第6話 道は既に分かたれて
事前処置を終えた管理官達が遅い夕食にようやくありつけた頃、72番は処置室の隅でただ一人、四つん這いのまま息を荒げていた。
「ふぐぅっ……ううぅっ、おぇ…………」
(辛いよう……喉、気持ち悪いよう……お腹重いよう…………!)
「そのまま待機」と管理官に命じられて、一体どれくらいの時間が経ったのだろうか。
さっきから腕と足が痺れて、気を抜けばその場に崩れ落ちてしまいそうだ。
身体も心もたった数時間の間に限界まで疲弊してしまって、もう一刻も早く眠りたい……72番の中ではそれだけが鳴り響いていた。
(いつまで……このままですか、人間様……)
下手にその場から動けば、短い鎖で床に繋ぎ止められた女芯が引っ張られてしまうと思うと、とても姿勢を崩す気にはなれない。
第一人間様は「その場から一歩も動くな」と命じたのだ。手足を動かさなくても、伏せたことすら懲罰と認定されたら……
さっきの命の危険すら感じる懲罰電撃を思い出し(あんなの、もう嫌……!)と心の中で叫びつつ、72番はぶるりと身を震わせた。
(……志願なんて、するんじゃ無かった)
あれほど地上に出られる日を、人間様に快楽をいただける日を、そして人間様の食べ物を口にできる日を心待ちににしていたにもかかわらず、72番は初日にして既に自分の選択をちょっぴり後悔していた。
限界まで拡げられた胎は、そろそろ薬が切れてきたのだろう酷い圧迫感を訴えてくる。
穿たれた痛みは収まる気配も無く、胸から、クリトリスから、そしてこちらも薬が切れたのだろう蜜壺の入口から拍動に合わせたズキンとした痛みを送り込んでいた。
リングが揺れればそれだけでも耐え難い痛みが走るから、とにかく身体を動かさないようにするしかないのが辛い。
(こんな目に遭わされるって知ってたなら……志願なんてしなかった……)
何で教えてくれなかったのか、と72番は人間様の仕打ちを嘆く。
しかし、72番は気付いていない。
「誘導」フェーズで使われたコンテンツには、至る所に二等種の映像が使われている。そこには当然のごとく、オスメスを問わず乳首にあり得ない太さのリングを通し、腰を振る度に揺らしては気持ちいいと喘ぐ姿も、股間の大切なところに通されたリングに錘をぶら下げ、重力に引っ張られて変形しているというのに幸せそうに身体をヒクつかせる姿も映っていた事に。
――人の目は、見たいものしか映さない。
まして思慮という概念を奪われ、短絡的に己の欲望に忠実に生きることしかできない二等種の瞳が、己に都合の良い事実だけを盲目的に見つけて判断するのは致し方ないのかもしれない。
だが、既に賽は投げられた。
枷とピアス……ただの成体二等種と性処理用品を分かつ楔を穿たれた以上、72番に許されるのは性処理用品としてただの穴になる努力をすることだけである。
それは彼女も分かっている。分かっていてもどこかで甘い幼稚な考えが、現実を受け止めきれない――これは事故もあったから、一概に72番だけが悪いのでは無いが――逃避への誘惑が、彼女に囁きかける。
いつか だれかが たすけにきてくれるかも しれない
冷静に考えれば、そんなことはあり得ないと心の底から納得するだろう。
二等種は人では無く、ただのモノだ。今となってはその事実は単に法的なものだけでは無く、見た目も内部構造までも変えられてしまった肉体からだって裏付けられてしまう。
全ての人間は、二等種を嫌悪していると習った。
そして同じ二等種は人間様の性欲の捌け口として、そして憎悪のゴミ箱として壊れるまで使い潰されている。
――どう考えたって、この世に72番の味方はいない。
(それでも)
ああ、それでも。
心の中だけは自由なのだ。
確かに72番の思考経路はすっかり変えられてしまって、今や難しいことは理解できないし、植え付けられた渇望を満たすことが思考の目的となっているのは否めない。流石にここまで痛みと疲労に襲われればそんな気にもならないが。
それでも、思うことまで規制はされていない。これが二等種である自分に残された、唯一の、そして最後の権利。
だから、ポンコツのささやかな自由を、ありもしない夢に縋ることに使うことくらいは、許されたって良いじゃ無いか――
そう心の中で呟いていた時
ガチャリ
「!!」
「お、あれか。確か072……って四つん這いじゃ見えねぇな」
「ひっくり返すにも拘束されてるね。許可がいるかな」
お尻の向こうから扉が開く音が響き、見知らぬ男性の声がふたつ近づいてきた。
…………
(あ……人間様だ…………)
72番はホッと胸をなで下ろす。
ひっくり返すと言っていたから、ようやくこの体勢から逃れられるのだ。正直もう腕も足も痺れを通り越して痛みすら覚えていて、良くここまで耐えたよ自分、とそっと心の中で自分を褒める。
(お願いします……人間様、早く……)
心の中で72番は一刻も解放をねだる。
どんな状態でも人間様への会話は許可されないからだ。そもそも今は、この喉まで収まった口枷のせいで話すことすらできないが。
待機の命令がある以上、後ろを確認することもできない。
だから72番はその場でじっと息を殺したまま、どうにも変なところに当たって直ぐに嘔吐いてしまう口枷もできたら調整して欲しいなと甘い期待を抱きつつ、人間様がこの拘束を外してくれる瞬間を待っていた。
だが。
(…………あれ?)
直ぐに72番は奇妙な事実に気が付く。
(足音が、変……)
人間様はいつも靴を履いているから、歩けばコツコツという靴音が聞こえるはずなのだ。
だが、確かに声は近づいて来ているのに、聞こえるのはぺたぺたという……まるで、裸足で歩いているような……ある意味聞き慣れた音。
一体どう言うことだろうと思っていれば、目の前にふっと陰が落ちた。
(!!)
「……バイタルは問題……ない、とも言いがたいな。まぁ、気合いで保管庫まで動いてもらうか」
「随分消耗してるね、まぁいいや。『管理官様、72番の陰核拘束解放を申請します』…………ん、じゃあ外すか」
(裸足……!?しかも、これは……)
72番は戸惑いを覚える。
目の前に立ったその足は靴で覆われておらず、足首には鎖のようなタトゥーがぐるりと刻まれていたのだ。
カチャカチャと腰元で音がする。
ピンと張っていた股間の違和感が無くなったと思ったら「72番、その場で立て」と上から声が飛んできた。
「ぁ……」
(もしかして、人間様じゃない……?いや、そんな事が……)
ガクガクと足を震わせながら身体を起こせば「遅い」と声が聞こえるや否や尻にパシン!と衝撃が走る。
反射で「ご指導ありがとうございます!」と叫ぼうとして、うっかり喉の奥に差し込まれた口枷が触れてしまい、何度も嘔吐きながらようやく立ち上がれば「手は背中で組め」と更に命令を下された。
人間様では無くとも、従属を叩き込まれた身体は命令されるが否や勝手に動いてしまう。
言われたとおりに手を組みながら、改めて72番は目の前に立つ影を確認して……予想していたとはいえ驚愕に目を見開いた。
「……おぁ……!?」
「あー、詳しい説明は後な。手綱を繋ぐからじっとしていろ。……人間様相手で無くとも逃げようとすれば即懲罰、場合によっては処分だ、いいな?」
「ひっ……」
目の前に立つのは、自分と身長の変わらない草色の髪に深い紫の瞳を持つ、鋭い眼光の青年。
そして折角解放されたはずの女芯に再び鎖を取り付けているのは、薄い金髪に青い瞳の美しい青年。
……否、どちらも「オス」だった。
(え……まさか、二等種……?)
72番はそっと視線を落とす。
全裸に黒いベルトを巻き、運動場で見慣れたいきり立った剛直に隠れてはいるが、その下腹部には明らかに管理番号が刻まれている。
「はいはい、さっさと歩いてね」
「んぐぅっ!!」
目の前に立っていたオスは、72番のクリトリスから伸びる鎖を握りしめて前を、鎖を取り付けたオスは「もたもたしない、ほら」と72番の太ももや尻をぺしぺしと鞭で打ちながら後ろを歩く。
鎖を握るその手首も、足首と同じ模様の刻印がぐるりと取り囲んでいる。
そして……背を向けたオスの尻の上には、小さく「379M085」という管理番号らしき番号が、その下には腹部の管理番号よりも大きなフォントで×印が刻み込まれていて。
(一体、どういうこと?なんで二等種が……)
いや、そもそもこんなタトゥーの入った二等種など見たことが無い。
彼らは一体何者なのだろうか。そして、自分はこれからどこに連れて行かれるのか……
(ううう、もう訳が分からないよぉ……!)
