第21話 岐路
「流石に年末年始は帰らないとダメだよなぁ……」
「この夏は僕が装具作りで帰れなかったしね。両親も帰ってくるから、あかりちゃんも帰省中は人間に戻ろうね」
「あぉ……」
「お、そろそろ餌やらねぇとな。ほらあかり、ごっくんしろ」
「んぐっ、んぐぅぇ……っ!!」
そろそろ冬休みも近づいた土曜日。
あかりは誕生日プレゼントに贈られた檻の中に閉じ込められていた。
その檻は体育座りをして何とか入れるほどの大きさで、手枷と足枷を着けたまま無理矢理押し込められて扉を閉められれば、鍵などかけなくてもあかりに抜け出す手段は無い。
なのに首輪は天井から伸びる鎖で繋がれ、手枷や足枷の鎖もそれぞれ檻の外を通してあって、どうやっても身動きが取れない状態にされている。
目はアイマスクで覆われているが、命令を聞けるよう耳には何もつけられていない。
そして頭部には、幸尚がこれまたあかりに合わせて作ったフェイスクラッチマスク付きの顔面拘束具が取り付けられていた。
長時間の拘束にも耐えられるようにと、夏休みのうちに歯科医院で作ったマウスピース越しに蓋付きの筒を咥えさせられた口は、自らの意思を発する自由を完全に奪われている。
その蓋を檻の小窓から開けられ、喉に管を突っ込まれる。
必死で飲み込んで胃まで降りたのを奏が確認すれば、大型の注射器が接続され、ゆっくりとドロドロした餌が流し込まれた。
何の味もしないのに、お腹が膨れていく感覚に、自然と涙が溢れる。
(ああ、餌ですら恋しい……あのカリカリのドッグフードでもいいから、口で食べたいよう……味が欲しいよう……っ!!)
今やこの家の中で、あかりに餌を選ぶ権利は一切与えられていなかった。
外出中は何の制限も無く、食事も間食も自由に食べられる。
辛い調教を頑張ったときは、大好きなケーキを食べさせて貰える。
けれどそれ以外の、いわゆる家で与えられる『餌』は、大学に入学した頃よりずっと人間らしさを失っていて、最近ではドッグフード状の餌が貰えることすらご褒美と化していた。
餌が決定的に変わったのは、幸尚があかりを『作品』にしてからだ。
それまでも時折ドッグフード状の餌は与えられていたが、あの創作をきっかけに幸尚の中でひとつタガが外れたのだろう「よりモノらしい管理を普段からした方が、いい素材になりそうな気がするんだ」と今の形を提案してきたのである。
歯や消化器官が退化しない程度には固いものを与えられる。
弁当もそれを意識しているのだろう、噛み応えのある食材が必ず使われている。
味だって変わらず絶品だ。
あくまでもこの家の外ではあかりは人間に擬態するのだからと、今まで通りの……いやむしろ今まで以上に手の込んだ弁当に変わった気がする。
それだけに、家では当たり前となった、胃に無理矢理流し込まれるだけの餌とも呼べないただの命を繋ぐ栄養は、外の生活とを行き来しているお陰で絶望に慣れる事すら許されず、毎回モノに落とされた惨めさに泣き……そして股間からしとどに蜜を垂れ流すのだ。
ああ、モノとして扱われるのは、気持ちがいいと……
何の人権も無く、それ故に何の憂いも無い。
全てを二人に託して、委ねて、望まれるままに鳴いて、悶えて、感じていればいい。
(……ああ、ずっとこの時間が続けばいいのに)
剥奪されればされるほど満たされる心地よさに、あかりはただ揺蕩っていた。
……いや、今思えば全てを放棄する麻薬のような享楽に、耽溺していたのかもしれない。
…………
幸尚があかりを素材とした創作欲に目覚めて以来、土曜日は奏が、日曜日は幸尚がその欲望を満たすために何かをする日と3人で決めていた。
もちろん毎週土日が埋まるわけでは無い。特に幸尚の場合は事前説明と準備にそれなりに時間がかかるからだ。
とはいえ、少しずつパーツが増えて行くにつれ、準備までの時間は短縮されていくのだが。
そして今週は久しぶりに、奏と幸尚両方からあかりにプレイの誘いがあったのだ。
「土曜は俺が、あかりを目隠しして檻に拘束してぇ。強制給餌と……檻の外から蝋燭を垂らすか。この体勢だとピストンバイブは使いにくいしな」
「なら無難にディルドかな。結腸を抜かない程度の物なら長時間でもいけそう」
「で、日曜は尚が……えっと、これもしかして花瓶か?」
「うん、キャットスーツと全頭マスクにこの体勢で、口とお尻にこれを入れて、この中に花を生ける」
「うわぁ……」
アクロバットな姿勢でとんでもないところから花を咲かせる作品に、あかりは「これ、大丈夫かな……」とその場で寝っ転がり姿勢を取ろうとする。
「うーん……いけますけど、長時間はキツそうです」
「流石に30分を超えることは無いよ。そうだなぁ、足は元に戻らないように固定した方が楽かもね」
「だな、それなら大丈夫か?」
「はい!……口とお尻にお花を飾られるんだ……ただの容れ物に、なっちゃうぅ」
「おいおい気が早いな、想像しただけで顔が蕩けてるじゃねえか」
そして迎えた日曜日。
あかりは昨日のプレイの疲れのつの字も見せず、二人の前に跪く。
「奏様、幸尚様。あかりを……ただの器にして下さい」
「うん、素敵な作品に仕上げるからね!」
二人は毎度の事ながら汗だくになりつつあかりにシルバーのキャットスーツを着せる。
今回のキャットスーツは貞操帯を着けたままでも装着できるようクロッチに余裕を持たせ、更に後孔にぽっかりと孔が開いているお陰で、すっかり遊び慣れ縦に割れたアナルだけを外気に触れさせる代物だ。
口とお尻に入れると差し出されたのは、キャットスーツと同じシルバーでペニスの形をしたディルド、のような物。
形は確かにディルドだが、その中は空洞で、例えるならペニス型の試験管だろうか。
ご丁寧にも根元には玉が再現されていて、全てをうっかり飲み込まないように配慮されている。
「……結構固いですね」
「中身なしで変形しないようにしたからね。これをあかりちゃんの口とお尻に差し込んで、花を飾るから」
「ああ、なるほどこれなら感染の心配も無いってか……」
差し出された二つのペニス型花器(?)をあかりがしげしげと眺める。
そしてぽつりと「……あの、この形はもしかして」と恐る恐る尋ねれば「そういうこった」とどこか恥ずかしそうに奏が肯定した。
「……小さい方が俺、大きい方が尚で型取りしている」
「!!」
「くそう、こうやって並べられると何だか悔しい……俺だって小さくは無いんだぞ!尚が馬鹿でかいだけだから、な!!」
「大丈夫、僕は奏のちんちんも大好きだよ?で、どっちをどっちに入れるかだけど」
「奏様のを口に入れて下さい」
「…………即答だよなぁ……うう、やっぱりちょっと悔しい……」
まぁまぁと奏を宥めつつ、あかりに口の部分だけ穴の空いた全頭マスクを被せる。
とはいえ口はこの後塞がれるため鼻の呼吸用チューブが命綱なのは変わらない。
そしてあらかじめ噛ませて置いたマウスピースが外れないよう、左手の親指と人差し指をクロスさせて開いた口を固定し、ゆっくりと奏の形の花器を喉まで押し込んでいった。
「おごぉ……シューッ、シューッ……」
「うん、特訓の成果が出てるね。思ったほどえずかない……」
用意して置いたリング付きのベルトで、花器を固定する。
喉頭の近くまで挿入されている呼吸用チューブのお陰で、喉をディルドに占拠されても呼吸に問題はなさそうだ。
こんな無茶な発想にも「あんたたちは加減って物を知らないの!?」と言いつつもアドバイスをくれる塚野に幸尚は心の中で感謝する。
これは帰省する前に、一度手土産を持ってお礼に行かなければ。
「お尻は後で入れるよ」と声をかけ、二人がかりであかりをテーブルに載せる。
仰向けのまま腰を高く上げ、足は頭の上に。
ちょうどでんぐり返しの途中のような体勢を取らせ、そのまま足をテーブルの脚から伸びる鎖と繋ぐことで固定した。
後孔にたっぷりとジェルを塗った凶悪な大きさの花器を埋め込めば、開発されきった胎を揺すぶられるのは堪らないのだろう、声にならない呻き声と共に思わず身体が揺れる。
「じゃ、花を生けるからね……と言ってもここに差すだけなんだけど」
「水を入れなくて大丈夫なのか?」
「うん、水に浸したキッチンペーパーを巻いてあるから、短時間ならこれで大丈夫だって」
あらかじめ花屋で注文していた二つの大きな花束を、そっと両方の花器に生ける。
少しバランスを調整すれば、シルバーの『花器』に咲いたのは緑のコニファーの中に散りばめられた真っ赤なアネモネとピンクのラナンキュラス。
クリスマスをイメージした花を引き立たせ、しかし決して邪魔はしないその花器は、時折苦痛か快楽かにふるりと震えては、これが生ある物だと訴えてくる。
わずかに見える生身の部分は、花束に完全に隠されている。
頭部はまるで花束に置き換わったかのようだ。
「……これは、俺も興奮するわ」
少し掠れた声で奏が呟けば「きっと気に入ると思ったんだ」とこれまた股間を張り詰めた幸尚がうっとりした表情で花を眺める。
「電動のおもちゃは論外だけど、あくまでパーツとしてのディルドくらいならありかなと思ってさ。……うん、これはいいね。完全に隠された命に飾られる花がこんなに美しいだなんて」
「何かおもしれーよな。俺はあかりが俺のちんこの型を咥えて悶えている姿に興奮してて……同じモノを見ているのに、こんなに感じ方が違う」
「ふふ、二人で楽しめる物を作るのも面白いなって今回実感したよ」
