沈黙の歌Song of Whisper in Silence
沈黙の歌Song of Whisper in Silence
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15話 リベンジ

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 あの絶望しかないリセットから、1週間が経った。
 あれ以来、二人は何かとあかりの様子を気にかけていて、いつもの洗浄ですら終われば褒める程の甘やかしっぷりを発揮している。
 そこまでやらなくても、と思わなくもないが、正直全く開放感のないリセットのお陰で精神的には連続装用期間が延ばされたも同然の辛さを味わっているから、今は素直に受け入れる事にした。

 何より、ご主人様の温もりが心地いい。
 こんな暑い季節で、体温の高い二人に抱きしめられようものならすぐ汗ばんでくるのに、あの包まれる感覚が気持ちよくて。

「…………ええと、奏ちゃん……その、おちんちん……」
「あー、息子さんは俺の言うことは聞かねえからスルーしてくれ。……手は出さねえよ、約束なんだから」
「うん……」

 プレイの時は容赦ない奏も、あれ以来プレイが終われば必ずこうやってケアをするようになった。
「今日もあかりは最高だった、ありがとな」と上擦った声で囁かれるのは、ああ、自分の度し難い性癖を受け入れてもらっている分、奏の歪みも受け入れられたのだと感じられて、心がほこほこする。

「おーい、ご飯だぞー」
「はーい、今行く!」

 プレイが終われば、3人はいつもの幼馴染。
 もちろん、貞操帯とピアスという楔はいつも通りあかりの奴隷としての部分を常に主張するけれども、このじわじわ炙られ続ける生活にも慣れてきたのだろう、以前ほど日常の中で意識することはなくなった気がする。

 階段を降りれば、出汁のいい香りが鼻をくすぐる。
 今日はうどんだと言っていたっけ。
「お裾分けのお裾分けなのよ」なんて言っていたから、きっと奏やあかりの家にも同じうどんがあるとみた。

「このうどん、美味しいね」

 いつもながら料理が吸い込まれるように消えていく幸尚の食べっぷりは、見ていて気持ちがいい。
 そんな幸尚を、両親も嬉しそうに眺めながらうどんを啜っている。
 ああ、あの顔は間違いなく「今日も幸尚は世界一だ」なんて心の中で叫びながらサンバを踊っている顔だ。

「本場の讃岐うどんなのよ、これ。定期的に芽衣子さんの後輩から大量のお裾分けが届くらしくて」

 …………出どころはまさかの塚野か。
 冬のみかんも同じような話を聞いたし、きっと太客から貢がれているのだろう。

「にしても、あかりちゃん良かったね、進路変更できて」
「うん!おじさん達もありがとう、協力してくれて」
「いいのよ、このくらい!それに奏君とあかりちゃんがこれからも幸尚と一緒なら、私たちも心置きなく研究に出られるしね」
「…………なんか似たような台詞を、奏の家でも聞いたような……」
「そりゃ、子供が心配なのはどこも一緒だよ」

 あかりの進路変更を、幸尚の両親も、先に報告した奏の両親もとても喜んでくれた。
「紫乃さん達の事は僕たち親に任せなさい。君たちは、まずは受験に集中、そして青春を謳歌しておいで」と背中を押してくれる彼らには、感謝してもし足りない。

(けれども)

 一つの山を越えて、去来するのは塚野の言葉。

『どこかの段階で、全員の親にカムアウトしなさい』

 山を越えた後だから分かる、言われた時よりも、ずっと重く感じる言葉。

 今回は奏の両親も幸尚の両親も協力的だった。
 それはあくまでもこの行為があかりにとってベストな選択だったからだ。

 だが、次は違う。
 世間的な普通からあまりにも離れた関係は、幸尚の事なら命が関わらなければ何でも肯定してしまう幸尚の両親ですら、対峙する立場になるかもしれない。

 もちろん言わないという選択肢だってある。
 けれどできることなら、親との縁を失うことはしたくない。
 それはきっと、どっちにとっても不幸だから。

(先は長いな……)

 昼食を終えて部屋に戻れば、どうやら3人して考えている事は同じだったのだろう、何とも言えない沈黙が流れる。

 それを崩したのは奏だった。

「……認められるだけの、大人になるしかねえよな」
「…………でも、それでも認められなかったら?」
「んー、やる事やってダメならそこは理解は諦める。でも結婚もするしあかりも飼う。それだけだろ?」
「そっか……うん、そうだよね。……でも、認めてもらいたいなあ…………」
「ま、頑張るしかないよね!」

 そう、まずは目の前の受験だ。
 本番まで後半年ちょっと、いくらすでに模試では合格圏内とは言え、気は抜けない。

「さ、勉強始めよっか」

 幸尚がちゃぶ台を出してきて、3人は受験生らしい夏休みを過ごすのだ。

 …………そう、その予定だったのに。


 …………


「あのね、マンネリ打破の調教が欲しい」
「お前なぁ……」

 夏休みも終わりが近づき幸尚の両親がまた旅立った次の日、1ヶ月のリセットで久々に煩悶から解放されたであろうあかりが、またとんでもないことを言い出した。

「あの、あかりちゃん?リセットでスッキリしたばかりなのに、どうして自分の首を絞めるようなことを提案するのかな?」

 呆れた様子の幸尚に指摘されれば「だってぇ……」とあかりは俯いてしまう。

「…………だってさ、ここ数ヶ月プレイも控えめじゃん」
「控えめ……ま、まあ毎日僕たちのセックスを見物しながら、乳首とお尻を弄らされるか我慢させられるかだから……」
「その代わり、尚の親父さん達がいなきゃ勉強中だってずっと全裸に首輪だし、餌は毎回床で食べてるじゃねえか」
「…………ううん、控えめって何だっけな…………?」

 むしろ、これまでがやり過ぎだっただけじゃないか……?と二人して突っ込みたい気持ちはひとまず置いておく。
 全く、溜めに溜め込んだ性癖への情熱は凄まじい。

「まずはあかりが貞操帯管理に慣れなきゃ始まらねえのよ。オーナーにだって言われてるだろ?1年間は管理をメインにって」
「僕たちも管理に慣れる必要があるしね。あかりちゃんの負担を考えても、今はこの位がちょうどいいと思うよ」
「ううう、それはわかるけどさぁ…………やっぱりたまには刺激のあるものが欲しいというか」
「ほんっとあかりはブレないな!」
「あかりちゃんの気を逸らすものが、一気に減っちゃったもんねえ……」

 母に宣言した通り、あれからあかりは一度も稽古に通っていない。

 加えてあかりは居合のみならず、塾もやめてしまっていた。
 志望校は国立とは言え、ランクを下げる前の志望校ですら合格確実だと言われていたのだ。ならばこの進路のために塾に通う時間は無駄だと判断したらしい。

 実は、奏も幸尚も塾には通っていない。
 勉強に関してはとことんマイペースな幸尚は、以前塾に通ってみたもののどうも合わなかったらしく、以来通信教育を利用している。
 奏に至っては「分からなかったら家族に聞けば誰かが教えてくれる」環境だから塾に行く必要すら無いそうだ。何とも羨ましい。

 そんな訳で、自分だけ塾に行くのが嫌だったあかりは、あっさりと退塾を決め込んだ。
 そしてその結果、あかりにはこれまでには無かった途方もない自由時間ができた。

 ……つまり、暇なのだ。
 人間暇になると碌な事を考えない、その典型例にどハマりしているのだ、今のあかりは。

 ああ、これはまずいと奏は頭を抱える。
 その横で幸尚も眉間に皺を寄せているから、考えていることは一緒だろう。

(これ、放っておいたらあかりが暴走するパターンじゃね……?)

 普段ならともかく……いや良くないが、今下手に暴走して成績に影響が出るのは避けたい。
 だが、今のあかりが求める刺激を満たせるものとなると、途端に選択のハードルが高くなってしまう。

「あかりは満足できるけどハードすぎず、受験の支障を来さない、それでいてオーナーに怒られない……」
「最後のが一番大事だからね!もう僕、ちんちんを人質に取られるのは勘弁」
「そりゃ人質じゃなくてチン質な。…………あかりは何されたいとかあるのか?」
「そりゃもういっぱいあるよ!!えと、檻に入れられて飼われるとか、ストックエイドとか、全身ラバー拘束とかヒトイヌとか人間家具とか……」
「いやいや待て待て!それ、一番目の条件しか満たしてねえし!!」
「に、人間家具……!?え、人間なのに、家具ってあわわわ」
「忘れろ、忘れるんだ尚!ピュアな尚には早すぎる世界だから!」

 ……聞いてはいけなかった。
 いや、どれも興味はあるけど、何ならやりたい気持ちもあるけど、準備するだけで時間が溶ける、あと今はバイトをしていないから、お金が溶ける。

 目を白黒させる幸尚を宥めつつ、この暴走状態のあかりを如何にして躾けるか、奏は頭をフル回転していた。

(……つまり拘束と管理なんだよな…………それを満たせるものがあれば……)

「あ」

 ふと脳裏によぎるのは、晩秋の苦い思い出。
 二度と繰り返さないと誓った、あの日のこと。
 調教自体の満足度は高かったのだ、あれを今できる形にアレンジすれはどうだろうか……

(今なら気候もいいし、ちゃんとオーナーに相談しながらやればいけるんじゃ)

 思案する奏の表情を、あかりが見逃すわけはない。
「奏ちゃんが何か思いついた顔してる」と期待の眼差しを向ければ、奏も「おう、いい案が思いついた」とニヤリと口の端を上げた。

「……あかりさ、排泄管理されたいんだよな?」
「へっ、あ、うん、されたいけど」
「え、まさか奏」

 同じ日のことを思い出したのだろう、慌てる幸尚に「いや、あのおしがまじゃない」と奏は返す。
 まあ似てるけど、と付け加えつつ。

「似てる……?」
「おう、おしがま要素はあるから」

 言い出しっぺなんだから、何を言われてもやろうな?とあかりを見つめる奏の笑顔はすっかりご主人様モードに入っていて。

(ああ、奏様のその顔…………久々に躾けていただける……っ!)

