第14話 Week5 絶頂管理機能実装
……いつからだろう、保管庫の外でも手足の鎖を外される機会が極端に減ったのは。
昨日は移動時の手枷が前後に付け替えられただけで、結局ずっと拘束されたままだったなと訓練の時間を待つ72番はぼんやり思いを馳せる。
(どれだけ私達は……人間様に恐れられているんだろう……)
こんなに厳重に拘束をしなくたって、もう逃げない、逃げられない事は自分が一番分かっている。
人間様だってそれは同様だろう。少なくとも二等種の管理に関わっている者であれば、性処理用品がどれだけの手間をかけて無力化されているか、よく知っている筈だ。
だからきっと、鎖をつける時間が増えたのはこれからの……製品として地上に出られる日に向けた慣らしが始まったということ。
『見える形での安心材料なのさ、鎖ってのは』
いつだったかヤゴが教えてくれた言葉を、彼女はふと思い出す。
ヤゴ自身も納得していない様子ではあったが、どうやら利用者である地上の人間様は自分達が思っている以上に二等種を恐れているらしい。
それならいくら知らない前世の大罪を償わせるためとは言え、わざわざこんなに手をかけてまで性処理用品として利用しなくてもいいだろうに。それこそ生涯人間様とは接触の無い場所で働かせた方が、お互いにとって幸せになれそうな気さえする。
(ああ、でも二等種は……幸せになっちゃ、ダメなんだっけ……)
とかく人間様の考えることは、難しくてよく分からない。
(分からないけど……きっとこれが、人間様にとって一番良い使い方なんだ)
今の状況を納得させるように、72番は己に言い聞かせる。
例え彼らの深遠な思考が理解できたところで、自らの立ち位置が変わることは無い。ならば疑問を持つだけ無駄であると。
(それなら、せめて……はぁっ、早くご奉仕させて……頑張りますから、んうっ……お願いします、どうかご褒美を……気持ちよく逝かせて下さい……)
この小さな空間での思考は、いつも渇望に飲み込まれ、まだ見ぬ地上の人間様への懇願となって終わる。
近い将来、製品となっておこぼれの快楽をいただける日を夢想しながら、72番は目の前の閉ざされた檻を虚ろな瞳で眺めていた。
…………
いくら国が保障しても到底拭いきれないほど、二等種に対する根深い怨嗟とその根底にある恐怖は人類の本能に刻み込まれている。
教育が助長している面があるのは事実だが、例え何も知らされなくとも人類は二等種を本能的に恐れ毛嫌いすることは、数百年前に酔狂な国が行った人体実験で証明済みだ。
だからどれだけ無害で従順に『作られ』ようが、実際に利用してその無力さを何度体感しようが、彼らが本当の意味で性処理用品の安全性を信用できる日は来ない。
工業製品ですら品質への信頼が存在するというのに、公的な品質証明が付随してすら信じて貰えない存在。
世界の全てから拒絶され、否定され、あらゆる性的欲望と支配欲の受け皿としての役割を疑われながらも辛うじて許されているだけ。
それが二等種というモノである。
だが概念として地上の人間様が持つ二等種への感情を習っていても、地下に『保護』されている二等種達はほとんどがその現実を知らない。
ましてや、世界の悪を煮詰めたような存在だと言われる自分達より醜悪なものが地上で待っているだなんて、思いつきもしないだろう。
(ああ……早く、人間様にご奉仕して……ご褒美を頂きたい……)
性欲という本能を全てにおいて優先するように作られた彼らは、性処理用品として『志願』後1ヶ月以上にわたる焦らしと自慰及び絶頂の禁止により、思考形態の歪みすら認知できない程に追い詰められている。
だからこそ、素体達は絶望の中でも快楽という唯一かつ刹那の褒美を得たいが為に、まるで一筋の蜘蛛の糸をたぐり寄せるかのように地上を目指す事が出来るのだろう。
だが地上に出た後に、彼らは例外なく二度と戻れない過去を懐かしみ、多少の美化を加えながら、地上に出たいと思ったこと自体を生涯後悔し続けるのだ。
「ああ、確かに私達は、あの無機質な箱庭で保護されていた」と――
…………
カラカラと小さな音を立ててシャッターが開く。
檻の向こうに立つ草色の髪が視界に入った瞬間、72番は「あぉ……っ!!」と掠れた声を上げた。
……首輪で「呼ばれる」前に返事をすれば、ひとつ痛い思いをしなくて済むから。
「んぐっ…………ふっ……」
檻の扉が開く音と同時に放たれた首輪の電撃を合図に、開けられた扉の前までいざり寄る。
股間に繋がった鎖が地を這う音が響く中、敏感な所を引かれる刺激につい熱っぽい声を上げそうになり、彼女は慌てて嬌声を飲み込んだ。
調教師様の、そして人間様の許可無く快楽を貪るのはいけないこと。今は自分が気持ちよくなってはいけない時間だ。
「はぁっ、はぁっ……」
これだけ詰め込まれた身体では基本姿勢を取るのも(慣らされたとはいえ)かなり苦痛は強い。二本足で歩くとなれば尚更だ。
できることなら保管庫の中でも手を使って歩くことを許して欲しいが、おそらく保管庫では手枷を前に繋ぎかえることを禁じられているのだろう。だから、こうやってのろのろといざり寄るしかない。
維持具を挿入して多分数日が経ったのだろうが、72番はここにきて全ての移動が四足歩行になっていたことに、少しだけ感謝の気持ちを覚えていた。
(早く、早く、繋ぎ替えて……お願い、首輪に鎖をっ繋いで下さい……!)
浅い息を繰り返しながら、保管庫の外ですかさず基本姿勢を取った彼女は、じっとその時を待つ。
維持具により胃を、拡張器具により肛門から大腸までと膣を、そして己の尿により膀胱を限界まで拡げられたお陰で、あらゆる臓器が横隔膜を押し上げ呼吸苦を生じさせる。
これでは折角の呼吸孔も意味が無いと最初の頃は嘆いていたが、何のことはない。これはあくまでも四足歩行で移動することを前提とした処置だったのだ。
「…………」
あの日以来、この空間に言葉は無い。
聞こえるのはヤゴが手枷の鎖を前に付け替える、じゃらじゃらという音だけだ。
カチッ
首元で鎖の繋がる音がすれば、すぐさま72番は床に這いつくばった。
重力と共に内臓がずれ、ようやく圧迫感から解放されたと思ったら、すぐに臀部にぺしん、と鞭が振り下ろされる。
これが全身の合図だと頭で認識する前に、彼女の「前足」はぺたりと床を踏みしめていた。
…………
ぺたぺた…………ぺたぺた、じゃらじゃら……
72番はいつものように、訓練室までの道を這っていく。
今の自分に許された「機能」は、隣に感じる調教師様の動きと首に繋がれた鎖のテンションに集中して、真っ暗な視界の中全ての指示を委ね、ただ命令通りに動くだけだ。
「………………」
道中はいつも、72番が時折不安を覚えるほどの静けさを保っている。
視界を遮られているから聴覚は鋭敏になっているというのに、調教師様以外の生き物の気配はどこにも感じられない。
今では何かとお小言を繰り返していたヤゴも、人の背中に鞭を当てながら興奮しきった掠れ声で煽っていたミツも、この維持具を入れられた次の日からは訓練室以外での無言を貫いている。
お陰でペタペタという素足の小さな足音が無ければ、まるでただ一人無機質な空間の中に放置されたような心許なさに囚われてしまう。
(…………ああ)
静寂はいけない。
頭の片隅で鳴り響く思考がどんどんと膨らみ、深い深い絶望の沼にじわじわと引きずり込まれ、存在が蝕まれていく。
だというのにこの心はまだ何かを無意味に期待し、絶望し、ありとあらゆる負の感情を身体一杯に満たしている。
――もはや、そんな物ででも満たさなければ己が消えてしまうとでも思っているのだろうか。
(私は……モノ……これはただ、モノを搬送しているだけ)
その言葉がぴったりだなと無感情に頭の中で自嘲する72番の瞳は、あれ以来すっかり濁ったままだ。
もう、何も考えたくない。何も感じたくない。
なのに訓練は淡々と繰り返され、無気力であることは決して許されない。
中途半端に作り替えられた心身は、日夜絶えず与えられる「動けてしまうように慣らされた」苦痛と、そんな状況でも無視できずしかし絶頂にはほど遠い甘い刺激に、最早耐えられないと悲鳴を上げ続けていた。
(モノだというなら……もう辛さを感じないようにして欲しいよぉ……っ!)
そんな嘆きが、判断を鈍らせたのだろうか。
強めに引かれる首輪の感触に(しまった)と思った瞬間には既に全身に懲罰電撃が流されていて、72番はたまらず「うがっ……!!」とくぐもった叫び声を上げてその場に倒れ伏した。
「ふうぅっ……うぐぅ……」
ああ、厳しくなったのは懲罰基準だけじゃないと、頭の片隅で嘆き声が響く。
明らかに維持具の挿入以来痛みを増した電撃に、72番はもはや自分には些細な失敗すら許されない存在なのだと思い知らされるのだ。
生き物では無い、ただのモノだから、人間様の要求に対して寸分違わず正確に動かなければそれは失敗作――つまり『棺桶行き』だと宣告されているようにすら感じて、途端にあの日の恐怖が鮮明に蘇る。
(いや……あそこに行くのだけは、絶対にいや……!!)
