沈黙の歌Song of Whisper in Silence
沈黙の歌Song of Whisper in Silence
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5話 穿たれ簒奪を知る

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 バチン。
 浴び慣れた電撃の痛みが、首から腕へと抜けていく。

「あ……」
「さっさと起きなさい」
「…………ぇ……あ……っ!!」

 鋭い女性の声に、72番は一瞬にして意識を浮上させられた。
 途端目に飛び込んできた光に、ああもう移動は終わったのかと眩しそうに顔を顰める。

(そう……私は、性処理用品に志願して……)

 性処理用品になりたいと宣言して、数ヶ月前と同じようにスーツケースに詰め込まれたところで、72番の意識は途絶えている。
 あの時と同じなら、恐らく自分は性処理用品として別の場所に移動したのだ。
 確か勧誘の動画やコンテンツの中でも何体もの個体が「指導を受ける」と言っていたから、恐らくここは性処理用品として実際に地上に出る前に、何らかの訓練を受ける場所なのだろう。
 ……どちらにしても、二等種である彼女に質問の権利は無いから推測の域を出ないが。

(…………?動けない……)

 と、そこまで思い出して72番は己の不思議な格好にようやく気がついた。

 身体は拘束魔法で固められているのだろう、作業台の上で指一本動かせないままだ。
 だがその体勢は、がに股でぐっしょり濡れそぼった股間を曝け出し、腕も上に上げた奇妙な体勢なのだ。
 彼女に知識があれば、まるで産婦人科の開脚台に乗せられているようだと気付けたであろう。

(これは……一体…………)

 辛うじて動かせる眼球で辺りを見回せば、そこには3人の女性が立っていた。
 二人は見慣れたポロシャツ姿、もう一人はこれまた見慣れた制服姿だ。
 ただこれまでと異なるのは、ポロシャツの襟や制服のケープが鮮やかなロイヤルブルーに染まっていることだけ。

(…………あれ、あの人間様……どこかで……?)

 その中に一人、こちらを見つめる若いスタッフに見覚えがある気がする。
 もしかしたら収容されてからどこかで会っていたのかなと72番がぼんやり考えていれば「覚醒したわね」と制服姿の女性……管理官が口を開いた。

「じゃ、さっさと始めましょう」
「はい」

 何を、と問いたいところだが、そんなことを口にすれば間違いなく懲罰になってしまう。
 不安そうに眺める72番に「もう分かっていると思うけど」と管理官が声をかける。

「私達人間様が、わざわざ作業内容を説明することは無いわ。二等種に許されているのは感謝の言葉だけよ」
「……はい、ご指導ありがとうございます、人間様」

 と、胸の辺りにひんやりした感触を覚える。
 良く見れば作業台の上の天井は鏡張りになっていて、自分が何をされているか二等種が自ら確認できるようになっているようだ。
 早速72番は状況を把握しようと目をこらす。

 ……どうやらスタッフは、72番の乳首に何かを塗りつけているらしい。
 敏感な場所を冷たい液体を含んだ綿球が何度も執拗に往復し、つい「んふぅっ……」と声が漏れてしまう。

「感度は良さそうね」
「はい、乳首は入荷基準以上に開発済みです。……尿道と肛門と乳首ですね、重点的に開発されているのは」
「処女で尿道開発済み?また妙な個体が来たのねぇ。まぁどうせここで全部使えるようにするんだし、前もって開発してくれてる分には助かるわ」

 それと同時に、もう一人の若いスタッフが手首と足首に冷たい金属を装着していく。
 首輪と同じ材質の手枷と足枷には外側と内側の2カ所にリングが取り付けられているようだ。カシャン、と音がすれば金属の継ぎ目はすぅっと見えなくなり緩み無くフィットして、まるで手足の皮膚と一体化したような感覚を覚える。
 恐らくこれも首輪と同様、二度と外すことはできないのだろう。

(そうだった、性処理用品になった二等種はみんな……手足を鎖で繋がれていたっけ)

 また一つ、得体の知れない物体に堕とされた悲しみに72番の胸が痛む。
 けれども彼女は直ぐに、これは決して悪いことじゃないと思い直すのだ。

(……だって、こうすれば……性処理用品になれば、地上にも戻れるし人間様の食べ物も味わえるのだから……!)

 いつの間にか、72番の頭の中では性処理用品になったときの特典がさも当然のように与えられるかのように誤認されていた。
 あるいは、そうでもしなければこれから待ち受けるであろう恥辱の日々を乗り越える事などできないと、散々嬲られ続けた心がどこかで防衛反応を起こしているのかもしれない。

 ――そんなささやかな心の抗いなど、早々に叩き壊されるというのに。


 …………


 72番の出荷先は、調教管理部が担当する本調教棟だ。
 初期管理部による誘導で性処理用品になることを志願した個体は、いつも通りスーツケースに詰められてこの区画に輸送される。
 誘導の期間は1年間。この間断続的に……といっても半分以上の個体は最初の3ヶ月に偏るが、入荷した個体を3ヶ月の調教期間で順次性処理用品として適した穴に加工し、奉仕機能を付与し、徹底的な無害化を施した上で検品後製品として地上にある性処理用品貸し出しセンターに出荷するのが主な役割である。

 とは言え、調教管理部の職員が直接調教を行うことは無い。
 二等種と直に接するのは、入荷時の事前処置と出荷前の検品、等級確定とその後の処置くらいだ。

 個体を入荷後、直ちに個体と同性の管理官1名及びスタッフ2名は検品と事前処置を処置室にて行う事になっている。
 性処理用品は一般人と接し奉仕を行う関係で、最初に簡便かつ強力な拘束と指示、そして懲罰が可能な状態に加工するのが目的だ。

 また、ここは入荷前のデータを参考に最初の拡張を行う場所でもある。
 ……すなわち、性処理用品となる個体は調教が始まる前に全ての穴の処女を拡張器具によって奪われるのである。

「津崎管理官。手枷と足枷、装着完了しました」
「じゃ、やりますか。貫通は私がやるから、拡張は二人でできるわね?」
「はい」

 枷を着け終えたスタッフの報告に、津崎と呼ばれた管理官が位置を移動する。
 管理官は台に横たわった72番の右側に陣取ると、やおら白いラテックスの手袋を装着し、金属のトレイの上に置かれた何かを手にした。

(……え……なに、それ……!?)

 その手に光るのは、針。それも見たことも無いほど太い、釣り針のように曲がった凶悪な針だ。
 どう考えても2ミリはあるであろう針の先端が右胸の飾りの側面を突けば「ひぃっ!!」と72番の喉からうっかり悲鳴が漏れた。

 バチ……ッ!!

 途端に電撃が流され「性処理用品に志願しておきながら無駄吠えとは……良い度胸ね」と冷たく咎められる。
 慌てて「ご指導ありがとうございます!」と叫ぼうとした72番は、しかし思いもかけない電撃に更なる悲鳴を上げてしまうのだ。

「ぎゃっ!!うぐうぅぅっ……!!」

(なんで……!?腕も、足も、痛い……っ!!)

 さっき目を覚ましたときの電撃は、いつもと変わらなかった。
 首から、多分神経が繋がっているのだろう腕へ、指へと痛みと痺れが走る懲罰電撃だ。
 だが、たった今浴びせられた電撃はそれに加えて、明らかに手首と足首に鋭い痛みを与えている。

 ……思いつく原因なんて、もう一つしか無い。

(……まさか、これ……懲罰電撃が手枷と足枷からも出るの……!?)

 さぁっと72番の顔が青くなる。
「あ、気付いたみたいね」と枷を付けたスタッフが笑っているのを見るに、どうやら自分の推測は当たっているらしい。

 何でこんなことを。
 首からの懲罰電撃だけで、ちゃんと人間様に従えるのに、どうして。

 混乱を極めた頭は、同じ思考回路をぐるぐると回り続ける。
 だが、そんな二等種の狼狽など人間様には何の関係も無い。

「ぐっ……」

 まだ懲罰電撃の痛みも覚めやらぬというのに、乳首を先端が切れ込みのある輪っか上になった金属製の器具……鉗子で挟み込まれる。
 ジンジンと乳首に流れる血流と痛みを感じ顔を顰めていれば、管理官が先ほどの針を右手に携え、挟まれて苦しそうに充血した乳首に近づけてきた。

(……まさか)

 その針、まさか、乳首に刺して――
 恐怖に嫌だと悲鳴を上げようと口を開くも、そんな権利は与えられない。

「っ、ぎゃあぁぁぁぁっ……!!うがあぁぁっ!!」
「耳が痛いわね。静かになるまで懲罰電撃与えておいて」
「はい……って涙流してるから勝手に作動しますね」
「あ、それならちょうど良いわね」


 瞬間、メリメリと乳首から音がしたかと思った。


 力を込めて無理矢理組織をかき分け太い杭を穿たれる痛みに、全身からはぶわっと冷たい汗が噴き出て、けれど逃げることはおろか、身体を捩って痛みを逃すことすらできない。
 ……ああ、せめて手だけでも使えるなら、台の縁を握りしめて耐えられるかもしれないというのに!

