沈黙の歌Song of Whisper in Silence
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16話 Week7 性器従属機能実装

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 穴を拡げられ、本来の機能を廃絶され、人間様が楽しむ為の機能を植え付けられた。
 自分の身体に触れ快楽を得る権利を、完全に奪われた。
 本来回避すべき痛みすら、快楽として貪るように歪められた。

 おおよそ生き物の定義から外れた何かに変貌した身体と、頭。
 けれどこんな状態でも、私達はまだ生き物であったのだ。

 その事に気付いた時にはもう全てが終わっていて、完全にモノに変貌していたのだけれど。

 私達は、この10日間を生涯忘れることはないだろう。
 気持ちよくて幸せに満ちていたひとときの裏で、密やかに心を永遠の肉の檻に閉じ込められてしまった、私が『私』だった最後の時間を――


 …………


 ぺたぺた……ぺしん、じゃらり……ぺたぺた……

 今日も変わらない、訓練室までの道のり。
 廊下を這う素体と歩く作業用品の足音と鎖の音が響く、のはいつものことだが、最近ではそこに新しい音が加わった。

 ぺしん

「んっ……あぁ……」

 隣を歩くヤゴが、時折無言で72番の尻に鞭を入れる。
 ここ数日の拷問じみた訓練で使われたケインでは無く作業用品の乗馬鞭だし、あの時のような深い傷を付けるような打撃でも無い。
 それでも、以前なら痛みに顔を顰め止めて欲しいと心の中で呟きながら足を運んでいただろうに、今の72番から漏れ出るのは甘い吐息だけ。

(きもちいい……いたい、けど……じんじん、きもちいい……んあぁっ!)

 尻を、腰を、打たれる度に身体が跳ねる。
 痛くて熱くて、その全てが胎にじわじわと染みこんでいって、ただでさえ絶頂を許されず満たされない何かを詰め込まれた身体は、ずっと小さな波に襲われ続けている。

 痛みだけでは無い。
 詰め込まれた圧迫感も、偽の排泄衝動も、その全てがたった数日のうちに快楽と幸福をもたらす刺激へと変えられてしまった。
 今の身体では、どんなに激しい尿意でも、むしろ激しければ激しいほど、快楽に流されてしまうに違いない。

 ――この段階まで調教が進めば、身体は何を感じていようが勝手に教えられた動きを繰り返して奉仕に没頭するから、もはや尿意が奉仕を疎かにしないための制御役である必要はない。
 とは言え、等級が上がらない限り膀胱容量の8割を常に保つ措置は変わらない。ただこれからは、役割が性処理用品の思考を常に溶かし奪うための仕組みに変わるだけである。

(もっと…………もっとぉ……)

 アイマスクに覆われた瞳には、何も映らない。
 散々躾けられた身体は持ち主の意思とはお構いなしに、勝手に手綱を握る支配者の動きに合わせて身体を運ぶ。
 72番もその事に気付いているのだろう、身体のことは身体に任せてしまって、もどかしさと渇望しか残さない小さな快楽を存分に堪能し続けていた。

 この手が、足が、どこに向かっているかなんて分からない、分からなくていい。
 知ったところで性処理用品に出来ることなど何一つ無いのだ。それなら少しでも気持ちがいい方を選ぶに決まっている。
 逝けないのは苦しいけど、それでも何もされないよりは気が紛れるから……

(……あ、そっか)

 そうして、今更ながら72番はぼんやりした頭で思い出す。
 ここに来て間もない頃、あれは確か見学の日だ。四つん這いで歩く性処理用品とすれ違った。
 E等級――再調教の証を下腹部に刻んだその個体は、目を覆われ、穴を塞がれ、ぽっこり膨れ上がった重そうな腹を抱えているにもかかわらず、機械のように正確に調教師様の隣を歩いていて……そして、度々甘い呻き声を出しつつ身体を跳ねさせていた。

(あの子は逝ってたんじゃない)

 同じ立場になって、初めて分かる。
 あの甘い声は、絶頂寸前のポイントに設けられたガラスの天井に張り付いて、何とかその上へ向かう快楽を貪ろうとする惨めな奮闘の結果だったのだと。

(逝けない辛さで、身体が勝手に跳ねていただけ……)

 私もあんなモノに変わってしまったんだ――
 気付いてしまった現実に、奈落に堕ちていくような悲しみが全身を一瞬だけ駆け巡る。

 けれども次の瞬間には

 パシン!

「んはあぁぁ……っ……」

(あああっ、きもちいい、きもちいい……もっと、おねがい……自分の快楽を追っちゃいけないのわかってる、けど、もっとぉ……!)

 小気味よい鞭の音と共に蕩けた悲鳴が上がり、あらゆる感情は今や心の奥底に隠れすらしなくなった激しい熱情に押し流されてしまうのだった。


 …………


(……ああ、それでいい。お前は何も知らなくていいんだ)

 断続的に鞭を振るいながら、ヤゴはいつも通り表情のない顔で静かに72番を観察する。
 この様子ではとてもここまでの道など覚えてはいまい。実にいい仕上がりだと心の中で頷きながら。

 地上に出た性処理用品は、当然ながら数多の一般人に利用されることになる。
 だが例外的に定められた場合を除き、利用者の素性はおろか利用される場所すら彼らが知る事は無い。というよりは、理解できるレベルの思考能力にはしないというほうが正しいか。

 二等種の思考能力は、そもそも成体となった段階で性欲を基点とするように捻じ曲げられており、作業用品であっても深遠な思考はほぼ不可能である。
 多少発情を弱めて貰える作業時間はまだしも、ひとたび保管庫に戻れば最後、どれだけ真剣に物事を考えようとしてもじわじわと内側から沸き起こる発情であっさりかき消され、いつの間にか湿った音と切ない声を上げつつ決して満足を得られない自慰に浸っているのが基本だ。

 まして性処理用品は無資格の一般人と接するが故に、可能であれば一切の思考を剥奪したい……それが人類の本音である。
 ただ完全に思考を止めてしまえば、それはそれで本能に支配されて制御できなくなる可能性がある。もちろん今の72番のように、性処理用品は本人の意思と関係なく反射的に命令に従えるように作られてはいるのだが、万が一という事も考えられなくは無い。

 そのため、地上では一時的に性処理用品の思考力を下げたいときには何かしらの刺激を与え続けることが奨励されている。
 そして刺激は快楽である必要はない。加工された性処理用品にとって懲罰電撃以外の痛みは快楽でしかなく、こうやって鞭を適当に当てるだけでも、今がいつで、ここがどこで、自分が何をしているのかすらあやふやになってしまうのだから。
 なんなら乳首をその辺に転がっているクリップで挟んでおくだけでも、十分な効果が得られるだろう。

(無様だな)

 入荷した頃とはすっかり様変わりした72番の姿に、ヤゴはそっと心の中で呟く。
 そこに軽蔑の色は滲んでいない。目の前の姿がこの個体の選択の結果であり、脳みそにお花畑が広がっていてかつ何かと流されやすい彼女にとっての「幸福」だと思っているから。
 理解は出来ないし自分がそうなりたいとは全く思わないが、個人の選択に口を挟めるような立場でも無い。

(お前のその阿呆な言動を見られるのも、これが最後か。……ったく、こんなに手を焼かせる個体はあまり経験がない)

 ヤゴは淡々と訓練室への道を歩む。
 その足元では、シールドの腋からつぅつぅと垂れる愛液が、72番の歩んできた道を描く。

 彼女がこの軌跡を逆に辿る時には、もう『彼女』はいない。少なくとも、表の世界には。

(ま、動画を見て自ら志願したんだ。あんな風に幸せになりたかったんだろう?……良かったじゃないか。それがどう言う形であれ、お前の望みは叶う)

 ヤゴが目の前に立てば、扉は自動的に開く。
 彼らが足を踏み入れた部屋には「性器従属化訓練室」の名前が掲げられていた。


 …………


「んぐ……ぷはっ……!はぁっ…………」

 部屋に入るなり、四つん這いになって拡張器具を抜かれるのはいつものことだ。
 だが今日は久しぶりに口の維持具も抜き取っていただけた。ようやく懲罰も終わりと言うことだろうか。
 今日からはまともに寝られるんだ、と連日の寸止め懲罰で朝からぐったりしていた72番は心の中で安堵を叫んでいた。

(ああ、息が……いっぱい吸える、喉もスッキリするしお腹が軽い……!!)

 約2週間ぶりの開放感に、彼女は思い切り息を吸いこむ。
 口の中を空気が通り抜けていく感触が実に心地いい。ずっと固定されたままだった顎と舌はしかし意外と固まってもいなくて、真っ暗な視界の中彼女は舌っ足らずな口調で「あいがと……ごひゃいまふぅ」と目の前にいるであろう調教師様に感謝の言葉を述べた。

 ……何も、言葉は返ってこない。
 あの拷問のような訓練が始まってから、彼らが素体達にかけた言葉はごくわずかだ。

(もうまともに喋っては貰えないのかな……)

 この際お小言でもいいから、こっちに向けて声をかけて欲しい。それだけで私は、まだ意思疎通の出来るモノなのだと思えるから……
 諦め混じりの願望を心で呟いていれば、ふっと目の前が明るくなった。
 アイマスクの向こうにあったのは、昨日までとは違う風景だ。さっと部屋全体に目を走らせるが、ケインや焼きごて、ペンチに針といった碌でもない拷問器具は見当たらない。
 どうやら今日は、痛い思いをしなくていいらしい。

 確かに最近では後を引く痛みが気持ちよくて仕方が無いせいか、皮膚を裂き肉を焼く痛みすらちょっとだけ心待ちにしていたのは事実だが、とはいえどうせなら与えられるのは最初から気持ちがいい刺激がいいに決まっている。
(良かった、やっとあの訓練が終わったんだ)72番が密かに喜びつつチラリと隣を見れば、104番も似たような気持ちだったのだろう、いつもより表情が柔らかい。

(にしても……これはこれで物々しいというか……)

 普段の訓練室より二回り広い部屋には、5台の拘束台があった。
 どれも仰向けに乗り拘束されれば無理矢理足を開かされる、入荷時の処置を行ったのと同じタイプだ。
 拘束台を挟むように大きな機械が2台。そして、ワゴンの上には異様に大きなゴーグルのような物体が置かれている。
 作業用品達の準備を見る限り、今日は新しい訓練をするのは間違いなさそうだが、正直これだけでは何をするのか予測がつかない。

(ええと、全部抜かれたって事は穴は3つとも使うんだよね……何だろう、寝た状態でご奉仕の訓練……?んっ、何でもいいから……ああ、お腹が寂しい……気持ちよくなりたい……)

 早く穴を何かで埋めたいと腰を前後に振りつつ、いつものように基本姿勢でぼんやり眺めていれば、そのうち2つの台がウイイィン……とモーター音を響かせて床すれすれまで降りてきた。

 バチッ

「んぅ…………」

 命令の電撃と共に首輪を引かれ、素体達は急いで四つん這いになり拘束台に近づく。
 これは台に乗れと言うことだろうと72番は何の気なしに縁に手をかけ……その瞬間手にまとわりついたぬちょりとした感触に「うへぇっ!?」と素っ頓狂な声を出した。

「え、あ、ええええ!?っぐうぅっ!……ご、ごしどう、ありがとうございますぅ……」
「うぐっ……はあっ……はぁっ…………」

 間髪入れず落とされる懲罰電撃に反射的に感謝を述べ(ごめんって悪気は無かったのおぉ!!)と剣呑な視線を感じる隣に謝りつつ、72番は恐る恐る拘束台の上を眺める。
 台の上に敷かれているのは、あの口腔性器維持具を思わせるようなぬめぬめした突起がフジツボのようにびっしりと生えた分厚いシートのようなものだ。
 位置から察するに、首から上はあの上に乗せなくていいのが不幸中の幸いだろうか。にしても、今にもうぞうぞと動き出しそうな見た目に、背中にゾクゾクしたものが走り、全身に立った鳥肌は消えそうにも無い。

(うええぇ……気持ち悪いよう……乗りたくないよう、でも乗らなきゃ懲罰……うぎっ!ですよねえぇっ!!痛い痛い痛いっ乗ります、乗りますからお願い止めてえぇぇ!!)
(お前な、何でここまで来てそんな往生際が悪いんだよ!痛ぇんだよさっさと乗りやがれこのポンコツクソアマが!!)

