろうその手を頭から離してくれた。
と言っても鼻の周りの悪臭を放つぬめりを拭うことすら、今の晴臣には許されない。
「ひぐっ……CHIKA様……うえぇ……」
「そう、まだ分かってないようね」
「CHIKA、様……?」
すっと千花の顔から表情が消える。
(まずい、怒らせてしまった……!?)
その変化に晴臣の身体がカタカタと震え出す。
なぜだか分からないけれど、とにかく怖くて、今すぐに謝らなければならないと思うのに、身体が強張って声すら出ない。
(何で……!?何で、こんなに怖いん……?)
自分でも理解しがたい感情に困惑しているのに気付いたのだろう「なるほど、まだ無意識なのね」と頷きながら千花はゆっくりとその手を胸元へとやった。
「ねぇ、真鍋さん。これが何か分かる?」
ちゃり、と音がして取り出されたのは、晴臣の貞節を守る――煩悶と苦痛の檻へと閉じ込めるための、鍵。
何度も外して欲しいと願い、けれど決して叶わぬ解放への希望。
キラキラ光る鍵を見つめる晴臣が「……僕の、貞操具の鍵です」と小さな声で呟けば「そうよね」と千花はにっこり微笑んだ。
その笑顔は女神のように見えて、内側には残酷極まりない獣が隠れている。
「この鍵が、真鍋さんの命綱なの、分かるわよね」
「……はい」
「でね、真鍋さん、これを」
「!!!」
チェーンを首から外した千花が、鍵を握りしめた手をすっと伸ばす。
その先は……少しだけ開けられた窓の外。
(……そん、な…………!!)
さぁっと晴臣の顔が青くなる。
(今、CHIKA様がその手を離せば、鍵は外に……外はどうなっていたっけ、確かすぐ道沿いで……車に轢かれる?いや、用水路に落ちるかも、そもそも誰かが拾って持って行ってしまったら……!!)
一気に駆け巡るのは、最悪のシミュレーション。
そう、千花がその手を開いてしまえば……生涯、晴臣のペニスはここから出られない。
例え千花との関係が切れようとも、二度と解放されることが無い。勃起も、自慰も、射精も、男としての全てを失ってしまう……!
その事実に思い至り、ようやく晴臣は千花の言葉を真に理解する。
『真鍋さんは、私に本能を握られているのよ』
(そういう、ことか……!!)
元々晴臣に、千花の命令に背く気はさらさらない。
彼女の笑顔が、興奮が、幸せが晴臣の幸せなのだから、反抗なんて一度も考えたことがなかった。
けれどこの掌握は、そんな生やさしいものじゃ無い。
努力しても出来ないという事実すら許されない。
晴臣の取れる行動は「遂行する」ただひとつなのだと言うことを――
「ぅ……ぁ…………」
虚ろになった瞳から涙が止まらない。
ツンと痛かった鼻から鼻水がだらしなく唇へと伝っていく。
(僕には……人としての、権利が無い……僕の全てをCHIKA様が、握って……)
絶望は、言葉にならない。
そして……そんな自分を見つめる千花の瞳は……嗜虐の喜びに、男を甚振る快楽に、晴臣の惨めな姿がもたらす興奮に、潤んでいて。
ほら、と上擦った声で、千花が促す。
「……この手、うっかりしたら離しちゃうかもねぇ……真鍋さんは良い子だから、この意味、分かるわよね?」
「ひぅ…………は…………っ……」
「さぁ、全部、舐め取りなさい」
三度、繰り返されたその命令はちょっとだけ鋭い声色で。
晴臣は弾かれるように躊躇いなくシャーレの中に顔を突っ込み、舌で己の搾り取られたものをピチャピチャと舐め始めた。
気持ちが悪い。
嘔吐きが、止まらない。
飲み込む度、胃から熱くて酸っぱいものがこみ上げてくるのを必死で押さえつける。
(舐めなきゃ、全部舐めななきゃ……CHIKA様の言うとおりにしなきゃ……!)
