沈黙の歌Song of Whisper in Silence
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15話 Week6 快楽変換機能実装

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 1畳程度の狭い保管庫の中、ぼんやりとした明かりが汗ばみほんのり色づいた身体を照らす。
 相変わらず床はぐっしょりと濡れていて、オスの匂いが鼻をつく。
 ――今はその匂いすら、己がオスであることを肯定してくれているように感じて、どこか愛おしい。

(はあぁ、辛い……もっと、気持ちいいのが欲しい……何も与えられないのは辛すぎる……!)

 104番は熱に浮かされた頭で、息を荒げつつ渇望を心の中で叫び続けていた。
 あまりの辛さに耐えかねてやらかしてしまった懲罰電撃の濫用は、当然のように懲罰対象となってしまい……お陰で『棺桶』から出てもう3日は経つというのに、まだイツコの顔を見るだけで全身が恐怖に強張ってしまう。

 ある意味ではこの狂おしい衝動を逃すのに一役買っているとはいえ、流石にこう言う形は勘弁して欲しい。
 ……結局の所、この熱を紛らわすためには人間様への、今であれば人間様に似せた性器への奉仕をする以外に方法がないということか。

(はぁっ、はぁっ、はぁっ……早く訓練の時間がこねえかな……でも昨日はチンコだったから、今日は……はぁ、メスへの奉仕じゃ興奮するばかりで気持ちよさが足りねぇんだよな)

 今や、104番の中心はメスの形を、匂いを、味を前にしてすら檻を突き破らんがばかりに猛ることは全くなくなった。
 流石に本能が求めるのだろう、オスに対する奉仕に比べれば元気になって少々痛みを伴うけれど、我慢できないほどではない。

(……そっか、俺のチンコはもう……メスにすらまともに反応しねぇんだった)

 オスとしての機能を失ったことを突きつけられたというのに、どこか落ち着いて受け止める位には、自分は身体がメスになったことを受け入れてしまったのだろう。
 ……その胸に残るのは、わずかな悲しみだけだ。

(それでも、まだ、俺は折れていない。……俺はまだ、大丈夫だ)

 もどかしさに腰を揺らしながら、104番はそっと下を向く。
 あの日から変わりなく股間を戒める金属の檻の中で、すっかり変わってしまった己の分身は、それでもオスであることを教えてくれる……104番にとって最後の希望だった。


 …………


(これが終われば訓練だ……早く、早く……)

 カチッ

 鉄格子の外に向かって尻を高く上げ、股間の全てを曝け出した状態で響く、小さな音。
 結腸に詰め込まれた拡張器具が、この一瞬だけはふっと猛烈な圧迫感をもたらさなくなる。
 ……と言っても本当に一瞬だけで、次の瞬間には人肌に温められた浣腸液が無くなった分の質量を埋め尽くすのだけれど。

 とぷとぷ、というよりじょわっと一気に結腸と直腸に満たされる液体の感覚から察するに、恐らく拡張器具には全長に渡って複数の穴が開いていて、そこからシャワーのように浣腸液が腸内に噴出されるのだろう。

「んぅ……」

 満たされる感覚に、流れ込む刺激に、思わず声が漏れる。
 その声は甘く、悩ましく、むしろもっと欲しいとねだっているようにすら聞こえる。

 絶頂管理機能を植え付けられて以降、この身体は常に絶頂寸前の狂おしい感覚を抱えたままだ。
 お陰でありとあらゆる刺激を快楽に変換しようとするのか、ほんの些細なそしていつもなら快楽にもならないような刺激にすら、勝手に身体が跳ねてしまう。
 以前は気持ち悪いだけだった浣腸液を中にを叩き付けられる感覚も、今の身体にとっては気持ちよく気分を紛らわすことが出来る、ちょっとした「ご褒美」だ。

 ……今の彼には、これが異常であることすら気付けない。

「ふぅーっ、んぐっ…………うぅ……」

 毎朝腹が破けそうなほどの量を注入される事にもすっかり慣れたなと、104番は脂汗を流しながら力ない笑いをそっと漏らす。
 残念ながら詰められた液体が留まる時間だけは、どれだけ繰り返しても慣れて楽になることはないし、流石に快楽にするには少々苦痛が強すぎるようだ。

 拡張器具がもたらすじりじりとした全く収まることのない焦燥感も大概だが、浣腸はなまじ波があるせいか、一気に押し寄せてきたときの苦痛が桁違いに感じてしまう。

(ああぁ、また来た……っ!早く、早く終わってくれ……!!)

 一体何回目かすらもう分からない、差し込むような痛みと今にも決壊してしまいそうな焦燥感が104番を襲いかかる。
 せめて歯を食いしばれたら、背を丸めることが出来たら少しは楽だろうにと嘆きながらも覚悟を決めた、次の瞬間。

「…………?」

 来るはずのものが、来ない。
 いや、それどころかさっきまで腹の中を暴れ狂っていた詰め物が、一瞬にして消え失せたように感じる。
 思いがけず軽くなった身体は、しかし何故だと訝しむ前に再びずっしりとした質量で埋め尽くされた。

「んうぅ……あんれ……?」

 予想だにしなかった事態に、思わず104番の口から疑問が漏れる。
 今のは人間様が浣腸液を抜いて下さった感覚。そして、浣腸時のみ一時的に何らかの方法で入口部分を除いて細くなって――といっても実際には直径3センチはあるのだが――いた拡張器具が、元の太さに戻された圧迫感だ。

 この感覚だけなら、別に驚きはしない。毎朝浣腸の終わりには味わっているのだから。
 104番を驚かせたのはその時間である。

(……何かめちゃくちゃ短くね?あれか、今日は早めに訓練に連れて行かれるのか?)

 何にせよ早く解放されるのはありがたい、とホッと胸をなで下ろすのと同時に、静かな保管庫の中に声が響いた。
 幼い頃から聞き慣れた、人間にしては少し無機質な感じのする声。AIによる自動監視音声だ

『従順度及び奉仕訓練成績が一定の基準を満たしました。褒章として浣腸時の待機時間を10分に短縮します』
「!!」

(……短縮?)

 思いがけない言葉に、104番は目をぱちくりさせる。
 ここに連れてこられて以来、昨日より楽な今日がやってきたのは初めてでは無かろうか。
 何にしても人間様から与えられた貴重なお慈悲だと、彼は塞がれた口で精一杯の感謝を誰もいない空間に投げかけた。

(奉仕の成績はいいって、前にあいつら作業用品が話していた……だから、従順度が上がったって判断されたんだ)

 ただ、基準を満たしたと言われても、特に態度を変えたつもりはない。
 そもそも内心は今まで通り変わりなく、本当の意味で天然モノには屈していない。まぁ、身体は完全に屈しているけれど。

 だから、思い当たることはただ一つ。

(……ああ、身体がメス堕ちして……穴として従順になった、からだ)

 人間様も、作業用品も、AIすらも、オスの快楽を捨てたことを褒め称える。
 それこそが性処理用品として正しい姿なのだと言わんばかりに。
 ……もう、自分以外は誰一人、自分をオスだなんて見ていない。だから、せめて自分だけは自分を裏切れない。

 そんな彼に無情にもAIが指し示すのは、更なる穴へと進む道標。

『次の基準達成時には、膀胱内蓄尿量を3割まで減量します』
「!!?」

(マジかよ!なんだよ、従順になって成績も良ければ楽になれるだなんて一言も教えてくれなかったぞ、あのクソ天然モノ!!)

