沈黙の歌Song of Whisper in Silence
沈黙の歌Song of Whisper in Silence
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8話 Day1-1 見学

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(足……痺れたよ……ちゃんと座りたいよぉ……)

 あれからどのくらいの時間が経ったのだろう。
 本格的に吐き気が止まらず目の前が真っ暗になりかけた頃、ようやく腹の中で荒れ狂っていた薬液と排泄物が体外に転送され、72番は束の間の平穏を取り戻す。

 ……取り戻したと言っても、下腹部の重みは消えない。
 ぽっこり膨らんだ腹は、ディルドよりは未だ尿をたぷたぷに詰め込まれた膀胱のせいだろう。浣腸による暴力的な便意よりは多少マシだが、こちらもひっきりなしに排泄衝動を送り込んでくるから、とても気を休める事はできなさそうだ。

 ずっと膝立ちのままの足は、すっかり痺れて感覚がおかしくなっていた。
 膝が痛くて我慢できず、痺れに悶絶しながらもしゃがむ姿勢に変えてみたものの、むしろバランスを崩して尻餅をつきそうなのが怖くて、結局膝立ちの姿勢に戻っている。
 ちなみに立つことは不可能だった。腰を曲げればいけるかと思ったが、クリトリスのリングと床を繋ぐ鎖はいつの間にか膝立ちの状態でテンションがかかるくらいまで縮められていて、激痛と共に早々に断念する羽目になったから。

(膝立ちですらこんなにきついのに……基本姿勢?あんな体勢で何時間もいるとか、恥ずかしい以前に体力的に無理だよぉ……)

 やっぱり自分は性処理用品になんてとてもなれそうに無い、と72番は心の中で独りごちる。
 動画の中で出てきていた製品達は、きっと体力も根性もあって、二等種として優秀だったからこそ製品になったのだ。自分のような軟弱な臆病者にはとても務まる気がしない……


「よう、ちょっとは人の話を聞けるようになったか?」
「!!」


 これからどうなるんだろうと72番が思いを馳せ暗鬱としていた所に、突然オスの声が響く。
 ハッとして声の方に顔を向ければ、昨日自分を先導してた草色の髪の作業用品、ヤゴがシャッターを開けてこちらを眺めていた。

「ま、保管してあるだけでそれだけ大洪水にするんだ。快楽のことしか考えられない頭じゃ人の話を聞くのも難しいよな?ま、しっかり人間様のご希望に沿えるように仕込んでやるよ」
「んえ……?あぉ……っ!!」

「凄いメスの匂いだな」とヤゴに指摘されて床を見た72番の顔が真っ赤に染まる。
 そこにはこれまで見たことも無いほどの大きな水たまりができていて、72番の膝をぐっしょりと濡らしていたから。

(うそ……こんな状態で、私……興奮してるの……?)

 信じられない、だって朝起きてから今に至るまで一度たりとも気持ちよさなんて感じていなかったのに。
 呆然とする72番に「穴なんだし、しっかり濡れているのはいいことだ」と頷きつつヤゴがリモコンを操作し鉄格子の扉を開ける。
 そうして「出ろ」と短く命令した。

「……ぉ……」
「ん?さっさと出ろ。お前、そんなに懲罰電撃が気に入ったのか?」
「――――!!んうぅぅぅl!!」
「なら出ろ、今日の訓練の時間だ」

(だって!!このまま動いたら、あ、あそこの鎖が……でも、もうビリビリするのやだ……!)

 懲罰電撃、という言葉に72番は大げさに体を震わせ、必死で首を横に振る。
 致し方なく意を決してそろりと四つん這いで入口に近づけば、どうやら股間の鎖は固定を解除されていたのだろう、歩みにあわせてじゃらじゃらと音を立てながら床から引きずり出されていく。
 ……その微妙な抵抗すら、今の72番には酷い痛みではあるのだが。

「はぁっはぁっはぁっ……うぐっ……」
「ま、昨日の今日だし流石に痛みはあるか。俺には関係ないがな」
「ううっ……ひぐっ、ぎっ……!!」
「はいはい、さっさと覚えろよ?快楽以外の涙はこれまで通り懲罰対象だって」

(そんなこと言ったって、無理だよ……口枷抜いてよぉ、そしたらいくらだって「気持ちいい」って叫ぶのに……)

 塞がれたままの口からは涎がダラダラと溢れ続ける。
 上下の口からこんなに垂れ流していたら干からびそうだと72番がちょっと心配をしていれば、まるでタイミングを見計らったかのように「ほら、水分補給だ」と手にしたボトルから伸びるノズルを口枷に繋がれた。
 どうやらこの口枷にも逆止弁がついているらしい。

「んっ、んぐっ、んぐ……」
「しっかり飲めよ。涎が垂れ流し出し訓練もあるからな、給水量はこれまでより増える」
「んぷ……」

(なんか、変な味……ぬるいし、生臭いし……苦しょっぱい)

 ただの水分では無さそうだが、栄養剤でも入っているのだろうか。
 勢いよく喉に流し込まれる液体に咽せて想わず涙が滲む。
 途端に、また電撃だと悲壮な表情をする72番に「……声が出せないなら、表情で気持ちよさそうにしろ」とヤゴが静かに命令した。

(きもち、よさそうな、顔……?)

 その言葉に、72番は必死で記憶を辿る。
 快楽に耽っていたときの顔だなんて、鏡も無いのにどうやって再現しろというのか。

(……お尻、気持ちいい時の感覚……思い出したら、ちょっとは気持ちよさそうに見える…………?)

 あれこれ考えた結果、一番気持ちよかった自慰を思い出していれば、ふっと72番の強張っていた顔が緩む。
 そこに小さな快楽の種火を見つけたヤゴは「ま、今は許してやる」と管理官に懲罰電撃の一時停止許可を貰い、首輪を操作した。

(ああ、良かった……泣きたかったら気持ちいい顔をしてれば、痛い目に遭わないんだ……)


 72番は気付いていない。
 昨日はまだ多少なりとも抵抗のあった快楽を騙る言動を、いつの間にか積極的に選ぼうとしていることに。

 嘘による心の摩耗を防ぐよりも、今の痛みを避けることを彼女は無意識に選んでしまったのだ。

(……いい感じだ)

「気持ちいい」演技が認められてどこかホッとした様子の72番を、ヤゴは感情の無い顔で見つめていた。
 これは小さな一歩だ。けれども、ほんの少しでも頑なな心と身体に亀裂ができれば、ダムは簡単に決壊する。

(順調に堕ちていきそうだな、これは)

 性処理用品であることが幸せだとは、ヤゴはこれっぽっちも思わない。
 だが、二等種にとっての幸せの定義が皆同じで無いことくらいは理解している。

 少なくとも、人間様を盲信するのみならず他者の言動にこれほど……よく言えば素直に、悪く言えば愚直に従ってしまう個体は、人間様の穴として何も思考を許されずにただ腰を振る方がきっと生きやすいだろう。
 これが今己の選択をどう感じているかは分からない。だが、二つの道しか選びようが無い二等種である72番にとって性処理用品に志願するという選択は、恐らく最適解だったのだ。


 ――それならば、せめて良質な穴として作り上げてやらねば。


「行くぞ」と股間に接続された手綱の鎖を引かれながら、72番はよろよろとヤゴに付き従う。
 いつの間にか後ろには別の作業用品が鞭を手に付き従っていていて、既に朝から満身創痍だというのにこれ以上痛いことはもう嫌だと、72番は一歩足を踏み出す度に自覚させられる胎の異物感に呻き、止まらない涎と愛液で床を汚しながら大人しく移送される。

(ああ、そっか……どれだけ足が痺れていても無理矢理歩けるようにされたのは、この日のためだったんだ……)

 幼体の頃に散々訓練された記憶が頭を過り、本当に全てはあの頃から始まっていたのだと改めて思い知らされる。
 ……72番は思わず溢れた涙で全身に走った電撃に顔を歪めながら、静かに絶望するのだった。


