第2話 大晦日
「奏、シューズインの道具整理頼んで良い?」
「おう、台所は任せた」
結婚して初めての大晦日。
普段からそれなりに掃除はしているとはいえ、やれ調教だ製作だと物は増えていく一方で、この機会にと二人は家中の断捨離と大掃除に励んでいた。
「父さん達、何時頃に来るって言ってた?」
「お昼ご飯食べたら行くってメッセ来てたから、多分13時とかそんなもんじゃね」
「そっか、僕らのご飯も適当でいいかな」
「おう、夜はいつも通り蕎麦とうどんが届くみたいだし、どうせ張り切ってつまみとか酒とか大量に持ち込むつもりだろ」
結婚しても、そして幸尚の家が彼ら3人の新居となっても、やっぱり親たちは年末年始にここで酒盛りをしながらゲーム三昧の予定らしい。
今年はスプラトゥーンだそうだ、つまり今年もゲームが盛り上がりすぎて険悪になるパターンとみた。
どうしてわざわざ争いの火種になるゲームを持ってくるのかと、以前奏が尋ねたら「なに、喧嘩するほど仲が良いって言うだろう?それにこうやって発散するのも大事なんだよ」だそうだ。
まぁ、奏達だって毎年2階でボードゲームに興じているのだから似たような物かも知れない。今年は初心に返って拡張版を買い足したカタンをやろうという話になっている。
「……あのう、奏様」
「ん?どうしたあかり」
「あかりちゃん、寒くない?ごめんね、掃除してるから窓開けっぱなしで」
「ううん、寒いのは大丈夫なんですけど……その、私も掃除……」
忙しなく働く二人をリビングの床で眺めながら、あかりは申し訳なさそうな顔をする。
風を通すから寒くないようにと、今日はもこもこのベージュのカーディガンとグレーのトレンカを着せられている。
……まぁ、いつも通り股間と胸はしっかり露出したままだし足はラインが出るようにぴっちりとした素材だが「身体を冷やさないためには腰回りと足首が大事」という幸尚のオカンじみた配慮によりお腹と足首は厚手の布地で覆われているから、意外と寒さは感じない。
それはいいのだが、今でも全ての家事を二人に任せきりにするのはどうしても気が引けて仕方がないのだ。
だから、おずおずとあかりは懇願する。……間違いなく却下されるとわかっているけれども。
「……奴隷もお掃除しちゃ、だめですか?」
「「だめ」」
「うう……」
「あかりちゃん、あかりちゃんは家政婦じゃ無いんだよ?ただの性玩具なのに、人間みたいに掃除なんてしちゃだめだって」
「そうそう、そんなに暇ならおもちゃでも入れといてやろうか?あ、どうせなら檻で大人しく待ってろ」
「あ、それいいね。檻のマットレスはシーツ替えてあるから、ゆっくり悶えてて良いよ」
「え」
その方があかりらしくていいだろう?とにっこりする奏の笑顔に「あはは……」とあかりも引き攣った笑顔を返す。
だって、数時間後にはここに親たちが来るのだ。流石に彼らにあられもない姿を見せるわけにはいかないと、奏だって分かっているはずなのに。
何を使うかな、と嬉しそうにおもちゃ箱を漁る奏の姿に、くらりと眩暈がする。 どうやら奏はこんな状況でも容赦する気は無いらしい。
……それはあかりも望むところだから、余計に始末が悪い。ストッパーの幸尚は掃除に追われていてどうやらそこまで気が回らないようだし。
(あは……お昼からお母さん達が来るのに……ギリギリまで奴隷として扱われるんだ……)
年末年始はそれぞれの実家に挨拶に行ったり、初詣も行きたいだろうということであかりも人間のように過ごすことになっている。
まさか結婚してからも親たちがここに集まるとは思いもしなかったが、守の「君たちはあかりちゃんをあんまり外に出したくないんだろう?なら僕らが来た方が負担も少ない」という一言でこうなったらしい。