(痛いっ!!痛い、痛いよおぉぉっ!!何これ、なんでこんな所に針を刺すの!?お願いします止めて下さい、ごめんなさい止めて、いやあぁぁっ!!)

 目を見開き、ただひたすら絶叫を上げ続ける。
 懇願の言葉は心で何度も上がるも、言葉として表出させるにはあまりにも痛みが強くて、漏れ出るのは獣のような無様な叫び声だけ。

「……ふぅ、たかが12G如きで喧しいわねぇ。先に口枷付けちゃいたいわ」
「仕方ないですね、拡張器具の挿入はピアッシングの後ですし」
「うああぁぁ……いだいぃ……ひぎっ、ぐすっ……」

 泣こうが喚こうが、人間様の視線がこちらに向くことは無い。
 管理官は「右はこれで良し」と頷きつつそのまま左側に移動して……ああ、またあの輪っかで挟まれて、針が、近づく、触れる…………えぐ、る……!!

(嫌……もう、止めて…………!!!)

「いやぁぁぁぁっっ!!ぐああぁぁっ、ごめんなさい、ごめんなさいっ!!嫌って言ってごめんなさいもう言いません!ご指導、ありがとうございますぅっ!!」

 あまりにも突然に降りかかった恐怖に、今度こそ明確な拒絶が72番の口から溢れ出した。


 …………


「ひぐっ……ぐっ……ひぐっ…………」
「あーあーもうこんなにボロボロになっちゃって。こんなので性処理用品になろうとか良く志願できたわよね」
「散々動画だって見たんでしょ?奉仕中の性処理用品の乳首でリングが揺れているのだって……その様子だと気づいてなかったのね、二等種ってどうしてこうバカなのかしら」
「うぐ……っ!!」

(そんな……全員、こんなの着けてたの!?全然気づかなかった……!)

 ため息をつきながらピン、と弾かれた両方の乳首には、曲がった針が刺さったまま。
 どうやら治癒魔法はかけて頂けたのだろう、既に出血は止まっているものの痛みまでは取って頂けないようだ。拍動に合わせて、ズキンズキンと胸全体に響くような酷い痛みが72番を襲っている。

「これ、痛みってどのくらい続くんですか?」と若いスタッフが尋ねれば「ん?ああ、高科さんは今回初めて処置に立ち会うんだけっけ」と管理官の女性が執拗に乳首を弄くる。
 その度に鈍い痛みが走って、けれどこれで涙を零せばまた懲罰だと72番は必死で涙を流さないようぎゅっと唇を噛みしめていた。

「人間なら穴が安定するまでには半年くらいかかるのよ。痛みはそうね、3週間くらいは続くんじゃ無いかしら?既に穴は安定状態まで治癒させてあるから残っているのは痛みだけだけど」
「うわぁ、ずっと痛いんだ……これから拡張もですよね?更に痛くなる?」
「まぁ、もっと痛いでしょうけど、それにしても3週間もあれば引いてしまうわよ。……ある意味痛い方が楽かもしれないけどね」
「楽……?」
「その辺は後でね。じゃあ、そっちは拡張始めてちょうだい」

 手順は大丈夫ね?と確認する管理官に、スタッフ二人は「はい!」と頷き、72番の両側に陣取る。
 その手は管理官と同じように手袋で覆われていて、手にしたトレイには……これまた見たことの無いCの形をした器具がいくつか載せられていた。

(まだ、何かするの……!?)

 用途もよく分からない器具に、72番の歯がカタカタと音を立てる。
 さっき人間様は、拡張を始めると言っていた。けれど、一体どこを拡張すると言うのだろうか。

「うひゃぁぁっ!!」

 不安で頭がはち切れそうになっているところに、与えられた刺激。
 管理官が先ほどの乳首と同様、冷たい液体が付いた綿球を、ぷっくりと腫れ上がり割れ目の中に隠れることもできないほど育った女芯に塗りつけていく。

「はぁ、ホント喧しいわね……躾がなってない。にしてもちょっと小さいわねこのクリトリス。人間なら十分規格外の大きさだけど……ああやっぱり、基準ギリギリじゃ無いの!全く、自慰することしか考えられないケダモノらしくちゃんと育てておきなさいよ」
「んぁっ、はぁっ、んっ……あぁ…………っ」
「その代わり感度は良好、と。まぁ……大きさはリングが装着できれば問題は無いしね、どうせここでもデカくするんだし」

(…………え、リング……乳首だけじゃ、ない?)

 そう呟く管理官の手元は、目を閉じることを許されない72番には鏡を通じてはっきりと見ることができる。
 ……せめて見えないところでして欲しかった、そうささやかな望みを抱いたところで、人間様が二等種の益になるような事などしてくれるはずが無い。

 管理官の手に握られているものを理解した瞬間、全身に震えが……暑いのだか寒いのだか分からないような、これまでに無い恐怖が走った。

(うそ、でしょ……!?そんな、そんな敏感なところに、さっきと同じ針を!?無理、そんなの無理っ、壊れちゃう……!!)

 乳首ですらあんなに痛かったのに。
 ぷっくり膨れた肉芽を挟んで、あり得ない太さの針を突き刺すだなんて……考えただけで気が遠くなりそうだ。

 12歳から徹底的に恭順を叩き込まれ、性処理用品に志願するまでに心身を加工された二等種は、余程のことが無い限り人間様への反抗はおろか懇願すら試みない。人間様に何かをして貰うなど言語道断、重大な違反として記録され下手をすれば一発で処分となるからだ。

 ただし、いくつか例外とされる条件はある。
 そして今回の処置はその条件に当てはまるため、彼女の叫びは罰せられない。――それだけの恐怖を強いる、とも言うのだが。

(助けて……!!)

「ごめんなさい、ごめんなさい!お願いします、無理ですっ、そんなの無理、お願いです何でも言うこと聞きますから止めて――」
「はぁ、見苦しいわね。性処理用品になるんでしょ?散々動画だって漁ったんでしょ?なら、リングに気付いてなくたってここを鎖で牽かれているのは何度も見たでしょうに」
「!!」

(知らない、そんなの見たこと無い!!…………見たこと、無い……?)

 そんなの知らない、と反論しようとしたところで、72番はふと思い出す。
 ほんの数時間前に見せられた広告動画、72番にボタンを押させた、黒いベビードールを身につけた性処理用品の姿を。

 彼女の股間からは、確か鎖が繋がっていた。
 あれは後ろに回された手枷から伸びていると勝手に想像していたけれど、実はあの薄い服の陰に隠れていただけで、鎖が繋がっていた先は、まさか、そんな……!

「ぅ……ぁ……あぁ…………」

 非情な現実に、直ぐに訪れる未来への恐怖と絶望に震えが止まらない。

(もしかして)

「分かったみたいね」とため息をつきながら、管理官が鉗子を肉芽にかける。
 それだけであまりの痛みに目がチカチカして、けれどこの後を思うと恐怖でまともな言葉すら紡げない。

(性処理用品になるのは)

「さ、ぶっさりやっちゃいますか」
「ぁ…………ひぃ……っ!!」

 鏡の先、管理官の手元。
 曲がった針が、真っ赤にテカテカ光る肉芽につん、と触れて。
 次の瞬間

「――――――うぎゃあああああああああっ!!!!」

(思っていたより、過酷なことなんじゃ……?)

 72番の小さな不安と疑問は、神経の集中した小さな器官をあり得ないほどの太い針で貫かれる激痛で、あっさり吹き飛ばされてしまうのだった。


 …………


「いつ見てもこの肌はいいわぁ、ほんっとムダ毛も無ければ毛穴もなくて張りがあって、しかもすべすべで触り心地も良いのよね」
「髪も綺麗ですよね。艶々してるの羨ましい」
「肌も髪も水だけで汚れが落ちるように加工してあるからね、お手入れ簡単でいつまでも美しさを保てるのよ」

 身体の右と、左、そして股間。
 3カ所に陣取った女性達は、和やかにおしゃべりをしながら作業を淡々と進めていく。
 しかしその身体の持ち主……72番にとっては、いつ終わるとも知れない苦痛と忍耐の時間であった。

「ぐっ…………!」

 ぐい、と右の乳首の穴に何かが差し込まれ、裂けてしまいそうな痛みが走る。
 けれど叫び声でもあげようものなら、即座に範囲が広がった懲罰電撃に見舞われるのだ。これ以上痛みの上塗りは流石に御免被りたい。

 どうやら彼女たちは、先ほど穿った穴をせっせと拡げているようだ。
 Cの形をしたエキスパンダーと呼ばれる器具で穴を拡げ、その状態で回復魔法をかけ、傷が塞がればまた拡げる、その繰り返し。
 お陰で傷は瞬時に治るものの、人間様の趣味だろうか、痛みは全く引く様子が無い。
 エキスパンダーを抜かれ「ほらもうこんなに穴が拡がったわよ」と最初の針を通されれば何の痛みも抵抗もなくするりと乳首を突き抜ける光景に、穴を開けられたという事実を突きつけられて更に涙が溢れてくる。

(そんなところに穴が開いたままだなんて……いやぁ…………)

「右乳首6Gまで拡張しました。これで指示リング装着できるかな」
「いけるでしょ、乳首の指示リングは太さ4ミリだし押し込んじゃいなさい。クリトリスのリングは3ミリだから8Gで十分なんだけどね……ああもう、また愛液が垂れてる。こんな大事なところを3カ所いっぺんに穴開けられて悦ぶなんて、随分な変態ねぇ」
「……ひぐっ……ひっく…………」
「…………悲しくて泣いてるなら懲罰よ?どうなの?72番」
「っ、きっ、気持ちいいです……ひぐっ……!!」

(嫌だ、こんなの気持ちい訳が無い……痛いよう……!!)

