第4話 破れ鍋に綴じ蓋
「てめぇ、とうとう自分で拾うだけに飽き足らずNPOの仲介までするようになったとか、ふざけてんのか! しかもよりによって、天綬教団自治区からの脱出を手助けしただぁ? うちとの関係が悪くなったらどうする気だ!!」
「いや、ここ以外にも斡旋してますよ。あの子は九条さんとこが良さそうだと判断しただけで」
「余計にダメだろうが! てめぇは政府の犬ってことを忘れすぎだ!!」
今日もバーの奥まったプライベートエリアでは、九条の雷が炸裂している。
矢郷は少しだけ離れたところで、ちまちまと酒を飲みながらこちらの様子を窺っていた。
最近は、飲み会にSMクラブのキャストから勧められた遮音性の高いヘッドホンを持ってくるようになったお陰で、説教の度に部屋を移動する必要までは無くなったようだ。
で、この説教の元凶はと言えば。
「少しでも多くの子を救ってやりたいって、九条さんいつも言ってるじゃ無いっすか」
「ああそうだな、俺はちゃあんとキャパを考えながらやってるがな!! いつもいつも人に放り投げるだけ放り投げて、こっちの仕事を増やしやがって!」
「仕事が増えているのは、むしろ矢郷さんっすね」
「ぐぬぬ……!」
既にボトルが空になりそうだというのに、顔色ひとつ変えずに平然と酒を煽る食えない警察本部長である。
自分や矢郷が口に出来ないつまみを堪能し「これ上手いっすよ、療養食の新作にどうっすか」とか抜かしやがるマイペースさは、出会ったときから変わりやしない。
第一、こいつが勧めてくる味は大体激辛と決まっているのだ。そんなものを製品化したら、ただでさえ味に頓着しないCIMS保持者がますます塩味以外を忌避する……下手すれば死屍累々になること請け合いだ。
「組長さん、ちょっと家から連絡が入ったからヤゴとお話しして良いかしら?」
「ったくてめぇは……ん? おう、いいぜ嫁さん。説教はまた後でだ、このクソおまわりが!」
そんな中、テーブルにちょこんと腰掛けたイツコ(お出かけバージョン)がにっこり笑って九条に話しかけてきた。
天才エンジニアである矢郷の作品であり「俺の嫁」でもあるイツコは感情を持つAIの原点とも言えるプログラムなのだが、一体どういうわけか嗜虐的な一面を見せることが増えてきたらしい。お陰で矢郷はイツコにやり込められてばっかりだよと頭を抱えている。
――いや、なんだかんだ言いながら矢郷も振り回されること自体はまんざらでも無さそうなのだが。
自分には未来永劫縁は無さそうだが、矢郷や組員達の様子を見るに男というのは嫁なる生き物には弱いものなのかもしれない。
「どうした、イツコ」
「ヤゴ、子ネズミちゃんの体温が40度を超えたわよ。水も飲めていないから医者を呼ぶけど、いいかしら?」
「分かった、頼む。……念のために聞くが、あの豆腐娘はちゃんと寝て」
「……寝てると思う? 昼間に熱が少し下がったからって、いそいそとバイブをベッドに持ち込んでいたわよ。警告はしたけど、いつも通りいい笑顔で『大丈夫』って一蹴されたわ」
「…………やっぱりか……やつの頭はいつになったら回復するまで大人しくすることを覚えるんだ……」
イツコの口から語られたのは、毎度おなじみトイレに行かなさすぎて腎盂炎を起こしてしまったナツの病状悪化報告だった。
ナツは普段、CIMS-S型用のグループホームで暮らしている。その生い立ち故か排泄のみならず生活全般の自己管理が難しく、AIによるサポートがあっても一人暮らしは無理だと判定されているからだ。
とかく排尿管理の失敗により高熱を出すことが多く、その度に矢郷は自宅マンションへナツを連れてきては、忙しい合間を縫ってイツコと共に看病に明け暮れる羽目になる。
「あんのバカナツめ……やっと熱が下がったから出かけたらすぐこれか……!」
「あー……あのツインテールの暴走嬢ちゃんか。相変わらずやらかしてるんだな」
「ええもう、今回も入院沙汰になったらと思うと頭が痛いですよ……ちなみに熱を出す前は、性欲爆発でお客を襲ってクレーム祭りになってましたし。俺、今月はあの豆腐のせいで、店でもグループホームでも頭を下げてばっかりな気が」
「……あの、俺あんまり詳しくないんすけど、ナツさんみたいなCIMSは時々いるもんなんすか?」
「いるわけねぇだろ、あんな珍種! 俺ぁ相当数のCIMS保持者を保護してるけどよ、性欲が従属心を遙かに上回っておいたをするやつなんて聞いたことがねぇ!」
「俺は排尿補助アプリの前に、あの豆腐の脳みそをAIに入れ替える手法を考えた方がいい気がしてきました」
「落ち着け叶人、気持ちは分かるがそれは人類にはまだ早すぎる」
