第17話 新生活
「じゃあ帰るよ、後は3人で仲良くやるんだぞ」
「あかりちゃん、2人が変なことをしたら容赦なく叩きのめしていいからね!!」
「うん、いろいろ手伝ってもらってありがとう!」
奏と幸尚の両親がドアを閉める。
車が去った音を確認して「疲れたあぁぁ…………」と3人はその場にへたり込んだ。
「引っ越しってこんなに大変なんだな……手続きに荷ほどき、必要なものの買い出しに契約に…………」
「明日はエアコンの工事で、明後日がネット回線だっけ……それが終われば一段落かなぁ」
この1週間は本当に大忙しだった。
車で1時間の距離を何度も往復し、荷物を運び込みながら必要な手続きと買い物を済ませ、がらんとした部屋に少しずつ物が増えれば新生活への期待も高まっていく。
卒業祝いにそれぞれの両親から送られた実印と銀行印を握りしめ、役所や銀行であわあわしながら手続きを行い…………今日ようやく最後の荷運びを終えたのだ。
「…………これから、ここが俺たちの家なんだよな」
「うん。……僕たちだけの、家だ」
「楽しみだね…………あんなことやこんなこと…………んふぅ」
「あかりちゃんは通常運転が過ぎるね……前回のリセットから4週間過ぎたし、分からなくはないけど」
そうだ、今渡してしまおうよと幸尚が奏に話しかければ「これから食材の買い出しだっけ、ならちょうどいいな」と奏も頷き、あかりに服を脱ぐよう命じた。
「え、出かけるのに?」
「おう、脱がないと渡せねぇんだよ」
何を渡すのだろうと不思議に思いながらも、いつものようにその場で服を脱ぎ、きちんと畳んでソファの上に置く。
「奏様、幸尚様…………新しいおうちでも、あかりをたくさん躾けてください……」
その場にしゃがんで挨拶をし、首輪をつけてもらおうと顔を上げれば、奏が手に持つ物が見えた。
いつもの金属製の首輪かと思いきや、随分と細い…………ネックレスだろうか。
縄目のような模様は、確かケルティック・ノットというやつだ。前に幸尚が教えてくれた、ケルト民族に伝わる模様だとか言っていたっけ。
その中心には小さな黄色い宝石が嵌め込まれている。これは分かる、あかりの誕生石でもあるトパーズだ。
どう考えてもこの状況にそぐわないおしゃれなネックレスに、あかりが戸惑いの表情を見せれば「これも、首輪だからな」と奏がネックレスの留め具を見せた。
よく見るフックではなく、形からして差し込んで留めるタイプに見える。
「首輪……?」
「これな、特殊な鍵がないと外せないんだ」
「…………これが、鍵?」
「そ。こうやって端っこを差し込んで、これを回せば……」
目の前で小さな棒のような鍵を差し込んで回し、外せないことを確認してから鍵を外して、あかりの首にネックレスを回す。
「首輪を替えるんですか」と尋ねれば「いや、使い分けだな」と奏が鍵をかけながら答えた。
「これは外用の首輪」
「外用…………」
「これからは24時間、首輪を着けてもらう。ただ、さすがにあの首輪を大学に着けていくわけにもいかないだろ?だから、外ではこの鍵がかかるネックレスを着けろ」
「…………ぁ…………!!」
「家を出る前にこれに替えて、帰宅したら普段の首輪にするからね」
24時間、首輪を外すことはできない。
それを理解した途端、ずくりと胎が疼いて、あかりは思わず喉をゴクリと鳴らす。
これまでだって二人の証を乳首に穿たれたまま学校に通っていたのだ。
だから、これは自分が奴隷であることを自覚するためのものではない。
(これ、バレちゃう…………私が、誰かの所有物だって事を見せつけるための……!)
現実に、この『首輪』の意味を知る人は決して多くないはずだ。
けれども、ゼロではない。
……そう、誰かにあかりが奴隷であると気づかれる可能性があるわけで。
そしてその可能性は、外にいる限り続く。
つまりあかりはこれから外出する度に、常に誰かに自分がどれだけ変態かを見せつけ、その性癖に気づかれるかもしれない不安と、そこから湧き出る興奮を感じ続けなければならない。
おまえは人ではない、人の皮を被ったただのモノ、奴隷であり性玩具にすぎない。
……そう、冷徹に宣言された気がして。
「……意味が分かったみたいだな」
「うん、あかりちゃん、気に入ってくれた?」
「っ、はい…………あかりが人間でないって教えてくれて、ありがとうございます…………!」
頭を下げれば、シャラ、と鎖が鳴る。
ああ確かにこれは首輪なのだ。
こんなに緩くて、呼吸もしやすいはずなのに、喉が締まるような気がする。
(はあぁ……首輪…………こんなに綺麗なのに、奴隷の象徴……!)
その感覚に恍惚を覚えていれば、奏が「後3つ、あるからな」とあかりをその場に正座させた。
「まずはこれな」
「……それ、まさか……!」
「そのまさか。普段はブラで隠れるし、今までとこんなに変わんねぇと思うぞ。けど、これからあかりは家で服を着ることはない。…………実に奴隷らしいピアスだろう?」
「バーベルに比べたらちょっと重くなるけど……きっと気持ちよさも上がるんじゃないかな」
その場に横になり、乳首を穿つピアスを取り替えられる。
ペンチを構える幸尚に「ヒエッ」と悲鳴を上げれば「ピアスを付けるのに使うだけだから大丈夫だよ」と宥められた。
「ええと……ピアスをぎゅっと挟んで……結構力がいるんだね」
「オーナーがクリトリスに付けた時ってもっとスムーズだったよなぁ、まぁそんな頻繁に付けたり外したりすることはねぇだろうけど」
確認のために身体を起こす。
大きさは10円玉くらいだろうか。小さな紫と赤の石が埋め込まれたリング状のピアスは思ったよりも重く、明らかに乳首が重力に引っ張られる感じがする。
「んああぁぁぁ…………っ!」
(これ、気持ちいい……腰が砕けちゃう…………!!)
久しぶりに感じる、脳髄を焼くような乳首の疼き。
快楽に身を揺らせば、ピアスが揺れて更なる刺激をもたらす。
まるで初めてピアスを穿たれたときのような新鮮な快楽に身体を丸めれば「ほら、胸を張れ」と咎められた。
「ああ、いい感じだ。よく似合っているぞあかり。リングピアスにすると一気に奴隷らしくなるな」
「んはぁ…………はぁっ…………」
「また慣れるまで大変だろうけど、頑張ろうね。じゃ、貞操帯を外すから立って」
「え…………」
「3つって言っただろ?まさか、乳首だけだと思ったのか?」
(そんな、全部同時に…………私、壊れちゃう……!)
涙を浮かべるあかりを見てニヤリと笑う奏の手のひらには、乳首に着けたものよりは小ぶりの、しかし明らかに今肉芽を貫いている楔よりも大きめのリングが輝いていた。
…………
「んふうぅっ、はぁっ、んっ…………んうぅ………………!」
「あかり、外では人間らしく振る舞え。歩くのはゆっくりでもいいから、腰を振るな、声を出すな」
「入学式まであと1週間だからね。街の散策もしたいし、なるべく出歩いて早く慣れようね」
「ううっ、はいぃ…………」
食材の買い出しに、近くのモールへと向かう。
車を降りて一歩踏み出した瞬間、敏感になった女芯のリングが揺れて思わずしゃがみ込みそうになる。
「あかりちゃん、手を繋ごっか」
「今日は初めてだもんな。辛かったら思いっきり握ってもいいから、なるべく顔に出さないように気をつけろよ」
左側に幸尚が、右側に奏が並んで手を差し出してくる。
躊躇いなくその手を取り、ぎゅっと握れば「頑張れ」といわんばかりに握り返してくれる。
1年前にもこんなことがあったな、とあかりは発情に蕩けきった頭でぼんやりと思い起こす。
あのときはあかりの熱に浮かされた顔を晒さないように、周りにも気づかれないように、二人が必死に守ってくれたっけ。
今回は違う。
支えてはくれる、励ましてもくれる。
けれど、私はもう一人で歩かなければならない。
産まれてからずっと側にいた彼らは、これからそれぞれの夢を叶えるために少しだけ離れることが増えるのだから。
(いい調子だな、あかりもちゃんと分かってる)
ふぅふぅと息を荒げ頬を染めながらも、何とかただの大学生のように振る舞おうと奮闘するあかりを見ながら、奏は少しだけ安心し、そしてちょっとだけ誇らしい気分で歩く。
(見ろ、これが俺の奴隷だ…………俺と幸尚の、大切な奴隷なんだ……!)
