沈黙の歌Song of Whisper in Silence
沈黙の歌Song of Whisper in Silence
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3話 諦念の悦楽

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「はぁっ……熱いの、治らないなぁ……」

 成体としての生活が始まって、4日目の朝。
 いつものように起床のベルが鳴る前に目を覚ました72番は、その場に座り込んで明かりが付くのを待っていた。

 初日の手痛い失敗から学んだ二等種達は、尊厳を踏み潰される扱いを嘆きながらも懲罰を恐れて従順に従い始める。
 朝は浣腸液を最低1.5リットル、たっぷり詰め込まれた腹の重さと便意に襲われながら、己の体液がたっぷりかかった餌に躊躇無く顔を突っ込んでがっつき一滴残らず舐め啜るし、どんなに発情して喉が渇いても運動時間中は水を摂らない。
 どうやら最低限決められた水分を飲むだけでも利尿効果はあるようだが、少なくとも夜の餌が終わって大して時間も経たない内からあまりの尿意にじっとしていられなくなり、消灯後も真っ暗な部屋の中を「おしっこ……抜いて下さい……」と徘徊する羽目にはならずに済んでいる。

(起床時から朝の餌までだけの尿意なら、まぁ我慢できなくも無いしね)

 初っぱなからあまりに酷い目に遭ったお陰で、明らかに異常な尿意と下腹の膨らみに悶えていることすら楽と感じられるほど、72番始め二等種達はたった3日間ですっかりこの人間性の欠片も無い生活に馴染んでいた。

 ここまで急激な変化に対しても割とあっさりと順応を示すのは、これまでの教育と徹底した懲罰による恐怖が大きい。
 ただ、それと同じくらい大切な役割を持っている要素があるのだ。

「はぁ……またべとべと……舐めなきゃ」

 起床のベルが鳴り電気が点けば、昨夜の己の粗相が嫌でも目に付く。
 72番はため息をつきつつ、いつものように床に這いつくばり己の零した蜜に舌を這わせた。
 相変わらず匂いも味もとても美味しいとは言えないものだが、初日に感じていた嫌悪感は一日中床を汚す度に舐め続けているお陰か、とうの昔に消え失せている。

 ぴちゃ……ぴちゃり。

 一心不乱に愛液を舐め啜る音だけが、部屋に響く。

(変な匂いだし……しょっぱくて変な味なのに……)

 最初の内は純粋に懲罰を恐れて舐め啜っていた。
 それがいつの間にか……いや、今だって懲罰は恐ろしいけれど、舐める理由が変わってきている事に72番はうっすら気づいている。
 気づいていたからと言って、何ができるわけでもないけれど。


(……なんだか落ち着くんだよね、舐めると)


 この3日間、49系の二等種を悩ませたのは排泄管理の過酷さでも、洗浄の惨めさでも、まして冷めない発情でもなく、ただの「暇」であった。

 タブレットは相変わらず朝の通知とオリエンテーションの要約のみしか表示しないし、モニターに至っては最初の配信以来電源すら入らない。
 窓も無い真っ白な部屋は恐らく部屋自体に洗浄魔法が掛かっているのだろう、二等種の体液以外は常に清潔に保たれていて埃一つ存在しない。
 時折床と壁の境目すら分からなくなるほどだ。

 外界から完全に隔絶され、1時間の運動時間と餌の時間が無ければとても正気が保てない。
 ここの生活はひたすら退屈で、時間がこれまでの何倍にも延びたように感じられる。
 せめて少しでも気を紛らわそうとタブレットを開けば飛び込んでくるのは様変わりした現実を突きつける文章だけ。それすらももはや誦んじることができるほど読み込んでしまい、いよいよこの退屈を埋めるものが無くなってしまう。

 お陰で二等種達は、これまでの娯楽が与えられていた生活がどれだけ恵まれていたかを痛感していた。
 今なら、退屈な授業や毎回精根尽き果てる「指導」だって喜んで参加するだろうに、と。

 ――そして暇になった頭というのは、大抵碌な事を考えない。
 自己の存在を浮かび上がらせる外的要因があるからこそ、人は正気を保っていられる。
 それを全て取り除けば、残るのは……暴走する思考だけ。

(こんなモノみたいに扱われて……これから一生、這いつくばって生きていかなければならないの……?)
(もう自分で出すことすらできない……これで人間様から見放されたら、糞詰まりになって、膀胱が破裂して死ぬ……!?そんなの嫌だ……っ!)
(何かさせて……お願い、何もしないのは辛いの、何でもするから、私に命令を与えて下さい!)

 小さな不安の種は、気を紛らわす要素のない脳内ですぐに芽を出し花開く。
 意味も無く独り言を呟き、部屋の中をうろつき、消えない不安の渦に溺れる心が唯一の救いとして見出したのはよりにもよって「己の零した体液で汚れた床を掃除する」事だった。

 少なくとも掃除をしている間は、余計な不安から逃れられる。
 追い詰められた脳は、そこに新たな依存を形成することで自己の存在を保とうと試みたのである。

 二等種の性器からの分泌液には、鎮静効果をもたらす成分が入っている。
 といっても通常の状態であればそこまで効果を実感するような濃度では無い。故に、この成分自体に依存を起こさない事は実証済みだ。

 ただし、明らかに異常な事態で疲弊した二等種にはそのわずかな鎮静作用すら強力な慰めとなる。
 そして癒やしを求める二等種の依存が向かう先は……床を舐めるという行動、そして体液の味そのものだ。

(まずい……でも、これが無いと、頭がおかしくなっちゃう……)

 心の奥底では人権の欠片も無い無慈悲な扱いにもはや壊れたいと願っているのに、脳は勝手に正気で生きることを命令する。
 それ故に、二等種達は自ら異常な行動に手を染めるのである。


 …………


 その頃、初期管理部に配属された新人は、たった3日で喜んで床を舐めるようになった二等種に驚愕しつつ、先輩からレクチャーを受けていた。

「……ま、一事が万事こんな感じだよ、ここは」
「調教管理部もだけど、俺たち人間が直接手を下すのは最低限に抑えられているのさ。やることと言えばAIだけで判断できないような個別の問題に対処するくらいで、後はあいつらが勝手に堕ちるのを眺めているだけ」
「とは言え堕ちる瞬間はそれなりに達成感があるだろう?……楽しみにしてな、今日はいいもんが見られるから」
「はい。新人研修でも習いましたけど、本当に二等種って自主的に堕ちていくんですね」
「そ、だからこそ二等種なんだよ」

 ここ、初期管理部が管理する「一般飼育棟」という建物の名前は、あくまで二等種向けの呼称である。
 正式名称は「事前調教棟」という。その名の通り、一般的に想像するような性奴隷としての調教ではなく、その前段階となる調教を行う場所だ。

 本格的な調教はどうしても管理コストが高くなる。調教に関わる作業員の人数は増やせないため、拡張や奉仕に関する訓練に割ける期間は現状3ヶ月が限度なのだ。
 そのため、成体になった二等種にはまず生活を通して「正しい」二等種としての振る舞いを徹底的に躾け、またスムーズに調教へと移行できるように障害となる要素を取り除いていく。

 自己と他者では異なるとは言え、同性の体液というのは異性よりも嫌悪感が強いという。
 そのため定期的に自分の体液を舐めさせることでこの味に依存を形成し、同性への奉仕をスムーズに行えるようにするのがこの床掃除の目的の一つだ。

 もちろん、床を舐めるのが日常になることによる尊厳の破壊も兼ねている。
 ……常に這いつくばり、顔を上げて人間様を自由に見ることすら許されないのが正しい二等種の姿だから。

 そろそろ餌の時間だと階下へ降りるスタッフを見送りながら、残り番の管理官達は優雅に新人と朝のティータイムである。
 最近の新人研修の話を聞いた年配の管理官は「最近じゃ昔の事はあまり話さないんだな」と嘆息しながらサンドイッチにかぶりつく。

