沈黙の歌Song of Whisper in Silence
沈黙の歌Song of Whisper in Silence
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7話 もう一つの素体

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 こんなに目覚めたくないと思った朝は、生まれて初めてかも知れない。

(……お願い、もっと寝かせて……)

 暗闇の中で目を覚ました72番が最初に願ったのは、最早記憶の中にしか無い夢という安らぎの中に耽溺することだった。

 二等種は夢を見ない。
 どう言うからくりなのかは分からないが眠りについた次の瞬間には朝になっていて、確かに身体はしっかり休息できているにも関わらず、体感としては一瞬何かが途切れるだけで、ほぼ寝る前から意識が連続しているのと変わりが無いのである。

 夢を見られることすら権利だったのかと、72番は床に転がったまま今更ながら思い知らされる。
 
(二等種はモノ。本当の意味で休むことは、生涯許されないんだ……)
 
 せめて何の刺激も無い平和な時間が10分でも与えられれば、昨日の夜に明かされた怒濤の真実に解釈というフィルターをかけて少しでも受け入れられたかも知れないのに。

(……起きなきゃ…………ぐぅ、お腹が苦しいっ……)

 時間という概念は、もうとうの昔に失われた。
 目が覚めれば身体を起こさなければならない、刻み込まれた習慣に従い72番はそろりと穴という穴に物を詰め込まれた身体を起こす。
 幸いにも手足は枷こそついているものの、鎖で繋がれているわけでは無い。だからクリトリスに繋がった鎖を引っ張らないように、そして胸を穿つリングを揺らして痛みに悶絶しないようにするのは比較的容易だ。

「……んぇっ……」

 震えることの無い杭で泥濘を穿たれ塞がれていても、愛液はお構いなしに太ももを、そして床を濡らしている。
 いつもなら舐めて掃除をするところだが、喉までしっかり覆われた状態ではむしろ涎を更に垂らして汚すだけだ。

(ああ……せめて、床を舐めさせて……そしたら少し落ち着けるのに)

 昨日与えられた痛みは、苦しさは消えることが無い。
 隣の穴から膀胱を圧迫しているのだろう、いつもより感じる尿意も強くて、けれどもじもじ腰を動かせば股間の鎖が動いて痛みが走るから、ただじっと耐えることしかできない。
 だというのに、ここには気を紛らわすものが何一つ無いのだ。唯一の床を舐めるという行為すら制限されて、圧迫感と、痛みと、尿意と、そして……暇という苦痛を甘受するだけ。

(早く、ここから出して……)

 保管庫から出されたところで、きっと碌なことにはならない。
 性処理用品として何らかの訓練や加工を受ける、そこに72番の望む快楽や安らぎが存在しないことは、昨日の宣告から十分理解している。

 それでも、何もできないよりは気が紛れるかも知れない――

 そんなことを連れ連れ考えていれば、いつもの起床のベルがけたたましく鳴り響いた。
 どうやらこの保管庫でも、起床の合図は同じらしい。
 しかし、ベルと同時に電気が点くや否や

「んぎいぃぃっ!!?」

 バチン!!と何かが弾ける大きな音と共に、全身が砕け散るような衝撃が走るだなんて、流石に予想もしていなくて。

(え、なにっ……!?うああぁぁ痛いっ、痛いぃっ!)

 頭の中が真っ白になって、二発目の衝撃でようやく72番はこれが痛みであることを自覚した。
(痛い!!痛いっ!!助けてぇぇっ!!)

 バチン、バチンと一定の間隔で断続的に放たれる懲罰電撃。
 痛みが走らないのは頭くらいのもので、腹の中にまで穿たれる電撃は痛みと共に筋肉を収縮させ、ただでさえ無理矢理咥えさせられた拡張器具を締め付けて新たな痛みと圧迫感を生み出す。
 膀胱の筋肉が収縮すれば、排尿を期待した尿道がヒクヒクと口を動かし、けれどどれだけ圧がかかろうが中身の出ない焦燥感だけを生じさせて全身から嫌な汗が流れるのだ。

 おかしい、なんで、と痛みに泣き叫びながら、72番は声にならない声で訴え続ける。
 何も懲罰になるようなことはしていない。いつも通り、起床のベルが鳴ったときには床にぺたんと座っていたではないか、と。

(助けて……お願い、助けて、ちゃんと言うことを聞きます……だから、もう止めて……)

 懇願の言葉は、どこにも届かない。
 不可解な懲罰を嘆きながら、72番は再びその場に倒れ伏すのだった。


 …………


「……おいおい、懲罰電撃を食らいながら寝続けるとか剛の者かよ……」
「ぉ……が…………っ……」

 カシャン、とシャッターのロックが外れ扉が上に巻き上げられていく。
 それと同時に電撃は唐突に途切れるも、15分以上全身に電撃を浴び続けた身体は全く力が入らない。
「バイタルアラートが鳴っているから何かと思ったら……壊れたいのか?お前」と呆れた様子の声が投げかけられても、そちらを見ることもできず72番は涎を垂らしながら虚ろな瞳で「ぁ……ぁ……」と呟くだけだった。

「ったく、世話を焼かせやがって。これ以上連続で懲罰やったら壊れるから免除してやるけどな、明日からはちゃんと座って待ってろよ。評価に響くぞ?ほら、起こしてやる」
「んぐぅ……おぇっ……」

 いつの間にか股間から伸びる鎖は伸びていたらしい。
 鉄格子の向こうで昨日の作業用品と同じ格好をしたオスがリモコンを操作すれば、72番の身体は勝手に鉄格子まで這いずり、股間を見せつけるようなポーズで固められてしまう。

「昨日入荷じゃこの姿勢はまだキツいだろうが、これなら確実に懲罰にはならないからな。さっさと慣れろよ」
「んぇ……?」
「…………ん?もしかして説明が無かった……いや、ヤゴに限ってそれはないな。お前、折角お優しい担当作業用品が説明してくれたのに聞いてなかっただろう」

 嘆息しつつも、目の前の作業用品は72番に保管庫のルールを説明する。
 この保管庫は外扉が閉まっていてかつ明かりがついている状態では、膝から下以外を床や壁に触れさせてはいけない。必然的に保管時は正座か膝立ち、しゃがんで尻をつけない姿勢などで過ごすことになる。
 一瞬でも膝から上を触れさせれば、正しい姿勢を取るまで延々と懲罰電撃が流され続ける仕組みだそうだ。
 なお、3週目以降は爪先以外禁止と更にルールが強化され、今固定されている恥ずかしい姿勢――これを基本姿勢と言うらしい――以外を許されなくなるらしい。

(そんな、まともに座ることすら許されないなんて……脚が持たないし、休めない……!)

 不満そうな表情を浮かべる72番の口枷を、オスは手際よく外して「ほら、舐めて綺麗にしろよ」と顔に押しつける。
 そして相変わらずしぶしぶといった様子の彼女に「ったく、指示が出てなければ懲罰だってのに」とひとりごちながらも72番を諭した。

「お前ら性処理用品に、休むという概念は無い。一応肉体の復元時間として決められた時間は寝られるが、その間も加工や調教は進められるからな。まして起きている間はひとときたりとも休まず奉仕できる心身に作り上げなければ、人間様の使用に耐えられないだろうが」
「んっ……ふぐっ……」

 表向きは従順なフリをしていても、懇切丁寧な説明を72番の心はそう簡単には受け付けない。
 だってその説明をしているのは人間様じゃ無い、作業用品だから。

(絶対服従とか言ったって、同じ二等種じゃない……)

 長年植え付けられた人間様への服従心は変わらずとも、同じ最下層のモノだと思っていた二等種に対してまでその従順さが最初から発揮される素体はいない。
 それ故、いくら懲罰を与えても心のどこかでは不満を燻らせ、流石に面と向かって文句を言ったり暴れこそしないものの、普段の態度の端々に滲み出てしまう。
 ただ、人間への反抗と異なり作業用品への反抗は多少は大目に見られており、作業用品の裁量で懲罰を与えることはあっても即処分になることはほとんど無い。

 ……それもまた、いずれ奪われる自由だからなのかもしれない。

 オスは空いた手で72番の乳首のリングをくい、くいっと引っ張る。
 それだけでズキンと胸全体に激痛が走って、けれど痛みに舐める舌が止まれば「休まず丁寧にやれよ」と太ももに鞭が飛んでくるのだ。

(何で、ここまで……人間様ならともかく、二等種に……)

 モヤモヤとした想いは消えない。
 けれど痛いのは嫌だから、それに人間様も見ているから、後はすっかり染みついた奴隷根性で反射的に……どちらにしても自発的では無い要素で72番は命令に従う。
 オスも分かっているのだろう、苦い顔をしながら説明という余計な仕事が増えた鬱憤を晴らすかのように乳首のリングを引っ張り続ける。

「後な、今こうやってただの穴ごときに言葉で説明するのは、特別に人間様からの指示があったからだ。俺たち作業用品は、訓練の必須事項以外に関する説明の義務を持たない。説明して貰えるならそれは慈悲だと思え。まぁ、俺は穴に理解など求めない、身体で覚えろ派だがな」

 丁寧に唾液を舐め取った口枷を「よし、いいぞ」と横に置かれたカートに載せ、オスは餌の時間を宣告する。
 途端に昨日の苦しさが蘇ったのだろう、72番の顔が青くなった。

「……っ…………」
「おい、さっさと挨拶をしろ。餌の挨拶は今までと同じだ……そろそろ電撃を重ねても大丈夫なんだぞ?」
「ひぃっ……!!にっ、人間様っ、499F072に浣腸と餌をお恵み下さいぃっ!!」
「そうそう、最初から大人しく言うことを聞いてりゃいいんだよ、穴なんだからさ」
『……499F072の給餌を許可します。浣腸を開始しなさい』
「かしこまりました、管理官様。……ほら、分かってるな?」
「はっ、はいぃっ!!」

(嫌……また、あんなことをするのは……でも、これも人間様が見てる……!!)