思いもかけない事態に困惑しつつ、とにかくこれ以上辛いことがありませんようにと、痛みと圧迫感で悲鳴を上げる身体を引きずるようにしながら72番はのろのろとその不可思議な二等種達に牽引されるのだった。
…………
枷を付けられたのに、鎖をつけないのは何故だろうと思っていた。
だが歩き出して直ぐに72番はその理由を知る。
(……腕、動かない……)
そう言えばさっき、処置室から出る前に後ろのオスが「管理官様、72番の両腕拘束を申請します」と発言していた。
いつものように天井からは何も聞こえなかったが、暫くして「許可頂きありがとうございます」と言いつつピッと何かの音がした気がする。
多分、自分には分からないところで彼は人間様の許可を貰ったのだろう。そしてあの音は何かの道具で拘束魔法を発動させたに違いない、まるで腕全体が完全に石のように固まっているから。
にしても、それならどうして枷をつけたのだろうと不思議に思っていれば「俺たちはお前を自由に拘束できる」と前を歩くオスが振り返りもせずに話す。
そして「その枷は別に拘束のためだけじゃない」とも。
「拘束だけではない。俺たちにはお前ら性処理用品への懲罰も許可されている。ある程度までは人間様の許可も必要ない」
「……!」
「俺たちのことが疑問なのだろう?ここに来た素体は、皆同じ疑問を抱くからな。だが取り敢えずお前が知るべきは、俺たちは二等種だがお前より上位であると言うことだけだ」
「僕らは作業用品。人間様が性処理用品を調教するための道具だよ。……けれど君は性処理用品だから、僕らのことは『調教師様』って呼んでね。穴ごときに僕らの管理番号を呼ぶ権利はないからさ」
(作業用品……?調教師、様……!?)
二等種なのに上位とは一体、と疑問に気を取られたせいで、72番の歩みが遅くなる。
と、前を歩いていたオスが「さっさと歩け」とその手綱を思い切り引っ張った。
次の瞬間
バチッ!!バチバチッ!!!
「!!!」
聞き慣れた音と、目の前に星が散り真っ白になるほどの衝撃が、72番を襲う。
「うがっ……!!んごおおおぉっ!!うげぇぇっ、おぇっ……があぁぁっ!!!」
股間の前の方が――確認するまでも無い、これはクリトリスだ――まるで木っ端微塵になったかの様な耐えがたい激痛が走って、72番は思わずその場に崩れ落ちかけ……更に手綱を引かれてお替わりとばかりに放たれた電撃に濁った咆哮を上げた。
(痛いっ!痛い痛い痛い……止めて……っ……お願い、止めてえぇぇ!!)
敏感なところを引っ張られる痛みと、こんな所に浴びてはいけない……いや、そもそも肉体に浴びせてはいけない電撃の痛み。
痛みに身体を丸めたくても、後孔を引っ張り上げるアナルプラグは緩み無く首輪と繋がっているためそれも叶わない。
(助けてっ!止めてえぇぇ!!)
あまりの激痛に頭が真っ白になりながらも、72番は必死で前のオスの背中に懇願の眼差しを向ける。
だが、返ってきたのは無慈悲な答えと……暴虐だった。
「……さっさと立て。立つまで電撃は止まらない」
「首輪とクリトリスのリングはさ、一定以上の力で引かれると自動的に懲罰電撃が走るんだよね。ああ、もっと痛いのを楽しみたいならゆっくりしてていいよ?何なら鞭も加えてあげよっか」
「!!おおおぉ!!おぇんあぁぃっ!!」
「いやぁ、ペニスギャグを咥えてるんじゃ何言ってるか分かんないなぁ?……ほら、言葉じゃ無理なんだから行動で示そうね?」
「んぎぃぃ!!」
ひゅんっ、と空を切る音がしたと思えば、熱さすら感じる鋭い痛みが72番の背中に叩き込まれる。
それも一度や二度では無い。リズミカルに、何度も何度も、あっという間に背中の皮膚が裂け血が滲むほど……人間様の鞭とは比べものにならない強さで振り下ろされる鞭。
そして
「ふふっ、実に無様な声で啼くね。これは当たりかなぁ?ああ、いいよゆっくりで。その分目一杯泣き叫んで楽しませてね」
「うぎゃあぁぁぁっ!!おえぇぇっ!」
――まるで鼻歌でも歌いそうな雰囲気で、穏やかに微笑む、その表情。
それを見た瞬間、72番の頭の中で警鐘が鳴り響いた。
(いけない、このオスは、まずい!!)
これは さからっちゃいけない やつだ
72番の本能が全力で叫ぶ。
こいつに逆らうな、命令を聞け、直ぐに立て、直ぐに……!!
「ひっ……ぐぅぅっ……!」
「あ、もう立っちゃった。まぁいいや、まだまだ時間はあるもんね」
「…………そのくらいにしておけ。さっさと行くぞ」
「あぃ……」
鉛のように重い身体を叱咤して何とか立ち上がれば、金髪のオスはいたく残念そうな表情を浮かべる。
その様子に、72番はかつて人間様から教えられたことを思い出していた。
『二等種というのは実に残忍な種族なのです。人間のような慈悲を持たず、他者の痛みを悦びと感じ、息をするように人間を傷つけ、搾取し、壊していきます』
『もちろん人間の中にも同じような粗暴性を持つ者はいますが、彼らは理性でそれを制御し、何より罪悪感という感情を持ち合わせています。しかし、二等種にそんなものはありません。あなたたち二等種はそのまま長じれば、必ず笑いながら人を傷つけ、虐げ、壊すようになるのです……』
当時はそう言うものなのだろうと、すんなり受け入れていた。
しかし年月が経つにつれ、そして成体となった自分達二等種の様子を見るにつけ、本当にそんな素質があったのか?と72番の脳裏に疑問が走ったことは一度や二度では無い。
だって、人間様に教えられた二等種の姿と今の自分達は、あまりにもかけ離れていたから。
けれど
(ああ、人間様が教えて下さった通りだった……!)
まさにお手本のような「本来の二等種」を目の当たりにして、72番は確信する。確かにこれは、有害だと嫌悪され蔑まれても仕方が無いと。
そして……例え魔法が使えないだけの人間に見えても、潜在的にこんなものを抱えている二等種を人間と見做さない、人間様の方針は悲しいけれど正解であったと心の底から納得するのだ。
(……私達は確かに有害で、人間の世界にいてはいけないモノだった)
まるで幼子を諭すような口調で鞭を振り下ろしていた、後ろのオスの微笑みが脳裏にこびりついて離れない。
72番は今度こそ余計なことを考えるのを止め、二度とあの笑顔を見ないよう必死で足を運ぶのだった。
…………
処置室から渡り廊下を歩いた先には、いかにも物々しい出で立ちの扉があった。
オスが「管理官様、72番を保管庫に移します。解錠許可をお願いします」と声を出せば、程なくガチャリとロックの外れる音が響く。
「行くぞ」
「…………あぉ……」
扉をくぐれば直ぐにガシャンと重たい音を立てて閉まり、鍵がかかる。
扉の向こうもこちらも、同じ色の壁と床、同じ照明に照らされているはずなのに、ここは妙に空気が張り詰めているようだ。
扉が閉まったのを確認するや否や「お前がこの扉の向こうに戻ることは二度と無い」と前を歩くオスが相変わらず振り向きもせずに口を開いた。
「この扉は、俺たちも性処理用品の素体を入荷したときのみしか通ることを許されない。この扉の向こうは人間様の世界、こっちは二等種の世界だからな」
「ここは調教棟。性処理用品の素体の保管と調教、加工を行う場所だよ。君はこれから12週間かけて性処理用品の製品となるよう調教・加工され、人間様の検品後地上に出荷されるんだ」
(12週間……そんなに…………)
思った以上に、性処理用品になるまでの道のりは長いらしい。
「詳しいことは明日の見学で理解できるだろう」と突き当たりを左に曲がりドアを開ければ、そこには不思議な光景が広がっていた。
(……なに、これ……)
これまで収容されていた棟と変わらない廊下。
だが、本来保管庫の扉があるべき壁は何枚ものシャッターで覆われている。
空調以外の音が全く聞こえないのが、余計に不気味で仕方がない。
シャッターの高さは1メートルちょっとだろうか。幅も1メートルくらいに見える。
明らかに身長より低いシャッターの上部の壁には管理番号らしき7桁の英数字が書かれたプレートが嵌め込まれ、その右隣には「餌」「浣腸液」と書かれたホースが収納されていた。
「ここだ」
と、オスがあるシャッターの前で足を止める。
シャッターの上のプレートには「499F072」と72番の管理番号が刻印されていた。
その場にかがんだオスが「よっこいしょ……」とおっさん臭いかけ声をかけつつシャッターを上げる。
てっきりガラガラと喧しい音がするのかと思えば、シャッターはするりと静かに壁の中に吸い込まれ、保管庫の中を曝け出した。
「ぇ…………!?」
「腕の拘束を解く、そのまま中に入れ」
「…………っ」
(うそ、でしょ……!?これ、こんなの部屋じゃ無い!)
