沈黙の歌Song of Whisper in Silence
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20話 聞こえてしまった独り言

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(お題: スコール)

「うわぁ……さすがは南国、向こうが見えない……」

 いとこの結婚式で初めての海外にやってきた守は、観光中突如降り出したスコールに舌を巻いていた。
 ちょっと空が暗くなったと思ったら、いきなりバケツをひっくり返したような、視界すら怪しくなる程の豪雨である。傘なんてこの国では要らないよと、いとこが言っていた意味がよく分かった。この雨に傘は意味が無い。

 適当にジュースを頼んで、席を探す。
 皆考えることは同じなのだろう、混雑する店内で途方に暮れていれば「あの」とシャツを引っ張られた。

「ここ、座ります?」
「あ、ありがとうございます」

 小麦色に日焼けした溌剌そうな女性。
 たしか彼女は新婦側の友人代表でスピーチをした人だ。
 向こうも分かっていたのだろう「昨日の結婚式に参列されてましたよね」と気さくに話しかけてきた。

「にしても凄い雨ですね。僕、海外は初めてなんですけどスコールってこんなに激しいんだ……」
「そうなんだ、私はこの島にはフィールドワークで何度か来ているけど、この時期には珍しいよね」

 互いに改めて自己紹介をして、同い年な上に同じ分野の研究者だと分かれば途端に話も弾む。
 高村と名乗ったその女性は、今はイギリスの著名な民俗学者の元で世界中を飛び回りフィールドワークに勤しんでいるらしい。
「美由でいいわよ、どうも名字は呼ばれ慣れて無くてね」と人なつっこそうな笑顔を見せる彼女の経歴に、守はただただ驚くばかりだった。

 守はと言えば、大学院こそ卒業したものの、国内でペーペーの研究者が食べて行くのが厳しい現実に晒されていた。
 それでも大好きな研究を続けたくてバイトを掛け持ちしながら研究に勤しんでいるけれど、とても将来が見えないと最近は落ち込むことも多くて。

 そんな中、異国で出会った同業者。
 その輝かしい実績に、つい守は「いいなぁ、順風満帆で」と独りごちた。
 ……このスコールの音だ、きっと聞こえないだろうと油断して。

「出たらいいのに」
「えっ」

 けれど、どうやら彼女の耳は非常に良かったらしい。
「悩むくらいならさ、ぽーんと日本を飛び出したら?」とまるでちょっとそこまで散歩に行くような感覚で海外に出ることを勧めてくる。

「いや、でも僕、お金も伝手も何にもなくて」
「だいじょぶだって!どうせ日本にいたってお金も伝手も増えないんだしさ、そんな良いガタイしてるのに背中丸めてうじうじしてるの、勿体ないよ!」
「そ、そうかな……」

(それが出来たら、苦労しないんだよな……)

 今度こそ心の中で独りごちつつ、折角出会ったのだからと半ば強引に連絡先を交換させられて日本に帰った1週間後。
 守は美由から突然の「ちょっとフィールドワークの人が足りないから来週から遊びにおいでよ、チケット取ったからさ!」という呼び出しに「無茶ぶりにも程が無い!?」と叫びながらケニアへと旅立つのだった。

 ……その2年後「一目惚れだったのよねぇ、ふふっいい男になったねぇ守君?」と既成事実を作られていつの間にか結婚する羽目になるとは知るよしも無い。

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