 さっさと台に乗ったというのに2度も連帯責任を食らった104番の冷たい視線を浴びながら、72番はえいやっと気持ちの悪い突起の中に身を埋める。
 ……ぐちょり、と突起が潰れる感触に「ひいいぃっ!!」と悲鳴を上げてその場で固まれば、また全身に電撃が走った。
 ああ、これは絶対104番がぶち切れている。もう怖くて隣を向けやしない。

(あああ……何か生暖かいし、化け物に食べられる時ってこんな感じかも……)

 思わず飛び起きたい衝動を必死で堪えていれば、作業用品達は手際よく両側から素体達の身体を触手布団で包み始めた。
 どうやらシートは体型に合わせて裁断されているらしい。手袋を付けた手がぐっと引っ張ったシートを身体の中心で合わせ、もう一つの手が上から何かを垂らして青白い光を当てれば、継ぎ目が分からないほど綺麗に接着していく。
 表面は真っ黒でつるりとしていて、テカテカと光を反射している。まさか内部に肉色の突起があるだなんて、首筋からチラリと見える触手もどきが無ければとても思えない様相だ。

(うえぇ……だめぇ、ゾクゾクが止まらない……待って全部覆うの!?ヒィっ、指の間が気持ち悪いっ……!!)

 最初は胴。
 そこから胸、肩、腕、手、指。更に鼠径部、脚、足、足趾。

 中心から末端に向かって、作業用品達はシートをぎゅっぎゅっと思い切り引っ張っぱり、首から下の肌色の部分をぐちゅりとした感触と共に全て包み込んでいく。
 少し身を捩らせただけで、中の触手がヌルヌルと肌を擦りあげ何とも気持ちが悪いが、息苦しさすら感じるほどの締め付けは加工された身体にはむしろ心地が良い。お陰で、相反する感触に一体どう反応すればいいのか、脳が混乱している。

 ……きっと幾ばくもしないうちに、このヌルヌルも快感に変換される。
 そんな確信を持って、72番は真っ黒なスーツで覆われてしまった身体をしみじみと眺めていた。

(……久しぶりに着た服が、これだなんて……ううん、これは服と言っていいのかな……股間は丸出しっぽいし)

 数ヶ月間丸裸で過ごしてきたせいだろうか、どうにも身体が覆われていることが落ち着かない。
 いや、これはきっとこの怪しいうねうねのせいだ。どうせ何かを着せられるなら布っぽいものが良かったと心の中で文句を言っている間に、作業用品達は素体達の身体を台にベルトでがっちりと拘束していく。
 
 股は当然のように開かれ、何カ所もベルトを巻かれて限界まで引き絞られる。
 穴に通したピンはいつもと異なり先端が輪になっていて、そこに小さな南京錠を通すとカチン、カチンと軽快な音を立てて施錠した。

 作業用品が手にしている南京錠の底面に、鍵穴は見当たらない。
 恐らく一度施錠すれば、人間様の操作無しには解錠できないタイプだろう。
 つまり、これから訓練が終わるまでは台から降りるどころか身を捩ることすら許されないということ。

(ベルトに鍵まで着けるの?そんなに暴れる訓練なのかな……)

 今日は何をするのか尋ねてみたいけれども、きっと答えてはくれないだろう。
 ただでさえ自分の口は彼らからすると突拍子も無いことを囀るらしいから、ここは大人しくしていようと72番は喉まで出かかった言葉を呑み込んだ。

 スーツの表面についている丸い端子には、機械から伸びるケーブルが接続される。
 頭側に回った作業用品が手を頭の下に入れたと思ったら、スポッと顔の上半分が覆われた。恐らくワゴンの上に置いてあったあの厳ついゴーグルだ。
 一筋の光も入らないように肌に密着し、唇の上辺りまで額から鼻まですっぽりと覆われているものの、呼吸のし辛さは感じない。かすかに甘い香りがするあたり、鼻に当たる部分には酸素が供給されているのだろう。
 耳の中には先端が柔らかい金属の棒のようなものが入ってくる。更に耳が柔らかい何かで覆われた途端に、外の音が全く聞こえなくなった。

(ヒッ……見えない、聞こえない……待って、これまさか棺桶と同じ……!?)

 早合点して恐怖に呑まれそうになれば、それを想定していたと言わんばかりに懲罰電撃が与えられる。
 それと同時に、目の前が急にぱぁっと明るくなった。

(え、さっきのゴーグル外しちゃった……わけじゃ、ないか……真っ白だし……)

 何にしても棺桶の再来で無くて良かった。
 ホッとする72番の目の前に「起動中」という文字が現れる。
 どうやらあのゴーグルは、眼前に映像を映してくれる装置のようだ。

『起動完了。調整を行います』
「ほえっ」
『目の前に現れる点を目で追いなさい』
「え、あ、はい……」

 次に流れたのは、幼体時から散々聞き慣れたAIの音声だ。耳に差し込まれた棒から音が出ているのだろうか、まるで直接頭の中に声を流し込まれているような感覚に陥る。
 いまいちよく分からないままに、72番は指示に従って画面に表示する点を追い続けた。
 首を動かそうにも、耳の中に深く挿入された棒がつっかえてしまってまともに動かない。顎を上げることすらほとんど出来ず、頭はこんな方法で固定することが出来るんだと妙なところで感心してしまう。

『調整完了。疑似性具を挿入します』
「んっ……」

 続けて無機質な声と共に、股間に触れていた機械から熱い何かが泥濘に、ほんのりと口を開けた後孔に、そして

「ひょえぇぇっ!?」

 まさかの尿道にもつぷりと細いものが入ってきた。
 
 いくら隘路で遊び慣れているとは言え、流石にこんな熱い物を入れたのは初めてで、知らない感覚に身体がガクガクと震えてしまう。

(あ、でもこれ、何か気持ちいい!?でもっ、もうちょっと太いのがいいなぁ……というかあそこもおしりも小さすぎない?これじゃ、何にも気持ちよくないよぉ)

 当たり前のように侵入してきた疑似ペニスを――あれだけ毎日全ての口で咥えてれば流石に形も何となく分かるようになる――72番は物足りなそうにやわやわと締め付ける。
 彼女は気付いていないが、今素体の股間に挿入されたのはこの国の人間の平均的なサイズである。今や事前の調整をされなければ、彼女の穴はそのままでは人間様が使うにはあまりにも緩くなってしまっていた。

『内圧調整を行います』
「くっ……んっ……」

 AIの宣言と共に、きゅうっと股間の締め付けがきつくなる。
 またあの時のような痛みを伴う締め付けを覚悟していたが、今日はそこまで酷いことはされないようだ。むしろ、中に入ったものに合わせた圧がかかっているのだろう、訓練器具の形と熱がさっきよりはっきりと捉えられるし、ほんのりとした気持ちよさを感じる。
 とはいえ、全く動く気配も無いただの木偶の坊では、今の飢えきった72番にとっては雀の涙に等しい快楽なのだが。

『口腔への疑似性具挿入を行います。口を開けなさい』
「んぁ……ん……」

(はぁ、熱い……んん?何だか今日の訓練は、ちょっとぬるい?)

 口に入ってきたものを無意識にやわやわと唇ではみつつ、72番はいつもとは異なる状況に戸惑いを隠せない。

 口だって維持具とは比べものにならないほど細い、玩具のような疑似ペニスがそれも喉を刺激しないエリアに浅く挿入されただけ。
 全く気持ちよくないわけでは無いが、あの喉をつかれ呼吸を奪われる苦しさを伴う中でしか味わえない、恍惚とした感じにはほど遠い。

(でも……今までだって楽そうに見えた訓練は、全部死ぬかと思うほど辛かった……)

 だからこれもきっと、とんでもない苦痛の前触れに違いない。
 72番はここに来てようやく人並みの猜疑心を身につけたのか『調整が完了しました、待機モードに移行します』と告げるAIの音声に身を固くし、今日は一体何が襲いかかるのかと緊張を高めていった。


 …………


 一方、ゴーグルの外では作業用品達が準備に明け暮れていた。

「内圧、104番クリアしました。収縮剤持続注入モードに切り替えます」
「バイタル問題なし。性感帯刺激用ケーブル、全て接続しました」
「72番、性器従属化プログラムが待機モードに入りました。いつでも起動できます」
「了解。イツコ、そっちは」
「今疑似精液を充填してる。あと1分待って」

 いつも以上に真剣な眼差しで、作業用品達は慎重に機材を繋いでいく。
 全身の性感帯にはケーブルが繋がり、AIが個体のバイタルを確認しつつスーツの触手状デバイスから適切な刺激を与えられるようになった。
 音声データの最終ラーニングも完了、後は起動ボタンを押せば勝手にプログラムが作動し、個体の性質と進捗に合わせて柔軟に内容を変更しつつ、10日後の訓練完了まで自動で動いてくれる。

「ふぅ……いつもながら準備は大がかりだよな」
「まあ仕方ないわね。その代わりボタンを押せば、後はここで寛ぎながらデバイスの付け替えをして餌と浣腸液を充填するくらいしかやることはないもの。ゴーグルのモニタだってアラートが鳴れば見ればいいだけ、ほんと楽なものよね」
「そうだな……こいつらもようやく天国を味わえるだろうし、平和で何よりだ」
「ふふっ、生涯たった2回だけの天国、だけどね。あーあ可愛そうに……まあでも、私達には生涯味わえない満足を得られるんだもの。たった2回だってありがたく思って貰わなきゃ、ね」