 …………


「ここで待機だ」
「あぉ……」
「待機時は基本姿勢を取る。最初から長時間やるわけじゃ無いんだから慣れろ。姿勢を崩せば懲罰、な」
「うぅっ……」

 奉仕実習室と書かれた部屋の前で72番は大股を拡げてしゃがみ、股間を曝け出す卑猥な蹲踞を作業用品に披露する。
 手は当然のように頭の後ろで組まされるから、胸も、腋も、固定用シールドで覆われているとは言え股間も全てが丸見えだ。

(こんなとこまで見えるの……恥ずかしいっ……)

 半年以上全裸で異性のいる空間を強いられていたから、裸体そのものを見られる事への羞恥心は既に消失している。
 それでもオスに、それもいきり立った股間を時折ピクンと震わせながら品定めするかの如く全身を見られるのは、とてつもない羞恥心を煽られるのだ。
 だというのに、相変わらずシールドの奥からは白濁した蜜がたらたらと溢れていて「見られるのも気持ちいいのか、変態だな」と素っ気なくぶつけられる言葉に、72番の心は動揺が止まらないままだ。

(……本当に淫乱な変態なのかも、私……)

 人間様とは違って、同じ二等種である作業用品は辛辣な言葉こそ投げかけるもののそこに嘲りの感情を載せてこない。
 それはできる限り感情を、特に性処理用品への侮蔑や嘲笑を表に出さないよう振る舞えと管理官から厳命されているためなのだが、単純な素体たちはその悪意の無い冷静な指摘故に、自分達は淫乱な二等種で性処理用品になる以外に道が無かったのだと自らを納得させていく。

 それはある意味では救いであり、逃避だ。
 昨日突きつけられたばかりの作業用品という別の選択肢から目を背け、自分の選んだ道を正当化することで心を守る行為であり、作業用品からすれば要らぬ反抗の目を摘む処置の一つでもある。


 ――幾重にも張られた罠は、確実に72番達素体を立派な製品へと嫌が応にも仕立て上げていく。


「遅いな」
「あー、イツコの方は大変そうだもんな。昨日早速唾吐きかけてきたってよ」
「今日は頭突きだったわよ」
「イツコ」

(……あ……メスの、作業用品……?)

 談笑するオス達の所に、うんざりした顔で鎖を引いて茶色い髪を靡かせながら現れたのは、同性から見ても美しいかんばせのメス個体だ。
 だが右の頬にはくっきりと痣が残り、口の端には血がこびりついている。
「ったく、ここまで活きが良いとは思わなかったわ」と彼女が苦笑しつつその手を思い切り引けば「んぐおぉぉっ!!」と濁った悲鳴が後ろから上がった。

「ほら、穴同士仲良くなさいな。これから訓練を一緒に受けるんだから」
「ぐっ、あぇがっ……ぐぎっ……!!」

(え……穴同士、ってことはこのオスは……性処理用品……?)

 72番はおずおずと、目つきの悪いオスを見上げる。
「まさか、檻を開けた途端にやられるだなんてねえ」と愚痴るイツコと呼ばれたメスの作業用品の隣に立つのは、自分と同じように胸に太いリングを穿たれた二等種だ。
 手足はフリーの72番と異なり、そのオス……104番の腕は後ろに纏められて黒い革の袋のような拘束具――彼らの話を聞くにアームバインダーと言うらしい――に突っ込まれ、きっちりとベルトで締め上げられていたし、足も短い鎖をつけられ小股でしか歩けないように制限されている。

(え、ちょっと……なに、この股間……!?)

 その上、作業用品達と同じく唆り立っていたであろう中心は、金属の小さな檻に無理矢理押し込められ、しかもその先端は金属の太い筒で犯され檻から決して出られないようにリングでロックされている始末である。
 あんな状態で電撃を食らえば、きっと尿道の中まで電撃で焼かれる筈……その痛みを想像したのだろう、72番はゾッとした顔を見せた。

(というか、まさか逆らったの!?え、待って逆らったのにどうして処分されていないの……!?)

 頭上の話を盗み聞く限り、この104番は今朝檻から出され股間の鎖を床から外した瞬間に、担当の作業用品に思い切り頭突きをかましたらしい。
 それどころかそのままよろけた彼女に馬乗りになり殴りつけようとしたため、もう一人の作業用品がすかさず懲罰電撃でその場に昏倒させる騒ぎになっていたそうだ。

 そこまでやられたにも関わらずお咎め無しであることを不思議に思ったのは、ヤゴも同じだったらしい。
「管理官様から懲罰の指示は無かったのか」と尋ねれば「何にも」とイツコは首を振る。

「明らかに人間様への反抗では無いしね、ちょっと暴れて道具が破損した程度じゃ管理官様は何も言わないわよ」
「それもそうか。……だが、担当が独自に懲罰を与えることは可能だろうが」
「もちろん。でも、今じゃ無くても良いわよ。どうせ……今日は、ね」

 何も無い日なら趣味全開で「加工」して飾っておくんだけどね、と微笑むイツコの目は全く笑っていなくて。
(あ、この人も……本来の二等種になっちゃった人だ)と72番が怯えた様子を見せれば「あら」とイツコもそれに気付いたらしい。

「どうしたの?子ネズミみたいに震えちゃって……ふふ、可愛いわねぇ……」
「ひっ、おえんあぁい、おぇんなぁいっ!!」
「ん?ああ、なるほど……大丈夫よ、私はあなたには何もしないわ」
「おぇ?」

 慌てて謝る72番を宥めるようにイツコが説明するには、作業用品だからといって闇雲に調教に関わるわけでは無いらしい。

 担当となる作業用品は入荷時にあらかじめ決められていて、早番と遅番に分かれて素体を調教する。
 それとは別に、その日のアシスタントとして素体の異性である作業用品一体が担当に付くそうだ。

「あなたの場合はそこのヤゴと、ミツ……昨日会ったでしょ?金髪の二等種よ。早番で入る方が訓練を担当する時間は長いから、まぁヤゴの機嫌を損ねなければ大丈夫なんじゃない」
「は、はひ……」

(そっか……良かったぁ……)

 自分の担当だって片方は本来の二等種の気質を開花させているけれど、それでも接する時間が長いであろうヤゴがその気質を持たないだけでも恵まれていた……
 イツコの言葉に、72番の顔にはあからさまな安堵が浮かんでいた。

 にしても、と72番は無理矢理隣に基本姿勢を取らされ今も唸り声を上げて威嚇を続ける104番をチラリと見やる。

(なんだか怖そうな二等種……こんな子、いたんだ。気付かなかった)

 イケメンじゃ無いなんて珍しいな、と72番はちょっと失礼なことを思う。
 二等種は整った顔立ちの個体が多い。なのに104番は……決して醜くはないが整ってもいない、平凡な容姿をしている。
 だからもしこれまで出会っていたとしても、記憶に残ってないのだろう。
 
 どうやらこの態度の悪い素体は自分と同じく昨日ここに来たばかりで、これから自分と一緒に訓練を受けるらしい。
「あなたにとっては悲報だけどね」とイツコは口の端を歪めながら――ああ、あの笑い方はきっと碌でもないことを告げようとしている――72番に連帯責任について話すのだ。

「出荷前の検品まで12週間、全ての訓練に於いて違反やミスは連帯責任よ。大抵は電撃と鞭だけど……この出来損ないの素体じゃあねぇ……」
「ひぃっ……!!」
「おい、あんまり脅かすな。……心配しなくても死ぬことは無い。死んだ方がマシかもしれんが」
「ヤゴ、それは全く慰めになってないわよ」

 まぁ話していても埒があかない、とヤゴが立つよう命令し目の前の扉に手をかける。
 そして「今日は見学と体験だ」と後ろを振り向かずに話すのだった。

「良く見ておけ。12週間後に完成するお前達の『形』をな」


 …………


 そこは何も無い部屋だった。
 正確には天井や床、壁に鎖やらフックやらは備え付けられているが、処置室のような拘束台も、謎の薬品や器具が所狭しと並んだ棚も無い。

 72番が物珍しそうにキョロキョロと眺めていれば「ここで……そうだな、一旦膝立ちになれ」とヤゴに強く鎖を引かれ、慌てて部屋の中央に向かった。
 膝立ちになれば保管庫同様、床のフックとクリトリスのリングを短い鎖で繋がれる。
「その鎖の範囲で好きな姿勢でいろ」と言われてどうしたものかと隣を見れば「これ、どうしようねぇ……」とイツコともう一体のメスの作業用品が思案している所だった。

「この様子じゃ、多分製品にも噛みつくわよね」
「そう思うわ。流石に拘束許可がいるんじゃない?」

 イツコが早速管理官に申請した途端「んぐおぉっ!!」とくぐもった悲鳴が104番の口から漏れた。
 どうやら管理官様は、手っ取り早く拘束魔法を使うことにしたようだ。関節の可動域の限界までM字開脚で開かれた足がブルブルと震えている。

「あぇぉっ!!おごっ!!」
「はいはい喧しいわねぇ。イツコ、もう声帯を麻痺させちゃえば?首輪を操作すればできるでしょ」
「!!」
「残念ながら管理官様から許可が下りなかったのよねぇ」

(声帯、麻痺……?そんな、声までこいつらに握られているのかよ、くそっ……!)