 ――心の中で嘆きながらも、苦痛を口にすることは許されない。
 偽りの快楽を語ることだけが、今の72番に唯一できる、更なる苦痛の回避法だから。


…………


 先ほど大切なところに針を穿たれ泣きじゃくる72番に、管理官はとある「制限の緩和」を通告した。
 曰く、二等種が泣くのはこれまで通り認められておらず、懲罰対象となる。だが性処理用品となる「特典」として、快楽で涙を零す事に関しては例外とする、と。

 例外ができたのだから、確かに管理官の言う通りこれは緩和に違いない。
 というより、実は最初から許されていたのかも知れない。成体になって自慰を覚えて、あまりの気持ちよさに自然と涙が零れてしまっても電撃が流れた経験は一度も無かったから。

 とは言え改めて宣告されたことで、あやふやだった境界は明確な基準となる。
 ただし確定した緩和は、決して二等種にとって福音とは言い難くて。

(痛い痛い痛い……でも、気持ちが良いって言わなきゃ、電撃……また、あの痛いのを……足にもだなんて……!)

 教え込まれたばかりの広範囲な電撃への恐怖が、72番を更に抜け出せない深い沼へと駆り立てる。
 例えどれだけ痛みで涙を流そうとも、人間様には快楽の涙だと言い続けるしかない。
 そうすれば人間様の判断で、首輪の自動懲罰を一時的に切ってもらえる。二度とあんな懲罰電撃は食らいたくない……!

「ひぐっ……気持ちいい……ぐぅっ、気持ちいいですぅ……ひぐっ……」

 心にも無い快楽を呟く度、自分の中の何かが削れていく音がする。
 一歩一歩、沼に沈められる感触に余計に涙が溢れてくる。

 けれど、こんなものは序章に過ぎない。
 性処理用品に人間様から与えられるものは須く快楽であると、彼女はこれから虚実を取り混ぜた混沌の中にその心を埋められるのだから。

 はらはらと涙を流しながら惚けたように「気持ちいいです……気持ちいいですぅ……」と72番が繰り返していれば、胸の方でカチン、カチンと二つの音が響いた。

「先輩、左胸も指示リング装着できました」
「どれどれ……うん、ちゃんと永久ロックもかかってるね」
「これって壊れたりしないんですか?」
「壊れることもあるわよ、耐用年数は性処理用品より長いけどね。それに、壊れても装着したままここの部品を交換するだけだから」
「あ、このままで直せるんだ!便利ですね」

「こっちもできたわ」という声と共にまた一つ、今度は股間からカチン、と音がする。
 それはメスの大切な場所が3カ所、永遠に穿たれ性処理用品というモノに……まだ素材ではあるけれど、変わってしまった証。

(ヒッ……こんな……酷い…………!)

 乳首とクリトリスの根本からは、直径4センチほどの太いリングが垂れ下がっていた。
 さっき彼女たちは乳首のリングが太さ4ミリ、クリトリスは3ミリだと言っていた。改めてみれば、こんな状況なのに固く勃ちあがったままの乳首との対比で思った以上に太く見え(こんな太い穴を開けられただなんて)とショックで喉がカラカラに渇いてくる。

 リングの下部は一回り分厚く色も異なっていて、どうやらこの部分に先ほど話していた「部品」とやらが入っているらしい。
 実際にはかなり軽量な金属で作られているようで、排除が起こりにくくなるよう重さはそれほどでも無いのだが、何せ見た目のインパクトが大きすぎて……今まで以上に真っ当な生き物からかけ離れた卑しい存在に変えられてしまった事実を突きつけられる。

 あれほど叫ぶほどの傷を付けられたにもかかわらず、身体には傷一つ無い。けれども痛みは消されること無く、穿たれた痛みと拡張された痛みが同時に72番を苛み続ける。
 そのギャップは、絶え間なく憐れな二等種に語りかけ続けるのだ。

「傷は修理済みだ。モノに痛みなどないだろう?第一、さっきから気持ちいいとお前は何度も言っているでは無いか」と――

(嫌……本当は痛いって言いたいのに……言えない…………気持ちよくなんてこれっぽっちもないのに……!)

 拍動と共に走る激痛に顔を顰め、それでも「気持ちいいです」としか言えない惨めさに72番は心の中で打ちのめされるのだった。


 …………


「確かに肌も髪も綺麗で羨ましいけどさ」

 72番の気も知らず……いや、気付いていても一切触れることはなく、管理官はくにくにと乳首を弄る。
 いくら感度が上がっていても、とても今は気持ちよさを拾えはしまい。それは管理官もスタッフも当然分かっている。
 だが、人間様からすれば、目の前にいるのは「ぶっといピアスを付けられて弄られ、気持ちいいと善がる二等種」に過ぎない。

 ――だって、二等種自身が「気持ちいいです」と言っているのだから。

「それでもさ、これみたいに細胞レベルで人間じゃ無くなるように加工してまで、手に入れたいとは思わないわよねぇ」
「それはそう、人間辞めるくらいならちゃんと手間とお金をかけて手入れしますって」

(……え、どういうこと……?)

 そんな中、不意に放たれた言葉に、72番は痛みに呻きつつも目を丸くする。

 人間じゃ無い、ではなく「人間で無くなるよう加工した」とはどういうことだろうか。
 確かに自分は二等種で人間様では無いけれど、その言い方ではまるで、二等種も肉体は元々人間だったとでも言わんばかりだ。

 どうやらその疑問は、高科と呼ばれていた若いスタッフも抱いていたようだ。
「え?二等種って細胞レベルで肉体を人間から変えているんですか?」と尋ねた高科に「そうよ。魔法だけじゃなくて、ありとあらゆる方法を使ってね」と管理官は次の準備をしつつ話し始める。

「例えば二等種の餌には、腸内細菌のバランスを整える効果があるの。ただし、元の腸内細菌では無い、二等種用のバランスに……思考力を落として快楽に直ぐ依存し、従順になるように、ね」
「えええ!?腸内細菌でそんなことができるんですか」
「腸は第二の脳って言われるくらい、思考や感情に関わっているの。生まれ持った腸内細菌叢はもちろん食事で多少はコントロールできるけど、二等種の場合はそもそもの細菌叢自体が人間とは異なる構成に変えられているからね。今の医療じゃ完全に影響を取り除くことはできないんだって」
「!!」

 そこで語られた内容は、72番を呆然とさせるものばかりだった。
 ……二等種への加工に用いられたのは餌だけではない。水や、ずっとボディソープだと思っていた液体も全て二等種用の遺伝子改変剤だったのだ。

 この薬剤は口から、皮膚から、幼体時にはお湯のシャワーを浴びるから気化したものを呼吸から取り入れ、元の人間の遺伝子を書き換える。
 これにより、二等種は規定された体型へと成長し、感覚はより鋭敏に、しかし肉体の頑強さは最早人間とは別物で、指一本動かせないほどの疲労も、全身に与えられた傷も……それこそ軽微な骨折ですら一晩で治癒してしまうほどの驚異的な回復力を持つように作り替えられている。
 感覚の鋭敏化により、快楽のみならず痛みも人間の頃よりも強く感じる。だから懲罰もより少ない負荷で効果が上げられる様になっているそうだ。

(オスが人間様より小さいのも、太った子がいないのも、胸もおちんちんもやたら大きいのも……そんな、全部二等種だからじゃ無かったんだ……!!)

 人間様に比べて明らかに小さいオス、豊かな、いや明らかに大きすぎる胸。動画に出てくる人間様よりも逞しいペニス。
 それは二等種という種族の性質なのだと72番は思い込んでいた。
 ……けれど考えてみれば、授業の中でもそのような話を聞いたことは一度も無い。

(人間様は……嘘はついていなかった。ただ、知らされなかっただけ)

 事ここに至って、72番は、否、全ての性処理用品に志願した二等種は突きつけられるのだ。
 二等種とは言え自分達の心身は人間と同じであったのに、人間様と区別するために、この地下空間で二等種という明確に人間と規定されないモノに作り替えられたという事実を。

(いくら私達が有害なモノだからって、そこまで……?そんなの、知りたくなかった……!どうして今更そんなことを言うの……!?)

 はらはらと涙を流す72番に「あれ、どうしたの?」とニヤニヤしながら若いスタッフが尋ねる。
「なんで泣いているの」と問われても「……きもちが、いいからです……」と泣きじゃくりながら72番は己の感情を偽る事しかできない。

「へぇ、こんな所に輪っかをぶら下げて、引っ張られて、気持ちがいいんだぁ?」
「ひぎっ!…………ふぐっ、うぅっ、きもちいいですぅっ……!!」

 装着されたばかりのリングを、思い切り引っ張られる。
 痛みを感じながらありもしない快楽を口にすれば、目は絶望の色を帯び、光を失っていく。


(知りたくなかった……もう、人間になんて絶対に戻れないのに……!!)