 イツコはすっと72番に手を伸ばしかけ……何かに気付いたように引っ込める。
 そう、もうささやかな幸福の時間はおしまい。あの人を思い起こさせる彼女には、もう逢えないのだから。

 代わりに彼女は、とびきり優しく声をかける。
 その言葉が72番に届くことは無いけれど、10日後には完成してしまう彼女に、最後の別れを。

「さよなら、子ネズミちゃん。この一月半、お陰で楽しかったわよ」
「楽しいって、お前なあ……俺はこいつのせいで散々だったんだが」
「まあまあ、私も104番には手を焼かされたからおあいこよ」
「どこがおあいこだ」

 いつもながらこの瞬間だけはどうにも慣れないと、軽口を叩きながらも珍しく緊張を滲ませた顔でヤゴはタブレットに手を伸ばす。
 イツコはいつもと変わらない。微笑みを湛えて落ち着いた様子だ。

 作業用品である自分はただの道具で、人間様の作業を体現するモノにすぎない。
 それは分かっていても、この訓練だけはまるで自分の手で一つの命を封じ込めてしまうような、そんな小さな罪悪感がいつもヤゴの胸をチリチリと焼く。

(ああ、また……何も思わなくていい、慣れなさいって何度も言ってるのに……)
(確かにイツコの言う通りだよな……俺はこいつらを生き物扱いしすぎてしまう)

 だから、彼は毎回己に言い聞かせるのだ。
 これは72番と104番が望んだ未来へと繋がるための、彼らにとっては幸福への片道切符なのだと――

「始めるぞ」
「了解」

 タブレットに表示されたボタンをぽち、と二つの指が押す。
『プログラムを開始します』との音声が流れれば、アシスタント達は「じゃ、俺らは持ち場に戻るわ」とさっさと部屋を去って行く。

「…………じゃあな」

 拘束台に向かって投げられたヤゴの小さな呟きは、誰にも聞こえない。
 低い機械の動作音が静かに響く部屋に溶けて……ヤゴはいつもの無表情に戻り72番のゴーグルをなんとなく見つめるのだった。
 
 ――こうして、72番と104番の製作完了までのカウントダウンは始まったのだ。


 …………


『プログラムを開始します。故意に0.5秒以上目を閉じたり対象から外した場合は懲罰を執行します』

 待機状態になってから10分後、ようやくAIが訓練の始まりを告げる。
 緊張状態で待ち続けるのにも疲れてきてちょっとうつらうつらしかけた瞬間に流れた音声に、72番はビクッと身体を震わせ、すぐに来るであろう苦痛に身構えた。

 ……が、いくら待っても何の痛みも刺激も与えられない。

(…………?)

 おかしい。
 いつもなら最初からクライマックスなのに、今日は一体どうしたのかと72番が戸惑い始めた次の瞬間、それは始まった。

「へぁっ!?」

 真っ暗だった視界にぱっと映像が映し出される。
 それが何かを把握した瞬間、72番の口から思わず素っ頓狂な声が流れ出た。

 だって、目の前に映っていたのは

(…………ええええっ!?な……なんでここで、おっおちんちんっなのっ!!?)

 そう、毎日飽きるほど見ている、訓練器具そっくりの――いや、むしろこっちが本物かも知れないのだが――ペニスの3D映像だった。

 完全に勃起したブツを正面からみた映像、と言えば分かるだろうか。天を突くかのようにそそり立ち、亀頭はしっかりと張って段差を形成し、茎には蛇行した太い血管が浮き出ている。
 先端にはぷくりと透明な汁が玉を作っていて、見ているだけでオスの濃い匂いが漂ってきそうだ。

(……ん?…………んんん??)

 ……というか、漂っている。今、まさに。

 何なら、口いっぱいにオスの匂いと味が充満している。
 さっき咥えさせられたときの妙な物足りなさはこれだったのだと変なところで納得しつつ、72番は突然鼻の中に叩き込まれたオスの匂いを追い出そうと、ふんふんと必死で鼻息を立てていた。

 けれども匂いは薄まるどころか、濃くなる一方だ。
 しかも今日はなんだか蒸れたような酸っぱい臭いも混じっている。とてもいつも嗅ぎ慣れた、いい匂いとまでは言わなくとも頭の芯が痺れるようでどこか気になるレベルの匂いではない。
 なんだか味まで酸っぱく感じてきてしまって、叶うことなら吐き出したいとすら感じてしまう。

(なんで!?ちょっとこれ、めちゃくちゃ臭いんだけど!!って、もしかして鼻まで覆われたのって、この匂いを嗅がせるため!?)

 いくら何でも趣味が悪い、と72番は眉を顰め辟易とする。
 こんなペニスの画像をどアップで見せられ、ついでに匂いと味まで感じさせられるとか、一体これは何を訓練しようというのだろうか。

 暫く見ていれば、ふっと画像が消える。
 真っ暗になった画面と同時に、あれほど濃厚だった匂いと味もさっぱり消え失せていて(えええ……ちょっと、何だったの……?)と72番はホッとする反面、訳のわからない挙動に戸惑いを覚えていた。

(これが、訓練?……確かにこれまでの訓練に比べれば寝てるだけだから楽といえば楽だけど……って、またぁ……?)

 10秒も経たないうちに、目の前にまたペニスの画像が現れる。
 匂いも、味も、案の定変わらない。
 ただ今度は、胎の方からじわじわとした刺激が上がってくる。口の中に突っ込まれている訓練器具もゆるゆると動いているようだ。
 
「んふっ……」
 
 同時に、全身のあちらこちらをぬるりと舐められるような感触を覚えた。
 恐らくこのスーツの内側についている触手のような突起が動き始めたのだろう。首筋に腋、鎖骨の窪みに乳首、臍、脇腹、鼠蹊部に内腿、指の間まで、ズリズリと触手が這い回る感覚は、しかし思いの外気持ちいい。
 これだけでも頭が蕩けてしまいそうだ。
 
「はぁっ、んっ、んふ……ふぅ……っ……」

 動きを感知すれば、躾けられた身体は無意識に自分を穿つものをやわやわと締め付け、しゃぶり始める。
 そうすれば胎から更なる快楽が全身に広がって……頭のてっぺんから爪先までくまなく全身を愛撫されているような感覚に包まれて、ああ、ちょっと臭いのが気になるけど気持ちいい……

「…………はぁっ……っ、いぎっ!?」

 あまりの気持ちよさに、うっとりと瞳を閉じてしまったらしい。途端に流された懲罰電撃で慌てて目を見開けば、意外にも電撃はすぐに収まり、また全身をじわじわとした気持ちよさが包み込み始めた。

(はぁっ…………んぁっ……ああ、そっか……ちゃんと目を開けていられたら、ずっと気持ちいい……)

 何度かうっかり目を閉じては電撃を流されるのを繰り返し、72番は学ぶ。
 目をしっかり開けて、じっと目の前に表示された性器を見ていれば、訓練器具も身体を包む触手もずっと動き続けて快楽を与えてくれるのだと。
 絶頂が出来ない辛さはあるけれど、寝っ転がってただ見ているだけで良いなら楽なものだ。

「ぁ…………」

 すっと目の前の画像が消えれば、味と匂いと共にあの気持ちいい刺激も無くなってしまう。
 ああ、もうちょっと楽しんでいたかったのにと残念に思いつつ暗闇で目をこらしていれば、突然頭の中に声が響いた。

『おちんぽ様が欲しい』


 …………


「へっ!?……え、あぇ……?」

 頭の中で繰り返される声に、72番は目を見開く。
 最初は自分の独り言かと勘違いしたほど、その声は自分の声にそっくり、いや、正直自分の声と全く聞き分けられないレベルだ。

『おちんぽ様が欲しい……おちんぽ様があると幸せ……おいしいおちんぽ様を頬張りたい……』
「ほげぇっ!?」

(ちょ、ちょっと!!私の声で何てことを呟くのよお!!うああああやめてぇぇ何かこっちまで恥ずかしくなってくるうぅぅっ!!)

 延々と囁くように繰り返される言葉は、まるで消えてしまった映像の『おちんぽ様』への熱っぽい睦言にしか聞こえなくて、しかもそれを自分の声で繰り返されるものだから、まるで自分がそんな風に思っているようにすら感じてしまって、とてもいたたまれない。
 これはこれである意味拷問だと、恥ずかしさに涙が滲んできてしまう。

 いくら性処理用品として変えられたからって、そこまで男性器そのものには執着などしていない。多分、きっと。
 そりゃまぁ、いつだったか104番の調教師様に言われた通り、無機質な拡張器具よりは熱くて固い疑似ペニスの方が気持ちはいいけれども……

『おちんぽ様に、穴を埋めて貰いたい』
(だから!!そんなこと、思ってないってば!!)

 ちらっと生じたペニスへの渇望を言い当てられたかのような自分の声に、72番は慌てて全力の否定を返す。
 けれど、卑猥なおねだりは、まるで性器に愛を囁くような言葉の洪水は、止まることを知らない。そんなに大音量では無いとはいえ、視界を遮られた空間の中ではとても無視はできなさそうだ。

(ああもう……こっちの頭がおかしくなっちゃいそう……早くまた映像が映らないかな、そしたら気持ちよくなって、きっとこの声も気にならなくなるから……)

 そんなことを考えていれば、まるでこちらの思考を読んだかのように目の前に映像が映された。
 途端に始まる全身への愛撫、そして穴を擦りあげる訓練器具のこれまでに無く優しい、そして72番を知り尽くしているかのような絶妙な刺激で、彼女の身体は一気に昂ぶり最後の一撃を……絶頂に至る刺激が欲しいと叫び始める。

(はぁっはぁっ、きもちいい、きもちいい、もっと……ああっ、お願い逝きたいのっ、逝かせてぇ……!)

『おちんぽ様、きもちいい……おちんぽ様大好き……』

 必死に絶頂をねだる心の声で、作られた音声はかき消されてしまう。
 ああ、やはり映像が見えていればこの声もそこまで気にならないや、と72番はまたあっさりと消えてしまったペニスの映像に少々名残惜しさを感じつつ、次の機会を待つのだった。


 …………


「んうっ、はぁっ、はぁっ……あぁぁっ…………んふぅ……っ……!」

 あれから一体、どのくらいの時間が経ったのだろう。
 相変わらず目の前には不定期に逞しい雄の象徴が不定期に表示され、これでもかと言わんばかりに酷い匂いと味が叩き込まれ、そして同時に心地よい刺激がもたらされる。
 何度も、何度も上り詰めさせられ、けれど決して発散できない熱は、多少冷める時間を貰える分楽ではあるけれど、それでもこう何十回と続けばいい加減辛さが勝ってくるものだ。

(ああぁ……お願い、逝かせて、逝かせて下さい……気持ちいいの欲しいけど……辛くて頭がおかしくなるぅ……!!)

