沈黙の歌Song of Whisper in Silence
沈黙の歌Song of Whisper in Silence
HomeNovelBlogToolsProfileContact

12話 Week3 忘れていた感覚

小説一覧へ

「では、定例会議を始めます。まずは出荷品から……」

 空調の効いたシンプルな部屋には、ロイヤルブルーのケープを羽織った制服姿の管理官達がずらりとテーブルを囲んでいた。
 進行役の若い管理官による説明を聞きつつ、彼らは手にしたタブレットで資料を閲覧し、時に質問を投げかけていく。

 ――ここは二等種保護区域9、広大な地下の一角にある調教管理部の会議室。
『志願』してきた二等種を性処理用品として調教・加工し地上に出荷するまでを一手に担っている部署である。
 更に、一般にはその存在を全く知られていない作業用品の管理も手がけている。

「先週の出荷個体は三体、メス一体オスニ体。等級はB二体、C一体です。B二体はいつも通りセンター送り、C個体は既に動産賃貸借契約が締結済みでしたので、処置後そのまま出荷となりました」
「ああ、区域7の牧場か。疑雌台だっけ?」
「はい。手足は肘上、膝上切断で断端に固定具を装着。オスですので、肛門から雌馬のフェロモンを放出するように調整してあります」
「あそこはヒトイヌじゃだめだったんだよな、被膜の匂いを馬が嫌がるって……15年契約か、契約終了後は即廃棄処分確定だな」
「てか最初の1年で頭は壊れてるっしょ。まあ疑雌台なら穴が使えりゃ問題ないけどさ、C個体を使うだなんて贅沢だよねぇ」

 毎週月曜の定例会議では、前週の出荷成績と素体の調教進捗が報告される。
 一人の管理官は原則として一体の調教に専念し、作業用品の選定から入荷時の処置、AIによる分析と調教プランの作成、調教の遠隔指示を行うのが基本だ。
 また、実際の調教を行う本調教棟の中に、最初の処置と検品後の処置以外で人間が立ち入ることは原則許可されていない。物資搬入は全て転送魔法で行われるし、作業用品への指示は管理室から音声入力するだけである。
 二等種の出来損ないであり、危険個体でもある作業用品との接触は、想定外の事故を防ぐために最低限にすることが義務づけられているからだ。

 出荷個体の報告が終われば、入荷の早い順から進捗報告である。
 と言っても基本的にこの会議で調教方針が変わることは無い。精々企業からの事前貸与予約に合わせたカスタマイズが指示される程度だ。
「今期はA以上が少ないねぇ」と管理官達は来年の予算を心配しつつ、淡々と話を進めていく。

「次、F72番とM104番。昨日から3週目に入りました。拡張は72番の方が先週の段階ではかなり遅れていましたが、調整を加えて現時点では基準値内に入りました。訓練成績は……72番も悪くは無いですが、104番のスコアが飛び抜けてますね。映像を見る限りまだまだぎこちない腰つきですが、たった2週間でこのスコアを叩き出すのは相当優秀な穴かと。伸びますね、これ」
「流石は部長ですねぇ。作業用品を壊そうとする問題個体をここまで御するとは」
「まぁね、堕とされの加工経験は結構あるんだよ、僕」

 それでも2週目でこの成績は予想以上だねぇ、と部長と呼ばれた壮年の管理官は眉を下げる。
 データ上も基礎体力は十分ついたことだし、そろそろ初期に付きものの痛みも取れる頃だ。ここから先は素体自身がより積極的に性処理用品として自らを躾け始めるから、管理官としては少し精神的負担が楽になる。

「しかし……穴だけならAどころかSも期待できそうな逸材なんですけどねぇ」
「こればかりは仕方が無いね。にしても、これにF125Xを投入せざるを得なかったのは痛かったねぇ……」
「ああ、あのA等級メーカーですか。ま、次の入荷に期待ですね」
「…………次があれば、だけどね。今の調子じゃ難しいかもしれない」
「ええっ、まだ初回の不具合から2ヶ月ですよね!?そこまで劣化が進んでるんですか……?」

 素体達の報告もそこそこに話題に上がるのは、優秀な作業用品の現状だ。
 管理番号249F125(X)、通称イツコ。作業用品になって1週間で調教用作業用品として登録されるほどの適性を持ち、以後25年にわたり驚異のA等級以上製造率を誇るのみならず、他の作業用品の性能向上にも一役買ってきた、ここ保護区域9の主力用品である。

 2ヶ月前に初めて故障の兆候が見られたこの個体は、本来兆候が出てから本格的な故障により廃棄処分となるまで平均2年ほど持つはずの作業用品にしてはあり得ないほど損耗が早い。
 管理部長自ら頻繁なメンテナンスと調整を施しているにも関わらず、イツコの稼働限界はAIの算出によるとあと4ヶ月程度。
 ……すなわち、今の個体製造が最後になる可能性が高い。

「あれが廃棄になると、うちの品質は落ちますよねぇ……あーあ、とうとう貸し出し実績全国一位から陥落かぁ」
「当面はあれの作った個体も稼働するし、まだまだ優秀な作業用品は揃っているけどねぇ……数年後には落ちると思うよ。そもそも、高性能な作業用品は耐久に難があるものが多いしね」
「所詮は二等種ってことかぁ。どれも何かしら欠陥があって面倒だよな」

 実に残念だねぇ、と管理部長は心の底から嘆息する。
 そこにイツコへの同情や憐憫は微塵も混じっていない。彼らにとっては、性能の良い機械が壊れるだけのこと。毎年何もしなくても補充はされるから、またそのうち当たりの個体が出るだろうくらいの感覚だ。
 とは言え、そのまま廃棄するのが勿体ないと感じないわけでは無いらしい。実際、高性能な作業用品の耐久を上げる研究は、作業用品という制度が設けられて以来盛んに行われている。

 そう言えば、と会議に同席していた管理区域9の区長が何かを思い出したらしく、管理部長の方を向いた。

「以前少し話した研究開発局がやっているプロジェクトですけどね、そろそろ第二相の試験が終わるらしくて。第三相試験用に使えそうな作業用品を探してましたよ」
「ああ、部品の入れ替えで長持ちさせるやつか。確かに機械だと普通に故障した部品を交換するのに、なんで今まで思いつかなかったんだろうねぇ」
「ようやく技術が発想に追いついたんだって言ってましたね。折角だからこの製造が終わった後、F125Xを被検体として出してみては?どうせ廃棄にするんですし……これで耐用年数が延びれば、うちとしては儲けものでしょ」
「ふむ……それはいいね」

 何気ない区長の一言により、イツコの運命は満場一致で決定する。
 優秀な作業用品であ?彼女もまた、人間からすればただの二等種である。むしろなまじ優秀過ぎたがために、命の幕引きすら許されないと言う意味では、性処理用品以上に不運な個体かもしれない。

 ――彼女が望む安らかな夢が訪れるのは、まだまだ先の話になりそうだ。


 …………


(……胸が、詰まってる……お腹もずっと重くて……パンパンで……)

 今日の訓練を終え保管庫に戻された72番は、いつものように入口に向かって股間を見せつけしゃがんだまま、わずかに残された気道に全力で空気を送り込む。
 魔法で補助されているから窒息することは無いと分かっていても、呼吸できない苦しさまでは拭いきれないから、身体は必死に喘ぐような呼吸を繰り返してしまう。
 とは言えそんな状態で2週間もいれば、流石に身体も慣れてくるらしい。最初の頃に比べれば、呼吸は多少大人しくなった気がする。

 限界を無視した筋トレや歩行訓練と、これまた限界まで施される治癒魔法のお陰で、訓練当初に比べれば随分と体力も筋力もついてきたのだろう。
 手は頭の後ろ、背筋はピンと伸ばし、つま先立ちでしゃがみ込みほぼ真横に股を拡げた姿勢でも全くブレることなく静かに待機し続ける72番は、しかし余裕が出来てきたが故に3つの穴を占拠する拡張器具の圧迫感に悩まされていた。

(苦しい……痛くは、無いけど……重くて、落ち着かない……)

 奉仕訓練のために取り外された拡張器具は、訓練が終わり餌を与えられ次第直ぐに元に戻される。
 拡張器具の留置は、必ず視界を奪われた状態で股を拡げて仰向けに処置台に固定され、作業用品達が鼻歌を歌いながら上と下から同時に器具を挿入していく。その手際は手慣れたもので、拡張器具から染み出す弛緩剤があるとは言え解剖学的な難所もあっさりと乗り越えて、許容できない太さを組織に慣らすように押し込まれてしまうのである。

 とはいえ、本来入れるべきでは無いものを無理矢理管を押し広げて留置する作業は、素体達にとっては当然、挿れられる事にすっかり慣れた性処理用品の製品達にとっても拷問に等しい作業である。
 72番達も最初の内はあまりの不快感に嘔吐いたり叫んだりしていたが、その度に容赦なく浴びせられる懲罰の鞭や電撃のお陰か、今では自ら口を開き喉や胎の力を抜いて悍ましい質量を迎え入れるようになっていた。

「挿れるよ」と首輪に合図の電撃を流されながら声をかけられれば、もはや無意識の内に身体が異物を受け入れる準備をしてしまう……これも奉仕のための条件付けだと彼らが気付くことはない。

(一体……今はどんなものが入っているんだろう……あああ、出したい……全部引っこ抜いて欲しい……!)

