沈黙の歌Song of Whisper in Silence
沈黙の歌Song of Whisper in Silence
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6話 壁(後編)

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「志方です。新年のご挨拶に伺いました」
「あら、早かったわね! どうぞあがって」
「お邪魔します」

 正月二日。
 いつものように、年末年始は三人の親たちが志方家に集まって酒盛りし(今年は大変な現場を見られずに済んだようだ)新しい年を迎えた次の日、あかり達は三人連れだって塚野の家を訪ねていた。
「特別な日は幼馴染みのままで」の約束通り、今日のあかりは小紋に梅柄の羽織物、奏と幸尚は揃いの紺の着物に羽織姿である。

「いつも作務衣の幸尚君は何となく想像が付いてたけど、奏も意外と着物が似合うのね」
「あー、俺ら5歳の頃からあかりん家で居合を習ってたし、着慣れてるせいかも」
「ああ、そうだったわね。あかりちゃんは振り袖じゃないんだ」
「そりゃあかりは俺らの奴隷なんだし、振り袖はおかしいだろ?」

 正月に似つかわしくないボンデージ姿の塚野に通されたのはリビング、ではなく、奥の処置室だ。
「あんた達が来るまでに終わる予定だったんだけど、もうちょっと遊ばせてね」と塚野が扉を開けたその向こうの風景に、あかりは「あはぁ……」と一瞬にして先ほどまでの凜とした相貌を崩し、奏と幸尚は目を丸くして「……正月からこれかよ」「塚野さん、ブレない……」と呟いた。

「お待たせハル。続きをしよっか」
「シューッ!!」

 ピッ、ピッといくつもの電子音が重なる部屋の真ん中、処置台に革のベルトできっちりと拘束されているのは、鼻の穴と口、股間以外を黒い被膜で覆われた塚野の奴隷だ。
 塚野の声に奴隷の心拍数が上がったのだろう、一つのアラームのリズムが速くなる。
 けれど、奴隷は震えるどころか、呻き声一つあげない。

「……静かですね、奴隷さん」
「あ、鳴かないんじゃなくて鳴けないのよこれ。お医者さんごっこ中だからね」
「お医者さんごっこ……?」

 ほら、と塚野の指さす先には、何やら本格的な機械から奴隷の口へと半透明のチューブが伸びていた。
 チューブを噛みつぶさないようにだろう、青色のバイトブロックと共に口角にテープで固定されている。
 更に鼻の穴からはこれまたチューブが伸び、先端をビニール袋に突っ込んで処置台の横に固定してあった。

「挿管してるから……あ、ええとね、喉に管を入れてそこから呼吸させているの。だから自分で声を出すことは出来ないのよ」
「えっ」
「喉に、って……うわぁ、苦しくないんですか……?」
「あーどうだろう、多分凄く苦しいんじゃ無いかしら? あ、でもちゃんと嘔吐かないように薬は使ってあるから……だから身体も動かせないんだけどね」
「「薬」」

 ちょっと身体が動かなくなるだけよ、とニコニコ笑いながら、塚野はM字開脚で広げた奴隷の股間に陣取る。
 そして「ねぇ、10年ぶりの射精は嬉しいわよね? ハル」と囁きつつ、すっかり縦に割れてヒクつくアナルに細い棒のような金属の器具を差し込んだ。
 それを見た奏が「うげ」と顔を顰める。

「オーナー、もしかしてそれ、電気責め?」
「責めじゃ無いわよ、れっきとした精子採取用の器具。神経の障害で射精できない患者さんの前立腺と精嚢をお尻から刺激して射精させるのよね」

 ピッ、と音がすれば、それに合わせてバイタルモニターのリズムが一気に変動する。
「この音と同時に電気が前立腺に流れて、無理矢理射精させるの。普通は麻痺の無い患者さんなら麻酔を使うのが基本なんだけどね。ふふっ……あーあー血圧が上がっちゃって。痛いわよねぇ、ハル」と、塚野は電撃のボタンを押す度に変動するモニターの数値や音にうっとりした顔を見せている。
 だが、射精という割にはその中心――電気を使うせいだろうか、今日は樹脂製のフラット貞操具だ――の孔から白濁は漏れてこない。

「塚野さん、これ本当に射精しているんですか? 何も出てこないですけど……」
「てか出てきたって気持ちよくねえんじゃね? 尿道に管入れてるんだろ?」
「そうね、カテーテル越しに出てくるからそもそも気持ちよさは無いでしょうね。多少快感があったところで、電気刺激の痛みで相殺されるんじゃ無いかしら。それに精液は逆流することが多いから」
「ぎゃ、逆流!?」
「そ、この方法だと膀胱に向かって出ちゃうのよ。だからちゃんと、膀胱はあらかじめ尿を抜いて生理食塩水で洗って、中に清潔な液体をたっぷり注入してあるわ。……後でゆっくり飲めるように、ね」
「ヒッ」
「オーナー、鬼かよ……」