 それなら最初からもっと従順なフリをしていたのにと104番は心の中で独りごち、更なる訓練での奮励を誓う。
 もっと楽になれるのなら、あいつらに従順なフリをするくらい大したことではない。心の中まで従順になる必要は無いんだから……

 彼は既にすっかり忘れている。
 成体になり排泄管理をされるようになった頃は、浣腸の待機時間はたったの10分であった事も、それ以前に自分は浣腸などを必要とせずに排泄が出来ていた事も。

 そして、彼は気付かない。
 奪い尽くされた後に、奪った張本人からほんの少しだけ返して貰った己の権利をありがたがるほど貶められた心に。
 そして、あまりにも過酷な苦痛とストレスを浴び続けた結果、感情が表に出るのを隠しきれない、隠そうとすらし無い程二等種への嫌悪に塗れていた心が、少しずつ屈し始めていることに。

(今日は何かな……この身体でも十分ノルマはこなせるようになったし、そろそろ違う訓練かな)

 暴れ狂う熱を癒やし、更に待遇まで良くなるというなら、真面目にやらない道理はない。
 104番は随分久しぶりに訪れた苦痛のない朝に感謝しつつ、シャッターが開くのを心待ちに熱っぽい目で鉄格子を見つめ続けるのだった。


 …………


「72番、104番。お前らの穴は無事性処理用品としての基準をクリアした」
「……え?」
「穴の拡張が最低基準に達したのよ。少なくともこれで、拡張不足による検品落ちは無くなったわ」
「!!」

 訓練室で基本姿勢を取った途端、作業用品から宣告された言葉。
 それは素体達がまた一つ、性処理用品として完成に近づいたことを告げるものだった。

「と言っても、下の穴は出荷前検品までずっと拡張するけどね、太さも長さも」
「拡張が更に進めば、その分等級が上がることもあるからな。まあその辺はこっちでいい感じに加工するから、お前らが気にする必要はない」

 穴の拡張基準は、あらゆる性処理用品の基準の中でもっとも重視される項目である。
 もちろん分泌物の量や伸縮性、内圧などの機能面に関わる数値も穴としての利用時の快適性を上げるためには必要な要素だが、そもそも人間様が意図したものが入らなければ話にならないからだ。

 全ての個体は、遅くとも6週目最終日までに膣では直径7.5センチ長さ35センチ、大腸では直径7センチ(直腸部のみ7.5センチ)、長さに至っては1メートルにも及ぶ質量を飲み込めるようにならなければならない。
 ちなみに何の拡張もしていない膣では、個体差はあるが20センチ程度の長さでも苦痛を伴う事が多いと言う。
 大腸に関しては、この基準はおおよそ横行結腸の半ばまでを一般的な缶詰並みの太さを持つ物体が占拠できる状態を指す。

 更に日常生活でバイタルが安定し、奉仕訓練にて直径7.5センチ長さ35センチ、感度を人間様のいわゆる遅漏と言われるレベルまでに下げた訓練器具を挿入から5分以内に『射精』させるノルマを7日間連続で1回のミスもなくクリアした段階で、素体は初めて製品としての拡張基準を満たしたと見做される。
 なお尿道の拡張についてはメスのみが対象となるが、こちらは検品の必須基準では無い。ただ10ミリ以上の拡張を行っている場合は尿道でのプレイ幅が広がるため評価点が加算される仕組みだ。

「折角だ、自分達の姿でも見てみるか?」

 ヤゴが部屋の隅から持ってきたのは姿見だ。
 別に今更見せられたところで嬉しくなんてない、そんな暇があるならさっさと訓練をさせて欲しいと鼻息荒く「んうぅ」と切羽詰まった声を上げる72番にはお構いなしに、ヤゴとイツコは素体達の目隠しを外した。

「訓練で相手の身体は見ているからおおよそ見当はついているだろうが、じっくり見る機会も無いだろう?見た目だけならもう製品と見分けが付かないな。覚えてるか?最初に見た製品を」
「…………!!」

(え……なに、これ……!!)
(嘘だろ、確かにポンコツも結構変わってたけど……これが、オスの身体かよ……!)

 明るくなった視界に目が馴染み、己の姿が見えてくる。
 顔を上気させ、目はどろりと溶けて涎を垂らし、浅ましげに快楽をねだる表情もショックではあったが、これは予想がついていたからまだいい。
 素体達が最も衝撃を受けたのは、胸から腰にかけての身体のラインだった。

 みぞおちの辺りからぽっこりと飛び出した腹部。
 良く見ればへその上と下では浅めの段差が出来ていて、上は胃の中に収まる維持具の抜去防止バルーンが、下は穴から詰め込まれた拡張器具が限界まで腹を膨らませているのだろうと想像が付く。
 ウエストのくびれはも浅くなり、前にせり出したお腹はどう見ても魅力的とは正反対の印象を与えそうである。

 更に彼らの目を釘付けにしたのは、明らかに大きくなった、というより横に広がったお尻。
 太ったわけでは無い、と思う。人間様のことだからその辺の管理はしっかりしているのだろう、実際手足に無駄な肉が付いている感じはしない。
 ただ、お尻だけが妙に存在感を増している。改めて104番を見れば、本来オスではあり得ない腰回りの拡がりが、まるでメスを思わせる曲線を描いているのだ。
 見学の時にいたオスの製品もこんな感じだっただろうか、あの時は今以上にいっぱいいっぱいだったから、細かいところまではいまいち記憶に無い。

(こんなに……なってたの……起きてると息が苦しいとは思ってたけど、まさかお尻まで……知らなかった……)

 明らかに変貌した外観にすら気付けないほど、自分は追い込まれていたのだと72番は改めて思い知る。
 呆然と鏡を見つめる彼女の様子にまた突飛な事でもされては堪らないと思ったのか、ヤゴが「そう心配する必要は無い」と少し柔らかい声色で声をかけてきた。

「維持具を全て抜けばほぼ元通りの体型に戻る。少なくとも表から見た部分はな」
「……おんおぅに?」
「そりゃ、膨らませているものが無くなるんだから戻るだろうよ。見学で見た個体だって引っ込んでただろうが」
「……んん……」
「……お前がまともに見ているはずがないか……ちなみにそのままじゃ穴はガバガバだから、用途に合わせて締まりを良くする薬は使うぞ」
「薬は奉仕訓練で経験があるでしょ?あれで締め方を躾けられた筈よ」
「げ」
「ひぇ……」

(あれ、訓練だけじゃねえのかよ!)
(そんな、製品になってもあんな痛い思いをするの!?)

 無理矢理穴の締め付けを強められる苦痛を思い出し顔を顰める素体達に、ただし、とヤゴは大切な事を付け加える。

「元に戻るのは見た目だけ。中身は完全には戻らない。……ああ、穴のことじゃない。もっと基本的な部分だ」

 下の穴の拡張器具や維持具は、本来の人体の許容量を超えた挿入を性処理用品に強いるものである。
 一応骨盤の内径を超えない様に最大サイズを決めているとは言え、穴の周りには脂肪も筋肉も臓器も存在するのだ。特にメスは二つの穴を同時に拡張した状態で維持する関係上、常に限界ギリギリの質量を抱え込むことになってしまう。

 このため、一定のサイズ以上の拡張器部及び個体に合わせて作られる膣及び肛門性器維持具は、口腔性器維持具と同様に挿入時のみ作用する薬剤を持続的に分泌する。
 これにより骨盤周りの筋肉や靱帯は常に緩んだ状態となり、多少骨盤の限界を超えた質量であっても容易に飲み込めるようになる訳だ。
 つまり、腰回りが広くなっているのは太ったわけでは無く、骨盤が拡げられている為である。

 性処理用品は余程のことが無い限り二足歩行を禁止されているし、利用時も人間の目線より下に存在することを決められている。
 これは保管時の骨盤が広がった状態で二足歩行を行う事により骨盤がずれ、ひいては周囲の筋肉や神経を痛める可能性が高いためだ。

 実は、本来出産時くらいしか緩まない骨盤部分を加工してしまうのは、単なる拡張維持の補助のみでは無く、地上での逃亡を防止する目的も兼ねている。
 どう考えても逃亡など不可能な製品に、更に何重にも策を張り巡らし抜け穴を防ぐ。これも人類が安心して性処理用品を利用できるようにするための「セキュリティ対策」と言えよう。

「穴として使う時には元に戻ってるとはいえ、人間様や俺たち作業用品と比べればはるかに骨盤が歪みやすい状態ではあるからな。利用時にずれた程度なら夜の復元時間でなんとでもなるだろうが、これを入れた状態で立って移動しようとは考えない方がいい。走るなんてのは論外だな。最悪緩んだ骨盤がずれて周囲の筋肉や神経を損傷し、一生歩けなくなる。そうなりゃ……等級はどうなるんだろうな」
「随分前に歩行機能が廃絶した製品があったわね。レンタル中に人間様が無理矢理走らせたとかなんとか」
「はぁ!?良くこの状態で走れたな!それで?」
「それ、よりによってS等級だったのよ。だからでしょうね、肩と股関節から四肢を切断してC等級のダルマにリサイクルされたわ。あれなら歩行機能はなくても問題ないし」
「…………!!」

(緩んで壊れたなら直せそうなものなのに……その手間すら二等種には惜しいってか……!)

