第5話 模索
暦の上では秋だなんて誰が決めたんだと叫びたくなるような残暑に辟易としながらの昼休み。
しかし奏は未だ弁当にありつけずにいた。
「なっ中河内くん、あのっお弁当作ってきたの!良かったら食べて」
「あーごめん、俺弁当あるから」
「え、あっ、そうなんだ…………」
「ねえ、中河内くんって、北森さんと付き合ってるの……?」
「昨日一緒に昼ご飯食べてたでしょ?今日もなの?」
「え、付き合ってなんかねぇけど」
「でも」
教室の入り口で、奏が女の子たちに囲まれている。
あれは確か隣のクラスの子たちだ。
押しの強そうな女の子にちょっと引き気味の奏だが、助けようにも幸尚では「お邪魔虫は引っ込んでろ」と言わんばかりに返り討ちに会う未来しか見えないし、あかりに至っては……さっきから剣呑な視線が時折こっちに飛んできているし、首を突っ込んだが最後泥沼になる未来しか見えない。
「ね、付き合ってないならさ、この子と付き合ってあげなよ!いい子だって私が保証するからさ!」
「そうだよ、この子ずっと中河内君の事好きだったんだって」
「ええ……いや、俺恋愛に興味は」
「お試しで付き合えばいいじゃん!ね?」
どうやら今日の告白は、お供がかなりしつこそうだ。
奏もそこはバッサリ断りたいのだろうが、下手するとなぜかあかりが逆恨みされてしまうパターンに陥るからなかなか対応に苦慮している。
「…………奏ちゃん、困ってるねぇ……」
「うん…………」
「大丈夫だよ尚くん、奏ちゃんは尚くんが大好きだから」
「う、うん……でも…………」
分かっている、奏に愛されている事はもうそれはそれは何度も確認しているのだから。
それでも自分は男だ。奏はゲイじゃないし、こののっそりした馬鹿でかい図体じゃ可愛い女性には勝てない気がして時折不安になる。
幸尚は無意識にそっとお臍を……制服越しに触れるピアスを確認する。
これは、3人だけの秘密。幸尚と奏が愛し合っている証。
「うん…………大丈夫、だよね」
「当たり前だろうが」
「奏」
やっと解放されたのだろう……いや、あれは無理やり話を終わらせてきたとみえる……げんなりした顔の奏が「腹減って死ぬわー」とぼやきつつ隣に座る。
教室の外からの視線が痛い。いや、その視線の先はどうみてもあかりで、なんならあかりは全く気にする風ではなくて、自分だけが居心地の悪さを感じているのだが。
そんな幸尚に「あれだけ毎日身体で確認していて、不安になるなよ」と奏は呆れた様子で突っ込むのだ。
「この1ヶ月は我慢してたもん…………」
「結局週1でやってたじゃねぇか。ま、尚にしちゃ頑張ったと思うけどさ。ほら、さっさと食べようぜ、待っててくれたんだろ?」
「う、うん」
机に置いておいた弁当箱を開ける。
いつものおかかのおにぎりに卵焼き、プチトマトと今日は豚の野菜炒めだ。
夏休みが終わってからは、幸尚が3人分の弁当を手作りしている。
手芸は得意だが料理は精々米を炊いてエアフライヤーで唐揚げを作るくらい、野菜は生で齧る派だった幸尚だが、夏休み前からの奏の母親による特訓の甲斐があってなんとかそれなりに形になってきた。
「おー、卵焼きが分解してねえ!尚、だいぶ上手くなったんじゃね?」
綺麗に巻かれた卵焼きに、奏から感嘆の声が漏れる。
「そりゃもう、奏のお母さんにめちゃくちゃ教えてもらったから!あ、卵焼きは奏のは甘め、あかりちゃんのは醤油味だよ」
「覚えててくれてんだ、卵焼きは醤油派なの。…………んんっ美味しい、尚くんはいいお嫁さんになれるねぇ」
「ええと、どっちかっていうと僕はお婿さんかなって……」
わいわいと3人で仲良く手作り弁当に舌鼓を打っていると、ふと奏がつんつんと幸尚をつついた。
「どしたの、奏」
「……あのさ。…………あーんして」
「「はい!?」」
まさかの発言に目を丸くする二人に「あいつらまだいるじゃん」と奏は教室の外をチラリと見る。
……何だかあそこだけ空気が澱んでいる気がするのは気のせいだろうか。
「ここは俺と尚の愛を見せつけて追い払おうかなって」
「えええ、流石にバレるのまずくない!?」
「大丈夫だって!大体うちのクラスの連中を見てみろ。俺らがハグしてようがスルー、こないだなんてほっぺたにキスまでしたのに『あーまた3人組がなんかやってる』くらいにしか思われてねえ」
「た、確かにそうだけどさぁ……」
「だからほれ、あーん」
「うぅ…………」
幸尚と奏が付き合うようになってから、二人は学校で恋人であることがバレないように振る舞う…………なんて事は全くなかった。
いや、最初はバレないようにとすこーしだけ気を遣ってみたのだが、すぐに3人は気づくのだ。
あ、これ今までと何も変わらないじゃん、と。
伊達に赤ちゃん時代からどこが自分の家か分からないほど行き来していたわけではない。
正直兄弟よりもボディタッチは多めな気がする関係に、入学当初は何かと囃し立てていたクラスメイトも今では「あーまたやってる」と気にもしなくなっていた。