 挨拶を叫んだ途端、許可を出したのは目の前のオスではなく、聞き慣れた天井からのAIの音声である。
 途端に不満そうな表情をさっと引っ込め、拘束を解かれた身体をブルブルと震わせながら鉄格子に割り拡げた臀部を押しつける72番に(ったく、いつもながら良いタイミングで介入するな)とオスは管理官の采配に感心しつつ浣腸用のノズルを手に取った。

「お前の尻に埋め込まれている拡張器具は、逆止弁付きのチューブが中に通っているんだ。だからこうやって」
「んっ」
「……ホースを接続すりゃ、拡張したままで薬液が送り込める」
「んうぅぅっ…………」

 カチッと後ろで何かが接続する音と、ピッとリモコンの操作音が鳴って程なくして、72番は腹の奥の方で生暖かい液体がじわりと拡がった感触を覚える。
 オスはいつも通り視界に映る素体のデータを確認しつつ、流量を操作しとぷとぷと浣腸液で腹を際限なく満たしていく。

「お前のデータは全て共有済みだ。昨日の浣腸が2.1リットルだったみたいだな。……知っているか?人間様は余程特殊な状況で無い限り2リットル以上の浣腸をすることは無い。入れようと思えば入るが必要性もないからな。俺たち作業用品も、特に希望が無ければ朝の浣腸は2リットルだ」
「うぐっ……ふぅっ……」

 ぐぎゅるるる、と腹からけたたましい音が流れ、圧迫に息が浅くなっていく。
 既に腹は外から見ても分かるほどぽっこりと膨らんでいた。

「だがお前は性処理用品だ。この腹には結腸の組織が損傷するギリギリまで、そして小腸への逆流の危険が無いラインまで固体液体問わず詰め込める機能が必要になる。てことで、最終的には液体換算で3リットルは貯め込めるようになって貰う」
「!!?そんな、無理……」
「無理なんて言葉は、お前には存在しない。何があろうと入るように加工するんだ。ま、浣腸なんて楽なもんだろう?入れられた後は大人しく待機していれば良いんだから」
「ふううぅぅっ……ど、どういう……」
「ん?お前は穴だろうが。穴はサイズ維持のために最大まで拡張して保管するのが基本だし、奉仕の時だって使わない穴は塞いだままだぞ。つまり最大まで腹を膨らませて普通なら動けない、息もまともに出来ないような状況でも、他の穴を使って人間様に奉仕しなければならないってこった」
「そんなっ、うぐうぅぅっ!!」
「ほらほら、無駄吠えは良くないな?今日はたまたま人間様の慈悲で許されているだけで、明日からは浣腸中だろうが容赦なく懲罰電撃を流すからな」

 尻を打たれ、思わず腹に力を入れたお陰で余計に動きが良くなって、耐えがたい排泄欲求に苛まれる。
 だが、そんな苦しさすら吹っ飛ぶほどオスの説明は72番にとって衝撃的なものだった。

(嘘でしょ!?3リットルって……ペットボトル1.5本分!!?それをお腹に入れて、ずっと過ごすの!?)

 ありえない、そんなことをしたら壊れてしまう、そう72番の心が叫ぶ。
 だが、人間様ならきっとどんな手を使ってでも、壊れないようにこの身体を作り替えてしまう筈だと悲しいかなこれまでの体験が不安な心を慰めるのだ。

 人間様のすることに間違いは無く、だから人ではあり得ない量を納められるようになるのも全て人間様のお役に立つため……
 従順な頭は都合の良い結論を導き出し、しかし流石にこれまでとは質の違う「加工」に72番の不安は止まらない。

(ああ……そんなところまで、ただのモノにされちゃう……私が私で無くなっちゃう……!でも、ちゃんと性処理用品になったら……もう役立たずじゃ無くなるし……)

 既に散々歪められているのに、更に自分という存在の定義を壊されていく。
 底知れぬ恐怖と、変わり果てた後に待つであろう人間様のお役に立てるという喜び、そしてその見返りとして与えられるかも知れない快楽への希望の狭間で、72番の心は翻弄される。
 ――その渦の中に沈溺する以外、彼女に道は無い。

「……ここまでか、2.2リットルだな。最初にしては随分入ったし、これなら入口さえ拡がれば拡張は簡単そうだ」
「うぅ……おぇぇ……」

 そんな思考も、バイタルの限界まで注入された浣腸液のお陰でぼろぼろと剥がれ落ちていく。
 これから餌の時間が終わるまで、72番は排泄欲求を人質に取られ意のままに操られる傀儡と化すのだ。

「ほら、嘔吐いてないでさっさと膝立ちになって挨拶。昨日給餌機の動作テストでやっただろう?お前の大好きなおちんぽ様だ」
「あ……っ、あい、さつ……?」
「……あー、昨日は最初の挨拶を省略したんだな。まあこの状態なら言えるだろう、ほら、こう言っておねだりするんだ」
「うぐっ、はぁっ……」

 耳元で囁かれた言葉に、72番の目は見開かれ涙が溜まっていく。

(嫌、そんなの言いたくない……でも、言わないと、ずっと出したいまま……!!)

 だが、ほんの少しの躊躇も直ぐに猛烈な便意の波に押し流されて。
 本物と変わらない強いオスの臭いを漂わせる給餌ノズルに向かって、72番は唇を震わせ涙を零しながら、おねだりを叫ぶのだった。

「……おちんぽ様…………ご奉仕をさせていただきます。どうか……美味しいザーメンをお恵み下さい……っ!」


 …………


(苦しい……本当に、こんな状態に慣れるの……?)

 息が出来ない。
 喉奥を抉られる感覚に、嘔吐きが止まらない。
 そして腹からは、ひっきりなしに便意の波が押し寄せてくる。
 
 昨日と同じように拘束魔法で身体を固められているお陰で何とか倒れずにはすんでいるが、72番はさっきから何度か意識を飛ばしかけては「おい、寝るな」と乳首と股間のリングから電撃を流されて無理矢理正気に戻されるのを繰り返していた。

「ほら、そろそろ出るぞ。零すなよ?」
「――――――!!」

 合図と共にどぷっと大量の餌が、何度も喉に叩きつけられる。
 臭くて不味くて、けれどこれを全て飲み下さなければ、そして吐き気を催す「お掃除」をしなければ、この便意からは解放されない……

「ぁ……ぁ、ぁ……」
「こら、がっつくな。そんなにちんぽが気に入ったのか?……挨拶をしろ」
「うぁ……お、おちんぽ様……お掃除させてっ、下さいぃっ!!」
「そうかそうか、そんなに掃除したくてたまらないならしっかりやれよ。嬉しそうに、な?」

 真っ青な顔で歯の根も合わずカタカタと音を立てながら、この苦しみから逃れたい一心で72番は疑似ペニスをしゃぶり続ける。
 心なしか昨日よりも丁寧なのは、確実に一発で許可を貰うためだろうか。既に彼女の頭の中には苦痛以外の何も無く、目の前に差し出されたものが唯一の救いとばかりに舌を這わせ、先端を吸うだけだ。

「はぁっはぁっはぁっ、終わりました……お願いしますもうお腹無理ですっ抜いて下さいっぎゃあぁぁっ!!」
「お前、本っ当に担当の説明を聞いてなかっただろ?奉仕以外のおねだりは懲罰対象だっての」
「ぅ、ぁ……ごじどう、ありがどう、ごじゃいましゅ……ひぐっ……」

 あまりの辛さに思わず懇願すれば、すかさず懲罰電撃を流される。
 ここに来たばかりの二等種は、目の前にいるのが人間様でないせいかうっかり懇願を口にする事がままある。
 作業用品への反抗と異なり、こちらは厳格に罰せられるのが常だ。何せ性処理用品は目の前の疑似ペニスよりも存在価値は低い訳で、例え「おちんぽ様」に対してだろうが懇願など許される立場では無いのだから。

「大体な、俺らに頼んでどうするんだよ」とオスは呆れ口調で72番に口枷を再び装着し拘束魔法を解く。
 二等種に関するあらゆる権利は人間様が所持しているのだ。人間様のただの道具に過ぎない作業用品に、排泄物の転移許可などという大それた権利が認められるはずも無い。

「んうぅぅぅ!!んげぇっ、おぇっ……うぐぅぅっ!!」

 あまりの辛さに身体を丸めたくても、アナルフックがそれを許さない。
 思わずふらついて手をつけば途端に懲罰電撃が全身を貫き、絶叫と共に72番は慌てて膝立ちの姿勢に戻った。
 そんな彼女の目の前で「じゃあな、訓練の時間まではそのまま待機してろよ」とオスはシャッターを閉めようとする。

(え、待って!待って、まだお腹の中、何にも抜いて貰ってない!!)

「うぉぉっ!!おぉいえぇぇっ!!」
「ああ、一応膝から下は床につけても良いが、今から基本姿勢で待機する練習はしておいた方が身のためだぞ?……てか何を無駄吠えしているんだよ」

(何をって、どうして!?全部終わったのに、ちゃんと命令通りやったのに、どうして浣腸液を抜いてくれないの!?)

 72番の様子を訝しむオスだが、やがて「それも説明はあっただろうが……」とがっくりしながら、しかし人間様から説明を命じられたのだろう「……かしこまりました、管理官様」とため息をつきつつ口火を切る。

 ……その表情は、中途半端に閉まったシャッターのお陰で見えない。
 けれど何となく、口の端が上がっているような気がした。

「浣腸液の転移は、人間様がお前の様子を見て決める。少なくとも壊れる事はないし訓練開始までには抜いてもらえるから安心しろ」
「!?」

(え……餌が終われば抜いて貰えるんじゃ、ない……?訓練開始、っていつから……!?)

 そんな話、聞いてないと叫んだところで、口から奏でられるのは震える呻き声だけだ。
 信じられないと言った様子で目を見開く72番に「浣腸は単なる洗浄だけじゃ無い」とオスはどこか嬉しそうに話す。

「圧力をかけて大量の液体を注入することで、全体をまんべんなく拡張できる。ディルドだけでは……まぁ最終的にはそこそこ奥まで突っ込むけど、基本的には入口近くの拡張が中心だしな。」
「うっ……ぐぅ…………」
「後は、純粋に慣れるため。その穴は人間様のペニスを受け入れるだけじゃ無い、壊れない限り何だって詰め込まれる可能性があるんだ。固体は拡張維持用のディルドで慣らすにしても、液体は浣腸くらいしか手が無いからなぁ」
「うぐおぉぉ……いあぁ……!!」
「へいへい、保管時だからって吠えて良いわけじゃ無いからな?人間様はずっと監視している、その事を忘れるなよ?」

 ついでだ、とオスは昨日既にヤゴ達が話したであろう内容を繰り返す。
 排尿の転移は24時間、持続的に行われる形に変更されている。ただし、常に最大許容量を常に維持した状態で、だ。
 現在は、膀胱から尿管に逆流しないギリギリのラインを蓄尿により計測中らしい。

「膀胱も慣れれば結構溜められるようになるんだぞ?破裂寸前まで伸ばせば2リットルくらいはいけるってな。といっても別に俺たちは漏らさないように我慢する必要はないから、でかくなったところであんまり恩恵はない」

 じゃあ一体何故、と絶望に濡れた瞳から涙を零しつつ、電撃の苦痛と共に叫べば「理由か?そんなもの、一つしか無いだろう」とオスはあまりにも無情な答えを教えるのだ。

 ――ああ、人間様は私達二等種を役立たせるためとは言え、何と残酷なことを思いつくのだろうか。

「膀胱への蓄尿は、快楽にかまけて奉仕をおろそかにしないためだ。尿意があると達しにくくなるだろう?多少の尿意ならそのうち快楽に変えてしまう製品もいるけど、流石にその頭が焼けるような切迫感じゃ、な」
「うぉ……」

(そんな、奉仕中に気持ちよくなることすら制限されるの!?)