「ったく……また余計なことを考えていたな。集中しろ」
「あ……あひ…………」
毎日聞いているはずなのに、随分と久しく感じる声が上から降り注ぐ。
(ああ、調教師様がいる)と72番はその感情の乗らない声にどこかホッとした様子で、繰り返される電撃に呻き声を上げつつ体勢を整えた。
泣きたいほどの痛みだというのに、アイマスクが濡れることは無い。たった数日だというのに、この身体はもう維持具が入っていればどんなに苦痛や快楽を感じても、またどんなに感情を揺さぶられても、涙を零すことを忘れてしまったようだ。
ぺしん
「!!」
また、尻に鞭が飛ぶ。
グズグズしていればまた懲罰だと瞬時に判断した72番は、まだ電撃の痺れの残る身体を痙攣させながらも再び歩き始める。
(歩く、歩く、集中……歩く)
「ぐっ……」
今は頭の中のおしゃべりも聞こえない。先ほどの電撃で霧散したらしい。
72番はただ、調教師様の動きに集中して、手を、足を、前に運ぶだけ。
これ以上の懲罰は嫌だ、電撃は痛い、棺桶は怖い……ただそれだけが72番の思考を単純化させ、モノとして振る舞わせている。
(歩く、歩く……曲がる、右15度……)
ぺたぺた、じゃらり。
二体の足音と、鎖の音、そしてわずかな空調の音だけが72番の世界の全て。
――そんな中、バチッと聞き慣れた音と小さな呻き声、そして
「……申し訳ございません、管理官様」
苦しげな声色で謝罪を口にするヤゴの声は、72番の耳には届かなかった。
…………
「あら、懲罰?派手に食らったわね。首筋が赤くなってるわよ」
「途中で命令を無視した時に、うっかり口で注意してしまってな……いてて……」
「ははっ、流石は『仏のヤゴ様』だな。あんまり情けをかけていると、棺桶に放り込まれるぞ?」
「気をつける。まぁ、結果を残していれば棺桶までは大丈夫だろうさ」
「へいへい、全くヤゴ様は優秀であらせられる!流石はイツコの弟子だよなぁ」
「弟子言うな」
(……ああ、あっちの世界が、眩しい)
いつものようにこの重苦しい器具が抜かれるのを期待していたというのに、どうやら今日の訓練はいつもと違うのだろう。
作業用品達は72番と104番を床に仰向けで並べ、軽口を叩きながら拘束を施していく。
その間、こちらと目を合わせることは無い。それだけで立場の違いを――モノとしての格を見せつけられているようだ。
「よい、しょっと……」
首の後ろから何かの器具を耳に引っかられた後、上半身を床に縫い止め、足は股間を見せつけるようにM字開脚の状態で固定される。
拘束状態を確認すると、更に全身に電極の付いた粘着力のあるパッドを貼り始めた。
小さい頃に祖母が使っていた、肩こりに効くというパッドみたいだなと72番が眺めていれば「準備いいわね」とイツコがすっとリモコンを取り出す。
だがその様子に慌てたヤゴが「……おい待て、まだ訓練内容を話してない」とイツコを制した。
「はあ?あんた、さっきうっかり会話して懲罰を食らったばっかりなのにまだ説明する気なの!?懲りないわねぇ、5週目以降の訓練は説明してもどうしようも無いでしょ」
「まぁ、それはそうだが……」
「「!?」」
(いやいや、せめて内容を聞かせて覚悟くらいさせろよ!!)
(そんな……もう訓練でも喋って貰えなくなるの……?)
104番は怒りを、72番は悲しみを。
イツコ達のやりとりに、素体達がそれぞれの感情を顔に浮かべれば「お、いいねぇこのショックを受けた顔」「こっちはまだ突っ込む余裕がありそうだな」と作業用品達がニヤニヤしながら何かをモニタに打ち込んでいる。
どうやら今の反応で現時点の従順性を確認したらしい。間違いなく懲罰点が付いたな、と104番は心の中でため息をついた。
……大丈夫だ、このくらいなら。あれ以来表だった反抗はもうしていないのだから。
「ええ……はい、しかしこの個体は…………その方が良いと……」
イツコに促され暫く管理官とのやりとりを行った後、ヤゴが感謝の言葉と共に頭を下げた。
一方でイツコは「ほんっと、あんたは優しすぎるんだから……」とヤゴの頭をわしわしと撫でつつ呆れた声を上げる。
「説明自体は禁止されてない。必須でもないだけだろう?だから俺は……せめて通じるうちは、な」
「はぁ、あんたという子は……『覚醒』してないのは仕方ないにしても、もう少し非情になりなさいな。情に厚すぎるのはここじゃ……すぐ壊れちゃうわよ」
「……じゃあ、始める」
「ちょっと!…………もう」
イツコの忠告をさらっと聞き流し、ヤゴは床に貼り付けられた素体に向き直る。
そして、新たな訓練の内容を……ある意味では彼らが最も聞きたかった言葉を口にした。
「今日から暫くは、絶頂管理訓練を行う」
…………
(……え、待って待って、今絶頂って!?もしかして、訓練で絶頂出来るの!?)
絶頂。
ずっと欲しかった言葉に、72番は実に分かりやすく反応する。
何せこの熱を発散させる機会はずっと先、製品となり人間様に使って頂けるようになってからだと思っていたのだ。まさかこんな唐突に「ご褒美」をいただけるだなんてと、興奮するのも無理は無い。
(やっとスッキリできる、楽になれる……どうせすぐ元に戻るけど、でもっ……待ってたのぉっ!!)
72番の目が喜びと久々の快楽への期待にどろりと蕩ける。
苦痛では無く興奮で荒くなる吐息は熱を帯びていて、もし彼女に尻尾が生えていたらきっとちぎれんばかりに激しく振っていたであろう。
「…………なぁ、俺は判断を間違ったか?」
「むしろ持ち上げてから落とすには良かったんじゃ無い?流石は担当ねぇ」
一方で、作業用品たちは思いもしない反応に一瞬固まっていた。
さっきまでの淀んだ視線はどこへやら、期待の眼差しで見上げる72番にさすがのヤゴも困惑が隠せない。
ややあってハッと正気を取り戻したのだろう、ヤゴは「俺は別にお前に期待を持たせるために説明をするわけじゃ無いんだがな」とどことなく疲れた様子でじっとりした目を72番に向けた。
「……お前はそろそろ学べ」
「んぉ?」
「んお?じゃない。よく考えてみろ、これまでの訓練でお前ら素体がいい思いをしたことが一度でもあったか?」
「…………!!」
「……っ、おお前なあ、なんですっかり忘れてましたって顔してるんだよ!あれか、お前の脳みそは筋肉ですらないのか!?それとも最初から入って無かったのか!!?」
「あぉ…………」
(だって!!そんな、こんな状態で逝かせてもらえるなんて言われたら期待しちゃうじゃない!!)
珍しく感情を露わにするヤゴの後ろでは、作業用品達が必死に笑いをかみ殺している。
「ぶっ!!マジかこいつヤゴを怒らせやがった!」
「何気に大物じゃね?いやぁ楽しみだなこれは……くくくっ……」
彼らからすれば、この時期の素体からは例え絶頂をちらつかせても素直に受け取れず――そう、目をぱちくりさせる72番の隣で、疑いと少しの怯えを滲ませた視線をこちらに向ける104番のような反応しか見られないものだから、イツコの言うとおり「持ち上げて落とせる」単細胞な個体は格好の獲物なのだろう。
「……俺は、これを製品として仕上げることに不安を覚え始めたんだが」
「あら、人間様だってこのくらい単純で反応が分かりやすい方が受けはいいんじゃない?……ふふっ、あんたの仏頂面を崩すほどお馬鹿さんだなんて、ほんっと子ネズミちゃんは可愛いわぁ……うちの担当個体にも半分くらいその単純な脳みそを入れてあげたいわよ」
「人ごとだと思って……まあいい。とにかく、これは絶頂中でも奉仕を止めない為の訓練だからな?ああ、心配しなくてもこの訓練の間はただじっとしていればいい。後はこっちで勝手に加工するし、ノルマが達成できればすぐに終わるさ」
(……ああ、また碌でもない身体に変えられるのか)
「加工する」という言葉に104番はピクリと反応する。
一方72番はいまいち内容が理解できていないようだ。というより絶頂出来る喜びで全ての思考が塗りつぶされていて、不都合な部分は脳内で歪に保管されているのだろう。
(確かにいい思いはしたことが無いけれど……絶頂は別に辛いことじゃないよ、ね?しかも自分から気持ちよくなるわけでも無いんだし……)
「……説明はしたからな?後で話が違うとか言い出すなよ?」
これはだめだ、やっぱりこいつには身体で分からせないと。
どうにも瞳に映る期待が消えそうに無い72番の様子にがっくりと肩を落としたヤゴは、もう一つの目的を語ることは諦めたらしい。ニヤニヤと生暖かい目で見守るイツコの方を振り返り「もういい、始めよう」と首を縦に振るのだった。
…………
「じゃ、始めるわよ」
その言葉が聞こえた次の瞬間、素体達を襲ったのは訳の分からない衝撃だった。
「ん゙ぉ゙っ゙!!?」
「かは…………っ!!」
『イケ』という言葉が頭の中に声が響いたと思ったら、ぶわっと全身から汗が噴き出し、身体が弓なりに反ろうとして阻まれ、胎が、頭が、前触れ無く爆破されたような感覚に襲われる。
……それがずっと待ち望んでいた感覚だと気付いたときには、目は上転して白目を剥き、口元から泡を吹きながら塞がれた喉を潰してしまいそうなほどの絶叫を……とても人の声帯が織りなすとは思えない獣じみた濁った咆哮が止まらなくなっていた。
『イケ……逝け……いけ……』
「おごおぉっ!!ゔぉ゙っ、お゙ぼお゙っ゙!!」
頭の中で「イケ」という言葉が際限なく繰り返される。
骨伝導のイヤホンから許可という名の命令が流される度に全身に走る衝撃は、まさしく絶頂だ。
(ひっ、これっ違う!!逝ってる、逝ってるけどっ、これじゃないのおぉぉ!!)
(やめっ……も、むりっ……休ませてくれっ……!!)
ただし、そこにはあらゆるものが足りていない。
身体を昂ぶらせていく緩やかな快感も、絶頂へと駆け上がる波も、そして弾けた後に待つ余韻も、何も、ない。
あるのはただ、絶頂した瞬間の衝撃だけを無理矢理叩き込まれた感覚だけ。
クリトリスや尿道で感じる、鋭い絶頂の一番高い瞬間だけを切り取って無理矢理与えられ、降りてくる余韻すら感じる前に次の「絶頂」を叩き込まれる、その繰り返しだ。
(違うのっ!!これじゃ気持ちよくないっ!!)
