沈黙の歌Song of Whisper in Silence
沈黙の歌Song of Whisper in Silence
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4話 安堵に悲嘆を添えて

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 既に人間としての自分は死んで、その残渣だけがこの内にそっと漂っている。
 けれど二等種としては、未だ……そう、素材にすらなっていなかったのだ。

 これまではただの仕込み。
 これからは、選別と本格的な調教、そして……製品としての出荷され壊れるまで人間様の穴として、ただ使い潰される運命が待っている事を、彼らはまだ知らない。

「これまで」と「これから」の間には何の段差も目印もラインも無く、ただ流されるがままに自動的に遷移して、しかしあっさりと全ての退路を断たれるのだ。
 その先に待つのは、今までとは全く違う世界だとは思いもせずに……彼らはただ、人間様が望むとおりに牽かれていく。


 ◇◇◇


「あー今日は一日ご飯無しだって……」
「マジかぁ……またいつもの検査かな」

 お腹が空かなくたって、食事を抜かれるのは良い気分じゃないよねと話しつつ、詩音はいつものように画面に向かって挨拶を終わらせる。

 いつものように耳障りなベルが鳴って、今日も変わらない一日が始まった。
 トモダチと話をしながらでも勝手に身体は動き、床に跪き、己を貶めるような挨拶を平気で口ずさんでしまう。

 ここ教育棟での生活は、びっくりするほど単調だ。
 いや、やられていることは大概なのだが、何せ毎日同じ事の繰り返し。
 時計があれば、実は運動時間は日によって最大2時間のずれがあり授業は長いと5時間に及ぶ事に気付けただろうが、日時を確認する術を失って久しい彼らはもう、今がいつなのかを知る意欲すら失っている。

 まるで電源が入れば規定のルートで動き、切れれば意識を落とす、それだけのロボットにでもなった気分だ。

 そんな彼ら二等種にとって、唯一のイベントがこの検査であった。
 毎回全身をスキャンされ、謎の機械をいくつも当てられ、その場で首輪に魔法を追加したり口の中に薬剤を流し込まれたりと、決して嬉しいイベントでは無い。人間様のやることが二等種に配慮されていることなど一度も無かったから。

 それでも普段と違う日常は、ともすれば埋没しがちな、自分達が生き物であるという意識を取り戻させてくれる。

「でも、一日ずっと食餌抜きなんて初めてだよね。大抵朝だけ抜きなのに」
「だよね。今日は長時間の検査なのかな……はぁ、さっさと終わらせてゲームしたいなぁ」
「その前に運動時間だろうけどね。ハムスターみたいにぐるぐる回るだけの」
「うげ……思い出させないでよぉ」

 至恩が顔を顰めるのも無理はない。
 そこそこの広さの運動場には、確かに人工芝が植えられ人工の太陽の光が降り注いでいるけれど、あくまでも室内の窓すら無い閉鎖された空間に過ぎないのである。

 どうやら人間様は二等種に開放感なるものを与える気は無いらしく、運動時間は指示に従ってみっちり柔軟体操をした後、ひたすら運動場の周りをランニングするだけ。
 ボールなどの道具は、当然存在しない。「道具はまだ使用することで役に立ちます。排泄物しか生産できない役立たずのあなたたちに、そんな物を使う許可が出るとでも?」とさも当然のように言われるのがオチだろう。

「ロックを解錠します。教室Cへ移動しなさい」

 いつものようにアナウンスが入る。
「じゃ、行ってくるね」「うん、また後で」と二人はいつものように挨拶をして、それぞれの世界の扉から足を踏み出した。

「今日もお互い、生きよう」

 ――そう、扉を開けた段階では、今日もいつも通りの一日が始まると思っていた。
 まさかこんなに唐突に、人生で最も忘れられない日が訪れるだなんて、想像だにしなかったのだ。


 ◇◇◇


 足を踏み入れたときに頭によぎったのは、忌まわしい捕獲の瞬間だった。

「足を止めない」
「っ、ご指導ありがとうございます、人間様」

 入口から見える光景に思わず足がすくめば、尻に鞭が、そして首輪から電撃が浴びせられる。
 長年にわたる躾のお陰で、至恩の瞳からは懲罰用の電撃ですらもはや涙は出ず、貼り付けたような笑顔で人間様への感謝が勝手に口から飛び出るようになっていた。

(……にしても、これは……ただの検査じゃ無い)

 慣れた痛みに少し顔を顰めつつ列に並び、そっと前を窺う。
 そこには大量のスーツケースが並び、管理官とスタッフ達が総出で二等種達を「荷造り」していた。

「54CM003、お願いします!」

 首輪で呼ばれた二等種が前に進む。
 やってきた二等種に声をかけることもなく、スタッフ達は大量の枷とベルトを使ってスーツケースに入るようにその身体をきっちりと折りたたんでいくのだ。

 足は踵が太ももにつくまで折り曲げられ、肘も手首を限界まで肩に近づける。
 その状態で一旦手足に何本ものベルトを巻いて拘束し、更に膝を胸につけるように曲げた状態でベルトに髪の毛一本通る隙間も無いほど隙間無く締め上げ、南京錠で施錠していく。
 目にはアイマスクを巻きつけ、耳には耳栓を、口には穴の開いたボールのような物を詰め込んで――あれは確かボールギャグというやつだ、この間ネットで見た――涎を垂れ流しながら呻くことしか出来ない物体に変えられる。

 スーツケースの中にはスライムのような緩衝剤が入っている。
 浮遊魔法で二等種を浮かせスーツケースに嵌め込めば、すぐに蓋をして鍵をかけてできあがりだ。
 あれだけギチギチに拘束されれば身じろぎすら不可能だろう。緩衝材は音も吸収するのか、蓋を閉めたスーツケースはただの荷物にしか見えない。

 あの緩衝剤は完全に身体に密着するから鼻の穴まで塞がれて息も出来なくなるけど、最低限の酸素は首輪からの魔法で供給されるから死ぬことは無い。
 ……死なないだけで、死にそうなほど苦しくて怖かった記憶が頭の中をよぎって、至恩は思わずぶるりと身を震わせた。

(……にしてもここ、ただの壁じゃ無かったんだ)

 教室の壁だと思っていた場所には、謎の穴が開いている。
 そこにスーツケースを乗せるとガタガタと壁の向こうに消えていくから、ベルトコンベアーか何かがあるのだろう。
 荷物なんて転送魔法で簡単に運べるだろうに、なぜわざわざこんな厳重な拘束を施し機械を使うのだろうか。もしかしたら人間様は、二等種に余計な魔力は使いたくないのかもしれない。

(モノみたいに運ばれる……あの時は突然だったけど、今日は)

 どうせ痛くて苦しい思いをさせられるなら、せめて荷物扱いを楽しませて貰おう……
 人間様が知れば呆れそうな思惑を抱いていると、バチッと聞き慣れた音と共に至恩の首に痛みが走る。
 痛みは相変わらずだが、この程度ならもはやこの変えられた身体は傷一つ付きやしない。

「54CM123、よろしくお願いします」

 教えられたように人間様に管理番号を告げて、至恩は肉の塊となるべく笑顔で――これは期待からじゃない、と思っている――足を踏み出した。

 ……はずだったのだが。

「……管理官、これちょっと大きすぎてスーツケースに入らないですね」
「ええ!? ……あーそれね、何でか規格ギリギリまで育っちゃったのよ……」

 どうやら至恩の体格では、このスーツケースに入れるには少々問題があったらしい。
 身長も周りより明らかに高いし、何より線が細く身体の薄いオス個体が基本だと言うのに、至恩の身体は骨格もがっしりとしていてそれなりの筋肉を纏っているのだ。
 どう頑張ったところで、このスーツケースには入りそうに無い。

「どうしましょう、流石に剥き出しで運ぶわけにもいきませんし」
「そうねぇ……部品を分けましょ。手足は別のスーツケースに入れて、向こうで組み立てて貰えばいいでしょ」
「!!?」


(ちょっと待って!! 今なんか、さらっととんでもない事を言わなかった!?)


 恐ろしげな提案に、梱包のため床に転がされた至恩は目を丸くした。
 思わず叫びかけたのを必死に押しとどめた事は、どうか褒めて欲しい。

(別……手足を、後で組み立てる……嘘だろ、まさかそんな)

 手足は別にするという、管理官の女性の言葉で頭に浮かんだ手法を、至恩は即座に否定し……けれどあり得る話だと身震いする。
 だって今の自分は人間じゃない、二等種だ。朝の挨拶の通り、生き物ですらないただのモノと同じ認識であるなら……人間様にとっては別におかしな考えじゃないから。

(切断魔法……あはは、いくら何でもこの扱いは酷くない……?)