 等級が高かろうが、扱いはやはり二等種なのだと改めて思い知らされる。
 それでも即処分にならなかったのは、等級の高さ故だろう。だから今努力する意味はあるのだと言い聞かせなければ、無力感に押しつぶされそうだ。
 ……まあ、この場合は処分とダルマ、どちらが幸せかなんて比較にもあげたくないが。

 一方、なんとも言えない表情をした104番の隣で、72番は呆然と固まっていた。
 いくら一時的とは言え、これからの生活を思えばぽっこりと腹を突き出したみすぼらしい姿で過ごす時間の方がずっと長いはず。己の容姿に自信があった72番とって、この容姿は殊更耐えがたい仕打ちだったらしい。

(穴が使われない限りこのまま……使われるときしかまともな姿には戻れない……こんな膨らんだお腹に、お尻まで醜く大きくなってるなんて……こんなの、私じゃ無い……っ!!)

 まるで昔絵本で見た餓鬼のようだ。
 とても正視に耐えないと目を逸らせば途端に鞭が飛んでくるから、現実から逃げることも許されない。

 ふと気づけば、後ろに立つイツコの姿が鏡に映っている。
 管理番号から数えれば自分より20歳以上年上の彼女は、しかし少し前の自分と変わらないふくよかな胸に、くびれたウエストを惜しげも無く晒していて、余計に72番を打ちのめす。

(……ああ、調教師様は調教用の道具として使われているから、その姿でいられるんだ)

(私は……穴だから、穴として使われなければただの肉の塊でしかいられない……)

 お前はまだ役立たず、精々見た目だけがそれらしくなった、しかし何の価値も無い肉だ。
 ――鏡の中で快楽を求め濁ったままの自分が、そう突きつけてきた気がした。


 …………


「じゃ、そろそろ訓練に……何だ72番、また何か問題でも起こす気か?」
「んうぅ!んあああっ、んぅ、んぅっ……!」
「……ん?乳首……か?」

 ようやく現実を知らされる無慈悲な時間が終わりを告げようとしたその時、72番はある異変に気付く。

 彼女の視線の先は、二つの豊かな膨らみ、その先端。
 記憶にあるその蕾は、鏡に映る姿より二回りは小さかったはずだ。
 なにより堅く勃ちあがった先端を貫くピアスの太さが……こんなに太くは無かった筈だと気づいた瞬間、さぁっと冷たいものが背中を駆け抜ける。

(待って、これって外せないんじゃ無かったの!?なんで大きくなってるの?……まさか、せ、成長するピアス……!?)

 乳首とヤゴの顔を交互に見ながらオロオロしていれば「ああ、ピアスじゃ無いの?」「はぁ?何で今頃…………お前、また阿呆なことを考えてるだろうその顔は」と眉を顰める辺り、どうやら調教師様に心の中は筒抜けのようだ。

「どうせピアスのサイズが上がっていることに今更気付いて、乳首と一緒に魔法でデカくされたとか思ってるんじゃ無いのか?」
「うぐ……」
「当たりかよ!……ったく、お前入荷時の俺の説明をまっっったく聞いて無かっただろう!適宜点検や交換は行うって言ったはずだぞ!!」
「待ってヤゴ、あんたそんなことまで素体に説明していたの!?面倒見がいいのも大概にしなさいよ、もう……」

 まあまあ、と宥められたヤゴは、「また何かやらかされたら堪らないから」と渋々点検についての説明を始める。
 イツコ始め作業用品達は、内心笑いが止まらない。だって、あの『仏のヤゴ』の鉄仮面をことごとく破壊し、ついでに懲罰室に放り込む奇天烈な個体なんて、きっと後にも先にもこの脳みそが豆腐で出来ていそうなメスくらいだろうから。

 性処理用品の3カ所を穿つピアスは、訓練により肥大した乳首やクリトリスに合わせて随時入れ替えが行われる。
 それ以外にも首輪に装填してある薬剤の充填や魔力カートリッジの交換、それぞれの装具の点検は定期的に、ただし素体の知らないところで行われている。

「訓練終了後、点検日はそのままお前らを訓練室で眠らせて処置を行ってから保管庫に返しているからな。知らなかっただろう?大体訓練後はヘトヘトだろうし、麻酔薬で眠らされたところで夢を見るわけでも無いから、眠らされた記憶すら無いはずだ」

 メンテナンスは基本的に作業用品が行うが、拡張器具及び維持具以外の装具の交換は管理官のみに許可されている。
 特にピアスの交換は管理官レベルでないと使用できない解錠魔法と専門の器具を必要とするため、二等種にとっては実質「外せない」と同義である。

 なお、首輪に関しては一度施錠すれば人類であっても生涯外すことは出来ない。装着者の皮膚と一体化した金属は個体の焼却処分を行った上で解錠魔法を使用しないと、首がもげてしまうからだ。
 この国の叡智をこれでもかと詰め込んだ装具のため、解錠後は再利用が基本である。
 過去にはうっかり二等種管理庁の職員が装着して大問題になったことがあり、それ以来魔力を持つ人間が装着した場合には、モニタリング以外の全ての機能が動作しないよう改良が加えられたという。

「……とまあ、外せないというのはある意味事実だ。少なくとも俺たち二等種にそれを外す手段は無い。特に性処理用品、ただの穴であるお前らにその肉の外観をどうこうする権利なんてこれっぽっちも無いしな。人間様が弄りたいときに自由に加工しているだけだ」
「作業用品なら、見た目も多少は自由に出来るものね。髪留めの色違いくらいなら真面目に人間様に使われていれば頂けるし、ピアスは人間様に開けてもらっている個体も多いわよ。とはいえ、性処理用品のような変態丸出しなピアスとは大違いだけど」
「お……おんぁ……っ!」

 新たな事実に72番は愕然とし、104番は今にも泣き出しそうな顔をしながらもどこか納得した様子だ。恐らく彼はピアスの変化にも早々に気付いていたのだろう。

(知らなかった……本当に、やりたい放題……こっちの意思なんてお構いなしに意識まで操られるなんて)

 下を向けば、ぷっくり立ち上がった乳首を貫くあり得ない太さのピアスに目眩がする。
 およそまともな人が付けるとは思えない、下卑た存在であることを強調するかのような証。
 点検は製品になってからも当然続くだろう。つまり更に太いピアスを取り付けられる可能性もあるわけで。

(これ、ピアスが太くなったら乳首も大きくなって、またピアスも太くする……?あ、あそこもまさか、このせいで大きくなっちゃったの……?)

