第5話 性癖は運命を歪ませる
えらいもんがやってきた――
それが、保護区域Cの矯正局初期管理部長を長年勤めたベテランの第一印象だった。
「流石はあの鍵沢区長が一目置く、元同級生といったところか……方向性は違うが飛び抜けている……」
管理部長は手元に上がってきた報告書を眺めながら、はぁぁぁ、と大きく肩を落とす。
一月前、見た目はどう見ても小学生の区長がひょっこり初期管理部にやってきたかと思ったら
「今度ここにボクの元同級生が来るんだよ、ちょっとばかり遊びたいから貸してくれない? 見物してて良いから」
などとふざけたことを言い始めて。
そこまで言うならお手並み拝見とばかりに処置を全て任せてみれば、確かに区長の腕前は実に素晴らしかった。
感動の再会から一切笑顔を曇らせることなく二等種にあっさりと「分からせる」だなんて。
まるで漫画のような展開を目の当たりにして、すっかり若造の区長に反抗的だった面子も、くるりと掌を返した有様だ。
そう、そこまでは良かった。
問題はその後だ。
「……前代未聞だろう、こんなのどの文献に当たってもいやしない……二等種ってのはこの世の悪を煮詰めたような存在だろうが! それが何であんな変態に……!?」
部長は額に眉を寄せて嘆く。
それもそうだろう。何せ目の前の報告書は、これまでの世界の常識を根底から覆すような事実を並べているのだから。
――二等種というのは、生まれつき残虐な性質を身の内に抱えている。これに関して例外はない。
もちろん幼体の頃から粗暴な者は稀ではあるが、長じる中で必ず人間と言うにはあまりにも歪んだ冷酷さと嗜虐性を開花させてしまう事は、新暦になって三千年を超える歴史が証明している。
……いや、二等種のそれは嗜虐なんて可愛らしい言葉では片付けたくない。
なにせ彼らの、サイコパスよろしく食材を調理するかのように平然と人間を傷つける姿は、変態を自称するこの初期管理部に集まった精鋭(?)ですら震撼するレベルなのだから。
だから、幼体管理部では徹底的な支配と抑圧を彼らに課す。
まだ力を持たぬうちに、そして嗜虐の味を覚え「覚醒」する前に圧倒的な理不尽極まりない権力でもって支配すれば、彼らの凶暴性は押さえ込める事が先人達の試行錯誤から明確になっているからである。
ただし、どれだけ抑圧したところで潜在的な嗜虐の素質が無くなるわけではない。
だからこそ、幼体時からの加工に加え性欲という本能を最大限利用し、身体が勝手に人間様の性奴隷として隷属する事を求める製品として仕上げ、精神的な暇を一切与えず壊れるまで使い倒さなければならない……それがこの千年に渡る二等種管理における世界的な常識だったのだ。
だというのに、この妄想持ちの個体と来たら……どうにも二等種らしくない。
いや、もちろん心身共にしっかり加工は行われていて、どこからどう見ても無害化された成体二等種でしかないのに、ある一部分だけが完全にすっ飛んでしまっていると言う方が正しいか。
何にしても、どうしてこんなものがと彼が頭を抱えるのも無理はない。実際、矯正局の上役だってこの報告に同情の眼差しを見せたほどだから。
「はぁ、定年まであと3年、このままいけば穏便に退職できると思っていたのに……!」
思い返せば、確かに区長直々に成体処置を行った時にも「あの扱いに感じていた」と彼が呟いていた気がする。ただ流石にそれは、かつて同級生であったモノにうっかりかけてしまった慈悲を隠す発言だろうと、皆あの時は軽く流して終わった筈。
まさか、特筆すべき注意事項もなかった個体が、次の日から始まった成体としての生活――どの二等種も人間とは思えない、いや家畜とすら呼べないような徹底した管理と懲罰に絶望し、自殺企図や自傷行為により懲罰と共に向精神薬や抗うつ剤をてんこ盛りにされる個体が出るほどの過酷な環境に対してすっかり「ハマって」しまうだなんて、誰が一体想像しただろうか!
「上に問い合わせたところで何の知見も得られやしないし……幼体と違って他の個体への影響はほぼ無いだろうが、にしたってこんな変態個体、一体どう対応すればいいんだ……!?」
幼体管理部も、どうしてこれを有害個体として処分しておいてくれなかったのかと、彼は独りごちる。
いや、確かに目立った反抗的兆候もない個体だ。個人的な感情だけでどうしようも無かったのは理解できる。理解はできるが……もっとこう、適当な理由をでっち上げて処分しておいてくれれば良かったのに。
数ヶ月後に迫った「誘導」の実施に思いを馳せ、机に積まれた数多の企画書を眺めながら部長は再び大きなため息をつくのだった。
◇◇◇
『淫乱な二等種らしく、股間からダラダラ垂れ流してる恥ずかしい汁は一滴残らず舐めて掃除するんだよ。保管庫はキミの体液以外は魔法で清潔を保ってくれているんだ。いくら人間の形をしたモノとはいえ、自分の出したものを片付けるくらいの思考は残されているでしょ? あ、むしろ二等種にはご褒美だったりする?』
『朝の餌はね、浣腸液を注入しないと貰えない。もちろん食べ終わるまで浣腸液は抜いて貰えないよ? 当然、二等種に手やカトラリーを使う権利はないから、這いつくばって自分の体液もたっぷりかかった美味しい餌を啜るんだね。……ああ、時間内に食べないと大変なことになるから精々頑張りなよ』
『成体の二等種はお湯なんて贅沢品は使えない。幼体にだって本当は使いたくないけど、外野が喧しいから仕方なく使っていただけなんだよね。ま、そもそも自分で身体を洗う権利すら二等種には無いからさ。洗浄する水だって二等種には勿体ないってのに、せめてもの慈悲で洗って貰えるんだから、人間様によく感謝するんだよ』
(……ああ、全部その通りだった。央の話は脅しなんかじゃ無かったんだ……)
(こんな惨めで、痛くて苦しい事しか無い、酷い扱いを受けるだなんて……)
あの日、央が教えてくれた成体の二等種の生活は、きっとほとんどの二等種にとっては完全に人から別たれたモノになった事実を並べ立て、絶望に追い打ちをかけられる地獄そのものなのだろう。
けれど、長年の抑圧で拗れた性癖を開花させた二人にとっては
((……ぶっちゃけ、たまんないよね!!))
