第22話 憧れが恋に変わった日
(お題: 片想い)
「志方、170.1センチ」
「……!!」
年明けの身体計測。
とうとう170センチを越えた身長に、幸尚は人知れず感激を覚えていた。
早生まれで成長もゆっくりだったお陰で、小学生の頃はずっとクラスで一番小さかった。
入学したての頃なんてランドセルが重すぎてひっくり返って起き上がれずに大泣きしたのは、未だに親たちの語り草になっている。
そんな幸尚も中学に上がった頃から急激に大きくなり始めて。
あっという間にあかりの身長を追い越し、そして中2の冬にしてとうとう170センチの大台に乗ったのだ。
しかも「この感じだと、志方はまだ伸びるじゃないかな」と教師のお墨付き。
(やっと、みんなと同じくらいになった……!)
ずっと、コンプレックスだった。
奏やあかりと並べば同じ学年とは思われず、いつもやんちゃな二人の「弱点」として目を付けられる(そして二人が全力で返り討ちにする)日々。
そんな二人が大好きで、でも大好きだからこれ以上迷惑もかけたくなくて……だからせめて見かけだけでも舐められないように、早く大きくなりたかったのだ。
(ふふっ、これでもう二人に守って貰わなくても大丈夫。もしかして、僕が二人みたいに……ヒーローみたいに守れるようになったりして)
一人妄想に浸っていれば「なに笑ってんだよ、尚」と後ろから聞き慣れた声がやってきた。
「あ、奏!あのね僕、170センチ越えた!」
喜び勇んで報告しようと振り向いたところに立つのは、いつもの幼馴染み。
そう、いつもの、幼馴染みの筈なのに。
(……え、何で)
急に胸が高鳴って、同じくパンツ一丁で「まじかよ!俺169.8センチだったぜ、とうとう尚に抜かれちゃったなぁ!」と自分のことのように喜んでくれる奏の笑顔が眩しくて。
「……?どうした尚、顔赤いぞ」
「っ、な、何でも無い!ほら奏も早く服着ないと風邪引いちゃうよ!」
「お前はお袋かよ、大丈夫だって、まったく尚は心配性だなぁ」
違う、心配だけじゃない。
幸尚は突如自分の身体に起きた変化に……全力で元気になってしまった息子さんの挙動に戸惑っていた。
何で。
奏はただの幼馴染みで、僕のヒーローの一人だったのに。
何で僕は今、奏の裸で興奮して、奏から目が離せなくて、こんなに胸がドキドキしている?
――答えは明白だ。
幸尚だって気付いている。恋とはこうやって始まるものだったのかと、今まさに体感している。
けれど……これはだめだ。
(よりによって奏に恋するなんて、こんなのバレたら僕……奏と一緒にいられなくなっちゃう……!)
同性婚が法制化されたとは言え、同性愛に対する世間の偏見は未だ残っている。
だからこの想いは、下手をすれば奏を傷つけかねない。
憧れの人の背丈を追い越した日、憧れの人は、愛しい人へと変わってしまう。
けれど思慮深い幸尚はすぐさまその想いを心の中に封じ込め、これまで通り幼馴染みとして付き合っていく決断を下すのだった。
(絶対に、バレないようにしなきゃ……!!)
だがこの幸尚の決断は、機が熟すのを待てたという意味では妙手であり、奏(の尻)にとっては恐らく悪手だった、
……押し込めたが故にその想いは更に膨れ上がり、数年後多少強引に成就こそするものの、溜め込みすぎた愛は止めどなく生涯溢れ続ける羽目になるのだから。