沈黙の歌Song of Whisper in Silence
沈黙の歌Song of Whisper in Silence
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21話 残酷な再会は突然に

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 覚えている、この光景は、また懲罰だ。

「うああぁっ!!うぁっ、やあぁぁっ!!」
「……随分うるさいな、これ。いつもみたいに鞭であふんあふん鳴いてりゃいいのに」
「10日前に初回調整やったばっかりだからじゃね?適当に電撃でも流しておけばいいさ」
「いやあぁっ、やらあっ……ぐぁっ!!…………ううっ……」

 あの日と同じように、展示中に突如後ろの壁が開き、無理矢理保管庫に戻される。
 シャッターの向こうでは、作業用品が手綱とアイマスクを持ち、無言でしゃがんでいた。

 その光景の意味を悟った72番は、一瞬で顔色を失う。
 けれど服従を叩き込まれた身体は、本人の意思とは関係なく震える足で入口に近づき、大人しく鎖に繋がれてしまうのだ。

(いや……また棺桶……再調教はもっと酷いって…………いやあぁ……!!)

 身体が重い。
 恐怖に手足の動きが鈍れるたび、そして声にならない叫び声を上げるたびに、懲罰電撃が何の警告もなく容赦なく襲いかかる。
 今や、この手足の痺れが恐怖のせいなのか、懲罰のせいなのか、判別すらつかない。

「うあぁ……はぁっ、はぁっ……」

 止まれの合図が身体に響くや否や、その場で乱暴に転がされてあっという間にスーツケースに詰め込まれる。
 遠のく意識の中で、72番はひたすら虚空に向かい「ごめんなさい、ごめんなさい!!懲罰だけはお許し下さい……!」と何度も叫び続けていた。

「これでよし、と。梱包できたぜ」
「ん、貸出確認してるから待って。……ええとF072、F072っと……あ、あった。初期設定でレンタル期間は1年1ヶ月、転送先は保護区域6ね」
「区域外だな。管理官様、転送先の区域設定許可を願います。……はい、ありがとうございます」

 転送陣の中央にに、大きなスーツケースが転がされる。
 作業用品が外からタッチパネルで操作すると、青白い光がブースを包み込み、スーツケースは一瞬でその場から消え失せてしまった。

「最初の1ヶ月でクレームが出るような個体だし、初期設定も大変そうだよなぁ……」
「ま、人間様がしっかり調整してくれるでしょ。初期設定が終わった製品はどれもいい感じに仕上がってるし」
「やっぱり最後の仕上げは人間様なんだよな、二等種とは格が違う」

 作業用品達は雑談を交わしながら転送室を後にする。
 ――72番が転送された先は、地下では無い。
 それが彼女にとって天国か地獄かは誰にも分からない。
 ただ一つ確かなのは、彼女の製品としての仕上げが今、ようやく始まったということだけだ。


 …………


 3056年11月。
 冬の足音が聞こえてきた昼下がり、行政区域6、第12エリア第6区画成人基礎教育センター(西地区2)では、新成人たちがランチを終え、講義のためにぞろぞろと講堂に集まっていた。

 この国では、18歳で成人してから成人基礎教育を終えるまでの期間は「新成人」と呼ばれ、毎日センターで朝9時から夕方4時まで多様な講義や実習を受けることが義務づけられている。
 成人として必要な法律などの知識を学び、就職や高等教育校、大学への進学など、進路を決める――全国民にとって人生における岐路となる重要な2年間だ。

 とはいえ、中等教育校の同級生たちは余程の事情が無い限り皆同じセンターで成人基礎教育を受けるのが通例だ。
 だから多くの新成人にとって、この2年間は5年間の中等教育の続きみたいなものである。

「はい、今日は講義に入る前にお知らせがあります」

 3056組と呼ばれる新成人達が集う講堂。教壇に立った講師が声を上げれば、ざわめきが収まってくる。
 その隣には、見たことが無いほど大きなスーツケースが転がされていた。

「あ、あれもしかして……二等種を入れておくケースじゃね?」
「マジで!?あんなものに入れてあるんだ、二等種って」

 スーツケースに気付いた数人の学生がどよめき、声を上げた。
 彼らは成人基礎教育に入って既に11ヶ月目。3ヶ月前からは、各クラスにオスとメス1体ずつの二等種が設置されていて、交代で世話をしつつ二等種の扱いを学んでいる最中である。
 とは言え、これまで目にしたのは既に起動済みの二等種だけ。だからまだ梱包されたままのモノを見るのは今回が初めてである。興奮するのも無理は無い。

「静粛に」と講師は繰り返しつつ、スーツケースをプロジェクタに映し出す。
 傍に控えていたスタッフが青色の手袋をはめ、手際よくスーツケースを開ければ、中にギチギチに詰め込まれた二等種の姿が画面いっぱいに表示された。

「えー、Aクラスのメス個体は本日より入れ替えになります。この後の講義で詳しく説明しますが、この個体は未設定個体です。これから1年ちょっとかけて、皆さんの手でこの個体に初期設定を施してもらいます」

 スタッフが2人がかりでスーツケースから二等種を取りだし、テキパキと梱包を解いていく。相当きつく戒めていたのだろう、皮膚にうっすらとベルトの赤い痕が浮かび上がっているのが画面越しにもはっきりと見て取れた。

「今から起動しますが、その前に注意点です。既に講義でも学んだように、二等種はかつて人間の世界に紛れ込んで生息していたため、元々は人間としての名前を持っていました。まぁ、今は名前を剥奪されていますので、例え呼ばれても理解は出来ないのですが……とは言え、万が一名前を取り戻してしまった場合、皆さんが危険に晒されることになります」

 バチン、と弾けるような音が3回響き渡り、二等種の首輪とピアスが青白い光を放つ。
 その瞬間、群青色の髪をツインテールに結んだ個体は即座にガバッと股を拡げ、黒いシールドに覆われながらも濡れそぼった股間を学生達に曝け出す卑猥な姿勢を取った。
 その中心に息づく深紅の肉芽は、陰裂を閉じたところで隠れられないほど異様に膨らみ、根元を貫くリング上のピアスが愛液に塗れてテラテラと光っている。

「ですので、例えこの二等種の名前を知っていたとしても、決して口にしてはいけません。成人基礎教育期間中であっても名前を呼ぶ行為は規則違反で処分対象に、最悪逮捕、実刑になりますからね」

 再び電撃の音が響けば、その個体は躊躇なく四つん這いになり腰を高く上げた。
 スタッフがシールドを外せば、その孔を貫く馬鹿でかい器具が露わになる。
 何の合図も無くズルズルと大蛇のような器具を引き抜く度に、メス個体はあえかな声を上げて身体を震わせていた。
 その様子はどう見ても、人間ではあり得ない感覚に快楽を覚えている様にしか見えない。

「……特に、7番初等教育校出身の学生さんは、十分注意するように」

 その言葉に、部屋の一角がざわつく。
「あれ、もしかして」「うそでしょ」と囁く声があちらこちらから飛び交うあたり、どうやら既に気付いた学生もいるようだ。

 大画面に映し出された二等種は、これまた顎が外れそうな太さの維持具を胃からずるりと引き抜かれ、はぁはぁと荒い息を繰り返していた。
 先ほどから穴を擦られる感覚を立て続けに浴びたせいだろうか、身体はほんのり赤く染まり、床にはたらたらと愛液が滴っている。
 だが息を整える間もなく電撃が飛んだのだろう、その個体は慌てて待機状態の姿勢を取った。
 
 スタッフがアイマスクを外し、一呼吸置いて二等種の目が開かれる。
 濃い青緑の瞳が驚愕に大きく見開かれると、ざわめきはひときわ大きくなった。

「じゃあ皆さん、新しい二等種の挨拶を聞きましょうか。……おい、さっさと挨拶しろ」


 …………


(起動だ……!!)

 3回の電撃に72番の意識はたちまち引き上げられ、教え込まれた姿勢を取る。
 命令に従い維持具を取り出される中、横から聞こえてくるのは地下の作業用品の話し声……ではなさそうだ。
 それに、かつてないざわめきも感じる。このアイマスクの向こうには、どうやら人がいるらしい。それも数人どころではない数の、人が。

(……え、人!?まさか、に、人間様っ!!?)

 すっかり棺桶に送られると思い込んでいた72番は、予想外の状況にに目を白黒させながら喉の維持具を引き抜かれた。
 少しずつ喉の反射が戻ってきて、思わず「おぇ……」と嘔吐く音を漏らしてしまう。

(まさか……私、レンタルされたの!?)

 このアイマスクの向こうに、大勢の人間様がいらっしゃる。これから自分は人間様に奉仕し、穴として使われ、この溜まりに溜まった渇望をようやっと満たして頂ける――
 状況を理解した72番の胸の内に込み上げてくるのは、解放への喜びと期待だ。

 不安が無いわけではない。展示中に嫌と言うほど浴びせられた人間様の視線は未だ記憶に鮮明に焼き付いている。
 けれど、レンタル中の個体はほとんどの場合アイマスクを着けたまま使われると調教師様も話していた。何より人間様に利用されれば、気持ちよさでそんな恐怖はあっという間にかき消されるだろうと、彼女は興奮しきった様子でそんな都合の良い考えに思考を寄せる。

 また一筋、白濁した愛液が股間から垂れていった。
 早く、早く、使って……そればかりが72番の頭の中を埋め尽くす。

 だが、隣から聞こえてきたある言葉が、72番の心に突然ブレーキをかけた。


「……特に、7番初等教育校出身の学生さんは、十分注意するように」


(…………え……?)

 7番初等教育校――それは、72番がまだ人間として地上にいた頃、通っていた学校の名前だ。

(……どういうこと……?でも、7番初等教育校なんて全国にたくさんあるし……)

 各区画毎に学校の名前は番号で割り振られている。だから、当然全国には千を越える7番初等教育校が存在するのだ。
 きっとたまたま、自分が通った学校の名前と同じだっただけ――そう思い込もうとするものの、嫌な予感が胸の中でじわじわと広がっていく。

(大丈夫、大丈夫……)

 そんなはずが無い。
 必死になって己に言い聞かせる72番の後頭部に、青いラテックスで覆われた手がかかる。

「!」

 カチャカチャという金属音と共に、アイマスクが外され、72番は思わず目をぎゅっと閉じた。
 まさか貸出先でアイマスクを外されてしまうだなんて。これでは人間様のあの悪意に満ちた目から逃れられない。

 それに……もしこの嫌な不安が当たっていたら……

 内心では、ずっと目を閉じていたいと強く願う。
 けれどそんなことをすれば懲罰だと教え込まれた身体は、無情にもその願いを裏切り、ゆっくりと瞼を開いていく。

 ぼやけていた視界が、はっきりと焦点を結ぶ。
 階段状になった講堂に座る、たくさんの若者達。その中に混じる、大人びたとは言え当時の面影を残す見知った顔、顔、顔。
 ある者は驚きに目を丸くし、ある者はニヤニヤと笑い……そしてある者は……

 ああ、あなたにだけは見られたくなかった……!!