 胸の辺りがすぅっと冷たくなる。
 胃がキリキリして、けれどこの身体から逃げるという機能は既に失われている。
 ――例えそんな機能があったって、何本ものベルトで固められているこの状態じゃどうしようもないけれど。
 せめてもの抵抗とばかりに、至恩は心の中で乾いた笑いを上げながらそっと人間様に突っ込んだ。

 魔法による高度医療の中には手足を自在に切断し再接着する手技がある事は、人間だった頃にちらりと聞いたことがあった。
 ただそれはあくまでも治療のため。まさか単にでかくて入らないからと言う理由で、製品のパーツを分けるかのように使っていい魔法じゃない。

 それ良いですね! と一度梱包された身体を解かれ、スタッフにより手足の付け根にペンで線を引かれる。

「手足を永遠に失いたくないなら動かないことね」
「……はい、人間様」

 許された言葉は肯定と服従のみ。
 至恩の声は震えていたが、人間様は気にも留めない。

 ちなみに、この魔法は本来医療で特別な処置が必要なときにしか使われない。
 当然ながら強力な沈静魔法及び鎮痛魔法と一緒に使うのがセオリーだが、二等種の移動すら魔力を使うことを惜しむ人間様が、二等種如きにそんなお優しい前処置を行うはずが無い。

 ――つまり、その結果は火を見るよりも明らかだ。

「っ、ぐああぁぁっ!! ……ぐうぅぅっ……」
「喧しいわよ、無駄吠えしないの」
「ふぐうぅぅっ……!!」

(無茶、言うなぁ……っ!! 痛い痛い痛い……っ、こんなの……痛みで、死ぬ……)

 魔法が炸裂した瞬間から、感じたことの無い焼けるような痛みが、しかも時短目的なのか4カ所同時に襲いかかれば、いくら徹底的に躾けられた二等種といえども叫んでしまうのは仕方が無い。
 至恩の叫び声の向こうでは、並んでいた二等種から漏れる悲鳴や嘔吐く声がかすかに聞き取れる。
 どうやらあまりに衝撃的な光景に、ちょっとした混乱に陥っているようだ。そりゃそうだと冷静な自分が頭の片隅で突っ込みを入れているけれど、正直そんな物に構っている暇は無い。

「はぁっはぁっはぁっ……ぐぅっ……」
「はい、できあがり。これなら入る?」
「大丈夫です。こっちのスーツケースに入れちゃいますね」

 作業の手を止めて周りに群がり「おーすっぱり切れた」「凄いですね、全然血も出ないし、切断面が魔力でコーティングされてガラスみたい」とはしゃいでる辺り、どうやら人間様もこの魔法を見ることはほとんど無いのだろう。
 管理官が「切断魔法なんて高度な魔法、初めて使ったわよ! 上手くいって良かったわ」とどこか安堵した様子で話している声が耳に飛び込んできて(嘘でしょ、ぶっつけ本番!?)と痛みに叫びながらも、至恩は二度目のツッコミを心の中で管理官にぶつけるのだった。

「ふぅ、脚ってめっちゃくちゃ重いですねぇ……」
「これは特別よぉ、こんな筋肉の詰まった脚した二等種なんて珍しすぎるわ」
「んおぉぉっ……ぐおぉ……」
「ったくもう、口枷しても喧しいわねぇ」

 叫ぶのが当然の痛みを与えているにも関わらず、人間様の身勝手な都合により懲罰電撃は止むことが無い。

(無理……痛すぎて勝手に叫んじゃう……せめて、懲罰電撃はやめて……)

 人間様の声が、遠い。
 懲罰の痺れを伴う電撃が、ここに付いていないはずの腕の痛みまで惹起する。

(二等種は人間じゃ無い……人間様にとって僕たちは、本当に生き物ですらないモノなんだ)

 こんな仕打ちは、家畜にだってきっと許されない。
 久々に突きつけられた二等種という存在の軽さに、至恩は痛みで朦朧とした中、少しだけ悲しさを覚える。
 せめて手足がなくてもこの痛みさえ治まっていれば、こんな気持ちにはならなかったかもしれない。

(ああ……詩の身体なら、向こうはきっとこんなことにはなっていない筈。それだけが……救い、かな)

 アイマスクで覆われた視界だというのに、何故か更に暗く、何かが遠くなるのを感じる。
 切断魔法後も全く消えない暴力的な痛みは、至恩の意識を刈り取り底に沈めるのに十分であった。


 ◇◇◇


「……はっ!!」
「ん? あー目が覚めたか。もうくっついてるから起きろ」
「え、あ……はい、ありがとうございます、人間様」

 気がつけば、至恩の視界には白い天井が拡がっていた。
「いくら入らないからってパーツ分けしてくるとか……ったく幼体管理部の奴らめ、くっつけるこっちの手間も考えろよ! 二等種如きに余計な魔力を使わせやがって……」と若干いらつきながら愚痴るのは、制服の右肩から見慣れない深緑のケープを羽織った管理官だ。
 IDタグには「二等種管理庁 矯正局初期管理部 管理官」と、これまでとは違う部署の肩書きが記されている。

 これは嫌な予感がする、と反射で感謝を口にして立ち上がる。
 ……いや、流石に感謝は心からのものだ。ちょっと大きく育ちすぎたからってあっさり四肢切断とか、いくら二等種がモノだと言ってもあまりに扱いが酷すぎだ。ちゃんと立ち上がっても違和感がないレベルで元に戻して貰ったことには、感謝しかない。

「……何だつまんねーな。もうちょっとグズグズしてたら鞭で痛めつけてやれたのに」

 …………前言撤回。
 どうやら目の前にいる管理官は、大変高尚な性癖をお持ちであらせられるらしい。

「ほら、さっさと服を脱いで列に並べ……って、お前の手足をくっつけるのに時間かけすぎてもうゴミ箱が片付けられているじゃねえか! あーいいやもう、その服はこっちで処分するからここに置いておけ」
「! ……はい」

(ここで裸? 他の二等種もいるのに……!? それに)

 処分、と言う言葉に至恩はぴしりと固まる。
 それではまるで、もう服を着ることはないと宣告しているようだなと不安を覚えるも、人間様への従順を骨の髄まで叩き込まれた身体は素直である。
 至恩は反射的に薄っぺらいワンピースを脱ぎ捨てて赤面しつつ、残り少ない列の方に進んでいった。

(ここ……初めて来る場所だよね、多分……)

 監視の目を気にしつつも至恩は周囲を確認する。
 あまりキョロキョロしていれば懲罰になるのは目に見えているが、不安と同時に沸き起こる好奇心は抑えられない。

 教室よりも何倍も広い部屋の前方には、4つのゲートが並んでいた。
 既に順番を待っている二等種も10体を切っていて、自分は当然のごとく最後尾である。

 時折ゲートの向こうからは、聞いたことも無いような叫び声やそれに対する懲罰だろう、鞭や電撃の音、そして命乞いかと思うほどの必死さを込めた赦しを乞う声がかすかに聞こえてきていて、順番を待つ二等種達の間にもなんとも言えない重苦しい空気が拡がっている。

 この段階で、至恩は確信していた。
 恐らく自分はこれから未知の体験を……それも望ましくない体験をするのだろうと。
 もしかしたら性癖に刺さるような体験もあるかもしれない、なんて不謹慎にも考えてしまうが、それもまたこれからへの不安を紛らわす為の心の声に過ぎない。大体、既に想定外の扱いを受けているのだから、これ以上期待はしない方が良いだろうと自分に言い聞かせる。

 たまたま近くを通りがかったスタッフのIDを盗み見ればやはり「初期管理部」と書かれている。
 あまり思い出したくないスーツケースでの移動と合わせれば、恐らく自分達は違う場所へと運ばれたのだ。

 バチッと首輪から痛みが走る。
 気がつけば自分以外の二等種は皆、ブースの向こうに消えてしまっていた。

(嫌な予感しかしない……でも)

 不安は尽きない。けれど、行かないという選択肢は無い。
 それに、既に今日自分は他の個体より大概な扱いを既に受けているのだ。
 あれより悪くなることは流石にあるまいと、至恩は己を鼓舞しながらブースへと向かった。

 ◇◇◇


 決死の覚悟を決めてきたと言うのに、どうやら今日は、何かと出鼻をくじかれるパターンの日らしい。

「54CM123、入ります」
「…………」

 ブースに入れば、モニターの向こうにいるスタッフが無言で首輪をスキャンする。
 この首輪は単なる懲罰道具や魔法の媒体用途のみならず、装着した二等種のありとあらゆる情報やモニタリングされているバイタルの保管、GPS機能、更には人間様がボタン一発で二等種を処分できる緊急処分装置なるものも搭載された、多機能拘束具だと教えられた。
 勿論拘束具としても優秀で、丈夫で軽量、小さな傷はつくものの経年劣化することも、あらゆる薬品で腐食することもない。
 内側の金属は皮膚と一体化し、そもそも一度施錠すれば物理的な機構と魔法によるロックとで、首を切断しない限り人間であっても外すことは不可能である。

 なお、人間が着ければ生涯外せないものの、モニタリング機能以外は一切動作しないというセーフティー機構も備わっている。きっとうっかり着けてしまった人間がいたせいだろう。

 いつも検査の時には、まずこの首輪から情報を読み取る。
 だから人間様が呼びもしない管理番号なんてわざわざ服に記載する必要は無いと思うのだが、そこは二等種の自覚を促すために不可欠なのかもしれない。

(時間、かかるのかな……少なくともあの叫び声を上げるまでは終わらない……)

 表情には出さないものの、これからの所業を思い陰鬱な気分になっていると、データを眺めていたスタッフが「あ」と声を出した。

「先輩、これ、今朝区長から指示があったやつです」
「どれどれ……そうだな。区長自ら良いもの見せてくれるって言ってたし、楽しみだな」

 上長だろう男が横からデータを確認し、ニヤニヤしながら首輪に鎖をつけられる。
「さっさと来い」と乱暴に首を引っ張られて、至恩はよろけながら(え、どこか行くの!?)と戸惑いを隠しきれない様子で牽かれるままに歩き出した。

(……どう言うこと? クチョウ、って一体……)