 聞いただけでお腹痛くなってきちゃった……としょんぼり股間を押さえる幸尚と、モニターしか反応が無いのに良く興奮できるよなと呆れる奏。
 そんな可愛らしい反応を見せる若い主人達を塚野は微笑ましく眺めつつ「でも、あんた達の奴隷はまんざらでも無さそうじゃないの」と口の端を上げた。

「まんざらでも……って、おおーいあかりいぃ?」

 その言葉に隣を見れば、そこには目をどろりとすっかり蕩けさせ、頬を染めてもじもじとするあかりの姿。
 半開きになった口の端には光るものがあって、幸尚が慌ててバッグから出したよだれかけを装着する。

「はあぁぁ……凄い……何にも出来ないのに無理矢理射精させられて……でも気持ちいいのはお預けで……堪んないいぃ……」
「こればっかりはメスには出来ないものねぇ。もう少し遊んだら終わりにするから、それまでゆっくり見物して妄想してなさいな。ああ、襦袢があかりちゃんのはしたないお汁で汚れちゃうかしら?」
「あわわわ、着物はお手入れ大変だから汚さないでぇぇ!!」
「ちょ、あかり、興奮する前にその着物脱いじまえ!!」

 慌ててあかりの服を脱がす三人を横目に、塚野はほう、と熱い吐息を漏らす。
 目の前には己の手に身動きどころか呼吸まで握られ、歪な射精に苦悶する愛しい黒い塊。きっとそのマスクの下では無様な姿が展開されているに違いない。

「……顔が見られないのは残念だけど、楽しいわね、ハル」

 熱っぽい声で囁きながら、塚野は再びプローブのボタンを押す。
 聞こえないはずの奴隷の濁った叫びと「ご主人様」と幸せそうに囁く声が、塚野の頭の中に響いた気がした。


 ◇◇◇


「……とんだ新年の挨拶になっちまったな」
「う、うん……あ、塚野さんこれ、つまらないものですが」
「あら、ありがとう。後でハルとゆっくり頂くわね」

 ようやく本職による「お医者さんごっこ」を終えた塚野は普段着に着替え、改めて三人をリビングで歓待する。
「年始の挨拶といっても、一昨日まで二人とは会ってたけどね」と紅茶を飲みつつソファに腰掛けた塚野は、全裸に全頭マスク姿となりぐったりした様子の奴隷に膝枕をしていた。
 意外な光景を奏が指摘すれば「薬を使った後だし、様子は見ておきたいから」だそうだ。その割には、先ほど膀胱に充填されたであろう液体と精液はそのままクランプしたカテーテルで堰き止められ、下腹部はぽっこりと膨れ上がり脂汗を浮かべているあたり、とても労っているようには見えない。

「にしても、和装のあかりちゃんも素敵ね。お正月らしい羽織と緑のコントラストが映えるわぁ」
「あかり、もうちょっと後ろは突っ込めるだろ? ほら」
「んぐぉっ……!」

(辛い……っ……上と下、両方から……自分で入れてじっとしてるだなんて……あは……お正月なのに、奴隷になっちゃってるぅ……)

 一方、ソファで寛ぐご主人様の足元で、あかりは目に涙を溜めて悶えていた。
 その口には排水用の筒が付いたフェイスクラッチマスクが固定され、潤滑剤と己の体液でテラテラと光る緑のロングディルドの片方が、呼吸の出来るギリギリの深さまで埋め込まれている。
 どう考えても1メートルをゆうに超えるロングディルドは、いわゆる双頭タイプだ。その凶悪な機能にそぐわないつぶらな瞳の付いたグッズを「お年玉ね」と塚野から渡された奏が、何もしないわけが無いわけで。
 ……塚野も狙って出してきたんだろうなぁとちょっと心の中でため息をつきつつ、けれどそこに逆らうだけの理由も無ければ意思もない。むしろ美味しい展開だと、あかりのどうしようも無く被虐に堕ちた心は悦んでいる。

 奏の命令にビクッと身体を震わせ、力の入らない手であかりは長大なディルドのもう片方をぐっと腹の奥に押し込む。
 既に結腸へと侵入したディルドは、こちら側は表面に不規則なでこぼこがあるおかげで良い感じに壁を擦り、襞を引っ掻き、その奥にある子宮を揺らしてくれる。