 人間様の許可が無ければ、排泄さえ許されない身体。
 こんな痛みでも与えられなければ自慰を止めることすらできない発情しきった頭。
 そして、劣等種の証と言わんばかりに刻み込まれた、生涯消えない刻印と、3つの楔。

 あらゆるものが、事実を告げてくる。
 元はどうであれ今の自分は外見から二等種そのもので、ただのモノで、それは永遠に変わらないと――

(ここまで煽っても反抗の意思無し、と。……今朝のオスはちょっと怪しいと担当者が言ってたけど、これは大丈夫そうね。まぁ見るからに頭お花畑そうだものねぇ)

 不可逆的に変えられた事を知って渦巻く数多の感情は、しかし人間様への反抗心だけは作り出せない。
 そんな様子に、管理官達は満足げに頷き「問題ないわね」とタブレットに記録を付けた。

 二等種に告げられた事実はあまりにも重く、けれど人間様の世話無しには生きて消えない身体と骨の髄まで叩き込まれた従属心は、この事実を知ってなお、人間様への反抗を抱かせない。
 それを管理官達はしっかりと確認し、この個体が二等種としての最低品質をクリアしているかをチェックするのだ。
 ……そう、二等種を絶望に叩き落とす真実の開示は、人間様にとってはただの検査に過ぎない。
 ここでもし少しでも反抗の兆しを見せたならば、その段階で性処理用品としては不的確と判断され「処分」となるのである。

 これは、人間が直接利用する性処理用品の安全性を高めるためには、決して疎かにできない項目だ。
 とは言え、判断に関しては管理官による裁量が認められているため、実際にここまで来て処分となる個体はほとんどいない。

 なぜなら管理官達は知っているから。
 例え、現状で反抗の残滓が見えたところで、3ヶ月間の調教を終え地上に出荷する頃にはどんな個体も全ての反抗的な要素を「封じられて」しまうことを……

「さ、おしゃべりも良いけど早いところ終わらせましょ。これが終われば今日は終わりだろうし」
「はーい、拡張器具準備します」

(もういい……もういいから、お願いだから、これ以上何も聞きたくない……!)

 どうやら彼女たちは、その軽妙な口を閉じる気は無さそうだ。
 これまで二等種には隠されていた事実が……いかにして自分が二等種として身体を、頭の中を細部にわたり弄くられたかが、延々と楽しそうな口調で、時には笑いさえ交えながら開陳されていく。


(ちゃんと言うことも聞くから、性処理用品としてご奉仕するから、だからせめて……騙されたままで良いから、夢の中でいさせて……)


 ――真実を知るには、現実と向き合うには、72番はあまりにも甘い、未熟な個体だった。

 魔法や医療が発達した現代においても、人の心はそう簡単に強くならない。
 向精神薬や精神保護魔法をいくら用いようとも、根本的な精神が頑強になるわけでは無いのだ。
 ただ、壊れてしまう日を少しだけ遅らせているだけ。

 本来ならば成長により、人間として真っ当に生きる事により獲得するはずだった心の強さとしなやかさをを、彼女は得る機会すら永遠に奪われてしまった。
 代わりに与えられた非人道な扱いは、そんな過酷な状況でも無理矢理正気を保たせようとする薬剤や魔法は、そしてその場凌ぎの快楽は、彼女に現実からの逃避という歪んだ救いだけを与え、現実に向き合う力を今もなお削ぎ続けている。

(おねがい……もう、耳を聞こえなくして……)

 光を失った瞳から悲嘆の涙を零し、その度に心にも無い快楽の言葉を念仏のようにただ呟き続ける。
 早くこの時間が終わってとただ願い続ける72番の心の叫びとは裏腹に、事前処置の時間はゆっくりと流れていくのだった。


 …………


「……問題ないわね。初期管理部から転送されたデータにも齟齬は無し。開始段階でこの感度と拡張レベルなら特別訓練は必要ないわね」
「管理官、最大サイズの登録はどうしましょう?」
「骨盤腔は12.8センチ。こちらもまあ標準的ね、一穴10センチ、二穴合計12センチで登録しておいて」
「はーい。いつも思いますけど、10センチとかもう化け物の域ですね……」
「何言ってるの、出産の時の赤ちゃんの頭は9センチ前後だからあなたたちだってこのくらいは入るのよ、まぁ相当な訓練は必要でしょうけど」
「ひえっ、二等種と一緒にしないで下さいよぉ、気持ち悪い!」

 首輪から読み取ったデータを元に、管理官は全身を魔法でざっとチェックする。
 いくら加工してあるとは言え、二等種も骨格構造上は人体と変わらない。魔法や薬剤による調整で、膣や肛門は人間に比べれば拡張しやすくできているものの、流石に骨で作られた空間まで拡げる事は不可能だ。
 骨格自体も成長に合わせて加工することで、より人外じみたものを受け入れられる穴を作る研究も百年以上前には行われていたそうだが、やはり外見は人間に近い方が一般受けすることが分かったためか、現在では骨格は一部の性処理用品を除き、人間と同様の構造を保つように定められている。

 二等種が使用するディルドや拡張器具のサイズはこれを考慮して矯正局規格が決められているが、なるべく均質になるように加工しているとは言え、いわゆる狭骨盤で最大サイズの受け入れが不可能な個体は稀に発生する。
 そのため調教管理部ではこれまでのデータを元に更に詳しく計測を行い、構造上の限界を見定めることで個体別の拡張目標を設定するのである。

「にしても、良くこんな魔法を受け入れちゃいますよね、二等種って」と高科がしみじみと口にする。

「そりゃもう、生まれ持った魔法抵抗力を首輪で極限まで下げているからね」
「でもこの首輪、二等種にしか作用しないんですよね?確か少しでも魔力があるとロックしても魔法が発動しないようにできているって」
「そう。だから首輪を付けて魔法抵抗力が下がることでも、二等種であることは証明できるのよね。確か魔法管理局の二等種検知センサーもこの仕組みを使っている筈よ」

 72番の知りたくない情報は、更に明らかになっていく。

 二等種は魔法が使えない、そして魔法に対する抵抗力もゼロだと昔授業で習った覚えがある。
 けれど魔法が使えないことだけが真実で、魔法に対する抵抗力は元々持っていたものを永久に封じられたせいでゼロになっているだけだなんて。

(もう、やめて……ごめんなさい……ごめんなさい…………)

 72番は心の中で誰にともなくただ謝罪を繰り返し、必死で現実から目を背けさせてと願う。
「いい顔するわね、これ」と棚から備品を持ってきた若いスタッフが72番を眺める瞳には侮蔑と優越感が宿っていた。
 それは人間様なら誰しもが向ける視線であり浴び慣れたものの筈だ。

 なのに、72番は絶望に打ちひしがれ回らない頭の片隅で、かすかな違和感を覚えていた。

(なんだろう……やっぱり私、この人間様を知ってる…………)

 そんな視線に気付いたのだろう。高科が「あ、もしかして気付いちゃったの?」とニヤリと口の端をあげる。

「ま、あんたは私みたいなモブ、眼中にもなかったわよね?なのに……今はこんな無様な格好でおまんこ晒してさ、ホントいい気味」
「……!?」
「高科さん?」

 高科と呼ばれている、恐らく20代前半であろうスタッフは、訝しむ管理官に「あ、私人間時代のこれを知っているんです」と衝撃の事実を告げる。
「えっ!?」と思わず声を上げてしまった72番は、すかさず懲罰の電撃を与えられた。

 ……気のせいだろうか、電撃が乳首やクリトリスにも走って……とんでもない痛みが駆け抜けた気がする。

「っぐああぁぁっ!!ごっ、ご指導ありがとうございますっ!!」
「あはっ、こんな事をされても感謝するしか無いんだもんねぇ、今のあんたは!」
「高科さん、一体どう言うこと?」
「……私、子供の頃にバレエを習ってたんです。本気でプロを目指してたんですよ、これでも」
「ああ、だから高科さんはスタイルがいいのねぇ」
「結構身体も柔らかいんですよ?…………でも、これが人間面して同じ教室でバレエを習っていたせいで、私はいつも二番だったんですよね」

(!!思い出した……高科……美月ちゃんだ!)