良い感じに酒が回っているのもあるのだろう、珍しく盛大に愚痴ってがっくりテーブルに突っ伏した矢郷の頭をイツコの小さな手が労うように撫でている。
……気のせいだろうか、イツコの表情はどこか矢郷の振り回されっぷりを堪能しているようだ。
「そういう訳で組長、今月も射精補助アプリの進捗は、ゼロです! 誠に申し訳ありません!!」
「お、おう、だから土下座はいらねぇって……事情は分かってるしよ」
いつも以上に勢いよく土下座をかます矢郷に、九条も強くは言えない。
そもそも射精補助アプリなんて需要のほとんど無いシステムの開発を、無理に頼んだのはこちらである。それも幼少期から訓練を受けているはずのN型の矢郷が、何故か九条にはめっぽう弱く逆らえないことを利用して、だ。
とは言え、今更矢郷の心理的負担が大きすぎるから開発中止なんてことになったら、それはそれで矢郷が申し訳なさにますます従順になるのが目に見えていて……本当にCIMSの特性は厄介だと、九条はそっとため息を零す。
「……九条さん、その症状はもう俺が対応するので良いってことにしませんか? 矢郷さんは後見人となってるCIMSも多いですし……流石に負担がかかりすぎっすよ」
「るせぇ、てめぇはてめぇの身分をどうにかしてから言いやがれ、政府の犬が! 第一てめぇこそ、叶人の負担を増やしまくっているだろうが!!」
だと言うのに、この男は相変わらずマイペースに善意100%で九条の逆鱗に触れて来る。
いや、確かに久瀬のお陰でここ数年は射精障害に煮詰まりすぎて荒れ狂う事も減ったから、非常に助かってはいる。いるのだが……そこはそれ、立場というものがどうしたって立ちはだかる訳で。
「いくらてめぇら警察がここではうちの傘下に入ってるとは言え、政府側の組織であることに代わりはねぇだろうが、あぁん? 俺に余計な借りを作らせる気かよ」
「それは気にしなくていいっすよ……ほら、それなら俺が拾った子達を押しつけている件で相殺を」
「それはうちの組、引いてはこの自治区域の基本理念だから別問題。てかてめぇ、押しつけている自覚あるんじゃねえか!!」
「……はっ」
「はっ、じゃねえよ!!」
もうやだこのマイペースおまわり、と矢郷に引き続いて酒の回った九条もテーブルに突っ伏してしまう。
「あらあら、組長さんも大変ね」と撫でてくれるイツコの声は、明らかにこの状況が楽しくて仕方が無いと喜んでいるようだ。二次元ながら叶人の嫁にしておくには惜しいいい女だが、弱った心も容赦なく抉って楽しむ様は……何だか「同類」のようだ。
「よし、こうなったら飲むぞ、叶人」
「え、いや、もう結構飲んでますし……あんまり酔うとナツの世話が」
「今日は嫁さんの本体と医者に任せておけ、俺達にだって息抜きは必要だ!」
「……そうですよね!! イツコ、俺は飲むぞ。もう飲まなきゃやってられん!!」
「はいはい、こっちは任せてくれていいわよ」
やけを起こした二人が、更にボトルを追加する。
酒の入ったCIMSというのは、どうやらその性質も極端に振れやすくなるらしい。九条はすっかり矢郷への保護欲が爆発しているし、矢郷は矢郷で珍しく服従心が薄れ九条と対等に語り合っている。
(……こうなると、俺は入れないんだよな)
その向かいで、久瀬は相変わらずマイペースにグラスを傾ける。
CIMSならではの悩みで盛り上がる彼らの話は、どんなに仲良くなっても完全に理解は出来ない。
自分は健常者で、彼らからすればどうしたって手に入らない恵まれた「普通」を持つ者……だからこれは贅沢な悩みである。
そう、分かっていたって。
(どこでも、寂しいものだ)
いつもやる気が無いと称されるだるそうな顔の下で、久瀬はそっと独りごち、カランとグラスの氷を鳴らした。
◇◇◇
正義感に駆られた内部告発で左遷された先は、中央政府を蛇蝎のごとく嫌う住民達により作られた辺境自治区域だった。
先代には意外にも可愛がって貰い、当代の九条にも傘下に入れると言う形で動きやすくして貰ってはいるものの、溜まりに溜まった中央への恨みを躱すには、警察官という身分は余りにも不利だ。
左遷されたときに別れて以来、久瀬には20年近く恋人はおろか友人もいない。この土地にいながら新しい関係が出来るはずも無い。
寂しさを紛らわせたくても政府の犬には歓楽街すら冷たくて、出禁、門前払い、運良く受け入れて貰えても法外な金額をふっかけられるなんて日常茶飯事。
どこに行っても針のむしろで、この二人が利害関係があるとは言えこうやって時折飲み会に誘ってくれているだけでもありがたい……というのが、久瀬の正直な気持ちである。
(ん? ……寂しい……人の温もりが欲しい……そうだ、借りを作りたくないと九条さんが言うなら)
だがどうやら今日の久瀬は、少々酒を煽りすぎていたのかも知れない。