「おい、さっさと挨拶しろ二等種」
「…………っ、はい……」

 挨拶なんて、したくない。
 かつての同級生達の前で、今やこれほどまでに遠くなってしまった彼らの穴として使って欲しいと媚びるだなんて、それだけは――
 心の中で慟哭しつつも、躾けられた身体はいつも通り笑顔を顔に貼り付けて必死に覚えさせられた口上を述べる。
 ……その顔には、机に隠れた股間を想像した発情さえ浮かべながら。

「に……人間様……この度は、性処理用品をご利用頂きありがとうございます……っ……当個体の管理番号は…………」
「何をグズグズしている!さっさと挨拶ぐらいしろよ、このできそこないが」
「ひっ!!ご、ご指導ありがとうございますっ!!……当個体の管理番号は、499F072です…………ど、どうぞ、ご自由にお使い下さいっ…………!!」
「はぁ、挨拶ひとつまともに出来ないとはねぇ……本当に検品通ってきたのこれ?」
「未設定個体ですからね、たまにはこんなのも出てくるんですよ。後で懲罰を入れておきます」

(……いやだ……みんなに使われるだなんて……いやあっ……!!)

 横でひそひそと話す大人達の声が、随分遠く感じられる。
 けれど見知らぬ人の嫌悪の眼差しより、親しかった人たちから向けられる複雑な視線の方が、そしてその中に明らかに欲情が混じることが、何よりも耐えがたい。
 何より、こんな姿を一番見て欲しくなかった相手に見られたショックで、72番の頭は真っ白になってしまう。

(お願い……お願いします、見ないで、冬真君……!!)

 絶望に濡れた72番の視線の先には、同じように愕然とした表情を向けるアイスブルーの瞳……初恋の人の姿があった。


 …………


 製品として地上に出荷されたSからC等級までの性処理用品は、初期設定の一環として初めての貸出先が指定されている。
 それが、かつて自分が通った初等教育校の同級生達が受けている成人基礎教育課程の二等種利用実習用個体である。

 この処遇は、かつて人間として過ごした交友関係を利用することで、性処理用品が二等種である自覚をより深めることを目的としている。
 同時に人間である同級生達にとっても、身近に潜伏していた二等種とその末路を見せつけられることで、一つ間違えれば自分達に危険が及ぶ二等種への接し方を効率的に学べるという利点があるのだ。

 貸出期間は、出荷後1ヶ月段階での初回調整が終わった後、同級生の成人基礎教育課程終了日までと定められている。
 このため、初期設定の期間は最低半年、最大2年とばらつきが多い。72番は1年1ヶ月なので比較的平均的な期間といえよう。
 なお、性処理用品としての志願が遅かったためにこの期間を満たさない個体の場合は、一学年下の成人基礎教育課程で引き続き利用される。この場合は合算して最大1年間だ。

 更に、通常の利用ではアイマスクの着用有無を利用者が決められるが、初期設定期間に関してはアイマスクの着用は例えプレイ目的であっても許可されない。
 これは、製品に骨の髄まで自分に向けられる視線とその扱いを叩き込み、この世界のどこにも二等種は歓迎されていないこと、そして何があっても逃げられないことを魂まで刻み込み完全に無力化するためと言われている。

 性処理用品の利用は朝6時から夜10時まで。
 成人基礎教育の講義時間以外も、新成人は自分のグループに設置されたオスメス各1体ずつの個体を自由に利用することが可能である。もちろん屋外での利用も可能だ。
 ただし、敷地外への持ち出しは禁じられている。


 …………


「では、講義を始めます。今日は性処理用品、すなわち二等種の初期設定について……」

 何事も無かったかのように講堂では講義が展開される。
 蕩々と語る講師の声とメモを取るキーボードのタイプ音を背に、未だショックが抜けない72番はスタッフに首輪を引っ張られて廊下へと引きずり出されていた。

「お疲れ、後は俺やっとくわ」
「お願いします。私はレクリエーション室の監視に入ります」

 別の部屋に向かう彼女を見送り、残された男は「ほら行くぞ」と首輪を引っ張る。
 途端にバランスを崩してその場に顔から突っ込んだ72番の背中に「グズグズすんなよ」と鞭が振り下ろされた。

「ひぐっ……にんげんさま……手を……」
「はぁ?手?……あーそっか、初期設定はそこからか。担当になるの久々だから忘れてたわ。そのままだ。膝で歩け」
「え……うぎっ!!……ご指導、ありがとうございますっ……」
「いちいち反応すんな。歩きながら説明してやるから感謝しろよ?」

 そう宣告すると、男はスタスタと廊下を歩いて行く。
 四つん這いでの歩行ならまだしも、慣れない膝行ではとてもその速度について行けない。
 しかも少し遅れれば電撃、倒れれば起き上がるまでずっと電撃と、地下での扱いが優しく感じるほど当たり前のように懲罰電撃を使われてしまう。
 あまりにも頻繁に放たれる電撃のせいか、鞭で打たれたところでその痛みを快楽として受け取る余裕はなさそうだ。

(痛い……いや、そんな目で見ないで……)

 汚物を見るような嫌な目つきで、男はだるそうに説明をする。
「説明が理解できなくてもいいが、その場合は違反する度懲罰点が増えてお前が苦しむだけだからな」と付け加えつつ。

「ここには3種類の人間がいる。さっき講義を受けていた学生達、センターの講師やスタッフ……ここまでは一般人な。で、残りが俺達『管理人』だ。服装とタグで見分けがつくだろう?」

 紺のツナギに身を包み、青い手袋と長靴を身につけた男が胸元を指さす。
 透明な胸ポケットに入っているIDには、「二等種管理庁 品質管理局 初期設定技術者」という肩書きが記されていた。

 彼らは品質管理局の職員で、成人基礎教育センターに派遣され未設定の個体に初期設定を施す専門職である。
 全員が性処理用品取扱資格(乙)を持ち、調教管理官ほどでは無いが一般人には出来ない処置を行える。また、学生達を監督し、二等種の扱い方を教える指導教官でもあるのだ。

「設置は明日からだ。今日は懲罰兼ねて膝行の練習な。ここではこれから1年かけて、今後お前がどんな環境に貸し出されても適応できるように経験を積ませる。……まあ、貸し出される中で最も最底辺の扱いを受けると思えばいい」
「…………はい」
「さしあたって、ここにいる間は基本的に手は後ろで拘束したままだ。朝の餌の時だけは特別に前で拘束してやる、でないと浣腸がやりにくいからな。それ以外は学生どもが遊びにくいときに繋ぎ替えるだけだろうよ。移動はそうやって膝で歩くか、芋虫みたいに転がるんだな」
「っ…………」
「あん?折角説明してやったのになんだその反応は」
「ひっ!あ、ありがとうございますっ!!」

(そんな……四つん這いすら許されないの!?この歩き方、膝が痛いし早く歩けないのに……!!)

 廊下は綺麗に掃除されているとは言え、人間様は土足だ。どうしたって小さな砂粒が落ちていて、膝をチクチクと攻撃してくる。
 この程度のことでは例え傷がつこうが直ぐに復元することは理解しているが、かといって痛みが無くなるわけではない。
 それでも、環境適応訓練でしっかりと躾けられた身体は、痛みがあろうが全てを無視して人間様に付き従う。

 維持具を抜かれているお陰で身体が軽い事だけが幸いだろうか。
 ただ、それはそれで埋められていない切なさに身体が疼いて、今すぐにでも目の前の人間様の股間にむしゃぶりつきたいと叫ぶ衝動に息を荒げることになるのだが。

(……え……!?)

 暫く廊下を歩いたかと思えば、管理人は当たり前のように外へと繰り出す。
 扉の外に出た瞬間、冷たい風が剥き出しの肌を撫で、72番は思わずぶるりと身震いした。

(痛い痛い痛いっ……アスファルトは痛すぎるよう……!!……でも…………)

 痛みに顔を顰めながらも、72番はそっと辺りを見回し、そして……空を見上げる。
 残念ながら冬の到来を告げるような曇天だが、その空はどこまでも高い。
 肌を刺すような風、空気の匂い……淫臭ではない、懐かしい地上の匂いがする。

 ツンと鼻が痛くなるのは、決して膝の痛みだけじゃない。

(地上、だ……今、私、地上に……立ってはいないけど、いるんだ……)

 じわじわと静かな感動が72番の胸の内に広がる。
 展示棟で初めて感じた地上への喜びは、そこには存在しない。この世界で自分達二等種を待ち受けているものは、ほら、今すれ違った大人達が向ける憎しみの籠もった感情とそれに応じた扱いだろうから。

 何年も憧れ続けた故郷は、変わり果てていた。
 ……いや、故郷が変わったのでは無い、自分が変わり果ててしまったのだ。

 それでも。
 あの閉塞感しか無いガラスの張りの箱に閉じ込めら得るよりは、今の自分はずっと自由な筈。
 72番は何とか今の境遇を受け入れようと、必死に言い訳を探しながら足を前に運ぶのだった。


 …………


「はぁっはぁっはぁっ……うぐっ……んふぅっ、はあっ……」
「ったく、何でお前がへばってんだよ。2時間も外で付き合わされた人間様に言うことは無いのか、言うことは」
「ぐぅっ……ありがとう……ございました……」
「さっさと促されずに言えるようになれよ。初期設定の場合最初の3日間は懲罰も一部は免除されるとはいえ、人間様への反抗が一発処分なのは変わらないからな」
「……はい……」

 寒空の下を2時間。
 時にはすれ違った人と管理人が立ち話をし、その場で待機させられては零した愛液に舌を這わされる。
 膝からすねにかけては無数の擦り傷がついていて、屋内に戻って歩くだけでもズキズキとした痛みを72番に送り込んでいた。
 
 それだけではない。
 震えの止まらない身体と、首から下に点々と広がる赤や紫の模様は、たった2時間で72番がこれまで経験したこともない頻度と強度の懲罰に晒された事を表している。
 どうやら地上での懲罰基準は地下とは比べ物にならないほど厳しいらしい。一部免除とは何だったのかと嘆きつつ、72番は怯え切った瞳で管理人を見上げていた。

「にしても、2時間で懲罰電撃78回、鞭打ち105回……1分に1回以上何かしらやられてるじゃねえか。お前本当にB品かよ」
「うう……申し訳ございません……はぁんっ……」
「ふぅん、乳首の感度は随分いいんだな。ま、初日だし過ごしやすいようにご褒美をやるよ」
「え……んぁっ!」

 管理人がスマホを操作すれば、とたんに3つのピアスにじわじわとした低周波が流される。
 久々に与えられる明確な快楽刺激に、72番は途端に目をどろりと蕩かし、無様に股を開いたままへこへこと腰を動かし始めた。

「はっ、はんっ、あっ……あふっ……あっあっあっ……」
「そのまま保管庫でアヘってろ。今日はもうやることも無いしな。さっきの挨拶と、俺に2時間も外を歩かせた懲罰だ、飯は抜きで消灯まで寸止め。……今15時だし、たった7時間か。ちょっと甘すぎるかな」

(そんな、無茶苦茶な理由で懲罰!?しかもこんな状態で7時間……た、待機したままっ!!?)