 保管庫でそっと眺める下腹部は、心なしか日々膨れてきている気がする。
 外から見てここまでわかるほどのものを入れられて、苦しくて、なのにいつしか苦しさすら当たり前のように甘受して四つん這いで歩き、訓練で腰を振っている自分をふと自覚する度、見えない何かが奈落の底に己を引きずり込んでいる不気味さを突きつけられる。

 けれど、素体である自分に逃げ場などどこにも存在しない。
 こちらの意思は全く考慮されず、機械的に淡々と躾けられ、加工される、それだけだ。

(今日は……多分、喉のが長くなってる……だって、訓練前より下の方まで詰まってて重いから……)

 口と、膣と、肛門。3つの穴のうち、毎日どれかを占領する質量が太く、もしくは長くなっている事に気付いたのは、ここ数日ようやく全身の痛みが薄れてきた頃だったか。

 拡張されたばかりの穴は酷い圧迫感に苛まれるし、それが直腸なら脂汗がでるほどの排泄衝動を叩き込まれるのが常だ。
 けれどこの身体は悲しいかな、そんな無茶なものを突っ込まれても3日もすれば大きさに慣れ、何も入っていないときと変わらない動きをこなしてしまう。

 ――こなさなければ懲罰が待っているから、全力で慣れさせられている、と言う方が正しいかも知れないが。

 もちろん慣れると言っても、あくまで動けるようになるだけだ。確かに拡張された直後の辛さは無くなるが、常に内臓を押し広げられる不快感は消えない。挿入から留置、抜去まで徹底して痛みが無いことだけが幸いだと感じる程である。
 そうして慣れたタイミングを見計らったかのように、中身は増やされていく。

 だから結局、性処理用品にとって楽になる瞬間が訪れることは、永遠に無い。

 唯一

(……はぁ、早く奉仕訓練の時間が来ないかな…………)


 奉仕を行う時間以外は。


 使われない状態は苦痛で、使われる方がずっと楽――
 性処理用品は常に肉体の限界まであり得ない大きさのディルドを穴に納めたまま保管する事で、いつしか奉仕訓練を、引いては人間様への奉仕を心待ちにするようになる。
 それがノルマに追われ必死に紛い物の性器に尽くす屈辱の時間であろうが、どれだけ人間様により酷い扱いを受けようが、この状態で捨て置かれる苦痛に比べればはるかにマシだと感じるように、静かに、しかし確実に認識を歪められていくのである。

(奉仕訓練だって一杯腰動かさなきゃいけないから結構しんどいけど……でも、この苦しさからは解放されるし……それに……お尻はちょっと気持ちいいから…………ああ、楽になりたい……)

 切れ目のない明日を思いつつ、72番はそう言えば、と己の身体の変化に気付く。

 最近になって、ようやくピアスを穿たれた場所の痛みが引いてきた。
 毎日のように悶絶していた筋肉痛もほとんど起こらない。
 訓練が終われば疲労困憊しているのはいつも通りだが、それでも痛みが無いとはこれほどに楽だったのかと、ささいな緩和にすら感謝の気持ちが湧いてくる。

 反面、偽物の性器相手に頭を下げ許しを乞い、無様な顔を晒し腰を振る行為を心待ちにするだなんて明らかに狂わされていると、心のどこかが弱々しく警告を発する。
 だが正気を保つ生物としての声は、今まさに心身を蝕む苦悶の前では風前の灯火である。

(だって、私は二等種だから……性処理用品になるんだから……訓練したくなるのはおかしくない、よね?)

 己が壊れ堕ちていく現実には蓋をして、変化への恐怖を宥める言い訳を疲弊した頭は必死で紡ぐ。
 どれだけ覆い隠しても現実は何一つ変わらないのに、72番はその場限りの心を守る嘘に仮初めの安心と希望を求めて縋りながら次の『解放』を待ち続けるのだった。


 …………


「抜くぞ」
「んぇっ…………げほっげほっ……」
「ふぐぅぅっ……!」

(やっと抜いて貰えた……はぁっ、いっぱい息が吸える、身体が軽いっ……!!)

 奉仕訓練室に着けば、まず最初に全ての拡張器具を引っこ抜かれる。
 保管庫を出るときに装着された目隠しを取るときには、既に腹に収まっていたはずの器具は素体達の目の届かないところに置かれているから、今自分の穴がどれほどのものを咥えられるのかを確認することは不可能だ。

(……入っているの、かなり太くなってるよね…………だって、これだもん……)

 それでも、目の前に用意された訓練器具を見ればある程度は推測できる。
 確か最初の訓練の時に設置された疑似ペニスは、太さ3センチ、長さ9センチだった。だが今目と鼻の先で強いオスの匂いを放っているそれは、少なくとも喉の奥まで咥えるには顎が外れてしまいそうな太さだし、長さも当初の倍、いや3倍はあるだろうか。まるで大人と子供、いやそれ以上の貫禄である。

(これが本当に入るの……?でも調教師様のおちんちんよりちょっと細くて短いくらいだし、お尻はともかくあそこは……このくらいは入るのが普通なのかな……?お気に入りの動画でもこのくらいだったものね)

 そして実に残念なことに、地上に出たことの無い二等種のほとんどは人間様の平均サイズを知らない。
 成人してからアクセス可能だった無修正のコンテンツは、AIが二等種の平均的なサイズに合わせたモデルで作成しているし、広告動画ではプライバシー保護の関係上、人間様の局部は映らないように配慮されているためだ。

 人間であれば本来あり得ないサイズに対して、いくら訓練を積み重ねても本能的な躊躇いはどうしても生じてしまう。それを少しでも緩和するためのささやかな措置である。
 製品になればいずれ現実を知るが、結局その穴で迎えるのは人間様の欲望だけでは無いから、拡張自体に意味が無いわけでは無い。

(……これが入る、穴……お尻なんてもう閉じなくなっていそう……)

 こんな物が入るほど自分の穴は拡張されているのかと、まじまじと眺めながら命令を待つ72番に「あら、随分物欲しそうね」とイツコが声をかける。
 思いがけない言葉にきょとんとすれば「奉仕訓練が待ち遠しかったんでしょ?」と目の前の屹立を掴み、72番の鼻先に押しつけた。

(あ……もしかして『はい』って言ったらだめ、なのかな……んっ、この匂い……全然いい匂いじゃ無いのに、つい嗅いじゃう……)

 ……強いオスの匂いは、何だか頭がふわりとして胎がずくんと疼く気がする。
 余計な思考なんてあっさりと溶かされて、流し込まれる言葉への反応すら鈍くなっていそうだ。

「そりゃそうよねぇ。あーんな無機質な拡張器具で苦しい思いをするより、熱くて硬くて、くびれのあるブツに腰を振っていた方がずっと楽しいもの、ね?」
「え……あ……あっそっそのっ……ぐっ……!ご、ご指導ありがとうございます……」
「そうそう、性処理用品風情が作業用品に言い訳なんてしちゃだめよ?それは反抗と同じなんだから。……いいのよ、認めちゃって。子ネズミちゃんはただの性欲処理用の穴になるんだから、穴に適したモノを欲しがるのは当然じゃ無いの」
「っ…………はい……早く訓練の時間になって欲しいって……思ってました」
「ふふっ、素直ねぇ」

(バレてる……けど、うん、やっぱりいいんだ。ご奉仕する方が楽に感じても)

 昨夜の必死の言い訳をそっと肯定してくれるイツコの言葉に、いつものように頭を撫でてくれる手の柔らかさに、72番はほっと安堵のため息をついた。
 その横では、104番が同じ言葉に対して苦い顔をしていることも気付かずに。

「イツコ、それは俺の担当だろうが……」
「だって子ネズミちゃん、いちいち反応が素直で可愛いんだもの。それに邪魔はしてないでしょ?ヤゴ、あんたもこのくらい優しく声かけしてあげなさいな。あんた素材はいいんだから、笑えば素敵なのに」
「あいにく表情筋は死んでいるんでね。……104番、お前も素直に認めた方が良いぞ」
「…………っ」

 図星を突かれた104番はぐっと唇を噛みしめ、はっとした表情を一瞬見せては更に絶望を瞳に映す。
(ああ、こいつは気付いているな)ととある確信を持ちつつ「別におかしくはない」とヤゴはヤゴで相方の担当の後押しをすることにした。

「いくら傷を付けないように拡張を進めているとは言え、器具を入れたままの身体は辛いだろう?何も挿入されていない開放感を求めるのは当然だ。悪いことでもおかしいことでも無いんだから、素直に認めてしまえ。その方が楽になれる」
「…………」
「別に憶測で言っている訳じゃ無いぞ?性処理用品ほどじゃないが、俺たちも拡張器具は経験済みだ。だから……知っているさ、腹の中も喉もパンパンになるまで詰め込まれて保管庫に転がされる辛さも、抜かれたときの身体の軽さも、な」

 四つん這いで俯く104番の傍にヤゴはすっとしゃがみ込み、髪を掴んで目を合わせてくる。

(……ああ、やはりこの男は苦手だ)

 104番はそっと心の中で独りごちる。
 周りがあまりに頭のおかしい天然モノばかりだからだろうか、こいつの感情の籠もらない瞳には変な優しさと安堵感と……人間らしさを感じてしまうお陰で、目を逸らすことすら出来ない。

 だから、お前だけは俺を安堵させる肯定を囁いてくれるな。
 変わっていく認識に、抗えなくなってしまうから……

 そんな気持ちが通じたのだろうか。「まあいい」とヤゴは立ち上がる。

「……今はとにかく訓練に集中しろ。だが、覚えておけよ?お前達の穴は出荷されれば最後、人間様が利用しない限りずっと器具で塞がれたままだ。できるだけ穴を使って頂き楽になりたいと思うなら、人間様に媚びることも覚える必要がある」
「そうそう、変なプライドなんてさっさと捨てちゃった方が楽になれるわよ?まぁ、心配しなくても加工が進めば出来るようになるから」
「……っ」

 長年かけて変えられた身体は、頭は、人間様には反射的に従うけれど、俺をこんな風に落とした連中に媚びるだなんて考えたくも無い。
 けれど、たった2週間でこの身体は同じ二等種である調教師様にすら逆らうことすら出来なくなったのだ。
 調教はまだ10週間もある。きっとこの心も、どれだけ逆らったところで製品らしく変えられてしまうに違いない。

(それでも、俺は……)

 だから、せめて抗える限りは抗ってやる。
 無駄だと分かっていたって、早々簡単にプライドなんて捨てられるものじゃないと、104番は弱々しくイツコを睨み付けるのだった。


 ……一方、そんな104番の隣でオスの匂いにどこかぼんやりしていた72番は、ふと飛び込んできたイツコの言葉にわずかな違和感を覚える。

(今、調教師様は『訓練』や『躾』じゃなくて『加工』って言った……?)