 その意図に72番の背筋にゾクリとしたものが走る。
 確かにオスの言うとおり、尿意があればどうしてもそっちに気を取られて快楽には集中しづらくなるのだ。クリトリスならいざ知らず、膣や肛門と言った微細な快感を膨らませていく器官では、どうしたって鋭い尿意に最初の快楽がかき消されがちである。

(こんな、切羽詰まった状態でずっと……!?これじゃまともに気持ち良くなんて絶対なれないし、そもそも寝られないよう!!)

 無理矢理腹に穴を開けてでも出したいと思うほどの激しい尿意から、二度と逃れられない。
 それを意識すれば余計におしっこを出したくなって、頭がおかしくなってしまいそうだ。

「話すことはこんなもんかな」と独りごちつつ、オスはシャッターを下ろす。
(待って、お願い、こんな状態で置いて行かないで……!!)と必死で叫ぶ72番の叫びは……届いているに違いない、ふふっと小さな笑い声が聞こえたから。

「なぁに、待機していればいいんだから楽なものだろう?何せ穴が塞がっているからな、お前はもう保管庫の掃除をしなくて良いんだし」
「うぇっ!?」
「そんなに水たまりをつくって、メスの匂いを振りまいていても許されるだなんて良かったなぁ?洗浄だってこれからは人間様が部屋と一緒に魔法で終わらせてくれる。製品としてレンタルされているときくらいじゃないか?水で洗わなきゃいけないのは」
「…………!!」
「こんな状態でもそれだけ発情して本気汁を垂れ流せるんだ。……お前の淫乱さなら、穴になって正解だよ」

 人間様の慈悲に感謝しろよ。
 そう言い残して、鉄格子の前の覆いは完全に下ろされた。


 …………


 カシャン、という鍵の音が、やけに響いて耳から離れない。

(そんな……洗浄の時間も、無くなる……)

 確かにあの洗浄は、決して快適なものでは無かった。
 全身を固定され、まるで洗車でもするかのように全身を無遠慮にブラシで磨かれる感覚は、到底慣れるものでは無い。発情しきった身体を中途半端に刺激してしまうと言う意味でも、あまり嬉しい時間では無かった。
 けれど、今後は製品として貸し出されない限り洗浄されないという事実は、メスである72番にとっては殊の外ショックが大きくて。

(確かに汚れては無い……気がする……)

 昨日あれだけ酷い目に遭って汗をかき、顔は涙と涎と鼻水でぐちゃぐちゃだった筈なのに、身体も髪もべとついてはいない。
 股間は……明らかに今まで以上に大量の愛液をダラダラと零していて、これは流石に洗浄魔法をかけたところで乾く暇は無さそうだし。

 けれど、いくら汚れていなくても「洗う」という行為自体が無くなることのストレスはこれほど大きいのかと72番は己が思った以上に打ちひしがれいることに気付く。

(……あれは、息抜きだったんだ……)

 息が詰まるような保管庫での生活の中で、床の掃除と肉体の洗浄は快楽以外で暇を潰せる貴重な機会だったのだと、今更ながら思い知る。
 ……そのありがたさを知ったときにはどちらも奪われているだなんて、何てこの世界は残酷なのだろう。

(うっ……はぁっ、出したい……!)

 ショックから少し立ち直れば、途端に頭の中は排泄のことで満たされる。
 あまりにも強い精神的ショックがあれば短時間とは言え肉体の苦痛も紛れるのだと、知りたくも無かったことを体験しつつ、72番は崩れ落ちそうな身体を必死で支えながら心の中でせめて浣腸液だけでも直ぐ抜いて欲しいと、延々と誰もいない壁に向かって叫び続ける。

 そんな状態でも、股間の滴りは、止まらない。
 さっきオスがチラリと零した言葉が、混乱さめやらぬ72番の頭の中で反響する。

『こんな状態でもそれだけ発情して本気汁を垂れ流せるんだ』
『お前の淫乱さなら、穴になって正解だよ』

(……うそ)

 だって、今自分はとても身体を慰めたいだなんて一ミリも思えない。
 排泄欲求は横に置いておいても、こんな太いリングで貫かれた所に触れるだなんて痛みが無くても恐ろしさが勝つし、穴は全て塞がれたままで床になんて擦りつけようものなら、それこそクリトリスに繋がった鎖がどうなるか……考えただけでゾッとする。

 なのに、股間からはつぅつぅと白濁した愛液が流れ続けて。

(…………こんな状態で……発情してるの、私……?)

 発情しやすい身体に加工されている、と昨日の管理官達は話していた。
 それにしては昨日のオスも、さっきまで餌やりに来ていたオスも、今まで運動場で見てきたオスのようにひっきりなしに透明な汁を垂らしてはいなかった。

(……もしかして、こんなに発情しているのは……自分が、淫乱だからなの……?)

 ふと沸いた疑念は、朦朧とした頭の隅に以後ずっとこびりつき続ける。
 ――朝からドロドロに溶けたままの泥濘から、また一筋白濁した愛液が滴り落ちた。


 …………


「メスの給餌終了したぞ」
「おう、お疲れ。……なんだ本当に疲れてるな、オナりすぎか?」
「んな訳ないだろう。ヤゴ、昨日入った……72番か、あれお前の説明をこれっぽっちも聞いてないぞ」
「…………やっぱりか。ったく、人の話はちゃんと聞けって習わなかったのかねぇ」

 作業用品保管エリアに、数体のオスが入ってくる。

 管理官からの指示が無い時間帯は、作業用品はこの保管エリアで待機をするのが決まりだ。
 と言っても、常に装具に穴を穿たれ基本姿勢での待機を強いられる性処理用品と異なり、作業用品は業務中の立位こそ強制されるものの会話は比較的自由だ。内容は全て管理官により監視されているとは言え、ちょっとした雑談程度で目くじらを立てられることは無い。
 それは、最早この期に及んで反抗などできやしないという人間様の傲慢な自信の現れだろう。

 72番の餌やりを担当したオスは、うんざりした様子でヤゴに朝の状況を報告する。
 既に管理官を通じて情報は共有済みだ。作業用品に求められるのはあくまで管理官の指示通りに作業することであり、二等種同士のいわゆる報連相は最初から期待されていない。
 ……それでも、自分達は性処理用品のようなただの穴では無いというせめてもの意思表示なのか、報告を欠かさない個体は多い。

「取り敢えず自覚を煽っておいた。ありゃ相当騙されやすそうだな、今頃自分は淫乱かもしれないって素直に信じ始めているんじゃないか」
「いや、流石にそこまで脳みそゆるゆるじゃ……あるかもなぁ」
「ははっ、まぁ性処理用品になる二等種は、多かれ少なかれ他人の言葉に左右されやすいけどな」

 いつも先端から、淫裂からたらたらと零し続けていた二等種の特徴でもある大量の我慢汁や愛液は、作業用品に関しては業務中のみ首輪からの制御で分泌を抑制されている。また、発情も多少抑えられているため、慣れれば(慣らされるのだが)業務中くらいは自慰を我慢できるようになっているのだ。

 これは作業用品としての業務を滞りなく果たすのみならず、性処理用品となった二等種に「性処理用品に志願するような個体は、どんな状況も発情してはしたなく汁を零す淫乱である」という刷り込みを行うためでもある。
 少し考えれば人間様が何かしら加工を行ったと気付きそうなものだが、ただでさえ他者の意見になびきやすく、自慰も絶頂も禁じられ発情で思考力を低下させられた性処理用品は、外からの評価をそのまま易々と受け入れてしまう。

 単なる訓練のみならず、日常からも少しずつ精神を「穴」らしく塗り替えていく……全てはこれから接することになる一般の人間様に対して、万が一にも反抗心を抱かせないためである。

「ヤゴ、見学用の個体レンタル申請、こっちから出してあるから」

 その時、ヤゴの後ろから一体のメスが声をかけてきた。
 栗色のストレートロングヘアをたなびかせる姿はいつも凜としていて、ヘーゼルの瞳は二等種とは思えない圧をいつも放っている。

「おう、ありがとイツコ。昨日の入荷は2人か」
「ええ。流石に4ヶ月目にもなればグループが埋まることは無いわね」

 よろしくね、と微笑むのは、249F125、通称イツコ。
 管理番号から察するに既に四十路を越えているはずだが、その外見はヤゴがここ調教棟に配属されてから全く変わりが無い。
 ……まあ、それはヤゴも同じなのだが。

 二等種は18歳の状態から一切見た目の年齢を重ねない。
 とは言え、元は人間と同じ構造なのだ。長年にわたる過酷な扱いと人間には決して使えない魔法や薬物の濫用、懲罰と称した電撃の乱発により、その耐用年数……平均寿命は人間より圧倒的に短い。
「最近時々意識が飛ぶのよね、まあ私もいい歳だから」なんてこぼしながらイツコは管理官に72番の情報を申請した。
 ヤゴも同様に、イツコの担当個体――同日に入荷した個体は、最大5体まで同じグループで訓練を行うのだ――の情報を取得する。

 そうして「うへぇ……」「ええぇ……」と互いにげんなりした表情になるのだ。

「また随分脳みそお花畑のメスが来たわね……甘ったるすぎて反吐が出そう。てか今朝いきなり起床の懲罰?ヤゴ、あんたなのに説明しなかったの?」
「残念ながら説明すら聞く脳みそがないらしい、先が思いやられるぞまったく……」

 大変ねぇと肩をすくめるイツコに「いや、お前の方が大変だろうこれ」と言いつつヤゴはイツコの手にしていたタブレットを確認する。
 そしてイツコの出していたレンタル申請を修正し「こっちの方がいいだろ」と彼女に見せた。
「……ああ、確かにこっちの個体の方が104番には衝撃的かもねぇ」
「毎回だけど『堕とされ』た奴らは往生際が悪いし変に反抗的だからな、お前なら大丈夫だろうけど気をつけろよ」
「はいはい、気をつけるったってあんな状態で襲ってきたところで無様で笑えるだけよね」

 昨日の担当素体の醜態を思い出したのだろう。あの生意気な面が屈辱と絶望で歪む姿が楽しみだわ、とイツコはその端正な顔で破顔するのだった。

 …………


 時は昨日の午前中に戻る。
 いつものように餌の補充をしていたイツコは、管理官からの指示を受けて事前処置室へと向かっていた。
 途中で合流したのは、薄い藤色のふわふわした髪にエメラルドグリーンの瞳を持つ作業用品だ。アイドル志望だったの、なんて昔言っていただけのことはあって確かに華やかな美貌の持ち主である。

「あ、イツコと一緒なんだ、よろしく」
「よろしく。こんなに朝早く移送なんて珍しいわね」

 移送の時のみ通行を許される分厚い扉を通ると、イツコはどことなく澄んだ空気にホッとすると共に何故か居心地の悪さを感じてしまう。
 何十年も作業用品として、淫臭立ちこめる中で作業し暮らし続けてきたせいなのか、人間様の生活する空間はどうにも自分には場違いな気がして落ち着かないのだ。