 まだ初日だというのに。
 しかも今、目の前の人間様は「甘すぎる」と言った。いくら調教で散々寸止めには慣らされているとはいえ、辛くないわけでは無いのだ。それも動いて気を紛らわすことが出来ないまま数時間放置だなんて……考えただけで気が遠くなる。

 どうやら地上は、あの分厚いガラスの檻の中で想像していたより、ずっと二等種に厳しそうだ。
 できる事なら今すぐ地下に帰りたいと思う日が来るだなんて、思いもしなかった。

「ほら、保管する前に蓋するぞ」
「あひっ、はひいぃ……」

 敏感なところを的確に追い上げる刺激に、身体の痙攣が止まらない。
 管理人の股間が目に入れば思わずスイッチが入り「おちんぽ様ぁ!ご奉仕させて下さいっ!!」とボタボタ涎を垂らしながらおねだりを始めた72番に「うっわ、必死すぎて引くわ」と笑いながら管理人は3つの穴を維持具で埋め尽くした。

(……あれ?)

 だが、72番はその違和感に気付く。

 維持具の太さは変わらない。いつも通りの圧迫感を感じるが、なんというか……随分と短いのだ。
 膣の奥を無理矢理引き延ばすような感覚も、お尻の入っちゃいけない最初の関門を超える感触も、そして……顎はいつも通りしっかり固定されているのに喉の奥からの嘔吐きもない。

(なんで……?ええ、保管なのにこれだけ?お腹は軽いけど……これじゃ……って今私何を……!?)

 物足りない。
 もっと奥までみっしりと埋め尽くしてくれた方が気持ちがいい。
 そんなことを考えてしまった自分に、いつの間に本来あり得ない場所を性器に変えられていたのかと、72番は衝撃を受ける。
 単に苦しいだけのものだったはずなのに、いや、今だって詰め込まれれば苦しさは感じるのに……今の自分は奉仕で使うであろう範囲だけでは満足が出来ないのだと、今更ながらに気付かされて。

 そして、気付いてしまった身体は余計に足りないものを欲して、叫び始める。

「んううううっ!はあっ、んあっ、ああんっ……!!」
「あーあーもう壊れた玩具状態だな。こんなに床を汚しやがって……ああ、ここでは床を汚しても懲罰点をつけられるからな」

 さらっとどう考えても不可能な規則を突きつけつつ、管理人は廊下を進む。
 突き当たりの薄暗いエリアには、廊下を挟んで4つの扉が並んでいた。
 その一つ、F072と書かれた扉を管理人が開ける。ここも扉はシャッターらしい。

「ほら、入れ」
「んふぅっ……んん!?」
「ちっ、さっさと入りやがれ!こっちはまだ仕事が残っているんだからよ」

 発情に喘ぎつつも命令通り保管庫に入ろうとした72番は、しかし目の前に広がる空間に絶句する。

(ちょっと待って、これ狭くない!?)

 明らかにこれまでの保管庫、いや展示ブースよりも狭い空間に唖然としていれば「ほら、背中から入るんだよ」と電撃を流され、72番は慌ててその空間に収まった。
 そう、入ると言うよりもこれは収納すると言った方がぴったりだ。幅も奥行きも待機状態がギリギリ取れるサイズしかなく、とても横になどなれそうな気がしない。

 これでどうやって寝ろというのかと72番が戸惑っているうちに、管理人は天井から伸びる鎖を首輪の後ろに、床から伸びる鎖を股間のリングに繋ぎ、長さを調整する。
 天井からの鎖は床に座るには問題が無い長さだが、床に頭をつけることは不可能そうだ。
 そして床からの鎖は基本姿勢より高く腰を上げられないようきっちりとテンションをかけられたお陰で、肉芽を貫くリングからの刺激がより強く感じられてつい腰を振ってしまう。

「んぎっ……うあぁ……」

 ……腰を振れば痛みと共に電撃が流れるのはお約束らしい。

「お前なあ、待機なんだから身じろぎせずじっとするもんだろうが。モノの癖に誤動作してどうするんだよ」

 呆れ顔の管理人が説明するには、この保管庫は二等種管理庁で定められた貸出時の最低基準を満たしたものだという。
 大企業や施設などへの貸出であれば1畳程度の保管庫を有している事が多いが、通常はこの狭苦しい保管庫と共に貸し出されるそうだ。
 当然、復元時間に横になることはできないが、床に尻をつけたり壁に背中をつけることは可能だから、復元自体には問題が無いと言われている。

「最初のうちは寝づらいだろうが、1週間もすれば慣れる。慣れなきゃ体力的に持たなくなるだけだしな。明日からは学生が世話するから、ちゃんと言うことを聞くんだぞ……ってもう聞いてないな……」
「はぁっ、はぁっ、んはっうああぁ……っ……!」
「あーあーもうぐっちゃぐちゃ。ここじゃお前が掃除するんだからな?」

 まあ精々寸止めで頭おかしくなっておけよ、二等種はそう言うのが大好きなんだろ?と鼻で笑いながら、管理人はガラガラとシャッターを降ろす。
 途端に訪れる静寂も、今の72番には何の慰めにもならない。

「ああっ、もっろ、もっろぉ……!!」

 足りない、何もかもが足りない。
 ぎゅっと股間を締め付けたところで、望む快楽は与えられない。
 ピアスからの刺激はあまりにも微弱で、確かに飢えきった身体は直ぐに昇り詰めるけれども、例え絶頂を許可されていたとしても、これでは溢れるように小さな波を甘受し更なる渇望を煽るだけだろう。

(お願いします、ご奉仕させて下さい!!穴を使ってください……こんな状態で動いてもダメだなんて、気が狂うよぉ……!!)

 早くこの穴を使って欲しいと、72番は叫び続ける。
 それが何を意味するのか、脳髄を発情で焼かれた彼女にはもはや理解が出来ない。

 ……ただ、明日から待ち受ける人間様の、それも顔見知りの扱いに不安を抱く事すらできなかったのは、彼女にとっては幸いだったかもしれない。
 初期設定でやってきた製品の初日は、最悪の再会に絶望し、保管庫では地上に出たことを深く後悔する嘆きが消灯後も響き渡るのが常だから。

(……あ……でんき、きえた……もっと……もっと、きもち、よく……)

 カチッと小さな音がして、保管庫の中をほんのり照らしていた明かりが消える。
 小さな箱が暗闇に包まれた途端、72番はその場に崩れ落ちるように意識を失った。


 …………


「お、ちゃんと起きてるじゃーん、えらいえらい72番」

 朝6時半、保管庫の扉が開く。
 むわっとしたメスの匂いが立ち上る中、狭い保管庫の中では既に72番が起動し、待機状態で時折腰を振ってはバチバチと電撃の音を響かせていた。

 男子学生の姿を目にした72番は「うあぁ……」と何事かを呻きながら目を輝かせる。
 二等種のことだ、きっと人の股間を見て欲しくなったのだろうと当番の男子学生は口の端を上げながら、首輪に鎖を繋いで72番を保管庫の外に出した。
 今日の当番は幸いにも彼女の同級生ではなかったらしい。その安心故だろうか、余計に意識が発情に引っ張られてしまう。

「はぁっ、はぁっ……ありあと、ごじゃいましゅ、にんげんさま……」
「いつもながらドロドロで汚ったねぇよなあ……ほら、全部舐めて綺麗にしろよ!」
「っ、は、はいっ、お掃除させて頂きます……」

 保管時には、必ず3つの穴に蓋をしなければならない。万が一にも二等種自身が勝手に穴を使わないようにするためだ。
 性処理用品取扱者が在籍している施設や企業では展示中と同じ維持具を使用するが、ここ成人基礎教育センターでは一般人による管理を教育する目的もあるため、簡易の維持具が用いられる。
 と言っても、太さは通常の維持具と変わらない。危険な場所まで挿入しなくていい長さに抑えられているだけだ。

「はぁっ……おわり、ました……」
「あん?折角舐めさせてやったのに、礼もなしかよ?」
「え、あっ、お掃除させて頂いて、ありがとうございますっ」

 直ぐに礼を言わなかったから懲罰点つけといてやるな、と男子学生はニヤニヤしながらスマホを取り出す。
 管理番号をカメラに映せば自動的に製品情報ページが開く。通常は情報の閲覧だけだが、レンタル中はそこから懲罰点の申告が可能なのだ。
 この懲罰点は申告者の属性と懲罰行為により点数が決まり、一定の点数が溜まるとレンタル中であっても強制返却となる。この場合、製品には2ヶ月間の貸出禁止措置後懲罰と再調教が施される仕組みである。

「あーさみぃな」とぼやきながら、彼は72番を餌場まで引きずっていく。
 慣れない外での膝行に歩みが遅くなったり転べば、当然のように電撃が流され「ご指導ありがとうございます!」と叫ばなければならない。

(寒い……うう、痛いよう……石ころいっぱい……)

 餌場は当然のように外だ。
 打ちっぱなしのコンクリートで作られた餌場では、先に連れてこられていた性処理用品達がズルズルと音を立てながら餌を啜っている。
 その背後では当番がデッキブラシとホースを手に、二等種の身体をゴシゴシと洗っていた。

「おはよー、それが昨日言ってた7校の二等種?」
「あれ、これ見たことある。確か駅前のバレエ教室に通ってた子じゃない?」
「へぇ結構有名なんだ。あ、管理人さんおはようございます!早いっすね」
「おうおはよう。初期設定が当たると毎日早出になるんだよ。ああもう俺の睡眠時間を返せ……」

 挨拶を交わしながら、男子学生は72番に待機を命じ、手枷を前に付け替え股間のピアスを床から伸びる鎖に繋いだ。
 そうして72番の目の前にある蛇口を捻れば、どろどろした白い液体が下に置かれたアルミの器に注がれていく。

 が、72番は初めての光景に餌どころでは無い。
 両側から飛び散る飛沫にぶるりと身体を震わせながら、彼女は目を真ん丸にして隣の様子をちらちらと窺っていた。

(え、ええっ!?洗浄?こっ、ここで!?)