 2週間にわたる懲罰で余分な熱を抱えた身体は、そろそろ限界を訴えていた。
 インターバルを置かれても、もう渇望は止まらない。いつもの奉仕訓練と同じ、泣き叫びたくなるような衝動に襲われた72番の目の前に、また映像が表示され全身を包む触手たちがいいところをぬるぬると這いずり始める。

(ああっ、またっ、またくるっ、でもいけないのっ!!逝きたい逝きたい逝きたいいいいっ!!)

 身体が勝手に痙攣し、快楽を逃がそうとするも、ギチギチに拘束された状態では何の効果も無い。
 そうこうしているうちにまた胎がずくんと疼き、頂へと向けて快楽が駆け上がり始める。

 だめ、もうだめ、ああまたここで止められる――!

 72番は再び来るであろう、頭をかきむしりたくなるような渇望と絶望に身体を硬くして備える。
 だが、次の瞬間。

「……ぁ……?」

 目の前に映るペニスがピクンと震え、こちらに向かって大量の白濁を吐き出してきた。
 それと同時に3つの穴の中にも熱い疑似精液がドクドクと勢いよく注がれ、まるで射精しているかのように小刻みに震えているのが感じられる。
 口の中には精液の生臭さとなんとも言えない味が広がって、そして

『イケ』
「!!…………い……いぐっ……!!逝くっいくいくいぐぅんあああっ!!!」

 無機質な命令が耳に届いた瞬間、ひときわ大きく身体が跳ね、頭の中が真っ白に弾けた。

(え……今、私、逝って……!?)

 突然の絶頂に、理解が追いつかない。
 気持ちいい、気持ちいい、けれどこの先に待つのは、苦痛にしかならない連続絶頂だとこれまでの経験が告げている。
 ああ、せめてもう少しだけ、この気持ちよさを堪能させてほしい……

 72番は覚悟を決めて、その時を待つ。
 けれど……何故か、無理矢理苦痛しかない絶頂へと押し上げるような刺激は飛んでこない。

(…………?……ぁ……あひぃ…………っ……)

 ふわふわとした気持ちよさの中、時折胎を揺するように訓練器具が軽く動き、その度にまた小さな白い絶頂の波に襲われる。
 そう、ずっと絶頂はしている。けれど、今日の絶頂は辛くない。
 絶妙な間を置きながら、とん、とんと小さく揺すぶられて、またふわりと持ち上げられ、頭がパチンと白くなる。

 きもちいい、とても、きもちいい……
 ずっと、ふわふわ、きもちよくて、このまま永遠に絶頂に浸っていられそうだ。

 頭の中が、全部幸せで満たされて。
 温かい涙が……いつものような激しい絶頂の辛さからでは無い、心から満ち足りたが故の歓喜の発露が、頬を伝う。

 分からない。
 何もかもがいつもと違って、頭が状況を把握しきれない。
 ただ、そんな頭でも一つだけ分かることがある。


 これは、ずっと、そうずっと私が望んでいた絶頂だ――


(……ああ、これが、これが欲しかったの……やっと、頂けた……)

 真っ白な空間に漂いながら、72番はゆっくりと溶けた思考を巡らせ、数ヶ月ぶりとなる満足のいく絶頂を心ゆくまで堪能する。
 目は決して閉じてはいけない。この気持ちよさをあんな無粋な懲罰電撃で叩き落とされてなるものかと、彼女は白濁が伝い、しかし全く萎える気配の無い目の前の欲望をじっと見つめ続けていた。

(ああ、今私、このおちんちんと一緒に逝ったんだ……凄い、こんなに……ああ、幸せ……)

 口の中から溢れそうな感覚に、彼女はこくりと喉を鳴らす。
 喉に張り付いた疑似精液の味はお世辞にも美味しいとは言えず、けれどその不味さすら今の72番には愛おしく感じられる。

 世界が白くて、温かくて、満ち足りて、幸福で――

『ザーメン、美味しい……おちんぽ様、きもちいい…………』
「あはぁ……おちんぽしゃま……きもちい……」

 恍惚とした表情を浮かべた72番の口から無意識に飛び出たのは、己の声に似せた音声を認める囁きだった。


 …………


『おちんぽ様がきもちいい、おちんぽ様がもっとほしい』
「あぁ……はぁっ、んっ…………」

(おちんぽ様……きもちいい、きもちいいですぅ……あはぁ……ああっ、消えないでぇ、お願いします射精してぇ……中に、中にいっぱいザーメン下さいぃっ……!)


性器従属化訓練


 もう、どれだけ時間が経ったのか全く分からない。
 72番はこれが訓練であることすら忘れて、まるで自慰を覚えたばかりのあの頃のように快楽を貪り続けていた。

 幾度も映像が現れ、消えるのを繰り返したから、もう分かっている。
 映像が表示される度、そしてオスの味と匂いをたっぷり堪能する度に、穴を含めた全身が愛撫され気持ちよくなれる。
 そして目の前の欲望が白濁を吐き出した時だけ、これまで味わったことの無い、深く、けれど苦しさを伴わない絶頂と、それに伴う幸福感を与えられるのだ。

(自分でするのと全然違う……)

 人間様がこの穴に突っ込み自ら腰を振れば、こんな風に幸せな気持ちになれるのだろうか……
 72番は初めて味わう穴を犯される感覚に、すっかり病みつきになっていた。

 映像が表示されたり、射精の場面が流れたりするのは完全に不定期だけれど、その度に全身に与えられる刺激はまるで72番のことを知り尽くしているかのような的確さだ。
「今、ここを気持ちよくして欲しいのだろう?」と言わんばかりに、望む快楽を次々と与えられば、もう頭も身体もトロットロに蕩けてしまって、指一本動かせそうに無い。もはや自分の形すら無くなってしまいそうだ。

『おちんぽ様が欲しい……おちんぽ様を舐めたい……おちんぽ様の匂いがほしい…………』
(ああ、うん、そうだよね。おちんちんが見えたら、気持ちがいいもんね……)

 真っ暗な静寂の中で繰り返される自分の声に、72番はふにゃりと破顔して頷く。
 最初に感じていた卑猥な言葉の繰り返しに対する煩わしさも、羞恥も、今の彼女には見当たらない。あれほど臭くて吐き気を催していた匂いすら、気にならなくなっている。

 快楽に翻弄され、そんな感情が起こるほどの理性や思考は溶けて消え失せ、ただ囁かれる睦言にすっかり満足した頭は少しずつ共感し、声を受け入れていく。

(はぁ……っ……欲しい…………だめ、ぎゅって締めるだけじゃ、舐めるだけじゃ足りないの……映って…………早く、見せて……)

 絶頂から降りてきて心地よい余韻も冷めた途端、変えられた身体は元の渇望に呑み込まれる。
 それでも、72番の身体と心はこれまでに比べればずっと軽い。彼女がまさに追い求めていた絶頂を心ゆくまで何度も味わい、そしてこうやって渇望に頭を焼かれていてもまた暫くすれば「ご褒美」が貰えることを、素直な頭は訓練初日にして理解してしまったから。

(あはぁ、また映ったぁ……はぁんっ気持ちいい、気持ちいいよぉ……!)

 昨日より楽な今日が、やっと来た。
 これがいつまで続くのかは分からないけれど、少なくとも今は全力で堪能しよう。
 さあ、次は射精の映像が流れるだろうか。まだそこまで辛くは無いけど、出来れば寸止めは少なめにして欲しいな……

 口の中に突っ込まれた訓練器具をしゃぶりながら時折甘い声を上げる72番は、直腸からとぷとぷと注がれる経腸栄養にすら気付けない。
 そもそも、空腹を忘れさせられた身体にとって餌は義務的な栄養補給に過ぎないから、この状態で気付かないのも無理は無いが……ともかく彼女はまさに寝食を忘れて、快楽を貪り尽くすことに没頭していた。

 そうして、何度目だかすっかり忘れた幸せな絶頂の中、久しぶりにAIの音声が響く。

『復元時間になりました。復元終了まで、意識低下処置を行います』
「あ……」

 ひときわ大きな波に襲われ、それと共にすぅっと意識が遠くなっていく。
 そこでようやく彼女は、今日という日を尽きぬ享楽の中で過ごしていたことを知るのだ。

(ああ)

(明日も……)

 ふわりと高みに浮いたまま、全てが消え失せていく。


(明日も、きもちいいと、いいな)


 己の立場も忘れ、ただ快楽を貪る獣に戻ってしまった彼女の意識は、そこで一度ぷつりと途切れた。


 …………


「いつも思うが、メスはペニスの方が食いつきがいいな。オスはどっちでも似たようなものなのに」
「私からすれば、むしろどうして同性でも反応が変わらないのか、不思議でならないけどね……早くデバイスを付け替えましょ、104番がそろそろ覚醒しそう」
「あ、やべっ」

 訓練3日目の早朝、ヤゴとイツコは素体達が眠る性器従属化訓練室へとやってきていた。
 10日間の訓練中は作業用品がやることこそ少ないものの、素体が覚醒する前にデバイスの交換や各種材料の補充を行う必要があるため、朝が早いのだ。
 遅番はいつも通りの作業時間のため、このときばかりは遅番がちょっと羨ましい。

 この訓練では、口に設置する訓練器具は男性器と女性器を日替わりで用いる。
 奇数日は男性器、偶数日は女性器で、2日で1クール。前半フェーズと後半フェーズを2クール繰り返し、最後の2日間で仕上げと測定を行うのが通例だ。

 涎を垂らしてすやすやと眠る72番の口元からヤゴは女性器の訓練器具を取り外し、涎を垂らして開いたままの口に疑似ペニスを突っ込んで固定する。
 入れた途端に意識が無くてもちゅうっと吸い付く口の動きを見せる辺り、奉仕の躾は完璧である。

「んっ、んふっ、んちゅ…………っ……」
「……良い夢でも見てるのかしらね」

 にへらと笑いながら淫らな音を立てて訓練器具をしゃぶり続ける72番を見たイツコが、経腸栄養と浣腸液を股間側の装置に充填しながらぽつりと呟く。
「んな訳ないだろう、二等種なんだし」とヤゴが呟けば、分からないわよ、と彼女はヤゴの方を向いた。
 その目は意外と真剣だ。

「もしかしたら、二等種は夢を覚えてないだけかも知れないじゃ無い?だって、人間様のようにこの身体は眠るのよ。それもきっちり8時間も、ね。だから実は子ネズミちゃんも、今頃幸せな夢を見ているのかも知れないわ」
「……それにしたって、覚えてないなら見ていないも同義だろうが」
「ま、それはそうねぇ」

