第24話 結願の宴
暖かな繭の中に守られ、無邪気に夢の中で生きていた物語にフィナーレを。
そして、大切な人と共に未来を紡ぎ、歩んでいく物語のプロローグを。
さあ、始めよう。
これが、俺たちの、僕たちの、私たちの、選んだ『普通』の物語だ。
…………
「……奏、かっこいい…………」
「…………尚も、いつもと全然違うじゃねえか……」
5月。
無事に大学を卒業し、それぞれの道に向かって歩み始めた季節。
郊外の小さなチャペルで今日、奏と幸尚は結婚式に臨む。
2家族だけの、たった10人だけの小さな結婚式。
身支度を終え控え室で顔を合わせた二人は、前髪を上げ白のタキシードに身を包んだ、どこか大人びた雰囲気を漂わせる互いの伴侶に目を奪われていた。
目の前の光景に、まだどこか現実感が無い。
思い描いてきた夢が叶う瞬間に、心の準備が追いついていない。
(……ああ、僕はこの愛しい人と、やっと結ばれるんだ)
幸尚がこの気持ちに気付いて8年。
叶わぬ想いだと何とか押し込めようとして、けれどどうしようもなく膨れ上がった恋は、事故のような告白を経て更に燃え上がり。
時々(?)その愛が暴発してお仕置きもされたけれど、目の前の愛しい人はそんな溢れんばかりの想いを全て受け止め、返してくれた。
……だめだ、まだ式は始まってすらいないのに、もうタオルが手放せない。
感激して泣きじゃくる尚に「まったく」と苦笑しながら、奏はその大きな身体を抱きしめるのだ。
「もう泣いちゃうだなんて、尚らしいっちゃらしいけどさぁ!ったく、何とか言ってやってよおじさん、って」
「うおおぉ……美由ちゃん、幸尚が……ひっく、幸尚がこんなに立派になってえぇぇ……!!」
「ひぐっ、ひぐっ、守さんっ、やっぱり幸尚は世界一の息子よ……!!」
「…………ああ、うん、まぁそうなるか」
まさに、この親にしてこの子あり。
だめだこりゃ、と奏は苦笑しながら歓喜の涙に暮れる幸尚親子を見つめる。
そして「なあ、うちも少しは泣いてくれていいんだけどな?」と両親の方を振り向いた。
「あら、いいじゃないの。ほら足して2で割ったらちょうど良い感じだし」
「ひでぇ、カラッカラの砂漠じゃねえか!ドライにも程がなくね?ほら、可愛い末っ子が婿に行っちゃうんだぞ?」
「うちはバカ息子を幸尚君にのし付けて押しつけてしまう側だからな。いいか、喧嘩になっても物は投げるなよ?被害の大きさに後で泣くから」
「実感がこもりすぎだろ……尚とそんなことやるわけねぇじゃん」
「そうそう、貞操具のお仕置きはほどほどにね。あとお仕置きの後で診察に来なさい、問題が無いか診てあげるから」
「待っておばさん、それお仕置きがパワーアップしてるんじゃ」
ところで、と奏は周りを見渡す。
こういうときには真っ先に飛んできて「推しが……推しカプが結婚するうぅぅ!!」と叫んでいそうな天然の幼馴染みが、いつの間にか見当たらない。
「どうしたの、奏」
「あ、いや、あかりがいないなって」
「ああ、あかりちゃんにはちょっと頼み事があってな。また後で来る」
「後で、って……」
じゃあ私たちも式場で待っているよ、と親たちは奏の疑問を遮り控え室を後にする。
何だかなと思ったものの「奏、そろそろ」と幸尚に促された奏はその大きな手を取り、式場の入り口へと向かうのだった。
…………
「お待たせしました。新郎のお二人のご入場です!」
スタッフのアナウンスが式場に響き、音楽と共に入り口の大きな扉が開く。
腕を組んで並ぶ二人の前に、キラキラと青い水平線が広がっている。
空が、海が、全てが光り輝いていて、今日という日を祝福してくれているようだ。
「……やっと、ここまで来たな」
感慨深げに呟く奏に「うん」と頷く幸尚は、必死で涙を堪えているのだろう、口をぎゅっと結んでいる。
「ここから、始まるんだ。僕たちの……家族としての人生が」
「そだな」
一歩、一歩、歩調を合わせ、二人はバージンロードを踏みしめる。
その旨に去来するのは、沢山の思い出と、これからへの期待と、この日を迎えられた歓びだ。
一応書類の上では一人っ子である幸尚のところに奏が婿入りする形になる。
しかし拓海が「お前とバージンロードを歩くのだけはない!」と全力で固持したこともあり、そもそも人前式なんだからその辺は自由で良いよねと最初から二人で歩くことにしたのだ。
そう言えば兄の結婚式でバージンロードを歩かされ、後で「何で……何で息子のバージンロードを歩かなきゃいけないんだ……」と随分長いこと凹んでいたっけ。
あの二の舞はごめんだという事なのだろう。
(……尚が、俺の伴侶になるんだ)
実は奏だって、ちょっと泣きそうになっているのだ。
愛する人と結ばれる感動に胸がいっぱいになりながら、けれどここで自分が涙を流そうものなら幸尚は間違いなく涙腺崩壊して、この後の誓いの言葉が読めなくなる未来しか見えないから、必死で我慢しているだけで。
(にしても)
ちらり、と参列席を眺めるも、あかりの姿は無い。
まさかここに来て、何かやらかす気なのか?と嫌な予感がよぎる。
何たってあかりなのだ。二人に黙って式場のスタッフとサプライズを仕掛けていたって不思議は無い。
「……あかりちゃん、いないね」
どうやら幸尚も気付いたのだろう、前を向いたままそっと声をかけてくる。
「どうせ何かやらかしてくれるんじゃね?」と心配半分、期待半分で足を進めていれば突如スタッフからのアナウンスが入った。
「新郎のお二方、どうぞ、その場にお立ち止まりになり扉の方にご注目下さい!」
ほうらきた。
まったくあかりめ、一体何をやらかしてくれるんだか。
「あかりちゃんらしいね」「変なことやったら全力で突っ込むぞ」とくすくす笑いつつ、二人はいつの間にか閉まっていた扉の方を向いた。
音楽が、切り替わる。
スタッフの手により、その大きな扉が、再び開けられて。
光の中にたたずむのは、3つの影。
「…………あかり、ちゃん……!?」
「うっそ…………親父さん………………それに、師範…………っ!!?
その場に立っていたのは、緊張した面持ちで前を見据えるタキシード姿の祐介と、黒留袖姿の紫乃。
そして……ブーケを握りしめウェディングドレスに身を包んだあかり。
「え…………!?」
予想もしなかった光景に、声も出ない。
確か、あかりの両親への結婚式の招待状は、送ることすら固持されていたはずなのに。
いや、そもそもあかりが何故、あんな格好を。
ふと誰かが笑う気配を感じて視線をやれば、拓海がニヤリとこちらを見つめていて、ああ仕掛け人は親たちかと二人は気付く。
「ったく、何やってんだよ」とこそっと囁けば、拓海はいたずらが成功した子供のようないい笑顔で二人に囁き返すのだ。
「なぁに、君たちだって結婚報告で散々驚かせてくれたんだ。このくらいの意趣返しはやっても構わないと思わないかね?」
…………
――遡ること、2時間前。
奏と幸尚の身支度を控え室で待っていたあかりは、突如スタッフに声をかけられる。
「すみません、北森あかりさんですね?」
「あ、はい」
「お支度がございますので、こちらへどうぞ」
「へっ」
(支度?あれ、私今日はただの参列者だよ、ね?)
不思議に思いながらも、あかりはスタッフに連れられて別の部屋へと向かう。
「こちらへどうぞ」と通されたあかりの目の前にあるのは、化粧台と……純白の、ウェディングドレスだ。
「はええぇぇっ!!?え、ちょ、なんで」
「ではお着替えを始めますので、下着になって頂けますか」
「はっ、えっ、ええええええ!!?」
あまりに予想外な展開に、流石のあかりも思わず謎の悲鳴を上げてしまう。
(奏ちゃん、尚くん!?サプライズはいいけどいくら何でもこれはやりすぎじゃない!!?)
こんなサプライズをするのはあの二人くらいしか考えられない。
しかも、下着って。貞操帯を付けている姿をがっつり見られる事が確定じゃないか。
(そんな、露出プレイはしないって言ったのにいぃ……奏ちゃんの意地悪ぅ……)
心の中で愚痴りつつも、あかりは下着姿になる。
恐らくスタッフには話が通っているのだろう、貞操帯については特に触れられることも無く、淡々と着替えの時間は過ぎていった。
「うわ…………ぁ……!」
姿見に映る自分のウェディングドレス姿に、思わずため息が漏れる。
結婚願望なんて一ミリも無いあかりだが、それでも女性なら一度は憧れるだろう姿だ、気分も上がるというものである。
「素敵ですね、北森様。良くお似合いになってますよ」
「メイクとヘアメイクを行いますので、こちらに腰掛けて下さい。足下お気を付け下さいね」
鏡の中の自分が、プロの手によってどんどん変身していく。
「ブライダルエステも無しなのに、お肌すべすべですね」と褒められればまんざらでも無い。
……まさかご主人様に「俺たちの奴隷なんだから、当然ピカピカに手入れしないとな」と毎日風呂上がりに全身くまなくえっちなオイルマッサージをされているだなんて、口が裂けても言えないけれど。
卒業して幸尚の家……今は3人の新居だが……に戻って以来、来る『貫通式』に向けた準備は着々と進んでいて、二人は隙あらばあかりをグズグズに溶かしては放置することを繰り返していた。
時には検分とばかりに口やアナルに指を突っ込み、それだけで無意識に指をしゃぶり始めてしまうはしたない穴を「良い仕上がりだね」「喉も結構動くようになったな」と散々評価するだけ評価して抜かれ、火だけ付けられた身体を持て余して悶え泣かされる。
(……このサプライズも兼ねて、お手入れして下さっていたのかな……にしても、あれはやり過ぎだと思うんだよなぁ……)
ああ、いけない。
こんなところで思い出しては、すぐに奴隷の身に堕ちてしまう。
外では人間を完璧に演じなければ。
今まで経験が無いほどの沢山のコスメを顔に塗られ、頭が重く感じるほどかっちりと固められ結い上げられるまでに、1時間。
「どうぞ、ご覧になって下さい」と再び誘われた姿見の前で、あかりは目を丸くしていた。
クラシカルな長袖のAラインドレスは、デコルテから腕にかけてのレースが上品な雰囲気を醸し出している。
普段の天真爛漫でネジがぶっ飛んだあかりには、ちょっと大人すぎるデザインに見えるのに、そこはプロである。
鏡の中の花嫁は、その化粧も相まってどこからどう見ても清楚で落ち着いた大人の女性にしか見えない。
(……ああ、これを着ることは一生無いと思っていたのに)
憧れてはいたけれど、自分には縁が無いドレスだと思っていた。
もしかしたら二人は、そんなあかりの想いに気付いていたのだろうかと思うと、胸がじんわりと温かくなる。
「では式場へ向かいますね。ヒールが高いですから、なるべくゆっくり歩いて下さいね」
介添人の手を取り、しずしずと足を運ぶ。
不自由な状態で歩く事なんて何度も調教でやってきているのに、流石に勝手が違うなとちょっと苦笑しながら。
こんな大人びた雰囲気に変身した自分を見て、二人はどんな反応をするのだろうか。
どうせならドッキリを仕掛けられた分、こちらも驚かせたいなぁなんて心の中でニヤニヤしながらたどり着いた式場の入り口の前で、しかしあかりはこの日最大のサプライズに全ての思考を吹っ飛ばしてしまった。
「……あかり」
「…………お父さん……お母、さん……!!?」
そこに立っていたのは、タキシードに身を包み髪をセットした、初めて見るピシッとした父の姿。
そして黒留袖を纏い珍しくきちんとした化粧をした、母の姿だった。
「……なんで……」
呆然と呟くあかりを眺め、紫乃は静かに語りかける。
「…………綺麗よ、あかり」
「お母さん……」
「あかりには大人すぎるんじゃ無いかと思ったんだけど。芽衣子さんの見立ては凄いわね。見違えるほど大人になって…………」
「……!!」
(まさか)
奏と幸尚じゃ無い、このサプライズの仕掛け人は、親たちだ。
その事を知り驚愕に目を見開くあかりに、目を潤ませた祐介が「あかり」と口を開いた。
「……僕たちは、君たちのことを何も許していない。けれど僕たちのために、今日はあかりを送り出しに来たんだ」
…………
「結婚式に参列!!?そんな、とんでもない!」
3ヶ月前。
中河内家に呼ばれた紫乃と祐介は、拓海の「結婚式に参列して欲しい」という申し出に声を荒げていた。
「拓海さん、いくら拓海さんのお願いでもそれだけは無理です!僕たちはまだ彼らを許していない、顔だって見たくない!!」
「式には参加しない、招待状も送るなとあかりには伝えておいたはずです。なのに何故このようなことを」
「ああ、いや今回は子供たちは関係ないんですよ。……私たちの提案なんです」
「えっ……?」
訳が分からない、紫乃と祐介はそう言わんばかりの表情を浮かべる。
そんな二人に「お気持ちはよく分かりますよ」と拓海もどこか苦い表情を見せた。
「私だって……まだ、複雑な気持ちです。相手が幸尚君だったから余計かもしれませんね。反対する理由がどこにも無くて、けれど奏こそは普通の……女性と結婚してくれるとばかり思っていましたから」
「ああ……それは、そうですよね」
そもそも自分だって、まだ長男の秀の事が許せていないのと拓海は懺悔する。
6年前、跡取りとして期待を寄せていた秀は、卒後研修も終わりに近づいたある日、研修中に知り合った先輩と共に家にやってきて突然のカミングアウトと結婚宣言をかましたのだ。