 人間様ならいざ知らず「天然モノ」に良いようにされるのが、相当気に入らないのだろう。
 ずっと塞がれた口で吠え続ける104番をあしらいつつ、イツコは更に「ま、直ぐに吠えなくなるわよ」と首輪と繋いでいたアナルフックを天井から伸びる鎖へと繋ぎ替えた。
 そしてリモコンを天井に向ければ、ギリギリと鎖の巻き取られる音と共に「うおおっ……!!」と悲痛な叫び声と、バチンと炸裂する懲罰電撃の音が部屋に響く。

「どう、お尻の穴で吊り上げられる感覚は?ふふっ、拘束魔法がかかっているからつま先立ちになって食い込みを減らすことすらできないものねぇ。……無駄吠えしなくなるまでは徹底的に躾けてあげるから、たっぷり反抗して楽しませてね?」
「ぐっ……!!」

(悪魔だ)

 104番は脂汗を流しながら、憎々しげにイツコを睨み付ける。
 遠い昔父親が教えてくれた「二等種はこの世に存在してはいけないモノ」という言葉が、目の前で悶絶する自分を眺めて心底嬉しそうに微笑む作業用品にはまさにぴったりだなと思いつつ。

(俺は、こいつらとは違う)

 そして改めて決意するのだ。
 こいつらと同じモノになど、何があっても堕ちるものかと――

「……いい顔ねぇ、明日もその顔ができたら少しは認めてあげなくも無いわよ」
「あいぉっ……」
「あ、来たわね」

 と、そこにまた一人作業用品が現れた。
「全部一気に持ってきた」「おう、サンキュな」とヤゴが受け取ったのは……3つの大きなスーツケースだ。

(あれは、まさか)

「はいよ」とゴロゴロと勢いよく転がされるスーツケースを見た72番の顔が一気に強張る。
 ……喉が渇くのは、涎を飲み込めないせいじゃない。
 そして胃の辺りが熱くて痛いのは、あれが何かを知っているせいだ――

 隣で「おげぇ……」と嘔吐く声が聞こえる。
 緊張にうっかり唾を飲みそうになったからだろうか。気持ちは分からなくもない。

 果たして二体の推測は当たっていた。
 横倒しにされたスーツケースを一つ開ければ、その中に詰まっていたのは……どう見ても人型の物体で。

「既に動画で散々見ただろうけどな、実物は知らないだろう?性処理用品の製品とはどういうモノなのか、品質毎の違いも含めて説明する。72番、今日は集中して聞けよ?あんまり人の話を聞かないなら懲罰にするからな」
「はっ、はひっ」

「ほら、見てみろ」とヤゴが足元までスーツケースを引きずってくる。
「いずれお前達も、こうやって梱包されて人間様のところに運ばれるんだよ」と話しつつ。

「うぁ……」
「ひっ…………!」

 驚くのは今更なのかも知れない。
 自分達だって、これまで何度もこのスーツケースに詰め込まれて運ばれていたのだから。

 それでも、実際自分がどうなっていたかを――もしかしたら製品はもっと厳重に梱包されているのかも知れないが――目の当たりにした二人は、目を見開いたまま性処理用品の製品となった二等種が取り出される様を凝視していた。


(こんな風に、折りたたまれて、詰め込まれてたなんて……)


 スーツケースに敷き詰められた、スライムのような緩衝材の中にそれは埋もれていた。

 大きく開かれた口には、自分達より明らかに太いであろう口枷が嵌め込まれ、頬と額に伸びた革ベルトできっちりと止められていた。
 その上からこれまた革ベルトで締め上げられたアイマスクに、耳栓。
 相当息が苦しいのだろう、必死に呼吸する度に鼻の辺りで緩衝材がぷるぷると揺れている。

 当然折りたたまれた身体にも、太い革ベルトが幾重にも巻き付いていた。人体とはここまでコンパクトに畳めるものかと、ちょっと感動すら覚えてしまう。
 露わになった股間には……どうやらこれはメスのようだ、露わになったクリトリスを貫くリングの奥には72番が着用しているのと同じシールドが被さっているが、真ん中どころから伸びたチューブが後孔のディルドだろう位置に繋がっている。

「……あぇ……」
「ん?ああメスだから気になるのね。あれは愛液を直腸に直接流し込むチューブよ。開けた途端にびしょびしょに汚損していたら、人間様からクレームが来るでしょ」
「ぇ……」

 良く見れば、口からも細いチューブが肛門に向かって接続されている。つまり、唾液も腸内に溜め込まされると言うことか。
「製品ならどの個体も3リットルは入るから、長期輸送でも問題ないわよ」とイツコはさらりと説明するが、それだけの液体を入れられた側が平気だとは言わない、言うはずが無い。
 後ろを使う場合は装具を抜く前に浣腸液を流し込んでそのまま洗浄転移することで、装具を外して直ぐに快適に使える状態になっているという話に、72番は己の未来を垣間見てくらりと目眩を覚えた。

「人間様の望むものを何でも咥え、締め付けも自由に調整可能。そんな状態を常に保てるようにしてある。人間様に余計な準備の手間を取らせないために、な」
「…………」

(本当に、ただのモノ……これまでだって二等種はモノ扱いだったけど、そんなレベルじゃ無い……)

 穴以外に価値はない、そして利用する穴以外に用はない。
 改めて突きつけられる性処理用品の存在意義に、72番の顔は曇ったままだ。

「よ、っと……で、こうやって床に置けば勝手に起動する」
「……っ」

 ヤゴの言ったとおり目隠しと穴の装具以外を取り去り床に置けば、バチン!とひときわ大きな音が響き、目の前の個体は慌ててその場に基本姿勢を取った。
 梱包されているときには気付かなかったが、製品である個体の手枷と足枷は左右を繋ぐように短い鎖が取り付けられている。

「手足の拘束は、万が一人間様を襲ってしまわないようにだ、製品がバグることもあるからな。調教中は邪魔になるから、大人しくしていれば手足は自由にしてやる。……後はまぁ、人間様の趣味だそうな」

 俺には人間様の趣味は理解できん、と首を傾げつつ、ヤゴは鞭でぺちぺちと製品――398F090と刻印された個体を軽く叩きつつ、説明を始めた。
 もちろん、全く聞く気が無さそうに顔を顰めたまま唸っている104番にはイツコが適宜懲罰電撃を与え、連帯責任で72番も泣かされながらだから、どれだけ素体達の頭に入ってるかは分からないが。

「これはA等級の性処理用品。ほら、管理番号の下に大きくAって刻印されているだろう?12週間の調教後、出荷前検品でランク付けされることになっていてな……それ次第で、お前らの未来は大幅に変わる」

 見るからにぽっこりと膨らんだ、Aと刻印された腹を手慰みに打ちつつヤゴが話すのは等級の詳しい説明だ。
 性処理用品は上から順に、SS, S, A, B, C, Dの6等級に区分される。
 当然ながら上の等級ほど人間様から見た品質は高く、またB以上の等級であれば多少扱いがマシになるらしい。
「実際にはEとFってのもあるが、Eは再調教、Fは不良品につき出荷不能判定だからまた後でな」とヤゴは口枷を止めていた金具を外した。