野菜炒めを箸で摘んで「……あーん」と奏の口元に持っていく。
それを奏がぱくりと頬張り「ん、こういうのもいいな」と柔らかい笑顔で微笑んだ。
……クラスの外から悲鳴が聞こえたが、気にしないことにしよう。
それどころじゃない、「あーん」の威力はやばい、と幸尚はまた口を開けて待っている奏に無心でおかずを運ぶ。
いやもう、無心じゃないと爆発する、主に下半身が。何なんだこの可愛い生き物は。
その横ではあかりが「はぁ…………なにこれ尊い……推しが推しにあーんって…………早急に墓を用意しなきゃ」と机に突っ伏して謎の言葉をぶつぶつ呟いている。
これはあれだ、最近自分達にまで発動するようになってしまった「推しが尊すぎる発作」ってやつだ。こうなったあかりはしばらく現実に戻ってこない。
大体自分達が推しって何だ、あかりの推しは二次元の住人じゃなかったのか。
そんな3人をクラスメイトは「またあいつら変な事やってる」「今日は中河内が餌付けされてるな」「あーあ、北森さんがいつも通り奇行に走ってるよ」と遠巻きに眺めて終わるのだった。
…………
表向きは何も変わらない、ただの幼馴染の腐れ縁。
だが大切なところに穿たれた楔は、そんな日常すらじわりじわりと侵食する。
3人がピアスを開けてから、そろそろ1ヶ月になる。
流石にピアスを開けた次の日のあかりは痛みで家の中を歩くのすら半泣きになっていたが、それも2-3日だった。
今ではピアスの傷もすっかり癒え、臍や乳首はホールが安定するまで半年はかかると言うものの、引っ掛けないようにだけ気をつけていれば日常生活に支障はない。
クリトリスは粘膜だけあって、治りも他に比べて早いようだ。
だが一方で問題も生じていた。
……いや、この場合は喜ばしい効果だろうか。
「んうっ……ふうっ…………」
傍目には昼食を終えて校庭の隅でのんびりくつろぐ3人。
だが、よく見ればあかりの顔は紅潮し、時折悩ましい吐息を漏らしている。
「あー、あかり今日は体育あるからパンツ履いてるのか。大丈夫か?」
「う、うんっ…………パンツで擦れて……たまんない…………さわり、たい……!!」
「それは我慢。流石に学校じゃまずいだろ?」
「これ、そのうち慣れるのかなぁ……今はあかりちゃんの気合いとプレイでの発散で何とかしてるけど……」
「世の中開けてる奴はそれなりにいるんだし、大丈夫じゃね?」
ピアスで穿たれたクリトリスは、腫れが引いても元の大きさには戻らなかった。
塚野曰く「ずっと刺激されて勃起したまんまだからね」だそうだ。
股を閉じていれば見えないものの、少し動けばピアスが動いて常にじわじわとした刺激を送り込んでくる。
パンツなんか履いた日には、布と勃起したクリトリスが擦れて、気をつけていないと強烈な快楽にその場にしゃがみ込んでしまいそうだ。
だから今、あかりはパンツを履いていない。
制服ほスカートは短くしていないから、中が見える事もない。
とはいえ流石に心配なのか、校内では必ず奏か幸尚が側についてさりげなくサポートしてくれる。
それだけひっついていても周りから特に変な目で見られないのは幸いだ。
「でもえらいよね。あかりちゃん、あの日から奏の許可無しには一度も触ってないんでしょ?」
「っ、うん……だって、もう私に自慰する権利はないって、奏ちゃん前に言ったし……でも多分、寝てる間は触ってる……」
「日中落ち着くまでは寝不足にならないように、寝てる間は拘束しないってちゃんと決めた上でなんだから問題ねえよ」
本当は暇さえあれば触りたくて仕方がない。
学校でもトイレに入ればつい手が伸びそうになることもしょっちゅうだ。
けれど命令だからと、外から何気ない日常の声が聞こえる中、必死で一人衝動を鎮めて耐えて…………そんな境遇にもちょっと興奮して。
二人は学校であかりが我慢しているかを事細かに確認はしない。
それは二人が「あかりならやる」と信頼してくれているからで、そのことがあかりは素直に嬉しかった。
そろそろ昼休み終わるね、と差し出された手を取ってそっと立ち上がる。
気を抜いて今までのような動作をとれば大変な目に遭うことを、あかりはこの数日で嫌というほど体験してきた。
だから、今までに比べたら少しはお淑やかに見えているかもしれない。
教室に戻りながら、幸尚は「あかりちゃんの気合いは凄すぎ」と話し出す。
流石に内容が内容だから、声を顰めつつだが。
「…………夏休みに僕もオナ禁したんだけど、2日が限界だったもん。気合いで何とかなるもんじゃないよこれ」
「え、マジか2日も持ったのかよ!俺、尚は1日でギブすると思ってた」
「ひどいなぁ!そう言う奏はどうだったの」
「俺?4日!どーだ、すげーだろ」
「うん、あかりちゃんには程遠いね」
「ほらまあ、男は物理的に溜まるからしゃーねえの、多分だけど」
突如始まったオナ禁話に「え、ええ??」とあかりは戸惑うばかりだ。