――ただの秘めた願いを叶えてくれる恵まれた環境に過ぎない。
「人間様、54CM123に浣腸と餌をお恵み下さい」
ベッドも机も無い、前より一回り小さい……四畳半くらいだろうか、二人でいるには少々窮屈な白い部屋に移されてから、二人の餌の時間は必ず数分ずれるようになった。
並行世界の間を行き来する二人が齟齬を起こさないために、多少の時間のずれは生じるものなのだろう。まったく、この世界は上手いことできているものだ。
今日は、至恩が先に餌の時間を宣告された。
いつものように土下座をして浣腸と餌を乞うた後、高さのない扉の上に開いた小窓から縁がぽってり腫れた後孔を晒し、無遠慮に突き立てられたチューブからとぷとぷと浣腸液を体内に詰め込まれつつ、鈴口から滴る蜜を真下に置かれた餌皿に注がれる餌へと混ぜ込んでいく。
「はぁっ……お腹パンパン……ああもう出したいいぃ……」
「至、また我慢汁が垂れてるよ。……餌の時はさ、普段より汁の量が多い気がするんだよねえ。実は至って、浣腸が好きだったりする?」
「ふぐっ……だって、いいじゃん……ううぅっ、無理矢理膨らまされてさっ、もう出したくて餌の味も分からないような状態で無理矢理食べさせられるの……」
「あーうん、気持ちは分かるなぁ。ね、中身って絶対漏れないんでしょ? ……今日さ、浣腸終わった後にお尻にエネマグラ突っ込んでみない? これだけ加工された身体ならきっと気持ち良くなれるだろうし、こんなに苦しいのに感じるなんて、って……もっと楽しめるかも」
「なにそれ詩、天才じゃん!」
給餌が後になる方は暇だから、注入で苦痛に呻いているトモダチの気を紛らわすためにこうやって話しかけることにしている。
……とはいえ、その内容は気を逸らしているのか、むしろ煽っているのか分からない状態だけど。
扉の向こうから「もうやだこの変態個体」と人間様の嘆く声が聞こえるが、首輪の電撃が作動する気配は無いから、別に楽しむこと自体は禁じられていないらしい、と二人は都合良く解釈している。
(ふふっ、いくら唆る展開だからって、毎日同じじゃ飽きちゃうしね……やっぱり適度にオプションはつけないと)
順番を待つ詩音は胸を躍らせつつ「私もやってみよっと」とエネマグラと共に部屋の隅に転がっていたアナルプラグを手にする。
魔法のお陰で注入された液体は一滴たりとも漏れることが無いと、あの時央は……人間様は言っていた。
実際に、これまで注入後にどんなことをしても漏れたことはない。とはいえ折角浣腸を我慢させられるなら、物理的な栓があった方がそれっぽくて興奮するに決まっている。
「あーもう既に限界なのに……この上に挿れるだなんて…………」
ダラダラと脂汗を垂らしながら、けれど至恩の声が上擦っているのはどう見ても苦痛のせいでは無い。
浅い息を繰り返し、傍目で分かるほど全身を震わせつつもどこか期待の笑みを湛えながら、トドメとばかりに至恩は持ち手から横に伸びる謎の突起が付いた奇妙な形のディルドを押し込む。
「んぐうぅっ……細いのに、きっつい……!」
「お腹動いちゃう?」
「んっ、うん、今めちゃくちゃ出したいっ、吐き気までするぅ……ああ、これ息んでも抜けないんだ……!」
「元々抜けにくい形だけど、浣腸してるから余計に抜けないようになってるのかも。これは新しい発見……」
魔法って凄いね、と妙なところで感心しつつ餌を頬張り、遅れて餌の時間を迎えた詩音が浣腸に「ほんときっつい……また量が増えたよこれ」と頬を染め目を潤ませるのを横目に、軽くお尻に力を入れて、緩めて、入れて、緩めてを繰り返すこと数分。
お楽しみの時間はあっさりと、そして期待以上の成果をもって訪れる。
「あ、ちょ、これやばっ詩、辛いのにっんはぁっ逝くぅ……っ! ひぃっ、止まらない、止まらないよぉっ!!」
「ぐっ……ああ凄いねぇ、至。ずっとメス逝きしちゃってるじゃん! いいなぁ、男の子の特権だよね、それ」
「うあぁぁっ、いぐっ、またっいぐっ……ちょ、詩っ羨ましそうにしてる場合じゃ無いってこれ、餌っ、餌がっ食べられないぃ!!」
どうやら二人の思惑は良い感じに「嵌まった」らしい。
リズミカルに前立腺を内から外からぐいぐいと押される動きに、この1ヶ月でしっかりと開発された至恩の身体は簡単にメスの快楽を拾い上げる。
お腹はパンパンに張って、絶え間ない排便衝動に加え横隔膜を押し上げているお陰で息まで浅くなって苦しいというのに、強烈な快楽とない交ぜになった奔流はこの惨めな境遇を楽しむスパイスとなって、彼らの変態満喫生活に彩りを与えるのだ。
「ひぅっ、いぐっ……あぁぁぁ……餌……うあぁ……」
「んーこれじゃ食べられないね。至、夜私の半分食べてね」
「はぁっはぁっ……あ、ありがと、詩あぁぁんっ!!」
とは言え流石に餌が食べられないのはちょっと問題だねぇと悲鳴を上げながら痙攣する至恩に苦笑しながら、詩音は自分の餌を食べきると挨拶もせずに至恩の餌皿へと顔を突っ込む。
(これ、人間様からはどう見えているんだろ……床を舐めてる感じなのかなぁ……)
胃に餌が流れ込めば、腸が動いて襲いかかる便意の波に詩音が呻く。
給餌は終わっていない扱いだから、腹の中を蠢く液体はそのままだが、何の問題もない。
そもそも二等種は、どんな状況に於いても命だけは保障されているのだ。それならば苦痛は多い方が……より惨めさが増して滾るから。
「んぐっ……相変わらず不味いねぇ……オスの我慢汁入りの方がちょっと不味い? 精液が混じってるせいかな」
「ううぅ、ごめん詩……」
「ふぅぅっ……いいよ、だって『床掃除』で慣れてるし」
ようやく二人分の餌が終わり、挨拶が受諾された瞬間、溜まりに溜まった尿と浣腸液がすっと腹から消え失せる。
さっき「26分」と天井からの音声は告げていたから、浣腸液は相当量が体内に吸収されているだろう。今日も昼過ぎから尿意に悩まされることは確定だ。
本当に、この容赦の無い人権無視の沙汰は……実にゾクゾクして、心地よい。
「はぁぁ……もうだめ、動けない……腹筋が笑ってるぅ……」
「流石にエネマグラは無茶だったねぇ」
「うん……アナルプラグぐらいがちょうどいいんじゃない? 詩の様子見てる感じ」
「だね、明日は二人でプラグにしよっか。あ、でも1サイズ上げた方が楽しそうだから注文しておこうよ」
「むしろバルーンプラグにチャレンジしたいんだけどなぁ……これ聞いてるなら商品に追加してくれないかな、人間様」
今日も朝からがっつり性癖を満たせるイベントに、二人は充実した表情である。
餌の後は、給餌中に床にまき散らかされた体液を「これ、掃除しないとまずいよね」と一緒に舐めつつ、今日は何をしようかと話し合うのが日課だ。
ちなみに最初の頃は、特に至恩は自分の体液を詩音が舐めることを非常に嫌がっていたのだが
「ぶっちゃけさ、どれがどっちの出したものかなんて分かんないじゃん、性別が違ったって『自分』なんだし、一緒じゃ無い?」
と、2日目にして詩音に押し切られる形で納得させられたのだった。
「……いや、性別が違えば流石に一緒じゃ無いよね!?」と大分時間が経ってから一応突っ込んだけれど、もはや今更ではある。
「いつ舐めても精液は不味いよねぇ。苦いし、喉に張りつくし、臭いも変だし」
「だから精液っぽいやつは僕が舐めるって言ってるのに……詩のは何か良い匂いだし、しょっぱいけど美味しく感じるから、僕だけご褒美貰ってる状態じゃん」
「むしろ不味いのを舐めさせられるってのはご褒美だよ?」
「そうだった」
二等種になる以前から常に見下され格下として扱われ続けた経験は、二人の性癖をすっかり歪めきっていたようだ。
お陰で今の彼らにとっては、虐げられること、抑圧されること、その全てが興奮と快楽に結びつく。