「人間様のところには、全てこの状態で梱包されて届けられる。膣と肛門は2穴で最大レベルまで拡張した状態で……これは個体の骨格で多少変わるけど、まぁ今のお前らがやられたら間違いなく芋虫になって動けなくなるものを詰め込んだ状態で。んで、口は、っと」
「ひぃっ……おげぇっ……!!」
「あーあー、つられて嘔吐いちゃうのね。まあ気持ちは分かるわ、でも嘔吐いて変な声を人間様に聞かせて良いのは、喉でご奉仕中だけよ?」
「ひっ、おえんなひゃい……」
「ふふっ、本当に子ネズミみたいで可愛いわねぇこれ。あんたもちょっとは見習いなさいな、104番」
「あえがっ!!っぎゃあぁ……っ!!」

 イツコが軽口を叩いている間に、ヤゴは口枷を押しとどめていた戒めを解く。
 そうして「ほら、抜くぞ」と声をかけるや否や、ずるりと口の中に埋まっていた物体を抜き取った。

 抜き取った、のだが。

「うぇ…………ぉぇ……っ……」
「え……ま……えええ……!?」
「んが……はぁっ!!?」

 流石の104番も、驚愕に悪態をつくのを止めてしまっている。
 それもそうだろう。時折嘔吐き声をあげつつ目の前の製品の口から出てきたのは、どう見ても30センチの定規より長い、そしてトイレットペーパーの芯並みに太い蛇のようなロングディルドだったのだから。

(え、栓、って……今私が着けてる口と喉の入り口だけじゃないの!?だって、あの長さ、どう見ても喉どころじゃ……)

 真っ青になって震える72番と、流石に顔色が悪くなった104番を一瞥したヤゴが「これは製品用の口装具な」と、べっとりと何かが――少し黄色い液体も混じっている――ついた口枷を二人に見せつける。

「長さは45センチ、直径は48ミリ。これは閉鎖型だから鼻からの呼吸はほぼ不可能だが、魔法により死なない程度の酸素は供給されているから問題はないし、この状態でも動けるように訓練済みだ。ちゃんと長さも胃を貫通しないよう調整されているし、太さは徐々に慣らしてここまで拡張する。いきなりぶち込みゃしねぇよ」

(そっ、そういう問題じゃ無いと思うの!!そんなもの、胃まで入れたまま!?そんな状態で、ずっと……!?)
(嘘だろ、それどう考えたって人間の限界を超越してるだろ!!)

 二人の疑問が何となく通じたのだろう、ヤゴは「何のための加工と調教だと思ってんだよ」と呆れた様子で二人を眺める。
 ヤゴたち作業用品からすれば、12週間もかけて規格に沿った穴に仕上げるのだから驚く事でも無いのだろう。
 ……それに彼らの常識は、ただの素体でしか無い二体にとっては今でこそ受け入れがたいものだろうが、4週間も経つ頃にはその言葉の意味を嫌でも理解するようになるのだから。

 そしてひとたび製品となれば、人間様の貸し出し時のみならず通常時も24時間全ての穴を塞いだままだと、ヤゴはこれまた無自覚な説明で二体を絶望させるのである。
 ちなみにイツコや他の作業用品達は、そんな愕然とした顔の素体を見て悦に入っている。どうやら性処理用品の絶望は蜜の味、今晩の貴重なオカズらしい。

「お前達が穴を晒せるのは、人間様が使用する場所、使用する時だけ。ほら、使わないのに蓋をしないってのは保管上良くないだろうが」

 これも使うのは口だけだから胎はそのままな、とヤゴはぶれることなく姿勢を保ったままのA等級製品である90番の方に向き直る。
 そうしてその鼻先に立派な雄芯を擦り付け「ほら使うぞ、挨拶しろ」と命令した。

(……!!)

 途端に、90番の顔が淫らに崩れた、と二体は直感した。
 確かに顔半分はアイマスクに隠れていて見ることができない。だが息を荒げ、頬を紅潮させ、涎を垂らしへらりと口の端をあげた状況は、どう見てもヤゴのペニスに発情したとしか思えない。

(これ……何回も見た……そう、性処理用品はみんなこんな顔をしていた……いつも、いつも嬉しそうで……!)

 あの動画は決してフェイクでは無かったのだと72番は思い知る。
 ……それだけに、余計に自分がこうなる未来を全く予想できないのだが。

「っ、にっ人間様ぁっ、はぁっ……この度は性処理用品をご利用頂き、ありがとうございます…………っ……当個体の管理番号は398F090です。どうぞご自由にお使いくださいませぇ……!!」
「ん、じゃあそこにいるメス素体を舐めてやれ。ああ、シールドは着けているからクリトリスを重点的に、あと愛液を綺麗に掃除しろ」
「はい……はぁっ……おまんこ様……ごっ、ご奉仕させて、下さいっ……!!」
「!!?」

 突然の指名に、てっきりヤゴが使うのかと思っていた72番は目を白黒させている。
 首輪から伸びた鎖を引かれ、四つん這いでやってきた製品は鼻先で72番の股間を探り当てると「失礼しますぅ……」と熱っぽい声で赦しを乞うた後、躊躇いなくたっぷり唾液の絡んだ舌を昨日串刺しにされたばかりの肉芽へと伸ばした。

「んぎいぃぃっ!!」
「……72番、無駄吠えはするな。90番、それは昨日入荷した素体だ。意味は分かるな?……気にせず人間様にご奉仕する要領で舐めろ」
「っ……はい……おまんこ様、美味しいです……もっと、舐めさせて下さい……」

 舌が触れれば、途端に激痛が走る。
 既に出血も傷も無い女芯は、しかし痛みだけをしっかりと覚えていて、優しいタッチで舌が触れ、くるくると撫でられ、ちゅぅっと吸われる度に耐えがたい痛みを送り込んでくるのだ。

(これ、痛い!!でもっ……でもこれっ、痛くない状態なら絶対……気持ちいい……!!)

 痛みに翻弄されながらも、72番はその舌使いに確信する。
 製品となるために仕込まれる奉仕は絶品で、そんじょそこらの玩具じゃ太刀打ちできない気持ちよさであることに。
 そしてちょっとだけ残念に思うのだ、これを痛みの無い状態で味わえたらどれだけ良かっただろうにと。

 それに、と痛みに涙を流しながら、けれど懲罰回避のために必死で気持ちよさそうな顔を作りながら、72番はそっと目の前の製品を見やる。

(なんて……美味しそうに……幸せそうに舐めるんだろう……)

 同性の性器にも発情し、貪るように、もっと愛液を垂らして欲しいと言わんばかりの舌使いを駆使して奉仕を熱心に行うその口元は、どこか笑っているようにすら見える。
 時折「おいしいです……いい匂い……」「舐めるの気持ちいいですぅ……」とうっとりと囁くその声は、本当にこの奉仕という悍ましく見える行為が嬉しくて仕方が無いようにしか見えない。

(私も……こうなる……?)