第一なんでこの二人がオナ禁しているのかさっぱりわからない、と目をしぱしぱさせていると、それに気づいた奏が「いや、試さなきゃと思ってさ」とぽりぽり頭を掻いた。
「……俺ら、あかりのご主人様だしさ。あかりに色々調教するけど、試せるものは全部試して限界とか危険とか自分達で知っておいた方がいいなって」
「せっかく僕たち二人でやるんだしね。かわりばんこにやりあえば体験もできるし、あかりちゃんを調教する練習にもなるから」
「奏ちゃん、尚くん……」
「俺らはあかりを傷つけたいんじゃねえ、その性癖を満たしたいだけ。ま、俺も満たしてもらうけどな」
「大切にする、って決めたんだ。だから、僕頑張るよ。……今度は、僕があかりちゃんを守る」
ああ、その言葉だけで十分だとあかりは泣きそうになる。
(二人に受け入れてもらえるって…………幸せだな……)
ぼんやり幸せに浸っていると「それでさ」と奏が話を切り出す。
その瞳には……ご主人様としての奏を思わせる獰猛な欲情が浮かんでいて、あかりの喉がヒュッとなった。
この茹だるような暑さに、そして止まらない疼きに熱を溜め込んだ身体が一気に冷やされたようにすら感じる。
(ああ、また何か……調教される)
ただでさえ敏感な肉芽がさらに質量を増した気がする。
感じすぎて痛みすら感じるほどだ。
「9月末に模試だろ?今週末で一旦リセットだから……土曜日にやりたいことがあるんだ」
「いいけど、何やるの?奏がそう言うって事は新しい事だと思うけど」
「いや、新しいってわけでもないんだけさ。あのピアス開けた日の続き」
「続き?」
また後で話そう、と教室の席に着きながら奏は二人に囁いた。
「あかりに礼儀作法を仕込もうかなって」
…………
土曜の午後、稽古を終えたあかりは幸尚の家に来ていた。
既に奏はやってきていて、どこか気だるそうな雰囲気を漂わせているところを見るに朝から早速楽しんでいたのだろう。仲が良くて結構なことだ。
「あかりちゃん、稽古の時は大丈夫なの?その、疼いたりとか……」
「あー、うん、意外と大丈夫。下着はつけないし、そもそも集中してないと怪我しちゃうから」
「確かに稽古の時は集中力半端ないもんなあ……俺も久々に稽古行きたくなった」
「おいでよ、お母さん張り切ってシゴいてくれると思うよ」
「ひぇ、それはそれで恐ろしいな……」
「あかりちゃんのお母さん厳しいもんねぇ、こんなことしてるのバレたら……」
「少なくとも俺は生きてる自信がねぇな」
和やかに(?)話しながらも、あかりは服を脱いでいく。
そうして一糸纏わぬ姿となったところで「んじゃ、挨拶からな」と奏はメモを見せた。
「覚えるまでは見ながらでいいから。動作も書いてあるけど、わかりにくかったら教えて」
「うん。……でもまた何でいきなり礼儀作法?」
「いや、この間オーナーがあかりにやってるのを見ていいなと思ったから」
「あぁ……んっ、あれは思い出しても……ふふっ、興奮するね」
はしたない体勢を取らされ、鞭打たれながら何度も恥ずかしいおねだりをさせられた記憶が蘇ってきたのだろう、あかりがふるりと身体を震わせる。
それに、と奏は幸尚を見た。
「俺やあかりはさ、スイッチが入ったらうまく切り替えられるだろ?ご主人様と奴隷に。……まあ最近はピアスのおかげでちょっと境界が曖昧だけど」
「う、うん……」
「でも尚はそうじゃない。尚は尚のままで、ご主人様モードに切り替わるわけじゃない。いきなり俺らがプレイモードに切り替わっても戸惑うしな」
「そうだね。僕はまだご主人様って言われてもピンと来ないから」
「だから、ハッキリわかる形で線引きしたら尚も上手くプレイの時と日常の使い分けができるようになるかなって思ったんだ」
幸尚は優しい。
小さい頃から奏やあかりが怪我するだけで、本人たちより幸尚の方がわんわん泣いてしまうくらい優しい子で、今でも二人が傷つくのを何より嫌がっている。
本当はこんな世界に来てはいけない人間なのだ。それは三人とも分かっている。
それでも二人のためにと勉強し、あかりの事を知るためにピアスまで開けてしまったこの心優しい恋人に、彼なりのあかりとの関わり方を見つけてもらう、そのためにも日常とは違う場を作った方がいいのではと考えた結果だった。
「ま、とりあえず今日のは叩き台。一度やってみてどうするか考えたい」
「わかった。あかりちゃん、僕もメモを見たい」
「うん」
あかりに渡されたメモを確認し「こう言うもの、なの……?」と戸惑いつつもまあやってみようと、奏と幸尚はソファに座る。
あかりはその足元に土下座だ。
「奏様、幸尚様、本日も…………えと、淫乱奴隷のあかりを躾けてください」
「ハッキリ大きな声で。あと額は床につけて」
「うん、じゃない、はい。奏様、幸尚様……」
何度か繰り返させ「いいぞ、頭を上げろ」と奏が短く命令する。
そうして首にいつもの首輪をつければ「はぁ……っ」と悩ましい吐息があかりから漏れた。
「これが最初の挨拶。続けて最後の挨拶もやろう」
「はい…………んっ、奏様、幸尚様、淫乱奴隷のあかりを躾けていただきありがとうございます」