 それだけで、はぁっと熱い吐息が漏れる。
 腰がぞわりと痺れ……胎の奥から蜜が溢れるのを感じた。

 そう、これがないと、もう堕ちてしまった私は満たされないのだと、逸る心に突きつけられる。

(本当に、心まで奴隷に堕ちている…………!)

 すっかり熱に浮かされ今にも跪きそうなあかりに、奏もまた嬉しそうに今回の調教プランを言い渡すのだった。

「あかり、排尿管理を始めるぞ」


 …………


「っ…………だしたい…………まだ……うあぁまだ1時間あるぅ…………」
「これやっべえわ………………マジで漏れそう、だれかちんこに栓してほしい……」
「えっと、確かおもちゃ箱に尿道プラグなら……ブジーもあるけどどっちがいいかな」
「「ごめんなさいそれはやめて」」

 今すぐにでも調教をして欲しそうなあかりを宥め、まずは説教されてくるか、と早速塚野に連絡を取る。
「怒られると思うんだけど」と前置きして、排尿管理調教をしたいと言い出した奏に「そう思うなら思いとどまりなさいよ!」ともっともなツッコミを入れた塚野は、画面の向こうでがっくりと肩を落としていた。

『3人とも志望校は合格圏内なんでしょ?なら後半年ちょっとじゃないの、流石にそのくらいは我慢しなさいよ……』
「俺だってそのつもりだったけどさ、今回の言い出しっぺはあかりなんだよな」
「その、あかりちゃんが我慢しすぎて変な方向に暴走しないように…………このくらいで手を打てないかな、って」
『何なの、あかりちゃんはそんなに危険人物なの……?』
「いや、既に絶頂したいがために全てをほっぽり出して謎の研究を始めた前科があるだろ?今あんなことになったら」
『分かった今ので完全に理解したわ』

 真顔になった塚野に、それならまずはあんた達が試した上でプランを練りなさいね?と言われた二人は、塚野にもらった排尿に関する基本知識の資料とネットで得た情報を元に「とりあえず12時間耐久でやってみる?」と管理を念頭に朝7時から早速試し始め……現在に至る。
 普段の生活通りに水を飲み、食事を摂り、勉強したり家事をしながら……しかしそれが手についたのは、7時間が限界だった。

 もちろん万が一に備えて、おむつは装着済みだ。
 というより危険を察知したあかりが買いに走ってくれた。しかも幸尚にMサイズが合わなかったせいで2度も。

 にしても、何でよりによって12時間から挑戦してしまったんだ、と後悔しても後の祭り。
 奏と幸尚に許されるのは、後1時間を耐え切るか、このままおむつに決壊する姿を、ワクワクしながら状況を見守り、次第に自分を重ねてしまったのだろう、興奮に「あは、ゾクゾクするぅ……」と腰を振り始めてしまった残念な幼馴染の奴隷に見られるかだ。

 できれば後者は避けたい。
 いや、すでにお漏らしはローションガーゼでじっくり見られて守る尊厳も少なくなってきているけど、まだ残っているものを死守するくらいは許されるはずだ。

「ね、ねぇ、あかりちゃん…………おしがまの、何がそんなにいいの……?」

 顔を青ざめながら切れ切れに尋ねる幸尚に、あかりはうっとりした顔で「その我慢がいいの」と訳のわからない答えを返してくる。
 この苦痛がいいとか、あかりを理解するのは本当に難しい、と幸尚は排泄欲求に頭を完全に支配されながらも、かろうじて残る理性であかりの話を聞くのだ。

「我慢するのも気持ちいいんだよ。段々と切羽詰まって来て、頭の中がおしっこだけになって、お腹パンパンで痛くなって……でも、我慢した後の解放は頭が白くなって溶ける程気持ちいいの」
「……うぅ……た、確かにこの状態から解放されるのは……スッキリはしそう…………」
「あ、せっかくだからちょびっと出して全力で中断するのも試してみて?声が勝手に出るくらい気持ちいいから!」
「それ…………僕にも分かるのかな…………はぁっ……」

 脳内に響く排泄の警鐘に震えながら、そして脂汗を流し頭が痺れるような感覚を覚えながらも気合いで耐えた1時間後、ようやく解放された二人はソファでくたばっていた。

「……ええと…………大丈夫?」
「に、見えるか……?」
「全然見えないねぇ……」
「あかりちゃん…………途中で止めるのは確かに声が出たよ……辛すぎてだけど、ね……」
「あ、うん、試してくれたんだ。その……ごめん、ね?」

 とりあえず1日2回はない、そう二人は合意する。
 いくら自分たちにこういう趣味がないとはいえ、これではあかりでも受験に支障が出るに違いない。
 いや、そもそもやること自体支障しか出ないのは間違いないのだが、それを言い出すとキリがないので、良心のツッコミは聞かなかったことにした。

「……で、あかり…………そのメモを見た感じはどう思う……?」

 息も絶え絶えになりながら、この12時間自分たちの観察記録をつけていたあかりに奏は感想を尋ねる。
 あかりはメモを見ながら「12時間はちょっと大変そうかな」と答えを返した。

「んーと…………多分、私は二人よりは我慢できると思うんだよね…………だから、8時間なら……」
「は、8時間!?僕らその段階でもう死にかけてたよね!!?」
「ええと8時間段階だと……尚くんはずーっと『漏れるもうダメごめんなさい許して』ってブツブツ呟きながら机に突っ伏して震えてて、奏ちゃんはソファに座った時にちょっと漏らしたって半泣きに」
「「お願い声に出して読まないで!!」」

 …………あかり渾身の観察記録は、次の燃えるゴミの日にご丁寧にシュレッダーにかけた上で出されたそうだ。
 こうして二人の尊厳は守られた、かもしれない。


 …………


 今度こそ、始められると思ったのに。

 やはり一度おしがまが原因であかりが寝込んでいるからだろう、二人は今回の調教には殊更慎重になっていた。

「あかりちゃんの1日の尿量を測りたいんだ」
「尿量?なんで?」
「去年のおしがまで限界は分かってるだろ?1日3回の排尿制限で限界を超えないかを確かめてえ」
「あ、なるほど。そう言う事ならいいよ」

 そんなことしなくても大丈夫なのに、とちょっと不満には思うものの、ご主人様たちが奴隷の自分を大切に扱ってくれるのは嬉しいから、まあもう少し我慢するか……なんて思っていた。

 …………そう思っていた、昨夜の自分をはっ倒してやりたい。

(ああ、これも調教だった……やはり、ご主人様達は抜かりない…………!!)

「正確な尿量を測らせてね」と、朝起きたらいきなり後ろ手に手枷をかけられる。
 あれよあれよと言う間に貞操帯を外され、いつもの姿勢でしゃがまされた床にコトン、と置かれたのは、ガラス製のビーカーだ。

 透明なガラスに白い目盛りがついた、実験室でよく見る、だがあまりお目にかからない大きさのビーカーは、確かに尿量や性状を確認するのにもってこいだろう。

 だが、てっきりおしがまの時のようにパッドに排尿させられるのかと覚悟していたあかりは、まさかの事態に頭が真っ白になる。

「ぁ…………え………………これ、まさか」
「そのまさかだ。これからはこれがあかりのトイレな」
「…………!!」
「あ、ちゃんと許可が出るまでは出さないこと、終わったらお礼を言うこと。……今後、あかりの排尿は俺たちの許可なしには許されない」
「今は回数制限はしないけど、トイレの準備もあるから早めにおねだりしてね。貞操帯をつけたままだとビーカーから漏れちゃうし」
「正確に尿量を測る必要が無くなったら、透明な洗面器とかボウルとかでもいいかもな。あれなら貞操帯越しで飛び散っても問題なさそうだし、洗う水もそのまま受けられるだろ」
「…………っ……ぁぁ!!」

 いきなりの宣言。
「ああ、大きい方は今のところトイレを使っていいから」と言われたところで、その衝撃は全く和らがない。

(そんなっ、剥奪、された…………違う、もう剥奪されてた……!おしっこすら、自由にできない…………!!)

 ドクン、と心臓が一際高く音を立てる。
 予告なき掌握に、一瞬世界が止まる。

 排尿の回数はまだ制限されていない。
 だが、少なくとも生物ならば当たり前に行う生理的行為にすら、ご主人様の許可が必要となったのだ。

 何のことはない。調教は、既に始まっているのだと、寝起きのぼんやりした頭にも分かるように刻み込まれる。

(あ、あ……おしっこ、出したい…………けど、ここに……!?)