 じっと胸を注視しながら不安げな様子の72番を「心配しなくてもあまり無茶な大きさにはならないわよ」と慰めるのはイツコだ。
 ……でも、今日は頭を撫でてくれない。素っ気ない態度にそんな価値すらなくなったのかと悲しくなって、鼻がツンと痛い。

「あんまり大きいと、人間様が使うときに邪魔になるしね。そうねぇ……私の経験だと、太さは精々8ミリくらいまでじゃない?」
「は……っ!?」
「…………こぇ、ぁ……?」
「ん?ああ今つけてるやつ?……ええと、72番は3つとも2G、ってもう6ミリがついてるじゃない。入荷時の1.5倍よ!?よくここまで太くなるまで気がつかなかったわね!」
「うええぇぇぇ!?」
「104番は乳首が6G、4ミリ。テザーの方は特に交換してないわ。子ネズミちゃんの入荷時のサイズね。ふふっ、もうすっかりメス乳首よねぇ」

(うそでしょ、え、待って6ミリって……鉛筆の芯より太い!?そんな物をぶら下げて、乳首取れちゃわないの!!?)
(……こんな所までメスに作り替えられている……乳首なんてほとんど出っ張ってなかったのに!てか胸も心なしか膨らんでねぇか……?)


((維持具を抜いたら体型は戻るとは言うけど、こんな異様なものをぶら下げた身体で、人間様は本当に興奮できるの……?))

 二等種とは言え元々植え付けられた感性は人間様と変わらないからこそ、彼らにとって今の身体は、変態極まりない異様な姿……少なくとも一般的な美的基準からはどんどん外れる方向に加工されているようにしか見えない。
 自分達以外の素体だって、同様に加工されて製品として使われているのだから問題はない筈だが、そうは言っても到底受け入れがたい見た目の変化に、彼らは(使っていただけなければ気持ちよくなれないのにどうしよう)と相変わらず発情に根ざした不安を募らせるのだった。

 ――ちなみに、彼らは大きな勘違いをしている。

 それは、性処理用品と言うからには人間様が興奮するような魅力的な容姿で無ければならない、という固定観念だ。
 実際に二等種には美男美女が多いし、体型もメスはメリハリのある、そしてオスはどこか少年っぽさを残した線の細い体つきに加工されている。だから、そう言う姿を人間様が好むのだと素体達は無意識に思い込んでいる。

 そしてその勘違いは、半分は正解だ。
 実際の穴として利用するときには、確かに見目麗しい方が都合がいい。人間だってそれなりの金額を払って利用するのだ、見た目の品質が低いモノをわざわざ選ぼうとは思わないだろう。

 だが、地上の人間にとって性処理用品の用途は、ただ性欲を発散するだけではない。
 念入りに教育され、加工され、性欲に思考が突き抜けてしまった二等種では理解の出来ない数多の感情が、地上には渦巻いている。それを全て呑み込ませるには、顔はともかくそれ以外の部分はそれ相応の加工が必要になるのだ。

 だから彼らの心配はただの杞憂である。
 残念ながら彼らが思っているより、地上は二等種にとって絶望で満たされた世界なだけで。

 ――そしてこれから、素体達はそんな地上の需要に応える機能を実装され、自分達に求められるものの一端を垣間見るのである。


 …………


「じゃ、始めるか」

 ヤゴの声を皮切りに、ざっと作業用品達が動き出す。
 といっても、今日の固定は実にシンプルだ。3つの長大な器具を穴から引き抜かれた後、床に取り付けたT字型のパイプに首輪と手枷を固定され、股を拡げて立った状態で足枷を床の金具に留められただけ。
 ちょうど尻を突き出し、腰を90度に曲げた状態で拘束された形だ。

 ちなみに72番の口腔性器維持具は、そのままである。胃が圧迫された状態でこの体勢は結構苦しいらしく、無駄だと分かっていてもどうにかして楽にして貰えないかと縋るような瞳で、目の前を忙しなく動く作業用品達を見つめている。

「んぐぅ……」
「あれ、これは抜かないんですか?」
「ああそれね、ヤゴが珍しく独自の懲罰を与えてるのよ。ふふっ、流石に巻き添えで棺桶送りはヤゴでも腹に据えかねるのね」
「当然だ、というかお前らならもっと酷い懲罰にするだろうが」

 首輪にはモニタ付きの四角い機械から伸びる透明なチューブが接続された。
 あれは首輪に薬剤を入れるためのものだ。幼体の頃から何度も検査で使われてきたから間違いない。

「今からやるのは、快楽変換機能の実装だ。今日が初日で、最大5日間。基準を満たせばその段階で完了だ……と言っても大抵5日間フルで行うけどな」

 準備をしながらヤゴが話し始める。
 だが、その言葉を向ける先は素体達では無い。

「ええと……レイク、だったか。この1ヶ月のうちに調教体験は終わっているから、分かるな?」
「はい。ええと」
「あ、内容は喋るな。5週目以降の訓練は、基本的に素体に目的を知られてはいけない。心理的抵抗が強くなると実装に時間がかかる」
「っ、すみませんっ!」
「大丈夫よ、落ち着いて。管理官様も作業に慣れるまではそこまで厳しくはされないから」

(……あの人、番号が……一つ年上?初めて見る調教師様だ……綺麗なひと……)

 72番は目の前を通り過ぎた作業用品をチラリと盗み見る。
 腰に刻まれた管理番号は489M019。胸まである長い髪を横で緩く纏めた姿は儚げな少女かと思いきや、どうやらまさかのオスらしい。
 本当に二等種の美形率は高すぎやしないかと思いつつも、何もされなければ目の保養だと言わんばかりに、彼女はすっかり訓練のことも忘れてその個体に熱い視線を送っていた。

 ヤゴたちの態度から察するにどうやら彼は新人で、ヤゴが教育係なのだろう。「今日が初めての作業だし、打ち方から教えるからな」と72番の後ろに回ったヤゴが何やら説明をしているようだ。

「あまり握り込むな。卵を持つような感じで軽く、薬指と小指で支えるように……そうそう、それでいい。性処理用品相手だから少々強めに打っても問題は無いが、あまり傷が深いと復元時間で元に戻らないからな。身体に当たった瞬間に、手首を返して……」
「あ、何となく分かります。ドラムをスタッカートで叩くような感じですね」
「……それは俺にはよく分からない例えだが、うん、まあ多分合っている」

 ……気のせいだろうか、漏れ聞こえる会話は随分不穏である。
 ついでに何かが風を切る鋭い音も響いていて「流石に両手で振るのは止めておけ、場所によっては骨が折れる」「ヤゴは片手なのに初手で骨にヒビを入れていきなり電撃食らってたものね、元剣道少年は強すぎよ」と和やかな雰囲気とは裏腹に物騒な内容に、素体達の顔が一気に引き攣った。

(おいこら何考えてやがる!?冗談じゃねぇ、もうどう考えても痛めつける気満々じゃねえか!!)
(なんで!?性処理用品ってそんなことまでされるの!!?気持ちよくないことはいやあぁぁっ!!)

 あの風切り音。両手で持つという表現からして、恐らく棒状の物だと104番は推測する。
 と同時に脳裏によぎるのは、遠い日の記憶だ。

 ――豪奢な「秘密の部屋」に集まった、父親とその友人達。
 天井から吊り下げられた二等種を鞭で打ち据え、この世のものとは思えない絶叫と共に尻や背中には真っ赤な痕が広がっていく。

『おい、血が出たぞ。ったく汚いな』
『あんまりやり過ぎるなよ。修理が必要になったら追加料金がバカにならないし』
『分かってるって。てかこんな傷を付けられてるのにこいつ腰振ってるぜ!打ったら本気汁垂れ流すとかとんだ変態だな』
『ひぎいぃぃっ、痛いいぃっ!!痛いの、逝っちゃう、アクメしちゃうぅっ!』
『できるわけねえだろ、お前らの絶頂は俺たち人間が管理しているんだからな!』

 なのに、あのメスは痛いと泣き叫びながらも、最後までアイマスクから涙が零れ出ることは無かった。
 代わりにだらしなく開けた口から舌を垂らし涎を伝わせ、傷が増える度に身体をガクガクと痙攣させて……子供心にもそこに苦痛の色は全く見えなくて。

(……さっき、快楽変換機能って言った)