頭の中で火花が延々と弾け続ける感覚に、72番は思い知らされる。
絶頂とはただ逝くことが快楽なのではない。高める波も静まる波もあってこそ、気持ちがいいものだったのだと。
……それを今知ったところで、1秒ごとに響く「イケ」の命令の度に絶頂させられる苦痛からはどうやったって逃れられないのだが。
「……ぎゃあああああ!!!うあっ、はっ、あがっ、いぎゃああああっ!!!」
遠くで今まで聞いたことも無いような、それこそ断末魔のような絶叫が上がっている。
だがそれが何かを解釈する余裕など、今の72番には無い。
彼女に出来ることと言えば、せめて少しでもこの苦痛を紛らわせようと身体に力を込め、声を上げ続けるだけである。
(お願いしますっもう止めて下さい!!絶頂するの、もう十分味わったから!!これじゃないのっ!お願いしますもう気持ちよくなりたいなんて顔しませんからっ、いやあああっ止まらないのおっ、こんなの気持ちよくないよおぉっ!!)
72番も、連続での絶頂が次第に苦痛を伴う事は経験済みだった。少なくともお手軽に絶頂を楽しめる小さな器官はその分繰り返しには弱いらしく、好奇心で試してみた結果「連続でやるのは3回まで」と結論を出したくらいだ。
にしても、最初から苦痛しかない『絶頂』なんて初めての体験だ。
今自分は何回、いや、何十回絶頂という名の拷問を課されているのか。ただ一つ分かることは、このままでは頭がおかしくなってしまうと全身から発せられる警告だけである。
(助けて……死んじゃう……助けて……!!)
焦点の定まらない瞳には、流石に涙がうっすらと滲んでいる。
それでも大粒の雫が零れることは無い。維持具から放出される薬剤の効能は抜群のようだ。
「……いつもながら鬼畜だよな、涙で辛さを逃がすことすら出来ないんだから」
「こんなことをしても壊れないんだよな、俺たちは……あ、そろそろか」
「お、でも最初から2分持ったの?やっぱりメスは耐久性高めだよな」
作業用品達はモニタに映る数値を確認しつつ、その時を待つ。
少し上擦った声とギラついた瞳は、これから72番に降りかかる事態がいかに惨いものか……彼ら風に言い換えれば「美味しい」ものかを表していた。
「おぼ……っ…………がっ……ぁ……」
(もう、だめ…………)
過ぎた刺激に、72番の脳がショートする。
ふぅっと視界が真っ白になって、そのまま暗転しかけた、その時。
バチバチバチッ!!
「ぎゃああああああっ!!!」
ひときわ大きい電撃の音と共に、口枷で制限されているとは思えない激しい叫び声が部屋中に響いた。
…………
(たすけて、おねがい、もうむりです、たすけて……)
(死ぬっ、こんなことしたら壊れちまうっ……!!だめだ、意識が……落ちちゃ、だめだっ……いやだああああああっ!!)
15分後。
素体達は何度目かの懲罰を食らいながら、この残酷な訓練が一刻も早く終わることをただひたすら願い続けていた。
「ああ、また意識が落ちかけてるわよ104番。そんなに懲罰を食らいたいのかしら」
「ひぃっ!ぐあああぁぁっ……!!」
「おーおー良い声!あーくそっ最高すぎる、ここで抜きてえわ……」
相変わらず1秒おきに叩き込まれる「イケ」の音声と、唐突な絶頂。
その負荷に脳が耐えきれず意識を手放そうとすれば、その瞬間懲罰電撃と共に首輪からある薬剤が注入される。
(いやああぁぁやめてええ!!ごめんなさい、ごめんなさいっ怖い怖い怖い助けてえええっ!!)
その度に彼らは全身の痛みと得体の知れない恐怖から断末魔の叫びを上げ、無理矢理連続絶頂の苦痛の中に引き戻され、また限界を迎えては叩き起こされるのを延々と繰り返している。
注入されたのは、脳血流関門を超えて脳内に作用し、あの『棺桶』体験で味わった最大の恐怖という感情だけを再現する悪魔のような薬である。
体験中も当然ながらバイタルは全てモニタリングされていたため、その個体がもっとも恐怖を感じる様に成分を調整するのは、人間様にとってそれほど難しい話では無いらしい。
製品としての品質を保つために必要な、しかし通常の懲罰を用いた訓練では難しい「機能」を――今回の訓練がまさにそれだが――個体に実装するには、肉体的苦痛よりも精神的な苦痛の極地を味わせたほうが効率的が良い事が、長年の性処理用品製作から明らかになっている。
とは言え、死すら希望に見えるほどの恐怖を頻繁に与えることは個体の精神崩壊を誘発しかねず、ひいては耐用年数を著しく下げることから、この薬剤が訓練外のいわゆる通常の懲罰で用いられることはほとんどない。精々余程出来が悪いか、目に余る態度の個体にのみ投与される程度だ。
「ひぃっ、ひぃっ……もっむりぃ……はぁっはぁっ……うあぁ……」
「あー切れちゃった」
「なぁに、また数分もすりゃいい感じに叫ぶって」
今回のように本来の用途で使う場合は条件に合わせてワンショットで投与するため、効果は1分もすれば切れてしまう。とはいえ当の二等種からすれば、その1分は1時間にも2時間にも感じるほどの恐怖を味わうらしい。
懲罰用途では慎重にモニタリングを行うことにより、精神崩壊ギリギリまでの持続投与が認められている。もちろん、管理官の許可は必須である。
……ちなみにこれを懲罰用途に使おうと提案したのはとある区画の作業用品であり、その提案を会議にかけた管理官達が「こんなこと、人間では絶対に思いつけない」「こいつらにも体験を……させたよな!?させた上で提案してくるとか鬼畜にも程がある」と冷や汗を流したことは作業用品達には知られていない。
そしてこの用途に対して「人間様もなかなか面白いことを思いつく」と感心する作業用品ががほとんどであることは、二等種の本来の気質がいかに人類にとって脅威であるかの証左となっている。
「……4回目だな。72番、リセットだ。早いところ慣れないと辛いのはお前だぞ?基準値を達成するまで、永遠にこの訓練は終わらないからな」
「まぁ慣れようと思って慣れるものでもないわね。頭が恐怖に躾けられて、1時間どれだけ絶頂しても意識を落とせなくなるまで精々頑張って叫びなさいな」
様子を観察する作業用品からかけられる声は、己の叫び声と「イケ」と命令する声で頭を埋め尽くされた素体達には届かない。
だから一体いつまで我慢すれば訓練が終わるのか、彼らは何も分からないまま快楽という名の苦痛を享受し続ける。
「おはよう。ああ、今日からだったっけ。どんな感じ?」
「今のところ5分おきに落ちて懲罰で叩き起こされている。まあ初日はこんなもんだろうさ」
「そっか、じゃあまだ新鮮な悲鳴が楽しめそうだね。ふふっ、ここから解放されるのはいつになるんだろうねぇ……」
「ねぇイツコ、暇だからこいつの玉潰しててもいい?」
「……まぁ、何をしようが機械的な絶頂は止まらないでしょうけど……どうせなら落ちた時にした方がいいんじゃない?…………あ、はい……聞いた?管理官様がやり過ぎるなって」
「わーい☆ふふふっ、早く落ちちゃいなよぉ、道具用意して待ってるからねぇ!」
いつの間にか作業用品達が遅番に入れ替わったことすら、素体達は気付けない。
思考は散逸し、心の叫び声すらもはや虚の容れ物には響かず、ただの人形の様に何の防御も出来ず苦痛しかもたらさない刺激を受け入れ、肉体が反応するだけ。
((もう…………終わりに、して…………))
訳も分からず振り回されているうちに、勝手に餌は注入され、朝になれば浣腸液も注ぎ込まれる。
普段なら訓練が終わる時間になっても、目標を達成できない彼らは終わりの見えない苦痛と恐怖を浴びせられたままAIによる監視の下放置され、保管庫に戻すことすら許されない。
((……コワシテ…………))
……いつしか素体達は、訓練の終わりでは無く命の終わりを懇願するようになっていた。
…………
「いつも思うんだが、一睡もさせないで訓練をさせるのは非効率的では無いのか?」
「ああ、一応決まりはあるのよ?完徹させた次の日は必ず保管庫に戻して、8時間の復元時間を取らなければならないの。ただ」
「……ただ?」
「この訓練の場合、第一段階を次の日の夜までにクリアできなかった場合は重めの懲罰点が付いて、そのまま24時間の棺桶行きになるだけで」
「げ……通過率が99%だから出来る措置だよな、それ。じゃなきゃ鬼畜の所業だぞ」
結局、素体達が1時間の連続絶頂耐久ノルマをクリアできたのは2日目の夕方だった。
正常位でのクリアまでにほぼ全ての時間を費やし、その後騎乗位及び後背位での刺激は1時間きっかりでノルマを達成したあたり、どうやら第一段階の加工は上手く入ったようだ。
3日目の朝、憔悴した様子の72番は訓練室でアイマスクを外されるなり「ひっ」と全身を震わせて必死に何かを唸り始める。
104番に至っては表情が完全に抜け落ちていて、この後の訓練で少々目を覚まさせてやる必要がありそうだ。
「どうしたの、子ネズミちゃん?……ああそっか、ずっと謝っているのね?大丈夫よぉ、これは懲罰じゃ無くて訓練だから何も謝る必要なんて無いわ」
「ひぅ……おぇんなぁい……おえんあぁいぃ…………」
「……お前な、人の担当を甘やかすなと何度言えば……ったく……」
イツコだって人のことは言えないじゃないか、とヤゴは優しい眼差しで微笑みながら怯えきった72番を宥めるイツコの横顔を眺め、心の中で嘆息する。
(全く……似ているのは単細胞なところと匂いだけだろうに)
……彼女がこの個体に何を重ねているのかは分かっている。けれど、本人はきっと気がついていないし、わざわざ指摘する気も無い。
こうやって待つ時間も惜しいな、とヤゴはイツコが気の済むまで好きにさせる間にとっとと説明を済まそうと口を開いた。
「……心配しなくても、今日は絶頂はしない」
「…………っ!」
途端に72番の顔がふっと緩む。
けれど、流石の彼女も少しは学習したらしい。この言葉には何の救いも無いのだろうとどこか諦めた様子が見て取れるから。
(そうだ、いい加減希望なんて捨てておけ。……希望なんかするから絶望するんだ、何も望まなければ多少は生きやすい)
「104番も呆けてないで聞け。お前達の身体は昨日の加工により、どれだけ連続で絶頂しても決して意識を失ったり姿勢を崩したりすることは無くなった」
「…………」
「何せどんな状況だろうが奉仕の手を……ああ、お前らは腰か、それとも穴が?とにかく緩めることは許されないからな。喜べ、お前らはまた製品としての機能を身につけたんだ」
(……それは、喜んで……いいことなの?)