叫ぶことは許されない。
けれども、あかりの首に光るネックレスが、これは奴隷だと主張する。
この首輪代わりのネックレスは、幸尚の発案だった。
これまでとは違って、何かあっても自分たちがすぐに駆けつけることはできない。だから何かお守りを持たせたいと言い出したのだ。
「お守りといってもなぁ…………あかり、そもそも強えじゃん。何か棒状の物を持たせたらその辺の男じゃ敵わないし、素手でもあれで結構やるし」
「う、それはそうだけどさ……何というか、変な男に目をつけられたくないなって…………」
「あかりの恋愛は肯定するのに?」
「恋愛はどんどんすればいいと思うよ、でもさ、奏の目から見て……あかりちゃんが被虐嗜好の持ち主だってのは」
「あ…………うん、今のあかりは見る人が見れば一発で分かるくらいにはバレバレ」
「だよねぇ………………」
「すっかり盲点だったわ……そっか、その手の変態に狙われる可能性もあるってことか」
それならいっそ、あかりが誰かの奴隷であることを外に知らしめた方がいい。
そう思って塚野に相談した結果が、このネックレスだ。
「一般的には知られてないけど、この業界じゃそこそこ名の知れたメーカーの製品よ。もっとシンプルに首輪っぽいのもあるけど、外でずっと着けるならこう言うのがいいんじゃない?」
「へぇ、ぱっと見はただのネックレスだよな……あ、これ誕生石も入れられるんだ」
「ならあかりちゃんの誕生石を入れようよ。乳首のピアスには僕たちの誕生石も入っているし、3つ揃うのって何かいいよね」
「だな、鍵は二つ注文して二人で持つか」
塚野の店で小一時間悩んで選んだのは、ケルティック・ノットをあしらったデザイン。
永遠を表すこのシンボルは、二人の「ずっと一緒に」という願いが込められていた。
(そう、俺たちの同類への牽制になればいい。……あかりの自由を奪う気はないけど、このくらいのわがままは許せ、あかり)
ご主人様のもう一つの狙いを知れば、あかりは怒るだろうか。
いや、きっとあかりなら「心配しすぎだよ!大丈夫だって」と笑って流すだろう。
そして、フラグを立ててやらかす未来が見える。見えるからこそ、これは必要なのだ。
エスカレーターを降りて、食品売り場へと向かう。
この止まったところからの一歩が、今のあかりには絶望的な衝撃だ。
「ほら、油断するなよ……いち、にの、さん」
「んぐぅ…………っ!!」
「あかりちゃん、深呼吸!……そう、大丈夫だから、ね」
辛い。
その辛さが痺れるほど気持ちよくて、頭はずっと霞がかかったままのようだ。
それに今は辛いけれども、これもきっとすぐに慣れてしまうだろうと思えば、名残惜しささえ感じる。
…………だから、今この瞬間の羞恥を、苦痛を、快楽をすべて味わい尽くす。
ああ、どこまでも貪欲で、決して満たされないこの身体は、一体これからどれほどの苦痛と快楽を飲み干すのだろう。
非日常の中に溺れながら、日常を過ごす。
その矛盾をはらんだ存在へと、今日あかりはまた一歩足を進めたのだ。
…………
耳が詰まったのかと思うほどの静寂。
己の呻き声も、すっと壁に吸い込まれてしまう。
「んっ…………んぉ……おごぉぉ…………」
音も光もない空間で、ただ自分の奏でる卑猥な音だけが、存在を証明してくれる。
後ろの孔は、金属製のアナルフックで貫かれている。
首輪と短い鎖で繋がれたそれは、背中を曲げることを許さない。
更に膝を曲げ、背中で手首と足首を枷で繋がれているから、横向きに転がったまま寝返りを打つことすらできない。
喉にはいつものペニスギャグ付きの口枷が押し込められている。
ここでどれだけ悲鳴を上げようが外には漏れないのに「万が一聞こえたらまずいから」と咥えさせられた枷は今まで物より少し大きいようで、時折えずきながら必死で鼻呼吸を繰り返す。
けれど、それをあざ笑うかのように、胸に取り付けられた装置が、そして尿道に差し込まれた細いバイブがあかりを翻弄するのだ。
(辛い、気持ちいい…………怖いっ、真っ暗なの、何も聞こえないの怖いぃ…………!)
ご主人様の気配すら感じられない空間で、ただ一人、機械的な刺激だけを与えられ続ける恐怖は、奈落の底へと……そう、墜ちた先に待つ被虐の悦楽へとあかりを誘う。
もう、何も考えられない。
あかりに許されるのは、強烈な快楽に身体を跳ねさせ、喘ぎながら、ご主人様の到来を待つことだけだ。
(奏様…………幸尚様………………!早く、早く来て下さい…………こんな、一体いつまで続くの……壊れちゃうよう……!!)
また一筋流れた涙の痕が乾きかけた頃、バタンという音と共に突如あかりは光に照らされた。
「おーおーすっかり出来上がってるな。何だあかり、まさか『収納』されていただけで気持ちよくなっちゃったのか?」
「あかりちゃん、2階のエアコンの工事終わったよ!拘束を解くからちょっとそのままね」
「おおあぁぁ…………!!」
奏と幸尚は手早くあかりの拘束を解き、乳首用のドームと尿道バイブを外して暖かい濡れタオルで身体を清める。
拘束を解くといっても、手は後ろ手に拘束したままだし、足も鎖で繋がれたままだ。
そうして乳首のジェルを拭えば、散々嬲られてきた乳首に再び与えられる刺激に「んああぁっ」とあかりから新たな喘ぎ声が漏れた。
「うん、よく頑張ったねあかりちゃん」
「まさか1時間もかかるだなんてな、こんなに時間がかかるなら途中で様子を見に来りゃよかった。……偉かったな、あかり」
「ううっ、ひぐっ…………うわあぁぁん…………!!」
緊張の糸が切れたのだろう、あかりは幸尚の胸の中で泣きじゃくる。
そんなあかりを優しくなでながら「時間が読めないときはもうちょっと責めを優しくしよう」「でもあんまりぬるいと逆に辛くね?」と二人は感想戦を始めていた。
「でも確かに便利だね、防音室。プレイにも使えるけど、来客時のあかりちゃんの収納場所にちょうどいいや」
「あかり、この調子じゃ相当泣き叫んでたはずなのに全く聞こえなかったもんな。外から鍵もかけられるし…………できたらモニターしたいところだけど、あかりの部屋のベビーモニターって訳にもいかないよな」
「ネット回線が繋がったら、スマホで受信できるモニターを買わない?それならイヤホンでモニタリングできるし、最近のモニターって双方向で会話もできるから、今日みたいな時にあかりちゃんに余計な不安を与えなくてすみそう」
「いいなそれ、てか尚詳しいな!」
「そりゃもう、いろいろ調べてるからね」
大分落ち着いてきたな、と奏があかりの様子を確認する。
さすがに疲れたのだろう、ぼんやりしているが体調に問題はなさそうだ。
「……で、あかりはどうだった?尿道バイブは初めて使ったけど、痛みはないか?