『俺、ゲイなんだ。ずっと黙っててごめん、俺は先輩と結婚する』
突如降って湧いた災厄のような話に、中河内家は荒れに荒れた。
そして「ならば戦争だ」とばかりに肉体言語で1ヶ月間話し合った(?)結果、両親が折れて秀が婿入りするという結末に落ち着いたのである。
「あの時、私は本当に怒り狂っていました。正直なところ今だって二人の結婚は認めていません。あんな、ぽっと出の男に大切な息子を奪われるだなんて……ぐぬぬ」
「あなた、落ち着いて下さいな」
思い出すだけで腹が立つのだろう、拳を握りしめる拓海を宥めながら芽衣子が「でもね」紫乃の方を向いた。
「でも、許せないままだけど、結婚式に出て良かったとは思ってるの。ほら、法律上はどうやったって結婚を止めることはできないでしょ?だから式に出て、ああもう諦めるしか無いんだって……どこか気持ちに区切りを付けることができたのよね」
まぁ、バージンロードを歩かされた拓海はあの後3日3晩寝込んだんだけどねぇと付け加える芽衣子に「そこまで話さないでくれ」とばつが悪そうな顔をしながら、けれども、と拓海は二人に参列を勧めるのだ。
「彼らを許さなくたっていいんですよ。……そう、そんなに簡単に許せるわけが無い、当然ですよ」
「拓海さん……」
「それでも、あの結婚式は私の気持ちに、良い意味での諦めを与えてくれた。……祐介さん、紫乃さん、彼らのためではなくあなたたちのために……あなたたちが次に向かうきっかけにするために、参列しませんか」
拓海らしい心遣いに、そうは言ってもと二人は戸惑う。
そもそも今回の結婚式は奏と幸尚のものだ。確かにあかりは二人の『奴隷』とやらになるとはいえ、式にはただの参列者として参加するのに。
そうこぼせば、拓海はニヤリと笑う。
そのいたずらっ子のような笑顔は、ああ、やはりこの人は奏の父親だと思わせられるもので。
「そこは私に考えがあるんですよ。……なぁに、散々親たちを振り回してくれたんです。ここはひとつ、我々も子供たちを振り回してやりましょう!」
そう言って守たちとビデオ通話を繋ぎ、今回の作戦を立てたのである。
「サプライズのお祝いなんです」と業者に事情を話して結託した親たちは、秘密裏に作戦を遂行する。
そして今日、ようやく正式な家族になれる喜びで浮かれていた3人を見事出し抜いたのであった。
…………
「……さぁ、扉が開くわよ」
「っ、お母さん」
なおも問いただそうとしたあかりを、紫乃は視線で遮る。
スタッフにより開け放たれた部屋の向こうには、キラキラと輝くオーシャンビューと、参列している家族たちと……そして、バージンロードの途中で目を丸くして固まっている、いつもとは雰囲気の違う奏と幸尚の姿。
「皆様、あかりさんも本日、ご両親の元を離れ奏さんと幸尚さんの家族となられます。どうか盛大な拍手でお迎え下さい!」
「「「……!!」」」
割れんばかりの拍手に、祝福に、会場が包まれる。
スタッフから「お母様」と声をかけられた紫乃が、あかりのベールに手をかけた。
「…………これが、私が母としてできる最後の身支度よ」
「お母さん……」
ベールが顔の前に降ろされる。
裾をきちんと整えて、紫乃はぎゅっと、あかりを強く、強く抱きしめて伝える。
「……私には一生理解はできないわ。けれど……あなたの望む幸せを、掴みなさい」
「…………はい……!!」
ありがとう、お母さん。
温かい母の胸の中で囁けば、紫乃の肩が震えた。
「……さあ行こう、あかり」
「うん……」
差し出された父の手を取る。
いつもどこか頼りなくて、母の尻に敷かれて影の薄かった父が、ピンと背筋を張って一歩一歩、何かを噛みしめるように、しかし堂々とバージンロードを歩いて行く。
祐介はいつも母に合わせてばかりで、あまり自分の意見を言わない父親だった。
奏や幸尚の父のように活発なわけでも無く、いつも部屋でモニターを見ながらよく分からない仕事をしていて、正直言うと母の腰巾着みたいだと馬鹿にしていた時期もあった。
あの日、カミングアウトの場で怒りを露わにした姿に、ああこの人もこんな風に主張できるのだと驚いたのを覚えている。
そして今、隣を歩く父は……娘を送りださんと決意を秘めたその表情は、確かに『父親』であった。
どこか戸惑いを隠しきれない奏と幸尚の前に、二人がたどり着く。
改めて、いつものあかりとは全く違う大人びた雰囲気に、奏が思わず「すげぇ……」と呟いた。
「……綺麗だ、あかり」
「当然だろう?僕の娘なんだから」
「お父さん……」
あかりと組んだ父の腕は、震えていた。
「こんな綺麗な娘に……あんなことをしたのを僕は決して忘れない、許さない、許してたまるものか……!」と祐介は涙声で奏と幸尚にその度し難い想いを投げかける。
けれども、と言いかけて、しばし口を噤んで……ぐっと、拳を握りしめて振り絞るように発せられた言葉を、3人は生涯忘れることが無いだろう。
「けれども、君たちだから。……奏君と幸尚君だから、僕は…………あかりが幸せになれると信じて、託すんだ」
「おじさん……」
「僕の、大切な娘なんだ。何があっても、絶対に、幸せにしろ……!!」
そう叫びながら、あかりの手を、二人に差し出す。
((ああ、僕たちは今、一人の人生を……大切なものを、託されたんだ))
「っ…………はい……!!絶対に、生涯、守り抜きます……!」
「約束する。あかりを必ず幸せにする……!!」
二人が、祐介から差し出されたあかりの手を取る。
左に幸尚が、右に奏が立ち、3人で祐介に深々と頭を下げ……そして、再び絨毯の上を歩き始めた。
「…………ううっ……」
「祐介君……良くやった…………君は、良くやったよ……」
その場に立ち尽くし、はらはらと涙を流しながら3人の背中を見送る祐介を、拓海と守が支える。
「やりました……でもやっぱり……僕は……」
「うん、それでいいんだ…………さあ、式が始まる。席に着こう」
「はい……」
大切な娘は今、自分の手を離れ、未来へと旅立っていったのだ。
祐介は溢れる涙を拭いもせず、隣に座る紫乃とずっと手を握り合っていた。
…………
なるほどこれは随分な意趣返しだ、と3人は振り回されながらも苦笑する。
顔が四角くなるくらい緊張しながら誓いの言葉を読めば「あかりちゃんのことが入ってないぞー!」とヤジが飛んで幸尚がテンパり、結婚証明書にはしれっとあかりのサイン欄もあって「私がサイン!?な、何書けばいいの!!?」「いや名前だろ!」と盛大に突っ込まれる。
指輪の交換で出てきたリングピローにはいつのまにかあかりの指輪まで納められていて「あれ、いつの間に外されたんだっけ」「着替えの時じゃないの」「おまえなぁ、流石にそれくらいは気をつけろよ……」と呆れつつも互いに指輪をつけ(あかりには奏がつけた)、やってきたのは誓いのキスのシーン。
「えっと、これはどうすれば……」
「お、俺たちがキスするのを特等席で眺めてればいいんじゃね……?」
あわあわしつつも奏と幸尚があかりの目の前で口付けを交わせば、盛大な拍手に混じって「あかりちゃんへの口付けはどうしたー!」とこれまたヤジが飛んでくる。
あのヤジは秀からだ。まったく、悪ノリがすぎるだろう。
「あかり、ベールを上げるからな」
「えっちょっ心の準備が」
「はい、目を閉じて」
「あわわわっ!!!」
ぎゅっと目を閉じれば、温かくて柔らかい口付けが唇……ではなく、あかりの両頬にふにっと落とされた。
「あーあ、やっぱりそこはほっぺたかぁ」と飛んでくるヤジに「だーかーらっ!俺は尚と結婚するの!!愛しているのは尚っ!!」と盛大な告白をかましてしまい、会場は大盛り上がりである。
「まあ、幼馴染みならあんなもんよね」「小さい頃も良くやってたわよね、懐かしい」と親たちが盛り上がる中、壇上のあかりは「びっくりしたぁ……」と一気に気が抜けた様子だった。
「まさか本当に、唇にキスされちゃうのかと思っちゃった」
「それは流石に、ね。僕の伴侶は奏だから」
「そうそう、それに」
奏がそっと、一段声のトーンを落としてあかりの耳元で囁く。
「……あかりの口は性器だろ?」
「……ひぃっ……!」
「あかりは俺たちの奴隷で、性玩具。ちんこを突っ込む穴に、ご主人様が口付けるわけがねえよな?」
「あ、ああっ……あああぁ……!!」
「ちょ、奏!!あんまりあかりちゃんを煽らないで、周りにバレちゃうよ!あかりちゃんもほら、今は人間として振る舞って!!」
(こんな、こんなところで、私はモノだって、人間扱いされてないんだって宣言されちゃった……!!)
口付けという形で、人生で最も美しい瞬間でありながら、自分が人で無いことを叩き付けられる。
すぐに覆われたベールの中で、あかりは世界に向けて自分が奴隷だと宣言された悦びに打ち震えていたのだった。
…………
無事式も終わり、会食へと向かう中、あかりは帰り支度を済ませた両親を追いかけていた。
「っ、お父さん、お母さんっ!!」
「あかり……ってあんた、ウェディングドレスで全力疾走なんて無茶しないの!転んだらどうするのよ!!」
「はぁっ、はぁっ、靴脱いでるよ…………だって、帰るのが見えたから……」
「……そりゃ帰るさ。言っただろう?僕は君たちを許していない。今日はあくまで、僕たちのためにここに来ただけで、君たちを祝福する気なんて一ミリもないんだから」
「お父さん……」
ほら、あんたはさっさと戻りなさい!と背中を押される。
タクシー乗り場に向かう両親の背中に、あかりは精一杯声を張り上げた。
「……っ、来てくれて、ありがとうっ!!私、絶対に幸せになるから!!」
……返事は無い。
ただ、紫乃の肩を祐介が抱いてタクシーに乗り込む姿が見えて。
(……ごめんなさい、お父さん、お母さん)
その背中に、あかりは心の中で詫びる。
自分達は何も悪いことをしていない。けれども、その行為が両親を泣かせることは重々承知だ。
とはいえこの選択を譲ることだけはできない。だから、声に出して謝ることは無い。
(……私は……私の普通を貫いて、幸せになるから)
ただ、その背中に誓う。
遠い未来、この世を去るときに「良い人生だった」と笑えるように、3人で精一杯生きるからと。
「……あかりちゃん、おじさんたちは」
「さっきタクシーで帰ったよ。祝福する気はない、って」
「うん、まぁそうだよね……」
それでも、止めることができないならばと託されたのだ。
きっとそれは、あかりの両親にとって苦渋の決断であっただろう。
(ありがとうございます、おじさん、おばさん)
彼らが去ったであろう道の向こうを見つめ、奏と幸尚は頭を下げる。
ただ当たり前のように祝福されるわけでは無い、沢山の複雑な思いがあることを知って、それでもこの道を選んだことを、生涯、忘れはしまい。
……だからこそ、必ず3人ともが幸せな人生にしてみせると、互いにそっと心の中で誓うのだ。
「さあ、みんなが待ってる。お披露目しに行こうか」
「うん!って私、このまま?」
「いや、流石に着替えちゃえよ。それじゃ美味しいご飯も入らねぇぞ?」
踵を返し軽やかに、3人は宴席の場へと足を運ぶ。
軽口を叩きながら祝宴の場へと向かう彼らの背中は、未来への希望に溢れていた。
…………
「じゃあ、あかりちゃんも志方姓になるんだ」
「おう、先に俺と幸尚が婚姻届を出して、その後で俺があかりの養子縁組届を出す」
「養親は養子より年上じゃ無いとだめなんだって。ほら、僕は二人より数ヶ月年下だから」
「ああなるほど。あかりちゃんが一番早く生まれて無くて良かったわね」
会食の場は、和やかな雰囲気だった。
時々秀と拓海が視線でバチバチやりあってはいるものの、あれはいつものことだからと芽衣子も気にしていないようだ。
「にしても、あかりちゃんのウェディングドレス、大人っぽくて綺麗だったなぁ……私もああいうのにしようかな」
「えっ、凜姉ちゃんも結婚するの?」
「うん、まぁ父さん達がちょっと落ち着いてからにするけど……ほら、今私まで結婚するって言い出したら、父さんの情緒が崩壊しそうだし」
「確かに」
家のことは心配しなくていいわよ!と凜が奏の背中をバンバン叩く。
凜の彼氏は同期だが4人兄弟の末っ子らしく、既に婿養子に入ることを快諾してくれているそうだ。
だからクリニックは私たちが何とかするわよと豪語する凜が、とても頼もしく見える。
暫くすると「ご新郎のお二人は、お色直しがございますので」とスタッフに退席を勧められ「あれ、お色直しなんて入れてたか……?」「まぁまぁ行こうよ」と明らかに何かまた企んでいそうな雰囲気を漂わせた幸尚と共に奏が退席する。
二人がいなくなったのを見計らって「でさ」と凜がこっそり話しかけてきた。
「……ね、あかりちゃんってガチのSMやってるんでしょ?」
「ぶっ!!り、凜姉ちゃん!!?」
「あはは、そんなに驚かなくたって良いわよ-、ここにいる人はみんな知ってるんだし」
「みんなって……ちょっと待って、秀兄ちゃんと旦那さんにも……!?あああ、そんなあぁぁ……」
「とか言いながら、ちょっと嬉しそうね。へぇ……ホントに筋金入りなんだ」
「うぐぅ」
「ね、どんな事されてるの?」
「え」
(ええと……り、凜姉ちゃんだし、ちょっとくらいは話しても大丈夫かな……?)