目の前に拡がった光景に、72番は思わず絶句した。
シャッターの向こうに現れたのは、前面が鉄格子になっている部屋だった。
――いや、これは部屋と呼ぶべきなのだろうか。
確かに前面の鉄格子以外は、床も壁も天井もこれまでと同じ白一色だ。
だが天井は鉄格子と同じ高さしかなく、どう考えても立つことは不可能だ。精々膝立ちくらいまでだろう。
そして何より72番を驚かせたのは、その狭さだ。恐らく大きさは約1畳、164㎝の72番がギリギリ大の字で寝られるくらいである。
中には、当然のようにタブレットもモニタも存在しない。餌皿すら無い。
強いて言うなら、部屋の中心の床から生えた主の繋がっていない――その主が誰かなんてもう言うまでも無い――鎖が入口の鉄格子に引っかけてあるだけ。
つまりこれは、本当の意味での「保管庫」なのだ。
成体となり、二等種らしい扱いにすると宣告されたあの保管庫ですら、確かに寝具も机も無かったけれどまだ生き物が住む部屋ではあった。
けれどこれは、中に入れられた二等種が立つことすら許さない……本当にただ二等種を置いておくだけのロッカーにしか見えない。
「あれ、入らないの?」と金髪のオスの優しい囁き声が耳をくすぐる。
瞬く間に先ほどまでの暴虐と笑顔を思い出し「ひぃぃっ!!」と飛び上がった72番は、慌てて開いた鉄格子の中に……案の定入口はこれまでの扉と同じ高さだ……四つん這いでよろよろと入って行った。
ガシャン、と後ろで扉が閉まり、更にカチリと鍵のかかる音がする。どうやら鉄格子の扉はオートロックのようだ、見た目によらずハイテクらしい。
「そのままじっとしていろ」とオスが外から引っかけてあった鎖の先端を、72番のクリトリスを穿ったリングに手際よく繋ぐ。
わざわざ引っ張って悲鳴をあげさせるのは、その鉄仮面の下で嗜虐を満たしているのか、それとも単に鎖の接続を確認しているのか、いまいち読み取れないのが余計に72番の不安を煽っていた。
「……施錠確認。72番、こっちを向いて膝立ちになれ。股間の鎖は引っかけないように気をつけろよ?ああ、身体はぴったり鉄格子につけろ、手は後ろだ」
「おぁ……」
言われたとおりの姿勢を取れば再び両腕が拘束され、さらにくんっと股間のリングが引っ張られて72番は思わず痛みに顔を顰める。
どうやら床から伸びていた鎖の長さを調整したらしい。手にしたリモコンのようなものをベルトに付いたポケットに収納すると「そのままで聞け」と緑髪のオスがいつの間にか用意されていたカートの中身を確認しつつ話し始める。
だが、72番の興味は明後日の方向に向いていて。
(37……ってことは、私より12歳も年上……え、30歳よね?全然歳を取ってない……!?)
ここでの管理について説明をする彼の管理番号を、72番はそっと確認する。
目の前のオスは379M085、そしてあの笑顔が眩しいイケメンオスは469M003だった。イケメンの方はともかく、目の前のオスは明らかにいい歳だというのに、まるで年齢を感じさせない。
(何なの?二等種って歳も取らないの……?)
確かにずっと若い見た目なのは悪い気はしないけど、とすっかり気を取られているうちに、話は終わったらしい。
まずかったかなと一瞬思うものの、特に懲罰も飛んでこないから、そこまで重要な話ではなかったのだろうと72番は勝手に判断することにした。
「…………というわけだ、今から一通り確認をする。……聞いていたか?」
「っ、あぃっ……!!」
「はぁ……まあ説明はしたからな」
そんな様子に緑髪のオスは(ありゃ全然聞いてないな)と嘆息しつつ「ミツ」と金髪のオスを呼んだ。
「ヤゴは優しいねえ、僕ならさっさと鞭を振り下ろしてるよ」と爽やかな笑顔で返すオスに(この人が話している時はちゃんと聞かないと)と改めて心に誓いつつ、しかし72番は信じられない光景にそろそろ頭がショートしそうである。
(ミツ、ヤゴって……え、名前!?二等種なのに名前を持ってる!!?)
「なんで!?」と口枷の存在を忘れて思わず叫んでしまったのも無理はない。だって、二等種に名前など存在しない、生まれ持った名前は二度と取り戻せないとさっき聞かされたばかりなのだから。
案の定、嘔吐きが止まらなくなる72番を、ヤゴと呼ばれた緑髪のオスは心底呆れた様子で眺めていた。
「んぇっ!……おぇぇっ……」
「……お前な、少しは学べ。慣れるまでは意識して喉を開かないと直ぐに嘔吐くぞ?で、用意は?」
「大丈夫、テスト用の餌の充填も完了してるよ。…………かしこまりました、管理官様。ヤゴ」
「ああ。何があったか知らないが随分恵まれているな、これは」
ヤゴの手が近づいてくる。
「口枷を取るぞ」と手慣れた手つきで拘束具のスナップを外し、ずるり、と72番の喉からペニスギャグを引き抜いた。
直径3センチ、長さ7センチのペニスギャグは、ここに来たばかりの素体が最初に装着する標準的なモデルだ。成体の朝の給餌用ノズルと同じサイズだが、絞扼反射、すなわち嘔吐きを起こす軟口蓋はしっかり刺激するから喉を開かせる訓練に留置するにはもってこいなのだ。
「おぇぇっ……!」と苦しそうな声もお構いなしに引き抜かれた口枷には、べっとりと唾液のような、けれどもっとねっとりした透明な粘液が絡んでいる。
「うぇ…………な、まえ……?」
「ん?ああそれが気になったのか。まずは舐めろ。お前が汚したんだ、綺麗にしないとな」
「……は、はい…………」
汚せば、綺麗にする。
成体となって数ヶ月、ひたすら床を汚しては恥ずかしい液体を舐めとり続けていたのだ、今更自分の唾液如きでは怯まない。
ぴちゃぴちゃと音を立てて口枷を舐める72番に「全体を舐めろ、優しくな」「先端を咥えろ、時々吸え」と指示を出しながら、ヤゴ……緑髪のオスは「通称みたいなもんだ」と先ほどの72番の問いに答えた。
基本的には禁じられているものの、人間様と違って作業用品相手であればうっかり質問するくらいは許容されるらしい。
「番号だとお前ら性処理用品と被るだろう?ややこしいからな、俺たち作業用品は名前で呼び合うんだ」
「ま、名前と言っても人間様のような名前は僕たちにはよく分からないからね。管理番号を語呂合わせで呼んでるだけだよ。3だからミツ、85だからヤゴって感じ」
「さっきも言ったが、お前はただ『調教師様』と呼べ。同じ二等種でもお前は穴だ、穴に俺たちを呼ぶ権利など無い。……もう良いぞ、じゃあ今度はこっちだ。先にしっかり舐めろ」
「ふぁい……ふぇ!?」
ほら、と根本にホースを接続したノズルが目の前に突きつけられる。
これまでは突っ込まれるだけだったんだけどなと思いつつノズルを舐めようと口を開けて……72番の喉から素っ頓狂な声が飛び出した。
(え、ちょっと、待ってこれ!?何、なんでこんな形!!?)