「おぼぉ……っ……」

(くるしい……きもち、いい……)

 時折頭の中が白く瞬く。
 一応呼吸は出来るとは言え息苦しさは変わらない。少ない酸素に脳が誤作動を起こし、ソファに背を持たせなければ姿勢なんて保てた物では無い。

 白目を剥きつつ涎をボタボタと垂らし、貞操帯から垂れる白濁で足袋を濡らす。
 幸尚の希望で羽織だけは羽織っているけれど、それが余計に「汚れるところだけ裸にされた」感があって……ああ、淫乱な奴隷らしい姿に頭の奥がじんと痺れてくる。
 そんなあかりを、奏と塚野はうっとりと眺めていた。

「ほんと、あかりちゃんの反応はいつ見ても楽しいわねぇ。ハルも可愛いけど、生粋のドマゾだとまた良心の呵責が無くていいというか」
「ったく、正月は人間として過ごさせる予定だったのに……なんてお年玉を用意するんだよ、オーナー」
「とか言いながら、奏だってノリノリだったじゃん! はあぁ、ホントごめんねあかりちゃん」
「んへぇ……いいおぉ……」
「……うん、あかりちゃんが楽しいのは分かった」

 すっかりご満悦のあかりに、けれど幸尚は少し浮かない顔だ。
 元々はあかりが対等である事を忘れないために、特別な日は一切のプレイをせず幼馴染みとして日常を過ごそうと決めたのだ。だから幸尚としては、この日だけは何があってもあかりを奴隷としては扱いたくないのだろう。
 そんな愛しい伴侶の憂いに気付いたのか「ま、ほら、その分どこかで褒美をやればいいじゃんか」と悶えるあかりに目を細めつつ奏がみかんを頬張る。

「あかりだって楽しんでいるんだし、問題ないよな?」
「んっ……んあっ……いうぅっ……」
「こーら、あかり逝くのは我慢。お前クリスマスだって勝手に甘イキしちゃったんだぞ? このままじゃ貫通記念日まで俺らによる絶頂はお預け確定になるなぁ?」
「んぐっ……はーっ、はーっ、ううっ……」
「……で、今日の分は後で褒美をやる、それでいいな?」
「あぃ……っ……ふうっ、んぐ……」

 かすかに頷くあかりの呻き声に、これでいいだろ? と奏が幸尚の方を振り向く。
 どこかご満悦の奏に、「いや褒美って観点じゃ、結局奴隷としてのあかりちゃんを満足させるだけじゃ無い?」と幸尚は冷静に突っ込んだ。
 話しながらも止まらない手のお陰で、目の前にはみかんの皮タワーが出来上がっている。相変わらず気持ちが良いほどの食べっぷりだ。

「人間としてのあかりちゃんが楽しい物にしなきゃだめだからね! あ、でもケーキは禁止」
「ちょ、初手からそれは痛い……大体人間としてのあかりは、食い気に走ってればオールOKみたいなところがあるもんなぁ」
「あかりちゃん、甘い物に目がなさ過ぎるものねぇ……あ、それならこれはどうかしら」

 あかりちゃん、この間のバキュームベッドは鼻血を出すほど楽しんだって言ってたじゃ無い? と塚野はふと先日の出来事を思い出す。

 クリスマスにバキュームベッドによる拘束を施されたあかりは、念願の推し……幸尚と奏のまぐあいを腐女子目線で壁として堪能する夢を叶えた結果、盛大に鼻血を出して倒れたのだ。
 話を聞いた塚野は「ご主人様ともあろうものが!! 奴隷の体調管理を放置して、セックスに興じていたですってえぇぇ!!?」とそれはそれは烈火のごとくぶち切れ、奏と幸尚を床に正座させて雷を落としたのだったが、後に鼻血の原因が単なるあかりの妄想が爆発しすぎたせいと知って「……あんたたちも大変ね…………」と同情の眼差しと共に幸尚にうどんを持って帰らせたのだった。もちろん箱で。

「あれは、あかりちゃんの人間としてのご褒美にふさわしいんじゃない?」
「いやいやいや! ふさわしいかも知れないけど!!」
「塚野さん、このままあれをご褒美として使い続けると」
「使い続けると?」
「僕たち、あかりちゃんに薄い本として出版されてしまいます」
「何それ」

 名案じゃ無いの? と首を傾げる塚野に、それだけは勘弁してと言わんばかりに二人は切々とあかりの野望を語る。
 腐女子というものの存在すら知らなかった塚野にとって、二人の話は半分くらいしか理解は出来ない。出来ないが、少なくともあかりがご主人様達の関係を実に好ましく思っていることだけは分かった。

「まぁ……元々好きだった世界がリアルで、しかも自分の大切な人が展開してくれるとなれば燃え上がるのも分からなくは無いわね」
「お願い塚野さん、そこは分からないままでいて」

 ひとしきり必死の形相を堪能しふんふんと話を聞いた塚野は、何か閃いたのだろう「つまり」と口の端を上げる。
 その表情に、幸尚の顔がさっと青くなった。
 あの笑いはまずい――彼女の元で働き始めてから、何度この顔を見た後にえらい目に遭ったことか!

