沈黙の歌Song of Whisper in Silence
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18話 Week12-1 出荷前検品

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 日を追う毎に、実習の内容は過酷さを増していく。

 初日に8体だけだった実習用の作業用品は徐々に増え、今では数十体が入れ替わり立ち替わり実習室にやってくるようになっていた。
 お陰で、保管庫を出されてから戻されるまで、孔が何かを咥えていない時間など全く存在しない。
 
 それでも奉仕であればまだいい。
 ただの穴として欲望のままに突き込んでくる時の彼らは実に容赦がない。
 穴が壊れてしまうのではないかと不安になるほどの勢いで抽送を繰り返し、大量の白濁を2度、3度放っても全く萎える事なく延々と腰を振るから、こちらは休むことすらできないのだ。

 しかも彼らの使い方は、単なる交尾――あれば交尾だろう、そこに人間様のような知性など何も感じないのだから――だけではない。
 実習という名目で遊んでいるとしか思えない不可解な行動も多々見られる。
 
 例えばある日は開口具をかけられ、胸と股間を彩るピアスから絶え間なく刺激を与えられながら作業用品達が散々汚した床を舐めさせられた。
「一滴も汚れが無くなるまで舐め続けろ」と命じられ二体で部屋中を這い舌を這わせたところで、ひっきりなしにやってくる作業用品は遠慮無く穴を使うし、そもそも己の孔から滴る涎や愛液が舐めた傍から床を濡らしていくから、終わりなどあったものでは無い。理不尽にも程がある。

 結局朝から晩まであらゆる汚れを舐め続けた挙げ句、餌はノルマを達成できなかった罰だとお尻から注入されたお陰で、保管庫に戻ってから強烈な腹の渋りに悩まされる羽目になる。
 「掃除もまともにできないのかよ」と見下した顔でせせら笑う彼らに怒りを覚え、なのにヘラヘラ笑ってその下半身に帽子をねだり続ける『自分』が情けなくて……あの日は珍しく寝付けなかった。

 またある日は、腹がパンパンに膨れるまで液体を詰め込まれた状態で台の上に設置された。
 詰め込まれる物はその時によって違ったけれど、懲罰用浣腸液のように快楽とはほど遠い感覚を叩き込まれるものばかりで、抜いて欲しいと必死に懇願したところで、その想いは言葉にならないことを骨の髄まで叩き込まれる。
 ……穴としての人格に付与された懇願は、あくまで直接の奉仕についてだけらしい。

 調教師様曰く「腹や膀胱に詰め込むと他の穴の具合が良くなる」「メスは詰め込んでも上下一つずつ使える穴が残るから使い勝手がいい」のだそうだ。
 穴に餌と水を詰め込んで蛇口付きのディルドを突っ込み、給餌器として使われた事もあった。どう考えてもおちんぽ様が入らないであろう場所を限界まで拡張したのは、この用途のためだったのだと思い知らされる。

 それら全てが、人間様が利用時に行うことを想定していると言うから驚きだ。

(こんな酷いことをして楽しいのは、覚醒した二等種ぐらいでしょ……?勝手に人間様のせいにするだなんて……)

 いくら性処理用品相手とはいえ、人間様がこんな変態じみた扱いをする筈が無いと72番は心の中で反論しつつ、一方で表に現れた『彼女』は嬉々として作業用品に……正確には彼らの性器に服従し媚びを振り続ける。

 その矛盾はじわじわと、だが確実に彼女を追い詰め続けていた。


 …………


「ううぅっ……ああっ……」

 実習が始まって2週間あまりが過ぎた頃。
 既に消灯時間を過ぎた保管庫の中には、悲痛な叫び声を漏らしながら戒められた身体を芋虫のようにくねらせる72番の姿があった。

(痒い……痒いっ……あああっ、お願い、ちょっとでいいから掻かせて……!!辛いのぉっ!!)

 実習中に「管理官様が使っていいって」と遊び半分で塗られた掻痒薬の効果は、未だ切れる気配が無い。
 ひとときもじっとしていられず、勝手に体が跳ねるほどの強烈な痒みが、両方の胸の飾りから、股間の真っ赤に腫れ上がった肉芽から、そして今は拡張器具で封じられた蜜壺と後孔からひっきりなしに彼女に襲いかかる。
 痒いところを掻けない、それが拷問に感じるほど辛いことだなんて、知りたくも無かった。

 けれど、加工され苦痛を快楽に変える事に慣れた身体は、その感覚すら快楽として取り込もうと自主的に認識を歪めていく。

(痒い痒い掻きたいっ助けて……!!気持ちいい……かゆいの、気持ちいい……っ、そんな事ない!!いやああぁっ掻かせて下さいっ!!……おちんぽ様欲しいの、おちんぽ様があれば気持ちよくなれる……違う、違うっ!それは私じゃ無いの!!)

 ああもうまただと心の中で嘆息しつつ、72番は苦痛に嘆き続ける。

 どれだけ実習が進んでも、保管庫の中では確かに自我を表出できる。だからといって、作られた『自分』の声が頭で鳴り響かなくなるわけでは無い。
 今日は実習の疲れの上に、この痒みを無理矢理快楽と思い込む声まで混じっているお陰で、徐々にどれが本当の自分の気持ちだか区別がつかなくなってきていた。
 無意識に植え付けられた思考を心で呟き、ハッと気付いて必死に否定して、また流されて……

「はぁっはぁっ……うあああっ……!!いやああ!!らめぇ、かえないれ……!」

 保管庫にいれば安全だと思えたのは、あの幸福な10日間の裏で己を覆われる前までの話。
 確かに私の心はそのまま保たれているはずなのに、いつしか作られた声に染められ、自ら変質する道を選びそうで……今は内側から忍び寄る抗えない危険に恐怖を覚える日々だ。
 なのに、自由に本心を出せるはずの部屋で上がるのは、言葉はおろか、積もり積もった嘆きを乗せるにも全く足りない、くぐもった呻き声だけ。

 それでも出せないよりはマシだと、彼女は叫び続ける。
 私はまだ『私』だ。昨日と同じ、私のままだと――

「んおおぉ…………あぉぉっ……!んあああ……!」

 ……だが、彼女は気付いていない。
 どんな状況でも『おちんぽ様、おまんこ様』と何の疑いもなく性器に敬称を付ける程度には、既に己が変質していることに。
 そして何より彼女は知らないのだ。心も、身体も、全ての事象は刻一刻と移り変わり、ひととき前と同じモノなど存在し得ないことに……

(……合わせちゃえば楽なのよねきっと……分かってるんだ……)

 疲弊し消耗した心は、思い出したように甘い誘惑を囁きかける。
 恐らくは104番が絶望の果てに選択したように、この作られた自分を受け入れ、真であると認めて自分が素直に歪めば、表の幸せそうな姿に心も近づけるのでは無いかと。

(だってもう、私はおちんぽ様を見たら……絶対に私の言葉を出せないんだし)

 実習が進むにつれて、彼女の本来の意思が漏れ出る機会は急速に減っていった。
 特に視覚で性器の存在を捉えれば最後、今の身体は眉一つ顰めることができない。

 それに製品になって半年も経てば、他の感覚器で性器を感知しても同じ状態になると調教師様たちは話していた。
 実際、ここ数日は性器から漏れ出る匂いを嗅ぐだけで、必死に奉仕をねだるほどでは無いものの身体は思い通りに動かなくなり、涎を垂らし始めるのを嫌と言うほど痛感している。

 本当の自分に気付くことが出来るのは、まさに自分一人。
 だから私が白旗を揚げて迎合すれば、全てが丸く収まる気もする。

(……でも、そうしたら私が無くなっちゃう…………)

 けれども、事ここに及んでも彼女は自分を諦めきれない。
 大半の性処理用品が、実習が終わる頃には嘆きを内に宿しながらも作られた自己に侵食されることを選ぶというのに、どうやら72番は生来の依存的で流されやすい性分以上に、ありもしない希望を根拠なく抱く気質の方が勝ったらしい。

 だから今日も明日も、そのまた次の日も……彼女は心からの慟哭を呻きに乗せて響かせ続けるだろう。
 自分はここにいる、何も変わらないと、せめて周りの物言わぬ壁に知らしめるかのように。