「おけ、挨拶が済んだら首輪を外して終わりな」
「はい」
じゃあ続き、と奏に促され、あかりは基本姿勢と書かれた姿勢をとる。
この間塚野に教え込まれた、つま先立ちでしゃがんだまま股を大きく広げる姿勢だ。
(…………前はそこまでじゃなかったけど、今日はなんか……見られていると、ゾクゾクする……)
胸と股間に光るピアスのせいだろうか、二人の視線だけで頭がぼんやりとしてくる。
気がつけばあかりは半開きの口から涎を垂らしていた。
「へぇ、この体勢だけで気持ちよくなれるんだなぁ、あかり」
「っ、ぁぁ…………」
「ほら、一人で気持ちよくなってないで、返事。メモ見ろ」
「え、あっ…………っ、はい、あかりは…………こ、これ言うの……?」
「言うのですか、だ。言えるだろ?これまでだって散々えっちな言葉喋りまくってただろうが」
「そ、そうだけど……改めて言うとなると、すごい恥ずかしい、です…………」
いつもならすらすら出てくる敬語が出ないのは、おそらくまだあかりが快楽に翻弄されていないからだろう。
だが奏は「プレイに入ったら命令は絶対だろ」と前置きした上であかりを鋭い視線で射抜く。
いつもとは雰囲気が違う奏に、あかりの顔も少し強張っているようだ。
「今日は初めてだし慣れないこともあるからお仕置きはしねえ、けど今後はプレイ中セーフワード以外で命令を聞かなければお仕置きだ。……忘れたわけじゃねーだろ?」
「ひっ……!!」
途端にあの日の仕置きが蘇る。
拘束具で手足をきっちり固められ、アイマスクで目隠しをされ、股間に電マを固定したまま2人が部屋から出て行って……電マのブーンと言う音に混じって聞こえた、外から部屋の鍵をかけられた音。
どれだけ泣いても謝ってもなんの反応もなくて、誰もいない不安で押しつぶされそうなのに身体は勝手に何度も絶頂を繰り返し、心身とも限界ギリギリでやっと解放されたあの日の恐怖…………
(やだ、またおしおき、やだ…………!)
真っ青になり震えるあかりに「あのお仕置きは相当効いたみたいだな」と奏はどこか満足げだ。
「いやいやいや!やっぱりやりすぎだったんだよ!!あかりちゃんにトラウマ植え付けてどうすんだよ、この鬼畜!」
「そのくらいお仕置きがキツくなきゃ、しんどい命令に従う時の逃げ場を作ってしまうだろうが。あかりが奴隷として俺たちの命令に絶対服従できるように手助けするためのツールなんだから」
「ぐぅ……でもさぁ…………」
「尚、プレイに甘えは無し、前に約束しただろ?」
憤慨する幸尚を宥めつつ「あのな、俺はあかりと真剣にSMの主従関係を築いていきたいんだ」と奏は厳しい顔のまま諭すようにあかりに語りかける。
「奴隷になるってのは、あかりのして欲しいことだけをするんじゃない。もちろん必ず3人で話し合うけど、あかりが苦手だけど俺がして欲しい事だってこれから出てくるはずだ」
「は、はい…………」
「そのピアスは、あかりの覚悟だろう?俺たちとの関係を自ら選んだんだ、なら命令への絶対服従は基本。プレイ中はなあなあにならないようにしたい」
「奏…………」
「幸尚も、そこは甘やかさない。可哀想だって思う気持ちまで我慢しろとは言わないけど、あかりを甘やかすのはプレイ外にしてくれ」
きっぱりと宣言する奏に「……そんなに、なあなあは良くないの?」と幸尚はどこか不満そうだ。
「んー、そう言う関係を選ぶ主従もあると思う。でも俺はそこはきっちりしたい。俺たちはご主人様で、あかりは奴隷。幼馴染でどうしても甘えがでやすいからこそ、厳格な線引きは必要だと思う」
「……うん、それは……そうだね、つい甘やかしたくなっちゃうし……」
「俺らが今まで通りのやり方でこのまま突っ走ると日常までぐだぐだになりそうだし、そうなった時に辛いのは尚だ。違うか?」
「う…………」
いつか遠い未来に塚野達のような日常が全て調教になる日が訪れたならば、なあなあな部分が出てもいいかもしれないとは思うけどと付け加え、奏は再び「あかり、続き」とあかりを促した。
(言えなければ、お仕置き……)
今日は許されている。でも、明日からは違うと明言されたようなものだ。
(今から言えないと…………恥ずかしい……怖い…………こんな事言って、奏様はともかく幸尚様は引くんじゃ……)
目に涙を浮かべて葛藤するあかりを、奏は静かに眺めながら待っている。
その隣では幸尚がどこか心配そうに見つめている。
無理しなくていいよ、そんな声が幸尚から聞こえてきそうだ。
(でも、奏様の言う通りだ。プレイの時は奴隷に徹する、ご主人様に絶対服従……奴隷になるってそう言うことだった)
幼馴染という関係が、ついあかりを甘やかす。
でも、それじゃ幸尚が辛いだけじゃない、いつかあかりや奏も中途半端な関係に満足できない日が来てしまう。
(…………大丈夫、幸尚様を信じる……幸尚様は私を軽蔑しない……こんな恥ずかしいことを言っても、私は見捨てられない……!)