気持ち悪さで頭の中が霞がかり、絶望に目の前が暗くなっても、舐めることを止められない。
「はぁっ、うえぇっ、おぇっ……れろ……うぇぇ……んぐぅ…………」
……実際には、1分もかかっていなかったと思う。
けれども気が遠くなるほどに感じられる時間、晴臣はひたすらシャーレを舐め続けた。
一滴すら残してはいけない、CHIKA様の機嫌を損ねてはならない、そんな強迫観念に取り憑かれ、己の尊厳を全て投げ捨てた。
そうして、悪夢のような時間は「いいわよ」と告げる千花の声でようやく終わりを迎える。
「ぁ……ぁぁ……」
「これで、分かったでしょ?真鍋さんの権利も、尊厳も……私の、気分次第」
「ぅぁぁ…………っ……」
「次のミルキングからは、ちゃあんと自分からおねだりするのよ?僕の出した精液の素、全部舐めさせて下さいって、ね」
ねぇ、美味しかったわよね?
そう、今にも高らかな笑い声を上げそうな顔で問いかける千花に返す言葉は、ひとつしか許されない。
「は……ぃ……おいし、かったです…………ぁぁあ……うぁああああああ!!!」
辛い、悔しい、惨めだ、悲しい……!
たくさんの感情が一気に噴き出して、ぷつん、と音がして。
晴臣は千花の幸せそうな笑い声を遠くに聞きながら、声の限り絶望の咆哮を上げ続けるのだった。
…………
「CHIKA、様……」
「……気がついた?体調はどう?」
「え、と……あれ、僕なんで…………」
気がつけば、晴臣はベッドの上に寝かされていた。
裸のままではあったが、生臭いねばりが顔に感じられないところを見るに、あの後気を失った自分を千花が介抱してくれたのだろう。
「……ごめんなさい、CHIKA様」
「何を謝ってるの?……真鍋さんは頑張ったんだから、後は私に任せればいいのよ」
はい、と渡されたミネラルウォーターを口に含む。
その様子はいつも見慣れたお優しい女王様だ。
「流石にキツかったかしら」
んぐんぐと一気に水を飲み干す晴臣を眺めながら。千花は独り言のようにぽつりと呟く。
その表情は、己が欲望の赴くまま心ゆくまで晴臣を甚振った満足感と……それ故の罪悪感を感じさせて。
ああ、そんな顔をさせるために頑張ったんじゃない、そう思わず晴臣は叫びそうになる。
(……いかん、まだや)
まだ、届かない。
自分への恋慕のために無体を「強いられている」と晴臣のことを千花が思い込んでいる限り、どんなに自分が望んでいることだと主張したところで、千花はその強固なフィルターを外さないだろう。
(どなん言うたら……届くやろか……)
今の自分には、彼女に届く言葉が思いつかなくて、結局いつものように「僕はCHIKA様が喜んでくれたら、それでええんです」と千花の予想するであろう答えを返すことしか出来ない。
「きっと、どれだけかかっても……精液を好きにはなれそうに無いですけど、でも、CHIKA様の喜ぶ顔のためなら、頑張れますから」
「……そう」
(考えないかん、これ以上CHIKA様がご自分を傷つけないために)
「本当に……真鍋さん、あなたという人は……」
そう呟く千花の瞳は今にも泣き出しそうだった。
…………
それからも、順調に晴臣は『壊されて』いく。
地道に拡げ続けた後孔は今や一般的なペニスサイズのディルドを易々と飲み込み、ぷっくり腫れたしこりを押しつぶしてはあられも無い嬌声を上げ、経験したことも無い上り詰めかたに恐怖を覚えては腰を止め、しかし前を触れない辛さと収まらない熱に再び淫らな音を響かせる日々を送っていた。
横になっていても、勝手に胸元に手が伸びる。
こりこりと更に大きくなった乳首の先端を掻けば「んあぁぁ……」と勝手に情けない声が漏れ、涎を垂らしてしまう。
最初はいやいや着けていたメンズブラも、今やそれなしには外を歩けないほどだ。
(これ、もっと気持ちよくなるんやったら、確かに二度とちんちん触れなくなっても生きていけるかもなぁ……)
千花の望む奴隷の形へと変わっていくのは、恐怖と絶望と、それを遙かに凌駕する、愛しい人の望みを叶える喜びを晴臣に与えてくれる。
けれどただ、ひとつだけ。
そうやって変わっていく自分を見つめる千花に宿る罪悪感だけが、晴臣の心に引っかかっていた。
(あれを、何とかせないかん……いかんけど、どうやろか、今の僕の言葉やったらCHIKA様に届くんやろか)
確かにこの数ヶ月で、千花との距離はぐっと縮まったけれど、それでも晴臣は千花のことを何も知らない。
側にありながら触れることすら許されない、まるで檻の中に閉じ込められた己のペニスのようじゃ無いかと力なく笑う。
この間バーに顔を出したときにそれとなく賢太にも聞いてみたが「そう簡単に払拭できりゃ、俺も苦労してねぇよ」と結局二人してため息をつくだけだった。
あの台風の夜のように、何かきっかけがあればそこから殻を破れるかもしれない、それを待つしか無いとその場では結論づけて、淡々と命令に従う日々が続いていく
……そうして待ちに待った転機が訪れたのは、あの心を折られた初めての飲精から、さらに3ヶ月が経った日のことだった。
…………
貞操帯装着から半年が過ぎた、6回目のミルキングの日。
もはやなじみとなったホテルの一室で、晴臣は後ろの洗浄をすませ、全裸で土下座して千花の到着を待つ。
最近ではミルキングの後、床に固定したディルドに腰を振る姿を眺めつつ鞭を入れるのが、千花のお気に入りだからだ。
「ごめんなさい、仕事が長引いて遅れちゃったわ」
「いえ、大丈夫です」
挨拶をし、拘束具を着けて貰おうと姿勢を取って晴臣は違和感に気付く。
(あれ……CHIKA様、何か落ち込んどらん……?)