興味津々の凜に、あかりは自分なりに配慮してプレイの一端を話す。
痛みのあるプレイや幸尚の「作品」は流石に刺激が強いだろうと、なるべくマイルドな日常のあれこれを……例えば自宅での格好や洗浄、日課のことなどを軽ーく話す程度にとどめて。
だが、あかりは気付いていない。
こと性癖に関して、今のあかりの常識はいわゆる一般人の常識ではない、斜め上を行く理解不能な概念だと言うことに。
「あれ、これもしかしてまずいんじゃ」と気付いた頃には時既に遅し。
ふんふんと聞いていた凜はともかく、隣でこっそり聞き耳を立てていた拓海と芽衣子が「奏……あいつ、もう何発か殴っておくんだった……!!」「あかりちゃん、耐えられなくなったらすぐにうちに駆け込みなさい!何か持って殴りに行くから!」と臨戦態勢に入ってしまっていた。
さっきから必死で守と美由が気を逸らそうとしてくれているけれど、全く効果が無い。
「え、えっと……いや排泄管理や給餌はそんなに辛いことじゃないから、うん」
「その字面だけでアウトなんだよ、あかりちゃん!全く、奏は何てことをあかりちゃんにしているんだ!」
「ちなみにあかりちゃん、給餌ってどうやって……」
「ええと、ふだんは尚くんがご飯をミキサーにかけた餌を、チューブで流し込まれて……あ、でもずっとそれじゃだめだからって、ドッグフードみたいな餌も手作りしてもらってるよ!そっちはちゃんと餌皿から口で食べられるし」
「……あなた、奏がお色直しから帰ってきたら皿を投げてもいいかしら」
「いや備品はまずい、ここはスマホくらいにしておいたほうが」
「ひええぇぇ、そ、そんなこの程度で」
「こ の 程 度 ?」
「あっ」
まずい、これは間違いなく失言だった。
案の定、ニコニコ顔の拓海と芽衣子が、ずずいとあかりに迫ってくる。
「うん、あかりちゃんには怒ってないよ、あかりちゃんには、ね!」「だからあかりちゃん、これまでどんなことをしてきたのか、洗いざらい話しましょ!」と、後ろに般若を背負いながら圧をかけて来るのは勘弁して欲しい。
あかりだって、流石にプレイの話をすれば彼らが激怒する事くらいは分かっている。
(ひいぃ、奏ちゃん、尚くん、助けてええぇぇ!!)
と、そこに「お待たせしました」とスタッフのアナウンスが入る。
ありがとうナイスタイミングだスタッフさん、これでプレイの暴露大会だけは避けられた。
……そして多分、乱闘にもならないはずである。
もしかしたら精神攻撃にはなるかも知れないけれど、その方がマシだとあかりはほっと胸をなで下ろしつつ、入り口の扉を指し「ほら、奏ちゃんたちが戻ってきたよ!」と二人の気を必死で逸らす。
「新郎のお二方、何と幸尚さん手作りの衣装でご入場です!盛大な拍手でお迎えください!!」
スタッフの手により部屋のドアが開く。
その瞬間、拓海は飲み物を噴き出し、秀と凜は一瞬ぽかんとした後、腹を抱えて笑い出した。
「えほっえほっ……そそそ、奏ぅぅ!!?」
「ちょ!!奏!!その格好……ぶはっ!!あっはっはっは……サイコーだよ幸尚君!!」
「すっげぇそれ自作!!?幸尚君やるなぁ!いやぁ似合ってるぜ奏……ぷくく……」
そこにはシルバーのタキシードに身を包んだ幸尚に……ふんわりしたプリンセスラインのウェディングドレスを纏い耳まで真っ赤になった奏が、事もあろうにお姫様抱っこをされて入場してきたのだ。
「ちくしょう、兄貴も姉貴も覚えてろよおぉぉぉ!!尚もっ!俺ウェディングドレスは絶対着ないって言ったじゃねぇか!」
「うん、やっぱり似合ってる。すごく可愛いよ、奏」
「いや人の話を聞けって!!」
うっとり熱っぽい視線で奏を見つめる幸尚と「俺もう死ぬ、マジで死んじゃう」と涙目の奏。
そして
「はあぁぁ……いいねぇ、やっぱり推しのウェディングドレス姿は最高……」
「やっぱりお前が犯人じゃねえかあかりいいぃぃ!!!」
仕掛け人のあかりはすかさずスマホを取り出し「推しカプが尊すぎる、もうこれ待ち受けにしないと!」とパシャパシャ写真を撮っている。
頼むから、待ち受けにするなら結婚式のやつにしてくれ。てか幸尚まで「あかりちゃん、それ後で僕にも送って」なんて言ってんじゃねぇ、取り敢えず俺を降ろしてくれと奏は爆笑の渦の中叫ぶのだった。
「はあぁ……なんか、怒りも全部すっ飛んでしまったよ……」
「あかりちゃんも奴隷とかいいながら、相変わらず二人を振り回しているのね、ちょっと安心したわ」
「いやそんなところで安心しないでくれ。そしてあかりは覚えてろ」
「ええー、素敵だよ奏ちゃん。尚くんも良かったね、夢が叶って」
「うん、ありがとうあかりちゃん!後でちゃんと額装しないとね」
「お願いだからそれだけは止めて!!」
(……そうか、ちゃんとあの時の教訓は活かしているんだね)
がっくり力が抜けながらも、拓海はどこか安心する。
あかりが二人への依存に嵌まりそうになったのは、恐らく彼らの歪んだ関係がいきすぎたせいだったのだろう。
そして、今の彼らは同じ事を繰り返さないために、外では幼馴染みの関係を徹底するように心がけているようだ。
(僕らが思っているより、ずっと彼らは大人になっている)
親だから、見えないものがある。
小さな掌が、抱っこをせがむ姿が、大変だったけれど楽しかった懐かしい思い出が、どうしても今の彼らの姿を霞ませる。
だから、きっと今自分に見えているよりも、奏はしっかりした大人になっているのだろう。
ああ、それにしても成長した子供の手を離す瞬間というのは、どうしていつもこんなに寂しさを伴うのだろう。
(……いやいや、良かったじゃないか。やっと子育てが終わったんだ。これからは私たちも、自由気ままに過ごせるのだから)
そんな寂しさを振り払うように、拓海は心の中で言い聞かせ、そして幸せの中にいる若者達にはなむけの言葉を贈る。
「奏、幸尚君、あかりちゃん」
「はい」
「守さんや美由さんはともかく、私たちは君たちのその……持っている物を到底理解はできない。けれど、私たちはいつだって君たちの幸せを願っている。……きっとそれは、祐介君や紫乃さんも同じだ」
「……はい」
だから、3人で助け合って幸せになるんだよ。
そう微笑む4人の親たちに、幸尚の瞳からぽろぽろと涙が零れた。
「ありがとうございます、おじさん……!」
「幸尚君、そこはもうお義父さん、だね」
「え、あ、おおおおとうさんんっ……あわわ……」
途端に顔を四角くして挙動不審になる幸尚の初々しさを、拓海は微笑ましく見つめていた。
そしてどうかこの若者達に、困難であろうとも自分達の道を貫くと決めた3人に祝福がありますようにと、心から願うのだった。
沢山のサプライズがあったが、とても良い式だった。
……そう、ここで終わっていればもう、何も言うことは無い素敵な結婚式だったのに。
「……あのう」
余韻に浸る拓海に、おずおずとあかりが話しかける。
「ん、どうしたんだい、あかりちゃん?」
「……あのね、私奏ちゃんの養子になるんだよね」
「そうだね」
「ってことは、おじさんのことを」
「!!待ってあかりちゃんそれ以上は」
危険に気付いた幸尚が慌てて止めるも、時既に遅し。
「おじいちゃん、って呼んだ方がいいの?」
……ああ、あんなに大人びた花嫁姿を見せても、あかりはやっぱりあかりのままだった。
「ぐはっ……!!ま、まだ孫もできてないのにいぃぃ…………!!」
「あああ、あなたしっかりしてえぇぇ!!」
このあかりの発言により、拓海はそれから「おじいちゃん……いや、年齢的にはおかしくない、おかしくないけどあかりちゃんにおじいちゃんって……」と1週間ほど落ち込んでしまうのだった。
…………
「ふわあぁぁ……!!凄い、凄いよ奏ちゃん!部屋にプールがある!!」
「へいへい、プライベートプールだからいつでも好きに泳いでいいってさ。ほら、その前にあかり」
「あ、うん」
次の日。
無事役所で手続きを終えた3人は、そのままハネムーンへと旅立つ。
飛行機で3時間半、沖縄の離島にたどり着いた3人がこれから1週間を過ごすためにチェックインしたのは、高級ビーチリゾートのヴィラだった。
「何だかまだ慣れねぇよな、志方様って呼ばれるの」
「だね。ついつい尚くんの方を見ちゃう……って尚くん、顔がにやけっぱなし」
「いやぁ……奏やあかりちゃんが僕と同じ名字で呼ばれてるって、凄く嬉しいなって……」
「ったく、名字が変わる側は手続き大変なんだからその分労れよ?……あかりもこれでよし、と」
「ありがと、もうこれを着けてないと何だか寂しくなっちゃうんだよねぇ」
いつもの貞操帯を装着されたあかりが、早速水着をバッグから出している。
飛行機に乗るときも貞操帯を外さずに乗れたという話はネットで見かけたものの、流石にハネムーンだってのに万が一乗れなかったら洒落にならないからと、今回は荷物として預けていたのだ。
「すごーい!!ね、これ温水プールだよ!!海も綺麗ー!」
「へいへい、あかりは初っぱなから元気だな……尚はいきなり食い気に走ってるし」
「奏、このマンゴーめちゃくちゃ美味しいよ。ほら、あーん」
「お前ら……いつも思うけどマイペース過ぎね……?」
あかりはプールに飛び込んではしゃぎ、幸尚はウェルカムフルーツを幸せそうに頬張っている。
ま、何かをするために来たわけじゃねえからいっか、と奏も幸尚の隣にもたれてフルーツを口に運んで貰うことにした。
「いやしかし、貯金をはたいて奮発しただけのことはあるよな。景色も良いし部屋も広いし、部屋に温泉まで引いてあるって」
「プライベートビーチもあるんだよね。アクティビティも豊富だし、部屋でゴロゴロするのに飽きたら行ってみよっか」
「だな。飽きる日が来ればだけど」
そっと幸尚の唇に触れれば、マンゴーの味がする。
ちゅ、ちゅ、とついばむようなバードキスを交わせば、幸尚の膝の上に乗せられた。
いつもならすぐにベッドに押し倒されそうな雰囲気だというのに、今日の幸尚は珍しく大人しい。いや、股座は全然大人しくないけれど。
「……ベッド、まだ行かないのか?」
「んー……ほら、今日は特別だから」
キスの雨を降らせてくる幸尚に「特別?」と尋ねれば「だって」といつになく穏やかな微笑みを返される。
「……今日は、初夜だから」
特別な夜にしようね、と耳元で囁かれるだけで、ぞわりと熱が上がる。
だがここで流されるわけには行かない。大学時代の4年間ですら、この甘い声に流されてあっさりいいよと言った結果、何度フラット貞操帯のお世話になったやら。
「尚……ひとつ聞いて良いか」
「うん」
「あれだけ毎日抱き潰しておいて、初夜って概念はどこから持ってきたんだ?」
「ん?結婚して初めてだから、初夜でいいんじゃないの?」
そうか、いいのか。
いや待て昨日の夜も散々鳴かされたじゃねえか。あれは結婚後だろうと突っ込めば「だって昨日はまだ入籍してなかったよ」と平然と返してくる。
どうやら幸尚は何としても今夜を特別な夜にしたいらしい。
「……奏、だめかな?」
「お前な、その図体で無理矢理上目遣いにしておねだりするの反則だと思うぞ。……今日はサプライズは要らねぇぞ、先に何をやるか詳細に申告しろ」
「むぅ、情緒がないなぁ……大丈夫だよ、今回はあかりちゃん用のおもちゃしか持ってきてない」
今日は奏がおねだりするまで、たっぷりこの手と口で可愛がってあげる。
そう耳に口づけられれば、それだけで胎がずくりと疼いた。
…………
気のせいだろうか、今日の尚はいつもにも増してボディタッチが多い気がする。
しかも、ことあるごとに弱いところをさわさわと擦ってくる。
「……何だよ、じーっと見つめて」
夕食はレストランで、鉄板焼きにした。
目の前でシェフが焼いてくれる料理を頬張っていれば、幸尚が時折嬉しそうに眺めている。
「だって」と幸尚はそっと奏の耳元で囁く。
「今日の奏、凄く綺麗なんだ」
「――――っ!!おまっ、こんなところで……それに綺麗とか」
「本当のことだよ。ね、あかりちゃんも思わない?」
「んー、多分それは尚くんの目に、いちゃラブフィルターがかかっているせいだよ」
「何だその謎フィルターは」
今晩が楽しみだね、とこれまたうっとりしているあかりは、どうやら結婚しようがお構いなしに二人のまぐわいを堪能する気満々らしい。
そんなあかりに「あ、でも今日はあかりちゃんはちょっと」と尚が水を差す。
「え、今日は……見学禁止?ちゃんと壁になってるよ?」
「ううん、いても良いよ。でも今日は、奏を独り占めしたい気分なんだ」
「そっかぁ。初夜だし、仕方ないね」
「うん、だから……梱包させて貰うね」
「え……ぁ…………!」
(梱、包……荷物に、されるの……!?)