いまいち理解が出来ない様子の72番に「いずれ分かる」と付け加えながら、それともう一つなとヤゴがゆっくりと口を開く。
――形の良い唇が、あの苦痛の中で散々聞かされた言葉を紡ぐ。
「『逝け』」
「!!?うぎいぃっ!!」
「あがっ……!!」
その言葉が耳に届いた瞬間、全身を突き抜けるのは……間違いなくあの時の切り取られた絶頂だ。
何の準備も、波も、山もなく打ち込まれた絶頂の感覚は、連続絶頂の苦しさと結びついたせいもあってかこれまでのような気持ちよさは感じられない。ただ身体が勝手に反応しただけと言えばしっくりくるだろうか。
(今、命令で……絶頂させられた……いや、これを絶頂と呼んでいいのか!?)
(そんな……もう、絶頂も、気持ちよくないの!?)
愕然とする彼らに「そう心配しなくていい」と作業用品達は涼しい顔だ。
「これは人間様の命令により絶頂が許可される機能だ。今後、この言葉を耳にするだけでお前らは勝手にアクメを決める。感覚は散々覚え込まされただろう?どんな状態だろうが……まぁお前らはずっと発情したままだが、それこそ浣腸の苦しさの中ですら命令されれば自動的に絶頂してしまうようになったってことだな」
「うぉ…………!!」
「だがまぁ、奉仕中に許可を頂ければそれなりに気持ちがいいんじゃないのか?何せ気持ちよくなっているところで絶頂させて貰えるんだから。これまでとは多少違っていても俺たち作業用品よりは満足できる快楽だと、管理官様も仰っているしな」
(まぁ、確かに昂ぶらされた状態でなら……気持ちいい、かも?)
(いやいや、本当にそれで気持ちよくなれるのか……?)
何とも複雑な面持ちで見上げる素体達の疑問は無視し「とはいえ、このままでは不完全な機能だ」とヤゴは話を続ける。
現時点ではあくまでも人間様が好きなタイミングで絶頂の許可を出せるだけ。勝手に絶頂することを止めることは出来ない。それでは「管理」にはならないからだ。
「だから今日からは、新たな加工を施す。やることはこれまでと似ているが……だから話は最後まで聞け、72番。似ているが全く違うものだ。まぁ、お前らはただ泣き叫んでいればいいだけだが」
「っ……」
(また、辛い思いを……壊されたくなるような事を……されるの?)
当然、お前らにとっては碌でもないものに決まっているだろう?
そう言外に秘めた意味は、ちゃんと72番にも伝わったようだ。
途端に顔を強張らせる彼女に「ふふっ、やっぱり子ネズミちゃんは反応が良くていいわねぇ」とうっそりと微笑むイツコを急かしつつ、作業用品達はまたまた床に素体達を張り付けた。
……今日は耳の後ろの器具はつけないらしい。
「……一つだけ忠告してやる。今回の訓練は、というか今後3週間の間に行われる全ての訓練は、お前らの意思を全く必要としない。努力で何とかなる問題でもない。まさに、お前ら素体の身体に新しい機能を付け加えるだけの作業だ。だから」
素体達には見えないモニタを眺めつつ、ヤゴは腕を素体達の方に向けた。
右に握られているのは、いつもの黒いリモコンだ。
(っ……怖い……今度は、何を……)
(絶頂しない…………まさか……いや、人間様ならやりかねない……!)
すっとボタンに指がかかる。
「……精々、全力で恐怖を身体に刻み込んでこい」
ピッ
小さな音が部屋に響く。
次の瞬間
(いやあああまたなの!?怖い怖い怖いっごめんなさいお願いもう止めてごめんなさい!!)
(ひいいいぃっ!!やっぱりじゃねえか!!何て条件付けを考えやがるんだっくそっうわあああああ!!)
これまでに勝るとも劣らない、鼓膜が破れそうなほど激しい絶望の慟哭が二体の口から上がった。
…………
(信じられねぇ……アクセルとブレーキを一緒に踏むようなものじゃねえか!!こんなの壊れるっ、死んじまう……!!)
最初の数回でこの「訓練」と称した拷問の正体を104番は見抜いていた。
――見抜いたからと言って、何一つ楽にはならない。ヤゴの言ったとおり身体が覚えるまでの数日間、当たり前のように享受できたものをこれから奪われ、二度と取り戻せない絶望に身を焼かれながら、ただ叫び続ける事しかできないのだから。
感覚的には30秒おきくらいだろうか。
これまでのような「イケ」という音声も無く、突如絶頂の感覚が与えられる。
それと同時に、あの連続絶頂で意識を落としかけたときに食らった電撃と、存在そのものを打ち砕かれるかのような得体の知れない、しかし凄まじい恐怖が全身を襲うのだ。
いや、正確には絶頂を無理矢理引き起こす刺激では無い。
後ひと擦りで、ひと突きで……下手したら何もしなくたって勝手に絶頂に上り詰めるような、限りなく絶頂に近い感覚である。
だからこれは恐らく
(命令の言葉無しに絶頂しようとしたら、懲罰を与えて学習させる……性処理用品は単に絶頂を禁じられているだけじゃない、そもそも許可無しに絶頂出来ない身体に変えられるのか……!!)
――生き物からモノへ、管理しやすくするための残酷な加工だ。
「あら、104番は仕組みを理解したのかしらね。……ふふっ、いい顔」
「そりゃ理解したところで抗いようもないのは、昨日までの加工で身に染みているだろうからな」
恐怖と快楽の狭間で、ふとイツコ達の声が耳に入る。
「どうせここに来た段階で絶頂する権利は奪われているのに、今更ショックを受けなくてもねえ」と首を傾げるイツコの瞳の色は、どう見ても悦びしか映していない。
(全然!違うだろうが!!)
全力の反論は、しかしあの棺桶を彷彿させる逃れられない恐怖が織りなす咆哮で、いとも容易く塗りつぶされる。
……むしろその方が余計な懲罰点が付かなくていいなんて考えが過る辺り、俺も歪まされてやがると苦々しい思いを抱きながら、104番は啼き続ける。
(単に制限して奪うのと、そもそも制限すら必要ないように作り替えるのじゃ、天と地ほどの違いだろうが!ああ、お前らは分かってるよな!!分かっていて、俺の気持ちをお前らの自慰のオカズにしやがる……!!)
返せ。
決して届かない祈りと怨嗟を叫びに混ぜて、104番は存在するかも分からない神に思いの丈をぶつける。
間違えても助けなど乞わない。この世界に自分を助けてくれる存在などいやしないことは、12歳の誕生日以来嫌と言うほど味わってきたから。
(俺は、人間だったんだ)
また、一気に持ち上げられて落とされる。
ほんの一瞬だけ味わえる高みの手前の快感にすら104番の身体は必死に縋り付き、何とかまともな絶頂を得ようと咥えたものを必死で締め付け、うねり、むしゃぶりつき、更に奥を抜かれる感覚を待ち望んでいる。
……そう、この身体が得ようとしているのは、メスの快楽。
何せ、本来自分に備わったオスの快楽は与えられないともはや諦めきったかのように、こんな状態でも檻の中の欲望はただ透明な涙をつうつうと流すだけで、かつての覇気を失ったままだ。
(返せよ、こんなケツで気持ちよくならない、チンコも自由にデカくできる身体を!)
無意識にあり得ない大きさの拡張器具を締め、何とかいいところに当てて絶頂を……メスイキを得ようともがいている自分に気付いたとき、彼は思い知る。
――もうこの身体は、俺の知る『俺』だった身体では無い、と。
(本当の俺の身体を、返せ……!!)
「うあああああっ、ああっ、うわあああああっ!!!」
「あらあら元気ねぇ。なあに、そんなにメスイキが欲しいの?」
「やっと自覚したんじゃ無い?どんなに意地を張っていたって、もうメスの快楽だけで満足しなきゃダメだって。……うわっ見てみてイツコ、こいつめちゃくちゃ肛門ヒクヒクさせてる!なに?もしかしてこの大きさじゃまだ足りないの?あはっ、すっかり身体はガバガバケツマンコのメス用品よねぇ!」
(嫌だ嫌だ嫌だっ!ケツの穴の快楽だけを楽しみに生きるとか、そんな存在になんて……)
(…………なりたく、無かった……!!)
プツン、と104番の頭の中で何かが切れる音がする。
すかさず与えられた懲罰と共に上がった慟哭は、104番の身体が完全にメス堕ちしたことを雄弁に語っていた。
…………
それから2日後、素体達はいつものように訓練室で四つん這いになっていた。
(…………あれ……訓練、終わった……ええと、違う、また始まる……?また……?)