「素体は499M104……あんまり自己調教が進んでないわね。アナルの拡張が4センチ、尿道も7ミリって、よくこれで性処理用品に志願したわね」
「一応前立腺でのアクメ経験もあるけど、射精を好む個体っぽいかぁ……ふふっ気の毒にね、もう二度とまともな射精なんて許されないのに」
「コニー、それは内緒にしておくわよ」

 コニーと呼ばれたメス……319F052はイツコの言葉に「もちろん!期待を煽るだけ煽ってから叩き落とした方が美味しいもんね☆」とにんまりする。
 まぁそれもあるんだけどね、と苦笑しつつ、イツコは事前処置室の前に立ち「管理官様、解錠の許可をお願いします」と宣言した。

「情報見た?これ、『堕とされ』なのよ」
「あ、なるほど。じゃあその方が従順になっていっか」

 カチャリ、と扉のロックが開く音がする。
 そのまま自動で開いた扉の向こうに足を踏み入れれば、そこには二体が思いもかけない光景が広がっていた。

「お、来たか。もっとこっちに来て、作業台の近くで見学していなさい」
「……かしこまりました、管理官様」
「え、見て良いんですか!?ありがとうございます、管理官様!」

 いつもなら、移送のために引き取りに来た段階で素体は全ての処置と通電検査を終え、顔をあらゆる体液で汚しながら床に基本姿勢を取らされている。
 だが今日の素体はまだ処置台の上で拘束され、スタッフと声をかけてきた管理官――あれは調教管理部長だ、前にも会ったことがある――が両側からせっせとオスの乳首に穿った穴を拡張していた。

「うぐぅ……いだいっ!!ひぐっ、ぐあぁっ!!……ぐっ……」
「おうおう、泣いたら自動で懲罰だよ?さっきも言ったとおり、気持ち良くて泣いているなら懲罰にはならないんだけどねぇ……ほら、気持ちいいですって一言言えば楽になれる」
「ぐぎぃぃっ……いたいぃ……もう、無理っ……!!」

 強情だねぇ、と呆れ顔の管理官は、しかし決してその手を緩めない。
 股間で待機している若い管理官に「もう少しで終わるから、そろそろそれ萎えさせて消毒しておいて」と指示をしつつ、オスにしては高さのある乳首に太いエキスパンダーを突っ込みぐりぐりと回して更なる悲鳴を104番に上げさせていた。

「作業用品の二体、事前処置を見るのは初めてかい?ほら、もっと近くで見てごらん。こうやって穴を4ミリまで拡張するんだ。……ああ、私との会話は許可しよう」
「ありがとうございます。……へぇ、結構力業なんですね」
「単に指示リングをつけるだけなら魔法で開けるんだけどね、これも調教の一環だから」
「!?」

 どうやらようやくこの場に異性がいることに気付いたのだろう、104番がビクッと身体を震わせ、唯一動かせる目をキョロキョロさせる。
 そうして傍らに佇む二体の作業用品を目にした途端、驚愕の表情を浮かべた。

 ……いや、あれは驚愕だけでは無い。まるで人間様が二等種を見るかのような、侮蔑の感情が交じっている。

(なっ、なんだこいつら!?二等種、にしては変な格好をしてるけど……いやいやどう見ても裸だし二等種だろ!なんで天然の二等種野郎がこんな所に……!!)

 二等種にこんな無様な姿を見られるだなんて、と104番は顔を真っ赤にしてイツコ達を睨み付ける。
 その姿に(やっぱり『堕とされ』は面倒くさそうね)とイツコはため息をつきつつ、さてどうやってこの勘違い野郎の鼻っ柱を折ってやろうかしらと一人ほくそ笑んでいた。


 …………


 499M104は、かつて人間であった。
 それも人間に擬態した生粋の二等種ではなく「本当の意味で」人間だったのだ。

 6歳にして魔法が発現した少年は、父親が大企業のオーナーであることもあって周囲からちやほやされて育った。
 そして時折自宅で開かれる「ホームパーティー」を幾度か覗き見たお陰で、早い段階で二等種の存在も認知していたのだ。

「絶対に誰にも喋るなよ」と念押しして父親が教えてくれた、二等種の正体。
 この世には人間に害を為す二等種と呼ばれる存在がいて、彼らは魔法を一切使えないこと。
 二等種は人間とは見做されず、人権も無い。あの場にいた二等種は長年かけて無害化され、人間様のお役に立つことを喜びとしているただのモノであること……

 本来年端もいかぬ少年には決して知られてはいけない事実を、少年が生まれて直ぐに妻を亡くし、妻の面影が残る少年を溺愛していた父親は「お前もいずれ私の跡を継ぐのだから」とうっかり喋ってしまう。
 これこそが、少年にとって不幸の始まりだった。


「魔法が使えない奴は人間じゃ無い」


 その事実を心に深く刻み込んだ少年は、周囲の大半の子供に魔法が発現した頃、とあるクラスメイトを虐め始める。
 そのクラスメイトは10歳にしていまだ魔法が発現していない……つまりは人間で無い可能性が高い子供だった。

 父が言っていたのだ、二等種は圧倒的な力で抑えつけなければ、いずれ人間に害を為してしまうと。だから自分もあいつを抑えつけなければ……

 それは幼心に刻まれた、幼稚な正義や二等種への嫌悪と言うよりは恐怖に近かったのかも知れない。
 ともかく、少年はそのクラスメイトを友人達と虐め倒した。周囲の証言によればそれはそれは惨たらしいものだったらしい。

 その結果、クラスメイトは自殺未遂を図る。
 これまでは父親の威光でもみ消されていた問題であったが、流石に自殺未遂となれば世間が黙っていない。
 事態を重く見た教育省はようやく重い腰を上げる。
 そうしてこの虐めに関わっていた少年達を「非行少年」と認定し、矯正施設へと送致したのである。

 矯正施設には最大で12歳の誕生日まで収容され、様々なプログラムを通じて少年少女が社会復帰できるように支援する。
 支援員数人により問題なしと判断されれば、晴れて親元に帰れる仕組みである。
 実際、少年と同時に収容された子供達は皆、半年以内に矯正施設を退所している。

 だが、少年の矯正はことごとく失敗に終わった。
 無理も無い、12歳の魔法登録までは魔法が発現する可能性があるのだから魔法の発現の有無にかかわらず平等に接しましょうと言われたところで、彼は既に現実を知っているのだから。

「大人だって、魔法の使えない人間を二等種って呼んでモノ扱いしてるじゃないか!何で子供だけ差別しちゃダメっていうんだよ、おかしいだろ!?」

 そう言われてしまえば、支援員とて返す言葉が無い。
 この世界に二等種を侮蔑・嫌悪していない大人などいないのだ。なのに子供にだけ清廉潔白を求めるのは確かにおかしい。
 ……おかしいと分かっていても、大人の決めた世界では許されるわけでは無いのだが。

 結果、少年は12歳の誕生日目前にして「矯正不能」と判定される。
 数日後、処分の決まった少年が12歳の誕生日に呼ばれたのは、部屋の四隅に軍人が待機する小さな部屋だった。

 机を挟んでどこか落ち着かない、けれど憮然とした様子で腰掛ける少年に、目の前に座った支援員はタブレットを差し出す。
 少年はここで2年近く暮らしているが、この支援員に会うのは初めてだ。まだ若いし新人だろうか、柔和な笑顔だが何となく目つきが怖い気がする。

「刑部敦(おさかべ あつし)君、君は残念ながら当施設に於いて矯正不能と判定されました。よってこれから別の施設へと移動します」
「何だよ先生、俺家に帰れないの?」
「帰れません。ほんと、もうちょっと大人の言うことを聞いてくれれば良かったのに……」
「だーかーらー、いつも言ってるじゃん!大人がやってるのに子供がダメってのは納得できないって」
「はいはい。それで、移動に関してこちらの承諾ボタンを押して貰う必要があるんですよね」

 支援員は少年の前にとある画面を提示する。
 そこには「矯正不能判定者送致同意書」と銘打った書類が表示され、小さな文字で何やら小難しい内容が書かれていた。
「内容はお父さんに確認して貰っていますので、あとは君がこのボタンを押すだけです」と支援員は画面をスクロールし、赤い「承諾する」のボタンを指し示した。

「えー、よく分かんないんだけど。俺一体これからどこに行くの?」
「それは承諾しないとお話しできないんですよ」
「なんだよそれ、訳も分からないのに承諾しろっての?」
「大丈夫ですよ、お父さんはもう承諾して下さってますから」
「……けっ」

 非常に納得はいかないが、父親の承諾を突きつけられてはこれ以上文句も言えない。
 そう言えば一昨日父親と面会したときに「今後のことはもう決まっているから、支援員さんの言うことを良く聞くんだよ」と言っていたなと少年は思い出す。

 ――あの日の父親の目は真っ赤だった。まるで、この矯正施設への送致が決まったときのように――

(まあいいや)

 どこに行ったって、自分は変わらない。
 大人の理不尽になんて屈するものか……

 そう心に決めて、少年はボタンをタップする。
 数秒後、画面が切り替わり「承諾を確認しました」と表示されたのを見て、少年は支援員に「押したよ」と告げようと顔を上げ……そして、違和感に気付くのだ。


(あれ……無い)


「はい、確認しました」とどこかホッとした様子で答える支援員が「ちょっと失礼しますね」と少年の首に手をやる。

(支援員さん、魔力が無い……いや、無くなってる?)

 目の前の若い男性の魔力が感じられないのだ。
 不思議に思っていた少年は、しかし次の瞬間更なる事実に気付く。

(違う)

 魔力を感じないのは、支援員だけでは無い。
 さっきまでとんでもない圧を感じていた四隅の軍人からも、いやそれだけでない、この場所からも、全く魔力を感じない――

(魔力が無くなったんじゃない、俺が魔力を感じられなくなってる!?)