 これまでの経験から、72番は調教という意味の言葉の使い分けに何となく気付いていた。
 どうやら、自分達素体の努力が必要とされるものは訓練や躾と、そして素体の状況に関係なく施されるものは加工と彼らは呼び分けているようだ。

 それは些細な言葉の違い。恐らく隣でなんとも言えない表情をしている104番は気付いていないだろう。

(ただの言い間違いかな……媚びることを教え込むのは、どう考えたって訓練だもんね……)

 頭上からかかる「よし、始めろ」の合図に、72番は考えるのを止めて潤んだ瞳で目の前の欲望を模した器具に股間を見せつけ奉仕を乞う。
 そして少なくともこれから数時間はあの重苦しさから解放されると、イツコから肯定されたが故に安堵した表情を隠すことも無く、人並み外れた大きさで先端に透明な汁を滲ませた男根に躊躇いなく唇を落とした。


 …………


 時折胸に去来するのは、諦め混じりの小さな絶望。
 けれどその感情を握りしめる間もなく、素体達は一心不乱に腰を振り続ける。

 そして今日、ようやく72番は思い出すのだ。
 この行為に備わっていなければ無かった感覚を。そして、性処理用品に志願した本来の目的を……

 それが希望なのか絶望なのかは、誰にも分からない。素体達自身もきっとよく分かっていない。
 だが、少なくともこれをきっかけとして、調教は一気に進み始めるのが常である。


「はぁっ、んぷっ、んっ、はぁっ……」
「そうそう、良いところはしっかり舐めて、先端は頬張れるだけ頬張ってしゃぶれ。歯は立てるなよ?ほら、手がお留守になってる。玉も優しく揉め」
「んぐっ……はひ……」

 流石にこの大きさのブツを相手に、口だけで奉仕をさせる無茶はしないらしい。
 だから口に頬張り、柔らかい粘膜で刺激しつつ前で拘束された手を駆使してくちくちと幹を扱けば、とぷりと精を吐かせるのは意外と大変では無い。
 喉を流れ落ちる濃い白濁の味にも、すっかり慣れてしまった。臭くて不味いことに変わりは無いが、最近は何故か精を体内で受け止める度に身体が熱くなる気がする。

(……この熱さ……知ってる、なんだっけ……?)

 不思議に思いつつ、72番はいつも通りしとどに蜜を吐き出す潤みに萎えることを知らない先端をちゅ、と宛がう。
 それだけで入口が熱い杭にまとわりつく姿は、まるで早く奥に来て欲しいと甘えねだるかのようだ。
 拡張器具が入っているときはあれほど抜いて欲しかったのに、いざ質量を失うと我が儘な身体は何かが足りないと叫び始めるあたり、もうこの身体は穴を満たされた状態が平常だと覚えきってしまったらしい。

「ほら、焦らしすぎるな。さっさと奥まで咥えて腰を振る」
「っ、はい……」

 それでもあまりの太さに生じた一瞬の躊躇いを、作業用品は見逃さない。
 尻に飛んできた鞭に、72番は慌てて一気に腰を落とす。
 とても入らないと思われた昂ぶりは勢いもあってかすんなりと根本までを包み込み、奥の小部屋への入口をずるりと押しながら撫で上げた。

 その瞬間

「……はぇぇ……?」

 じゅわん、と胎の奥から甘い疼きがさざ波のように拡がり、思わず蕩けた声が涎の垂れた口から溢れる。

(なに、これ……?え、っと……はぁっ、もう一回……)

 よく分からない、そして知っているような知らないような不思議な感覚。
 ただどうしてだろう、もう一度味わってみたくなる……

 72番は戸惑いを覚えつつも、無意識に先ほどの感覚を求めて腰を動かす。
 少しずつ調整して奥が痛くない角度で当てて、上下するのでは無く緩く柔肉を押しつけるようにして小刻みに腰を前後すれば、じゅわんとなんとも言えない疼きが胎いっぱいに広がってきて……もっと、もっとと身体が求めてしまう。

(ああ、これは……なんだか久しぶり……)

 淡い疼きは、ずっと後ろで慰めていたときに味わっていた懐かしい感覚に似ている。
 前に味わったのは一体いつだっただろう。もう思い出せないほど忘却の彼方にあった感覚は、初期の処置や訓練による痛みがようやく鳴りを潜めたことで、再び淫らに変えられた身体を覆い尽くす。

(はぁっ……あたま、しろい……もっと……)

 けれど、記憶の中に残る感覚よりも、このささやかで、穏やかで、けれど飽きることの無い感覚はずっとずっと深く、甘く、そして体も心も力が抜けていく……

「あはぁ……はぁっ……んぁ、はぁ……っ……」
「こら」
「んぎゃっ!!」

 そんなわずかばかりの悦楽の時間は、唐突な全身への痛みによりあっさりと終わらされた。
 何が起こったのか分からないまま、痛みに呻きつつ目を白黒させていれば、更なる鞭の痛みと共に72番の頭の上から呆れたような声が降ってきて、嫌でも己の立場を分からされる。

「ったく、初めての膣の快楽がそんなに良かったのか?……だからといって誰が快楽を追っていいと言った。ほら、しっかり上下しておちんぽ様を気持ちよくしろ。そんな柔な動きじゃいつまで経っても満足して貰えないぞ」
「……っ!!」

(いけない、ノルマがあるのに……っ!!)

 そうだった、今は奉仕訓練中だった。
 
 72番は慌てて腰を大きく上下し、じゅぽじゅぽと卑猥な音を奏で始める。
 だが、その激しい動きとは裏腹に、72番の心に……否、胎には小さな不満が灯っていた。

(…………これじゃ、ない)

 泥濘をかき分け激しく擦られるのも、決して悪くは無い。
 良いところを押し分けられる度にゾクリと鋭利な刺激が全身を突き抜けていく、この感覚は……痛みと疲労の極地で久しく忘れていた、気持ちいいという感覚だ。
 初めて己の性器に触れて小さく敏感な突起で覚えた、お手軽で鮮烈な……ある意味慣れ親しんだ快楽は、内側で味わう事こそ初めてだが、あれだけ無茶な拡張をされ毎日のように酷使されていても快楽を受け取れなくなってはいなかったことを72番に教えてくれる。

 人間様の為だけに存在する穴であり自分の快楽を追うことは禁じられていても、どうやら快楽そのものを取り上げられるわけでは無い。それはきっと朗報だ。
 ――そうだった、思い出した。更なる快楽を、満足のいく絶頂を求めて自分は性処理用品に志願したのだった!


 ……けれど。だからこそ。


(……さっきの気持ちいいの……あれ、もっと続けてたら……)

 痛みという枷を一つ外された身体は、途端に浅ましいほどの貪欲さを取り戻す。
 これまで忘れさせられていた分、渇望が一気に溢れ出し情欲に染められた頭は理性をどこかに放り投げてしまっていて、気付いたばかりの新しい、何よりこれまで以上の快楽への期待をどうしても脇に置くことが出来ない。

「ひぎっ!!」
「……また良いところに擦りつけようとしているな。ったく、覚えたてのサルか?お前は」
「あら、まさに覚えたてじゃないの。直接子宮をペニスに撫でられる気持ちよさを知っちゃったばかりなんだし」
「…………それはそうだな。ま、こいつはサルじゃ無くても諭して聞くようなやつじゃないか……おい、奉仕をサボって器具を慰み者にしようとしたら直ぐに懲罰を与えるからな。自分の快楽を一切追わないことを、しっかり身体に刻み込め」
「はぁっはぁっ……んっ、あんっ、はぁっ、がっ…………!!」

(きもちいいの、もっと、もっと……だめ、そうじゃない、ごほうし……でも、きもちよく、なりたい……)

 いつもと同じなら、今日も必死で腰を振って訓練に集中してすら達成できるかどうか分からないノルマを課されている筈なのだ。
 だから、自分の快楽にかまけて訓練器具に奉仕することをおざなりにすれば、後に待つのは手ひどい懲罰しかないと分かっているのに、ヤゴの容赦ない鞭の痛みや敏感な部分を焼き尽くすかのような電撃をもってしても、この身体は言うことを聞いてくれない。

 ……言うことなんて、頭も聞きたくない。

(だって、気持ちいいの!これっ、これが欲しかったの!!ずっと痛くて、辛くて、こんなに気持ちよくなれなかったんだから……!!)

「はっ、はんっ、んぁっぐあっ!!」
「そんな腰の使い方は教えてないぞ」
「んふぅ……ご指導、ありがとうございます……はぁん……いぎっ!?」
「はあああ……ほんっとうにお前は人の言うことを聞かないな……」

 何度懲罰を与えても直ぐに己の欲望に引きずられ、うっとりと自慰に夢中になってしまう72番に、ヤゴはうんざりした顔を向け、周りの作業用品達は「こりゃミツが喜ぶな、懲罰の理由が出来るって」「処女個体は大体ここできつめの懲罰を食らうものねぇ」と彼女を待ち受ける絶望を描いてニヤニヤと口の端を歪めるのだった。


 …………


(あぁぁっ……これ、きもちいい……なかでザーメン、びゅーびゅーされると……あたまがとけそう……!)

 やっとの事で1回目の膣での奉仕を終えた72番は、うっとりと目を潤ませながら名残惜しそうに剛直を引き抜く。
 昨日までは何も感じなかったのに、急に快楽を拾うようになった身体に戸惑いつつ、けれどそこは二等種らしく「辛いよりは気持ちいいほうがずっと良いよね!」とあっさり疑問を捨て置くことにしたようだ。
 ついでに久しぶりの快楽を貪ろうと、期待にヒクつく後孔に引き抜いたばかりの屹立を突き立てようとして、またまた「こら、ちゃんと終わったら掃除をしないか」と電撃で諫められている。

(ま、仕上がりは順調だな……ここまで溺れるとは思わなかったが)

呆れたように鞭を振るうヤゴも、内心では計画通り加工が進んでいることにホッと胸を撫で下ろす。

 性処理用品の製造に於いて、素体の感度を上げる処置は基本的には行われない。
 下手に感度が上がりすぎれば、情欲に忠実になるように作られた個体は自分の快楽ばかりを追ってしまい、どれだけ調教や加工を施しても奉仕が疎かになってしまうからだ。

 かといって、何も感じない穴では使用している側の楽しみが無い。
 ただ昂ぶりを刺激して出すだけならば、市販のオナホールで十分なのだ。快楽を追うことを禁じられ激しい衝動に悶えながら、少しでもその渇望を癒やして頂こうと必死に奉仕で媚びる姿があるからこそ、性処理用品はその役目を存分に果たすことが出来る。

 だから、最低限の感度開発は訓練初日から、入荷時の処置と基礎訓練による痛みや疲労がほぼ消失する3週目終わりまでに完了する様に、後に行われる性器従属化訓練の準備と共にこっそりと実施されている。