何度も、何度も、心の中で言い聞かせる。
やがて覚悟を決めたのだろうあかりが「わたし、は……」と口を開いた。
「わたしは…………奏様と、幸尚様に勃起乳首と発情おまんこを見られて喜ぶ、変態です…………!」
「そうだな、あかりは立派な変態だ。じゃなきゃノーパンで学校になんか行けねえよなぁ?」
「っ、それは」
「……あかり?」
「……はい、わたしは学校にノーパンで行って…………おまんこ気持ちよくなってお股をびしょびしょにしている、変態です……!」
最後はもう涙声になっていた。
快楽で頭がバカになっていない時に恥ずかしい言葉を言わされることが、これほど心に来るとは思わなかった。
(そう、ピアスまでつけたんだ。俺たちの奴隷になるなら、どんな状態だろうが奴隷らしい言葉遣いができるようになってもらう)
とは言え今はこれが精一杯だろう。
本当はもう少し追い込みたかったけどな、心の中で独りごちつつも、奏はその相貌を緩める。
「ちゃんと言えたな、あかりはいい子だ」
「うん、頑張ったねあかりちゃん」
「…………っ!!」
「で、褒められたらどうするんだ?」
「あっ、ありがとうございます……!!」
(頑張った事をちゃんと認めて褒められるのが、これほど嬉しいだなんて)
凄い、奴隷って、凄い。
達成感と幸福感に包まれながら、あかりは頭を床に擦り付ける。
そんなあかりに奏は、頑張ったあかりにはご褒美だなと手枷の鎖を前に付け替え、床に吸盤のついたディルドを固定する。
そこに幸尚が手際良くディルドにジェルを塗った。
半透明のジェルでテラテラ光るディルドを、一気に発情したあかりが物欲しそうな目で眺めている。
それもそうだろう、あかりはこの1ヶ月半クリトリスはおろか、後ろすら「興奮して傷に触ったらまずいから」と一切触れる事を禁じられていたのだから。
「あかり、ご褒美の時もおねだり」
「はっ、はいぃ……奏様、幸尚様、あかりがお尻にディルドズボズボして……乳首とクリトリスこねこねして気持ちよくならせてください…………っ……!」
「興奮したらスラスラ言えるじゃねえか。シラフでも言えるようにしっかり訓練しろよ」
いいだろう、自慰を許可すると奏はニヤリと口の端を上げた。
「ただしちゃんと寸止めすること。リセットは明日だからな。あと、まだホールは不安定だしあんまり強く弄るなよ?いいぞ、ご主人様の前でお尻ズボズボしてアヘ顔晒せ。……ほら、許可を貰ったらなんて言う?」
「!!あはっ、触れる…………奏様、幸尚様、あかりにオナニーを許可して下さりありがとうございますぅ…………!」
心の中に、小さな被虐の火が灯る。
感謝の言葉を口にするが否や、あかりは聳り立つディルドに腰を下ろした。
「んっ…………」
事前にしっかり洗浄しほぐしてきた後孔は、すんなりとディルドを飲み込む。
ピアスを開けてから実に1ヶ月半ぶりに許された意識のある状態での自慰に、あかりはまるでサルのように夢中になって腰を振り、快楽を貪りつづける。
二人がそんなはしたない自分を見つめていることすら、堪らない……
「んぁっあっあっ…………きもちいぃ、きもちいぃのぉ……」
(ああ、頑張れば褒めてくれる)
辛くても、恥ずかしくても、頑張れば奏様も、幸尚様も褒めてくれて……気持ちよくなれる。
(命令 守れたら 気持ちいい)
……あかりの心に、被虐の悦びが一つ、刻み込まれた。
…………
「んぁっはぁっ…………奏様、幸尚様、あかりを気持ちよくしてくださりありがとうございます…………」
「ん、良かったな。久しぶりのオナニーは気持ちよかったか?」
「はいっ、すぐ逝っちゃいそうでしたぁ……」
限界まで寸止めを繰り返させ、辛さに涙をポロポロとこぼしながらもうっとりとした顔で感謝を述べるあかりに「堪んねぇわ…………」とこれまた掠れた声で奏が呟く。
その股座は痛いほどいきりたっていた。
「尚はさ、どう思った?」
「え、と……正直に言っていい?…………この基本姿勢さ、エロ本でもよく見るけど僕には良さがわからない」
「そこかよ!俺は服従している感じが出ていて好きなんだけどなあ」
「奏が唆ってあかりちゃんも嫌じゃないなら僕はいいよ。その、僕は……ごめんねあかりちゃん、あかりちゃんのエッチな姿より奏が興奮している姿の方が唆るんだ……」
「ぶっ!!」
奏は思わず飲んでいたお茶を噴き、あかりは寸止めの辛さも一瞬吹っ飛ぶ勢いでぽかんとしたあと「ふふっ」と笑い出した。
「尚くんらしいなぁ……本当に奏ちゃんが好きなんだね、ってあっ……」
「えほっえほっ……いい、あかり、今のは反則だ尚…………あーまだ喉おかしい……」
「う、ごめん…………男だから女の子の裸見れば興奮はするけど………………それがあかりちゃんだって思った瞬間冷静になっちゃう」
「俺は最高に興奮するけどな」
「でもあかりちゃんに挿れたいって思う?」
「それはねぇな、むしろ………………いやなんでもない」