 その事実に気付き声を上げるのと、支援員の手が首に回された金属の輪っかのロックをかける音が響くのは、ほぼ同時だった。


 カシャン


「せ、先生っ俺」
「喋るな」
「っ!?がは…………!!」

 俺、何かおかしい。
 そう叫ぼうとした少年の口から飛び出したのは、バチンという音と共に突然全身に走った激痛と衝撃への悲鳴だった。

(何……今の……身体、が……)

 どさり、と少年の身体が椅子から崩れ落ちる。
 さっきとは打って変わって冷たい眼差しをした支援員は、さっと椅子と机を横に片付け「執行完了しました、部隊長!」と右後ろに待機していた壮年の男性に敬礼した。

「ご苦労。後は俺たちがやるから、お前は隅で着替えろ。梱包次第直ぐに輸送する」
「はっ」

 待機していた軍人達がさっと動き始める。
 全身に流された電撃で上手く身体の動かない少年を手際よく拘束し、先ほど部隊長と呼ばれた男が「見ろ」と目の前に英数字の書かれた紙を差し出した。

「いいか、『はい』とだけ言うんだ。それ以外の言葉を喋れば、また電撃を流す」
「ひっ!…………は、い……」
「目は見えているな?今目の前に書かれている英数字、これがお前の名前だ。いいな?」
「……はい…………っ、ぐあぁぁぁっ!!」

 電撃の恐怖に訳も分からず「はい」と答えれば、途端に脳みそをぐちゃぐちゃにかき回されるような酷い不快感が少年を襲った。
 たまらず叫べば「喧しいな」と更に電撃を追加され、言葉すらまともに発せなくなる。
 半開きの口を無理矢理開けた軍人は、何やら穴の開いたボールを口に押し込んで首の後ろにベルトを回し、きっちりと締め上げた。
 更にアイマスクと耳栓をつけられ、ふわりと身体が浮いたかと思えば何かの中に押し込まれる感触がする。

 締め付けが強くて、息が苦しくて、身体は痺れて動かなくて。

(助けて!!殺されるっ、助けて……お父さん……!!)

 少年の声にならない叫びは、スーツケースの中から外に出ることは無い。
 ――彼の記憶に残っているのは、ここまでである。

「……よし、梱包完了。岡林、着替えは」
「終わっています」
「ん、じゃあさっさと行くぞ」

 岡林と呼ばれた若い支援員……に扮装していた二等種捕獲部隊の新人は「支援員に見えてましたかねぇ」とポリポリ頭をかきつつまだ着慣れていない軍服姿に戻って先輩達の後を追う。
「俺たちが支援員役をやるよりゃよっぽどマシだ」と部隊長達は笑いながらスーツケースをゴロゴロと転がし、施設の外へと向かった。

「矯正施設の『堕とされ』はまだ楽なんだよ。天然モノと要領は大して変わらないからな。大変なのは成人の刑罰執行でな……恐怖でボタンなんて押しゃしねぇから、ゴーグルで画面を見せて瞬きしたら動作するように組んであるんだが、堕とされた瞬間ってのは分かるらしくて」
「新人の頃に一度だけ捕獲しましたが、めちゃくちゃ暴れるんですよね……」
「暴れたところで一度二等種に堕ちれば人間には戻れないのにな」

 一般的な二等種は12歳段階で魔法が発現してない個体を指す。
 だが、この世界には少数ではあるが、人間でありながら二等種に堕とされる個体が存在する。
 理由はこの少年のような矯正不能判定だったり、重犯罪を犯したり、または二等種管理庁内の内規違反だったりと様々だが、二等種堕ちの処分が決定した者は執行時に自ら承諾ボタンを押す決まりだ。

 この承諾ボタンの押下は、対応する二等種、いわゆる処分個体の首輪に内蔵されている緊急用破壊機構を起動させる。
 これにより二等種を壊し……つまりは命を奪ったと世界に判定された対象者は、即時魔法の力を失い二等種と同じ性質を植え付けられてしまうのだ。

 これが「二等種堕ち」であり、執行されて二等種となった個体は内部的には「堕とされ」と呼ばれる。
 成人の場合は多少処遇が異なるが、18歳未満で堕とされた二等種は基本的に天然モノと呼ばれる一般的な二等種と同じ扱いを受けるのである。

「ま、気の毒だがこれも人間社会の平和のためだよな。不穏分子は若い内に摘んでおかないと」

 施設の裏口に停めてあったトラックの後ろに、彼らは二等種の入ったスーツケースを放り込む。
 今日は魔法管理局の捕獲もあったから、スーツケースは2個だ。今月はこの地区での捕獲が多い当たり月らしい。
 ちょっと前に捕獲した群青色の髪の少女はなかなか可愛らしかった、いずれ穴として出来上がるのが楽しみだなと部隊長は心の中で舌なめずりしつつ「じゃ、早いところ終わらせるぞ」とトラックを発進させるのだった。


 …………


(あの日……俺は二等種に堕とされたんだ。卑怯な大人達の勝手な都合で……!だから俺は、『天然モノ』とは違う……っ!!)

 104番は心の中で叫びつつ、己の変形した乳首を「うわ、痛そう」と楽しそうな声色で囁きながら眺める二等種を睨み付ける。
 大人への反発心は潰えてないとは言え、他の二等種と同様に骨の髄まで懲罰を用いて恭順を叩き込まれ、かつ少しでも人間様に逆らった個体がどうなるかを見せつけられてきた104番が、人間様への反抗心を露わにすることは無い。精々心の中で時折愚痴るだけだ。

 だが、内に抱えた怒りは104番の認識を歪ませる。
 今や104番は、同じ二等種に――ほぼ全てが天然モノの筈だ――対して、激しい嫌悪と侮蔑の感情を抱くようになっていた。

(俺はあいつらとは違う、元人間なんだ)

 ちっぽけなプライドが、ここまで彼の心を何とか保たせてきたのだ。
 ……その卑下している天然モノと同様、人間様に表向きは媚びへつらい絶対服従を決め込み、発情に頭を焼かれて己の垂れ流したカウパーを舐め啜りながら二度と萎えない屹立を扱き続け、終いには射精が許されない辛さに屈服して「性処理用品になれば、スッキリできる。人間様に奉仕するのは癪だが、こんな所に閉じ込められたまま生涯を終えるよりずっと良い」と志願ボタンを押した事実に向き合えるほど、彼の心は育っていない。

(製品にするには、そのプライドもズタズタにへし折った上で壊れないようにしないとねぇ)

 ようやく拡張を終え両方の乳首にリング状の太いピアスを装着した壮年の管理官は、そんな104番をいかにして上手く調教していくかを思案しつつ、股間の方へと移動していった。
 一般的に「堕とされ」の性処理用品への加工は困難を伴う。どれだけ調教しても特に精神面での不備が目立ち、不良品として処分になるモノも多い。
 だからこそ、調教管理部の管理官として最もキャリアの長い部長がこの個体を担当し、作業用品も性能が高い二体が選ばれたのだ。

 緑の覆布をかけられ、萎びた竿だけが布に開いた穴から情けなく顔を出している股の間では、先月管理官に昇格したばかりの若者がトレイに載せられた器具を指さしつつ、ブツブツと手順を何度も確認している。
「じゃ、始めようか宮代君」と作業用品の二体を手招きして傍に立たせれば、宮代と呼ばれた若い管理官は「はっ、はいっ!」と緊張に震える声で返事をしつつ、手袋を身につけた。

「……あれ、萎えてる」
「ん?ああ。オスは一時的に萎えさせないと着けられないからね。通電検査が終わる頃には切れてるから、見たことが無かったかい」
「はい。そっか、確かに萎えないと着けられないよね」

 何だか可愛らしいねぇ、と見慣れない状態の性器を興味深そうに眺めるコニーの目の前で、先端にたっぷり潤滑剤をまぶした管理官が何かを手にした。
 銀色に光る筒は長さが3センチ弱、直径が6ミリくらいだろうか。片方の先端には、側面に二つの穴が開いている。
 もう片方はリング状に一回り大きくなっているようだ。

「あ、チンコロックだ」
「ほう、作業用品はそう呼ぶのかい?これは尿道テザーと言うんだよ」
「テザー?」
「ははっ、二等種には難しい言葉だったね」

「金藤部長、これ通りますかね……」と側面の穴に髪の毛よりちょっと太いナイロン糸を通し、根元側をツンツンとペニスの先端に押しつければ「ひいぃっ!!」と情けない声が上がる。
きっと天井の鏡を通じて、これから己の陽物に何か碌でもないことをされそうな気配を察したのだろう。

「う、あ、ちょ、そんなの入らない……!!」
「はいはい、二等種の分際で人間様に意見しちゃいけないねぇ。ま、股間を弄っている間の発言は特別に懲罰を与えないけど」

 入らない、じゃなくて入れるんだよと管理部長は棚から滅菌バッグに包まれた器具をいくつか持ってくる。
 手際よく清潔な覆布の上に落とされたのは、様々な太さの金属の棒……いわゆる尿道ブジーだった。

「事前調教は……尿道7ミリか、また随分消極的だねぇ。宮代君、その尿道テザーの太さは覚えてる?」
「あ、はい。リングのついている方が9ミリです。入口を9ミリまで拡げれば良いですか?」
「いや、ブジーは30Frまであるから一番大きい奴まで使って。それで10ミリまで拡げれば余裕で通るし、この後のこともあるからね」
「はい」

 ついでだから奥まで拡げてあげなさい、とにっこり微笑む部長の指示に従って、宮代は雁首を左手の中指と薬指に挟んで手前に引っ張りつつ、21Fr……7ミリのブジーをずぶっと突っ込んだ。
 途端に「いでえぇぇっ!!」と叫び声が上がる。

「なんだ、7ミリはクリアしてるんじゃなかったのかい?」
「……あー部長、この素体7ミリクリアは1回のみです」
「なるほど、じゃあ念入りに拡げてやって。別に出血しても気にしなくて良い、どうせ治癒魔法で直ぐに治すから」

(うっそだろ!?てか、さっき10ミリって!?そっ、そんなの入るわけが無い……!!)

 二等種のメスに局部を見られる恥ずかしさや怒りと、未知の太さを突っ込まれる恐怖とで104番の顔は赤くなったり青くなったりと大忙しだ。
 そんな104番の内心などお構いなしに、宮代はぐりぐりと前立腺の手前まで尿道を拡張していく。
 1ミリずつ太さを上げてテンポ良く拡張されていく様に、作業用品の二体は「うわぁ……結構簡単に拡がるんだ」「先っぽぱくぱくしてるの可愛くない?」とすっかり興味津々である。
 これがオスなら股間を押さえて青ざめるんだけどね、と笑いつつ、無理矢理押し広げられたせいで上手く閉まらなくなっている鈴口に宮代は再びテザーを押しつけた。


 ぬぷっ……


「うぐっ……!!」
「入りました。結構中はゆるゆるですね」
「ああ、亀頭部の尿道は広いからね。大体10から12ミリくらいあるんだよ。だから先端さえ通れば割と余裕がある」
「……つまり奥まで拡げたのは」
「趣味だね」
「趣味」

 そのまま押し込めば、テザーは尿道の中にすっぽりと隠れてしまう。
 中が広くなっているとは言え、金属の異物が入っている違和感はとても気持ちの良いものでは無い。

(趣味でそんなところまで拡げんなよ……っ!!くそう、まだなんかズキズキする……)

 何より、尿道を無理矢理押し広げられた鋭い痛みがまだ消えない。
 この身体が排尿する権利を失っていて良かった、こんな状態じゃとても排尿できないと涙目になっている104番の視界にはまだ使用していない器具がいくつも映っていて、更に痛い目に遭わされるのかと戦々恐々だ。
 確かに何かにつけて食らっている懲罰電撃に比べれば痛みも大したことは無いはずなのに、やはり急所を弄くり回されるのは恐怖心が桁違いである。今なら人間様の魔法など使わなくても愚息は大人しくなるに違いない。

「はぁっ、はぁっ……」
「……バイタルは問題ないね、そのまま続けよう」
「はい」

 104番の浅い息遣いをBGMにしつつ次に宮代が手にしたのは、小さな弾力性のあるカップ状のパーツだ。
 カップのお尻の部分には穴が開いている。
 宮代はカップの穴に尿道テザーから伸びる糸を通して、そのまま先端に被せるような形で糸の上を滑らせた。
 糸の先端は間違えてカップを落とさないよう、覆布と一緒に鉗子で挟んでおく。

「……ひっ…………!!」

(先端に、被せる……いや、それにしては小さすぎる……まさか……!?)