「……何をしている」
「っ、は、はいっ……」
躊躇っていればヤゴが低い声で咎め、後ろでミツが鞭を手に取る。
72番は一瞬怯んだ後(こんなの、やだっ……!)と心の中で叫びつつそのノズルを……直径3センチ、長さ9センチのどう見てもペニスにしか見えない物体に舌を這わせた。
「うっ……」
むわりと雄の臭いが鼻をつく。
舐めた先端はつるりとしていて適度に柔らかく、そして熱い。
ひたすらプラムのような先端をチロチロと舐めていれば「全体を舐めろ、特に裏筋な」と容赦なく指示が飛んだ。
「そうそう、ゆっくり舌を動かせ。アイスキャンデーをなめるようにだ。ああ、先端ばかり強く舐めるな」
「先端から液体が出てきたら口に含んで。口を軽くすぼめて、吸うように前後して……歯を立てたら懲罰だからね」
「んうぅ……」
まるで本物のようだ、と72番は心の中で独りごちる。
もちろん本物を咥えた事なんてないけれど、目の前のオス達の立派な猛りと己が頬張るノズルは、大きさこそ桁違いだが見た目も臭いもそっくりで本物と見まごうくらいだ。
だから多分、今先端からじわりと出てきているしょっぱい汁も本物と同じ味。
(臭い……気持ち悪い……)
嘆きながらも、72番は大人しく命令に従い疑似ペニス型のノズルを舐め続ける。
お願いだから早く喉に突っ込んで、胃に餌を送りこんでと願いながら。
「随分嫌そうな顔をするな」
「穴なんだから穴らしく美味しそうにしゃぶれるようになろうね。じゃ、口開けて」
「んぁ……」
ああ、やっとだ。
もうしゃぶり疲れて顎が痛いし、何ならこのままの姿勢で寝られそうだと思いつつも、72番が口を開ける。
と、ミツの持つリモコンがこちらに向けられて。
ピッ
小さな音がしたと思ったら、首から下がピクリとも動かせなくなる。
そんな、給餌如きでこんなに頑丈に拘束しなくたってと厳重な拘束魔法に心で文句を言うも、次の瞬間72番はその理由を知ることになる。
「じゃ、始めるから頑張ってね。喉しっかり開いて、逃げちゃダメだよ?」
「んぐ……んぶぅっ!?おげぇっ……!!」
言うや否や、ミツがノズルを一気に喉まで押し込んでくる。
そして、ノズルの根本付近に付いているリング状の金具に顔のベルトを通して固定したかと思うと、ヤゴが隣からリモコンを操作した。
するとノズルは勢いよくピストンを始め、72番の口を、喉を、ぐちゅっぐぽっと卑猥な音を立てながら蹂躙し始める。
(!!!くっ、苦しいっ……!!)
「ほら、逃げない」
「ぐあああぁっ!!」
思わず顔をのけぞれば、鉄格子越しに太ももに鞭が振り下ろされた。
その瞬間全身に電撃が走りうっかりノズルに歯を立ててしまえば「歯を立てるなと言っただろう」と更に懲罰電撃を追加される。
「これ以上電撃で叫びたくなければ、じっとしていろ。給餌中に涙が出るのは懲罰の対象にならない、これはお前にとって『気持ちいい』行為だからな」
(嘘、こんなの気持ちよくないっ!!いやぁぁ息が出来ないっ!!助けて……!!)
どうやら拘束魔法が強化されたのだろう、首すら動かすことを禁じられた72番は前後に激しくピストンするノズルにその喉を差し出し続ける。
今回はリモコンの音がしなかった。多分、人間様――AIだろうけど――が直々に首輪の魔法を操作しているのだ。
(……ああ、これも人間様に与えられたもの…………これから、ずっと餌の前にこれをするの……?)
二等種の調教師相手だろうが、全てを把握しているからな?
そう人間様に突きつけられた気がして……72番は反射的に喉の力を抜き、人形のように揺さぶられることを選択した。
…………
「んぼぉっ、おげっ、んごっ……」
(辛いよう、もう嫌ぁっ……早く、終わって……苦しい……息足りない……頭、白くなって……)
全身を動かすことすら叶わないまま、ただの穴として偽物のペニスに奉仕するだなんて、考えるだけで惨めさに涙が滲んでしまう。
酸欠でぼんやりした72番の耳には、二人の作業用品の会話が途切れ途切れに聞こえていた。
どうやらこれは給餌機の動作テストらしい。
朝晩の餌は必ずイラマチオの訓練から始まり、ノズルもとい疑似ペニスが一定以上の刺激を関知するまで給餌は行われない。
今日はノズルのテストと素体のチェック、すなわち精神的にどのくらい耐えられるかを確認するのが目的だそうだ。
(こんな事をしないと餌が貰えないだなんて……ただ流し込まれるだけより、酷い…………!)
喉を突かれれば嘔吐いて酷い声が、ついでにねっとりした粘液が口から垂れ流される。
あまりの辛さに涙は止まる気配が無いが、確かに懲罰電撃は流れていない。だがあの酷い痛みを受けなくて良いと安堵する反面、その事実は「お前は今ペニスを突き入れられて気持ちよくなっている」と無理矢理誰かに決めつけられるような不快感を伴っていて、余計に奈落の底に落とされている気がする。
「ドロドロで酷い顔だな」
「いやぁ苦しそうで可愛いよねぇ、ふふっ扱きたくなっちゃう」
「お前な、自慰は保管庫以外じゃ禁止だぞ」
「分かってるって」
一方、最早目の光を無くしてただ突かれるままになっている「穴」を、二体の作業用品は目をギラつかせ上気した顔で眺めていた。
業務時間内は発情レベルを下げられているとは言え、股間が痛いほど張り詰めた状態に変わりはない。そんな飢えた状態にメスのフェロモンダダ漏れの素体を当てがうなど、人間様も随分趣味が悪いなといつもヤゴは心の中で毒吐いている。
とは言え、二体はただ興奮に溺れているわけでは無い。彼らにしか映らない視界には72番のデータがつぶさに表示されていて、問題が起こらないよう監視しつつ給餌のタイミングを見計らっているのだ。
詳しい数値の意味や基準は分からないが、問題が起こればアラートが表示され、頭の中に警報音も鳴り響く。だから作業用品はそれに従えばいいだけ……今回なら給餌ノズルのボタンを押すだけである。
いつもの調子なら、入荷日は担当になった素体を保管庫に移送し、保管庫の説明及び給餌機と装具の動作確認を行えば終わり。時間からしても終わればじきに終業だろう。
そう思っていたのに、残念ながら今日の自分達はついていないようだ。
いつものように耳の後ろから響いてくる指示に、ヤゴは眉を顰めるもすぐさま応答した。
「……かしこまりました、管理官様」
「へぇ、追加説明……僕初めてかも。ヤゴは?」
「これで3回目だ。精神安定剤ガンギマリなのに事前処置だけで発狂しそうな軟弱素体なんてそうそういないからな……いや、ちょっと違うのか。事前処置で事故があったため明日夜までケア対応だと」
「ふぅん。まあ僕らは素体が壊れなければ別にどうでも良いし、余分な仕事が増えただけだね」
「だな、一時的なものなら明日にはオクスリで落ち着いてるだろ」
その時、二体にしか見えない画面にバイタルアラートが表示される。
給餌機の動作は問題なく、動作時間3分50秒で素体の限界が来たらしい。なるほど、初日でも5分は耐える素体がほとんどだから確かに事故の影響とは言え実に軟弱だ。
肩をすくめつつミツは「72番、餌が出るから全部飲み込むんだよ。零せば懲罰だから」と白目を剥いて泡を吹いている72番に声をかけた。
(……え、さ……出る…………)
その言葉に、72番の瞳に少しだけ正気が戻る。
ああ、ようやっとこの拷問のような訓練から解放されるのだ。早く、早く胃に流し込んで……!
彼女の悲痛な懇願が届いたかのように、給餌機は激しい動きを止める。
そして喉奥まで思い切り臭いノズルが突っ込まれると先端が膨らみ、ビュッ、ビュッと音がしそうな勢いで熱い餌が喉に叩き付けられた。
「!!?」
てっきりいつものように胃の中に流し込まれると思っていた72番は、思いがけない射出に目を白黒させる。
そうして(ああ、飲まないとまた電撃……)とまともに回らない頭で事態を把握し、必死で喉を動かしてそのねっとりした、生臭い液体をごくりと飲み下すのだ。
いつものように直接胃に送り込んでくれないお陰で、臭いが鼻に回ってきて余計に嘔吐いてしまう。
(何で……胃に入れてくれないの……?)