 ピッと小さな音がする。個体の覚醒を検知したAIがどうやら3日目のプログラムを開始したようだ。
 早速鼻息荒く「……はやく…………見せて……」と呟く72番に、すっかり夢中のようねとイツコは笑う。
 その声が素体達に届くことは無い。このゴーグルとイヤーマフを付けている限り、彼らが外界のことを知ることは不可能だから。

「疑似思考への同調率は?これだともう50%は超えているかしら」
「まさかの70%だぞ。流石脳みそが詰まってないだけのことはある。104番は……ギリギリ50%ってところか。やはり堕とされは妙に勘が鋭いからな、抵抗も強い」
「まぁ、前半フェーズは50%を超えていれば十分だから。4日間快楽を貪りきったら、もう後半で抗う事なんてできないわよ」

 性器従属化訓練は、性処理用品の製造過程で最後に行われる加工だ。
 どんな状態であっても性器に――今回の対象は人間様では無いのだ――完全服従させることで、余計な思考や言動の表出抑制と人間様に対する反応の均質化を行うのが目的である。
 つまり簡単に言えば、報酬系を用いた性器への重度の依存形成を、10日間かけて行う訳だ。

 この訓練の効果測定で基準値を満たし、訓練終了翌日の実技検査で合格することによって、性処理用品の製造はひとまず完了する。
 後は4週間かけて実際の奉仕を想定した実習を行い、検品で合格すれば晴れて出荷となるのである。

「……イツコは夢が見たいのか」

 いつもの訓練と違い、この訓練はあまりにも暇が多すぎる。
 業務に関係が無い私語は一応禁止されているものの、真面目に作業をしていれば管理官もそこまで目くじらは立てない。

 素体の没入感を阻害しないためたった10分の待機時間で浣腸液が転送されたのを確認しつつ、ヤゴは何気なくイツコに尋ねる。
 どうやらその質問は意外だったのだろう、一瞬虚を突かれたイツコはすぐにいつもの笑顔に戻り、遠くを見つめながら「……夢を見るのが好きだったの」と答えた。

「私ね、ここに来るまでは真面目な優等生だったの。いわゆる良い子ちゃんでね、親にも先生にも受けがいい子だったのよ」
「……お前が優等生とか、想像がつかないな」
「ふふっ、そうよねぇ。……でも、良い子でずっといるのって、疲れちゃうのよね。だから、夜ベッドに潜り込んで目を瞑る瞬間が一番好きだったの」

 夢の中ではいつだって自由で、穏やかで、楽しかったから。
 そう語るイツコの瞳は、少しだけ寂しそうだ。

「今だって、ううん、今の方がずっと自分らしくいられるとは思うのよ。でもね、人間様に逆らわないし作業だって完璧にこなすから、せめてあの時間だけは返して欲しいなって時々思うの。死ぬまで無理だって分かっていてもね」
「…………」

 しばしの沈黙が部屋に流れる。
 小さなモーター音と、ぐちゅぐちゅという粘液質で湿った音、そして荒い息と甘い嬌声が響くなか「ねぇ」とヤゴに語りかけるイツコの視線は、明後日の方向を向いたままだ。

「……私達は生まれ変われば、夢を見られるようになれるのかしら」

 今の彼女の瞳に、きっと現実は映っていない。
 いや、最早現実を映す必要なんて無いのだ。最低限、今担当しているこの個体が出来上がればそれで十分。
 ……残された時間は決して長くないのだ。それなら、これ以上碌でもない現実など見せたくも無い。

 けれど、自分はここで気の利いた慰めをかけられるほど器用では無いから、結局彼女を現実へと引き戻してしまう。
 それが、少しだけ悔しくてもどかしい……そう思いつつも、ヤゴは口を開く。

「……俺たちは二等種だ。誰かが決めた罪とやらを償い終わるまで、どれだけ生まれ変わったって二等種にしかなれない」
「そうねぇ、それはもう仕方が無いわ」

 けれど、もしかしたら。
 次に生まれてくるときには、二等種を取り巻く環境は変わっているかも知れないじゃない?

 ――それが甘い期待だと分かっていても、どこにも救いの無い二等種としての今の生涯よりは、来世に思いを馳せる方が余程確率は高いわよとイツコは笑う。

 遠くを見つめる瞳は、どこまでも真っ直ぐだ。
 ……だから、その熱量に絆されてしまったのだろうか。

「ふふっ、まぁこればかりは、生まれ変わってみないと分からないわよね」
「…………そうだな……見れるといいな、お前の見たい夢が」
「え」

 思いがけないヤゴの言葉に、イツコは目を丸くする。
 まさか、いつも表情筋が死んでいて余程のことでも無い限り(そう、72番のような天変地異がやってこない限り!)感情を露わにしないヤゴが、そんな優しい言葉を……見たことも無い穏やかな笑顔でかけてくれるなんて思いもしなかったから。

 けれど、とイツコは思いなおす。

(そうよね、その笑顔が……本当のあんたよね)

 きっと今までだって、彼はずっと皆に優しい言葉をかけたかったはずなのだ。だって、彼は『仏のヤゴ』と呼ばれるほど、その内側は性処理用品に対してさえ優しい感情で彩られているのだから。
 ただその生い立ちと他者と関係を持つ経験の乏しさ故に、彼にとっては難しいことだっただけ。

(ああ、本当にあんたは……こんな作業をさせるには、優しすぎるのよ)

 情に厚く、覚醒も出来ず、なのに調教用作業用品としての適性だけは高い、歪な個体。
 近い将来私がいなくなった後、どうかこの優しいオスが無事ここで生き抜けますように――


 イツコはいつもの仏頂面に戻ってしまったヤゴを見つめ、そっと心の中で祈る。
 祈りを聞いてくれるような神や仏など二等種には存在しないけれど、作業用品の内心までは人間様だって踏み込めないはずだから。

「…………ええ、そうね。むしろこちらから夢を引き寄せてみせるわ」
「はっ、お前らしいな。…………だがその前に、まずはこれを何とかしないとな」
「大丈夫よ。ちゃんと策は練っているし、管理官様も了承済み。今回の加工後に一気に堕とすわ」
「そうか。まあお前が言うなら問題ないんだろうな」

 作業用品達の視線の先に拘束されているのは104番。
 72番同様快楽を貪りだらしない笑顔を見せながらも、時折ハッと正気に戻ったように「俺は負けない……心だけは……折れない……っ」と呟き続けている、どこまでも往生際の悪い堕とされ個体。

「まぁ、そうやって鼓舞できるのも今だけだしな。聞いてなかったことにしてやれ」
「もちろんよ。そもそもこの訓練中は懲罰も与えられないしね」

 精々足掻きなさいな、その方が私の楽しみも増えるから。
 聞こえないのをいいことに104番の耳元で囁くイツコの瞳は、いつも通り素体の絶望を今か今かと待ち望む嗜虐者の光を帯びていた。


 ――性器従属化訓練終了まで、あと7日と12時間である。


 …………


「……あれ?ない…………」

 4日目の朝。と言っても、ずっと拘束されたまま快楽に耽っている72番に、時間の感覚は無い。
 復元時間という名の睡眠を感覚的には一瞬で通過した72番は『プログラムを開始します』というAIの音声に、今日も気持ちよくなれるとすっかりご機嫌だ。
 だが、程なくして彼女はある異変に気付く。

「おちんぽ様……無くなってる……?」

 思わず呟いた言葉が明瞭なのは、口の中に何も無いせい。
 おかしいな、入れ忘れかな?と口を開けて舌を精一杯伸ばしても、何の抵抗も感じない。

 それどころか昨日まで全ての穴を占拠していた――といっても随分控えめなサイズではあったが――訓練器具が、何故か全て取り払われていたのだ。

(なんで?え、今日はもう、気持ちいい訓練ないの!?でもさっき、開始するって言ったよね……?)

 24時間常に何かを詰め込まれた状態が普通だと、この1ヶ月半ですっかり常識を書き換えられてしまった頭は、この事態に困惑する。
 だって、埋まっているのが当たり前なのだ。何も無い状態は妙に心許なくて……時間が経つにつれじわじわと不安を生じさせる。

『おちんぽ様、欲しい……』
「うん、欲しい……』
『おちんぽ様が無いと寂しい……』
「…………うん、寂しいよぉ……足りないのぉ……はぁっ、そうなのっ足りないのっ……!」

 鼓膜を震わせる『自分』の声に、72番は無意識に答えている。
 そうなのだ、ここが埋まっていないのは寂しくて堪らない。お陰で発情しきった頭は、咥えるものを求めて渇望を声高に叫び続けている。

 気持ちよくなりたい。
 きっと、昨日までのようにおちんぽ様が目の前に現れたら、また気持ちよくして頂けるはず。
 そこはかとない不安を抱えながらも、男性器への渇望を紡ぎ続ける声をその通りだと受け入れながら、一体どれだけ待っただろうか。
 ……実際にはほんの数分だったのだが、とにかく永遠にも思える時間を過ごした72番の目の前に、ようやく立派な欲望が現れた。

 じゅわり、と口の中に涎が沸いてくる。
 もうこの身体は覚えている。おちんぽ様が目の前にあれば、あの濃いオスの匂いと味を浴びていれば、気持ちよくなれると……!

 なのに、どうしてだろう。今日は全く気持ちいいがやってこない。

「……なんで……?」

 思わず72番の口から、戸惑いの声が漏れる。
 その頭の中にはずっと『おちんぽ様が欲しい』『おちんぽ様にご奉仕したい』『おちんぽ様を突っ込まれたい……』と願望が渦を巻いている。

 ――ああ、これは違う、私の声じゃ無くて『私』の音声だ。
 けれど、頭に響く音は、私の心の声と遜色ない。

(ああ……欲しい……あれが欲しいっ……!!)