あかりを立たせて貞操帯を戻しつつ、奏が尋ねれば「バイブは大丈夫だけど…………怖いね、この部屋」とさっきまでの恐怖を思い出したのだろう、また一粒涙をこぼした。
「その、モノとして収納されるのは…………凄く刺さるんだけど、奏ちゃんと尚くんの気配が全く感じられないのが辛くて」
「うん」
「……きっと慣れてきたら、それも気持ちよくできそうなんだけど」
「う、うん、やっぱりあかりちゃんは凄いね…………」
「あと…………気持ちいい刺激はあった方が嬉しい、かな。何もないのは……監禁プレイもそうだったけど凄く怖かったから」
じゃあリビングに戻ろうか、と3人は防音室を出る。
歩く度にじゃらりと鎖が音を立て、自分の立場を思い知らされる。
首輪と、手枷足枷と、貞操帯。
ここに住み始めてからは、家の中ではこれがあかりの『衣類』だと決められた。
もちろんプレイによっては貞操帯を外すこともあるし、気候に応じて拘束したままでも着脱できて肝心なところだけ露出するような衣類も幸尚が既に制作済みだ。というかむしろ増殖気味だ。
だから、この家に人を呼ぶことはない。
宅配やデリバリーは二人が対応するし、今回のように業者が来るときは、あらかじめ適切な処置をした上で防音室にあかりを『収納』し、鍵をかけることにしている。
幸い奏や幸尚の両親はいきなり突撃してくるような人ではないし、そもそも多忙だったり海外だったりでまずここに来ることはないだろうから、そこはそのときに考えれば良さそうだ。
「もうこんな時間なんだ、ご飯作ろっか」
「あ、今日は俺が作る。親子丼チャレンジしていい?」
「うん、あかりちゃんのは混ぜ込んであげればそれっぽくなるんじゃないかな」
奏は台所に立ち、幸尚はソファに腰掛ける。
あかりはいつも通り床だ。幸尚の足下にしゃがみこみ、まだ刺激が強いのだろう、乳首のリングを揺らしては「んふぅ…………」と悶えている。
「あかりの言葉遣いも考えないとな……家にいるときは常に敬語にしたい。これからは日常がプレイみたいなもんだしさ」
「その方があかりちゃんも家と外の切り替えがやりやすそうだよね。生活に慣れたら少しずつ切り替えていこうね、あかりちゃん」
「うん…………はぁ、尚くんいい匂い……」
「あーまた始まったか」
「あわわわ…………これ、僕めちゃくちゃ恥ずかしいんだけど……しかも勃っちゃうし……」
「そりゃ裸の女性が股間に寄ってきて勃たないほうが無理な話じゃね」
少し前から始まったあかりのこの癖は、どうも少しずつヒートアップしているように感じる。
最近では完全に股間に顔を埋めて匂いを嗅がれることも増えた。特に貞操帯の連続装用期間が長くなると、やり始める傾向にある。
「…………あかりちゃん、臭くないの?」
「んー……ちょっと臭い…………けど、いい匂いなの…………」
「なんだか複雑だなぁ…………」
しばらく股座で匂いを堪能していたあかりだが、ふと何かを思いついたように顔を上げた。
あ、その顔はまずい。何かぶっ飛んだことを思いついた顔だ。
熱っぽい視線に、もう嫌な予感しかしない。
しないが、無視する事なんて幸尚にはできない。
「え、ええと、あかりちゃん……?」
戦々恐々としつつ話しかけた幸尚に、うっそりと微笑んだあかりの唇が開く。
その蠱惑的な口から紡がれたのは
「…………幸尚様、おちんちんを舐めさせて下さい」
「「はい!?」」
やっぱり、斜め上のおねだりだった。
…………
「あかりちゃん落ち着いてあわわわわ」
「おい大丈夫かあかり、逝けなくて頭おかしくなったんじゃねーか!?」
あかりの爆弾発言に、幸尚は頭が真っ白になり、奏は慌てて火を止めて二人に駆け寄る。
心配そうにあかりを見つめる奏に「大丈夫だよぉ」とうっとりした顔で応えるあかりは、どう見ても大丈夫そうではない。
「あ、あのさ、なんであかりは尚のちんこを舐めたくなったんだ…………?」
「んー……何でだろ、何かいい匂いだから…………?」
「それは答えになってなくね?」
だって、奏ちゃんだって尚くんだって、お互いのおちんちんを舐めるよね?と言われれば「それはそうだけどさ!」「僕らは恋人だからね!!」と盛大な突っ込みを入れるしかない。
「恋人だから、舐めたいの?」
「え、う、ううんと…………何だろう、興奮してるから……?」
「言っておくけど普段から舐めたいわけじゃないからな!!……何かエッチな事してて興奮すると、妙に舐めたくなるんだよ」
「…………私も、奏ちゃんや尚くんに興奮してるってことかなぁ」
「………………まじか。あと言いながら尚の股間に鼻を擦り付けるのはやめてやれ、尚が燃え尽きそうだ」
「え、あ、ごめん尚くん」
慌てて幸尚の股間から離れる。
「あか、あかりちゃんの鼻が、僕のちんちんにあわわわわ」と挙動不審な幸尚を奏が必死にキスで宥めているというのに、しばらく考え込んだあかりは更に爆弾を落としていく。
「んー、これってさ」
「おう」
「私が奏ちゃんや尚くんに恋をしたってこと?」
「ええええええええ!!?」
「何でそうなるんだよ!!」
…………それは想定外が過ぎる。
大体二人同時に恋をするとか、おかしいとは思わなかったのか。思わないんだろうな、あかりだし。
「ほら、好きな人っていい匂いがするって言うから」とあかりはもっともらしい理由を述べるが、いや確かに奏にとって幸尚はいい匂いがするけれども、少なくとも平時にちんこの匂いでうっとりすることはないぞ、と全力で突っ込みたい。
しばらく呆然としていた幸尚もやっと正気を取り戻したのか「いや、それは恋じゃない気がするなぁ」と冷静にツッコミを入れる。
「じゃあ恋するってどんな感じなの?」
「うーん、何だろう…………実際に恋してみると、ああこれは恋だって分かるんだけど」
「またあかりが難解な問いを出しやがったな……」
そうは言いながらも、どうやってあかりに理解できるように説明するか頭をひねるあたりはやはり二人である。
やがて幸尚が「ええと」と口を開いた。
「何だかさ、気になるんだよ」
「気になる」
そうだった、と自分で言葉にして改めて気づく。
まだそれが恋だと気づいていなかったとき、とかく奏が気になって仕方がなかった。
小さい頃からずっと一緒で、奏のことなら何だって……それこそ裸だって知っているのに、もっともっと奏のことが知りたくなって。
気がつけば奏を目で追っていたし、ふとしたときに「奏はどう思うかな」「今何してるかな」なんて考えてしまうし、奏が笑っているだけでドキドキして、眩しくて。
とにかく、奏の全てを知りたくて、奏の全てに触れたかった。
ああもう、思い出すだけでもどれだけのめり込んでいたんだと顔から火が出そうだ。
いや、今だって好きすぎて前のめり気味だとは思うけれども。
そんなことをどもりつつもポツポツと話せば、隣で奏が「もうだめ……」と両手で顔を覆ったままソファに丸まっている。
うん、そりゃ丸まりたくもなるだろう。間接的に告白しているのと変わりがないのだから。