 機能実装。
 絶頂を完全管理される身体に加工されたように、こちらの努力も何も無く無理矢理生物として当たり前に持つ権能を剥奪され歪められる、悍ましい調教を指す言葉だ。
 そして、朧気な記憶と快楽変換機能という言葉、そして彼らの会話を合わせれば……いくら発情で馬鹿になった頭とはいえ隣のへっぽこ天然モノとは違うのだ、これから自分がどうなるかなんて分からないはずがない。

(いやだ……そんな、あんな……暴力すら気持ちいいって腰を振るモノにされる……)

 見た目だけでない、中身もただの淫乱ではない、異常な性癖を植え付けられ、歪められる……あまりに残酷な未来に、全身の震えが止まらない。
 カチカチと噛み合わない歯が音を立てる。嫌だと叫べるなら思いっきり叫びたいが、朝の『褒賞』で懐柔された心はそれを抑圧してしまう。

「ひぃっ!!」

 ぴとり、と冷たい感触が尻に触れれば、思わず情けない悲鳴が上がる。
 思ったより獲物は細い。そして、思った通り硬い。
 ……こんなもので、俺はこれから感じるようになるのかと思えば、恐怖に息が荒くなって、視界がぐっと狭くなる。

「あ、あ……あぁ…………」
「あら、気付いたのかしら?相変わらず堕とされは勘がいいわね……まぁいいわ。首から下、脂肪の薄い部分以外ならどこを打ってもいいけど、レイクは今日はお尻だけね。後の部分は私達が打つから、その時には首輪を操作して」
「はい」
「じゃ、見ててね。せーのっ」
「!!」

 イツコが手慣れた様子で腕を振り下ろす。
 ぶんっと鋭い風切り音が、耳に届く。
 次の瞬間

(いやだ、やめて、こんなもので)

「うがあああああっ!!」

(……こんな痛みで、気持ちよくなんて、なりたくないっ!!)

 肉を打つ鈍い音と共に、塞ぐものの無い口から、野太いオスの絶叫が響き渡った。


 …………


 快楽変換機能。
 その名の通り、性処理用品に与えるあらゆる刺激を快楽として認識させる機能である。

 利用者の貸出評価研究によれば、実に利用者の6割が性処理用品に対して単なる穴としての機能だけでは無く、ストレスの捌け口としての機能を求めているという結果が出ている。特に女性利用者ではこの傾向が顕著だ。

 もちろん人間同士の関係でもいわゆるBDSMや主従は少数ながら存在するが、性処理用品の場合はその場限りでお手軽に完全服従させられること、そしてこの機能によりどれだけ苦痛を与えてもよがり腰を振る無様さで支配欲を満たしやすいことから、需要は年々高まるばかりだ。
 最近では企業のメンタルヘルス対策、福利厚生目的で設置されることも多くなっているとか。

 実装方法は至って簡単で、あらゆる痛みと共に首輪から快楽と幸福感を強制的に生じさせる薬剤を投与するだけ。
 数日間地道に繰り返せば、後は脳が痛みを快楽と誤認し、勝手に脳内物質を放出するようにになる。言うまでも無く、不可逆的な加工である。

 ちなみに懲罰電撃に対しては、この機能は動作しない。
 これは懲罰電撃の発動と同時に、快楽を脳に感じさせる物質の拮抗薬が自動的に首輪から注入され一切の快楽を感じさせないようにできるためである。
 また、この機能は拮抗薬によりレンタル段階でオンオフが可能だ。つまり、ただ甚振って悲鳴を聞きたいだけなら、どんな刺激に対しても拮抗薬が注入されるように設定すればいい。
 ただしこの場合、レンタルが終了するまで性処理用品は奉仕に於いても一切の快楽を感じることは出来なくなる。利用者には特に不便は生じないので、対策が取られることはない。

 性処理用品利用規定で、性処理用品への過度な暴力は禁止されている。骨折や骨に達するような深い傷、首から上の外観に関わる傷など、貸し出しセンターによる修理が必要なレベルの瑕疵は、追加料金が発生する仕組みだ。
 このため、実運用上ではストレス発散のために嬲られると言っても精々多少の流血が伴う程度であるし、そもそも人類にとって二等種の血液ほど穢れたものは無いという認識がまかり通っているため、意外と性処理用品の身の安全は保障されている、のかもしれない。


 …………


「この訓練はね、初日が一番楽しいのよ。日が経つにつれてどんどん悲鳴は甘くなっていくから」
「覚醒組は皆そう言うよな。合法的にこいつらを甚振れるから、アシスタントで入るのを楽しみにしている奴は多いし……俺はどうも性に合わん」
「そうなん、です、ねっ……!あら、皮膚が切れちゃいました」
「ん?……あーちょっと脂肪が見えているぐらいなら問題ない。訓練では骨さえ見えなきゃ懲罰にはならん。とは言え同じ場所は避けろよ」
「はい」

 いつも通り興奮して上擦ったイツコの声と、感情の乗らないヤゴの声、そしてこの場の雰囲気に全くそぐわない、緊張は見られるもののおっとりした新人の声。
 レイクと呼ばれた新人作業用品は、初めてとは思えない思い切りの良さで72番の尻を打ち据えていく。
 その度に上がるくぐもった声に「維持具が無い方が、私は好きですねぇ」とぼつりと呟く辺り、こいつは近いうちに覚醒しそうだと先輩作業用品達は確信していた。

「別にどれだけ痛がらせてもいいんですよね?」
「ああ、壊しすぎなければ問題ない、むしろ積極的に痛みを与えろ。この訓練では素体の様子を見る必要すら無い、最低限モニタでバイタルアラートが出てないかだけ確認しろ」
「快感を感じているかはグラフで出るから分かりやすいでしょ?ま、そのグラフが上がり始めるのは明後日くらいかしらね」
「うああああっ!!」

 重ねられた打撃が、痛みを呼ぶ。
 打たれたところがジンジンして、熱くて、そうこうしているうちに別の場所から痛みが襲ってきて……最早どこをどう甚振られているのかあやふやだ。

「むおおおおおっ!!がああっ!んがっ!はぁっはぁっぎゃあっ!!!」
「うわああっ!!痛いっ、ぐうぅっ!やっ、うがっ、んぎいぃ……っ……!」

(いやだいやだいやだあああっ!!もう止めてくれっ、尻が、太ももが、破裂する……!明後日?今、明後日って言ったか!?そんな、たった2日で俺はこんなもので気持ちよくなる変態に……っ!!)

 新人の教育を行いながらも、泣き叫ぶ104番を前にイツコの手は止まらない。
「これはお尻以外には使わない方がいいわよ」と言いつつ持ち替えた獲物は、打面にびっしりと鋲が並んだパドルだ。
 打ち据える度に赤いドットが、徐々に紫色になっていく尻を彩っていく。

「他にも色々と棚には揃っているから、自分に合う獲物を見つけなさいな。どれも使えるようになることは前提だけど」
「はいっ……にしても凄い叫び声ですね」
「今回は2体だけだし、72番の口は塞いでいるからマシな方だぞ、これでも。多いときは5体いっぺんだしな。イヤーマフ無しじゃやってられん」

 和やかな雰囲気の作業用品達とは対照的に、素体達は打撃音すらかき消すような音量で、この世の終わりかと言わんばかりの叫び声を上げ続ける。
 ……そこに、少しの戸惑いと、甘さを混ぜながら。

(……なん、で……?)

 そう、72番は痛みに翻弄されつつも内心非常に戸惑っていた。

 身体は痛みに悲鳴を上げている。というか、眼前にやってきた新人の手が握る細長い棒――ケインと言うらしい――で皮膚が切り裂かれるほどしこたま打たれて痛くないわけが無い。
 頭の中は痛みで一杯で、加工された顎では食いしばることすら出来なくて、一撃を食らう毎に勝手に呼吸穴から叫び声が鼻に抜けてしまう。

 だというのに

(何で!?こんなに痛いのに、壊れてしまいそうなのに、何で私、こんなにふわふわ幸せだって思ってるのぉ!?)