「……大昔はな、人間が直接手をかけて作ってたんだよ。実力のある魔法使いと医師がタッグを組んで、捕らえたての活きのいいのをたった数日でアヘ顔晒して媚びる性奴隷に仕立て上げてな」
「へぇ、数日ってめちゃくちゃ効率的ですね」
「そうなんだよ、実に効率的なんだが……まぁ、促成栽培だと色々問題が生じちまったんだ」

 二等種制度発足時の心身を完全に無視した強引な手法に対しては国際的な非難の声も非常に大きかったが、それ以上に問題となったのは二等種独自の特性だった。
 急激な心身の加工は二等種の心身への負荷があまりに高すぎたのだろう。思考も当然のように弄っているにも関わらず、二等種達は無意識下に非常に大きなストレスを溜め込んでいたようで、短期間で発狂したり、酷ければ加工した直後にストレスから心臓を止めてしまう個体が続出したのだ。

 そうなれば、加工に関わった者は「二等種の命を奪った」とこの世界の法則に判定されてしまう。
 ……つまり彼らも魔法が使えなくなり、二等種に堕ちてしまうのだ。
 流石に優秀な人材が二等種堕ちなど、言語道断。才能の損失も甚だしい。

 また、そうでなくてもこれまで人間と認識していた者をモノ扱いする事に、当初の人類は非常に大きな葛藤を抱えていたらしい。
 たとえ加工が上手くいっても、「この手で人権を奪ってしまった」と心を病むスタッフは後を絶たなかったようだ。
 平気だったのは、ただの性処理用品となった二等種を心置きなく利用する一般市民だけだった、というのも皮肉な話である。

 ともかく、焦った国により短期間で性奴隷を作る試みはあっさり覆され、その後5年かけてようやく現在のような、なるべく人間が直接手を下さないプロトコルが完成したのだ。
 同時に二等種そのものへの認識を変えるべく若者への教育も徹底され、二等種の人権を叫ぶような輩は秘密裏に二等種へと「堕とされ」た結果、制度の発足から1000年が経過した今では二等種を人と認識する人類はもはや存在しない。

「特に近年はAIの発展もあるからな。ま、俺らみたいなちょっとばかし拗れた性癖持ちにはつまらない世の中だが、それでも安全には替えられないだろ?」

 給料を貰いながら二等種が堕ちる様を鑑賞できるだけでも十分ありがたいがね、とコーヒーに口をつけながら、来年には管理官に上がるというスタッフは「いい感じだな」とモニターを眺めている。


『あぁ……もう舐め終わっちゃった……もうちょっと……』


 モニターの向こうでは、一心不乱に床を舐めていた72番が名残惜しそうに床を見つめつつ、無意識に股間に手を伸ばしていた。
 そうしてとぷとぷと溢れ出る蜜を指で拭い、ちゅう、と白濁したしょっぱい液体を舌で絡め取り、どこかホッとした表情を浮かべる。

 その光景に新人が「うわ、あそこまでやるのか」と思わず顔を顰めた。

「アレを見ると一気に人間らしさが無くなった気がします」
「だろ?まぁまだ序の口だ。本当に楽しくなるのは半年後からだからな」

 今年も良いのを作らないとなぁ、と意気込む管理官の手元には、大量の企画書リストが表示されたタブレットが光っている。
 半年後から始まる「誘導」用の企画コンペは、採用され成果を残せば報奨金と管理官への道が開けることから、新人からベテランまでこぞって応募する一大イベントなのだ。

「来年は新人君も挑戦するといい。そのためにも今年はしっかりここでの流れを理解するんだね」
「はい」
「せっかくだ、まだ時間もあるし、一緒に企画を見てみるかい?」
「いいんですか!?是非お願いします!ー

 ……直接手を下せなくても、仕掛けを作る機会は多いのが初期管理部である。
 自分の作品で二等種が思い通りに堕ちていく快感は格別らしい。だから、例え直接楽しく二等種を甚振れなくてもここに残る変態は多いし、ある意味変態の方が適している部署とも言える。


『んむ……ふぅ……朝ご飯はまだかな……おしっこ抜いてほしいなぁ』


 新人と共に企画書を眺めつつスタッフ達が談笑する中、モニターの中の72番は暇による不安を振り払うかのごとく思考を言葉として発し、股間や太ももに垂れた愛液を指で拭っては舐め続けるのだった。


 …………


 今日も暇に耐えかね、餌と運動の時間だけを心待ちにしながら床を舐めて過ごすものだと思っていたのに。
 やはり人間様は慈悲深い。こんな家畜以下の存在にも赦しを与えて下さるのだ。

「はぁっ、はぁっ……楽に、なったぁ…………!」

 喉に流し込むように急いで餌を食べ終わり、結腸と膀胱に溜め込んだ排泄物をすっからかんにしてもらう。
 どんなに急いで食べても、朝は浣腸液の効果を最大にするため10分は便意に苦しまなけばならないけれど、初日の32分に比べれば大したことは無い。
 ようやくぺったんこになった下腹部をさすりつつ、72番はごろんと床に横になった。

「ふぅ……また、運動まで暇かぁ……」

 誰に言うとでも無く独りごちる。
 一般飼育棟に収容されてからというものの、明らかに独り言が増えた気がする。
 幸いにも保管庫内での独り言は懲罰とはならないようで、72番は相変わらず無意識に太ももを指で拭い恥ずかしい液体をしゃぶりながら、何をするでも無くぼんやりとしていた。

 どのくらい時間が経っただろうか。
「ポン」とタブレットから着信音が響いて、72番は怪訝な顔をした。

「珍しいな、こんな時間に……?何だろう」

 首を傾げつつ、彼女は手を伸ばして隅に放置していたタブレットを手に取る。
 そしてロックを解除した瞬間

「……これは……!!」

 72番の口から溢れたのは、歓喜と当惑の混じった声だった。

 ずっとオリエンテーションの文言が画面を埋め尽くしていたタブレットは、見慣れたホーム画面に戻っていた。
 いや、見慣れているのはホーム画面だけで、アイコンは全く見慣れないものばかりだが。

「……ブラウザと、動画と、電子書籍だけ……?ゲームは無いんだ……」

 アイコンの下に書かれたタイトルに、72番は少し落胆した声を上げる。
 しかしこの3日間を思えば、ネットが見れて動画と漫画が手に入るだけでも十分ありがたいと思い直し、人間様への感謝を心の中で繰り返しながらまずは動画のアイコンをクリックする。
 その途端

『んああぁっ♡あっ、あんっ、チンコ気持ちいぃ……♡』
「…………はえぇぇっ!!?」

 いきなり大音量が響き、壁に埋め込まれたモニターで自動再生された動画に、72番は目を白黒する羽目になる。

「え、ちょ、何これ!?エッチな動画……!?」

 慌てて停止ボタンを探すも、どうやら停止ボタン自体が無い。音量は下げられるが聞こえないレベルにはできないらしい。
 それなら早送りをすれば、と思ったが、動画が終わった瞬間別の動画に遷移してまた自動再生が始まってしまう。

 いくら何でもこれは欠陥がすぎやしないか、と冷や汗を流しつつ、72番は艶めかしい喘ぎ声と湿っぽい肌を打つ音が部屋中に響く中「止められないなら別の動画を」と思いつき、アプリの中を検索し始めた。

 が、そこに表示されるコンテンツに彼女は再び驚愕することになる。

「ええええ……これ、もしかしてエッチな動画しかない……?」

 どれだけ検索しても、出てくるのはいわゆるアダルトコンテンツばかりだ。
 数分の動画や音声から2時間近い長編まで、実写もアニメも全てがエロ動画。しかもサムネイルを見る限りこれは無修正というやつだ。

「ううぅ……これならちょっとはマシ、かなぁ……?」

 これまで全くそういったコンテンツに触れてこなかった72番にとって、この生々しいコンテンツの数々はあまりにも衝撃的すぎた。
 何せ自分の股間になんてまともに触るどころか見たことすら無いのだ。愛液をすくい取るのに触れたのはノーカンとして、自慰の経験すら無い72番にいきなり結合部丸見えの性交映像は、ショックが大きすぎて正視に耐えないらしい。