どことなく千花に元気が無い。
今日は仕事で遅れたと言っていた。普段ならそういうときには連絡をくれるのに、今日は連絡も無かったからよほど緊急の事態だったのだろう。
いつものように洗浄を済ませ手足を固定する千花に、意を決した晴臣は「CHIKA様」とおずおずと声をかけた。
「どうしたの?」
「あの、CHIKA様……僕、口は固いです」
「?」
「……僕でも、CHIKA様の愚痴を聞くくらいはできますから」
「ああ……ごめんなさい、気を遣わせちゃったわね……」
普段の千花なら「大丈夫よ」とにっこり笑って済ませて、プレイに集中できたはずだ。
けれどもその日の千花はどうしてか、その一言を口に出来なかった。
自分の歪みを必死で受け止めるこの哀れな青年なら、少しだけ寄りかかることを許されるだろうか、そんな気持ちが今思うとどこかにあったのかも知れない。
本当はだめなんだけどね、絶対誰にも話さないでねと前置きをして千花は口を開いた。
「仕事でね、ちょっとやらかしちゃって」
正確にはやらかしたのは千花では無く、千花が指導している若い医師だ。
福耳の手術が決まっていた赤ちゃんの母親が突然キャンセルしたいと外来を訪れ、手術を推す彼と口論になったのである。
「そんな、小さいうちに手術で取ってしまえば本人も気にせずにすむんですよ!お子さんをわざわざ不幸にするつもりですか?」
若い医師にありがちな、手術という経験を積めるチャンスを逃したくない焦りがその言葉を吐かせてしまったのだろう。
医学的には確かに放置してもそこまで問題は無いが、基本的には切除するものという『常識』に囚われていたからこそ、その言葉は彼にとって正義で裏打ちされていて、余計に強い言葉になってしまったのかも知れない。
子供のことを考えれば取った方がいいものだ、そう千花も思っていたけれど、激怒した母親はこちらのアドバイスなど聞きはしないだろう。
ここは大事にならないようにとやらかした若手の医師と共に平謝りした、その時に投げつけられた言葉が胸に刺さって今も離れない。
「あんたら医者ごときが、勝手に私の娘の幸せを決めつけないでよ!」
「……取らなくても、良いものなんですか?その副耳って」
「まぁ見た目の問題だしね、取らなくて体調が悪くなったりするようなものじゃないわ。ただ、耳の前だから……顔だからどうしても目につくでしょ?特に子供は周りと違う外見に対してストレートにいじめへと繋がることもあるから切除が基本なの。物心つく前には取っちゃう事がほとんどね」
話しながらも、千花の手は的確に晴臣の精嚢を捉える。
ぐっとディルドで腹の奥を押され、ぽたり、ぽたりと己の快楽の素を取り上げられるこの瞬間は、何度やってもどうしようも無い虚無感に襲われる。
それが素直に顔に出てしまうのだろう、千花はいつも晴臣の表情をじっくり見ながら楽しそうに作業をするのだ。
「今月もいっぱい溜めたわねぇ……ふふ、どう?目の前で全てを台無しにされるのは」
「っ……やっぱり、辛いです……諦めなきゃいけないって思ってても、泣き叫びたくなる……!」
「いいのよ、心ゆくまで嘆いてくれて。その方が私も楽しいんだし」
「ひぐっ……ううぅ……思いっきりだしたかったのにぃ…………!」
堪えきれず零す涙にどこか胸がすく思いを覚えながら、千花は話を続ける。
「中国だとね、副耳を持って生まれた子は幸せになれるって言い伝えがあるのよ。お母さんは日本で生まれ育っているけれど、おばあさんが中華系だそうでね。一度は手術を決めたんだけど、そんな幸運の証なら取ってしまうのはまずいだろうって話になったみたい」
「ああ、なるほど……」
コトリ、と目の前にシャーレが置かれる。
この悍ましい物体に舌を這わせることも、随分……いや、相変わらず嘔吐いて辛くて、正直射精管理の中で一番苦痛な時間ではあるけれど、最初ほどの絶望を覚えることは無くなっていた。
