第8話 告白
(お題: 猫)
「また捨て猫?最近多いね」
そう嘆息するのは管弦楽団の先輩だ。
部活を終えて帰ろうとしたら、会館の入口に段ボール箱が置いてあった。
中には3匹の子猫がくっついて丸まっている。
「良くあるんですか?」と芽衣子が尋ねれば「そ、ここなら大丈夫ってね」と先輩はうんざりした顔だ。
「大丈夫?」
「明日になれば分かるよ」
首をかしげながらも帰宅した次の日、芽衣子は先輩の言葉の意味を理解する。
部室の入口の横に、段ボールが移動していたからだ。
中を覗けばたっぷりの餌と水、さらにふかふかのタオルとまさに至れり尽くせりである。
一体誰がと尋ねれば、部長……中河内先輩の仕業らしい。
どうやらとても情に脆い部長は、捨て猫を見ると放っておけず、かといって家でも飼えないため、いつも保護団体が引き取りに来るまでここで毎回世話をしているのだそうだ。
「部長が勝手にやってることだし迷惑はかけてないけどさ、ほんとお人好しだよね」
「……そうですね」
部長と言うからには実力者なのかと思えば、彼の音は至って平凡で無害で、拍子抜けした記憶がある。
まさに音の通り「いい人」なんだろうなとその時は思っただけだった。
数日後。
個人練習をしようと初めて早朝に部室へ足を運んだら、段ボール箱の前に拓海がしゃがんでいた。
「部長、おはようございます。こんな朝早くに餌やりですか」
「おはよう、長船さん。うん、練習のついでにね」
どうやら彼は毎日のように餌と水を替え、タオルも洗って交換しているようだ。
本当にお人好しにも程があるなと思いつつ部室に入り、各々で練習をする
2時間くらい経っただろうか「そろそろ講義だよ」と拓海が声をかけてくる。
時計を見れば確かにいい時間で、芽衣子は「ありがとうございます」と頭を下げつつ片付 けを始めるのだった。
それから、芽衣子は毎日朝練に通い始めた。
特に練習したいわけでは無い、ただ何となく、優しい眼差しで一人子猫の世話をし、黙々と練習をする拓海が気になって。
時折アドバイスをし「長船さんは教え上手だね」と褒められれば、芽衣子だって悪い気もしない。
そんな生活が1ヶ月くらい続いたある日の朝、いつものように部室の前に行けば段ボール箱は無くなっていた。
ああ、保護団体の人が引き取りに来たのだと芽衣子は気付く。
「昨日ね、引き取りに来たんだ」
「そうですか、良かったですね」
箱のあったところにしゃがみ込んだまま話す拓海は「うん、良かったんだけどね、やっぱり世話してた子達がいなくなるのは寂しいねぇ」と困ったような笑顔を浮かべていて。
(何て顔をするんですか、部長)
気がつけば芽衣子はそんな拓海に思わぬ言葉を放っていたのだった。
「……寂しいなら部長、私と付き合いませんか?」
「…………え……!?」
この日の夕方、晴れてカップルになったことが知れ渡ると部室は大騒ぎになる。
新入生の芽衣子を狙っていた男子学生はどうやら多かったらしい。
けれど数日後、早速部室で拓海にぶち切れ譜面台を振りかざした芽衣子を見て、彼らは「告白しなくて良かった……」と心から胸をなで下ろすのだった。