(あ、このオーナーはだめだ)
(ちょ、つ、塚野さあぁん!? 間違いなく碌でもないことを思いついているよね!?)

 幸尚の様子に奏もヤバいと思ったのだろう。
 二人が「待って」と慌てて塚野を止めようとするも、一歩届かず。

「なら壁じゃ無くて、ベッドにしてあげればいいじゃない?」

 歴戦の女王様は、あかりの妄想を更に暴走させる提案を仕掛けてきたのだった。


 ◇◇◇


「な、なぁ……ホントにやるのかよ……」
「ああああのっ塚野さん、そのまさか、今から!? しかも、ここでっ!!?」
「当然よ。結構場所も取るし、今から家に帰って片付けして、なんて大変よ。それに前回みたいに鼻血を出しても困るでしょ? 心配しなくても、あかりちゃんの様子は私が見てるから」
「「それが問題なんだってば!!」」

 そうと決まれば、と塚野はリビングの家具を動かし、スペースを作ってその場で準備を始める。
 あかりは奏の手により貞操帯とピアスを外され、先ほどまであれほど快楽に呆けていたというのに、塚野の提案に「うへへ……」と謎の笑い声を漏らしつつ目を輝かせていた。

 ちなみに塚野の奴隷はソファで寝かされたままである。
 ……股間から伸びたカテーテルを延長して口に固定されているのは、見なかったことにしよう。

「へぇ、先にベッドを膨らませるんだ……」
「そ、膨らんだらあかりちゃんが寝て、その後でベッドを包んでるこの袋から空気を抜いていくからね」
「うふふ……まさかベッドになって推しのおせっせを眺められるだなんて……」
「こら、鼻血出したらいけないからまだ抑えなさい」

 塚野の提案。
 それは、バキュームエアベッドを使うことであかりをベッドにしてしまおうという話である。
 本来はクリスマスのバキュームベッドにせよ、このバキュームエアベッドにせよ、真空状態での拘束を堪能するものなのだが、今のあかりには拘束など副産物でしかない。実に残念な奴隷である。

 主従関係だろうが、やっぱりあかりに振り回される関係は変わらない。
 その事実に二人は大きなため息をつきつつも、この方が安心するのも事実だよなと、耳栓を着けられいそいそと膨らんだベッドに横たわるあかりを見ながら思うのだ。

 しかし、袋の中からあかりが期待の眼差しで……いやもう、なんかギラギラした目で見られるのみならず、準備をしながら「ほら、あんた達もぱーっと脱いじゃいなさいよ」と平然と言ってのける塚野の視線を浴びながらこれからあかりの願いを叶える、つまり愛を交わすのは、いくら何でもハードルが高すぎる。

 耐えきれず幸尚が涙目で「うう……塚野さん……流石にこれは……」ともじもじ訴えるも「可愛い奴隷の望みを叶えるためでしょ」と塚野に一刀両断されて終わりである。

「これでも私は医者よ、別に邪な気持ちは……3割くらいしか無いわ!」
「「あるんじゃん!!」」
「それに、奏がプロステートチップで連続メスイキするところも散々見たし」
「ぐっ」
「幸尚君に至っては、全裸でへそピ開けた上にお漏らしするところまで見ちゃってるから、気にしないわよ!!」
「うああああお願いしますそれは忘れてええぇぇ!!」

(……ふふ、奏様と幸尚様が掌の上で転がされているのも、新鮮……)

 真っ赤になりながらもあかりのご褒美となれば拒絶も出来ないのだろう、二人が渋々準備をする姿を、あかりは透明な袋の中からにまにまと眺めていた。
 塚野もそんなあかりに気がついたのだろう「ご主人様の醜態を楽しむだなんて、悪い奴隷ねぇ」と笑いながらあかりの身体に何やらコードを貼り付けていく。

「一応バイタルはチェックさせてね。心拍数と血圧、後は酸素飽和度。本当は呼吸管理もしたいところだけど、流石に人様の奴隷に挿管するわけにはいかないから」
「むぐ……」

 口には袋に付いた短いシュノーケルのような物を咥えさせられる。
 前回は袋に開いた穴の辺りに口を合わせたが、この方法なら真空状態を保ちやすくなるそうだ。

「じゃ、空気を抜いていくわよ」
「んあ……」

 前回と同じように、けたたましい音を立ててみるみるうちに空気が抜けていく。
 身体が固められていくのは前回と同じだが、今回はベッドに張り付けられ、一体化していく感覚がたまらない。

(うわ……固まって浮いてるみたい……!)