 ……104番の背中に冷たい汗が伝う。
 もう何をされるか、何となく想像がついてしまった。当たって欲しくないがこれは確実に当たっている、じゃなければわざわざ糸をガイドになんてしないはず。

(いやいやいや!?さっきの棒っきれより明らかに太いだろそれ!!無理だって、引き返せよおぉぉっ!!)

 心の中の叫び声は、恐怖に固まった口では言葉にならず「ぁ……ちょ……ぇ…………っ……」と短い呻き声を上げるだけ。
 そんな104番の気持ちは、当然のように無視される。

「うわ太い」「こんなの入るんだ」と目を丸くする作業用品達に管理部長は「ああ、これ曲げられるんだよ」と説明する。
 宮代がカップをぐっと力を入れて指で摘まめば、楽にとは言わないが確かにぺたんこになっていた。

「これでカップを折りたたんだ状態で尿道に挿入するんだ。挿入後中で開けば」
「出せなくなる、と」
「そういうこと。金属のディスクを使う方法もあるんだけれどね、牽引目的だとこっちの方がしっかり固定できていいんだよ」

 カップの一番広いところは18ミリ。
 さっき無理矢理拡げた尿道であれば、しっかり折りたためば少なくとも入り口はクリアできそうではある。
 そう、理論上は、だが。

(お願いだ、やめてくれ……)

 一度入れれば、とても抜くことができなさそうな物体を挿入される。
 あれが一体どう言う意味を持つのか、今の104番には想像がつかない。ただ、何か取り返しのつかないことを――乳首にピアスを着けられたどころの騒ぎでは無い、だってよりによって今回の標的は自分の息子さんだ――される気配だけをひしひしと感じて、恐怖で顔が引き攣っているのに視線は鏡から逸らせない。

「しっかり、折りたたんで……」
「そう、力抜かないようにね。そのままゆっくりと奥まで挿入。本体は押し込んでいいから」
「っ、はい……」

(くっそ、やめろおぉぉ!!)

 ガタガタと身体の震えが止まらず、心臓が痛い。
 恐怖で感覚までおかしくなっているのか、やけにゆっくりとカップが鈴口に近づいていく気がする。

(いやだあぁぁぁ!!)

 ぬぷ、と折りたたんだ先端が粘膜の中に消える。
 と、その時

「あ」
「っぎゃああああっ!!」

 緊張で手が滑ったのだろう、中途半端な位置でくぱっとカップが開く。
 本来、最も広い亀頭内の尿道で開くはずのカップは、よりによって斜めに入った状態のまま尿道の入り口近くでその形状を取り戻し……思い切り弾かれる痛みと想定外にメリメリと拡げられる激痛に、たまらず104番は雄叫びを上げた。

「すっ、すみませんっ!手が滑って」
「ああいいよ、初めてだし難しいよね。このくらいじゃ二等種は壊れないから安心して。ほら、落ち着いて折りたたんで一度抜こう」
「はいっ……」
「うぎっ…………いだいぃぃ……ひぐっ……」

 慌ててカップを抜いた鈴口は可哀相なほど赤く腫れ上がりヒクヒクと震えているものの、幸い傷は無さそうだ。
「じゃ、もう一回ね」と間髪入れず指示した管理部長の言葉に、104番は溜まらず「もっ、無理ですっ!!」と叫び声をあげた。

「お願いしますっ!何でもするからぁっもう止めて、そんなの入らない……!!」
「ふぅ、何度も言わせるんじゃ無いよ二等種風情が。宮代君、いいよ進めて」
「はいっ」
「いやだっ、もうやだっ痛いのいやっぎゃああぁぁっ!!」

 更なる咆哮が、処置室に響く。
 宮代の挿入したカップは今度こそ上手く中に入ったものの、弾性の高さ故に勢いよく尿道の中で傘を開いて、まるで内部から思い切りデコピンされたかのような痛みが104番を襲った。

「ひぐっ、ひぐっ……痛い……痛いよぉ……」
「入りました。これで本体を引っ張り出して、っと」
「うぐうぅぅ…………」

 宮代が糸をゆっくり引っ張れば、ぬるりと尿道の中に隠れていた本体が顔を出す。
「これでもう、テザーは抜けないですね」と少し強めにぐいぐいと引っ張れば、その度に濁った叫び声が104番の口から放たれた。

(やめてっ、もう引っ張らないで痛いっ……しかも抜けないって、嘘だろ……!?)

 血の気が引くのは痛みのせいだけでは無い。
 ペニスの中に金属を埋め込まれて、もう取り外せ無いだなんて……一体これからどうやって自慰すれば良いというのか。
 
「はぁっはぁっ……ひぐっ……やだぁっ、出したい……」
「呆れたものだ、流石は二等種と言ったところかね」

 こんな状況でも、いやこんな状況だから慣れ親しんだ感覚で己を落ち着けるためなのか。とにかく今の104番の心配事は、惨めに加工された分身でいかにして己の快楽を得るかのみである。
 そうなるように教育され且つ誘導されたとはいえ、己の快楽のために目的を「人間様の快楽に奉仕するため」と偽って性処理用品に志願するような素体の思考リソースが、性欲以外に割かれることはほぼあり得ない。

(やれやれ、まだ好きに自慰できると勘違いしているんだねぇ。こんなものをぶっ刺されてもまだ気持ちよく射精する気満々とは、強欲なのか……それとも浅慮なのかね)

 震えながら「痛い……痛いぃ……」と譫言のように呟く104番を、管理官達は呆れた様子で、そして作業用品達は楽しそうに眺めている。
 そんな作業用品の表情に気付いたのだろう、管理部長が「随分楽しそうだ」とイツコに声をかけた。

「……やはり二等種か、人の苦痛は楽しいかね」
「それはもう。……ご心配なく、人間様には何もしませんよ?」
「当然だ、そんなことをすれば即刻処分だろうねぇ」

 この素体が、これからどれだけ絶望するのだろうかと想像するだけで笑いが止まらないですよとにっこり微笑むイツコに、管理部長は薄ら寒いものを覚える。
 彼ら作業用品は、ある意味では失敗作だ。二等種としての性質を押さえ込みきれず、人間様のお役に立つこともできない出来損ないであるが故に、こうして性処理用品を作らせる道具としてリサイクルし飼い殺しにするしか無い存在。

(……まあ、その凶暴性が人類に向かないからこそ、できることだが)

 今回は104番の調教のために必要だったとはいえ、できることなら直接相対するのは御免被りたいものだと心の中で独りごちながら、管理部長は次の作業の指示を行うのだった。


 …………


 ペニスの先が、焼けるように痛い。
 無理矢理カップで押し広げられたままの尿道は、早く異物を出してくれと悲鳴を上げ続ける。
(……まだ、何かするのかよ…………もう嫌だ……)

 はらはらと涙を零しながらぼんやりと天井の鏡を眺める104番の視界に映ったのは、覆布を取り去って露わになった己の股間と管理官の手に握られた金属のリングだ。
 大きさは親指と人差し指で作った輪っかくらいあるだろうか。
 一体何をするのかと諦め半分で見つめていれば、宮代の手は先ほどまで苛め抜いていたペニスの更に後ろに伸び……むんずとすっかり縮こまったふぐりを掴みあげた。

「!!」

 そのまま、片方の玉をリングに押しつけ通そうとしている。
 だがどう見てもリングの内径は玉より小さい。つまりは、潰れない程度に変形させないと通らないわけで。

「ぐ…………ぅ…………」

 こねくり回し、押しつけながら何とか輪っかの中に押し込もうとする圧力に、ぶわっと脂汗が噴き出し、勝手に涙が溢れる。

(し……ぬ…………痛い…………金玉潰れる……!)

 歪な形に変形した玉に戦慄するも、目を逸らせばそれこそ何をされるか分からない恐怖に駆られ、惨めな光景を焼き付けるかのように凝視することしかできない。
 一体彼らは何をしようとしているのか。まさかあんなリングを双球にぶら下げて歩けとでも言うつもりなのかと、光景を想像しただけで痛みが倍増する気がする。

「結構、っ、通らないものですね……」
「袋の中でヌルヌル動くからね。片方通った後にもう片方を通そうとしたら、通ってた方が抜けちゃったりするから気をつけて。まあ最悪潰れても復元魔法で元に戻せるけどね」
「はい……ああもうイライラする……!」

 宮代の少し乱暴な手つきで思い切り握られれば、あまりの痛みに104番が「っ……!!」と声にならない叫びを上げる。
 それすら若い管理官にはプレッシャーになるのだろう「ちょっと大人しくしてろ」と理不尽にも首輪に電撃を流される。
 だが、104番には最早やめてくれと懇願する気力すら残っていない。

(俺……本当にどうなるんだよ……)

 つるん!と音がしそうな勢いでようやく片方の玉が通ったのを「あ、これなんか見ていて気持ちがいいね」と二等種のメス達は目を輝かせている。
 何が気持ちがいいだこのやろう、と二等種に小さな声で悪態をつくも彼らには聞こえず、彼の文句も再び始まった玉の輪くぐりのお陰で直ぐに痛みへの嘆きに取って代わった。

「ううっ……ひっく…………ひぐっ……」
「あーあー、顔ぐっちゃぐちゃ。まだ序の口だってのにねぇ」
「そうだねぇ。ああ、良く見てなさい。ご自慢の立派なブツが情けなく閉じ込められるところ、ね?」
「ひぐっ……とじこめ、られる…………?」

 一体どう言う事だと思考が停止している間に、先端に楔を埋め込まれたペニスもまたリングの中に通される。
 竿と玉をひとまとめにして根本で押さえつけるようなリングの位置を調整したかと思えば、宮代はさらに不思議な部品を取りだした。

(……閉じ込める、ってチンコを?……あれの中に!?)

 まるで鳥かごを逆さにしたかのような、小さな檻。
 檻の底部には二つのピンと、先ほど通したリングの上部についていた金具と組み合わさるようなパーツがついていて、宮代はすっかり萎えた104番のペニスにその檻を被せ、先端の穴からテザーをぴょこんと引き出す。
 そのままピンとパーツがリングとしっかりかみ合うように押さえつけたかと思えば、上部の金具に鍵を差し込み、くるりと回した。


 カチッ


(…………え……?)