不満そうな瞳で檻の外を眺めれば「全部出たな」とヤゴがノズルの固定を外して疑似ペニス型のノズルをずるりと喉から引き出す。
そうして己の嘔吐き汁と白濁した餌がこびりついたノズルを72番の鼻先に突きつけ「ほら、掃除」と短く命令した。
「……ぇ……」
「え、じゃない。さっきもやっただろう?お前が汚したモノはお前が舐めて掃除せずにどうする」
「そのノズルは君と違ってちゃんと役に立つモノなんだよ?いわば君より上位の存在だ。だからほら、こう言ってから綺麗に舐めてね。ああ、ちゃんと先端を吸って中まで綺麗にするんだよ?」
「……ひっ、そっ、そんな……!」
続けて囁かれた言葉に、72番は戦慄する。
いや、確かに動画の中でも性処理用品は奉仕の前後に必ず人間様に卑猥な挨拶をしていた。していたけれど、まさかこんなまがい物のペニスにまで挨拶を強いられるだなんて。
(……私はこのノズル以下の存在なんだ…………)
72番はここに来て、自分が更に堕とされたことを実感する。
成体の頃だって餌皿や強制給餌のノズルに感謝させられた事なんて一度も無かった。つまり今の自分は、考え得る限りこの世界にあるモノの中で最も価値のない、低位の存在だと言われたも同然で。
(言いたく無い……でも……電撃が……)
ノズルを支えるヤゴの隣で、ミツは右手に鞭を、左手にリモコンを構えている。
ミツの笑顔は相変わらず輝いているが、まるで少しでも拒絶の意思を見せればすぐさま懲罰だと言わんばかりの圧に、72番の背中にぞわっと悪寒が走った。
「…………お……おちんぽ、さま…………お掃除させて、ください……っ……」
「声が小さい、はっきり言え」
「ひっ!おちんぽ様っ、お掃除させて下さいっ!!」
「よし。隅々まで綺麗にしろよ」
「うっ……ううっ…………」
あまりの情けなさに涙を零せば、途端に飛び上がるような電撃の痛みに襲われる。
72番は慌てて「気持ちいいです、気持ちいいですぅ!!」と叫びつつ、一心不乱にべっとり汚れたノズルに舌を這わせ始めた。
餌は空気に触れると臭いも味も酷くなるのだ、それは餌皿からの給餌で散々経験している。
だから臭いに顔を顰め味に嘔吐きながらも、この時間を一刻でも早く終わらさんと必死に舌を動かすしかない。
「そうか、まがい物でもちんぽとザーメンを舐めるのがそんなに気持ちいいのか、変態だな」
「ちがっ……ひっ、そうですっ!んぇっ、おちんぽ様とザーメンを舐めるの、気持ちが良いですぅっ!!」
「そんな臭くて不味いものを舐めてるのに泣くほど気持ちが良いだなんて、随分な変態だね。ああ、床も本気汁でベトベトだ」
「ううっ、ひぐっ…………」
(気持ちよくなんて、ない)
懲罰電撃を避けるために、こんな悍ましい行為で感じていると口は心を裏切らざるを得ない。
ああ、初日ですらこの有様だ。一体自分はこれからどれだけ、心にも無い快楽を叫ぶ羽目になるのだろうか。
――この心が削れていくような行為にも、いずれ慣れる日が来るのだろうか。正直、そんな日が来るだなんて思えないし、思いたくも無いけれど。
さらりと煽りの中に混ぜられたザーメンという言葉に、72番は今更ながら餌の正体を知る。
この餌は、成分こそ素体に合わせた栄養とカロリー及び各種薬剤を含んだ餌だが、正常はオスの精液を恐らくは忠実に再現した液体なのだ。
とても人が口にしていい味では無いと思っていたけれど、よりによってペニスから出たものを餌にされるだなんて。いくら疑似精液だと分かっていても、どこまでも尊厳を叩き潰す行為に涙しか出ない。
「気持ちいいです……ひぐっ、気持ちいいですぅ……あむ……んちゅ……」
「ま、初日だし今はそれで許してやる。泣くことによる自動懲罰を避けたいなら、何をして気持ちよくなってるのか毎回詳しく説明できるようになれよ」
「給餌はその日の当番が裁量で自動懲罰を切るかどうか決めるからね。心から気持ちが良いってアピールしないと、厳しい当番なら許してくれないと思うよ、僕みたいにね」
だというのに、目の前のオス達は更に無理難題をふっかけてくる。
こんな行為で心から快楽を得ているフリをしろだなんて無茶だと嘆きつつも、それを口にすることは許されない。
(もうやだ……こんなの、何にも気持ちよくない……乳首もあそこも痛いし、もう疲れて……早く寝たい…………)
「よし、最後に感謝の言葉を述べて終わりだ」
「っ……おちんぽ様、ご奉仕させていただいて……ありがとうございました、美味しかったです……っ……」
「あはは、酷い顔だねぇ!ま、その辺は加工でなんとでもなるから好きにしてれば良いよ。いずれトロ顔晒して嬉しそうにしゃぶるようになるからさ」
「ううっ、そんな…………」
また一つ、心が欠ける音がする。
15分後、感謝の言葉と共に72番はようやく悍ましい給餌という行為から解放されたのだった。
…………
「うえぇっ……おえぇぇっ……!!」
「おーおー盛大に嘔吐いちゃって。お前な、この状態で吐いたら気管に餌が入って窒息するぞ?ちょっとは嘔吐かない努力をした方がお前のためだからな」
「ま、どれだけ嘔吐いても一度胃の中に入ったものは絶対逆流しないように加工されてるけどね!」
「!?」
給餌が終われば、すぐさまさっきまで装着していた口枷を戻される。
口の中の気持ち悪さも臭いも取れないまま、喉まで蓋をされて思わず嘔吐く72番をヤゴが呆れた様子で窘めれば、横からミツが茶々を入れてきて「お前なぁ」とヤゴはギロリと笑顔のオスを睨むのだ。
「折角恐怖を煽って加工しやすくしてやってるのに、邪魔をするな」
「まぁまぁ。それにどうせ説明しなきゃダメでしょ?管理官様から説明項目も来てるし」
「……あ、そうだった」
「なに、忘れてたの?ヤゴさ、可愛い素体が来たからって惚けすぎ」
「お前と一緒にするな」
軽口を叩きながら、ヤゴは管理官から送られてきた説明リストをざっと眺める。
そうして「いいか、今度は良く聞けよ?」と膝立ちの姿勢で拘束されたままの72番に念押しした。
「管理官様から、改めて性処理用品の素体の特徴を説明するよう指示が出ている。既に薄々気付いていることも多いだろうが、事故とは言え事前処置で壊れかけたお前がこれ以上パニックを起こさないための特別措置だ。人間様の慈悲に感謝しろよ」
「おぁ……」
そうして始まった説明は、72番にとってはほとんどが初めて明かされる内容だった。
成体になって初期管理部の管轄になったときと同様、性処理用品の素体となった二等種はここ調教管理部で新たに穴として加工するために必要な魔法を組み込まれる。
最も大きな変化は肉体の頑強さだ。既に成体までに投与された薬剤により、二等種の肉体は一晩寝れば大抵の疲れや不調は修復されるように加工されているが、性処理用品は成体を遙かに上回る自己修復能力を付与される。
「太ももの鞭痕も、もう塞がっているだろう?」とヤゴに指摘されて見てみれば、確かに移送時に打たれすぎて裂けていた傷はすっかり塞がり、打撲の痕もほとんど分からないほどに薄くなっていた。
「うぇ……?」
「詳しい原理は知らん。だが、お前の身体は常人の何倍もの速度で回復する。その程度の傷なら2時間もあれば完治するし、肉体を限界まで酷使した疲労も、何なら骨のヒビくらいなら一晩寝れば元通りだ。流石に大きな骨が折れれば治癒に数日かかるし、壊れるような傷までは治らないが」
「でもさ、骨折って数日で治るものじゃないよね?……ありがとうございます、管理官様。だってさ、って素体には聞こえてないか。人間様は骨折したら治るまでに3ヶ月かかるんだって。それが数日とか……最早化け物だね」
「俺らでも1ヶ月はかかると言われているのにな。だが、残念ながら痛みだけは例外でな。言うなれば、痛み以外の損傷は100倍速で時間が経過し治癒するが、痛みは等倍速。だから本来痛みが消える時期まで残り続ける。何故そんな仕組みかって?そこまでは説明が無い」
(そんな、わざわざ痛みだけ残すだなんて……!そう言えばピアスの傷もだった、人間様は傷だけしか治してくれなくて……何なの?人間様は二等種が痛がる姿をご所望なの?)
とにかくどれだけ痛みが残っていても、身体は健康そのものだから調教に支障は無いと言うことだと纏められて、72番はくらりと目眩を覚える。
ズキンズキンと痛みを訴える乳首と股間のぷっくり腫れた肉芽は、一体いつまでこの痛みを発し続けるのだろうか。流石にこんな所に怪我をした記憶は無いから、想像も付かない。
「ま、痛みがある方が気が紛れていいんじゃないか」と事前処置で管理官に言われたのと同じ言葉をかけられきょとんとしていれば、ヤゴは「それで」とあっさり次の話題に移っていく。
「回復するのは怪我や疲れだけでは無い。たとえばこれな」
「んぐ?」
これ、とヤゴが突くのは口加だ。
普通はこんなものを24時間入れっぱなしにできないんだよと、ヤゴは口枷を指でつんつんしながら説明する。
その度に喉の奥が刺激されて「おげぇっ……」と無様な嘔吐き声が漏れるも気にしていないようだ。
「普通な、口枷なんて入れっぱなしにしたら歯並びがガタガタになるんだよ。歯ってのは意外と簡単に動くものでな、数時間も押してりゃ力がかかっている方向に歪み始める。が、常に復元の方向に力が働く性処理用品の場合、このまま一生口枷を咥えたままでも歯並びには影響がでない。人間様が使う穴なんだ、製品の外見は大事だからな」
「んぇ……」
そこに、二等種への配慮は無い。
全ての処置や加工はあくまで人間様の都合のみで施される。
「ミツが言ったとおり、どれだけ嘔吐こうが吐くことは無い。そんなことで壊れては困るからな、一度胃に入ったものは何があっても吐き出せない。万が一毒物が胃に入ったら、人間様に転移して貰うしか手が無いということだ」
「ほら、餌もだけど浣腸でも吐き気が出るよね?そんなときに人間様から与えられた餌を吐いて無駄にしないための配慮だね」
「ひっ……」
ミツは微笑みながらさらりと恐ろしい話をぶち込んでくる。
浣腸で吐き気が出るだなんて、一体ここではどんな浣腸をするつもりなのだろうかと72番が青くなれば「お前な、要注意素体なんだから今日くらい手加減しろよ」とヤゴががっくり頭を垂れた。
「いやあ、こんなに素直で思い通りに愕然としてくれると楽しくってさあ」
「そう言うのはせめてこいつが落ち着いてからやれ。……基本的には、肉体はどんな過酷な環境でも壊れないように強化されていると思えば良い。それこそ本来生きる為に必要な機能を奪われても」
「むぐぅ!!?」
「これは授業で習っただろう?呼吸ができなくても最低限の酸素は血管内に供給されているから、水の中にぶち込まれようが溺れないし、イラマチオ……さっきのノズルで体験した人間様が口の穴を自由に使う手技な、あれをやっても窒息することは無い」
(止めて、お願いもう止めて……これ以上苦しいのは嫌……!)