つまり二等種としては、ある意味最強である。
床を舐めさせれば「こういうの漫画で読んだことある」「安全に体験できるって最高じゃん?」と盛り上がり、身体を拘束され冷水で機械的に洗浄されれば「車の気持ちが分かった」「でももうちょっと工夫が欲しいよね、どうせなら足が付かない方がいいなぁ」「ついでにブラシ型触手でヌルヌルしてる方が素敵だと思うの」と注文を付ける。
なまじ魔法抵抗力が残っているお陰で、他の二等種に比べれば思考力が残存し、それが欲望の肥大に全力で拍車をかけているようだ。
「ね、これ注文しようよ! 尿道バイブだって」
「うわぁ……何これ、尿道からバイブ突っ込んで前立腺を気持ちよくするの? 考えた人天才じゃない? 流石は人間様」
「メスでも尿道からクリトリスの根本を刺激できて気持ちがいいらしいんだよね……こんな穴まで感じるの? とか蔑まれるかと思うと……はぁっ、妄想だけで半日は浸れる……」
どうせなら電気タイプもあれば良いのにね、と恐ろしいことを話しつつ、二人は躊躇いなく注文ボタンをタップする。
そして数分後保管庫に転送されてきたグッズ一式に鼻息を荒くし、いそいそと準備を始めるのだった。
成体の二等種を取り扱う初期管理部では、入荷から最初の3日間は全ての娯楽の提供を停止する。
その後アダルトコンテンツのみを解放することで、暇という恐怖に怯えていた二等種達は我先にと幼体管理部から引き継がれた情報によって個別に最適化されたコンテンツに群がり、止まない発情に煽られ日がな一日自慰に耽り、AIが更なる分析を重ねた広告やコンテンツに唆されより過激な方向へ……全身を、特にあらゆる穴を性的に開発するようになる。
コンテンツは動画、画像、音声だけでなく、いわゆるアダルトグッズと呼ばれる物も含まれている。当然ながら全て無料で提供されるのだ。
だから二人も、他の二等種同様一日中コンテンツを漁っては様々なアダルトグッズに手を出し、人間様の思惑通りに全身を淫らに開発することに全てを注ぎ込む。
何せ、排泄すら禁じられた以上この部屋から出られるのはたった1時間の運動と洗浄の時間だけ。いくら二人でいたって、喋るだけでは暇を持て余してしまうから。
――ただ、人間様の思惑とは裏腹に、彼らが己の快楽に没頭するのは「モノ扱いされる楽しさを堪能するため」だったのだけれど。
管理側からすれば「頭のおかしい個体」と気味悪がられてはいたものの、積極的に自己調教に励んでいるなら問題ないわけで。
だから特段の対処は必要ない……当初はそう判断されていた二人だったが、その性癖と天性のポジティブ脳天気な性格は、否応なしに人間様を巻き込んでいくことになるのである。
◇◇◇
ここ一般飼育棟――正式名称は「事前調教棟」だが――における二等種の生活は、その全てが彼らをいずれ性処理用品という名の性奴隷として調教する事を前提とし、調教用素体として出荷する前に行う処置と見做されている。
わずかに残った人間としての尊厳を叩き潰しがてら自らを調教させることで、本格的な調教にかかる人的コストを下げるのが主な目的だ。
当然、元々の気質や好奇心によって自己調教の進展度合いには多大な個体差がある。
だから初期管理部では、発情の魔法や薬剤に加えAIを駆使したコンテンツ作成・選択により進捗の遅れている個体に働きかけつつ、半年後の「誘導」段階開始までに一定の基準をクリアさせることを目標としている。
どうしても進みの遅い個体の場合は、ちょっとした事故を装って――例えば洗浄用のブラシが未開発の穴に入り込んでみたり、間違えて手配したアダルトグッズが二等種を襲ってみたりすることで、調教の「手助け」をするのだ。
提供されるグッズは全て、実際の調教にスムーズに移行できるよう規格を統一しているし、二等種の幅広いニーズにも応えられるよう商品展開も充実している。
正直、人間としてもちょっと利用したいと思わせるレベルで、実際に初期管理部を退職した職員がアダルトグッズショップを開いて成功した例もあるらしい。
そう、つまり人間様が羨むくらい、商品は充実しているはずなのだが。
「……ハードSM系のコンテンツやグッズを所望している個体がいる……?」
「そうなんです。どうやら幼体管理部で提供しているコンテンツにそういった物があったみたいで……といっても、このジャンルのコンテンツはこれまで生成されていなかったんですけどね。どうも検索をかけまくった結果、AIが新しくジャンルを立ち上げてしまって」
「うっそだろ、新ジャンル設立とか初めて聞いたよ」
ある日保護区長室にやってきた初期管理部長は、開口一番げんなりした顔で央に報告を上げる。
タブレットに表示された報告書は現時点で問題のある個体のリストだ。
まさかと思いつつ央が報告書を見れば、案の定筆頭にシオンの管理番号が書かれていて「何をやっているんだい、あれは……」と央もまたがっくり肩を落として大きなため息をつくのだった。
幼体時のコンテンツ制限は年齢なりのものだから、過度な性的表現や暴力表現はそもそも含まれようが無い。
ただ、彼らの性癖は何も性的なコンテンツでなければ提供できない物では無い。囚われ、監禁され、悲惨な目に遭うキャラクターの出てくる物語なんて、古今東西あらゆる健全コンテンツに登場するのだから。
限られたコンテンツの中で性癖を満たそうとするシオンの情熱は、AIに年齢制限ギリギリを狙うようなコンテンツを新たに生成させてしまったらしい。
そうして健全に(?)性癖を育ててしまった彼らは、念願のアダルトコンテンツ解禁に伴い、当然のように全力で己が歪んだ性癖に合致するコンテンツを検索し続けている。
そう、思考力が欲望側に全振りされるよう頭を加工されたシオンは、魔法抵抗力のお陰で残された思考をフル活用し、碌でもないことを学んでしまったのだ。
「調べ続けていれば、いずれは性癖に合うコンテンツが出てくる」と――
『首輪もいいけど、どうせなら拘束具欲しいなぁ、人間様追加してくれないかなぁ……そうそう、金属の枷で自縛できるような構造の…………あーいいね、マスクはレザーよりラバーかなぁ、ベルトも最高なんだけどさ、あのぴっちり感は捨てがたいんだよ』
『はあぁ、寸止め動画もいいんだけど、そんな甘々じゃなくてさぁ……そうなんだよ、もっと煽って欲しいし何ならピンヒールで踏むくらいして欲しいよね! …………うん、メス堕ちはいいんだけど…………それ、もっと逃げ場が無い感じが…………』
どうやらかつての同級生は、非常に残念なことに幻覚のトモダチとも性癖ががっつり合うらしい。聞くに堪えない独り言が延々とスピーカーから流れ出す。
添付されていた監視映像を眉を顰めながら視る央に「……毎日その状態です」と部長はうんざりした様子で付け加えた。
二等種達は自分が監視されている事を知っていて、独り言よろしく人間様へのおねだりをする個体も多数存在する。コンテンツや商品はAIにより個体に最適化されているとは言え、細かい要望までは拾いきれないから、人間側もその発言を参考に更に調整を加えるのが常だ。
だから発言自体は問題では無い。
問題なのはその内容であって。
「……念のために聞くけど、これに見合ったコンテンツが生成される可能性は」
「ありません。ちなみに調教に使う器具はありますが、こちらも二等種の嗜虐性を惹起させないためショップに並ぶことはありませんから。それで」
「それで?」
「…………二等種の発言はAIも分析材料として利用します。しますが、あまりに変態なおねだりが続いた結果」
「うん」
「昨日AIが過負荷でフリーズしました」
「はあぁぁ!?」
(AIを!? フリーズさせる!!? いや、原理上はあり得るけど、キミは何をやらかしているんだい!?)