 あまりのもどかしさにはぁっため息をついた瞬間、ピッと小さな機械音が鳴る。
 何事かと思えば、いつもの無機質な音声が、耳の中に注ぎ込まれた。

『口腔性器への挿入時以外、音声に合わせて全ての文言を復唱しなさい。音量と明瞭さが基準に満たない場合は懲罰を執行します』
「!!」

 一体何のために。
 疑問を呈したところで、何年も躾けられた身体は命令されれば素直に従ってしまう。
 まぁ、復唱するだけなら……と72番は恐る恐る「……おちんぽ様がほしい……」と耳元の囁きを口にした。

 二つ、いや三つの声が輪唱する。
 どうやら自分の発した言葉はマイクか何かで拾われ、耳に流し込まれているらしい。
 内側から聞く声とは少し違う声色に不思議な気分になりながらも、次々と与えられる言葉を72番は何の疑問も無く唱え続ける。

 卑猥な文言は、初日なら耳にするだけで赤面して到底口になど出来なかったことを、今の72番はもう思い出せない。
 そして言葉を音にすればするほど、ますます渇望は募っていって、段々耳に響く声と自分の心の声の区別がつかなくなっていく。

「はぁっ……おちんぽ様、舐めたい……おちんぽ様をずぼずぼしてほしい……!!」

 段々と声が大きく、切羽詰まってくる。
 それを察したかのように、ようやく唇につんと熱くて丸い先端が触れた。

「!!!んあっ……んふううぅ……!」

 急いで口を開け舌を伸ばせば、ぬるりと恋い焦がれた欲望が粘膜を犯す。
 同時にすっかりほぐれて物欲しげに蠢いていたドロドロの泥濘も、閉じることを忘れてピンク色の内側をチラリと見せる秘所も、太い2つの塊とおまけの細い棒をぐじゅりと卑猥な音と共に迎え入れ、全身が歓喜に包まれた。

(ああっ、これ!これを待ってたの!!はぁっホント凄い匂い……クラクラする……きもちいいぃ……)

 じゅぷっ、じゅぶ、ぐちゅっくちゅっぐちゅ……

「はぁっはぁっ……んむっ……んぇっ、ふぅっ……」

 ようやく与えられた刺激を72番は無我夢中で貪り尽くす。
 教えられたとおりに舐めて、しゃぶって、締めて……そうすれば昨日のように穴を塞ぐ剛直は卑猥な音を立てながら中を擦りあげ、押しつけてくるし、表のいいところも触手たちによって舐めさすられる。
 いつもの奉仕訓練と違って、必死で動かなくても身体はどんどんと昂ぶらされていくのが実にお気楽で心地よい。

「んうぅっんふっんむっはぁっ……んぁっあっああっいぐっ……」
『おちんぽ様、美味しい……おちんぽ様いい匂い……』

(ああ、いい……おちんぽ様……おいしい……!)

 散々目の前で焦らされたせいだろうか。「イケ」という無機質な音声に続く大量の白濁と共にもたらされた本日1回目の絶頂は、いつも以上に気持ちよくて頭の中にチカチカと星が瞬いているようだった。


 …………


 もう、どれが私の声か、分からない。
 分からないけど……どっちだって同じようなものだから、特に問題はない、よね?


「はぁっ、おちんぽ様っご奉仕させて下さいっ!!おちんぽ様を突っ込んでお使い下さい……!!」

 目の前に現れたのは、愛しいおちんぽ様。ただし、今回は無機質なディルドだ。
(これじゃ逝かせてもらえない)と少々落胆しつつも、何も無い状態で放置されるくらいならと72番は必死に奉仕を声高に叫ぶ。
 ……いつの間にか耳元で紡がれる音声は彼女の願望から人間様への奉仕の哀願へとすり替わっているけれど、貰えるご褒美は変わらないのだ。奉仕訓練で散々口にしたおねだりを自ら叫ぶことに既に心理的抵抗など存在しない。

(ああっ、今度こそおちんぽ様……?あれ、でも、何か形が変……これ、人間様のおちんぽじゃない……!はぁっ、でもご奉仕させて下さい……っ、じゃないと、気持ちよくなれないのおぉっ!!)

 今日の訓練も不定期に刺激を与えられ、時折絶頂命令を頂き快楽に揺蕩う点は変わらない。
 ただ、昨日までとはそこまでの過程が少しだけ異なっている。

 画面に表示されるのはいつもの逞しいペニスのみならず、欲望を模した玩具やイラスト、そして明らかに人間様のものではないグロテスクな形をしたオスの徴と一気に種類が増やされていた。
 それらがランダムに目の前に現れ、その全てに対して音声は奉仕の懇願を強制する。

 獣の性器には多少の嫌悪感が伴うが、かといって奉仕を叫ばない理由にはならない。
 目の前に映された全てのものに対して頭を下げ、穴として使って欲しいと願わなければ、気持ちよさも幸せも全部取り上げられて、寂しさと切なさに苛まれることが分かっているから。

 そして何度も繰り返したおねだりが聞き届けられれば、お楽しみの時間だ。
 相変わらず強いオスの匂いや味で脳を蕩かされながら、全ての穴から、そして全身を覆う触手のような突起から与えられる72番の身体に合わせた刺激が、じわじわと身体に熱を与えていく。

「はぁっ……ああっ、ぬかない、で……いぎっ……!!」

 散々高められて、けれど人間様の本物のペニスが目の前に無ければ、絶頂を許されることは無い。
 映像が消えると共にすっと身体から離れていく訓練器具につい指示されていない懇願が漏れれば、途端に懲罰電撃を与えられた。
 ああ、だめだ。折角気持ちよくなったのに全部台無しにされてしまう。ちゃんと声を繰り返さなきゃ……

「んぐうぅ……お、おちんぽ様っ、ご利用ありがとうございますぅ……!」

(ああもう、待てない!お願いします、はやく、人間様のおちんぽ様にご奉仕させて下さい……!)

『おちんぽ様、御奉仕させて下さい……』
「はぁっはぁっ……おちんぽ様ぁ……ご奉仕させて下さい……おちんぽ様…………ああっ、499F072をどうかお使い下さい……!」

 流される音声か、それともこれは自分の心の声か。
 よく分からないまま、72番は先ほどまでとは打って変わって顔を青ざめながら必死に奉仕を懇願し始める。

(だめ……入ってないと、不安で……頭がおかしくなりそうっ!!)

『おちんぽ様の穴なのに、穴に何も無いのは怖い』
『おちんぽ様がないと、生きていけない』
『人間様に少しでも逆らえば、二度とおちんぽ様はいただけない……』

 ああもう、おちんぽ様のない世界なんて考えられない。おちんぽ様があれば、あの逞しい砲身にご奉仕させて頂ければ、私はずっと幸せでいられるのに――

 眼前に何も無ければ不安とそれを紛らわせるかのような哀願を、ひとたび現れれば熱烈な奉仕への想いを全身が叫び続ける。
 ……数時間前まではただの自分そっくりの音声でしか無かった言葉は、今や72番の心の奥深くに刻み込まれ、鎖で縛り付けられ、彼女の感情として成り代わっていた。

 ようやく与えられためくるめく快楽と絶頂、そしてほんの少しの不安に取り込まれた彼女は、何も気付かない。
 薬剤により強制的に作り出された幸福感と愛しさに夢中で踊り続けているうちに『私』の外側がじわじわと目に見えない何かで覆われていることに……

「!!っ、おちんぽ様っ!!」

 再び現れた映像が待ち望んだ本物の屹立であることを把握した瞬間、72番は思わず叫ぶ。
 ああ、今度は絶頂させて頂ける。いっぱいおねだりして、美味しいって喜んで、ご奉仕させて頂かないと……!!

「はぁっ、おちんぽ様っ、499F072にご奉仕させて下さい!!」

 はっきりと隷属と奉仕を宣言する哀れな素体の声は、喜色と淫猥さに濡れきっていた。


 …………


「昔はね、凄く不思議だったの。人間様ならこんな手間をかけなくたって、魔法で簡単に性処理用品を作れるだろうに、って」
「あ、それは俺も思う。わざわざ複雑な製造工程を踏むのは無駄にしか思えないんだが」
「そうでもないのよ。以前管理官様が教えてくれたんだけど、いくら頑丈な二等種でも一気に身体と頭を変えると、何故か壊れやすくなるんですって」

 特にこの工程はね、とイツコは拘束台を眺める。
 そこには初日と変わらず黒い艶のあるスーツに身を包み全身を戒められた素体達が、相も変わらず幸せそうに喘ぎ声を上げていた。

 訓練開始から9日目。
 数日前まで時折発せられていた104番の悔しそうな声は、もう影も形もない。
 きっとこのゴーグルの下では、完全に蕩けた瞳が映し出された性器に熱い視線を送り続けているのだろう。

「あれだけ毎日何十回と自慰に励んで快楽に溺れていたのに、それを全部取り上げられて1ヶ月半。訓練で貰える快楽で誤魔化していたって、素体は身体も心も限界まで飢えきっているわ。……それこそ、あの頃のような快楽と絶頂を得られるなら何だって受け入れるほどに、ね」

 例えば拡張や絶頂管理だけなら、魔法を駆使すれば一瞬で加工可能だし、それにより壊れる個体もほとんどいない。
 だが今回の性器従属化加工だけは別だ。
 どんな素体であってもトリガーを与えれば規定の言動のみを行うような機能を植え付けるこの工程は、均質な製品を作るためには必須でありながら最も素体が壊れやすい段階でもある。
 
 それ故に、敢えて全ての工程で手間のかかる手法を用いゆっくりと加工を行い、少しずつ素体の精神を削って絶望と学習性無力感を受け付けることで、どんな意に沿わない加工でも受け入れる下地を作る。
 その準備は調教における各種訓練はもとより、成体になった段階から始まっていると言っても過言では無い。

「私が作業用品になった頃は、この加工も研究段階だったの。最初のうちはプロトコルもコロコロ変わるし、何より結構な数の素体が壊れちゃってね。その度連帯責任で懲罰三昧、ほんっと大変だったんだから!確か今のような運用が始まったのは……あんたがここに来る2-3年前だったかしらね」
「知らなかった……意外と歴史は浅かったんだな」

 イツコの説明に「……本当に、人間様の頭はどうなっているんだ」とヤゴはため息をつく。
 自分達二等種では思いもつかないような、何重にも複雑に張り巡らされた罠は今でも絶賛進化中なのだろう。
 一体たりとも無駄せず使い倒すという執念と、その後ろに見え隠れする二等種への想像を絶する執着じみた感情の匂いを嗅ぎ取り、ヤゴは自分がその罠をかいくぐれたのは意志の強さだけでは無い、幸運も味方していたと痛感するのだ。

 ……もちろん、全ての罠を回避できたわけでは無い事は分かっている。
 そんなことが出来ていれば、今自分はこうやってあり得ない大きさの雄の欲望をおっ勃てたまま、生き物をただの穴に変える作業を強いられてはいないだろう。

 どう転んでも、救いは無い。
 ただ、自分は運良く多少ましな選択が出来ただけ。


 ――あるいはその選択すら、ましだと思い込んでいるだけなのかも知れないが。


『給餌と浣腸が完了しました。効果測定を開始します。測定用データセットへの切り替えを確認し、開始ボタンを押して下さい』
「……ようやくここまで来たな。一発で通れば明日の昼には終わるか」
「あ、でも今回は礼儀訓練のデータセットを測定と一緒に付与するから、夜までかかるんじゃないかしら。はぁ、104番の『事後処置』はコニーにはまだ任せられないし……久しぶりに丸一日の作業ねぇ」
「そうだった、104番は礼儀訓練での加工は不適格だって判断されたんだったな……まぁ直接頭に放り込んだ方がこちらは楽でいいが」
「堕とされは反抗心が強い個体が多いから仕方ないわね」

 ひとときの雑談は、AIが発する音声で中断される。
 ヤゴとイツコはタブレットから指示された通りに確認を行い、どうか一発で測定をクリアしますようにと願いつつ測定開始ボタンに手を伸ばした。