ぞくり、とあかりの全身に興奮が駆け抜ける。
まさか、ハネムーンでも作品にされるなんて想定していなかったから、突然宣告されたモノ扱いについ息を荒げてしまう。
部屋に帰ったら説明するから、今はご飯を楽しもうねと、幸尚は何食わぬ顔で食事に戻る。
だがこの1年近くずっと二人にとろ火で炙られ続けた身体は、一度熱情を灯せばそう簡単に沈めることなどできない。
「はぁっ…………んうぅ……」
「あかり、ここでは人間」
「っ、うん……」
必死で口にする食事の味は、もはや美味しいんだかなんだか分からなくなっていた。
…………
部屋について、幸尚の説明を受ける。
「自宅じゃないしそこまで大がかりには無理だから」と言われた今回の作品は、確かにこれまでやってきたことの応用ではあった。
あったのだが。
「……スーツケースに細工をしていると思ったら、このためだったんだ……」
「うん、流石に息ができないのはまずいからね。ほら、ここからチューブが出せるけどちょっと長めだから、頑張って呼吸してね」
「ひぃ……!!」
確かに1週間とはいえ、国内旅行なのに随分大きなスーツケースを用意しているなとは思っていたのだ。
えっちな道具持ち込むためかと思いきや、まさかこれ自体が道具だったとは。
幸尚のスーツケースはソフトタイプで、外にポケットが付いている。
そこに穴を開けて呼吸用のチューブを通すことで呼吸を確保しようということらしい。
幸尚曰く、自分たちで試してみて呼吸ができることは確認済みだけれど、時々深呼吸をしないと苦しくなるそうだ。
「いいでしょ、快楽に浸って呼吸を忘れれば苦しくなるから、ずっと気持ちよくいる事もできない。耳栓もするからほとんど音も聞こえないと思うよ」
「あ……あはぁ…………箱詰めに、されちゃう……!」
「きっとあかりちゃんは気に入ると思うんだ。だから……今日は荷物になって、大人しくしていてね」
「はいぃ……」
いつものように、黒いキャットスーツに全身を包み込まれる。
もはや着せる方も着せられる方も慣れた様子で、しかしこのぬるりとした、そして全身を締め付ける檻の中に閉じ込められる気持ちよさは何度やっても慣れることなく、脳髄を焼き尽くす。
「そうそう、今日はお裾分けをしようね」と幸尚は奏に下着を脱ぐよう頼む。
「ん?脱いだけどどうすんの」
「あ、パンツを貸して」
そうして大きく開けられた口の中に、幸尚はさっきまで奏がはいていた下着を躊躇鳴く突っ込んだ。
「んむうぅぅぅ!!!」
突然の出来事に目を丸くして呻くあかりに「ほら、今日は全部独り占めしちゃうから」と話しつつ、全頭マスクから伸びる呼吸用チューブを両方の鼻に通される。
「息できる?……うん、大丈夫だね。この状態だから匂いはわかりにくいけどさ。……さっきまであかりちゃんが大好きな奏のちんちんを包んでいたパンツ、たっぷり味わって、ね」
「!!!」
(そんなっ、そんなこと言ったら嫌でも意識しちゃううぅっ!!)
「じゃ、また後でね」とワイヤレスイヤホンを差し込まれる。
つんと詰まったような感じがあるから、ノイズキャンセリングタイプだろう。
今日の幸尚は、本気で奏の全てをあかりに感じさせないようにしたいらしい。
全てを覆う全頭マスクを被せられ、さらに顔用の拘束ベルトをきっちり締め込まれた感触がある。
口元に感じる圧迫感は、詰め込まれた下着を出せないように押さえ込む用途だろうか。
両手足を折りたたみ、胎児のように丸まった形で、何本もの拘束ベルトを用いてぎゅっと締め付けられる。
このベルトもあかりにしか使えないよう、部位に合わせて穴をひとつだけしか開けていない幸尚のお手製ベルトだ。
まさに荷物のように、全身を一つの塊に変えるように、ベルトがかけられていく。
全身をギチギチに締め付けられる感触が、いつぞやの縄を思い出させて、頭が白くなる。
けれどもそれに浸ればとたんに呼吸が苦しくなり、全力で鼻から息を吸わなければならない。
(これ、辛い……!気持ちよくなりたいのに、なりきれない……!!)
ふわりと身体が浮いたような感覚がした時思ったら、次の瞬間クッションのようなものの中に降ろされた。
さっき見せて貰ったスーツケースには人形にくり抜かれたウレタンパッドが敷いてあって、ここに詰められたあかりが一ミリたりとも身動きできないように包み込んでくれるらしい。
暫くすると、左半身に何か覆いがかかった。
恐らくファスナーだろう、小さな振動と共に、外からぎゅっと圧迫される感触がある。
ちゃんと呼吸用のチューブは外に出ているようで、意識して息を吸っている限りはそこまで苦しくもなさそうだ。
また浮き上がるような感覚に襲われ、頭を上にした状態でどこかに置かれた。
暴れて倒れてしまわないように、スーツケースの持ち手はクローゼットのポールに繋いで固定すると言っていたっけ。
作品と言うには余りにも簡易な、ただの荷物として放置される事実に、興奮が高まって……乳首が、クリトリスが、子宮が疼く。
けれどもそれを慰めることすら許されず、ただ箱の中で、二人の甘い時間が終わるのを待たされるだけ……
(ああ、惨めだ……必要なければお片付けされて、共にいることすら叶わないだなんて……)
使うだけが、飾るだけがモノではないと、教えるかのような仕打ちに、股間の疼きが止まらない。
舌に当たる布の感触が、奏の下着を咥えさせられていると……ついさっきまでペニスを包んでいたものを突っ込まれている事を突きつけてきて、興奮に頭がぼんやりすれば息苦しさで現実に戻されて。
(……これ、いい)
シューシューと必死で呼吸をしながら、堕ちたいのに堕ちきれない中途半端さを堪能する。
(全てを握られて……全ての人権を剥奪されてモノになるって、こういうことなんだ)
奏の道具に、幸尚の素材になった幸せを噛みしめながら、あかりはただ、呼吸するだけのモノに成り果てたのだった。
…………
「これでよし、と。……おまたせ、奏」
「おう。……しっかり固定したか?」
「うん。あんまり長くなるとあかりちゃんが辛くなるから……2時間、かな」
「そうだな、俺が2時間半、尚が2時間だったもんな、限界まで」
流石に男の身体ではスーツケースには入らないから、拘束と呼吸管理だけで限界を試したのは卒業式の次の日。
「なんでこれが気持ちいいのか全然分かんねぇ」「あかりちゃんは凄いね、これで感じられるんだ」と感心しつつ練っていた「荷物」計画は、確かにハネムーン中に一度はやるという話ではあったが、まさか初日からやるとは思わなかったと奏は半ば呆れ顔で呟く。
僕ももう少しここに慣れてからのつもりだったんだけどね、とタイマーをセットしながら幸尚はもう待ちきれないと言わんばかりに奏に口付けを強請った。
「んっ……んうっ……ふぅ…………」
「んはぁ…………今日だけは、僕だけのものでいて、奏」
「……ったく、2時間だけだぞ!」
「分かってる。あかりちゃんにも後でいっぱいご褒美をあげないとね」
ほら、そのクソデカい愛を全部受け止めてやるから来いよ。
そう両手を拡げる奏に、幸尚は目に獰猛な光を湛えつつ、覆い被さった。
(……ああ、どこもかしこも、甘い)
耳の後ろに、首筋。
奏はうなじと乳首が凄く弱くて、ここを舌でなぞるだけで高い声で鳴いてくれる。
「んっ……ちゅ…………なお、ゆびぃ……」
「うん、ほら」
左手を差し出せば、ねっとりと熱い粘膜が人差し指と中指を包み込む。
あかりちゃんは口蓋の奥の方が好きだけど、奏はもっと手前、舌の付け根の両側を擦られるとすぐにうっとりしてくる。
「んっ……んちゅ……んあぉ……っ…………!」
「脇腹も弱いよねぇ……全部、全部僕が見つけて……育てたんだ」
最初に反応したのは、ペニスと前立腺くらいだった。
当然だ、男の身体はそんなに敏感にはできていない。くすぐったいだけだと奏もよく言っていたっけ。
それでも根気よく育てようとする幸尚に、奏は嫌がりもせず付き合ってくれた。
「っ……尚っ……もう、もうっ…………胎がぁ……」
「うん、まだだよ。まだ、全部確かめ終わってない」
「ひっ……ぜん、ぶ……?」
「そ。おへそも気持ちいいよねぇ……」
「んひいぃっ!!」
銀色の飾りと一緒にへそを舌でくじれば、ひときわ高い声が上がる。
揃いのピアスは、結婚を機に新調した。
「ゴテゴテした飾りがあると、引っかけやすくなるよ」という塚野の助言に従って、シンプルなバナナバーベルに螺鈿のような模様が入ったピアスだ。
奏の白い肌に銀色のピアスと螺鈿の色合いが良く映える。
そのまま股間を通り過ぎて足の指の間に舌を這わせれば、少しだけ残念そうな、けれど気持ちよさそうな喘ぎ声が上がった。
ちらりと見上げれば、その股座にある男の象徴は、しかし少し首をもたげただけでたらたらと透明な蜜を垂れ流している。
この6年で一番変わった場所。
そして、奏がオンナノコになったことを表すのが、このペニスだった。
仕事の時やあかりを甚振っているときは相変わらず元気そのものでガチガチにいきり立つそこは、しかし幸尚に愛でられているときだけは途端にしおらしくなり、大きなクリトリスのようになってしまうのだ。
「……可愛いなぁ…………」
「っ……可愛いって言うなぁ……んくぅぅっ……!」
「だって、僕のためにオンナノコになってくれたんだよ?もう、愛しくて……愛してる、大好き、奏……!」
「ったく、こんな身体にしやがって……んあっ、責任、っ、取れよなぁっ!!」
「もちろん。しわしわのおじいちゃんになっても、いっぱい愛でてあげるからね」
「はぁっ……腹上死、しない程度にな……!」
早く、早くとくねる腰の動きに更に愛おしさが増す。
チラリとタイマーを見れば、あと1時間を切っていて、そろそろ良いかなと幸尚はさっきからくぱくぱと幸尚を誘い続ける、縦にふっくらした自分だけの孔にそっと潤滑剤を纏った指を差し入れた。
もう、今の奏ならいきなり2本突っ込んだってあっさりと太い幸尚の指を迎えてくれる。
「ふわふわ……ほら、ここも、ぷっくりしてる」
「んああぁぁっ!!ひっ、なおっ!これきついっ、いつもよりぎもぢいぃ……!!」
しこりをそっと押せば、途端に奏の腰が跳ねる。
散々焦らされ熟れた身体は、それが欲しかったのだと必死で幸尚の指をしゃぶり、もっと鳴いて強請れとばかりに奏の頭に星が瞬くような強烈な快楽を送り込んでくる。
「んあっあっぁっああっ……!!はぁっ、はぁっ、はぐうぅっ……!」
「ん、一回出しておく?」
「ああっ、んうぅやだっ、もうっ、出さなくて良いからっ!尚が欲しいっ、早くうぅ!!」
「っ……ああもう、奏が可愛すぎて、僕挿れる前に暴発しちゃいそうだよ……!!」
今日は時間制限があるけど、明日からはたっぷり可愛がってあげるからね、と掠れた声で耳元で囁かれれば、すっかりメスにされた頭と身体はすぐに歓喜に満たされる。
……ちょっとだけ危険も感じるけれど、それはまぁ明日以降の自分が対処することだ。
今日はそう、特別なのだ。二人だけの、二人きりの特別な時間を味わい尽くしたい。
だから、今日だけは。
「……なお…………着けないで……」
「え……でも、それは……」
「ちゃんと、洗ってるし、お腹痛くなってもいい…………特別、なんだろ?今日だけ……今日だけで良いから、尚を全部ここに注いで……孕ませて」
「っ!!!」
目の前が、真っ赤に染まる。
終わったらすぐに洗浄するからね!!と震える声で叫びつつ、幸尚は手にしていたコンドームを放り投げ、その滾りをぴとりと奏の入り口に沿わせた。
「……うぁ……」
「奏?」
それだけでうっとりとする奏に話しかければ「熱ぃわ……」と熱に浮かされたような声が返ってきて。
「……ゴム越しでも熱かったけど…………すげぇな、尚の熱が……全部、感じられる……っ…………はぁっ、もうっ疼いて堪んねぇ……!!」
初めての時、幸尚が暴走して途中から中に出してしまって。
必死で謝り倒しながら洗浄してくれたけど、後でお腹が痛くなってしんどかったのを覚えている。