 そんな心情をすくい取ったかのように検索結果に出てきた動画を、72番は渋々再生する。
 切り替えた動画はさっきと打って変わって静かで、穏やかなピアノ曲が流れる中時折漏れる女性の吐息がなんとも艶っぽいのが気になるくらいである。
「初めてのセルフプレジャー その1」と銘打ったその動画は、どうやら延々と女性が指で自慰を繰り返すだけらしい。

「はぁ……何だか嫌な予感がするけど、一応全部見ておこう、かな……」

 悩ましい声にドキドキしながらも動画を放置して、他のアプリを起動する。
 案の定、ブラウザは検索しても性にまつわる情報しか表示されず、電子書籍も漫画、小説問わず全てアダルトコンテンツ。ついでに男性のヌード写真集まであるとか、一体人間様は二等種に何をさせようと言うのだろうか。

 何だかなぁ、と嘆息してブラウザを閉じようとしたその時、72番はホーム画面に表示されたある一文にふと目を留めた。

『セルフプレジャーで楽しく暇つぶし 初めてのひとりエッチマニュアル』

「……ええと、それって暇つぶしとしてどうなの……?」
 そりゃあんまりな煽り文句じゃ無かろうかと眉を顰めながらも、暇つぶしという言葉に誘われて72番はリンクをタップする。
 いきなり無修正の写真が出てきたらどうしようかとドキドキしたものの、内容は完全に女性向けなのだろう、可愛いイラストと分かりやすい説明にちょっとだけホッとした。

 そこにはセルフプレジャー――有り体に言えば自慰というやつだ――の効能がここぞとばかりに強調されていた。
 ただの暇つぶしでは無い、幸せな気持ちになり、ストレスを減少させる、寝付きも良くなる……
 12歳からまともな教育を受けておらず語彙が初等教育レベルであっても分かるくらい簡潔で丁寧な説明は、イラストの可愛さもあってすっと頭の中に入ってくる。

 次のページには、これまたイラストで女性器の触れ方が書いてあった。
 ……そう言えば授業でもこんなのを習った気がするな、と72番はふと思い出す。
 確か二等種にも自慰は許されていて、身体が火照ったりむずむずした時にすれば良いと人間様が話していたっけ……

「……ずっと身体が熱いの、もしかして……これで治るかな」

 ようやく原因に思い当たった72番がふと前を見れば、モニターの中では全裸の女性がこちらに股を拡げてくちゅくちゅと指で何かを擦っている最中だった。
 その表情はとろんと恍惚に浸っていて、何だかとても気持ちが良くて幸せそうで……

(ああ、幸せな気持ちになれるって、書いてあったもんね)

 その表情に釣られて、おずおずと72番は股間に手を伸ばす。
 割れ目を開き、イラストと映像を見つつ「……これかな?」とこれまでは気付かなかった割れ目の上部にあるぷっくり赤く腫れた豆粒のような突起を確認する。

「ローション無くても……いっぱい出てるし……」

 たっぷりと蜜をすくい取って、腫れ上がった突起に塗りつけた瞬間「ひぃっ!!」と72番は身体をビクンと跳ねさせ叫び声を上げた。
 ……どうやらサイトに書いてある「できる限り優しくそっと触れよう」という一文を見事に見落としたらしい。
 脳天まで響くビリッとした感覚に「な、何、今の……!?」とちょっと涙目だ。

「動画の人、ゴシゴシ触っていそうだけど……もっと優しくなんだ……」

 ぐっしょりと濡れそぼった秘裂に、再び中指を這わせる。
 今度はぬめりを拡げるように優しくくるくると円を描けば、じわんと腰が痺れて頭に霧がかかるような不思議な感覚に襲われた。

「はぇ……あぁ……変な感じぃ……」

 72番にはまだそれが快感であることが理解できない。
 ただ何だかふわふわして、勝手に目が上向いて熱い吐息が漏れ、けれどなぜだか止めたくない……
 サイトに書いてあったように中指を動かし、目の前の動画で見せつけられているのを真似して、左手で乳首の先端を擦ってみる。
 いまいちよく分からないが、これもだんだん気持ち良くなるのだろうか。

(……動画の人、乳首触るとめちゃくちゃ気持ちよさそう……いいなぁ……)

 目の前の人はさっきよりも息を荒げ「気持ちいい……はぁっ、気持ちいいよぉ……」と喘ぎながら首をのけぞらせている。


 わたしも あんなふうに きもちよくなりたい


 知らず知らずのうちに、72番の指使いは早く、強くなっていく。
 この不思議な感じをもっと味わいたい。多分だけど、これが「気持ちいい」なのだ……!

 くち、くち、と粘つく音が部屋に響く。
「はぁぁ……」「気持ちいい……」と吐息が漏れる。

 一体どの音が自分から出ているのか、それとも目の前の映像から流れているのか、もう分からない。

(あ、あぁっ……もっと……もっとぉ……!)

 6年かけて割れ目からはみ出るような大きさに育てられ、さらに成体用の魔法で感度を上げられているクリトリスは、どこまでも貪欲で敏感だ。
 もっと刺激を、快楽を……中途半端に開いた口から涎が垂れるのも気にせず、72番の指の動きはますます激しくなっていく。
 ほんの数分前まで優しく円を描いていた中指は、今や皮から完全に顔を覗かせテラテラ煌めく突起を前後にこしこしと擦りあげていた。

 まるでそれと連動するかのように、映像の中の彼女もその指使いを激しく変えていく。
 そして

(え、あ、なに……?何かぐわって……ひっ、何か来る、何これぇ……!!?)

 何かのスイッチが入ったかのように、股間から部割りと拡がるこれまでに無い感覚。
 頭の中が白くなって、自分が壊れてしまいそうで怖いのに、その先を知っているかのように中指の動きは止まらない。

『あひぃっ、イクっ、イクイクイクうぅぅっ!!』
「やぁっ何ぃ!?変、変なのがうぁっ、ヒッ…………!!」


 ビクンッ!!


 身体が、跳ねる。
 頭の中で何かが弾ける。

「うあぁぁぁっ……!!」と勝手に口が叫ぶ。
 その声は自分でも初めて聞く……まるで映像の中で快楽に溺れる女性と同じような色っぽさを放っていた。

「はぁっはぁっはぁっ……うぁ……」

 初めての絶頂に、頭が付いていかない。
 余韻でヒクつく身体を床に横たえ、何の気なしに割れ目を押しのけるクリトリスに触れれば、今度こそビリッとした鋭い快楽を自覚し「んぁっ!」と一段高い声が漏れた。

「ぁ……きもち、いい……」

 ぼんやりした頭で、72番は再び中指を動かし始める。
 乾くことを知らない股間は、絶頂を極めたばかりの敏感な場所をしっかり保護するだけの潤いを指に、クリトリスに与え続ける。

 2度、3度、4度……
 何度も何度も、その指がふやけても、腕が疲れを覚えてきても、72番の動きが止まることは無い。

(気持ちいい、気持ちいい、気持ちいいっ……!!)