 身動きが取れないまま床や壁の硬さを感じるのも興奮したが、エアベッドというどこか不安定な床に押しつけられ拘束されるのは、また違った気持ちよさがある。
 ピッ、ピッと遠くで規則的なリズムを刻んでいた音が急に早くなったから、興奮しているのもバレバレだ。

「……ふふ、良さそうね。痛かったり苦しかったりはない?」
「あぃ」
「オーケー。ほら、もういいわよ」

 横で様子を見ていた塚野がすっとあかりの頭側に移動する。
 替わって二つの肌色の影が、ベッドへと近づいてきた。

「うう……恥ずかしい……」
「なぁオーナー、これ乗っちゃって本当に大丈夫? エアベッドぶっ壊れても弁償できねぇんだけど」
「これ、結構丈夫だから250キロくらいまでは大丈夫よ。流石に3人でその重量は超えないでしょ。バイタルも確認してるから自由に動いちゃっていいわ、危なかったら教えるから」
「その、塚野さん……せめて向こう向いてて欲しいなって……ううっ、ダメですよね……」

 そっとベッドに上がってきた二人が、あかりを挟むように横になる。
「すごい、本当にカチカチだ」「触りたい放題だな」とぺたぺたあかりに触れる。

「んっ……」

 膜に包まれているというのに、いつもよりずっと二人の熱を感じて、ぞわりと肌が粟立つ。
 ……普段のあかりなら、きっと身動き取れないまま好き放題触れられるシチュエーションにすぐに目をドロドロに蕩かせてあえかな声を上げていただろう。

 けれど、今日のあかりは違った。

「んううううっ!」

(ちょ、奏様、私はベッドですうぅっ!! ほら、ベッドを触って遊んでいる場合じゃ無いでしょ! 幸尚様もさっさといつもみたいに奏様にがばっと、やっちゃって下さいってばあぁ!!)

 すっかり腐女子スイッチが入ったあかりには、性癖すら勝てないらしい。
 ベッドの中から不満げな声を漏らすあかりに「お前……どれだけ俺達がいちゃつくのが好きなんだよ……」と奏はがっくりと肩を落とし、相変わらず恥ずかしさで真っ赤に頬を染め涙をにじませた幸尚を見つめた。

「……尚、もう覚悟を決めてやるしかねぇ。これはベッドだ。オーナーは居なかったことにしろ」
「うう……そんなこと言ったってぇ……」
「気持ちは分かる、よーーーく分かるけどな! ……ほら、ぎゅってしろよ」
「ん……」

(はわわわわ!! すご、しっ、至近距離でちゅうしてるううぅぅ!!!)

 シュノーケルの管を挟んで、二人がそっと唇を合わせる。
 未だ身体を硬くしている幸尚の唇を、今日は奏が舌でつんつんしてねだる。
 その仕草に一気に熱が上がったのだろう、幸尚は「もう」と独りごち奏に応えるように舌を絡ませ、湿った音を立て始めた。

「んっ、んふっ……」
「んううぅ…………ぁ……んむ……」

(…………ここが、天国か……)

 ようやく始まった交わりに、あかりは息をするのも忘れて袋の向こうから大好きな二人を見つめる。
 上に乗られて少し胸が圧迫されているのだろう、息が苦しい。ドキドキが止まらない。
 ――いや、この苦しさはきっと拘束されているからだけじゃ無い。

(恋では無くても、私は、お二人が大好きなんだ)

 ああ、あの日幸尚の相談に乗って二人のキューピッドになれて、本当に良かった。
 お陰で自分は大切な人たちと性癖を満たし合う幸せを掴めたのだから。

「んはっ……はぁっ……だいすき、尚……」
「うん……愛してるよ、奏……」

 欲情に潤んだ瞳で再び口付けを交わす二人を、あかりは(壁も良いけど体温まで感じられるベッドって最高すぎる)と歓喜と興奮で息を荒げながら、食い入るように目の前で繰り広げられる景色を脳に焼き付けるのだった。


 ◇◇◇


 大好きな二人が愛を交わす。そのひとときをあかりがこよなく愛するのは、もしかしたらただの腐女子だからだけでは無いのかもしれない。

(こんな所でもサンコイチなのかもねぇ……擬似的に満たされちゃってそう)