帰省したらこういうお祝いはできないからね、と二人は肩を寄せ合い、テーブルに飾られた花を楽しみながら……どちらからともなく、そっと口づけを交わす。
「……ちょっと早いけど、メリークリスマス、奏」
「おう……最っ高のクリスマスプレゼントだぜ。ありがとな、尚、あかり……」
穏やかな時間の……あかりにとっては恍惚の時間の終わりを告げるアラームが鳴るまで、3人はそれぞれの想いを胸に幸せに浸っていた。
…………
「ごめん尚くん、今日は奏ちゃんと先に帰ってて!」
あのちょっと早いクリスマスのお祝いから3日後、いつものように奏を迎えを待つ幸尚のところにあかりが息を切らせて走ってきた。
「え、うんいいけど、何かあったの?」
「あー……その、実は課題の締め切りに間に合わなくて……教授に頭下げてきて、今日の20時まで待って貰えることになったの!ただ流石に家に帰っちゃうと、その」
「ああ、うん、課題どころじゃ無くなるね……いいよ、終わったら迎えに来る」
「ごめんね!頑張って乗るから!!じゃなかった、課題終わらせるから!」
「そうだねそっちを頑張ってきてね!」
バイト休みの連絡も入れておきなよ!と叫べば、あかりは高く右手を挙げながら講義棟へ消えていく。
「あれ、あかりは?」
「いやそれが、課題をすっぽかしちゃったんだって」
「へっ、あかりが!?」
珍しいこともあるものだ、と迎えに来た奏も驚いた様子だ。
あかりは昔からこういう提出物に関してはきっちりしていて、二人の知る限り締め切りを破った事なんて一度も無かったのに。
「締め切り昨日だったって?あれかな、土日にがっつりプレイをやっちゃったせいかな……」
「ああ……確かに。あかりちゃんに悪いことしちゃったね……でも、あかりちゃんも課題のことは何も言ってなかったような」
「そういやそうだな……」
なんだろう、何かがちょっと引っかかる。
奏は幸尚を家に送り届けるとそのままバイトへ向かい、幸尚は夕食の準備をして新作のカーディガンをのんびり編みつつ、あかりの連絡を待つこと4時間。
20時きっかりにメッセージが入り、大学へと向かう。
「……ほんっとーにごめんね!尚くんだって忙しいのに」
「いや、僕はもう今年のレポートは全部終わっているから大丈夫だよ。それより……何とかなった?」
「うん!流石に締め切り破った分は評価が落ちちゃうけど、仕方ないよね!土日がっつりプレイしたせいだから」
「……えと……うん、そうだね」
(うーん、やっぱり何か……なんだろう、この違和感は)
それは、とても小さな、けれどどうしても無視できない違和感。
あかりに話すべきかと一瞬思うけれど、残念ながら今の幸尚に運転しながら話すという高等技術は存在していなくて。
「尚くん、私お邪魔しないから、運転に集中して」
「う、うんっ」
(まぁいいや)
集中した方がいいのは事実だから、幸尚はおしゃべりを止め前を向く。
小さな棘のような違和感の正体を確かめようと思っていたけれど、それは余りにかすかな気配で。
しかも家に帰ってしまえばいつもの『モノ』に戻ったあかりにどこか安堵してしまい、幸尚もすっかりそのことを忘れてしまっていた。
その時気付いていれば……いや、例えその事実に気付いていたとしても、結果は同じだったかもしれない。
…………
年末年始と言えば恒例の、3家族合同飲み会。
2年ぶり、しかも子供たちが酒を飲むようになったこともあって、今年の飲み会は最初から皆がハイペースで浮かれていた。
「いやぁ、こうやって子供と一緒に酒を飲める日が来るだなんて……感慨深いものだな」
「あ、あの、父さん……僕まで飲んじゃっていいのかな……」
「良いに決まってるさ!いやもうこの日をどれだけ夢に見たか……あぁ、いつも以上にビールが旨いなぁ……!」
そんな「うちの幸尚がこんな立派になって……神様ありがとうやっぱり幸尚は世界一です」と叫ばんばかりのはしゃぎっぷりに(こりゃだめだ)と幸尚も諦めて、奏やあかりと同じくグラスに注がれた梅酒をいただく。
初めてのお酒だからとしっかり水で薄めて貰った梅酒はジュースみたいに甘くて、けれど何か喉が焼けるようだ。
「うーん……僕はジュースの方が好きかなぁ……」
「お、意外だね。守さんは酒豪だからてっきりガバガバ飲むかと思ってたよ」
「あなた、それより隣でがっつり飲んでる奏を止めた方がいいんじゃない?さっきからあなたのウイスキーに手を出してるし」
「はぁ!?ちょ、奏待ちなさい、その酒はお前にはまだ早い!!父さんの秘蔵の酒だぞ!」
「何だよぉ、いーじゃんほらぁ、いやしかしこれマジで美味ーな!親父も飲めって!」
「…………お、遅かった……賢太に頼んでようやく手に入れた酒なのに……」
こりゃうちのバカ息子は明日二日酔い決定だな、と奏の父、拓海はため息をつきつつ、しかし息子と飲む酒ははやり格別なのだろう、奏に絡まれつつも感慨深そうに酒を堪能していた。
その隣では、あかりがこれまた梅酒をガブガブと飲んでいる。
うちも酒はあまり強くない家系なんだけどなと心配しつつも、むしろその方が少しでも話せるかもしれないと思った紫乃は、祐介と二人で持ち込んだ日本酒にちびちび口をつけつつ、恐る恐るあかりに話しかけた。
「……大学は、楽しんでる?」
「うん……ふふ、3人で暮らすのは楽しいよ」
くふくふと笑いながら話すあかりは、どうやら既に酔っているようで話がかみ合っていない気もするが、それもまたよしと紫乃は久々の親子の会話に安堵する。
「そう。……卒業後はどうするの」
「んー、在宅で起業しよっかなって。今バイトで入っている案件はそのまま続けながら、何か新しいサービスを作ろうと思うんだよねぇ」
「え、就職はしないの?」
思わず口にしてから、しまった、と紫乃は後悔する。
あれだけ親の『普通』に反発していた娘に投げていい言葉では無かったと。
けれどあかりは気にしていないようで「しないよ」とへらりと笑いながら答えた。
「だって、外に働きに行ったら、奏ちゃんや尚くんと一緒にいられなくなるしぃ」
「……え…………」
「うふふ……二人だって、私は家にいた方がいいって思ってるもん、ね?」
「…………!」
突然の爆弾発言に、その場が凍り付く。
……いや、凍り付いたのは幸尚と数人の親たちだけで、最も危機感を持っていて欲しいご主人様に至ってはすっかり上機嫌なのだが。
「え、あ、あわわあかりちゃんそれは……って奏、何か言ってよぉ!!」
「んー?何だ尚もこれ飲む?マジで美味ーよウイスキーって。叔父さんがいつも飲んでた理由がよーく分かったわ」
「あああ、こりゃだめだ…………」
「こら奏っ、お前はちょっとつまみと水を挟みなさい!すまないね幸尚君、君は君のペースで飲むんだよ!」
「あ、はい、大丈夫です。……既に二人とも出来上がっちゃってますね、これ」
(いやもう飲んでる場合じゃ無いよ!!二人の失言を見張ってなきゃまずいってば!!)
にこやかに拓海に返すも、幸尚の頭の中は何とかこの場を切り抜けなければ!という緊張で今にも叫び出しそうだ。
「…………ふむ……」
拓海はどこか浮かない顔だ。
……もしかして、今のあかりの発言で何かに感づいてしまったのだろうか。
ちらり、と拓海が奏の母、芽衣子の方を見る。
芽衣子は頷いて「あかりちゃん、ちょっと外の空気でも吸いにいこっか。おつまみも買い足したいし」とあかりを誘った。
「えー、もうちょっと飲んでたいぃ」
「帰ったらまた飲めるわよ、ほら、美由さんと紫乃さんも一緒にいきましょ」
「そうね、久しぶりにコンビニスイーツも食べてみたいし」
「ほら、あかり行くわよ」
「え、あ、うん?あれぇ……」
半ば強引に、母親たちにあかりが連れ出される。
その場に残ったのは、すっかり出来上がった奏と、内心冷や汗をかいている幸尚、そしてどこか難しい顔をした拓海と守に、いまいち状況が飲み込めていない祐介。
「……幸尚君」
「ひゃいっ!!」
「あ、いや、そんなに緊張しなくていいよ。でもその様子じゃ、幸尚君にも心当たりはあるんだね」
「あ、えっと……」
どう答えたらいいだろう、そう頭の中で必死に考えているうちに拓海が口を開く。
その内容は意外なもので……バレて無くて良かったと安堵する一方、記憶の隅に追いやられていた小さな棘を突きつけられるのだった。
「あかりちゃん、奏や幸尚君に依存しかけていないかい?」と――
…………
「依存…………」
(ああ、これだ。あの時僕が感じていた棘は)
拓海の口から出てきたたった二文字の言葉が、全てを明らかにする。
これまで決して課題の締め切りを破らなかったあかりの異変。
課題があるならばこれまでのようにプレイを断れば良かったのに、それを怠ったこと。
そしてその事に対して何の反省の色も見られなかったどころか、むしろ自分のせいでは無いとどこか人ごとな感じの受け答え……
(今までのあかりちゃんなら絶対にあんなことはしなかったし、万が一今回みたいな事態になっても僕たちに謝っていた。「ちゃんと伝えて課題をやるべきだった、ごめんね」って)
断れないはずは無いのだ。
今までだって、大学のレポートや急なバイトが入ることは何度だってあったし、プレイの予定を組む段階で必ずあかりは無理なときは無理だとはっきり伝えてくれていた。
……くれていた、筈だ。
(一体、いつからああなった……?)