自分だってこんなことを奏に言われた暁には、その場で押し倒してしまう自信がある。
一方のあかりは、幸尚の話を聞いてこれまた考え込んでしまっていた。
「ううぅん…………気になる、気に……なる…………?」
そんなこと、考えたこともなかった。
だってあかりにとって奏と幸尚は、兄弟よりも近い存在だ。
もはや側にいるのが当たり前で、誰よりも彼らのことを知っていて、それでいて知らないことがあっても、相手にとって大切な内側までは触れないのが暗黙のルールで。
だからあかりの感じているものとは、決定的に何かが違う。
「…………んと、二人のおちんちんが気になって、おっきくして舐めたいだけかな」
「ちょ」
「てことは、これは恋じゃないんだね……!」
「おう、そんな恋心があってたまるか!」
「どちらかというと煩悩だよね、それは」
どうやらあかりも納得したようで一安心だ。
全く、あかりは相変わらず頭が良すぎて時々おバカだよな、と奏は心の中で嘆息した。
一応聞くけど、と恐る恐る尋ねたが、あかりがいい匂いだと思うのは二人(の股座)だけらしく、まぁそれならいいかと胸をなで下ろす。
……いや、なで下ろして終わっちゃまずい。
「いいかあかり、そういうことをするのは大学を卒業してから、な!」
「あかりちゃんの初めては好きな人のために取っておくって約束だからね!!」
「ええー、でも貞操帯で中はがっちりガードされてるし…………口もだめ?」
「「当たり前だろうが!!」」
ちぇー、と不満げに口をとがらせる俺たちの奴隷はとても可愛くて、どこまで墜ちてもあかりのままだ。
……それだから、安心する。
あかりは天真爛漫で暴走気味で、すぐ二人を振り回す幼馴染みのあかりのまま、だがひとたび主従のスイッチが入ればどこまでも貪欲で、快楽に従順で、人を捨てた存在に堕ちてしまうのがいい。
だから二人は、どれだけあかりを堕としても自分たちに依存させるような振る舞いだけはしないと決めている。
それに、たとえそこに恋愛感情がなくてもいい匂いだと感じるのは、あかりが自分たちをご主人様として信頼を深めてくれたからかもしれないと思う。
あかり曰く、匂いを感じ始めたのは母に進路の変更を叩き付けたあたりからだというから、きっとその頃から貞操帯を着けて以来少しずつ変わってきていた3人の関係が、より主従関係に傾いたのだろう。
認められるのは嬉しい。
何より自分たちの匂いだけで発情する奴隷だなんて…………最高に滾る。
「しかしこれで、明日の晩から日課が増えるのに大丈夫かな……」
「緩くてもキツくても暴走しちゃうもんね…………あかりちゃんのちょうどいいが見つかるまでは、ちょっと大変そうかな」
「…………寝るときも片足はベッドに繋いで置くかな、なんかこの調子じゃそのうちあかりに襲われそう」
「奴隷に襲われるご主人様って斬新すぎるね……」
もしあかりが恋をしたら、きっとその相手はいろいろな意味で苦労するのだろう。
そしてその半分は、あかりを諫めることもなく今までずっと振り回されるだけだった俺たちのせいだ、すまないと奏は心の中で未来に現れるかもしれないあかりの思い人に謝るのだった。
…………
ようやく一通りの手続きが終わり、入学式までの数日はのんびり過ごせそうだ。
ただ、あかりを新しい生活に慣らすにはあまりにも時間が少ない。
かといって、この日を待ちわびていたあかりのことだ、手を緩めれば途端に暴走しかねない。
引っ越し荷物の中に、あのとぐろを巻いた凶悪なディルドが入っていたのは確認済みなのだ。俺はまだ死ぬわけにはいかない、と奏はあの日のあかりの笑顔を思い出して思わず身震いする。
「奏、大丈夫?」
「ん、あ、ああ。じゃ、始めるか」
「…………はい」
リビングのソファで寛ぐ二人の足下に、あかりが跪く。
その顔は期待と欲情ですっかり上気し、ゾクッとするほどの色気を放っていた。
前回のリセットからすでに5週間近く。これまでの最高は期末試験前の7週間だったから、まだ耐えてはいるが限界は近そうに感じる。
「これから毎日、洗浄の前にあかりに触れる」
既に腰をもじもじさせているあかりに、奏は宣言する。
「これまでは乳首とお尻だけだったけど、これからは全身触れるからね」
「感度も上げたいし、穴も使えるようにしたい。もちろん貞操帯は着けたまま、クリトリスと膣は一切触れないけどな」
「感度、ですか」
「うん。何をしても気持ちよくなれる身体に変えようかなって」
「あかりは命令に従って、あとは喘いでりゃいいさ。逝くことはできないけどあかりにとっちゃ楽しい時間だろ?なんたって、気持ちよくしてくれるんだから」
「…………はぁっ……それで、高められて…………中途半端に放り出される……!」
「そういうこと。その様子じゃお気に召したようだな」
「はいぃ……奏様、幸尚様、あかりをいっぱい気持ちよくして下さい……」
いいよ、ただその前に、と幸尚が手を見せる。
何の変哲もないいつもの幸尚の手だが、その違いにあかりは目ざとく気づいた。
いつもなら着けているはずの手袋が、ない。
「素手で触れた方が僕たちも感覚が分かりやすいからね。あかりちゃんが嫌じゃなければだけど」
「それは大丈夫、です」
「オーケー、心配しなくてもお尻はこれまで通り手袋を使うからな。ま、ちょっとやってみよう」
「はい……っ」
ソファに座る奏の股座に座り、背中を預ける。
「今日は上半身だけだから」と耳元で囁かれ、ビクッと身体を揺らせばピアスから切ない刺激が送り込まれる。
「んふぅ…………」
「おいおい、まだ触ってねーのにグズグズだなぁ」
そっと、奏の指が耳の後ろに触れる。
そこから筋肉に沿ってなぞるように首筋に、触れるか触れないかくらいのタッチで指を下ろしていく。
その横で幸尚はあかりの手指の間に指を絡め、そっと引き抜いたり、手の甲をすぅっとこれまた優しくゆっくりとなで上げるのだ。
(あ、これ…………初めての洗浄の時の…………!!)
「女の子の洗い方は分からないから」とそれはそれは丁寧に全身を洗われた結果、大変なことになった夜を思い出して(これはやばい)とあかりは瞬時に悟る。
あのときはただあかりを傷つけないように無意識でやっていた行為を、意識的に……あかりを気持ちよくする目的でやられたら、どうなるかなんて火を見るより明らかだ。
「んふっ…………ふぅっ……んぁ…………」
身体の力が抜けていく。
吐息とともに漏れる声が、どんどん甘くなる。
一気に熱を上げられる感じはないけれど、それでも触れられたところからじわじわと二人の熱を送り込まれるようだ。
いや、それだけではない。
触れる手が、違うのだ。
(暖かい……手袋なしの手が、こんなにも心地いいだなんて…………!)
知らない、こんな感覚は知らない。
まるで二人とあかりの皮膚の間で何かの反応が起こっているかのように、これまでにない熱が生まれる。
触れるだけなら小さい頃から散々触れてきたのに、何なら最近だって手は繋いでいるのに…………
(手を、繋ぐ…………!?)
