第23話 ゆびきりげんまん
(お題: 約束)
「あのね、あかりね、おとうさんとけっこんするんだ!」
それは幼稚園の頃の話。
幸尚の家に集まったサンコイチは、時々奏とあかりが小競り合いをしては凜に叱られつつ、大人達が見守る中仲良く遊んでいた。
ちなみに今日の喧嘩は、あかりが奏のおやつを食べたせいらしい。食べ物の恨みは恐ろしい。
そんな中で突如行われた宣言に、大人達は「そうかぁ、あかりちゃんはお父さんと結婚するんだね」と微笑む。
この年頃の子供はこんなものだ。じきに大きくなって寄りつかなくなることを思えば、今くらいこの幸せを享受しても許されよう。
「……あかりちゃん、けっこんってなに?」
おやつを取られた上あかりに泣かされべそをかいていた奏が、きょとんとした顔で尋ねれば「んーとね、すきなひとと、いっしょにいることなの!」とあかりはしたり顔で説明するのだ。
「ふーん……じゃあおれ、りんねえちゃんとけっこんする」
「えーやだ」
「なんでー?おれはりんねえちゃんがいいー!」
無邪気な宣言は速攻で却下され「けっこんする!」「やだ!」とまたまた喧嘩が勃発しそうな気配だ。
一方「奏君はお姉ちゃん大好きだもんね」「凜は鬱陶しがってるけど、めげないものねぇ」と話している大人の後ろで、幸尚はいつも通り母にひっついたまま折り紙を堪能している。
「幸尚は大きくなったら誰と結婚するのかな?」
「……ぼく…………」
母の言葉に難しい顔をして、もじもじして。
幸尚はいつもじっくり考えてからでないと喋らないから、大人達ものんびり彼の答えを待つ。
「……ぼく、ね」
ひとしきり経って幸尚の口から飛び出したのは、思いがけない言葉だった。
「ぼく、おかあさんと、おとうさんと、そうくんと、あかりちゃんと、けっこんする」
「!!」
どうやら幸尚は大好きな人を一人には絞れないらしい。
そんな言葉に両親は「うちの子はやっぱり世界一だ……!」と盛り上がり、奏やあかりの両親達も「幸尚君らしいねぇ」「幸尚君は大好きがいっぱいなんだね」とかわいらしい答えに思わず顔がほころんでいる。
「!あかりもなおくんとけっこんする!!」
「ええええ!?ちょっと待ってあかり、お父さんは!?」
「ほら、奏も私じゃなくて尚と結婚しな!」
「ええー……しかたないなぁ……」
ぱあぁ、と満面の笑みを浮かべたあかりと、凜に言われて渋々と言った様子の奏が幸尚のところに駆け寄る。
そうして「ゆびきりげんまんしよう!」と小さな指を絡めて唄うのを、大人達は「ずっとこうやって仲良しだといいですねぇ」と眺めるのだった。
……ただ、二人を除いて。
「短い春だった……あかり、お父さんとの約束も忘れないで……」
「良いじゃ無いか祐介君、短くても春があったんだから……凜なんて最初から幼稚園の男の子と……くうぅ……」
肩を寄せ合い慰め合う男達に「この人達、娘が結婚するってなったらどうなるんだろうね」と呆れつつ、楽しい時間は過ぎていく。
――遠い未来、小さな指切りげんまんの約束が果たされることを、今は誰もまだ知らない。