 途端に緊張でぐっと尿意が高まる。
 今すぐにこの中身を出し切りたい。

 けれど、あかりがその中に溜め込んだものを垂れ流す事を許されているのは、この変哲もないただのビーカーのみ。
 およそ人間とは……いや、ペットだってちゃんとしたトイレを用意してもらえるのだから、動物ですらない扱いに、自分の尊厳を奪われる絶望の中へ堕とされる。

 けれども、既に堕ちる快楽を知ってしまった脳は、待ってましたとばかりに歓喜の叫びを放出して。

 身体が震える。
 それは恐怖を示さない。

 息が荒くなる。
 それは不安を糧としない。

 涙が滲んでくる。
 ……それは悲嘆を滲ませない。

 つう、と透明な液体が床に滴る。
 胎が、腰が、ずくりと疼く。

 …………これが、この浅ましく快楽を貪る身体の、常に悦楽を渇望し続ける心の出した答えだ。

 それを見た奏は、口の端を上げて実に満足そうに笑う。
 …………やはり、奏様は凄い。私が欲しがる鞭を、的確に振るってくる。

(ああ、また人から一つ堕とされる……)

 震える口を、開く。
 目の前に立つご主人様を見つめる。
 その視線は、どこまでも熱い。

「奏様、幸尚様…………おしっこをさせてください……!」
「いいよ、零さないようにね」
「しっかり全部出し切れよ。……見ていてやるから」
「はいぃ…………っ……」

 言うや否や、あかりの股間から薄黄色の奔流がジョボジョボと音を立ててビーカーに注ぎ込まれる。
「あ、あぁ…………こんなとこで……こんなものにぃ…………!」と涙に潤んだ瞳は、しかし羞恥すら悦楽に変えて貪っている様をまざまざと二人に見せつけていた。

(…………意外だな)

 そんなあかりを奏は驚きと共に眺めていた。
 あの晩秋のおしがま調教では、あれほど排尿を見られる事を嫌がったというのに、今やあかりの羞恥の理由は排泄を見られることよりも、ただのビーカーに排泄させられることの方が大きそうだ。

「…………あかりちゃんは、本当に『普通』を手放せたんだね」と横で呟く幸尚に、ああ、確かにあの時の拒絶は自分の普通を守るためだったなと思い起こす。

 ちゃんとあかりも成長しているのだ。
 人として…………否、奴隷として。

「……おーおー随分と溜まってるな、寝起きだからか?」
「ああぁ…………見えちゃう…………全部……!」
「そりゃ、見るためにビーカーをトイレにしたんだからな」
「これ、おしっこの状態がよく分かるし正解だったね。塚野さんがおしっこが濁ってたらすぐやめろって言ってたし、これから毎回きっちり観察するからね、あかりちゃん」
「あ、あはは……ありがとうございますぅ…………」

 終わればいつの間に買ってきたのだろう、赤ちゃん用のお尻吹きで丁寧に股間を拭われ、貞操帯を戻される。
 そうして「380mlだね」「結構溜まっているんだな」と壁に貼られた記録表にデカデカと数値を書き込まれれば、まるで何かの実験動物になったような気さえしてきて……ああ、また胎が疼いてくる…………!

 ふらつきながらもなんとか立ち上がり、貞操帯をつけてもらいながら「あれ、さっき拭いたよね……」「ん?すっげえドロドロだな、そんなにこのトイレが気に入ったのか」と間近でじっくり眺められて。

「オーケー、3日間はこれで尿量を確認するから、我慢せずにおねだりしろよ」
「はい…………んううぅ…………っ!」

 カシャン、と鍵の閉まる音は相変わらず胎を震わせる。
 この音が気持ちよく脳髄を溶かしているなら、私は心身ともに健康なのだ。
 …………なんて淫猥なバロメーターなのだろう。

(これ、1日に何回も……もうずっと頭が溶けそう……)

 うっとりと元の姿勢に戻り、顔を赤らめはぁはぁと興奮冷めやらぬあかりの耳に、二人の相談する声が聞こえた。

「問題がなければ学校のリズムに合わせて1日3回にしよっか。学校ではトイレに行けないようにしないとだし」
「……はい…………はぁっ…………」
「あ、大きい方はもちろん行っていいからね!……本当は学校では尿道に栓をできればいいんだけど。そしたらあかりちゃんも漏らす心配なくいられそうだし」
「それいいな、採用しよう」
「…………え…………!?」

(待って、幸尚様それって、大きい方でトイレに行ってもおしっこが出ないようにされる……!?)

 さりげなくハードルが上げられた事実にあかりは愕然とする。

 ああ、幸尚様は相変わらず優しさで私を追い込んでくる。
 ただの我慢じゃない、出したくても出せないようにされるだなんて。

「えええ!?いや、やるのはいいけどどうやって栓するのさ!?」

 何となく思いつきで放った言葉をまさか真に受けるとは思わなかったのだろう、慌てふためく幸尚に、奏は「そりゃ、こう言う時こそ専門家の意見だな」と返しつつ早速スマホを開くのだった。


 …………


 週末、3人はいつものように『Jail Jewels』に相談に出向いていた。
 あの日相談を持ちかけたところ「それなら賢太さんも呼ぶから、土曜日にいらっしゃい」と言う話になったのだ。

「賢太さん、事故渋滞に捕まって遅れるって言うから少し待ってましょ。その間に計画をもう一度教えてちょうだい」
「はい。……もぐもぐ…………このえびせん、美味しい……」
「あら、気に入った?薄くて軽いから何枚でもいけちゃうでしょ」

 小さくて薄いえびせんは、すぐに口の中で消えてしまい海老の風味が後を引く。
 これはお茶が進むな、と幸尚は5枚目に手を出しながら話を始めた。

「あかりちゃんのおしっこは、3日間の平均が1日1.3リットル、おしっこの回数は1日6回で、1回あたり200ml前後でした。朝7時に350ml、学校から帰宅する16時までで600ml、そこから就寝までが400mlなので、1日3回の制限ならそこまで負担にならないかなって」
「昨日から試しにやってみてるけど、そこまで追い込まれてる感じは……ねえよな?」
「は、はい…………お昼ご飯の後はずっとおしっこのことばかり考えてて……じっとするのはちょっと辛い、かな……」
「そ、それで勉強の方は大丈夫なの……?」
「気合いで何とか」
「……気合いって便利ね…………私も人のことは言えないけど……」

 ふとテーブルを見れば、菓子器のえびせんが既に消失している。
 ああ、幸尚君が食べ切ったのねと手元を見たら、一番小袋の山が大きいのは床にしゃがんでいるあかりの前だった。
 あんまり餌付けしてると、貞操帯がキツくなるわよ?と幸尚達を諌めつつ、それなら栓までは要らなさそうだけどねとえびせんを補充しながら塚野は正直な感想を口にする。

「俺もいけるんじゃねーかなって思う。たださ、流石に学校で漏らすのはやばいし……」
「どうせならしっかり管理した方がいいだろうから、排便時には出ないようにしたいなって思って」
「うん、奏の心配はもっともだし、幸尚君はナチュラルに鬼畜ね」
「大学に入ったら排便の管理もするし、これなら慣れてきたら排尿も1日2回にできそうだからさ。今は受験に専念するために少しでも負担を減らすのに、自力で出せなくした方が楽なんじゃねーかと思う」
「前言撤回するわ、奏も十分鬼畜よあんた」

 本当にいいご主人様を持ったわねぇ、と呆れ顔であかりを見れば、こちらはこちらで「あはぁ…………全部、管理されちゃうんだ……」と涎を垂らしてうっとりしている。
 全く、お似合いよあんた達は、と塚野も思わず苦笑してしまった。

「塚野さんの奴隷は、排泄管理は……してます、よね?」
「当然よ。毎朝浣腸して、横行結腸まで入るロングディルドを突っ込んであるわ」
「ヒェ」
「そ、想像しただけでお尻が痛くなる……」
「あら、慣れれば恐ろしいほど気持ちいいそうよ?奏だって練習すれば入るように」
「オーナー頼むから余計なことを吹き込まないで、てか何で尚は財布の中身を確認してるんだよ!!絶っっっ対にやらねえからな!!」
「うん、そうだね、こう言うのは受験が終わってから」
「やらねえって!!」

 尿道は、バルーンカテーテルを留置してクランプしてあるらしい。
 あの貞操具でどうやってやるんだよ?と尋ねれば、カテーテルが通るように真ん中の穴を加工してあるそうだ。
 さらに尿道口に近いところでクランプをかける念の入れようである。

 塚野の奴隷は24時間何かしらの拘束を受けていて、決してペニス付近に手を持って行けないからこそできる対応だった。
 だから参考にはならないわね、と話しているとドアの開く音がする。

「すまんね、遅くなって」
「いえいえ、こちらこそわざわざ来ていただいてありがとうございます」
「なあに、可愛い甥っ子の頼みとなれば来なきゃな!俺も奏の奴隷を見てみたかったし」

 そこに立っていたのは、歳の頃は50半ばとみえるイケオジだった。
 奏の父である拓海と違ってスリムな体型に、どこか奏を思わせる顔立ちをしていて、ああ、奏もこんなふうに渋くなるのかな、なんて幸尚はつい妄想してしまう。

「そっか、尚とあかりは初めてだよな?俺の叔父さん」
「初めまして、奏の叔父の中河内賢太です」
「あ、初めまして。えと、志方幸尚です」
「北森あかりです、よろしくお願いします」
「おう、よろしく、奏の恋人と奴隷ちゃん」

 渡された名刺には『SM bar Purgatorio Owner』と肩書きが印刷されていた。


 ………………
 

 賢太は一言で言えば「手慣れて」いた。

「はっ……はぁっ…………はぁっ…………」
「いい顔をする。怖いかい?」
「っ、少し…………」

 挨拶もそこそこに「せっかくだからじっくり見させてもらうよ」と賢太は床にしゃがみ込むあかりを立たせ、天井からぶら下がるフックと後ろ手の枷を繋ぐと、手袋をつけて乗馬鞭を持ち、隅々まで検分する。
 その振る舞いは、まさに商品を品定めする職人であった。

(怖い…………逃げられない……でも、ご主人様が大丈夫っていうから、頑張る……!)