 痛みと同時に沸き起こる、明らかに不可解な感覚。
 どう考えても快楽のかの字もない筈なのに、脳が何故か「きもちいい」と呟いている。
 ぶわりと胸に温かいものが灯り、全身を包み込まれるようななんとも言えない幸福感と愛おしさが、現実を歪めて認識させようとしている……

 おかしい、何かがおかしい。
 それだけは分かるが、だからといって抗うことも出来ない。
 何より、心は正直だ。現実を映し出す不快より歪められた快を求めて、苦痛を味わいながらも徐々に快楽をはっきりと感じるようになってきている己に、素体達は恐怖し更なる悲鳴を上げることしかできない。

 それはまるで、生き物としての防衛反応すら壊されていく断末魔のよう。
 そして、内情を知っているからこそ、素体達の絶望混じりの悲鳴は数多の作業用品にとって極上の甘露となる。

「……ま、初日だとまだ抵抗も強いな。そう簡単には流されないか」
「意外と104番の方が堕ちるのは早そうねぇ。いつもながら子ネズミちゃんは繊細なのかタフなのか謎すぎるわ」

 モニタを確認したヤゴが、再び新人と交代して72番の前にやってくる。
 未だこの訓練の意図を理解していない彼女が、訳が分からないと言った顔でヤゴを見上げれば「お前は何も知らなくていい」とヤゴに素っ気なく返された。

「どうせ説明したところでお前は聞かないか、勝手に解釈してパニックを起こすだけだからな」
「んぐぅ……おごおおおっ!!」
「まぁでも、今から慣れておけばいい。どうせこれが日常になるんだから」
「!!」

(ちょっと待って、これが日常!?どう言うこと、性処理用品って人間様を気持ちよくするためにご奉仕するんでしょ?まさか、こんな風に二等種を甚振ることで人間様は気持ちよくなっちゃうの!?)

 説明を放棄したヤゴの言葉は、72番に更なる誤解を植え付ける。
 彼の指し示す「日常」は、72番が思っているものとは全く異なり、そして比べものにならないほど残酷な結末だと知らない彼女は、見当外れの不安を抱く暇も無く新たな打撃に全身を震わせるのだった。


 …………


「はぁっ、はぁっ、うう…………」

 あれから何時間経ったのだろう。まだ遅番と交代していないから、少なくとも夜にはなっていない筈だ。
 背面をあらかた打ち終えた作業用品達は、素体達を仰向けにして作業台に固定する。
 104番の口には舌を噛まないように開口器をかけた。二等種の顎の力では舌を噛み千切ることは無いが、それでも傷はなるべく付けない方がいい。

 そうして新人に「太ももは打ってもいいぞ」と言い残し、部屋の隅で何かを準備しているようだ。

「ヤゴさん、これ一日中やるんですか?もう打つとこ無くなっちゃいますよ」
「打てないところは別のものをやるから問題ない。遅番はまた違う方法を使うしな」
「へぇ、例えば」
「そうだな、今日はレイクのお陰でいい感じに深めの傷が出来ているから……塩でも塗り込んでいくんじゃないか」
「「ひっ」」

 一体人間様は、どこまで素体を苦しめれば気が済むのだろうか。
 この訓練に何の意味も見出せない72番は消耗した頭で今日と言う日が一刻も早く過ぎ去ることを望み、104番は訓練の裏にある意図を知るが故の絶望に苛まれている。

 だが、素体達の感情はこの世界には存在しない。そう人間様が定めているから。
 だから作業用品は彼らの悲鳴も懇願も無かったものとして、むしろ自分達の快楽の糧として消費して、更なる絶望を貪りつくすために血道を上げる。

「よし、準備できた。レイク、次はこれな。手袋は履いてるな?」
「あ、はい。結構重い……凄いですね、これは」
「!?」

 分厚い手袋を嵌めた作業用品達が、また棒を持ってこちらに戻ってくる。
 ……いや、手にしているのはこれまでのケインでは無い。あれは木材のようだったが今度は金属だし、先端には四角い箱のようなものがついている。

(ちょ、ちょっと待って!それはだめでしょ!そんな鈍器で殴られたら骨が折れちゃう!)と慌てる72番の目の前で、作業用品達はおもむろに先端を何かにかざし始めた。
 必死に動かした視線の先にチラリと移るのは青白い炎……どうやらバーナーのようだ。恐らく魔法で強化された炎なのだろう、10秒ほど炙って炎から離せば、先端からは煙のような熱気が立ち上っている。

(…………まさか)

 さっと素体達の顔が青ざめる。
 ああ、鈍器だなんてとんでもなかった。これならまだ殴られた方がましだったかも知れない。
 それに、どうせなら見えないところでやって欲しかったと嘆くも、悲しいかな彼らはこちらには目も向けやしない。

「焼印は加減が難しいからな、最初は俺がやるから良く見ていろ。あんまり長く当てすぎるとすぐ傷が深くなる」
「はい」
「それに当てすぎると、逆に痛みが無くなっちゃうのよね。一番痛い状態で止めないと」
「はい……は、い?」
「イツコ、未覚醒にその感覚は分からない。まあいいや、いくぞ」

 ヤゴが72番の目の前に熱した金属……焼きごてをかざす。
 今からこれをお前に押しつけると無言で宣告するその瞳に、ひゅっと72番の喉が鳴った。

「んうう!!んう!んぁあ!!」

(いや……いや、いやっ!!そんな、お願いですそれならまださっきの棒がいいです!やめてくださいお願いします焼かないで……!)

 必死の懇願も、塞がれた口では紡げない。
 スローモーションのように右の胸に近づいてくる熱を感じながら、ただ震えてその時を待つしか出来ない。

(いや……もう、やだ……助けて、助けて……っ……!)

 焼けた鉄が肌に触れる。
 肉の焼ける音が、思いのほか大きく頭の中に響いた気がして。

「いぎゃあああああ!!!」

 鼻をつく形容しがたい嫌な匂いと共に、耳をつんざくような叫び声がふたつ、作業用品達の鼓膜を揺らした。


 …………


 こんなに痛いのに、この身体は涙一つ出やしない。
 ああ、また肉の焼ける匂いがする。人の身体の焼ける匂いとはこれほど不快なものだなんて、一生知りたくなかった。
 吐きそうなのに嘔吐くことすら許されず、限界まで押しつけられた痛みに気絶したくても、先の機能実装で気絶そのものを罪と見做した頭は恐らく死ぬまでその逃避行為を取ることは無い。

 何より、痛みを感じながら同時に胎を疼かせ、恐怖と共に幸福を感じている自分の異様さに頭がおかしくなりそうだ。

「あ、太もももいいですよねぇ……」
「うああぁ……あがっ……」
「はぁっ、はぁっ……ふふ、もう一つ……」

 あまりに叫びすぎて、流石の身体も限界を迎えたのだろうか。
 痛みを与えたときだけ身体を跳ねさせ呻き声を上げるだけの塊と化した72番の身体に、新人の作業用品は次々と焼きごてを当てていく。
 最初のうちは交互に押しつけていたヤゴも、今はじっと様子をうかがっている。どうやら訓練の方はすっかり夢中になっている新人に任せてしまっているようだ。

(お願い……もう、やめて……)

 届かない懇願を繰り返す頭は、これまた相反する感情を無理矢理叩き付けられたせいか、ぼんやり痺れているように感じる。
 ……その方が痛みはましだろうか、なんて考えていればどうやら新人も思うところは同じだったらしい。

「ヤゴさん、焼印は脂肪の薄いところでもいいですか?」
「え、あ、ああ。押しつけすぎなければ」
「それは大丈夫です、一番痛いところで止めてあげますから……ね、ここなんてどうですかね?72番」
「……ぁ……や……ぁっ……!」
「ふふっ……ああ、いいですねぇ!もっと、もっと叫んで下さい。その邪魔な口枷が無ければどれだけ良い声が聞けたか……少々残念ですがその代わり」
「ひっ」

 新人の持つ焼きごてが向かう先は、腋の窪み。
 神経やリンパ節が密集した、性感帯の一つでもある非常に敏感な場所だ。

「とびきり痛くしてあげますから、頑張って啼いて下さいな」

 にっこりと柔らかな笑顔で微笑んだ次の瞬間、これまでに無い激痛が72番を襲う。
 
「いやあああああああっ!!!」

(もうやだ……気絶させて……やめてもらえないなら、せめて……こわして……!)