言葉を濁してあさっての方向を向く奏にあかりはピンとくる。
それは幸尚も同じだったようで、心の中でガッツポーズを決めているのがあかりにもはっきりと見て取れた。
「尚くん、ちなみに今の奏ちゃんはどう?」
「もう最高に唆る、今から押し倒したいくらい」
「そうなると思ったから朝がっつり抱かれたんだよ!!今日はプレイ中のセックスは無しってちゃんと言ったよな俺!?」
「うん、だからちゅうだけ……」
「あっこらっ!んむぅぅぅっ…………!!」
ああもう、折角いい感じに厳しくやってたのにと思いながらも、尚のキスを拒めるほど奏も冷徹にはなれず。
「んふぅ…………ゴホン、ほ、ほら続きするぞ!あかりもニヤニヤしねえで、な!!」
「ふふっ、はぁい…………」
これはあかりの礼儀作法以前に、幸尚の忍耐力育成がいるんじゃないかと奏は火がついた身体を持て余しながら思いを馳せるのだった。
…………
「こんな感じかな。あかり、今日は泊まり?」
「うん、じゃない、はい。明日の午前中に稽古に行くけどまた戻ってきます」
「おけ。ならあかりはお風呂の時間までプレイ中ってことで、そのまま裸で床で過ごす事。できそうなら基本姿勢で待機、無理ならとりあえず床でいりゃいい。時々俺が簡単な命令を出すから、それには従う。敬語と呼び方も」
「はい」
それからいくつかのポーズと言葉遣いの練習をして、窓から差し込む夕日にそろそろ切り上げどきかなと思いつつも、せっかくだからもう少し慣れさせようと奏はあかりを床に居させることにする。
早速床で基本姿勢を取り「はぁぁ……この姿勢、全部見られるの癖になりそう…………」とうっとりしているあかりを眺めながら、奏と幸尚はいつもの反省会だ。
開口一番「尚は我慢を覚えよう」と大真面目な顔で詰める可愛い恋人に、心でニヤけながらも幸尚はしおらしい顔をする。
「うん、ごめん…………あれでぐだぐだになっちゃったね……」
「んーまあ最初から全て上手く行くとは思ってなかったし、それでもあかりは頑張ったからまあよし。でも尚のチンコは暴走しすぎな」
「奏が可愛すぎるのがいけない」
「俺のせいにすんなよぉ」
そう、あかりの(ひいては幸尚の)ためにここ数日一生懸命計画を立てて口調を練習していた事を知っている身としては、そんな奏が愛おしくて可愛くて堪らなくなるのは仕方がないとそろそろ諦めて欲しい。
だが、奏の発案は悪くないと実際に経験してみて幸尚は実感する。
いつもと全く違う呼ばれ方、あかりの敬語、奏のご主人様然とした態度……それら全てが「今はあかりを奴隷として扱ってあげる時間」だと演出するからだろう、いつものように辛そうなあかりを見ても罪悪感が少ない。
「やっぱオーナーみたいに泰然とするのが……」とぶつぶつ何かをメモっている奏に「同じ形じゃなくていいんじゃない?」とそっと後ろから抱きしめれば、「そうか?」と甘えるように頬を胸に擦り付けてくる。
……どうして僕の恋人は、こう無意識に人を煽るのか。末っ子属性ってやつかこれは。
「もちろんちゃんと主従関係をハッキリさせたりとか、絶対服従を守らせたりってのは必要だと思うよ。でも、無理してあかりちゃんを煽らなくてもいいかなって」
「そっか……あかりはどうだ?もっと煽って欲しいとか、踏み躙って欲しいとか」
「んふぅ……その、奏様が自然に……素直に言ってくれるのが、私は一番嬉しいです……」
「そうなんだな……口調まで頑張って変えなくてもいいか、それなら……」
「うん、それでもいつもに比べれば僕はずっと楽に見ていられたよ。メリハリって大事だね」
それで、これからどうするの?と幸尚はご飯をよそいながらずっと気になっていた事を尋ねる。
プレイをする土日のご飯は三人誰でも作れるカレーかシチューと決まっていて、プレイ前にあらかじめ用意してあるのだ。
「完全管理たって、流石に大人にならないと塚野さんところみたいなのは無理でしょ?ピアスは開けたし、貞操帯は今探しているとして……これからどんな調教をするのかなって」
「それな、本格的な調教はもっと先の話として……生活に支障が出なくてお金もあんまりかからなくて、俺もあかりも満足できるようなもの……」
「なんだか二人を見ていると、今のプレイだけじゃそのうち物足りなりそうだよね……」
二人はダイニングテーブルで向き合い、温めたカレーを食べる。
あかりはその足元で跪き、奏と幸尚がかわりばんこに「ほら、あーん」と食べさせている。
「食事も管理されたいって、あかりちゃん言ってなかったっけ…………」
「はい…………その、引かない……?」
「ここまでやってて今更引くと思うか」
「…………あのね、餌皿に盛られて犬みたいに食べさせられたいです」
「基本だなそれ」
「基本なんだそれ」
こうやって、と土下座した状態で手を使わずに食べる真似をするあかりに「あーいいなそれ、やりてえ」とそわそわする奏。