だから、午前中に新年を迎える準備を終えて、昼の餌がすめばあかりも着替えて、親たちを迎える。
……その手筈だったのに、まさか直前まで奴隷として……玩具として遊ばれ、親が来た途端に素知らぬ顔をして対応しろと、この嗜虐の塊みたいなご主人様は命じるのだ。
「やっぱこれかな」と奏が選んだのは、ペニスギャグとあかり専用のロングディルドだった。
細身だが表面の凹凸があかりには絶妙らしく、下行結腸まで埋められる背徳感と相まってまるで奈落に落ちるような快感がたまらないらしい。
いや、確かにあの入ってはいけないところをぶち抜かれる快楽の凄まじさは奏もよく知っているけど、無機物でありながらここまで精神的にも堪能できるあかりは、ある意味すげぇなといつも感心してしまう。
「そのまま、力抜いていてね」
「はい……んううぅ……」
しっかりジェルをぬりたくったディルドが、ずる、ずるっとあかりの尻の中に消えていく。
ロングディルドの挿入は幸尚の方が上手だ。やはり奏に挿れなれているせいかと思っていたが、塚野曰く「センスがあるのよ」らしい。
医者でも大腸内視鏡に関しては症例数だけでは埋まらないスキルの差があるそうだ。意外と医者の世界も職人仕事なのだろう。
この貞操帯は以前の物と異なり、普段はアナルもしっかり蓋をしてあって二人の鍵が無ければ排便すら許されない。
とはいえ大学時代から5年近く浣腸で癖づけられた身体は、もはや昼間に排便を訴えることは無い。
「はぁっ……くぁ…………っ」
自然と身体が力を抜く。
だらりと開いたあかりの口から涎が垂れるのを見て、あわてて奏がよだれかけを持ってきた。
「これでよし、と。根元までずっぽり入るようになったね」
「そのまま引き込まれそうで怖いよなぁ、オーナーも絶対根元は入らない形状のを選べって言ってたっけ」
貞操帯の上から革ベルト締め、しっかりとディルドを固定する。
前では手枷を付け替えられよろよろと四つん這いになったあかりに、奏がペニスギャグを飲み込ませていた。
「ん、よし。ほら入れ」
「おぉ……」
リビングに置かれた鉄格子の檻を奏が開ければ、じゃらじゃらと足の鎖を鳴らしながらあかりが檻の中に入る。
手を、足を一歩出す度に感じる奥の存在感と焦燥感に頭を焼かれつつ、ふかふかのマットレスに横たわればカシャンと檻の扉が閉められた。
「これでよし、と。……あーもう、ここでずっと見ていられるなら天井から首輪を固定して四つん這いにさせておくのに」
「そんなことやったら、あかりちゃん昼までに元に戻れなくなるよ!ほら、僕らはさっさと掃除を終わらせようよ」
じゃあ、そのままお利口にしてるんだよと二人は掃除に戻る。
あかりはそのまましばらくもぞもぞと動いては抉られる感触を楽しんでいたようだが、やがて暇になってきたのだろう、すやすやと寝息を立てて……時折甘い呻き声を上げつつ居眠りを始めるのだった。
…………
「やぁ、ちょっと早かったかな」
「ちょっとじゃねえよ、大掃除は終わったけどまだ飯食ってねぇんだけど」
「ちょうど良いわよ、千花のところからまたうどんが大量に届いたからお昼に食べなさいな」
「あー……こないだみかんも直接届いたぞ?それも一箱!ホントにもの凄いペースで送ってくるんだな……」
そろそろ正午も回るかという頃、玄関のベルを鳴らしたのは奏の両親だった。
後ろには一時帰国で奏の実家に止まっている幸尚の両親。そして
「……マジで来るとは思わなかった」
「随分な言いようね。あんた達のことと、親同士のイベントはまた別よ。それとも見られて困ることでもしているの?」