すっとヤゴが右手で72番の鼻を摘まむ。
それだけで全身を拘束され口を枷で塞がれている72番は呼吸する権利を奪われてしまう。
もちろん息が出来なくてもこの身体が壊れないことは何度も指導と称してやられたから分かっているが、苦しさが無くなるわけではないのだ。
そんな72番をヤゴは気遣うそぶりも見せない。ただ「慣れろ」と冷たく言い放つだけである。
作業用品である彼らの視線は、確かに人間様と違ってモノを見る目では無いけれど、それでも自分を劣った存在だとみなしているのはひしひしと感じられて(同じ二等種なのに何故)とどうにも不満が拭えない。
釈然としない様子の72番に気づいたのだろう、ヤゴは「そんな事でいちいち不満を抱いていたら、この先持たないぞ?」とじろりと彼女をねめつける。
「人間様は二等種を壊さない、これは性処理用品でも同じだ。だが、壊さない限りは何でもありだ。当然、この12週間はありとあらゆる利用を想定した訓練が行われる……それこそ死んだ方がマシなくらいの、な」
「!!」
「お前の意思は必要ない。快楽も必要ない。必要とされているのは人間様を満足させる機能だけだ。お前はただ、何をされても壊れない精神を身につけ、人間様の快楽のためだけに生きる穴になればいい」
今自由だと思っているものすら根こそぎ奪われるんだ。変に希望なんて持っているなら今すぐ捨てておけ、後で後悔するのはお前だぞ?と言われても、今の72番にはピンとこない。
(……これ以上、奪われるものなんてないでしょ?一体何を……)
感情を乗せず言い放たれた、けれど限られた中で精一杯熟慮された慈悲の言葉の意味を72番が本当の意味で知るのは、これから8週後の話である。
…………
「こんなもんか。おい、これから何をされても肉体が壊れる心配だけはしなくていい事は、もう身体で理解したな?」
「心の方はまぁ、努力するんだね。そのうち加工で補助もするけど、やっぱりある程度タフにならないと耐用年数が延びないからさ」
「ぅ……ぁ…………」
「…………聞いちゃい無いな、たかが動作テストでこのザマか」
じゃあ実際に壊れない事を体感しろと言われて始まったのは、動作テストと称した加虐の時間だった。
(なんで、なんでっ……!?もう痛いのは嫌……気持ちよくなりたいのに……全部痛いの、辛いの……どうして……)
「これは担当個体とペアリングして操作できるリモコンだ」と掌サイズの黒いリモコンを見せられたと思ったら、ヤゴはぽちぽちと一つずつボタンを押していく。
その度に対応した部位に懲罰用の電撃が――事前処置で流されたものより更に痛い気がする――流され、正常な動作を確認するのだ。
「これは首な」
「んぐっ」
「ちょっとばかり威力が上がっただけだ、その程度で声を出すな。で、次が左乳首、っと」
「んぎいぃぃぃ!!?」
「目をつぶっていてもどこに電撃が流れたか分かるようになれよ?次は右乳首……」
この調子で、しかもリモコンはそれぞれが持っているからテストも2周分だ。
当然のようにミツは「いろんなパターンを試しておこうね」と複数部位を組み合わせたり、電撃を断続的にしたり、連続で流したりとやりたい放題である。
「うごおおぉっ!!……おごおぉっ!!」
「……ミツ」
「えー、アラートも出てないから限界までやっちゃっていいでしょ?……あれぇ?泣いてるの?じゃあ懲罰だよね」
「っ、いおいいぃっ、ぎゃああぁぁっ!!」
「いやぁ何言ってるか分かんないなぁ?……気持ちいいなら、それっぽい喘ぎ声とか腰を振るとか、態度で示さないとね?」
(言ってる!ちゃんと気持ちいいって言ってるのに!!態度でとかそんな、無茶言わないでっ!!)
電撃の合間に必死で目で訴えるも、どうやらその行動は逆効果だったようだ。
「いいねぇ、その縋るような目つき」とただでさえ長大な股間の欲望をピクリとヒクつかせながら、ミツは鉄格子越しに乗馬鞭の先端を肌に触れさせる。
そうすれば、ひときわ大きい濁った咆哮が保管庫の中で反響した。
「いぎゃああああっ!!!」
「おー、良い声」とミツはうっとりしながら頬にぺちぺちと鞭の先端を当ててくる。
その度にすわまた電撃かと身体が震えるのはもう仕方が無い。
「この鞭は手元で切り替えができてね。普通に打つこともできるし、こうやって触れさせるだけで全身に懲罰電撃を流すこともできるんだよ。ほら、面白いでしょ?ふふっ、怯えちゃって可愛いなぁ!」
「ぁ……ひぃっ……」
「……ミツ、流石にそのくらいにしておけ、そろそろアラートが出そうだ」
「え、もう?軟弱だなぁ全く」
「だから要注意素体だと言っただろうが」
……とまぁ、作業用品(9割方はミツ)により30分近く遊ばれた結果、拘束魔法を解かれた72番は白目を剥いてその場に倒れ伏したのだった。
こう言うのを虫の息と言うんだろうなと独りごちつつ、ヤゴはリモコンを改めて手にする。
「ミツがやり過ぎたとは言え、これは先が思いやられるな……ほら起きろ。初日だから起こしてやるが、消灯時以外に横になるのは懲罰対象だからな」
「ぐぅっ……」
(そんな……横になって休む自由もないの……?)
起きろと命じられたところで指一本動かせないと72番が心の中で弱音を吐いていれば、ピッという動作音と共に不意に身体が動かされる。
どうやら彼らは性処理用品の身体までそのリモコンで操れるらしい。今更抵抗する気も無いし、そもそも抵抗するだけの気力も体力も尽き果てている。72番は(もう、好きにして)と完全になすがままになっていた。
なっていたのだが。
(え……ちょっと待って、何この体勢!?)
「むおぉぉぉ!!」
「お、まだ叫べる元気があるじゃん。別に穴は塞がれていて見えないんだから問題ないでしょ?」
「残念ながら俺たちが強制的に取らせられる姿勢はこれだけだ。にしてもこれは身体が柔らかいな、最初から股を開ける素体は珍しい」
気がつけば72番はその場につま先立ちでしゃがんだまま、股を限界まで外側に開き、両手は頭の後ろで組んだ状態で拘束魔法により固定されていた。
確かに裸を見られるなんて既に日常と化しているとは言え、異性に、それも普段は決して見えない股の間を見せつけるポーズに、さすがの72番も羞恥で真っ赤になる。
(お願い、ちゃんと座るからせめて脚は閉じさせて……!)