そう、幸尚様が今まさにしているように、指を絡めて、摩られて。
……だめだこれ、覚えてしまう。
手を繋がれたら、胎が疼くほど、気持ちいいって。
(何をしてもって、まさか……)
そこに込められた意図を、理解する。
あかりの表情の変化に気づいた奏は、とても嬉しそうに答え合わせをするのだ。
「言っただろ、何をしても、って。手を繋ぐのも、服を着るのも、食べることも排泄することも…………日常の全てで気持ちよくなれるようにしてやるからな」
「…………そん、な……そんなことしたら、外に、出られなくなる…………!」
「あー、まぁ動けなくなるほど気持ちよくなることはねぇと思うぞ」
「あかりちゃんだしね。なんだかんだ気合いで外では人らしく振る舞えると思う」
でも、あかりは人でなくなるんだろう?と話す間も、二人の手が止まることはない。
ただ首筋を、手を撫でられているだけなのに、腰が跳ねて、胸が揺れて、乳首が疼く。
「ただ、どこにいてもじわじわした気持ちよさを感じられればそれで十分だから。……人でないモノだって、忘れないくらいにはな」
「……っ!!」」
その言葉に、あかりは扱いが変わったことを痛感する。
これまではどれだけピアスで穿たれ、貞操帯で閉じ込められようが、日常は人として過ごせるように配慮されていた。
それはあかりが奴隷でもあっても人から外れてはいなかったからだ。
けれど、あかりは自ら人をやめ、モノになることを選んだ。
ならばご主人様である二人がすることはただ一つ。いついかなる時でもモノであることを自覚させ、あかりから自分が人であるという認識を摘み取るだけだ。
いつだって二人は本気で、あかりの底知れぬ欲望と向き合ってくれる。
…………どこまでも、大切に、堕とされていく。
「はぁっ……ああっ…………ふぅっ、ふぅっ……んああ…………!!」
ゆっくりと、そっと、何度も何度も繰り返し撫でられて一体どれだけの時間がたったのだろうか。
「こんなもんかな」と二人が手を止めた頃には、あかりの腰は更なる刺激を求めて揺れ、透明な檻の中ではピンと張り詰めた肉芽が切なそうにひくつき、蜜壺ははくはくと何かをしゃぶりたいと蠢いていた。
もう、何でもするから今すぐ中をかき混ぜて、クリトリスをごしごししてほしい。
それしか考えられないのに、戒められた身体では紛らわすために触れることを許された乳首にすら届かない。
あまりの辛さに涙が止まらないあかりに、奏は「このくらいやれば、あかりも満足か?」と意地悪く尋ねる。
…………あかりに許された言葉は、一つだけだ。
「っ、気持ちよくしてくれて……んうぅ…………ありがとうございますぅ……!」
「そうかそうか、満足したなら良かった。これから毎日欠かさずやるからな」
そうだった。
これは調教ですらない、ただの日課だと言われていた。
毎日、こんなに昂ぶらされて、追い込まれなければならないだなんて、絶望感に軽い目眩を覚える。
だが、目眩を覚えるのは少々早くて。
「じゃあ洗浄しよっか。今日からはあかりちゃんは、拘束されてじっとしてればいいからね」
「おう、頭のてっぺんから足の先まで、しっかり洗い上げてやるから、な?」
「あ、あは…………ひぐっ………………あはは…………」
そうだった、これも決めていたんだ。
「モノなのに自分で身体を洗うなんておかしいだろ?俺たちが全部洗うようにしよう」って…………
目眩どころじゃない、ちょっと気が遠くなりつつも、あかりは鎖を牽かれてバスルームへと連行される。
その後、バスルームからは悲鳴が、その後主寝室からは懇願する泣き声が、そしてあかりの寝室からはすすり泣く声が遅くまで響いていたという。
…………
「はぁっ、はぁっ、んうっ……もっと、もっとぉ…………」
「……あんた達、まだリセットしないつもりなの?これは限界を突破しているように思うんだけど」
「んーまだかな。入学式ギリギリまで待ってリセットした方が、大学生活もスムーズなんじゃねえかって」
「この状況で大学に行かせようとするとか、ホントに鬼畜ね。あかりちゃんもそれは合意なのよね?……って今は聞こえないか…………」
次の日の午後、3人の家にやってきた塚野は、昼間からすっかり出来上がりソファの側面に乳首を擦り付けてなんとか刺激を得ようとしているあかりを目の当たりにする。
確かに塚野が貞操帯を管理するのは1年間の約束だったとはいえ、それが終わった途端にこれではちょっと先が怖い。
まあこれからも二人は教えを請う気満々のようだし、適度に雷を落としながらやりますか、と塚野は心の中でそっと決断するのだ。
「それで、まずは二人で体験、その後であかりちゃんにやるのを見ていればいいのね?やり方はちゃんと確認した?」
「はい。送ってもらった資料を読んで、手順は一通り」
「OK、ならさっさと始めましょ。あかりちゃんには見せていいのかしら?」
「あー……できたら見せたくないかな。俺らの醜態を見られるのは別にいいけど、せっかくなら最初は何も知らない状態で堪能してほしい」
「それもそうね。……なら、これが役に立つわよ」
塚野が立ち上がり、あかりの側に行く。
そして「これならソファの横にもつけられるわね」と革張りのソファの側面にフックを取り付け、何かをぶら下げた。
水色のマットとブラシが合体したようなその物体に、塚野はローションをべっとりと塗りつける。
そして「あかりちゃんはこれで遊んでなさい」と、胸がブラシに埋もれるようにしゃがませアイマスクを装着した。
「それ、新しいおもちゃですか?」
「シリコンのフットブラシよ。あかりちゃん、胸を上下させてみなさい。そしたら分かるから」
「は、はい……ひいいぃぃっ!!」
そっと胸を動かしたあかりから、高い嬌声が上がる。
ヌルヌルしたシリコンのブラシが胸を、乳首を包んでざわざわと舐めるように擦りあげるその刺激に、一昨日からの『日課』で中途半端に昂ぶったままの身体はもう止まることができない。
ぬちゅ、ぬちゅ、ぬりゅっ…………
粘ついた音と「あひぃっ、気持ちいいっ、もっとおぉぉ……!」と必死で腰を振り胸を押しつけ続けるあかりの声が響く中、塚野は「これなら大丈夫でしょ」と準備を始めた。
「…………フットブラシ……こんな使い方があるとは……」
「意外と身近な物も調教には使えるのよ。さて、こっちもさっさとやりましょうか」
どっちからする?と尋ねる塚野の手元には、洗面器とエネマシリンジが用意されていた。
1時間後。
ようやくアイマスクを外されたあかりの目の前には、床に突っ伏したまま「もう…………一日が終わった気がする……」とぐったりする奏と、これまたソファに埋もれ「こんなの……お婿にいけないよう……」とさめざめと泣く幸尚の姿があった。
「え、あの、ええと……」
「全く、たかが浣腸でどれだけ凹んでるのよ!それに幸尚君は、奏がお嫁に来るんだから心配ないわよ!」
「ううっ、だってぇ…………」
「はいはい、これからが本番でしょうが!それだけのことをあかりちゃんにするんだから、終わったらちゃんとケアするのよ」
「「はいぃ……」」
よろよろと立ち上がりながら「あかり、手を前にするから」と枷を付け替える奏の顔は真っ青だ。
『大学に入れば排便も管理する、毎朝浣腸してプラグを入れて拡げていくから』
そう事前に言われているものの、一体今からどれだけのことをされるのか不安になっていると「奏、しゃんとしなさい」と塚野から厳しい言葉が飛んだ。
「あんたがそんな調子じゃ、あかりちゃんが不安になるでしょうが。ご主人様はいついかなる時もどーんと構える!」
「ううぅ……無茶言うなよぉ、まだお腹が変なのに……うぐっ、もう一回トイレ行ってくる!」
「はいはい、あんた意外とお腹が弱かったのね」