「ぐぅ、師範の目が怖ぇ……だ、大事にはしてるぞ、俺ら基準でだけど……」
「本当に……あかりには何の憂いも無い人生を送って欲しかったのに……どんな目に遭わされているのやら」
「申し訳ないです祐介さん、うちのバカ息子のせいであかりちゃんと幸尚君まで変な方向に」
「いや、尚はともかく半分はあかりのせいだってば!!」
その後ろにいるのは、あかりの両親だ。
結婚式後のお披露目こそ出てくれなかったが、何せあかりの実家は新居の道向かいだ。顔を合わさない方が無理筋である。
とはいえ会釈をするくらいで会話をすることはほとんど無く、あったとしても何故か幸尚相手に「あかりは元気なのか」「無理はさせてないのか」と尋ねる程度だった。
「何で師範もおじさんも、いっつも尚にだけ聞くかなぁ……」
「奏君の口の巧さはよく知っているからね。幸尚君なら絶対に嘘はつかないし」
「ま、ちゃんと診察も受けているのは拓海さんから聞いているから、今日だって丸腰で来たのよ」
「待って何かあったら俺ら師範に切られるの!?」
結婚の承諾を得たときの約束で、3人は3ヶ月に一度、奏の両親が営むクリニックを訪れて性病やその他の問題が無いか検査を受ける事になっている。
その結果は当然のように他の親たちにも共有され、遠く離れて暮らす幸尚の両親や直接連絡を取ることの無いあかりの両親の不安を和らげるのに一役買っていた。
「まぁ、立ち話も何だし」と奏が親たちを部屋に招く。
何か忘れているような気もするんだけどな……と思いつつ。
「尚、親軍団が来たぞー。俺らのご飯はうどんになりそう」
「っちょっ奏待ってまだだめだって!!!」
「え」
「……え……?」
呑気にリビングのドアを開けて、幸尚に声をかければ真っ青になって叫びながらこちらにやってくる。
お手製のエプロンは創作仲間に描いてもらったという可愛らしい猫のイラスト付きだ。穏やかな幸尚にはよく似合っている、じゃなくて。
「……あ」
その幸尚越しの風景に、奏もまた顔をさぁっと青ざめる。
視線の先に映るのは、大きな、しかし明らかに狭い檻の中で足を曲げて……頬をほんのり赤らめ、時折身体をひくつかせ口枷の奥から淫らな喘ぎ声を漏らしつつ眠る、あかりの姿。
ぎぎぎ、と音がしそうな程ゆっくりと後ろを振り向けば。
「……奏、取り敢えず歯を食いしばりなさい」
「幸尚、これはどういうことか説明してくれるかな?」
「祐介さん、ちょっと私木刀を取りに戻ってくるわ」
「むしろ居合刀でいいと思うよ」
……青筋を立てた両親達が、修羅を背負って仁王立ちになっていた。
…………
「いってぇ…………なんでうちはいっつもいっつもすぐ暴力に訴えるんだよぉ……言い訳くらいさせてくれよ」
「却下する。奏の言い訳を聞いていたら日が暮れるからね!」
「平手で勘弁してあげたのだからありがたく思いなさい!それとも新居の家具を投げられたかったのかしら?」
「……すんませんでした」
10分後。
頬を片方ずつ両親に張られた奏は慌ててあかりを起こす。
「ん?掃除終わったんですか……って、え、えええええ!?」と口枷を外して開口一番素っ頓狂な叫び声を上げたあかりの拘束を解いて「あ、先に抜かないと」とよりによって彼らの目の前でロングディルドを抜いてしまったものだから、奏は当然の如く張り手のお替わりを貰った挙げ句、床に正座する羽目になっていた。
「……奏君」
「ひゃいっ!!」
「私は言い訳ぐらいは聞いてあげるわ。あれのどこがあかりを大切にしているのか、私を納得させなさい」
「そんな無茶なぁぁ……ひいぃ話します、話しますってば!!」
