第10話 Day2 初めての訓練
――それしかやることは無い。
分かっていたって、訓練室の光景は衝撃的だった。
「うえっ、おえぇっ……!!」
『棺桶』体験の衝撃も覚めやらぬままに連れてこられた部屋。
「奉仕訓練室」と書かれた扉を開いた瞬間、目の前に広がる光景に72番は思わず声を上げかけ、喉に刺さる異物におもいきり嘔吐く。
(な……なに、これ……!!)
幼体時に講義を受けていた部屋より一回り広い部屋には、人間様……を模した裸体のマネキンがずらりと並んでいた。
左の壁際には座位の、右側には仰向けになった人形がそれぞれ5体ずつ。ただ股間の部分はぽっかりと欠けている。
床には鎖を係留できそうな金具がいくつも埋め込まれ、天井からは鎖がぶら下がっているのは、見学した部屋と変わらない。
「おい、止まるな。さっさと入れ」
「んぅ……」
股間に繋がる鎖を引かれて、二体は慌てて部屋の中に入る。
マネキンの顔はのっぺらぼうだが、それでも何となく見られているようでどうにも居心地が悪い。
(これを使って、訓練……?)
一体どんなことをするのだろうか。
いや、奉仕と言うからにはやることは一つだろう。あのマネキンに跨がり、もしくは顔を突っ込む以外に何があるというのか。今は何もない空洞の股間には、きっとこれからそれらしい仕掛けが取り付けられるはず。
不安そうに訓練用具を眺める二体を「ほら、ぼさっとしないでこっちだ」と作業用品はマネキン、ではなくその手前に並べてある機械の前に引っ張っていった。
「ここで、担当が来るまで待機。見学の時と同じだ、基本姿勢……しっかり股を開け、見せつけるようにな」
「んぐっ……」
「へぇ、メスは随分柔らかいわね。最初からそこまで股を開ける子は珍しいかも」
待機と言われて慌ててその場にしゃがみ込めば、後ろに回った作業用品がぐっと膝を開かせる。
ほぼ真横になるところまで開いた姿勢は、幼少期からバレエで鍛え二等種となってからも柔軟だけは欠かさなかった72番にとってはそこまで辛い姿勢では無い。
隣で同じように膝を開かされ悶絶している104番に(普通は開かないよね)とちょっとだけ同情心を覚えつつ、72番はバランスを崩さないようぐっと爪先に力を込めた。
「104番は身体が硬すぎねぇ、オスだからってここまで硬いのも珍しい」
「こりゃ明日からは柔軟追加だろうな。そういや拘束はいいのか?こいつ、昨日イツコに頭突きをかましたんじゃ」
「あの体験の後でまだ反抗するかなぁ……一応管理官様に聞いて、って早っ!あ、ありがとうございますっ」
あまりにも素早い管理官からの許可に「まぁ危険個体だから拘束は欲しいよね」と頷きつつ、作業用品は104番の腕を背中で組ませて短い鎖で繋ぎ、更に首輪と緩み無く接続する。
だが、104番は抵抗はおろか、反抗的な表情すら見せない。
(……逆らったら、またあの中に…………)
天然モノに言いようにされるのは、今だって癪に障る。
けれども唸り声をあげようと試みた瞬間、脳裏によぎるのはイツコの楽しそうな笑い声と、幻覚に暴虐の限りを尽くされ、嬲られ、犯され、壊された地獄絵図で。
睨み付けるくらいなら大丈夫……そう頭では思っていても、恐怖を刻み込まれた身体は表情を作らせてくれない。
そんな自分が悔しくて、情けなくてたまらない。けれど今の104番の心の中は、悔しさよりも恐怖の方がずっと勝っていた。
「あら、随分大人しくしてるわね」
「!!」
扉の開く音と同時に、聞き慣れた声が背後から近づいてくる。
104番が怯え混じりの視線を彼女に向ければイツコはフッと笑みを浮かべて、それを見た途端、何でも無いただの笑顔だと頭ではわかっているのに……ぶわっと冷や汗が肌を伝うのが分かる。
(怖い怖い怖い……逃げたい、逃げられない……!!)
口枷を奥深く埋め込まれてなければ、きっとこの口はカタカタと歯を鳴らしていたことだろう。
「ここまで怯えられると、逆に哀れに思えるわねぇ」と少しつまらなさそうなイツコの指が顎に触れれば、全身が一気に粟立った。
今ばかりは、人間様に排泄を管理されていることを心から感謝してしまう。尿道を閉鎖されてなければ間違いなく床に水たまりを作っていたから。
「……ふぅん、まあさっきまで棺桶に入っていたからこんなものかしらね」
「ひっ……」
でもこれじゃつまらないから、もっと反抗して頂戴よね。じゃないと私が楽しめないでしょ?
そう無邪気に笑うイツコの何気ない本音は
(そんな……反抗したらまたあそこに入れられる……けどっ、言うことを聞かなかったらこいつの機嫌を損ねて、やっぱり懲罰……逃げ場なんて無い……っ!)
104番にとってはただの死刑宣告にすぎなかった。
…………
「最初の1週間は、筋トレと奉仕訓練だ。今日は初日だから軽めにやるが、明日からは餌と睡眠以外ずっと訓練だからな」
ヤゴとイツコが、素体たちの目の前に置かれた巨大なかまぼこのような器具へ乗れと二体を引っ張る。
指示に従いおずおずと跨がれば、アシスタントが手際よくかまぼこの側面から伸びるポールと足枷を繋いだ。
のっぺらぼうの台の真ん中には穴がありそこから鎖が伸びていて、こちらはクリトリスの、そしてテザーのリングと接続される。
そのまま立ち上がれと命じられ、二体は恐る恐る腰を浮かせた。
局部へと伸びる鎖は思ったよりも短く、膝を完全に伸ばせば思い切り引っ張られて……きっと電撃が流されるに違いない。
「じゃ、まずはスクワットな」
中途半端にがに股の状態で立ち上がり困惑する二体に、ヤゴが訓練内容を説明する。
内容は至って簡単、合図に合わせて人間様から終了の指示が出るまでスクワットを繰り返すだけ。少しでも休めば懲罰点が加算される仕組みだ。
「言うまでも無いが、お前達性処理用品の言動は24時間監視されている。生活態度が悪かったり訓練成績が振るわなければ、すぐ懲罰点が加算されるからな」
「ここに来てからずっと、何かしらの懲罰を受けたときは必ず懲罰点が加算されているわ。後は、私達作業用品から懲罰点追加を宣告された時ね。それ以外にも、管理官様が画面の向こうから加算……これは私達にもどれだけ追加されたか分からないわよ」
「懲罰点が減ることは無い。そしてこの点数は検品時の等級判定に用いられる。言いたい事は、分かるな?」
「……っ」
(これからは、ただ人間様の言うことを聞いてるだけじゃダメなんだ……)
人間様の命令に従い、媚びを売り続ければそれで許された時間はおしまい。
性処理用品の道を選んだ以上、今後は生活態度のようなこれまでなら懲罰にならなかったような些細な事すら未来を決定する要素となり得るのだ。
何より性処理用品に求められるのは性能であり、それぞれの段階で基準を満たさない個体は容赦なく評価を下げられる。
……そして、その基準は一切二等種には知らされない。
「んじゃ、始めるか。ああ心配しなくても筋トレはアシスト機能があるからな。それに従ってりゃ問題ねぇよ」
「あぇ……?」
「始まれば分かるわよ。はい、スタート」
「へっ」
イツコが宣言すると同時に、ピッとアラーム音が響く。
次の瞬間
「あがっ!!」
「んぐおぉぉっ!!」
くい、と股間が引っ張られて鋭い痛みが走ったと思ったら、全身に電撃を流されてしまった哀れな素体達のくぐもった絶叫が部屋にこだました。
…………
ピッ……ウイィィン…………ピッ……
無機質なアラーム音と、モーターの動く音が淡々と繰り返される。
「はぁっ、はぁっ……んぐぅっ……」
「ふぐっ……おぇぇっ、えほっ…………」
(アシストじゃないよこれ、どう見たってただの拷問じゃない……!)
(くそっ、逆らわないからせめてこっちのペースでやらせてくれ!うぐっ……痛ぇ引っ張られるっ、さっさと腰を落とさないとまた電撃……!!)
どうやら人間様は、スクワットの速度すら自由にさせてくれないらしい。
良くこんな残酷な機械を思いつくなと、素体達は目尻に涙を滲ませつつ震える足を叱咤していた。
アラームが鳴れば一定の速度で股間に繋がる鎖が巻き取られるから、痛みと共にゆっくりと腰を落とさなければならない仕組み。
腰を落とすのが遅れて引っ張る力が一定以上になれば、すかさず自動で電撃が流されるし、痛みを恐れて素早く腰を落とせば鎖が緩んだのを関知して、これまた電撃に全身を貫かれる。
筋力の限界で、または度重なる懲罰により力が抜けて台の上に腰を落としてへたり込めば……もう言うまでも無い。
(痛いよう……ずっと痛いままだよぉ……!!もうやだぁ、引っ張らないで……!)
だから、結局は鎖を緩ませず……自ら大切なところに痛みを加えながら、無様に腰を上げ下げすることしか許されないのだ。
ピーッ……
やがて長めのアラーム音が響けば「休憩だ」とヤゴが呼びかける。
だが、鎖が緩む気配は無い。
これは座って良いのかとおずおずとヤゴの方に振り向けば「座りたければ座ってもいいが……座れば二度と立てなくなるぞ?」と釘を刺されて72番の顔が引き攣った。
「休憩中はどんな姿勢でも電撃は流れない。が、その様子じゃ既に足は限界だろう?一度座り込んで再開のアラームが鳴ったときに立てなければ」
「やっ、おえんなあいっ!!」
「……ならそのまま、がに股の姿勢で待機するんだな。休憩時間は人間様が適宜決めているから、いつ次のアラームが鳴るかは俺たちにも分からん」
「おんぁ……」
(休憩、ったって……こんな中途半端な状態じゃ休めない……!)