AIを用いた管理は、千年に及ぶ二等種管理においてはたかだか百年にも満たないくらい日が浅いが、この三千年に蓄積された二等種のあらゆる情報を事前学習させている。
だから二等種のどんな態度や要望に対しても、常に臨機応変に適切な対処ができる、筈なのだが。
「……前段未聞だそうです、天然の被虐嗜好持ちの二等種は有史以来、一体も観測されておりません」
「そりゃそうだろうよ……人間を甚振ることが心の栄養みたいなやつらじゃんか、二等種って。なんで逆方向に突っ走った個体ができてるわけ!?」
「その答えを持っている人間は、恐らくこの世界には存在しませんよ、鍵沢区長」
はぁぁ、と二人は同時に大きなため息をつく。
二等種の管理は矯正局の管轄だが、各保護区域の区長が最終的な権限を持つのが現状だ。だからこの困った個体の処遇も、央の一声でどうとでもできる。
初期管理部長としては、恐らく処分を提案したいのだろう。ただ幼体管理部同様、特に反抗的でも無い無害な二等種をわざわざ処分する理由は無いからこそ、央の所まで相談に来たわけで。
しばしの沈黙の後「これはさ」と央が口を開いた。
「性処理用品としての適性はどう思う? 正直、調教前からこの状態だし、ボクは適性自体は結構あるんじゃ無いかと思うんだけど」
「それこそ前例の無い逸品が仕上がる可能性はありますね……心の底から性処理用品ライフを楽しみそうです。何だかそれはそれで癪なんですけどね……」
「まあまあ……ならさ、取り敢えずこのまま放置でいいんじゃない? ああ、流石にコンテンツやグッズは増やさない方針で。変に二等種として覚醒したらまずい」
「かしこまりました」
「あとさ、AIにこの独り言を拾わせないようにしたほうがいいんじゃないかな……またやらかす未来しか」
「見えませんな!」
ぶっちゃけ、これの自己調教自体は順調だしね、と央はデータを指す。
確かに肉体だけを見れば進捗はむしろ進んでいる方で、更にその性質を鑑みるに「誘導」のフェーズに入れば真っ先に手を挙げるであろう個体である。それならば、現段階で無駄な処分は避けたいと聡明な区長は判断したようだ。
「処分もいいけど、ここまで何年も飼育加工してきたコストを考えるとねぇ……適性があるならこれが活かせそうな加工でもして使い倒した方が、結果的にはいいんじゃないかと」
「まぁ、それはそうですね。むしろとっとと調教管理部にぶん投げたいですよ、監視しているこっちの頭がおかしくなりそうだ」
「ははっ、そりゃそうだ」
(……にしても、ちょっと意外だったな)
部長の背中を見送った央は、改めてタブレットを確認する。
再生するのは先ほどの監視映像だ。そこに映るシオンは、明らかに自分が悲惨な境遇に置かれ甚振られることに興奮し、楽しそうに下の穴にディルドを咥えて、甘ったるい声を上げながら腰を振っている。
無表情に見つめていた央の口から「……どうして」と無意識に言葉が漏れた。
「あれだけ虐められていたのに……むしろそこは虐める側に目覚めるとこだろう? 二等種なんだし。どうしてそうなっちゃったんだい、キミは」
初等教育校ではずっと同じクラスだったから、何年もシオンが酷い虐めに遭っていたことは当然知っている。
助ける、なんて選択肢はあの頃の央には無かった。下手に助ければ次のターゲットになるのが、ふたなりで物心つく前には魔法が使えたが故に、何があっても子供達の前で魔法を見せない自分であることは明白だったから。
精々誰かが見ていないところで話しかけるだけで精一杯で、けれどそんな行為ですらシオンが喜んでいたことを知っていて。
「……キミはもっと、強くて孤高な子だと思っていたんだけどな。あんなに虐められても学校に通い続けていたし」
実際は、単に家に居場所がなかったから学校に来ていただけ、という事実を央は知らない。
央の中で微妙に美化されたシオンの思い出と、今目の前で淫猥に腰を振り続ける二等種とのギャップが、余計に央を落胆させる。
「まぁ、精々しっかり立派な穴に育てておくんだね」
カチリ、とタブレットはロックの音を響かせて沈黙した。
「さて、残った仕事を片付けないと」と央は自分の机に戻ってキーボードを叩き始める。
実に、実に無様だよ、シオン。
――打鍵音にかき消された、小さな呟きに込められた気持ちは、誰も知ることは無い。
◇◇◇
ぐちゅり、ぐちゅっ……
部屋の中に響くのは、お気に入りの寸止め動画で悲鳴を上げる男の懇願する声と、女の嗤う声。
そして二人の股間から発せられる湿った淫らな音に、恍惚とした喘ぎ声だけ。
「……人間様ってさ……んぁ……僕らを飼い殺しにするんじゃなくて、性奴隷にしようとしているんだと…………ふぅっ、思うんだよね……」
「はっはっはっ……そっ、そう思う……こういうシチュエーションは……基本よねぇ……」
「まさかリアルで体験するとは思わなかったけど、んっ出るぅ……」
ここに来てから一体どのくらいの日数が経ったのだろう。
二人は今日も「折角ローター付きのニップルサッカーがあるなら、金属製のクリップも置いて欲しいよねぇ」「チェーンで繋がってるとなお良しだよね」と相変わらず無茶な注文を投げかけつつ、快楽を堪能していた。
至恩の後ろにずっぽりと嵌まり込んでいるのは、矯正局規格4L、太さ7センチの凶悪な見た目のディルドだ。
詩音は前後に挿入しているから流石に2段階細めだが、両方の太さを足せば骨盤の限界である10センチには到達しているだろう。
……そう、二人の孔はたった半年足らずで、二等種の出荷基準となる規格を易々と飲み込むようになってしまっていたのだ。
ちなみに最初の頃は、指一本ですら「痛いし気持ち悪いよう……」「これのどこが良いのか分からない」と二人して涙目になりながらの拡張だった。
なのにある日
「ああでも、良さも分からないのにただ事務的に拡張されていくだけって……シチュとしてはモノ扱い極まりなくて滾らない?」
なんて至恩が呟いてしまったのがきっかけで、次第に互いの拡張度合いを競うようになった結果がこれである。
人間様が用意した丁寧なマニュアルのお陰で、感度も後から付いてきて万々歳(?)だ。
――きっと世界を超えて二人を同時に確認できる人間がいたならば、この珍事を前に間違いなく確信しただろう。「ドマゾだけを一緒に入れて飼ってはいけない」と。
性差なのか多少好みの差はあるけれど、基本的には二人とも「囚われの身で理不尽に嬲られ泣かされる」のが好きなお陰で、妄想に歯止めが効かない。
そしてここは、そんな妄想を部分的にとはいえ叶えられる場所で……二人が喜び勇んで自己調教を進めるのは最早必然だろう。
◇◇◇
そんな代わり映えのない無い性に塗れた生活の中で、最近大きく変化したことがある。
それは朝の給餌と、餌そのものだ。
いつからか朝の給餌は餌皿では無く、ノズルを喉奥まで深く挿入され餌を直接胃に注がれる形に変わっていた。
初めて強制給餌を受けた後は、それはそれは二人して大興奮で「いいなこれ……めちゃくちゃ家畜っぽい……」「流し込まれてお腹が膨れるだけって凄いインパクトよねぇ、あーもうずっと咥えたまま固定されたい」と妄想を爆発させ、お陰で1週間はこのネタだけで自慰が捗ったものだった。
あれ以来ずっと、ノズル部分の付いた口枷が欲しいと「おねだり」はしているものの、どうも人間様は二人の性癖を叶えることには消極的らしい。コンテンツだって陵辱やら人権剥奪ものやらハードな拘束、SMプレイはどれだけ検索しても反映されず、致し方なく寸止めプレイ動画で妥協している始末なのだ。
……その分、リアルが過酷になるというなら、それはそれで悪くはないのだけれど。
「餌が精液の味と臭いになったのもびっくりだよ、これ絶対人間様にご奉仕することを想定してるって」
「僕流石にこの味はきっついなぁ……詩は食べた途端興奮しすぎて鼻血出してたけどさ」