あれから幸尚は、どれだけ暴走してもゴムだけは欠かしたことが無いし、奏もそこだけは決して譲らなかった。
けれど、今日だけは……後で痛みに泣いても、きっとそれすら幸せだから。
だから尚、お前の全てを、俺にくれ。
「……!!」
「っ、んあああああぁぁぁっっ!!!」
潤んだ瞳でまっすぐに見つめながら囁かれた熱烈な誘いに、何かが切れた音がして。
気がつけば幸尚は、一気に奏の奥の奥まで貫いていた。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」
「っ……ぁ……はは…………っ」
奏の下生えが、付け根に触れる。
すっげぇ熱いわと下腹部をさすりながら、自分を見上げる奏がぼやけて見えない。
「……ひっぐ、ひぐっ…………奏っ……愛してる……!」
「ははっ、もう涙だばだばじゃねぇか!んっ……ったく、いつもよりでかくなってね?」
「奏のせいだよおぉ……うえぇぇん……」
「へいへい。……愛してる、尚。あの時……まぁあかりの暴走もあったけどさ、俺を好きだって言ってくれて、ありがとな」
あの告白が無ければ、きっと自分達はどこかの段階で離ればなれになったのだろう。
3人で過ごした懐かしい思い出を抱えながら、けれどもその道が交差することは無かったと断言できる。
ほら、もう時間も少ないんだ。目一杯愛してくれ。
そう微笑んで手を伸ばす奏を抱きしめ、幸尚は泣きじゃくりながらかぶりつくようにその唇を奪うのだった。
…………
「……ちゃん、あかりちゃん……!!」
「っ……んぃぁぉあぁ……」
突然の光と音に、思わず目をつぶり顔をしかめる。
口の中に詰め込まれた下着を取り出せば、こぽりと溜まっていた涎が垂れた。
「ぷは……ゆひなお、ひゃま……」
「うん、大丈夫?今拘束を解くからね」
(……ああ、終わったんだ)
薄目をあければ、幸尚がスーツケースからあかりを取りだして拘束用のベルトをひとつずつ外しているところだった。
ずっと曲げられたままだった手が、足が痺れて力が入らない。
中途半端に昂ぶったままの身体と頭は、もっと刺激が欲しいと狂おしいほどの衝動を叩き付けてくる。
けれども、奴隷であるあかりには、その衝動に応える権利がない。
まだ貞操帯を着けてないからね、と手を後ろ手に拘束される。
そのまま椅子に運ばれ、座った状態で椅子に手足と腰を固定した幸尚は「脱がすのはちょっと待ってて」と言い残してベッドにくたりと横たわる奏を清めに行ってしまった。
「んふぅ……さわり、たいぃ……」
無意識のうちに、もじもじと身体を揺らそうとする。
少しでも良いから刺激が欲しいけど、揺らしたところで揺れるのは身体ではなく椅子だ。
それに、下手に動かせば感覚の戻ってきた手足の痺れに「んひぃっ!」と声を上げる羽目になる事に気付いたあかりは、気持ちよくなることをすっぱり諦めた。
(……気持ちよかった…………)
ぼんやりと、スーツケースに閉じ込められた時間を思い起こす。
あのカミングアウトの日以来、あかりはまともな絶頂を与えられていない。
とことんまで追い詰められた身体は、最初こそ強烈な絶頂を求めて荒れ狂ったけれども、最近ではいかに小さな刺激で最大限の満足を得られるかを、脳が追求している気がする。
絶頂は許されない。ならば許される範囲で少しでも気持ちよくなろうと……つまり早い話が、全身の感度が更に上がってしまったのだ。
不思議とどれほど感度が上がっても絶頂に至ることが無いのは、恐らく年単位で「絶頂=ご主人様の許可無しにはできないもの」と脳に刻み込まれたせいなのだろう。
今の状態だと、例えクリトリスを弄ることを許されても脳が勝手にストップをかけ、セルフ寸止め状態で泣き叫ぶことになりそうだなと、想像したあかりはぶるりと身を震わせる。
だから、荷物にされるのも気持ちよかったのだ。
ぎゅうぎゅうに押し込められた圧迫感も、1ミリたりとも動けないようにベルトで戒められた拘束も……そして呼吸苦すら、あかりにとってはこの身体を慰める快楽なのだと思い知らされる。
「そう、なるよねぇ……だって、おしっこだって……浣腸だって、カリカリの餌を食べるのだって気持ちいいんだもん……」
どんなに人間を演じても、4年間かけて丹念にあらゆる刺激を快楽と感じるように躾けられたこの身体は、もう普通の人間のものとは呼べない。
およそ人が感じるものでは無い刺激をあっさり快楽と断じて溺れてしまう、惨めで、悍ましい……実にあかりらしい、ご主人様に育てて貰った大好きな身体。
(あの時、二人の奴隷になりたいって言って、良かった)
あの一言が無ければ、奏と幸尚が結ばれることはあっても、そこに自分はいなかっただろうから。
「あかりちゃん、お待たせ。痺れはどう?」
「うん、もう大丈夫そう」
15分くらい経っただろうか、まだどこか夢見心地の奏を支えながら幸尚が帰ってくる。
ああ、あの顔はきっといつも以上に優しく愛されたのだろう。
幸せそうにぽやぽやとしている奏の様子に、あかりまで嬉しくなる。
「もうちょっと奏がしっかりしたら、キャットスーツを脱がせるから。それまではそのまま椅子に縛り付けられていてね」
「はぁい……楽しかった?尚くん」
「うん……最高の初夜だったよ。……あかりちゃんも、ありがとう」
(こちらこそ、ありがとう。私を奴隷に……モノにしてくれて)
よく頑張ったね、といつものように奏があかりの頭に手を伸ばす。
くしゃりと頭を撫でる大きな手は、いつもより温かく感じた。
…………
「これまで忙しかったからさ、何もしない贅沢がしたいって、ビーチリゾートを選んだんだよな、俺ら」
「そうだね」
「なのにさ……何で朝から晩まで裸で爛れた生活をしているんだろうな……」
朝から一汗かいて、温泉で身体をいたわりながらぽそりと奏が呟く。
外は今日も良い天気で、水平線が綺麗に見える絶好のアクティビティ日和だ。
確か部屋に飽きたらアクティビティも楽しもうなんて言っていたはずなのに……ああ「飽きる日が来ればな」なんてフラグを立てるんじゃ無かったと、今更ながら奏は己のうっかり発言を後悔していた。
「ん?セックス以外は何もしてないんだから、目的は果たしてると思うよ?」
「良いこと言うね、あかりちゃん。……んん、もうちょっと奏を堪能したい」
「いやいやずっと堪能してるってむぐぅ……」
初日はまぁ、許そう。
あれは家族になって初めて(ということにした)の記念日だったし、そりゃ耽溺するのも無理は無い。
けれどまさか、1週間ずっと「寝て、起きて、ご飯食べて、セックスして、水浴びする」以外のことをせずに過ごすことになるとは思いもしなかったな……と口内を優しくまさぐる幸尚の舌に翻弄されながら奏はぼんやり思う。
幸いだったのは、奏のおもちゃがここには一切無いことだ。流石にそこは幸尚も自重したらしい。
そりゃ幸尚だって、折角のハネムーンでフラット貞操具の世話にはなりたくないだろう。こんなこともあろうかと、抑止力目的で荷物に入れておいて正解だった。
(だからって、こんな……毎日ドロドロに蕩かされて、もう俺日常に戻れる気がしねぇ……)
幸尚は、暇さえあれば奏を優しく愛で続けた。
口と手と、息子さんがあれば十分奏を愛せるとばかりに、それは丁寧に、しつこいくらいに……それこそ奏の股間が乾く暇が無いほどに。
合間であかりを昂ぶらせては放置し、その泣き声をBGMに抱き合うこともあった。
かと思えばあかりが「今の私は壁だから」と自ら椅子に拘束され、鼻息荒く二人の交合を堪能してるときもあった。
つまり、この関係が始まった6年前に戻ったかのように、欲望の赴くまま爛れた生活を送っているのだ。
懐かしさも感じるが、むしろ突っ込まれすぎてどうも締まりが悪くなった尻が気になって仕方が無い。これ、本当に元に戻るのだろうか。
「奏ちゃんのお尻ってさ、綺麗に縦割れしてるよねぇ」
「ぐっ、気にしていることを……」
「周りも盛り上がっていてさ、可愛くて良いと思うけどね」
「誰のせいだ誰の」
「ふふっ、僕のせいだね」
「くっそ……嬉しそうにしやがって……」
でも、久しぶりだよねぇとあかりがプールに浮かびながら話す。
どうやらあかりはプライベートプールがいたく気に入ったらしい。水着に貞操帯は一応隠れるしパレオでも巻けば問題ないとはいえ、やはり気兼ねなくとはいかないからだろう。
「大学に入ってからはさ、それなりに忙しかったし……考えることもいっぱいあったから」
「だな。今だけ考えてセックスに耽るなんてできる状態じゃなかったもんな」
たまにはこうやって、現実を離れて過ごすのも悪くないねと幸尚が頷く。
それに、とあかりの方を見ながら付け加えるのだ。
「……幼馴染みの関係を忘れないためにも、この時間は取った方がいいかなって」
「そうだな。この旅行から帰れば、あかりが外に出る機会はほぼ無くなるし」
そう。
3人で話し合った結果、彼らはあかりを「ほぼ完全室内飼い」とすることに決めていた。
幸尚は昼に、奏は夜に働く関係上、あかりを家に一人にする機会はほぼ無い。
今後生活スタイルが変われば、塚野の家のようにセキュリティを入れるなど対応を検討するが、当面は常に奏か幸尚があかりに付き、買い出しなどで短時間留守にするときは安全な状態で「保管」することになったのだ。
とはいえ、親兄弟との付き合いまで制限するつもりは無い。
それに、あまり閉じ込めすぎてまた主従関係が依存の域まで浸食するのもいただけない。
だから、月に一度は必ず外出し、幼馴染みとして過ごす。
それはただのウインドウショッピングかも知れないし、あかりの大好きなケーキバイキングかも知れない。奏の(ここは全力で強調したい)運転でドライブするのも楽しそうだ。
「いつかさ、海外も行ってみたいな」
幸尚の両親が話してくれた面白そうな世界を自分の目で見てみたいとあかりが言えば「そりゃ頑張って稼がないとな」と奏が笑う。
「もうさ、離れることを心配しなくていいんだしな」
「うん。……僕たちは、胸を張って家族だって言えるようになったんだよ」
憧れ続けた関係が現実になった感慨に耽っていれば、また幸尚が「奏……」と熱っぽい吐息を漏らす。
まったく、相変わらず幸尚の発情ポイントは唐突すぎて読めない。
(まあいっか。こんな爛れた日々も、俺たちらしい)
「尻が閉じなくなったら責任取れよ?」
「大丈夫、そうなったらずっと塞いでいてあげる」
「それ、尚が言ったら冗談に聞こえない……」
「大丈夫だよ奏ちゃん、世の中には恐ろしいサイズのプラグもいっぱいあるから!」
「それ全然対処法になってないどころか、俺の尻を破壊する方向じゃねえか!!」
そうして二人はまたベッドになだれ込み、あかりはウキウキと拘束具を持ってくる。
結局滞在中に彼らが服を着たのは、部屋から出て食事を取った数回だけだった。
…………
『北森さん、じゃなかった、志方さんになったんだよね』
『そうだった、結婚おめでとう!新婚旅行、楽しかった?』
「ありがとうございます。もう遊び尽くしちゃいました」
そして、新たな日常が始まる。
あかりはハネムーン後初めての音声ミーティングで『結婚』を祝福され、割り振られたタスクに取りかかった。
と言っても、あかりに関してはそれほど変わりは無い。
強いて言うなら家から出ることを禁じられ、仕事の時間が延びたくらいだ。
バイト先だったOBの企業とは、個人事業主としてこれまで通りの仕事をこなしている。
税金や保険のことはこちらでやっているから、姓が変わっても単に結婚したとだけ言っておけば問題ないのは楽でいい。
「んんん、バグの原因が見つからない……絶対この辺にあるのにぃ……」
画面にかじりつくあかりの首には鍵付きの首輪が付けられていて、そこから伸びる鎖は椅子のヘッドレストに繋がっている。
裸でも問題の無い季節は、貞操帯とピアス、拘束具以外のものを身につけることは禁じられているけれど、それも今まで通りだ。