 訓練器具は奉仕の技量を観測する機能が付随していて、あらかじめ設定された刺激を適切な強度と頻度で一定時間継続して受けることにより、疑似精液を射出、つまり射精機能を起動させる。
 この疑似精液自体には微細な傷を回復する程度の効能しか無いが、連動している素体の首輪が『射精』を検知すると、強制的に脳を刺激してドーパミンやオキシトシンと言ったホルモンを分泌させる。これにより射精や精液と快楽、多幸感を強力に結びつけるのだ。

 さらに一定の感度に達していない穴――ほとんどの個体の喉と、処女個体の膣、一部個体の直腸が対象となる――については、射精機能と同期して訓練器具から微細な電流があらかじめ計測してある性感帯に流される。
 最初の内は特段の反応を示さないこれらの部位は、しかし日々幾度となく繰り返される行為によりやがて性感帯への刺激と脳の感じる快楽とをリンクさせてしまうのである。

 この加工を受けた事に気付く素体は、まず存在しない。
 入荷間もない素体達は、微細な快楽など何の役にも立たない程の痛みに……特に3カ所に穿たれたピアスからもたらされる激痛に常に苛まれている。そうでなくとも、慣れない訓練と生活に振り回されて、拡張と言った比較的分かりやすい変化にすら目を向ける余裕を失っているものがほとんどだから、痛みでマスクされた快楽の変化など気付きようがないのだ。

 痛みが取れる頃には、射精と快楽、未知の性感帯への刺激と快楽を結びつける強固且つ不可逆な回路が形成されている。
 そして、奉仕訓練の中で新たに形成された回路による快楽に素体達が気付きさえすれば、常に性的な渇きが止まらない身体を持つ彼らはあっさりと新しい感覚に溺れ、自ら快楽を追い求めて更に回路を増強するのだ。
 ……時々、付随して痛みと快楽を繋げる回路まで形成してしまう個体もいるが、これはこれで後の訓練が楽になるため特に問題にはならない。


 …………


 と言うわけで、2週間かけてしっかり開発された身体に気付いてしまった72番は、案の定どれだけ注意を受けても気を抜けば快楽に浸って腰の動きが自分本位になる状態に陥っていた。

「あはっ、本当にお猿さんだね!懲罰電撃でも奉仕行動に戻れないだなんて、さ!これじゃ今日のノルマは間違いなく未達成だよね。ああ、今日は何をして遊ぼうかなぁ……」
「ええーいいなぁミツ……コニーのやつは最近まともに反抗もしないしさぁ、ノルマも毎日さっさとこなしちゃうから、つまんないー」
「ははっ、そりゃ残念だね。うーん、クリトリスももう少し大きくしたいから、クリップを着けて錘で引き延ばすか……それとも鼻を完全に塞いで呼吸禁止状態で歩かせるか……何が楽しいかなぁ……」

(きもちいい……もう、ちょっとだけぇ……ああんっ、きもちいいのぉ……!)
(んはっ、んあぁ……っ、いやいや誰がつまんないだ、誰が!!ふぅっ、んぁっ……おっ、お前仮にも調教師様だろうがっ、俺様の成績が良いことを喜びやがれよこのクソ天然モノがあぁっ!!)

 今日の訓練が始まってから、随分時間が経ったらしい。イツコと交代して早々心底つまらなさそうに口を尖らせるコニーに悪態をつきながらも、104番の腰は止まらない。
 正直、隣で快楽に没頭しては鞭をもらっている72番の気持ちも分からなくは無い。104番も2-3日前から奉仕訓練がぐんと気持ちよくなって、気を抜けば習った奉仕を放り投げて久々の射精や絶頂を求めたくなるからだ。

(……その点はオスはちょっと有利なのかもしれねぇな。あんまり嬉しく無いけど)

 だが、ピアスの痛みや筋肉痛が取れても、興奮する度に閉じ込められた檻の中で主張する息子さんに与えられる痛みまではどうしようもない。なにせこちらは現在進行形である。
 そもそもオスの中心はちょっとした事で元気になるものだ。己の意思で御せるものではない。
 つまりどれほど渇望を癒やしたくなろうが、癒やす前に必ず悪魔のような檻に食い込む激痛が待っていて、故にその先に辿りつけないことが確定しているのだ。これでは絶頂どころか己の快楽を追求することなど夢のまた夢である。

 さらに一昨日少々「やらかした」お陰で保管庫の中では必ず後ろ手に拘束されているから、痛みを紛らわすことさえままならないのが実情だ。

 お陰で、104番の奉仕訓練は……というよりオスの奉仕訓練は余程のことが無い限り快楽にかまけて進捗が滞ることは無い。
 調教が進み奔放な股間が飼い慣らされた後も、己の快楽を追う事への激烈な痛みの記憶は少し奉仕をサボるだけで幻の痛みを生じさせる上、射精という本能を握られてしまえば無意識のうちに管理者への従属が深まるようにオスという生き物は出来ているらしい。
 そのため、こと奉仕という面だけであればオスの穴は実に人間様の性器に忠実で献身的だ。だからこそ整容的には多少メスに劣れども、オスの性処理用品を求める声はそれなりに大きく、結果としてこの制度での男女平等が担保されているのである。

(……にしても、今日は……なかなか射精しねぇな……んっ、そこ擦るのやべぇわ……)

 隣で上がる嬌声と悲鳴に余計な興奮を煽られながら、104番は一心不乱に腰を振りつつ普段と違う『おちんぽ様』の様子に心の中で首を傾げる。
 いつもならこれだけ刺激を与えればとうに「射精」しているはずだ。そして腹の中に注がれるなんとも言えない幸福感にうっとりしながら、ベトベトに汚れた屹立を美味しく――実に悍ましいが最近はこれが味覚が壊れたかと錯覚するくらい妙に美味しく、しかも愛おしいのだ――舐め清めているというのに。

(いつも通りやってるつもりなんだけど、なっ……はぁっはぁっ……んうぅっ、もっ、早く逝けよぉ……気持ちよくてまたちんこ痛くなるだろが……ぐうぅっ!)

 痛みと、時折それを上回る快楽に息を荒げ腰を跳ねさせながら、何とか射精を促そうと104番は腰の動きを更に激しくする。
 と、それに気付いたのだろう、コニーがモニタを見ながら「あー、それじゃだめだよぉ☆」と104番の背中に鞭を振り下ろした。

「うぐっ…………」
「そんなに一生懸命に腰を振ってもさ、ガバガバのゆるゆるケツマンコじゃ今日のおちんぽ様は喜ばないよ?」
「ん?ああ、72番もだね。だめじゃないか、穴はちゃんとおちんぽ様に合わせてしっかり締めなきゃ。そんなんじゃ、これからどんどん人間様レベルに感度が鈍くなる訓練器具は反応してくれなくなるよ?」
「はぇ……んぁっ、はぁっ……あぁん…………」
「ってだめだ、これ完全に頭バカになっちゃってるね」

(人間様レベルに……鈍くなる?)

 おーい戻ってこーい、と優しく囁きつつ72番の尻に向かって全く優しくない鞭を振り下ろし続けるミツの言葉に104番は唖然とする。
 確かに、訓練初日に比べて奉仕用の器具は日々太くかつ長いものに交換されている。それでも喉はともかく腹に納めるのに痛みを感じたことはないから、入るようには加工されているのだろうと少し悲しさを覚えつつも、これまでは教えて貰ったとおりに動いてさえいればノルマはあっさりと達成できていた。

 だから、勘違いしていたのだ。
 人間様へのご奉仕などそれほど難しくは無い、と。
 ……だってそうだろう、最初の器具は初心者向けで感度は高めだと聞いていたけど、自分の感度と比較すれば確かに多少感度が良い程度だと推測できる代物だったのだから。

(え、もしかして人間様は、二等種ほど敏感な身体じゃないのか……?)

 意外なところから、また一つ自分が二等種であることを突きつけられる。
 本当にこの身体は、人間様を悦ばせる穴としてのみ優秀に作られているのだと宣告されたようで、もう折れるところなど無いと思っていたプライドをさらにあぶり出し、削り取っていく。

 ――ああ、一体俺はあと何十回、挫折と絶望を突きつけられるのだろうか。

「これは身体に教え込んだ方が良さそうだね」とリモコンを取り出すミツに合わせて「あ、コニーもやる☆」と無邪気な嗜虐者は内心すっかり消耗している104番に、にぃっと白い歯を見せる。
 そして、そんな愛らしい笑顔を見せても騙されない、お前のその顔は悪魔の笑顔だと104番が心の中で毒突いたその瞬間

「んぐうううっ!?」
「いっ…………痛いぃぃっ!!」

 ぎゅっと、72番の膣が、そして104番の肛門が咥えているものを食い締めた。
 ただ締める、なんてレベルではない。勝手に筋肉に力が入って、浮き出た血管の形すら感じ取れそうな程締め付け続けるお陰で、あまりのきつさに快楽を通り越して痛みが止まらない。こんな所の筋肉が攣りそうだなんて思ったのは初めてだ。

「ほら、こうやってぎゅうって、穴でしっかり抱き締めてあげなきゃ、ね?」
「ひぎっ……痛い……痛いよぉ……っ」
「あ、ずっと締めたままだと人間様は気持ちよくないから……ほら、こんな感じでリズミカルにね?」
「いぎいぃぃっ!?」

 ミツ達がボタンを押せば穴は勝手にぎゅっ、ぎゅっとテンポ良く剛直を締め付け始める。
 どうやら奉仕器具から微弱な電流を流すことで、股間周りの筋肉を無理矢理収縮させているのだろう。
 意に沿わぬ動きに、筋肉が攣るような痛みが止まらない。いくら何でもこんなに強く締め付けたら、人間様だって痛いだろうに。

「あ、ちなみに人間様はこのくらいの締め付けが心地良いからね」
「へっ」
「二等種の身体は、どこもかしこも敏感なんだよ☆人間様はこのくらい締めると、穴も気持ちが良いんだって。でも二等種は、ここまで締め付けると痛みを覚えるんだよねぇ」

(そんなっ、こんなに痛いんじゃとても気持ちよくなんてなれない……!)
(うっそだろ、こんな刺激を受けたらチンコもぎ取られるんじゃねえの!?)