「あかり、叔父さんは変なことはしねえし、しやがったらブン殴るからそのまま姿勢を保て」「どうしてもダメならセーフワード使ってね」と励まされながら、あかりはその身体を晒す。

「手は触れない」と奏と約束した賢太の持つ鞭が、すい、と乳首をなぞる。
 途端に「ひいぃぃっ!!」とあかりの悲鳴が上がった。

 だが、半泣きになりながらも決して身体を逃がそうとしないあかりに「1年ちょっとだっけ?よく躾けてあるな」と賢太も感心しきりだ。

「そうだよなあ、怖いよな。ご主人様以外の男は初めてだもんな?……今から慣れておくといい、いずれ奏はうちの店も利用させるつもりだろうし」
「えええ!?」

 賢太の爆弾発言に、真っ青になったのは幸尚だ。
 奏が賢太の営むSMバーでバイトをしているのは知っていたが、それがどんな店かまでは流石に詳しく知らないし、調べる勇気もなかった。

「あっ、あのっ、SMバーって……その、知らない人にどっ奴隷を調教させたりするんですか……?」
「その辺は店に依るけどな。合意があればその場で知り合った人同士で、って店もある」
「賢太さんのところは、希望があればスタッフが簡単な縛りや鞭なんかを入れることはあるわよ。でも同伴者以外の客同士でやるのは、イベントの時以外は禁止」
「あ、そうなんだ」

 ちょっとホッとしつつも、ならわざわざ店に行く必要が分からないと幸尚は奏の方を向く。
「そりゃ家でできない事もあるからな」と奏は事務所の拘束台を指した。

「こう言うの、自宅に置けねえだろ?」
「確かに。そっか、僕らはここで見慣れているけど……」
「そ、ラブホだってどこにでもこう言うのがあるわけじゃないだろ?うちはスタッフとディープな話を楽しみつつ、こう言う非日常な体験をしてもらうお店。出会いは他でやってもらう方針」
「…………うん、なら奏も安心だね」
「心配しなくても、俺の尻を狙う酔狂な奴なんて尚しかいねえって」
「……ふうん?奏はどうして自分の魅力をそう過小評価するのかな…………?」
「え、あ、えと、お仕置きは無しで……」
「その前に言うことは」
「ごめんなさい」
「よろしい」

 店じゃ基本服は脱がないし、お尻に鞭を入れる時も下着はつけてもらうよとの賢太の説明に、思ったほど怖い店じゃないんだなと幸尚は心の中で安堵する。
 これから連れて行かれるかもしれないあかりはもちろん、奏がバイトをし、いずれは跡を継ぐ店なのだ。可愛い恋人を危険な目には遭わせたくない。

 そうこうしている間も、賢太は鞭の先であかりの乳首をすりすりとなぞっている。
 敏感な乳首はそれだけで恐怖を上回る快楽を生み出し、ピンと立ち上がって持ち主の頭を蕩けさせていた。

「へえ?ピアスは色違いかい?」
「ふぅっ、んうっ、はい……奏様と、幸尚様のぉ……誕生石で…………」
「うん、君の乳首に実に映えるね。大きさも高さも申し分ない、綺麗な乳首だ。おっと、腰は振るなって奏に言われてるよね?」
「っ、申し訳ありません……!」
「そうそうそれでいい。……ああ綺麗なお尻だね、これは鞭を入れたらいい声で鳴きそうだ」
「いやいや入れるなよ!オーナーは俺らが教えてもらってる立場だからいいけど、叔父さんはあかりのご主人様じゃねーの」
「ははっ、厳しいな!…………いい恋人と奴隷を持ったな、奏」
「……おう」

 だいぶ緊張が解れたな、と賢太はその場にしゃがみ込む。
 透明な檻越しに大切なところを見られても「ぁ…………見られてる…………」と悩ましい吐息を吐くくらいには、あかりもすっかりスイッチが入ってしまっていた。

「ほう、これは面白い貞操帯だな…………ドーム状なのか、中が丸見えなのは実に扇状的でいい。あかりちゃん、普段おトイレではどうやって洗浄してる?」
「え、っと、携帯用のウォッシュレットを、前側のスリットに……」
「ああなるほど、トイレのウォッシュレットじゃ洗浄が甘くなりそうだけど、ここから水を入れればいいのか。ふむ…………スリットは細いが、これならギリギリ通るか……」

 構造を見たい、と拘束台に乗せられ、息がかかるほどの距離でじっくりと秘部を見つめられる。
 恥ずかしくてたまらないのに、奥からは白い蜜がどろりと溢れてきて、自分の淫乱さを殊更に見せつけてくる。

(やああぁっ、垂れてる、これも見られてる……!!)

 案の定「見られて興奮してるなんてな、これだけ変態だと調教のしがいがあるな、奏」と指摘されて、あかりは真っ赤になる。
 更に「ああ、処女膜もそのままか」と呟かれれば、あまりの恥ずかしさにもう消えてしまいたい。

「ふうん、処女のまま貞操帯か。中は未開発?」
「3ヶ月、あかりの指で自慰させただけ。だから逝けないけど気持ちよくはなれる」
「なかなかいい趣味してるな。随分とひくついて物欲しそうだ」
「いやぁ…………ああっ、ごめんなさいっ、嫌って言ってごめんなさいい!!」

 賢太は塚野に声をかけて、幾つものチューブをスリットから差し込んでは何かをメモしている。
 その手つきは慣れたもので、けっしてあかりの大切なところにチューブが触れないよう慎重に操作しているのがよくわかる。

 分かっているのに、身体は浅ましくも刺激を求めてひくつくのだ。

「はぁっ、んっ、んはぁっ…………」
「はい、おしまい。じゃあ説明をしようか」
「おう。あ、その前に」
「ん?」
「すみません、少しだけ待ってもらえますか?」
「あ、なるほど。ごめん賢太さん、ちょっと時間を頂戴」

 やがて作業を終えた賢太が離れれば、奏と幸尚は慌てて拘束台に駆け寄り、あかりを起こして抱きしめる。
 途端にあかりの瞳から、大粒の涙がぽたぽたとこぼれ落ちた。

「ひぐっ…………ひぐっ……」
「よく頑張ったね、あかりちゃん。辛かったね……」
「うぅぅ…………奏様と、幸尚様ぁ…………怖かった……でも、我慢したのぉ………………!」
「おう、えらいぞあかり。…………これからも命令ならこうやって股を開けるな?」
「大丈夫、賢太おじさん以外の男性に触らせることはないし、貞操帯は絶対に外さないから」
「はい…………命令、ちゃんと、聞きます…………ひぐっ、ひぐっ、うわあぁぁん……!!」
「うんうん、頑張ったねぇ……」

(ああ、ちゃんと褒めていただける。しんどかったのを……分かっていただける…………)

 やらかすのは仕方ない、でも二度と同じやらかしはしない。
 そんな二人の気概と優しさを感じて、余計に涙が止まらない。

「…………これはまた、随分甘々だねぇ」

 いやあ初々しいもんだ、と3人を微笑みながら眺める賢太に「いや、実は最近やらかしたばかりでね」と待ちがてら塚野はこれまでの経緯を説明する。
 多少は奏から聞いていたとは言え、ずらずらと出てくるやらかしっぷりに「お、おう、それは……千花が付いてくれてて正解だったな……」と賢太は冷や汗をかくのだ。

「苦労かけるな、奏のせいで」
「いえ、賢太さんには世話になりっぱなしですから。それに」

 塚野は優しい眼差しで3人を見つめる。
 その脳裏に過ぎるのは、今も自宅で苦痛と快楽に咽びながら健気に主人の帰りを待つ、愛しい奴隷。

(ああ、今日は帰ったらうんと優しくしてやろうか……)

 初めて自分だけの奴隷として調教を施した時は、終わった途端泣き崩れたっけ。
 ああ、あの頃からうちの子も随分成長したのだと、3人を見れば改めて愛しさが込み上げてきて。

「…………彼らは、初心を思い出させてくれますから、ね」

 彼らもまた、塚野に知らず知らず気づきを与えているのだった。


 …………


 あかりが落ち着くのを見計らって、賢太の説明が始まる。
「どうせなら見ながらしようか」とケースから取り出したのは、何の変哲もないバルーンカテーテルとプラスチックのタグだった。