 正直、今の72番には想像もつかない。
 仮に女性の性器を舐めろだなんて今ここで言われたら、確実に吐いてしまう自信がある。
 いや、男性だから良いという問題でもない。どっちにしても奉仕なんて……ましてこんなに喜びながらだなんて、とてもできる気がしない。

(……だって…………あのお腹、絶対凄いものが入ったまま……なのに、全然苦しそうな素振りも見せない……)

 ぽっこりと膨らんだお腹は、きっと喉と同様人体の限界を錯覚するような物体で塞がれている筈だ。
 ヤゴが言ったとおり、今の自分なら間違いなく芋虫と化してしまうレベルのものを詰め込まれ、日常を送り、更に人間様への奉仕を平然と行って気持ちよさそうにすらしている……
 正直、全てが72番の想像の斜め上に展開されていて、ちょっと頭がついていかない。

 それでも。

(……嬉しそうなのは、いいな……今は辛いことしか無いけど、いつか私も、ああなれるなら……)

 ああ、きっとこのアイマスクの下では瞳を快楽にどろりと溶かして、それはそれは扇情的な視線で人間様を見つめるのだろう。
 そこまで徹底的に変えて貰えるならこの選択も悪くは無いのかも知れないと、72番は己の選択を正当化するかのごとく目の前の「未来」を都合良く解釈するのだった。

 ――その考えがどれだけ甘かったのかを知るのは、もう少し先の話である。


 …………


「じゃ、次の製品いくぞ」

 A等級の製品が72番への奉仕を一心不乱に行っているのを確認したヤゴが、二つ目のスーツケースに手をかける。
「これはC等級な」と言いつつ開けたケースの中の製品は、一見するとA等級と何も変わりは無い。

 だが梱包を解き「起動」の電撃を流された製品がその場ですっと基本姿勢を取ったとき、素体達は……特に104番は、目を疑うことになる。

「C等級は、そのままでは人間様用の穴として品質に問題があると判定された個体だ。なので、人間様の需要に合わせたカスタマイズを施してある」
「!!」

(なんだ……あれは、オス……だよ、な…………!?)

 その製品は、一見するとロングヘアの少女であった。

 奉仕中の製品と同じく目を覆われ全ての穴を塞がれ、控えめな胸の膨らみを持つ少女は、しかし膨らんだ下腹部の刻印――41AM016という管理番号を見る限り、オス個体の筈である。
 そう言う目で見れば、確かに身体はメスにしては骨張っているし、くびれもあまりない。

 なのに、股間にはあるべきモノが存在しない。
 いや、正確には袋はあるけれども、その中心に聳え立つ、もしくは自分のように金属の檻に閉じ込められているはずのオスの徴は、どこにも見当たらないのだ。

 本来あるべきところにはただ、銀色のプレートが双球に埋もれながら輝いているだけ。
 プレートの中心から伸びる金属の筒からはチューブが伸びて股間の後ろに繋がっているから、恐らくメス同様溢れるカウパーを肛門に送り込んでいるのだろう。

(なんだよこれ……訳が分かんねぇ……!!)

 驚愕に目を見開いた104番に気付いたのだろう「なぁに?そんなにペニスが無いのが気になるの?」と上から上機嫌な声がする。
 キッと睨み付ければ、声の主……イツコが嬉しそうに微笑んでいた。

「んううう!!あんあおぉっ!!」
「無駄吠えしてると喉を痛めるわよ。まぁそんな物を突っ込まれてそれだけ吠えられるってことは、喉は丈夫そうねぇ」

 製品におちんちんはいらないでしょ、とイツコは104番が最も恐れていたことをさらりと言ってのける。
「奉仕するったって、二等種ともあろうものが人間様に突っ込めるわけがないでしょう?あんたの股間についてるブツは用済みなの、二度と使うことは無いわ」と事もなげに話すイツコとは対照的に、104番の顔はみるみる青ざめていった。

(まさか……)

 あの丸いプレートは、男根を切り取った痕を隠してるとでも言うのか。
 いや、いくら何でもそれは無い。だってそんなことをすれば、あのオスの性欲は永遠に満たされなくなるではないか――

「ふふっ、あれは製品自身が望んだ事よ、ねぇ?」
「っ!!はっ、はいっ!!わっ私がお願いしましたっ!!」
「!?」

 いつの間にか、C等級の口枷は外されていた。
「ほら、目の前にいるのは素体だ。立派な製品としてちゃんと説明してやれよ」とヤゴが命じれば、メスのようなオス個体は涎を垂らしながら、少し掠れた声で話し始める。
 その頬は紅潮していて、ときおりもどかしそうに揺れる腰からも明らかに昂ぶって……それも、目の前にあるヤゴのペニスが欲しくてたまらないと言った様子である。

(嫌だ……あんな風になるなんて……!)

 オスなのに他のオスの、それも二等種のペニスを欲しがるだなんて、あり得ない……
 そこに自分の未来を垣間見た104番がゾッと恐怖に強張るのも知らず、促されたオスは「私は、人間様のための性処理用品です」と時折つっかえながらもはっきりと話す。

「私は、口と、ケツまんこの穴を使って人間様にご奉仕させて頂きます……っ!だからもう、ちんこはいらないんです」
「そうだよなぁ、お前はただの穴だし、穴を使われるのが大好きだもんな。射精なんていらない、そうだな?」
「はい……射精より、ずっと穴の方が気持ちいいから……もう私は射精はっ、いらないんです……!」
「…………!!」
「この淫らな二つの穴に人間様のおちんぽ様を入れて頂き、美味しいザーメンを頂くのが私の幸せです……あぁっおちんぽ様ぁ……」

(射精が要らないだって!?……くそっ、吐き気がする)

 時折笑みすら浮かべながら、そして無意識にヤゴのペニスに顔を近づけ舐めようとする姿に、104番は薄ら寒いものを感じていた。
「こら、許可は出してないぞ」と鞭を入れられれば「ごっ、ご指導ありがとうございます!」とまるで人間様に媚びへつらうかのような態度をただの作業用品に取る姿にも、怖気が走る。

 あれはまさに、オスであることを奪われてしまった製品だ。
 天然モノというのはここまで無様に堕ちるのかと、104番は嫌悪を露わにしていた。
 ……そんな104番に、そして痛みと快楽の狭間で悶える72番に、C等級の製品は衝撃的な言葉を発する。

「私は、ただの穴です。おちんぽ様とおまんこ様にご奉仕するための道具です。性処理用品である私は、あらゆる性器より下の存在なのです……」
「なっ…………」
「はぁっ、だって……私、おちんぽ様もおまんこ様も大好きで……逆らえないですからぁ……♡ああっ、人間様、どうかご奉仕させて下さい……!!」

(性器より、下の存在……これが、私の未来……)
(二等種の性器にすら発情して、無様に奉仕をねだる……こんなものに俺はなるのか……!)

 姿勢を保ちつつも必死に奉仕をねだる製品に「じゃ、104番を舐めてやれ」とヤゴは鎖をイツコに渡す。
 のろのろと四つん這いで股間に近づいてきた製品に、104番は顔を引き攣らせ「やめろ、やめてくれ……!」と涙を浮かべながら引き攣った声で叫んだ。
 ……口枷に阻まれた音は、意味のある言葉にはならないけれども。

(お願いだ、止めてくれ)

 嫌悪感にぶわりと鳥肌が立つ。
 どれだけメスっぽく加工されていても、これはオスなのだ。同性に股間を舐められるだなんて死んでもごめんだ。

 それに。

(いやだ、見たくない……俺もこうなるだなんて、絶対に、嫌だ……!!)

 104番が思い描いていた未来は、ただひたすら人間様に奉仕し、その代わりに射精という快楽を許される道具であった。
 まさかこんな天然モノの二等種に命令され、同じ二等種のふぐりに鼻を突っ込み「あぁ……たまんないぃ、この匂い……」と腰を振って悦ぶような惨めな物体に堕とされるだなんて想像もしなかったのだ。

(俺は人間様に調教され、人間様に奉仕するのだと思っていたのに……!)