思索に入ってしまった幸尚をゆうに10分は待っただろうか。
「幸尚も、心配していたのかな」と穏やかに守が話しかける。
「え、ああ、うん……ちょっと、気になることがあって」
「そうか。うん、それが分かっているならいいんだ」
「うちのバカ息子は……これじゃ尋ねようがないね。すまない幸尚君、後で奏にはしっかり話しておいてくれるかい?私が言うよりは話を聞くだろう」
「あ、はい」
何があったのかまでは聞かないからと拓海が付け加えた言葉に、幸尚はほっと胸をなで下ろす。
いや、問題は何も片付いていないから安堵している場合では無いのだが、流石にこの状態でのカミングアウトは避けたい。
矢面に立てるのが自分しかいないのは、心許ないにも程がある。
一方で「あの、一体何が」とまだ状況が飲み込めていない祐介に、拓海は「ちょっとあかりちゃんが気になりましてね」と話し始めた。
「端的に言うと、ずっとご両親の意思に沿って……言い方は悪いですが依存して生きてきたあかりちゃんが、自立しようとしていたはずなのに奏と幸尚くんに依存しかけているんですよ」
「……え、ええっ!?」
そんな、どうしてと焦る祐介を「まぁ、もう彼らも大人ですから根掘り葉掘り聞くのは野暮ってもんでしょう」と守が宥める。
「それはそうですが」としかし未練がましく幸尚を非難するような瞳で見つめる祐介に「……大丈夫です」と幸尚がはっきりと宣言した。
「このままじゃダメなのは分かってますから。僕たちで、何とかします」
その事に、3人の父親たちは一瞬目をぱちくりとさせる。
だって、あの引っ込み思案だった、自分の意見をなかなか言えなくていつも奏とあかりの後ろに隠れていた幸尚が、これほど堂々と宣言したのだから。
(……ああ、何があったか知らないけど、幸尚も大人になっている)
その姿に、守の脳内はもはや盆と正月とインド人が一緒に来たような祭り状態だ。
ああ、気を抜いたらここで泣いてしまいかねない。感動の涙は後で美由ちゃんに報告してからゆっくり流そうと必死で堪えていた。
「うん。幸尚君がそう言うなら私たちはそれを信じよう」
「……おじさん」
「そうだな。幸尚はこんなところで誤魔化すような子じゃ無いのは、僕たちが一番分かっているから」
「これが奏ならちょっと疑うけどな」
「あ、あはは……えと、ありがとうございます……?」
ああ、ここで生き残っていたのが自分で良かったと幸尚は今度こそ心底安堵する。
万が一奏が素面で残っていたら……奏のことだ、ついうっかり感情にまかせてカミングアウトをかました挙げ句、状況を全力で悪化させていたに違いない、もうその未来しか見えない。
「お節介かもしれないけれど」
そんな幸尚に、人生の先輩からのアドバイスだよと前置きして拓海は忠告する。
……それは、まるで自分達の関係を見透かしているかのような諌言で。
「君たち3人の関係に、上下は作らない方がいい。君たちは生まれてからずっと、3人で……それぞれ持ち得る物は違っていてもずっと互いに助け合って、対等な立場で育ってきたのだから、ね」
「……はい、ありがとうございます」
(凄いな……詳しい関係は分かっていなくても、何となく気付かれているんだ)
自分達が長年かけて作り上げてきた関係と同じく、親たちもまたずっとこの関係を見守り続けてきたのだと思い知らされる。
生きてきた年数分の経験値はどうしたって追い越せなくて、けれど今のあかりの問題を知った幸尚にとってその忠告はとても素直に心に響くものだった。
いつからかは分からない。
けれど、あかりの人としての日常に、主従関係が浸食してきているのは間違いない。
それは……幼馴染みとしての3人の関係が、変質して、飲み込まれてしまうと言うことで。
(これは、何とかしないとまずい)
どうすればいいのか、妙案は浮かばない。
何が正解なのかすら今は分からない。
けれど、きっとこれは自分達の関係を決定づける岐路だと、幸尚はそう直感していた。
…………
「うえぇ……頭痛い……気持ち悪いぃ…………」
「もう、調子に乗って飲みすぎだよ。おばさんが点滴持ってきてくれて良かったね」
「あーもう情けねぇ……途中から記憶ねぇんだよ。俺、何か変なこと言ってなかった?」
「おじさんにベタベタしながら絡み酒していたくらいかな。あ、秘蔵の酒を飲み尽くされたっておじさんが悲しそうな顔を」
「ぐぬぬ……」
目が覚めたら世界がぐわんぐわんと回っていた。
少し身体を起こすだけで猛烈な吐き気に襲われる奏は、母から「これが自業自得ってやつよ!いい勉強になったわね」と突っ込まれつつ二日酔い用の点滴を腕にぶっさり刺され、屍のようにベッドに転がっていた。
「……ちなみに、あかりは?」
「隣の部屋で点滴中」
「そっちもか……」
ただちょっとね、困ったことがと話す幸尚に、それは後にして欲しいと口を開きかけたものの、その真剣な眼差しにこれはただ事では無いと奏に緊張が走る。
……まあ、次の瞬間には吐き気に襲われてぐったりするのだが。
「……すまん、動けねぇけど耳は生きてる」
「うん、無理して喋らなくていいよ。また改めて作戦会議が必要だろうし取り敢えず報告だけ。……奏、あかりちゃんが僕たちに依存しかけて……ううん、もう依存していると思う」
「!!」
今度こそ奏に緊張が走る。
それは二日酔いで死んでいるからって後回しにしていい問題じゃ無い。
詳しく、と促された幸尚は昨日の出来事を話す。
「二人が望むから、就職せず在宅で受託開発と起業をする」というあかりの発言。
少なくとも両親たちはあかりの変化を把握していて、奏の父に至っては自分達の主従関係を何となく見抜いている節があること。
もう大人だから自分達で解決しろと任されたが、上下関係は作らない方がいいと忠告されたこと。
そして何より、あかりが課題をすっぽかした日の様子……
「ごめん、あの時気になっていたのに……ちゃんと奏に相談するべきだった」
「いや、俺こそ……むしろ潰れたのが俺で良かった、これ立場が逆だったら今頃修羅場になっていたかもしれねぇ」
「うん、それは同感」
にしても何でいきなりこうなったんだろうなぁと奏は首をかしげる。
だが、幸尚にはひとつ、心当たりがあった。
「……僕が、あかりちゃんと……その、性癖を満たし合えるようになったからかも」
「あ」
奏と幸尚、二人がご主人様であり二人に全てを託しているとはいえ、心の奥底ではやはり幸尚に対してどこか遠慮というか、こちらの世界に巻き込んでしまった負い目が合ったのだと思う。
それが、幸尚の目覚めですっかり取り払われて、今のあかりは何の気兼ねも無く幸尚の奴隷として振る舞えるようになってしまった。
思えば、外の世界で幼馴染みの関係を維持できたのも、歪んだ世界に踏み込めど染まりきらない幸尚の存在が大きかったからかもしれない。
その彼が『こちら側』の住人となったのだ。ならばあかりにとって、演じ続けてきた外の世界が存在する必要性はもはや無いと、無意識に切り捨てているのだろう。
「……自覚がない分、面倒かもな」
「自覚してもなかなか大変そうだけどね」
二人は難しい顔で嘆息する。
当然ながら今の問題をこのままにしておくことはできない。
ただ現状を、そしてそうなった理由を自覚したときに……あかりが幼馴染みの関係に別れを告げ、完全に主従としての関係だけを選択する可能性は高いと感じている。
それはつまり、自分達の存在があかりを解放したかった『普通』の枷となり、あかりを生涯縛りつける事になってしまうのだ。
「とにかく、話してみよう。あかりに自覚させてからじゃねぇと話が進まねぇ」
「そうだね。向こうの家に戻ったら、かな……とにかく二人とも元気にならないと」
「全くだ……ああぁ、思い出したら胃がうえぇぇ……」
再びベッドに沈み込む奏に「これに懲りたら酒は控えようね」と忠告し、幸尚は隣の部屋に様子を伺いに行くのだった。
…………
「……なるほどね、事情は分かったわ」
2月初旬、3人はいつものように『Jail Jewels』にお邪魔していた。
ただ、いつもとは少し違う雰囲気を纏って。
事前に奏から連絡は受けていたものの、来店した時の……特にあかりの様子に「これはいけない」と危機感を抱いた塚野は「取り敢えずお茶でも飲みなさい」といつものように温かいほうじ茶と茶菓子を出す。
今日の茶菓子はかぼちゃ餡のしっとりしたパイだ。思ったほどくどくない甘さで、くるみのアクセントが良く効いている。
「……あかりちゃん、せっかくだし頂いたら」
「あ、うん、塚野さんありがとうございます、いただきます」
「…………ええ」
幸尚に促されてあかりが茶菓子を口にする。
ほんのり甘いカボチャの風味に「あ、これ美味しい」と笑顔になった。
そんなあかりに、塚野は「結構いけるでしょ」とにこやかに相づちを打ちつつ、内心冷や汗をかいていた。
(…………ああ、これは……完全に振り切っちゃっているわね)
…………
シェアハウスに戻った後、3人は改めて話し合いの場を設ける。
これまでの経緯と、あの飲み会での発言、そしてあかりが日常まで主従関係に浸食されてきていることとその理由……
全てを話し終え、しかしあかりの表情はどことなく理解しがたいと言った様子だった。
「……特に変わったつもりは無いんですけど…………」
「そりゃあかりは完全に無意識だろうからな。指摘されてから俺も振り返ってみたけれど、確かに幸尚があかりを初めて『作品』にしてから、外でも俺たちに従順になってしまったのを実感したんだ」
そう、改めて振り返った二人は愕然とする。
今のあかりは、あれほど好きだったケーキバイキングすら自ら食べに行きたいと二人を誘わなくなっていたのだ。