幸尚は幸尚でまだ受け入れられるプレイだったのだろう「それだとカレーは厳しいよね……食べやすいもので熱くないもの……」と早速レシピを考えているようだ。
(ああ、主従と言っても奴隷の言葉もちゃんと聞いてくれる)
この関係は3人で作るものとは言うけれど、それでも自分は奴隷で二人に飼われる側だから、どうしても欲望を伝えることに躊躇いが出る。
そんなあかりを2人も分かっていて、特に幸尚はあかりちゃんが自分の欲望を上手く伝えられるように、ひいては性癖を満足できるようにと心を砕いてくれているのを感じる。
奏は奏で「俺の性癖もあかりの性癖も全部満足させる」欲張りセットだから、あかりが蔑ろにされることはない。
と「閃いた」と奏が幸尚の部屋に消える。
しばらくして戻ってきた奏の手には、ポンプのついたディルドが握られていた。
「これ、ピアス開けた時にオーナーがフリーギフトでつけてくれたディルドなんだけどさ、射精機能がついてる」
「今なんて」
「ディルドが、射精……?」
まあ見てな、と奏が水をポンプに詰めてぎゅっと握ると、先端からビューと水が噴き出してきた。
「あーなるほど、液体を……」
「そそ、白いローションを詰めると擬似中出しプレイができるとかなんとか」
「……人類のエロにかける熱情ってすごいよね…………」
「ほんとにな。んで、あかり」
「はい」
「プレイ中の水はこれで飲ませてやる」
「……奏のプレイにかける熱情もすごいと思うんだ僕」
いつもながら奏の発想は自分の想定の斜め上を行く。
普段はその奏のさらに斜め上を行くあかりがいるから目立たないだけだ。
そして案の定、その提案はあかりの琴線にも触れたのだろう。
「奏様ぁ…………ディルドでお水飲ませて下さい……」とすっかり蕩けた目で奏を見上げている。
2人が楽しいならうんいいんだけど、と自分を納得させながら、幸尚は嬉々としてディルドを咥えさせ水を飲ませる様を眺めていた。
「んっ、んくっ…………ぷは……」
「あーこれ絵面がいいわ……ゾクゾクする……」
「すごい……無理やり飲まされるのたまんないぃ…………もうちょっと量があれば……」
「わかる、改造してもっと飲ませられるようにするか。……あのさ、股間に着けて飲ませてみたいんだけど」
「!!それ、やってみたいですっ!!」
「決まりだな、次のバイト代入ったら固定用のベルト買おう」
……眺めているだけでどんどん話が進んでいるようだ。
本当に性癖が合うんだなぁ、とちょっと蚊帳の外気分で寂しさを感じなくもない。
ないが、この絵面は悪くない。
「ディルドなのになんか卑猥だよね……奏が咥えてるのを思い出しちゃう……」
「尚、そこまでだ。それ以上はいけない」
「ええー」
「世の中にはちんちん咥えさせておしっこ飲ませちゃう強者もいるんだよねぇ、前にネットで見た」
「えええ!?あ、あの、僕流石にそれはやだよ!!そんな、あかりちゃんにおおおおしっことか」
「心配するな、俺もそんな趣味はねえよ」
……プレイは眺めているだけでも、油断すると明後日の方向に展開しようとする2人のストッパーくらいにはなれるかな、と幸尚は「小スカくらいなら」「無くはないけど口にするのは絶対無し」と目の前でとんでもない問答をする2人を生暖かい目で見守っていた。
…………
「排泄管理ならどうかな」
「またいきなりだなおい」
次の日。
あかりが稽古に戻っている間に奏と幸尚はペットショップであかり用の餌皿を買ってきていた。
「なるべくチープなものの方があかりは人間扱いされてなくて喜ぶ」との奏のアドバイスに従い、なんの変哲もない金属製の洗いやすそうな器だ。
昼に戻ってきたあかりに早速ミューズリーをふやかして出せば「ああ、ゾクゾクして……味がわかんない…………」と随分気に入った模様である。
「にしても餌台まで買わなくても……」
「だって店員さん言ってたじゃん!床に直置きだとワンちゃんが咽せたり誤嚥しやすくなりますって」
「いやいや床置きの方が惨めさが増していいんだって!あかりはどう思う?って…………だめだ完全にぶっ飛んでる」
「はぁっ、はぁぁっ…………大事にされてるのに犬扱い…………いいのぉ……」
「ほら、あかりちゃんも喜んでるからこれでいいんだよ、ね?」
ひとしきり給餌を楽しみ落ち着いた昼下がり。
昨日と同じようにソファでくつろぐ2人の足元に座っていたあかりがふと思いついたように口にした「排泄管理」のワードに幸尚は渋い顔をする。
相変わらず敬語が微妙に取れているが、幼馴染の関係が長すぎた分すぐに定着させるのは難しいのだろう。こればかりは都度躾けていくしかなさそうだ。
「あかりちゃん、排泄管理って……その、浣腸とか…………?」
「ええと、結構バリエーションはあって……我慢させるとか、無理やり出させるとか」
「時間を決めて許可制にしたりな。で、あかりがやりたいのはどういうやつだ?」
「…………おしがま、やってみたいです」
「あーなるほど……それなら簡単かな…………」