 身体はとうに限界を迎えていても、成体となった時に魔法で変えられた頭は本当の満足を得ることができず、それが故に果てなき満足を求めて指を動かせと指令を送り続ける。

 その目の前では、同じように映像の中の女性が激しく指を擦りつけ、腰をガクガクと上下させながら獣のような雄叫びを上げ続けていた。

 ……いや、この咆哮は、自分からだろうか。

「うがぁぁっいぐぅぅ……!!もっと、もっとぉ……っ!!」

 最早、72番に理性は存在しない。
 その指が紡ぐ快楽に溺れる、およそ人とは思えない濁った叫び声の狂騒曲は、あまりの疲労に脳がようやく絶頂の追求を諦め意識を落とすまで延々と続くのだった。

(こんな、きもちいいなら……もっとはやく、やればよかった……)

 意識が遠のく中脳の中によぎった呟きは、たった数時間で72番が完全に性的快楽の虜となった事を表していた。

 ――72番は知らない。
 極上の快楽と感じたその絶頂が、既に魔法によって抑制された精神的には不完全な絶頂であることを。
 そして幼体時に射精や絶頂を経験していた二等種達が、こぞって数日ぶりのこれまでになく過激なオカズに歓喜し、けれどもどれだけ激しくしようが得られない満足感にどことなく嫌な予感を抱いていることも。

 彼女が幸運なのか、不幸なのかは誰にも分からない。
 どちらにせよ、一月もしないうちに彼女もまた他の二等種達と同じ運命を辿る事だけは間違いない。
 だから今の状況を的確に表すならば


 72番もまた、生涯満たされることの無い渇望の渦に取り込まれた


 それだけである。


 …………


 二等種への性的コンテンツ解禁の日から、1週間が経った。

 彼らの生活自体は変わらない。
 朝起きて、餌と浣腸を恵んで貰い、1時間だけ運動と称して集められる広場で異性の匂いと媚薬で頭を焼かれ、ブラシで全身を洗浄という名の愛撫に晒される。

 ただ、それ以外の時間に「うるおい」が生まれただけで。

「M029、注文対応します。にしてもなんだこのふざけた名前のオナホ」
「あーそれ3年前に主任が考えた商品だけど、結構人気あるのよねぇ。やっぱりオスの気持ちは男の方が分かるというか」
「F108注文対応します!ええとディルドが……いきなりLサイズ、あとアナルプラグが4センチ……二穴かよ、初っぱなから飛ばすなこいつ」
「ちょ、注文も手指洗浄のおねだりも止まらないんだけど!!こいつらどれだけがっついてんのよ!ご飯くらい食べさせてよね!」

 その頃、初期管理部の物品倉庫はてんてこ舞いであった。
 なにせ3日間、情欲を煽るだけ煽られていた獣たちにいきなり大量のコンテンツを供給してしまったのだ。当然のようにアダルトグッズの供給サイトも存在して、これまで指や床相手に必死で快楽を貪っていた二等種達が、グッズ解禁に狂喜乱舞するのも無理はない。
 お陰で初期管理部は、管理官まで総出で商品の転送に追われている有様だ。

「ひいぃ……全然注文が減らない……ちょっとくらい待たせても良いんじゃ無いですか?」
「注文後は5分以内に転送が鉄則だ。折角の開発機会を逃したら勿体ないだろう?まぁ1ヶ月もすればここまで殺到はしなくなるから、頑張るんだな若者よ。……まじかよこいつ、さっきバイブ頼んできたばかりだってのに、ピストンマシンの追加注文がきた」
「うへぇ、二等種の性欲えげつねぇ」

 自分達がそうなるように加工し仕向けているにもかかわらず、スタッフ達は二等種の旺盛な性欲に辟易としながら作業をこなしている。
 今日明日は昼休憩はないと思えよ、とにっこりする管理官に「嘘だろ、こんな仕事で……」と新人はがっくり肩を落としていた。

 初期管理部の仕事の一つに、アダルトコンテンツとグッズの開発供給がある。
 デジタルコンテンツに関しては、AIを用いて二等種の嗜好や各種購入履歴も分析した上で自動的に作成されるようになっているが、グッズは現状AI任せとはいかない。
 そのため人間が利用しているアダルトグッズを参考に、AIが導き出した二等種の特性に合わせた商品を作り出すのだ。

 その種類は、今や人類が利用するグッズよりも多いかも知れない。
 何せ対象は欲求不満を拗らせ、渇望に塗れた獣なのだ。自由に性を謳歌し自然な絶頂を堪能できる人間では無い。
 その上に彼らの肉体は、幼体時から長年かけて加工されている。人間に使えば確実に肉体を損なうような道具でも二等種の身体は易々と受け入れてしまうが故に、過激な商品も年々追加されている。

 ……もちろん実際の製品化段階における研究開発には、様々な理由で処分対象となった成体の二等種が使われているのはお約束である。

「でも、いくら道具を使ったってあいつら満足できないんじゃ」と新人は注文されたバイブを片手に疑問を口にする。
 どうやらこの新人はあまり道具には免疫がないらしい。うねうねとまるで触手のように動くバイブの動作確認に「良くこんな気持ちの悪いものを突っ込めるよな」とすっかり呆れ果てた様子だ。
 そんな新人と一緒に商品を確認し二等種の部屋に転送しつつ、管理官は「それこそが目的だからな」とこの行動の意味を解説し始める。

「欲求不満が溜まれば、次はどんな行動を取ると思う?」
「えと……違う方法を試すとか、もっと刺激の強い方法を試す、とか……?」
「そうだ。あいつらは当然、満足できる方法が無いか血眼になって探す。そのくらいまともな絶頂が与えられないのは精神的な苦痛が強いからな。……そこに、調教させたい場所と手法のコンテンツを差し出せば」
「!なるほど、二等種自ら全身を開発しまくってくれると」
「そういうこと。だからここは『事前調教棟』なんだよ」

 二等種は自慰という行為を通して、これから短い個体で半年、長い個体では1年半かけて己の身体を性処理用品らしい穴に仕上げていく。
 元々は調教の段階から仕込んでいた性感帯の開発と拡張を、全てとは言わずともできる限り己の手で自主的に行わせる事で、調教にかかる人的コストを下げるのが目的だ。
 使用される道具は全て調教用と同等の規格を用いて作られたもの。そして彼らの自慰は「いつ、何を用いて、どのように行い、どのくらいの時間と強度で絶頂に達したか」全て克明に記録され、今後の調教プラン作成に役立てられるのである。

「……効率的だけど、つまらないってのが何となく分かりました」

 転送されたばかりの気味が悪いバイブに向かって「ありがとうございます、人間様!」と発情しきった顔で嬉しそうにお礼をし、早速グズグズに蕩けた泥濘に突っ込んでは恥も外聞も無くあられも無い嬌声を上げ始めるメスの個体を眺めながら、新人は嘆息する。
 確かにこれはつまらない。こちらは単に望むものを与えてやるだけで、自らの手で堕とす感覚はとても薄いのだから。

 二等種の生活は、その全てが調教である。
 餌を与えられることに慣れ、同性の体液に、そして精液の味に慣らされ、発情している事が常となるようホメオスタシスを書き換えられ、性的快楽無しには精神が保てないほどの状況に追いやられる。
 人間様の描く計画通りに誘導され、自ら進んで性処理用品らしさを身につけていくその手法は実にシステマチックで素晴らしい。

 けれども、ここを志望するような人間が抱く欲望とは、微妙にマッチしない。
 何せここに来る人間は基本的に、まだ人間らしさの残る二等種を直接その手でモノに堕としたい連中ばかりだ。
「もうちょっと……こう、鞭を振るえるものかなって思ってました」と腰に差した乗馬鞭をさすりつつ感想を述べる新人もまた、己の嗜虐を満たせる趣味と実益を兼ねた仕事だとこの部署を希望したクチである。

 そんな新人にさもありなん、と管理官達は笑いながら同意する。
 なにせかつての自分達もそうだったのだ。都合の良い希望を抱いてここに来て落胆する一連の「儀式」を経て、今はこの仕事を存分に楽しんでいるだけで。

 だからそう落ち込まなくても大丈夫だぞ、と一人の管理官が新人の背中を叩いた。

「そんなもんだ、ここに来た新人は皆、最初は期待外れだとがっかりする。けどな、そのうち新しい楽しみに目覚めるんだよ。……殿上人のように自由自在に二等種を操れる優越感に、な」

 49系が出荷され始める頃には、きっとこの新人も初期管理部ならではの「やりがい」を理解するだろう。
 もし理解できなくとも別の部署に異動するだけだ。何せここを志望してくる人間はいくらでもいるのだから。

 そうこうしている間にも、注文の通知はひっきりなしにやってくる。
「ったく、たった224体しかいないのに忙しすぎだろ」と文句を言いつつ、けれどもずるずると自ら沼にはまって行く憐れな二等種に口の端を歪めながら、スタッフ達はまた倉庫へと向かうのだった。