 ――彼女の心が本当の意味で性処理用品になるには、まだ時間がかかりそうだ。


 …………


 無言で明けられた檻の扉から這いだし、鎖を付けられてぺたぺたと廊下を進む、いつもと変わらない朝。
 だから今日もまた、限界まで使われる碌でもない日々が始まると思っていた。

(もうお尻の穴を舐めさせられるのはやだな……調教師様にも逆らえないのは分かったから、せめて真っ当に穴を使って……)

 熱に浮かされ奉仕実習室までの道のりを這いながら、72番は昨日の実習を思い出す。
 いくらここから排泄物が出ることは無く、更に毎日大量の浣腸液で洗浄されているとはいえ、他人の肛門に口を付けるなんて悍ましい所業を思いつくその頭の中は、一体どうなっているのやら。
 命令通りに舌を差し込み、苦みのある腸液の味に「うんちの穴も美味しいです」などととんでもないことを己の口が幸せそうに囀った時には、実習により内外の乖離に多少慣れてきていた彼女ですら(そんなこと言わないで!!)と気が狂わんばかりに絶叫したものだった。

(やっぱり……二等種は二等種なんだ、あんなことをさせて悦ぶだなんて……)

 早くこの実習が終わって、地上に出たい。
 人間様ならきっとここまで酷い扱いはしないはずだ。確かにモノとしては扱われるけど、少なくとも人間様は二等種を壊すようなことはしないから……


 彼女は何も知らず、ただ地上には今よりマシな生活が待っていることだけを、何の疑いも無く期待する。
 どこまでも甘い夢想家の妄想は、これまでだって散々叩き壊されてきたというのに。


「ヤゴ、持ってきたぞ」
「お、サンキュ。ってお前着けてないのかよ、さっさと出ろよ」
「あー悪い悪い!そうだイツコはいつも後処置で何体使う?どっちか分からないけど配置の都合があるから一応確認しておけって管理官様が」
「2体あれば十分よ。力仕事はヤゴに任せるから」
「お前な……どうして俺が手伝うことが確定なんだよ……」

 いつもの部屋に入り、扉が閉まれば素体達は待機を命じられる。
 今日はすぐに器具を抜いて貰えないらしい。何か大がかりな準備でもあるのか、ガラガラと物を転がす音や知らない作業用品の声が聞こえる。

 時折腰をゆらめかせつつ、72番が彼らのおしゃべりをぼんやりと聞いていれば、突如誰かの手によって身体をコロンと横に転がされた。

(…………?)

 一体何を、と訝しんでいる間に、作業用品達は無言で電撃の命令を下しつつ、身体を折りたたんでいく。
 限界まで折り曲げられ、ベルトで締め上げられ、物言わぬ塊へと変貌させられる。まさか今日はこのまま天井から吊り下げて使うつもりなのだろうか。

(また今日も訳の分からないことをさせられるんだ……あれ、でも……)

 無理矢理畳まれた痛みと思い通りに動かせない拘束感に淡い快楽を覚えながら、72番は違和感に気付く。
 いつもならここに来た瞬間から無理矢理乗っ取りに来る作られた自分の存在を、今日は全く感じない。
 まだアイマスクを着けているからだろうか。けれど暗闇の中に置かれたって、匂いで脳を焼かれて頭の中をおちんぽ様で埋め尽くされ、涎くらいは垂らしていてもおかしくないのに。

(……そう言えば、匂いもあんまり……感じ、ない……)

 そうこうしているうちに、塊となった身体を生暖かく柔らかい感触が包み込む。
 息が苦しくなって、すぅっと意識が遠くなって……

(……これ、どこか……で……)

 この感覚は覚えがある。
 そう気付いた次の瞬間、彼女の意識は闇へと溶けていった。


 …………


 がらがらと重いスーツケースを押す音だけが、廊下に響いている。
 ヤゴとイツコは素体達の梱包を終えたあと、荷物を転がして目的地へと向かっていた。

「どっちが先にやるんだ?」
「後処置の都合もあるし、72番を先にした方がいいわ。……処置があってくれるといいんだけどね」
「お前が作ったんだろう?なら大丈夫に決まっている。性能面だけなら正直勿体ないくらいだってのに」
「本当ねぇ……そっちは?少なくとも入荷時等級は維持できるでしょ?」
「あのやらかしがどう響くかだよな……」

 並んで歩くイツコとヤゴ。
 いつものように穏やかな笑みを浮かべたイツコの隣で、ヤゴは珍しく苛立ちを隠すこともせず、時折はぁっと大きなため息をついてはガシガシと頭をかきむしっていた。
 彼をよく知るものなら、少し血走った瞳の奥に度しがたい欲情の炎がちらついている事に気付いただろう。

「くそっ……もう6週間だぞ!?流石に辛すぎる、頭がおかしくなりそうだ…………気を抜いたら冗談抜きにお前を襲いかねない」
「あらやだ、腰を振る相手は選びなさいな。そう言えばまだ72番の連帯責任で懲罰中だものねぇ、気の毒に……余程管理官様の虫の居所が悪かったのねぇ、ふふっ……」
「お前な、全然気の毒だと思っていないだろうが!」

 あまりの辛さに天を仰ぐヤゴをイツコが揶揄いながら向かった先は、いつもの訓練室や実習室とは違う廊下の突き当たりにある部屋だった。
 扉には『出荷前検品室』と書かれたプレートが掲げられている。

 ――そう、4週間の奉仕実習を終えた素体達は、今日これから検品を受け、処置後地上へと出荷されるのである。

 はぁっと悩ましい吐息を漏らし顔を顰めつつも、ぶんぶんと頭を振って気を取り直したヤゴは「失礼します」と声をかけ、部屋の中に足を踏み入れた。
 彼らの腰には、実習初日に身につけていた金属の下着が光っている。検査のノイズを少しでも排除するため、検品室への搬送から地上への出荷までの工程に関わる全ての作業用品は、貞操帯の着用が義務づけられるためだ。
 一応その規格外の屹立が貞操帯内部に収まるように薬剤は投与されているが、検品が始まれば否応なしに煽られるのだ。この時間だけはメスが本当に羨ましい。

「検査官様、F125X、M085X、本日の検品対象をお持ちしました」
「ああ、先にやる方の準備を」
「はい」

 部屋の中には男性が三人、女性が一人、椅子に腰掛けて歓談していた。
 一人はグレーの制服の上にロイヤルブルーのケープを羽織った壮年の男性……調教管理部の管理部長。
 残り三人はワイシャツに浅葱色のループタイやリボンを身につけ、スラックスとタイトスカートを履いている。
 首からぶら下げたIDカードには一様に「二等種管理庁品質管理局 品質検査官」の肩書きが並んでいた。

 彼らは品質管理局の職員。主に地上に出荷された性処理用品の品質管理に関わる業務に携わっている。
 ちなみに性処理用品貸し出しセンターで働くスタッフは、全員品質管理局の所属である。

「…………」

 ヤゴは無言でスーツケースを横倒しにして蓋を開ける。
 そしてひとかたまりに纏められた72番をイツコと共にスーツケースから出し、手際よく梱包を解き始めた。

「メス個体……F072が先ね」
「ふぅん、ちょっと幼い感じがいいね。ツインテールもなかなか。これはその手の層に受けるね」
「……ああこれ、例の堕とされを出した個体ですか。いやぁ、存在だけで人間様に害を為すとはやはり二等種は恐ろしい。これは厳しめに見ないといけませんね」

(いやいや、入荷時の事件は流石にお前ら人間様のせいだろうが……)

 口々に品評する人間達の声に心の中でぼやきつつ、だが表情は一切変えずにヤゴは腰元からリモコンを取り出す。
 起動時の電撃は、0.5秒間隔に3回だ。

 ……いつもながらこの瞬間は緊張する。特に今回は散々手を焼かされた個体だから余計だろう。
 十分調整は施したとは言え、頼むから想定外の事態を引き起こさないでくれよと祈りつつ、ヤゴはボタンをカチカチと押した。


 …………


 まどろんでいた意識の中に、実習で散々叩き込まれた電撃の合図が穿たれる。

「!!」

(起動っ、基本姿勢っ!!)

 飛び起きた72番は、頭で理解するよりも早くその場にしゃがみ込み、股を大きく拡げて手を頭の後ろで組んだ。
 この調教棟に出荷されてから何百回と取らされた姿勢だ。視界を奪われようが3つの穴を限界まで広げられたままだろうが、この姿勢が崩れることはない。

「……背筋も伸びているし、股もしっかり開けている。頭の角度も問題ない」
「少しクリトリスが小さめですかね。基準は満たしていそうだが……」
「まあ第一印象は問題ないでしょう。おい、維持具を外して挨拶させろ」
「かしこまりました」

(え、えっ、何!?何が起こっているの?)