「だって! こんなの漫画の中だけだと思ってたもん!! リアルで体験できるだなんて……はぁ、今思い出すだけでもまた鼻血がああぁ」
「ストップ詩、また救護に人間様が転送されてくるってば」
ここでは、衣食住全てがまだ人間らしさを残した生活から、徐々に家畜へ、そしてモノへと否応なく変遷していく。
人権が無いという事実を段階を追って突きつけていく仕打ちをただ嘆くだけで無く……いや、彼らは何一つ嘆いてはいないけど、その先に待つ未来を推測できるのは、二人が名前という原初の、そして最後の砦を守り続けていたからだろう。
「にしてもさ」と至恩がくちくちと己の中心を扱きながら嘆息する。
「どれだけ出してもさ……本当に満足できないんだよねえ」
「分かる。確かに絶頂したはずなのにさ、なーんか足りないんだよねいつも」
「幼体の時にはこんなこと無かったのに……央が嘘をつくわけが無いとは思っていたけど、本当にこんな鬼みたいな魔法があるだなんて」
『二等種にはさ、気持ちよく快楽を貪る権利だってないんだ。ああ、今は自慰くらいは許されるけどね。でも、キミはもう自慰による絶頂で満足することはない。可愛そうだよねぇ、身体は満足しても心は永遠に満足できないんだなんて! ふふっ、人間様が気持ちいいアクメの許可を与えてくれる日がいつか来るといいね』
日がな一日、恐らくは寝ている間も身体を慰める行為は止まることが無いのは、単に発情を維持されているだけでは無い。
なまじ幼体時代にめくるめく快楽を覚え込んでしまった頭は、変えられた身体の現実を否定しその記憶だけを追いかけて、過激な自慰へと二等種の背中を押し続ける。
全ては、明確な目的のために幾重にも仕組まれた罠の一つに過ぎない。
これまでの扱いが、性癖故に溜め込んだ知識が、思考という二等種でありながら残されてしまった機能によって組み立てられ、二人にに囁きかけるのだ。
――恐らく自分達は、そう遠くない未来に人間様のための性奴隷として作り上げられ、生涯使い倒されるのだろうと。
発情に飢え、渇望に喘ぎ続ける身体は、そして歪みきった性癖を自覚し抱き締める心は、その推測を諸手を挙げて歓迎する。
いつしか二人は、いつか到来するであろう「次の段階」を心待ちにするようになっていた。
「次に移動したときは檻かなぁ。もっと狭くてさ……こんなに明るい空間じゃ絶望感も薄らいじゃう」
どうやら至恩は中世的な監獄がお好みのようだ。
鉄と石で囲まれた空間に囚われ、侮蔑と嘲笑の視線のなか性奴隷に仕立て上げられる、そんなストーリーは実に美味しいのだろう、へらりと締まりの無い笑顔を見せる。
「逆に明るいなら、研究所みたいなのも面白くない? こっちが何を言おうが全く反応してくれない、みたいな」
詩音は詩音で、現代的な設備でのモノ扱いをご所望らしい。
淡々と無慈悲に、まるで工業製品を作るような過程はきっと、下手な侮蔑よりも尊厳を打ち砕かれるだろうからと目を輝かせながら。
「自分で調教するのも良いけど、やっぱり誰かにやられるほうがいいよね」
「だね、使えそうなグッズは一通り試したし……早く次のフェーズに移らないかなぁ」
二人は知らない。
この半年の所業をモニターの向こうで眺める人間があまりの変わり種に手を焼き「あんな二等種見たこと無い」「実は覚醒したらとんでもない害悪になるんじゃ」とドン引きし戦々恐々としていることを。
それ故に「これは何が何でも初日に出荷させるぞ、もう視界に入れたく無い!」とすっかり人間様のやる気が天井を突き抜ける勢いで上がってしまい、今年の「誘導」用企画コンペの熱の入りようが異様だったことを。
二人の望みは、程なくして叶う。
……それは最終的に、保護区域Cにおいて30年ぶりの出荷率9割超えという偉業を達成させ、他の二等種達にとっては例年にない災厄と化すのである。
◇◇◇
「……詩音、何か広告出てない?」
「あ、至恩も出てる? 何だろうね、この『性処理用品』って」
そんなある日のこと、二人はタブレットに突如出現した目を惹く色合いのバナーに気付く。
また新しいコンテンツか? と喜び勇んでクリックすれば、そこには彼らが待ち続けていた「次のフェーズ」が記載されていた。
((来た…………!!))
それに気付いた瞬間、二人の心臓が一気に高鳴る。
最近ではこの淫らでしかし単調な生活に飽きてきていたのだ、このタイミングで投下する燃料としては最高すぎる! と。
「これ、性奴隷の紹介だよね? ……あはっ、もう人間様ったら期待を裏切らないんだから……っ!!」
声を上擦らせてはしゃぐ詩音に「そうみたい」と頷く至恩はしかし、少し期待外れと言った様子である。
「まさか……性奴隷が志願制で勧誘されるものだなんて、ちょっとなぁ……」
「そう? 、私これはこれでいいなって思うけど。どうせ志願とか言いながら、ここから志願せざるを得ない状況に追い込まれるんでしょ? その過程も味わえるなら言うことないかな」
「それはそうだろうけど……どうせならもっと強制的にというか、自動的に性奴隷にしてほしかったな……」
このバナーは、初期管理部が二等種を性処理用品、いわゆる人間様の性奴隷に仕立て上げるための「誘導」フェーズに入ったことを表している。
「誘導」フェーズは入荷からぴったり半年後に開始され、期間は1年間。この間に初期管理部はあらゆる手段を用いて二等種を勧誘し、締め付け、懐柔することを繰り返し、彼らを限界まで追い込んで、性処理用品という身分に堕ちたいと自主的に志願させるのである。
誘導における調教管理部への出荷率は平均82%。つまり、8割以上の二等種が性処理用品として本格的な調教を受け、生涯人間様の性欲と支配欲の捌け口として使われることになるのだ。
ここまで何かと強権的な手法で二等種を抑圧し続けてきたにも関わらず、性処理用品に関しては実情はともかく志願制を掲げているのは、決して二等種への温情などでは無い。
単にどんな状況であれ自ら志願したという大義名分を押しつけることにより、人間側の責任を回避し、二等種の精神に生涯消せない枷を付けるため。そして、追い込まれたにせよ志願という形態を取った方が、不思議と品質が上がるという研究結果があるからに過ぎない。
……そんな人間側の思惑は、当然二等種には理解できない。
ほとんどの二等種にとってこの性処理用品という待遇は、成体になってから半年間ずっと、どれだけ一人で慰め何十回と白濁を吐き出し絶頂を極めても決して精神的に満足できない状況で苦しんできた自分達をここから救い出してくれる、人間様の救いの手にしか見えないのだから。
とにもかくにも、二人は新しく増えた性処理用品に関するコンテンツ、そして勧誘用のページを隅から隅まで読み尽くした。
正直言って、このコンテンツだけでも十分自慰のお供としては優秀だ。何せこれはただの設定では無い、目の前で展開されるリアルであるという事実が、余計にオカズとしての品質を高めている。
だが、歪みきった性癖はどうやら思った以上に人間様の手には余る代物だったらしい。
真剣にコンテンツを読んでいた詩音が首を傾げ、ややあって「……これは、メリットなのかな?」とぽつりと呟いた。
彼女が指さしているのは、二等種達の生の声と銘打ったセクションだ。
「人間様のお役に立てることで生きてていいって思えた、って……何で役に立てなければ生きる資格が無いなんて思うんだろうね」
「そんなこと言ったら、僕らなんて二等種になる前から生きてる価値無しだよね。誰かの役になって一度も立ったことがないし」
「大体役立たずなのに生きてるのがおかしいなら、二等種って発覚した段階で処分されてないとおかしいって思えなかったのかな……」
不思議だねぇ、と首を傾げる彼らには理解できない。
ほぼ全ての二等種はかつて人間として、幸せな家庭と社会の中で生きていた。