寂しさに拍車を掛けられた思考は、いつも以上にマイペースに……ちょっと明後日の方向に吹っ飛んでしまったらしく。
「あの、九条さん」
「あぁん? 何だてめぇまだなんかあんのか」
「……相殺方法を思いついたんですが」
「ほう?」
「俺の性欲処理に、付き合ってくれませんか」
…………悩める組長に、とんでもない爆弾を落としてしまったのである。
◇◇◇
「は……え……てめ、今なんて……?」
「ですからその、九条さんが借りが出来て気になるというなら、対価として俺の性欲処理を」
「「どうしてそうなったんだよ!!」」
突然の提案に呆然としていた二人だが、ややあって酒に使った脳みそにも情報が回ってきたのだろう。
改めて話そうとする久瀬に全力で突っ込めば「ハモってますね」と返されて、がっくりその場に崩れ落ちた。
毎度ながらこの男は訳が分からない。
誰でも良いから、こいつ独自の正しさとやらを全力で分析して欲しいものだ。
「てめぇな、どこに住んでてそんな話をしてやがるんだ? ここはこの国随一の歓楽街を抱えてるんだぞ?」
「ですが、警察官を受け入れてくれる店なんてまずないっすよ? それに万が一ぼったくられたら、給料日までお二人の世話になるしか」
「たかりに来る気満々かよ!! ……それなら叶人んとこに行きゃいいじゃねえか。それによ、あれだけ首都に行ってるならその時にでも遊んで来りゃ」
「外出時の制服着用が義務づけられている警察官が、おいそれと首都で風俗遊びなんて出来るとでも? それと俺は……矢郷さんには申し訳ないですけど、そういう変態趣味はないんすよ」
同じようなことで釣り合いを取れば、九条さんの心労も少なくてすむかと思って……とその発想に至った経緯を零せば、途端九条のこめかみに血管が浮き出た。
矢郷は慌ててヘッドホンを装着し、イツコはワクワクしながら成り行きを眺めている。
「あのな、確かに俺はCIMS保持者だ。しかもくっそレアな射精障害持ちだ。ああそうさ、後ろはヘビーユーザだよ! だがな、誰かに使わせるための穴じゃねぇんだよ、俺の全ての穴は、な!!」
「…………まさかの処女」
「処女言うな!!」
「久瀬さん、俺らN型やD型のCIMSは、所謂他人との……その、交わりは好まないことが多いんですよ。むしろ忌避しているくらいで」
「そうなんすか? ですが矢郷さん、いつかイツコさんといちゃらぶセックスがしたいって以前言ってた様な」
「イツコは人間じゃない、俺の最愛の嫁ですから!」
「えっと、は、はい……?」
ともかく、てめぇに掘らせる穴はねぇ!! と九条はテーブルを思い切り叩く。
こいつのデリカシーの無さは今に限ったことではない。CIMS相手でも変な同情心を抱かない性根は嫌いではないが、どこかずっこけてやがるんだよなと握りしめた拳を振るわせながら深呼吸をし「ともかく、ふざけた話は無しだ」と話を切り上げようとした。
……だというのに、やっぱりこのおまわりの頭は想定外の方向に突っ走っていて。
「え、いや、その」
「何だまだ言う気か? 殴るぞてめぇ」
「……俺が掘られる方で問題ないんすけど」
「…………は?」
「ですから」
「九条さん、俺を抱きませんか?」
「「いやおかしいだろその思考!!!」」
静かなはずのプライベートルームには、再び二人の怒号が反響するのであった。
◇◇◇
「……なぁ、叶人。どうしてこうなった」
「それは俺の方が聞きたいんですが。あのっ組長、ナツの事もありますし俺はそろそろおいとましたいなと……」
「却下だ。むしろ頼むからあいつと二人きりにしないでくれ、お前はあのおまわりへの服従心はあんまり強く出ねぇだろ?」
「ええまぁ、組長相手よりはずっとマシですが……」
仕事ならいざ知らず、よりによってプライベートな人の情事を見るのは流石にどうかと思うと、一刻も早くここから立ち去りたそうな矢郷を、九条は必死になって繋ぎ止めていた。
ここは、九条の私邸。
エリア28の歓楽街から少し南に外れた一等地に建つ立派な家屋には、今は九条一人だけが住んでいる。
そう、昨夜はいつものように3人で飲んで、何だか訳の分からない事態になって
『てめぇ、その言葉後悔すんじゃねぇぞ!』
『あれ、九条さんもう飲まないんすか』
『はぁ?てめえが抱かれたいって言ったんだろうが!!迎えは呼んだ、ウチでやるぞ!』
『へっ、い、今からっすか?』
『あ、叶人と嫁さんも来い。こいつが妙なことをしないか見張っててくれ』
『ええええ!?』
……と、何を血迷ったか九条が啖呵を切った結果、朝っぱらから彼は寝室で寝間着に身を包み、準備に勤しむ久瀬を待つ羽目になったのだ。
(は……? 抱く? 俺が? あのばかでかいおまわりを!?)