キーボードを打てる程度に鎖の長さを調整された手枷と、床に新しく取り付けた収納式のフックに繋がる足枷。
仕事に集中できるように、それ以外の飾りやおもちゃは着けられていない。
とはいえ、それは真面目に仕事をしているときだけで。
だめだぁ、と突っ伏しスマホをいじり始めたあかりに気づいた奏が「あかり、仕事しろよ」と声をかけた。
「何だ、詰まってるのか?」
「あ、はい、奏様。お陰で集中力が切れちゃって」
「そっか。……頭切り替えた方がそう言うのって見つかりやすいよなぁ?」
「……あはぁ…………奏様、あかりのためにありがとうございますぅ……」
(ああ、やっちゃった……)
奏はあかりが仕事をさぼり始めると、途端にお仕置きとばかりに何かを仕掛けてくる。
今日はこれかな、と奏が持ってきたのは、排尿制限で使ったカテーテルと生理食塩水のバッグだ。
一旦自慰防止板を外され、慎重にカテーテルを通して元に戻される。
この貞操帯はスリットがあるお陰で、カテーテルの扱いが楽なのがいいらしい。
椅子に座ったまま、何の快楽も無い排尿を強制され、空っぽになった膀胱に生理食塩水を送り込まれる。
「っ……はぁっ、おしっこ、おしっこぉ……!!」
「膀胱もしっかり伸びるようになったよなぁ。今の限界が1.7リットルだったっけ……ほら、1.5リットルにしておいたから、仕事が終わるまでは十分我慢できるな。……バグを解消できたら、夜まで持つ量に減らしてやるから頑張れよ」
「んぐうぅぅ……ありがとう、ございますっ……はぁっ、おしっこ……出したいぃ……!」
途端に全身からぶわっと嫌な汗が噴き出す。
頭の中に鳴り響く排泄衝動の警告音に苛まれ、ガクガクと震えながら、しかし一方であかりの脳はその衝動と痛みすら快楽に変えてしまう。
「おいおい、気持ちよくなってていいのか?膀胱、破裂すっぞ?」
「はひいぃぃっ!!」
もちろん本当に危険な状態になったら、奏は躊躇なくカテーテルのキャップを外してくれるだろう。……当然、お仕置きと共にではあるが、それでも身体に無理をさせないことだけは徹底してくれているから、こうやって全てを委ねられるのだ。
(早く、見つけなきゃ……!!ぐうぅぅっ、おしっこしたいっ、出せないぃ……!)
迫り来る限界に煽られ、あかりの集中力が一気に増す。
人間不思議なもので、危機に瀕すればどんな状況でも集中できるものだと、あかりはこの数年で嫌というほど叩き込まれていた。
今日もほどなくしてバグを解消し「奏様、終わりましたぁっ……!」と息も絶え絶えに報告する。
「よし。やる気が取れたときの対策は色々やってるけど、今のところ生食をぶち込むのが一番みたいだな」
ビーカーで慎重に量を計りながら、じょろじょろと排泄させられる。
「これでよし」と止められた容量では、とてもこの頭が焼き切れそうな衝動は収まらない。
どう考えても普段のこの時間より、膀胱に貯まっている量は多いだろう。
「ひっ、そ、奏様っ」と縋るような目つきで奏を見つめれば、ニヤリと笑って「夜まで持つ量だぞ?」とあかりに絶望を叩き付ける。
「……誰も、さっき出した尿量に戻すとは言ってないよなぁ?心配しなくても、夜の排尿の時間にいつもの尿量なら合計で1.6リットルになるようにしてある。多少多めに尿が溜まっても膀胱破裂はしねぇよ」
「っ、あぁぁ…………」
ほら、俺をしっかり楽しませながら仕事しろよ、と楽しそうに膨らんだ下腹部をなで上げられれば、それだけで「ふううぅぅんっ……!」と悲鳴が上がる。
お陰であかりは残りの2時間、必死で尿意と奏のいたずらに思考を邪魔されながらタスクをこなす羽目になるのだった。
…………
「ただいま、あれ今日はあかりちゃん、おしがま中なんだ」
「おう、仕事中にやる気が取れていたから入れといてやった。19時に排泄厳守な」
「了解。じゃあ先にストレッチして、それから餌にしよっか」
「ひいぃっ!!よ、よろしくお願いします、幸尚様ぁ……」
あかりの仕事は8時から14時まで。
朝は6時に起き、餌を食べれば7時に排尿と浣腸をする。
スッキリお腹の中のものを出し尽くしてから仕事に入れるようにしてあるのだ。
ずっと家での生活で体力が落ちるのもまずいからと、奏の判断によりハネムーンから帰宅後早々にウォーカーが設置された。
仕事が終われば足の鎖を伸ばされてウォーカーで運動し、筋トレやストレッチも欠かさない。
奏は17時には家を出るから、幸尚は店番がある日でも15時過ぎには帰宅するようにしている。
そのため、必然的にストレッチは幸尚が担当することが多かった。
「素材として柔軟性の高さは保っておきたいからね」と言うだけあって、いつも念入りにやってくれるのはいいのだが。
「はぁっ、はぁっ、うぐっ……」
「ほら、あかりちゃん息を止めない。しっかり深呼吸して」
当然、膀胱がパンパンだろうが関係なく、幸尚はぐっと背中を押してくる。
あかりが得ているものが苦痛だけでないことを知っているだけに「あかりちゃんが楽しめるようにもっと追い込んであげないと」と、相変わらず善意でできた調教は奏より容赦が無い。
お陰でストレッチが終わる頃には、もはやあかりの頭の中はおしっこを出すことしか考えられなくなっている。
その場でカタカタと震えながら「おしっこ……おしっこぉ…………」と虚ろな瞳で呟くあかりに「餌を作るから待っててね」と枷を戻してわざわざ下腹部にローターを固定し、悲痛な叫び声をBGMに幸尚は自分の夕食とあかりの餌作りをするのである。
「時間制限があるからね、それまではしっかり追い込んであげる。そしたらきっと、解放は気持ちいいよ」
餌を注入しながらとん、とんと奥に響かせるように下腹部を指で叩かれれば、その度に濁った悲鳴が上がる。
今回はまだ電マが出てこなかったから良かった、とでも思わなければ、もう心が持たない。
そうしてあかりが前後不覚になるまで追い込んで、何度も排泄の許可を叫ばせ、ついでに「少しだけ出したらカテーテルをつまんで止める」を繰り返して、今日はようやく解放を許されたのだった。
「どうだった?あかりちゃん、気持ちよかった?」
「はひぃ……もう、開放感で、頭まっしろぉ…………」
「それなら良かった。責め方、物足りなかったらどんどん言ってね!お腹は指で叩く方が良い感じに響いて辛そうだったね」
「じ、十分辛いですぅ……!!幸尚様、結婚してからますます心の抉り方が上手くなった気が……」
何か心境の変化でも?と尋ねれば、そりゃそうだよと幸尚は良い笑顔で応えるのだ。
「だって、もう奏やあかりちゃんと別れる心配がなくなったからね!」
「へっ」
「ほら、僕……どうしても好きな人は全力で愛したくなっちゃうんだよね。でも、今まではやり過ぎて奏やあかりちゃんから愛が重いって言われて、別れる羽目になったらどうしようって我慢してたんだ」
「我慢」
今、我慢って言った、この人。
でも、もう二人とずっと一緒だから、我慢しなくて良いかなってと照れながら話す幸尚は可愛い。可愛いが、言っている内容が恐ろしすぎる。
(奏様、私たちがこれまで体験してきた幸尚様の愛は、まだ序の口だったみたいですよ……)
心を抉られるのをある意味望んでいるあかりはともかく、これは奏の尻が本格的に心配になる。
あかりは引きつった笑顔を浮かべながら「ゆ、幸尚様、奏様とのセックスは1日3回戦までって約束、ちゃんと守ってあげて下さいね……?」と答えるのが精一杯だった。
後日、この会話を知った奏は
「最近やたら1回が長いと思ったらそういうことかよ!!倍ぐらいやってるだろ!?尚は俺の尻を壊したいのか!!」
「ちゃんと3回戦までって約束は守ってるよ?お尻だってちゃんと閉じてるから大丈夫!!」
「今はな!!!愛があるなら尻の将来のことも考えやがれ!!」
と、結婚後初の取っ組み合いの大喧嘩の末「許可無く1回の時間を延長しやがったから」と幸尚に2週間のセックス禁止令が言い渡されたのであった。
…………
「はあぁぁ……やっと帰ってきたよ、僕のちんちん……」
「ったく、愛されるのは嬉しいけどちっとは俺の身体のことを考えろ!はぁ、ギリギリこの日に間に合ってよかったぜ」
「まぁ、これだけ溜まってたら何回でもできそうだし、あかりちゃんも喜ぶかな」
「……ほんっと、尚は俺らのことになったらいきなりリミットが外れすぎだっての……」
ハネムーンから帰って3週間後。
ついにこの日がやってくる。
「奏様、幸尚様……」
「おう。今日までよく頑張ったな。今日はいくら絶頂しても良いから……しっかりオナホとして働けよ」
「毎年この日だけは、自由に絶頂していいからね。もちろん、僕らが好き勝手に使う範囲で、だけど」
「はい……!どうかあかりを、ご主人様たちだけの性玩具に仕上げて下さい……!!」
6月4日。
そろそろ梅雨に入りそうな空模様の日。
あかりは生まれて初めて、奏と幸尚の欲望を与えられる。
「覚えてる?今日が何の日か」
いつものようにドレッシングエイドを全身に塗りたくられ、白いキャットスーツにぬちょりと足を通していく。
今日は股間と乳輪が丸出しになるタイプのラバースーツだ。
当然だが貞操帯は外されていて、股間の頼りなさが余計に興奮を誘う。
「もちろんです。……私が、お二人の奴隷になった日で」
「んで、あかりが初めて親と対決した日な」
あかりが他者の『普通』に沿って生きることをやめ、自らの『普通』を決めるきっかけとなった二つの出来事。
奇しくも同じ日であったことから、3人はこの日こそがあかりが本当の意味で奏と幸尚の……彼らだけの奴隷に、性玩具になるにふさわしい日だと判断する。
当然結婚式も、ハネムーンも、そこから逆算して決めたのだ。
幸尚の2週間のお仕置きは想定外ではあったが、ギリギリ間に合ったので良しとする。
ぴっちりとしたキャットスーツに包まれれば、世界と隔てられた緩い拘束感に酔いしれる。
うっとりとするあかりを床に座らせ、幸尚は手際よく手足を折りたたみ、これまた白いヒトイヌ拘束具を被せてきっちりと手足を纏めあげた。
「んふ……前のやつより、ちょっとキツいかな……」
「あかりちゃんの様子を見てたら、このくらい締めても問題なさそうだったからね。全頭マスクも前より密着感が強いよ」
鼻に呼吸用のチューブを通されるのも、すっかり慣れた。
今日は喉を塞いで激しくするからと、なるべく奥まで挿入される。
「確認だけど」
全頭マスクを持ったまま、幸尚が最後の確認を行う。
「耳はノイズキャンセリングのイヤホンで、目は全頭マスクの上からアイマスクを着けるよ。口はマウスピースを入れてからホワイトヘッド開口器ね。舌は動かせるから、しっかり気持ちよくするんだよ」
「口は生でやる。膣とアナルはゴムを着けるから安心しろ」
「はい……そっちも生でいいのに……」
「それは絶対だめだからね!妊娠の危険だってあるし、後ろはお腹痛くなるんだよ!?あかりちゃん、腐女子なんだからその辺の知識は豊富でしょ?」
「オナホに選択権なんてねぇよ。ま、口からはたっぷり飲ませてやるからそれで我慢するんだな」
じゃあ、始めるよ。
幸尚の宣言にあかりが頷けば、すぐにワイヤレスのイヤホンが取り付けられる。
奏がスマホを弄れば、ピッという音と共に耳が詰まるような静寂の中に放り込まれた。
そのまま、口だけ穴が開いた全頭マスクを緩みなく被せられる。
ラバーが白だからだろうか、いつもより光をまぶたに感じるも、すぐに分厚いアイマスクで覆われ、視界が完全に遮断される。
アイマスク自体のベルトに加え、フェイスクラッチベルトで完全に固定されれば、どんなに頭を振ってもびくともしない。
唇を突かれておずおずと口を開ければ、いつものマウスピースが装着される。
そのまま口の中に金属の開口具を挿入され、骨を伝ってカチカチと音がする度に口が無理矢理開けられていく。
「んああ……ぉあああ……!」
(もう無理っ、これ以上開けられたら顎が外れちゃう……!)