ケーキは調教を頑張ったご褒美、そう二人が位置づけていて、更に幸尚がケーキの食べ過ぎでちょっとお腹がぷにぷにしたことを指摘したのを「ご主人様の意に沿わない行為」と無意識に解釈したのだろう。
事態は予想以上に深刻だった。
今や、あかりにとって二人は完全に『普通』の基準と化してしまっていたのである。
「あかりちゃん、このままだとあかりちゃんは……元に戻っちゃうよ?いや、確かに奴隷ではあるんだけど、お母さんの『普通』に従順だったあの頃に戻ってしまう……」
「あの頃とは違いますよ!だって、私が従順なのは、奏様と幸尚様だけです!!私はもう、誰の普通にも従わない。お二人の奴隷なんですから!」
「ああうん、それはそうなんだけどね……ううん、どう説明したらいいんだろう…………」
あかりを自由にしたかったのに、当のあかりがようやく手に入れた自由を放棄して奏と幸尚という籠の中に自ら入ろうとしている。
今のあかりにとっては、外での人間らしい振る舞いすら自分の意思では無く「奏様と幸尚様がそう望んでいるから」命令に従っているだけになってしまっているようで。
思った以上に根が深く、これは手に負えないと思った二人は素直に経験者に頼ることにしたのだ。
……そう、10年以上にわたり完全室内飼育で奴隷を飼い続けているご主人様である、塚野に。
…………
「率直な感想を言わせて貰うとね」
そう前置きして、3人を見据えた塚野が口を開く。
「むしろ今まで良く持ったな、って思うわ」
「良く持った……」
「奏は早々にこの世界に飛び込んじゃったし、幸尚君は逆にさっぱりこの世界を知らなかったから実感は無かったでしょうけど、この4年間あんたたちがやってきた調教は決して子供の遊びじゃ無い、本格的にあかりちゃんを奴隷として堕とすものばかりだったのよ」
確かに暴走もした、やらかしも散々してきた。
それゆえ塚野が間に入って、せめてあかりを傷つけないようにサポートこそしてきたが、彼らの調教は生半可なパートナーなら真っ青になるレベルのものがほとんどだ。
それはご主人様である二人の性質以上に、あかりの被虐嗜好がどこまでも深く、本人にも御しきれないほど大きい物だったことが一番ではあるのだが、それ故に3人はここまで突っ走って来た。突っ走れてしまった。
ある意味ではこれは成功なのだ。
あかりが望み続けた、生涯人権を剥奪された奴隷として、モノとして生きられるような環境と精神を手に入れられたのだから。
「だから幸尚君、君が自分の性癖に目覚めたことを悔やむのだけは止めなさい」
「……塚野さん」
「確かに、君の目覚めは最後のトリガーを引いた。けれどね、遅かれ早かれあかりちゃんは日常を浸食されて完全な奴隷に堕ちていたと思うわ」
「そう、ですか…………」
そうは言っても、やはり幸尚の落ち込みは激しかった。
それはそうだろう、彼が守りたいと思っていたあかりは、奴隷としてのあかりだけで無く、幼馴染みとしてどこまでも強く、気高く、そして眩しい彼女だったのだから。
「で、うちに相談に来たのはどういう理由かしら?」
「いやオーナーはさ、家で奴隷を飼ってるじゃんか。それも10年以上」
「そうね」
「……俺らもいずれはあかりを室内飼いしたいと思っているんだ。ただ、今のままじゃダメな気がして」
「でも、どうすればいいか分からないんです。それで何か参考になる話が聞ければなと」
「なるほどね。そこで自分達で抱え込まずにちゃんと助けを求められた点は評価するわ」
けれど、今回ばかりは私は役に立てないかもね、と続ける塚野に「何でだよ」と奏が食ってかかる。
「事実よ」とお茶のおかわりを注ぎながら塚野は奏を宥めた。
「うちの主従関係と、あんたたちとでは根本的に異なるからね」
「根本的に……?」
「ええ。うちは、出会ったときからずっと主従関係だった。女王様とお客ではあったけどね、対等な関係だった事なんて、一度も無かったのよ」
SMバーにやってきた、どう見ても都会になじめていない垢抜けないサラリーマン。
あの最初の出会いから、確かに愛は育んできたけれども、根本的に自分達は変わらぬ主従のままだ。
生まれてからずっと幼馴染みで、対等だった3人とは背景が違いすぎる。
だから、安易にアドバイスなどできないのだ。
だって室内飼いの奴隷にしたいのなら、完全に人を止めさせたいのなら、そのままあかりの望むように堕として自分たちの中に閉じ込めてしまえばいい。
何より、今のあかりは恐らくそれを望んでいるのだから。
(けど、違うでしょ)
塚野はきょとんとするあかりを眺める。
(今のあかりちゃんは、あんたたちが求めている『奴隷』ではないでしょう?)
あかりが周りの普通から自由であること。
それを何よりも大切にしてきた二人が望むのは、今のあかりじゃない。
だが、塚野はその事を声には出さない。
きっと今のあかりに、この声は届かない。下手をすれば反発して閉じこもってしまう。
(……自分で気付くしか無いのよ)
そう願いを込めて、塚野は再び口を開いた。
「まずは、3人ともどうしたいのかをはっきりさせる事ね」
「どう、したいか……」
「そ。このままあかりちゃんが日常まで完全に隷属する関係を選ぶのか、今まで通り外では人間として振る舞い、あくまでも対等な幼馴染みとしての関係をベースにした上での主従関係を築くのか、はたまた別の道を見つけるのか」
一番楽なのは隷属させる事よ、と塚野は断言する。
けれども、二人はきっとそれを望まないだろうと心の中で付け加えつつ。
「別に今この場で決めろってわけじゃないわよ。けど、あんたたちだってそろそろ卒業後の事を考える時期でしょう?就職の事だってあるし、あまり悠長にしている時間は無いと思うわよ」
「それは、確かに……」
どうしたものかな、と悩む奏に、今のままでいいんですけどと呟くあかり。
そして、一人静かに俯く幸尚。
暫く、時間が流れる。
空調の音だけが部屋の中に響いている。
(考えるにしても、今の生活をしながら……あかりちゃんは本当に考えることができるだろうか……)
精神的な隷属を抱え、かつ奴隷としての生活をしながらたどり着く道なんて、ひとつしか無い。
それでは意味が無い。どちらの選択肢を望むにしても、そこにあかり以外の意思が入ってはならない。
(……これしか、ないかな)
熟慮の末、幸尚はある結論に達する。
きっとそれは、あかりにとって最大の苦痛であり危機であり、何より今のあかりにとっては快楽にすら変えられない絶望となるかもしれない。
(ごめん、あかりちゃん。でも、僕はどうしても譲れない)
幸尚は、先に心の中であかりに謝る。
どの道をあかりが選ぼうが、幸尚はこれまでと変わらずあかりの側にいる、それだけは変わらない。
けれど、その選択は100%あかりちゃんの意思であって欲しいから。
「……奏、ひとつ提案があるんだけど」
「ん?何か思いついたのか」
幸尚は奏の耳元で自分の案を囁く。
「な、尚っそれは」と驚愕に目を見開く奏も、しかし正直なところそれを超える妙案など思いつきもしない。
正直不安しかねぇんだけど、仕方ないよな。
そう呟く奏に幸尚は頷き、あかりは逆に不安を覚えるのだ。
……だって、幸尚様が思いつく調教は、いつだってあかりの心を抉り、絶望させるから。
「塚野さん、ひとつ聞きたいんですけど」
そうして宣告される処置は、確かにこれまでとは比べものにならないほどの残酷な仕打ちだった。
「……ピアスの穴って、ピアスを外しても維持できますか?」
…………
「え…………?」
その言葉に、あかりは耳を疑う。
(どういう、こと……?ピアスを外す……そん、な…………嘘でしょ……?)
あまりに予想外の展開に、頭が真っ白になり世界がスローモーションで動く。
「期間にもよるけど、維持したいならホールに何か入れて置いた方がいいわね」と答える塚野の声が遠い。
そんなあかりの様子を伺いながらも、幸尚は話を止めない。
「取り敢えず1ヶ月だけ外させたいんです。その後はどうなるか、話次第ですけど……」
「なるほどね、なら透明なリテーナーを着ける?樹脂製のやつならいい感じのカーブに加工できるでしょ」
「はい、それでお願いします」
話がまとまったのだろう、幸尚が「あかりちゃん、貞操帯を外すから立って」と命令する。
(いや……そんな、本当に外されてしまう……!?)
怖い。
二人の所有の証であるピアスを外されてしまうだなんて。
足が震えて、上手く立てない。
けれど、その気持ちは言葉にならない。
だってこれは幸尚様の命令だから、私は奴隷で、絶対服従だから……!
「……本当に良く躾けられている、と褒めるところなのよ、普通は」
「俺たちにとっては危機感しかねぇけどな」
嘆息する3人のその理由も、今のあかりにはわからない。
貞操帯を外され、開脚した状態で台の上に拘束される。
手足も、首も、頭も、何一つ動かせないように厳重にベルトを締められ、工具を持った塚野の手が近づいてくる。
(いや、いやっ……やめて、外さないで!奏様と、幸尚様の証を、お願い外さないで下さいっ!!)
半狂乱になって叫ぶ……も、それは音にならない。
ただただ首を振ることすらできずに「ぁ……ぁ…………」と呻きながら、あかりは涙を流し続ける。
「よ、っと……外した奴はどうする?」
「あ、どうしよっかな……ここで保管して貰っても」
「いいわよ。1ヶ月ね?」
手際よく、3つのピアスが外され、樹脂製のリテーナーに置き換えられる。
軽くて、遠目には目立たなくて……ずっと一緒だった何かを奪われた喪失感に襲われる。
(…………そんな、私、捨てられた……?)