表向きはいつも通り睨みをきかせ気勢を吐いているが、正直九条の内心はビクビクである。そろそろ心臓が裏返って口から飛び出てきそうだ。
いやこれは何かの冗談だと言い聞かせたところで、カチャリとノブの回る音に続いて姿を現した男を見れば、現実は厳然とそこに立ちはだかっていて。
「……うぅ……言われたとおり、水に色がつかなくなるまで洗いました……腹が気持ち悪い……」
「お、おおう……てか、てめぇこそ処女ってどういうことだよ! 良くそれで抱かれる方で良いとか言いやがったな!?」
バスローブを羽織った久瀬は、心なしかやつれた様子だった。
あんな提案をするくらいだから、この風体に似合わず男とも経験があるのかと思いきや、作法のさの字も知らないときたものだ。
仕方なく矢郷と二人がかりで懇切丁寧に道具まで揃えて説明してやれば、この真面目な男のことだ、きっと念には念を入れて洗いまくったのだろう。どうみても慣れない行為で既に満身創痍状態である。
「てめぇな……そんなんで本当にできるのかよ? 大体そこまでしてやりてぇだなんて、欲求不満にも程があるだろう」
「まぁ、やってみれば何とかなるのではないかと……欲求不満というか、どうにも……寂しいだけですよ」
「…………はぁ、だからってこんな方法で埋めようとするとか、切羽詰まりすぎだろうが」
珍しく……どころか恐らく初めて見るどこか弱り切った様子の久瀬に、九条の何かが刺激される。
「取りあえずこっちこいや」とベッドに誘えば、洗浄に疲れた身体は冷たく少し湿っていて、九条は思わず「ちょっと温まりやがれ」と布団を久瀬の頭から被せた。
「まぁ、政府の犬がいていい場所じゃねえからな、ここは。とっとと撤退しやがりゃいいのによ国も」
「そうもいかんでしょう。ここから撤退すれば、他の自治区域だってどうなるか分からない。特に反政府組織が牛耳るエリアは……下手すれば独立戦争勃発っすよ」
「はぁ、ならこんな男に情けをねだるほど消耗してるくせに、なんで未だにおまわりなんて続けるんだよ」
「……何ででしょうね、もう意地かも知れません」
「意地でこうなってちゃ世話ねぇな」
そうだった、と九条は今更ながら気づかされる。
警察本部長という立派な肩書きを持つこいつは、元々首都勤めのエリートだったらしい。
それが内部告発を疎んじた中央により理不尽にも左遷され、誰一人味方のいない場所で20年近く過ごすことを強いられているのだ。左遷を機に官僚一家だった実家からも縁を切られていると以前話していたし、恋人もいないとなれば歳を取るにつれて寂しさも増すだろうよと、九条の中にほんの少しの同情心が芽生えて。
――それが九条の特性に火を付けるのは、最早必然だったのかもしれない。
「ちったぁ温まったかよ」
「ええ。落ち着きました、ありがとうございます」
「……にしても、そんな状態で俺のを受け入れられるとは思えねぇんだけどよ」
布団にくるまった久瀬の前で、九条がはらりと寝間着を脱ぐ。
162センチと小柄な身体の中心には……CIMSであれば平均的、しかし体格には全く似つかわしくない立派すぎる陽物がそそり立っていた。
目を丸くする久瀬に「ったく、いつもながら厄介なもんだ」と九条はずい、と股間を見せつける。
「てめぇは知らねぇだろうが、俺達男性CIMSが外で活動するためにはこいつを大人しくする薬の服用が必要なんだよ。朝の分を抜いただけでこれだ」
「……気付きませんでした。というか…………」
「デカブツだろ? 流石に処女に突っ込んでいい大きさじゃねえ」
「あ、いや、それもですが……綺麗なもんだなと。もしかして童て」
「それ以上言ったら慣らし無しでぶち込むぞ」
九条はベッドサイドの引き出しから錠剤を取り出す。
こんな街なのだ、性にまつわる薬は合法違法問わず――大体は中央からすれば違法ではあるが――よりどりみどりだ。
「流石にオクスリがいるだろ?」と差し出したそれを、しかし久瀬は「必要ないっす」とあっさり固辞した。
「警察官たるもの、違法薬物に手を出すわけにいかないっすよ」
「こんな時まで律儀かよ……痛くて泣いても知らねえぞ? あとここでは敬語じゃなくていい。ベッドの中でまで敬語は萎えるだろうが」