 哀れな素体は、何十回目かの慟哭を心の中で叫ぶ。
 だがその叫びは、激しい電撃の音で唐突に中断された。

 バチバチッ!!バチッ!!!

「!!!」
「ふぐうぅぅっ……!!」

 あらゆる懲罰を受けてきた素体達ですら聞いたことの無い、激しい懲罰電撃の音。
 それと共に上がったのは、72番の悲鳴、ではなく

「うぎぃっ!!」

 目を剥いてその場に固まる新人の叫び声だった。

(……あれ、私、じゃ、ない……?)
(え、痛くない……俺じゃ無かったのか……?)

 てっきり自分に襲いかかったものだと思い込み身体を固くしていた素体達は、ややあって現実を確認する。
 首を押さえて呻く美丈夫に、一体何故彼がと抱く疑問は「完全覚醒ねぇ、これは」と口の端を上げるイツコの声と、72番の身体に点々と飛び散った白濁であっさり氷解した。

「まさか72番の絶叫で射精しちゃうだなんてねぇ?それは懲罰にもなっちゃうわね」
「触って無くても流石に出したら自慰禁止命令に抵触する。……覚醒した新人は誰もが通る道だが」
「うぐっ……かく、せい……?」

 何のことか分からないと言った様子で呆然とへたり込む新人を「床に座るのも懲罰だぞ」と肩を貸して立たせたヤゴが、手短に作業用品の覚醒について話す。
 まさかここまで人間様の手で変えられたというのに、本来の性質が目覚めるとは思っていなかったのだろう。「ああ……そっか……」と新人はどこか複雑そうな面持ちだ。

「俺は未覚醒だからよく分からんが、作業用品の7割近くは覚醒済みだ。そうだな、半年ぐらいは訓練の度に興奮して作業が疎かになるし、お前のように興奮しすぎて達するものも時々いる」
「ま、徐々に落ち着くからそれまでの懲罰はそう言うものだと思って諦めなさい。この性質も悪いものじゃ無いわよ。というより、これが本来の私達なんだしね」
「そう、ですよね……そっか……もう私は、ずっとこのまま……」

 俯いたままの新人の表情はよく分からない。
 素体にかける言葉とは随分温度の違う作業用品達の言葉を、そして突然降りかかった無情な現実を噛みしめているのだろうと、104番は初めて目の当たりにした作業用品の覚醒の瞬間に思いを馳せていた。

(二等種は極悪非道のサイコパス、この世の全ての悪の権化だって散々教育されてきたんだ。いくら天然モノとはいえ、そんな性質が目覚めてもすぐには受け入れられないよな……)

 痛みに呻きながらも、ハプニングのお陰で暴虐が一時中断したことにほっと一息つきながら、104番は覚醒したての新人の様子をチラチラと覗う。
 きっとこれから彼は己の性癖に、思いがけず得てしまった特性への罪の意識に、何年も悩み続けるのだろう。今は楽しそうに人を甚振る担当の調教師様達も、昔はそうだったのかもしれない。

 目覚めた性質は元には戻らない。
 それを思えば作業用品になることが幸せとも限らないかと考えてしまうのは、やはり104番が元人間だからだろうか。

「……いいんでしょうか」

 しばしの沈黙の後、俯いていた新人は呟きながら顔を上げる。

「!!」

(……うそ、だろ……!?ああ、くそったれ!やっぱり天然モノは人間様とは違う生き物、異質な化け物だ……!!)

 長い髪をかき分けて現れた新人の表情に、104番は全ての痛みを忘れて思わず息を呑んだ。
 そこには彼が思い描いていた沈痛さは一欠片もなく。

「いいんでしょうか。私は二等種なのに……これから先、こんなに楽しいことばかり経験しながら幸せに生きていけるだなんて……」

 本来の自分に生まれ変わった喜びに満ち溢れ、柔和な微笑みを湛えた……いや、その瞳には獲物を前に舌なめずりする捕食者らしい残忍さを湛えた、実に二等種らしい笑顔を覚えたモノがいるだけだった。


 …………


(痛い……痛い……熱い、じくじくする……体中、全部……ビリビリするぅ……)

 流石に夜は訓練を行わないらしい。というより、もうこれ以上甚振りようがないからかも知れない。
 72番は夕方の餌を流し込まれた後早々に保管庫に放り込まれ、消灯までの束の間の平和な時間が得られたことに安堵しつつ、檻に向かっていつものように無様な格好を晒していた。

 一体いつから卑猥かつ足が痛くなるだけの体勢が、ホッと一息付ける安息の時間になってしまったのだろう。
 ちょっと前まではモノといいつつもまだ十分に生き物だったというのにと、72番の心は底なし沼に足を掴まれ引きずり下ろされるような恐怖と無力感に苛まれるも、正直ここにきてからの変化があまりに拙速且つ甚大で、何を嘆けばいいのかすら分からない。

「んっ……んふ……」

 身じろぎすれば太ももの皮膚が伸ばされ、傷がわずかに開く。
 守るものの無い創部が空気に晒されれば、また新たな痛みが脳に突き刺さる。

 あの後素体達は「作業用品が素手で触ることを禁じるだなんて、相当危ない薬だよね」と作業用品達すら取り扱いに慎重を期すような怪しい塗り薬を、全身の傷にたんまりと擦り込まれた。
 この薬には傷の治りを早める効果があるらしいのだが、ついでに機能実装も早めるために、治癒するまで痛みを途切れさせないような薬剤が含まれているらしい。何でも唐辛子から抽出した成分だとか……もう聞いただけで痛い気がする。
 案の定塗られている間は、あまりの痛みに全身の痙攣が止まらなかった。多分、傷に塩を塗るより何倍も痛いはずだ。

(いたい……とまらない、ずっと、いたい……)

 お陰で、叫ぶほどではないが無視はできないレベルの痛みと熱が、全身から襲い掛かり72番を苛む。
 慣れたとは言え、この姿勢を保つのは少々辛い。早く消灯時間が来てほしいと彼女は切に願う。
 
 それでも、保管庫で待機をしている分には、これ以上酷い痛みには晒されない。鞭打たれ、焼きごてを押し付けられることもない。
 これほどまでに身の安全を感謝した日はこれまでなかったな、としみじみ思う。


保管庫にて


「ん……はぁっ……」

 ピリッと腋に痛みが走る。
 確かにあの新人調教師様が言ったとおり、ここの痛みは他に比べて強い気がする。

 だというのに、痛みと同時に湧き上がるのは(もっと欲しい)という理解不能な感情だ。

(何で……?さっきまであんなに痛い思いをしたのに、また甚振られたいだなんて……私、おかしくなってる……)

 痛みと同時に与えられた快楽と幸福感は、本人の感情はともかく頭と心にとっては喉から手が出る程切望し続けているものだ。
 それをわずかな量……それこそ痛みを凌駕することなど到底不可能なレベルであったとしても痛みの度に与えられるとなれば、飢えきった心が次のトリガーを心待ちにするのも納得がいく話である。

 そして、明らかに植え付けられた感情に不安を覚える前に、72番の心は痛みから作られた歪な快楽で埋め尽くされてしまう。
 ……意外と快楽と苦痛の境目は、曖昧に出来ているのかもしれない。

(いたい……いたい……じんじんして、あつくて……)

(でも、なんでだろう)

 ほう、と思わず鼻から抜ける吐息は、明らかに熱を帯びている。
 痛みに強張っていた身体は今はの安全を確保したこともあってかすっかり緩み、姿勢を保ちつつも腰はゆるゆると何かを期待して揺れている。