 ここでの洗浄は魔法じゃ無いんだ、と固まっていれば、管理人がこちらに近寄ってくる。
 途端に昨日の「散歩」を思い出し、72番の顔に緊張が走った。

「……っ」
「何をしている。餌は準備できているだろうが、さっさと啜れ」
「は、はひっ!!人間様、499F072に餌をお恵み下さいっ!」

 言うが否や72番は弾けるようにその場に手をつき、ところどころ凹んだ安っぽい餌皿に頭を突っ込んだ。
 途端に噎せ返るような疑似精液の臭いが口の中いっぱいに拡がり、思わず「うえっ!」と嘔吐いてしまう。

(……そう、だった……ずっと注入されていたから忘れていたけど、餌は臭くて不味いんだった……)

 久しぶりに自ら口にする餌の味は、慣らされていると言ってもやはり飲み込むのが辛い。
 この餌が人間様の精液と同じ味であることを知ったからだろうか、以前よりも食べるのに抵抗が大きく感じる。

 けれど、食べないという選択肢は無い。人間様から与えられたものを拒否すれば思い懲罰を与えられることは確実だから。

「ずずっ、うぇっ……ずずっ……ひぃっ!?」
「何だかいちいちやかましいっすね、これ」
「初期設定が完了するまではこんなもんだ、気にせず洗えばいいさ」

 必死に口を開けて白濁を胃に送り込んでいれば、急に尻の辺りに刺すような冷たさを感じた。
 どうやらホースで水をかけられたらしい。ただでさえ肌寒い11月の屋外で浴びせられる冷水は、心臓が止まりそうなほど冷たくて、むしろ痛い。

「ひぎっ……ごしどう、ありがとう、ございますっ……ずずっ……」
「いちいち騒ぐな。二等種風情が人間様の許可無しに音を出すんじゃねぇ」
「……っ……は、い…………」

(いだいっ、やめて、そんな物で擦らないで……!!はぁっ、はぁっ……)

 ホースでまんべんなく水をかければ、続けてデッキブラシで全身をゴシゴシと擦られる。
 見た目ほどブラシは硬くないが、それでも痛いことに変わりは無い。擦られた箇所がヒリヒリと熱を持つのが分かる。
「しっかり擦れば暖まるだろ」と嗤う声が降ってくる。そんなもの、更に水をかけられればあっさり潰えてしまうというのに。

「はーっ、はーっ……うえっ……はーっ……」
「おいさっさと食えよ、上が洗えねえだろうが!」
「ヒッ、ごめんなさいごめんなさいうああぁぁっ!?」
「あーもううるせぇ、ほらよっ、お前の大好きな浣腸だぞ!」
「うぎいいぃぃぃっ!!?」

 あまりの寒さで唇の感覚も無くなってくる。
 ようやく水は止まったけれど、冷たい風は更に体温を奪っていくだけ。
 けれど次は上半身だと宣告された以上、さっさと食べなければと喉にへばりつく液体を飲み込んだ瞬間、肛門から焼け付くような痛みが走った。

「ひっ、いだいっ!!いやああっぎゃああっ!!」
「え、何でこんなに騒いでんの?これ、不良品じゃね?」

 突然その場に蹲り叫び始める72番に、学生達は訝しげな顔をする。
 まぁこうなるよなと管理人は学生達に担当の個体を設置するよう促し、ふるふると震える72番の尻を全力で張り飛ばした。
 ……もちろん、懲罰電撃を流すのも忘れない。水場での懲罰電撃だ、全身にいい痛みと痺れが走ることだろう。

「ぎっ!!」
「えーと……ああ、製造中に懲罰用浣腸液は未経験か。一番強い奴だから効くだろう?自分の孔の位置がよーくわかるはずだ」
「あが……ぐぅっ……」

(痛い……お腹、焼けて溶けちゃう……!!)

 ニヤニヤしながら話す男の言うとおりだ。
 肛門に焼け付くような痛みが走ったかと思った次の瞬間、熱と痛みが穴を遡上する。その凄まじさは、自分の腸の走行が今なら外から指せそうなほどだ。

 管理人曰く、地下や展示棟で使われていた浣腸液は刺激を最低限まで抑えている代わりに大量の注入を必要とするらしい。
 今の72番なら維持具の無い状態では最低でも4リットルは入れないといけないという説明に、いつの間にそんなに広げられていたのかと、72番は軽い目眩すら覚える。

 だが、更に続く話は目眩どころでは無い。

 そのような大量注入を、資格の無い人間が行うことは法律で禁じられている。一般人に出来るのは、ただの水を資格持ちの監視の下注入することまで。
 そのため、一般人のレンタルでは100ml程度で馬鹿でかく広がった腸の中身を一掃できるだけの強力な浣腸液を使用するそうだ。

「俺は資格持ちだからいつもの奴をぶちこめるけどな、学生達にゃ無理だろ?初期設定ではありとあらゆる利用環境を想定する必要があるから、ここでは毎日この浣腸液だ」
「うっ……うぐっ……はっ、はぁっ、ぐうぅ……」
「ちなみに、一般用の浣腸液は刺激が5段階に分かれていてな。設定済みの製品は特に懲罰でも無ければ一番弱いやつを使うんだが、初期設定中は俺の許可が出るまでは一番強いやつだ。……ああ、ちゃんと許可は出してやるさ、そいつをぶち込まれた状態で他の製品みたいに静かにさっさと餌を食えるようになれば、な!」
「…………そ、んな……ぐっ……」
「初日だから口答えは懲罰にしないでおいてやろう。明日からは容赦なく懲罰点をつけるからな?……なんだ、さっさと食わないか」
「……ふぐっ……」

(痛い……うごけ、ない……こんなの無理だよ、慣れる訳がないっ……!!)

 あまりの痛みに脂汗が止まらない。
 寒さのせいかそれとも痛みのせいか、酷い震えで歯はガチガチと音を立てていて、食べなければ懲罰だと分かっていてもとても身体を起こせる気がしない。

「ったく、手間をかけやがる」とため息をついた管理人が、担当の男子学生に耳打ちをする。
 その提案にニヤリと口の端を上げた学生は、72番の頭の横に立った。

「なんだ、随分寒そうじゃねえか。ほら、あったかいもんを恵んでやる」
「!!」

 ジジッと音がして服から飛び出したのは、まだ芯の無い雄の欲望。
 それを見た瞬間、72番の頭の中に一気に衝動が広がっていく。

(あ……うああ……おちんぽさま!ほんものの、おちんぽさまっ!!)


 ほしい、ほしい、ほんもののおちんぽさま、ずっとまってた


「うあぁぁっ、おちんぽ様っ!ごっ、ご奉仕させてくださいいっ!!」
「うげ、なんだこれ!もの凄い勢いでがっついてね?管理人さん、ちょっと怖いんだけど」
「……あー、なんかそう言う製品らしいわ。その辺もちょっと調整かけろって指示がでてるな……危なかったら俺が止めるから、さっさと入れてやれ」
「はい」

(いっ、入れる!?こんな外で!?はぁっおちんぽ様ずぼずぼしてぇ、じゃなくって、いやお腹疼くけどっ!?)

「入れる」の言葉に、72番の頭の中は盆と正月とインド人が一斉にやってきたかのような盛り上がりっぷりだ。
 既に胎の奥が待ちきれないと、ヒクヒク蠢いている。出荷から1ヶ月半もお預けを食らった効果は抜群らしい。
 ……相変わらず、あれほどヤゴから注意を受けたというのに、今にも飛びかかりそうな勢いで息を荒げる点は変わっていなさそうだが。

「あはっ、あはっ、おちんぽ様、おちんぽ様っ……」
「ちょっと待ちやがれって、ほんっとうに行儀がなってねぇなこいつ」

 痛みは全く消えないが、外側の人格はそんな物を気にしない。
 ただ必死に涎を垂らしながら「おちんぽ様ぁ……♡」と笑いかけるだけだ。
 正直その歯の浮くような音色に内心吐き気がしそうだが、今は我慢する。どう考えたって身体は限界だし、正直内側に閉じ込められた自分もちょっとだけおちんぽ様が愛しい。ちょっとだけだが。

「よい、しょっと……ふぅ……」
「……!?」

 だが。
 残念ながら彼女の望みが叶えられることは無い。

 じょぼぼぼぼ……

 湯気を立てて体温を残した黄色い液体が、まだ半分以上餌の残る器の中に注がれていく。
 どうやら冷えてトイレが近かったのだろう、あふれんばかりに餌皿を満たしたあと、学生はスッキリした顔でペニスを服の下に閉まってしまった。

「あ……」

 あからさまに残念そうな顔をする72番に「はぁ?なんだよその顔」と学生は呆れ顔だ。
 ……もちろん、彼女が何を期待していたかなど当然分かっている。しかし、二等種の分際で人間様の行動にがっかりするだなんて論外だ。これは懲罰点をつけなければいけないだろう。

「ほら、これで餌も温かくなっただろう?さっさと食え、よっ!!」
「うぶっ!!」

 そう言うが否や、学生の大きな手がツインテールを鷲掴みにし、餌皿の中に72番の顔を突っ込んだまま押さえつける。
「腹が痛くて食べられないんだろ?こうやって抑えててやるから感謝して食べろ、一滴残らずな!」とぐいぐい顔を押しつけられ、72番は思わず悍ましい液体を啜り込んだ。

 酷い悪臭と共につんと痛みが鼻腔を駆け抜ける。息がまともに出来なくて、酸素供給が首輪に切り替わってしまう。
 そのことは当然知っているからこそ、頭を押さえつけたまま逃す気が無いのだろう。
 ――これなら、実習の方がずっと、ずっと楽だった。

(まだ、朝だよ……1時間も経ってないのに……ううっ、痛い……気持ち悪いよう……!)

 嘆きながらも72番は大口を開けてドロドロの餌を喉に流し込んでいく。
 臭い、不味い、喉に張り付く……内心の絶叫とは裏腹に、未だおちんぽ様の影響が取れない『彼女』は、うっとりとした顔でまさに一滴も残すものかと言わんばかりに勢いよく餌をがっつくのだった。


 …………


 AM10時、講堂。

「ねぇ、あれさ……やっぱり……あの子、だよね」
「間違いないよ!顔だってちょっと大人びたけど似ているし、髪も目の色も同じじゃん」
「留学したんじゃ無かったんだ……うわぁ、あの子が好きだった男子多かったのに、気の毒……」

 ひそひそと元同級生達がこちらを見ながら囁いている。
 その瞳には、当時の親密さは一欠片も見当たらない。
 ……ただ救いなのは、嫌悪感の中にも少しだけ同情の色が見て取れることだろうか。

「まだショックが抜けない学生もいるでしょうが、これが現実です」と講師は淡々と講義を進める。
 時折こちらに向けられる視線は憎しみに満ちていて、自分が何かをしたわけでも無いのにその場に土下座して謝りたくなる程だ。

(なんで……私だけ、ここに……?)