もう完全に奏が主犯だと決めつけている奏とあかりの両親に囲まれ、半泣きになっている奏の向こうでもまた説教が繰り広げられていた。
ただこっちは随分と穏やかではあったが。
「……幸尚、これもあかりちゃんが望んだことなんだな?」
「う、うん……ごめんなさい、ちゃんとお昼には終えて着替えて貰う予定だったんだけど」
「なるほどね。けどきちんと時間を決めてなかった以上、朝からいつ来ても良いようにしておくべきだったと僕は思うよ」
「うん……」
どうやら幸尚の両親は、そこまで彼らの行動を咎めているわけではなさそうだ。
流石に親の目には触れないようにして欲しいが、それも今回の状況を整理するに幸尚とあかりにそこまで非はないと二人は考えていた。
というより、彼らの興味はすでにそんなところには無くて。
「にしても……このあかりちゃんの服、幸尚の手作り?不思議なところにボタンが付いてるわね」
「あ、これはその、拘束具を付けた状態でも簡単に着せられるような服なんだ。プレイをするときは、その、裸だし……でもほら、冬は寒いから……」
「なるほど、このトレンカもか。面白い物を考えてるなぁ幸尚は」
カミングアウトに対する反応も家によってバラバラだったが、どうやら守と美由は幸尚への超絶親バカ感情に加えて、多方面に向いてしまう好奇心故に割と突拍子も無いことでもすんなり受け入れる傾向にあるようだ。
……その代わり、触れられたくない性事情まで根掘り葉掘り聞かれるのだけは、正直勘弁して欲しいけれど。
親に変態な性癖を吐露するなんて、あの世の地獄より酷いんじゃ無かろうか。
ひとしきりその構造を観察し質問責めにして「ありがとうあかりちゃん、着替えておいで」と30分後にあかりが解放された時には、この檻の使い道や直近のプレイまでしっかり喋る羽目になった幸尚が、恥ずかしさでその大きな身体を丸めてうずくまっていたのだった。
「……ううう、こんなことまで話すだなんて…………」
「正確な情報は理解のために必須だろう?それにほら、幸尚の説明があったお陰で奏君もさらなるおかわりビンタは免れたみたいだし」
「ぼ、僕はまだ許してませんけどね!!」
意図的に見せつけたわけではなく、これもちゃんと3人の合意の下だというあかりの説明に、しぶしぶ親たちも引き下がる。
「いつ来客があるか分からない年末年始くらいは控えなさい!」と芽衣子が締めて終わろうとしたその時、声を上げたのは拓海だった。
「祐介君」
「っ、はい」
「……その気持ちはちゃんと子供達にぶつけた方がいい。ほら、許してないならパーンと一発」
「へっ」
「お、親父!!?」
とんでもない提案をする拓海に、祐介は目を白黒させ、奏は「俺の顔をなんだと思っているんだよ!?」と愕然とした様子だ。
我が子のことは軽くスルーし「溜め込むのが一番よろしくない」と拓海は続ける。
「伝えもせずに中に溜め込むだけでは、何も進展しないですよ。彼らは祐介さんの憤懣やるかたない思いすら、理解できないままになってしまう。例えぶつかり合いになろうとも、自分がどう感じ、考えたのかを伝えるのは大切なことです。……相手がどう受け取るかはまた別問題ですがね」
「ま、うちは夫婦揃ってその言語化が苦手だから手や足が出ちゃうんだけどね」
「いや待てよ親父もお袋も、それなら言葉で伝えることを勧めろよ!」
「この段階で言葉で伝えられていない人が、伝えられるわけが無いだろう。ほら、大人しく殴られてこい。何なら拳でも」
「ほんと俺の扱いひどくね!?」
ほらほら、と勧める拓海に何か思うところがあったのか、すっくと祐介は立ち上がる。
そして「僕は、やっぱり君たちが許せないんだ」と手を振り上げた。
(げ、まじで飛んでくるのかよ!!)