「……そうか、分かった。それでここからどうするんだ? 取りあえず接吻でもすれば」
「ぶっ!! てっ、てめぇマジで死にてぇらしいな! もう温まったんならとっとと脱ぎやがれ」
真っ赤になって怒鳴り倒す九条に首を傾げつつも、そういうものかと久瀬もまた布団を放り投げ、景気よくバスローブを脱ぎ捨てた。
服の上からでも分かる良い体格は、裸体になればしっかりと筋肉のラインを浮かび上がらせていて、小柄なCIMSの身体など易々と組み敷けそうだ。
そんな大男を、それもいつも散々服従心を煽られている相手をこの腕の下に収めて良い――
ふと過った思考は、九条の背中にいつもと違う興奮を走らせる。
「ったく、いい身体してやがんな」
「鍛えてるからな……くすぐったいんだが」
「俺らじゃ鍛えたってこうはならねぇんだよ、クソおまわりが。ふぅん、案外敏感なんだな。開発のしがいがありそうだ」
年齢を感じさせない張りのある肌の感触が、心地よい。
つい、と指先で胸の飾りを掬えば、ピクリと身体が跳ねた。最初からこの反応ならきっといい性感帯に育つと、いつもの癖か仕事目線で見定め……しかし初々しい反応が、何とも可愛らしく感じてしまう。
(……可愛いとか、頭沸いてんな、俺)
相手は色気のいの字もない中年男性だが何の問題も無いなと、先ほどのどこか寂しそうな男の表情を思い出して九条は安堵する。
この厄介な身体は、その気さえあれば何にだって欲情出来てしまうのだと改めて突きつけられるのは……業腹ではあるが、今はその性質がありがたい。
「にしても……てめえのこれも、大概ヤバくねぇか?」
「ん……っ……」
逞しい腹筋にちょっとした羨望を感じつつ、九条の手はそっとくたりとした久瀬の中心を包み込んだ。
男相手じゃ勃たねえか? と思いつつもやわやわと良いところを刺激してやれば、案外すんなりと男の徴は首をもたげる。
もたげたのだが。
「…………いや待った、なんだこの膨張率は!! いくらなんでもデカ過ぎね? なぁ叶人ちょっと見て見ろ、俺ぁこんな凶器は見たことがねぇぞ」
「なんてものを見せようとするんですか組長は……って、うわぁ……これは客でやってきたらキャストを選別しないといけないレベル……」
確かに久瀬はでかい。でかいが、それにしてもこの息子さんは規格外にも程があろう。
CIMS男性である九条のペニスも一般女性には厳しい大きさだというのに、久瀬と並べれば貧相に見えてしまうレベルだ。
目を丸くしてしげしげと眺める二人に「だから……掘られる側でいいと言ったんだ……」と久瀬はどこか自嘲気味に嘆息する。
「何せ恋人と別れた原因は、すべてこれだからな。……就職前に首都で風俗に行ったら、一発で出禁にされたほどだ。右手を恋人にするのも分かるだろう?」
「確かに、いやしかしこの大きさは……正直うちの客でも、年に一人いるかいないかですね。CIMS保持者でも余程慣れてないと無理ですよ、まして一般女性では……」
「ホントね。ヤゴも随分広がったけど、それでもちょっときついかしら?」
「ちょっ!! イツコ、こんなところで俺の尻事情を暴露するのは勘弁してくれ!」
毎度ながらキレのいいイツコの突っ込みに、矢郷が撃沈し九条が笑いながら「いや、しっかしすげぇわこれは」と人の股間をしげしげと眺めている。
彼ら曰く、自分達より立派なブツを見ることはそうそう無いのだそうだ。
それは、いつも恋人から浴びせられていた恐怖と怯懦の混じった視線とは違って、少なくとも己を拒絶されていなくて。
(……今日は、寂しくないな)
ひとしきり笑い転げた九条が「んじゃ、始めっか」と潤滑剤を手にする姿に緊張と少しの安堵を感じながら、久瀬はその大きな肢体をベッドに横たえた。
◇◇◇
ぐちゅ、くちゅっ、ぐちゅり……
「ん……ふぅ…………んんっ…………」
大量に塗り込まれ、ついでに中に注入された温かい潤滑剤が、卑猥な音を立てている。
ざっくりほぐされればすぐにでも突っ込まれるだろうと覚悟していた久瀬だったが、意外にも九条の手はどこまでも丁寧で……なんというか、非常にしつこかった。
所在なさげに揺れる久瀬の大きな手を握りながら、もう片方の手で延々と蕾の周りをなで続けて。