懇願するような呻き声に、答える者はいない。
そもそも答えたところであかりには届かない。
事前に確認したあかりの限界まで口を開かせた状態で固定され、こちらも頭の後ろに回されたベルトでしっかりと締め付けられた。
「ああぅ……ぁぉ……」
涎が、顎を伝って落ちていく。
けれども手足を折りたたまれ、その手先もミトンで覆われ足とベルトでしっかり繋がれたあかりに、それを拭う手段は無い。
3つのピアスに錘を着け、幸尚がドレスを着せベールを被せる。
純白のドレスは、奏のウェディングドレスと一緒に作成した、今日この日のためのヒトイヌドレスだ。
オーガンジーを贅沢に使ったフリルの裾は手足をすっぽりと覆い隠し、背中の編み上げはコルセットのようにきっちりと体型を補正してあかりの呼吸を抑制する。
だが、期待にひくつき蜜を垂れ流す股間は曝け出したままだ。ドレスの裾から手を入れれば、乳首も触りたい放題である。
「これでよし、と。奏、フレームは?」
「おう、もうベッドに載せてある」
大柄な幸尚が奏と一緒に寝られるように、寝室のベッドはキングサイズだ。
その中央に置かれているのは、金属製のフレームである。
工の字のような形をしたフレームには、4カ所の末端に枷が取り付けられていて、前面と真ん中の棒からは小さな革張りの台が伸びていた。
「よ、っと……この辺?」
「うん、ここなら前後から挿れられるね」
ドレスを引っかけないよう、そっとフレームに合わせてあかりを降ろし、4つの枷を折りたたまれた手足に着けてきっちりと締め込み、南京錠でロックする。
胸から腹にかけてと顎は台座で支えられているから、どれだけ疲れても上半身を崩すことは無い。
「これでよし、と。あかりちゃん、どうかな?ヒトイヌとストックエイドの組み合わせは」
「まぁ聞いたところであかりには何にも聞こえないけどな!」
ベッドの上に置かれたのは、その場から一歩たりとも動けないように拘束された、純白の花嫁をイメージしたオナホだ。
はぁはぁと息を荒げながら飲み込めない涎を垂れ流す姿が、これが生き物であることを証明している。
「……エッロいな…………」
「うん、綺麗だ……」
(これが、俺たちのものになるんだ……)
二人はうっとりとしながらモノに成り果てたあかりの姿を写真に収め、スマホを三脚に固定する。
記念すべき貫通式はその全てを動画に納め、後であかりにじっくりとその痴態を見せる約束なのだ。
「スマホ準備できたよ。……ああ良かった、奏のちんちんもあかりちゃん相手にはガチガチだね」
「ここで勃たなかったら流石にあかりに泣かれるしな!」
「でもさ、これからは僕らのセックスでもあかりちゃんを使えるよね。僕が後ろから可愛がりながら、オンナノコになった奏のちんちんをあかりちゃんの中で可愛がって貰うのもいいかもね」
「折角挿れてもらったのに全然物足りないってか。尚、やっぱり俺より鬼畜だわ……」
さて、あまり待たせても悪いなと二人は服を脱ぎ捨てベッドに上がる。
尻に触れるだけでビクッと身体を跳ねさせる愛しい奴隷に、待ち焦がれた肉欲の祝福を。
「じゃ、始めよっか」
「おう、まずはしっかりほぐさねぇとな」
……そうして、結願の饗宴は幕を開けた。
…………
(全然、動けない……)
完全な闇と静寂に閉ざされた空間で、あかりはギチギチの拘束感を堪能していた。
外界と繋がるのは、ご主人様用の穴として解放された口と、股間だけ。
わずかな空気の動きすら、今のあかりには熱情を煽る風のようだ。
ただでさえまともな動きが不可能なヒトイヌ拘束で、さらにストックエイドによりその棒きれと化した足すらフレームに縫い付けられ、動かすことを禁じられる。
頭を下げたくても台に阻まれ、無様に涎で顎を汚し続けることしかできない。
固定された身体は遠くないうちに、身体の感覚を失うだろう。
そうしてあかりは、人という衣を剥ぎ取られただの道具と成り果てる。
と、尻たぶにぬくもりを感じて、反射的に身体をひくつかせた。
(!!ああ、始まる……!奏様が、幸尚様が、やっと私を貫いて下さるんだ……!)
ややあって、口に、そしてずっと待ち望んでいた蜜壺に、ずぷっと指が差し込まれる。
「おあぁぁ……!!」と思わず歓喜の咆哮を上げれば、喧しいとばかりに尻をパチンと打ち据えられた。
ぐちゅり、ぐちゅりと、指が喉を、蜜壺を、その奥に眠る弾力のある肉を這い回る。
擦られて、突かれて、中で指を曲げられ抜き差しされる。
(うああぁっ!きもちいいっ、きもち、いいいっ……もうだめいぐっ……!!)
「おああぁぁぁ……!!!」
あかりの叫びに呼応するかのように、真っ赤に腫れ上がった肉芽を熱い何かで擦られ、ビクン!!と身体が何度も痙攣する。
1年ぶりに与えられたまともな絶頂に、あかりの全てが歓喜し味わい尽くさんと脳から何かがだばだばと分泌されているかのようだ。
(きもちいい……しあわせぇ…………ひっ、待って今逝ったばかりなのにいぃぃ!!)
だが、その余韻に浸ることは許されない。
敏感になった肉芽は休むことなく、ぬめる熱いものでずりずりと擦られ、さらに大きくなれと言わんばかりにちゅうぅっ、と吸い付かれる。
(っ、これっ!!まさか、口で……いやあぁぁっ、そんなところ、舐めないで下さいいぃっ!!)
予想だにしていなかった行為に、あかりはパニックに陥る。
そんな、口だって性器だからと口付けて貰えなかったのに。
……まるでお前の口はこっちだろう?と言わんばかりの扱いに、勝手に涙が零れ……どこまでも人として扱われない、あかりの状態を無視した行為に、ゾクゾクとした何かが駆け抜けていく。
いつの間にか、蜜壺に突っ込まれた指は2本に増えていた。
少しだけ引きつれたような痛みが伴うが、口を、女芯を、そしてディルドにより後孔を同時に使われる刺激のお陰で、頭はその痛みすら快楽であると誤認する。
聞こえないはずなのに、粘ついた淫乱な音が頭の中を満たす。
ご主人様達の幻聴が聞こえてくる。
『良い具合だな、さすが淫乱オナホだけのことはある』』
『うん、これならあかりちゃんを存分に使い倒せそうだね』
(ああぁ……準備、されてる…………私がどうかなんて関係ないんだ、二人の快楽のためだけに……モノとして扱われるっ……!)
ガクガクと身体が勝手に震えて、何かを漏らした様な気がする。
パシンと尻を叩かれ、そのまま仙骨に指を這わされれば、勝手に子宮がぎゅっと収縮して、さらに漏らしている感覚ともはや苦痛にすら感じられる鋭い快楽があかりを襲う。
(ひぎっ、やめっ、もうずっと逝ってる、逝きすぎて潮吹いちゃってるのにいぃ!!)
目がぐるんと上転する。
ふっと一瞬意識を落として、けれどすぐに終わらない刺激で無理矢理覚醒させられて。
(これ、辛い……これが、モノとして使われるってことなんだ…………!!)
想像を遙かに超えた苦痛に、涙が止まらない。
セーフワードすら許されない拘束に、恐怖が忍び寄る。
けれど知っている。
この不安は、恐怖は、絶望は、突き詰めれば快楽に転じることに。
そう、奴隷となった浅ましいこの身体は、何だって快楽として受け止めてしまうことに……
(あ……終わ、った……?)
身体から熱が離れる。
しかし息をつく暇もなく、ぴとりと熱くてつるりとしたものが、蜜壺に、だらしなく出たままの舌に触れる。
(…………!!)