 全裸のまま首輪を引かれ、更に前後に2人のスタッフが鞭を携えた状態で、至恩はただただ窓の無い廊下を歩く。
 少し肌寒いのは、恐らくここは二等種が通ることを想定されていない場所なのだろう。すれ違うスタッフの視線がどうにも恥ずかしくてそっと股間を手で覆えば「誰が隠して良いと言った?」と尻を鞭で思い切り打たれた。
 その言葉には、どこか楽しそうな色合いが混じっている。どうやらこの人間様も、少々残念な嗜好をお持ちらしい。

(……まぁ、人のことを言えた義理ではないか。ううっ、せめて股間だけでも何かで隠させてよぉ……)

 至恩は恥ずかしさに俯く事すら許されず、二等種にしては育ちすぎた裸体を晒しながら牽かれていく。
 向かう先はクチョウとやらのところだろう。もう隠したり俯いたりしないから、さっさと目的地について欲しいと、至恩は浅いながらも残された思考に耽溺し羞恥を紛らわしていた。

(この人達はスタッフ。いつもとは違う部署だけど、制服は一緒。鎖を引いている人は管理官の制服。……それ以外の人間様と会うのは、あれから初めてかも)

 彼らの話を聞くに、どうやら自分は他の二等種と違う対応を取られているようだ。
 それが良いことなのか悪いことなのかは分からない。既に碌でもない目には遭ったのだ、ここから先は多少救いのある扱いになることを祈るばかりだと思いつつ、至恩はスタッフ達の話に耳を傾ける。

 幼体管理部のスタッフは余程のことが無ければ二等種の前で雑談はしなかったが、ここのスタッフは驚くことに、至恩の前で平然と世間話に花を咲かせている。
 その扱いは、まるで「二等種に人間様の話は理解できない」と突きつけられているようで、しかし確かに彼らの話を聞いたところでこれからの自分がどうなるのかはさっぱり見当がつかないから、理解できていないと言えば合っているのかも、と至恩は悲しいながらもどこかで妙に納得していた。

 やがてスタッフは、一つのドアの前で足を止める。
 部屋の名前も何も記載の無いドアをノックした管理官が「区長、ご所望の二等種をお持ちしました」と告げれば、中から「いいよ、それだけ部屋に放り込んで」と女性……にしては少し幼い感じの声が返ってきた。

「ほら、さっさと入れ」
「ぐっ!」

 ドアを開けるや否や、背中に衝撃を受けて至恩は思わず倒れ込む。
「お前なあ、ちゃんと靴は洗っておけよ?」と茶化す管理官の嗤う声で、今自分は背中を蹴られたのだと気付いた。

(乱暴だな……ここの連中はみんなこんな感じなのかな)

 蹲ったまま痛みに呻く至恩など気にも留めず「ご苦労様」「いえいえ、ではお先に失礼します」という声と共にドアが閉まる。
 こつ、こつと音を立てて近づくのは、この部屋にいるクチョウという人間様だろう。


「……全く、いきなり背中を蹴るのは流石にどうかと思うね」


(え……)

 こつ、こつ。
 足音は近づき、チャリと音を立てる。恐らくは、至恩の首に繋がっていた鎖を拾った音だ。

 いや、それよりも。


「あーあ、背中にくっきり足型がついてる。ま、一晩もすれば消えるから問題はないか」


(この、声)

 遠い記憶を必死でたぐり寄せる。
 間違いない、自分はこの声を聞いたことがある――

「ほら、いつまで蹲ってるんだい? 顔を見せなよ」
「……っ!!」

(そんな、まさか、こんな形で……!)

 心臓の高鳴りが抑えられない。
 身体を震わせながら、至恩はゆっくりと顔を上げ、目の前で鎖を持つ人間様を見上げ……そして

「うぐっ……!」
「ふふっ、馬鹿だなぁ至恩は。涙を流したら電撃で懲罰だって分かってるでしょ? ……ああ、もうこの名前じゃ分からないんだっけ。ねぇ123番、随分久しぶりだね」
「あ、あ……」

(生きていた)

 目の前に立つのは、年月が経ったことすら忘れてしまうような、あの頃と全く変わらない彼女。
 ふわふわした金髪にグレーの瞳。くすんだ藤色のフレームの眼鏡をかけ、翡翠色のヘアピンを右に留めた姿。

(詩音、きっと君も今、同じ人を見ていると僕は願うよ。……ほら、だから大丈夫だって、二人で言った通りだった……!)

「……央…………!!」
「久しぶり、123番。ほら、いい加減泣き止まないとずっと痛いままだよ?」
「ひぐっ……だって……ぐっ、だってぇ……っ!!」

 こんなにたくさんの涙が後から後から零れ落ちるのは、一体いつ以来だろう。
 それも嬉し涙だなんて、ここに捕獲された直後から全く縁が無かったものなのだ。こんな電撃如きで止められてたまるものか……!

 これまで出会ってきた人間様とは異なる制服であろうブラウスと藤色のケープを羽織り、藤色の石を嵌め込んだ徽章を身につけて微笑む目の前の少女は、シオンの初恋の人……鍵沢央(かぎさわ なかば)だった。


 ◇◇◇


「ちょっとは落ち着いた?」
「う、うん……でも良かった。央も二等種になってたらどうしようって……ずっと、心配だったんだ……」
「あーそっか、ボクは夏休みに魔法登録だったもんねぇ。新学期に入ったら突然いなくなってちゃ、そう思ってもおかしくないか。キミは二等種だし」

 二等種だからソファに座らせるわけにはいかないんだよねと、央は泣きじゃくる至恩をしゃがんで見守る。
 号泣がようやく止んだ至恩に、央は「大丈夫だよ、ボクは人間。ほら、このIDカードが証明してるよ」と徽章の下にぶら下げたIDカードを指した。

 そこには「二等種管理庁 保護区管理局 保護区域C 区長」と肩書きが記されている。

「保護区管理局……?」

 初めて見る部署の名前に至恩が首を傾げれば「そ、ボクは保護区域の管理官だから」と央はあの夏以降の事を話し始めた。

「12歳の誕生日に魔法登録に行ってさ。至恩には前に話したよね、ボクが両性具有、いわゆるふたなりって」
「う、うん。……女の子にしか見えないけど、ね」
「ふふ、ありがと。ふたなりってね、魔法の力が普通の人間よりはるかに高いんだよ」
「へっ、そうなんだ」

 言われてみれば、央の徽章の色は藤色。魔法のランクは上から2番目だ。
 同い歳なのにかたやエリート魔法使い、かたや二等種。運命とは随分残酷なものだなと至恩は心の中で嘆息する。
 けれど一方で、彼が二等種に堕ちていなくて……こんな身体に改造されていなくて本当に良かったと心から安堵していた。

 そんな至恩に、央は「……相変わらず人のことばっかり心配して」とぼそっと呟く。

「え?」
「ううん、何でもない。えっと、そうだったふたなりの話だったね」

(なんだろう、一瞬央の顔が強張った、ような……?)

 変わらず笑顔で話す央に、今のは錯覚だったのかと至恩は首を傾げる。
 だがこの状況で考えても仕方がないと、素直に央の話を聞くことにした。

 ふたなりは魔法登録の段階で国家により自動的に保護され、首都にある専門の施設で半年間成人と交流するために必要な予備教育を受けた後、大学に進学する。
 不思議と彼らは学業面でも優れている事がほとんどで、たった半年で中等教育過程と成人基礎教育過程の一部を終わらせてしまうのだそうだ。
 大学を卒業後は、魔法省もしくは二等種管理庁への、それも幹部としての入職が確約されている。

 なお、ふたなりが二等種であった例は、暦が始まって以来一度たりとも確認されていない。

「で、ボクはここ、保護区域Cの区長に就任したってわけ。ちょうど3年前に空きが出来てね、魔法省の先端技術開発局の職員を兼任しながら、ここで区長としての仕事と研究に勤しんでる」
「へえぇ……凄いな、央は……格好いいよ、うん、凄く格好いい」
「へへっ、ありがと。この姿で格好いいなんて言うのは、123番くらいだよ」

 至恩が素直に褒めれば、央はあの頃と変わらない、はにかんだ笑顔を見せてくれる。
「名前」を呼んで貰えないのは寂しいけれど、こればかりは仕方が無い。何たって至恩の名前は「54CM123」でなければならないのだから。

 央曰く、ふたなりというのは外見が10歳以降死ぬまで変わらないらしい。
 外見が変わらないだけで中身はちゃんと成長しているのに、元々絶対数も少ない――二等種の10分の一もいないらしい――ふたなりを子供扱いする職員も多いそうで、なまじ能力が高く若くして上に立たなければならない分、色々と苦労も多いようだ。
「にしてもキミは随分育っちゃったねぇ……二等種のオスってこんなに育たないんだよ、普通は」と呆れ混じりに苦笑する央に「央に身長と体格を分けてあげたいくらいだよ」と至恩からも笑みがこぼれた。

(ああ、詩の前以外で笑顔になるなんて、一体いつ以来だろうか)

 今頃きっと、詩音も向こうの『央』と出会って、こんな気持ちになっているだろうか。
 どうか少しでも長く、笑える時間があれば良いと至恩はトモダチのことを想う。

 だって、央は人間様。自分達は二等種。
 きっとこの時間は特別に許された、貴重な……そして恐らく二度と訪れない瞬間だから。

 さてと、話してばかりじゃ進まないね、と央は至恩をその場に立たせる。
「一応規則だからね」とどこかすまなそうに至恩の首から伸びる鎖を天井から吊り下げられたフックに引っかけ、魔法で巻き上げてその場に拘束した。