突如として去来するのは、ご主人様を失った恐怖。
そんなはずは無い、だってずっとご主人様の命令に従っていい子にしていた筈だ。
それに、奏様や幸尚様はそんな薄情な人では無い。その事は誰よりも自分が一番知っている。
知っているのに、ピアスを外されただけで、不安が止まらない。涙が……流れ落ちる。
しゃくりあげるあかりに、その不安を感じ取ったのだろう「……捨てないよ」と静かに幸尚がその涙を指で拭う。
「あかりを捨てるんじゃない、そこは勘違いするなよ」
「僕たちにとってあかりちゃんは大切な人だ。恋愛感情はなくてもね。この程度で壊れるほど僕たちの付き合いは浅くない」
「ひぐっ、ひぐっ……でも…………」
「だからだよ。大切なあかりちゃんだから……一度、僕たちは戻るんだ」
拘束台から解き放たれれば、涙と鼻水でぐしゃぐしゃのあかりを幸尚がぎゅっと抱きしめる。奏は横からあかりの頭を優しく撫でている。
そして……目の端に移るのは、塚野があかりの着けていた貞操帯を洗浄し、棚に収める姿。
「……まさ、か…………」
まさか、ピアスだけじゃ無い。
貞操帯まで……全てを取り上げられるのか。
「ぁぁ……ぅあああっ、わああああっ!!」
「あかりちゃん、落ち着いて!……大丈夫、ピアスも、貞操帯も無くたって、僕たちはずっと側にいる」
「思い出せ。たった4年前まであかりは、何にもなくたってずっと俺たちと一緒に過ごしてきただろうが!」
パニックに陥ったあかりを、二人は必死で宥める。
(ああ、ここまで浸食されていた)
(たったこれだけのことで取り乱すほど……あかりは、俺たちに依存していたのか)
もっと、もっと早く気付いてやれば良かった、そう後悔する。
けれども塚野も言っていた。どうあってもこの関係を続ける限り、遅かれ早かれこの日は来ただろうと……
大丈夫、大丈夫だからとあかりを抱きしめながら、幸尚もまた大粒の涙を流していた。
「ごめんね……あかりちゃん、ごめんね……でも、僕にはこの方法しか思いつかなかったんだ……!」
胸が痛い。
きっとこれから、あかりは絶望と喪失と、そして……現実を知る苦しみを負わなければならない。
こればかりは変わってあげられないから、だからせめて、自分達はあかりと共にあろう。
(ずっと、側にいるから)
(だから乗り越えてくれ、あかり)
「あかりちゃん、良く聞いて」
ようやく落ち着いてきたあかりの頬を、幸尚は大きな手のひらでそっと包む。
怯えきったあかりに「僕たちは、あかりちゃんを絶対に見捨てない、それだけは信じて」と繰り返した。
「ひっく、ひっく……で、でもっ…………私、奏様の、幸尚様の奴隷じゃ……」
「うん、今のままじゃ、あかりちゃんは冷静に判断することもできないから」
だから、1ヶ月間。
僕たちはただの幼馴染みに戻ろう、そう幸尚は宣告する。
幼馴染みに戻る。
その真意は、今のあかりには理解できない。
ただ、完全に捨てられたわけでは無いと解釈するのが精一杯だ。
「これから1ヶ月、俺らはあかりを人間として、幼馴染みとして扱う。当然調教だってしねぇし、飯も風呂も服も……自慰だって自由だ」
「じゆ、う…………」
「そう。僕たちは何も命令しない、指示しない。あかりちゃんが思うままに動いて、生活して、大学に行って……何の枷も、檻もない日々を送って欲しい」
そうして、今の自分の状態に気付いて、僕たちの……いや、誰の意思も混じらない、あかりちゃん自身の意思で3人の関係をどうしたいか選び取って欲しいんだ。
そう断言する幸尚の瞳はどこまでも優しくて、けれどもどこか覚悟を感じさせられて。
(分からない……、なんで、こんな、捨てるようなことをするんですか……)
まだ疑問も、混乱も尽きないけれど、けれどお二人がそう判断したのならそれがいいことなのだと、あかりは小さな声で「わかりました……」と頷くのだった。
…………
「先に準備してくるから」と幸尚はシェアハウスに戻り、奏とあかりは塚野の店で幸尚の帰りを待つ。
「準備、って何をするんですか……?」
「んー、多分色々片付けたいんじゃねーかな。あとあかり、敬語はなし。今の俺たちは幼馴染み、いいな?」
「はい……あ、うん……ううう、いきなり言われても難しいよう……」
「だいじょぶだって、あかりならすぐ慣れる。演技派なんだろう?」
それよりそっちは大丈夫か?と、奏はさっきから足をもじもじさせるあかりを気遣う。
よく考えてみたら、あと1週間でリセットの予定だったのだ。どうせならリセットしてからの方が良かったかなと今更ながら思う。
「その、さ……お股が覆われていないのが、すんごい……何だろう、むずむずする……」
「まじか。まぁずっと布一枚触れなかったもんなぁ……」
「ううぅ……奏様ぁ、クリトリスごしごししたいぃ」
「流石にここではだめだぞ?そう言うのは家に帰ってからな、あと様じゃねぇって」
「あうぅ…………って、え?触っていい、の?」
きょとんとするあかりに「当然だろ」と奏は頷く。
「言ったじゃん、幼馴染みの関係だって。だから俺らはこの1ヶ月間、あかりの身体に触れねぇ」
「そんな、それじゃ」
「だから、自分で自由に慰めていい。お風呂だって自分で入って身体を洗っていいし、それでムラムラしたらおっぱじめたって別に構わねぇ」
「お、おっぱじめるって……」
「まんこだって指突っ込んだっていいんだぞ?ああ、ディルドは流石に新品を手に入れろよ、ほかの場所に使った奴を使うわけには」
「あわわそんなの入れないってば!!多分、だけど!」
ようやくあかりらしさが見えたことに安堵しつつ、奏は笑う。
きっとあかりが落ち着いて自分を俯瞰できるまでには、もう少し時間が必要だろう。
そしてそれは……落ち着いて考える必要があるのは、自分達も一緒なのだ。
「片付けが終わったから帰ろう」と迎えに来た幸尚に「よし尚、今日は尚が運転して帰るぞ!」と奏が提案すれば、あかりがギョッとした顔をする。
「ええええっ!?奏様、じゃなかった奏ちゃん本気!?」
「おう、そろそろ俺らも尚の運転に慣れないと、このままじゃ俺の負担が減らねぇじゃん」
「酷いなぁ、僕だって随分上手くなったんだよ?最近は玄関のブロック塀だって擦ってないじゃん」
「普通は擦らねぇもんなの!!……あかり、覚悟を決めろよ?」
「ううう、まだ死にたくないよう…………」
(……さて、どう転ぶかしらね)
わいわい言いながら……いや、敢えて幼馴染みらしい会話になる状況を作りながら店を去る3人の背中を塚野は眺める。
一度味わった依存の心地よさは、そう簡単に離れられるものではない。
あかりが依存を知り、それを断ち切るだけの何かを得なければ、これからも同じ事を繰り返すだろう。
自分なら、そんなまどろっこしいことはしない。
彼らの立場であれば、徹底的に依存させてその分の責任も全てこの背中に負って、生涯奴隷を愛で、飼い続ける道を選ぶ。
(けど、幸尚君は当然として、奏もそれを望んではいないのね)
あの場で奏は、幸尚の提案に微塵も反対の意思を見せなかった。
自分だけの奴隷が欲しい、生涯飼い続けたいと言っていた奏はしかし、実際に自分の夢が叶いかけて何かしら違和感を抱いたのかもしれない。
あの二人のことだ、あかりが完全に堕ちてその全てをご主人様に捧げると自らの意思で決めたなら、葛藤はあれど最終的にはそれを受け入れるだろう。
……ただ、どこかでそうはなって欲しくないと思っている自分がいる。
(だって、それはきっとあの子たちにとって本当の幸せじゃ無い)
どちらにしても、まずはあかりが思考できるだけの落ち着きを取り戻さなければ始まらない。
どうか3人にとって良い方向に進みますようにと、塚野は扉の向こうに消えた3人を祈るような思いで見つめるのだった。
…………
部屋の中は、綺麗さっぱり片付いていた。
あかりが排尿するためのボウルやペットシーツはおろか、餌用の台や皿も、リビングに置いてあったおもちゃ箱も、拘束具も……全てがあかりの目の届かないところに追いやられていたのだ。
いつもの癖で服を脱ごうとするあかりを「あかりちゃん、服は脱がなくていいんだよ」と幸尚が止める。
「え……でも、どうしたら」
「えっと、取り敢えずの室内着を買ってきたからこれを着てくれる?水通しも済ませてあるから」
「ちょ、尚あれだけの時間で良くそこまでやったな……」
用意されていたのは近所のモールで買ってきたのだろう、スウェットのパーカーとゆるめのスカート、それにスパッツだ。
あかりの好みを熟知した幸尚だけあって、シンプルだがちょっと甘さのあるデザインなのが心憎い。
「……何だか、落ち着かないです……」
「はいはい敬語はなし。で、床に座らない」
「えええ……そんな、ソファに座るだなんてぇ……」
あかりが当惑するのも無理は無い、何たって今朝まで裸同然の格好で床で過ごしていたのだから。
「まぁ頑張って慣れような」とにっこり笑う奏にも、まだ違和感が拭えない。
「でもさ……1ヶ月経ったらまた、奴隷に戻るんでしょ」
「うーん、どうなるんだろうな……あかりがどう思うか次第じゃね」
「私がって、そもそも奏ちゃんと尚くんはどうしたいの?」
「今それを言っちゃったら、あかりちゃんは気にしちゃうでしょ?だから、言わない」
「むぅ、けちぃ」
あ、ちなみに僕たちは普通にセックスするからね?とにっこり笑えば、慌てるのは奏の方だ。
「え、ちょ、待てよ俺ら幼馴染みに戻るんじゃ」
「だれも奏の恋人を止めるとは言ってないよ?」