「実際にあかりちゃんの尿道に入れないと確認はできないけど、これなら一般的な太さだから入るはず」
「なるほど、これを後ろ側のスリットから通した上で尿道に挿入する、と」
「そう。で、これが蓋。疎水フィルター付き」
「そすい……?」
「空気は通すけど、水は通さないんだ。蓋を閉めたまま挿入しても、ちゃんと膀胱に入ったかが分かる優れもの」
「よく分かんねーけど、凄いってことはなんとなく分かった」

 だから挿入する前に蓋して差し込んでおけよ、と見せてくれたキャップには、蓋の横に小さなD型のリングが飛び出ている。
 よく見ると、キャップを差し込むカテーテル側にも同じリングが付いていた。
 この部分は俺が改造したんだ、と賢太がリングを指す。

「この部分を合わせて蓋をして、これを通して……」

 そう言うと、賢太は二つのリングにタグを通してキュッと締める。
 よく見るとタグには番号が印刷されているようだ。

「これ、セキュリティタグってやつでな。プラスチック製だから一度切って外せば元に戻せないし、同じ番号のものはないから誤魔化すこともできないんだ」
「あ、貞操帯の鍵がわりによく使われるやつ……」
「そうそう。それをここにつけることで、自分で蓋を外せなくなる」

 まあこれだけ躾が行き届いていたら外さない気はするけど、そこは管理だからねと賢太はニッコリする。

「貞操帯を通す形になるから、洗浄の度にカテーテルも抜いて、洗浄かな。これ、保管ケースがあって消毒薬につけて保管すれば30日は利用できるから。ちなみに洗浄頻度は?」
「えと、毎日」
「毎日!?……ああ、そうか一緒に住んでるんだっけ。なら夜の洗浄で外して洗って着ける、がいいかな。カテーテルの先端は気になるなら太ももにテープで止めるといい。挿れ方と抜き方は千花からしっかり教わりなさい」
「抜くのは貞操帯を外さずにできそうだな、これ」
「だね。なら学校から帰ったら外そう」
「それがいいな、長時間入れるものではないし、なにより自宅では漏らしたらお仕置きすればいいだけだから」
「ひぇ……」

 賢太はケースから出した大量のタグの入った袋をテーブルに置く。
 カテーテルは新しいものを3本。これで3ヶ月はいけるということだろう。

「と言ってもあまり長期間使うのはお勧めしないからな。あかりちゃんは頑張って早く1日3回の制限に慣れること」
「っ、はい!!」
「受験の時だけカテーテルをお守りがわりに挿れるくらいにしたいよね」
「だよな、冬は一度寝込んでるし……できれば寒くなる前に慣れたいよな」
「あんた達、どうしてそこで『受験日はフリーにする』って思考にならないのよ…………」
「だって」
「あかりちゃんですから」
「…………すごい説得力を感じたわ」

 じゃあ、と席を立つ賢太に「あら、もう帰るんですか?」と塚野が声をかける。
「店の準備もあるからな」と賢太は奏に一枚の紙を渡した。

「……げ、請求書…………」
「次のバイト代から引いておくから心配するな。受験が終わるまでは勉強に専念するんだろ?」
「おう、流石にバイトしてる場合じゃねーし」
「調教はするけどな」
「うっせ」
「ま、次のバイトからはもう成人だからな、店に出てもらうぞ」
「!!」

 賢太の言葉に、奏が目を丸くする。
 バイトとはいえ、させてもらえる仕事は掃除と洗い物ばかりだったから、やっと店の仕事ができる事実に喜びより先に驚きを覚えていた。

「酒は飲ませないけど、接客はできるだろ?俺が直々に知識を仕込んだんだし、実践経験だってある」
「お、おう。…………やらかしてばかりだけどさ」
「でもちゃんと貞操帯の管理もできてる、躾だってしっかりしてる。何より、恋人と二人で異性を奴隷にするなんてシチュエーションなのに、君らは上手くやってるじゃないか。それで十分さ」

 大学を出たら、俺の店を継ぐんだろ?と奏の肩に手を回す賢太は本当に嬉しそうで。

「待ってるからな、ちゃんと大学合格してこい、そして俺を早く隠居させてくれ」
「…………おう」
「じゃ、またなんかあったら千花に言えよ」

 颯爽と去っていく賢太を見送りながら「……もう大人になっちまうんだ」と奏はぽそりとつぶやいた。

「正確には奏はもう成人してるけどね、誕生日過ぎてるでしょ」
「あ、そうだった。……そっか、ずっと子供じゃいられねえもんな…………」

 そう、いつまでも子供ではいられない。
 けれど、大人になるから許されることだってある。

 何より、もうじき結婚だって、あかりを法的に家族に……奴隷にする事だってできるようになるのだ。

(なんか…………名前だけ大人って感じで、変な気分だな)

 胸を張って大人だと言える日が来るのは、そして堂々とこの関係を話せるのは相当先になりそうだな、と奏は心の中で呟くのだった。


 …………


 夜の洗浄が終われば、そのまま裸でリビングに連行される。
 ソファの上にはあらかじめ吸水パッドが敷かれていて、そこに腰を下ろせば二人がテキパキとM字開脚で拘束していく。

「ん、ふう…………」

 後ろ手に拘束された枷は首輪と繋がり、首輪から伸びる鎖は幸尚がしっかりと握っていた。

「保管しながら消毒できるって便利だよな」と、あかりの股間を消毒液で拭いながら奏が呟く。

「元々自宅で管を入れる人用だって言ってたね」
「だな、素人でも練習すれば安全に使えるってのはいいな。……あかりはちょっと愛液を垂らすのを抑えようか」
「んなっ、そん、なぁっ…………あああっ、気持ちいいのぉ……」

 普段は決して触れられない、膣の入り口付近までゴシゴシと消毒されれば、もっと欲しいと勝手に身体が跳ねる。
 もう5ヶ月近くも触れられていない蜜壺は、しかし一度覚えた快楽を忘れることなどできず、ただいたずらに蜜を増やしては、この渇きを癒してくれる固いものを誘い続けることしかできない。

「ふっ、んうっ、はあぁ……んぅ…………」
「んーキリがねえな、こんなもんでいっか」

 保管ケースから少しだけ出したカテーテルにキャップを取り付け、そのままタグをキュッと締める。
 番号をスマホで撮影し「41607な」と二人に確認して、先に貞操帯のスリットを潜らせ、その先端に潤滑剤を塗した。

「入れるぞ、力抜けよ」
「ん…………っ…………」

 つぷ、とカテーテルの先端が差し込まれればツンとした痛みが一瞬走る。

「え、もう出てきた」
「はやっ!女の子って本当に尿道が短いんだ…………」

「ペニスと同じつもりで入れたら怪我させるわよ!」と塚野に散々言われていただけあって、数センチ進めただけですぐ透明なカテーテルに黄色い水が溜まる。
「疎水キャップてすごいね」「蓋が閉まってるのにおしっこが出てくるのって不思議な感じだな」とカテーテル越しに出したて(?)の小水をまじまじと眺められ、流石のあかりも恥ずかしさに涙を滲ませた。

「ううぅ…………見ないで……」
「そりゃ無理な話だな。第一おしっこなんてもう見られ慣れてるだろ?で、バルーン膨らませて……よし、これでもう抜けない」
「あかりちゃん、おしっこ出そうとしてみて」
「っ、はい」

 漏れてもパッドがあるからと言われて、グッと圧をかけるも、何かが流れ出る感覚はない。
「問題ないな」と頷いた奏が足枷を外し、その場に立たせてカテーテルを引っ張らないように慎重に貞操帯を装着した。

「弛んでるな、ちょっと引っ張るけど痛かったら言えよ」
「うん、んうううっ……」
「おいおい、カテーテルの刺激で善がるなよ」
「女の子も尿道って気持ちいいんだね、前立腺はないのに」
「あーなんかな、Gスポットを尿道側から刺激できるんだって叔父さんが言ってたような…………あかり、今はやらない、だからそんな物欲しそうな顔をするな」
「うぅ…………」

(ツルツルのカテーテルでこれ…………なら、凸凹のあるブジーなんて……はぁっ、だめっ、妄想が止まらない……!)

 こんな刺激でも快感を欲しがるほど、今の自分は飢えているのだと言われたようで、あかりの瞳がどろりと溶ける。

 そんなあかりに苦笑しつつ、奏はカテーテルの先端を太ももにテープで止める。
 これも医療用のテープだ。事前にかぶれないことも確認済みである。

 これで動いてみて、と言われて体を曲げ伸ばし、歩いてみるもさほど違和感はない。

「ん、大丈夫みたい」
「オッケー、じゃあこれで明日から学校で試すか。いいな、絶対に無理はするなよ?」
「僕らも気をつけているけど、本当にダメならタグはハサミで切れるからセーフワードを使ってね」
「あはは、大丈夫だよお!こないだみたいに限界まで追い込むんじゃないし、平気平気!」

 もう、これはフラグとしか言いようがない。
 やっぱり何か起こりそうな気がして怖えわ、と言いつつも、片付けを終えた奏は「んじゃ、先に風呂入るから……」と不安を振り払うように幸尚と熱い口づけを交わし、風呂場へと消えていった。


 …………


「あかり、大丈夫か?」
「うん、何ともないよ!そんなに心配しなくたって大丈夫だって!」
「いや、俺はお前の大丈夫を信頼しない。生まれてこの方、信頼できた試しがない」
「それは同感かな」
「二人して酷くない!?」

 かくして、あかりの排尿制限は始まった。

 朝はそもそも今までとあまり変わらない排尿間隔なので、ビーカーに注がれる自分の尿に「全然出してる感じがしない……機械的なの、いい…………」と朝っぱらから発情してしまうくらいの余裕があったし、午前中は平和な学校生活を満喫していた。

 ただ、やはり自宅でのんびりしているのと、学校生活とは別物だったとすぐに痛感する。

「…………っ、ふぅっ…………んっ……」

(おしっこしたい…………出せないのに……したい……)

 さっきからそればかりが頭をぐるぐる回って、せっかくのお弁当の味もわからない。
 なんとか平静を装っているが、気を抜けば「おしっこ」と呟いてしまいそうだ。

 気がつけば、床を足をトントンして気を紛らわせている。
 あの限界を超えたおしがま調教と違って、気を紛らわす手段には事欠かないけれど、逆に何をする時もこの排泄欲求が頭から離れない。

 どれだけ出したくても、このタグを外すことは許されない。
 そしてしっかり固定されたカテーテルは、シリンジがなければバルーンの水を抜くことすらできない。

(ああ、これはきつい…………おしっこしたい……我慢んんっ…………!)