 二人の心の突っ込みは作業用品達には届かない。
「ほら、今日はこのままアシストしてあげるから、せめてしっかり上下に腰を動かしてね」
「しっかり締める強さとリズムを覚えようね!あ、今日だけで覚えられなければ明日からもお手伝いしてあげるから☆」

(そんなお手伝い要らないから!!)
(てかそれなら口で説明しやがれよ!!身体で教え込むのは、隣のボケアマだけでいいだろうが!!)

 こんな機械で無理矢理やられるくらいなら、自分で必死に締め付けた方がずっと楽なはず。
 そう直感した素体達は、必死に快楽への衝動を振り払い、震える腰を人間様の望み通りに振り始めるのだった。


 …………


 最初に言われたとおりだった。
 確かに、昨日より楽な今日は一日たりとも訪れていない。

 ただ、ようやく気持ちいい感覚味わえる身体を取り戻してさえ、そこに楽という言葉が当てはまらないとは思いもしなかったけど。


「ミツ、喉挿れちゃってもいい?」
「いいよー、こっちはお尻から塞ごうかな……あは、ひくひくしちゃってる。なに、早く穴を埋めて欲しいの?」
「そんなっむぐうぅおぇっ……」

 なんだかんだでノルマをこなした104番と、3分の2も達成できなかった72番は、夕方の餌を終えた途端すぐさま処置台にもたれた状態で全身を拘束され、アイマスクを装着される。
 そのまま拡張器具を挿入して固定し、またこの重さに苛まれるのかと暗澹たる思いを抱きながら夜の歩行訓練に向かうのが、ここ最近の日課だ。

 ちなみに、アイマスクは保管庫に戻るまでそのままだ。
 先週から始まった環境適応訓練と毎日の歩行訓練、そして日常でも基本的に四足歩行を強いられるお陰で、あれほど覚えの悪かった72番もようやく視界を覆われ電撃による命令だけで手足を運べるようになっていた。
 脚側歩行はまだまだ拙いが、それも時間の問題だろう。

(んうう……重いよう……餌食べたばかりで入れられるの、吐きそう……吐けないけど……)

 ぐっと喉を、胸を押される感覚に、72番は思わず顔を顰める。
 いずれは胃にまで届く『口枷』を入れると見学では説明を受けた。あの時はずっと先の話だとどこか他人事だったけれど、今感じている違和感は既に胸の随分下の方まで広がっていて、その日が決して遠くないことを予感させる。

(慣れちゃってる……最近あんまりオエッってならなくなっちゃった……)

 嘔吐きが無くなったのは口枷の素材から染み出る薬剤によるものだが、思考力を発情で奪われた72番には拡張により身体を変えられたとしか捉えられない。

 と、その時。
 下からぐっと圧迫感がせり上がってきた。
 思わず「んっ」と鼻にかかった声を漏らせば「お尻ほんっと好きだよね」とミツが笑う声が響く。

「そんなに気持ちいいの?メスはみんな膣の方が気持ちよさそうに鳴くのに」
「んうぅ…………」
「ん……?……ふふ、これは」

 それは、ほんの些細な奥の抵抗の変化。
 けれど毎日のように素体を弄っている作業用品なら誰でも気付く変化に、ミツの遊び心がくすぐられる。

(……まだここを抜いてアクメは決めてないよね。今なら……ふふ、僕が覚えさせてあげる。絶望に繋がる快楽を、ね?)

 手にした拡張器具を、奥の行き止まりに感じる部分まで挿入する。
 太さ6センチ、長さ27センチの長大なディルドは、後ろで遊び慣れている作業用品でも慣らしが必要な凶悪さだが、24時間常に何かしらで埋められている性処理用品にはそれすら必要としない。

 そのまま、ミツは何のかけ声も無く

(あー良い感じ、ここで先端を出し入れしたら気持ちよさそうだなぁ)

 快楽を妄想しつつ、ぐぽん!と音がしそうな程の勢いを付けて、一気に奥を貫いた。

「!!!??」

 突然の襲撃を受けた72番は、たまったものではない。
 とはいえ、ミツが挿入するときはいつもいきなりだから、入口に器具を宛がわれた段階で奥を貫く鈍い痛みへの覚悟は決めていたつもりだった。
 一度そこを抜ければ、多少の気持ち悪さはあれど痛みはそこまででも無くなる。後は奥に入っていく感触を、脂汗を流しながら耐えれば良いだけ。

 だった、はずなのに。

(え、あ、なにこれっ!?)

 知っているようで、知らない感覚。
 身体が強張り、ビクンと跳ねて目がぐるんと上転し、視界に星が散る。
 一気に身体の熱が上がって、けれど逆に深い深い沼の底に引きずり込まれるような感覚に襲われて。
 直感的に(これはまずい)と思った瞬間

 バチッ!!

「ひぎっ!!」

 全身に走る電撃で、72番は無理矢理正気に引き戻された。

(何……今の、何だったの……!?)

 まだ何となく残る痛みの余韻に顔を顰めながら、けれども未知の感覚に引きずり込まれなかったことに少しだけ安堵を覚えていれば、股間の方から「ふふ、残念だったねぇ?」と嬉しそうな声がする。

「あぇ……?」
「もうちょっとで決められたのにね、結腸イキ」
「…………ほえぇっ!!?」

「あれ?もしかして今の反応、あれが絶頂に繋がるって気付いてなかったの?なぁんだ、ちょっと残念」
「えぇ…………」
「でも、もう覚えたよね?奥を抜かれたら気持ちよくなること」

 ま、それなら次の機会にまた楽しんでね?と笑いつつ、ミツはいつも通り狂気じみた質量を腹の中に納め、泥濘をかき分けてそちらにもきっちりと蓋をした後シールドを装着した。
 モニターの向こうで見ているのであろう管理官により、装着した瞬間にシールドは股間に吸い付くように張り付き、どんな振動も中に伝えない鉄壁の守りと化す。こうなれば素体はもちろん、作業用品にも決して器具を外すことはできない。

(……あれ、絶頂しそうだったんだ……なんだかちょっと損したなぁ……)

 気のせいだろうか、拡張器具を抜かれた朝と違って、今はただ塞がれているだけだというのにどことなく気持ちよさが感じられる。
 さっき教えて貰った事を思い出し、そっと股間に力を入れれば、ほんのりと穿つ物体の形を感じて、ちょっとだけ熱が紛れ……けれどもっと強い刺激が欲しくなる。

 人は一度覚えた快感を忘れることは無い。忘れたくても忘れられない。
 ただでさえ快楽に貪欲な二等種ならばなおさらで、それこそ魂に刻み込むような懲罰と恐怖の力を借りなければ、自制など不可能であろう。

 案の定、あれが「快楽」だと教えられた72番は、まだ身体ではそのことを体感していないというのに、すっかり次の奉仕訓練に、そして拡張器具の入れ替えに期待している。

(明日、訓練の時に試してみようかな……)

 こうやって少しずつ、素体達は性処理用品に志願する前の快楽を取り戻して、さらに新しい快楽を教えられていくのだろう。
 己の快楽を追うなというのは、きっと奉仕を疎かにしてまで気持ちよさに耽るなという意味だったに違いない。だからノルマだけ達成していれば少しくらい自分で気持ちよくなるのは許されるだろう。

 明日はちゃんとノルマをこなしてから、そっとバレないように腰を振ればいいや……

 相も変わらず72番の頭は、楽天的で都合の良い理論を作り出していた。
 この時間の担当がヤゴであれば、懲罰は免れられずともそんな愚かな考えを言葉で諫めてくれただろう。
 けれど、残念ながら彼女の性処理用品にはあるまじき愚かさを罰するのは、他者の苦悶と絶望をこよなく愛する「普通の」作業用品である。

(もっと、もっと気持ちいいことを知りたい……いっぱい気持ちよくなりたい……)
(……なーんて思っているんだろうね。ふふっ、どうやってそのお馬鹿さんな頭を躾けたら良い悲鳴を上げるかな……)

((ああ、楽しみだ))

 72番とミツの心の声が唱和する。
 けれど、その指す意味は全く異なっている。

 近い未来に小さな楽しみを見出す72番と、同じ未来だが獲物の絶望という愉悦を見出すミツ。
 彼らの思考は、どこまで行っても交錯することは無い。


 …………


「あ、そうだ!奉仕訓練ノルマ未達成の懲罰がまだだよね」
「……!!」
「今日は……うーん、さっきのが期待外れだったし、これにしよっか」
「んう……?」

(忘れてて欲しかった……はぁ、今日は何だろう。鞭?電撃?それとも浣腸かな……)

 これ、と言われても視界を塞がれている72番にはミツが何を持っているのかさっぱり見当がつかなない。
 これまでの経験からそれなりに手酷い懲罰を受けるのは確実だが、正直今日の快楽を天秤にかけるならあのくらいの懲罰は我慢できそうだ。

 ――そんな甘い考えを、作業用品は、そしてその後ろにいる管理官は決して見逃さない。

「ふふっ、72番は気持ちいいのが大好きだもんね。きっと喜んでくれると思うんだ」と嬉しそうに囁く声と、思いもかけない感触が真っ赤な肉芽を襲うのは同時だった。

「んううぅぅっ!!」

(な、何っ!?うあああっ、これ、気持ちいいっ!!)

 温かくぬるぬるした柔らかい何かが、テカテカと光り震える先端を優しく撫でる。
 ずるり、と全体を舐め回す柔らかくて細い毛の感触……多分これは、筆だ。しかも敏感な場所に当ててもチクチクしない、上等な毛を用いた筆と見た。

 こしょこしょ、ぬるり。
 さわさわ……さわさわ……

 突然の優しい刺激に、この2週間あまりで更に大きく秘裂からはみ出した敏感な場所は、筆の撫でる感触に、更に時折軽く引っ張られる中心を穿つピアスの刺激にビクビクと震え、翻弄される。
 その度に甘さとはほど遠い獣のような呻き声が勝手に喉から絞り出されて、止められないし止めようとも思えない。

「んぉっ、おおっ、おほぉっ……!!」
「だいぶここも大きくなったよねぇ。元々感度は結構良かったけど、弄りやすくなったし……いっぱい気持ちが良いでしょ?あ、またピクンって震えた」
「んおおぉぉ!!」

 拘束具をガチャガチャと鳴らして、72番は処置台の上で全身をしっとりと汗に濡らし、突然与えられた甘美な快楽に悶える。
 ああ、誰かに刺激して貰うのは、自分で慰めるよりずっと、ずっと気持ちが良い……!