「そりゃ屁理屈だろうが!大体俺らがセックスしてたらあかりに悪影響が」
「……あかりちゃんが奴隷になりたいって言う前から、僕らは毎日セックスしてたし、何ならあかりちゃんは毎回至近距離で見物したりちょっかい出したりしてたけど」
「そ、そうだった…………」
さ、ご飯にしようかと幸尚がスープをよそう。
今日は春雨と肉団子のスープに天津飯だ。
大学に入ってからは奏もかなり料理をするようになったが、とても幸尚の腕には敵わないからついつい頼ってしまう。
「じゃ、食べよっか。いただきます」
「「いただきます」」
これまたダイニングの椅子に座るのが落ち着かないあかりが「いいのかな、こんなご飯食べても……」とひとりごちながらかに玉を口に運び「んまっ!」と歓声を上げる。
「え、かに玉ってこんなに美味しかったっけ……!?尚くん、また料理の腕を上げたんじゃ無い!!?」
「お弁当でも入れるんだけどほら、冷えちゃうでしょ?やっぱりできたてが美味しいから」
「うん、凄く美味しい……!あはっ、尚くんの作ったスープなんて久しぶりすぎて……」
はしゃぎながら食事を味わうあかりに、ああ、この時間を奪うのは悪手だったかなと幸尚は少し反省する。
けれど、あの餌のお陰であかりのモノとしての輝きが増したのもまた事実で、正直どちらも捨てがたい。
あかりがどちらの選択肢を選んだとしても、これからはこの家で人間として手料理を味わう機会を設けよう、そう幸尚はそっと心に刻んだのだった。
「はあぁぁ……美味しかったぁ……」
「って食べた途端に床に座らない!ほら、椅子に座って」
「むぅぅ、だってぇ……」
…………残念ながら、あかりが椅子に落ち着いて座れる日はまだまだ遠そうである。
…………
そんなこんなで、数日が過ぎた。
最初は隙あらば床に股を拡げてしゃがもうとしては諫められ、お風呂に入っては湯船にも浸からず出てしまい「身体が冷たい……」「あかり、風呂でちゃんとあったまってこい!」と逆戻りさせられたりと、何かにつけて二人から生活を指導されていた。
今でも、二人に敬語を使わない事に対する不安は消えない。
それでも二人が根気よく宥め続けたお陰で、1週間経つ頃には少なくとも表面的には家の中でも人間らしい生活を送るようになっていた。
……そうして余裕が出れば、忘れていた情欲に火が付くのは当然のことで。
しかも今のあかりに、それを止める枷は無い。
「ふぅっ、んうっんあぁっ……あはぁ、中っトントンきもちいぃ……これ、中のぷにぷにをすりすりするの、ずっと欲しかったのおぉ!!もっと……もっとぉ……」
「あ、あのね、あかりちゃん、そういうことは部屋でした方が」
「ええー、今までずっと見てたんだし……んふぅ、今だって二人のセックスはずっと見てるんだから一緒だよぉ……あへぇここもいいぃ…………」
「そ、そういうもの……?」
夕食後のまったりタイムに「だめもう我慢できない」とやおら下着を脱ぎ捨てては、股を拡げ右手の指を突っ込んで蜜壺をぐちゅぐちゅとかき回す。
本当はこんな細いものじゃない、奏や幸尚の太くて逞しい欲望で奥を捏ねて欲しいと腹が疼くが、流石に幼馴染みの関係に戻ってそれを求めるのが無理なことくらいは承知している。
とはいえ一人で指より太い物を入れるのはまだ怖くて、結局指だけで満足せざるを得ない。
それでも、3年にわたり封じられてきた蜜壺はたらたらと歓喜の蜜をこぼし続ける。
ピアスで年中刺激されているお陰だろうか、こちらも3年間自ら触れることが許されなかった女芯はあかりの知るものより一回りは大きくなっていて、潤滑液でぬめった指で擦る度ビリビリと快楽が腰に、頭に駆け抜けていくのだ。
(きもちいい、きもちいい、たまんない……じぶんでさわるの、きもちいい……!!)
もう二度と味わえないと諦めていた自慰の手軽さと快楽に酔いしれる。
本当は講義だって休んでずっと股間を弄り絶頂に叫び続けたいところだが、流石にそれは二人が許さないだろうと真面目に通っている。
その分、溜めに溜め込んだ鬱憤をこうやって夜遅くまで発散し続けては、何とか風呂に入って泥のように眠る、そんな爛れきった生活にあかりはすっかり嵌まり込んでいた。
「ただいまー……あれ、あかりは」
「ああ、もう逝き疲れて寝ちゃってる」
「おぅ、今日もか……ありゃマジで貞操帯なしには人間として生きていけない身体になってね……?」
「まあ3年分の我慢を発散しているから……多分、それが終われば落ち着く?かな?」
「希望的観測だよな」
お疲れ、とダイニングで奏を出迎え、風呂から出るのを待ってホットワインを出す。
あの年末年始の一件以来、奏が酒好きだが大変な絡み酒タイプだと知った幸尚による、苦肉の晩酌対策である。
だってあんな風にベタベタと絡まれた暁には、幸尚の幸尚様が間違いなく暴走してしまうから。
シナモンとクローブ、レモンを入れて暖めたワインに、蜂蜜をほんの少し。
奏の好みに合わせて隠し味にすりおろしたショウガを入れて出せば「いつもありがとうな」と爽やかな笑顔が返ってくる。
堪えろ幸尚、お楽しみの時間は奏がこれを飲み終えてからだと、笑顔ひとつですっかり臨戦態勢になる息子さんを宥めつつ、幸尚は今日のあかりの様子を奏に報告するのだ。
「まだまだ家で人間として振る舞うことに振り回され気味かな。2週間くらいは仕方が無いかなと思っているんだけど」
「だな。とにかく、あかりが自分の将来を俺たちへの忖度なしに考えられるようになってくれればいいんだ」
「だね」
……かくいう奏はどう思っているのだろうか。
あかりが寝ている今なら、と幸尚がこれからの関係についてふうふうとホットワインを飲む奏に尋ねれば「正直に言っても良いか?」と尋ねた上で答えが返ってくる。
「俺はさ、ぶっちゃけオーナーの奴隷のように……完全にあかりを家に閉じ込めて、仕事も家事も全て禁じて、ただ俺の性癖を満たす道具として飼いたいって思いがずっとある」
「……うん、奏らしいね」
「というか、今回の一件まではどこかでそうしたいと思ってた。今のような外と中を使い分ける方が、尚の事を考えてもベストなのは分かっていたし、そうなるだろうなとは思っていたけどさ……それでも、思うくらいは自由だろう?」
けれどその想いも、自分達に依存し始めたあかりを認識した途端に霧散する。
そう、自分が求めていると思っていた関係に近づいたはずなのに、心の奥底から湧いて出てきた感情は「そうじゃない」という叫びだった。
「……俺は、どんな状況であっても自由で、自分の欲望に素直で、俺たちを時には振り回すあかりを奴隷にしたいんだ」
「奏…………」
「あかりをお袋さんの『普通』から解き放って、自分の意思で未来を勝ち取って、自由に羽ばたかせる。その想いは今だって変わってねぇ。だから……俺たちに依存しきったあかりじゃだめなんだよ」
だから俺は、今の関係を崩したくない、そう断言する奏に「良かった、同じだった」と幸尚も安心した笑顔を見せる。
「僕はさ、奴隷としてのあかりちゃんも、幼馴染のあかりちゃんもどちらもあってあかりちゃんだと思っているから、今まで通りがいい」
「……そっか、尚らしいな」
「うん、だって両方があるからあかりちゃんの輝きは増すし、素晴らしい作品にもなれるんだから」
「そこはブレねぇのな、いや俺もだけど」
あかりが今のまま、幼馴染みとしての3人と主従としての3人を両立させると決めたなら、そのためのサポートは厭わない。依存になりそうなら何度だって、どんな残酷な手段を浸かってでも引き戻すつもりだ。
けれども一方で、もしあかりがこのまま自分たちに依存する道を選ぶなら、それはそれで受け入れよう、そう幸尚は決めていた。
「……もちろんあかりちゃんの資質もあると思う。ずっと誰かの普通で生きてきたあかりちゃんにとって、自分の意思でずっと歩き続けるよりは、僕たちの普通を杖に寄っかかる方が生きやすいんだろうね」
「そうだな」
「でもさ、あそこまであかりちゃんを堕とし、心の奥底まで暴いて自覚させたのは僕たちだから」
「ああ。……あかりも望んだ、けど、俺たちだってあかりを依存させちまったんだ」
だから、結論はすべてあかりに託す。
どんな結果が出たとしても、生涯あかりを大切にし、守り抜くことに変わりは無いから。
「まぁ、何にしてもまずはあかりちゃんが落ち着かないと、ね……」
「それだ、1ヶ月で落ち着いて、結論を出せるかちょっと心配なんだけどな」
きっとあかりちゃんなら大丈夫だよと、幸尚はそっと奏を後ろから抱きしめる。
ああ、これはそろそろベッドに行こうのサインだと、マグカップを置いた奏は振り向きざまにシナモンの香る口づけを幸尚に落とした。
…………
(……やっぱり、私はどこまでも貪欲で…………被虐の獣に捕らわれている)
ピアスと貞操帯を外して、2週間とちょっと。
存分に自らを慰めてはぐっすり眠る生活を繰り返していたあかりは、しかし今やその生活では心の奥底が全く満たされない事実を突きつけられていた。
どれだけ自由に弄くっても、好き勝手に絶頂しても、渇望が満たされない。
こんな物では足りない、そう身体が疼くのだ。
(足りない)
あの冷たい金属に捕らわれ、穿たれ、身体の自由を奪われてお前は俺たちの物だと主張する重みに悶えたい。
(こんなんじゃ、足りない)
自らの性器に触れる権利を取り上げられ、どれだけ昂ぶらされても決して絶頂を許さず、ご主人様の気の向くままに管理されたい。
快楽だけで無い、餌も、排泄も、全ての尊厳を奪ってほしい。
(何もかも、足りない……!)