 彼女の言葉で、ようやく72番は遠い記憶に彼女の面影を見出す。
 そう、あの頃の彼女はすらっと背が高くて、ちょっと気が強くて、冷たい感じの美人という印象だった。

 かつて、72番は地元のバレエ教室でバレエを習っていた。
 その実力は幼少期から高く評価されていて……そう、二等種として全てを奪われなければ、いずれは留学して世界で活躍できるプロを目指すつもりだったのだ。

 そして目の前でニヤニヤと笑う女性は、72番の確か4学年上だったか。当時72番が通っていた教室でトップクラスの実力者だった。
 ……それも、72番がバレエ教室に通い始め、その非凡な才覚を花開かせるまでの話なのだが。

「まさかあんたが二等種だっただなんてね。ああ、私も今日初めて知ったのよ?スーツケースを開けてびっくりしたわぁ……ほんっと、あんたの実力に嫉妬していた私がバカみたい」
「…………人間様……」
「あんたのせいで私は自分に才能が無いって落ち込んで、悩んで、いっぱい泣いて……結局バレエを止めて……夢を諦めてしまったのに……!」
「っ……」
「二等種の分際で、よくも人間様の心を、夢を手折ったわよね?私だけじゃない、あの教室にいた子達は何人も、あんたのせいで!…………ねぇ、人間様の人生を狂わせた罰は受けなきゃダメだと思わない?」
「……!!」

「ちょっと高科さん、そのくらいで」と窘める年配の女性スタッフの声も、別の意味で真実を知ってしまったばかりの、復讐に燃える彼女には届かない。
 だから彼女は……高科は、更なる絶望を72番に与えてしまう。

「私ね、あんたの名前を知っているんだ、当たり前だけどさ」
「高科さん!!」
「別に問題ないですよね?だって、これの名前はもう奪われているんだし、捕獲されて3年経てばどうやったって名前は取り戻せないって習いましたから」
「そう言う問題じゃ無いのよ!あなた、それはっ……」

(名前……?)

 変なことを、と72番は心の中で首を傾げる。
 名前なんて自分も知っている。私は管理番号499F072だ、いくら何でも自分の名前を忘れる事なんてない。
 そんな気持ちが顔に出ていたのだろう「あ、ホントに管理番号を名前だと思ってるんだ」と高科はケラケラと勝ち誇ったように笑い声を上げた。

(名前だと思っている……どういう、こと……?)

「管理番号は名前じゃないのよ」
「…………え…………?」
「あんたが両親から貰った本当の名前は、魔法抵抗力を完全にゼロに……あんたの守りを全て丸裸にするために、捕獲時に既に奪われているの」
「!!」
「まさか管理番号が名前だと、あんたを守ってくれるとでも本気で思っていたの?そんなわけ無いじゃない、管理番号なんて人間様の都合で簡単に書き換えられるのにさぁ!」

(そん、な……!)

 あまりのショックに、頭が追いついていかない。
 世界が鼓動を止めて、まるで静止画となった薄っぺらい世界に放り出されたようだ。

 けれど、そんな鈍い頭でもこれだけは理解できた。

(待って、それじゃ……二等種は名前が無いんじゃない……名前すら、二等種に「する」ために奪われたってこと……!?)

 遠い昔に初等教育校で、名前というのは災厄から身を守る原初の、そして最大の加護であり、誰にも奪われることの無いものだと習った記憶がある。
 けれど、私には名前が無い。生まれたときから、そう「ずっと名前が無い」と「知っている」……筈だ。

 だからこそ管理番号が私の守りで。
 この番号こそが自分を守ってくれるのだと、ずっと信じていた。



 ……一体いつから、私はこの番号を、名前だと思っていた?



(本当の、名前……分からない、私は本当は何ていう名前だったの……?)

 取り戻さなければ、私の名前を。
 本能的に72番は頭をフル回転させ、忘れていた名前の欠片を必死で探し始める。

 けれど、いくら探した所で、72番の中からは手がかりすら見つからない。
 二等種の脳に刻まれた記憶は、両親や友達に名前を呼ばれた過去は、その全てが真実の名前から管理番号に置き換わっているのだから。

(なんで……なんで、思い出せないのよぉっ!?)

 半狂乱になりながらも必死で思い出そうとする試みを止めない72番を、高科は「無駄よ」と鼻で笑う。

「二等種として捕獲された瞬間に、あんたの名前はもう奪われているの。誰かに教えて貰いでもしない限り、取り戻すことはできない」
「!!」
「ま、奪われてから3年も経てば、例え教えて貰ってももう取り戻せないんだけどね。……実験、してあげよっか」
「ちょっと高科さん、止めなさいそれ以上はっ!」

 72番の股間に陣取り、次の処置の準備をしていた管理官の顔がさっと青くなる。
 いけない、それ以上は決して口にしてはいけない……そう諫めようとするも、時既に遅し。


「72番、あんたの本当の名前はね」

「■■■■■■■って言うのよ」


(…………え……?)

 彼女の口から放たれたのは、72番がかつて人間だった頃の名前。
 管理官も、年配のスタッフもその名前を聞いて「もう、バカッ……」「何てことを……!!」と恐れ慄いている。

 だが、72番はポカンと口を開けたまま固まっていた。
 いやそもそも身体は拘束魔法で固まったままだが、心まで固まってしまったようだ。


(え、今……人間様は何て言ったの……?)


 戸惑いを浮かべた72番に「なぁに?折角教えてあげたんだからお礼くらい言いなさいよ」と高科はニヤニヤと嘲りを含んだ笑顔を向ける。

「あ、もしかして聞こえなかった?ったく、二等種ってのはどこまでバカなの?いい?あなたの名前は■■■■■■■、分かった?■■■■ ■■■よ、■■■ちゃん」
「…………ぁ…………あぁ……っ!!」

 確かに、彼女が名前を言っているのは分かる。
 けれど他の言葉は理解できるのに、名前の部分だけは何故か意味を持たないただの音にしか聞こえない。

(そんな……これじゃ、教えて貰っても絶対に分からない……取り戻せない……っ!!)

 愕然とした様子に「うわ、本当に分からなくなるように頭弄られちゃってるんだ!」と高科は部屋に響く高笑いをあげる。
 その姿は積年の恨みを晴らさんとばかりの執念に、そして願いが叶った事への暗い歓喜に満ちていた。

「分かったでしょ?あんたは二度と、自分の名前を取り戻せない。例え本当の名前を呼ばれてもそれを自分の名前と認識できない、人間らしい名前を新しく付けられても、管理番号以外を名前として認識できないようなポンコツ頭に変えられているのよ」
「ぁ……ぁ…………」
「ははっ、いいザマよ!!二等種のくせに、魔法が使えないくせに人間に擬態して散々人間様を傷つけてきたんだから!ま、もうその無様な身体じゃ人間に擬態することすらできないわよね!!そうなるように長年かけて加工されたんだから!!」
「…………ゃ…………ぁ……!」


(ああ)


(私は……身体だけじゃ無い、本当に元々普通の人間だったんだ)


 名前を持たず管理番号で呼ばれるのは、二等種だから当然だと思っていた。

 心身は元々人間と同じで、それを二等種らしく作り替えられたという事実は確かにショックだったけれど、そもそも自分は生まれながらの二等種なのだ。
 だから心身を加工するのは、人間様に害を与えないようにするための必要な処置だった……72番は事実を知ってからずっと無意識にそう思い込むことで、何とか精神を保とうとしていた。

 けれど彼女の言葉は、決定的な真実を72番に突きつけてしまう。
 そして……彼女の小さな努力を、粉々に砕いてしまうのだ。


(ただ、魔法が使えない……それだけで私達は人間から二等種に変えられたんだ……身体も、心も……そのために名前まで奪われて……!!)


 はらはらと涙が零れ、全身に懲罰電撃が走っても、最早その痛みすら絶望に叩き落とされた72番には感じられない。

 ぷつん、と頭の中で何かが切れて。
 ピーッと首の辺りで何かが鳴って。

「……うああ……ああああああぁぁ!!!」

 あらん限りの絶望の咆哮を上げて、目の前が真っ暗になって……

「っ、バイタルアラートです!精神崩壊の危険がありますっ!!」
「ああもう、ミダゾラム筋注して寝かせましょ!あと、畠田さん応援呼んで!医療資格持ちの管理官と……矯正局にも緊急連絡を!!」
「はいっ!」
「高科さん、業務命令よ。その場で直立したまま待機」
「……え?何を…………」

 ぐわんと真っ暗な世界が揺れて意識を手放す瞬間、遠くで人間様の切羽詰まった声が響いた。

 …………


「……ぉ…………」
「…………バイタルも問題なさそうですね……」
「ふぅ、良かった。流石に入荷個体をいきなり壊すのはヤバすぎるわよ……聞こえている?こちらの声が分かるなら瞬きをしなさい」
「ぁ……おぇ……」

 あれからどのくらいの時間が経ったのだろう。
 72番にとっては一瞬でしか無いが、恐らく自分は暫く薬で寝かされていたのだろうなと少しぼんやりした頭で目をパチパチしつつ、72番は状況を把握しようとする。

(なに……口に、何かが……吐きそう……)

 口が閉じられず、涎が口の脇から溢れている。
 正確には口の中に何かが詰め込まれ、両頬と頭に伸びたベルトで固定されているようだ。
 何度か嘔吐いていれば「喉を開くようにしなさい、口枷は訓練時以外着けたままだから今から慣れないと辛いわよ」と管理官の声が響いた。

 何故だろうか、さっきに比べてその声色は幾分柔らかい。
 ……というより、まるでこちらを刺激しないようにしているようにすら思える。

「叫んで喉を壊すとまずいからね、先に着けさせて貰ったわ。残りの拡張器具を装着するから天井の鏡でも眺めていなさい」
「おぁ……」

 叫ぶ。
 その言葉で72番は先ほどまでのやりとりを思い出す。

(……ああ、そうだった)