慌ててトイレに駆け込む奏を尻目に「先に準備だけしましょ」と塚野は幸尚を促した。
「は、はい。あかりちゃん、四つん這いになってね」
「はい」
あかりはその場で四つん這いになる。
目の前に「これを入れるから」と置かれたのは、大きなバッグとポンプの付いたカテーテルだった。
3つの器具が、スイッチの付いたユニットに接続されている。
「僕らはエネマシリンジで体験したけど、あかりちゃんはこのカテーテルを使って浣腸するからね」
「ほえっ!?な、何か凄いの出てきちゃったんだけど…………え、これまさか」
「医療用の洗腸器具よ。賢太さんに頼んでバッグだけは改良してもらっているけどね」
幸尚の手元にあるユニットは、カテーテルの先端を膨らませたり、水を送り込んだりと切り替えができるらしい。
てっきりエネマシリンジか、もしくはコロンセラピー用の洗腸グッズを使われるかと思っていたあかりは「あの、お値段……大丈夫だったんですか?」とおずおずと幸尚に尋ねるも、塚野と賢太にあかりの排便管理の話をしたところ「入学祝いよ」と贈られたものだと聞き安心する。
「一応医療器具だしね、最初は私が付いて見たほうがいいから、二人の体験補助も兼ねてきたって訳」
「あ、ありがとうございます…………いいのかな、こんなにしてもらっちゃって……」
「いいのよ!大体奏ったら、いきなりサンダンを使うとか恐ろしいことを言ってたんだから!毎朝浣腸するんでしょ?全く、大学に入って浮かれるにも程があるっての。もうちょっとあかりちゃんの負担を考えなさいよ!!」
「ぐぅ、反省した……浣腸だけでこんなに辛いのに、一緒に拡張は無理…………」
「…………ほ、本当にありがとうございます、塚野さん……」
今、とんでもなく恐ろしい言葉が聞こえた気がする。
あかりでも知っている上級者用の3段タイプのバルーンプラグを初手で使おうとか、よくぞご主人様を止めてくれたと塚野にひれ伏したいくらいだ。
「まあでも、これだから楽って訳でもないからね」と不穏な言葉も聞こえたが、それは気にしないことにする。
ただの日課とはいえ、多少はプレイ要素があった方が楽しいとはあかりだって思うのだ。
ボトルに並々と水を注ぎ、ユニットから伸びるチューブに繋ぐ。
「温度は35~40℃ね」と指示され、温度計できっちり確認済みだ。
それはいいのだが、バッグの目盛りがおかしい。
「あ、あの、奏様…………このバッグ、全部……?」
「いや、それもオーナーが最初は調整してくれる」
「本来のバッグは最大1リットルなんだけどね、これは賢太さん特製で2.5リットルまで入るの。心配しなくても、最初はあかりちゃんが楽しめる程度で止めるわよ」
……それはフラグじゃなかろうか、と思うも、奴隷としてはご主人様の命令には従うのみだ。
ユニットから伸びるカテーテルに使い捨ての先端部分を取り付けてしばらく水に浸し、そのままあかりの後孔に挿入する。
まさかのジェルなし!?と一瞬慌てたものの、どうやらこの先端は水に濡らすと潤滑剤無しで挿入できるような仕組みになっているらしく、さしたる抵抗もなくにゅるんと体内に消えていく。
まっとうな技術を変態な欲望に消費することに、ちょっとした背徳感を覚えてしまう。
「で、スイッチを切り替えて……ポンプでバルーンを膨らませる…………」
「あかりちゃんの様子を見ながらね。あかりちゃん、キツかったら言って」
「はい」
幸尚がポンプを押す。
4回押した段階で、突如圧迫感に襲われ思わず「んぐっ!」とうめき声を上げてしまう。
「あかりちゃん、大丈夫?」
「ん……へい、き…………このくらいなら……」
「じゃあもう1回押しましょ」
「ひいぃっ!!」
ゆっくりと空気を押し込まれれば、一気に異物感が増す。
この感じだと、普段使っているディルドよりも直径は大きくなっているだろう。
まだ一滴も注入されていないのに、既に排泄衝動が頭の中に渦巻いていて、思わず声が出る。
「はあっ、はあぁっ…………出したい……っ!」
「いい感じね。あかりちゃん、それ一応栓だけど、さすがにいきんだら抜ける可能性があるからね。あくまで保険だと思って、自分でお尻は締めなさい」
「あかり、水を入れていくからな。量の調整もするから、無理はするなよ」
スイッチを切り替えて、幸尚がポンプを押せば、途端に生ぬるい液体がジュッと入ってくる感覚がした。
普段も調教の前には必ず直腸を洗浄するから、水を入れること自体は抵抗がない。
だが、そんな余裕があったのも最初だけだった。
「ふぅっ…………んうううっ………………」
時折、猛烈な便意に襲われる。
必死で拳を握りしめ、大息をついて何とか波を逃しても、ポンプからの注入は止まらないから、次はもっと強い波が来る。
(まだ……?まだ、入れるの…………?)
お腹が重くなってくる。
身体に冷たい汗が流れる。
波間に必死で次の衝動へ覚悟を決めるも、そんなあかりをあざ笑うような激しい便意に思わず「んあぁぁぁぁ!!」と声が止まらない。
(辛いっ、出したいよう……!!まだ…………?っ、そんな、まだ、半分も入ってないの…………!!?)
涙ににじんだ瞳をバッグに向ければ、目盛りはまだ1リットルを超えたばかりだ。
けれども、幸尚は手を止めない。奏も、塚野も何も言わない。
あかりは、まだいける。
そう判断されているのは、ちょっと嬉しくて、けれどももう無理だと叫びたくて。
「はあぁぁぁっ、んあああああ…………あああぁぁ……」
ぽた、と落ちたのは汗か、涙か。
圧迫のせいか、それとも更なる便意への恐怖か、息が浅くなってくる。
もう、白くなるほど拳を握りしめても、溢れ出る苦悶の叫びを止めることができない。
(どこまで…………?幸尚様、どこまで入れるのおぉっ……!?)
カタカタと身体が震え始める。
脂汗がぶわっと噴き出して、吐き気を覚え世界がぐらりと回りかけた瞬間「幸尚君、ストップ」と塚野の声がかかった。
「は、はいっ」
慌てて幸尚がポンプを押す手を止めスイッチを回せば、ようやく注入が止まる。
「二人とも、今のあかりちゃんの様子を覚えて。これがあかりちゃんが限界の時のサイン」
「おう。……こんなにやっていいんだな…………」
「塚野さん、あかりちゃん本当に大丈夫ですか!?めちゃくちゃ辛そうなんだけど」
「大丈夫だけど、これ以上は無理ね。今日は……1.7リットルか、初めてにしては随分頑張ったじゃない」
注入量は目安に過ぎない、機械的にこの量を入れるのではなく、必ずあかりの様子を見て毎日判断するようにと塚野が二人に説明する声が、遠い。
今やあかりの頭の中は、何とかしてこの腹の中を満たした物を出したい衝動と、絶対にここで漏らせないという葛藤が渦巻いていて、もはや思考などできる余裕は一ミリも残っていなかった。
(早くっ、早く出させて…………お願い、おトイレに行かせてぇ………………!!)
「奏様っ…………幸尚、様ぁっ……んあああまたぁっ!出るっ出ちゃううぅぅ!」
「結構辛そうだな。オーナー、これってどのくらい我慢させるの?」
「その辺はご主人様の裁量よ。ただし10分は超えないこと。それ以上我慢させると体内に吸収されて、腎臓に負担がかかるわ」
「すぐに出させても問題はないんだ」
「もちろんよ、本来の洗腸なら我慢はさせないわ。500mlも水を入れればその刺激でしっかり下行結腸までの便は出ちゃうしね。そこまですれば1日くらいは便は出ないわよ」
でも、あんた達はプレイの要素もあるからね、と塚野はニヤリと笑う。
…………そして、奏も。
ああ、これは間違いなく我慢させられるパターンだと、絶望に大粒の涙がこぼれる。
「あかり」
「…………っ……」
なぁ、あかりは俺たちの奴隷なんだから、もっと俺を楽しませられるよな?