 そんな視線に、そして学生達から向けられる好奇と下心の混じった視線に慄きながら、待機状態の72番は戸惑いを隠せない。

 この施設では、性処理用品はレクリエーション室に設置されており、学生達は休み時間等に自由に利用することができる。屋外に連れ出す際には管理人の許可が必要だが、申請書さえ提出すればそれほど難しい話では無い。
 ただし初期設定中の個体に関しては、二等種がらみの講義がある際には必ず講堂の横に設けられた設置スペースで待機させる決まりとなっている。

「これまで習ったように、二等種は成長と共に必ず人間に害を及ぼす個体となります。このため、どの国でも二等種の早期発見と捕獲は徹底され、適切な処置を行い無害化を施すのです。無害化に成功すれば、こうやって穴としての使い道くらいはできますから……ですが、二等種は幼少期から既に無意識に人間に害を加えていることが、近年の研究で明らかになっています」
「子供でも……有害なんだ……」
「え、じゃあ私達も……何かあったっけ……?」

 講師の言葉に、特に72番の同級生達がどよめく。
 続けて「二等種は基本的に知能が高く運動神経も優れており、なにより容姿が美しいという特徴を持っていますから」と講師が説明を加えれば、あ、と何かに気付いたように一人の学生が手を挙げた。
 」

「それ、心当たりがあります。5年生の時、駅前のバレエ教室に通ってた子が何人も辞めちゃったんです。レベルが違いすぎて、絶対その子より上手くなれない、主役にはなれないからって。……葵ちゃんも、確か心結ちゃんもだよね」
「うん……私には無理だって……」
「心結ちゃんって、確か6年から不登校になった子でしょ?今も入院してるって聞いたよ……それも、あの子のせい……?」

 隣でショックを受け俯き込んだ友人を気遣いつつ質問する学生に、講師は「若い才能が二等種により摘み取られてしまうのは、非常に良くある例なんですよ」と悲しげに答える。
 あなたたちは何も悪くない、強いて言うならば、二等種が側にいたという不運ゆえの悲劇ですと、学生達を慰めながら。

 そして……隣に鎮座する群青色の髪をしたメスの二等種を憎々しげに睨みつつ、彼女は「私の兄もね」と話を続ける。

「うちの父は町道場を開いていて、兄は跡取りとして物心つく前から剣道を習ってました。けど、後から道場に入ってきたのにたった3年で腕を上げ全国大会で優勝した子がいたんですよ。……相当ショックだったんでしょうね、兄は自分には才能が無いと思い込んで、剣を置いてしまったんです」
「…………!!」

 講師の告解に、ざわついていた講堂が静まりかえった。
 講師の父と兄は数年後、その少年が二等種であったことを偶然知ったそうだ。特に兄は二等種のせいで人生を狂わされたと荒れに荒れたという。
 結局彼は、猛勉強の末二等種管理庁へ就職し、今は地下の保護区域で初期管理官として働いている。

「私がこの職を選んだのも、二等種への恨みからですよ」と彼女は断言する。
 彼女だけでは無い。二等種管理庁を目指す若者の中には、二等種により人生を狂わされた者が相当数いることも。

「これはほんの一例に過ぎません。幼馴染みや同級生、同じ塾や習い事が一緒だった……幼体とはいえ二等種が身近にいた人たちは、誰もが多かれ少なかれ何かしらの被害を被っています」
「そう、なんだ……私だけじゃないんだ……」
「そうですよ。あなたは一人じゃ無い。……これまで辛かったですね」
「…………ううっ……ひぐっ……」

 泣き出してしまった友人の背中を撫でながら、ああやっぱり、と言った様子で質問した女子学生が72番を鋭く睨み付ける。
 ……その瞳に灯る悲しみとやり場の無い怒りは、ほどなくこの講師と同じく二等種への侮蔑に変わっていくのだろう。

(そんな……私だって努力してた!何もしないで上手くなったわけじゃ無いのに!!)

 一方で、自分に向けられる冷たい視線に、72番は心の中で必死に叫んでいた。

 確かに、人よりも上達が早かったという自覚はある。けれど、決して才能にあぐらを掻いていたわけでは無い。
 あの頃はバレエが大好きで、毎日遅くまで練習に励み、将来は留学してダンサーになるという大きな夢を抱いていた……他の人間様と何も変わらなかった筈なのだ。

 なのに、二等種というだけで彼女の努力は踏みにじられる。
 たかが魔法が使えない、それだけの理由で彼女が積み上げてきた全てが人間を害する行為へとすり替えられ、人間様が現実に折り合いをつけるための、都合がいい言い訳に使われてしまう。

 けれど、今の彼女に反論する権利は無い。
 そもそもこんな状態では……反論などしたくてもできやしないが。

「んうぅっ、おひんぽひゃまぁ……!ごほうひ、さへてくだひゃい……!!」

 簡易の維持具で穴を塞がれ、待機を命じられながら、72番は息を荒げ目を血走らせながらおちんぽ様への愛を叫び続けていた。
 視線はあらぬ所を見つめ、まるで何かに取り憑かれたかのように必死に穴を埋めるものを求めて止まない。

(いやぁっ、やめて!!お願い見ないで!これは私じゃ無いの!!これは……違うの、違うのにっ!!)

 講義の前に72番の目に嵌め込まれたコンタクトレンズは、外見上は装着していることを感じさせない。
 だが、この特殊な加工が施されたレンズは、常に72番の目の前にとある記号を映し出す。
 丸みを帯びた細長い棒状の図形と、その下端両脇に置かれた二つの円――性処理用品に性器従属反応を惹起させるためのイラストである。
 いずれは、こんな小細工をせずとも人間様を見ただけで涎を垂らし外の人格が懇願するようになるが、その段階まで加工が進むには半年から1年を要するため、特に講義に未設定個体を設置する際には、余程「優秀な」個体で無い限りこの処置が必須とされている。

 そんなこととは知らない学生達は、あからさまにショックを受けている女子学生の気持ちも察することなく、はしたなくペニスをねだり続ける(ように見える)72番の姿に、少しずつ彼女への憐憫や同情の色を失っていく。
 講師の「7校出身の学生さんは、この機会に思い当たることを話してみてはどうですか」という言葉を皮切りに始まった、半分以上は言いがかりじみた暴露大会が進むにつれ、講堂の空気が変わっていくのを、72番は閉じ込められた内側からはっきりと感じ取っていた。

(違う、そんなこと無い!!私、みんなを騙してないっ!!)

 内側から発せられる、懸命な叫びが彼らに届くことは無い。
 学生達が見ているのは、製品として作り込まれた性処理用品の人格だけだ。
 72番には弁明の機会すら与えられない。だから、こんな状況でも自分の快楽を優先するだなんてやはり血も涙も無い二等種だと、新成人達はあっさりと信じ込んでしまう。

(そんな……こんなの、酷いよ……!)

 ようやく、人間だった頃の自分を知る人に会えたのに。
 目の前で幼い頃の楽しかった思い出が、築いてきた関係が、粉々に壊され、捻じ曲げられた形で再構築されていく。
 だというのに……閉じ込められた自分は戦慄しながら、ただ変貌を見つめることしかできないだなんて。

「あ、もうこんな時間ですね」

 一体どのくらいの時間が過ぎたのだろうか。
 講義の終わりを告げる言葉に、72番はやっとこの針のむしろから逃れられるとほっと胸をなで下ろした。
 ……残念ながら表の人格によるおねだりは何も止まらないどころか、さっきよりも激しさを増していたのだが。

 しかし、最後に講師が付け加えた言葉によって、72番は今まさに地獄の蓋が開いたばかりである事を、思い知らされるのである。

「特に7校の皆さんには、この性処理用品に思うことも多いでしょう。ですから他校の皆さんは、優先的にこれを使わせてあげて下さい。性処理用品はただの穴です、これまで学んだ通り、流血させたり壊さない限りは何をしても構いません。危なければ管理人が止めますので心配は不要です」
「…………!」
「『本当の気持ち』をこの穴に捨て去るつもりで、遠慮無く使い倒して過去を清算して下さい。そして立派な大人として、新しい人生を歩み始めましょう」

 ざっと、百近い瞳が72番を冷たく射貫く。
 そこにはつい2時間前まで残っていた哀れみは欠片すらも認められず。

(…………ああ、こうやって人間様は……『人間様』になるんだ……)

 そのほぼ全てが、失望と、根深い怨嗟と、軽蔑。その他、言葉では表しきれないあらゆる暗い感情に――そしてあからさまに下卑た欲望に満ちあふれていた。


 …………


 成人基礎教育での二等種利用は、社会に出た際に適切な取扱が出来るように教育する目的で行われる。
 とはいえ、限界を知らなければ加減も難しいと言うことで、管理人が常時監視する必要はあるものの、基本的にはどんな方法で使おうが特に制限事項は無い。
 通常であれば有料オプションとして事前に申し込むような使い方も可能だし、道具も無料で使いたい放題だ。

 そして彼らは、新成人とは言えこないだまで中等教育校の生徒だった若者たちである。
 一度火を付けられてしまえば、そして「正しさ」という錦の御旗の下に絶対悪を懲らしめる快感を覚えてしまえば、限度を考えること泣くとことんまで使い倒すのは火を見るより明らかだろう。

「葵ちゃん、あれ使わなくていいの?ほら、首から下ならあの棒で好きに叩いていいらしいし」
「いいの。男子達が使い倒してるのを見てるだけでちょっとスッキリしちゃった。……あんなケダモノみたいに男をねだり続ける奴だったって分かったら、腹を立てるのも馬鹿らしくなって来ちゃって」

 あの講義により、72番への扱いは決定づけられたようなものだった。
 他校出身の学生達は、72番の被害者達に配慮してかもっぱらオス個体で遊んでいるから、72番を使うのは彼女がかつて同じ教室で学んだクラスメイト達ばかりである。

「くそっ、くそっ!……こんな奴が好きだったなんて……おら、根元まで咥えやがれ!」
「んぶっ!!おげっ、おぇっ……!」
「あーあ、拓斗荒れちゃって。あいつ、いつかあれが留学から帰ってきたら絶対告白するってずっと言ってたもんな」
「拓斗だけじゃねえって、クラスの男子は半分以上があれを好きだったんだから」
「マジで!?知らなかった」

 72番がここに設置されて、そろそろ1ヶ月。
 休憩時間になる度に、そして朝から消灯ギリギリまで、72番の穴は毎日酷使という言葉すらぬるいほどの扱いを受けていた。
 良くこれだけ使われて痛みが出ないものだと、加工された身体に変に感心すらしてしまうほどだ。