 あまりに視線が強くて袋に穴が開きそうね、と塚野はすっかり妄想を叶えられてあっちの世界に飛んでいってしまったあかりを苦笑しながら眺めていた。
 幸いにも、興奮で心拍数が上がり時々サチュレーションが落ちる程度で、あかりの様子は安定していそうだ。
 先ほどまでこちらの視線を気にしていた幸尚も、奏の(恐らくは意図的な)おねだりですっかり行為に夢中だし、これなら安心して見ていられるわねとソファに戻り「ほら、まだ残ってるわよ? 自分の出した精液なんだから全部飲まないとねぇ」と奴隷の下腹部を押してはその膀胱に溜まったものを口に流し込み、涙混じりの悲鳴を上げさせていた。

 そうして、どのくらいの時間が経っただろうか。

「ふぅっ……んっ……」
「…………奏……」
「んぁ……はぁっ…………ううっ……」

 バキュームエアベッドが軋むぎゅむぎゅむした音と、二人の息遣いと、時折漏れる小さな奏の喘ぎ声。
 すっかりお楽しみかと思われた二人のまぐあいは、やはり勝手が違うようで。

「奏、あんまり気持ちよくない……?」

 丹念に愛撫を施していた幸尚が、ふと顔を上げて眦を下げる。
 目の前に広がる肢体はほんのり色づいていて、その中心からはダラダラと透明な液体が滴っているというのに、今日の奏はあまり声を出さない。
 緊張で自分の動きがぎこちないせいだろうか、と幸尚がしょんぼりしていれば「……ちが……」と奏が掠れた声を上げた。

「気持ちは、いい、っ、けどっ……」
「いいけど……?」
「気になる…………」
「え」
「……あかりの視線が痛ぇ……尚よりがっついてやがる……」
「ええええ」

 その言葉に、幸尚はハッと突き出たチューブの向こうに目をやる。
 奏にすっかり夢中で気がついていなかったが、ベッドの中のあかりは今にもこちらに飛びかかりそうなほど興奮し、目を血走らせて(私のことはお気になさらずに! さあ! ほら続きをおお!!)とこちらに訴えかけていた。

 ……うん、目がうるさいってこういうことを言うんだね、と幸尚は苦笑いを顔に浮かべる。
 かといって別にあかりを窘めようとは思わない。元はと言えば、これは予定外の調教に対するご褒美なのだ。存分に楽しんで貰えているなら何よりだから。

(でも、このままじゃ奏も僕に集中できないよね……)

 幸尚の手ですっかり出来上がっているにも拘わらず、いつものような可愛らしい泣き声が聞こえないのは勿体ない。あかりだって可愛い伴侶の声を楽しみにしているはずだ、と確信している幸尚は、この事態を打開する方法を考え始める。
 ――こうなった幸尚には、もはや塚野の好奇の視線など目にも入らない。

(何か……もっと強制的に、あかりちゃんのことも分からなくなるくらい気持ちよく出来る方法を……でも、何にもないんだよね)

 家に居たって使う道具は精々ローターとニップルドームくらいのものだ。特に挿入に関わる玩具は、結婚以来奏には一度も使っていない。
 使いたい気持ちはあるけれど「尚のちんこのほうがいい」と言われてしまえばごり押しするほどでもないし。

 そんなことを思う幸尚の視界の端に、ふと映るものがあった。
 何気なく横を向けば、そこには先ほどまであかりが堪能していた「お年玉」……蛇をかたどったロングディルドの色違いが何本か置かれている。
 元々福袋用に仕入れた品物なのよと塚野は言っていたっけ。店は明日からだから、多分この後福袋作りが待っているに違いない。大分使う人を選びそうな福袋だけどいいのだろうか。

(……あ、黄色いやつ、可愛い)

 指で奏の中を可愛がりながらも、幸尚はその中の一本から目が離せない。
 どうやら色ごとにロングディルドの顔(?)は違うようだ。色も相まってアダルトグッズとは思えない可愛らしい外観に、幸尚の何かがキュンと刺激される。

 ……そうだ、可愛い物を入れられて善がる奏は、きっと、可愛い。

「……な、お……?」
「…………ねぇ、奏。僕、ずっと我慢してたよ?」
「へっ? んぁっ! はぁっそこぉっ!!」

 ぐちゅぐちゅと淫らな音を立てながら、幸尚の太い指が奏をメスにする場所を優しく押しつぶす。
 その度に腰が跳ねて、噛み殺せない喘ぎ声が部屋に響く。
 どうやら強い刺激を与えればあかりの視線も気にならなくなるようだ、と確証を得た幸尚は、掠れた低い声で「奏」と耳元で囁いた。