どうにももどかしくて頭がおかしくなりかけたところで、そっと細い指が一本、どこか遠慮がちに隘路を開く。
そうして久瀬が思わず息を詰めれば「深呼吸しろよ」と握った指の間をするりと撫でられて。
異物が出入りする感覚に思わず顔を顰めれば「無理すんな」と手を止め、こちらの様子を窺うのだ。
「……慣れているな」
「そりゃま、自分のを突っ込まないだけで仕事で散々『検分』はするしな。ただでさえこの面でビビられるんだから、せめて扱いは丁寧にしねぇと……二本に増やすぞ、流石に未開発じゃ気持ちよくはなれねぇだろうが」
「ぐっ……構わんさ…………んっ……ふぅ、しかし人の手が触れるのは……悪くない、な……」
「尻に指突っ込まれて言う台詞かよ。寂しさをこじらせすぎにも程があるだろ、おっさん」
(……人と寝るのは、こういうものだったか)
なんとも言えない感覚に鳥肌を立てる中、過去の経験がぼんやりした脳裏に浮かんでは消える。
九条の優しく甘い触れ合いに比べれば、自分のやってきたことなど……これではどっちが恋人の交わりだか、分からなくなりそうだ。
(ああ、俺は……思った以上に臆病になっていたのかも知れない)
逢瀬は凶器じみた持ち物故に怯えられ、日常は政府の犬であるが故に嫌悪され。
だから、これ以上傷つきたくないと、弱い心は寂しさを甘受することを選んでしまった。
どうしようもないところまで追い詰められてなお、酒の力とその場の雰囲気を借りなければ助けを求められないほどに、自分は他人を怖がっていたのだと思い知らされる。
選択に後悔はない。振り返ったところで過去は変えられない。
けれど、ああ、今ここから。
せめて彼らにだけは、自ら歩み寄っても良いのかも知れない――
ようやく見出した出口に綻んだ心は、少しの苦痛と九条の熱にゆるゆる溶けていった。
◇◇◇
一方、九条は九条で知らず湧き上がる想いにすっかり振り回されていた。
「んっ……ふっ……んぅ……っ……」
「ここ、な。前立腺だ。男をメスにする場所だが……まぁ今日の所は感覚に慣れろ、いずれ病みつきになる」
「んうう……あ、ああ…………」
「にしても……人の腹ん中ってのはあったけぇもんだな。自分の穴とは随分違う」
ぐちゅぐちゅと粘ついた音と、3本の指が味わう初めての柔らかさと温かさ、そして何より息を荒げながらも九条の指を感じようと目を閉じ、時折ほぅと蕩けた瞳をこちらに向ける久瀬の姿が、否応にも興奮を高める。
だがその一方で、極道の自分には似つかわしくない優しく温かなものがじんわりと心を満たしていくのが、どうにも不思議でならない。
(……変な感じだな。よりによってこのクソおまわりを守ってやりてぇ……寂しくないように温めてやりてぇと、この俺が思うだなんて)
いつもは彼のマイペースさと己の服従心故にに振り回されてばかりだというのに、いざ立場が逆転したら……反抗心ではなく、庇護欲がむくむくと沸いてくるとは。
九条は自分の心境の変化に少々戸惑いつつも、感じたことのない心地よさに身を任せ
「……挿れるぞ、深呼吸しろ」
「ああ。……ふぅっ……んっ、ぐぁ…………っ!」
長々とした準備ですっかりほぐれきった後孔に、長大な己をずぷりと差し込んだ。
「うわ、なんだこれすげぇ熱ぃな……って、ちょ、まっ、出るっ……!」
「!?」
熱い粘膜が、知らない温もりが、九条を包み込む。
まるで寂しさに抱きついてくるかのような感触に、ぐわっと視界が狭まって、言いようのない気持ちが胸に満ちる。
ああ、どこもかしこも温かくて堪らない――
知らないぬくもりを甘受した次の瞬間、九条は久瀬の中に、あっさりと精を放っていた。
「ひっ……まだ出る……なんだこれ、終わらねぇ……!?」
「ふーっ、ふーっ……え、九条、さん……? んぁっ、はっ……!」
「組長!? え、久瀬さん、許可出してませんよね?」
カクカクと腰を動かし、白濁を注ぎ込む姿に目を丸くしたのは、久瀬と矢郷だ。
上位者の許可無しには決して射精出来ないはずの九条が、何の許可も無く、それも自分のペースで精を放っている……あり得ない光景に先ほどから慣れない質量を叩き込まれている久瀬すらも、苦悶の表情を浮かべつつ「どうして」と戸惑いを隠せない。