肌に振り下ろされる鞭が、落とされる蝋が、這い回る縄が……全てを世界から隔絶するラバーの被膜が、恋しい。
奏様の、燃えるような情欲を叩き付けられる調教に泣き叫びたい。
幸尚様の、心を抉り取り深淵へと叩き落とす絶望に噎び泣きたい。
どこまでも堕とされた自分を、自覚させられる。
私はもう、このドロドロした欲望を一人ではどうすることもできない……!
「……奏ちゃん、私やっぱり骨の髄まで奴隷なんだなって思うの」
「そっか。うん、まぁそうだろうな」
「だからその……触って欲しいなって」
「それはだめ。あかりがこれから俺たちの関係をどうしたいか、ちゃんと自覚して意思表示するまではおあずけ」
「ぶー、けちぃ」
だってもう、我慢できないんだよ?と迫るあかりの手はずっと股間を、胸を弄っている。
「大体ここまで堕とされてさ、人間として振る舞うこと自体もう無茶だったんじゃないかなって思うんだよね」
「あかりは、人間としての生活は要らないのか?」
「んー、要る要らない以前にもう無理だなって思うの。あ、もちろん大学は頑張って卒業するよ!でもその後は……それこそ塚野さんの奴隷みたいに飼われるしかないんじゃないかなって」
「……あかり、俺はできるできないじゃなくって、あかりがどうしたいかを知りたいんだ」
真剣にあかりを見つめる奏に、またそれか、とあかりはため息をつく。
正直なところ、あかりの中ではもう人生の全てを二人に捧げて奴隷として飼って貰う方向で心は決まりかけていたのだ。
折に触れて「あかりがどうしたいかを教えて欲しい」「あかりちゃんの気持ちを知りたいんだと聞いてくる二人にはまだ伝えていない。
伝えたところで1ヶ月はこのままなのだ。二人に与えられた期間はせめてフルに使って考えようとは思っている。
ただ、どれだけ考えても、結論は変わりそうにないけども。
「だってもう、そうするしかないじゃん」とどうにも話の通じないあかりに、奏はつい「何で分かってくれねぇんだよ」と声を荒げる。
(何でそんな、すぐに諦めるんだよ!……そんなの、あかりじゃ無いだろう?)
自分の知る、あのどこまでも天然で、頭が良すぎてネジが外れていて、すぐに自分達を振り回す天真爛漫なあかりを今の彼女に見いだせないことが悔しくて……
余計な言葉が、口を突く。
「……あのさ、俺はあかりを『普通』の呪縛から解き放って自由にしたいんだよ。新しい普通を植え付けたいんじゃ無い、俺たちを普通になんてして欲しくねぇんだよ!」
「そんなこと、今更言われたって無理だよ!!こんな貪欲な身体に、心にされて、自由になんてなれるわけがないじゃん!私のような変態は、誰かに飼って貰わなければ生きていけないんだよ!!」
「……あかり…………っ」
「奏ちゃんこそ、なんで分かってくれないの……!!」
「っ、あかり!!」
そう言い捨てると、あかりは部屋を飛び出した。
バタン、とリビングのドアが閉まる音が響く。
「……ああ、くそっ!」
しんとしたリビングに一人残された奏は、やり場の無い怒りにソファを拳で思い切り殴りつけた。
殴る寸前にここが賃貸であることに気付き、壁を殴らなかったことだけは褒めて欲しい。
その怒りは、あかりにじゃない。自分に向けられたものだ。
「何で俺は、いつも一言多いんだろうな…………」
あかりが自分の意思で判断できるまで、待つって約束したのに。
約束の日までまだ2週間近くあるのに、自分が楽になりたくて答えを急かしてしまった。
そんなことをすれば、今のあかりは頑なになるだけなのに。
人は、変えられない。
どんなに手を差し伸べたくても、自分達にできるのはせいぜい水飲み場に連れていくところまでだ。
無理矢理漏斗を突っ込んで飲ませたところで、それは一時凌ぎにしかならないどころか、下手をすれば逆効果になってしまうだろう。
「……明日、起きてきたらちゃんと謝ろう」
「何か分からないけど、その方がいいだろうね」
「うおっ!!何だよ帰ってきてたのかよ、むぐぅっ……」
「……ん、ただいま、奏」
独り言に反応されて慌てて振り向けば、柔らかい口付けが振ってくる。
……いや、がっつり舌まで絡めてきている。もうグズグズにする気満々じゃねえか。
「んはっ……はぁっ、尚ぉ……」
「ふふ、可愛いなぁ……早く食べちゃいたいけど、先に何があったか教えてくれる?」
「お前なぁ……この状態にして教えろはねえだろ…………」
文句を言いながらも今日の顛末を話せば「そりゃ我慢できなかった奏が悪い」と一刀両断だ。
ざっくり断罪されるのはいい。いいんだがどうしてその手はさっきからさわさわと待ちきれない様子で人の身体をまさぐるのか。幸尚はもう少し息子さんとよく話し合った方が良いと思う。
でも、そのあかりちゃんの態度は気になるね……と奏を愛でながらも幸尚の顔は真剣そのものだ。
「自分がどうしたいかなんて、考える意味が無いって思ってるよね……」
「んうっ、間違いない、な……ふぅっ……考えること自体を諦めているように、んっ、見えたぞ……」
「相変わらず乳首は弱いね、奏。……もしかしたらだけどさ」
「うんっ、てかその手は止める気ねぇのかよ……んひぃっ!」
「あ、ごめんやり過ぎた」
もしかしたら、あかりはこの関係を自分が望んだことすら、忘れかけているかもしれない。
幸尚が口にした仮説に、すっかり昂ぶっていた奏も冷や水を浴びせられたかのような愕然とした顔を見せる。
「え、いくら何でもそれは無いんじゃ……」
「人間の脳ってさ、すぐに騙せるじゃん。僕は散々それを使ってあかりちゃんを調教しているからよく分かるんだけど……今の依存しているあかりちゃんにとって、自分が奴隷としてとことん堕として欲しいと望んだ事実は不都合なんだよね」
だから、今のあかりの中では「自分も望んだけれど、ここまで堕とされたのは二人のせい」と思っているんだろうね、と幸尚はどこか悲しそうな顔をする。
「自分から望んだと自覚していれば、きっと『こんな身体にされた』なんて言い方はしないと思うんだ。だって、あかりちゃんはあの淫乱な身体を気に入っていたんだから」
「マジかよ……そんなの、どうすりゃいいんだよ」
「……待つしか、ないよ」
「っ、それでいいのかよ!」
「僕だってやだよ!!」
珍しく幸尚が声を荒げる。
目にいっぱい涙を溜めて、拳を爪が食い込むほど握りしめて震わせながら。
「やだけど、今のあかりちゃんにそれを指摘したって、きっと届かないから」
「……っ」
今の二人にできることは、あかりならきっと気付くと信じて待つことだけで。
けれど相手を信頼して待つことの難しさと苦しさを、二人は痛感していた。
重い、沈黙が降りる。
それを破ったのは奏だった。
「……あかりだから大丈夫、そう思うしか無い、なんだかな……」
「うん、思うところは色々あるけどさ。僕らは待とう。今まで通り、幼馴染みとしてあかりちゃんと接して、サポートして……」
「余計なことを言わないように、だな」
「それ大事。取り敢えず明日、奏はあかりちゃんにちゃんと謝ること、いいね?」
「おう」
信じよう、物心つく前から培ってきた信頼を。
そしてあかりが気付いて、傷ついたなら、そっと抱きしめればそれでいい。
……そう思わないと、自分たちまでおかしくなりそうで。
それぞれに葛藤を抱えながら、3人の夜はまだ明けない。
…………
約束の日まで、あと3日。
今日もまた、必死で自らを慰める夜が来る。
今日は奏はバイトで、幸尚も研究室の飲み会があるから遅くなると言っていた。
だから余計にだろうか、たがが外れて……寂しさも募る。
「はぁっ、んはっ、足りない、足りないっ……!」
ぐちゅぐちゅと淫らな音とモーターの駆動音が、あかりの部屋に鳴り響く。
胸にはお椀型のローターをつけ、後ろの穴はピストンバイブを咥え込んで美味しそうにしゃぶっている。
手はぷっくり腫れ上がった肉芽と、蜜がしたたり落ちる女陰を擦り、かき回し続ける。
時折口が寂しくなって、ディルドを咥えてしゃぶったり、喉の奥まで差し込んでみたり……それでも、全くこの身体は満足しない、満足できない。
「ひぐっ、欲しいよう……奏様、幸尚様……無理だよぉ、お願いします調教してよおおぉ……!」
あれほど開放感に溢れて楽しかった自慰の時間は、今やどうやっても満たされない渇望を嘆きながら、しかし諦めて手を止めることすらできずにただ絶頂と疲労で意識を失える時が早く訪れることを祈る、苦悶の時間と化していた。
心によぎるのは、与えられない嘆きと、小さな恨み。
(何で、こんな酷いことをするの……?)
調教だって頑張ってきた。どんな命令だって、二人が望むようにこなしてきた自信はある。
なのに、どうして今になって放り出すような事をするのかと。
「ここまで、堕としておいて……何で……?」
泣きながら、恨み言を呟きながら、ただただ悦楽に耽る。
快楽に霞んだ頭は、二人を求めて叫び続ける。
どうして、どうして、快楽を、苦痛を、煩悶を、管理を、与えてくれないのかと。
「んぐっ、いぐうぅぅ……っ!!」
ビクン!と身体が跳ねる。
一瞬頭が真っ白になって、全ての渇望を、不満を、忘れられる。
ああ、けれどこんな物じゃ足りない、もっと、もっと……
(……あれ…………)
ほんの少しだけ冷静になった頭が、違和感を訴える。
何で、私はお二人に与えて貰えないことに、こんなに不満を持っている……?