(しゅごい、これ、しゅごいいぃ……もっと、もっと、おねがいもっと、ああっこのままいかせてぇ……!!)

 調教棟に移送されて以来初めて与えられた、明確な快楽。明らかに絶頂を目指そうとする動き。
 飢えきった身体は貪るように刺激を飲み込み、身体に力を入れ、慣れた懐かしい高みへと上ろうとする。

「んおぉぉっ!あぉっ、はっはっ……んあぁぁ……!!」


(だめだよ……さっきだって……じゃない…………)


 ……どこかで何かを諫めるような小さな囁きが聞こえるが、気持ちよすぎてもう、なにも分からない。

「そろそろかな?ああ、良い感じに昇り始めた」

 モニタを眺めていたミツも、72番が絶頂へと向かい始めたのに気付いたのだろう。
 アイマスクの向こうでいつも笑顔を絶やさない口の端が更に上がって……目に、残酷な光が宿った。

「ふふっ、ねぇ、逝きそう?」
「おっ、おっ、おほっこぇいぐっいぐぅっ!!」
「うん、でもさ、忘れてない?」
「あんっあうぅもっいぐっ」


「性処理用品は、人間様の許可無く絶頂なんてしちゃダメ、だったでしょ?」


 その言葉の意味に気付くのと、72番の口から「あぎゃああああっ!!!」と醜い悲鳴が上がるのは、ほぼ同時だった。

(え……今、何が……!?)

 何だか酷い声が聞こえる。
 うるさいなぁ、と突然襲った衝撃の中でぼんやりと72番は思う。

 その声が、浴び慣れた懲罰電撃をよりによって連続で流され、痛みと痺れに泣き叫ぶ自分の声だと気付いたのは「あはははっ……!!」と興奮に上擦ったミツの笑い声が耳に届いた時だった。

(痛い痛い痛い……!!普段の懲罰電撃は一瞬だけなのに、なんで……!?)

 止まらない電撃には、身に覚えがある。調教棟に収容された次の日の朝に食らった懲罰だ。
 けれどあの時の懲罰は数秒の電撃と数秒のクールタイムを繰り返していた。いつまで経っても終わりのない拷問では無かったのに。

(助けて……お願い、もう止めて……!!)

 あまりの苦痛に目を見開き絶叫を繰り返す72番とは対照的に、ミツは今にも達しそうな表情で艶っぽいため息をつきつつ、72番に囁きかけた。

「あーもう、ほんっとお馬鹿で見すぼらしい……さっきだって食らったじゃ無いか、絶頂しかけたからおしおきを、さ?まぁさっきのは一瞬だけだったけど」
「!?」
「これはノルマ未達成の懲罰だからね。そりゃ重くもなるさ。確か72番の連続使用限界は……えええ、たったの35秒しかないの?もうちょっと頑張ろうよー」
「あひっ……あがっ……」
「そのうちどうやっても許可無く絶頂出来ないように加工されるから、こんな楽しみ方は出来無くなっちゃうんだよね。今はほら、まだ未加工だからこうやって」
「ひっ!!」

(いやっ、待って、やめてぇっ!!!)

 懲罰の衝撃がまだ覚めやらずぐったりしていると言うのに、筆は再び快感をパンパンに詰め込まれたクリトリスへと伸びる。
 無理矢理叩き落とされたと言っても熱が冷めたわけでは無い身体は、案の定あっさりと快楽に屈して72番の静止を裏切り、昂ぶり、弾けかけて……


 バチバチバチッ!!!


「いぎゃああああっっ!!!」
「……ふふっ、いーい悲鳴……ねぇ、もっと無様に泣き叫んでいいんだよ?ああ、こんなことなら口枷は懲罰の後にすれば良かったかなあ……」


 ……そうなれば、嗜虐者達の満面の笑みと共に無理矢理叩き落とされるしかない。


(そん、な……無理だよ、普段の懲罰と全然違うよ!こんなの続けたら、私死んじゃう……!)

 あまりにも暴力的な手法に、72番から血の気が引く。
 そして呆然としている身体に三度柔らかな筆の感触を感じた彼女は、今度こそ明確な拒絶を抱いて必死にもがき始めた。

「んうぅぅ!!やっ、らめえぇぇ……!!」
「はいはい、そんなに暴れたらベルトの痕がついちゃうよ?ま、直ぐ治るからいいけどさ」

(やめて、お願いもうやめて、あんなの、逝きそうになっちゃう!もう、電撃ずっとビリビリはやだあああっ!!)

 半狂乱で泣きじゃくり懇願する72番を「やめないよ、懲罰なんだから」とミツは涼しい声で一刀両断する。

「自分の快楽にかまけて、奉仕をないがしろにしたんでしょ?その報いはちゃあんと受けなきゃね」
「ひぃっ……!!」
「それに72番は気持ちよくなりたかったんだよね?だから、気持ちいい懲罰にしてあげたのさ。ほら感謝して、ね?」

 精々頑張ってね、とぐしょぐしょに汗で濡れそぼった72番の頭をそっとミツが撫でる。
 その所作は慈しみを感じさせて……そしてこれから嬲り尽くす獲物への期待に満ちていて

(ああ、この人の手は、温かいけど……恐ろしい)

 イツコとは違う、狂気の温もりに72番の震えがカタカタと止まらない。
 暫くそのままで静かな、けれど恐怖に覆われた時間が流れた後、ミツが応諾の声を上げた。どうやら管理官との話し合いが終わったのだろう。

「72番、管理官様が今回は初めてだから懲罰は20回、電撃は1回25秒で良いって。良かったね!僕はちょっと不満だけど、管理官様の指示だし仕方ないね!」」
「え……」
「それにさっきのも懲罰に含めて良いって。だから……後18回ね。ほら、もっと絶望に濡れた顔で泣いて、醜く叫んで、僕たちをもっと悦ばせてよ」
「……ぁ…………うぁ……」

 ぴとり、と粘液を纏った筆が敏感な先端に当てられる。
 ……それだけではない、アシスタントの作業用品だろう、頭側に誰かが回る気配がしたと思ったら、胸の小さな二つの飾りにも、股間と同じ柔らかい毛束が当てられて――

(だめ、3カ所一気になんて、経験が無い……!)

「や……いやあぁぁぁぁ!!!」

 喉が張り裂けるような慟哭と共に、懲罰という名の狂宴が始まった。


 …………


「いいなぁ楽しそう……コニーもやりたい……」
「うーん、流石に懲罰は担当以外にはできないよね……そうだ、管理官様に頼んでみたら?」
「!!うん、そうするっ☆」

 悲痛な咆哮が上がり続ける部屋の中、ぎょっとする104番の目の前でコニーは朗らかに管理官に向かって許可を申請する。
 だが流石に却下されたのだろう、実に残念そうに「つまんなーい……」と八つ当たり気味の鞭を104番の尻にぺちぺちと当て始めた。
 そんな個人的な理由で双球の近くを打つのは勘弁して欲しいが、訴えようにも目は塞がれているし、精々弱々しい抗議の唸り声を上げるぐらいしか104番に出来ることは無い。

(流石に何もしてないのに酷い懲罰は飛んでこない、と……人間様のお陰だな、こいつらだけで判断してたら製品になる前に壊されるに決まってる)

 にしても、と104番は快楽と悲嘆を混ぜ込んだ叫び声の上がる方に顔を向ける。
 きっとこの覆いの向こうでは、あの物覚えの悪い72番が絶頂への甘美な波に、欲しくて仕方が無い快楽に惨めにも逆らい、けれど逆らいきれずに上り詰めかけては、全身に走る痛みで叩き落とされる恐怖に顔を歪めているのだろう。

(……俺、本当にオスで良かったな)

 104番は再び己の性に感謝する。
 いくら射精したくても痛みで萎えてとてもそこまで昂ぶれないお陰で、あんな酷い目に――明らかにいつもの懲罰電撃と異なるのは、バチバチという音がいつまでも止まないことから明らかだ――合わずに済んだのだから。

 射精を禁じられてすでに2週間以上。
 性欲と違い射精欲は、我慢すれば何とかなるものでは無い。生理的に溜まるものは如何ともし難く、それこそ貞操帯に尿道テザーという二段構えで無理矢理封じられていなければ我慢などとても出来なかった。
 ……いや、封じられていても我慢の限界ではあるし、ふぐりはもう煮えたぎったマグマが詰まっているかのようにパンパンに張り詰めて辛いけれど、教えられた理不尽な痛みのお陰で最悪の結果だけは避けられている。

 オスとしての機能を奪われている屈辱は消えない。それでも、こんな聞いているだけでこちらまで痛くなるような惨たらしい悲鳴を上げるよりはずっとましだ……
 暗闇の中で104番はぶるりと身を震わせ、そして夜の気まぐれな調教師様がこの拷問に二度と興味を抱かないことを祈るのだった。


(……ま、いっか。どうせいずれ……ね☆)


 そんな必死の祈りを嘲笑うかのように、104番を見つめて微笑むコニーの視線には気付けずに。


 …………


(だめ……きもちいいの、ほしい……逝きたいよぉ、電撃怖いけど……はぁっ、でもっ、お腹がずくずくして……ここをとんとんして、ぐりぐりして……あああ、気持ちよくなりたい……!)

 あの後。
 数度気絶しながらも20回の強制寸止めという懲罰を終えた72番は、意識が朦朧としたまま何とか歩行訓練をこなして保管庫に収納された。
 カシャンとシャッターが閉まる音がして、けれど保管庫の明かりはまだついたままだから姿勢を崩すことも出来ず、誰もいない空間に蜜が滴る股間を晒してただひたすら身体を休められる時を待つ。

 ……そう、昨日まではそれだけ、だったのに。

(熱いよう……じんじんするよう……!)