その存在があるだけで愛され、尊ばれていた、生きているだけで価値があると有形無形の愛情を受けて育っていた彼らにとって、存在そのものが何の役にも立たない害虫であると言う事実は、いくら年単位で洗脳よろしく叩き込まれたところで潜在的には……生涯受け入れられないまま。
だからこそ、彼らは何とかして元の姿を取り戻そうとする。
人間には戻れずとも、この世界に存在するための価値をこの有害と断じられた身に着けることが出来るならばきっと生きることを許されると無意識に希求し続ける。
だからこそ性処理用品となった二等種の言葉は、何よりも深く彼らに「刺さる」のである。
――けれど最初からその存在を「覆われた」二人には、そもそも比較となる原点が存在しない。
両親にとって愛すべき子供は、魔法の才能という虚飾であった。
外では「天宮の本家長子」としての側面だけを褒めそやされ、尊ばれ、時には媚びへつらわれ……誰一人シオンたちそのものを見る者はいなかった。
その証拠に、魔法登録の歳が近づいてきても魔法の発露が見られないと知るが否や、彼らはくるりと掌を返す。
正反対の対応を目の当たりにし、彼らは思い知るのだ。
どちらにしても彼らが見ていたのはシオンの存在では無く、その周りに周りが付けたレッテルだったと。
そして……だからこそ彼らは、悲しいほどにきっぱりと断言できる。
「……別に何の役にも立たない存在だからといって、生きちゃいけないとはならないよね」と。
「この二等種の感想はさ」
「うん、何一つ共感できないね……」
その後も二等種達の感想という名目で、性処理用品になるメリットがずらずらと挙げられている。
曰く、性処理用品になれば地上に出られる、人間様に使って頂ければ自慰よりずっと気持ちよくなれる、品質の良い道具であれば本来二等種には許されない権利がいくつか認められる……
だが、その中に二人の心を射貫くものは何一つ無い。
本当に……何も、無かったのだ。
「あのさ、至」
「うん、詩の言いたいことが分かった」
全てを読み終えた二人は、タブレットを閉じる。
いつの間にか壁に備え付けられたモニタでも性処理用品の紹介動画が流れていたが、既に彼らの眼中にはない。
あれほど待ち望んだ情報に興奮していたはずの二人はしょんぼりと肩を落とし、少々残念そうに頷き声を合わせるのだった。
「「これは、無いわ」」
◇◇◇
「初日の志願個体が24体は結構凄くない?」
「凄いです、区長。初日は大体10-15体くらいなんですけどね」
「今年のコンテンツは去年から大刷新しましたから! 気合い入りまくりっすよ!!」
次の日、初期管理部のミーティングルームには管理官と区長の央が集まっていた。
「誘導」フェーズに入った後は定期的にミーティングで進捗を確認し、1年後のノルマ達成に向けてコンテンツの拡充やタイミングを話し合うのだ。
「僕が来てからは、初日の志願個体が15体を超えたのは初めてだよね? いや、この成果は本当に凄いよ!」と央は感心しつつタブレットを指でスクロールしていく。
と、あることに気付いて顔を上げた。
「……あれ、もしかしてあの変態個体は志願してない?」
「ええと、その……」
その存在を口にした瞬間、微妙な空気が部屋の中に流れる。
(あ、これはまた何かやったなシオン)と非常に嫌な予感を覚えつつ、央は部長に向かって「……あまり話したくないかも知れないけど、一応さ」と状況報告を促した。
「全くです」と苦虫を噛みつぶしたような表情で頷きながら、部長も事情を説明する。
「区長。まことに言いづらいのですが」
「うん」
「あの変態個体……一通りコンテンツを隅から隅まで熟読した後、よりによって『解釈違い』だと……幻覚と盛り上がった挙げ句一蹴して、初日にして既に興味を失ったようにすら見えます」
「…………はい!?」
ぽかんとする央に、見て頂いた方が早いですねと部長がタブレットで動画を再生する。
そこには初日のシオンの様子が映っていた。
相変わらず誰もいない空間に向かって喋るその顔は、単なる発情以上の興奮を滲ませている。
どこか楽しそうですらあるその顔に(……あんな顔、見たことないな)と少しだけ感傷的になった央だったが、次の瞬間そんなしんみりした気持ちは粉々に打ち砕かれた。
『…………そうなんだよ、完全に解釈違い! 理想はやっぱり、ずっと部屋に閉じ込められたままだよ…………そうだね、利用時も地下だよね。うん、万が一地上に上がっても……そうそう、絶対に地上の空気なんて感じさせないぐらいガチガチに拘束して……』
『折角いい線言ってたのになぁ…………それ! 飴として人権をちらつかせるのが萎える…………分かる、絶望感が足りない……』
『意外と人間様もぬるいよね……え? あ、うん、まぁそう言う説はあるけど……でもさ、このくらいのガチ勢は人間様にだって結構いるんじゃ』
「いるわけないだろう!!」
「区長、落ち着いて下さい。いや気持ちは分かります、ひっじょーーーによく分かりますけど!!」
「実際どうなんだい!? 君たちはいわゆるそっち界隈で楽しんでいる人も多いだろう? ……ああ言う性癖を持った人はそんなにいるのかい?」
「…………まぁ、その、人間の中にはああいう嗜好を持つ者はいます。いますけど結構とは言われたくないレベルかと……」
「だよねぇ!! 大体なんだよ、解釈違いって!? 性処理用品に解釈違いも何もないだろう!!」
バンッ! と机を両手で叩いた央が、想定外の自体に声を荒げる。
いつも冷静で笑顔を絶やさない――目は笑っていないが――区長の乱心っぷりを部長は言葉でこそ窘めるが、その場の空気は(そりゃそう思うよな)(当たり前の反応でしょ)とどこか同情混じりで、全面的に央を支持していた。
(もはや予想外とかそう言うレベルじゃ無いだろう、これは……シオン、キミは一体何を考えているんだい……!?)
こほん、と咳払いをして、央はいつもの笑顔に戻る。
だがその顔には、明らかに狼狽を浮かべていた。
「……すまないね、つい」
「いえ……あれを見て動揺しない方がおかしいです。今朝矯正局にも改めて問い合わせたのですが、やはり被虐嗜好の二等種は存在しないと……少なくとも二等種制度が始まってから千年の間には記録されていないそうです」
「実は隠れ被虐嗜好の二等種がいたという説は?」
「それはあり得ません。そもそも被虐嗜好を持っているだなんて、二等種の存在が根幹から揺らぐ事態ですよ」
「……それもそうか」
この変態個体の扱いに関しては、矯正局曰く慣例通り保護区長に一任するとのことでしたと央を見やる部長の目は、明らかに「もう処分でいいじゃないですか」と言わんばかりである。
(……どうしたものかな、これは)
処分したい彼らの気持ちも非常に分かる。
この二等種は、ここまで加工されていながら被虐というあり得ない一点を持つが故に、全くもって二等種らしく見えないのだ。
特にそう言う性癖を持つ者が大半の初期管理部からすれば、より人間に近しい存在に思えて……だからこそ存在に嫌悪し、さっさと排除して無かったことにしたくなるのだろう。
――この制度を揺るがすような存在は、人間に不安しか起こさせない。それほどに二等種というモノへの恐怖は根深いのだ。
(だからといって、感情で処分すれば……いずれどこかでツケを払うことになるね)
「…………飴でダメなら鞭で、やってみるか」
「区長?」
「あれの絶頂制限を入れよう。今すぐに」
「えっ!?」
まだやる気ですか? と声を上げたのは若き管理官だ。
不満そうな様子に「気持ちは分かるし、感情的には処分が妥当だと思うけどね」と央は前置きした上で「でも処分はできないよ、これじゃ」と首を横に振る。
「この個体は他の二等種同様、従順なんだよ。幼体時代から規則違反はあっても、一度たりとも人間様への反抗履歴が無い。処分の対象にするには何かしら反抗的な態度が必要になる」