「ふぅん……多分、受け入れてくれたことが許可になってるのね」
「イツコ」
「言葉なんかよりよっぽど強力な許可じゃない? 男の、それも一般人でありながら、CIMS男性のペニスを突っ込ませてくれるだなんて」
「……確かに、俺らが雄の機能を使うのは自慰がほとんどだもんな」
イツコがなにやら矢郷に説明しているようだが、立て続けの吐精と終わらない射精欲に焼かれた頭では、どうにも理解が出来ない。
ただ、苦しそうなのにどこか安らかな表情を見せる目の前の男をもっと安心させたくて……そして許された快楽を追いかけて、九条は一心不乱に腰を振り続ける。
「何だよ、これじゃ結局……ふぅっ、俺だけが気持ちいい……また借りが増えてるだけじゃねぇか……!」
「っ、大丈夫だ。……まあ苦しいが、中で感じる人の熱ってのは、存外悪くない」
「! くそっ、その上煽るなよこのクソおまわりが!!」
「いや煽ったつもりは、んぁっ……!!」
己の熱を受け入れられている――いつもは従わされている筈の男の言葉が、更に九条の興奮と庇護欲を全力で高める。
(あ、これはやらかしたか)と久瀬がようやく無自覚な言葉の意味に気付くも、時既に遅し。
「てんめぇ、最後まで付き合え、よっ!!」
「あっ、はっ、あぁっ、熱い、またっ中あちゅい……っ……!」
「だから、そういうとこだっての!!」
遠慮無く突かれて、精を吐き出されて、その度に脳のどこかが痺れて……多分余計な言葉が飛び出して。
「くそっ、てめぇも逝きやがれ……っ」
「んっ、はぁっ出るっ……!!」
業を煮やした九条の掌の中で、久瀬もまたその欲望を思い切り吐き出すのだった。
◇◇◇
「あぁ……抜くのか……?」
「っ、てめぇな……これ以上は無理だろうが、てめぇの腰が死ぬ」
一体何度、この中で果てただろうか。
掠れた、そしてどこか寂しそうな声色に、更なる抽送を続けたい欲望を必死に押さえ込み、九条はようやく昂ぶりを引きずり出す。
閉じきらない赤い粘膜からつぅと垂れる己の白が、余りにも卑猥で……ああなるほど、人との交わりに精を出す連中の気持ちが少しだけ分かったかも知れない。
「生身ってのは凄ぇんだな」と独りごちつつ、九条は初めての交合で疲れ果てているであろう久瀬を労ろうと顔を上げ……そしてぎょっとその場で凍り付いた。
「……うっそだろ、てめぇの息子さんは疲れ知らずかよ」
「ん……? あ……まぁ、そんなに出してないから、な……」
「久瀬さん、4回は多分『そんなに出してない』には入りません」
「はぁ!? そのでかさで更に絶倫とか、最早凶器どころか生物兵器じゃねえか!!」
俺、抱かれる側でなくてマジでよかったわ……と零す九条の顔色は、比喩ではなく青ざめている。
ベッドの向こうからも「良かったわねヤゴ、ご指名されなくて」「うちに来店してたらキャスト何人で対応になっただろうな……」とひそひそ話し声が聞こえるあたり、どうやらこの息子さんは肌を合わせるコミュニケーションには全く向かないらしいと、久瀬は改めて確信した。
あの時ボトムで良いと提案した酔っぱらいの自分、実にグッジョブである。
そんなことを考えていれば、ぬるりと温かい感触が股間を包む。
何事かと下に目をやった久瀬の前に展開されていたのは……あり得ない光景だった。
「んっ……え、九条さん……?」
「いーから、そのまま寝てろ。腰痛ぇだろ?」
あの九条が……自分の穴は誰かに使わせるものではないと断言していた強面の組長が、己の馬鹿でかい息子さんをその小さな口と手で愛でている――
あまりに予想外な光景に脳を焼かれながらも、思わず久瀬はいつもの敬語で「待って下さい!」と叫んでいた。
「そんな、九条さん汚いっすから」
「あぁん? 寝てろってんだから大人しくマグロになりやがれ! ……俺は満足したがてめぇのここはまだまだ足りねぇってんだろ? 流石に後ろは使わせてやれねぇが、これも対価だと思って受け取れ」
「いや、それはっんひぃっ!!」
慌てて制止しようとした久瀬を怒鳴りつけながらも、九条の手と口は止まらない。
不意にぐりぐりと舌で先端を抉られて、思わず高い声が久瀬から飛び出した。
(なんでこんなことやってんだろうな、俺……)