『どうして、ここまで堕としておいて、放り出すの?』
当たり前のように呟いていた恨み言は、一体いつから始まっただろう。
おかしい、おかしい、そんな事私は思っていなかった筈なのに、どうして。
(違う、今、私は何を……!?)
私が、望んだのに。
奏ちゃんと尚くんの奴隷になりたいと、二人に飼われたいと、そう、この口ではっきりと宣言したのに。
何で今、私は二人に「堕とされた」と思い込んでいた?
「あ、ああ、ああああっ……!!」
小さな違和感が、あかりを覆っていた依存という繭に楔を穿つ。
届かなかった二人の言葉が、今やっと意味を持ってあかりの心に流れ込んでくる。
『このままだとあかりちゃんは……元に戻っちゃうよ?いや、確かに奴隷ではあるんだけど、お母さんの普通に従順だったあの頃に戻ってしまう……』
『俺はあかりを普通の呪縛から解き放って自由にしたいんだよ。新しい普通を植え付けたいんじゃ無い、俺たちを普通になんてして欲しくねぇんだよ!』
(ああ、確かに私は……二人に依存していた。二人の『普通』を私の『普通』にすり替えていた……あの頃に、戻りかけていたんだ……!)
いつの間に、忘れてしまっていたのだろう。
自ら望んで、受け入れられて、与えられることがありがたくて、自由になれたことが嬉しくて……そして、どこかで溺れて、都合が良いように事実をねじ曲げたのだ。
「二人の責任で、この関係ができている」と――
二人に依存し、二人の『普通』に阿り、与えられることを当たり前と見做し、そして責任を全て他人に押しつける享楽は、母の普通に沿っていた頃と異なり自分の欲望に沿っているから苦しさも感じない。
そして幸尚の作品になって以降は、幸尚のために人間を演じるという理由すら失い……だからこそ甘美な依存にのめり込んでいったのだと、己の所業を突きつけられて。
「あ、そんな……私は、奏ちゃんに……尚くんに……うわあああぁぁ…………っ!!!」
二人に依存して、責任を押しつけて、悲しませてしまった。
なのにその事すら棚に上げて、奏を傷つけてしまった。
(ごめんなさい、ごめんなさい……!!)
慟哭は、止まらない。
あかりは枕を抱えたまま、己の過ちに、現実に、ただただ涙をこぼすのだった。
…………
どれくらいの時間が、経ったのだろう。
一生分流したと思った涙は未だ留まることを知らず、けれども少し冷静になった頭は、明確にひとつの結論をはじき出す。
「幼馴染みの関係を、捨てちゃだめだ」
日常を全て主従関係に浸食されれば、恐らく自分はまた同じ事を繰り返す。
それでは、何のために二人の手を取って母と対決したのか分からなくなってしまう。
今の私は奴隷であっても、ただ快楽のために、愛情のために踊る子供ではない。
……そう、もう子供でいてはいけないのだ。
(私は、奴隷だけど……自らの意思で自由を掴み、責任を取れる大人になるんだ)
だから、幼馴染みの関係を、対等な関係を、これからも続けていこう。
私の『普通』を決めたのは私だと、忘れない為に。
それは、全てを二人に依存する主従関係よりずっと大変だろうけれど、きっと大丈夫。
……だって私たちはサンコイチで、今までもこれからもずっと共にあるから。
あかりは窓の外を見上げる。
それは、煌々と照らされる月明かりの中、ただ欲望のままに突っ走るだけだった彼女が、ひとつ大人になった瞬間だった。
…………
「それで、結論は出たのね」
「はい」
約束の1ヶ月の経った日、3人は再び『Jail Jewels』に向かう。
折しもその日は、3年前に今の貞操帯を着けたあかりを緊張で汗だくになった二人が連れてきた日だった。
(ああ…………本当に、大きくなったわね)
店に入ってきた3人を一目見るなり、塚野は彼らの答えを確信する。
そしてこの4年間、彼らの道程を見守り時に諫めてきた者として、巣立ちの時が近いことを予感するのだ。
「……あかりちゃんも、吹っ切れたみたいね」
一抹の寂しさを胸に隠しつつも微笑む塚野に「はい」と答えるあかりの瞳は、その意思の強さを表していた。
「二人が言っていたことの意味が分かって……いっぱい、泣きました。それで、次の日に二人に宣言したんです」
…………
朝、リビングに起きてきたらあかりが土下座をして待っていて、二人は大層驚いたという。
だが顔を上げたあかりの真っ赤に腫れた目と、しかしその瞳の奥に移る覚悟に(ああ、ちゃんと声が届いた)と二人は瞬時に悟る。
(あかりちゃんの決めたことだ)
(例えどっちの道を選んでも、俺たちはあかりと共にいる)
改めてあかりの意思を聞く覚悟を決める二人に、あかりは呼びかけた。
「奏様、幸尚様」
(ありがとう……待っていてくれて、信じてくれて、本当にありがとう)
「……私は、お二人の奴隷です。モノです。性玩具です」
「うん」
「おぅ」
「けれど……私は、奏ちゃんと、尚くんの幼馴染みです……!」
「「!!」」
「二度と二人にこの関係の責任を押しつけません。だから、だからっ……それを忘れないために、私はお二人の奴隷であり、幼馴染みであることを選びます……っ!!」
ぐっと引き結んだ口は、今にも泣き出しそうで。
ああ、彼女は依存に走ってしまった現実をちゃんと受け止めたのだと知る。
その上であかりは、自由と責任を負う道を選んだことも。
「……分かった。なら、俺らはあかりが主従と幼馴染みを両立できるよう、全力を尽くす」
「僕らも、二度とあかりちゃんを依存させないから……ううっ、あかりちゃん…………ひぐっ、ひぐっ……うええぇぇん……!!」
「おいおいそこで尚が泣いたら、しまらねぇじゃんか」
「ひぐっ……だってぇ…………」
目の前で大泣きし始めてしまった幸尚にぽかんとしつつも(ああ、なんかこうなる気はしてたんだよね)とあかりはプッと噴き出してしまう。
「ごめんね、奏ちゃん、尚くん。いっぱい心配かけて、傷つけて……もう、大丈夫だから」
「おう、気にすんな。心配かけるのはお互い様だかんな!で、尚は取り敢えず落ち着け」
「ひっく、ひっく……こんなの、落ち着けるわけないよぉぉ……!」
きっとあかりが自らの意思で判断できるように、ずっと平静を装い我慢し続けていたのだろう、堰を切ったように大泣きする幸尚を、二人はどこか穏やかなものを感じつつ、いつまでも宥めていたのだった。
…………
「はぁ……やっぱりこれがあると落ち着くぅ……」
「ご主人様の証があると落ち着くってか、本当に心の底から奴隷だよなぁあかりは」
「あはぁ、だって……ずーっと二人が弄ってくれているみたいでいいんだもん……」
3人の報告を聞きながら「何となく結果は分かっているしね」といつもの拘束台にあかりを拘束した塚野は手際よくピアスを元に戻していった。
1ヶ月ぶりに乳首とクリトリスに戻ってきた重さと刺激に、あかりが身を震わせる。
続けて貞操帯を手に取った塚野に「あ、ちょっと待って」と奏が声をかけた。
「この際だから採寸したいんだ。あかり、床に降りて」
「?はい」
後ろ手に拘束され、肩幅に足を開いて立つあかりを、メジャーを持った幸尚が手慣れた様子で採寸しメモに打ち込んでいく。
「3年前と……うーん、ちょっとお腹周りが……確かにこの貞操帯、5-7センチは調整できるって聞いてたけど、もうギリギリなんじゃ」
「あわわっ、尚くんそこは突っ込まないでぇ!!」
「……尚、これからは定期的にサイズを計測して餌を調整しよう」
「だね、奴隷の健康管理も主人の大切な役目だし。あかりちゃん、外で自由に食べるのは構わないけど、限度ってものはあるからね?」
「ううぅ、この後ケーキバイキングに行きたいって言おうとしてたのにぃ」
和やかに話す3人を眺めながら、塚野は「もう、迷わないかな」と独りごちる。
それを聞いた幸尚は「はい、大丈夫です」とにこやかに答えた。
ああ、最初にここに来たときはおどおどしていて、ずっと二人の後ろから付いてくるような子だったのに、と塚野は感慨深げに幸尚を眺める。
「それに、例え迷う日が来ても……3人で手を取り合って歩いて行きますから」
「……そうね。あなたたちはどこまで行っても3人でひとつだものね」
「正直さ、これが正しい選択なのかは分かんねぇけど、でも俺たち3人で出した結論だから多分これでいいんだと思ってる」
「それでいいのよ。正解なんてあるのは試験くらいなんだから。現実に絶対的な正解なんて、どこにも存在しないわよ」
これからだって彼らの前には沢山の岐路が現れるだろう。
だがどんな選択肢を選ぼうが、3人で悩んでぶつかって決めた答えなら、例えもっと良い選択肢があったと後で気付いたとしても、それが正解でいい。
この人生の幕を閉じるときに「ああ良い人生だった」と振り返れたら、どんな道程だって全て正解だったことになるのだから。
幸尚という恋人とあかりという奴隷を得て、彼らと共に歩むことで一回り大きくなった奏。
ずっと二人に守られ、守ることに憧れ足掻き、彼なりの守り方を見つけた幸尚。
そして、本当の意味で自ら『普通』を作り、その責任を負う覚悟を身につけたあかり。
小さな箱庭で欲望のままにはしゃいでいた子供たちは、少しずつ、けれど確実に大人への階段を上っている。
「……そろそろ、あんたたちも次に進むときね」
そう呟きながら3人の背中を見送る塚野の眼差しは、どこまでも優しかった。