ずるり、と穴を埋める楔が抜かれ一気に軽くなった身体に、72番の意識が浮上する。
確か自分はさっきまで、絶頂寸前の快楽と共に死んだ方がマシな懲罰を与えられる拷問のような訓練を受けていたはず。なのに、一体いつ訓練が終わって保管庫に戻されたのか、いまいち記憶が曖昧だ。
どうやら意識こそ落とさなかったものの、心を守るための防衛機構が働いたのだろう。
ただ記憶は無くとも、寸止めの辛さと、辛いのにその先に駆け上がる事には本能的な恐怖を覚えるように心の憶測に何かを植え付けられたという、残酷な事実だけは本能的に理解しているようだ。
(はぁっはぁっ、辛い、気持ちいいの欲しい、でもっ逝きたくないっ……ホントは逝きたいけど、怖い……っ!!)
矛盾をはらみ己を更に追い詰める思考に、72番は完全に嵌まり込んでいた。
だから作業用品により全ての穴からずるりと長大な質量を抜かれ、、床に寝かされ訓練器具を取り付けようとした途端に「ごめんなさい、ごめんなさい、許して下さい!!」と激しいパニックを起こしたのだ。
「いやあああ、逝きたくないっ、もう痛いの嫌っ、怖いのも嫌ああああ!!」
「ちっ、暴れるなよ72番、固定しづらいだろうが!」
「あ、待てフタハ、電撃は」
「ひっぎゃああああああいやああああっっっ!!!」
ぬぷり、といつもの奉仕訓練よりは小さめの疑似ペニスが泥濘を割り開いた瞬間、金切り声を上げて必死に腰を逃がそうとする72番に、作業用品は躊躇なく電撃をお見舞いする。
だが、それはむしろ彼女のトラウマじみた体験を惹起させるだけだったようだ。狂ったように暴れ叫び声を轟かせる72番の視点は完全に彼方の世界へ飛んでいってしまっている。
「ちっ……管理官様っクスリを……直接?はい、ありがとうございます!フタハ、転送されたクスリを首輪に接続しろ」
「って無理だよこんなに暴れてるのに!ヤゴ抑えてくれよ!!」
「管理官様がすぐに拘束魔法を発動して下さる、動きが止まってから入れればいい」
バタバタと作業用品達が72番の対応に追われる。
その横で、同じように床に張り付けられ訓練器具を奥の入ってはいけないエリアまで受け入れさせられた104番は、虚ろな瞳で天井をただ眺めていた。
……そこには72番のような恐怖は映っていない。
腹は勝手にぐねぐねとうねり、散々昂ぶらされ熱を溜め込んだままの身体を何とか慰めようと長大な欲望を美味しそうにしゃぶっている。
カクカクと情けなく腰を揺らすその中心は、控えめに膨らんではいるもののオスの勃起にはほど遠く、射精への渇望だけが脳に叩きつけられていた。
――きっとこの欲望が檻から解き放たれ、いいところを擦られたところで、もはや望んだオスの快楽は得られないに違いないと、この数日で無理矢理歪まされた身体に彼は確信を抱き、ただただ無力感に苛まれる。
(俺は……気持ちよく射精したくて、頑張ってきたはずなのに……)
ぼんやりした様子の104番の顔に、陰が落ちる。
何度も見飽きたそのメスの顔は、珍しく興奮の色を見せていない。
「……良い子になったじゃないの」
「…………っ……」
「安心なさいな。少なくともメスの絶頂による快楽なら、人間様から与えて頂ける可能性はあるのよ。私達のようにどれだけ自由に身体を慰められても決して満足できないよりは、機会が少なくても満足できる可能性がある方が、あんたにとってはまだ希望はあるんじゃないの?」
「…………あるわけ、ねえ…………っ、もうしわけ、ございません……」
「あら、従順ねぇ。……本当に良い子になっちゃって」
流石に身体が後戻りできないレベルで堕ちてしまえば無理も無いか、と呟きつつもイツコはちょっと残念そうだ。
ああ、このメスはどこまで行っても人の絶望が気持ちよくて仕方が無い生き物なのだ。だから72番のように、何をされてもしぶとく甘い期待を抱き続ける個体が可愛いくて仕方が無いのだろう。
表向きは従順になる。けれど、本当の意味でお前の思い通りにはならない。
そう独りごちていた104番の股の間に陣取ったイツコは、「それなら」とくたりとしたままの雄の先端をピンピンと指で弾く。
流石にそこを弾くのは止めて欲しい、テザーへの振動が尿道の内部に伝わって何とも言えない気分になると顔を顰めていれば、彼女は微笑みながらとんでもないことを口にした。
「ね、もうこれ、要らないんじゃ無い?」
…………
「……え?」
「だから、これ。もう役に立たないんだし、わざわざぶら下げておかなくてもいいかなって」
「…………っ!!!」
(……要ら、ない……まさか、切り取る……!?)
最初は何を言っているのか分からなかった。
そして、その言葉の意味を理解した瞬間、いや、理解したと頭が囁く前に、104番は拘束されていなければその場に土下座していたであろう勢いで、必死に懇願を叫んでいた。
「っ、それだけはっ、それだけは勘弁して下さい!!俺っ頑張ります、奉仕だって一生懸命やります、だから、チンコだけは……お願いします……!!」
「ふうん。役立たずでも無くなるのは嫌なんだ?…………まあ、いいわ」
ようやく薬が効いて大人しくなったのだろう、隣ではヤゴが「どうすんだこれ、このままで検査かよ……また説明が……」とブツブツ文句を言いながら72番の二つの穴に疑似ペニスを差し込んでいる。
そろそろ検査も出来そうねと話を切り上げ立ち上がったイツコに、104番は思わず(助かった)と安堵の表情を浮かべた。
(冗談じゃ無い!これは、俺がオスである証なんだ……チンコまで失うなんて、そんなことっ……)
見学の時に見せられた、股間にあるべき物を持たず、代わりに銀色の蓋を光らせていたオス。
いくらオスとして役立たずな身体になってしまったとは言え、あんな姿になるほど落ちぶれてはいないと、堕ちきった身体で104番は必死に己を鼓舞する。
(そうだ、俺は、俺だっ……俺はオスだ、どんなに身体を変えられたって……心は、変わらない……!)
見上げた視界に映るのは、嘗て自分も持っていたそそり立つオスの象徴。
血管が浮き出た逞しい姿とはほど遠い、檻の中で縮こまり変わり果てた己の惨めさを嘆きながらも、104番は精一杯の意地を込めてその持ち主を……ヤゴを見つめる。
「今日は効果測定だ。ここ数日で行った加工が上手く機能するかどうかを丸1日かけて検査する。……72番は聞こえる状況じゃないな。まあ身体が反応すりゃ問題ない。104番は大体察しが付いているだろう?問題なく機能すれば、痛い思いも怖い思いもすることは無い」
「…………はい」
「特にお前が何かをする必要は無い。強いて言うならそのまま快楽に翻弄されて良い声を上げていろ。朝から甘ちゃんに振り回されたこいつらの慰労にもなるしな」
「…………」
「ちなみにここ5年間、第二段階まで加工を終えられた絶頂管理訓練の検査通過率は99.5%。お前が痛みと恐怖で叫ぶ事はまず無い」
ヤゴの説明に、104番は小さく頷く。
早い話がこれから自分を待つのは、痛みが無いだけで昨日と変わらない地獄である、それだけ分かれば十分だ。
(……身体は……堕ちたって、心までは堕ちない……)
これ以上は何も必要ない。
そう言わんばかりに104番は、来るべき寸止めの苦痛と恐怖を前に己を鼓舞することに集中する。
だから。
彼には大切な声が聞こえなかった。
「そんなに大事なものなのねぇ、役立たずがぶら下がっているだけなのに。……でもね」
今日は疑似ペニスを機械的に動かすのだろう。
アームや電極を取り付けるイツコが、作業をしながらぽそっと呟いた言葉が104番に聞こえなかったことは、彼にとっては幸いだったかもしれない。
ほんの少しの期間とは言え、余計な不安に苛まれなくて済んだのだから。
「あんたはきっと、自分から要らないって言い出すわよ。近いうちに……ね」
…………
「3時間経過。刺激の強度は順調に上がっているが、寸止め状態は問題なく維持されてるな」
「グラフもいい感じだぜ、絶頂寸前でプラトーになってる……そっちは?」
「こっちもよ。ふふっ、分かっていたって身体は勝手に期待するから辛いわよねぇ……じゃあご褒美にそろそろ『休憩』いれたげよっか」
「了解、絶頂命令への反応を確認する。拮抗薬の投与を」
(くそっ、何が何でも気持ちよくはさせねえのかよっ!!イクイクイクっ……くそおおっ、イケない、辛いっ!!)
「うああああっ、もっ、いやだあああああっ!!!」
これなら痛みや恐怖で叩き落とされていた方がまだマシだったかも知れない、そう感じるのは訓練が「過去」になってしまったから……喉元過ぎればなんとやら、というだけだろうか。
せめて一瞬でいいから休みを、何なら電撃でいいからこの狂おしい衝動から目をそらせる刺激を与えて欲しいと、104番は全身汗まみれになりながら延々と叫び声を上げていた。
そして、これだけ叫び続けているにも関わらず声は掠れず喉も痛くない事に、こんな所まで加工されていたのかと今更気付かされる。
(これを、丸一日……!?こんなの検査でも何でもねえ、てめえらが楽しむだけの虐待だろうがっ!!うああああっ、頭が焼き切れそうだ……っ!!)
絶頂管理訓練の効果測定は、104番が思っていた以上に過酷なものだった。
確実に絶頂に至るであろう刺激が、全身の性感帯から送り込まれる。
けれど、命令無しの絶頂の恐怖をこれでもかと叩き込まれた身体は、限りなく絶頂に近い所まで快楽を貪りつつも最後の一線を絶対に越えさせない。
お陰で始まって20分も経った頃からは、寸止めの状態から全く降りることすらできないまま、破裂寸前の肉の風船に更なる快楽を注ぎ込まれるだけの拷問じみた苦痛――過ぎた快楽は苦痛となるというのは事実だとこの数日で思い知った――に翻弄され続けている。
そうして、一定時間が経てば「ご褒美」と称して与えられるのは、連続絶頂の命令だ。
様々な声色で、中には子供の声や明らかな機械音も混ぜながら与えられる「イケ」の二つの音は、どれだけささやかな音量だろうと即座に身体を絶頂へと押し上げる。
壊れた玩具のように、拘束具を引きちぎりそうな勢いで身体は跳ね、目は上転し、口からは言葉にならない喘ぎ声が漏れる。
(くそっ、逝ってる、今、逝ってる……なのに、何もっ、何も感じない……!!!)