軽く曲げたままの足は、既に限界を超えているのだろう痙攣が止まらない。
ちょっとでも気を抜けば膝が崩れ落ちそうだ。
既に何十回同じ動作を繰り返しただろうか。20回までは健気に数えていたが、そこから先は女芯の痛みと疲労でそれどころではなくなってしまった。
もう無理、限界、助けて――
72番が目を見開き必死に窮状を目で訴えかけたところで、作業用品達は眉一つ動かさない。
……それもそうだ、これは管理官様の決めた訓練だ。第一、この器具の操作権限を彼らは持ち合わせていないのだから。
「はぁっ、はぁっ……」
「はっはっはっ、おげぇっ……!」
隣から嘔吐く声が聞こえる。
どうやら彼は自分以上に消耗しているようだ。今にもその場に崩れ落ちそうに見えるが、正直こちらも気にかけるだけの余裕が無い。
(身体が重い……そりゃそうよね、あんなものを挿れられてるんだし……)
この重さは疲労だけでは無い。さっきまで必死に動いていたお陰で気付かなかったが、股間を埋め尽くす質量が余計な負荷をかけているせいに違いない。
アナルフックとシールドが装着されているから抜け落ちることは無いと分かっていても、ついつい抜けないように変に力を入れてしまって、そうすればまざまざと中にあるモノの形を感じて……ついでに膀胱まで刺激されるお陰で、体力も気力もみるみるうちに奪われている気がする。
(せめて……せめて、挿れられたもので気持ちよくなれたら……でも、疲れすぎてそれどころじゃないよぉ……)
ピーッ……
「!!」
72番は恨み節を小さな唸り声に混ぜて漏らすも、再開のアラームにビクッと身体を震わせ、直ぐに巻き取りが始まった鎖に引っ張られるように再び腰を落とし始めるのだった。
…………
性処理用品の回復力は飛躍的に高められているし、最初の3週間しっかりと鍛え上げれば睡眠以外の時間ずっと奉仕し続けるだけの筋力と体力が身につくという。
とはいえ、数日前まで碌な運動もしていない――自慰を運動というなら一日中励んでいたけれど――筋肉は、今のところただの二等種と変わりが無い。何ならほぼ一日中部屋に籠もっていた分、そこら辺の人間よりも軟弱かもしれない。
そこに突然強いられた高負荷な筋トレだ、当然ながら身体は悲鳴を上げる。
しかし、その声は誰にも届かない。人間様の眺める数値は、残酷にも「全身状態良好」と結論づけている。
――だって、モノは壊れなければ良いのだから。
「軟弱ねぇ……たった1時間で足腰立たなくなるだなんて。あんたがへばったせいで、子ネズミちゃんまで余計な電撃を食らって倒れちゃったじゃない」
「うぇ……おぇっ……」
何度目かの休憩の後、104番が再開のアラームと共にその場に崩れ落ちた。
「ほら、さっさと立ちなさいな」とイツコが鞭を入れるも、足を床に、手を背中に拘束された状態では起き上がるのも一苦労だ。
そうこうしているうちに懲罰電撃が振るわれ、立つこともままならなくなり……最終的にはバイタルアラートが鳴り響いたことで訓練は一時中断となったのだった。
イツコが呆れた様子で訓練台の上に突っ伏す肢体を蹴り上げても、104番は呻き声を上げるだけでピクリとも動かない。いや、動くことが出来ない。
(ふざけるな……いくら休憩を挟みながらだって、こんな長いことスクワットが出来るわけがねえだろ……!っ、だめだ、睨めばまた……くそっ、くそぉっ……!!)
心の中では、これまで通りイツコに向かって叫び続けている。
だが、そこまでだ。
イツコのことを考えた瞬間に反抗心と共に湧き上がる恐怖心が、104番の行動を自制する。今ならどれだけ嬲られようが、反抗の唸り声一つあげられないだろう。
それを分かった上で、イツコは煽る。
思い通りになった充足感と、それ故に満たされない退屈さを抱えながら。
「あれだけ天然モノをバカにしてた癖に、その天然モノよりひ弱だなんてね」
「……くっ…………」
「まあそう煽るな。さっさと飲ませて次行くぞ」
ヤゴが窘めつつ、給水用のボトルをイツコに渡す。
それぞれの素体の口枷にチューブを接続しぎゅっとボトルを押しつぶせば、素体達は目を白黒させながら否応なく流れ込んでくる液体をなすがまま飲み干すしか無い。
当然のようにただの水、ではない。昨日の朝飲まされたのと同じ臭いと味の、こんな方法で流し込まれなければ飲み込むのも躊躇するような液体だ。
……何となくだが、今後普通の水を飲むことは生涯訪れない気がする。
(んぐっ……不味い…………きっと薬がいっぱい入ってるんだろうな)
あまりたくさん飲めば後で後悔するとふと思うも、よく考えれば問題ないやと72番は喉を開いてなるべく舌に触れないように液体を胃に落とし込む。
どれだけ水分を取ろうが、膀胱は健康を損なわない限界まで満たされたままだ。この焦燥感から逃れることは許されない。
いつかこの辛さも日常として、慣れてしまう日が来るのだろうか。それはそれでますます生き物からかけ離れたモノになってしまうなと、72番は己が変えられてしまう不安をそっと嘆く。
だが、感傷に浸る余計な時間など人間様は与えてくれない。
「……よし、んじゃ次な。鎖を外すからその場に仰向けになって膝を曲げろ。天井から鎖を繋いだらグルートブリッジ」
「ほぇっ!!?」
「何変な声出してるんだ、さっさとしろ。管理官様から回復魔法は施されている、もう身体は動くだろうが」
「え……」
間髪入れず下される命令に音を上げかけるも、確かめてみろと促すヤゴの言葉で二体は気付く。
ヤゴの言うとおり、さっきまでまともに力の入らなかった身体が、動かせるようになっている。
(回復魔法……貰える、の?)
「最初の3週間は、筋肉を虐めて人間様に回復して頂いて、の繰り返しだ。だから辛くないだろう?ほら、さっさと準備」
戸惑いを隠せない素体達に向かって放たれたのは、短期間で性処理用品を作るための効率的な、そして素体の心情を何も考慮していない訓練プランで。
(いやいやいや、辛くないって本気で言ってる!?)
(さっきまで死にそうな目に遭わせてた癖に!)
((それなら休憩時間に回復すりゃいいじゃん!!))
どうあっても人間様は二等種に楽な思いをさせる気は無いようだ。
ヤゴの説明に盛大に突っ込みながら、素体達はしぶしぶ仰向けになるのだった。
…………
あれからどれだけの時間が経ったのだろう。
頭が痛くて、耳の中で響く鼓動が喧しい。
(もう、無理……うぁっお願い倒れないでっ、いやあぁぁっ!!)
(こんな状態で、待機なんか出来るか……!もう自分の足じゃねぇみたいだ……)
いくら肉体を魔法で回復するといっても、無限に繰り返せるわけでは無いらしい。いや、むしろいくらでも回復できるとなれば人間様のことだ、24時間休み無く訓練させられるだろうから、これは救いと言えば救いかも知れない。
回を重ねる毎に身体の動きは鈍くなり、腫れ上がった肉芽を、そして食い込んだ亀頭を穿つ筒を引っ張られても動くことすら叶わなくなって、ようやく筋トレの時間は終了する。
しかし、下半身はもはや生まれたての子鹿状態だというのに「次の準備が終わるまで待機」と作業用品達は容赦ない。
案の定、横ではさっきから数十秒ごとに104番が姿勢を崩して床に身体を打ち付け、二体仲良く電撃に掠れた悲鳴を上げる羽目になっていた。
「あーあー派手にすっころんじゃって」
「待機が休憩時間になるのはもうちょっと先よね、っと」
「結構重いから気をつけてね」
(これが休憩時間になる日が……来るの……?想像がつかないよ……)
地に伏した素体たちの目の前では、作業用品が戸棚から何かを取りだしている。
台座のようなものと、肉の色をした細長い……ああもう、あの色と形は嫌な予感しかしない。
「男性型土台と……ディルドのサイズと感度は?」
「ええと……メスがSS-SS-1、オスはSS-S-1。デモ用は口がS-XL-6、下の穴は4L-4L-6で」
「イツコ、デモ個体持ってきたよー」
「ありがと、起動しておいて」
台座をマネキンの股間にカチッと差し込み、真ん中に開いた穴にディルドをセットする。
項垂れた小さな突起は、しかし作業用品がリモコンを操作するや否やむくむくと大きくなって、見慣れた形を露わにした。
その見た目は給餌用のノズル同様、どう見ても本物にしか見えない。
(……趣味悪ぃ…………勃起機能付きかよ)
着々と目の前で進む準備に、否応なく緊張が高まる。
3体のマネキンから生えた男の象徴。性処理用品の訓練というからには、やることなど一つしかない。
志願する段階で覚悟はしたつもりだった。
けれど、想像と現実はこれほどにも乖離しているのだと、104番は紛い物とは言え己の股間についているものと同じ物体に傅かなければならない事実を突きつけられ、ごくりと喉を鳴らした。
……今回は嘔吐かずにすんだようだ。
(ああ)
ふと、後悔の念が104番の頭に過る。
今更そんなことを考えたって逃げられやしないのに。
(……もっと、我慢すればよかった)
あんなに簡単に屈しなければ、天然モノに虐げられるような無様な未来は回避できた。作業用品として天然モノを調教しながら、こいつらとは違うと優越感に浸れただろう。
後悔先に立たずとはよく言ったものだと、104番は自嘲する。
(…………3ヶ月だ。訓練期間が終わればこいつらに良いようにされる事は無くなる……人間様への奉仕なら、まだ仕方ないと諦めがつくから……)
その時までの我慢だ。
そう104番は自分に言い聞かせながら、目の前でどう見ても人体に入れてはいけないサイズの詰め物をずるりと引き抜かれ高い声を上げる「デモ個体」の姿を眺めていた。
…………
ぐちゅっ、ぐぷっ……じゅぷっ……
「はぁっ、おちんぽ様大きいの大好きぃ……おくっ、奥までずっぽり……あんっ、ああんっ……!」
「気持ちよくて喘ぐのは良いが、しっかり腰を振れよ」
「はひぃ……っ……おちんぽ様ぁ、ほらっずっぽり入ってますうぅ……いいのぉ……!」
(すっ……ごい…………)
それはとても淫猥な風景で、見ているだけでこちらまでゾクリとするほどだった。
視覚情報で興奮しやすいオスならなおさらだろう。案の定、104番は度重なる牽引で腫れ上がった先端に血を通わせ、小さな檻に赤黒い肉を食い込ませては「ぐぅ……っ……」と唸り声を上げている。
(くそっ……奉仕しているのはオスだぞ!?なんだよあの腰使い、エロすぎるだろっ……!)