「そのまま腕を広げて立っていて。全身をスキャンするから」
「う、うん……」

 央は至恩の周りをぐるりと回りつつ手をかざし、タブレットに数値を書き込んでいく。
 その真剣な表情は記憶にある姿と変わらないのにどこか大人びていて、自分達がここに閉じ込められていた年月の長さを感じさせるものだった。

(……人間様は、成長して大人になるんだ)

 初めて見る央の姿に、やっぱり格好いいなと至恩は改めて惚れ直す。
 けれど、ここで教育とは名ばかりの洗脳と加工を施され、娯楽に耽溺した自分は「大人」になることすら許されないのかもしれない――

 あの日から何かに取り残されたように感じた至恩の胸が、つきりと痛んだ。

「それにしても」と央はそんな至恩の葛藤など知らず、無邪気にはしゃいでいる。

「ほんっとうに育ったね……身長なんて170センチ、基準ギリギリだよ! うわぁ、何なのこの筋肉、逞しすぎない?」
「え、あの、央、そんなにじろじろ見ないで……恥ずかしいって……」
「いつも検査でしてるんだから、そこは我慢してよ。あ、魔法で勃起させるね。長さと太さを測らないと」
「ほえっ、うっそおぉぉぉ!? いやあぁぁぁそこは見ないでえぇぇっ!!」


 ……15分後。

「もう死にたい……あんな所まで央にじっくり見られた……」と顔を真っ赤にして涙目になる至恩に「ほら、泣いちゃダメだよ123番」と央は笑いながら鎖を緩め「床に座ってくれる?」と指示した。

「えと、央……? 何を」
「ん、髪型をね」
「髪型」

 そっか、二等種だから気付いていないよねと央は何かを思い出したようだ。
「あのね、ボクもう18歳なんだ」と央が告げた驚愕の事実に、至恩は目を丸くする。

(……まさか、そんなに時間が経っていただなんて)

 自分はともかく、周囲の二等種は皆小柄だ。
 メスの二等種は確かに身体は豊満だが顔は童顔の者が多く、オスの二等種に至っては股間だけは立派なのに顔つきや体つきには未だ少年のあどけなさが残っていて、だからこそ至恩は精々ここに来てから2-3年しか経っていないと勝手に思っていたのである。

 あの外見で、大人だなんて。
 ……一体どれだけの魔法と薬剤でこの身体を変えられたのかと思い至れば、吐き気さえ覚えてしまう。
 そんな至恩の内心には気付かず、央は床に座った至恩の背後に回った。

「つまり、123番ももう18歳。ボクはキミの誕生日は知らないけど、もう18歳になっているのは間違いないよ。じゃなきゃここには来ない」
「……そう、なんだ…………もう大人に……」
「そういう事」

 話しながら央は布の手袋をラテックスのものに替え、至恩の目の前に鏡を作り出す。
 そうして後ろから魔法であれこれ髪型を変えながら「んー、ちょっと違うんだよなぁ……」と呟いてはまた変えるのを延々と繰り返していた。

「……前髪上げた方がいいかな?」
「えっと、央? それでなんで髪型を」
「ああ、話が途中だったね。二等種は成体になった段階で髪型を整えるんだよ。ほら、12歳から髪型は変わってないから、どうしても子供っぽく見えちゃうだろう? ちゃんと人間様の受けが良いようにしないと、ね」
「へぇ……」
「ま、普通はスタッフが流れ作業で決めるんだけど。キミは特別だから、ボクの好みに変えちゃおっかなって」
「え、それって職権乱用」
「細かいことは気にしちゃダメだよ」

 これも似合う、でもこっちも捨てがたいね、と鏡を見ながら悩む央の姿は、あの頃と何も変わらない。
 明るくて、優しくて、クラスの人気者だった央のままだ。

 そんな央に至恩もすっかり気を許しているのだろう。
「央、そんなに拘らなくても」と二等種であることを忘れて、まるで人間だった頃に戻ったように……いつもそっと自分を気にかけてくれる央と接していた幼い頃のように、子供っぽい笑顔を見せながら央と歓談する。

(……こんな時間がまた持てるなんて、思いもしなかった)

 時折涙が零れそうになるのをぐっと溢れる。
 ああ、確かに性癖に刺さる生活ではあったし、詩音と二人でそれなりに楽しく生きてきたけれど、それでも自分はこんなにも辛かったのだ。
 同じ人間の筈なのに、二等種という人ならざるモノと定義されて、人間様の定義に合うように心も体も変えられて……平気でいられるはずがなかったのだと、至恩は今更ながら痛感していた。

 とは言え、この短い逢瀬が終われば、また自分は二等種としての生活に戻らなければならない。
 もしかしたら央にはこれからも逢えるのかも知れないけれど、それでもこんな風に話す機会なんてまず与えられないだろう。

(でも)

(……央は変わって無くて、よかった)

 至恩は心から安堵していた。
 央は二等種では無かった。そして……央はここの人間様と違って、二等種に堕ちた自分とも平等に接してくれる。
 例え他の人間様の前では辛辣に扱われたとしても、二等種を人として扱う人がここに少なくとも一人はいる。その事実があれば、きっと自分はこれからも二等種として生きていける。

 ようやく納得がいったのだろう「ね、これでどうかな、123番」と央が鏡を指し示す。
 そこには前髪を上げこざっぱりとした爽やかな青年が、きょとんとした顔で映っていた。

「……これが、僕……?」
「ふふ、額を出すだけで随分大人びたね。格好いいよ、123番」
「額がスースーする……何だか、恥ずかしいな……」
「大丈夫だよ、似合ってる」
「……そっか」

 央が整えてくれた髪型。
 きっとこれまでと同じく、髪が伸びることは無いのだろう。
 つまり、ずっと央が格好いいと言ってくれた自分でいられる。

(へへ……央に格好いいだなんて言われちゃった)

 忘れようとして、けれど忘れきれなかった淡い恋心がほんのり満たされて。
 そう、今至恩はまさに幸せの絶頂で舞い上がっていた。

「ほえっ、ななな央!?」
「ちょっとそのままで、ね」
「ひょえぇぇぇ……!!」

 更に「追加があるから」と央の幼さを残した両手が、首輪に掛かる。
 そのまま後ろから首筋に額を付けられた事に気付いた至恩が素っ頓狂な声を上げれば、まだ処置が残っているのだと央は説明をしつつ、首輪に魔法を刻んでいた。

「成体になったら色々と増えるんだよね、魔法……動かないで」
「は、はひっ……!!」

(ああああ央があぁぁぁ! だめだもう心臓が破裂しそうだし股間が、股間がヤバいっ!!)

 薄い手袋越しに央の熱を感じた途端、身体がゾクゾクして、熱くて、息が荒くなる。
 下を向かなくたって分かる、至恩の息子さんは今までに無いほど元気になっていて痛みを覚えるほどだ。

(こ、こんな姿を央に見られたら……いやいや央にだって「ついてる」んだし、これはただの生理現象、そう、可愛い子に接近されたら誰だってそうなるっ!!)

 必死で頭の中で言い訳をしながらも、興奮は止まらないどころかますます加速していく。

 ああ、今すぐにこの猛りを扱き上げて溜め込んだ欲望を気持ちよく吐き出したい。
 普段は限られた洗浄時間に事務的に出すか、うっかり興奮してトイレで出すかだったけど、ただのコンテンツと央とでは破壊力がまるで違う。もう頭の中が射精することで一杯になって仕方が無いのだ。

「……終わったよ」
「あ、うん…………はぁっ……」
「ねぇ123番」
「ひょえっ!!」

(なに、これ、気持ちいいっ……はぁっ、触りたい……っ!)

 耳元で囁かれれば、ゾクゾクっと気持ちよさが首筋に、背中に、お尻に駆け抜けていく。
 こんな感覚は、こんな気持ちよさは知らない。
 好きな人に触れられるって、囁かれるって、こんなにも――



「これでおしまいだよ、123番」
「……央?」



(…………え……?)

 突然低くなった声に、違和感を覚える。
 そして何気なく前に置かれた鏡を見て……至恩はその違和感の正体をいとも容易く見出した。


(……ああ、その瞳は、まさか、まさか……)


「ねぇ、楽しかったかい?」

 先ほど荒れ狂っていた欲望の熱すら一瞬で冷めるほどの、ゾクリとした感覚が至恩の背中を駆け抜けていく。
 ああ、その顔はこれまで散々見てきた顔。
 そして


「最後の……人間様の、真似事は」
「……ひっ…………!」


(そんな……そんな、何で、央……!? 君までそんな目で、僕を見るだなんて……っ!)