 …………


 72番がここ一般飼育棟に移されてから1ヶ月と少し。
 今日もまた保管庫の中は、むせかえるようなメスの匂いとくちくちと淫らな水音、そして荒い息と喘ぎ声で満たされていた。

「はっ、そこっいいっ、んあっあっこれダメっ、逝くっいっくうぅぅぅっ……!!」

 ひときわ高い声を上げて、ビクビクと身体を跳ねさせる。
 ……いつもながらこの絶頂の瞬間は堪らない。こんなキモチイイコトが世の中にあっただなんて、もっと早く知りたかった。

 時折身体をヒクつかせながらひとしきり絶頂の余韻にぼんやりと浸り、けれどどこか物足りない表情で72番は右手に持っていた吸引ローターのスイッチを切る。

「はぁっ……気持ちよかった…………道具を使うって、凄い……」

 気怠い様子で72番はぼんやりとモニターを見上げていた。
 その胸にはお椀を伏せたような乳首用のローターが張り付いていて、今もお気に入りの繊毛のようなシリコンブラシが優しく胸の飾りを撫で続けている。

 画面の中では、男女のラブシーンが繰り広げられていた。
 どうやらこれはいわゆる女性向けAVのようで、これ見よがしに局部を映すことこそ無いものの、ロマンチックなBGMと共に艶めかしく腰を動かしうっとりと甘い声を上げる女性は72番の目から見ても美しく、そして……羨ましいほどの快楽を得ているように見える。

「……こんなの見てたら、ずっとエッチになっても仕方が無いよ、ね……?」

 ほんと気持ちよさそう、と熱い吐息を漏らしながら、72番は画面に合わせて知らず腰をくねらせていた。

 消灯するまでひとときたりとも途切れること無く再生される動画は、二等種達を視覚と聴覚から分かりやすい形で発情させる。
 実際には魔法や薬剤も用いて理性がギリギリ保てるレベルの発情状態を維持しているのだが、こうやって発情の言い訳を用意してやることにより、自慰という名の自己調教への罪悪感を和らげ、餌と運動、洗浄、睡眠以外の全ての時間を調教へと没頭させることができるのだ。

 彼女もまた、人間の思惑通りの行動をなぞっていた。
 都合の良い言い訳を与えられた二等種は、まさに自慰を覚えたてのサルと同じである。
「加工」により絶頂後の不応期もほぼ存在しないクリトリスは、この一月の間文字通り一日中刺激され続けたせいか、一回り大きくなったように見える。

 最近では、運動時間の指示すら首輪の電撃で無理矢理知らせなければならないほど、72番は初めて知った己を慰める行為に没頭していた。
 ……いや、現実はそんな生やさしいものでは無い。実際にはたった1時間の運動時間すら股間から手が離せず、スタッフの鞭によりのろのろと歩きながらもクリトリスを弄り続けているのだから。

 最初の内こそ、72番は強い羞恥心から運動場では必死で触りたい気持ちを我慢していた。
 けれど、頭の中がおかしくなりそうな程の発情と、何より周囲の二等種もこぞって股間に手をやっている状況が徐々に彼女の判断を狂わせ、一月経った今では人間様に無様な姿を晒す羞恥心や惨めさすらも、自慰の抑止力にはなってくれない。

 それでも最初の内は、ただ指でぷっくり腫れた女芯を刺激するだけだった。
 けれど、いくら達しても身体の熱は引くどころか、ますます強まっている気がする。
 それは肉体的な満足を得ても精神的には中途半端な絶頂感しか感じられないが故のもどかしさが積もり積もった結果であるが、己の身体に仕込まれた残酷な仕掛けを知らない72番の浅い思考では「きっと刺激が足りないからなんだ」としか思いつけない。

 そんなタイミングを見計らったかのように、72番のタブレットに表示されるコンテンツは、彼女の好みに合わせて、けれど少しずつ過激になっていくのだ。

 コンテンツのどの部分に視点を合わせたか、どこをタップしたか……全ての記録を元に、AIを用いたプログラムは彼女が興味を持つ、もしくは抵抗のない場所の「触れ方」を表示する。
 当然、指だけでは追いつかないからグッズへの導線も欠かさない。
 あくまでも初心なメスに寄り添うような、パステル系の配色で見た目もアダルトグッズらしくないものを厳選して、AIがこれまた作り込んだレビュー漫画と共に紹介すれば、発情で判断力を無くした二等種は簡単に注文ボタンを押してしまう。

 何より、全ては人間様が何の対価も無しに恵んで下さるのである。
 タダより高いモノはない、そんな事は分かっていたってタダには弱いのが人の性であろう。

「……はぁっ……もっと、気持ちよくなりたいな……」

 少し刺激を弱めて、またクリトリスにかぽっと吸引ローターを被せると、72番は「んふぅ……」と甘い吐息を漏らしながらタブレットを手に取った。
 刺激をしながらも両手が空くように固定できる製品はありがたいな、とぼんやりした頭で人間様に感謝しつつ、72番は更なる刺激を求めてサイトを巡る。

 と、その視線があるバナーに止まった。

「…………え……おしっこの、穴……!?」

 そこには「二等種だからできる!安全な尿道プレイ」と銘打った、どう見てもアブノーマルにしか見えない特集が表示されている。
 少なくとも自慰を覚えてまだ一ヶ月の、しかも膣は怖くて指で触れることもできないような初心な女性の前に差し出されるコンテンツではない。

 ……そう、普通の人間ならば絶対に開かない。そもそも素通りして存在にすら気付かないだろう。
 だが、彼女は二等種だった。
 しかも新たな刺激を求めて止まない、渇望に頭を焼かれた憐れなモノだったのだ。

「……二等種だから、できる……へぇ……」

 好奇心に駆られた72番の指がバナーをタップする。
 程なくして表示されたページを読み込むにつれ、彼女はどんどん怪しい世界に心惹かれていくのである。

「二等種の尿道は、膀胱と繋がっていない……そうだった、もうおしっこも出せない身体なんだっけ」

 女性の尿道は約4センチと短く、特に何もしなくてもちょっとした冷えや疲れで尿道炎や膀胱炎を起こすこともあるくらいには繊細だ。
 それだけに衛生や安全には非常に気を遣う場所で、よほどの物好きで無ければ尿道で遊ぼうなどとは考えない。

 だが、二等種の尿道は完全に膀胱から切り離されているため、少なくとも膀胱炎を起こす事は無い。さらに尿道も炎症が起こりにくいように変化しているらしい。
 もちろん他の部位を触れるのと同様に、爪を切りそろえ手や器具を清潔にする必要はあるけれども、二等種の爪は伸びることがない。
 それに人間様に申請すれば、手や器具は保管庫にいながら洗浄魔法をかけて貰えるから、そう言う意味でのハードルも低い。

 更に目を惹いたのは、尿道での快感だ。

「へぇ……クリトリスって、尿道の周りにまで伸びているんだ……それを中から刺激する……はぁっ……」

 外からこうやって刺激するだけでも気持ちが良いものを、内側から更に擦ればそれは気持ちが良いに決まっている。
 慣れ親しんだ快感でありながら少しだけ異なって強くて、期待ができそうなもの。まさに今の自分にぴったりじゃ無いかと思ってしまえば、快楽にすっかり弱くなった頭はもう止められない。

「そっか……これなら、こっちの穴よりは怖くない、かな……?」

 普通に考えればあり得ない判断を、新しい快楽を望む心は何の抵抗もなく下す。
 次の瞬間には右手の人差し指が「今すぐ注文する」ボタンをタップしていたのだった。


 …………


 ――あの時、思い切って注文して良かった、72番はそう心から思っていた。

 やはり人間様が与えてくれる道具は素晴らしい。
 今日頼んだアレも、また新しい刺激を与えてくれるだろうか……期待に腰を振りながら72番は床に土下座をしてその時を待つ。

(きっと、おしっこやうんちを出せなくしたのも、浣腸も、このためだったんだ)