 でも、このくらいなら下校までなんとかなりそうな気がする。結構ギリギリだけど。

(丁度いい感じかな……はぁ、辛いけど…………このくらいじゃなきゃ、ね……)

 我慢するのが、気持ちいい。
 出したいけど、このまま出したくない…………

 矛盾する気持ちが、頭の中で渦巻いて……じわっとした快楽を脳が作り出す瞬間に酔いしれる。

「んふ…………っ……」

 バレないように、声を殺して、平静な顔を保って。
 ご主人様以外は誰も知らない、ただの普通の皮を被って、その内ではこんなにドロドロと狂おしいほどの享楽に耽っているだなんて。

 ああ、そのギャップに、溺れてしまいそうだ。

「……あ、あのさ、あかりちゃん」
「…………んう?」
「えっと……お楽しみのところ悪いんだけど……」

 外でプレイする人の気持ちも分かるなぁ……とすっかりこの状況を堪能しているあかりに、いつものように奏に弁当を食べさせていた幸尚が、周りを気にしながら躊躇いがちにそっと耳打ちする。

「……その、エッチな匂いがするから……一度洗ってきた方がいいかも」
「!!嘘っ、そんな」
「あー……多分周りには気づかれてねえよ、ただ俺ら近いから……普段はトイレ行くたびガンガン洗ってるんだろ?」
「そ、そっか…………んぅ、行ってくる……!」

 慌ててあかりは「お弁当ありがとう」と言い残し、いつもの人気のないトイレに向かう。

(ヤバい……おしっこできなくてもトイレでちゃんと洗わなきゃ、匂っちゃうんだ……!)

 ペットボトルに水を入れて個室に籠り、携帯ウォッシュレットに移して何度も洗い流す。

 そしてあの日のことを思い出すのだ。
 ……水は、水を呼ぶのだと。

「んううっ……これ、まずい……!!」

 大切なところに水が触れる。
 ちょろちょろと水の流れる音がする。

 途端に一段尿意が上がって、座ったまま必死で拳を握って耐える。

(だめ、したい、おしっこ……っ、いやあああっ出ないいいっ!!)

 思わず膀胱に圧をかけるも、当然ながら尿は一滴たりとも出てこない。
 その代わり、無理やりおしっこを止めたときのようなゾワゾワする感覚が体を突き抜け、思わず「あぁぁ…………!」と声を上げてしまった。

「はぁっ、はぁっ…………これ……こんな状態で……夕方まで…………!?」

 さあっと背中に冷や汗が走る。
 下校まで後3時間、確かにおしがま調教のように無理やり水分をとっている訳ではないとはいえ、じわじわと高まる一方の尿意を抱えて、本当に家にたどり着けるのか、不安が一気に高まって。
 身体が緊張すれば、さらに尿意も高まって……

 そこに、ピロン!とメッセージの着信音が鳴る。

 震える手で開けたアプリの表示に、あかりは「そうだった……」と軽い目眩を覚えた。

『あかり、5限は体育だからそろそろ戻ってこいよ』
『今日は体育館だからね!』


 …………


「……あのくらい煽れば、あかりちゃんも満足できるかな……」
「尚、ほんとよくあんなの思いついたな、言い訳もだけどさ」
「トイレに行くとなぜかおしっこしたくでしょ?それに、洗い物している時に限ってトイレに行きたくなるから、トイレに座ってウォッシュレットを使えば再現できるかなって……」
「前にやった時は水音だけでいい反応してたしな、きっとあかりも気にいるだろ」

 あかりがトイレで悶えている頃、二人は弁当を食べ終えまったりとくつろいでいた。
 午前中のあかりを見た奏が「あれじゃ楽すぎて満足度が低くならねえかな」なんて幸尚に相談した結果、昼になるにつれ排尿衝動に頭を焼かれて大変満足していたあかりをハードモードに追いやってしまったことに、彼らは全く気づいていない。

「まあでも、エッチな匂いというかあかりちゃんの匂いは本当にしたんだけどね。ちょっとだけだけど」
「えええまじかよ、それはヤバくね?」
「気づかれるとまずいよね。休み時間毎に洗ってもらった方がいいかなぁ……」
「それいいな、そしたらあかりも満足して、変な方向に走らずに済みそう」

 あかりにメッセージを打ち、体育館に移動する。
 今日はバスケだから、男女別になるらしい。後ろの半面に移動していつものようにチームを組む。
 当然のように奏と幸尚は同じチームだ。

「志方、いいか、ボールを取ろうなんて考えなくていい!お前はとにかく宮野に張り付いてりゃ、あとは奏がなんとかする!」
「俺かよ!!まあ尚はディフェンスに徹してくれ。しつこいのは得意だろ?」
「う、うん」

 試合が始まれば、奏は華麗なドリブル捌きで順調に得点を重ねていく。
 その度に前面のコートから歓声が上がっていて、幸尚は何の気なしにそちらを向く。
 と、見知った頭が揺れるのが目に入った。

(あ、あかりちゃんも試合中…………ん……?)

 ディフェンスにつきながらも、チラチラとあかりの方を確認する。
 おかしい、いつものあかりのキレが無い。

「あ」
「おーいよそ見すんな志方ー!」
「ごめんー!」

 慌てて試合に集中しようと思うも、どうしてもあかりの様子が気になって仕方がない。

「尚、どした?なんか心ここに在らずって感じだけど」

 試合を終えてぼへっと佇んでいれば、奏が隣にやって来る。
 タオルを渡しつつ「あのさ」と幸尚が指差した先には、背中を丸めて座るあかりの姿。
 え、と奏の顔色が変わる。

「あかり、調子悪い…………?」
「やっぱり思う?あかりちゃんが背筋を伸ばして座ってないなんて、おかしいよね」

 ひそひそと二人が心配そうに話している一方で、あかりは波のように襲い来る尿意と必死に戦っていた。

(おしっこしたいっ…………試合が終わったらちょっとは楽かと思ったのに……!)

 ダン!!とボールの跳ねる音が、バタバタと床を踏み鳴らす振動が、体育座りの尻に直接響いて来る。
 少しでも紛らわそうと見えないようにハーフパンツの上から股間を押さえ込もうとして……カツン、と手に触れるのは非情な檻。

 ああ、股間を抑えることすら許されないのだと突きつけられたあかりを襲うのは、激しい尿意の波と、我慢を強いられる苦痛と、まだ1時間半以上このままだと言う絶望感。

 そして

(がまん…………っ、あたま、くらくらする……学校なのにぃ……!)

 …………それらが生み出す、あかりが欲しくて堪らなかった、深い被虐の快楽。

「あかりー、大丈夫?なんか目が潤んでるけど」
「あかり、調子悪いなら保健室行っといでよ?」
「んっ、ううん大丈夫!後6時間目だけだし……ほら、行こっか」

(ああああっ響くっ、出したい、おしっこおおっ!!)

 一歩足を踏み出すたびに、膀胱に伝わる振動に心の中で悶えながら、あかりは表面上は平静を装いながら這々の体で着替えを済ませ席に着いたのだった。


 …………


『あかりちゃん、大丈夫?』
『おしっこしたい』
『……あー、そのせいか…………』
『おしっこ』
『漏れる』
『おしっこさせて下さい』
『もうダメ』
『ちょ、あかりちゃん落ち着いて!!』


 授業中に教科書でスマホを隠しつつ、3人はグループチャットを開く。
 そっと隣を見れば、あかりは涙目で時折震えながら、足をモジモジさせつつ凄い勢いでスマホに入力し続けていた。
 立て続けにやって来る『おしっこしたい』に、ああこれは相当切羽詰まってる……とようやく昼の煽りが効きすぎたことを自覚した二人は、帰ってスッキリしたらあかりを全力で褒め称えようと誓うのだった。

 なのに、そんな日に限って想定外の出来事は起こる。
 ……ほら、やっぱりフラグが立ってたじゃないかと思わず突っ込みたくなるほどに。

 さあ、さっさと帰っておしっこする!とあかりが立ち上がった瞬間、ホームルームを終えた担任が「あ、そうだ」とこちらを向いた。

「北森、志方、中河内。ちょっと話があるから職員室へ」
「はい」
「……っ、はい…………」

(えええええ!?帰れないっ!!)