 周囲に複数人いるのは何となく分かるが、状況が把握できない。
 一体何の実習が始まるのかとオロオロしていれば、また電撃の合図が飛んだ。
 ――これは股間の維持具抜去の合図。四つん這いで尻をできる限り高く上げて、ズルズルと中身を引きずり出される間、決して動いてはいけない。

「っ……あぁ……」

 中を擦られる感覚につい喘ぎ声が漏れてしまい、72番は必死にその鳴き声を押しとどめる。
 性処理用品は人間様を喜ばせる穴だ。だから適度に無様な声を晒すことは求められるが、あまり喧しく喘ぐと懲罰を食らってしまうから、快楽に流され切らないようにしなければならないのだ。

「はぁっ、はぁっ……んぐ……」

 そのまま膝立ちを命じられ、首を思い切り反らせばまず胃の中が軽くなり、そのままずるりと口の中の悍ましい物体が抜き取られる。
 この瞬間はいつも苦手だ。身体は全力で異物を拒絶しているはずなのに、嘔吐くことすら許されないから。

「はぁっ、はぁっ、うっ……」
「…………72番、検品だ。挨拶を」
「!!っ」

 喉の違和感が完全に消失すれば、72番は息つく暇も無く元の基本姿勢に戻る。
 股間から溜め込んでいた愛液がどろりと滴る感覚に身を震わせていれば、聞き慣れた声が短く命令を発した。

(けん、ぴん……?)


「はぁっ……人間様、この度は性処理用品をご利用頂きありがとうございますぅ……当個体の管理番号は、499F072です……どうぞ、ご自由に、んはっ、お使い下さいませぇ……!!」


(けんぴん……ああ、検品だ!!私、今から検品を受けて……製品になるんだ……!)

 教え込まれた挨拶を勝手に口が諳んじる。
「起動も問題なし」と話す声が聞こえた後、彼女はようやく己の状況を理解した。
 待ちに待った地上へと向かう日が、とうとうやってきたのだと――

(これさえ終われば、地上に……ここを出られるんだ……!が、頑張らないと……ああ、でも)

 ここで決定する等級によって、これからの処遇は大きく異なる。
 何とか一つでも上の等級になれるようにしないと、と思いかけて、72番はそんな意気込みなど無駄だと思い出した。

 検品と言うからには、奉仕の性能を見られるはず。
 そして奉仕を行う際には、当然ながらこの視界は開けて、目の前にはおちんぽ様やおまんこ様がいらっしゃる……つまり、意気込んでいる『自分』の出る幕などひとときたりとも存在しない。

(そうだった、私は努力する権利すら持たない……ただ、自動的に動く身体がモノとして評価されるのを見ているだけしかできないんだ)

「固定完了。じゃ、私は向こうで待機してるわ」
「おう」

 72番が心の中で一人盛り上がり意気消沈している間に、その身体はヤゴたちの手によって再び戒められた。
 まだ視界は塞がれたまま。股間は大きく開かれ丸出しの状態で、検査台の上に繋ぎ止められている。
 先ほどまで美味しく極太の器具をしゃぶっていた身体は、もう物足りないと言わんばかりにダラダラと泥濘から蜜をこぼし、入口をくぱくぱとヒクつかせていた。

「……5分経過しました。測定に入ります」
「了解。上部はこっちで測ります。入力お願いします」
「あ、愛液量計測用のベースン下さい」

 しばらくの静寂の後、検査官の声が耳に届く。
 そうして、72番の出荷前検品は本格的に幕を開けた。


 …………


「口腔42ミリ、抜去後損傷無し。基準クリアです」
「膣直径83ミリ、長さ37センチ。……これが限界かな、基準は余裕でクリアだね。肛門直径75ミリ、長さは……1メートルいけますね」
「へぇ、尿道直径16ミリ?しかも入荷時から!?こっちの供給はホント少ないから、これはアピールポイントになるわね。膀胱容量は……2.4リットルまでかな、2.5入れると破裂しそう」
「2リットル超えていれば問題ないさ。クリトリスも25ミリは超えているし、規格はオールクリアだな」

 検査官達は一斉に、しかし淡々と72番のあらゆる場所を計測していく。
 しかし、身体計測なら幼体時から隅々まで行われていたし慣れたものだと思っていた72番は、早速泣き叫びそうになるのを必死に耐える羽目になっていた。

 そう、いつもならその場に立って様々な姿勢を取るだけで、人間様が触れることなく全てを計測されていたのだ。
 だから恥ずかしささえ耐えられれば、何てことは無い時間だったというのに。

(なんで!?何で今日に限って全部直接測るの!!?うああぁっ、おしっこもう入らない、それ以上入れないで……!!パンパンで痛いよおっ!!)

 ……この状態では叫ぼうにも叫べない。
 限界まで膨らまされた腸から送り込まれる差し込むような痛みと、横隔膜を押し上げるが故の息苦しさで、とてもまともに声なんて出せる気がしない。
 そして、こんな激痛すらどこか気持ちよくなっている自分に改めて72番は己の身体が悍ましい物体に変えられたことを突きつけられるのだ。

 今更この程度で絶望などしない。ただ、諦念が静かに流れていくだけ。
 とはいえ基本的に苦痛しか無い時間は早く終わって欲しいと祈り続けていれば「じゃ、従属反射検査行きます」と声がかかると同時に目の前が急に明るくなった。

「っ、まぶし…………っ!?あはぁっ、おちんぽ様ぁ……!!はやくっ、はやく499F072をお使い下さいっ!!」

 途端に72番は、甘い声を上げる。
 口の中がじゅわりと唾液で満たされ、ただでさえ発情して疼きの止まない身体がさらに熱くなって震え、何が何でもご奉仕させて頂きたいと頭の中心で懇願が鳴り響き続けるのだ。
 そんな様子を検査官達は冷静に観察しつつ「脳波の具合もいい」「拘束を解いたら飛びついてきそうねぇ」「その辺は調整済みだそうですよ、床に置いてチェックしましょうか」と事務的に評価を下し、傍の端末へと入力していく。

 そんな、何事も無く穏やかに進んでいく検査の中で、ただ72番の慟哭だけが誰にも届かないところで上がり続けていた。

(嘘、でしょ……!?だって、これ……ただの線じゃない……!!)

 彼女が愕然とするのも無理は無い。
 目の前に表示されたのは、コピー用紙に印刷されたただのイラストだったのだ。
 それも、真ん中にソーセージのような細長い図形が、そしてその下側、両端に二つの円が描かれただけ。性器と呼ぶにはこの上なく単純化された、絵と呼ぶのも微妙な記号じみたもの。

 けれど、その姿を一目見た瞬間、72番はとてつもない衝動に襲われる。
 そしてあれを頂ければ極上の快楽と幸福に浸れると言わんばかりに涎を垂らし、必死に紙に向かって舌を伸ばして奉仕を懇願するのだ。
 ……もちろん、中に閉じ込められた自分にはさっぱり理解が出来ない。ただ、これだけの図形に跪き愛を請いそうな勢いの『自分』を見せつけられ、植え付けられたトリガーは自分が思っていた以上に根深く残酷なものであることを、心の底まで思い知らされるだけで。

(……本当に、機械みたいだ……本物との区別もつかない、ただの記号にすら反応して勝手に動く、ポンコツな機械……!)

