第5話 雪融けの花火
(お題: 花火)
最近は少しずつ失われてきているとはいえ、日本の花火というのはどうしてこう情緒を震わせるような独特な侘び寂びを持ち合わせているのだろう。
「……綺麗ね」
「だな、海外の花火も賑やかでいいけど、僕はやっぱり日本の花火が好きだな」
仕事のため日本を離れて2年。
守と美由にとっては3回目の一時帰国で、そして3年ぶりに見た夏祭りの花火だ。
いつもなら花火を見ているその傍らには、小さな息子が幼馴染み達に振り回されながら花火に釘付けだったのに、それがないだけで余計に寂しさが募る。
あの出発の日、幸尚が両親からの全ての連絡を拒否してからもう2年以上。
一時帰国をしても幸尚は奏やあかりの家に籠もってしまい、まさにとりつく島もない状態だった。
今日も3家族で夏祭りにやってきたのに、幸尚の頑なな態度にこうして二人は別行動を取ることを強いられている。
「拓海さんは一時的な反抗期だって言ってたけど……長いわよねぇ」
「まぁ、ずっと甘えん坊で僕らの後ろにひっついていた子だからなぁ……そう言えば初めて花火を見たときは怖いって大泣きしたっけ」
「ふふ、そうだったわね……そう、あんなに甘えん坊なのに、早く離れすぎちゃったものねぇ、仕方が無いわよ、ね……」
突然の拒絶から3ヶ月くらいは取り乱し「もう日本に帰る!」と周りを振り回していた守と美由だったが、拓海達の懸命の説得もあり今は彼らに幸尚を託して研究に打ち込んでいる。
いつか雪融けは来る、だって幸尚だから大丈夫。
そう親バカを根拠にして待つ道を選んだとはいえ、寂しさは消えなくて。
と、背後から砂利を踏む音がする。
「……父さん、母さん」
「…………ゆき、なお……!?」
俯いて立つ、大きくなった息子の姿に二人は驚きで固まる。
ああ、あんなに小さかった幸尚が僕の身長を超えたのかと、守は感嘆を覚えていた。
何よりずっと画面越しでしか見られなかった幸尚が話しかけてくれたことが嬉しくて。
「……その、これ」
ぐっ、と守に袋を押しつけて「ごめん」と一言だけ小さな声で呟いたかと思うと、愛しい息子はくるりと踵を返し人混みに消えていった。
「……行っちゃった」
「うん。でも元気そうだった」
袋を開けば、そこには真新しい革のショルダーバッグと財布が入っていた。
恐らく、幸尚の手作りだろう。
あの子は小さい頃から、何かある度二人にこうやって手作りのプレゼントを用意していたから。
「……幸尚らしいなぁ…………」
「ホントね……」
引っ込み思案で、不器用で、けれど手先は器用で内に溢れる想いを全て創作で表す幸尚のプレゼントは、どこか優しさを感じる風合いで。
「今日の花火は綺麗だな……」
「うん……」
二人はようやく訪れた雪融けの気配に涙しながら仲良く手を繋ぎ、滲んだ視界で夏の終わりを告げる花火をただ静かに眺めるのだった。
――この日幸尚が贈った財布とバッグは、手入れと補修を繰り返しながら幸尚が結婚した今も大切に使われているそうだ。