 あれほどの懲罰を食らったというのに、さっきまで嬲られていた乳首とクリトリスがじくじくと疼いて仕方が無い。
 喘ぐ呼吸で上下する些細な胸の動きで揺れるピアスの僅かな刺激すら甘美な快楽に変わり果てて、けれど決定的な快楽を与えるには到底足りず、思わず姿勢を崩して無茶苦茶に腰を振りそうになってしまう。

 もしかしたら、筆で塗られた粘液には何かしら薬剤が混ざっていたのかも知れない。
 そうでなくても、限界まで昂ぶらされては叩き落とされるのを20回も繰り返された熱が、この小さな3つの蕾の中にはち切れんばかりに詰めこまれたのだ。しかも2週間でしっかり体力を付けたお陰で、訓練の疲れ如きではこの煩悶を誤魔化しようがない。
 唯一誤魔化せる手段だった痛みは欠片も感じられなくて、72番は初めて痛みが無いことに絶望する。

 そして、渇望を訴えるのは表の飾りだけでは無い。

 教えられたばかりの……いつの間にこんなに感じるようになっていたのだろう、女陰の奥に眠る子袋からの甘い疼きが止まらない。腹の奥の入ってはいけないところを無理矢理こじ開けられる感覚が、忘れられない。
 なのに、粘膜が張り裂けそうなほど内側を膨らませているにも関わらず、あくまでただそこに留置されているだけの拡張器具は、良いところをわざと避けるかのような中途半端な刺激しか産み出してくれない。

(ほしい、ほしい、ほしいっ……前も、後ろも、乳首も、クリトリスも……全部、全部触って、気持ちよくなりたい……!!)

 何も無い小さな檻の中で、72番は教えられたとおり背筋を伸ばして、股間を見せつけて、目は正面を見据えている。
 けれどその瞳に見慣れた光景は映らない。
 目の前に浮かぶのは、これまでに使い倒してきた数多の玩具達、そして……毎日のように訓練で、そして餌で目にする、熱くて硬くてボコボコと血管の浮き上がった「おちんぽ様」の姿で。

(ああ……あれなら……きっと、この中をもっと気持ちよく出来るのにぃ……!)

 くい、くいっと無意識のうちに腰が空を切る。
 わずかな動きでもいい、奥に刺激が欲しいと腰を振るも、入口を限界まで開き隙間無く詰め込まれた上に固定用の魔法がかかったシールドで覆われた股間は、腰を振る振動すら奥に伝えてくれない。

 全ての拡張器具は素体の計測データに合わせてオーダーメイドで作られていて、あらかじめチェックしてある性感帯をことごとく刺激しないよう微妙な凹凸がつけられている。
 だから、万が一振動が伝わったとしても望む刺激が与えられる事は無い。

 色を帯びた息遣いだけが響く部屋に、カチッとと小さな音が混じり、部屋の中が暗闇に包まれる。
 普段なら消灯時間になるや否や床に倒れ込み睡魔に襲われる72番であったが、ただでさえこの2週間完全に忘れていた快楽を思い出した上、懲罰を使って余分に高められた身体では、とても眠気など襲ってこない。

『痛みがある方が、気が紛れていいんじゃないか』

 ここに収容された日に、ヤゴから投げかけられた言葉が頭を過る。
 痛いのは確かに辛かった。けれど、痛みが去った後に襲いかかる抗いがたい性への衝動、この狂おしいほどの渇望は、常に懲罰の危険をはらんでいる分、今となっては確かに痛みよりずっと辛く、タチが悪い。

『消灯した後に、床に腰を擦り付けるくらいはやっても良いよ?』

 囁きかける甘い誘惑は、ああ、これも調教師様に言われた言葉だった――

(…………調教師様が良いと仰ったのだから……いいんだよ、ね?)

 暗闇の中おずおずと、けれど迷い無く72番は床に腰を下ろす。
 正座を崩してぺたんと座り込んだ姿勢で、奉仕訓練の時のように手を頭の後ろで組んで、今日覚えたばかりの気持ちいい動きを……床にシールドで覆われた泥濘を、そして会陰を押しつけ、ぐっ、ぐっと前後に動かせば、ほんのりした気持ちよさが胎にじゅわんと拡がり、頭の中がふわりと白くなる。

 ――だが、それだけだ。
 この程度の気持ちよさでは、渇望の一欠片すら満たせない。

 必死に腰を動かして微細な快感を貪ろうとしても、そもそもはち切れそうな膀胱からの尿意が、限界まで拡張された肛門からの便意が、優しい快感をかき消してしまって、とてもじゃないが素直に感覚を味わえたものでは無い。
 最初に比べれば尿意も便意も随分慣れて、快感にはならずとも多少は気にせずに動けるようになった。けれど感覚が消えるわけでは無いから、こと快楽を堪能しようとすると途端に大きな障害物となって72番の期待を打ち砕いてくる。

(んっ……足りない……こんなのじゃ、ぜんっぜんたりないぃ……!!)

 だから飢えた頭がより多くの、より鮮烈な快感を求めるのは自然なことだろう。

 はぁはぁと甘い吐息を涎と共に零し目を潤ませながら、72番は無意識に手を伸ばす。
 右手は股間に、そして左手は胸の飾りに。
 すっかり痛みが消えたイイトコロを弄くれば、なんならピアスをちょっと引っ張るだけでも、きっとこの疼きは紛らわせるはず。絶頂の懲罰は怖いけれど、その手前で止めれば……このくらいなら……

(…………あ、れ……?とどか、ない……?)

 淡い期待は、しかし後ちょっとと言うところで裏切られる。

 漆黒の闇の中とは言え、流石に自分の身体なのだ。しかも今まさに刺激を求めて切ない叫び声を上げている場所が分からないはずが無い。
 なのに、伸ばされた指先はあるはずの物に触れない。じくじくと切なさを伝える肉芽にも、慣れた刺激は届かない。

(え……なんで……)

 戸惑いながら、72番はそっと下腹部に手を当てる。
 すべすべした感触を感じながら、徐々に手を下に下げて、あと少しでぷっくり膨れ上がった割れ目の突起に触れる……はずなのに、それ以上手が動かない。
 胸も同じだ。丸いカーブを描いた膨らみには触れられるのに、ある一点から中心には近づけない。

(まさか……触ることが、出来ない?)

 なんで、どうして、さわりたいのに。
 発情仕切った頭は、訳も分からずただそれだけをぐるぐると叫び続ける。

 ほしい、きもちいいの、ほしい
 なんとかして、ここをきもちよくしたい……!


 てがつかえないなら、せめて、なにか


「……んぁっ……!!」

 ちゃり、と股間から鎖の音が聞こえる。
 腰を少し浮かせてクカクと激しく振れば、揺れるピアスの動きが小さな快楽を産み出す。
 手探りで見つけた壁に胸の先端を押しつければ、ひんやりした感触が気持ちいい。
 そのまま上下すれば、これまたほんのりした気持ちよさが頭に送り込まれる。

 けれど、足りない。
 小さな振り子の力では、思うような刺激は得られないし、こんなツルツルした壁で先端を擦ったところで何の足しにもならない。
 ああ、せめて壁がもっとざらついた材質なら、もしくは今日の懲罰のようにふわふわしていたら、もっと、もっと気持ちよくなれるのに……!!

「はぁっ、はぁっ、んああっ……んおぉぉ……!!」

 72番は狂ったように報われない動きを続ける。
 このままどれだけ続けたところで満足などできない、それは分かっていても、一度刺激を受けた身体はこれでもいいから寄越せとばかりに、飽きもせず同じ動きを繰り返す。

(……もっと……もっと気持ちよく……ああっ、もどかしいっ、足りない……!)

 あまりの辛さに溢れる涙は快楽と取られたのだろうか、懲罰の雷は落とされない。
 なまじ体力のついた身体はそうそう簡単に疲れることも無く、72番がようやく疲れて倒れ込むように眠りについたのは起床のベルが鳴る1時間前だった。


 …………


「昨日、手で慰めようとしていたな?」
「……うぅ…………」
「しかも明け方まで壁に乳首を擦りつけていて、起床できず懲罰を食らったと……睡眠不足はノルマ消化に響くぞ?昨日もミツに懲罰を貰ったんだろう、この調子じゃ……ま、今日も覚悟しておけよ」
「ひっ……」

 次の日の朝。
 訓練室へと向かう道すがら、ヤゴが昨夜の痴態を咎めてくる。
「自慰は禁止と言っただろう?やれやれ、余計な手間が増える」とため息をついているのだろうヤゴの方に顔を向ければ「ちゃんと前を向いて歩け」と尻に鞭が降ってきた。

「……その枷は、ただ鎖で拘束するために着けている訳じゃない」

 アイマスクの下で寝不足の目を潤ませ、結局冷め切らない熱に耐えかねて時折尻を振っては「しゃんと歩け」と鞭打たれつつ四つん這いで歩く72番に、ヤゴは枷の用途を説明する。

 手足に装着された金属の枷は首輪と連動していて、装着者が性感帯に触れようとすると運動神経に作用し、決して触れられないように身体の動きを止めてしまうらしい。
 製品として人間様の前に出ることになれば手足の枷に鎖を付けるのは必須となるが、まだ訓練中の素体の場合、特に手枷は訓練によって前後に付け替える必要が出てきて煩雑なため、鎖が無くとも勝手に自慰をしないように魔法を付与することで対応しているのだそうだ。

(それなら鎖はいらないんじゃ……保管中だってわざわざ床に繋がなくても……)

 ふと、以前リモコンで枷を操作されて強制的に様々な姿勢を取らされたことを72番は思い出す。
 あのリモコンは、魔法が使えない二等種が擬似的な魔法を使うための装置のようだ。つまり人間様なら誰だって二等種の枷を自由に操作できるはずなのに、と首を傾げれば、ヤゴもかつて同じ事を考えたのだろう「だが鎖は必要だからな」と念押しした

「二等種は人間様に害を為すモノだ。いくら無害化されていると言っても、一般の人間様は実際に性処理用品が作られる過程を知らないからな……見える形での安心材料なのさ、鎖ってのは」

 後はお前のような聞き分けの無い素体にわかりやすい形で教えるためでもある、とヤゴは続けて72番に懲罰を宣告する。
「製品になったときの予行演習にもなるから、まあ悪くは無いんじゃないか」と付け加えながら。

「72番、勝手に自慰をした罰だ。今後出荷まで保管庫では後ろ手に拘束、足も鎖をつけたままにする。また消灯後10秒以内に身体を床に横たえない場合、懲罰電撃を流す」
「!!」
「ああ、朝は起床のベルが鳴る3分前には起き上がれるように調整されるからな。何年もこのリズムで生きているんだ、もう起床の時間は身体に叩き込まれているだろう?……ん?無理ならまぁ、頑張って身体で覚えるんだな。お前はその方が得意だろうが」

(3分って、いくら何でもそんなの分かる訳ないじゃない!!)