(不味い、気持ち悪い……これをやるたび、僕が壊れていく気がする……)
自分の精液を美味しいと言いながら舐めなければならない。
そこに喜びなど何一つ見いだせないけれど、最近では千花の笑顔を思い浮かべればこのまずさすら受け入れる心持ちになっていて、ああ、順調に普通の人という範疇から外れていっているなと、強烈な無力感に襲われる。
ピチャピチャと舐める音と、晴臣の嘔吐く声を聞きながら、千花は少し悲しそうに語る。
「……傲慢よね、確かに医者だからって勝手に相手の幸せを決めつける権利なんてないわ。……分かっていても、知らず知らず診療の中で忘れてしまうのよ。本当に……医者って仕事は、命を盾に取った傲慢の種がそこら中に落ちているのよねぇ」
私も気をつけなきゃね、と呟きながらシャーレが空になっているのを確認し「いい子ね」とうっそり微笑むその顔は、いつもよりも罪悪感が強そうで。
(ああ、今やったら通じるかもしれん)
ふと頭によぎったと思った次の瞬間には、晴臣の口から言葉が飛び出していた。
「……CHIKA様、僕の幸せも、決めつけてませんか?」と――
…………
「……真鍋さん?」
怪訝そうに問いかける千花に「ずっと、気になっていたんです」と晴臣は告白する。
「CHIKA様は罪悪感なんて、感じなくて良いんですよ」
「え……」
思いがけない晴臣の赦しに、千花は思わず言葉に詰まる。
訳が分からない。
だってただの純朴な青年だった彼をここまで貶めて、歪めてしまったのに。不幸にしてしまったのに、何故罪悪感を感じなくて良いだなんて彼は言うのか。
それすらも自分が施した調教の……服従せざるを得ない環境がなせる業だろうか。
逡巡する千花に、まだ口に残る臭いと喉に絡む気持ち悪さに時折嘔吐きながらも、晴臣は今しか無いと千花に想いをぶつける。
「……CHIKA様、僕はCHIKA様に命を救って頂いたんです」
「そうね、結果としてはそうよ。けど、私がやったことは」
「僕は、就職してからずっと刻み込んできた自分へのマイナスを、あの日CHIKA様の手で性癖を開花させることで、ゼロまで……スタート地点まで戻すことができたんです。だから、僕は変態になったことだって全部感謝しています」
僕は幸せなんです、CHIKA様の目にどう映っているかは分からないけれど、こんなことをされたってCHIKA様が笑ってくれるだけで僕が幸せなのは、事実です。
そう晴臣はきっぱりと言い切る。
……その腰は今日も取り上げられた快楽を嘆くかのようにもじもじと揺れていて、どうにも場が締まりきらないのだけれど、彼の瞳は真剣そのものだ。
何とか正座の体勢を取り「あの、水だけ飲ませて頂きたいです」と渋い顔をする晴臣にペットボトルをあてがえば、ようやく口の中がスッキリしたのだろう「おぇ……」と喉を通るまずさに涙を浮かべながらも晴臣は真っ直ぐに千花を見据えた。
「僕は……ううん、僕だけやない、CHIKA様がこれまでテストをしてきた人たちは、全員自分が望んで、合意の下にCHIKA様に嬲られることを選んだんです。それに対してCHIKA様は真剣にテストを行ってきた」
「まぁ、そうね……やっていることは酷いものだけど」
「それも込みで合意したんですよ。なら、テストを受けた相手がどう思うかはもう、CHIKA様がどうにかしなくてもいいし、そもそも出来ないです」
「……どうにも、出来ない」
(そんなこと、考えたことも無かった)
だって、千花の性癖は常に相手を、男を傷つけ続けるものだから。
相手だって変態だから、ドMだから……どんな言い訳を並べたって、相手を甚振り、傷つけ、絶望させ……不幸にさせることに変わりは無い。
口では何とでも言えるし、彼らが語る幸せすら調教で歪められた認識によるものかもしれない。