……だが、それだけだ。
あらかじめ打ち込まれた拮抗薬とやらのせいで、どれだけ命令で絶頂を繰り返そうがその快楽を脳が受け取ることは無い。
まるでそこだけ気持ちよさをすっぽりと抜き取られたかのような感覚に苛まれ、後に残るのは気怠い身体の感覚と、得られたはずの快楽を奪われたことによりますます増大した渇望だけ。
「うああああっ!!いかせてぇ…………ひぎっ、はぁっはぁっ……うわああもういやだっ!!お願いしますっ何でもします、だからっい゙がぜでえ゙ぇ゙ぇ゙!!」
3時間も経つ頃には、104番は無意識のうちに懇願を繰り返すようになっていた。
本来なら人間様に向かって快楽をねだるなど重罪ではあるが、今回はあくまでも検査であるため快楽を抑えかねない懲罰刺激を与えることは出来ない。
「それ、明日以降もおねだりしたら懲罰点を付けるわよ?」と笑いながら流されるだけである。
(いかせて……いかせて……むりだ、もう、むりだっ……!!)
拘束具を引きちぎらんばかりに全身を捩り、痙攣させ、雄叫びを上げたところで熱は全く引きやしない。
むしろ時間が経つにつれて詰め込まれた刺激でより鋭敏になった身体は、空調のわずかな流れすら快楽を与える刺激と捉えるようになる。
唾を飲み込む舌の動きが、歯と擦れた根元が、頭を蕩けさせるような快感を生じさせて、こんな所まで性感帯に変わっていたのかと狂いかけた頭が人ごとのように呟いた。
――もう、ここがどこで、今がいつだかさっぱり分からない。
与えられる全ては快楽で、ただし弾けることを許されない快楽であるが故に、ただの暴虐だ。
(うわああああ!!!あああっ、うがああああっ!!)
思考は言葉を忘れ、ただの意味を持たない叫びとなる。
そこからの104番の記憶は途切れがちだ。
――ただ一つだけ、思いがけず抱いた小さな期待と絶望の記憶を除いて。
(嗤ってる……どいつも、こいつも、俺を……娯楽としか見てねえ……)
辛くて、苦しくて、気持ちよくて、死にたくて……なのに、ここにいる誰もがその醜態をオカズとして堪能していて。
ごりごりと音がするほど削り取られる精神の中で、104番の目に映ったのは、この場にいる作業用品の中でただ一人二等種として覚醒しなかったオスの、感情を感じさせないが故にどこか安堵を覚えてしまう瞳。
ああ、彼なら、もしかしたら――
とうに限界を超えた心が、ポロリと己にある筈のない言葉を吐く。
いや、本当はずっと……そう、あの日からずっと、自分は叫びたかったのかもしれない。
「……たすけて……おねがい、します…………」
「無駄口を叩くな。……そもそも、お前の担当は俺じゃない」
「……っ…………あぁ……」
絶叫の合間に放たれた囁きと、奈落へと落ちる嘆きを含んだ溜息。
それは104番が地下に連れてこられて6年半、人類に裏切られて以来初めて彼が心の底から他者に救いを求め、そして当然のように裏切られた瞬間だった。
…………
バチン
ああ、電撃が、痛い。
「制圧用……入れ……って…………と……だった…………」
「まぁ…………じゃない……力入らない…………やす……」
……遠くで声が聞こえる。
これは夜の担当……あのイカれたサイコ天然モノ達の声だ。
それと、もう一つ。野太くて喧しい獣のような声。
(一体、どこから……)
「はぁっはぁっはぁっ、うああああんぐうぅ!?」
「はいはーい、耳が痛いからさっさと蓋しちゃうよー☆」
「いやぁ凄かった……苦しむ声は最高だけど喧しすぎるのは問題だよね。イヤーマフ様々だよ」
突如喉に突っ込まれた圧迫感と息苦しさにより目を白黒させながら、104番は検査の終わりを理解する。
どうやらあの獣のような声は、己の声帯から吐き出されていたらしい。気がつけば全身に取り付けられていたパッドは取り外され、後孔にはいつの間にか尋常ならざる質量が埋め戻されていた。
(……おわ、った…………けど……)
ひとまず、これ以上の刺激を与えられずに済むことに104番はホッと胸をなで下ろす。
……とは言え、身体の疼きは全く消えないままなのだが。
「んぐうぅぅっ!!うおぉぉっ……!!」
「うわぁ、きちゃない声……そんなにアクメが欲しいの?ざーんねん、素体ごときに許されるはずがないでしょ?」
「おごおおお!!」
みっしりと詰め込まれた喉では、大声を出して熱を逃がすことすらままならない。
正直、この状態で床に縫い付けられた拘束を外されようものなら、あまりの苦しさに耐えかねて暴れ出してしまいそうだ。
――懲罰点を増やしたくないからこのままギチギチに拘束しておいて欲しいと思うくらいには、彼の思考は知らず知らずのうちに性処理用品らしく染められ、捻じ曲げられている。
そして、お優しい人間様はそんな二等種への「配慮」も忘れない。
「今日はねぇ、暴れられないようにワンちゃんにしてあげるね☆」
「……んぁ?」
「保管庫でも基本姿勢は取らなくていいよ、そもそも取れないし。でも消灯まではちゃんと四つん這いで起きててね?歩行訓練もしたから上手にあんよもできるよねっ☆」
「…………!!」
片方の腕を床から離し、肘を思い切り曲げて2カ所にベルトを巻き付けた段階で、104番はこれから己の手足がどうなるかを察する。
気がつけば身体が痺れてまともに動かせない。さっき食らった電撃のせいだろうか。
「流石、制圧用の電撃は効くね☆」とニコニコしながら、コニーが手早く折り曲げたまま戒めた腕にクッション付きのカバーを被せギチギチと締め上げていくのを眺めていることしか許されない状況に、彼は再び蓋の下からくぐもった嘆き声を上げた。
「これで、よしっと☆……あ、アイマスク忘れてた!」
「むしろ先につけた方が良かったよね、コニー」
「えー、それじゃこのもう限界ですーって辛そうな顔が見られないじゃーん」
「それもそっか」
相変わらず好き放題言いながら、コニー達は目隠しのベルトを締め上げ、両手両足をイヌの様に曲げられてしまった104番をそっと床に下ろす。
視界を遮られる前にチラリと見えた隣では、72番がいつものように首輪に鎖を繋がれ、四つん這いで訓練室から出ようとしていた。
その瞳に光はない。
恐らくまだ彼女の鎮静剤は切れていないのだろう、動きもどこかふらふらしていて、けれど作業用品の与える鞭や電撃には機械的に反応しているように見える。
(……俺もあのくらいパニックを起こせば、もうちょっと楽に検査が終えられたのかな)
熱で暴走した思考は、碌な事を考えない。
どう考えても72番の懲罰点は累積し、場合によっては未来の評価への影響が生じたとしか思えないのに、104番にとってはまさに今この瞬間の苦痛が少ないことの方が魅力的に思える。
(…………逝きたい……逝けないの、もう知ってる……でも、逝きたい……)
この拘束は確かに適切だと思う。とてもじゃないが手足を振り回して暴れることは不可能だ。
とは言え、これはあくまでも作業用品や周囲の物品を破損しないための処置。素体自体の苦痛など、何一つ考慮には入っていない。
(電撃……歩く、歩く、歩く……電撃、檻に、入る……)
全身の細胞が一斉に切なさを叫び続けている状況では、今自分が一体何をしているのかすらあやふやになって。
「はぁっはぁっはぁっ……んううぅ……」
ガシャン、カラカラ……
保管庫の閉まる音を最後に、耳に届くのは己の息遣いと呻き声。
そして……頭の中で永遠に響く「逝きたい」の4文字だけ。
(はっ、いっ、いかせてっ、もう、うああっ……!)
チャリチャリとさっきから鎖の音がうるさい。
ああ、邪魔をしないでくれ。今必死でケツの穴を締めているんだ。
俺の身体はメスになってる、だって、今も股間は痛くないから。
だから……腹の中のこれがいいところに当たれば、逝けなくても少しは気分が紛れる……
彼は気付かない。
煩わしい鎖の音は、悦楽を求めて無様にカクカクと前後する己の腰が作り出していることに。
「はっ、んはっ、あぉっ、んおおぉ……っ!」
明かりが切れる小さな機械音も、104番の耳には届かない。
10秒後、就寝体勢を取っていない事を咎める懲罰電撃を食らってその場に倒れてもなお、彼は一心不乱に無駄な腰の動きを続けたのだった。
…………
「ひぃっ……!!」
「…………お前な、目隠しを取った途端にそれかよ……」
次の日の朝、いつものように連れてこられた奉仕訓練室で訓練用の筐体を見た瞬間、72番の口から悲鳴が上がる。
頭の中で再生されるのは、絶頂と共に与えられた永遠とも思える恐怖の記憶だ。
(だ、だって!!……あっ、ちがっそのっ、ごめんなさいごめんなさいっもう口答えしません!だからお願いします逝くのいやああああっ!!!)