 ……人間様が自分達穴に求めるものは、想像以上に下劣なのかも知れない。

 ふと過る考えを72番は人間様に限ってそんなことは無いと振り払い、けれど一抹の不安は消えないまま、次の検査のため床に下ろされるのだった。


 …………


(そう、これ……これが性処理用品の正しい使い方よね……)

 床に下ろされるなり、検査官の一人がベルトを緩めまだ芯の無い雄をぽろんと取り出す。
 そこから20分、延々とおねだりを繰り返してようやく口での奉仕の許可を経た72番は、じゅぼじゅぼとはしたない音と嘔吐き声を上げて股間にむしゃぶりつきながら、心のどこかで安堵していた。

 相変わらずその口は野放図に「おちんぽ様、美味しいです……はぁっ、いい匂い、堪らない……」とうっとりしながら屹立を褒め続ける。
 服の下で蒸れた性器はお世辞にもいい匂いとは言えないけれど、顔を背けるどころか思い切り肺まで吸い込んでクラクラする感覚を楽しんでしまう辺り、純粋に興奮を高める材料にはなってしまっているのだろう。

 喉を熱い剛直が擦るのも、息苦しさも、慣らされた身体には気持ちがいい。
 ああでも、早く満足頂いて下の穴も使って頂きたいなと腰を揺らめかせつつ、放出の時が近いことを感じた72番は更にストロークを深くした。
 程なくして「うっ、出すぞ……」と上から声がかけられると同時に、白濁が喉の奥に流し込まれる。

 臭くて、不味くて、餌のようなザーメン。……いや、違う。ザーメンのような餌なのだ、本当は。
 けれど事ここに及んでまでそんなことにケチを付けるつもりは無い。これは餌と同じ。二等種の血肉となる栄養みたいなものだ。

 こくり、と喉を鳴らして全てを胃に流し込み、72番は微笑みながら「ザーメン美味しかったです……ご奉仕させて頂きありがとうございます」と感謝を口にする。
 そうして「お掃除させて頂きます」と再び舌を這わせようとしたその時、思わぬ声がかかった。

「ああ、掃除の前にもう一度咥えろ」
「?……はい」
「そうそう、奥までしっかり咥えて……いい穴になったご褒美だ。水分補給をしてやろう」
「え」

 検査員がニヤリと口の端を歪めるや否や

 じょぼじょぼじょぼ……

 口の中に生暖かい液体が一気に流し込まれた。

「!!」

 白濁とは桁違いの勢いで口の中に放たれる飛沫に72番は目を白黒させ、しかし身体は慣れた様子でごくごくと飲み干していく。
 その度に「これは飲んではいけないものだ……!」と頭の中で警鐘が鳴り響くにも関わらず、何とか吐き出そうとする動きは全く表に現れず、むしろもっとくれと言わんばかりにちゅぅと吸い付きながら、悍ましい液体を胃の中へと納めるのである。

 そう、身体は慣れている。
 生暖かく、生臭く、しょっぱいその味を、こちらのタイミングなどお構いなしに大量に流し込まれる感覚を、私は維持具で完全に口を塞がれる日まで毎日のように経験してきたから――

(……あれは、おしっこだったんだ……!!まさか、二等種のおしっこ……!?そんな物を私はずっと、水分として飲まされていた……!)

 実際に用いられていたものは疑似尿だったのだが、そんなことは今の彼女には思いつきもしない。
 1日2回、餌の後に行われていた水分補給の意味を知った瞬間、72番の心のどこかがパリンと割れる音がする。

(ああ、これは口じゃ無い、穴なんだ…………!)

 お前らはただの穴。本来の機能を奪われ、ただの穴としてのみ動作する。
 作業用品達が常々言っていた言葉を、今72番はようやく本当の意味で理解した。

(この口は……便器と変わらない。排泄物を受け止めるだけの、穢れた穴……)

 ああ、肛門を舐めさせられた段階で気付くべきだった。
 この顔に開いた穴は、己を語るところでも、まして親愛の情を示すために使う場所でも無いのだと。

 私に開けられた穴の中で、不浄で無いところなど、どこにも無い。
 性処理用品は肉便器。人間様の欲望と汚れを捨てるための、都合のいいゴミ箱だ――

 涙は流れない。そういう風に作られたから。
 そもそも涙など流せるほどの気力すら、絶望と無力さに全身を染められた今の自分には残っていないから……

「ふぅ、さっぱりした。ほら、中まで吸って綺麗にしろよ?」
「はい、人間様……あはぁ、おいしいおしっこ、ありがとうございますぅ♡」

 今更綺麗な身体だとは思っていなかったけれども、更に汚れを塗りたくれらる衝撃に、72番の心にはもう絶望を表す言葉すら浮かべられない。
 そんな内側の嘆きなど知らぬとばかりに、植え付けられた自我は排泄物を尊び、あまつさえ感謝してまだ雫の残る萎えた男根をやわやわと食みつつ幸せそうに先端に吸い付くのだった。

 …………


「ああっ、はぁっ、おちんぽ様……ご奉仕させて下さい……!」
「飲尿検査問題なし、と……目以外は中身は一切出ませんね。従属度基準は達成でいいと思いますが、追加検査どうしましょうか?」
「いらないんじゃ無い?幼体時からの経歴を見ても人間に対する反抗は一度も無し、二等種に対してはかなり強い反抗心が残存しているみたいだけど……ま、人間様に完全服従しているなら食糞検査まではいらないでしょ」
「…………!!」

(今、何て……!?しょ、食糞!!?)

 上品そうな女性の検査官から飛び出した言葉に、72番は内心目を丸くする。

 どうやら彼らの話しぶりを聞くに、地下に捕獲されて以降人間様に対する反抗経歴がありながらも軽微であったが故に許されてきた個体については、この段階でその反抗心が完全に叩き潰されているかを確認するため、糞便を口にするよう命令されるようだ。
 即座に喜んで従えなければ当然のごとく反抗と見做され、余程他の検査項目が優秀で無い限りは即F等級の烙印を押される。そして、ごく少数の高性能な個体のみがE等級として、再調教後検品のチャンスを一度だけ与えられるという。

 これまで、特に幼体の頃は思春期と重なったこともあり、72番だって人間様に反抗心を覚えたことは一度や二度では無かった。
 けれど、他の個体が些細な反抗であっさり処分されていく様に彼女は恐れをなし、例え反抗的な想いを抱いても決して表には出さないと、早々に従順を決め込んだのだ。
 あの頃の自分の判断を今更ながら褒めてあげたい、と72番は心底己の臆病さに感謝していた。
 
(いくらなんでも……そ、そんなものを目の前に出されたら、絶対吐いちゃうもの……本当に良かった……!)

 そうこうしているうちに、次の検査の準備が出来たようだ。
「じゃあ3穴奉仕検査をやりますか」と検査員達は各々股間を寛げる。

 検査室には大判のマットレスが立てかけられていた。
 床に敷いたマットレスの上に清潔な布を敷いた検査員の一人が、ごろりと仰向けに寝転がる。もう一人の男性検査員は頭側に立ち、女性検査員は股間側でマットレスにしゃがんで待機だ。
 良く見ると女性検査員の股間にも、おちんぽ様が生えている。
 多分あれは奉仕実習の時にメスの作業用品が着けていた「取り外し自由なおちんぽ様」というやつだ。

(……調教師様達が着けていたおちんぽ様もだけど、あんまり大きくないんだ……人間様はみんなこのくらいなのかな?……ああぁっ、欲しい、おちんぽ様愛してますぅ早くここに挿れてぇ……)

 既にガチガチにそそり立った、3本の愛しいおちんぽ様。
 当然ながら、72番にそれらを拒む理性など残ってはいない。
 実際、チラリとその姿を確認した瞬間から、基本姿勢で待機している身体はヒクヒクと痙攣し、どろりと白濁した濃い愛液を床に垂れ流しながら泥濘を必死に見せつけて「おちんぽ様、お願いします!どうかご奉仕させて下さい!!」と鬼気迫る勢いで叫び続けているのだから。

 これに関しては、中に閉じ込められた自分も異論は無い。
 どうしても受け入れられないのは、あくまで性器に従属し心にも無い賛美を奏で、吐き気がするような行動を取ることだけ。3つの穴を使ってご奉仕すること自体は気持ちが良くて、絶頂が許されないまでもこの渇望を多少紛らわすことはできるから。
 むしろ渇望を奉仕で紛らわせないと、余計に作られた自分に浸食されてしまいそうだから、内側からも積極的に奉仕を懇願するのだ。

「よし、いいぞ72番。その穴を全部使って、俺達を満足させろ」
「っ、はいっ!あ、ありがとうございます、ご奉仕させて頂きます……!!」

(ああ、やっときた。やっと気持ちよくなれる時間だ……!)