自分が関与さえしなければこんなことにはならなかったのだと、まっとうな人生があっただろうにと何度思っただろうか。
その千花の頑なな信念こそが、千花に現実を見つめる目を曇らせている、そう晴臣は確信していた。
(どうか、現実を見て)
(この愚かな男の語る現実で、CHIKA様、あなたを縛る信念から解き放たれて下さい)
――晴臣の想いが、今ようやっと、千花の閉じこもった殻に穴を穿つ。
「どうにもできないものに、罪悪感なんて、感じなくて良いんですよ。まして……決めつけないで。僕は……最初からずっと、いやまぁその、辛いことだらけやけど……でも、ずっと幸せです」
「……!!」
僕の幸せは、僕が定義するから、CHIKA様は決めないで。
決めつけて自分を傷つける、そのループからもう、あなたは解放されていい。
晴臣の語る、事実と寛恕の言葉に千花は雷を打たれたような衝撃を覚え、言葉すら忘れて固まっていた。
……その脳裏によぎるのは、かつて尊敬する上司からかけられた言葉。
『医者ってのは、目の前の患者さんに対してベストを尽くすだけ。それをどう取るかは患者さんの問題で、僕たちにどうこうできるものじゃ無い』
『塚野先生は真面目だからね。背負わなくて良いものまで背負っちゃってそうだから』
「……同じ、じゃないの…………」
「CHIKA様……」
「幸せを勝手に定義だなんて、私はなんて傲慢な……!」
「っ、そうやない!違う、そうやないんや!!」
「真鍋さん」
力の限り、晴臣は叫ぶ。
ああ、この両手が自由なら、どこまでも優しいあなたをぎゅっと抱きしめてあげたいのに。
今の自分に許されるのは、両手両足を拘束された情けない姿で、愛しい女王様に精一杯言葉を尽くすことだけだ。
「傲慢やなんて自分を責めんといて、それはCHIKA様の優しさやけん」
「真鍋、さん……」
「僕は知っとるけん。CHIKA様はお優しい人やって。ずぅっと僕らお客のことを大切に想ってくれてたんも、よう知っとる。やけん、こんな酷いテストをされたって、CHIKA様を責めた人はほとんどおらんかった。違いますか?」
「それは……」
ずっと不思議だった。
確かに捨て台詞を吐いて去って行った男もいたにはいたけれど、ほとんどの挑戦者はあの後も何も変わらず、バーにやってきては千花との語らいを、体験を堪能していたから。
そう、現実は千花が思っているよりずっとずっと優しかった。
何も見えていなかっただけで、世界は千花の全てを拒絶してはいなかった。
(……ああ、私を責めていたのは、私だけだったんだ)
目の前が、滲んで見えない。
熱いものが後から後からこぼれ落ちて、ああもう、こんなんじゃ女王様としての威厳なんて保てたものじゃない。
「私は……私、はっ…………!」
その場で床にぺたんと座り込み泣きじゃくる千花に「すぐに罪悪感は無くならんかもしれんけんど」と、晴臣は正座のまま何とかいざり寄りその胸に千花の頭をもたせる。
「……少なくとも、僕が幸せやって事だけは……僕にはもう、罪悪感やこしひとっちゃ持たんでええってことだけは、知っとって下さい」
「うん……うん…………」
(また、分からない方言が出てるわよ……こんな時くらい、分かる言葉で喋りなさいよ……!)
その涙を誤魔化すように突っ込む心の呟きも、晴臣の優しさに融かされていく。
もう、いいのだ。
この暖かな広い胸の持ち主に、どれだけの苦痛を、屈辱を、絶望を与えても、自分はただそれを堪能して、興奮と幸せを表現すれば良い。
だって……彼はそんな私が大好きで、そんな私を見るのが幸せで、少なくとも私が罪悪感に囚われた顔なんて見たくないのだから。
外からの痛いほどの日差しすら届かない、仄暗い部屋の中。
けれど確かに千花の深い闇に閉ざされた心には、晴臣の暖かな光が差し込んだのだ。