何それ、と怪訝な顔の幸尚に奏が説明すると、それだけで幸尚は痛そうな顔をする。
「それ、身体に悪くないの……?」
「ネットでも結構やってる人はいるし、大丈夫なんじゃ」
「動画配信もあるしな」
「そんなにメジャーなプレイなの!?ええ、知らない僕の方がおかしい……?」
「いや、流石に知ってる俺らの方がおかしい」
なら試験が終わったらやるか?と奏が提案すれば、あかりは目を輝かせるのだ。
「あ、でも模試の成績は落とすなよ?ピアス着けて初めての試験だけど、気持ちよくて問題解けないとか言い出したら流石にピアス外さなきゃいけなくなるし」
「う…………少し条件を緩めて欲しいです……」
「奏、流石にこれは緩めてあげよう?たまたま奴隷になる直前に自己ベスト取っちゃったのを基準にするのは……第一、僕らの基準は学年30位以内なんだし」
「うっ、それは…………じゃあ一桁で。あかり、入学してから二桁順位だったことねーし」
「ううぅ……頑張ります…………」
じゃあ今日はここまででリセットしようか、と奏はいつものディルドを床に設置した。
1時間後。
「はぁ……すっきりしたけど…………ずっと気持ちよくて触りたくなる……」
「あかりちゃん、それで本当に勉強できるの……?」
プレイを終えてスッキリしたはずのあかりだが、ピアスによる日常の侵食にはまだ慣れないらしい。
1-2ヶ月もすればこの状態に慣れてくるわよ、と塚野も言っていたから、暫くは仕方ないのだろう。
夕食を終えて参考書を開いても悩ましいため息を漏らすあかりを「ほら、集中」と奏は嗜める。
「……むしろ貞操帯で何やっても気持ちよくなれません、って制限された方が楽なのかもなぁ」
「それ、僕には地獄にしか思えないけど……」
「今みたいにいつでも触れる状態で我慢するよりは楽なんじゃね?」
「もはや楽の基準がおかしい」
どうも身が入らない様子のあかりに幸尚は「あかりちゃん」と心配そうに話しかけた。
こちらを振り向くあかりの顔はゾクっとするほどの色気を放っていて、思わずごくりと喉を鳴らしてしまう。
この関係になってから、あかりは『女』なのだと意識することが増えた気がする。
それは、もし奏を好きになっていなかったら精力旺盛な自分の息子さんが暴発していたかもしれないと思えるほどで。
そんな幸尚の気持ちも知らず、あかりは頬を染め潤んだ瞳で幸尚を見つめながら「大丈夫だよ」と微笑む。
「ん……がんばる……んぅっ…………大丈夫……」
「全然大丈夫そうじゃないけど……ほら、これ頑張ったらなにかご褒美ってのはどう?ニンジンがあれば気合いも入るんじゃ」
「ご褒美…………」
「うん、例えば……僕なら奏を一晩自由に愛していい権利をあげるって言われたら、きっと勉強に身が入って成績も上がると思うんだ」
「どさくさに紛れて恐ろしいこと言うな!け、結腸責めまで覚えた身体で尚が一晩中とか……」
「奏ちゃん強く生きて」
「なんで決定事項なんだよ!!」
しれっと自分の願望を奏に飲ませようとする幸尚に(尚くんも変わったな)とあかりは思う。
ゴツい図体からは想像できないほど内気で言いたいことも言えなかった少年は、奏と恋人になって以来自分の感情を露わにすることが増えた。
幼馴染でずっと行動を共にしてきた2人も、まさか幸尚の中にこんなに感情豊かで時には激情すら感じさせるものが眠っていただなんて思いもしなかったほどだ。
そして何より、守られてばかりだった幸尚の口から出る「あかりちゃんを守るんだ」と言う言葉。
理解し難い性癖を持つ2人に振り回されながらも、幸尚は幸尚なりに2人を受け入れようとした結果がその言葉なのだと、あかりは思っている。
(尚くんに守られるだなんて……ふふ、不思議な感じ)
奏だけでも、幸尚だけでも、あかりの被虐嗜好は満たせない。
全力でアクセルを踏む奏と、それ以上のブレーキを踏む幸尚。あかりもアクセルを踏む側だから、これでちゃんとバランスが取れている気がする。
問答の末「分かった、ならあかりと同じ条件を満たしたら一晩付き合ってやらあ!その代わり条件を満たせないなら1ヶ月結腸責め禁止!!」と啖呵を切った奏に(あ、それフラグってやつ)と心の中で突っ込みながら、あかりもこれ幸いとご褒美を夢想するのだ。
2週間後、案の定奏は自己ベストの学年8位を達成した幸尚により3連休をベッド上で過ごす羽目になる。
そしてあかりはそんな2人の一夜の饗宴……奏にとっては狂宴だろう…………を、同じく条件を達成し「腐女子モード全開で2人の一夜を見学する」というあかりにしか理解できない謎のご褒美をゲットした結果
「私は壁だから!今日はどこにも何にも突っ込まないから!!だから2人も私のことは気にしないで!!」
「あああリアル推しカプを素で堪能できるだなんて、尊すぎて死ぬ」
「はあ、推しの本気おせっせ最高……ここに神殿を建てたい……」
……と謎の言葉を発しながら時々天を仰ぎ床をゴロゴロしつつ堪能するあかりの姿があったのだった。