たらり、と股間のシールドの脇から愛液が滴る感触に「いやぁぁぁ!!見ないでえぇぇ!!」と72番は必死に叫ぶ。
……けれどその想いは言葉にならず、ただ無様な呻き声が響くだけ。
「んううぅぅ!!んおぉぅ!!」
「……何を言っているか分からないな」
「んううううっ!!」
「だから無駄吠えはするなと……まあいい。今日はこれで終わりだ、精々しっかり寝て体力を回復しておけ」
「シャッターが閉じたら拘束魔法は解除してあげるよ。もう消灯時間は過ぎてるし好きに寝ていいから。あ、休息用に陰核拘束の鎖は短くなるから気をつけてね」
まさか初日から自慰しようとはしないでしょ?とミツが微笑む。
まるで、保管庫にいるときは自慰するほど発情しているのが当然とばかりの発言に72番は眉を顰め、けれど昨日までの生活を思えばいずれはそうなることが目に見えているだけに、反論もできない。
「あ、消灯した後に床に腰を擦り付けるくらいはやってもいいよ?まぁその痛みじゃ無理だろうけどね」
「出荷前の検品まで、訓練で許可された以外の絶頂は禁止されている。勝手に絶頂しようとすれば懲罰電撃が流れるからな。これも調教が進めば許可無く絶頂できないように加工されるから、心配はいらない」
「んうぅぅ!!」
「……はぁ、へなちょこメンタルのくせに随分と吠えるな。そんなに懲罰を喰らいたいのか?」
どうやら彼らは、こちらの懇願など全く聞く気が無いらしい。
同じ二等種なのにそこまでしなくたって、と納得がいかない様子の72番にヤゴはため息をつき「良い機会だから教えてやる」とシャッターを閉めかけた手を止めた。
マジで?と意外そうな顔をするミツに「こういうのは最初が肝心だ」とヤゴは返し、72番の方に向き直る。
その瞳は相変わらず、何の感情も灯していない。
終始ご機嫌で……72番を甚振るのが楽しくてたまらないと言った様子のミツとは対照的だ。
「お前は性処理用品になりたいと志願した、自分で望んでただの穴に堕ちた」
静かに語るその内心は、全く読めない。
一体何をと訝しがる72番に、ヤゴは「俺たちは、拒んだんだ」と事実を突きつける。
「……おぁんぁ?」
「俺たちは性処理用品になることを拒否した。正確には最後まで志願しなかった」
「!!」
「二等種ではあるが、穴になるつもりは無いと……何をされても最後まで拒否した。だから俺たちは、こうやって性処理用品を作る道具である作業用品になっている」
(……知らなかった)
72番はヤゴの言葉に目を丸くする。
性処理用品になる以外の選択肢があるだなんて、考えたことも無かったのだ。
確かに自分もずっと志願は躊躇っていたけれど、心のどこかではいつかきっと志願することになると、例え志願しなくても……良くて強制的に性処理用品にされる、最悪処分されるだけだと勝手に思い込んでいた。
(そうだ、確かに志願しなければ処分だなんて……誰も言ってない)
事実だと思っていた推測は自分で作り出した妄想に過ぎない事を、彼女は今更ながら知った。
けれど、と72番は心の中で反論する。
今までの二等種に対する人間様の対応を見ていれば、そう考えるのは当たり前で、むしろ志願を拒否する方が非常識なのでは無いかと。
そんな考えを見透かしたかのように「だからお前は、性処理用品になったんだ」とヤゴは繰り返す。
「申込ボタンを押した瞬間、道は分かたれた。二等種であってもお前は性処理用品、ただの穴だ。目の前のニンジンにあっさり釣られて、二等種の中でも最底辺の存在に自ら堕ちたんと言うわけだな」
「んぅぅ!!!あっぇ……」
「違う?違わないだろう?お前は全てを都合良く盲信し、ただ欲望に流される道を選んだ。そしてさっきも言った通り、性処理用品は俺たち作業用品に絶対服従だ。加工するものとされるもの、どっちが上かなんて明白だろうが」
(違う!!だって性処理用品は人間様のお役に立てるんだから!!人間様だって、性処理用品に志願することを歓迎するって、動画で言ってたじゃない!!)
声にならない声で、72番は反論を続ける。
作業用品の存在なんて、どの動画にもコンテンツにも出てこなかった。つまり彼らのように性処理用品になることを拒んだ二等種は、人間様にとっては不都合な存在に違いない。
……不都合な存在で無ければならないのだ、少なくとも72番にとっては。
だって彼らの存在が正当化されるなら、彼らの方が二等種としても上位であるというならば、己の選択が取り返しの付かない悪手になってしまうから――
必死に違うと抗おうとする72番に「いいか?」とヤゴはゆっくり、はっきりと、彼女の未来を語るのだ。
――それが彼女にとってトドメとなることを、知っていながら。
「お前がどう思おうが関係ない、お前はこれから二等種にすら蔑まれる穴になるんだ。これまで自慰で散々使い倒して来たおもちゃと何も変わらない道具にな。志願したくらいだから嬉しいだろう?お前の快楽を追うことは生涯許されず、ただ人間様のためだけの道具になれるのは」
「え」
快楽を追うことを許されない。
その言葉に、反論を叫び続けていた心の声が、ピタリと止まる。
呆然とした様子の72番に、ヤゴの言葉は容赦なく突き刺さっていく。
「まさか、性処理用品になればもっと気持ち良くなれるとでも思ったのか?あんなプロパガンダを信じて、満足が得られると本気で信じたのか?」
「……!?」
「現実を見ろ、あの動画の中でだって流れたはずだ。お前ら穴は人間様の快楽のために使い倒される。そして、おこぼれでいただけるかも知れない快楽を、気まぐれで許されるかも知れない完全な絶頂を、生涯穴から涎を垂らしながら待つだけ……動画に出てきた性処理用品は皆そうだっただろうが」
(快楽を……絶頂を、与えられるのを待つしかできない……!?)
頭の中に、何度も繰り返し流された動画の様子が再生される。
その中ではどの性処理用品も絶頂に白目を剥き、濁った喘ぎ声を上げていた。
――けれどそれが、たまたま許された瞬間だけ切り取ったものだとしたら?
たどり着いた疑念に、背中が冷たくなる。
胃がキュッとなって、思わず飲み込んだ動作のせいで喉を刺激して、また嘔吐きが止まらない。
「それを満足と呼ぶなら、まあお前の認識は間違えていないが。どうせ目先の欲望に目が眩んで、碌に動画もコンテンツも吟味せずに衝動的にボタンを押したんじゃないのか?」
(そんな…………)
ドクン
72番の心臓が、ひときわ大きく高鳴る。
喉の奥が痛いのは、口枷の先端が当たっているせいじゃない。
(そんな、それじゃ)
たどり着いた結論に、床の感触まで曖昧になって……どこまでも心が落ちていくようだ。
わたしは このさきずっと かいらくをあたえられるのを まつだけ?
いつしか72番は小刻みに全身を震わせていた。
ヤゴの推測は間違えていない。直接の理由は人間様の食べ物だったけれど、ずっと、ずっと自分は心の奥底で望んでいたのだ。
あの画面の向こうにいる二等種達のように、幸せと快楽に顔を蕩けさせ、人間様の上で腰を振って最高の快楽を、満足のいく絶頂を得たいと――!
けれど、それは決して自由に得られるものでは無く。
それどころか、全ては人間様の気分次第……つまりは生涯得られない可能性だってあるということで。
(嘘でしょ、お願い、嘘だと言って)
取り返しのつかない選択に気づき、縋るような瞳で、声にならない声で、72番は必死にヤゴに救いの言葉を求める。
憐れな素体に「諦めろ」と静かに諭すように語られるヤゴの声は、少しだけ哀れみを含んでいた。
「数時間前、お前が人間様に宣言しただろう?自分の快楽を追わず、人間様に奉仕すると……あの段階で、お前は中途半端な絶頂しか生涯味わえない代わりに快楽を思いの儘に貪ることができるという俺たち成体二等種に許された唯一の権利すら、自らドブに捨ててしまった。……これが真実だ」
「…………!!」
「まあどっちが幸せかなんて俺は判断しない。それを決めるのは二等種個人だからな。俺は例えずっと渇望に襲われても自由に慰められる権利を選んだ、それだけだ」
(そん、な……)
更なる快楽を追ったが故に、快楽を得る自由を捨てる羽目になるだなんて、なんててたちの悪い冗談だろう。
だまされた、その五文字が72番の頭の中をぐるぐると回る。
どうして人間様がそんなことをするのか、疲労の上にショックを重ねた頭は納得できる答えを見出せない。
そんな72番を……正確には視界に映る72番のデータを確認し(そろそろ潮時か)とヤゴはシャッターを閉める準備をしつつ「人間様のせいにはするなよ?お前がボタンを押したんだ。その責任を人間様になすりつけるな。……反抗は即処分だぞ」と釘を刺した。
「……そもそも人間様は嘘はついていない。お前も人間様の作った動画を見たのだろう?あれは全て真実だ、出演している性処理用品も無理矢理言わされたわけでは無い」
「あんぇ…………」
「製品となった性処理用品は皆、幸せそうに人間様に奉仕をして、ごく稀に絶頂というおこぼれを頂ける、それだけは確かだ。……今となってはお前はそれに縋る以外の道はない。だからまぁ、さっさと諦めて立派な穴になるんだな」
(その幸せがどうやって作られたかは、お前自身で体験しろ。俺はとても幸せとは思わないが)という言葉をヤゴは飲み込む。
このどこまでも甘っちょろく、愚かなほどに素直で流されることしか知らないメスにはそのくらい言ってやりたいのはやまやまだが、今のバイタルではとても精神的に耐えられまい。
「じゃあな。調教は明日から始まる、しっかり寝ておけ」
「あ、終わり?じゃ、おやすみ72番。僕らが君の担当だから覚えておいてね」
――全てはお前の選択の結果だ。
そして道は既に分かたれた。お前は生涯、その選択の責任を取るだけだ……俺たち同様にな。
ヤゴの静かな言葉が終わると同時にかしゃんとシャッターが床に当たり、そのままロックのかかる音がする。
部屋の電気はどうやら収納のためにつけてあったのだろう、ロックがかかるや否や保管庫の中は暗闇と静寂に包まれた。
ウイィィン、と小さなモーター音が聞こえる。くん、とクリトリスが引っ張られる感覚がしたから、恐らく就寝用に鎖が巻き取られたのだろう。
「……ひぐっ……おげぇっ、ひぐっ……」
涙が止まらない。
身体がバラバラになりそうな懲罰電撃も、ずっと止まらない。
(人間様……私、ずっと良い子にしてきたのに、どうしてこんな酷いことをするのですか……?)