 待ちに待った奉仕の許可に深々と頭を下げた72番は、実習で叩き込まれたとおりそっと人間様に近寄り「失礼します」とその濡れそぼった秘裂に熱く硬い楔を沿わせるのだった。


 …………


「はぁっ、ああんっ、おちんぽ様すてき……おいしぃ……んふっ……ああそれっ、それ気持ちいいのぉ……ごりゅごりゅするの、いい……っ……!!」
「……ちょっと緩いな。内圧調整するか。……ん、このくらいの締まりがいいな。調整機能も問題なし、と」
「中はしっかりうねってますね。これは搾り取られそうな感じだ」
「しっかり結合部も見せつけてますね……ああ、舌使いもなかなか……基本に忠実ですし、こちらの反応も見ながら奉仕できています」
「喘ぎ声がちょっと、自分本位かな……もっと性器を褒める言葉が多い方がいいが、まぁこの辺は利用者の好みもあるか」

 膣と、肛門と、口。
 三つの穴を剛直に貫かれ、しかし検査員達の動きは最低限で、72番は愛しいおちんぽ様達を何とか満足させようと、そして自分もおこぼれの気持ちよさを少しでも頂こうと必死に腰と首を振り続けていた。
 最早快楽を貪るケダモノにしか見えない彼女を、検査員達は時折艶めかしい声を上げつつも冷静に判断し、入力を依頼した管理部長へと評価を語っていく。

「なかなかいい出来ですね……ふぅっ、これは管理部長が?」
「いえ、これは班長クラスですね。僕が手がけたやつはこの後の個体です。F125Xを使ってますから、かなり性能は高いですよ」
「お、それは期待大ですね!んっ……今何分です?」
「7分です。既に3人とも通常なら射精する数値に達しています。……ええと、到達時間は平均4分7秒ですね」
「お、それは結構優秀。これならBは確定でいいでしょ、Aは……ちょっと悩ましい感じかなぁ……」
「あんっあっあっあひぃっ……んぶっ……もっろ…もっと、きもひよくなっれ……あへぇ……いい…………あたま、とけりゅ……」

 等級について相談を始める彼らの声も、快楽に飲み込まれた72番の頭には届かない。
 躾けられた身体は自分本位に快楽を貪ることは出来ず、ただ肉棒が欲を吐き出すためだけの動きを繰り返すけれど、だからといって快楽が無いわけではないのだ。

(いぐっ、もういぐっ……あああんっ、逝けないのおぉ……もっと……もっとぉ……!)

 いつも通り、昂ぶった身体は彼らが達するよりずっと早く絶頂寸前まで追い上げられ、永遠の寸止めを食らい続けるだけ。
 時間が経つにつれて激しい渇望に我を忘れた体内は、何としても最後の一撃を得ようと無意識に粘膜をうねらせて咥えたものをしゃぶり、それが更に人間様の快楽へと繋がる仕組みである。

 当然ながら何の用意も無ければ5分と持たずに搾り取られるだけだから、検査員は魔法により射精のタイミングをきっちりコントロールしている。
 肉体の反応から性処理用品の性能は計測できるし、後は狙ったタイミングで最後の検査と……そして出荷前の最後の加工を施すだけ。

「10分経過しました。数値上は肛門と口が3回、膣は2回射精していますね」
「ありがとうございます。膣がちょっと未熟なんだな、やはりBかな……じゃあそろそろ動きますか」
「はい。3分後に一斉射精で」
「んぐうぅっ!!?」

(ひっ!!なにっ、はっ激しいぃっ!!気持ちいい、気持ちいいよおぉっ!!)

 突如、差し込まれた欲望の動きが変わる。
 がしっと腰を掴まれ、下からこれでもかと言わんばかりに乱暴に突き上げられ、胎の奥に鈍痛が走る。
 後ろを貫く屹立はぐっと奥の超えてはいけないところに嵌まり込み、ぐぽぐぽと抜き差しを繰り返される度に腰が砕けそうだ。
 喘ぐように息を吸おうにも、根元のふわふわした叢が顔に触れるほど押し込まれた状態では、とてもでないが呼吸など出来るはずが無い。酸素は完全に首輪からの供給頼りである。
 
 苦しい。
 けれど、気持ちがいい。
 作業用品に貫かれるのは訳が違う。心から従属している人間様の抽送は、たとえ同じくらい乱雑であっても心がすんなり受け入れるから……

「んぼっ、んぶ、おぇっ……おげぇっ……!!」
「あーいい感じ……ぐちゃぐちゃの顔もなかなかぐっときますね。これは利用者が喜びそうだ」
「元が可愛いし、遊んで無さそうに見えるものねぇ。ホントいいデザインだわ、この髪型を考えたスタッフは優秀よ」

 とても陵辱の限りを尽くしているとは思えない和やかな雰囲気の中で叩き付けられる、どこまでも自分本位な、ただ己の快楽を追求するだけの動き。
 ただのオナホと変わらない扱いでも、この身体は当たり前のように快楽を拾い上げ、延々と溜め込み続ける。

(これが……これが人間様へのご奉仕……壊れちゃう、こんなのっ頭おかしくなっちゃう!!)

 塞がれた口から漏れる涎と呻き声が止まらない。
 視界は狭くなり、快楽と酸欠のダブルパンチで最早自分が今どんな姿勢でいるのか、どう動いているのかすら定かでは無い。
 気持ちいい、気持ちいい、もっと……それだけが頭の中を支配し、己のカタチを無くして、真っ白な海に放り込まれて……けれど超えられない天井に張り付いたまま。

(うああぁぁっ、辛い!辛いよう!!逝きたい、お願いします、逝かせて下さい!!こんなの無理、耐えられないっ!!)

「そろそろ3分です。射精の準備を」
「はい、射精後1秒で絶頂命令を出しましょう。カウントお願いします」
「準備OKです。カウントします」

「3、2、1、んっ……」

 どぷりと、大量の白濁が一気に穴の中に放たれる。
 ああ、ようやくおちんぽ様が満足して頂けたとその熱い飛沫が流れ込む感触と、ヒクヒクと痙攣する剛直がもたらす気持ちよさに身体が跳ねたその瞬間


「「「イケ」」」


「~~~~~~~~~~~~~~!!!!」

 3つの声が唱和し、72番の中で全てが弾けた。


 …………


 こんな かいらくは しらない。


 最後の訓練の時に、何度も味わった幸せな絶頂。
 自分以外の意思で引き上げられ、何度も何度も大きな波にさらわれ、翻弄され、胸に温かいものが流れ込み余韻の中で揺蕩うひとときは、これまで幾度となく繰り返した自慰なんかとは比べものにならないほどの悦楽だった。

 けれど、これはそんな快楽すら子供だましに思えるほどの、強烈な……身体が木っ端微塵になってしまいそうなほどの激しい絶頂だ。

「――――――!――――――――!!!」

 随分遠くで、獣のような咆哮が何度も上がっている。
 それが自分の口から出ている歓喜の雄叫びであることに、72番は気付けない。

 高みに押し上げられ、色とりどりの花火が全身のあちらこちらで上がり、きらきらと美しい。
 色と身体の境界線が無くなって、光と音の洪水が身体の中に流れ込む。細胞の一つ一つが強烈な絶頂と、まさに至福と呼ぶべき言葉にならない感覚に歓喜し、涙を流している。

 ああ、音が輝いて見える。
 視界のそこかしこで、マーブル模様のように混じり合う色が美しい音楽を奏でている。
 生まれてこの方、そう、地上にいた頃だってこんな感覚は味わったことが無い。

 きもちいい、きもちいい……訳が分からないほど幸せで気持ちが良くて、気持ちいいという言葉すら陳腐に感じるほど……ああ、もうこの絶頂を表す言葉を私は持ち得ない――

(……すごい)

 許容量を超えた快楽に、脳が己を守ろうとシャットダウンを試みるも、加工された身体に意識を落とすことは許されない。
 だから彼女は、薬剤と魔法で計算され尽くした、精神が崩壊しないギリギリの感覚を延々と魂の奥まで刻み込まれる。


 にんげんさまがくれる かいらくは すごい


 彼女の心に焼き付けられたのは、至福の快楽の記憶。
 そして、性処理用品として奉仕をすれば、この快楽を再び得られるかも知れないという、生涯潰えることの無い希望――

(私、性処理用品になって、良かった……)

 思考が意味をなさなくなる寸前、彼女の内に響いたのは、心から己の選択を肯定する確かな満足感だった。


 …………


「検査終了。あーまだぶっ飛んでますね。ホント凄い薬よねぇ……」
「人間が使うと一発で廃人確定の非合法なオクスリだからねぇ。まぁ、一生分の満足はこれで与えたんだから、後は壊れるまで人間様の穴として動いて貰わないとね」