「それはそうですが……それこそ二等種なんですし、別に適当にでっち上げれば」
「以前幼体管理部で、不必要な処分を大量に行っていたことが発覚したのは覚えているかい? 部長以下、幼体管理部の三分の一が処分された」
「ああ……ありましたね。特に悪質な行為を繰り返していた管理官が『堕とされた』と」
数年前、央がこの保護区域Cの区長に就任して間もない頃に断行した、二等種管理に関わる全ての部署の監査。
その中で幼体管理部が10年以上に渡り明らかに不適切な……私的な感情を優先した処分を行っていた事実が明らかになる。
その中でも最も悪質であった管理官二名は、内規により二等種に「堕とされ」たのだ。
魔法登録を終えた、12歳以上の一般人が二等種に堕とされる事は滅多に無い。
基本的には殺人やテロなどの重大犯罪に対する刑として使われるだけである。
この世界には死刑制度は存在しないため、実質二等種に堕とされるのは最高刑扱いだ。
ただし、二等種管理庁に所属する職員は例外である。
今回のような二等種の処分の乱発は、国家の所有物を勝手に毀損したと見做され、見せしめも兼ねて二等種に堕とされるのだ。
……なお、既に性処理用品として加工するには容姿の年齢が行きすぎていると判断された「堕とされ」の二等種は、二等種としての初期加工後すぐに研究用のモルモットとして保管、利用される。
人間様の穴にならなくて済むのが不幸中の幸いだと自分を慰めるも、通称「棺桶」と呼ばれる実験用素材保管庫に入れられて1時間もすれば「これなら性処理用品として使われる方がよっぽどましだ」と思うほどの苦痛を壊れるまで味わう羽目になる事は、矯正局の職員なら知らない者はいない。
その事実を思い出し身震いする管理官に央は微笑む。
――下手なことをすれば、キミが堕とされるよ? と言わんばかりに。
「二等種は人間では無いけどさ、国の所有物だし数に限りのある素材ではあるんだ。だから流石に私的な処分は容認できない」
「ぐっ……」
「……ま、だからさ。お望み通りまともで無い環境に置いてやろうってこと」
被虐嗜好だろうが二等種としての無害化処置を受けてきたのだ。快楽への深刻な依存を持つことに変わりは無い。
例え彼らの性癖に刺さらなかろうが、性処理用品という選択を選ばせるのが初期管理部の仕事だろう? と話す央に管理官は渋々と言った様子で従うのだった。
◇◇◇
「あれ……おかしいな……」
「んっ、んふっ、はぁぁっ……だめ、やっぱり……」
次の日の朝、二人はすぐに己の身に起きた異変に気付いた。
いつものように餌を食べ、お気に入りの動画を流しながら至恩は尿道から前立腺を刺激し、詩音はピストンマシン相手に腰を振っていたのだが、どうも様子がおかしい。
いつもなら満足はできないとは言えこれで十分に絶頂できていたのに、今日はいくら刺激してもあの絶頂に至る感覚が来ないのだ。
「っ、くうぅっ、いぐっ、いぐうぅ…………うあぁぁっ! いけないっ……!!」
いや、正確には絶頂しそうにはなっている。
なのに、後ひと突きで、後ひと擦りで弾けそうなほど張り詰めた熱は、永遠にその状態で燻り続ける。
……まるで、ガラスの天井がそこにあるかのように。
「はぁっ……はぁっ……ううっ、いけない……辛いっ……」
「これ、おかしいよぉ……なんで、あっあっんあっ……はぁっ……んはぁっ……」
結局運動時間の指示が来るまで、二人は一度も達することができなかった。
今にも弾けそうな熱を抱えたまま、いつも以上に虚ろな瞳で運動という名の徘徊を行い、洗浄で更に全身を昂ぶらされ這々の体で保管庫へと戻ってくる羽目になる。
床の冷たさも熱を冷ますには至らず、むしろ冷たい刺激すら快感に変換されてしまう始末だ。
「はぁっ」と熱い吐息を漏らし震えながら何とか餌の時間を終え「詩、あのさ」と至恩は相変わらず床に固定したディルドから離れられない詩音に話しかけた。
「…………うん……逝けない……これ、多分」
「逝けないようにされてるよね…………精神だけ絶頂の満足が味わえないようにできるんだ、肉体を絶頂させないなんて人間様なら余裕だよね……」
昨日から始まった、性処理用品への誘導。そしてこの状況。
恐らくこれも誘導への作戦の一つだ、そう二人は確信する。
「でも、周りはそうでもなさそうだった」
「絶頂してる子もいたしね。だからこれ、反応を見てやっているんだと思う」
腰の動きが止まらないながらも、回らない頭で導き出した二人の推察は半分当たりで半分外れである。
確かに性処理用品への誘導フェーズでは二等種への絶頂制限を行う。制限の強度は個体によって様々だが、精神的に衰弱させ、正常な判断を狂わせることで衝動的に志願のボタンを押させるのが目的だ。
だが、完全に絶頂そのものを禁止してしまうのはほとんどが誘導フェーズの後半、つまり誘導が始まって半年以降である。
発情状態から24時間逃れられず理性も働きづらい、かつ性的快楽への依存度が非常に高い二等種にとって、絶頂の禁止はいわゆる麻薬の禁断症状に近い症状を……極まればそれこそ幻覚や不穏を生じさせるためだ。
過去には長期の絶頂禁止により、あらゆる精神保護魔法や薬物を用いても精神崩壊を来したがゆえに処分となった個体も散見されたため、現在では二等種への絶頂禁止は半年以内を目安とするよう定められている。
つまり今回は、保護区長直々の判断による異例の措置。
「あれだけドマゾなら、1年間絶頂できなくたって大丈夫じゃない? それに今の状況で処分はできなくても、誘導困難個体への対処で壊れてしまった結果処分になりました、ってのは大義名分が立つよね」との央の指示を受けた結果だ。
もちろん、二人はそんな複雑な事情は知らない。
知らないが、少なくとも二人して性処理用品になる気が全く無いのを見抜かれたせいで、この仕打ちを受けているのだけは理解した。
恐らくは、性処理用品として志願するまで。……もしくは、性処理用品として完成するまでか。
「んうっ、はぁっはぁっ……」
「ふーっ……んっ、はっ……はぁ……っ……」
(逝きたい)
(出したい)
二人の手は、そして腰は、ひとときたりとも動きを止めない。
既に消灯時間を過ぎても、寸止めされた絶頂への渇望は睡眠すら許してくれない。
真っ暗な部屋の中に、ぐちゅぐちゅと湿った音が、はぁはぁと荒い息の音が響く。
そして「……逝きたいよぉ……」と鼻にかかった声で囁かれる涙混じりの嘆きも。
「……詩……大丈夫……?」
「んっ……至こそ…………大丈夫、じゃない、よねっ……ぐうぅぅっ……」
背中合わせに寝転がって、互いの鼓動と体温に、流れる汗に辛さを感じて。
助けてあげたい、けれどどこか一緒であることに安心感を覚えているのも事実なのだ。
ねぇ、いつか我慢できなくなるのかな。
喘ぎつつ問いかける詩音の声に「どうだろう」と至恩もまた息を荒げながら返事をする。
「子供の頃はさ、何をされたっていっぱい我慢できたじゃん。でも、二等種になってから……楽しいことは我慢できないんだよね」
「うん。ここに来るまでゲームも漫画も、全部禁止されてたもんね……だから我慢できなくなっちゃったのかな」
「人間様の加工のせいかもしれないけどね。でも、間違いなく言えるのは……逝けない状態は頭がおかしくなりそうなほど辛いってことかな」
絶頂を封じられた辛さはきっと、他の二等種にとってはただの地獄で、人間様が差し伸べてくれた手を振り払う事なんてできない。
けれど、自分達はきっと違う。
素直に手を取るにはあまりにも他人は醜悪で信じるに値せず、何より
「……むしろさ」
「うん」
「この辛さも、我慢できないってなる絶望も……なんだかんだ楽しむんじゃ無いかなって」
「ああ……まぁ、慣れたら楽しいかも……?」
この期に及んでも、自分達の性癖は人間様の仕打ちに屈するどころか、そのまま飲み込もうとしているのだから。