 …………


 ああ、きょうはおちんぽさまが、ちゃんとある。

 意識が一瞬途切れ即座に戻った瞬間、72番は口と下の穴を塞ぐ異物の存在にホッとした顔を見せた。

 昨日はおまんこ様の日だった。
 女性器の訓練の時は、顔に押しつけられた襞を舐めて、小さな肉芽を優しく吸って、嗅ぎ慣れた匂いと味の愛液が滴る蜜壺に舌を差し込めば、その通りに自分の股間も刺激されながらいつもの抽送も同時に味わされるのだ。
 あれはあれで実に倒錯的で気持ちが良かったけれど、やっぱり私はおちんぽ様の方が好きだと、彼女は口の中の熱い剛直を無意識にしゃぶりながら『その時』を待ち続ける。

(……あぁ、安心する……やっぱり穴には何か入っている方が落ち着くなぁ……)

 訓練初日から大きさの変わらない器具は当初こそ物足りなく思っていたけれど、この大きさでも十分気持ちよさは感じられると分かってからは、むしろ余計な圧迫感と重みがない分ちょうど良くていいと感じる事が増えた。

 小さくたって、気持ちがいい。
 うっとりと「おちんぽひゃま……」と呟く72番の声は、まるでグロテスクな性器に愛を囁くような甘ったるさだ。
 ……その快楽と幸福感が収縮剤と数多の薬品で作られたものだと気付くことは無く、ただ『おちんぽ様』にご奉仕すれば幸せになれると、彼女は自らの意思で歪んだ思考回路を脳に刻み込んでいく。

 もはや、彼女に外からの声は必要ない。
 外的要因で強制的に脳を書き換える段階は既に終わり、これから彼女は生涯にわたり、植え付けられたプログラムを繰り返すことでより自らを強固に閉じ込め、縛り付け、変質させ続けるのだ。

 それでもトドメとばかりに流し込まれる声は止まない。
 外からの入力と心の囁きの区別などとうにつかなくなった頭は、ただ与えられるままに、更なる言葉を己のものとして握りしめていく。

「!!あはぁ……」

 ぱっと目の前に画像が現れる。
 どうやらまた画像の種類は変わったようだ。

 今目の前に映っているのは、スーツを着た人間様の男性の股間。その中心は明らかに盛り上がっていて、ここに大好きな『おちんぽ様』があるのだと72番は直感する。

(ああっ、おちんぽ様……ご奉仕させて下さい……この穴で気持ちよくなって……)

 無意識のうちに、72番は先ほどよりも激しく口の中のものを舐めしゃぶっていた。
 ゆるゆると3つの穴で抽送を繰り返す訓練器具を抱き締め、揺さぶり、送り込まれる匂いを肺一杯に吸い込んで恍惚に浸り続ける。
 ……いつからだろう、この酷い匂いにすら愛おしさを感じ始めたのは。ああ、もう、気持ちが良くて何も考えられない……

 その間も、心の呟きが止むことは無い。
 口を犯されているときの復唱は免除されているけれども、何も命令されずとも72番は与えられた音声を、そして植え付けられた思考が織りなす言葉をただただ心の中で繰り返し続ける。
 だって、こうやって繰り返していれば、ずっとずっと気持ちよくいられるから。

『おちんぽ様、美味しいです……』
(おいしいです……おちんぽさまは、おいしい……)

『おちんぽ様、いい匂い……』
(うん、おちんぽさま、いいにおい……ずっとかいでいたい、いいにおい……)

『おちんぽ様、硬くて大きい……』
(そう、これはかたくておおきいの……あつくて、きもちいいの……)


『おちんぽ様、大好き…………』
(あはぁ……だいすき、すきっ、あいしてるぅ……!)


「らいしゅき……おひんぽしゃま……」

 快楽欲しさに必死に奉仕を行い、その合間にひたすら性器を褒め、阿り、愛を囁き続ける。
 初日には考えられなかった異様な言動に、しかし欲しいものを全て与えられ骨抜きにされた72番は気付くことが出来ない。

(はぁっ……逝きたい……おちんぽ様、硬くて太くて熱い、本物のおちんぽ様、早く来てぇ……!)

 気のせいか、今日は一番欲しいおちんぽ様がなかなか姿を現さない。
 ああ、お願い、そんな服で愛しい身体を隠さないで。いっぱいご奉仕させて頂きますから、はやく大きく、太くなって――

 溢れる涎が頬を伝う。
 股間だってきっとびしょびしょだ。それほどまでにこの身体は全力で人間様の性器を欲している。
 何もおかしくなんてない。私は性処理用品、ただの穴。穴が使われることを期待するのは、当然だから……


(!!あはっ、おちんぽ様ぁ……っ!!!)


 何十本ものおちんぽ様を見せられた後、ようやく待ち望んだ剥き出しの剛直が目の前に現れる。
 あの心地いい絶頂を期待して、72番は殊更念入りに穴としての責務を果たす。
 もちろん『おちんぽ様』が喜ぶ言葉かけだって忘れない。だって、私はおちんぽ様とおまんこ様をご満足させるためだけに存在しているのだから。
 もっと、もっと、美味しそうに、嬉しそうに舐めて、しゃぶって、締めて……熱い白濁を吐き出せるように、淫らな姿を全部、見せつけなければ……!

『イケ』
(っああっ、いぎましゅっ、72番いきましゅっ!!ああぁんっ、いってる、いってるうぅぅ!)

 ……そう、ちゃんと報告もしなきゃ。
 わざわざおちんぽ様が美味しいザーメンとアクメを下さったのだ。ありがたく頂いて、堪能して、ああ、お礼を忘れちゃいけない。

「あひぃ……おちんぽしゃま……おいしいざーめんと、おじひをありがとう、ごじゃいましゅ……」

 まだ絶頂の余韻が冷めきらない真っ白な世界で、72番は促されるままに感謝を口にする。
 涙に潤んだ瞳は、そんな状態でも瞬きを忘れたかのように目の前の白濁に塗れた剛直を凝視し続けていた。

 ……一連の奉仕にまつわる想いのほぼ全てが外から与えられた自分の『声』であることに気づきもせず、彼女はこれが自分の心からの想いだと何の疑いも無く誤認したまま、これから丸2日にわたり植え付けられた言動を繰り返し、自分のものとしていくのである。


 …………


 ――夢の終わりは、いつだって唐突に訪れる。
 楽しい時間は永遠には続かない。いつかは現実へと帰らなければならないのだ。

『プログラムを終了します』
「…………はぇ……?」

 AIの音声が響いたと思ったら、すっと目の前のおちんぽ様が消えてしまう。
 同時に穴を占拠していた訓練器具も抜き去られ、72番は「んぁ……っ」と思わず名残惜しそうな嬌声を上げた。

(え……終わり…………?ええと、何が、終わりだっけ……)

 10日間快楽漬けになった頭はすっかり自分が訓練中であった事を忘れてしまっていて、72番は呆けた顔で、しかしどことなく落ち着かないような寂しいような感覚を紛らわそうと、キョロキョロと暗闇の中を見回していた。

「んうぅっ……!!」

 暫くして、股間に太い物が押しつけられる。
 久しぶりの質量にも関わらず、十分拡げられた二つの穴は骨盤を歪ませる程長大な拡張器具を容易く呑み込んでいった。

「収縮剤もちゃんと切れてるね。ああ、もう入っていないと落ち着かないか、ヒクヒクしてる」
「こーんなにお腹パンパンにしてるのに嬉しそうにしちゃってぇ……あ、ミツ、こっちゴーグル取るよ?」
「分かった。ここからなら見えないでしょ?すぐにアイマスクを付けてね」
「りょーかいっ☆」

 ゴーグルの外の世界では、作業用品たちが訓練後の後片付けに忙しなく動いている。
「はぁっ……」と苦しさの中に甘さの滲んだため息を上げる72番を、ミツは「いい仕上がりだね」と満足そうに眺めつつ、耳の固定を外しほんのり開いた口に維持具の先端を触れさてせ「入れるよ」と短く命令した。
 そうすれば72番はどこか嬉しそうに「おちんぽ様……」と呟きつつ口を開け、喉の力を抜いて手慣れた様子で長大な触手を呑み込んでいく。

 その顔がとろりと蕩け幸福を滲ませているのは、彼女がまだ夢から覚めきっていないせいか、それとも。

「……ま、明日の検査で全部分かるよね」

 ミツは独りごちつつ、72番がマウスピース部分を自主的に噛みしめ顎が固定されたのを確認し、顔半分を覆っていたゴーグルをそっと外す。

「うわ、ドロドロ……72番、そのまま。目は開けない」
「……んぁ…………?」

 むわっと溜め込んだ熱気が上がる中、久しぶりの明るさに顔を顰めた彼女の目が再び開かないうちに、ミツは口枷をハーネスで固定し手早くアイマスクを目の上に乗せ、これまた後頭部で緩み無くベルトを締めた。
 更に、片方の鼻にはピンセットで綿のようなものを、もう片方の鼻には水色の長い筒――経鼻エアウェイと呼ばれる気道確保用の器具を挿入する。

(なに……?はな、へん……あ、でも息は出来る……)

 そうして台の高さを調整しつつ全身の拘束を取り去り、「降りて」とぐいっと首輪に繋いだ鎖を引いて誘導すれば、まだどこか呆けた様子の72番はよろよろと身体を起こして台からするりと落ち、その場でいつも通りの四つん這いの姿勢を取った。

「これでよし、と。アイマスクと鼻の詰め物は、明日までそのままだからね」

(明日……あした、って?……よく、わかんない……はぁ、お腹が重い……)

 10日ぶりの圧迫感に、じわじわと72番は夢から引き戻される。
 ああ、本当に夢のような時間だった。こんな幸せな訓練なら何度やったって構わないのにと彼女は相変わらず暢気に先ほどまでのめくるめく快楽を噛みしめていた。

 ……ぼんやりする頭に、作業用品達の声がかすかに入ってくる。

「終わった?」
「うん、二体とも基準値を両方の性器で3回ともクリア。明日の実技検査で問題なければ、製造工程は終了だね」
「はあぁ……コニー、今夜は104番の保管庫の天井になりたい……絶対楽しいのにぃ……」
「はいはい、気持ちは分かるけどその話はダメよ、コニー」
「あ、ごめんねぇ☆」

(終了……私、もう性処理用品になっちゃったんだ……)

 頭の上で繰り広げられる会話から察するに、どうやら自分達の訓練は全て終了したのだろう。
 後は前に彼らが話していた出荷前検品とやらで等級が確定し、そのまま地上へ出荷されるだけ。とうとうその日が来たのだと72番は夢心地ながらも静かに覚悟を決める。

 ……思った以上に落ち着いているのは、今回の甘く蕩けるような幸せな訓練のお陰だろうか。

「じゃあ行きましょうか。コニー、そのまま転送室で受け取ってすぐ装着よ」
「おっけー☆はぁ、今日はお預けかぁ……」
「いいじゃんメスはお預けだけなんだし。オスは結構大変なんだよ?」