 検査を終えマットレスから放り出されても、72番は白目を剥き時折意味の無い喘ぎ声を上げながら、床に仰向けで転がったままだ。
 そんな72番を、ヤゴはマットレスを片付けつつ股間が暴れる痛みに顔を顰めながら静かに眺めていた。

(いつ見ても悲惨なものだな。……これが生涯最後の満足できる絶頂だなんて)

 性処理用品は、人間様にご奉仕することによりおこぼれとして快楽を頂ける。
 また、人間様がお許しになれば満足のいく絶頂も頂けるというのが、二等種向けの表向きの説明だ。

 それはある意味では正しいが、厳密には異なっている。

 確かに利用者から、奉仕の褒美として快楽や絶頂を貰う機会は存在する。それほど頻度は多くは無いけれど、それでも真面目に穴としての務めを果たしていれば年に数回は絶頂の許可を頂けるはずだ。
 そして与えられる絶頂には、何の制限も無い。それこそ人間様と同じく、自然な形の絶頂を堪能することが出来るのである。

 だが悲しいかな、それを受け取る側の性処理用品には、生涯満足という概念が生じない。

 出荷前検品の最終段階で、精神崩壊寸前の絶頂感覚を叩き込まれた性処理用品は、以後生涯にわたりその感覚を無意識に追い求める。
 いわば絶頂に対する基準値、期待値が大幅に引き上げられた状態になるのだ。

 そして、その基準を満たす方法はこの世界には存在しない。
 強いて言うならば今回と同じ薬剤を使えば理論上可能だが、なにせこれはいくら心身を強化された二等種とは言え、複数回の使用は破損の可能性が飛躍的に上がる危険な薬物である。コスト面を考慮しても現実的には不可能であろう。

 結果として彼らは、いつかまたあの極上の快楽を人間様が与えてくれると無意識に強く期待するようになる。
 そしてそれ故に、どれほど作られた人間様に都合の良い人格を強固に拒絶していた個体もいつしかそれに迎合し、むしろ凌駕するほどの従順さと積極性を発揮して、まさに壊れるまで性器の奴隷として奉仕し続けるのである。

 そんな事実を性処理用品が知る機会は無い。
 ……いや、知らなくていいのだ。
 彼らが壊れずにいかなる状況でもその性能を最後まで発揮し続けるためには、それが巧妙に偽装された希望であっても生きる糧となるのだから。

「これはいい仕上がりだ、Bでいいでしょう」
「そうですね、尿道16ミリはなかなかレアですし、もう1センチ膣が拡張していればAもありでしたねえ」
「利用者の反応次第ですが、追加加工を入れるのもありですね。C等級のような極端な改造は無理でしょうけど……」

 未だ快楽の中で揺蕩う穴には何の興味も無いといった様子で、検査員達は合議し判定を下す。
 画面には等級記号が記載され、調教管理部長が裁可を下して書類を送信すれば、程なくして品質管理部長のサインが追加された検品証が返送されてきた。

 管理部長は端末と首輪をケーブルで繋ぎ、その検品証のデータを首輪の中に保存する。
 地上には違法に二等種を捕獲し非合法の性処理用品を作成するような組織も存在しているが、首輪に保存された検品証データを読み取れば、正規品かどうかの区別は簡単に見分けられる仕組みだ。

 データの保存を確認した管理部長は、ヤゴの方に振り向いた。
「検査官達も忙しいからね。次の処置もあるし、さっさと進めようか」と微笑みながら。

「M085X、標準Bの処置を。ああ、その前に次の検品個体を出すのを手伝ってからね」
「……かしこまりました、管理官様」

(これでいい。こいつの願いは、これで……叶ったんだ)

 管理部長の命令に頭を下げたヤゴは、静かに己に言い聞かせながらまだ身動きが取れそうに無い72番を部屋の隅まで引きずっていく。
 そして待機室からイツコと共に運び出した二つ目のスーツケースを開けて、次の検品の準備を行うのだった。


 …………


「ぁ……あは……んあっ、はぁっ……」
「まだ降りてこられないか……撮影までに戻ればいいんだが」

 検品室の隣にある処置室へと72番を運び込んだヤゴは、そのまま床に彼女を転がし、手足を纏めて拘束した上で床から伸びる金具と繋いだ。
 ちょうど足首を内側から伸ばした手で握り、M字に足を開いた形である。

 出荷前検品で確定した72番の等級はB。全性処理用品の35%がこの等級に位置づけられる、まさに可も無く不可も無い個体という奴だ。
 基本的にSからBまでの個体の出荷前処置は同じで、最も作業用品が楽を出来るパターンでもある。
 SとAに関してはそれぞれ膀胱内蓄尿量を下げたり浣腸の基準待機時間が減るというちょっとした褒美があるものの、この段階で作業用品が行うことは特にない。

「Sならレンタル先での洗浄が温かいお湯になる、だったっけか……成体になってから散々くっそ冷たい水洗いに慣らされてきているのに、今更そんなことで穴が喜ぶのか……?いや、穴になるような奴らは喜ぶのかもしれんな……」

 まだ瞳の焦点が合わない72番の様子を時折チェックしつつ、ヤゴが手に取ったのは両側にハンドルが突いた重箱のような機械だ。
 上面のディスプレイを見ながら数値を打ち込み、位置を慎重に合わせてボタンを押せば、白い煙と共にジジッと何かが焼けるような音と匂いが部屋の中に広がっていく。

「っ……あぁ……」
「……いつもながら、これをやったら余計に降りてくるのが遅くなるよな……」

 程なくして完了のアラームが鳴り響く。
 ヤゴが機械を外せば、ほんのり赤く染まった72番の下腹部の中心には黒々とした「B」の刻印が刻まれていた。
 2-3日は痛みが残るだろうが、さっきの反応を見る限り刻印作業にすら快楽を感じていたのだ。今のこれにとってはただのご褒美だろう。

「にしてもBか……もう少し拡張を急いでやればAに出来た……まぁ、結果論だな。入荷時はCだし、最初の遅れを思えば上等だ」

 ひとりごちつつ、ヤゴは刻印機を脇に置きタブレットを手にする。
 台の上に乗ってカメラアプリを開けば、右上には72番の製品情報が表示された。
『使用器具: 379M085(X)』と記された表記に、とことんまで二等種はモノ扱いだなと心の中で一人ごちつつ、彼はタブレットを72番の方に向ける。

「……ドロドロじゃねえか……メスはいつもこれだから、カタログ用の撮影は苦労するんだよな……」

 性処理用品は使用時以外、全ての孔を塞がれた状態になる。
 また一定の基準を満たした場合、展示中も顔の上半分はアイマスクで覆われた状態になってしまうため、顔や体型、孔の見た目などといった要素を利用者が直接確認した上でレンタルすることはなかなか難しい。
 一応有料オプションとして事前確認も行うことは出来るのだが、確認までの煩雑な手続きや用意に手間がかかることもあってか、ヤゴが『地上』に配置されていた5年間でその作業が舞い込んできたのは片手にも満たない。

 そのため、性処理用品は出荷段階で全身のあらゆる画像を撮影し、展示室に置かれたカタログで人間様が自由に閲覧できるようにするのだという。
 二等種にあらゆる形で投与されている膨大な薬剤により、彼らは廃棄処分になるまで18歳時点の容姿のまま歳を重ねない。利用による局部の色素沈着や変形も定期的なメンテナンスで復元されるから、外観の経年劣化はほぼ無いと言えるだろう。

 パシャリ、とシャッター音が響く。
 と、その音でようやく正気を取り戻したのだろう「…………あれ……?」と小さな声が聞こえた。

「え……えと、あの……」
「動くな。撮影中だ」
「…………はい」


刻印


 動ける範囲で様子を伺おうとする72番を咎めながら、ヤゴは何度も撮影ボタンを押す。
 全身像に顔と局部のアップ、規定された部位に焦点を合わせてボタンを押せば、情報は自動的に送信される仕組みだ。
 さっきから、何度も台から降りては72番の股間をざっと拭って再びタブレットを構えるのを繰り返しているが「だめだこりゃ、止まるわけが無いか……」と肩を落としたところを見るに、濡れていない股間を取ることは諦めたようである。