「今日はさ、あかりちゃんのご褒美だから……もっといっぱい気持ちよくなって、可愛い奏をあかりちゃんに見せてあげたいよね?」
「はぁっ、はぁっ……え……あ、えと……尚……?」
「だからさ…………今日だけ、あれ、使いたいなって」
「…………はぇっ!?」

「あれ」と幸尚が指さした先を、どう考えても嫌な予感しかしないと震えながら奏が見る。
 そこには奏最大の地雷がきゅるんとした瞳でこちらを眺めていた。


 ◇◇◇


「おまっ、約束は、んんっ、覚えてろよおおぉぉ!!」
「うん、大好き、奏……ほら、力抜いて」
「相変わらず挿れるの上手よねぇ、幸尚君。横行結腸まで突っ込めそう」
「んぐっ……ちょ、見るなよ、オーナーっ……」

 俺の味方はどこにも居ないのかと、奏は嘆きつつも微温湯で温められた長いディルドをその腹に納めていく。
 直腸など、とうの昔に通り越した。愛しい人の手は相変わらず器用で、以前入れられたロングディルドより二回りは大きいというのに、大した痛みも引っかかりも無くずるずると腸壁を擦って、頭がおかしくなりそうな感覚をひっきりなしに奏に叩き付けてくる。

(……くそう……気持ちいい……)

 久しぶりのロングディルドを提案されてすぐ、奏はぐでぐでに蕩かされた熱をそのまま怒りに変えて「絶対やだ!!」と全力で拒否したのだ。
 表面だけならいざ知らず、この身体を貫くのは伴侶自身だけであって欲しい。その気持ちは学生時代から変わることが無いから。
 けれど「でも今のままじゃ、あかりちゃんが気になるでしょ?」「そうよ、道具を使って我を忘れた方があかりちゃんのご褒美にもなるわよ」とお湯を沸かし始めた塚野が説得に参戦し、更に「あかりちゃんだってそこから見たいよね。奏がグズグズになるところ」なんて幸尚があかりに確かめちゃったお陰で、奏はあっという間に孤立無援の劣勢に立たされてしまったのである。

「ぐっ……ど、どうしてもっていうなら、尚お前終わった後から1ヶ月フラット貞操具の刑だからな!!」
「いいよ」
「ほらいいよって、はあああ!!?」
「……あかりちゃんのご褒美だし、僕も奏の気持ちいい顔が見たいし」
「いやちょっと待て」
「それに……これって巳年ならではでしょ? これを逃せば12年後までお預けだから、1ヶ月位は……が、頑張る……」
「いやいやそんなところで頑張らなくて良いし、何で12年後もやるつもりなんだよ!!」

 ……と言うわけで、切り札の貞操具すら今回は用を為さず、哀れ奏の尻は可愛らしい黄色の蛇さんに陵辱される羽目になったのであった。

(後で泣かす、絶対泣かす……覚えてろよ尚……!!)

 普通のお仕置きになどしてたまるかと怒りに燃えつつ、けれど毎日の交わりですっかり質量を収めることに慣れた身体は、勝手に良いところを探して力を入れ、快楽以外の感情を簡単に吹き飛ばしてしまう。
 気持ちいいことにチョロすぎだろ自分、と奏はがっくりしつつ理性を溶かすのだった。

「あひ……んはぁっ……ぁ……っ……あああっ!!」
「はぁぁ……久しぶりに見たよ、奏の余裕の無い顔……たまには良いよね、あかりちゃん」

(はいっ!! うわぁぁ目の前に奏様のおちんちんがあぁぁ……!! あはぁ、気持ちよくてヒクヒクしてるぅ……)

 折角だから、と幸尚はあかりの顔の前に奏の股間が来るように位置を調整し、ディルドを詰め込んではズルズルと少し引き出し、また戻すのを繰り返す。
 その度に奏の口からは、いつもより高くちょっと濁った叫び声が上がり、耳栓越しにもあかりを焚きつけている。
 そして……そんな奏をうっとりと見つめる幸尚の上気した顔は、相変わらずどこか気弱さを滲ませている普段とは違って男を感じさせて。

(幸尚様……ふふ、格好いい……)

 やっぱり私のご主人様達は、最高に素敵な幼馴染みだ。
 今日は鼻血が出た段階でストップをかけられることが確定している。だからあんまり興奮しないで見物しなきゃ……でも、こんなの興奮するなって方が無理に決まっている……!