72番の発するくぐもった嘆きが、誰かに届くことは無い。
(どうして、こんなことに……?)
バタン、とどこかで音がする。
(お願い、誰か、助けて……)
それが限界を超えた己の倒れた音だと気付くこともなく、72番の意識は暗闇に溶けるのだった。
…………
「ヤゴはいつもながら優しいねぇ。流石は仏のヤゴ様」
「その言い方はやめろ。……俺は必要なことを告げたまでだ」
入荷時の作業を終えたヤゴとミツは、作業用品保管エリアにて立ち話をしていた。
ここには机も椅子も無いし、作業用品は業務で必要が無い限り床に座ることも禁じられているからだ。
彼らは互いに管理番号ではなく、適当につけた通称で呼び合う。これは性処理用品との区別化――自分たちはお前たちほど堕ちていない、という彼らなりの主張でもある。
とは言えその言葉には識別以外の意味は無く、もちろん加護も無い。ただの記号であるからこそ、人間側もこれを規制しない。
憮然とした様子のヤゴに相変わらずだなと苦笑しつつ「優しいよ、僕なら絶対に話さない」とミツは笑う。
事前処置や初日の動作テストで散々な目に遭いながらも、性処理用品として人間様への奉仕に、ひいては己の渇望を癒やす快楽に希望を抱いていた素体が、調教が進むにつれて現実を突きつけられ目の光が無くなっていくのはいつもの光景だ。
その絶望すら瞳に映すことしか許されなくなった日の姿を見ることが、作業用品として最大のご褒美だと豪語して憚らないミツからすれば、わざわざ楽しみを奪うようなことをするヤゴは理解不能極まりない。
だからといって特に対立する訳でも無い。
作業用品同士のコミュニケーションは、業務においてのみ部分的に許可されているのだ。わざわざ懲罰対象になるような問題を自分から起こす必要は無いだろう。
「……俺はお前らみたいに『素質』が開花しなかったからな。どうせ絶望するならさっさと知って腹を括ったほうが良いと思うからそうしている」
「ふぅん、残念だよねぇ。こんなに楽しいのに」
「…………そうだな、そうかもしれん」
彼ら作業用品は、72番にヤゴが話した通り性処理用品に志願しなかった二等種の成れの果てである。
年平均30体ほど、成体二等種の1-2割に当たる志願を拒否した二等種は、誘導期間終了後作業用品として調教管理部管轄の作業用品保管棟へと出荷される。
そこで必要な加工や処置を施された後、大半は地上の性処理用品貸し出しセンターで製品となった性処理用品の管理に、残りはここ調教棟で素体の調教道具として管理官の指示の下、まさに壊れるまで働くことになる。
彼らが志願を拒否する理由は様々だ。
ヤゴこと379M085は、元々孤児だった。
貧窮に喘ぐ孤児院で育ち、世間の偏見の目にさらされながら育った彼は元々人間に対する反骨心が強い個体である。そのため「誘導」が始まっても「例え生きるためであっても人間の穴になどなるものか」と固く心に誓い、その意思を貫ききった。
他の個体に比べて幼くして世間を知ってしまったが故に、人間に対する怒りを完全に隠して従順なフリをすることができたからこそ、彼は今も処分されずにこうやって生き残っている。
一方ミツこと469M003は、さしたる特徴も無いどこにでもいるような子供だった。
それこそ72番と何も変わらない、人間様への服従を叩き込まれ、崇拝の気持ちすら覚えながら与えられた性的快楽に溺れるだけの日々を送っていたクチである。
違ったのはただ一つ。「誘導」のコンテンツに何となく興味が湧かなかっただけ。
というより、作業用品となる個体のほとんどはミツのように「何となく」興味が湧かない、違和感を感じると言った理由でずるずると志願を先延ばしにした結果、今の状況になったものばかりである。
ちなみにミツが性処理用品に興味を持てなかった理由を知ったのは、作業用品になって1年が経った頃だった。
地上での業務で才能を見出されたミツが調教用の道具として働くようになって、初めての担当素体を懲罰で泣かせたとき、彼は己の素質に気付いてしまったのだ。
「ああ、人間様の言っていた通り、二等種は笑いながら生き物を甚振って悦ぶ生き物だった」
「だから、甚振られるだけの性処理用品には興味がわかなかったんだ」と――
実際、作業用品となった二等種には生来の嗜虐傾向を花開かせる者が多い。その割合は4割を超えると言われているそうだ。
それでも嗜虐の対象が人間に向くことは無い。12歳から徹底的に植え付けられた恭順の楔はそんな嗜好程度で外れるほど脆くもなく、またここには自分達より下位と称される性処理用品が……調教や懲罰という名目でいくらでも己の嗜虐を満たせる対象がいるのだから。
彼らは自分の性癖に嫌悪感や罪悪感を抱くこともなく、ただ純粋に「楽しみが増えた」と受け入れている。
「じゃ、僕が遅番ね」
「……いいのか?早番の方が甚振れる時間は長いだろう?」
「んー、あの感じだと夕方には消耗しきっていると思うんだよね。そこから追い込んで泣かせる方が楽しそうだ」
「へいへい。なら俺が早番な。……管理官様、シフト登録をお願いします」
軽口を叩きながらも、彼らはてきぱきと業務をこなす。
そろそろ終業時間も近いはずだ。それまでに今日の業務を終わらせなければ、当然懲罰対象になってしまうから。
担当個体である72番のデータは既に己の首輪に転送済みだ。管理官から指示された明日からの訓練内容と各種項目の目標値に目を通し、必要な備品の貸与申請をあげておく。
ここ調教棟では一体の素体を二体の作業用品が担当することになっていて、早番と遅番に別れ一日を通して専任で調教と加工を行うのだ。
担当がついていない作業用品は担当持ちの訓練補助に入ったり、朝夕の餌や浣腸を当番で回している。
なお、8週目までは調教に直接関わるのは異性の作業用品のみだ。
(優しい、か)
手を動かしながら、ヤゴは心の中で独りごちる。
ここ保護区域9の作業用品の中で、ヤゴほど優しい二等種はいないと作業用品達の中では有名だ。
付いたあだ名が「仏のヤゴ」だが、本人はこれっぽっちも自分が優しいとは思っていない。
大体、いつも生まれつきの仏頂面だけで素体からは怖がられてばかりだというのに、何が優しいのやら。感情と欲望に任せて素体を甚振らないだけで仏認定とは、いくら何でも仏とやらを投げ売りしすぎだろう。
(…………あれは先に心を折っておかないと後々面倒そうだから話しただけなんだがな)
担当になった群青色のツインテールのメスの、いかにも恵まれた環境で愛されて育った様相を思い出してヤゴははぁ、とため息をつく。
……境遇に、そして選択に同情はしない。
あれはどんな理由があれ、己の意思で性処理用品という最下層のモノに堕ちたのだ。ならばその選択は己の全てで贖う意外に道が無いのだから。
けれどもふと思うのだ。
まだ地上にいた頃、両親や家庭に恵まれたクラスメイト達は……それだけでは無い、道行く幸せそうな大人達だって例外なく72番と変わらぬ甘っちょろさと無責任さを抱いていたことを。
(……あれも人間だったなら、頭お花畑でもそれなりの幸せは掴めただろうにな)
「ん?何か言った?」
「いや。……ああ、もう終業時間か。さっさと寝ないとな」
「早番頑張ってね、ヤゴ。僕はちょっと72番で抜いてから寝ようかなぁ。今日の泣き顔は最高だった、ああっ思い出すだけでゾクゾクするよ……」
「ったく、元気だなお前は」
耳の後ろに埋め込まれた骨伝導デバイスから「終業時間です、保管庫に転送します」という声が響く。
次の瞬間、二体の姿は調教棟から跡形もなく消え去るのだった。