 人間様への奉仕だって思うところはあるけれど、もはや二等種に堕とされた体と心は人間様無しには生きていけない。だから、その辱めは仕方が無いと諦めたのだ。
 けれども、天然モノの二等種に対してまで己の矜持を投げ捨てた覚えは無い。

 必死の抵抗も虚しく、縮こまった双球が製品の口に吸い込まれる。
 メスと異なり事前処置の痛みが残るのは尿道だけで、それ故に巧みな愛撫はを身体は素直に受け取り、メスと見紛う外観も相まって104番を昂らせて。
 思わず口からは、快楽の呻き声が漏れる。

「ぐっ……んぐぅっ……んぅ…………!」
「ふふ、袋を舐められるだけでも気持ちが良いでしょ?しっかり仕込んであるからね。あ、でも気持ちよくなっちゃうと……うわ、ケージが食い込んでみちみちねぇ。針で突いたら破裂しちゃいそう」
「ぐうぅっ……!!」
「ふふ、どれだけ反抗したってあんたも12週間後にはこうなるわ。オスなのに、おちんぽ様を穴でご奉仕させて貰うことしか考えられない淫乱にね。ねぇ、二等種の惨めなおちんちんも美味しいの?」
「んっ、んはっ……おいひぃ、れしゅ……もっと……もっと、いっぱいご奉仕させてぇ……ザーメン下さい……」
「残念ねぇ、作業用品への奉仕なら精液も貰えるのに」
「ふぅっ……もっと……もっとぉ……」

 もはやこの製品には、イツコの煽る声すらまともに聞こえてなさそうだ。
「仕方ないわね」と苦笑しつつも、イツコはこれがC等級の一例よと、あまりの屈辱と恐怖に真っ赤になって涙を浮かべている104番の痴態を堪能することにした。

「B以上の等級はね、そのままでも使える品質をクリアした製品だから特に何もしないわ。けど、C等級は加工で付加価値をつけてようやく製品として使える品質なのよ」
「あぉ……」
「加工と言っても種類は様々ね。オスの場合はこうやってメス化するのが一部の層に根強い人気があるの。後はふたなりね。……ああ、分からない?オスに膣を、メスにペニスを付けるの。まぁペニスは使わないんだけどね、それがまたいいって話で」
「ひぃっ!」
「乳牛処置っていう、歩くこともままならないような爆乳にした上で乳汁を出せるように加工する、なんてのもあったな。……そうそう、ダルマもいるぞ」
「……あぅぁ?」
「手足をこう、全部根本からバッサリ切り落としてな、その辺に置いたり吊したりして使うそうだ。見たいなら申請して持ってきてやるが」
「!!……おえぇっ…………!」

(手足を、切り落とす!?お願いしますやめて下さい、そんなの見たくないですっ!!!)

 ふたなり、乳牛、そして四肢切断。
 自分の膣に触れることすらできないほど初心な72番やノーマルな性癖しか持たない104番には想像だにできない、恐ろしい結末に嘔吐きが止まらない。
 人間様というのは何て残酷なのだろうと72番が引き攣った顔で見上げれば「ま、性処理用品は穴が快適に使えてなんぼだからな」とヤゴは作業用品らしく人間様の行為をあっさり正当化した。

「さっきも話したとおり、出荷前の検品で等級は確定する。一応C以上の等級は出荷後の奉仕成績次第では上の等級に上がれることもある。……とは言え、9割以上は生涯検品時の等級に留まるけどな」
「おんぁ……」

 それは、ひとたび等級が確定すれば生涯その境遇は変わらないと宣告されたようなもので。

「もういいぞ」とヤゴが声をかければ、製品の二体はすぐさま口を離して目の前で基本姿勢を取る。
「おちんぽ様(おまんこ様)ご奉仕させて頂きありがとうございます……!」と幸せそうに感謝を口にする製品の後ろで新たな器具を手にしたヤゴの発した言葉は、未来への恐怖と共に72番と104番の脳裏にしっかりと刻まれたのだった。

「だからまぁ、その手足とお別れしたり……これから見せるD以下の等級になりたくなければ、死ぬ気で奉仕を覚え加工されるんだな」


 …………


「……よく見ろ。こんな感じで、オスでもメスでも下の穴は最低でも直径7センチ、長さ30センチの疑似ペニスすら何度でも射精させられるくらいには仕上げる。ただしそれはあくまで最低限だ、基本は骨格の限界まで拡張するのを目標に……ん?72番のバイタルが悪くなってないか……?」
「昨日破瓜したばかりのねんねな個体には、ちょっと刺激が強すぎたんじゃ無い?いきなりロングディルドを引っこ抜いて、ぱっくり拡がったお尻と膣の中身を見せられたんじゃねぇ」
「うぇ……おぇぇ……」
「…………どこまでも甘ちゃんだな、ったく……良くこんなので性処理用品になろうだなんて思ったもんだ」

 C等級の製品は、あの後さっさとスーツケースに詰め込まれてしまった。
 ヤゴたちは残されたA等級のメスを使って、実際に製品となった穴を拡張器で拡げテラテラと光る内部をライトで照らして見せたり、実際に3リットルの液体を注入した状態で巨大なディルドを膣に咥えさせ「ご奉仕」のモデルをさせたりと、存分に自分達の調教と加工の成果を素体達に見せつける。
 だが、流石に72番には相当ショックが大きかったらしい。さっきから涙が止まらず、お陰で二体揃って懲罰電撃に身体を痙攣させ続けている有様だ。

(あんな……あんなぽっかり……壊されちゃうのいやあぁぁ…………っ!!)
(おいっ、このクソ天然モノがっ!いい加減泣き止みやがれ!!くそっ、あんなもん見せられたらチンコが……チンコが痛ぇっ……!!)

 恐怖に震える72番と、目の前で繰り広げられるメスの淫靡なダンスと喘ぎ声ですっかり煽られた愚息の成長を阻まれ悶絶する104番。
「埒があかないな」と嘆息しつつも、ヤゴたちによる説明とデモンストレーションは淡々と続けられる。

 どうやら性処理用品というのは、性器の形をしたものであればディルドにすら欲情してしまうほど淫乱に躾けられているようだ。
 ヤゴが言うには「実際に見たことは無いが、獣のペニスにも発情する」そうで、性処理用品はまさに畜生にも及ばない、それどころか同じ性具であるはずのディルドにすら劣る穴なのだと言外に突きつけられる。

 そんな酷い言葉を投げつけられてすら、A等級の製品はずっと幸せそうに腰を振っている。
 調教により人間の許可が無ければ絶頂すらできない身体に加工されたメスは、渇望に喘ぎながらもひたすら胎の中のディルドを淫猥な言葉と共にあやしつづけていた。

「あぁぁ……ふっとい……しきゅう、ぐりぐりするぅ……はぁっ、なかずりずり、でてきちゃいそう……気持ちいいです、おちんぽ様……」
「奉仕はこんな感じで行う。アイマスクは人間様の希望があれば取ってもらえるが、基本はつけたまま。二等種と好き好んで目を合わせたい人間様はいないだろうしな」

 目が見えない分感覚も鋭くなり、奉仕の質も上がるのだそうだ。
 製品となれば地上の貸し出しセンターに展示されるが、展示中も人間様を不快にしないためアイマスクは人間様の要望がない限り外されない。
 驚いたことに、製品側も1年もすれば目が塞がれていることを望むようになるらしい。その理由までは話されなかったが、今の72番にはとても想像がつかない心情である。せいぜい視覚を奪われた方が気持ちよくなれるのかなと類推するくらいだ。

「お前らの快楽は必要ない、とは言えしっかり奉仕ができているなら気持ちよくなること自体は問題ない」というヤゴの言葉に、72番は少しだけ救われた気持ちになる。

「製品は、許可が無ければ絶頂できないように仕込んである。これなら絶頂して動きが止まる心配もしなくて良いだろう?穴の分際で勝手に動かなくなるのは不具合……つまり懲罰対象だからな」
「ま、人間様によっては延々と絶頂させながらのご奉仕を好まれることもあるけどね。それでも動作不良を起こさないように躾けられているから……試してみましょ、ほら『逝き続けろ』」
「!!!イグっ、イギましゅっ…………!!うあぁぁっ……はぁっ、はぁっ、イッてる、また、またっ来る、うあぁ重いのきちゃうぅぅ!!」

 イツコの命令が下るや否や目をぐるりと上転させ、舌を突き出し、全身からあらゆる体液を垂れ流してガクガクと痙攣する姿は、絶頂を迎えているようにしか見えない。
 だがどれだけ濁った嬌声を上げようが、彼女の腰は止まらない。まるで止まることを忘れた……あるいは別の生き物のように、持ち主の意向など完全に無視して物言わぬまがい物の性器への奉仕に没頭する。

(まだ、逝ってる……あんなの、辛すぎる……)

 逝った後なんて、とても身体を動かせたものじゃないのに。
 一体どんな訓練を受ければ、ここまで製品として仕上げられてしまうのだろうかとこれから己の身に起こることを案じたのだろう、また一つ涙が72番の瞳からこぼれ落ちた。