デモ用に連れてこられた個体は、499M023。つまりつい最近まで自分達と同じ建物の中にいたオスだ。
下腹部の管理番号の下にはでかでかと「B」の刻印が追加されている。製品として出荷されたのは1週間前だというから、これは今までで最もリアルな3ヶ月後の未来――それだけに、素体達の衝撃は大きかった。
アイマスクをされていても分かるほど物欲しげな表情の個体は、作業用品の命令に従いまずは口で、そして尻で教えられたとおりに本物そっくりのディルドを咥え込む。
その口角はずっと上がりっぱなしだ。
「んっ……んぐっ、んふ……はぁ、美味しい……」
一滴も零さないよう必死でこくりと喉を鳴らし、ちゅぅと先端を吸い上げてどこか名残惜しそうに舐め清める。
己の胎に納め、体液にべっとり塗れた屹立すら躊躇なくしゃぶり付く姿は、もはやペニスなしでは生きていけない程心酔を滲ませていて、まともな精神の生き物には見えない。
(……私も、ああなる)
一体どんな訓練をすれば、あんなに心から幸せそうに奉仕できるようになるのだろう。
正直、今は目の前に用意された疑似ペニスを体内に迎え入れる事に、恐怖と嫌悪感しか感じない。
……せめて訓練くらいはただのディルドでさせて貰えると思っていたが、考えが随分甘かったようだ。そもそも給餌用のノズルがあんな形の段階で気付くべきだった。
(本当に……ああなれる?)
72番の心に、ふと疑問が浮かぶ。
目の前の浅ましい物体の様になりたいのかと聞かれれば、とても是とは即答できない。動画で見ていたときは羨ましくて仕方が無かったあの幸せそうな様相も、目の当たりにすればむしろその異常さが――だってペニスを頬に当てられるだけで、臭いを嗅ぐだけで涎でも垂らしそうなほど興奮しているのだから――際だって、ちょっと引いてしまうというのが素直な感想だ。
けれど、そこまで躾けられる以外に、道は無い。
いや、道はあるけれども――棺桶に続く道はとてもじゃないが御免被りたい。
(やるしか、ないんだ……)
明らかに自分達がこれから「奉仕」するであろうディルドの倍くらいありそうな図太いものを咥え込んでいたデモ個体の穴から、たらりと白濁が腿を伝う。
萎えることを知らなかったであろう雄の象徴はどこにも見当たらず、見学の時に見たオスと同様銀色の丸いプレートが股間には光っていて、中心の穴からは透明な液体がつぅと床に滴り、白濁と混じり合ってなんとも言えない淫靡さを醸し出している。
「おちんぽ様……ご奉仕させていただいて、ありがとうございましたぁ……」
「ん、ほら抜けたらちゃんと穴を締めろ。それに床を汚したぞ、すぐ掃除」
「んぶっ……はぁっ……」
一通りの奉仕が終わり深々と頭を下げたオスの髪をがしりと掴み、ヤゴが淫らな水たまりに顔を突っ込めば、いそいそと舌を床に這わせる。
その腰はずっと所在なく揺れていて、まだ物足りない、使って下さいと己を貫いていた玩具に阿り情けをねだる様にすら見えた。
…………
「とまあ、これが製品となる最低条件だ」
利用が済んだデモ個体を作業用品達が片付ける横で、べっとりと涎で濡れそぼりまだ湯気が立ちそうな疑似ペニスを鞭でつんつんしながら、ヤゴが素体達に教えるのは、彼らの未来を決める出荷前検品基準の一部だ。
「このディルドは、口の奉仕で使ったのが直径4センチ、長さ21センチ。肛門で奉仕したのが直径7センチ、長さ30センチだ。このサイズの疑似ペニスを規定時間内に射精させられるようになること。出来なければF等級が確定、再調教すら許されない」
「…………!!」
「ちなみにあれは、肛門なら直径9センチまで奉仕可能な個体だ。……オスもメスも理想は骨盤のサイズギリギリまで咥え込めること。メスは穴が二つあるから、それぞれの穴でな。といっても流石にそこまで上等な製品はそうそう作れない。だが拡張における出荷最低基準であれば、ほぼ全ての個体がどんなに遅くとも6週でクリアしている。それがこのサイズだ」
「心配しなくても、段階を追って壊さないように拡張するわよ。奉仕訓練は当面は拡張最大サイズより小さめのものを使うから、裂けることもないしね」
拡張ってね、病みつきになるらしいわよ?より大きい物を不思議と入れたくなるんだってとイツコがにこりと微笑む。
彼女の微笑みはいつだって美しい。二等種はほとんどの個体が整った顔立ちを持つが、イツコはその中でも特に笑顔がよく似合う。
……そこに混じる嗜虐的な目の色さえ無ければ、惚れたかも知れないくらいに。
(7センチ……!?嘘だろ、人間に入れて良いサイズかよそれ!)
(あんなのが裂けずに入る……信じられない、今だって十分キツいのに!)
ないない、と言わんばかりにふるふると首を振る二体に「大丈夫よ」と諭すイツコは心から楽しそうだ。きっとこうやって素体を怯えさせることに小さな興奮を感じているのだろう、ちょっと頬が赤らんでいる。
「拡張については素体が頑張ることじゃないから、私達に任せなさい」と、ヤゴと一緒に目の前にやってきた。
「装具を外す、顎を上げて喉を開け」
「っうぐっ……おえぇっ……はぁっ、はぁっ……」
「後ろも外すわよ。四つん這いになってお尻を高く上げて……そうそう、そのままね。一気に引っこ抜くわ、よっ」
「んあああああっ!!いぐっぎゃああっ!!」
穴を塞いでいた杭を、全て引き抜かれる。
いきなり質量を失った穴がなんだかちょっと寂しい、そう感じてしまった事に(そんな、ことない……!)と72番は心の中で必死にかぶりを振った。
その隣では104番が、一瞬の嬌声とそれをかき消す咆哮を上げている。どうやら中の良いところを思いきり抉ったらしい。
イツコもまさかこれだけで達しそうになるとは思わなかったのだろう「あら、随分敏感ねぇ」と感心しきりだ。
「訓練で必要なとき以外、絶頂は禁止よ。無理矢理絶頂しようとすれば懲罰電撃が流れて無理矢理止められるわ。あと絶頂しようとしたから懲罰点追加ね」
「んなっ、今のは……っ……」
「あら、素体が作業用品にかけて良い言葉は、肯定と感謝だけよ?疑問を口にすることすら本来は許されていないけど、いいのかしら?」
「ひっ……は、い……」
懲罰を匂わせれば途端に顔を強張らせ俯いた104番に「それでいいのよ」と満足げに頷きつつ、イツコ達は仰向けになったマネキンの開いた股間に二体を移動させた。
拘束は移動があるからか緩く、片足を長めの鎖で床に繋ぎ止められただけだ。
(……おちんちんって、こんな形だったんだっけ……もう、忘れちゃった……)
股間にぶら下がる雄は、今はまだ大人しい形だ。あまりに猛っているブツばかり見せられてきたせいか、この状態がむしろ物珍しく感じて72番がしげしげと眺めていれば「へぇ、そんなにしゃぶりたいんだ?」とクスクス笑う声が後ろから聞こえた。
振り向けばそこには、藤色のウェーブがかかったボブカットの少女がしゃがみ込んでいて、薄い緑の瞳をキラキラと輝かせてながら72番を眺めている。
「な……っ」
「ああ、コニー。ミツももう来たのね」
「管理官様が早めに引き継ぎをしておけって。訓練初日だし様子も見たくて」
「それもそうね。じゃあヤゴ、さっさと始めちゃいましょ。あんまり時間が押すとコニーとミツが大変になっちゃうわ」
「そうだな」
ああ、と72番は納得する。
多分このコニーと呼ばれた作業用品は、104番のもう一人の担当なのだ。
それが証拠に104番の顔にはイツコに向けるのとは違う「げっ」と言わんばかりの嫌悪感と……先ほど掘り起こされた恐怖の混ざった眼差しが浮かんでいるから。
彼女もイツコやミツと同類だろう、そう72番は当たりを付けていた。上手く表現できないが、纏うオーラが彼女たちと似ているからだ。
(……私の中にも、あれがあるんだ)
人間様による長年の躾のお陰で、自分は恐ろしい性質を開花せずに済んだのだ。そう言う意味では作業用品はもしかしたら失敗作なのかもしれない。
けれどあんな風に本来の嗜虐的な性質に目覚められたら、むしろ二等種にとってはその方が幸せなのだろうか――
そんな72番の思考は「じゃ、始めるぞ」というヤゴの指示であっさりかき消された。
…………
「実際の奉仕ではアイマスクを装着したままの事が多い。慣れてきたら装着して訓練するが、まずは一通りの作法やスキルを覚えてから、な」
「はい……」
「最初は口の奉仕から。まずは起動時の挨拶を……見学でも見ただろう?基本姿勢で大きな声で、な」
「…………っ……」
震える足を叱咤し、股を大きく拡げる。
先ほどまで強固なシールドで覆われていた股間はぐっしょりと濡れそぼり、まるで作業用品達に見られることを悦んでいるかのようだ。
止まらない愛液に、72番はかぁっと頬を染める。
(だめ、これ、恥ずかしい……全部見られてる……)
局部以外は、何ならリングをぶら下げ丸出しの肉芽だってこれまで散々眺められているのに。
それどころかつい数日前までは股間を丸出しにして運動していたというのに。
あんな覆いとも言えない覆いが外れただけで、ここまで羞恥心を煽られるものだとは思わなかった。
……むしろ一時的に覆われていたからこそ、露わにされることが恥ずかしいのかも知れない。
「……おい」
「ひぃっ、こっ、この度は……」
「声が小さい」
「はひっ!!……この度は、性処理用品をご利用頂きありがとうございます……っ…………ええと……」
「『この個体の管理番号は』」
「あっ、こっ、この個体の管理番号は499F072、ですっ……どうぞ、ご自由に……お使い下さい……」
「もう一度」
「ううぅ……この度は性処理用品をご利用頂き……」
ギロリとヤゴに睨まれて、慌てて72番は起動時の口上を述べる。
つっかえれば「ま、初めてだし仕方ないけど今日中に覚えてね」と助け船を出してくれたのは、金髪の美丈夫……ミツだ。
その人好きのする柔和な笑顔は、しかしぺしぺしと相変わらず手慰みのように72番の下腹部を鞭で軽く打ち続けていて、その度「ひっ」と小さく上がる悲鳴を楽しんでいるように見えた。
「もっと大きな声で」
「つっかえずに言えるようになりなさいな」
何度も、何度も同じ口上を繰り返させられる。
ようやくOKが出たと思えば、次は股間に跪いて人間様に……いや、これはむしろ性器に向かっての挨拶だ。
馬鹿馬鹿しいと思いつつもイツコの声に恐怖を煽られ渋々従う104番と、既にいっぱいいっぱいで言われるがままに必死で奉仕の懇願を口にする72番。
とても先ほどの、そして見学で見せられた個体のような淫靡さが滲む表情とはほど遠い態度に「初々しいわねぇ」と何故か作業用品達は微笑ましげだ。
「ヤゴ、こんなもんでいいんじゃない?」
「ま、当面はな。まずは、どんな状態だろうがはっきりと挨拶できるようになること」
「そそ、まぁ仕上げは追々に、ね……ふふっ……」
(仕上げ……?)