それが何か、なんてもう確かめるまでも無い。
ああ、チューブ越しだから雄の匂いもわかりにくいや、とちょっとだけ残念に思う。
(奏様、幸尚様)
唯一動くことを許された舌と、股間で、二人に訴える。
舌に触れる熱い切っ先をチロチロと舐めれば、苦しょっぱい味が広がる。
先端を食むようにきゅっと蜜壺を締めれば、ぐんとその質量が増える。
(どうぞ、あかりを……お使い下さい)
次の瞬間、頭と腰を、大きな手がグッと掴んで
「んぐおぉぉぉっっ……!!」
蜜壺に、喉に、熱い塊が叩き付けられた。
…………
「うっは……すっげぇ、挿れるってこんなに気持ちいいのかよ……!!」
「あは、すっごい……あかりちゃん、こんな小さい口で僕のを全部飲み込んじゃってる……!」
蜜壺を貫いた奏が初めての感覚に顔をしかめ、喉を塞いだ幸尚が人並み外れた剛直を全てを納めきった事実に感嘆の声を上げる。
ようやく与えられた太くて固い欲望に歓喜し、しゃぶり尽くそうとする中の動きに「これやばいっ」と奏が思わず叫んだ。
「なあっ、尚お前こんなのを毎回楽しんでいたのかよっ!!いや、やばくね!?手や口と全然違うじゃねえか、よくこれですぐ出さずにいられるな……っ!!」
「いや、僕も女の子の中はよくわかんないよ?もしかしたらお尻とはちょっと違うのかな……後で試してもいいかな?」
「良いに決まってるだろうが。あかりは俺らの奴隷で、オナホなんだ。おもちゃと同じ扱いなんだから変に罪悪感とか抱かなくて良いぞ?……あかりだって、それをずっと望んでいたんだし」
「う、うん。それなら…………ああ、喉が震えてる。まずは一回出そっか」
「だな。あ、ちょっと出血してるけど大丈夫かな」
「お義父さんから軟膏貰ってるから、終わったら使おっか」
初めてだろうが手加減はしない。出血するのも想定内だから、そのまま気にせずに続けて欲しい。
それが、あかりの希望であり3人の合意だから、奏も幸尚も容赦なく己の欲望の欲するまま、熱い楔を突き込み、ぐりぐりと擦りつける。
「はぁっ、はぁっ……だめ、もう俺出ちゃう」
「ん、最初は一緒に出してあげようか。きっとあかりちゃんも喜ぶ」
「おうっ、出るぅっ……!!」
「くうぅ……はぁぁ、2週間ぶりの射精っ、ドロドロで気持ちいい……っ!」
ドクン、と大量の白濁が、喉に、飢えた蜜壺に叩き付けられる。
まるで搾り取るかのような動きで奏を更に呻かせるあたり、どうやらあかりも絶頂に達したのだろう。
「はぁぁ……これ、サイッコー…………病みつきになりそう」
「いいんじゃない?あんまりしょっちゅう使ってたら貞操帯で管理する意味が無いから、なるべく後ろを使うようにした方がいいだろうけど」
「そっか。このまま後ろも試していい?」
「うん、ゴムだけ替えてね」
ちゅぽん、と名残惜しそうに絡みつく膣からペニスを引き抜けば、べっとりと白い愛液がまとわりついていて、なんとも卑猥な光景に更に興奮が高まる。
「んじゃ、後ろも……んっ、こっちはどこまでも入っていきそう……」
「女の子だと前立腺が無いからどこを攻めればいいのかな」
「あーこっちは根元の締め付けがいい……あれじゃね、子宮のあたりを狙って……ほら、ビクビクしてすっげぇ締まる」
腰を叩き付ける音と、ぐちゅぐちゅと粘ついた音。
二人の荒い息に、あかりのくぐもった悲鳴が部屋に満ちる。
「あの、さっ……挿れる側だとぶっちゃけ、何度でもやれそう……」
「あーうん、初めての時は嵌まるよね……ね、僕が嵌まったのも分かるでしょ?」
「ぐっ、確かに……でも一日6回戦はやっぱり論外」
「ええ-」
二人で場所を変えながら、膣を、肛門を、口を犯し続ける。
後ろに回った幸尚は「ああ、奏より結腸が近いね。あかりちゃん、腐女子ならやっぱり本物の結腸責めは経験したいでしょ」と初めてにも関わらずしっかり奥をあやして一気に結腸を抜いてしまう。
恐らくあかりのことだ、すんなり抜けるあたり一人遊びで深いところまで抜いて堪能していたのだろう。
カリ首を引っかけ、ぐぽぐぽと入り口を刺激すれば、あかりはガチャガチャと拘束具を鳴らしながら低い喘ぎ声をひっきりなしに上げている。
その様子に「お前なぁ、結腸責めは結構キツいんだからな」と奏は嗜めこそするものの、童貞を捨てたばかりの身にこの3穴オナホは相当魅力的らしく、全く腰を止める様子が無い。
「はぁぁ……気持ちいぃ…………女の子の中も、暖かい沼みたいで堪んないね」
「……俺より、いい?」
「ううん、奏が一番いい」
「そっか」
妬く必要なんてないよ、と二人はあかりの背の上で口付けを交わす。
今のあかりは奴隷だ。おもちゃ箱に入っているディルドと変わらない存在なのだ。
僕が愛しているのは奏、ただ一人だよと幸尚は囁きかける。
「もちろんあかりちゃんも、幼馴染みとして大好きだけどね。……不安になるならいつでも言って、僕頑張っていっぱい愛するから」
「そ、それはちょっと勘弁願いたいかな……」
軽口を叩きながらも止まらない腰に、念のためにコンドームを2箱買っておいて良かったと奏は安堵する。
二人はこの後も2時間にわたり、スッカラカンになるまであかりを穿ち、その欲望を注ぎ続けたのだった。
…………
裂けるような痛みは、消えない。
けれど、それを上回る快楽が、肉棒に貫かれた孔からひっきりなしに与えられる。
ずっと見続けて、焦がれて、妄想して、待ち続けた快楽は、想像を遙かに上回る衝撃と悦楽をもたらしてくれた。
(ぜんぜん、ちがう……ゆびより、ふとくて、おおきくて……とんとん、しきゅうがゆれる……!)
Gスポットを擦られれば、突き抜けるような鋭い快感が駆け抜ける。
子宮を揺さぶるように突かれれば、大きな快楽の波が思考を根こそぎ流し尽くす。
後ろの孔を出し入れされれば、沼に引きずり込まれるような落ちる気持ちよさに酔いしれ、結腸を抜かれれば高みに押し上げられて戻って来れない。
喉を突かれるのは苦しい。
けれど、4年近く開発された口も喉も、今や性器と変わらないほどの快楽を生み出してくる。なにより……口いっぱいに広がり、喉に落ちていく白濁が甘露のようにすら感じられる。
(やっと……やっと、いただけた)
分かっている、それは彼らなりの筋の通し方で、あかりを大切に思うが故の行為だったことも。
それでもずっと、どこか寂しかった。
二人は毎日のように愛を交わし続けるのに、どれだけ頑張っても、尽くしても、欲しても与えられなくて。
(ああ、わたしは……やっと、おふたりのどれいに…………)
心が、満たされる。
奥底に眠る被虐の獣が、歓喜の歌を奏でる。
与えられる全てが、満たして尚溢れ出すほどの幸せを運んでくる。
(ありがとう…………わたしを、うけいれてくれて)
光が、満ちる。
私という存在が、光に溶けていく。
もう、自分が何を叫んでいるのか、何を感じているのか、その身体がどこにあるのかすら分からない。
今の私は、穴だ。
お二人の欲望を受け止める、ただの、3つの穴。
熱情に、欲望に、被虐に。
ありとあらゆる想いが煮えたぎる坩堝の中に放り込まれ、ドロドロに溶かされて……そして二人の望む形として、再び存在を為す。
それはあかりにとって、人間であることを完全に手放した瞬間だった。
――そう、自覚してから10年の時を経て、今あかりはようやく、その心の奥に抱いた度し難い被虐の望みを全て叶えたのだ。
…………
「ん……ぁ……」
「あ、あかり目が覚めた」
「!!あかりちゃん、大丈夫!?」
ふわふわとあたたかいものに包まれている。
まだ夢見心地で、けれどどこか心配そうに顔をのぞき込む二人に「大丈夫だよ」と声をかけようとして、あかりはそれが全く音にならないことに気付いた。
「ああ、あかりちゃん無理しないで。かなり喉を酷使したから、しばらくは声出ないと思う」
「ほら、スマホなら使えるか?……うん、持つのは無理だな。俺が持ってるから指だけ動かせば会話はできるだろ」
だんだんと意識が戻ってくる。
良く見れば、白いラバーで覆われていたはずの肌はすでにいつものあかりの肌に戻っていて、意識が無いままあれを脱がせたんだ……とちょっと感動を覚える。
身体はスッキリしているから、多分意識を失っている間に全身を洗ってくれたのだろう。
流石に全身が鉛のように重くて、指を動かすだけで精一杯だ。
喉も、お尻も、何より股間がじくじくと痛む。
(ああ、知らない痛みだ……これが、初めてを捧げた痛み……)
……けれどその痛みこそが、本当に二人だけの奴隷になれた証だと思うと、自然と涙が溢れてくる。
「あ、あかり、大丈夫か!?どこか辛いか?」
「いっぱい頑張ったもんね。今日は特別におかゆにしてあるからね!あ、頑張ったからケーキもいるかな」
あわあわする二人に、小さくかぶりを振って(そうじゃないの)と伝える。
震える指先で、1文字ずつ、言葉を紡いで。
『うれしい』
『ありがとう』
『ふたりの どれいに なれた』
「……っ、あかりちゃん……!!」
「そうだな……そうだ、あかりはこれで、名実共に俺たちだけの奴隷だ……!」
ぎゅっとあかりを抱きしめれば流石に痛かったのだろう、顔をしかめるあかりに「ご、ごめん!」と謝りつつ、ソファで膝枕をしたままの奏がタオルケットをかけ直した。
「マジで、めちゃくちゃ気持ちよかった。……いいオナホだったぜ、あかり」
「うん、あかりちゃん、僕の根元まで全部咥えられたんだよね。あれはびっくりしたよ」
しばらくすると、小さな土鍋とお椀をお盆に載せて「起きられるかな」と幸尚がやってくる。
奏の肩を借りながらなんとか起き上がれば、幸尚が手作りの卵粥を「はい、あーん」とあかりの口元に差し出した。
パクリと口に含めば、ほどよい暖かさに優しい塩味が、今日の疲れを癒やしてくれるようだ。
「食べられそうでよかったよ」と幸尚はお粥をせっせと口に運びながら、今後の話を奏と詰めていく。
「これであかりちゃんはいつでも使える穴になったけど、使うペースとかルールはどうしよっか?」
「取り敢えず口とケツまんこは年中フリーでいいんじゃね?俺たちが使いたくなったらいつでも使える、便利なオナホで」
すでにあかりの股間は、堅牢な貞操帯の檻に戻されている。
今は傷が痛むが、きっと数日もすれば今日の仕打ちを思い出して、また溢れんばかりに蜜を垂れ流すのだろう。
「膣も使う?」
「んー、いや、今回やってみて思ったんだけどさ。満足のいく絶頂は最低限にした方が、こうやってがっつり拘束してオナホにするときの気持ちよさが増すんだろ?」
「うん、それは間違いないね。実際満足した後に指を入れたら、全然感じが違ったから」
「……ならさ、今後はリセットなしでいいんじゃね?」
「!!?」
ぽわぽわと幸せそうにお粥を食べていたあかりが、奏の発言に目を剥く。
今、何かとんでもない提案がなされた気がするのだが、気のせいだろうか。
「どうせオナホとして口と尻は使うじゃん?で、そっちでもあかりは絶頂できる。まぁクリトリスや膣とは比べものにならないくらい不完全なものだけど」
「ああなるほど……どうせリセットで不完全な絶頂しか与えないなら、別に無理してリセットしなくていいかもね」
(そんな、幸尚様まで……!!)
反論しようにも、声は出る気配が無い。
それに声が出たって……あかりに反論する権利など無い。
あかりが意見できるのは、あくまで3人が満足するプレイのための提案であり、あかりの都合による懇願のためではないのだから。
真っ青になるあかりに、奏はニヤリと笑いかける。
ああ、その顔はいつもの……嗜虐者らしい獰猛さを湛えた、ある意味一番奏が奏らしく見える表情だ。
「心配しなくても、日課の時はすこーしだけ触ってやるよ。絶対に満足できない程度に、な」
「もう膣にディルドも使えるしね。日課の間、細身のを動かさずに入れておくだけでもいいかも」
「…………!!」
「そうだな。折角だから今日撮った動画を見ながらってのもいいな。ああ、ちゃんと詳しく解説してやるぜ?あかりも見たいって言ってたもんな、嬉しいだろう?」
「……ぁぁ……!」
(そんな……自分が気持ちよく絶頂している動画を見ながら、ずっと寸止めされるだなんて……!)
余りにも残酷な計画に、涙が溢れる。
(それじゃ……ずっと、ずっとお預け……?お二人にお許しいただける日を、待ち続けるしか無いの……!?)
絶望を湛えた表情で二人を見上げれば「そんなに心配しなくても大丈夫だよ」と幸尚が優しく頭を撫でる。
「僕たちの気が向いたら、ちゃんとおまんこも使ってあげるからね」
「ま、それが2ヶ月後か3ヶ月後かは分かんねぇし、ずっと来ないかもしれねぇけどな。……少なくとも来年の今日、貫通記念日にはしっかり使ってやるよ」
最低保証は、年に1日だけ。
だからそれまで、穴の具合を整えておけよ?と宣告されて。
「……あは……あはは…………」
「お、声が出た。まだ随分掠れてるから無理はするなよ。……けど、喋れるなら、どうすれば良いか分かるよなぁ?」
そう、声が出るならば、お二人の提案に是と言わなければならない。
(だって、私は奏様と幸尚様の奴隷だから……)
涙を零しながら、まだ力の入らない身体を支えて貰いつつ、床に正座する。
頭を床に擦りつけ、紡ぐ言葉は己を尽きぬ渇望の牢獄に閉じ込める、絶望の音。
「ありがとう、ございます……奏様、幸尚様……これからもあかりを、奴隷として……性玩具として、いっぱいお使い下さい……!」
ぽろり、と大きな涙がまた一つ溢れる。
「ああ、生涯俺たちの性玩具として大切にしてやるからな」
「あかりちゃんが満足できるように、いっぱい作品を作ってあげるからね」
頭の上から降り注ぐのは、ご主人様の無慈悲な命令で、けれども慈悲深い宣告で。
あかりは浅ましく次の絶頂を期待する心を縛られた歓びに、額ずいたままいつまでも感謝の言葉を二人に贈り続けるのだった。
…………
私の右隣は奏様。
左隣は幸尚様。
生まれてから、そしていつか永遠の別れの日が訪れるまで、ずっと一緒の家族。
時には幼馴染として交流し、いつもは主従として交歓する。
奏様はイケメンで、とても厳しくて、けれど私の性癖を受け入れ、私を甚振ることで悦んで下さる。
幸尚様は優しくて、ものづくりが好きで、私を素敵なモノに変えてたくさん愛でて下さる。
私は……お二人が愛を深めるための奴隷で、性玩具。
二人は、私の大切な…………大切な幼馴染で、ご主人様たちなんだ。
私たちはサンコイチ。
未来にあかりを灯し、今日よりも尚、幸せであれと、希望の歌を奏でる。
自分達の『普通』を選び取った3人が共に歩む物語は、今始まったばかりだ。
これからだって色々あるだろうけど、きっとどんなことだって乗り越えられる、乗り越えてみせる。
だから、今日も、明日も、ずっとずっと……幸せな日々でありますように。
――サンコイチ 完――