「何だ3人揃ってやらかしか?」と冷やかされながら、職員室へ向かう。
 あかりも何とか足を運ぶが、もはや頭の中はこの溜まったものを出し切ることしか考えられない。

「……何でまたこんな日に呼び出し……俺ら、なんかしたか?」
「ううん、心当たりがない。あかりちゃん、もう少しだから頑張ろ?」
「んうっ、出したい……辛いよう…………尚くん、おしっこぉ……」
「うんうん、帰ったらいっぱい出そうね」

 涙目のあかりに担任は驚いたようだが「泣ける話を読んでしまって」と言えばすんなり納得してもらえる。
 そうして始まった話は、しかし悪いものではなかった。

「学校……推薦?」
「ああ、お前ら3人とも同じ大学だけど学部はバラバラだろ?その大学、全学部に学校推薦があってな。内申はクリアしてるし、期末の成績も良かったし、学校から推薦ができるんだがどうする?」
「!!っ、推薦で受けますっ!」

 一も二もなく3人は同時に叫ぶ。
 推薦なら、年内には結果が出るはずだ。一般入試より3ヶ月早く受験を終えられるかもしれないのは、魅力しかない。
 選考日も11月下旬で本格的な寒さが来る前だ。あかりの調教のことを考えても、その方がいいに決まっている。

 ああ、喧嘩の成り行きで、しかも奏のやらかしのせいで、夏のちんこの自由をかけて死ぬ気で頑張った結果があったと、奏と幸尚はこの時ばかりはあかりの両親と塚野に感謝した。
 あかりに至っては一瞬尿意のことが頭からすっぽ抜けたほどだ。

 ただ、世の中そんなに甘くはなくて。

「じゃあ、明日から居残りな」
「えっ」
「推薦試験は科目が面接と小論文なんだよ。試験まで3ヶ月もないし、特に北森は国語が苦手だからな。国語の先生がきっちり教えてくれるから、頑張れよ!」
「あ、あの、先生、居残りって何時ぐらいまでですか……?」
「掃除の後だから……17時までかな」
「ひぇ」

 思わず悲鳴を上げたあかりに「北森どうした?」と怪訝な顔をする担任を必死で誤魔化し、3人は職員室を後にする。

「話は後、とにかくさっさと家に帰るぞ!」
「うん!あかりちゃん、もう少しだから頑張って……!!」
「ひいぃ、もう出る、でちゃううっ……!」
「心配するな、出せないから」
「んああああっ…………!!」

 その場に崩れ落ちそうになるあかりを両側から支えつつ家に向かう。

 こんなに徒歩15分の道のりが遠いだなんて、初めてのことだ。
 誰も見ていないならおぶって帰りたいくらいだが、生憎部活帰りの下級生もそこそこいる中で実行する度胸はない。

(でるっ、でないいっ!!、あああっ、ひびくぅ……っ!)

 一歩が重い。
 そっと足を下ろすのに、その衝撃が膀胱を揺らす。
 思わずお腹に力が入れば、さらに刺激されて思わず歯を食いしばる。

 もう、この辛さを味わう余裕なんて消え失せている。
 ただただ、解放されることしか考えられない。

(はやく、はやくっ、なおくんちへ…………!!)

 時折立ち止まり「んううぅ…………!」と唸るあかりの背中をさすりつつ、帰り着いた頃には17時を過ぎていた。

「あかり、もうスカートだけ脱いでしゃがめ!」
「はいっ、ビーカーとハサミ!!」
「おう、あかり、待ってろすぐ外すから」
「うああっ、そうさまっ、ゆきなおさまあぁっ!!おしっこ、させてくださいぃ……!!」
「こんな状況でもちゃんと挨拶するんだ…………流石だよ、あかりちゃん……」

 あかりの悲痛な叫び声に、もうパンツを脱がすのも煩わしいと、奏はカテーテルをあかりの太ももに固定していたテープを剥がす。
 その刺激すら響くのだろう、足を震わせるあかりを励ましつつ、奏がタグを切ってビーカーに向けたキャップを外した途端、勢いよく小水が飛び出してきた。 

 ジョロジョロと、はしたない水音だけが部屋に響く。

「あ、あ、あぁ………………あは…………」

(出る……出てる…………!)

 尿道を通り抜ける気持ちよさは、カテーテルに阻まれている。
 それでも膀胱の張った苦しさが弱まり、ようやくこの激しい排泄欲求から解放される幸せに、思わず笑みが溢れる。

 惚けたように薄ら笑いを浮かべるあかりにほっとするも束の間、幸尚が「奏、ちょっと」とカテーテルに手を伸ばして来た。

「ん?汚れるぞ」
「大丈夫。せっかくだから、いい思いもさせたげたくて」
「え」

 そう言うと、幸尚はカテーテルを

 ギュッ

 と指で握り潰した。

「!!」
「んあああああああ…………!!!」

(それ…………だめ、ここで止められたら……腰が、震える…………っ!)

 途端に上がるあかりの叫び声。
「おい待て尚」と声を上げかけた奏は、しかしあかりの様子に気づく。

 ……そう、惚けた口から涎が伝うほど、恍惚としたその表情に。

 前に言ってたからさ、と幸尚は少しだけ指を緩めてはまたギュッと締めるのを繰り返す。
 その度にあかりの口から甘い、そして奈落に落ちていきそうな気怠さを伴った嬌声が上がる。

「ああぁ…………はぁっはぁっはぁっ……っ、んああぁ…………あはぁんっ…………」

 履いたままの下着のクロッチは、中が透けて見えるほどぐっしょりと濡れそぼっている。

「あかりちゃんが、おしっこを途中で止めると気持ちよくて声が出るって言ってたんだ。だから、頑張っていっぱい溜めたんだしちょっとはいい思いをしてもいいかなって」

(ああ、幸尚様、覚えていてくれたんだ……)

 …………ああ、幸尚様は凄い。私をどこまでも観察している。
 そうしてそっと絶妙なタイミングで差し出される優しい枷は、どこまでも甘くこの心を締め付けるのだ。

 真っ白な世界で、また歓喜が一つ弾ける。
 ずっと、ふわふわ浮いたまま、降りられない……

「相変わらず親切心100%でえぐいことをするな…………このままだとあかりが倒れ込みそうだし、そろそろ出し切った方がいいんじゃね」
「あ、そうだね」

(あひ…………もう、だめ、頭まっしろぉ…………)

 呆れる奏と、それに頷く幸尚の声が遠くなって。

「あ、やべ」
「あかりちゃん!もうちょっと頑張って……!」

 あかりの意識は、すうっと光の中に溶けていった。


 …………


 気がついたら、制服を脱がされ毛布をかけてソファに寝かされていた。

 カテーテルは予定通り抜かれているようだ。
 体のベタつきもないから、きっと二人が綺麗にしてくれたのだろう。

 台所からはいい匂いが漂って来る。
 今日は焼き魚とお味噌汁だ、とぼんやりしていれば「あ、起きたか」と奏が心配そうに覗き込んだ。

「どうだ?気分は悪く無いか?お腹は?」
「ん…………うん、大丈夫……」
「そっか、良かったぁ…………」

 えらかったぞ、よく頑張ったな、といつものようにわしわしと頭を撫でられる。
 そして「…………あのさ、もしかして」と奏は気になっていたことを尋ねるのだ。

「昼休みの洗浄、キツかったか?」
「あー…………正直辛かった……かな、あれがなければもうちょっと楽……でもないかぁ…………」
「まさか10時間に延びてしまうとはなあ……」
「明日からは10時間半だよ、どんなに短くてもね」
「だよな、まさかこんなことになるとは」

 推薦は嬉しいけどね、と幸尚がテーブルに料理を並べる。
 あかりの餌はもちろん餌台だ。
 少し前に「あの、餌らしい見た目とか……できないかな…………」なんてあかりが頼んでしまって以来、幸尚は作り手の良心が痛まない程度にそれらしい餌を作ってくれるようになった。

 今日のボウルには少し冷ましたご飯の上に、焼き魚のほぐし身と味噌汁から取り出した根菜が乗っている。
 そこにパカっと卵を割り入れ、醤油をひと回ししてかき混ぜる。
 最後に小ネギと胡麻をちらし、香り付けに胡麻油をほんの少し垂らせばできあがり。

「後で顔は拭いてあげるからね」
「はい、いただきます」
「「いただきます」」

 思い切り頭を突っ込んでかぶりつけば、口の中に卵ご飯の風味とシャキシャキとしたネギ、そして塩の効いた焼き魚の味が広がる。
 ふんわり香るごま油も食欲をそそる。

「あかりの餌、普通に美味そうだよな」
「そりゃね、味は妥協しちゃだめでしょ。てか妥協は許さない」

 それはそうと、と早速おかわりをよそいながら幸尚は「明日からどうする?」と相談を持ちかけた。

「10時間半、かあ…………今日が10時間だっけ」
「だね。今日のあかりちゃんの様子じゃ、午後からの授業はかなりきつそうな気がする。特に放課後の小論文対策…………流石に難しくないかな」
「だよなあ…………帰りのホームルームが終わった段階で、トイレでリセットするか?自分でタグを切ってさらに付け替える必要はあるけど、それが現実的」
「えええ、やろうよ10時間半チャレンジ」
「「正気かよ!?」」