 ――彼女にだけは決して浮かんで欲しくなかった、嘲笑と侮蔑が混ざった笑顔が、目を見開きガタガタと震える至恩を鏡越しに射貫いていた。


 ◇◇◇


「な、央……ぐあっ!!」
「だめだよ123番、キミは二等種だろう? 誰が人間様の名前を呼んでいいと許可したの?」
「そん、な……」

 思わず名前を呼んだ瞬間、首輪から放たれた電撃に思わず至恩はその場に蹲る。
 懲罰用の電撃はこれまで浴びてきたものよりずっと強くて、首や腕だけじゃ無い、全身に痛みが走るようだ。

「あのさぁ、ボクはキミに声を出して良いとは一言も言ってないんだよねぇ」
「ひぎっ!」

 バシッ、と尻に炸裂するのは、打たれ慣れた鞭の音。
 けれど服で覆われない場所に与えられる打撃は、これまでに無い痛みを伴っている。

「……四つん這いになれ。……返事は?」
「…………なか、ば……ぎゃあぁぁっ!!」
「あーあーもう、きったない鳴き声だなぁ。ほら、無駄吠えせずにさっさとやりなよ」

 突然豹変した央に、まだどこか頭がついていかない。

(嘘、だろ……お願いだから、嘘だって誰か、言ってくれ)

 そう必死で願いながらも「人間様」の命令に従順になった身体は自然と央の命令に従い、その場で四つん這いの姿勢を取る。

「そうそう、お尻もっとあげて。頭は下げて、床に付けて。……そう、無様だねぇ。そのまま尻でも振れば、人間様に必死でおねだりする二等種のできあがりって、ね!」

 央の興奮に上擦った、楽しそうに嗤う声が、胸に刺さる。
 知らないうちに涙が零れて自動的に作動する電撃すら、今の至恩のショックを覆い隠してはくれない。

 ああそうだ、折角特別なんだからと鏡の中の央がニヤリとする。

「123番、おねだりを教えてあげよう。こうやって言うんだ」
「!!」

 耳元で囁かれた言葉に……嘲笑うような声色に、そしてその内容に、至恩の顔が真っ青になる。
「これから毎日おねだりするんだし」とさりげなく追加された情報は更に至恩を絶望の渦の中へと叩き落として。

(そんな……そんなっ! こんなことを、よりによって央に言わなければならないだなんて……!)

 涙が後から後から溢れて仕方が無い。
 度重なる電撃で、身体の震えも止まらない。
 心臓がバクバクして、息が上がって……上擦った声で至恩は央に、否、人間様に言われるがまま言葉を紡ぐ。

 ――だって、この身体は、心は人間様に服従するように変えられてしまったから。

「……人間様…………54CM123にっ……かっ、浣腸をお恵み下さいっ……!」
「声が小さい。教育棟で何を学んできたんだい?」
「うぐっ、ごっご指導ありがとうございますっ……人間様っ、54CM123に浣腸を、お恵み下さいっ!!」
「まだつっかえてるね、もう一度」

 もう一度、もう一度……
 何度も何度も、央は難癖を付けては首輪を作動させ、鞭を振り下ろし、至恩に浣腸をねだらせる。
 身体が小さいとは言え剥き出しの肌に力一杯振り下ろされる鞭の威力は凄まじく、至恩の尻も背中も、既にところどころ紫色に腫れ上がっていた。

(打ち慣れている……央、君は……これまでも二等種をこうやって)

 それでも、痛いのは身体より、心。
 あの優しかった央が大人に……「人間様」になってしまったことへの悲しみに、至恩は泣き叫びたい気持ちを必死で抑えながら、その腹に浣腸液を注いでくれと尻を突き上げ、誰にも見せたことの無い尻のあわいを割り拡げてその内に潜む孔を央に晒し続けた。

「……ははっ、実に無様だね」
「うぅっ……」
「いいよ、そんなに欲しいならいーっぱい飲ませてあげる」
「ひぃっ……あ、ありがとう、ございますっ……!」

 央の笑い声と共に、ぷすりと何かが尻に突き立てられる。
 ピッとアラームの音がすれば途端に腹の中に生暖かい何かが流れ込んできて、思わず尻を下げかけた至恩に「ほら、ちゃんと上げておきなよ!」と再び鞭が襲いかかった。

「ったく、特別に拘束も無しに入れてあげているんだから、ちょっとは感謝してよね?」
「うぐぅっ……はーっ、はーっ……」
「あ、もう効いてきた? これ、即効性だからねぇ」

 注入が始まって10秒も経てば、けたたましい音を腹が立て始める。
 猛烈な便意に至恩の全身からはぶわっと脂汗が滲み、思わずアナルをぎゅっと締め付ける。
(うあああっ、トイレ行きたいっ!! やばいやばいやばいこんなの知らない、出ちゃうっ!! 漏れちゃうぅっ!!)

 一滴たりとも漏らしてはいけない。ここで漏らせば懲罰になるのは、これまでの経験からも明らかだ。
 何より央に決壊姿を見せるだなんて醜態、死んでもごめんである。

「ぐっ……ひぎっ……うあぁぁ……っ!!」

 そんな至恩を嘲笑うかのように、どんどんと液体は腹の中に収まっていく。
 既に下腹は異様な膨らみを呈していて、通常ではあり得ない量を注入されているのが丸わかりだ。

「ふふ、カエルみたいな情けない腹になってきたねぇ。……普通は1.5リットルなんだけどさ。123番は体もでかいし、何より人間様に親しげな口を聞いた罰がいるよねぇ」
「ふぐっ……はっ、はぁっ……も、もう無理ぃ……」
「…………何を言っているんだい? キミは二等種だろう? 人間様の命令は絶対だ、二等種らしく何も考えずに全てをただ受け入れること以外、キミには許されていないんだよ」

 そうだねぇ、今の懲罰も兼ねて限界までたっぷり注いであげるよ。二等種なんだから、人間様が与えてくれる物には全て感謝しなきゃ、ね?

 そう爽やかな笑顔で宣告する央の瞳は、隠しきれない侮蔑と興奮に満ちていた。


 ◇◇◇


「うあぁぁ……だめ、もう無理です、人間様っお願いしますうぐあぁぁっ!!」
「何調子に乗っているんだい? キミさぁ、自分の立場を分かってるの?」

(だめだもう出ちゃう、央を汚してしまう……!)

 ようやく注入が終わったのだろう、チューブを抜かれ「仰向けになりなよ」と命令される。
 だが、あまりの便意と苦しさに朦朧とした頭は、はやこの腹の中の中身をぶちまけることしか考えられない。
 目の前が霞んで、浅い息がはっ、はっと漏れて、冷や汗が止まらなくて……傍目からも至恩が既に限界を超えていることは一目瞭然だった。

 せめて決壊の瞬間を少しでも遅らせたいとその場に蹲ったままカタカタと震えていれば、身体がふわりと浮く。

(やめて、央それはだめ、動かさないで……!)

 仰向けにひっくり返され、腕は頭上でひとまとめに。そして、足はカエルのように無様に開いた形で床に縫い止められる。
 この体勢ではお尻に力も入れにくい。その上……央に情けない顔を見られてしまう!

(いやだ、こんな体勢で漏らしたくない!!)

 央のどこまでも冷たい瞳だけは、ぼやけた頭と瞳ではっきり感じられる。
 あまりの絶望に至恩が愕然としていれば、ふと下に目をやった央が「ははっ……あははっ……!!」と笑い始めた。

「ねぇ、123番。キミ、ボクに恋心を抱いていたんだろう?」
「っ…………」
「気付いてないとでも思ったのかい? しかも未だにボクのことが好きなんだ、こんなになっちゃって」
「え」

 その言葉に至恩は呻きながら、央の視線の先を恐る恐る見て。
 その光景に一瞬便意すら忘れて、真っ赤になりながら「うわあぁぁ見ないでっ!!」と思わず叫んでしまった。

 だって、こんなにもトイレに行きたくて、冷たい脂汗がポタポタと滴るほど苦しいのに、その中心は未だに衰えを知らず、今までに見たこともない大きさに腫れ上がり、天を向くどころか腹に付きそうな程猛り狂っていたのだから。

(なんで……こんなに辛いのに、寒くて、熱くて、ドキドキが止まらくて……)

 何かがおかしい。
 そう叫ぶ理性は、けれどもすぐに凄まじい便意と焦燥感と、あられも無い痴態を央に見られた恥ずかしさで吹っ飛んでしまう。
 出したい、後ろも、前も……溜め込んだものを一気に噴き出せばどんなに気持ちいいだろう……!

「そ、そんなっ、なんで……」
「ふふっ、何? ボクのスカートの中でも見えちゃって興奮してるの? ……流石は二等種、変態だね!」
「そんなことっ、ふぐっ……!!」

 そんなこと、ない。
 そう反論を試みた至恩の声は途中で呻き声に変わる。
 央の右足……ローファーの靴底が、至恩の股間をぐりぐりと踏み潰したから。

 痛い、漏れそう、辛い、痛い……そこに快楽なんて、何も無い。
 何も無いはずなのに。

(なんで……何で、萎えないんだよ、しかも気持ちが良いっ! 何でっ……!?)

 央に踏みつけられているというのに、玉がぐっとせり上がる感覚を覚える。
 真っ青を通り越して真っ白になった至恩が「お願い止めて央っ!!」と涙声で叫ぶのと、その靴の下から熱い白濁が飛び散るのは、ほぼ同時だった。

至恩再会



「…………へぇ、こんなことをしても射精しちゃうんだ。……変態」
「そんな、違うんだ央、これはっ」
「人間様に反抗しちゃダメだよ? しかも人間様のお召し物を汚すだなんて、お仕置き確定だよね?」
「あ、あぁっ……や…………!!」

 央の鞭が触れるのは、己の吐き出した欲望で汚れ、外から見ても分かるほどぽっこり膨らんだ下腹部。
 さっきの射精では奇跡的に漏れなかったが、既に括約筋は限界だ。今そこを刺激されればもう、決壊は免れられない。

 ニヤニヤしながら央が無言で振り下ろされる鞭が、スローモーションで見える。

(こんな所で、決壊しちゃったら……)

 懲罰、処分。
 最悪の状況が頭を駆け巡る。
 ……けれどもそんなこと、汚物をぶちまける瞬間を初恋の人に眺められ嗤われる屈辱よりはずっとマシだ。

(もう、だめ……!)

 せめてその瞬間は見たくないとばかりに至恩は目をつぶり、その瞬間を覚悟した。


 ◇◇◇


 バシッ!!