「よし、止まれ。後片付けしておけ」
「ひぅっ……ぐ、ぅ…………はぁっ、お、おちんぽさま、っ…………ご奉仕させて頂き、ありがとうございます……お掃除をさせて頂きます…………はぁっ…………」

 それから10分後。
 ヤゴの命令でようやく製品は奉仕の終了を許される。

 さっきまで己の内側をかき回していたディルドに土下座して感謝を告げ、愛おしそうに舐める姿をヤゴは感情のこもらない瞳で一瞥する。
 そうして少し落ち着いたのだろう、懲罰電撃の止んだ二体に向かって「お前らの意思は、ここでの調教には何一つ反映されない」と宣告した。

「穴に意思など要らないからな。今お前らが恐怖に怯えていようが、今後調教をどれだけ拒もうが、12週間後にはこうなる……いや、こうなれた方がいくらか幸せだぞ」
「うぇ……?」
「反抗的な態度も、不真面目な態度も、当然技量が伸びなかったり拡張が上手くいかないのも、全て評価を下げる対象だ。これから見せるのは、わざわざ訓練前に懇切丁寧に教えてやったにも関わらず、無駄な抵抗を続けた成れの果て。……72番、泣くなよ?」
「ひぐっ……」

(……成れの果て、って……)
(いやいや、C等級だって大概だったじゃねーか!だって手足全部切り落とされるんだろ!?あれより酷いとか流石にねーだろ)

 不安と疑念。
 二つの感情が渦巻く二体の前で、ヤゴは最後に残されたスーツケースを横倒しにした。


 …………


 振動が、身体に響く。
 ああ、この感じはスーツケースから出されるときのものだ。
 多分もう少しすれば全身に電撃が流される、はず。


 ――電撃の痛みは、救いだ。
 私の「輪郭」を明らかにしてくれるから。


(……ご奉仕の、時間……)

 この瞳は、ただ一筋の光も宿すことを許されず
 この耳は外界どころか、身の内から聞こえるはずの鼓動すら響かせない。

 必死に横隔膜を動かして得る空気に、匂いは無い。
 涎だけは自由に垂れ流せるものの閉まることの無い口は、もう味を忘れてどのくらい経ったのだろうか。

 ……それでも身体は、頭は覚えている。
 あの熱くて固い、この渇望を満たしてくれる救世主の匂いと味を。
 口腔に、喉に、胎に放たれた熱い感触と、あの粘りを、生臭さを。

 ああ、絡みつく白濁さえ、今の自分には愛おしく……そして生涯許され無いもの。

(お願いします)

 だから、私はただひたすら、喉から獣のような声が出ているであろう事を祈りつつ
 静寂の音の世界から、人間様に願うのだ。

(頑張って、性能の良い穴になります、だから)

(どうか、ほんの少しで良いから……「生」を感じさせて)


 ――性感にすら及ばない、けれども二度と与えられることのない直の触れ合いを。


 …………


「相変わらず重いな」と独りごちつつヤゴたちが3人がかりで取りだしたのは、D等級の性処理用品だった。
 そう、確かに彼らはそう言ったのだ。これはれっきとした性処理用品の製品だと。

「おぇ……あ……?」
「ん?ああ。これはヒトイヌと呼ばれる製品だ。C等級以上と違って穴に入れられるのはペニスだけ、あとは女性器への奉仕が関の山という非常に低スペックな製品でな。だからこうやっって」
「シューッ……」
「!!」
「全てを塞いで、せめて穴としてはまともに使えるように作ってある」

 床に転がされ、恐らく起動の電撃を流されたのだろう四つん這いの姿勢を取るのは、全身をテカテカした真っ黒な被膜で覆われた物体だった。
 肘と膝はまるでくっついているかのように折りたたまれ、床と接地する面にクッションのついた革製の拘束具で完全に固められている。
 股間には自分達と同じシールドがついているものの、これまでの製品のように腹はそこまで膨れていないようだ。

 頭部もまた、のっぺりとした全頭マスクで覆われている。
 口には口枷が、目にはアイマスクが装着されているのは同じだが、その額には大きく白字で管理番号「356F113」と等級を表すDのアルファベットが刻印されていた。

(……おい、鍵穴が……!?この装具、どうやって外すんだよ!)

 ヒトイヌに施された仕掛けの一つに気付いたのは、104番だった。

 手足を、そして顔面を戒める装具の革ベルトは、穴に通すピンの先端がリング状になっていて、そこに南京錠が取り付けられている。
 だが良く見れば、南京錠の鍵穴は金属のような何かを流し込まれ、埋められているのだ。

 目を見開く104番の耳元で「あの南京錠はね、あんた達の首輪と同じ金属でできているの」と囁く声がする。

「っ……!!」
「授業で人間様に教えて頂いたわよね?首輪はこの世界に存在する刃物では決して切断できない、首をもがない限り外せないって。……南京錠のつるは細いから何とかなるとでも言いたそうね?そんなわけ無いでしょ」

 でもまぁ拘束具はただの飾りなんだけどね、と小さな声で付け加えられたイツコの声に、その言葉が意味する残酷な真実に、異形の製品にすっかり目を奪われている104番は気付かない。
「……ま、気付かない方が幸せか」とイツコが独りごちつつ腕を振り上げたかと思うと、ヒュンと風切り音を立てて思い切り鞭をヒトイヌの尻に振り下ろした。

 バシッ!!

「シューッ!!」

 途端に何かガスが漏れるような音がしたかと思うと、目の前のヒトイヌが近寄ってくる。
 イツコが再び鞭を、今度は二度続けて尻に打ち付ければ、ヒトイヌはビクンと震えその場で静かに立ち止まった。

「ほら、近くでじっくり見せてあげる。ヒトイヌはね、全ての穴が覆われているのよ」
「あぁ……?…………んぉ!?んええぇ!!?」

(嘘でしょ!?口の中の赤いの、これって)
(口だけじゃねぇ、鼻の穴もかよ……!!)

「粘膜部分は赤い方が、人間様は好まれるのよね」とイツコが枷を外した口の中は、ただの粘膜では無かった。
 口腔の全ての粘膜……舌も、歯茎も、本来空気に触れられるはずの器官は全て、ヒトイヌの表面を覆う素材と同様にテカテカした被膜でぴっちりと覆われていたのだ。

 シューッとどこかから音を立てつつ、蠢く赤いラバーのような舌。
 ヤゴ曰く、唾液腺は被膜で覆われていないらしい。ボタボタと涎を垂らしているからだろうか、作り物のような口腔は妙に艶めかしく感じてしまう。
 このラバーの被膜は胃の入り口付近までを覆う袋状になっているため、ここに何かを流し込んでも胃の中に入ることはないのだそうだ。

「鼻の穴も、途中で塞がっているわよ。もちろん股間も……尿道、膣、肛門、全てが奥で盲端となった被膜で覆われているの。この被膜は水だけで汚れが落ちる優れものでね、ホースを突っ込んでおけば簡単に洗えるわ」

 それじゃ呼吸は、まさか全部首輪の魔法任せ?と心配になった72番に「呼吸だけは他の等級より楽できるわよ」とイツコが指したのは、首輪の真下だ。
 そこにはカニューレと呼ばれる管が挿入されていて、さっきから電撃を浴びる度に聞こえていた音はこれだったのか、と72番は納得すると同時に嫌な予感を抱く。

(これ…喋れるの?)

