第19話 仲直りを奏でて
(お題: 仲直り)
仕事だから仕方が無い、それは分かっている。
分かっていたって、臨月の妻を置いて医局仲間とキャバクラに詣でた挙げ句、襟元にべったり口紅を付けて帰ってきたら、ぶち切れない方がおかしいと思うのだ。
「ちょ、芽衣子っ、子供達の前で暴力はいかん、暴力はあぁぁ!!」
「大丈夫、俺は母さんの味方だから」
「はいおかあさん、フライパンだよ」
「ありがとう秀、凜。……言い訳は無用よあなた、まさか自分の子供を他の医者に取り上げさせるつもりだったのかしら……?」
「ひいいぃぃ!!」
般若のごとき表情でフライパンを掲げる芽衣子と、冷や汗をだらだら書きながら平身低頭の拓海の姿に、子供達も慣れたものだ。
こういうときは、既に用意されていたお弁当とおやつを持って図書館に行くことに決まっている。
「ちゃんと反省するんだよ、父さん」と子供らしからぬ小言を残して、秀は凜の手を引いてバス停に向かった。
「ねぇ、お兄ちゃん……お父さんとお母さん、仲直りする?」
バスの中で不安そうに尋ねる凜を、秀は「大丈夫、いつものことだから」と平然としたものだ。
あの二人はいつもそうなのだ、情に熱くて隠し事もできないから、一度喧嘩となれば大変な事態になるけれど、終わればノーサイド、何事も無かったかのように元の仲良し夫婦に戻ってしまう。
とはいえ初めての大喧嘩に不安そうな凜に「あのね、凜」と秀は過激な両親達の仲直りの徴を教えるのだった。
次の日の朝。
凜が眠い目を擦りながら起きてきたリビングには「いててて……」とお尻を庇う父の姿があった。
どうやらあのフライパンは、お尻ペンペンの刑に使われたらしい。
その傍らには、父が時折聞かせてくれるヴィオラが置かれている。
何故だろうと不思議に思っていれば、リビングにやってきた芽衣子が無言で手にしていた楽器ケースを開けた。
「……ちっちゃいヴィオラ」
「凜、あれはヴァイオリンって言うんだ」
二人は無言で弓を構え、チューニングをさっと終わらせる。
と、声を出したわけでも無いのにぴったりと息を合わせて音を奏で始めた。
朝の雰囲気にぴったりの二重奏。
初めて聞くはずなのに何故か懐かしく感じるのは、自分が物心つく前から両親が仲直りの度に演奏しているからだろうか。
仏頂面だった二人は、曲が進むにつれてだんだん表情が柔らかくなっていく。
そして最後の音を弾き終われば、すっかりいつもの笑顔に戻っていた。
「本当だ、仲直りしちゃった」
「な、だから大丈夫だっていっただろう?」
ようやく安堵の表情を浮かべた凜を見て「もう大丈夫よ、心配させてごめんね」と芽衣子は大きな手で優しく頭を撫で、さぁ朝食にしましょうと席に着こうとした。
その時。
「ん?……あー……あなた、破水したわ」
「そう、破水ねぇ…………なんだとおぉぉぉ!!?一昨日の健診じゃまだ固かったじゃないか!」
途端に家の中が慌ただしくなる。
病院のスタッフに連絡を入れつつ、そこは二人とも慣れたものである。
必要な道具を入れたバッグを持って子供達に「お母さん達は先に行くから、ご飯を食べたらクリニックにいらっしゃい」と急いで食事を終わらせる。
「お母さん?」
「ああ、そうね。凜は初めてだから」
そうして不思議そうに尋ねる凜に、芽衣子はお腹をさすりながら新しい命の到来を告げるのだった。