 ここに来た初日、排泄する権利すら奪われて絶望の底に叩き落とされたはずの彼女は、しかしあれは思慮深い人間様による二等種への配慮だったのだと、感謝すら覚えるようになっていた。

 土下座をした股間。その穴は二つが塞がれていた。
 今は何の用も為さない穴は、今や小指の先くらいなら入るほどに拡張され、尿道用のバイブを突っ込まれている。
 そして……後ろにあるこちらも本来の機能を奪われた穴には、直径3.5センチのシリコン製アナルプラグが刺さっていた。

(うあぁ……きもちいい……尿道ブルブルされながらお尻を埋められるの、たまんないよぉ……)

 目を細め時折悩ましい声を上げながら、72番は与えられる緩やかな刺激を堪能している。
 ひくん、と身体が跳ねて、ああ甘イキしたんだ、とこの2ヶ月ですっかり身体が覚えた絶頂を認識する。
 ふわふわと気持ちよくて……でもいつからだろう、ずっと何かが物足りない。

(……やっぱり……こっちを使わないとだめなのかな)

 尿道口から少し後ろ、いつもドロドロの愛液を垂れ流し続ける泥濘は、散々映像で見て気持ちが良いのだろうとは分かっているもののどうしても怖くて手を出せない。
 未だ指で触れることすら怖くてできない有様だ。
 今日も床に伏せたまま躊躇いがちに指を伸ばそうとして、しかし(やっぱ、いいや)と72番はあっさり諦めてしまう。

(今日はわざわざ触らなくたって……うん、また今度試そう)

 だって、さっき頼んだ道具が来ればまた新しい刺激が得られるから。
 もしかしたら今日こそは、満足のいく快楽を得られるかもしれない。そう思うだけで泥濘からはまたたらりと白濁混じりの粘液が糸を引く。

 今か今かと商品の到着を待つ72番の傍らには、尿道用の潤滑剤とアナル用のシリコンジェル。更には洗浄魔法を付与した手指洗浄用のスプレーが転がっている。
 これも全てグッズを注文した際に、人間様がおまけでつけてくれたものだ。

(ちゃんと健康にも気を配って下さるんだ……)

 手も使わず餌を貪り、一人で身体も洗えず、できることと言えば日がな一日快楽を貪り、穴という穴から体液を零して床を汚すことだけ。
 そんな家畜にも劣る役立たずの二等種だというのに、人間様は見捨てること無く世話を焼き、こうやって快楽まで与えて下さる。なんとありがたいことなのか――

 その思考の異常さに、72番は気付けない。
 自らを家畜以下の存在に貶めたのは当の人間様だというのに、飴と鞭で飼い慣らされ複雑な思考力を奪われた彼女にとっては、今この瞬間生きる糧を――餌も、快楽も――与えてくれる存在の尊さしか目に入らないのだ。

 その根底にあるのは、幼体時に散々擦り込まれた無意識の恐怖に基づく生存本能。
 敬愛し、崇拝し、服従しなければ見捨てられ「処分」される……
 強固に根付いた思考の根源に彼女が気付くことはない。根源に気付き、それが植え付けられたものと分かったところで、二等種には何のメリットも無いのだから。

 シュンッ、と小さな音がして、目の前に注文した商品が現れる。
 今日の玩具は、葡萄のような粒が間隔を開けて連なった、いわゆるアナルビーズというやつだ。
 初めてだし流石に金属製は怖かったのもあって、これもまたシリコンタイプである。

「うわ……思ったより大きい……でも、プラグよりは小さいから、だいじょぶ……」

 初めて見る実物をしげしげと眺めながら、72番は玉に触れる。
 これを後ろに詰め込んで、一つずつゆっくりと玉を引き出していけば、まるですっかり忘れていた排泄の感覚に快楽を混ぜ込んだような気持ちよさを味わえるのだという。

(このプラグを抜いたときも凄かったもんね……お尻から出すのってこんなに気持ちよかったんだ、もう二度と出せないけど……)

 ちょっと勿体ないと残念に思うけれど、排泄する権利を奪われ毎朝結腸まで大量の浣腸液で洗われるお陰で、煩わしい前処置も必要とせずこうやってお尻遊びに耽ることができるのだ、排泄管理も決して悪いことばかりでは無い。

「んっ」と力を入れ、ずるりとアナルプラグを抜き去る。
 最初は人差し指を入れるのすら窮屈だった入口はすっかり咥え込む官能を教え込まれて、中が寂しい早く埋めろと言わんばかりにヒクついているようだ。

「いっぱい……塗って…………あは、丸いからきつい……んううぅっ……!」

 プラグより少し小さいボールは、けれど先端を持たない分抵抗が大きめで。
 いつもより多めにジェルを塗り付けいきむように力を入れ、入口を緩めてぐっと押し込めば、ずるん!と音がしそうな勢いで中に吸い込まれ、衝撃が腰を痺れさせる。

「うぁ……これは……あぁぁ、いっぱい……!」

 ふたつ、みっつ、よっつ。

 期待と快楽に打ち震えながら、72番はぬぷり、ぬぷりと卑猥な音を立て玉を飲み込ませる。
 3つめまではいつもの慣れた感覚にうっとりと喘ぎ声を上げる。
 そして4つめを押し込んだとき、明らかにいつもより奥に玉が入り込んだ感覚に「うひぃぃぃっ!?」と思わず叫び声を上げた。

「こ……これっ……いっぱい、詰まってるぅ……はぁっ、凄い……詰まってるの気持ちいい……!」

 浣腸とは違う、圧倒的な質量をもつ個体の占拠に、腰が震え、膝が笑う。
 残りの玉は4つ。これを全部挿れたら自分は一体、どうなってしまうのだろう……

 巡る思考に期待と興奮はあれど、躊躇いは微塵も無い。

「はぁっ、はぁっ……はぁっ……」

 いつつ。また少し奥に進んで、少しだけ痛みを感じる。
 むっつ。あまりの存在感に、異物に貫かれる感触に目から勝手に涙が零れる。
 ――快楽で流す涙では懲罰電撃が流れないことを知ったのは、いつだったか。もう思い出すこともできない。

 息が荒くなるのは、お腹の圧迫感だけが原因では無い。
 痺れるような快楽と興奮で、目の前の景色が狭くなってくる。

(すごい……浣腸もお腹パンパンになるけど……全然違う、モノが入ってパンパンになるの、癖になりそう)

 ななつ。……重い。お腹が重くて……頭が、まともに動かない。

 そして……やっつ。
 8個は今の72番には少々多すぎたのだろう。中から押し返す玉に負けじと思い切りぐっと押し込めば、ぐぽん!と全身に感じたことのない衝撃が走った。

「うあぁぁっ……あぁぁ……うぁ…………」

(これ、やばい……苦しいのに気持ちいい……!)

 息が浅くなり、あまりの圧迫感に脳が排泄しろと喧しい。
 たまらず四つん這いのまま手を……前足を踏み出せば、中で少し位置が動くのだろう、これまで感じたことも無い不思議な気持ちよさが身体を駆け抜ける。

 いつもの直腸から生まれる快楽とは異なる、まるで全てが溶け出してしまいそうな穏やかだけど容赦の無い、ミルク色の快楽。

(きもちいい)

 それ以外の思考が全て洗い流され、頭の中が白一色でじわじわと染められるようで……ああ、だめだ、これは気持ちいいなんて言葉じゃ表しきれない。

(いい……これ、いい……)

 72番は半ば意識を飛ばしたまま、狭い部屋の中をゆっくりと四つん這いで歩き続ける。
 本来の目的を忘れた悦楽の匍匐は、運動時間を知らせる電撃が首輪から数度発せられるまで延々と続けられるのだった。


 …………


「こんなパターンもありなんですか?」
「あるな。やたら膣を怖がるメス個体の場合は、周辺から懐柔していくのが基本だ。割とケツマンコ作成にハマる奴は多い、まぁこれは尿道から行った珍しい個体だけどな」
「F072は直腸の感度がかなり良いですね。浣腸への適応も早くて、既に2.2リットルです。これは後ろがウリになりそう」
「ま、直腸越しに子宮の性感も高まるだろうから一石二鳥だな。膣は……せめて出荷までに指くらいブスッといって欲しいんだけど、これじゃ難しいかもしれん」