何のことだろうと首を傾げる間もなく、ヤゴから「じゃ、まずは先端に口付けろ」と指示が飛ぶ。
ああ、その時が来てしまったと覚悟するも、どうしても……顔が近づけられない。
「…………」
「……さっさとやれ」
「っ…………」
作業用品達は訓練を促しはするものの、懲罰は与えない。
初めての奉仕は必ず自主的にさせなければならない。ここで得られるものは、今後の調教をスムーズに進めるためには不可欠な要素だから。
(………………)
二体は目の前のくたりとした雄芯を食い入るように見つめる。
これは本物では無い、本物に限りなく似せた、ただの玩具だ。
人のものと変わらぬ柔らかさと温かさを持ち濃厚な雄の匂いを放っていようが、紛い物に変わりは無い……そう必死に言い聞かせ、怯む心を叱咤して。
……やがて二体はそっと、鈴口に唇を落とす。
(ああ、これは偽物なのに)
(人間様のブツじゃねえし、給餌のノズルで散々舐めさせられたじゃねえか。しかも何度も喉にぶち込まれたのに……)
(なんで……なんで、こんなに……私の何かが崩れていくのだろう……)
そっと触れるだけの口付け。
だがそれは、生まれて初めての大切な親愛の情を表す行為を、紛い物とは言え性器に捧げてしまった瞬間でもある。
だからだろうか、これまでに比べれば取るに足らない……そう、ほんのわずかな接触にすぎないのに、決定的に何かが壊れた感覚に襲われる。
(…………ああ)
((私達は、穢れてしまった。……もう、引き返したところで、戻れない))
この先一生、この唇が温かな優しさを知ることは無い――
奉仕させて欲しいと頭を下げ懇願し、自らの意思で雄の象徴に、情欲の塊に口付けた。
その事実が心に小さな瑕疵を、べったりとまとわりつくコールタールのような穢れた感覚を生じさせる。
生暖かく、少しべたついて。
けれど意外とつるりとした表面。
初めて性処理用品として……奉仕という目的を持って唇に触れた性器の感触を生涯忘れることは無いだろうと、素体達は無言で慟哭しそっと涙を零すのだった。
…………
一度一線を越えればその後は意外とスムーズに進むものだと、作業用品達は経験から良く知っている。
案の定、疑似ペニスにファーストキスを捧げた素体達は「もっと舌を動かせ」「勃ったなら口に含め」「休むな、吸い付きながら上下しろ」と矢継ぎ早に飛ばされる指示にあっさり従い、無心で屹立への奉仕をこなしていった。
(やることも、考えることもいっぱい……!ただ咥えて上下するだけだと思ってた、ここまでしなきゃいけないの……!?)
(あー確かにここを舐められたら気持ちいいよな……ってだめだ、考えたらまたデカくなって痛みが出るっ……!)
喉の奥まで深く咥え、じゅぽじゅぽと音を立てながら首を振り、裏筋に舌を這わせ時折先端も抉る。
奉仕に手を使うことは許されない。床に手をつくことを許されている72番はまだマシな方で、後ろ手に拘束されたままの104番は時々筋力の限界を迎えるのだろう、思い切り股間に突っ伏してはイツコの鞭を食らっている。
……いや、どうやらそれだけでは無いらしい。身体を丸め顔を顰めているあたり、檻に閉じ込められた息子さんが暴走しているのだろう。
一体この訓練のどこに興奮する要素があるのか、72番にはさっぱり見当がつかない。
ついでに言うなら痛みにも想像が及ばないから(そんな大げさにしなくても……)なんてつい思ってしまう。
やがてモニターを注視していたヤゴが「……そろそろ出るぞ」と声をかける。
「出るときの動きを覚えろ。喉の奥に当てるようにして全部飲み干せ、出し切ったら最後に引き抜きながらしっかり先端を吸って、最後の一滴まで味わうんだ」
「っ、んぐっ!!!」
命令を出すや否や、傍でしゃがんで様子を見ていたミツとコニーが「ここまで入れてね」と素体の頭を思い切り押しつける。
給餌でしっかりと教えられた喉は自然と開いて、熱い迸りを一滴たりとも零すこと無く肉の筒に流し込んだ。
(うえっ、やっぱり不味い……だめ、全部飲んで……吸う……気持ち悪いよぉ……)
眉を顰めながら、あまりの気持ち悪さに吐きそうになるのを必死に堪えて口を離す。
まだ萎える気配の無い昂ぶりは、吐き出された白濁と己の唾液がねっとりと絡んでテラテラと光っている。
次は掃除だった、と舌を伸ばそうとすれば「おい、ちゃんとお礼とおねだりをしろ」と頭上から鞭と共に諫められて、72番は慌てて先ほどの奉仕を思い出した。
(そうだった……お礼…………そんなこと、全然思ってないのに……)
「…………美味しい精液を恵んで下さり、ありがとうございます」
「おちんぽ様、お清めさせて頂きます…………ぐっ……」
あれを美味しいと思える日は、とても来ない気がする。
一体どうやったらあんなに幸福に満ちた様子で味わえる日が来るのだろうかと訝しがりつつも、素体達は作業用品の許可が出るまで丁寧に剛直を舐め続けるのだった。
…………
口、膣、肛門の順で挨拶から始め射精、清掃と一連の作法を繰り返せと言われたときには、思ったよりも簡単に精を吐き出すディルドに(これなら大変じゃ無いかも)と少しだけ安心した素体達だったが、人間様が楽などさせてくれるはずが無い。
「あ、私達はそろそろ上がりね。管理官様、奉仕訓練は何セット行いますか?」
「……かしこまりました。ミツ、聞こえたな」
「うん、72番は2時間で3セットね」
「へぁっ!?」
「104番は5セット。ま、オスは穴が一つ少ないから楽勝だよね☆」
「はあぁぁぁっ!!?」
……用がなければ、確かに口枷は突っ込んで貰っていた方がいいかもしれない。
引き継ぎを終えたヤゴ達に宣告されたあんまりなノルマに素っ頓狂な声を上げたせいで「そこはありがとうございます、でしょ」と尻を強かに打たれた二体は、謝罪を口にしつつ(口は災いの元とはこういうことか)と痛みに嘆き、その一方で盛大な突っ込みを心の中で叫んでいた。
(3セット、って9回!?あ、さっき1回やったから8回、を2時間で!?いくら何でも無理じゃ……)
「あ、さっきのは実技指導だったからノーカンだよ。だからもう一回口で奉仕するところからね」
(ひでぇ、更にハードルあげてきやがった!!)
愕然とする素体に「……さっさとやらないと、終わらなければ懲罰だぞ」とヤゴが冷たく言い放つ。
急いで挨拶を叫ぶ二体を冷ややかな目で見つめながらも「言っておくが」と釘を刺す当たり、やはりヤゴは元来性根が優しいのだろう。
「これからは毎日『今日が一番楽な日』だからな。今咥えているディルドは、お前らのような下手くそでも射精させられる初心者向けのブツだ、デモ個体がしゃぶっていたものとは桁違いに敏感に設定されている、な」
「「…………!」」
「明日はディルドのサイズが上がっているかも知れないし、感度が下がっているかも知れない。決めるのは管理官様だが、常に全力で訓練に励まなければ日々のノルマなど到底達成出来ないと思え」
「ま、出来なきゃ僕たちの楽しみが増えるだけだから、それはそれでいいんだけどね」
「ひぃっ……!」
(そうだった、作業用品は昼と夜で交代するんだった……!)