 二等種は、かつてはただ魔法が使えないただの人間だったものを、人間様が二等種と定めた規格に沿って作り替えたモノ。
 その事実を知った自分は取り乱し……恐らく何らかの治療を受けたのだろう。

 先ほどまで頭の中で荒れ狂っていた恐怖と絶望は、決して無くなってはいないが随分と形がぼやけている。
 まるで思考に何枚かヴェールをかけられたようだ。

「一応ね、補足しておいてあげるわ。普段は二等種になんてこんな事は話さないんだけど、今回は事故みたいなものだし」

 カチャカチャと器具の音がする中、静かな部屋に管理官の声が響く。

「二等種の定義は、世界共通で12歳到達段階で魔法が一切使えない人型の個体なの。確かににあんたは人間として生まれ、人間としての体と心を持っていた。けれど二等種ではあったのよ、生まれたときから潜在的にね」
「うぁ…………」
「魔法が使えない人間、というのはこの世に存在しないの。魔法が使えない段階でそれは人間では無く二等種。そして、人類に有害な化け物を無害化するため、私達人間はあらゆる手段を講じている……それだけよ」

(分からない…………もう、何でもいい……)

 管理官の言葉も、72番の頭を上滑りして溢れていくのみ。
 もはやそんな定義に興味は無い。ただ、静かな絶望だけが、もはや絶望という言葉すらぬるい、得体の知れない暗闇が72番の全てを飲み込んでいく。

 早くこの時間が終わって欲しい。
 処置が終わったからと言って元の保管庫に戻れるわけでは無いけれど、今はせめて一人になりたい。
 今更何を知ったところで、自分は正真正銘の二等種で、かつ性処理玩具となる運命である事に変わりは無い。今までも、そして……これからも。
 そもそもこんなに無様に変えられた身体じゃ、心じゃ、生涯人間様の慈悲無しには生きていけないのだから……

 暫くぼんやりした頭に揺蕩う思考を眺めていた72番は、しかし「じゃ、始めましょ」との管理官の言葉と同時に鏡の中で存在を放った物体に、一気に意識を取り戻し目を見張ることになる。

(え……ちょっと、何それ!?)

 台の上にどでんと置かれているのは、黒い棒のようなものだ。
 先端は少しだけ細く丸くなっており、良く見ると表面にはいくつもの突起が付いている。

 そう、それだけならある意味見慣れた……見るどころか随分お世話になったディルドと大して変わらない。
 ただそのサイズがあまりにも馬鹿げているだけで。

(…………まさか)

 ようやく落ち着きを取り戻したばかりの心臓が、また早鐘を打ち始める。
 息が荒くなった72番に「あー……こりゃ説明無しでは無理か」と管理官がため息交じりの呟きを漏らした。

「普通は明日作業用品がやることだけど……まぁ、今回はこちらのやらかしでもあるしね。悪いけど畠田さん、ざっくりと拡張器具の説明をしてくれる?私は挿入作業を進めるから」
「あ、はい」

 畠田と呼ばれた年配の女性が、枕元にやってきて「仕方ないわね、壊れても困るし」と冷たく72番を見下ろす。
 ……そう言えば彼女の……高科の姿が見えない。この作業は二人だけで行うのだろうか。

「今から全ての穴に、拡張器具を挿入するわよ。性処理用品の穴は全て、使用時以外はいつでも使えるよう拡張して塞いでおくのが基本だからね」

 そう言うと、畠田は滅菌バッグに包まれているディルドを目の前にかざした。
 良く見るとディルドの底面には「SS-S」と記号が刻印されている。

「これは膣用の器具ね。拡張器具の初回サイズは、これまでの自慰データから算出済み。二等種の自己申告なんてのは当てにならないからねぇ。あんたの場合膣に関しては未使用だから、このサイズ。太さ3センチ、長さ12センチ」
「!?」
「何を驚いているの?本来未使用ならこれより一段階太い物を使用するのよ。今回は余計な精神負荷をかけないために、一晩だけ最小サイズでの慣らしを許可されたの。人間様の慈悲をありがたく思いなさい」

(ええええ!?待って、それが最小サイズ!?そっ、そんなの入らない……っ!!)

 目の前にかざされたディルドは、確かに運動場で見た二等種のオス達のペニスよりは一回りから二回り小さい。けれど、今まで指一本すら入れたことの無い膣に入るようなサイズとはとても思えない大きさだ。

「筋弛緩剤と表面麻酔を使用するから、挿入は辛くないわよ。まぁ、1時間もすれば薬の効果は切れるから……その後は頑張って我慢しなさい」
「んぉぉっ……!!」

 まだその大きさに衝撃は覚めやらぬというのに、股間の方から声がするや否や初めての感覚が72番を襲った。
 思わず身体を強張らせれば「まだ指一本よ?ほら、力を抜く」と太ももを鞭で打たれる。

(そんなこと言われたって……怖いよう……何か、変な感じ……)

 お尻とは違う、大切なところに何かが侵入している違和感。
 大量に投与された鎮静剤のお陰で随分薄らいでいるとは言え、破瓜の恐怖は消えるものではない。
 とは言え、大量に滴り床を汚し続ける分泌液と長年にわたる肉体の加工、さらに筋弛緩剤により伸びやすくなっている蜜壺は易々と異物の侵入を許し、更に朝から絶頂を制限されているせいだろう、初めてだというのに美味しそうに管理官の指を締め付け、絡みつき、しゃぶっている。

「流石に処女だけあって締め付けは良いわね。……まぁ穴の圧はどれだけ拡張されても一定以上を保つようにしっかりコントロールされるから安心なさいな」

 管理官の言葉に、それは一体何を安心すればいいのだろう、と疑問を顔に浮かべれば「ゆるゆるのガバガバになった穴じゃ、用を為さないでしょ?人間様が気持ちよくなれない穴になったら即処分されるんだから」と畠田が補足を入れる。
 そして処分、と言う言葉にさっと青ざめた72番を慌てて宥めるように「そうならないように仕上げてくれるわよ」と付け加えるのだ。

「ちゃんと平均耐用年数まで末永く快適に使える穴になるように、ね。性処理用品なんだから嬉しいでしょ?」
「……ぁぃ……」
「そう、それでいいのよ」

 ずるり、と白い粘液を纏った指が引き抜かれ、拡張用のディルドがほんのり口を開けた蜜壺に添えられる。
 そうしてぐっと管理官が力を入れれば、ディルドはさしたる抵抗もなく根本までずっぽりと胎内に入ってしまった。

「んぅ……!」
「ほら、痛くなかったでしょ?……あ、処女膜が切れているのは止血して治癒しておくから気にしなくていいわよ」
「ぉ……」

(ああ…………)

 管理官の言うとおり、経験の無いところが拡げられている圧迫感こそあれ、痛みは全く無い。
 処女膜が切れた感触すら伝わってこなかったくらいだ。人間様の手つきは丁寧で――それは人ではなくモノに対しての手つきだけれど――先ほどの事もあるからだろう、壊さないように扱われているのをひしひしと感じる。

 けれど、何故だろう。
 今自分は何か大切なものを失ってしまった、そんな気持ちに襲われるのだ。

(……私も、知りたかったな)

 ふと72番の心に過るのは、二等種には決して許されない、恋愛という概念。
 好きな人と愛を育んで身体を重ねる幸せは、ただの穴として、欲望の捌け口として使われるだけの性処理用品には生涯縁の無いものだ。

(もう、全部諦めたと思っていたのに)

 自分は二等種、ただのモノ。
 そしてこれから性処理用品として人間様のお役に立つ穴に変えられる素材。

 分かっていても、幼い頃に憧れた恋愛や結婚という言葉は思った以上に手放せなくて。
 だからこそ自分はずっとここを……既に二等種として変えられた、慎みを忘れ欲望を垂れ流し続ける泥濘を守り続けていたのだと、72番は失って初めて気付く。

(……さよなら、私の憧れ)

 たった一度で良いから、好きな人と肌を重ねたかった。

 …………諦念の涙が一筋、涎と共に作業台に滴り落ちた。


 …………


「膣は問題なし、と……あと二つね」

 仮固定用の薄いシールドを膣の入り口に貼付し、管理官は手袋を交換する。
 その間に畠田は次の拡張器具を取りだした。

「これが尿道用の拡張器具。てかいくら二等種だからって処女で尿道をここまでガバガバにしているメスなんて見たことが無いわよ!最初から16ミリの拡張器具だなんて……管理官、これもしかして小指くらいなら」
「入るわよ、ほら」
「んおぉぉぉ……!!」

(うあぁっ、なにこれ!ブジーやバイブと全然違う!!中で押して、んあっ、気持ちいいぃっ!!)