「ぐぇっ、おぇ……」
「うへ、汚ったねぇ音……こんな可愛い顔して、俺達を騙しやがって!!くそっ、壊れろ、壊れやがれっ!!」
「おーおー、血気盛んなのはいいが本当に壊すのはダメだぞ?君が二等種になってしまう」

 どうやら今日の男子達は口を使うことにしたらしい。
 彼らは仰向けで台に固定した72番の首を限界まで反らせ、順番に己の剛直を根元まで押し込んでいく。
 何度も何度も力任せに打ち付けられ、白濁が鼻から溢れるほど注がれても、狂宴は終わらない。

 ……拓斗君は学級委員長をしてた子だ。
 真面目で正義感が強くて、勉強が出来る男の子だった。クラスのガキ大将にも臆せずものを言える芯の強さは持っていたが、喧嘩はさっぱりだった記憶がある。

(助けて……喉が痛い、鼻も痛い、ザーメン臭い……息も……お願い、ちょっとでいいから休ませて……)

 大量の白濁を浴びながら、72番は声にならない声で必死に助けを求め続ける。
 ……その声が外に響くことは決して無く、一人使い終わる度にドロドロの顔に妖艶な笑みを浮かべ「美味しいザーメンありがとうございます、人間様」と感謝を口にすることしかできないけれど。

「……幻滅したわ。俺の6年間を返してくれよ……っ」
「あはぁ……おちんぽさま……おちんぽさまぁ……」

(ごめんなさい……幻滅させて、ごめんなさい……)

「こんな事されても涎垂らしてヘラヘラ笑ってさぁ……ホント二等種って気色悪ぃ」
「おちんぽさま大好きぃ……熱いの、硬いのいっぱい突っ込んで……」

(許して……気色悪くてごめんなさい……)

「他の二等種も大概だけどさ、やっぱり知ってる奴が二等種だと穢らわしさも上がる気がするわ。なんつーか、人間の形をしたケダモノだよな」

(ケダモノ……そう、かもしれない……ごめんなさい……)

 去り際にぼそっと呟かれる冷たい言葉の数々に、72番は心の中で泣き叫んでいた。
 あんなに仲が良かった友達が、今はゴミでも見るかのような視線で自分を蔑んでいる。
 お前のせいだ、お前さえいなければ……そう言わんばかりの顔、顔、顔――

(ごめんなさい……ごめんなさい……)

 自分は何も悪くない。何もしていない、筈だ。
 けれど圧倒的な怨嗟が渦巻く部屋の中で、72番はいつしか心の中で謝罪を繰り返していた。
 ……それが本当は何に向けられるべきものなのかすら、分からないまま。

「冬真、使わねーの?……お前もこれのこと好きだったんだろ?ずっと他の女の子の告白だって断ってきてたのに」
「…………俺はいいよ、見てるだけで。律希が使いたいんだろ?」

 かつて72番が恋をしていたアイスブルーの瞳を持つ青年が、どこか悲しそうにこちらを見ている。
 今はどうやら穴を使う気にはなれないらしい。彼は女子の間でも人気があったし、人が多いところで使うのは気が引けるのかも知れない。
 ……いつか彼も、他の男子達と同じように蔑んだ目で自分を見る日が来るかと思うと、胸が張り裂けそうだ。

「あ、じゃあ俺使うわ。こんな漫画みたいな事、二等種相手じゃ無いと出来ねぇもんな!おーい、誰かこいつの酸素止めてくれる?」
「ヒッ……!!」
「あん?なんだよ、人間様の言うことに不満があるのかよ?」
「!!っ、ありませんっ!!おちんぽ様お願いします、499F072の穴でゴシゴシして、気持ちよくなって下さいっ!!」
「そうそう、二等種なんだから人のチンポみて涎垂らしてりゃいいの、っ!」
「んぶぉっっ!!」

 彼はお調子者だった。いつもみんなを笑わせて、時々やり過ぎて先生に怒られていた子だ。
 あの頃の面影を残しつつも大人になった彼の少し長めの屹立が、一気に根元まで突き立てられる。
「噛んだら仕置きするからな」とギラギラした目で睨みつつ、隣にいた男子学生に合図を出して腰を動かし始めた途端、72番の視界が真っ赤に染まった。

(いやああっ!!息が、息が出来ないっ!これ、やだぁっ!!)

 うわんうわんと鳴り始める耳鳴りと、内部の絶叫が唱和する。
 だがそんなものは人間様には関係が無い。中のうねりが良くなったとむしろ喜びながら、放逸が近いのだろう小刻みに腰を動かすだけだ。

(休憩無しで突っ込まれるだけなら、何とか耐えられるのに……)

 この程度の仕打ちは実習でも散々やられたし、そもそもあの馬鹿デカい維持具を24時間飲み込んだままでも普通に生活も奉仕もこなせるるのだ。
 絶えない発情とずっと刺激を禁じられた渇望もあってか、喉を擦られるのはそれなりに気持ちがいいし、穴としてただ使われるだけならそこまで辛くは無い。

 けれど、その扱いは時間が経つにつれてどんどんと苛烈になっていく。
 ……いや、もしかしたらどの人間様でも、地下での実習の方が余程楽だったと思う扱いをするのが当たり前なのかも知れないと、72番は死への恐怖と苦痛が渦巻く意識の中でぼんやり思う。

(お願い、やめて……もう無理、死んじゃうっ!!苦しいっ……せめて意識、落とさせて……!)

「首輪の酸素供給魔法を切ったら、喉が痙攣してめちゃくちゃ気持ちが良かった」と誰かから噂が広まったお陰で、最近では順番待ちをしている連中が、利用者の合図に合わせてリモコンで首輪を操作するようになった。
 そうなれば、欲望で気道を完全に塞がれた72番が呼吸など出来るはずも無く、しかしどれだけ苦しくても加工のお陰で意識を落とすことすら出来ないまま、白目を剥いてパニックを起こし拘束具をガチャガチャと鳴らして、勝手に身体が跳ね回る。
 そして、自分では止められないというのに「暴れるなよ使いにくい」と懲罰点を付けられ、制圧用の電撃で無理矢理動きを止められる始末である。

 一応管理人が傍についてバイタルは確認しているらしく、限界を超えれば止めてはくれる。
 ただしその場合は「人間様を満足させられなかった」と言いがかりをつけられ、これまた懲罰点を加算されるおまけ付きだが。

 ……正直もう、どれだけの懲罰点が貯まっているのか、考えるだけで恐ろしい。

(こんなの……どうしようもないよ……)

 どれだけ死に物狂いで奉仕に勤しもうが、どんな扱いにも絶対服従で耐えようが、彼らの身勝手な言い分一つで性処理用品の処遇はあっさり決まってしまう。
 確かに地下にいた頃だってそうだったなと、ようやく供給された酸素で視界が回復するのを感じながら72番はどこか人ごとのように心の中で独りごちた。

 地下でも地上でも、二等種は人間様に絶対服従。
 どれだけ頑張ろうが何一つ報われることは無く、けれど全力を尽くさなければ更に酷い扱いが待っているから、無力感に苛まれながらも命令に従わざるを得ない。

 ただ救いがあるとすれば、この身体は性器の存在を関知すれば自動的に人間様の意思に沿った奉仕を行う加工がなされていることか。
 例え内側で本当の自分が絶望の中にいようが、全てを諦め無気力になろうが、外側の人格はいつも淫らで媚びた笑顔を貼り付け、美味しそうにペニスをしゃぶり、女性器にむしゃぶりつくことに、最初の頃は随分と反発したものだった。
 けれど今となっては……悲しいかな、この性質こそが72番の心をギリギリの所で踏みとどまらせてくれる。

 だから、ちょっとだけ。
 今はちょっとだけ外の『私』に全てを預けて、この無力感の中に閉じこもろうと思うのに。

 そんなささやかな願いすら、今日の人間様は許してくれないらしい。


 …………


「お水入れる度にぐねぐね動いてるね……腸ってこんな色してるんだ……」
「あははっ、凄いお腹ぽっこりじゃん!管理人さん、これどれだけ入れても大丈夫なの?」
「ん?ただの水だろ?なら5リットルまでは構わないぞ。こいつの許容量はもう少し手前だが、限界を超えた分は勝手に下水に転移されるからな。あ、ちょっと待て氷水はやめろ。流石に低体温症を起こす」
「わかったー!ねぇねぇ、こっちも入れていい?」
「いいぞ、そっちは2.5リットルまでな」

 男子が代わる代わる口の中に恨みを込めた欲望を突っ込んでいる間、女子達はいわゆるまんぐり返しの形で固定した72番の肛門を器具で限界まで広げ、中をしげしげと眺めながらやかんで水を注いでいた。
 ゴロゴロとけたたましい音を立てながら出口へと押し寄せる水は、しかし見えない壁に押し戻され更なる尿意と便意を引き起こす。

「んうっ、んぐっ……はぁっはぁっはぁっ、お、おちんぽ、さまっ、おいしいザーメンありがとうごじゃいまし、っうあぁぁっ!!」
「おい、礼くらいまともに言えないのかよ?やっぱり二等種だよなぁ」
「ひぎっ出したいっ出したい出したい!!はぁっはぁっ……お、おちんぽさまっ……たすけてぇ……!!」
「ぶっ!!ちょ、今こいつお前のチンポに助けを求めやがったぜ!」
「二等種だから仕方ないよね、チンポに完全服従だもん。ほら、喉塞いでやるよ!静かになれて良かったな」
「んぶおぉぉっ!!」

(何で!?いつも浣腸だっていっぱい入れられてるのに!いつもよりお腹ゴロゴロするし、おしっこしたくて震えるし、わかんない、わかんないっ!!)