「ぐうぅぅぅっ…………!! …………? …………あ、あれ……?」

 下腹部に叩き込まれた一撃は、たった一発で真っ赤な痕を残す。
 そして、明らかに至恩の肛門は開きっぱなしになっている、筈なのに。

「なんで……? 漏れない……?」

 おかしい。
 今、自分は完全に肛門括約筋の力を失っている。
 垂れ流す何てレベルじゃ無い、酷い音を立てながら噴水のように噴きだしていたっておかしくないはずなのに、けれど股間からは一滴の水分も――こんな状況でも硬さを失わず、だらだらと鈴口から垂れる透明な液体以外には――滴らないのだ。

「ふぐううぅぅっ!! いやぁぁっ、なんで!? なんで出ないのっ!!?」
「ぷっ……あははははっ……!! いやぁ、実に無様だねぇ!!」
「なか、ば……?」
「あーあーもうみすぼらしい顔しちゃって! そんなに出したいなら息んでみたら? ……出せるはずが無いけどね!」
「な……っ!」

 出せない、という言葉に疑念を覚えつつも、試しに至恩は下腹部に圧をかけてみる。
 けれども腹にパンパンに詰め込まれたものは全く出る気配が無く、ただ腸の蠕動を活発にして更なる便意を呼び起こしただけだ。

「うああぁぁっ!!」
「ね、出ないでしょ? 出るわけ無いよ、二等種に排泄する権利なんて無いんだから」
「!!」

 あ、言うまでも無いけどこっちも出せるのはくっさいザーメンだけだからねと、こんな状況でも全く萎えることの無い屹立を央は爪先で軽く蹴り上げる。
 最早どこの何が痛いのか分からないし、あらゆる溜まったものを出すことしか考えられない頭では、央の説明すらまともに理解できない。

 混乱の極みにある至恩の痴態にほくそ笑みながらも、央は下腹部に回復魔法をかけつつ諭すような口ぶりで種明かしをする。

「キミの肛門と尿道は既に閉鎖済みさ。正確には『挿れられるけど出せない』だね。オスは精液は出せるけど、自由な排尿と排便の権利は成体の二等種には無い。腸と膀胱を排泄物でパンパンに満たしながら、人間様が排泄物を転移してくれることを願うことしかできない、ってこと」
「そん……な…………」
「ああ、心配しなくたって人間様は二等種を殺さない。だから、命に関わるような状況になればセーフティーが働いて、首輪に仕込んだ排泄物転移の魔法が発動するよ。といっても、死なない程度の状態は保つんだけど」
「ふぐっ……」

 すっかり鞭痕も綺麗さっぱり消え失せた下腹部に「良い感じにテンションもかかってるね」と央が手にした機械を押しつける。
 ボタンを押して操作しながらも、央の言葉は止まらない。

「尿は一日2回、朝と夜の餌のときに全量転移。便は朝の餌の時に浣腸も一緒にやっちゃうから、餌の完了を確認したら転移して貰えるよ。ああ、今日は保管庫に放り込んだら転移してあげるから、精々二等種らしい惨めな顔でもがき苦しむんだよ?」
「っ…………!」

 ピッ、とアラームが鳴った途端、下腹部に焼け付くような痛みが走る。
 けれど央の魔法で床に固定された身体は、痛みに震えることすら許さない。
 今度は何を、と呆然とした表情でぽつりと呟いた至恩を眺めながら、央はにっこり笑って「キミは特別だからね」と口の端を上げた。

 ――ああ、そんな意地悪そうな笑顔を君が浮かべるだなんて、知りたくなかった――

「だから、ボクの手で完全な二等種へと堕としてあげる。誰が見ても一目で二等種とわかる姿に、ね」
「ぐぅっ……」

 じりじりとした痛みは止まない。
 けれどとっくに限界を超えて荒れ狂う直腸からの便意と外からでも激しいグル音、そして定期的に差し込む痛みで最早表面の痛みなど気にする余裕が無い。

(お願い……早く、早く終わって……保管庫とやらに連れて行って……!!)

 それは、至恩の心からの叫び。
 何でも言うことを聞くから、この凄まじい排便衝動から解放して欲しいという切なる欲求と……これ以上、豹変してしまった初恋の人を見ていたくないという、悲しい願望故の慟哭だった。

 ピーッ、とアラームが鳴る。
「どれどれ……ああ、良い感じだね。ほら見てみなよ」と至恩はまた魔法で無理矢理身体を起こされる。
 その場に膝をついて座った姿勢は、腸内の液体が動くのだろう、また新たな波を引き起こし「うぐうぅ……」と震える唇から思わず呻き声が漏れた。

 そして、さっきまで機械を押し当てられていた場所には。


『54CM123』


 黒の文字で、遠目からでも分かるような大きさでくっきりと、下腹部に管理番号が刻まれている。
 それはまるで、二等種という製品に直接刻み込まれた製品番号のようにすら見えて。

「いいだろう? やっぱりさ、モノのカバーに管理番号を書いてちゃ管理上都合が悪いからね。おめでとう123番、キミはこれでもう、死ぬまで二等種のままだ」
「あ……ぁ……」
「この刻印は特殊な魔法を編み込んだインクを用いているからね。例え肉を削ごうが絶対に消えない。まぁそもそも6年かけて二等種の身体は人間じゃなくなっているんだけどね」
「そんな……」
「だから、こんな状況でも、無様におっ勃たてたままなんだよ」
「ぐっ!」

 央の指の先、刻印の下にあるのは、全く大人しくならない欲望。
 ずっと頭の中はムラムラしてこの剛直を扱き上げ欲望を吐き出したいと喚き、玉ははち切れんばかりにずっしりと重く、鈴口からはつぅと透明な液体が滴り続けている。
「これも、死ぬまでそのまま」と央は手袋を着けた手でぴん、と先端を弾く。

「成体の二等種は、身体に管理番号を直接刻み、死ぬまで一定の発情状態を保つように調整されるんだ。オスならペニスを寝ているときも常時勃起させ、我慢汁を垂れ流したまま、メスはクリトリスを膨らませ愛液を滴らせたまま。勿論、永遠に勃起したままでも腐らないように魔法で管理されているからね」
「そんな……!」

 これまでだって散々、心も体も人間様の都合の良いように「加工」されてきた。
 けれどあくまでもこれまでの自分達は子供……幼体であるが故に手加減されていたのだと、至恩は思い知る。
 そして今、自分もまた大人になったことに――それは子供の頃に思い描いていた形とはあまりにもかけ離れているけれど――気付くのだ。

(これが、二等種の大人になるって事なんだ……人に似た形をしているだけの、変態のケダモノに……!!)

 最早まともな人間とは呼べない、変質者じみた身体にされた事実にくらりと眩暈がする。
 出来ることならこのまま気絶して、何もかも忘れてしまいたい。
 ……そんな甘い逃避の気持ちは、すぐに排泄衝動で打ち砕かれてしまうのだけど。

「じゃ、そろそろ行こうか」

 二等種が人間様のように歩いちゃダメだよ。と央が言い含めながら拘束魔法を解き、鎖を思い切り引っ張る。
 その場で地べたに這いつくばった至恩の頭に、べっとり白濁で汚れた靴底を押しつけ拭いながら、央はどこか恍惚とした様子で「……そのまま、四つん這いで歩け。それが成体の二等種の正しい歩き方だよ」と部屋の奥にあるドアを開けた。


 ◇◇◇


(早く、早くっ、保管庫へ……うああぁぁ出したい、出させて、出したい痛い! 痛いのに……チンコもゴシゴシしたい、こっちも出したい……!!)

 一歩、一歩、手を、足を前に出す度に、振動が身体に伝わって余計な便意を引き起こす。
 しかし少しでも這う速度が遅くなれば容赦ない鞭と電撃に襲われるのだ。

 もはや我慢の効かなくなった口は、勝手に咆哮を上げる。
 そうすれば「もう、123番は無駄吠えが多すぎ」と嬉しそうに鞭を振るわれて、全身に走る懲罰電撃にひときわ大きな声を上げてしまう。

「うぅ……はぁっ、はぁっ……」
「なに? まさか口も閉じられないって? これだから二等種ってのは……無様だね」

 そうしてすっかり人間様になってしまった央に詰られ、嗤われながら、また震える手を前に出すのだ。
 意識朦朧として歩いていれば「ねぇ、聞いてるの?」と新たに鞭の傷を増やされ、最早何を言っているか分からない口はそれでも「ご……ごしどう……ありがと、う、ございます……」と感謝の言葉を紡いでいる。

「……ま、ざっくりと二等種の生活はこんな感じ。追加した魔法のことまで教えてあげるだなんて、特別扱いもちょっとやり過ぎだったかな? ま、でもキミが知ったところで、何の対策も取れないんだけどね」

 今日の央は良く喋る。
 元々そこまで喋る少年では無かったが、今日は久しぶりの「再会」に興奮しているせいだろうか。
 それとも……「人間様」だからか。

「それにしても」

 新たな波に襲われ、呻き声を上げながら項垂れる至恩の顎を掴み、央はくい、と持ち上げる。
 ああ、そんなことをしたら央の手袋が汚れて……また懲罰になってしまうというのに。

「…………思ったより思考力が残ってるよね、123番」
「!!」
「身体も二等種なのにやたらでかいしさ、筋肉も結構付いてる」

(まずい)