 管理官の手袋に包まれた細い指が、あり得ない穴に沈んでいく。
 そのまま中でリズミカルにくい、くいと押し上げられれば、鋭い快感が頭の中を駆け抜け、腰が砕けてしまいそうだ。
「ね、感度も十分すぎるわよ」とあっさり引き抜かれてしまったのが惜しくて、72番は思わず「んうぅ……」と物欲しそうな声を上げてしまう。

「とんだ淫乱ねぇ。ま、尿道がここまで使える個体はさほど多くないから、そう言う意味では重宝するんじゃない?」
「膣を使えなければ意味が無いですけどね」
「それはそうねぇ」

 既に尿道は出荷基準を満たしてるから、その分楽じゃない?と言いつつ、管理官は手にした太さ16ミリのプラグを尿道に差し込む。
 二等種の尿道は盲端となっていて、少々雑にピストンをしても大丈夫なようは加工されているけれど、あまり無茶をすると膀胱が破裂してしまう。実際、年に数体はレンタル先で膀胱を破裂させて修理対象になってしまい、多額の弁償金を支払う羽目になる人間がいるのだし他の穴よりも殊更慎重に扱う必要がある。

 きっとこの穴は喜ばれるわよと言いつつこちらにも仮固定のシールドを貼付し、管理官は最後に残ったディルドに手をかけた。
 思わず「よいしょ」と声が出るくらいには、重量感のある拡張ディルドである。
 はっきりとは見えないがどうやら真ん中には2センチくらいの穴が開いているらしい。

「ひっ…………」

 途端に72番が息を呑む。
 それはそうだろう、このディルドはどう見たって人の身体に入れるには常軌を逸しているから。

「……ま、良くここまで育てたわねと褒めるべきかしら」
「変態極まりないですねと嗤う所かも知れませんよ」

 ため息をつく管理官を茶化しながら、畠田もまた滅菌バッグに入ったままの同じ規格のディルドを72番に見せる。
 何も怯える必要は無いでしょ?と苦笑しながら。

「お尻は随分拡げて遊んでいたじゃ無いの。最後に使っていたサイズはL-Lでしょ?ああ、規格で言っても分からないか……太さ5センチ、長さ18センチのディルドだなんて、膣にだってそうそう挿れないわよ?まして肛門だなんてね」
「んぉぉ……」
「これは太さ5.5センチ、長さは24センチ。ほら、ちょっと大きいくらいじゃない?第一製品になったらもっと大きなものにだってご奉仕するのよ、このくらいでビビってどうするの」

(それは!そうかもしれないけどっ!!いくら何でもそんなの、いきなり入らないよぉ……!!)

 首が動かせたなら、きっと自分は必死で首を振って懇願しただろう。
 だって鏡に映る股間に陣取った管理官は、明らかにこのおかしな大きさのディルドを慣らしも無しに突っ込もうとしているのだから。

 せめて細めのディルドで慣らしてからにして欲しいと目で訴えれば「何のために弛緩剤を打ったと思うの?」と呆れつつ、管理官はぐっと潤滑剤に塗れた極太ディルドをすっかり縦に割れた入口に押しつけてくる。

「ほら、何の抵抗もなく入るわよ?大体人間様に慣らしなんて余計な手間を取らせちゃだめなのよ、性処理用品は。いついかなる時でも命令されればすぐに極上の穴を提供する、それ以外にあんたたちの存在意義なんてないのだから」
「んごおぉっ!!」

 ぐぽっと身体の奥の方で音がした気がする。
 これは知っている、時々ディルドが奥に入りすぎたときになる、とてつもなく気持ちよくて、涙と涎が止まらなくなってしまうやつだ。

「んほおぉぉっ!!……おぉぉ…………」と目を上転しながら濁った呻き声をあげる72番に「これもさっさと慣れなさいね、この状態でも人間様に奉仕できなければならないのだから」と管理官は容赦なくあり得ない大きさのディルドを腹の中にずるずると送り込んでいく。
 奥にはS状結腸があって挿入にはちょっとしたコツがいるのだが、その辺はしっかり訓練を積んでいるのだろう。管理官は72番に大した痛みも与えず、初めての場所までディルドをしっかりと送り込んでいった。

「大腸は現時点で直径6センチあるから、このくらいは余裕でしょう?ちゃんと内臓まで拡張してもらいなさいね」
「ぁ……ぁがっ……!!」

(きついっ……きもちいい……なに、分かんないこれ……!!)

 決して暴いてはいけないところを拡げたままにされる。
 こんな状態では一ミリも動ける気がしない、だというのに管理官は「じゃ、施錠しましょ」と股間の形に合わせて湾曲した黒いプレートを手にした。

「位置を合わせて、っと……ほら、出てこないようにしっかり締めて」
「ひぎっ!!……ふぐぅ…………」

 プレートには3カ所、尿道部分には5ミリの、膣と肛門の部分には3センチの穴が開いている。
 管理官はそれぞれの穴にディルドの根本から飛び出た突起をカチリと接続し、思い切り股間に押しつけ何かを唱えた。

 手を離せば、プレートはまるで外性器と一体化したかのようにぴったりと、クリトリスの下から肛門までを綺麗に覆っている。魔法によって外陰部に吸着させたのだろう。
 肛門部分からはディルドの根本が2センチほどはみ出ていて、そこに片側が釣り針の用に湾曲した金属の棒……アナルフックを差し込めば、カチッとロックのかかる音がした。

 骨盤の形に添ってしっかりフィットするフックは、明らかに入荷段階のデータで72番向けに作られたものだと分かる。何せこれから生涯にわたり未使用時には装着したままになるのだ、いくら頑丈にできている二等種とは言え、わざわざ身体に合わない装具で傷つける必要は無いということか。
 フックの湾曲した下部には穴が開いている。逆止弁の付いたこの穴は、拡張を行いながら各種薬剤や浣腸液を腸内に注入できる様に作られているのだ。

「あ、無理矢理息んで出そうとか考えない方が良いわよ」と管理官は注意しつつ、72番の拘束魔法を解く。

「そう言うバカなことを考える二等種は、クリトリスのリングにその穴に入っている全てのディルドと同じ重量の錘をぶら下げるから。魔法を使えば、その馬鹿でかいクリトリスと変わらないサイズでそのくらいの重さの錘は作れるのよ。……いくら二等種として頑丈に作られていても、クリトリスの強度じゃ流石にちぎれちゃうかもねぇ?」
「ひぃっ……」

 そのまま床に四つん這いの姿勢を取らせ、アナルフックの根本と首輪のリングを金属の鎖で緩み無く繋ぎ止めれば、引っ張られて中の位置が変わったのだろう、良いところを抉って「んおぉっ!!」と72番が目を見開いた。

(いやぁぁっ……重いよう……苦しいよう…………でも気持ちいいの、もう訳がわかんない……!)

 ……凄まじい異物感と、お腹の重みを感じる。膣はともかく、肛門に入れられたディルドを思えば重さを感じるのも無理は無いだろう。
 今は感じないけれど、きっと薬が切れれば二つの穴の痛みや、筋肉の締め付けによる圧迫感が増す筈だ。

 それはとてもこれまで育てた快楽だけで補いきれるものでは無い。
 ただじっとしているだけでも全身から汗が噴き出て、呼吸も浅くなってしまう。正直もうここから一歩も動けそうな気がしない。

「うぁぁっ……んぁ……はぁっ、ふぐぅっはぁっ…………!」
「あーあー涎も愛液もびしょびしょじゃない。後で素体使って掃除しないとだめねえ」

 ガタガタと音がしそうな程全身を震わせ、涙目ではぁはぁと喘ぐ72番に「ま、初日だからこんなもんよね」と管理官はタブレットを手に取った。

「拡張は24時間、性処理用品として穴を使用しない限りずっとつけたままよ。さっさと慣れた方が身のためね。……まぁ、慣れるものかどうかは私には分からないけど」
「二等種だから慣れるんじゃないですか?製品はあんなに幸せそうな顔をしてますし、むしろ悦んでいるとしか」
「ふふ、まぁそうねぇ」

 意味深な笑顔を見せつつ、管理官は「これは……先に肛門拡張を終わらせてから膣ね……」とタブレットに何かを書き込んでいるようだ。

(……お願い……早く、横にならせて……)

 四つん這いだから、きっと立ったり座ったりしているよりはずっと身体は楽な筈。
 それでも初めての拡張による苦しさと、立て続けに行われた処置の疲れも相まって、既に72番の心身は限界を超えていた。
 そんな様子に「一応ミダゾラム追加用意しておこっか」と管理官は呟きながら「じゃ、最後のチェックね」と72番にその体勢を保つように指示した。

「んぉ……」
「ええ、これで最後よ?だから姿勢を崩さないように。……本当は基本姿勢を取らせた上でやりたいんだけどねぇ」
「管理官、それは本格的に壊れかねないです」
「やっぱり?……じゃ、始めるわよ、通電検査」
「ぇ」


 まって。
 今、通電検査って、言わなかった?


 その言葉の意味を理解する暇すら管理官は与えず――これはせめて恐怖する時間を減らそうと言う、管理官なりの慈悲だったのかも知れない――タブレットのボタンを押す。
 途端に

 バチッ!!