(……あ……歩く…………)

 和やかな会話が終わり、いつものように無言で命令された手足は、機械的に指示された方向へと床を踏みしめていく。
 恐らくオスとメスとでは保管されている場所が違うのだろう、扉を出ればすぐに、聞こえる足音は自分と手綱を握る調教師様のものだけになった。

 パシン……パシン……

(はぁんっ、痛いのも気持ちいいけど……さっきまでのほうがずっと良かったなぁ……)

 鞭を入れられ、久しぶりの痛みに腰をヒクつかせながら、72番は保管庫へと移送されていく。
 この不思議な訓練を受ける前より、頭は少しだけスッキリとしている気がする。といっても、身体の芯から快楽を求める叫びが上がっていることに変わりは無い。
 おちんぽ様が欲しい、またおちんぽ様にご奉仕させて頂きたいと無意識に心の中で願い、さっきまでの幸せな快楽を思い出しては時折にへらと相好を崩しながら、彼女の手足は数日前に来た道をぺたぺたと這っていく。

(ああ、そっか……これまで訓練を頑張ったご褒美に、最後は気持ちよくしてくれたのかも……)

 72番は相変わらず変わらない。
 その実に単純で浅薄な思考が織りなす都合のいい結論に酔いしれられるのは、ある意味幸せなのかも知れない。


 …………


(あれ……もう、着いてた?いつの間に……)

 からから……とシャッターの閉まる音がする。
 はっと気付けば既に72番は保管庫の中に戻され、いつものように入口に向かって股間を見せつけた姿勢でじっと待機していた。
 調教師様からはいつも通り何の言葉も無かった。だから、後は電気が消えたら横になって眠るだけだ。

 痛みを快楽に変えられる機能を付けられてからだろうか、移動中は鞭の打撃に頭がふわふわして何も考えられなくなって、気がつけば目的地に着いていることが増えた気がする。
 とは言え72番からしてみれば、気持ちがいい分には別段問題はない。だから、事実をすんなり受け入れるだけ。

(明日は……何をするんだろう。もしかしてもう、すぐに検品を受けて地上かな?)

 殺風景な部屋すら見ることが出来ず、鋭敏になっているはずの嗅覚も何かで塞がれているお陰で働かない。
 耳を澄ましたところでこの部屋の中で聞こえるのは、自分の甘い吐息と時折もどかしそうに腰を振る度チャリチャリとなる鎖の音くらい。
 けれど、今の72番に不安は無い。この10日間、存分に欲望を満たして貰えたお陰だろうか、不思議と心は凪いでいて、近い未来への希望すら抱いている。

 だって、地上に出ればたくさんのおちんぽ様にご奉仕できるのだ。
 それはとても幸せなこと――

(はぁ……おちんぽ様、ご奉仕させて下さい……)

 カチッという小さな消灯の音がやけに大きく響く。
 いくら復元時間を適切に取っていたとは言え、慣れない姿勢で10日間も固定された疲れはあるのだろう、72番は即座にその場に倒れ込み、すぅっと意識を落とした。

 ……明日が楽しみだと、この保管庫で抱くにはあまりに分不相応な感情に包まれながら。


 己の思考にそっとねじ込まれた、生来彼女が持つ性質以上に都合の良い思考回路。
 さっきから無意識に奉仕を懇願する心の声も、それと同時に湧き上がる感情も、そもそも自主的に性器に敬称を付けること自体、今回の訓練前には無かったものだと今の彼女には気付けない。

 だから、明日の自分はも今日の自分と同じだと、72番は未だに思っている。
 ――彼女の定義する10日前の「自分」は既に変質させられ、彼女の望むであろう明日は二度と訪れないのに。


 …………


「んぇ……?」
「そのまま待機。シャッターが閉まったら基本姿勢で待機しなさい。10秒間の猶予時間を設定してあるから大丈夫でしょ?」
「……あい…………」

 一方その頃、同じように保管庫に戻された104番は、しかし檻に入るなりしゅるりとアイマスクを外された。
 鼻には何か詰め物をされているらしく、呼吸は可能だが匂いが全く分からない。鼻どころか前頭部までなにかが詰まった感じが気持ち悪くて、ついふがふがと鼻を鳴らしてしまう。

(何だ……?いや、目隠しを外すのはいつも通りだけど、なんで壁を向いて待機……?待てよ、確かオスの作業用品は明日までそのままだって言ってなかったか!?)

 訳の分からない指示に釈然としないながらも、104番は大人しく命令に従って四つん這いで待機する。
 相変わらず身体はじくじくと疼いていて、何とか気持ちよくなりたいと直腸が勝手にうねっている気さえする。けれど、10日間メスの快楽とは言えずっと絶頂を味わえたお陰か、訓練前までの切羽詰まった感じは多少薄れていた。

 ……まぁ、流石に射精したい焦燥感までは紛れないのだけれども。

(ああ、まだなんか頭の中であの声が鳴っているみてえだ……自分の声であんな恥ずかしいおねだりを延々聞かされるだなんて、やっぱり碌な訓練じゃなかっただろ、あれ)

 恐らくあの声は、素体を洗脳するための音声なのだろうと104番は見当を付けていた。
 声を聞かせ、更に復唱させることであたかも自分がそう思っているように仕向ける仕組み。それにより人間様への従順度を更に上げ、奉仕したくて堪らないように脳を書き換えてしまうのだろう。

(最後の方は完全にやられてた……めちゃくちゃおちんぽ様にご奉仕したくて、ご奉仕したら幸せになって……くそっ、俺としたことが……)

 あれは気持ちよくて幸せだったとうっかり悦に入りそうになり、104番は慌ててかぶりを振って余計な考えを振り払う。
 大丈夫だ、まだ頭の中の声は消えないけどきっと時間が経てばマシになるだろうし、少なくともそれ以外は訓練前と変わりが無い。自分はおちんぽ様が大好きだなんて思っていないと言い聞かせていれば、後ろからイツコの声が聞こえた。

 ……そう、数週間ぶりに、彼女が保管庫の素体に命令以外の声をかけた。
 その意図は分からない。そもそも、何故普段は昼までしかいない彼女がこの時間に自分を戻す作業をしているのかも謎である。
 まあ、その辺は向こうの都合だろうと軽く流した104番の鼓膜に、彼女のどこか嬉しそうな声が響く。

「じゃあまた明日。……いい夜を」
「…………?」

 どう言う意味だ、と尋ねたくても、維持具で塞がれた口ではどうしようも無い。振り返りたくても待機を命令されている以上、懲罰点を増やす行為を取るわけにもいくまい。

(いい夜……?なんでまた今更、挨拶なんて)

 本当に訳が分からない、と心の中で独りごちつつ、104番はシャッターが閉まった音を確認するや否や慌てていつもの姿勢を取った。
 じゃらじゃらと下から音がする。どうやら懲罰猶予時間が終わって鎖が巻き取られているのだろう。

(……もう、すっかり慣らされちまったな)

 真っ白な部屋の中、鉄格子を眺めながら104番の胸にこれまでの出来事が去来する。

 最初は股を拡げてしゃがむなんて、あまりにも屈辱的で怒りしか覚えなかった。
 性処理用品となるための訓練があることは動画でも説明されていたから多少は覚悟していたが、まさかあれほど心の中で卑下していた天然モノの二等種に鞭を振り下ろされるとは予想外で、嫌悪感に吐き気すら催したものだった。

 今だってその気持ちは消えていない。ただ、ここに来た頃に比べれば随分薄くなってしまったとは思う。
 ……それはきっと、この身体がメスの快楽で満足するしか無くなってしまったせい。

 思い切り屹立を擦り、白濁をふぐりの中身がすっからかんになるまで吐き出したいという衝動は、全く消える気配が無い。
 けれど、既に自分の股間はオスとしての機能を失ってしまった。
 そう言えば10日間の訓練中、あれだけ真っ当な……そう、完全に自分の快楽だけを追う事を許されたような刺激を与えられ、あまつさえ絶頂まで何十回と頂いたというのに、己の中心は一度たりともこの檻から出ようとしなかったよなと104番はふと気付く。

(本当に、もう俺はメスになってしまったんだ……誰も俺をオスだなんて見てくれない……)

 今は自分がオスであることを表すものは、役立たずとなってしまったペニスだけ。
 そう、例え二度とあの勇壮さを取り戻すことは出来なくても、檻の中で縮こまっているだけでも、オスの徴はちゃんとここに残っている。
 人間様も、クソ天然モノ達も、誰もが俺をメスと見做したって、これがある限りは俺はオスだと自分を見失わずにいられるはず――

 少しの悲しみを胸に刻みながら、104番はいつものようにそっと俯き股間を見やる。
 ……自分が自分であることを確認するために。

(……ああ、ちゃんとある。俺のおちんぽ様)

 そこにあるのは、ここ数日見せつけられてきたのとは比べものにならないほど貧相な陽物の姿。


 そう、おちんぽ様の、姿……


(…………?)


 ドクン


 小さな突起が目に入った瞬間、全身が心臓になったかのような衝撃が走る。
 ああ、おちんぽ様だ。例え大きくなっていなくたって間違いなくこれはおちんぽ様だ。
 嬉しい、おちんぽ様がここにいる。はやく、はやく、おちんぽ様が欲しい、ご奉仕させて頂きたい……!

(あ…………)


「おぃんおあまぁ……おほうひ、はへれ……」


(…………やめろ……ほしい、ほしい、ごほうしさせてください、どうか499M104をおつかいください……違うっ違うのにっ、おねがいします、けつまんこにつっこんで……!)

 喉を塞がれながらも勝手に口を紡がれる、哀願の言葉。
 どれだけ頭の中で否定しても、激しく湧き上がる衝動、渇望、熱情が全てを覆い隠して、104番を一瞬にしておちんぽ様のための『穴』に塗り替えていく。

(そんな)

 渇望と拒絶が、そして期待と絶望が同時に襲いかかる。
 萎びた自分の性器から目を逸らすこともできず、甘ったるい声で一心不乱に愛を紡ぎ始めた口を、歓喜に躍る心の声を、自分の意思ではどうやっても止めることが出来ない。

(自分のおちんぽ様にまで……まさか、これじゃもう、俺は)

「あ、ああ……あああっ…………」

(俺はもう、ただの穴としてしか、振る舞えない)



「ああっ……やっ……いやだああああっ!!!!」



 真っ白な保管庫の中、くぐもった絶望の慟哭が上がる。
 その叫びは、怒りは、悲しみは、防音のしっかりした壁に阻まれ、どこに届くことも無い。

 ――そう。
 これより先永遠に、彼の慟哭が誰かに届くことはなくなったのだ。

© 2025 ·沈黙の歌 Song of Whisper in Silence