 熱さが、痛みが、身体の内側に染みこんでいって……まるで、甘い疼きに変わるようで。

(いたいの、ちょっと、きもちいい……かも)

 どうにも満たされない快楽への渇望が少しでも紛れるなら、この痛みも悪くは無い。
 今までの自分なら決してあり得なかった狂った思考に、72番は自ら身を堕としていく。

(よく分からないけど……でも……きもちいいなら、いい、かな……)

 何にしてもこれほどの傷だ、明日はきっと今日より楽なはずだと72番は身体を眺める。
 太ももには幾筋もの鞭の痕と内出血の痕。あの新人が楽しく打ち過ぎたお陰で、いくつかの傷はぱっくりと開いていて、血こそ塗られた薬のおかげか止まっているものの、何やらつぶつぶてかてかした物体が顔を覗かせている。……多分これは本来見えちゃいけないやつだ。
 痛みより熱さの方が勝っている背中やお尻は、きっと太もも以上に酷く変色しているのだろう。

 胸には、大量の焼印がじくじくとした痛みを放ち続けている。
 四角い枠の中には、作業用品の下腹部にある刻印と同じ、管理番号とXの文字。これは使用した作業用品を明確にするためだろうか。やたらあの新人調教師様の番号が多くて、覚醒したてとは言えどれだけこの作業を気に入っていたのかと、こんな状況にも関わらずつい呆れてしまう。

(……もう、これ以上傷を付けられそうなところは残ってないよね……ああ、どうか傷の治りが少しでも遅れますように……)

 このじわじわ炙られるような快楽が伴うなら痛みも悪くないけど、流石にそのためだけにあの地獄のような数時間を繰り返すのは御免被りたい……
 ようやく消灯の時間を迎えた72番はそのままそくたりと床に倒れ込み、相変わらず終わらない夜の懲罰を知らせる音声に再び身を固くするのだった。

 ――彼女は相変わらず学ばない。
 今日より楽な日など生涯訪れないとあれほど忠告され、己の身体でも体感しているにも関わらず脳天気な思考を抱きながら傷ついた身体を横たえた72番は、次の日明かりが付いた瞬間に傷のきの字もないつやつやの肌を目にして、再び繰り返される暴虐を確信し絶望の底に叩き落とされるのである。


 …………


「ひぎゃっ、がぁっ、んあぁっ……!」
「あら、良い声。なぁに、うっとりしちゃって。玉を叩かれるのがそんなに気持ちいい、のっ?」
「んはあぁぁっ!!……はぁっ、はぁっ、んうぅ…………」
「ふふっ、痛いけど気持ちよくて堪らないって顔ねぇ。これじゃもう、コニーが楽しく遊べないわ」
「……ううぅ…………」

 あれから3日が経っても、訓練の内容は変わらない。
 ありとあらゆる器具で打たれ、刺され、挟まれ、焼かれ、薬と称して更に痛みを擦り込まれる。
 骨に達する傷で無ければ一晩で綺麗に復元されるという事実を突きつけられた素体達は、さぞや連日繰り返される暴虐に嘆いているかと思えば、意外にも絶頂管理訓練ほどの苦痛は感じていないようだ。

「やっぱり快楽には勝てないわよねぇ、二等種だもの。痛みを凌駕できない程度のわずかな快楽すら貪って、しまいに痛みも快楽として脳で置き換えちゃうなんて、なんて浅ましいんだか」
「んうっ!あっ……」
「……ああ、涎が垂れてるわよ?良かったわね、もうこれであんたは懲罰電撃以外の刺激を何でも快楽として受け取る、ポンコツでよわよわな穴になったの」
「ううっ……うあぁ、あはぁんっ……」
「……って、それだけ感じてりゃもう聞こえてないわよね。いいわよ、精々楽しみなさいな」

 からくりを理解し、さらに加工から逃れられないことを心底思い知っている104番の順応は思った以上に早かった。
 2日目には甘い声が本人に自覚できるほどはっきりと混じりだし、今では痛みを感じているはずなのに、目はすっかり快楽に蕩け、作業用品が休憩をしていればもっととばかりに尻を振るほどに貪欲に痛みを貪り続けている。

 もちろん歪められていく感覚にショックは大きいようだが、常軌を逸した形であったとしても快楽を目の前に差し出されれば、永遠にお預けを食らっている身体はあっさりと堕ちてしまう。
 心まで引きずられるかは個体により差はあるが、どちらにせよ製品する過程でなんとでもなる話だから問題はない。

(ああ、楽しい)

 イツコは、心からこの時間を楽しんでいた。
 作業用品として25年近く。ありとあらゆる素体を調教し加工してきたけれど、こちらの思い描いた通りに堕ちていく様は実に眼福だ。
 本音を言えばもう少し絶望が瞳に宿っているほうが好みだが、それはもうちょっと後に取っておこう。まだ機会は残っているのだから。

 今は製品としての基準を満たさねばと手を動かしつつ、イツコは「ねぇ、イオナ」と隣に向かって呼びかける。

「いい感じね。どうかしら、イオナ。私、随分上手く加工できるようになったでしょ?」
「…………」
「どうしたの?いつもならあんなにはしゃいで褒めてくれるのに。ねぇ、今日は頭を撫でてくれないの?……私、イオナに撫でられるの、楽しみにしていたのよ」
「………………」

 答えは返ってこない。
 けれど、イツコは楽しそうに隣を向いて笑顔で話し続ける。


 ――隣には、誰もいやしないのに。


「…………イツコ」
「イオナ、これが終わったら一本鞭の練習がしたいの。ええ、再調教の個体を使おうかなって。だからお手本、見せてくれない?」
「イツコ!」
「…………っ!!……あ…………」

 珍しく語気を強めたヤゴの声に、イツコはビクッと身体を震わせ、はっとした表情を見せる。
 ……幸い、素体達は異変に気付いていないようだ。迂闊に大声なんて出すものじゃないと反省しつつ、ヤゴは「……大丈夫か」といつも通り表情を崩さず、呆然としているイツコを慮った。

「……ええ、大丈夫よ。ごめんなさい。……続けましょうか」
「ああ」

 一瞬目を泳がせたものの、イツコは何事も無かったかのように作業に戻る。
 ヤゴもまた、目の前で腰を振る担当個体の加工に戻ろうと、焼きごてをバーナーで炙り始めた。

 だが、その内心はとても穏やかでは無い。

(症状が出てから2年で廃棄が平均的なのに……まだ3ヶ月だぞ?これで2年も持つか?……無理だろう、イツコの症状はどう見たって『末期』の連中と同じ……何故だ……)

 イツコも『故障』の兆候が出て暫くは、他の個体と変わらなかった。少なくともヤゴにはそう見えた。
 作業に支障は無く、時折無意識に意味不明の言動が生じても、本人がすぐに気付いて対応していた。

 訓練中に時折明らかにおかしな態度が見られるようになったのは……ああ、イオナを『処分』してからだとヤゴは思い至る。

(そうか…………俺も、そうなるのか?まあそれは別に構わない……だがイツコは……)

 今のイツコは、もはや誰かが止めないと己の異常に気付けない。単独での作業はそろそろ厳しいだろう。

 最悪の未来が頭の中をぐるぐると回るが、内心の動揺をヤゴは一切顔に出さない。
 いつもと違う様子に驚いたアシスタント達も、特に何も言わない。
 壊れていく作業用品など、皆飽きるほど見てきているのだ。いずれ己にも来る未来、それ以上の感情は持っていない。

 ――そう、持っていないし、そもそも持ってはいけないのだ。

(ああ、本当に俺たち二等種に……救いなど、どこにも無い)

 小さな嘆きを払拭するように、ヤゴは手にした焼きごてを72番の尻に押しつける。
 途端に高く上がる悲鳴は、今や痛みを与えられてるとは思えないほど甘ったるく、熱っぽい嬌声と化していた。

© 2025 ·沈黙の歌 Song of Whisper in Silence