 まるで成体になって初めて浣腸されたときのような苦しさに、震えが止まらない。
 異変の原因は、注入されたものが個体に合わせて濃度も温度も調整された浣腸液とは異なる、トイレの水道から組んできたただの水だからなのだが、上下から苦痛を注ぎ込まれている72番に詳しい理由など理解できるはずが無い。
 ただ、こんな所からも地下での二等種の扱いは優しかったのだと、二度と戻れない過去を懐かしむのが精一杯だ。

「はぁっ、はぁっ、おぇっ……うえぇっ……!」
「うわー汚ぇ、こいつ吐きやがった!!」
「全部舐めとれよー、ったく掃除の手間が増えたじゃねーか……」

 ようやく注入が終わったと思えば、ひっくり返されて四つん這いで前後の穴を使われる。
 どこにも隙間の無さそうな腹だというのに、泥濘はちゃんと隘路を開いて愛しい欲望を受け入れ、何とか快楽を拾おうと無意識に筋肉を動かしてしまう。
 だが、そのせいで余計に腸が刺激されてしまったのだろう。思わず嘔吐いて喉に出された白濁を吐き出してしまえば、案の定長めの懲罰電撃に叫ぶ羽目になった。

 喉にある白濁だけでよかった、というか、胃に入ったものが逆流しない加工をされていて良かったと、己の吐き出したものを啜りながら72番は虚ろな瞳の奥で安堵する。
 パンパンに膨れ上がった胃の中の内容物を全部吐いてしまおうものなら、人間様達のことだ、一体何をされるか分かったものではない。

 そうこうしているうちに「餌どうすんの?」と当番がひょっこりと顔を出す。
 外を見れば既に日は落ちていて、だというのにまだここには30人近い学生が残っていて(……人間様は暇なの?)と72番が少しだけげんなりしていれば「ここでやりゃいいさ」と管理人が助け船を出した。

「本来は餌場だけどな、利用中に給餌する場合はその場で餌を与えても問題ない。ただし利用しないなら必ず外」
「そんなルールあったんだ!じゃあ使いながら食わせようぜ、外寒いし」

 カランと乱雑に置かれた、先ほど吐き戻したものと変わらない性状の餌に、流石の72番も吐き気が込み上げる。
 しかしいくら吐けない身体とは言えここで嘔吐こうものならまた懲罰点だろうと、彼女は手の拘束を後ろに戻されるや否や、必死に吐き気を押さえ込み餌皿に顔を突っ込んだ。

「……で、取り敢えず使えよお前ら」
「あーそうだよね。なにしよっか……男子はもう遊び尽くした感じだよねぇ」
「おう、もう流石に出ねぇ」
「どれだけ出してんだよ!」

 どっと笑いが起こる中、72番は無心で餌を啜り込む。
 その姿を眺める者など誰もいない。あくまで自分はモノ、ペットや家畜のような気遣いなど必要とされない二等種なのだから。
 正直、今はこの腹に詰まったものを早く転送して下さいと、激しい焦燥感の中で祈ることしか出来ない。どうやら浣腸液と異なり、人間様が穴として使用した際の内容物は命に支障が無い限り自動的には転送されないようだ。

 後ろで「それいいじゃん」という声と共に、何かがぴゅっと開いたままの肛門に注入された気がする。
 冷たい感触は尿道にもつぷりと差し込まれるが、直ぐに引き抜かれてしまって一体何をしたのかは分からない。
 というかそんなことを気にしている場合では無いのだ。とにかくさっさとこの餌を食べて、一刻も早く腹の中のものを抜いて頂かないと。

「はぁ……はぁっ……人間様……っ、ごちそうさまでしたっ……!美味しい餌を恵んで下さり、はぁっ、ううっ……ありがとうございます……っ」

 口の周りをベタベタに汚し――元々汚れていたのかどうかも分からないが――72番はその場で頭を下げて餌の終了を宣言する。
 そして中身を抜いて欲しいと懇願しようと顔を上げたとき……ゾクリとしたものが彼女の背中を駆け上がった。

「……ぁ…………」

 笑っている。
 自分を取り囲んでいる学生達が、ニヤニヤと口の端を上げて、クスクス笑いながら自分を眺めている。

(あ、これは……まずい……)

 人間様のその顔は、よく知っている。
 成体になってから何十回とみた、二等種が無様に苦しみ地べたを舐める様を期待する笑顔――

「ひぎっ!?かっ、かゆっ、かゆいいいいっ!!?」

 次の瞬間、72番を襲ったのは今まで感じたことが無いような猛烈な痒みだった。


 …………


「ぎゃああぁぁっ!!かゆいっ、かゆいっ!!」
「あはははっ、芋虫みたいに転がっちゃって!」
「やっぱり二等種は這いつくばって鳴いているのが一番よねぇ」

 痒い。
 もうそれ以外のことが考えられない。

 さっきまで感じていた激しい尿意や便意などすっ飛んでしまうような猛烈な痒みに、72番はその場で転げ回り、必死に後ろに戒められた手を股間に伸ばそうと足掻く。
 どう考えたって届きはしないと分かっていても、反射的に掻こうと身体が暴れてしまうのを止められない。

「がゆいぃっ、いぎっ!!いだいっ!!ぐうっ……」

 思わず零れた涙に反応した電撃も、気休めにしかならない。
 ビクンビクンと身体を跳ねさせながらも必死に起き上がった72番は、泣き叫びながら激しく股間を床に擦りつけ、少しでも痒みを紛らわそうと卑猥なダンスを踊り始めた。

「はっ、はっ、はあっ、いやああかゆいいっ!!かゆいのおおっ!!」
「あははっ上手に踊るじゃん!流石人間様の夢をぶち壊しただけのことはあるわね!」
「……男の上で踊るのが上手なだけだったんだ」
「葵ちゃん上手いこというじゃん。ホント、クソビッチのくせに人間様の邪魔をしやがってさぁ!」

 心ない言葉に胸がチクリと痛む。
 けれどそんなことで落ち込むほどの余裕すら、今の72番には残っていない。
 いくら腰を激しく擦りつけたところで痒みは全く取れないのだ。

 それもそのはず。
 この痒みは入口だけで無い、中から沸いて出るものなのだから。

「うああぁぁっ!!だめっ、おねがいしますおちんぽさまっ、あなごしごしして!!ごしごしされないと死んじゃうっ!!」
「キャハハハッ!!すっごい効き目!!」
「おいおい冗談だろ?お前の穴に突っ込んだらこっちのチンポが痒くなるじゃん」

 めったやたらに振りたくる腰を止められないまま、72番はニヤニヤと自分を取り囲む人間様に……正確にはその股間の膨らみに必死で縋り付く。
 ――彼女は気付いていない。今この瞬間、外側の自分と内側の自分が完全に重なっていることに。

 ひとしきり72番のダンスを楽しんだ彼女たちは、ようやく溜飲を下げたようだ。
「それでこれ、どうするの?」と一人が尋ねれば「どうもこうもないでしょ」と別の女子が哀れな二等種を見下ろす。

「確か水で洗い流せば落ちますよね、管理人さん」
「おうよ。中に注入したんだろ?しっかり中まで水を流してブラシで洗えばまた使えるようになる。入れたペニスが痒くなるのが心配なら、3-4回洗え」
「えー今から外で洗うのかよ!?流石に寒いんだけどな!」

 当番が口を尖らせるのも無理は無い。
 今は12月下旬。既に日は落ちて外はちらほら雪が舞っているほどだ。
 普段なら17時には餌を与えて洗浄を終わらせてしまうというのに、今日は散々楽しみすぎたお陰で既に20時が近い。

 と、静かに成り行きを眺めていた女子の一人が「……あのさ」と口を開いた。
 ……彼女は和花ちゃん。クラスでも大人しい女の子で、いつも教室の隅で本を読んでいた子だった。
 そう言えば……彼女もバレエ教室にいた気がする……ああ、それどころでは無い。もう何でもいいからこの痒みを早く取って欲しい……

「……管理人さん。あのっ……その……」
「ん?何だ、やりたいことがあるんなら好きにやれ。お前、これまでこれを使ったことが無いだろう?心配しなくても俺がついてりゃ、取って食われることはねぇよ」
「あ、はい……その……洗う前に正門の前で噴水ショーって……前にBクラスのオスにやった懲罰を、やってもらっても……」
「…………そう来たか。あれは掃除が大変なんだがなぁ……まぁ初めての利用だしいっか。その代わり、後で正門は掃除しろよ」
「!!はいっ……ありがとう、ございます……」

 良かったね、これで痒くなくなるよ。
 穏やかな声が上から降ってきて、半ば半狂乱で痒みと闘っていた72番は天からの助けを得たかのようにぱぁっと顔を輝かせて声の主を見上げる。

 けれど

(…………ああ、あなたも……『人間様』の顔を……)

 ニコニコと笑う、その瞳に映るのは怨嗟の炎。
 気弱で大人しかった彼女を包んでいたのは、ようやく復讐を遂げられる喜びであった。

 …………


 20時、基礎教育センター正門。

 性処理用品を敷地外に出すことは禁じられているが、正門より内側にいる分には問題が無いとされている。
 だから学生達は時折見せしめのように、街の通りに面した正門で二等種達を甚振り尽くすのだ。

 近隣の住民も分かっているのだろう。賑やかな準備の声にぞろぞろと人が集まってくる。
 そんな中72番は相変わらずの痒みに泣き叫びながら、管理人の手によってふたたびまんぐり返しの体勢で、しかし今回は拘束魔法をかけられていた。
 こうなると痒みを紛らわすために身を捩ることすら出来ず、余計に鮮烈な掻痒感を頭に叩き込まれてしまう。

「お願いします!おちんぽ様っ、ゴシゴシして……痒いのとってぇ……!!」
「まーだ言ってら。マジで二等種って頭の中チンポのことしかないんだな」

 嘲笑に晒される中、管理人が「少し離れろよ」と学生達を72番から遠ざける。
 そして入れたままだった開肛器を抜き去ると「ちっとは締めて我慢しろよ?せめて俺が遠ざかるまではな」と72番に鞭を振り下ろしつつ命令した。

「うあああっ、かゆいっ……が、まん……?」

 意味が分からず復唱するも、それに対する答えは無い。
 管理人が正門の外に集まった群衆に向かって「今から噴水芸をやらせます」と声を張り上げれば、わっと歓声が上がった。

「今回は腹と膀胱、両方にたんまりと水を詰め込んでおります。これは未設定個体でして、初めての噴水芸となります。さて、何分にしますか?」

(へっ、噴水芸……?何分、ってどういうこと……?)

 途端に「2分無理だろ!」「じゃあ5分にするか」「ひでぇそれ懲罰確実じゃん」とあちこちから声が上がる。
 すっかり盛り上がる群衆とは対照的に、72番の内心は訳が分からない事態に不安でいっぱいだ。

(何が起こるの……?はぁっ、だめっもう痒くて、叫んでないといられない……!!)

 泣き叫ぶ72番に電撃を流しつつ観衆と話し合うこと数分、ようやくまとまったのだろう「2分な」と管理人が素っ気なく72番に告げる。
 そして未だに話が見えない様子の彼女に「……今からお前の肛門と尿道の閉鎖を一時的に解除するから」と宣告した。

「え…………あ、あのっ、どういう……」
「そのまんまの意味だ。腹と膀胱の中のものを噴き出せるようにしてやる。ああ、心配しなくても汚物は出ねぇよ。あいつらが水を詰める前にセンターに連絡を入れて、一旦綺麗にしてもらったからな」
「……ふき、だせる…………おぶつ…………っ、まさ、か」
「勢いよく出さないとそのクスリは洗い流せないぞ。ただし人間様の希望により、合図してから2分以内に出せば、懲罰として朝まで寸止め状態で待機させる。一晩なら復元しなくたって壊れやしないから」
「っ!!」

 噴水の意味をようやく理解した72番の顔が、さっと青くなる。
 何と言うことだ、こんな股間を天に掲げた恥ずかしい体勢で、しかも衆目の中で肛門と尿道からさっきまで詰め込まれた大量の水を噴き出せというのか!