「……だめだな、これは」
「…………だめね。流石にこれは説明しないと先に進めないわ……」
見下ろせば72番の顔は真っ青どころか真っ白に血の気が引いて焦点は定まらず、カチカチと歯の根も合っていない。
このままではまた昨日の二の舞だとがっくりしながら、ヤゴが昨日までの訓練と検査の内容を改めて説明すること30分。ようやく落ち着きを取り戻した72番は、しかしとても信じられないと言った表情で作業用品達を見上げていた。
案の定、鎮静剤を使われていたときの記憶はほとんど残っていないようだ。
(もう、絶頂することがない……?怖い思いはしなくていいの?でもっ検査したって言われても、昨日のことはあんまり覚えてないし……)
未だ戸惑いを隠せない72番にこれ以上の説明は無駄だと悟ったのか、「説明は十分だな?ほら、後は自分の身体で体験して……」とヤゴが命令しようとしたところでふとその動きが止まる。
どうやら管理官から指示が入ったらしい、しばらくのやりとりの後ヤゴは視線を隣に動かした。
そこに居るのは、昨日の熱が覚めきらず息を荒げながら時折腰を揺らめかせている、赤髪のオス個体。
「……104番」
「!は……はぃっ……」
「管理官様からの指示だ。お前の奉仕をこの甘ったれに見せてやれ。ああ、ケツを使えよ?ちなみに随分と出来上がってるみたいだが、快楽欲しさに奉仕の手を抜けば……昨日までの訓練の懲罰は覚えているよな?」
「!!!っ、はいっ!!おちんぽ様っ、ごっ、ご奉仕させて頂きますっ!!」
さっと顔色を変えた104番が、いつもの手順で奉仕を始める。
必死の形相で疑似ペニスに腰を下ろす姿を眺めながら、イツコは「あんたもなかなか言うじゃ無い」と口の端を上げた。
「その一言で十分よね。身体は覚えてるから、もうあれは自分の快楽なんて追いたくても追えない……奉仕だけに注力せざるを得ないでしょ」
「ま、104番は反抗的ではあったが元々奉仕は真面目にこなしていたし、なんだかんだ言って大丈夫だろ。むしろこっちのポンコツの方が問題だ」
「ヒッ」
「ほら、しっかり見ておけ。お前の身体はもう、あいつと同じだ。どれだけ奉仕で気持ちよくなろうが、命令無しに達することは生涯出来ない」
「…………っ」
目の前では、104番が顔を蕩けさせながら艶めかしく腰を動かしている。
この1ヶ月教わった通りの、自分の快楽よりも人間様の快楽や興奮をもたらす見栄えを優先した奉仕の動きは、これまでなら絶頂に至るほどの刺激ではなかった。
だが、丸一日寸止めを繰り返し、絶頂はその瞬間だけ快楽を取り上げられた不完全なものだけを何百回と叩きつけられた身体は、最早先週までとは別物に変貌しているようだ。
「ひっ、なっ、なんでっこれだけでいぐっ、いぐいぐいぐうぅぅっ……うあああどうしてぇっ、あああああっ!!!」
「そりゃそうでしょ、人間様の許可が貰えるまではエンドレス寸止め状態なんだもの。もうどんな刺激だって」
「ひぎっ、いぐっ……あっあっあっんああっ……!!」
「……ね、乳首のピアスが揺れただけで一気にくるでしょ?でも、絶対に絶頂は出来ない」
「はぁっはぁっ、うああぁぁ……!!」
つん、とイツコが軽く人差し指で胸の金属の飾りを揺らすだけで、104番の身体が弓なりにのけぞる。
それでも彼が達した様子はない。目を血走らせ、息を荒げ、時折言葉にならない唸り声を上げながら、それでも腰は止まることなく習ったとおりの動きを繰り返して104番を追い込んでいく。
(止まらないっ、辛いのに!!腰っ、勝手に……!)
少しでも手を抜けば『棺桶送り』と遜色ない恐怖を直ちに叩き込まれるとのヤゴの宣告は、彼にとって絶大な暗示となったようだ。
あまりの快楽にさっきから何度も意識が飛びそうになっているのに、その度ふと恐怖の記憶が蘇って此岸に引き戻されるから、逃げることすら叶わない。
「ひっ……やだっ……いやだあああああっ!!」
心からの叫びも「はいはい、奉仕中に私語はだめよ、気持ちいいって可愛く啼きなさいな」とあっさりと電撃で咎められ、流される。
そんな104番の仕上がりに満足した様子のヤゴは「見ての通りだ」と再び72番を見下ろした。
「あれだけ奉仕をしても絶頂してはいないだろう?……人間様の調教プロトコルは完璧だ。既に検査もパスしているし、お前の身体が勝手に絶頂することはない」
「っ……」
(うう……怖いよう、でも…………これ以上嫌って言ったら、多分懲罰に……)
だから、つべこべ言わずにお前もさっさと訓練を始めろ。
そう言わんがばかりに無言で訓練器具を指さし鞭を手で弄ぶヤゴの姿に、72番はようやく渋々と言った様子で四つん這いのまま歩みを進めるのだった。
…………
――確かに、知らないうちにこの身体はすっかり変わってしまっていた。
まるでいつの間にか淫乱で飢えた獣のような他人の身体に魂を入れ替えられたのではないかと錯覚するくらいに、これは『知らない』身体だった。
(嘘でしょっ、まだ挿れただけなのにっ、逝っちゃうっ電撃こわいいいっ!!)
泥濘を割り開く、それだけの刺激で奥が震える。熱が胎でぐるぐると渦巻いて、今にも爆発しそうだ。
けれど素早く背中を駆け上がる、もしくは波のようにじんわりと全身を真っ白に染め上げる絶頂の感覚にはどうやっても辿り着けない。
まるでガラスの天井が出来ているかのように、快楽はあっさりと跳ね返され、されどそのまま落ちることも出来ず高さを保ち続ける。
最初はそれでも良かった。
絶頂出来ない辛さよりも、その直後に待つであろう電撃や恐怖の方が余程恐ろしくて、ああ、本当にもうあの怖さに襲われなくていいのだとどこか安心を覚えられたから。
けれど。
何があっても絶頂出来ないという確信を得た心は、途端に欲を出し始める。
(逝けなくてもいいです……逝きたいけど我慢しますっ、だからっああんっ、せめて気を紛らわさせてえぇっ!!)
本当に隣で腰を振る彼と同じだ、と72番は最早自分のものでは無くなった身体を嘆く。
例えあまりの辛さに動きを止めたいとどれだけ切望しても、それどころか止めようと意識を向けても、恐怖を打ち込まれた身体はまるで機械のように偽物の欲望を愛で続ける。
そもそもどうやって身体とは動かしていたっけ……と今更ながら考え込む始末だ。
(何か……何か、辛いのを紛らわすの……ああんっ、だめっもう気持ちよすぎて何も考えられない……!)
そもそも奉仕をしているのに、気を紛らわすも何も無いよね、と冷静さを欠片だけ残した頭がそっと囁く。
身体が勝手に動いて、勝手に己を追い込み続けている。その状態で『私』に出来ることなど皆無だ。
……大多数の素体は、きっとそう考える。
実際104番は全てを諦め、衝動に翻弄されつつも余計な言葉を発しないようにすることだけに注力すると決めたようだ。
ああ、彼の少し高い悩ましい声すら今の自分には興奮を煽る材料にしかならないだなんて、自分はどれだけ煮詰まって――
(……あ、声……そうだ、声……っ!!)
だというのに。
絶頂のためなら全てを捧げかねない程追い詰められた72番は、元々の浅慮な思考形態故に予想もしない解決策を考え出す。
そうだ、あったじゃないか、こんな身近に便利な言葉が……!
「…………け…………」
「ん……?どうした、72番」
「はぁっんああああっ……はぁっはぁっ……んっ、いけっ…………いけ……いけぇ……っ……」
「!!」
突如始まった、72番の小さな呟きに作業用品達がさっと顔色を変える。
そんな変化など当然気付くこともなく、彼女はただ、己が身体の奥に刻み込まれた命令を繰り返し続けていた。
――この言葉は私にとって、魔法の言葉。これがあれば逝ける、楽になれると一縷の望みをかけて。
「っ、イツコっ!!」
「大丈夫、104番には聞こえてないわ。……イヤーマフもつけたからもう心配ない」
「助かる。……ったく、とことん余計な事をやらかしてくれる……!」
まさかそんな行動に出るとは思っていなかったのだろう。管理官の指示もすぐには飛んでこない。
しかしそこはイツコである。咄嗟に部屋に常備してある騒音対策用のイヤーマフを104番の耳に被せた。
幸いにも、こちらはこちらで既に周囲の把握が出来ないほど快楽に頭を焼かれていたため、最悪の事態は免れたようだ。
「今の、下手したらここに居る全員が懲罰だったよな……」
「間違いないわね。というか普通思いつかないわよ。ふふっ、相変わらず子ネズミちゃんは面白いわねぇ」
「面白がっている場合か!……おい、やめろ」
「んぐっ」
お前、本当に馬鹿だったんだなと心底呆れた様子でヤゴが72番の髪をひっつかむ。
痛みにほんの少しだけ彼女は顔を顰めるも、まだ疑似ペニスを咥えたままの穴は全力の奉仕を止められない。
何より、何故こんな扱いを受けているのかすら理解が出来ていない様子に、ヤゴは軽く目眩を覚えながら「いいか」と幼子に言い聞かせるかのようにゆっくりと、はっきりと72番に言い含めた。
「その言葉は、命令でなければ意味が無い」
「う……ぁ……?」
「お前が自分で口にするものは、他者からの命令では無いだろう?ただの独り言だ。だから……お前は、絶対に勝手に絶頂出来ない」
「ぁ…………!!」
「そんなことにも気付かないとはな。つくづくおめでたい奴だ」
イツコの機転に感謝するんだな、とヤゴは隣を……72番の声が届かないように耳を塞がれた104番を指さす。
たとえ72番にとってはただの独り言であっても「イケ」の一言は他の性処理用品にとっては命令と認識されてしまうのだ。
万が一72番の声が104番に聞こえていれば……そして104番が意図せずアクメを決めていれば、この場に居る全ての二等種が懲罰対象になるのは免れない。
完全に巻き添えを食らった104番すら「勝手に絶頂した」と見做されるだろう。
「二等種の分際で他の個体に絶頂の許可を出した、それは人間様の真似であり、重大な罪だ。言っておくが、俺たち作業用品ですら管理官様の許可無しには、絶頂はおろかお前らの拘束を解除することも、股間に触れることさえも許されていないんだからな?」
「あ……」
「良かったな。もしお前の不用意な発言で104番が絶頂していれば……管理官様曰く、お前と104番はこの場でF等級判定が確定だった」
「!!」
「で、俺は大切な素体を2体も無駄にした責任を問われて、性処理用品としての訓練と加工を施されこの施設で壊れるまで飼い殺し。残りの作業用品も棺桶3日間は確実だろう、だとよ」
「ちなみに未遂であっても、子ネズミちゃんとヤゴは懲罰対象よ。……ま、頑張ってねヤゴ」
「……ちっ…………」
お前の浅はかさは少々目に余る、とヤゴはぐいと72番の顎を持ち上げる。
左からアシスタントの作業用品がヤゴに渡したのは、さっきまで彼女の口から胃までを満たしていた口腔性器維持具だ。
「2週間後の訓練まで、お前はこいつでその甘ったれた口を塞いだままにしておけ。……その訓練が終われば、こんな失言はしなくなるだろうからな。懲罰は追って管理官様から沙汰が下されるだろうさ」
「んぶうぅぅっ!!んぐっおげぇぇ……」
「全く、腰振りながらだと入れにくいな……ほら、しっかり飲み込めよ」
流石のヤゴも苛立ちを隠しきれないのだろう。慣れない体勢というのもあって、挿入の手はいつもより乱暴だ。
(待って待って待って!!苦しいっ、こんな状態でやめっ……!!)