じゅぶじゅぶと音を立てて顎が外れそうな質量をしゃぶりながら、九条は心の中で独りごちる。
性欲は一人で何とかするもので、誰かと楽しむためでは無いと思っていたのに……些細な言動一つで従わされてしまう相手をこうやって手玉にとって、その縋るような瞳を快楽と安堵の色で塗りつぶさせるのは、実に心地よくて……心がじんわりと満たされていく。
「んあっだめです、九条さん、出ますっ」
「ん……んぐっ……」
「うあ……っ……!」
あれほど出したというのに性懲りも無く濃い白濁を喉に叩き付けられ、九条は少し咽せながらも全てを飲み干して。
「……はぁっ、まだまだ元気だな……心配すんな、一滴も出なくなるまで可愛がってやんよ」
「…………本気っすか……」
「あら、組長さんったら完全に保護者モード入っちゃってるわね。ふふっ、こうなったら搾り取られちゃいなさいな、部長さん」
「な、なんでそんなことに……はぁっ……!」
イツコが揶揄う中、ニヤリと悪そうな笑顔を作った久瀬の瞳には、明らかに久瀬への庇護欲が浮かんでいた。
◇◇◇
「……九条さん、今週は日曜に」
「おう……くそっ、出してぇ…………」
「…………もう限界ですか? 日曜まで我慢出来ないならここで」
「却下だ、その先は言うなこのクソおまわりが!」
酔った勢いの「性欲処理」以来、九条が久瀬に頼む射精の許可は交合という形へと変化した。
久瀬は長年の寂しさが随分癒やされたらしく、以前に比べて何となくやる気のある顔になった……かもしれない。
どうやら事後に手と口とは言え、空っぽになるまで搾り取られたのは生まれて初めての経験だったらしい。「俺が満足出来る日が来るなんて、思いもしなかったっすよ」と、すっかり九条の「世話」を堪能している。
九条としても久瀬の寂しさを埋める事で借りを返すという大義名分が出来たのは大きいし、何よりただ言葉で許可されるのと異なり行為の結果として自然な射精を得られることは、葛藤と屈辱が少なくて気分が良いようだ。
そのため以前に比べれば出せる頻度も増えたし、精神的にもかなり落ち着いているように見える。
「組長さんの性質にはぴったり嵌まるのよね、部長さんって」
「むしろお互いにお互いしか嵌まらなさそうだな……破れ鍋に綴じ蓋とはよく言ったもんだ」
「あん? 叶人、何か言ったか?」
「なっ、何でも無いです申し訳ありません組長!」
「それは言っていたと同義だな……」
往来で思わず土下座をかましながらも、矢郷は二人の友人の変化を密かに喜んでいた。
生きづらい特性は、変えようがない。「普通」はどうしたって自分達の手に届かないところにある。
けれど、少しでも生きやすくなる道は目を凝らせばどこにだって転がっている――この青空の下にあるのは、絶望だけでは決してないのだから。
「しっかし、どうせならこいつへの服従心もマシになりゃ良かったのによ……」
「そこまで世の中甘くはないみたいっすね。まあいいじゃないっすか、俺は九条さんを従わせようとか思いませんし」
「思ってねぇだけで、無自覚に従えてるけどな!!」
いつものように大声を上げる九条の顔は、矢郷には心なしかいつもより優しく見えた。
そう、見えたはずなのに。
どうやらそんな穏やかな時間を続けさせてくれるほど、神様とやらは慈悲深くないらしい。
「ああそうだ九条さん、実はまた天授教団からの脱出援助依頼が来たんすよ」
「は?」
「あと、実は首都直轄地で拾った子を別の保護団体の一時預かりに預けてまして……そろそろ引き取りを」
「……てめぇはいい加減に遠慮ってもんを覚えやがれ、このクソおまわりがあぁぁ!!」
お陰でエリア28には、今日も元気な組長の怒号が鳴り響いている。
◇◇◇
かつてその身分差故に構築された関係は、統合し身分が逆転した世界でも変わらないまま。
それはもう、運命と呼んだ方が良いのかも知れない。
それでも彼らの顔に、あの頃のような憂いは存在しない。
通じ合うことさえ許されなかった想いは今もどこか不器用にぶつかりながら、けれど確かに同じ空の下で互いの想いを受け取れる幸せを、心のどこかで感じ取っている。
――そう、彼らが本当になりたかった関係は、ちょっと歪な形でここに成就したのだ。