奏の瞳は雄弁に語りかけていて。
「今日は初めてだし、3分だけ我慢な」
「っ、いやぁぁ…………あああっ!ごめんなさいごめんなさい!嫌っていってごめんなさいいっ!我慢しますっ命令ありがとうございますぅっ!!」
「ん、でも嫌って言ったから30秒追加」
「あああぁぁっ…………!!」
……あかりにとって、長い、長い3分30秒が始まる。
…………
「漫画だとさ、めちゃくちゃお腹の音が鳴ってる表現があるけど、実際そうでもないんだな」
「その辺は個人差があるわよ。でも表まで音が響かなくたって、あかりちゃんには分かるわよね?」
「うぐううぅぅぅっ…………はぁっはぁっ……だし、たい……がまんっ…………!」
「…………まぁ、答えられるような状況ではないわね」
「だな。あかり、いいことを教えてやる。………………まだ、40秒しか経ってねぇ」
「やっ、そんなっ、もうだめえぇぇぇ…………おトイレ行きたいのおぉっ!!」
もはや、四つん這いの姿勢を取ることすら叶わない。
あかりは床に丸まったまま、あまりの辛さに歯の根も合わず震えながら、幾度となく襲い来る便意の波をやり過ごす。
ぐっと肛門に力を入れれば、中の栓をまざまざと感じて余計に便意が増すが、かといって緩めることなどとてもできない。
涙がぽたぽたと床に落ちる。
叫んでいないとおかしくなりそうで、必死で二人に辛さを訴える。
「いやぁぁぁっ!辛いよう!!早く終わってぇっ……!」
「あと1分30秒」
「もっ、無理です!奏様っ、これ無理、漏らしちゃう!!」
「……今出すならここでおまるに出すことになるけど、いいのか?」
「ひいぃぃっ!!おまるはやだああぁぁっ!」
「なら頑張るんだな」
幸尚が気を利かせて、いつの間に用意していたのだろうおまるを持ってきてくれる。
「どうしても無理なら出してね」と心配そうに差し出されるが、いくら二人でも……いや、二人だからこそこれだけは見られたくないと、ぶんぶん首を振る。
(…………こんなことしてから、大学に行くの……!?もうこれだけで一日が終わっちゃいそうなのに……!)
こんなことを毎朝やられるだなんて、考えただけで背筋が凍る。
塚野はそのうち慣れると言っていたけれど、とても慣れる未来が見えない。
ちらりと二人を見上げれば、奏はまだ幾分青い顔をしつつもあかりの苦しむ様に興奮しているのが見て取れる。
幸尚は奏に比べれば浣腸のダメージは少ないのだろう、だが今にも泣き出しそうな顔で見守っている。
それでも、止めてはくれない。
…………この扱いを望んだのは、あかりだから。
「ん、時間だな。あかり、トイレに行くぞ」
「…………!!」
大きな波をやり過ごし、落ち着けばトイレに向かい、また途中で波に襲われ「いやあぁぁぁっ!!」と叫ぶ。
そうして這々の体で便座にしがみつけば「あかりちゃん、抜くよ」と幸尚の声がかかった。
「っ、待ってっ!抜かれたら出ちゃうっ!!」
「あ、そっか。じゃあバルーンだけ空気を抜くから、自分でカテーテルは抜いてね」
押しとどめていた栓がふっと無くなったのを感じる。
慌てて出そうとして、しかし二人はそこに立ったまま、去ろうとしない事にあかりは気付いた。
「……え…………奏様……幸尚様…………?」
「いいぞ、全部出しちまえ」
(まさか)
嫌な予感がする。
(全部、見られる…………!?)
それだけは、と祈るような思いで二人を見上げれば、そんな希望は一瞬にして打ち砕かれて。
「何かあったら危ないから、見てるからね。僕らはあかりちゃんがどうなっても気にしないから、安心して」
「やぁ…………見ないで……っ、見ないでぇ!!そんな、出すとこだけはいやあぁぁ!!」
「あかり?」
「…………ヒッ」
奏の感情を排した顔に、思わず悲鳴が漏れる。
ああ、だめだ。
奏様のあの顔は、絶対に譲らない顔だ……!
『いずれ慣れてきたら、排泄は全部俺らの前でやってもらうからな』
いつだったか、奏に言われた言葉が頭の中に響く。
すがるような目つきで奏を見つめても、奏は首を振るだけだ。
「そんな…………あああだめ、でちゃうぅ……お願い、お願いしますっ!せめて後ろを向いてて下さいぃ!!」
限界ギリギリで押しとどめるのも、もう時間の問題だ。
必死の形相で少しでも譲歩を引き出そうとするあかりを、しかし奏は無慈悲に却下する。
「あのさ」
「…………あかりは、人間なのか?」
「!!」
たった一言。
だがその一言で、あかりは全ての反抗の芽を摘み取られる。
ああ、そうか
私は奴隷だ、モノだ
…………奴隷に、隠す事なんて何一つ許されない…………!
(命令…………カテーテル……抜か、なきゃ……)
あかりは目を伏せ、震える右手でそっとカテーテルを引きずりだし、ふっと力を緩める。。
次の瞬間、バシャッ!!と水音がして。
「いやあぁぁぁぁぁっっっ!!!!」
叩き付けるような激しい水音に混じり、絶望のそこに叩きつけられた叫び声が部屋に響き渡った。
…………
「うん、体調は問題なさそうね。暖かくして水分はしっかり取るのよ」
「すんっ…………ぁぁ…………ひぐっ………………」
「えらいよあかりちゃん、頑張ったね…………ケーキ、3つあるから好きなだけ食べて」
後始末を終えて茫然自失のあかりを毛布でくるみ、幸尚がそっと抱きしめて背中をポンポンとたたいてあやす。
奏は器具を洗浄して片付け、用意してあったイチゴのタルトを「あかり、あーん」と口にせっせと運んでいた。
あれ以来、キツい調教の後は幸尚があやし、奏がケーキを食べさせるのが彼らの定番らしい。
こうやってベタベタに甘やかしているところを見れば、とてもさっきまで容赦ない責めをしていたご主人様には見えない。
この子達の基本はやっぱり幼馴染みのままなのよね、と塚野はどこか安心する。
「話せるようになったら、ちゃんと感情を吐き出させるのよ。それと、ケアするからって無茶していいわけじゃないからね。あんた達はちゃんと3人で話し合ってできるでしょ?」
「おう。あかりに聞いてから明日からのやり方は考える」
「朝からこれだと、プラグを入れて登校するのはもうちょっと慣れてからがいいよね」
「ちょっと待った、あんた達どれだけあかりちゃんに無茶をさせるつもりだったのよ!!」
呆れて怒鳴る塚野に「だってさぁ」とフォークでケーキを切りながら奏は反論する。
あかりの貪欲さは底なしで、生半可な調教ではむしろあかりの暴走を招くのだ。それならまずはあかりが耐えられる限界ギリギリを狙って、そこから調整する方が効率的だろうと。
「それに、俺もとことん甚振るのは楽しいし」
「あんたはブレなさすぎよ。…………幸尚君は、大丈夫なの?」
「うーん、あかりちゃんに聞いてから判断かなぁ……やり過ぎだと思うけど、でもあかりちゃんがこれでいいって言うなら僕は止めません」
「そうね、でも無理はしちゃだめだからね。幸尚君が潰れたら、あかりちゃんが悲しむわよ?」
「それは、はい。ちゃんと泣いて止めます」
また何かあれば連絡しなさい、と店に戻る塚野を見送り、まだ黙りこくったまま一心不乱にケーキを食べるあかりを見つめながら「でも、ちょっと嬉しかったんだよな」と奏は呟いた。
「正直、排泄を見られるのはセーフワードを使われる覚悟だった」
「そりゃそうだよ…………むしろあかりちゃんがセーフワードを使わなかったのにびっくりした」
この計画を練った段階で、目の前で排泄させることは決めていた。
