第1話 反抗期の始まり
(お題: 空港)
早朝の空港は、意外と賑わっていた。
「ふあぁ……ねっむい……」
「4時半起きだものね、ありがとうね奏君もあかりちゃんも」
「ううん、大丈夫!お母さん、後で飛行機見に行きたい!!」
「はいはい、あかりは朝から元気ねぇ……」
中学の入学式を終えたばかりの3人は、両親に連れられて空港の国際線出発口にいた。
大きなスーツケースを持つのは、守と美由……幸尚の両親だ。
「幸尚、なるべく連絡はするから。奏君とあかりちゃんのご両親の言うことを聞いて、元気に過ごすんだよ」
「年末には帰ってくるからね、何かあったらいつでも連絡してね。ご飯はちゃんと食べて、ああそれと……」
「……大丈夫、だから」
「…………うん、お父さんもお母さんもお仕事頑張ってくるから。寂しい思いをさせてごめんな」
(そう思うなら、行かないでよ)
思わずその場で叫びたくなるのを、幸尚はぐっと堪え、曖昧な笑みを浮かべる。
分かっている。
父と母がずっと自分を優先して日本にいてくれたことも。
危険な地域でこれまでに無いチャンスを掴むために、幸尚を預けて海外に出るという苦渋の決断をしたことも。
『フィリピン航空431便にご搭乗のお客様は――』
「あ、そろそろ行かないと」
「……じゃあ、行ってくるね、幸尚」
「うん……いってらっしゃい」
何度も何度も振り返りながら、父と母が手荷物検査場に消えていく。
必死でその姿を追って……とうとう入口から二人の姿が見えなくなったとき、幸尚の中で何かがぷつりと切れた。
「……おじさん、僕トイレ行ってくる」
「いいよ、一人で行けるかい?」
「大丈夫」
拓海にトイレに行くと伝え、幸尚は近くの個室に駆け込む。
便座の蓋をしたまま座り込んだ膝に、大粒の涙がひとつ、またひとつとこぼれ落ちた。
分かっている、大切なお仕事だって。
本当は離れたくないって二人が泣いていたのも知っている。
けれど、理解していたって納得できるかは別の話だ。
「……何で……置いてかないでよ……!!」
泣きじゃくりながら、スマホを取り出す。
そこに表示されたのは、父と母とのグループチャット。
(愛してるってずっと言ってたのは、嘘だったの……?)
悲しみと、どうしようも無い怒りが人差し指を動かす。
気付けば幸尚は、二人とのグループチャットも、メッセージアプリも、連絡先も……彼らと繋がる全てをブロックしていた。
「……知らない、父さんも、母さんも…………!」
涙を拭い、怒りを押し込め、個室を出る。
しっかり顔を洗って奏達のところに戻る頃には、幸尚の顔はすっかり平静を装っていて「大丈夫そうかな」と大人達は少し安堵しつつ、あかりの要望に従って空港の見学へと赴くのだった。
……幸尚の怒りと反抗期の始まりを知った両親の悲嘆に暮れたメッセージが奏とあかりの両親に届くのは、その8時間後である。