(あ……終わった、んだ……あへぇ、気持ち良かったぁ…………んっ、お腹ヒリヒリする……)

 まだ霧がかかったような頭で、72番は痛みの元を見つめる。
 新たに足された刻印に(そっか、Bだったんだ)とホッと胸をなで下ろした。

 検品には合格したし、B以上であれば確か惨い加工をされることは無かったはず。これから地上でどうなるかは分からないけれど、さっき人間様に頂いた絶頂のお陰か特段不安も感じない。

 まだ胎の奥にはさっきの余韻が残っているようで、刻印の痛みと相まってずくんと胎を震わせる。
 性処理用品って凄い、あんなに気持ちいい快楽を頂けるんだと、72番はほうっと熱いため息をついた。
 この12週間、いや二等種になってから6年半の地獄のような日々が全部吹き飛んだようで、実に気分がいい。

(にしても…………いつまで続くんだろう、これ)

 パシャリ、パシャリと撮影の音だけが響く部屋の中で、時折ヤゴの独り言が聞こえてくる。
 真剣な顔でディスプレイを覗き込む姿は、最初に出会ったときから何も変わらない、感情の読めない顔のままだ。

「……まぁ、Bくらいがちょうどいいんだろうな、この甘ちゃん個体には……変にAとかSになるとレンタル価格が上がる分、復元時間で戻しきれないようなヤバいプレイをする奴も増えるし……」

(…………今なんか凄く不穏な言葉が聞こえたけど……う、うんっ、Bなら大丈夫って事だよね!!)

 冷や汗をかきつつ72番はヤゴをじっと見つめる。
 今のは本当に独り言だろうか。……彼のことだ、もしかしたら独り言に見せかけて、自分を慰めようとしているのかも知れないとふと彼女は思う。
 ……他の個体のことが気にかかる程度には、彼女の心には余裕があるようだ。余程人間様から頂いた絶頂は満足感が高かったらしい。

(調教師様は笑ったりしないのかな……まぁ、嗤いもしなかったけど……)

 そう、彼の顔はいつも変わらない。

 覚醒していない少数派の作業用品故なのか、それとも元々の気質なのか。
 ヤゴはこの12週間の間、散々呆れ果てることこそあれ、一度たりとも72番を嘲笑しなかった。
 淡々と、まさに職人のごとく無慈悲にモノとして使い続けただけ。そこに優しさなど微塵も感じやしないけれど、それでも下等なモノを嗤うような真似をされなかっただけで何かが違っていて。

(そもそも調教師様は……奉仕実習でも全く表情が変わらなかったんだよね。私のご奉仕じゃ満足できなかったのかな……)

 ――だからだろうか、つい口を突いて言葉が漏れてしまったのは。


「…………調教師様、私の奉仕は……気持ちよかったですか……?」
「!」


 突然の発言に、ヤゴはビクッと身を震わせ、驚いたような、それでいて呆れたような顔で72番を台の上から見下ろした。

(……今のは、本音か)

 多少ぼんやりした瞳で見つめる72番の表情は、目に光こそ灯らないものの色に狂ってはいない。
 この部屋には性器を思い起こさせる器具は置いていないし、ヤゴの股間は相変わらず金属の覆いの下だからだろう。

(懲罰……も無いか。もう出荷なんだ、反抗したわけでも無いしな)

 当然ながら、地上の作業用品が局部を覆うことは無い。
 ――つまり通常であれば、これが彼女にとって保管庫の外で本当の自分を表に出せる最後の機会である。

(甘いな、俺も)

 そう思いつつも、答えてしまう辺りはやはり「仏のヤゴ」なのだろう。

「お前な……この期に及んでまだ俺に質問するのかよ」
「あ……」
「……まあいい。地上に出れば二度と無い機会ではあるし……管理官様もそこまで目くじらは立てないだろうよ」
「…………」

 ため息をつきつつも、ヤゴは正直な感想を口にする。
 ……だがそれは、72番にとっては思いもかけない現実だった。

「そうだな……数値上は十二分に基準を満たしていた。104番の方が優れてはいたが、あれは特別だから気にしなくていい。俺もあそこまで性能の高い個体は久しぶりに見たしな。検査官様が仰っていた通り、拡張がもう一段進んでいればA等級になっていただろうよ」
「…………数値、上?」
「ん?ああ、お前のことだから話は聞いてなかったよな……最初に話しただろう?俺達は中途半端な絶頂しか生涯許されないと。まして作業中に快楽を得ることなど、管理官様が許可する訳がないだろう?」

 台から降りたヤゴは、くるりと後ろを向く。
「これな」と指さすのは、腰の下、仙骨部分に刻まれた管理番号とXの刻印だ。

「この刻印は腹の管理番号や等級記号とは違って、魔法が込められている。人間様が作業用品の性感そのものを管理下に置くためのな」
「!!」
「不思議に思わなかったか?お前がここに来る前に見た二等種は、どいつもこいつも発情してドロドロだっただろう?なのに何故作業用品は、お前らのように汁をダラダラ零してないのかって」
「あ、それは……」

 最初の頃に気づいていた疑問を思い出した72番に、ヤゴは作業用品の持つ『制約』を語るのだった。
 
「快感にまつわる全ての権利を……俺達もお前らとは別の形で人間様に握られているんだよ」


 …………


 仙骨部に刻み込まれた刻印は、作業用品の性感に関わる全てを掌握する。
 作業用品には保管庫内での自由な自慰の権利が保障されているが、そこで得られる快感の大きさは管理官の手に委ねられているのだ。

 彼らは、確かに自由に快楽を貪れる。
 どれだけ絶頂をしても精神的には満足できないように設定こそされているものの、少なくとも性処理用品のように自慰すら禁じられることはない。
 ただの成体だった頃よりも支給されるグッズの種類は大幅に増えているし、コンテンツも更に過激なものが提供されるから、それぞれの趣向に合わせた楽しみ方を許されているのだ。

 ただし作業用品としての性能が劣っていたり懲罰沙汰になれば、どれだけ刺激しても碌な快感を得られないように……最悪触れていることすら感じられないように機能を制限されてしまう。

 ただでさえ万年発情した身体を持て余しているというのに、一日中作業の中で快楽に悶え、苦痛に叫び、絶望に嘆く素体達に煽られ、保管庫では餌の時間ですら下手すれば手が止められないほど自慰に耽って何とか正気を保っている作業用品にとって、性感の制限ほど恐ろしいものはない。
 個体によっては、棺桶の方がまだましだと豪語するほどである。

 つまりこの手法により、作業用品達の作業性能は一定に保たれていると言っても過言では無いのだ。

 ちなみに、性処理用品にこの処置を行わないのは、既に無害化された二等種に余分な魔力を使ってまで行うものではないという単純な理由から。
 あくまでも作業用品は、人間からすれば生涯決して一般人に触れさせてはならない、無害化に失敗した危険個体という認識であるが故の措置である。

「実習を担当する作業用品は、すべての性的感覚を遮断される。どれだけ腰を振ろうが、お前らが奉仕しようが俺達は何も感じない。入っていることすらよく分からないくらいに、な」
「……何も、感じない……?」
「ただ、肉体は反応するからその数値をモニタで見ながら適当に演技して声をかけているだけだ。そういう風に訓練されているからな」
「え、それじゃ……」
「あの4週間、俺たちが毎日楽しく快楽を貪っているとでも思っていたのか?……担当の実習の期間はなかなかに地獄だぞ。最後の方は自分でも半分狂っているとさえ思う……特に今回は、どこかの出来損ないの素体のせいで、ずっと保管庫でも感覚を遮断されたままだったしな!」
「あ……えと……ごめんなさい……って、え、まだ懲罰……!?」
「…………お前は2週間で終わったんだよなぁ?俺はお前の出荷まで、つまり今日まで6週間、ずっとだ!!」
「うううっ……本当に申し訳ございませんでした……」

(そんな……知らなかった……)

 珍しく怒気を露わにするヤゴに股を拡げたまま平謝りしつつ、72番は作業用品の置かれた環境に思いを馳せる。

(あの気持ちよさそうな声も、切羽詰まったような絶頂の瞬間も、全て演技だったなんて……あそこにいた調教師様、全員……?全然分からなかった……そんなの、私なら絶対耐えられない!)