 その頃、モニタールームでは全体ミーティングが開かれていた。
 初期管理部では入荷後奇数週には通し番号奇数の、偶数週には偶数の個体に関するミーティングを開いていて、自己調教の進み具合を確認し、問題のある個体への対応を話し合う事になっている。

「次、M074。乳首の性感がレベル3に上がりました。あと前立腺でのメスイキを確認。現在ディルドはMサイズです」
「やっと前立腺に手を付けたか。ちょっと遅れてるな、もう少し魔法で前立腺の感度をあげてやれ、さっさと魔法無しでもよわよわな感度にしてもらわないと」
「3ヶ月で穴一つかぁ、オスだし早めに喉にも誘導したいですね」
「ちょうど良い、明後日から給餌も第二段階になるから、喉の刺激と報酬系の回路を繋げよう。薬剤の調整をAIに指示して」
「はい」

 全員の手元には、ここに収容されている全個体の詳細なデータが表示されている。
 最終的には調教管理部で品質を揃えるとは言え、初期管理部でも個体の性質に合わせながらなるべく広範な部位を調教させるように誘導する事が求められている。
 まるで育成ゲームのパラメータを弄るような作業は、みるみるうちに快楽堕ちしていく様子をリアルタイムで眺められるのもあって、すっかりのめり込むスタッフも多いのだ。

「次、M104。……あーこれ前回も問題になった個体」
「これはまた随分進みが遅いな。発情は……十分か、この自慰と射精回数だし。他に目が行かない?」
「むしろメス堕ちすることに過剰な恐怖を抱いているようですね。コンテンツもノーマルなAVしか手をつけませんし、オスの快楽に固執している感じがします」
「もう4ヶ月目に入るしな、ちょっと強引に行くか。……ほら、まあ、洗浄時のインシデントはあるよなぁ、うっかりブラシが未開発の肛門に入ったっておかしくないし」
「ぷっ、相変わらず下手くそな言い訳っすね!そうそう、ブラシに表面麻酔と筋弛緩剤が付いているかもしれませんよね!」
「掻痒薬もうっかり添加されてたりねぇ」
「うわひでぇ、鬼がいるぞ鬼が」

 笑い声が上がる中「じゃあ今日の洗浄からやりましょう」と締めくくる副部長に拍手が起きる。
「なら鑑賞会やりましょ!」「あ、僕地上のデリバリー頼んでおきます」と気の早いスタッフ達は早速宴会の準備を始めたようだ。

 洗浄用のブラシはその形状も、ブラシから染み出す薬剤も多岐に渡っている。
 各種穴の開発を始めた個体には開発度合いに適したブラシを都度選択し、中までしっかり洗って開発の手助けをするのが基本だ。

 各種コンテンツを解禁すれば1ヶ月もしないうちに、どんな初心な個体でもどこかの穴には興味を持つ。そういう風にコンテンツで誘導する。
 今回のように、3ヶ月過ぎてもどこの穴も開発しない個体も数年に一度は発生するけれど、そういった「臆病な」個体はちょっとしたアクシデントに見舞われるかもしれない。……その後、たった一回の洗浄で人が変わったように穴の開発に精を出すようになったからといって、事故のせいだと訴える要素も権利も二等種には無いのだし。

「……こんなもんかな。問題のありそうな個体は今から処置するし、まあ概ね順調って事で矯正局には麗々報告をあげましょ」
「あ、そうだ副部長。明後日からの給餌第二段階、新人君にもやらせたいんだけどいいかな」
「いいよ、棺桶からF等級借りてきて喉に突っ込む練習はしておいてね、新人君」
「はっ、はいっ!頑張りますっ!」

 49系の二等種が収容されて3ヶ月。
 久々の処置に部内が沸くなか、初期管理部の数少ない「人間様が手を下す調教」がまた一つ、始まろうとしていた。


 …………


「……朝の給餌の作法が変更になる……?」

 それから数日後、いつものように朝イチでタブレットをチェックした72番は、珍しく通知が届いているのに気付く。
 タップすれば、内容は給餌の効率化のために朝の給餌方法が変更になるというものだった。
 本日から3日間猶予期間を与えられその間に作法を覚えること、以後は間違えると懲罰になる、この辺はいつも通りである。

「ふぅん、まあ餌がいただけるなら別に何でもいいけど、ねっ……」

 いつの間にか、己が口にするものを平然と餌と言い放っても違和感すら感じなくなっている事に、72番は気付いていない。

 案の定、通知には大した興味も無いのだろう。彼女はすぐにタブレットをロックすると、Lサイズのディルドを手にしてたっぷりと潤滑剤を塗りつける。
 余ったジェルを後孔に塗り込みつぷりと揃えた指を二本突き立てれば、寝起きの身体はすんなりと受け入れ、朝から火照った身体に小さな快楽を生じさせた。

 72番の「自己調教」はメスに一般的なクリトリスと乳首に加え肛虐がメインとなっていた。
 尿道もそれなりに拡張済みだが、どうやら彼女にとって後ろから得られる圧迫感と快感はかなり刺激的らしい。たった3ヶ月で最大径は4.5センチまで拡がり、結腸との境目や子宮側をぐりぐりと刺激するようなやり方を殊更好んでいる。
 それをまるで知っているかのように、朝の餌で使われる浣腸用のチューブはいつの間にか挿入部がディルドのような形状に変わり、お陰で毎朝入り口が拡げられたままなのに出すことができない矛盾と排泄衝動に悩まされているのだ。

「……アレはアレで……んぁ、はぁっ……お尻は気持ちいいんだよ、ねぇ……でも、やっぱりこれがいいやぁ……」

 ずぶり、とおざなりにほぐしたアナルにディルドが突っ込まれる。
「あっ、んあっ」と小さな喘ぎ声を上げながら72番は右手でディルドを慣れた手つきで動かす。
 左手はクリトリスに吸引バイブを張り付かせ、そのまま乳首へと伸びていった。

 起床から朝の餌のアナウンスまでの時間は、長くても30分だ。
 けれどこの頃の二等種はたった30分の隙間時間すら待つことができず、比較的マシな少数派はアダルトコンテンツに没頭し、ほとんどのものはこれまでに人間様が与えて下さった道具を駆使して朝から快楽を貪っている。
 まるで、ほんの少しでも暇を作れば現実から逃げられなくなると、心のどこかで恐怖しているようだ。

 今日もせっせと自慰に耽っていれば突如バチン!と首輪から衝撃が走り、同時に「給餌時間です」と感情の無いアナウンスが天井から響いた。
「ええ、もう……?」と実に名残惜しそうにしつつも、下手にぐずぐずして折角の快楽を取り上げられては堪らないと、72番は土下座し浣腸と餌を乞う。
 ……その尻には深々とディルドが突き刺さったまま、女芯は機械に吸い上げられたままだが、自慰をしながら挨拶をしてはいけないとは書かれていなかったし懲罰も受けないから、これは許されている事なのだ。

(ええと、浣腸はいつも通り……)

 さっきチェックした新しい作法を思い出しながら、まずはいつもの浣腸だ。
 玩具をそそくさと外し、餌皿はいつもの位置に置いて上の小窓に尻を押しつけぐいっと尻たぶを両手で開けば、さっきまで遊んでいたのが丸わかりの縦割れがテラテラと光っている。
 そこに容赦なく突っ込まれる浣腸用のディルドは多分Lサイズだ、お尻で遊ぶときと圧迫感が同じくらいだから。

「んううぅぅ……ふうぅぅっ……」

 奥まで挿入されればその位置で動かないよう固定され、すぐさま生暖かい液体がとぷとぷと腹の中に満たされていく。
 この時間だけはどうやっても慣れない。せめて少しでも苦痛を紛らわせようと肛門をヒクつかせ、ディルドの圧迫による快楽を楽しむも、計算され尽くした容量と濃度の浣腸液はそんな余裕すら数十秒もしないうちに奪い去ってしまう。
 まるで、浣腸は絶対に苦痛でなければならないと言わんばかりの意気込みすら感じつつ、最初に比べて明らかに増えたであろう容量を納めてぽっこりと飛び出た腹に(でも、最初ほど辛くは無いかな……慣れたんだろうな)と脂汗を流しながらも72番は己の順応に感心していた。