 唖然とする72番の前で、管理人は「噴水芸は性処理用品の基本みたいなもんだから、しっかり出来るようになれよ」と短い詠唱を行う。

「ま、待って下さい、そんなのっ、んひっ!?」
「うおっ!!」

 そんなこと、いくら二等種だからって恥ずかしすぎて出来ない。
 72番は目の前の悪魔に何とか許しを乞おうと口を開いたものの、突如生じた決壊の危機に思わず悲鳴を上げた。
 身体は反射的にきゅっと肛門と尿道を締め付けたが、内側からの圧力はこれまで生きてきた中で感じたことも無いほど猛烈で、ぴゅっ、ぴゅっと時折中身を漏らしている。

(うそっ!?な、なんでっ!?全力で締めてるのにっ何で漏れちゃうの!!?)

 こんな体勢で力が入らないせいだろうか。痒みで不随意にヒクついたときに、うっかり緩めてしまうせいかもしれない。
 どちらにしてもこの状態で2分はどう考えても無理だと瞬時に判断した72番の顔が、恐怖に引き攣った。

(ど、どうしよう……こんな大勢の前でお尻から……できないよ、そんなのできないっ……!!でも懲罰はやだ……っ!)

 予告されたのは、あの何も無い箱の中で、一晩中焦らされながら動くことすら許されない懲罰だ。
 散々穴を使われているとは言え、出荷されてから一度も絶頂を許可されておらず限界まで煮詰まった自分が、あのような仕打ちに耐えられる訳がない。
 かといって、今の自分に2分の我慢はあまりにも過酷だ。早晩間違いなく決壊して、懲罰を受ける羽目になるだろう。

 それに仮に2分間を耐えられたとしても、こんな衆目の下で股間を曝け出し、あまつさえ排泄物を出す穴から水を噴き出す姿を見られるだなんて、死んだ方がましだ。
 ましだが、やらなければそれはそれで懲罰になるのが目に見えている。

 ……どちらに転んだところでまともな結末はないと悟った瞬間、パニックに陥った72番の口が叫んだのは、最悪の言葉だった。

「っ、むりっ!むりですっ!!人間様っ、我慢できないですうぅっ!!」
「はぁ?人間様が決めた事に逆らう気か?」
「そっそんなっ、ごめんなさい、ごめんなさいっ!!でも本当に無理なんです、お願いします何でもしますからこれだけは許して下さいっ!!」
「…………おい、こいつ二等種の分際で人間様に指図したぞ」
「ヒッ!!」

(しまった!!)

 すっと自分を取り巻く空気の温度が下がる。
 まずい、まずい、今のは人間様への反抗とみなされる――!

 処分、永遠の棺桶。
 死んだ方がましな恐怖を思い出したせいだろうか、ふっと括約筋が緩む。
 ぐわり、と二つの穴が質量に押されて、けれどこれも魔法のせいだろうか、完全に開ききることは出来なくて。

(だめ、でちゃう!力はいって、おねがい、締まって……!!)

 あ、と思って慌てて力を入れようとしても、一度決壊した穴に抗う術は無く。


「あ……や……いやああああ見ないでええええっ!!!」


 ブシャアアアッ!!ブシュッ、ブホッ……!!

「おお、結構高く上がるんだ」
「すげぇ俺噴水芸初めて見たけど、これ外じゃ無いと絶対できねぇ」
「まだ出るんだ、どんだけ溜め込んでるんだよww」

 どっと沸く歓声と嘲り、そして72番の絶望混じりの絶叫と共に、淫らな噴水が寒空に高く噴き上がった。


 …………


「ぅ……ぁ…………ひぐっ……ぐぅっ……」
「あーあーまだ垂れ流してる。きったねぇな」
「管理人さん、これどうすんの?」
「どうするもこうするも当番が洗うしかねえだろ。残りは正門の掃除な」

(がまんできなかった……だしちゃった……ぜんぶ、ぜんぶみられちゃったよぉ……しらないひとにも……ぜんぶ……)

 ようやく噴出が終わるのを確認した観客達が「いまいちだったな」「まあ未設定だしな」と勝手な感想を囁きながらバラバラと去って行く。
 未だ排泄器官の閉鎖は解除されたままなのだろう、時折ぶぴっと汚らしい音を立てながら残った水が噴き出ては、虚ろな目に魂が抜けたような笑顔を貼り付けた72番の腹を濡らし続けていた。

「先生、これって調教すれば2分も持つようになるんですか?さっきの、30秒も経ってなかったっすよ?」
「持つわけねえじゃん。設定済みだって1分も持たねぇよ」

 真っ白になった72番の頭に、解除魔法を解こうと寄ってきた管理人と学生達との会話が流れ込んでくる。
 その中に混じっていた言葉に、彼女は耳を疑った。

(……え…………?)

「成体の二等種ってのは、排泄する権利もねぇの。どれだけ腹が破裂しそうになろうがこの穴から出すことはできない。どれだけ必死に穴を開いてもな。これはまだ1年くらいだが、中身を出さないように締める必要が無い上に常時馬鹿でかい維持具で限界まで引き延ばされた括約筋が、まともに動くと思うか?」
「あ、なるほど。でもそれじゃ、穴がガバガバになって噴水にはならないんじゃ」
「おうよ、だから解除と同時に穴が大きく開かないように魔法をかけるんだ。あまり小さいと高さは出るが水量は少なくなるから、意外と難しいんだぞ」

(そん、な……それじゃ、どんなに頑張ったって……懲罰に……)

 そうだった、と72番は思い出す。
 人間様が二等種を楽にさせるような言動を取るはずが無いし、努力が報われるという概念は自分の住む世界には存在しないのだと。

 何年もかけて、何百回と叩き込まれたのに、まだ自分は人間様の甘言にあっさり騙され、流され、期待して……そしてこうやって絶望するのだ。
 いつになったらこの頭は、無駄な期待を抱くことを辞められるのだろうか。

(もう…………いやだ……)

 知りたくなかった事実に、目の前が真っ暗になる。
「おい、拘束は解いてるだろうが!さっさと起きやがれ」と鞭打たれながら流される電撃の痛みも、ぼんやりとしか感じられない。
 瞳に光が灯ることは無く、濁った目の焦点は合わないまま、72番はふらりと身体を起こす。

「……何か反応悪いっすよ、これ」
「ん?……んーバイタルは問題無いから心配するな、この程度で二等種は壊れやしねぇよ。保管庫でちょっとお仕置きすりゃ、明日の朝には元通りおちんぽ様に忠誠を誓ってるって」
「そっか。じゃあこれ洗ってきます」
「念入りにな。ああ、穴は見える範囲だけでいいぞ。もうこれからそれを使う奴はいねえだろうし」

 ……人間様が何を言っているのか、もう、理解できない。
 この足がどこに向かっているのかも……そんなことを二等種が知る必要は無い。

「はぁ、いくら汚ぇもんは混じってないって言われたって……ケツから出た水だしな、なんか臭う気がするわ……」
「うぶっ、えほっえほっ……」

 吐く息が白くなるような夜の餌場で、身体に浴びせられるのは当然のごとく冷水だ。
 加工された身体はこの程度の扱いで風邪を引くことなどないが、感覚は人間以上に過敏な身体にとってホースから勢いよく噴き出す水は、冷たいと言うよりむしろ痛い。

「中は見えるとこだけ洗えばいいんだよな……あーもう動くなよ、こんなもんでも感じるのかこの変態」
「んはぁっ、おちんぽさまぁ……」

 穴に突っ込まれるブラシは中を傷つけないように柔らかい素材で出来ているが、穴の神経を的確に刺激するらしい。
「私」がどれだけ心を消耗させていても、身体は刺激に勝手に反応して甘い声を上げるし、当番の股間が不自然に盛り上がっている事を関知した途端、表の人格は穴での奉仕をねだり始める。
 ああ、本当にこの身体はもう、私の物では無いのだと突きつけられて……少しだけ胸が痛い、気がする。

「二等種が不気味だって言う奴の気持ちも分かるわ……人間の形をしてるから余計にだよな。いっそ手足でも切り取って人型じゃなくしてくれりゃいいのにさ」

 鎖を引きながら呟かれた独り言と、さっさと来いと後ろを振り向いた目に宿る侮蔑の感情に、さっきまでの光景が72番の頭に蘇る。

(……私は、ひとりぼっちなんだ)

 人だかりから浴びせられる視線に、72番を生き物として見ているものなど一つも無かった。
 かつてのクラスメイト達なのだ、中には自分をモノとして扱いながらも多少の情けをかける人はいるだろうと未だに妄想のような希望に縋っていた自分の甘さには、もう乾いた笑いしか出てこない。

「洗浄終わったよ、管理人さん。懲罰やるんでしょ?」
「おう、維持具も入っているな?んじゃ、乳首とクリトリスのリングを動かして、っと……さっきの反抗しかけた言動もあるし、今日は天井からの鎖もギリギリにしておけよ」
「分かった。おら、さっさと行くぞ!」
「んあぁぁっ……はぁっ、あひぃっ……」

 送り込まれる刺激で、飢えた身体は直ぐに絶頂への階段を駆け上がる。
 けれど知っている、この先は行き止まりだ。
 ――どれだけ望んでも与えられることはなく、望みを口にすることすら許されず。
 私に出来るのは、ただ熟れきって腐り落ちそうな身体を震わせながら、人間様の気が向く日を待つことだけ。

(もう……疲れた……壊して…………)

 待機状態で固定され、眠ることすら禁じられ。
 これから私は8時間、またこの身体に熱を溜め込み、精神を膿ませ続ける。

(おちんぽ様……大好き……ご奉仕させて下さい…………)

 たった一月で、植え付けられた人格の『私』への浸食は随分進んでしまった気がする。
 時折自分が心からおちんぽ様を敬愛している事に気付いて、けれどここまで酷使され一人で己の存在を確かめる時間すら奪われた今では、それに抗う力すら湧いてこない。

(まだ、1ヶ月しか経ってない……あと1年もあるんだ……)


 ――1年後、私は本当に今の『私』のままでいられるのだろうか。


「ううっ、んはっ……いかせて……もうやら、いかせれぇ……!」

 光が一筋も入らない暗闇と静寂の中、熱を含む悲痛な呻き声が止むことは無い。
 意識を落とすことも許されない長い夜はまだ始まったばかりだ。

© 2025 ·沈黙の歌 Song of Whisper in Silence