上からは苦痛を、下からは快楽を。
相反する刺激を与えられて、それでもこの身体は奉仕を止めない。
堅いくびれが良いところを擦る感触を、奥の気持ちいとこを突く快楽を、そして『射精』によるささやかな、けれどいっとう熱を上げる刺激を求めて……しかしそれ以上に人間様への奉仕を優先して、素体達の意思を完全に無視し偽物の性器に阿り続ける。
(……ああ)
(くそっ……!)
嬌声と共に素体達の瞳から流れ落ちた涙は、快楽と判断されるからお咎めはない。
例えそこに底深い絶望を含んでいたって――誰も知らない、知ろうともしない。
((もう『私』なのは、この心だけ……これだけしか、残ってないんだ))
ここに出荷されて、たったの5週間。
あっという間に次々と奪われていく己の存在の基盤に、染まり、歪み、壊れていく輪郭に、彼らはただ震えながら全てが消えてしまわないことを祈る事しかできなかった。
…………
次の日、奉仕訓練室で一人ぼんやりと宙を見上げていたイツコの所にふらつく足取りで現れたのは、青ざめ今にも吐きそうな様子のヤゴと、ずっと何かを唸り続けている72番だった。
「はぁっ、はぁっ……くそっ、まだ声が止まない……」
「ああ、あんた初めての時も言ってたっけ?ずっと人間様の子供に死ねって追いかけられるんだって」
「……昔の記憶がな、最悪な形で出てきやがるんだよ。いい加減忘れたいんだが、残念ながら二等種であってもそう上手くはできていないらしい」
結局、ヤゴの懲罰は「あそこまで思考性能の低い個体だと防ぐのは難しかった」という人間様による多少の温情もあり、作業終了後から始業時までの『棺桶送り』と相成った。
とは言え、たったの1時間でも恐怖を伴う幻覚を生じさせる碌でもない保管庫に半日以上閉じ込められたのだ。出来ることなら今日は作業用品用の保管庫で自慰もせずくたばっていたいが、当然ながら二等種にそんな贅沢は許されていない。
「……で、72番は……ううっ気持ち悪ぃ……」
「あーもう、私が見てあげるわよ。……あ、前回と同じじゃない?消灯後の性感帯刺激。だからずっと謝ってるのね」
見かねたイツコがモニタを確認すれば、72番に下された懲罰は前回同様、消灯後の性感帯に対する電気刺激だった。
ただし、既に2回目であること、更に既に絶頂管理訓練が終了した個体であることから、前回のような「気持ちいいけど絶対に絶頂出来ないもどかしい刺激」ではなく「管理機能実装前なら確実に1分で絶頂している刺激」を数時間にわたり与えられたようだが。
(ごめんなさい、ごめんなさいっ……もう勝手に逝きたいなんて思いませんから……ああ、でも前回だって何日も続いた……今回は?まさか、あれより長い……!?)
全く引く気配のない身体の熱を持て余しながらも、72番は蓋をされた喉を必死で震わせ、ひたすら誰かに謝り続ける。
なお、彼女の不安は的中する。
作業用品の確認するモニタにはしっかりと記載されている通り、今後2週間に渡って彼女はただでさえ昼間の奉仕訓練で昂ぶり鈍らされた思考力を、更なる刺激と睡眠不足により限界まで落とされてしまうのである。
(ああ、なるほど。2週間後への下準備としても使うのか)
隠された意図を、作業用品達が口にすることはない。
そもそもヤゴに至ってはそんな気力も残っておらず、かといって作業用品に壁に凭れたり床にしゃがんだりして休む権利は与えられていないから、アシスタントの肩を借りつつ今日の訓練の準備を進める始末である。
「今日は……昨日の続きだな。その身体に慣らさないといけないし……あーダメだ、餌の匂いが上がってきて、うぶっ吐きそう……」
「心配しなくても吐けないわよ。ほら、手伝うから」
「……おう、すまない」
「いいわよ、今日明日は私も暇だしね」
げんなりした顔で何とか立位を保つヤゴに代わり、イツコはテキパキと今日の訓練器具を筐体の股間にセットする。
……そこに、104番の姿はない。
(……あれ?そう言えば…………今日は別の訓練?でも、それなら調教師様も付いていくはずじゃ)
基本姿勢のまま奉仕訓練が待ちきれず腰を揺らしていた72番も、ようやくいつもと違う風景に気付いたらしい。
こてりと小首を傾げれば、それに気付いたイツコが「あ、104番はいないわよ」と微笑んだ。
相変わらず彼女は美しい。そしてその瞳は、104番の現在を夢想して興奮に濡れている。
「あれ、今懲罰中だから」
「…………え?」
「ああ子ネズミちゃんのせいじゃないわ。まあ絶頂管理機能が付いた後は時々やらかす個体がいるのよね」
絶頂管理訓練の数日間、肉体的にはともかく精神的には全く満足を得られないままただ身体を昂ぶらされた素体の中には、検査後数日以内に理性のネジをすっ飛ばしてしまう個体が時々現れる。
流石に72番と異なり、検査とその後の奉仕訓練で嫌と言うほど現実を分からされた素体達は、絶頂こそ本能的に避けようと考えるらしいが、同時に渇望でまともな思考を奪われているが故に、揃いに揃って最も身近で且つお手軽にこの熱を覚ませる手段――すなわち懲罰電撃を浴びることで何とかこの熱を紛らわそうと企むらしい。
「……で、昨日保管庫に放り込んでからね。わざと床に座り込んで懲罰電撃を食らいまくってたのよ。ええと、記録によると……消灯までに14回?はぁ、あの電撃も短期間に浴びすぎたらいくら二等種だって損傷するってのに無茶しちゃって……」
「うぇ……」
「だからね、今朝の餌が終わった後にそのまま実験用個体保管庫へ持っていったの。ふふっ、目隠しを外した瞬間のあいつの顔はなかなかそそるものだったわよぉ……」
『そんなに発情したくないなら、ちょっと棺桶で寝てらっしゃいな。2日間、一体何百回幻覚の私に殺されるかしらね?』
イツコの宣告に茹だった頭も瞬時で醒めきり、その場で土下座して謝るも既に遅し。
その後は72番も体験した通りである。
「はぁ、棺桶の蓋になってずっと眺めていたいわ」とすっかりご機嫌のイツコに、72番は背筋が寒くなる。
明らかに怯えた顔をしたことに気付いたのだろう、イツコが「大丈夫よ、子ネズミちゃんはそんな馬鹿なことをしないでしょ?」といつものように温かな掌でそっと彼女の頭を撫でるも、72番の頭の中は別のことで一杯で。
(良かった……!!昨日、消灯後に起き上がって懲罰電撃でちょっとでも楽になれないかなって思ったけど、できなくて正解だったんだ……!)
一つ間違えれば、自分も104番の隣で感覚という感覚を全て奪われ泣き叫ぶ所だった。
今回ばかりは自分の強運に感謝、というよりは実際に起き上がろうとしたものの刺激に翻弄されて力が入らなくて良かったと72番は心の底から安堵しつつ、もう待ちきれないとばかりに、二等種の股間に聳え立つものよりも二回りは大きい人外じみた訓練器具を泥濘に沿わせ、ぬぷりと粘着質な音を立てながら腰を下ろすのだった。
(はぁっ、はぁっ、気持ちいい……もう、勝手に身体がご奉仕してくれるから……それに任せて……足りない、もっと……足りない……)
恍惚と不満を交互に見せ、くるくると変わる表情を堪能するイツコが「これもあと少しねぇ」と少しだけ名残惜しそうな顔を見せる。
「十分楽しませて貰ったけど……ちょっとだけ勿体ないわね」
「……イツコ」
「分かってるわよ。均一な製品を作るのが私達作業用品の仕事なんだから」
分かっているから、あと少しの時間を楽しむくらいはいいじゃない?
……微笑む彼女の瞳に映るのは、決して周囲のアシスタントと同じ72番の無様さを楽しむ興奮だけではない。
そしてそれに気付いているのは、相変わらず真っ青な顔で何とかその場に立っている、仏頂面の作業用品だけ。
(まぁ『壊れる』前に面影に縋るくらいは、管理官様も咎めはしないだろう。こいつに限って作業の手を抜くことはないしな)
本人すら知らない感情に突っ込むのも野暮だ。
そう結論づけたヤゴは、湧き上がる小さな想いに蓋をして、よろよろと担当個体の指導に戻るのだった。
管理番号499F072、並びに499M104。
彼らの心身が製品レベルに仕上がるまで、あと3週間である。