(初めての時は本当に死ぬかと思ったのに……今は入れられても、少しなら動ける……辛いけど……)

 圧迫感と便意、そして蠕動の痛みに震えるのは変わらない。ただ、どれほど苦痛があっても身体は人間様の命令通りに動かせる位にはその状態に慣らされている。
 規定量が注入され、ちゅぽんと音を立ててディルドが抜けるや否や、72番は震える足を叱咤しつつ小窓の方に向き直った。

(足は拡げて、膝立ちで……小窓に、口を……)

 タブレットに表示された指示に従い、先ほどまでドロドロの股間を押しつけていた小窓に今度は口を押しつける。
 膝は肩幅に開き、股間から垂れる愛液は餌皿に落ちるように調整するのだ。
 小窓の縁に付いた愛液が顔についても今や嫌悪感は微塵も生じない。

 そうして手を後ろで組み口を開けると、全身が固まって動かせなくなる。拘束魔法が発動した証左だ。
 何をするのかと心の中で身構えていれば、生暖かい物体が口の中に入ってきた。

「むぐ……んぁ……」

 視界はただの壁一色だから見ることはできないが、舌に当たる感触は洗浄時に咥える洗口剤のノズルに似ている。

(……ああ、なるほど)

 それだけで72番は全てを察した。

 以前読んだ漫画の中に、似たようやシーンがあったのを即座に思い出す。
 囚われの奴隷は餌を口で食べることすら許されず、喉に突っ込まれたホースから強制的に餌を送り込まれていた……

(私も、ああなるんだ)

 朝だけとは言え、口から餌を食べる権利すら奪われる。
 その事実はショックではあったが、もはや嘆きすら心は生じさせない。

(仕方ないよね……だって、私は二等種。人間様のお役にも立てない、家畜以下、ううん、えっちな玩具以下の存在なのだから)

 直接的な授業は無くても、提供されるコンテンツの中には二等種がどれだけ役に立たないモノなのかを示した情報が、台詞や説明、何でも無い背景に書き込まれたポスターなど、ありとあらゆる形を取って当然のように散りばめられていた。

 お前達二等種は教育され成体となり、取り敢えず無害にはなった。だがあくまでも直接人間様に刃向かい害を為すことが無くなっただけで、何の役にも立たない穀潰しに過ぎない……
 そんな有形無形の意思が、起きている間中無意識に擦り込まれ続けるのだ。
 ただでさえ底辺に近かった自己評価は、更に堕ちる。今の二等種ならどんな仕打ちだって諦念と共に受け入れてしまうだろう。

 ――だって、受け入れれば少なくとも人間様から自慰というお情けはいただけるのだから。

「んぐぅっ!?」

 そんなことをぼんやり考えているうちに、給餌用のノズルがぐっと奥に押し込まれた。
 どうやら洗口剤のノズルと異なり、こちらは随分喉の奥まで挿入されるようだ。
 途端に「おえぇっ!」と嘔吐きが生じる。

(だめ、これ辛い、吐いちゃう……!)

 壁の向こうからひそひそと「先輩、吐きそうです」「あ、それただの絞扼反射。初めてだとかなり嘔吐くけど気にせず挿れりゃいい」と小さな声がする。
 ……どうやら今日の担当は新人らしい、なんだかノズルの押し込みにも微妙な躊躇いを感じる。
 新人をサポートするためだろう、珍しくスタッフがこちらに話しかけてきた。

「おい、意識して喉の力を抜かないとずっと苦しいままだぞ?」
「おぇ……ぇっ……」
「これから毎朝こうなるんだ、さっさと慣れるんだな。あまりにも嘔吐いて挿れられなければ懲罰とする」
「うぇぇ……」

 喉を通り過ぎ、ぐぽり、とどう考えても入ってはいけないところに先端が入った感触を覚える。
 ようやく終わったかと少し安堵したのも束の間、どうやら更にノズルの先端から何かが下に向かって伸びているようだ。

(なんか変な感じ……苦しくは無いけど、ぞわぞわする……)

「……チューブ、ラインの場所まで入りました」
「ん、シリンジを引いて……胃液が出ているな、バイタルも問題なし。ならチューブを給餌機に繋いでスタートボタンを押す」
「はい、押しました」

 じゃあ次だ、との声と共に足音が去って行く。
 それと同時に72番は胃の中に何かが溜まっていく感触を感じた。

(これ……もしかして、胃に直接餌が入ってる……?)

 開けたまま動かせない口からは涎が、そして止まらない嘔吐きとともに出てくるねっとりした透明な液体が顎から首へと滴ってきて気持ちが悪い。
 咀嚼も嚥下も許されず、ただ機械的に栄養を送り込まれる惨めさは、同じく機械的に腸内を洗浄されるが故の終わらない便意と相まって、また一つ二等種の心を削っていく。

(この程度のモノなんだ、私は……)

 口を使って食べることすら人間様に許されていた権利だったのだと、重くなる胃の感触に72番は痛感する。
 その権利も半分は奪われた。一体自分に今許されている権利はどのくらいあるのだろうかと考えて、けれどそんな事は考えるだけ無駄だと彼女は瞳をどんよりと曇らせた。

 だって。
 考えたところで、その権利がこれからも許されるとは限らないから。明日には奪われるかもしれない権利を数えたところで虚しくなるだけだ。
 強いて言うなら「壊されない」権利だけは最後まで残るのだろう。……当たり前の話だけど。

(考えたら、辛くなるだけ……考えなくたって辛いのに……それに……そんなことより早く、浣腸液を抜いて……)

 余計な思考は、やがていつまで経っても転移される気配の無い浣腸への懇願に塗りつぶされる。

 これもまた給餌が変更になった事による変化だ。
 これまでと異なり、給餌の完了はノズルを抜き小窓を施錠した後、餌皿に溜まった体液を綺麗に舐めとって感謝の挨拶を終わらせた段階となる。
 だがいくら職員総出でやるとは言え、200体以上の給餌ノズル挿入にはそれなりの時間がかかるわけで、結果として完了までには平均20分、一番待たされる個体では完了までに30-40分を要することもあるのだ。

「んぐぅぅ、おぇっ、んうっぅぅっ!!」

(お願いします、浣腸を抜いて下さい……じゃないと、また……おしっこが溜まって辛くなっちゃう……!)

 必然的に、浣腸液の水分は大量に大腸から吸収される。
 そうして昼過ぎから夜の餌が終わるまで絶え間ない尿意を二等種に与え続け、折角の自慰の快楽をも邪魔されてしまうのだ。

 それもまた、二等種を更なる自己調教へと走らせるための策略に過ぎない。

(お願いします……何だって言うこと聞きます、絶対に逆らいません!だからっ、せめて気持ちよくなりたいのに……こんな辛いの、いやぁぁ……!)

 二等種達に許された権利だと思っていた自慰にすら、真綿で首を絞めるようにじわじわと制限をかけられていく。
 それもこれも調教のため、そしてこれから待ち受ける選別のためであることに気付くものはいない。

(二等種だから仕方ないって、いっぱい諦めてきた……なのに、まだ酷くなるの?一体いつまで、どこまで……!?)

「んむうぅ!!んおおぉぉ……っ!!」

 先の見えない不安が織りなす72番の慟哭は、ただの呻きと嘔吐きにしかならない。
 けれどそんな形でも表に出せているだけまだ幸せだった、その事を知るのはもう少し先の話。

 ……結局72番が給餌の完了を認められたのは、浣腸液注入から35分後だった。
 そしてこの日を境に、二等種達の快楽を求める渇望は鬼気迫るものへと変化するのである。

© 2025 ·沈黙の歌 Song of Whisper in Silence