慌てて奏は歯を食いしばり、目をぎゅっと閉じる。
けれども
ぱちん
その奏の頬に落ちてきたのは、力ない、優しい掌。
「……でも僕は、これをぶつけたところで君たちが変わることが無いのも知っているから」
「おじさん……」
「……分からない、どうすれば良いのか分からないんだよ……まだ、君たちとまともには話せない」
愛娘が望んだこととはいえ、その行動を許せない、認めたくない。
けど止められない、どうしたって自分達が諦めて受け入れるしか無い。
その葛藤の入り交じった平手打ちは、優しく、しかし重く奏の心を抉って。
「……すんませんでした。二度とこういうところは見せないから……」
奏は心からあかりの両親に頭を下げるのだった。
…………
「んー、うどん美味しい!」
「いっぱいあるから自由にお替わりしてね」
「おいあかり、あんまり食べ過ぎるなよ?ウエストがキツくなって泣くのはあかりなんだからな!」
結局昼は、幸尚の母がうどんをゆでてくれた。
昼にうどん、夜は年越し蕎麦、さらに酒が入ってつまみもとなると、今年も年始のダイエットは確定だなと幸尚は幸せそうにうどんをすするあかりを見ながら心の中でため息をつく。
昼食を終えてからはいつものようにリビングは親たちが占拠してゲームに興じ、3人は2階でボードゲーム三昧……と言いながら幸尚が我慢できずに奏といちゃつきながらも、穏やかな時間を過ごす。
時折下に降りてはおやつや酒を補充しているが、あれから特に彼らは奏達に近況を聞いてこない。奏達も敢えて話さない。
あくまでも今日この時だけは、幼い頃の関係のままでと双方が望んだ結果であろう。
「……あーあ、年越し蕎麦までに潰れちゃってるじゃねぇか」
後1時間もすれば年が明ける頃合いになり、蕎麦ができたと呼ばれて下に降りれば、拓海と祐介は既に酔い潰れて気持ちよくソファでいびきをかいていた。
こりゃ新年早々二日酔いだな、と奏はテーブルに転がった空き瓶の山を見てげんなりとため息をつく。
確かに昼間も階下から聞こえてくる叫び声は拓海と祐介のものばかりだった。恐らく酒が入ってテンションが上がりまくってゲームに熱が入り、更に酒をあおった結果だろう。
「やっぱりね、あんた達の行く末に拓海さんも祐介君も色々思うところがあるのよ」
「そういうもん?だっておじさんは潰れてないじゃん」
「んー、僕は幸尚を信じているからね!」
「はいはい出たよ親バカモード」
夜は温かいかけ蕎麦だ。
ふうふうと冷ましながら蕎麦をすする3人に「受け入れたい気持ちはあるわよ」と紫乃は静かに話す。
「そもそもあかりがきっかけになった関係だっていうなら、余計にね。……それでも今はまだ、許せないし諦めきれない」
「お母さん」
母の顔は、やはり苦悩を帯びたままだ。
親になったことのない3人に、彼らの気持ちは到底理解できない。
究極元気で生きていてくれされすればいいとは言え、長年手をかけた思い出の分、子供にかける願いが増えてしまうのは仕方がないのだろう。
そして、それを簡単に修正できるほど彼らはもう若くない。
それに引き換え、大丈夫待つから、ときっぱりというあかりの表情は柔らかい。
あかりが自分の『普通』を取るためとはいえ、3年間にわたりほぼ関係を断ち切るような反抗期を迎えたとき、あかりの両親は戸惑い、周囲に励まされながら、不安を抱きつつもいつか和解する日が来ると信じて待ってくれたのだ。
それを乗り越え独り立ち……と言っていいかはともかく親元を完全に離れた今、自分はもう彼らと対等な関係になった。
だから次は自分が待つ番、それだけだ。
「……あ、除夜の鐘」
遠くから、鐘の鳴る音が響いてくる。
歪みを許し抱きしめた3人には、108の鐘ごときでは今年の煩悩なんて到底払いきれない事は良く分かっているけれど、今このときくらいはまっとうな人間らしくいるのも悪くない。
「来年も、いい年になると良いな」
「いい年になる、じゃなくてするんだよ、奏」
「だね。ね、年が明けたら初詣に行こうよ!もう屋台出てるかなぁ……」
「あかりはちょっと食い気を押さえような!!」
怒濤の1年が、幕を閉じる。
続く1年もきっと平穏とは行かないだろうけれど、それでも幸せに過ごせますようにと、3人は鐘の音に思いを馳せそれぞれ心の中で祈りを捧げるのだった。