 背中を嫌な感じが通り抜ける。
 まさか、名前を取り戻したことがバレてしまったのだろうか。

 これだけの苦痛の中でも心の冷や汗は分かるんだとどこかで冷静に突っ込みつつ、しかしここで下手に声を出せばボロが出かねないと、至恩は涙目で沈黙を貫く。
 そんな至恩を「まぁ、深くは問い詰めないよ」と央は意外にもさらりと流して「ボクさ、そう言う趣味はないんだけど……キミが苦しむ姿って凄くいいよね」と気まぐれに鞭を振り下ろした。

「ぐぅっ……」
「ボクはさ、キミの家がどう言う家系だったのかも知ってる。当然キミの魔法抵抗力は人並み外れて高かったんだ。それはボクが直接見ていたから、知ってる」
「うぐっ、はぁっ……!!」
「けどね、例え魔法抵抗力が残っていたって、これだけ魔法と薬に長年浸けられれば無事でいられるわけがないんだよね。……その無様に涎を垂れ流すペニス同様、キミは既に二等種の第一段階成熟規格を満たした『無害化加工済み』で、二度と元には戻らない」
「!!」


「その頭も人間らしい聡明さは生涯取り戻せない。ここで成体化処置を取れたって事は、既に無害化されていると人間様が認めたのと同義なんだ。……例え今すぐ地上に戻ったって、それこそ人権が復帰したところで……その頭と身体じゃ人間様は生き物としてキミを受け入れない。そう、どこにいたって生涯ただのモノ、道具としてしか生きられないんだよ」


 キミたちがここで失った時間は、キミたちが思っているよりずっと大きいんだ。
 ふっと真面目な表情を覗かせた央の言葉に、胸が締め付けられる。

(……やっぱり、そうだったんだ)

 薄々とは感じていた。ここに囚われたが最後、自分はもう人間には戻れないだろうと。
 それでも人間様を真似た生活をまだ許されていたから、どこかで二等種とはいえど準人間くらいの扱いのままで生涯過ごすのだろうなと甘い考えを抱いていたのだ。

(準人間? ……とんでもない)

 スーツケースに入らないからという些細な理由で、いとも簡単に行われる四肢切断。
 生物として基本的な機能である排泄すらも奪われ、人間様無しには永遠にはち切れそうな膀胱と結腸を抱えて苦しまなければならない身体。
 そして……まさに製品番号よろしく刻印された、下腹部の管理番号。

 今日の出来事全てが「二等種はモノである」という残酷な現実を至恩に突きつけていた。

(朝の挨拶は、決して概念じゃ無かった。あれは、事実だったんだ……!)


『私は二等種、何の役にも立たない、人間様に害を為すだけのモノです』


 毎朝繰り返した言葉が、苦痛で塗りつぶされた頭の中でぐるぐると回っている。
 まるで、お前はモノだと至恩の魂の奥底まで刻み込むかのような呪詛は、こんな極限の状態であっても止むことが無い。

 と、唐突に央が立ち止まった。

「あーあ、もう着いちゃった。どう? 初恋の人とのデートは楽しかった?」
「…………楽しかったです……っ! …………ありがとう……ございます、人間様」
「うん、それでいい」

 本当は全員が中に入ってからオリエンテーションだけど、キミは特別だったしもう終わっちゃってるからねと言いつつ、央は目の前の扉を開ける。
 その扉は央の太ももくらいの高さしか無く、どうやっても四つん這いでしか出入りできないように作られているのが一目瞭然だった。

「ま、オリエンテーションで話す内容はもう全部ボクが話したからねぇ。どうせ内容はタブレットに出てるでしょ? 全部読んで明日の朝までに叩き込んでおくんだよ」

 ほら、とっとと入って、と尻を鞭打たれ、至恩はのろのろと部屋の中に入る。
 もうあまりの苦痛に、目の前すら上手く見えない。

「うぁ…………」
「鍵が閉まればすぐに転移魔法が作動する。今日は餌も無いし、精々明日に備えて休むんだね」

(…………ああ、やっとこの苦しみから解放される)

 どさり、とどこかで音がする。
 視界の端には、同じように倒れ込んでいる……詩音だろうか、もうそれすらも、よく分からない。

(詩音も……きっと、同じ目に……だめだ、もう、意識が)

「……でも、まだ本当の完成じゃないからさ」

 保管庫に収納された安堵だろうか、ドアをくぐった瞬間その場に倒れ込んだ至恩を眺めながら央はぽつりと呟き、その小さなドアをバタンと閉じる。

「楽しみだよ、キミが『完成形』になる日がね」

 ガチャリというロック音と共に紡がれた独り言は、誰の耳にも届かない。


 ◇◇◇


「……ぅ…………」
「!! 、至っ、大丈夫!?」
「ぁ……う、た……?」

 途切れたと思った次の瞬間には、意識が浮上する。

 一体どれくらい眠っていたのだろう。二等種は夢も見ないから、寝るのも気絶するのも本人の感覚的には一瞬で、自覚的には全く休んでいる感覚が無い。
 まだぼんやりした頭で見上げる視界には、見慣れた顔があった。

(ああ、やっぱり)

 詩音の目の周りは真っ赤で、泣き腫らしたのが一目瞭然だ。
 分かっていたとはいえトモダチの悲しい顔はやっぱり辛いなと思いつつ、至恩は詩音に支えられながら鉛のように重い身体を起こした。

 あれほど苦しかった下腹部は元通り平らになっていて何の痛みも便意も無く、あれは夢だったのかと錯覚するほどだ。
 けれどその下腹部にはっきりと刻印された管理番号が、そして央に言われたとおり全く収まる気配の無い中心が、全てを物語っている。

 そう、収まってない。……詩音がいるのに。

「っ!! あ、あの詩っ、これは」
「…………大丈夫、至。知ってるから…………きっと至も、同じだったんでしょ?」

 瞬間、自分が何一つ纏わない姿であることを思い出した至恩が真っ赤になるも、詩音もまた頬を染めながら「もう、何にも隠せないんだよ」と悲しそうに下腹部を……『54CF123』と大きく刻印された、まだ少し赤く腫れて痛む痕を擦る。

 その太ももの内側には、明らかに何かの液体が滴っていた。

「そっか……詩も央に出会って……それで……」
「…………綺麗だね、って言われたの」
「詩……」
「綺麗になったねって。髪を伸ばしたら少しウェーブが出るんだ、大人っぽくなった、素敵だねって…………なのに…………!!」

 絞り出すような声で独白する詩音が、ぐっと拳を握りしめる。
 俯き震える膝に、ぽたり、と涙が落ちた。

 ……どうやら同じように央との邂逅はあったけれど、そこは性別が違うせいか、細かいところは異なっているようだ。

 電撃に時折呻きつつも、零れる涙は止まらない。
 詩音の嘆きを皮切りに、二人は泣きじゃくりながら今日の出来事を共有する。

 詩音は流石に四肢を「別送」こそされなかったものの、スーツケースに詰められてこの建物に連れてこられたそうだ。
 別室で央と出会い髪型を整えて貰ったところまでは至恩と同じ。
 そして……突如豹変した央により、大量の浣腸液を入れられ、刻印を打ち込まれたことも。

「そのまま、四つん這いにされて……指とか、道具とかを……あそこに挿れられたの。『折角だから中まで全部見てあげるよ、好きな人に見られて嬉しいでしょ?』って……」
「……まじかよ…………」

『ふぅん……中で自慰したことないんだ?じゃあ、教えてあげるよ123番。キミがどれだけ淫乱な身体に加工されているかをね!ふふっ、好きな人が初めてだなんて嬉しいだろう?』
『っ、ひいぃっ!!!やめっ、やめてっ、央……んぁっ、はぁっ、あんっいやっ……んっ、なんで……なんで気持ちいいのおぉ!?』
『さすが二等種だね、ボクの指はそんなに美味しいの?あははっ、おまんこでまで人間様に縋り付くだなんて……加工済みの二等種というのは、本当に哀れなモノだね!!』

詩音再会


 つぷりと突き立てられた指から快楽を得ようと必死にうごめく泥濘を堪能した後、央は拡張器で詩音の蜜壺を拡げるや否や中をじっくり観察し、中に細くて先が丸くなった振動する器具を突っ込んで「どこが良いかちゃんと覚えるんだよ、その位の知能は残っているでしょ?」と嗤いつつ、詩音の良いところを探り当て、ピンポイントで刺激する。
 そうして高めるだけ高め、けれど絶頂は許されないまま鏡の前でヒクつき大量の蜜を零し続ける股間をじっくりと……子宮の入り口までモニター越しに無理矢理見せられて「これからはちゃんと中も使って遊ぶんだよ、どうせ娯楽なんてオナニーがあればいらない二等種なんだからさ」とニヤニヤしながら言われたそうだ。

 至恩の屹立と同じで、メスの二等種も24時間発情したままなのは変わらない。
 元々濡れやすい方だったというとんでもない暴露も織り交ぜつつ「でもこんなにずっと溢れるみたいになるなんて……乳首も、こっちも、ずっとうずうずして固くなったままなの」と指さす閉じた割れ目の間からは、ぷっくりとした真っ赤な肉芽が顔を出していた。
 成体の二等種に堕とされたショックが蘇ったのだろう。二本足で歩くと擦れてすぐ気持ちよくなるから、四つん這いの方が楽なのだと言う詩音の瞳からまた一つ、大粒の涙が零れる。

「『二等種の穴は全部、人間様が挿れて遊ぶための穴だからね。いずれ二等種はただの穴になるんだから、精々サルみたいに自慰しまくって全部育てておきなよ』って確か言われたんだよね……もうトイレに行きたくて頭おかしくなってたから、合ってるかどうか分からないけど」
「ただの穴……またとんでもない台詞だよね。それは人間様の目的……?」
「どうだろう、もしかしたら央の願望かもしれない」
「えええ」