(やべぇ、このメスも大概頭おかしい天然モノだった!さっさとノルマを終わらさないと……いや)
((真面目にやってても、何もミスをしなくても、この人たちはまずい気がする!!))
ミツの笑顔に、その横でキラキラ目を輝かせるコニーに、素体達は戦々恐々としながら目の前の屹立にしゃぶり付いた。
――もう何日も経っているかのように感じられる初日の訓練は、まだ半分も終わっていない。
…………
「…………っ……」
10分後。
再び口の奉仕を終え、顎のだるさを感じつつ立ち上がった72番はマネキンに腰を落とそう……として、立ちすくんでいた。
(これを、あそこに……え、こんな太いの!?こんなの入れたら絶対痛い……!)
眼前にそそり立つのは、さっきまで必死に舐めしゃぶっていた屹立。
それはそれは丁寧に掃除したはずなのに、先端には既にぷくりと透明な液体溜まりが出来ていて、新たな柔肉に揉まれるのを今か今かと待ち望んでいるようだ。
つるりとした切っ先。幹にボコボコと浮き出た血管。
さっきまでは気にならなかった凶悪なフォルムが、そして何より己の手で触れたことすら無い場所を鞘としなければならない不安が、72番の頭を埋め尽くす。
「ん?君の大好きな『おちんぽ様』がお待ちかねだよ?」
「うぐっ……」
(痛い……好きじゃ、ない……待って無くていいよぉ……!!)
なかなか動かない72番に痺れを切らしたのか、むしろこの機会を待っていたのか、ミツの明るい声と同時にリングと枷から電撃が流される。
今日一日だけでもう3桁は浴びているのではなかろうか。こんなにビリビリさせられたら身体が壊れてしまいそうだと慄きながら腰を落とそうとするも、さっきまで気を抜けば崩れ落ちそうだった膝はピクリとも折れない。
「なに?反抗するなら」
「っ、やり、ますっ……やるけど…………」
「けど?」
「…………こんな大きいの、入らない…………ですっ……」
指すら怖くて入れられなかった場所に、とてもこんなものが入るとは思えない。
入ったところで自分で腰を動かすなんて……
知らない痛みを妄想し、恐怖に息を荒げて目に涙を浮かべる72番に「ここで遊んだこと無いの?」とミツの指先がつぷりと蜜壺の入口を突いた。
それだけで身体を強張らせ必死にかぶりを振る72番に不思議そうな顔を向け、モニタを確認して「……へぇ、処女だったんだ」と意外そうな声を出す。
「確かに毎月数体は処女の素体がいるけど……あ、お尻は随分遊んでるんだね。ちょっと縦に割れてる」
「ひぃっ」
「んー、これじゃ埒があかないなぁ……」
「っ!!!」
「……あっ、はい…………はい……分かりました、管理官様」
頑なに腰を下ろそうとしない72番に、これ幸いと腕を振り上げたミツの手がぴたりと止まる。
覚悟した痛みがいつまでも訪れなくて、ぎゅっと瞑った瞼をそうっと開ければ、戸棚からミツが何かを持って戻ってきた。
はい、と渡されたのは、己の真下にセットされているのと同じ生暖かい奉仕用訓練器具と、ところどころに白いものがこびりついている何の変哲も無い黒いディルドだ。
「実際に触って比べて。あ、しゃぶっても良いからね」
「……え?」
「右手に持ってるディルドは、さっきまで君がおまんこで美味しくしゃぶってたやつ」
「ひっ……あがっ!!」
「ダメだよ落としちゃ、これは君よりずっと役に立つ道具なんだから。ほら謝って、ついでに綺麗にしようね」
「あっごっごめんなさいっんぶっ……」
思わずディルドを落とせば、尻が腫れ上がりそうな一撃を食らわされる。
慌てて謝罪を口にすれば開いた口に無理矢理ディルドが突っ込まれ、味わい慣れたしょっぱさが口の中に広がった。
……嫌なはずなのに、この味はやっぱり少し安心する。
(んうぅ……綺麗にしないと、また鞭が……)
奉仕用の『おちんぽ様』を落とさないよう握りしめ、必死に舌を這わせる72番をミツは実に嬉しそうに眺める。どうやら彼は素体達の苦しみ喘ぐ姿に興奮を覚えるようだ。
やがて72番の表情を堪能したのだろう、ミツは「これ、太くなっているんだよ」と言いつつ更に口の中にディルドを押し込んだ。
「おげぇ……んふっ、んっ……」
「君、初日だけ管理官様が特別に最小のディルドにしてくれていたんだよね。あれは太さが3センチ、長さが12センチ。それからさっき棺桶から出たときに膣に入れたのは……今君が咥えているやつね、長さは一緒だけど太さは4センチなんだよ」
「んむぅ…………」
「で、君が持ってる訓練器具は今セットしてあるのと同じ大きさ。奉仕訓練で使う最小サイズで、太さ3センチの長さは9センチ。……さっきまで入っていたモノより随分細いんだから、入らないわけが無いよね?」
「ぷはっ……はぁっ、はぁっ」
「ん、綺麗になった」
ね?とミツは唾液でヌメヌメと光る黒いディルドを、はぁはぁと息を整える72番の目の前に突きつける。
おずおずと右手で握れば、確かに左手に握りしめている訓練器具より一回り、いや二回りは太い。
(……何だかお腹が最初より重いと思ったら、まさかこんなに太くされていただなんて)
恐らくサイズを上げたのは後ろもだろう。同意はおろか何の宣告も無く、大切な穴を拡げられていたとは。
きっとこれからもこうやって勝手にサイズを上げられて、気がつけばさっきのデモ用品のように本来入ってはいけないサイズの――あれはどう見ても500mlのペットボトル並みに太かったし、長さはそれ以上だった――異物を易々と咥え腰を振って喘ぐモノに変えられているのだろう。
未来を思えば吐き気がする。だから72番は、己の胎に馬鹿げた質量が埋まる想像を全力でかき消した。
あれに比べれば、この大きさは子供みたいなものだ。少なくともさっきまで入っていたものより小さい、なら、入るはず……
「……痛く、ないですか」
少しでも不安を取り除こうと、思わず小さな問いかけが漏れる。
「質問は禁じられてるよ、まぁ僕ら作業用品相手ならそこまで厳しく咎められないけど、人間様にやったら一発で棺桶送りだからね」と釘を刺しつつミツの口からは安堵とはほど遠い言葉が飛び出した。
「それにさ、痛みなんてどうでもいい話じゃない?」
「へ……」
「物理的には入る、穴が切れることは無い。性処理用品なんだから使い物にならないほど壊れなければ問題ないでしょ?」
「!!」
どこまでも爽やかな笑顔で物腰は柔らかく、けれどそこに同じ二等種でありながら素体への気遣いは一ミリも見当たらない。
(……ああ、人間様と同じだ)
72番は記憶の片隅に辛うじて残っていた説明を思い出す。
調教師様は……作業用品は人間様の道具。性処理用品とは違い、人間様の手足となって性処理用品の調教用に使われるモノ。
当然、性処理用品ないしその素体に対する認識は人間様と変わりなく……壊れて使い物にならなければ、ただの性玩具がどれだけ苦痛を感じようが自分達には何の関係も無いのだ。
(私達の痛みは、苦しさは……悲しみは、何も考慮されない。ううん、そもそも人間様にとっては『存在しない』ものなんだ)
これまでは、あの草色の髪の作業用品がほぼ全ての作業を担当していたから気付かなかった。
きっと彼の扱いは作業用品としては異端で、これこそが本来の処遇。
何も感じず、何も考えず……むしろ動きも表情も感情すらも、ただ人間様が気持ちよくなるためだけに存在しなければならない――
「さ、やって。……それともさっきの部屋に戻りたい?」
話は終わりだと言外に滲ませ、ぺしぺしと鞭を掌に打ち付けながらにっこりと微笑むミツの笑顔は眩しすぎて。
それ以上に、目の奥に見える昏い欲望は……底なしで。
「はっはいっ!!おちんぽ様ご奉仕させて頂きますうっ……うがっ痛っったああぁぁっ!!」
「…………君、ビビりな割に結構思い切りが良いというか、お馬鹿さんだね……」
あまりの恐怖に慌てて腰を下ろした、否、勢いよく落とした72番は、剛直に奥を思い切り抉られ痛みに悶絶し、思わず息を詰まらせ部屋を叫び声で満たすのだった。
…………
ぐちゅぐちゅと、卑猥な音が下から聞こえてくる。
溢れんばかりの愛液は白く泡立ち、訓練器具から漏れ出る先走りと相まって粘液質な旋律を奏でていて、きっと動画として眺めていれば自慰を捗らせる材料となったことだろう。
……作業用品の顔色をうかがいつつ、指示に顔を強張らせながら腰を振る72番に、そんな余裕はないけれど。
「だめだよ前後にぐりぐりしちゃ、それじゃペニスの気持ちよさが弱くなっちゃうんだよね。しっかり足を使って、上下に動いて?ほら、デモ個体はどうしていた?あんな馬鹿でかい器具の先端近くまで抜いて一気に腰を落としていたよね。ちゃんと真似なきゃ……ああ緩めちゃダメだよ、胎で抱き締めるようにしっかり締めようね」
「はっ、はっ、はひっ…………んうぅ……」
「奥までしっかり突き入れる。そうそう、子宮を抉る位にね。そうすれば見た目も良いから……初めてじゃ、まだ喘ぎ声は出せないか。ならせめて『気持ちいいです』って繰り返そっか」
「うぐぅっ……きもち、いいです……きもちいい、ですぅ……!」
(痛い、奥ゴンゴンするの痛いようっ!!足ももう限界だしっ、疲れて頭に血が回らない……ああ、せめて少しは休ませて、奥をそっと捏ねさせて……)
頭の後ろで手を組み、さっきまで強いられていたスクワットの要領でばちゅん、ばちゅんと激しい抽送を延々と繰り返す。
何とか少しでも奥を突く痛みを逃そうと試みるも、無理矢理発情させられ降りてきている子宮口に逃げ道は無い。
結果、内臓を押し上げられる鈍い痛みに歯を食いしばりながら、72番に許されるのは偽りの快楽を必死に諳んじるだけだ。
うっかり休憩と快楽ほしさに上下運動を弱めて腰をグラインドさせれば、直ぐに鞭と電撃で諫められ懲罰点を加算される。
電撃で力の抜けた身体は更に奥深くまで剛直を咥え込むから、奥を抉られる時間を少しでも短くするために72番は慌てて無様なスクワットを再開せざるを得ない。
(これが、奉仕……全っ然気持ちよくない……気持ちいいことをさせてくれない……)
――性処理用品の身体は、快楽を感じる必要が無い。
人間であれば興奮や快楽に応じて生じる反応は、既に身体に表れている。24時間適度な締め付けを保ちつつ柔らかく充血し、愛液を垂れ流す様に「作られて」いて、使用時にまどろっこしい準備も更なる刺激も必要としないことが、性処理用品の利点の一つである。
例え興奮が一瞬で冷めそうな苦痛を与えられてすら、肉体の発情が決して収まらないことは、72番が痛みに顔を歪めても子種が欲しいと吸い付くように降りてくる子宮が証明している。
だからただ、性処理用品は人間様の興奮を高めるために動き、啼き、睦言を囁けば良い。
……そこに本物の快楽などあろうが無かろうが関係ない。むしろ己の快楽を追うことに腐心して奉仕が疎かになる危険を鑑みれば、決して気持ちよさに没頭させてはいけない。
(お腹、押し上げられる……おしっこしたいし、痛くて……はぁっ、辛い……もう辛い以外のものが無い……っ!)