スカトロの趣味はないからトイレかおまるを用いて、しっかり換気も消臭もしてあかりには配慮しつつも実行を決断したのは、人間としての尊厳を叩き壊す調教はいずれあかりも望むだろうと思っていたから。
ただ、今回すぐに従わなくても仕置きはしない、セーフワードもやむなしと二人は考えていたのだ。
最初の一年は、溜まりに溜まった欲望を爆発させただけだった。
次の一年は、管理することに、されることに慣れるだけで精一杯だった。
けれど二年間の主従関係は、少しずつ、確実に信頼を積み重ねてこれたのだろうと思う。
少なくとも、恋愛感情もない男性に欲情し、排泄という最も見られたくないものの一つを曝け出せるくらいには。
「もぐもぐ……だって、奏ちゃんも尚くんも…………嘲笑わないから」
「あかりちゃん」
「もう話せそうか?無理すんなよ」
「ん、だいじょぶ…………あーん」
「へいへい」
時折しゃくりあげながらも、あかりはぽつぽつと言葉を漏らす。
もちろんケーキを食べるのは最優先だ。
「見られるのは嫌だよ……本当に、恥ずかしかったし、辛かったし、嫌だった」
「うん」
「でも、セーフワードを使えば絶対二人は止めてくれるから」
本当にだめなときは、引いてくれる。
間違っていれば、土下座して謝ってくれる。
主従であっても、同時に自分たちは対等な幼馴染みのままだ。
奏も幸尚も、そこを曲げることは決して無い。
だから無理だと思うことも一歩だけ足を踏み出してみようと思えるのだ。
「もう一個食べたいなぁ」と毛布の中に潜り込みながら催促するあかりに「お前なぁ、夕食は控えろよ?太るぞ」と言いながらも奏は鍵を取ってケーキを買いに走る。
「…………だから、頑張れたんだよ」とその背中に向かって囁くあかりの声は、毛布に吸い込まれていった。
…………
「あかり、今日洗浄したらリセットしような」
「!!」
入学式の前日、夕食の準備をする二人から唐突に解放を告げられる。
前回のリセットからすでに5週間が過ぎていた。
「あ、ありがとうございますっ!!はぁっ、リセット、リセットぉ……!!」
「期間を決めずに装着したのは初めてだったもんね。どうだった?」
「もうね、先が見えないって辛すぎて、毎日、ああ今日もお預けだって少しずつ絶望できて…………いいよね!」
「「いいんだ」」
新しい生活は、貞操帯の装着サイクルも大きく変化した。
これまで1ヶ月おきだったリセットはご主人様の独断と偏見により決定され、直前まで明かされない。
以前からリセットのおねだりはお仕置きの対象だったが、今後は「おねだりしたらリセットは延長されると思え」と宣言されているため、どんなに辛くても決しておねだりはできない。
絶頂は1回のみなのは相変わらずだし、最近ますます疼くようになった膣には触れてもらえないから、すっきりするのはそれこそ絶頂した瞬間くらいで、後はずっと胎に熱を溜め込んだままだ。
もはや、この熱が完全に発散された状態を思い出すことすら難しい。
無意識に腰を揺らしながら、あかりはキッチンの方を眺める。
今日は幸尚が食事当番だ。この匂いは麻婆豆腐とみた。
奏は奏で「入学式って夕方までには終わるよな」と消耗品の在庫を確認し、ネットで注文を入れている。
そんな中、自分は何もせずただこの渇望を満たされる期待に腰を振るだけで。
「……私、家事しなくていいのかなぁ」
「しなくていいに決まってるだろ」
家事は一切しなくていい。これも、二人が言い出したことだ。
奴隷なのにご主人様に家事を全部任せるなんてどうなんだとは思う。
むしろ、掃除とか洗濯とかこき使われそうな印象なのに。
そう問えば幸尚は笑って「だって」と返すのだ。
「家事は人間のすることだよね」
「う、うん」
「あかりちゃんは奴隷だけど、人間じゃないよね。ほら、あかりちゃんの大好きなディルドや、オナホと同じモノになるんでしょ?モノは家事なんてしないから大丈夫」
「……あ、あは、そっかぁ…………モノってそういうことかぁ」
ここに引っ越す前に3人で決めたルールとはいえ、正直初日からここまで徹底されるとは思っていなかったあかりは、まだ時々違和感を拭いきれずにいる。
それでもこうやって柔軟に対応してくれるあたり、自分は本当に大切にされているなとしみじみ思うのだ。
「はい、今日は麻婆丼ね」
「ありがとうございます、いただきます」
この後の享楽に心を躍らせながら、餌皿に顔を突っ込む。
まだ毎朝の浣腸に慣れてないからか、今日の麻婆豆腐も刺激は少なめだ。
「どうだあかり、明日からこのルーティンでいけそうか?」
「んむ……んっ、大丈夫だと思う…………ピアスも大分慣れてきたし」
「大分顔に出なくなったよね。でも、無理はしちゃだめだよ?」
朝の餌を食べれば、二人の前で貞操帯越しに透明なボウルに排尿して洗浄され、その場で浣腸される。
人間らしく着飾って一歩外に出ればただの大学生として過ごし、だが帰宅すればすぐに服を脱ぎ捨て、二人の奴隷に戻る。
夜は餌をもらい、排尿後に全身に触れられ、とどめとばかりに洗浄されて、最近は身動きできないよう拘束されたまま二人のまぐわいを眺め、眠りにつく。
これが、奴隷としての自分の新しい日常。
幸尚の代わりに奏を楽しませ、自らの被虐を満たすだけの存在。
今はまだどこか特別な事だらけの日々は、この家を出る頃には当たり前になっているのだろう。
ここまで徹底的に奴隷としての生活を強いながら、それでも二人はあかりに人を演じることを疎かにするなと命じる。
親から離れ、自分の意思で学び、人と交流する時間を存分に堪能すること。
それはあかりがこれまで母親の『普通』に縛られて許されなかったものだから。
沢山の物を見て、聞いて、触れて、楽しんで。
人とはこういう自由なものだと味わい尽くして……そこから堕ちるのは、きっとあかりに途方もない絶望と悦楽を与えてくれる。
(ああ、楽しみだな)
餌を終え、リセットを心待ちにもじもじするあかりを横目に後片付けをしながら、奏は心の中でひとりごちる。
もちろん、自分だって大学生活を心ゆくまで堪能するつもりだ。
幸尚と離れるのはちょっと寂しいけれど、これまでずっと3人でつるんでいた分見えなかった世界に飛び込むのも悪くない。
でもそれ以上に、あかりがこれから自分たちの手でどこまで堕ちていき、それでいて互いにとって理想の関係をどこまで築き上げられるのか……それを考えるだけで興奮が収まらない。
(尚にも、あればいいんだけどな)
そして思うのだ。
自分はあかりと性癖という悦びを分かち合えるけれど、幸尚は同じご主人様でありながら、どこまでもあかりに与えるだけで。
「あかりちゃんが楽しそうにしていれば十分」だなんて言ってしまうこの心優しい恋人も、あかりから何かを受け取れればいいのに、と。
(ま、時間はあるか)
産まれてからずっと続いてきた幼馴染みとしての関係は、たった2年で劇的に変化した。
大学生活はその倍、4年もあるのだ。きっと幸尚とあかりの間にも、新しい関係が生まれるはず。
「奏、片付け終わったよ」
「おけ。じゃあ俺先に準備するから……終わったらあかりの洗浄とリセットな」
「っはい!ああぁ……やっと、逝けるうぅ…………!!」
そう、だから今は、目の前のことを一つ一つ、大切にこなしていこう。
さて今回はどれだけあかりをじらしてやろうかとほくそ笑みながら、そしてその後の幸尚との交歓に思いを馳せながら、奏は鼻歌交じりでバスルームへと向かうのだった。