 今、一体彼は何をしたのか。
 ペニスを檻のようなものに閉じ込めて、鍵をかけて。

「貞操具の施錠完了。最後にこっちを通せば完成ですね」と、ペニスの先端から飛び出た金属に何かを通そうとしている。
 あれは……確か、さっき乳首に通した指示リングとか言う奴だ。
 乳首用のものよりは幾分細いが、それでも十分な存在感を放つリングの上部パーツを宮代の手はテザーの側面に開いた穴に近づけている。


 ドクン


 途端に、104番の脳裏に先ほどの会話が蘇る。
 ――あの乳首の太いリングを通したときに、人間様は何と言っていた?


『これ、永久に外れないんですよね、確か』
『そうそう。まぁ一応魔力を帯びた専門の器具で切断すれば外れなくは無いけどね。破壊しようとするだけで懲罰用より強い電撃が流れるから、最悪乳首が熱傷で取れちゃうかもしれないねぇ』


(……あれを通せば、閉じれば……二度と、外せない)

 檻に閉じ込められたペニスは、間隔の広い格子の隙間から触れるくらいは可能な気がする。
 けれども、この状態で果たしてペニスを扱く事ができるのか?

 いつの間にか拡大されて映された鏡の中の局部を、104番は目を皿にして眺める。
 最も気持ちの良い雁首部分はしっかり金属でガードされていて、とても快楽を得るほどの強さで触れることはできなさそうだ。
 いや、それ以前に……この状態でいつもの大きさに戻れば?

(うそ、だろ)

 ぞわっと背中に走るのは、これから行われる無慈悲な行為への恐怖。
 思わず「やめて……」と小さな声で懇願すれば「何も問題ないだろう?」と管理部長は柔やかに104番に微笑む。
 その笑顔に、ひゅっと喉が鳴った。

 ……ああ、その表情はいけない。
 あれは人間様が二等種の権利を奪うときの、優越感混じりの微笑みだから。

「性処理用品志願の意思確認は受けてきたよね?ほら、ちゃんとここに映像だって残っている」
「かく、にん……」

「意思確認ってどうやっているんですか、管理官様」とコニーが尋ねれば「そうか、君たちには縁が無いものだね」と管理部長はタブレットを操作した。
 途端に部屋の中に、104番の情けない声が響き渡る。

『――ちっ、違いますっ!!俺は人間様にご奉仕したくて、お役に立ちたくて性処理用品に志願します!!俺は気持ちよくなくてもいいです!どうか人間様を気持ちよくするために、俺をお使い下さい!!』
『ふぅん、そう言って人間様を騙そうとしてるんじゃないの?好き勝手に自分の快楽だけ追うような出来損ないは、性処理用品にはできないんだけどねぇ』
『っ、そんなことしません!全力で人間様のためだけにご奉仕します!だから、だからっ……!!』

「うわ、良くこんなこと言えるわ……」と少し引いた様子のコニーに笑いながら「こんな感じでね、性処理用品に志願するときには念入りにその意思を確認するんだよ」と管理部長は104番の方を見る。
 その瞳に浮かぶのは、絶対的強者の余裕だ。

「自分で言ったのだろう?気持ちよくなくて良いと。……なら、奉仕に集中するためにも邪魔な竿は縮めて二度と自慰できないようにしないとねぇ」
「……そん、な…………」
「人間様への奉仕にペニスは要らないんだよ。折角立派に育てたけど、性処理用品に加工するには邪魔なだけだからね。だからこうやって閉じ込めて」
「っ…………お願いします、それだけは、それだけは勘弁して――」


 カチッ


「ほら、これでもうこのペニスは、檻から出られない」
「………………ぁ…………」

 懇願を無視して唐突に閉じられる、太いピアスのロック。
 剥奪の音は思ったよりも軽く、小さく、けれど確実に104番の精神を打ち抜いて。

「……いや、だ…………」

(もう二度と、自慰できない……この小ささじゃ、勃起すら許されない……!!)

「いやだっ、そんなのっいやだああああっ!!」

「ふふ、いい顔……」「これの担当になって良かったわぁ、こんな顔滅多に見られないものね」と破顔する二体の作業用品の話し声は、絶望に濡れた渾身の慟哭でかき消された。


 …………


「ふぅっ、ふぐっ……いぁぃ……ぐうぅぅっ、おぇっぎゃあああああっ!!」
「はいはい、引っ張られたくなければさっさと歩きなさいな」
「あー、ちんちんの先から血が滲んでる。ま、どうせ一晩経てば治ってるから問題ないよ、ねっ☆」
「ひぎぃっ!!」

 あの後、104番は喉まで届く口枷を嵌められ、嘔吐きが止まらない中顔が歪むんじゃ無いかと思うほど革ベルトで締め上げ固定される。
 更に後孔には「開発していないにも程があるねぇ……ちょっと強引に拡げるか」と大量の筋弛緩剤を塗られた後、直径5センチ、長さ12センチの極太ディルドを無理矢理咥えさせられ、そのまま処置を見学していた作業用品二体によって保管庫へと移送されていた。

 処置の間に使われていた魔法だか薬剤だかは切れたのだろう、すっかり鳴りを潜めていた股間はいつものように唆り立とうとその鎌首をもたげ……ようとして、金属の小さな檻に思い切り阻まれギリギリと肉の筒を締め上げられている。
 勃起により尿道も圧迫されるのだろう。入口の金属が、そして何より中で明らかに拡げてはいけないレベルに尿道を押し広げるカップが狭くなった尿道に突き刺さり、傷も相まってありとあらゆる種類の痛みを股間から発するのだ。

(くそっ、もっとゆっくり歩けよこのバカ天然モノが!!)

 その上、歩く度にアナルフックでしっかりと固定された肛門を穿つディルドが微妙に中を抉る。
 初めての太さを迎え入れた後孔は今こそ薬剤で緩んでいるが、それでも感じたことが無いほどの圧迫感と重さを、そしてずっと肛門を拡げられたままの焦燥感を104番の脳に送り込んでくる。
 正直あまりの疲労と苦痛に、この場所で倒れ込みたいくらいだ。

 だというのに、目の前を歩く二等種……確かイツコとか言っていたか、ロングヘアのメスは一向に歩く速度を緩めない。
 テザーの先に装着されたリングは一定以上の力がかかると懲罰電撃を流す仕組みになっているらしい。電撃は金属のテザーにも当然のごとく伝わるようで、さっきから何度となく電撃に晒された内側の弱い粘膜はすっかり傷つき、先端から血の涙を滲ませていた。

「うぉぉっ、おあぇっ、おうぅぃ……!!」
「無駄吠えはダメだって、人間様に習ったでしょ?ほら、大人しく歩くよ☆」
「うげぇっ……」

 飲み込めない涎を胸にダラダラと零しながら、必死で止まれもう無理だと唸り声で訴えるも、後ろを歩くメスに気軽に――そう、本当に良心の呵責を一欠片も感じさせない鞭を振るわれて、104番は致し方なくまた足を前に進める。
 大体、どうして鞭を振るう場所が尻や太ももではなく、檻をギチギチに食い込ませたペニスなのか。

(こいつ、絶対俺を鞭打って遊んでやがる)

 あまりの理不尽さに涙目で睨み付ければ「ん?もっと鞭が欲しいの?」と破顔したメスから更にお替わりを貰ってしまったから、目で訴えるのは早々に諦めた。
 ……話の通じない劣等種に歩み寄ろうとした自分が馬鹿だったと、心の中で独りごちながら。

「あーちょっと出血が多いわね。……ありがとうございます、管理官様。良かったわね、尿道の治癒魔法を使って良いって」
「んじゃ膝立ちになろっか。ん?さっさとやらないならもっと鞭で打ってあげるよ?それとも電撃がいい?」
「私達作業用品は、性処理用品への拘束と懲罰を許可されているの。拘束は基本管理官様の許可制だけど、懲罰はこちらの裁量でできるわ。で、どうする?」
「ぐっ…………」

 背の低いシャッターが立ち並ぶ廊下。
「499M104」と書かれたプレートのかかったシャッターの前でイツコとコニーは立ち止まり、104番をその場で膝立ちにする。
 当然、股は開いた状態でだ。


保管庫収納前


「うわぁ、めちゃくちゃ食い込んでる……これは痛いよねえ……ふふっ……」
「ぐっ……」
「貞操具に慣れれば自然と勃たなくなるわ。個人差はあるけど、4週間くらいでマシになってくるからそれまでは我慢なさい」

(そんなに我慢できるかよ!くそっ、取ってくれ!!こんなの耐えられる訳がない!!)

 うーうーと唸り声を上げる104番のケージを、そしてボンレスハムのように無様にはみ出た屹立をコニーはつんつんと突く。
 その振動だけで更に痛みが増すというのに、どうやらこのメスは104番が痛みに悶える姿を堪能しているらしい。頭がおかしいのか。

 と、ピッとどこからか電子音がする。
 音のした方を振り向けば、イツコが手にしたリモコンを操作していた。

「治癒魔法が発動したわよ。明日の朝までかけっぱなしだから、どれだけ中が傷ついても問題ないわ。……ま、痛みは全く取れないけどね」
「んうぅぅぅぅ!!」

(むしろ痛みを取れよ!!何考えているんだよこのバカ!!)

「はいはい、じゃあ保管庫に入って」と何事も無かったかのようにシャッターと鉄格子の扉を開け、四つん這いになった104番を鞭打ちながらイツコは(これは『順応』もやりやすそうね)とほくそ笑む。
 人間様とは異なり二等種に対してはこれほどまでに反抗と侮蔑を剥き出しにするのだ。これなら、消灯までに必ず何かしら懲罰になることをやらかしてくれるはず。
 そうすれば寝ている間に一つ作業を終わらせられる。……これが寝られるかどうかは知らないけれど。

(さて、いつ何をやらかすかしら)と心の中で呟きつつ、給餌器の動作確認のために保管庫の中で膝立ちの状態で拘束した104番の口からずるりとペニスギャグを引き抜いた瞬間

「!!」

彼は期待以上の事をやらかしてくれた。

「けっ、さっさと拘束を解きやがれこのクソアマ!!てめぇら天然モノ如きが俺に指図すんじゃねぇっ!!」
「……ふぅん、そう来たの……」

 口枷を抜かれるなり、104番はぺっとイツコの顔に唾を吐きかける。
 そしてあろうことか、作業用品に向かって暴言を吐いたのだ。

「うわぁ……」と後ろでテスト用の餌を準備していたコニーが固まっている。
 その様子に作業用品だ何だと言っても所詮こいつらは天然の二等種だ、脳みその足りない奴らが俺を制御なんてできないと、104番は口の端をあげ……しかし、彼女が固まったのは全く別の理由であったことを直ぐに思い知らされるのである。

「ぎゃああああぁっ!!ぐがっ、うがああっ……!!」
「はぁ、醜い声ねぇ……もういいわコニー、給餌ノズルを突っ込んで。動きは最大で。奉仕の指導は今晩の餌で仕込んでもらいましょ」
「了解っ☆イツコ、顔が大変なことになってるよ?」
「え、そう?ふふっ、だってこんな活きの良い素体……これからどうやって甚振ってあげようかなって……あはぁ、腕が鳴るわぁ……」

 いきなり全身に走ったのは、先ほど処置室で通電検査に流された手酷い懲罰電撃だ。
「ええと……明日の朝までずっと流すには……管理官様、懲罰電撃を明日の朝まで流すための設定を教えてください」と、まるで今日の献立を聞くかのような気軽さで発せられた管理官への相談に104番は耳を疑う。
 そうこうしているうちに準備ができたのだろう、コニーが104番の鼻をつまみ、溜まらず口を開けたところに思いっきり深くまで給餌ノズルという名の疑似ペニスを突っ込んだ。

「うぶっ、んぐぅっ!!?おげっ、おぇっ!!ぐぼっ、ごぼっ、うげぇぇ……!!」
「これでよし、と。ほら、ちゃんとおちんぽ様にお口でご奉仕してね?」

 激しく抽送を繰り返すノズルに翻弄され、どうやら人間様から指示があったのだろう、断続的に股間と乳首にのみ流れる懲罰電撃に、そして本物と見紛うばかりのペニス型ノズルの抽送に、104番はただただ泣き叫ぶ。

(痛い、苦しい、辛い……!!…………何で、ここまで……!?)