 もはやあかりの視線すら気にならなくなった、というより完全に飛んでしまった奏に「うん、良い感じだね」と幸尚が口付ける。

「……そのまま、いっぱい気持ちよくなって、奏」
「…………ぁ……な、お……」
「今度は僕が、気持ちよくするから」

 ずるり、と内臓を引き抜かれる様な感覚に、勝手に嬌声が上がる。
 そっと奏の髪をかき上げる幸尚の手はゴツゴツしていて、興奮に上擦った低い声は耳を孕ませそうで。

(ああもう……そんな顔をされたら)

 12年に1回くらいなら、許してやってもいいかもなんて、思ってしまうじゃないか。

(……でも、お仕置きはするからな……はぁっ、早く、早く)

 愛しい人の熱を、ここに打ち込んで。
 どれだけ玩具が気持ちよくたって、俺は尚がいいんだ。

 そんな思いを込めて「尚、挿れて」と囁いたその言葉が、幸尚の幸尚様を一気に燃え上がらせ、あかりの血圧を全力で上げたことを、奏は知らない。


 ◇◇◇


「今度は純粋にバキュームを楽しみにいらっしゃいな。あかりちゃんならきっと楽しめるわよ」
「むしろエアベッドを見る度、今日のことを思い出して興奮しそうだけどな」

 あかりと幸尚が満足して片付けを始める頃には、外はそろそろ太陽が傾きかけていた。
「なんだかまだふわふわする……」とどこか夢見心地のあかりは、いつの間にか着付けを終えていたらしい。足袋はプレイ中に塚野が洗ってくれていたようだ。

 しかも「これで今年の夏には薄い本が描けます」とすっかり乗り気である。
 そんな目を輝かせた奴隷の姿に、幸尚はどうか夏までにその情熱が収まりますようにと祈り、奏は「これは、薄い本を作る気力が無くなるくらいハードに調教するしかねぇ」とひっそり決意するのだった。

「……これで、OKっと……はぁ、もう動きたくねぇ……尚、今日はおぶって帰りやがれ……」
「っ、ぐうぅ……そんな可愛いこと言わないでよ奏、ちんちん痛いよぉ……」
「知るか、お前が悪いんじゃんか……!」

 一方、いつも通り抱き潰された奏は「ここなら道具は揃ってるしな」と、よれよれになりながらもバッグから取りだしたフラット貞操具を幸尚に装着する。
 まさかいつも持ち歩いているの!? と呆れた様子で訪ねる塚野に「見せるだけで抑止力なってたんだよ、今までは」と奏はこれまでの経験を語り、しかし苦い顔をした。

「……しかしこれが効かないとなると、更に何かお仕置きを考えないとなぁ」
「ううぅ……効いてるって……十分辛いってば」
「いーや、今日みたいな事態になることは避けねぇとな!」
「あ、それなら」
「!! 待って、塚野さん」

 また何かを思いついたのだろう、塚野は幸尚の制止も聞かず別室に消えてしまう。
 しばらくして戻ってきた彼女の手元を見て、幸尚は「ひいいぃぃっ!!」と声にならない悲鳴を上げた。

「え、塚野さんこれ……可愛いけどサイズが大きくないですか?」
「ふふっ、これ男性用のランジェリーよ。フリフリで素敵でしょ? ああ、あかりちゃんは奴隷だからこう言うのは必要ないものねぇ」
「あ、あわわ……何で、塚野さんそんな、それもしかして僕のサイズ……」
「いやぁ、仕事で何かやらかした時用に用意してあったのよね。まさかこんな形で役に立つとは……あ、これは奏と幸尚君へのお年玉代わりね、お代は要らないわよ」
「ちょっと待って下さい、僕仕事でやらかしたら酷い目に遭うの確定!? うわああんもうやだ、こんな上司いぃ!!」

 塚野が出してきたのは、レースをふんだんに使った色とりどりのメンズランジェリー。当然のようにブラとショーツのセットである。
 ひとしきり爆笑した奏は「あれだけ俺の中に玩具を入れるなって言ってたのをなし崩しに破ったんだから、当然の報いだよな!!」と、追加のお仕置きとして解錠までの1ヶ月間ランジェリーを着けて過ごすことを幸尚に命じたのだった。

 ……1ヶ月後、解錠のために芽衣子の元へと泣きながら向かった幸尚は、その体躯に似合わない白のレースのランジェリー姿をたっぷりと見られる羽目になる。
 事情を聞いた芽衣子は速攻で奏と塚野を呼びつけ

「元はと言えば、あんた達の悪ふざけが原因じゃないの!! この変態コンビ!!」

 と全力で雷(物理)を落としたそうな。

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