はち切れんばかりの膀胱を裏から押し上げられれば、近くを通るクリトリスの根っこへの鮮烈な快楽などあっさりと苦痛で塗りつぶされてしまう。
たとえ快楽を多少拾えたとしても、そして漏れるはずが無いと分かっていても、うっかり尿を漏らしそうな感触に気は逸らされて、とても絶頂へと繋がるトリガーを引ける状況では無い。
さらに身体を上下すれば、動きに合わせて揺れる3つのピアスが痛みを引き起こす。特にさっきまで鎖で引かれ続けた肉芽の痛みは酷くて、とうとう裂けてしまったのかと錯覚するほどだ。
言葉を飾らずに言うならば、初めての奉仕はただの拷問に過ぎなかった。
だがこれは、胎に納めた性器と人間様の快楽のためだけに全てを捧げ、自分の快楽は決して追わない――そう、まさにあの日邪な想いで口にした宣言の通りでしかない。
(こういう意味、だったんだ……これが、これだけが私に許されたこと……こんなものを毎日……一生繰り返すの……?)
――ああ、己の快楽を追わないだなんて迂闊に口にするんじゃ無かった。
懲罰よりも苦痛で心を折られる可能性だってあったのに疑いもしなかっただなんて、自分はどれだけ浅慮で甘ちゃんだったのだろう。
(全部、痛い、辛いっ……お願い、早く、早く射精して、終わりにして下さい……!もっと、もっと動いて、締めて……早くぅ……っ!)
性処理用品の存在意義を、72番は今まさに嘆きと共に叩き込まれる。
少しでも早く苦痛を終わらせたいが故に、72番は更に動きを激しくして自ら増やした苦痛に耐え続けるしかない。
「お、良い動きだね。そろそろ出るからしっかり受け止めて。全部出し切るのを待ってから抜いてお掃除だよ」
「ふぐっ、うぐっ、あ……出てるぅ……っ……はぁっ、はぁっ、や、っと……」
「ほら、休まない。出ている間もずっと動いて搾り取らなきゃ」
「うぎっ!!っ、ご、ご指導……ありがとう、ございます…………」
永遠に続くかと思った未熟な蜜壺への責め苦は、やがて大量の熱い飛沫を胎にぶちまけられたお陰で、しばしの――まだノルマは2セット残っているのだ――休息を与えられた。
…………
一方、初めての穴での奉仕に翻弄される72番の横では、早々に後孔で初めて精を受け止めた104番が凍り付いていた。
流石初心者用というだけあって、他の個体よりは経験が少ないとは言え己を慰め続けてきたアナルはあっさりと訓練器具に精を吐き出させる。
中途半端に昂ぶった身体には物足りなさも残るが、こればかりは仕方が無い。それ以前に中の良いところを刺激する度閉じ込められた欲望が暴れるお陰で、快楽に浸るどころでは無かったし。
だが、その後が104番にとっては未知の体験だった。
というより全ての個体にとって、訓練初日の最難関はこのタイミングである。……それこそ棺桶に逆戻りになる個体が出るほどに。
(う……汚ぇ…………どろどろじゃんか、しかもこれ俺のケツの穴に……うぇっ……)
毎日大量の薬剤で洗浄しているだけあって、白濁に塗れた剛直に明らかな汚れは見られない。
けれども、後ろ特有の臭いが精液の臭いと混ざって、鼻腔に届けば思わず吐き気を催してしまう。
排泄孔に、そこから分泌される腸液に塗れたモノをよりによって口でしゃぶり尽くすだなんて、例え自分のものであろうが真っ当な精神では出来たものでは無い。
何度も意を決して、顔を近づけ、口を開け、舌を伸ばす。だがそこまでだ。
涙ぐましい努力を繰り返すも、あまりの嫌悪感に残念ながらその距離が縮まることは無い。
「あれ、どしたの?舐められないの?」
「っ…………無理、ですっ…………こんなの、汚い……無理……許して……」
「んー、でも出来なければ懲罰だよ?別に良いけどね、棺桶でもう一泊したいならそれはそれで」
「そっ、それは……!!ううぅっ……」
コニーが小首をこてんと傾げながら保管庫行きを匂わせれば、イツコからの引き継ぎ通り104番は分かりやすいほどビクッと身体を震わせ、今にも死にそうな形相で目を瞑り必死に舌を伸ばそうとする。
しかしそれほどの恐怖を抱えてさえ、この行為は抵抗が大きいようだ。
(ま、最初から舐めることに抵抗がない淫乱素体はほとんどいないもんね……あはっ、じゃあちょっと遊んじゃお☆)
あまりにも哀れな姿を目の当たりにし、コニーの悪戯心に火がつく。
「管理官様、104番の訓練補助をしますね☆」と明るい声で申請すればすぐに許可が下りたのだろう、良かったねぇとコニーが怯える104番の隣にしゃがみ込んだ。
「管理官様もいいって言ったからね、今日は特別に手伝ってあげる!」
「へっ……」
突然の申し出に、104番は面食らう。
そして手伝いの意味をこれまでの経験から解釈し、喉の奥で「ひっ」と悲鳴を上げた。
この状況での手伝いなど、碌なものでは無い。
大方頭を思い切りドロドロのペニスに押しつけられて、綺麗に舐め終わるまで解放されないのだろう。床の金具と首輪を繋げて逃げられないようにするのかもしれない。
なんなら終わるまで楽しそうに鞭の音を響かせるかも……
(嫌だ……やりたくない……)
必死に否定する心とは裏腹に、口は「……お手伝い、してください…………」と懇願を紡ぐ。
長年の従属は支配者の機微を察知する能力ばかり高めてくれて、あれほど忌み嫌っている天然モノ相手ですら、引きずり出された恐怖を糧に求められた言動だけを繰り返す装置と化してしまう。
人間様相手じゃ無いのに……歯がゆくて、悔しくて、けれどそんな気持ちを今の104番は表に出すことすら出来ない。
複雑な感情に揺れる瞳を楽しみながら「いいよ、上手におねだりできてえらいえらい」とコニーは104番の頭を撫でたかと思うと背後に回り
(来る)
覚悟を決め口をそっと開けた104番の背中に
「えい☆」
――あろうことかぎゅっと抱きついてきた。
(……え)
一体何をされたのか理解できず、104番の思考が止まる。
だが次の瞬間、彼はその効果を身をもって……そう、まさに身体で体験した。
「ぐああぁぁ…………!!」
股間から生じた激しい痛みが脳天に突き刺さる。これはこの2日で何度も味わった逃げられない痛みだ。
涙目で恐る恐る下を見れば、104番の立派だった雄の象徴はその役目を果たさんと、小さな金属の檻の中で膨れ上がりこれまでみたこともないほど深く赤黒い肉を食い込ませていた。
(だめだ、勃っちゃだめっ、ひぎっ痛いっ!頼むから大人しくなれよおぉっ!!)
この貞操具は、ただ閉じ込めるだけの金属の檻では無い。
大人しくしていれば特段不具合を生じさせないが、少しでもその質量を増やせば最後、敢えてそう加工してあるのだろうフレームにあしらわれたわずかな角が肉に食い込み、激しい痛みを生じさせるのだ。
更にペニスの内側からも鋭い痛みが湧き上がる。これは尿道が狭くなってテザーをギリギリと食い締めているせいである。
朝は言うまでも無く、何もしなくても性懲りも無くむくむくと頭を持ち上げる厄介な息子さんは、日に何度も理不尽な仕置きを食らう。何せ萎えることが無いように変えられた身体なのだ、その頻度は思春期の男子などとは比べものにもならない。
だというのに、わざわざ飢えた本能にごちそうを与えられればどうなるか……そんなものは火を見るよりも明らかだ。
「へへっ、どう?初めてでしょ、メスのおっぱい」
「いっ、ぐっ、痛い、痛いいぃぃっ!!」
「これでも大きさには自信があるんだよねぇ☆柔らかくてふわふわで……ね、オスってメスの匂いがわかるんでしょ?どんな匂いしてるの?」
「あああああっ!!」
鼓膜に響くコニーの声が、脳髄を揺らす。
生まれて初めて触れた……押しつけられたとも言うが……メスの柔らかい身体。
ふわりと香る、運動場で嗅ぎ慣れた甘い香りに頭が沸騰し目の前が赤くなる。
(うあぁっ、止めろおぉっ!!痛い、もうやだ痛いっ、ダメだ意識するとまた大きく……!)