 無茶苦茶だと嘆きつつも、彼女に許された答えは是しかない。そもそも懲罰になることをしたのは自分なのだから。
 渋々首を縦に振れば、ヤゴは「だから自慰は禁止だと最初に言ったんだ。何もしなければ出荷までは楽な姿勢で寝られたのに……いいか、自慰も勝手な絶頂も性処理用品には重大違反だからな、二度とやるなよ?」とこんこんと言い聞かせつつ、72番を訓練室へと引きずっていくのだった。


 …………


(明日は絶対ノルマを達成しないと……棺桶送りだけは嫌ぁ……!)

 案の定、72番は寝不足と久々に戻ってきた渇望のお陰で今日も奉仕訓練のノルマに達せず「明日も未達成なら『棺桶』にお泊まりしようね」と清々しい笑顔でミツに宣告される。
 流石の72番もこの言葉には震えあがり、これは快楽にかまけている場合ではないとその場では心に誓うのだが、いかんせん久々の快楽の魔力は抗い難いものがあるようだ。

(でも……今日はちょっと触りたい気持ちが楽かも。訓練でいっぱい気持ちよくなれたからかな?)

 保管庫の中で、72番は今日の奉仕訓練を反芻し、へらりと相貌を崩す。
 やはり『おちんぽ様』で中を抉って貰うのは格別だ。訓練は真剣にやる必要があるが、ノルマさえ果たすなら少々気持ちよくなっても大丈夫、とすっかり快楽に溺れた頭はさっき宣告されたばかりの『棺桶』の恐怖すら傍に置いて、相変わらず都合の良い言い訳を繰り返す。
 しかも、今の72番ではどの孔を貫かれてもそれだけで絶頂することは難しい。
 だから多少の不満は残しつつも、懲罰の心配をせずに消えない渇望を癒やすには奉仕訓練は絶好の時間だとすら思っていた。

(これなら……毎日中に何か詰められるのも、悪くないかも。前もちょっと気持ちよかったし……ああ、どうせならこの詰め物もずっと動いてくれたらいいのになぁ……)

 拡張器具の挿入時に、昨日味わい損ねた奥を抜かれる気持ちよさも実感できた。
 明日は訓練の時にも上手く当ててみよう。人間様の好む激しい動きでは無いけれど、入れる時に味わった上で後はしっかりご奉仕すれば大丈夫だろうから。

(……ふふ、明日が楽しみだなんて思える日が来るなんて……)

 訓練でちょっとだけとはいえいただける快楽を思えば、夜の渇望も何とか我慢できそうだ、と72番の塞がれた口の端が僅かにあがる。
 二等種になってからすっかり忘れていた明日への期待に彼女がつい舞い上がってしまうのは、仕方が無いのかもしれない。

(にしても、今日は懲罰が無くて良かったあ……管理官様、もしかして忘れてたのかな?)

 そう言えば、何故か今日はノルマが未達成だったにも関わらず、覚悟していた懲罰も無かった。
 強いて言うなら保管庫への道すがらミツに「本当に身体で言い聞かせるしかないんだね、これ……まあ今日から夜は寝られると良いね」と不思議なことを言われただけ。

 もしかしたら、明日になって忘れてた懲罰を与えられるのかもしれないけれど、とりあえず今は何も無かったことを喜ぼうと、72番は再び快楽の記憶に耽溺するのだった。

 ――訓練とは言え、奉仕を怠り己の快楽を優先した性処理用品が、何のお咎めも無しで終わるはずが無い。
 その事を72番は消灯して横になった瞬間から思い知る羽目になる。


…………


『消灯後の横臥を確認しました。刺激を開始します』
「えっ」


 それは、暗闇に響く突然の音声と共に始まった。

(何これ……全部、ちょっとだけ気持ちいい……!?)

 これまでどんな玩具でも感じたことの無い、不思議な感覚。
 乳首が、クリトリスが、まるで内側からじわじわと刺激を受け続けているようだ。
 気持ちよくて、でも身体の熱を慰めるにはあまりにもささやかで、もどかしさだけが積み重なっていく快感――

 じゃらり、と背中で音がする。

(あ……今、私……)

 その音で72番は、自分が更なる快楽を求めて手を前に回そうとしたことに気付いた。
 ああ、鎖で繋がれていて良かった、でなければまた昨日と同じように虚しく手を動かすところだったと一瞬思うものの、これでは何の解決にもならないことに思い至り、愕然とする。

(あああ……もっと、刺激が欲しい……壁……無理、電撃……そうだ、床なら……っ!)

 更なる快楽を欲して、72番は不自由な身体を何とか捩りうつ伏せの体勢を取る。
 けれど手が使えなければ、身体を浮かせて乳首を床に擦りつけることなど到底出来そうも無い。
 一旦体勢を立て直そうにも、既に消灯した保管庫の中ではヤゴの「消灯中は横になっていなければ懲罰」という宣告と、絶頂を企んだ懲罰として与えられた電撃の恐怖がちらついて、身体を起こすなんて自殺行為はとても取れそうに無い。精々横向きに戻るのが関の山だ。

(ひっ!?な、なんで……なんでっ、中まで気持ちいいの……!?)

 しかも、内側からの刺激は乳首とクリトリスだけに留まらない。
 覚えたての二つの奥の気持ちいいところも、さっきからずくずくと甘い、けれどかすかな刺激を与えられていて、もっともっと強い刺激が欲しいと無意識に悩ましく腰を振ってしまう。

「はぁっ、はぁっ、うぐっ……んううううっ……!!」

(きもちいい、きもちいいっ……!でも、こんなのじゃ、辛いだけだよぉ……!!)

 混乱した頭は、直ぐに渇望に飲み込まれる。
 気持ちが良くて無視は出来ない、けれど絶対に絶頂に向かう波には乗れない程度の刺激は全く止まる気配が無く、時間が経つにつれてただでさえ回らない72番の思考を削り取っていく。

 ピアスやディルドに流せるのは、懲罰電撃だけでは無い。
 電気刺激の種類や強弱パターンはかなり自由に選択することが出来て、例えば昨日のように周りの筋肉を刺激して無理矢理収縮させることも、今の72番のように微量の刺激で性感だけを刺激することも可能だ。

 初期管理部から引き継がれたデータにより、素体達の性感帯や絶頂までのパターンは全て分析済みである。
 そして、懲罰は必ず明示的に与えられるものばかりでは無い。一応懲罰の宣告は必須と定められているものの、素体に分かる形で伝えろとは一言も書かれていないのだから。

『今日から夜は寝られると良いね』

 何気なく発せられたミツの言葉が、まさかの懲罰宣告だったなんて72番には気付けない。
 ただ突然始まった拷問にしか思えない中途半端な刺激に(まさか、これからずっとこんな状態で寝るの!?)と戦慄し、それ以上にどうしようも無い疼きを慰めようとくぐもった声で切なさを訴えながら、芋虫のようにくねくねと身体を揺するだけだ。

「んううぅぅぅっ!!んあぁぁっ!!」

(足りない、足りないよぉっ!!もっと、もっとゴシゴシして!!お願い、こんなの狂っちゃう……!!)

 身体を揺すれば、それだけ張り詰めた膀胱を刺激して痛みにも似た鋭い感覚に「おごっ!」と汚い声が漏れる。
 これも快感に変われば楽なのにと嘆いたところで、尿意は所詮尿意だ。残念ながら72番が今まさに欲している、本来快楽を得る器官からの快感にはほど遠い。

(……こんなに、気持ちいいのに)

 もっと、もっとと叫び、何とかして更なる刺激を得ようと足掻く72番は、熱に浮かされた頭の片隅でまるで他人事のような思考の囁きを聞く。

(こんなちょっとだけでも……全然違う。お尻とも、おしっこの穴とも違う……溶けちゃいそうな気持ちよさ……これ、いいっ、いいけど……物足りなすぎて辛いよう……!)

 ああ、なんであんなに膣を怖がってしまったのだろう。
 最初は痛いって言うけど、ここに来たときの処置は痛くなかった。きっと人間様にお願いすればあの頃だって痛みを感じずに、そしてあの頃なら存分に中を押して、抉って、揺すってこの気持ちいいをとことん堪能できたのに!

 後悔しても後の祭り、とはまさにこのことだと72番は痛感する。
 人間様がおこぼれで与えてくれる快楽を待つしか無いと初日にヤゴに告げられた現実が、あの時とは別の意味で重くのしかかる。

(……中で絶頂するのは、きっと、何より気持ちよくて幸せなはず……)

気づいたところで、もう自らの手では決して叶わない、幻の絶頂。

(でも、製品になれば)

人間様からおこぼれはいただける、とヤゴは言っていた。
少なくとも製品にさえなれれば、この熱をなんとかしてくれる日はきっと来るはず――

(ほしい、もっと、ほしい……!)

 72番は二度と許されない自由な慰みに思いを馳せ、未だ知らない悦楽を人間様から与えられる日を思って嘆く。
 熱は引かない。『今日』の終わりはまだやってこない。

(ごめんなさい、ごめんなさい……勝手に気持ちよくなって、ご奉仕をサボってごめんなさい……!)

(ちゃんとご奉仕、します……だから人間様……お願いします、もっと気持ちよくして……こんなのじゃ辛いです、お願いです逝かせて下さいっ……!!)

 いつしか、快楽への渇望は絶対的強者への謝罪と懇願に代わる。
 数時間後、72番は首輪から発動した梱包用の意識低下魔法によって刺激はそのまま、無理矢理肉体の休息だけを取らされたのだった。

 ――痛みというある意味の慰めを失った今、しばし忘れていた彼女の『熱』が引く日は、生涯二度と訪れない。

 次の日の朝「懲罰は楽しかったか?お前が自分の快楽を捨てて真面目に奉仕できるようになるまでは、毎晩これだからな」と昨夜の種明かしをされた72番は、この熱を昇華してくれる唯一の希望となった人間様への依存を更に深め、1週間も経つ頃には目の前の訓練器具に心から奉仕するようになっていくのである。

© 2025 ·沈黙の歌 Song of Whisper in Silence