 苦痛の中でぐるぐると動揺した思考が巡る。
 何故自分は、たったあれだけの言葉を、それも二等種に吐いただけでここまで……しかも朝まで懲罰などと言う酷い目に遭わなければならない?

 そんな戸惑いが見て取れたのだろう、イツコが嘆息しながら「あのね」と口を開いた。

 ……その口は、明らかに嗜虐の悦びに綻んでいる。

「あんたは性処理用品の素体、調教される側。私達は作業用品、人間様の道具として調教する側。どっちが上かなんて、その足りない脳みそでも理解できるでしょ?」
「んぎ……っ……」
「私達は人間様の道具。つまりは、人間様があんたに何かをしているのと同じ。……人間様には絶対服従よねぇ?」
「!!っ、えほっげほっ……」

 生臭く悍ましい餌を喉に流され、ようやく給餌ノズルを抜いて貰えた104番は、顔を涙と涎でぐちゃぐちゃにしながらも「けどっ」と反論する。

「俺は元々二等種じゃ無い!!魔法が使えたんだ!大人のせいで二等種に堕とされただけで、だからお前ら天然モノとは身分が違うっ!!」
「……はぁ、あんた良くそれでこれまで処分されずに済んだわね……まあ、人間様には絶対服従を叩き込まれているものね。で、恨みをこじらせた結果二等種に八つ当たり、と」
「うわ、ダッサ」

 思わず言葉を漏らしたコニーを睨み付けたその瞬間、また電撃が流される。
 特に尿道の電撃が叫ぶほど痛い。治癒魔法がかかっているとは思えないほど、鋭くそしてしみるような激痛に思わず悶絶していれば「……出自はどうあれ、今のあんたは性処理用品の素体よ、分かる?」とイツコが諭すように語りかけた。

「性処理用品は人間様のただの穴。元が人間だろうが生粋の二等種だろうが、関係ないわ。あんたは他の性処理用品と同じ、調教を行う作業用品に絶対服従を義務づけられたモノに過ぎない」
「っ……!」
「ま、そこまで頑なじゃ理解できるまでに時間はかかるでしょ。いいわよ、じっくり躾けてあげるから」

 104番に口枷を再装着したイツコとコニーは「取りあえず明日の朝まで懲罰電撃は途切れないから」「消灯するまでは、膝より上を床や壁につけたら全身に電撃が流れるからねぇ☆」とさらっと重要な注意を伝えると、さっさとシャッターを閉めてその場を去る。
 耳鳴りがするほどしんと静まった部屋に残されたのは、尿道と乳首を断続的に電撃で焼かれ続け、疲れて尻を床に触れさせては全身に流された電撃にくぐもった咆哮を上げる、勘違いした憐れな穴のできそこないだけ。

(俺は、認めない……!天然モノの二等種より下の存在だなんて、絶対に……!!)

 気が遠くなりそうな痛みの中、憤怒と怨嗟のみが104番の心の支えとなる。
 ――それがあっさりと折られる日は、決して遠くない。


 …………


「イツコ……お前、そりゃいくら何でもやり過ぎだろう。一晩どころか半日以上『順応』だなんて」
「問題ないわよ、多めにやる分には効果は変わらないし」

 昨日の状況を口頭で実に楽しそうに報告するイツコに、ヤゴは「ったく、嗜虐に素直な奴らは無茶ばかりするんだから」とため息を漏らす。
 そんなヤゴに「あんた達『未覚醒組』がいるから、私達はのびのび性癖を堪能できるのよ」とイツコは笑いかけた。

「本当にヤバかったら止めるでしょう?今回は同じグループなんだし」
「まぁ、な。だが基本的には口は出さないぞ?あくまで作業用品は担当素体のみに対応するのが決まりだからな」
「分かってるわよ。ただ、今回コニーなのよね、私とバディを組むの」
「はい!!?」

 イツコの言葉に、ヤゴが大声を上げる。
 確かコニーもイツコに負けず劣らず嗜虐嗜好の強い個体だったはず。基本的に作業用品の担当は嗜虐嗜好を持つモノと持たないモノを組ませるのがセオリーなのに、敢えて崩してくるとは人間様は一体何を考えているのか。

(……それだけ104番が面倒な個体ということか)

 こりゃうちの素体が引きずられないようにしないとな、とヤゴは気を引き締め……そしてあることに気付く。

「なあ、イツコ。お前今回早番だよな、今いるって事は」
「そうよ、当然じゃない」
「つまりだ。……遅番にブレーキがいない」
「あ」

 あはは、あれはヤバいわねとイツコも気付いたのだろう、乾いた笑いを漏らす。
 ミツもコニーもその手腕は有能だ。有能なのだが……ちょっと「遊び」に夢中になる傾向がある。
 まるで弱った獲物をわざと甚振って楽しむ肉食獣の子供のように、性処理用品を必要以上に嬲ることを好む二体が、よりによって昼間の訓練で心身共に疲弊した素体に夜の訓練を施すだなんて。

「……朝来たら壊れてました、とか勘弁だぞ俺は。素体を壊せば連帯責任で作業用品全員が懲罰なんだからさ」
「言い含めておくしかないわね……はぁ、私が遅番に入るべきだったわ……」

 がっくりする二体の周囲で、話を盗み聞きした作業用品達が(いやお前らが組む方がよっぽどヤベぇわ)と震撼していることを二体は知らない。
 保護区域9に属する作業用品の中で最も性能が良く、そして最も嗜虐傾向が強いイツコと、そのイツコが一目置く、嗜虐を持たない癖に無自覚に性処理用品を絶望に叩き落とす天才のヤゴ。考えつく限り、この保護区域9に属する作業用品の中で最も高性能で、最も最悪の組み合わせだ。
 
(ヤベェのはむしろ昼間だろ)
(ヤバくない時間が存在しないじゃん……懲罰は勘弁してよぉ……)

 どうか二体の担当素体が壊れませんようにと、作業用品達は己の平穏のためにもそっと心の中で祈るのである。

「にしても、昨日は良い物を見せて貰ったわ。今思い出しても……ふふっ、中が疼いちゃう」
「へいへい、ったくお盛んなこって」

 二体の話題はそれぞれの素体の詳細な様子に移る。
 イツコは初めて見た事前処置に相当興奮したのだろう、頬を赤らめ少し上擦った声で「あのチンコロック、じゃなかったテザーって管理官様は言ってたわね……あれは最高ね」と捲し立てる。

「今まで意味も分からずにやっていたけど、順応ってそういう事だったのね」
「ん?何だ、何か管理官様から教えて貰ったのか」
「ええ、とびきりのネタをね。ごめんね、管理官様の許可無しには話せないから」
「……いや、俺はそっちの趣味は無い。そもそも同性の加工には関わらないしな」

 事前処置の最中、その場にいた作業用品二体の首輪に転送されてきた尿道テザーに関する詳細な情報。
 その中には、昨日104番に実行した「順応」の説明も記載されていた。

 尿道内に留置したカップは、テザー本体が尿道から抜けてしまうのを防止している。
 とは言え、人体というのは入ったモノは基本的に出せるのだ。カップは尿道よりはるかに直径が大きいから出しにくいとは言え、穴から無理矢理出せないわけでは無い。

 それを防止するのがこの「順応」という処置である。

 カップは生体親和性の高い素材でできていて、時間が経つにつれ装着者本人の組織で覆われてしまう。
 最終的には尿道の中に天然のテザーを脱落させない組織が出来上がるという仕組みだ。

 とは言え、自然に組織が置き換わるのを待っていては時間もかかる。
 そこで、カップが接している尿道組織に持続的に微細な傷をつけ、治癒魔法をかけ続けることでカップへ早々に毛細血管が侵入し体組織と同一化するのを促進する方法が用いられている。
 何かしらの理由をつけて素体の尿道に断続的に懲罰電撃を与え、同時に中途半端な治癒魔法をかけることにより、一晩もあればガチガチの瘢痕組織によりテザーは尿道内で引っかかり、尿道を切り裂かない限りテザーを取り外せない状態にまで加工できるのである。

「……ま、精々抵抗してくれればいいのよ、ああいう素体は」

 たとえ貞操具を破壊できても、尿道に穿たれた拘束具は無傷では外せない。万が一切り裂いて外してしまったところで、瘢痕組織は傷の治りが遅く、最悪尿道は癒合せず裂けたままになる……
 その事実を伝えれば、あの素体はどれだけ絶望した顔を見せてくれるだろう。

「その度一つずつ真実を突きつけて、心を折り続けるだけだから」

 人間様だけでは無い。この世界に存在するありとあらゆるモノに対して、決して逆らえない所まで心を折り続け、堕としてあげよう。

「性処理用品はこの世界で最も底辺のモノ、ただの穴だってしっかり躾けてあげなきゃね」
「……楽しそうだな」
「ふふっ、このくらいの楽しみは二等種とは言え許されてもいいでしょ?」
「…………人間様が何も言わないんなら問題ないだろ」

 そろそろ時間だな、とヤゴが部屋を後にする。
 
「久々に叩き落とし甲斐のある素体を回して貰って……ほんと、人間様に感謝だわ」

 イツコもまた、ヤゴの後に続く。
 そうして「今日も元気に吠えて欲しいわね」と上機嫌で鞭を手に取りながら、これからの作業に思いを馳せるのだった。

© 2025 ·沈黙の歌 Song of Whisper in Silence