第14話 優しい嘘は火に油を注いで
(お題: 嘘)
「あれ、尚くん今日はぬいぐるみ作らないんだ」
「え、あ……うん。おうちに忘れてきて」
「ふぅん、珍しいの」
静かになった教室の片隅で、針仕事に精を出す幸尚とお喋りをするのが奏とあかりのいつもの昼休みだった。
「僕、本読んでるから」と幸尚は二人を校庭に送り出すと、一人ぽつんと残された教室で「……これでいいんだ」と呟いてバッグからぬいぐるみのキットを取り出す。
きっかけは、クラスの女子達だった。
「男の癖にぬいぐるみとかキッショ」「私達の奏君を独り占めしないでよこの男女」と二人のいないところで散々詰られ、泣かされて。
「……僕がいたら、奏くんにもあかりちゃんにも迷惑かけちゃう」
きっとこのことを知ったら、二人は烈火のごとく怒ってあの子達を泣かしに行くだろう。
そうしてまた、自分のせいで二人が大人からこっぴどく叱られる。それはもう、嫌だ。
僕は一人で大丈夫、大丈夫だから……
針を持つ幸尚のぷくっとした手に、ぽたりと涙が落ちた。
けれど、そんな幸尚の葛藤なんて、二人はいつもすぐに気付いてぶち壊してしまう。
「やめてぇ返してよぉ……」
「ぷっ、また作ってんの?この男女」
「あはは、やめてぇだって!こんなのこうしてやる!」
「やめてぇ……うわあぁぁんっっっ!!」
二人がいない間を見計らってやってきた女子達。
作りかけのぬいぐるみは取り上げられ、はさみで切られてゴミ箱に捨てられて。
みるみるうちに幸尚の目に大粒の涙が溜まれば、彼女たちは大喜びだ。
嘲るような表情で「あんたみたいなのが学校に来ると邪魔なんだよ」と泣きじゃくる幸尚をなおも攻撃し続けていた。
と。
「こらあぁぁ尚くんに何してんのよ!!」
「あ、やべあかりだ」
「って奏君もいる、まずいよ!」
蜘蛛の子を散らす様に逃げる女子達を「全員ぶん殴ってくる!」と箒を持って追いかけていったあかりを幸尚は呆然と見送る。
そうして、ああ、また僕のせいであかりちゃんが叱られちゃうと涙を零せば「……尚」と上から低い声が降ってきた。
……まずい、この声は、奏がめちゃくちゃ怒ってる声だ。
「ぬいぐるみ、持ってきてたんじゃん」
「う……」
「どうせあいつらが、俺から離れろって言ったんだろ?何であんな奴の言うことを聞くんだよ!?」
「だって!……また二人が守ってくれて……ひぐっ、先生に怒られちゃう……!」
ああもう、と奏は泣きじゃくる幸尚を撫でながら嘆息する。
幸尚はいつだってそうだ。弱っちいのに奏とあかりが傷つくのが何より嫌で、すぐ自分を押し込めてしまう。
「尚、俺もあかりも、尚が泣いてるより先生に怒られる方がずっといいんだからな!」
「ひぐっ、ひぐっ……そんなのだめだよおぉ……」
俺たちだって、尚が傷つくのは嫌なんだ。
……そう言ってくれる二人に、自分は結局甘えるしか出来ない。
(僕も大きくなったら、二人みたいに強くて格好よくなれるかな)
全員をぶちのめして戻ってきたあかりと共に、切られたぬいぐるみを持って職員室に行く奏の背中を、幸尚は憧れの眼差しで見送る。
……でも、嘘をつくのはやめよう。
その後あかりが女子達を病院送りにしたことが発覚して、これからは素直に助けてって言おうと幸尚は固く決意するのだった。