 あれだけ辛い思いをしたのにどうしてそうなった!?と流石の奏も開いた口が塞がらない。
 だが当のあかりはすっかりやる気である。

「だって、久しぶりにギリギリまで責められてさ、脳内麻薬どっばどばで楽しかったんだよね」
「おい待て、久しぶりって貞操帯の自慰禁止はどうした」
「あれはあれで辛くてたまんないよ?でもほら、調教は別腹というか何というか」
「あかりちゃん、その別腹は腹に付かないけど、何か大切なものを失っていく気が……」
「むしろ人権剥奪レベルはご褒美かな」
「あかりちゃんが強すぎる」

 ああ、貞操帯管理を始めてからも、もう少しプレイをしておけば良かったと二人は反省する。
 何たって相手はあかりなのだ。しかも、自分の奥底の欲望を垣間見てしまった、覚醒状態のあかりだ。

「…………こうなるのは、必然だったかもね……」
「底なし沼かよ……こんな時じゃなければ俺も一緒に暴走してえ」
「で、また僕も巻き込まれて塚野さんに叱られる、と。そろそろ二人とも自覚してほしいんだけどな?」
「うっ」
「ご、ごめんなさい…………」

 ともかく10時間半でやるなら対策を、と言い始めた幸尚に「あれ、やめろって言わないんだ」とあかりが不思議そうに見つめる。

「んー、だってここでやめたらさ、あかりちゃんの事だから別方向に暴走しそうだし」
「それは同感。だから思い切って対策を考えた方がいい」
「酷いなぁ、どうして暴走することが確定なのぉ」
「むしろ暴走しないって自信持って言える方が不思議すぎるわ!」

(それに)

 奏と二人であーでもないこーでもないと対策を話すあかりに、幸尚はちょっとした変化を感じていた。

(あかりちゃん、表情が柔らかくなったし……素直になった)

 夏の対決を経て、あかりの中で何かが吹っ切れたのだろう。
 時折外で鉢合わせれば顔が強張り無言で通り過ぎるあたり、あかりの怒りは全く収まってなさそうだが、少なくとも自分の意思を通せたことで自信がついたのかなと幸尚は考えている。

(守りたいと思っていても、あかりちゃんはなんだかんだ自分で歩いていっちゃうな……)

 いつか、自分もかつてあかりがしてくれたように、あかりを守れるだけの強さを身につけられるだろうか。

(……うん、今は受験と、あかりちゃんの体調管理に専念。大学に入ったら……僕も変われるかな)

 どうも話し合いが最終的に『気合い』に落ち着きそうなのを見て、幸尚はやっぱりだよねと頷きながら、もうこれはサポートに徹するしか無いなと苦笑するのだった。


 …………


 日常は淡々と、しかし運命の日に向かって流れ続ける。

 匂いを指摘されたのは流石に堪えたのだろう、あかりはあれから休み時間ごとにトイレに走っては貞操帯に水を通して洗浄するようになった。

 ……つまり、自らハードルを上げてしまったのだ。

 どうやらあかりは少年漫画の主人公よろしく、壁が高ければ高いほど燃えるタチらしい。
 燃えるのは結構だが、よりによって情欲を燃やすのはどうかと思う。
 お陰で二人は、平静を装いながらも目は潤み時折悩ましい吐息を漏らすあかりを、周りから隠すのに日々躍起になっていた。

「あかり、あかり、お尻もじもじしてる……!」
「っ、ありがとう奏ちゃん……はぁっ…………」
「よくそんな状態で授業受けられるよね…………先生に当てられた途端に顔つきが変わって優等生に戻るの、凄すぎ」
「ふふっ、伊達に『普通』を演じてきたわけじゃないからね!」

 意外にも、あかりの学校生活は順調だった。
 塚野のアドバイスにあった『自覚のある演技』が大いに役立ち、二人の奮闘もあって少なくとも奏と幸尚以外があかりの異変に気づく事は無かった。
 どうしようもない辛さは熱情と同じく、トイレに駆け込み黙想で鎮めている。

 その分、家では今まで以上に発情が強まり、悩ましく腰をくねらせながら過ごすことが増えたけれども。

「んっ、はぁっ、お腹の中……ずくずくするのぉ…………」
「リセットまで後3日だもんな。もうおしっこが溜まっても気持ちよくなれるだろ?」
「うぅ…………カテーテル無しでおしっこしたいよう……思いっきりおしっこが流れるの、気持ちいい、絶対気持ちいいんだ…………」
「はいはい、それは受験が終わってからな!」

 床に座り、奏の股間に頭を預けるあかりをわしわしと撫でる。
 最近、あかりは二人の股間に顔を寄せることが増えた。
 正直息子さんが反応しそうで、いや大抵反応して非常に気恥ずかしいのだが、あかりはそんなことも気にせず「なんかここ、いい匂いなんだよね……」とすっかり落ち着いているようだ。

「……これはあれか、俺らがあかりのメスの匂いにクラクラするようなもんか?」
「んー、でもあかりちゃんは興奮してないけどね…………」
「むしろ年中発情してるから、分からないだけだったりして」
「むう、ひどいなぁ…………本当にいい匂いなだけだよ……」

 何にしても、貞操帯とちょっと無謀な排尿管理のお陰であかりは随分ご満悦のようだ。
 まあ、段々10時間半のおしがまも慣れてきているのがご主人様としては喜ばしい反面、また物足りないとか言い出されそうでヒヤヒヤしているのだが、多分この調子なら年内は大丈夫だろう。

 少しずつ気温が落ちてきたから、流石に裸はやめような!と説得されて渋々服は着ているが、相変わらず餌は餌皿だし、水分は射精機能付きディルドから飲んでいるし、勉強中も手枷足枷は欠かさない。

「んーあかり、この論理展開は無理がある」
「うん、あかりちゃんだなって思うけど、採点する人が目を回すよこれは」
「えええ…………人間の思考回路って難しすぎない…………?」
「いやあかりも人間じゃねぇか」
「違うもん、私は奏様と幸尚様の奴隷だもん!」
「うん、ならあかりちゃんは僕たちに絶対服従だよね?……はい、書き直そっか」
「うう、尚くんが冷たいぃ…………」

 まず合格するだろうとは言われているけど、ここで気を抜くわけにはいかないからな!と奏は原稿用紙の前でスライムになっているあかりに発破をかける。

「あかり、ここで頑張れば年内には受験が終わる」
「うん」
「つまりだ、年末年始も、年が明けてからも、プレイし放題」
「!!ずっと、奴隷でいられる……?」
「おう、2月からは登校もしなくていいしな!……あかり、よだれ垂れてる」
「はっ!つい興奮して…………うん、でも頑張る!!」

(ええと、いいのかな…………?後であかりちゃんが暴発するんじゃないかな、これは……)

 テンション高く小論文の書き直しに励む二人に話しかけようとした幸尚はしかし、今のやる気の方が大事か……とそのツッコミを心の中にしまっておくことにした。

 …………そう、幸尚の進学があるから、この冬は12月の初めから3人の新生活が軌道に乗るまで両親がここに滞在する、という事実を。


 …………


「えっと、筆記用具と受験票と、お弁当と水筒とあわわわわ」
「落ち着け尚、もう何回目だよ、カバンひっくり返すの」
「奏ちゃんもさっきから同じサイトばかり見てるじゃん」
「いや、緊張するだろ!!何であかりは何とも無いんだよ!」
「こんなの、お母さんに対峙するよりずっと楽じゃん」
「ね、年季が違った……」

 11月下旬。
 そろそろ本格的な冬を感じさせる寒さの日、3人は運命を決める会場へと向かう。
 あかりを真ん中に、左に幸尚、右に奏が並んで手を繋ぐこのスタイルもすっかり馴染んできた。

「何かさ、こうやって並んでると」
「うん」
「家族みたいだね」
「「何で」」

 また突拍子もない事を言い出した、と二人は頭を抱える。
 いや、今はもしかしたらこのくらいぶっ飛んでくれていた方が、緊張が紛れていいかもしれない。

「尚くんがお父さんで、奏ちゃんがお母さん!」
「やってる事は尚の方がママだけどな」
「ん?やってる時は奏がオンナノコだけど」
「そこは突っ込むな」
「あはは、言えてる!でね、私がペットなの」
「……ペット」
「うん!あ、でも奴隷ってちゃんと言った方がいいかな…………はぁ、そうだよね、いいよねぇ……」
「あかりちゃん落ち着いて、こんな時に自分でスイッチ入れないで」
「その平常運転っぷりが羨ましいわ……」

(だって)

 あかりは心の中でそっと呟く。

(だって、私は一人じゃないから)

 ……コートの上からそっと胸の飾りに触れる。
 とても刺激なんて届くはずがないのに、それだけで気持ちよくて……安心して。

(ずっと、一緒だって……ご主人様のものだって、ここに刻まれているから)

 二人のお陰で、私は今ここに立っていられる。

「さ、行こっか」
「おう、尚は深呼吸。あかりはちゃんと見直せよ!」
「奏ちゃんも面接で余計なことを言わないでね!」

 3人はそれぞれの会場へと向かう。
 そのバッグには、幸尚が作った合格祈願の御守り袋が揺れていた。

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