興奮し、勃ちあがった己の中心に痛みという罰を与えられ、一瞬萎えるもまた新たな興奮の素を注ぎ込まれて。
「ほら、これ乳首、わかる?……んっ、背中で擦れて気持ちいい……」と熱い吐息混じりの切ない声を耳に流し込まれれば、本物を今初めて知った身体はひとたまりも無い。
「おね、がいします……もう、やめて…………」
「あはっ☆オスってホント無様だよねぇ!これだけで興奮してひぃひぃ泣いちゃうだなんてさ……ねぇ104番、これはお手伝いなの。分かってる?」
「はぁっはぁっふぐぅっ……?」
「ほら、早くおちんぽ様をキレイキレイしようねぇ。ちゃあんと綺麗に出来るまで、コニーがいっぱい『応援』してあげるから、ねっ☆」
「な…………っ!!」
(そんな……手伝いって、こんな……っ!!)
痛みに悶えながら、104番は理解する。
これはあくまで奉仕訓練の補助なのだ。
無理矢理口に突っ込んで清めるだけなら、精々上手に喉を開き誤嚥しないよう躾けてやればいいだけ。そんな物はただの利用にすぎない。
性処理用品が自分の意思でやるからこそ奉仕であり、このドロドロの屹立に自ら進んで舌を這わしたくなるようにサポートするのが作業用品の仕事だ。
その手段は、作業用品に一任されている。
要は壊れなければ何したっていいんだもんね、とコニーは笑い「それにさぁ」とゾクリとするような甘ったるい声で囁くのだ。
「別にさ、性処理用品にチンコなんていらないんだよねぇ」
「ひっ……」
「こうやって肉を食い込ませて、傷が出来て腐り落ちたって、穴だけ使えれば問題ないの。あ、こっちも別に必要ないよね」
「が…………は………………っ!!!」
こっちも、とコニーが手を伸ばしたのは、パンパンに精子を溜め込んだ男の急所だ。
それを何の躊躇いもなく――流石はメスだ、この痛さを知るならとても出来たことじゃない――むんずと掴んで、ぐっと力を込められれば、104番は形容しがたい激痛に身体を強張らせ目をひん剥き、悲鳴すら上げられない。
(こいつ……本気だ…………本気で俺の股間を……壊そうとしている……!!)
ほら、がんばって。
大事なところを失う前に、終わらせられるといいね☆
うっとりと「はぁ、オスの無様な姿サイッコー……」とうっかり本音を漏らしながら、コニーは104番の首筋に口付け、耳に舌を這わせ、むにむにと豊かな胸を押しつける。
その間も手は貞操具に閉じ込められた中心を擦り、テザーの先端に通されたリングをくいくいと引っ張っては濁った悲鳴を上げさせ、くにゅくにゅと袋の中で逃げ回る双球の感触を手で味わいつつ時折圧をかけて反応に蕩けていて。
鼻の下に塗りつけられたぬめりの匂いに、舌を弄ぶぬめりを纏ったコニーの指の味に、頭の芯がカッと燃え上がるのを感じる。発情用の薬でも塗られたのかと思ったが、違う、これはこのメスの……本物の愛液――!
(痛い……痛い…………やめて、壊さないで…………痛い……)
痛みもさることながら、男である最大の拠り所を失うかも知れない恐怖に思考はたちまち鈍り、この状況を打破する方法だけを必死に考え始める。
何だって良い、とにかく局部の痛みから逃れられればそれ以外の心身の苦痛など些末時だと。
(ああ)
案の定、幾ばくもしないうちに104番の頭は定めれた結論に誘導され
(これ……お掃除……終われば、止めて貰える…………)
身体は一刻も早く苦痛から逃れたいと反応し
「んっ、はぁっ……うぁっ、お、おそう、じ…………」
ぴちゃり…………ぴちゃっ……
伸ばした舌が音を立てて、己が塗りつけた汚れをすくい取り始めた。
先ほどまで感じていた嫌悪感は、痛みと恐怖に塗りつぶされ影も形もない。
吐き出された白濁は、いつも口にしている餌と変わりなく、そのうえ痛みを感じることで手一杯の頭は己の腸液の匂いや味など分析する暇が無い。
万が一汚物を舐め取ったって、今の頭ではまともに認識できないだろう。
――ああ、なんだ。これまでの延長線上に過ぎないじゃないか。
なんで俺はあんなに舐めることを躊躇っていたんだっけか――
狂わされた頭は、ほんの少し前まで苛まれていた人として真っ当な感覚すら塗り替える。
「あはっ、じょうずぅ☆そうそう、くびれの所もしっかり舐めてね!」
「はひ……うぐっ……はぁっ…………」
ひと舐めする毎に、生物として備わった機能を舐め取られ。
汚れを飲み込む度に、モノとしての当たり前を飲み込まされる。
「はい、おしまーい☆やればできるじゃん!ほら、その調子で2セット目がんばろうね!」
「ぁ……おてつだい、ありがとう、ございまし、た…………」
「ふふっ、また出来なくなったら、いつでもお手伝いしてあげる☆」
「…………あはは…………」
コニーの笑顔につられて、104番も力ない笑顔を浮かべる。
(あ……つぎ……ごほうし、あいさつ……)
ようやく拷問じみた手伝いから解放された104番は、痛みの残滓に耐えつつ流れ作業のように次の奉仕へと取りかかる。
その表情に生気はない。何も考えず、ただ無心に、目の前の「おちんぽ様」に傅くだけ。
――たった一度の「手伝い」で性処理用品の常識に塗り替えられてしまった心に抗うだけの気力は、今の104番には一ミリたりとも残っていなかった。
…………
一度途切れた気力を取り戻すことほど、困難なことは無い。
それが嫌ならば、眼を開いている間は常に気力を保てるようになるしかない、ということだろうか。
何とか時間内にノルマを果たしその場に倒れ込んだ素体達は、待ってましたとばかりに伸ばされた作業用品達の手により首を逸らした状態で床に仰向けの状態で固定され「この体勢にも慣れるんだよ」と給餌機のノズルを奥深くまで突っ込まれた。
朝よりもノズルの位置が深いのは、きっと気のせいじゃ無い。食道に届いているとかなんとか言ってる声が途切れ途切れに聞こえていたから。
そのまま給水も終えれば、元通り全ての穴を塞がれ股間に鎖を繋がれて移動する。
一日中酷使された女芯と亀頭は一回り大きくなるほど腫れ上がり、ただ歩くだけでも耐えがたい痛みを訴えてくる。
「これから移動の時には必ず着けるからね」と巻かれたアイマスクのお陰で感覚は鋭敏になり、進路は引かれる鎖から判断するしかない。お陰で、素体達は角を曲がる度に痛みに呻き声を上げる始末だ。
(……あれほど叫んだのに、まだ声って出るんだ……)
(もう、動きたくねぇ……早く保管庫に連れて行ってくれ……休みたい……)
既に夜の餌も終えた。消灯までは身体を起こしていなければならないとは言え、ようやく長い一日が終わったことに素体達はふっと心を緩め、もうすぐ休めると鉛のように重い足を動かした
……だというのに。
「はい、上に乗って。管理官様の許可が出るまで歩いてね」
「今日は初めてだから二足歩行でいいよ☆慣れたらあんな風に四足歩行になるからねぇ」
「…………ええぇ…………!?」
扉の閉まる音が背後で聞こえ、アイマスクを外されたと思ったら、目の前にはルームウォーカーが何台も設置されていた。
この部屋には既に先客がいるようだ。コニーの指さす方を見れば何体もの素体達が、あるものは四つん這いで、またあるものは手足を折り曲げた状態で膝と肘にクッションのついた拘束具を取り付けられ、後退りして前の壁から股間に伸びる鎖を引っ張らないよう必死に手足を前に運んでいる。
苦しそうな息遣いと呻き声、時折上がる電撃の弾けるような音とそれに唱和するような咆哮に立ちすくむ72番と104番を、作業用品達はお構いなしで固定する。
まだやるの、と言わんばかりに涙目で訴える72番に「ん?当然でしょ」とミツは微笑んだ。
「性処理用品は、復元時間……ああ、消灯時間中ね、それ以外は一秒たりとも休むことを許されていないんだよね。だから今から製品としての生活に慣れてもらいつつ、体力も付けようって訳」
「今は、餌の時間だけは休めるけどね☆」
「ひえっ」
(嘘……まだ、終わらないの……!?)
(てか何だよ餌の時間も休めないって、訳が分かんねぇよ!)
嘆きと恨みをせめて唸り声に変えるも、そんなものが届くわけが無い。
「後ろに下がりすぎたら電撃も流れるから、まあ頑張ってねぇ☆」とひらひら手を振りながらコニーがリモコンを操作すれば、ゆっくりと床が動き出した。
…………
初めてだからなのか、周囲のウォーカーに比べると速度はゆっくりだ。
しかし慣れない訓練で既に満身創痍の二体にとっては、亀の歩みのような歩行すら懲罰か拷問かと感じるほどの負荷である。
まして、終了時間が見えないとなればなおさらだ。
特に104番の消耗は酷かった。
72番よりも強い恐怖に晒され怯え続けていたのも大きかったのだろう、開始早々に後ろに下がりすぎて懲罰電撃に叫び、その後も数分おきに濁った声を部屋に響かせる羽目になる。
その上この訓練室では、どうやら室内にいる全員が連帯責任を負うようだ。
104番が懲罰を受ける度にあちこちからくぐもった悲鳴があがり、アイマスクを着けていない個体は恨めしそうな視線を104番に向ける。
お前のせいでこんな目に遭わされる、このできそこないが――
馬鹿にするような視線が、嘲る声が104番の頭の中から離れない。棺桶から解放されて間が無い頭は、どうやら容易に己を罵倒する幻覚を作り出すよう躾けられたままのようだ。
(もう、無理だ……動けない……何だよ、そんな目で見るなよ……天然モノの癖にっ!!)