「が…………は……っ……んごおおおおぉっっ!!」

 静電気の何倍もの弾けるような音と、今日一番の惨たらしい咆哮が72番の口から上がった。

「おーおー、凄い声。ケダモノって言葉がぴったりね」
「喧しいですねぇ……これでも無駄吠えしないように躾けるんでしょう?」
「当然よ、懲罰の度にこんな声で叫ばれてみなさい?変態ならともかく、一般の人間様は一瞬で萎えちゃうわよ」

(痛い!!痛いよう!!人間様お願いします、止めてっ、止めて下さい!!)

 それは、懲罰電撃だった。
 ……いや、正確にはこれまでの懲罰電撃とは全く別物だった。

 まず、威力が違う。
 浴び慣れた懲罰電撃の痛みは、身体がもう覚えてしまっている。
 一瞬動きが止まってしまうほど首と腕が痛くて、痺れも走って、それでも何とか笑顔で「ご指導ありがとうございます!」と人間様に感謝を伝えること位は何年もかけてできるようにさせられた痛みだ。

 今、連続して浴びせられ続けている電撃は、そんな柔なレベルでは無い。
 一瞬にして全身がバラバラになってしまいそうな、感じたことも無い鋭い痛みと痺れが72番を襲う。
 まるで大昔に見た、電気がビリビリして骨が見えるアニメの表現みたいだ、なんて現実逃避を決め込もうとした頭はやけに冷静な突っ込みをしていたけれど、そんなもので紛れるような苦痛では無い。

 それに、何より……そう、電撃の範囲が全身なのだ。

(首と、手首と、足首と……乳首も、いだいいっ!!クリトリスもっ……!?やめて、壊れるっ!!私が壊れちゃう!!)

 首輪に枷、乳首とクリトリスに穿たれた太いピアス。そして痛覚神経が少ないためか、むしろクリトリスの痛みが強すぎるせいか気付けないものの、穴を拡張する3つの器具からも電撃が放たれる。

「……全部通電できているわね。いい?今後懲罰の時はこの電撃が流されるわ。痛い思いをしたくなければ、しっかり作業用品に従って加工されなさいな」
「んごおぉぉぉ……っ!!」
「ほら、聞いてるの?ちゃんと返事するまで止めないわよ?」
「ぐぎっ……うあぁぁっ、あがあぁぁっ!!」

(聞いてます!返事してますっ!!だから止めてえぇぇっ!!)

 何度も、何度も不自由な口で返事を叫ぶ。
 しかしそんなものは返事とは認めないと言わんばかりに、管理官は電撃を流す手を止めない。
「ぁ……うぁぁ………………ぁ……」
「これが限界、ね。35秒、まぁまぁかしら」
「…………ぁ……?」
「ああ、あんたが壊れない最大秒数よ。今後の懲罰電撃は全てこれになるから、覚悟しておきなさい」
「!!……ぁ…………あぁぁ……っ!!」

 人間様は、二等種を壊さない。
 だが、壊さないかぎりはどんな非人道的な仕打ちも躊躇わない。
 そして人間様の預かり知らぬところで勝手に壊れる分には問題としない――

 幼体の頃から一貫して貫かれるその仕打ちを、72番は改めて突きつけられる。

 そう、壊されない……命だけは奪われないから大丈夫だと思っていた。
 けれどそれは裏を返せば「死なない以外のことは全てやる」ということで。

(……性処理用品になったのは……もしかして……私)

 ちらりと過るのは、数刻前に痛みで吹き飛ばされた不安。

(私は……とんでもない選択をしてしまったのかも知れない……)

 今更ながら己の選択を後悔する気持ちが湧いてくる。
 けれど、既に証は……ただの二等種では無い、性処理用品であることを示す4つの枷と3つの楔は穿たれてしまった。

 つまり72番に、後戻りするという選択は永久に与えられない。

(……これから私、どうなっちゃうの……?)

 本当に自分は、あの動画のように幸せな性処理用品になれるのか。
 実は動画も嘘だったんじゃ無いのか……
 いや、でも人間様が嘘をつくはずは無い。無いけど……嘘はつかなくても知らせないことはあるじゃないか。
 ……けど嘘はつかないなら、少なくともあの二等種達の幸せそうな姿は本物で……

 不安と、期待と、困惑と。
 あらゆる感情の渦に巻き込まれた72番に、管理官は「これで終わりよ」とようやくここでの処置が終わったことを告げ、保管庫への輸送を作業用品に指示するのだった。


 …………


「にしても、毎回思いますけどあの懲罰電撃……あんなモノを毎回食らったら直ぐに狂っちゃいそう」
「狂うわよ」
「へっ?」

「その場所から一歩も動かずに待機よ」と、クリトリスのリングと床に固定されていた金具とを短い鎖がピンと張るように繋ぎ、四つん這いの72番に待機を命じた管理官とスタッフは、処置室の監視をAIに任せて調教管理部のラウンジに戻っていた。
 夜勤に入った途端に発生した入荷個体の処置のお陰で、すっかり晩ご飯を食べ損ねちゃったわねと、二人はラウンジに常備してあるカップ麺を啜っている。
 思わぬアクシデントのお陰で肝を冷やしたけれども、何とか壊さずに事前処置を終えられた安堵感は、こんな安物のカップ麺すら美味に感じさせてくれるようだ。

「えと、管理官?狂うってどういう……?」

 戸惑いがちに畠田が管理官に尋ねれば「だからアレは、初回限りなの」と管理官は眼鏡を曇らせながらカップ麺をふぅふぅと冷ましている。

「流石にね、毎回あんな肉体の限界レベルの懲罰を与えるわけには行かないわよ。調教初期の懲罰回数は一日平均二桁を超えるんだし。……だから、実際の懲罰はもっと電撃強度を下げるの」
「ええ、下げちゃうんですか?」
「ま、下げてもあれらには変わりが無いからなんだけどね」

 二等種に与える電撃に関しても、矯正局では細かいレベルと使用規定を定めている。
 幼体から成体、そして性処理用品へと加工するにつれて、その強度は段階的に引き上げられる。だから、これからあの二等種が受けるであろう懲罰電撃はこれまでよりは強いものになっている。

 実際には、これまでよりは一段階高く、今日の懲罰電撃より二段階低い電撃。
 だが、二等種の記憶に深く刻み込まれた痛み故に、実際には弱められた電撃にすら、脳は勝手に今日の痛みの記憶を本物の「痛み」として使ってしまうのである。

「二等種は確かに有害だけどね、性処理用品として入荷するまで加工した二等種は、少なくとも貴重な素材ではあるから。……だから私達調教管理部は、絶対に素材を壊してはいけないのよ」
「ええ。ここまで加工したコストを回収できなくなりますものね」

 だというのに、と管理官はため息をつく。
 ……なかなか有能な若者だったのに、実に残念ねと箸を止めて呟く視線の先に表示されているのは矯正局からの通知だ。
 どうやら管理官は猫舌らしい。麺がのびるよりも快適な温度で食べられることを選んだようだ。

「……本当にバカなことを。新人研修で習ったでしょうに、どの段階に於いても二等種に本当の名前を教えることは重要な内規違反だって」
「確か……事故で知られた場合でも関係者全員始末書沙汰ですよね。二等種に何の影響も与えなくても、下手したら懲戒解雇だって……」
「そうよ。何せ二等種が名前を取り戻すだなんて事態になったら大変だから」

 幾重にも講じられた対策により、過去数百年に渡り二等種、特に名前を剥奪して3年が経過した個体が名前を取り戻した例はない。
 だが、万が一と言うこともある。これまでは確認されていないだけで、何らかの条件が揃えば、聞かされた名前を己の名前と認識できてしまう可能性はゼロでは無い。
 だから、まだ名前を取り戻す可能性が残っている個体を取り扱う幼体管理部のみならず、矯正局に所属する全ての職員は、例え偶然二等種の本当の名前を知り得たとしても絶対に知らせてはならないと厳格に定められている。

「あれは言い訳もできないわよ。処置の内容は全て監視カメラに収められているし、どう見ても意図的に……二等種をあわよくば壊そうとして名前を告げたとしか見えないもの」
「ですね。名前を告げた、二等種を壊そうとした……二つも重大違反を犯されちゃ、もう庇いようがありません」
「下手に庇えばこちらに監督責任も飛んでくるわよ。……ま、上司として始末書くらいは書かなきゃダメでしょうね、私も」

 あの子は……いや、あれはまだ若い。
 きっと「堕とされ」た後は、あれが蔑んだかつてのライバルと同じように仕上げられるに違いない。
 ……そう、少なくとも2ヶ月後に自分達は、今日と同じ処置を行うことになる。

「……ホント、バカな子……」

 伸びきった麺を食べ終えた管理官は、少しだけ残念そうに呟き、しかし直ぐに気持ちを切り替えてタブレットを携えモニタールームに戻る。
 チカチカと光る画面には、懲戒通知書が――元矯正局調教管理部スタッフ、高科美月の処罰内容が表示されていたのだった。


『――上記理由により、この通知書の発行時刻を持って高科美月を「二等種堕ち」処分とする』
『なお、上記個体の処分は既に執行済(人権剥奪済)であり、異議申し立ては認められない。保護区域9内受刑者管理棟に於いて2ヶ月の初期加工後、調教管理部へと出荷するものとする』

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