 彼女がずっと抱き続けていた思いは、何も間違えていない。
 確かに彼らも人間様にありとあらゆる権利を剥奪されたモノ、二等種なのだ――

 目の前にいる、今も激しい渇望の中で鉄仮面を貫く作業用品に、72番は同情すら覚える。
 ……まぁ、その原因の8割くらいは自分のせいだが、そこは見なかったことにしよう。

 一方で、自分の選択は間違えていなかったなという想いが脳裏を過る。
 その感想については、どうやらヤゴも同じ結論だったらしい。「だからまぁ、お前は良かったんじゃ無いか」と機材を片付けながら72番へと言葉を紡いだ。

「それだけ流されやすくて快楽に弱い性質なら、穴として生涯嬉しそうに鳴き続ける方がお似合いだろう。……さっさと諦めて作られた自分に馴染んでしまえ、そうしたら楽になれる」
「…………調教師様は、後悔していますか?……ずっと満足できないだなんて……」
「していない。……全ての現実を知ったその上で断言する。俺は与えられるかどうかも分からない完全な絶頂を待って、偽りの懇願を吐き続けるだけの人生なんて、まっぴらごめんだ」
「……そう、ですか……」

(そういうもの、なのかな……難しいことは分かんないや)

 72番の問いかけにきっぱりと答えるヤゴの言葉は、彼女には理解できない。ヤゴが性処理用品となった彼女の気持ちを理解できないのと同じように。
 けれど、これ以上考えたところで仕方が無い。道はとうの昔に分かたれ、二度と交わることなど無いのだから。

「さぁ、そろそろおしゃべりの時間は終わりだ」

 そう告げるヤゴの手に握られているのは、口腔性器維持具だ。
 いつの間にか横に置かれたワゴンの上には、似たような性状の長さと太さが違う触手じみた物体が2本と、それより随分小さい芋虫のような物体が1つ。恐らく股間の3つの穴を埋める道具だろう。

 地上に出荷された性処理用品は、その穴を使われるとき以外穴の詰め物を取り出されることは無い。
 そして恐らく、地下に配置された彼ら調教用の作業用品と相まみえるのは、これが最後。

(もう……私の身体は、おちんぽ様やおまんこ様には逆らえない……)

 維持具を手に近づくヤゴの瞳は、何の感情も宿していない、筈だった。
 けれど、なまじ心に余裕があったからだろうか、最後の最後になって72番が何となく気付いてしまったのは。

 ……彼は他の作業用品が言う通り、確かに優しい個体だったのだ。
 だって……自分を見つめる瞳の奥には、確かに小さな葛藤と苦しみが垣間見えるから。

(今の私は、ただの穴。完全に作られたモノ……けれどあんな凄い快楽を頂ける可能性があるなら、穴に堕ちても悪くはなかったのかもしれない。ううん、これで良かったんだ……)

 きっと彼は、理解できないからこそずっと己に言い聞かせているのだ。
 目の前の個体にとっては、この未来こそが幸福なのだと。調教用の作業用品としてこの筐体をここまで変えてしまった事に何の罪悪感も抱く必要はないと……

(そう、私はこれで良かった。性処理用品の道を選んで、気持ちよくなれて、良かったんです、調教師様)

 だから彼女は紡ぐ。
 ――偽りの従属も、悍ましい愛着も無い、真っ直ぐな言葉を。

「……ありがとうございます、調教師様」
「っ、ああ………………ほら、挿れるぞ」
「はい……んぇっ…………」

 72番は己をここまで貶めた作業用品に、場違いなほど穏やかな顔で微笑む。
 口を塞がれる直前に発したその言葉は、72番が心から発することのできた最期の感謝の言葉だった。


 …………


「んっ、ふぅ……」
「これでよし、と。後は梱包して104番を待つだけ、か」

 真新しい股間用の維持具を挿入し、いつものように股間を覆う黒いシールドの穴に通して固定する。
 肌と一体化するかのように魔法で貼り付けられたシールドは、わずかな刺激も通さない。
 2センチほど突き出た肛門用維持具にフックを接続し、首の後ろから伸びる短い鎖と繋いでぴったりと身体に沿わせれば、もう自力で維持具を出すことは叶わない。

(……本当に地上へ出られるんだ……)

 目の前でスーツケースを開けられれば、じわじわと実感が湧いてくる。
 あれほど戻りたいと憧れ望み続けた、本物の空のある場所。懐かしい人たちが待つであろう世界。
 こんな変わり果てた心身に詰め込まれた動きしか出来ないモノと化した自分を、本当に地上は受け入れてくれるのだろうかと多少の不安を抱きつつも、72番の胸は期待に高鳴っていた。

 だが、そんな穏やかな時間は、隣室からの叫び声でいきなり終わりを告げる。


「うあああああっ、いやだああああっ!!」
「「!!」」

 鼓膜が震えるほどの咆哮と共に「ヤゴ!手伝って!!」とイツコの切羽詰まった声が響く。
 ヤゴはすっくと立ち上がり「戻るまで基本姿勢だ」と短く72番に命じるや否や、検品室へと繋がるドアをバン、と開いた。

「イツコ!何が……っ!!」

 声を張り上げたヤゴは、目の前に広がる光景に一瞬固まる。
 そこにはイツコに馬乗りになり、泣き叫びながら首に手をかける104番の姿があったから。

「なんで!!なんでだよっ!!俺は……俺はあんなものになるために頑張ったんじゃない……!!」
「か、はっ……」

 首を絞められたところで、呼吸補助の魔法をかけられている二等種の命には特に支障は無い。
 だからだろうか、こんな切羽詰まった状況だというのに4人の人間様は「おやおや、また随分荒れるねぇ」「もう風物詩ですよね、しかし何とも耳障りな鳴き声だ」とニヤニヤしながら見物を決め込んでいる。

(っ、くそっ……!)

 人間様がこの状況を止める筈が無いよなと独りごちつつ、ヤゴは腰のリモコンを手にして、我を忘れ荒れ狂う104番に向ける。
 首輪とペアリングをするのに3秒。ああ、この可能性は最初から考えておくべきだった。前もってこれとペアリングをしておけば、イツコを苦しませずに済んだのに。

「っ、止まれ104番!!」
「ぎゃっ!!……が…………っ……」

 制止の声を上げると同時に、ヤゴがリモコンのボタンを思い切り押し込む。
 途端に全身に着けられた全ての金属から、青い光とともに弾けるような電撃の音が生じ、104番はイツコに覆い被さるように崩れ落ちた。
「ぐぇっ」とカエルが潰れたような声が聞こえて、ヤゴはすぐにイツコの元に駆け寄る。大丈夫だ、二等種はこんなことでは壊れないと、何度も言い聞かせながら。

「はぁっ、はぁっ……イツコ、大丈夫か」
「う……壊れては、無いわよ……はぁ、反応が遅れるだなんて耄碌したものねぇ、私も」

 ヤゴは声も無くピクピクと痙攣する104番を乱暴に転がし、イツコに肩を貸す。
 顎の下にくっきりと残った締め痕に顔を顰めつつも、取り敢えずの無事を確認してヤゴはホッと胸をなで下ろし、床に転がったままの104番を見下ろした。

「制圧用の電撃を流した。最大値で入れたから、当分動けないだろう」
「最後の最後でやってくれたわね……まぁ、既に等級確定後だし、人間様に危害を加えたわけじゃ無いのが不幸中の幸いよね……ですよね?管理官様」
「ん?ああ。こっちに向かってきていたら問答無用で処分だったね。全く、折角棺桶行きを回避できたというのにわざわざ好待遇を捨てようとするだなんて、二等種の思考は理解に苦しむよ」
「……そうですね」

 イツコは、はぁと大きなため息をつく。
 それは折角仕上がった製品が処分にならずに済んだ安堵故か、それとも……この結果を好待遇だと断言された104番への同情だろうか。
 どちらにしてもこの先の作業に変わりは無い。自分達は作業用品として、地上に出荷するための処置を行うだけだ。

「最大値で入れたなら、少なくとも30分はまともに動けないわね。管理官様、今のうちにさっさと進めましょう」
「そうだね。処置室に運んで。増援はこちらで呼ぼう」
「かしこまりました」

 ぐったりと動かない104番を抱えて隣室へ移動する作業用品立ちを横目に、管理部長は端末を用いて作業用品へと命令を下した。
 ――予定通りの結果に、満足そうに微笑みながら。


「……F022X、M019X出荷前処置室へ。D等級個体の出荷前処置を行う」

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