心で叫ぶ罵声も、睨み付ける瞳にも最早力は無い。
「……はい、こちらで決めていいんですね?じゃあ懲罰用浣腸液を……はい、ありがとうございます、管理官様」
何度目かの懲罰の後、とうとう身体を起こすことすら出来なくなった104番の様子に管理官から指示が入る。
ミツは即座に連帯責任対象から104番を除外し、何やら許可を得たコニーは鼻歌を歌いながら戸棚から重そうなボトルとポンプ付きのチューブを持ち出してきた。
「とりあえず床に転がす?」
「うん、えいっ☆」
「ぐぁ…………」
そのまま丸太のように転がされ床に落とされても、虚ろな瞳の104番は身じろぎすらしない。104番を3人がかりで抱え込んだ作業用品達は、1腰にベルトを回し天井から伸びる鎖と繋げ、無理矢理四つん這いのまま尻を高く上げる姿勢を取らせた。
一体何を、とちらりと様子を伺う72番にはミツが「ほら、君もよそ見してたら足が止まるよ?」と声をかけ訓練を促す。
「初日からこの懲罰かぁ、やっぱり『堕とされ』は根性ないよね」
「あ、これ堕とされなんだ。なんでこいつらってこんなに脆いんだろうな、確かこれは幼体から作られてるんだろ?俺らと変わらないじゃん」
「さぁ、まあわざわざ人間様から堕とされるくらいだし初期不良があるのかもね」
担当個体を監視しつつも興味がある、というより娯楽の始まりを察知した作業用品達が周囲を取り囲む。
遠慮無くぶつけられる言葉は、まるで元人間であった自分が天然モノより劣った存在だと言わんばかりだ。
何でこんなことを言われなければならないんだ、と悔しさに後ろに回された拳を力なく握りしめる104番が真実を知る日はまだ遠い。
「はーい、じゃあ始めるよっ☆今日はねぇ……うん、破裂する限界ギリギリまで入れちゃう!」
「おお、思い切るなぁコニー!そりゃ汚ったねぇ悲鳴が聞けそうだ」
「堕とされがボロボロになる姿は格別だもんな」
わっと歓声が上がる中、コニーはボトルに繋いだチューブの先端を104番の直腸へと繋がるアナルフックの接続口にしっかり差し込む。
果たしてピッと小さな音がして10秒も経たないうちに、104番の口から今日一番の咆哮があがった。
「むぐおぉぉぉっ!?あがっ、がああああっ!!」
「なあんだ、まだ暴れる元気があったんじゃん。それならもっと歩けたよね?……でも歩きたくないみたいだし、もう動けないようにしてあげるからねぇ☆」
「んごおぉっ!!おおっ、おえっ、あえぇっ!!」
勢いよく注入される液体に、端から見ていてもはっきり分かるほど腹が膨らんでいく。
普段の浣腸ならばきっちり量と速度を設定して注入される薬液は、今日に限ってはなんの遠慮もなく次々と腸に送り込まれていた。
それだけでは無い。
ぐぎゅるるる……と腹の奥から大きな蠕動音が外まで響いてくる。
その合間に104番は拘束された手足をばたつかせ、身体を跳ねさせ、赦しを乞うのだ。
(無理だ、お願いだ止めてくれ、じゃないごめんなさい止めて下さいっ!!これ、いつものと違う!痛いっ、腹が焼ける……痛すぎて、ああっ何も考えられない……!!)
真っ青になり嘔吐きながら叫ぶ104番の腹に送り込まれているのは、懲罰用の浣腸液だ。
本来二等種用の浣腸液は排便衝動こそ増強するものの、痛みが強くなりすぎないように腸の蠕動を抑える様に配合されているし、注入時の刺激もほとんどない。
更に長時間腸内に滞留すれば最大6割が水分として吸収される代物だ。だから、長時間の浣腸にも(その後の尿意はともかくとして)耐えられるように作られている。毎日の作業となる以上、あまり負担をかけて素体を消耗させるわけにはいかないからだ。
だが、今104番の腹の中にある液体は違う。
入れた瞬間から腹の中が焼けるような刺激を与えるのみならず、腸の蠕動を敢えて促進することで痛みを増強させ、さらに腸の粘膜から一切吸収されない配合により、管理官が中身を抜くまで大腸が破裂しないギリギリの圧力をかけ続ける。
ちなみに、コニーのような作業用品が楽しくなってうっかり入れすぎても問題はない。成体になり排泄を封じられた二等種の膀胱と大腸には、一定以上の圧力がかかれば中身は自動的に一部転移されるようセーフティーが備わっているから。
「痛い?痛いよねぇ、うわぁすっごい汗……あはっ興奮してきちゃったぁ☆」
「おーいコニー、さっきからバイタルアラートが喧しいからそのくらいにしておけ」
「あっ、そうだねっ」
ようやく注入が終わり、同時に拘束を解かれる。
だが、104番は脂汗を浮かべながら震えるだけでその場から動く気配は無い。いや、動くことすら出来ない。
少し身体を捩るだけでも腸の動きが活発になり、行き場を失った液体が無理矢理粘膜を押し広げる痛みに声にならない声を上げるしか無くなるから。
痛い。
真っ白になった頭の中に、打ち込まれるのはこの二文字だけ。
もう十分反省したから、死ぬ気で動くから抜いてくれ、そう縋るような思いで104番はコニーを見上げれる。
……それが嗜虐者にとっては悪手であることになど、思い至れない。
「はーい、これで動けなくなりました!あっ、明日の朝までは動かなくて良いから、そのままねっ☆」
「うわぁ流石コニーやることがえげつねぇ」
「そっかな?まだ訓練初日だし優しくしてあげてるよ?こんな風に虐めたりしないし、さっ」
「が…………っ…………」
言うが否や、コニーの右手が振り下ろされる。
強かに鞭打たれた腹は、当然のように振動を内部に伝え、筋肉を反射的に強張らせて更なる痛みを重ねるのだ。
「やってるじゃんか」と、取り囲む作業用品達からどっと笑い声が上がる。この場にその暴虐を諫めようとするものなど、存在しない。
(ひどい……電撃や鞭だけじゃない、ノルマが果たせなかったらあんな目に……!)
見慣れているのか、それとも経験済みなのか、青い顔をしながらも周囲の素体達は何事も無かったかのように訓練に励む。
ただ一人、初めて見る懲罰に目を見開いた72番を除いて。
「……あれね、すっごい痛いんだって」
「ひっ」
「パンパンの風船をぐいぐい押すようなものだしね。津波のように死にそうなほどの痛みが何度も襲いかかって、出せばスッキリするのに出す事も出来なくて……管理官様が抜いて下さるまで、ずっと吐き気も止まらないんだってさ」
かわいそうだよねぇ、真面目に訓練に励まなかったせいで、彼は明日の朝まであのまま保管庫に転がされるんだよ。
そう囁くミツの言葉には、哀れみの色などひとつもない。むしろ楽しくて、興奮して……調子に乗って鞭を振るうコニーがちょっと羨ましそうにすら聞こえる。
「ねぇ、72番」
「あ、あぃっ!」
「君も何かヘマしてくれないかな?ほら見て、もう興奮しちゃって疼いちゃってさぁ……」
「はぇっ!?うええぇぇぇ!!?」
目の前に突きつけられたのは、何故かさっきより大きくなっているミツの猛り。
ああ、この人は……覚醒した二等種は本当に人の苦しみが悦びに変わるのだと、72番は「だめかな?」と囁いてくる優しい懇願に戦慄する。
(ないない、ないですっ!!訓練頑張りますっ、だから懲罰はいやあぁっ!!)
「んーだめかぁ……僕は君みたいな可愛い子が泣き叫ぶ方が好きなんだけどなぁ……仕方ないね、今日は104番をオカズにさせて貰おう」
ぶんぶんとかぶりを振り必死に足を前に出す72番に、ミツは残念そうに肩をすくめる。
そしてそうと決まればしっかり焼き付けておかなきゃ、といそいそと輪に交ざりに行ってしまった。
(…………ヤバい)
ミツの背中に、72番はこれからを思って恐怖を覚える。
昼間はいいのだ。多少イツコがはっちゃけたところで彼女は比較的限度を弁えてはいるし、ヤゴに至ってはどうやら『覚醒』していない様だから。
だが、夕方以降の訓練には今後少しの瑕疵も許されない。いや、きっちりノルマをこなしていてすらどうなることやら……
(この二人、全然歯止めが効かない……そんな、これから毎日夜はこうなの!?人間様、こんな鬼畜調教師様コンビじゃ、製品になる前に壊れちゃいますっ……!!)
鞭の音と枯れ果てた絶叫を受けて歓声に満ちる空間と、恐怖と疲労に汗を流し沈鬱な雰囲気の空間が同居する。
これが、選択の差だ。たった一つの選択でこれほどまでに道は分かたれたのかと、72番は足を動かしつつも床に這いつくばる104番をちらちらと眺める。
さっきコニーもミツも、明日の朝まで104番はあのままだと言っていた。
夜は長い。そもそもまだ、訓練時間すら終わっていない。
白目を剥いている104番は、果たして明日まともな心身で訓練室に現れることができるのだろうか。
大切な素体をみすみす壊すような真似を、人間様はしない――
今はその言葉を信じて、画面の向こうの人間様が早々にあの鞭を振るう手を止めてくれますようにと72番は心の底から祈るのだった。