第16話 目覚まし協奏曲
(お題: 目覚まし時計)
ぱちり。
いつものように幸尚が目を覚ます。
ベッドサイドに置かれた、ちょっと古ぼけた目覚まし時計を確認すれば時間は朝の7時半。何時に寝ても幸尚はこの時間になれば、目覚まし時計無しに目が覚めてしまう。
「……はぁ、今日も奏は可愛いなぁ……」
隣で幸尚の胸に顔を埋めてすやすやと眠る愛しい人に、そっと口付けを落とす。
こんなものじゃ彼が起きないのは想定済みだ。なんたって奏の朝の弱さは折り紙付きだから。
「目覚まし時計だって……あの家でよく生き延びたよね……」
新婚の彼らの部屋に似つかわしくない、傷だらけの目覚まし時計を見ながら幸尚は苦笑する。
飾り気の無い、大音量だけに特化したこの目覚まし時計は、あまりにも朝に弱い奏のために中学の時に幸尚とあかりがお小遣いを出し合って買った誕生日プレゼントだ。
「毎朝耳元でフライパンを鳴らしても起きないのよね」と嘆息する母親同士の井戸端会議を小耳に挟んだあかりが「じゃあ、フライパンに負けない目覚まし時計を探そう!」と言いだしたお陰で、自転車で街中の店を走り回って探す羽目になった逸品である。
あの時は本当に辛かった、あかりの馬鹿げた体力にべそを掻きながらよく頑張って付き合ったよな……と幸尚は遠い目をする。
そうして贈られた目覚まし時計は、実に強力だった。
……そう、想定外だったのは奏の朝の弱さだけで。
朝になれば耳元で鳴り響く爆音に……気付くことも無く、爆睡する奏。
家中に響き渡る、いつまで経っても鳴り止まない音に、当時国家試験を控えてピリピリしていた兄の秀がぶち切れない筈が無く。
「お前は!!俺のメンタルをぶち壊す気か!!」
「んぁ……?うわぁぁぁ秀兄ちゃんに殺されるうぅぅぅ!!」
「いっぺん死んできたら、朝起きられるかもしれんな!」
「酷え!!」
……かくして、秀が卒業し引っ越すまでの数ヶ月間、哀れ爆音目覚まし時計は凶器(物理)と化したのだった。
いや、その後も奏が3人暮らしを始めるまでは、相変わらず目覚ましで起きる気配の無い奏に業を煮やした両親と姉が「やかましいわ、さっさと起きなさい!」「あんた本当に耳付いてるの!?なんでこの爆音で寝られるのよ!!」と突撃(物理)しては一悶着してようやくベッドから引きずり出されていたのだが。
「……ほんっと、今でも弱いもんね、奏は……」
そんな修羅場が毎日起きていたとは知らなかった二人は、この事実を結婚前に初めて知り「えらいもんをプレゼントしてしまった」とちょっとだけ後悔したという。
「ね、ほら……起きて、奏。あかりちゃんがおしっこパンパンで泣いちゃうよ?」
「ん……ぬぅ……」
「んー……今日も、だめかな……」
結婚しても、奏は変わらずお寝坊だ。
けれど今の奏には、強力な目覚まし時計がある。
「ふふ……じゃ、たっぷり楽しませて貰うね……?」
そう、幸尚の息子さんという、立派な目覚まし時計(物理)が。
10分後
「んひいぃっ!!?なっ、尚っ、そこだめぇ朝から俺壊れちゃうっ!!」
「んー?もう僕止まれないからね?起きなかった奏が悪い、よ、ねっ?」
と寝室の方から聞こえる叫び声とベッドの軋む音に「……はぁ、おしっこは1時間後かな……」とあかりは檻の中で涙目になりながら二人が起きてくるのをもじもじしながら待つのだった。