「そっちの央、変態過ぎない……?」と恐る恐る尋ねれば「でも至の方の央は、股間を踏みつけて嗤ってたんでしょ? 多分、同じくらいの変態だよ」と言われ、確かにそうかもと納得するのがちょっとだけ悲しい。
 ……自分の中で作り上げてきた大切な央のイメージが、見事に崩れ去ってしまった気がする。

 けれど、変態なだけの央なら別に問題は無かった。
 そりゃ流石に初恋の人が変態だったというのはショックだけど、自分達だって人のことは言えない自覚はあるのだから。

 ――それだけなら、二人だってこんなに涙に暮れてはいない。

 重い沈黙が、保管庫に満ちる。
 ややあって「央が」と口を開いたのは、至恩だった。


「央が、『人間様』になってたんだ」
「…………うん」


 当たり前のことなのにね、と至恩は声を震わせる。

 これまでの授業で、人間様が二等種のことをどう思っているかは散々教えられてきた。
 基本的に成人するまでは、二等種のことは完全に秘匿される。
 運悪く(運良く?)地上に出ることを許された二等種を見かけたとしても、周囲の大人がフォローすることにより「あれは近づいてはいけないモノ」程度の認識しか持たないらしい。

 だが、成人式後に始まる2年間の成人基礎教育は、彼らの認識を完全に変えてしまう。
 基礎教育中に「実習」を含む講義を受け真実を知ることで、彼らは一律に二等種に対し激しい嫌悪感と侮蔑の感情を、そして同じ人間では無いという免罪符を得ることにより傲慢さを獲得し、正しい大人に……「人間様」になるのだ。

 初等教育校で机を並べていた友達もいずれそうなりますと言われた時、周囲が動揺する中でも二人は冷静だった。
 そもそも学校にも家にも居場所のなかった自分達にとっては、今更その感情が悪化したところである意味変わりはしない。
 プラスがマイナスに傾くのと、マイナスが10倍になるのでは雲泥の差があるのだ。

 けれど今日、二人が目の当たりにしたのはまさにプラスがマイナスに傾く瞬間。
 しかも二人が一番大切にしていた、宝物のような想い出を踏みにじられた訳で。

 人間なのだ、そうなって当たり前。
 むしろそれが正しい人間様なのだと頭では分かっている。
 けれど分かっていたって……心はそんなに簡単に現実を受け入れられるほど頑丈にはできていない。

「……あんな央、見たくなかった……!」
「うっ、ううっ……どうして、どうしてっ……央……っ!!」

 今までより一回り小さな、何も無い白い部屋の中、振り絞るような二人の慟哭が部屋の中に寂しくこだました。


 ◇◇◇


「いやぁ、鍵沢区長もなかなか人が悪い。わざわざ感動の再会を演出しておいてから二等種を踏みにじるだなんて良い趣味ですな。ああいや、褒めているのですよ!」
「区長が態度を変えた瞬間のあの二等種の絶望した顔、サイッコーでしたね」

 その頃初期管理部のモニタールームでは、年に一度の入荷作業を終えたスタッフ達が地上からのケータリングをテーブルに広げ、酒を片手に打ち上げを開いていた。

 二等種管理庁、矯正局初期管理部。
 幼体管理部により教育棟で成体になるまで飼育及び教育された二等種を入荷し、ここ事前調教棟――二等種には一般飼育棟と知らされている――で最大1年半かけて本格的な調教の下準備を行う部署である。
 収容個体は年平均225体。つまり、およそ1割の二等種は成体になる前に「処分」される計算となる。

 矯正局の部署の中で最も危険性が高いのが幼体管理部であれば、最も「お楽しみ」が多いのがこの初期管理部だと言えよう。
 成体になったばかりの二等種をとことんモノとして扱い、自ら人間様のために性処理用の奴隷として志願するような淫乱な獣に堕とす過程は、その手の趣味がある人間には実に唆るらしい。
 お陰でこの部署に配属されるのは、嗜虐性が高く個性的な人間ばかりだ。

「二等種の絶望で今日も酒が美味いねぇ」と勤務中だというのに部長はすっかり上機嫌だ。
 そりゃ盛り上がるのも仕方が無い。今日は何せ彼らにとっても年に一度の大イベント……すなわちまだどこか人間気分が抜けない二等種を完全にモノとして扱い、地獄に叩き落とす日なのだから。
 壁に設えられた数多のモニターに映る二等種達が、揃いもそろって絶望に顔を歪め嘆き悲しんでいるのも、いい酒のつまみである。

「にしても」と管理官の一人が央の方を見る。
「まさか区長にも、こんな趣味があるとは思いませんでしたね」とニヤニヤする管理官に「そうかい?」と央は涼しい顔だ。

「こんなとこの区長に好き好んでなる奴が、まともだと?」
「ははっ、そりゃそうですね。区長の元同級生と聞いたときにはどうなるかと思いましたが」
「なに、まさか情けをかけるとでも? 二等種風情に?」
「いやいや申し訳ない、とんだ杞憂でしたね!」
「そうですよ、そんな何も知らない子供ならともかく、大人が二等種を憐れむだなんてありえないでしょ!」

 ご機嫌なスタッフ達に「あれはボクに惚れていたんだよ、今までずっと……もしかしたら今もね」と央が打ち明ければ、どっと笑いが起こる。
「二等種に惚れられるだなんて、区長も気の毒ですね」と女性スタッフに笑いながら同情されて「まぁね」と央は言葉を濁しつつオレンジジュースを一気に煽った。
 年齢的には成人しているからアルコールも窘めるのだが、この成長しない身体はどうにも酒に弱いのが難点だ。

(……ちょろいもんだ)

 かつての友人をモノに直接貶めて、心を折った央の手腕を褒め称えるスタッフ達と歓談しつつ、央は心の中でそっと呟く。

(こんな外見だから、舐められる。けど、こんな外見だからちょっとこうやってギャップを見せれば、簡単に信用を得られる)

 ここ保護区域Cの区長に就任して早3年。
 子供のような外見と15歳での異例の配属に、周囲からの圧力や妬みは絶えることがない。
 それを実力と謀略でねじ伏せながら、央は着実に区長としての地位を固めつつあった。

(初期管理部は特に反発が強かったからなぁ……とは言え『同類』だと思わせておけば、風当たりも多少は和らぐでしょ)

 心の中で独りごちる央の視線の先にあるのは、とあるモニターだ。
 そこにはシオンの姿が……他の二等種同様泣きじゃくり電撃を食らい、それでも嘆き続ける様子が映っている。
 あの感じだとまた「トモダチ」とやらと話をしているのだろう。

(実に良い反応だったよ、シオン。キミのお陰で、ボクはここでの評価を上げた。これでまた、動きやすくなる)

 そう、本当に良い顔をしていたと、央は右手を見つめる。

 央は、彼らが思っているような嗜虐的な性癖など、これっぽっちも持ち合わせていない。少なくとも自分ではそう思っている。
 これまでだって職務上二等種に何度も鞭を振るい、奉仕を命じてきたが、正直なところ彼らはただのモノだ。その辺の家具や家電と何の違いも無い。
 一般的な人間達が思っているほど強い嫌悪感も無い代わり、殊更何らかの感情を惹起することも無かった。

 ……なのに、今日は何故か手に鞭の感触がずっと残っている。

(……まぁ、知り合いというのはつい感情移入するものなのかもね。とは言え早晩、ボクの知るシオンはいなくなるんだろうけどさ)

 手の感触、去来するなんとも言えない想いと、疼き。
 央はをそれを振り払うかのように、再びジュースを一気に流し込み、ふとシオンは何を話しているのか気になって……そっと魔法で音声を脳内に出力した。

 そこに流れてきたのは、しゃくり上げながら誰かに話しかける声だ。


『央だけは……人間様になって欲しくなかった……』

『でも、悲しいのはそれだけじゃ無いんだよ』

『央にモノみたいに扱われて、鞭を打たれて、浣腸を詰め込まれて四つん這いで歩かされたのが……気持ちいいって感じてしまったんだ。こんな、央を汚してしまうような事を……!』


(…………ちっ)

 心の中で舌を打ち、タブレットから首輪を操作する。
 途端にモニタの中のシオンはその場で倒れ込み、すぅすぅと寝息を立て始めた。
 それに気付いたのだろう「おや、お優しいですね区長様は」と一人の管理官が卑屈な顔で話しかけてくる。

「やはり元ご友人には手心を加えられるのですか?」
「まさか。……ちょっとあれの会話を聞いて胸糞が悪くなったから黙らせただけだよ。あれさ、どうも本気であの鞭と浣腸に興奮していたらしいんだ。二等種ってのは最初からこんなに変態なのかい?」
「ぶっ!! ちょ、区長それ本当ですか!?」
「地上出荷済みならともかく、現時点でそれはまず無いっすねー」
「うわードン引きだわー、やっといてなんだけど、あんなことされて気持ちよくなるとか、頭がおかしい上に俺らよりずっと変態じゃん!」

 スタッフ達が口々に嘲笑う中「ホントだよね。だからさ、もう見ていられなくて」と笑いながら口にする央に、彼らは心から央がこの二等種を蔑んでいるのだと何の疑いも抱かない。

(本当に……これ以上見ていられないよ)

 だから、心の中で央がどこか寂しく呟く姿に気付く者は、幸運にも誰一人としていなかったのだ。


(…………そんな無様な姿のキミなんて……見ていられる訳、ないじゃないか)

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