思わずイツコを見上げれば「声は出ないわよ」と案の定想像した通りの答えが返ってきた。

「声帯まで息は届かないし、そもそも喉は塞いであるからね。ちゃんと啼かせたい場合には、付属の部品を取り付ければ一応啼くわよ」
「ここでは付けないがな、喧しいし」
「…………!!」

 腹部からも蓋付きのチューブが顔を覗かせている。
 これは胃瘻と呼ばれるもので、ここから浣腸の代わりとなる腸洗浄剤や餌を流し込むのだそうだ。
 人間様が挿入する部分は全て被膜で覆われているため、洗浄中や餌の最中でも利用可能だという。

 それはつまり、この製品は完全に物言わぬ穴としての役割しかこなせないわけで。

「だから言っただろ?」とヤゴはその生き物と呼ぶのも烏滸がましい製品を前に真っ白な顔で震える72番に、そしてあまりにも想像とかけ離れた製品に呆然としたままの104番に改めて忠告する。
 生涯こんな姿で地べたを這い、ただ突っ込まれるだけの穴になりたくなければ、素直に訓練を受け加工されるんだな、と。

(……この子、分からないんだ)

 その時、72番はふと気付く。

 今、このヒトイヌの鼻先には104番の股間があるのだ。
 目は覆われていて見えないにしても、この距離なら匂いは分かるはず。そして……同じように躾けられているなら、淫らな匂いで発情し奉仕を求めてもおかしくない筈なのに、この個体はまるで何も気付いていないかのように突っ立ったまま。

(……鼻は覆われているから、匂いも分からない。この人達の話にも全然反応しないし、まさか耳も……聞こえてない…………!?)

「……ヒッ…………!!」


 ――一体これで今日何度目だろう、背筋にぞわりとしたものが走るのは。


 あまりにも立て続けに見せられたあり得る未来の選択肢に、72番の心はとうに麻痺していた。
 目の前で完全に外界から隔絶され佇む黒い塊のように加工されることを考えれば、最初に見た「普通の」性処理用品はずっとまともな未来に違いないと思い込んでしまうのも無理は無い。
 ……それこそがこの見学の狙いでもあるのだが。

 こんな風にはなりたくない。
 72番が思わず後ろに回した手をぎゅっと握れば、それに気付いたイツコがそっと耳元で囁いた。

「大丈夫よ。あなたはただ、私達作業用品の言うことに従っていれば、こんなモノにはならなくて済むから」
「あ……」

(そうだ)

「私やヤゴの管理番号は見たでしょ?私達はここで何年も、たくさんの性処理用品を作り続けている……真面目に全力で従うなら、さっき見た普通の性処理用品に作り上げるなんて簡単なのよ。あなたのような初心で臆病な素体でも、ね」
「……あぃ…………」
「ふふ、良い子ね子ネズミちゃん」

 こくりと頷いた72番の頭をイツコは撫でる。
 ……二等種としてここに連れてこられてから、誰かに頭を撫でて貰った事なんて無かったのに。
 その手つきは存外優しくて、温かくて……とうに忘れていた慈しみを授けられたようで。

(……あぁ…………ママ……)

 押し込めていた何かが、ぶわりと溢れ出す。
 そうして72番は、突然与えられた温もりに……全てを捧げてしまう。

(この人達の……調教師様の言うことを聞いていれば、大丈夫。こんな惨めな姿にはならないですむ……!)

 ぽきり、と心のどこかで小さな音がする。
 それは72番が、目の前に立つ二等種達を隷属する主人として認めてしまった証であった。


 …………


「72番は大丈夫よ、ああいう奴隷根性が染みついた素体は少々臆病でもアメとムチでなんとでもできるわ」
「……お前なぁ、担当以外に手を出してどうするんだよ」
「あら、あの程度なら別に問題はないでしょう?管理官様からの注意も無かったし」
「はぁ……ったく……」

 見学を終えた二体を再び待機させたヤゴとイツコは、馬鹿でかいスーツケースをゴロゴロと引きずっていた。
 中身は言うまでも無く、先ほどまでモデルで使っていた製品達である。

 にしても、とヤゴはイツコの頬に目をやり、再び大きなため息をつく。
 朝より少し痣は薄くなったが、まだ遠目にも分かるレベルだ。
 驚異的な回復力を持つのは二等種ならではだが、とはいえ作業用品のそれは性処理用品達には到底敵わない。この傷だと流石に明日までは残ってしまうだろう。

「メス化製品を見せれば、ちょっとはビビって大人しくなるかと思ったんだが」
「……効いてないわけでもないわよ?明らかに一番ショックを受けていたみたいだし。あれだけペニスと射精に固執している素体だもの、ペニスが消え失せた状態なんて想像もしたくないでしょう」

 平らな股間に何を想像したんだかと、イツコは悄然とした表情を思い出したのだろう、ふふっと笑みを漏らす。

 話題にするのはイツコに傷を付けた素体、104番の事だ。
 できればもう少し大人しくなって欲しかったんだがな、あいつらだけで大丈夫かとヤゴは監視に残された作業用品二体の身を案じながら、二つのスーツケースをゴロゴロと押す。

 調教初日の午前中に行われる製品見学は、何も性処理用品に等級の詳細を説明するのが目的ではない。
 これまで彼らが広告で目にしてきた製品達は、人間様が厳選した二等種の心を揺さぶりやすい個体ばかりだ。正確にはB等級以上の製品しか彼らは見たことが無く、当然ながら自分もそういう役目を与えられる(そして快楽をいただく)ものだと信じて志願し、ここ調教棟に移送されてくる。
 そういった現実を知らない、そして昨日初めて同じ二等種への絶対服従を告げられ不満や反感を抱いている素体達に「逆らえばこうなる」という近い未来の現実を突きつけ早々に反抗心を折るために、作業用品達はわざわざ地上の貸し出しセンターからより素体が絶望しそうな個体を選んで取り寄せているのである。

 ちなみに最初にイツコが予約していたのは、四肢切断、いわゆる「ダルマ」のオス製品であった。
 だが104番のオスであることへの執着を鑑み、そして72番のメンタルではそのような過激な個体に耐えられないと判断したヤゴにより、C等級の中では比較的扱いが良いメス化製品に変更される。

 結果、104番への効果はいまいちだったが、それも仕方が無い。
 例え片方の素体に効果があったとしても、もう片方の素体を壊してしまっては元も子もないのだ。管理官様から見学を個別にするよう指示されなかったのだから、限られた条件の中では最善の選択だったとイツコも思っている。

 それに……まだ「今日」は半分も終わってはいない。

「午後からは『体験』だし、あれを一晩やれば相当な問題児でも大人しくなるわよ」
「…………あれは相当どころで無い問題児だと思うが……」
「問題ないわよ、明日開けてみて効果が薄そうなら1日追加って管理官様からも指示が出ているし」」
「げ……鬼畜か……壊れそうで怖いな」
「ま、管理官様なら壊しはしないわよ。……ほんっと、これから暫くは楽しめそうねぇ……」

 ヤゴやイツコのように、性処理用品の調教道具として使われる作業用品は、実際の業務の前に一通りの訓練を体験させられる。
 だから、その計画がどれだけ非常な処置なのかも身をもって体験しているわけで……思い出すだけで震えが走るなあれは、とヤゴは肩をすくめ苦笑した。

 一方、同じように体験しているはずのイツコはといえば「折角だから折れないで欲しいわぁ……」とむしろ104番に限界まで反抗されたくて仕方が無い様子だ。
 イツコからすれば、あの生意気な顔が苦悶に、羞恥に、堕とされた絶望と快楽に歪みさえすれば、少々品質が落ちようが問題はない。管理官に従って動いている以上作業用品はただの道具であり、調教に対する責任など余程の過失を犯さない限りは存在しないから。

「それに、ね……あれの未来はもう決まっているでしょう?」
「……まぁ、な……」

 だから今回は気楽なのよ、とイツコは意味深に笑う。
 その言葉の意味を知るヤゴは、少しだけ104番に同情しつつもそんな素振りはおくびにも出さず頷くだけ。

「さて、製品も返却したし続きといくか」
「ふふっ、あの子ネズミちゃん、今度はどんな顔で絶望するかしら……楽しみねぇ」
「だからあれは俺の担当だって……ったく、さっさと行くぞ」

 ヤゴとイツコは踵を返し、来た道を戻る。
 どうしようも無く甘ちゃんで臆病な素体と、これまたどうしようも無く愚かで反抗的な素体を等しく製品に貶めるために。

 ――72番と104番の一日は、まだ始まったばかりである。

© 2025 ·沈黙の歌 Song of Whisper in Silence