(……きっと大丈夫)
いつものように、根拠の無い自信を至恩は抱く。
少なくとも自分達は、一人では無い。
他の二等種のように、孤独に押し潰されながらこの人間様の張った罠と相対しなければならない絶望的な状況では無いのだから。
どうやらそれは詩音も同じだったようだ。
「……至がいるから、何とかなる、かな」と必死でくちくちと真っ赤に腫れ上がった肉芽を擦り続ける彼女の声は、辛さはあれど絶望は滲んでいない。
「そうだよ。詩には僕がいる。僕には詩がいる。……だから、なるようになる」
「うん……せめて手を止めて寝たいねぇ……」
「あはは、それは、っ、そうだね…………」
(どうなるかなんて、わからない)
(けど)
(詩となら)
(至となら)
((どうなっても、きっと大丈夫))
……その日、己の身体を弄り続けてようやく気絶するように二人が眠りに落ちたのは、既に夜明け間近で。
二時間後、二人は久々に起床の懲罰を食らうことになるのだ。
◇◇◇
あれから一体、どのくらいの期間が経ったのだろう。
いくら自慰に明け暮れ、身体を酷使して腕と腰と股間の痛みに呻きながら眠りについても、この身体は一晩できっちり回復するようにできているらしい。
まるでいくらでも自慰に励み、熱を溜め込み、渇望に泣き叫びながら救いを求めて性処理用品に志願しろと人間様に言われているようだなと至恩は心の中で独りごちつつ、今日も詩音と一緒に報われない自慰に励んでいる。
相変わらず性処理用品への勧誘動画やコンテンツは存在していて、それどころか他のコンテンツの邪魔になるくらいの勢いで差し込まれてくる。
だから否が応でも広告には目を向けざるを得ず「人間様に与えて頂いた絶頂は素晴らしかった」と恍惚の表情で語る性処理用品と化した二等種の姿に、時には性処理用品となった二等種が絶頂するシーンに、ゴクリと唾を飲み込むことになるのだ。
だが、シオンの性癖は差し出された運命すら斜め上方向に捻じ曲げてしまう。
既に勧誘が始まって3ヶ月。つまり絶頂を禁止されて3ヶ月。
頭はいつも絶頂のことばかり考えて、最近では餌を食べながらも自らを慰める手が止まることは無い。
まるで煮えたぎったマグマが頭どころか全身にまで満たされて、針でつついたら一気に爆発してしまいそうだ。
そこまで追い込まれても、二人は一度たりとも性処理用品に志願しようと思わなかった。
勧誘のページすら、初日から一度も開いていない。
それどころか
「……辛さが物足りない」
「分かる、何かもうちょっと捻りが欲しくなってきた」
よりによって新たなる「プレイ」により被虐嗜好を全力で刺激された二人は、絶頂を与えられない辛さにすっかり順応して、堪能して……そろそろ飽き始めていたのだ。
(と言っても……工夫をするにも限度があるよね、これじゃ)
至恩は、何となく狭い部屋の中を見渡す。
ただでさえ二人で寝るにはかなり窮屈な4畳半の部屋だというのに、3分の1は二人が勢い余って頼みまくった大小様々なアダルトグッズで埋め尽くされていた。
せめて棚でもあればもう少し広々と部屋が使えそうなのに、人間様はそう言う効率的な道具をただのモノに与えたりはしないようだ。
(何をする……? 何かを、する……いや、待てよ)
こういうときは発想の転換が必要だ、と至恩は何となく思いつく。
思考力は人間様の「加工」によって落ちているとは言え、こと性癖がらみに関してのみ、彼らは今でも人間と遜色ない思考を全力で発揮するらしい。欲望の力というのは恐ろしいものである。
「そうだ」と何かに思い至ったのだろう、至恩は相変わらず惚けた顔で自慰に浸っている詩音に「ね、何もしないってのはどう?」と話しかけた。
「ふぅっ……何も、しない……?」
「うん。そのね、何かをする方向で楽しむのは無理があると思うんだ。人間様は枷も縄も鞭も許可してくれないし、洗濯ばさみすら無いし」
「そうだよね、正直ショップにあるグッズの中から使えそうなものは大体使い倒したから」
「だからさ、どうせ絶頂できないなら思い切って自慰禁止、ってどう?」
「!!」
その発想はなかった、と目を丸くした詩音の顔がぱあっと明るくなる。
無意識でも手が性器を、性感帯を弄り続けてしまうような状態で、しかも拘束具も無しに自慰禁止だなんて、何て難易度が高くて……辛くて楽しそうなんだろう!
「それならペナルティとご褒美も欲しいね」とすっかり乗り気の詩音の表情に、至恩はどこか安堵を覚える。
ここしばらくは詩音の表情も曇り気味で――それは決して性処理用品の志願を迷っているのでは無く、純粋につまらなかっただけだ――ようやく見られた笑顔に(ああ、これでいいんだ)と至恩は心の中で大きく頷いた。
「じゃ、ルールを決めよっか」と興奮で声を上擦らせながらはしゃぐ至恩に対して、艶っぽくも柔らかい笑顔を浮かべる詩音の想いも、至恩と変わらない。
(やっぱり、詩が)
(至が元気じゃ無いと)
((楽しくないよね!))
さぁ、一体どんなルールにすれば、たった一人のトモダチはこの笑顔を絶やさずにいてくれるだろう。
二人は新しいプレイへの胸を躍らせながら「それはそれとして、自慰納めね」とお気に入りのディルドを手に取るのだった。
◇◇◇
「では54系のミーティングを始めます」
いつものミーティングルームに、初期管理部の管理官達が集う。
当然のように保護区長である央も机を囲み、管理官共々手にしたタブレットで現状の成果を確認していた。
「4ヶ月終了段階で進捗率は75%です」と報告する管理官の声に「これは凄い」とどよめきが上がる。
誘導フェーズでは、最終的に平均8割の二等種が性処理玩具用の素材として出荷されるが、これまでのデータから進捗曲線も算出されていて、通常4ヶ月終了段階での進捗率は60%が平均的な数値である。
75%になるのはおおよそ誘導開始から半年後。つまり、今回はこれまで通りのペースなら「大豊作」ということだ。
「これは初期管理部全職員へのボーナスも期待できそうだね」と央が頷けば「区長もボーナスを貰えるんでしょ? このペースなら、AIの算出する予定最終出荷率は9割ですよ」と隣に座っていた管理官が茶々を入れた。
「残念ながら、ボクの給料は性処理用品の出荷時品質と貸し出しセンターの売り上げで決まるからねぇ」
「あら、そうなんですね。うちの調教管理部も数年前まではね、凄く成績良かったんですけど最近は」
「ああ、性能の良い作業用品が壊れたんだってね。耐用年数を大幅に過ぎていたみたいだし、こればかりは仕方が無いさ」
「そういえば小耳に挟んだんですけど、研究開発局が保護区域9で試験している作業用品の育成装置、そろそろ実用化するそうですよ。そしたらうちの成績も、復活するんじゃないですかね」
「へぇ、そりゃ期待しておこう」
ところで、と央が部長の方を向けば直ぐに察したのだろう、部長は「見ての通りです」と首を振る。
もはや管理番号すら呼ぶのが嫌なのだろう、2ヶ月終了のミーティング以来、あの変態個体……シオンの進捗についてはどこかアンタッチャブルな雰囲気を漂わせながら話す話題となっていた。
「……粘るねぇ。もう4ヶ月だろう? 誘導も厳選していると聞いたけど」
「ええ。既に性処理用品となった個体の絶頂動画を使っています。個別配信コンテンツも必ず絶頂や射精を強調したものに……ただ、最近では少々奇妙な行動を取るようになりまして」
正直これは志願しないかも知れません、と歴戦の管理官にしては珍しい弱音を吐きつつ、部長は壁に監視映像を投影させた。
とたんに央の目が点になる。
「…………え…………ええええっ!?」
そこに映っていたのは、いつものシオンの姿。
ただ普段なら幻覚と話しながらも決して自慰の手を止めないシオンが、何故かぐっと手を握りしめ、息を荒げて……まるで自慰を我慢している様にすら見える。
「……まぁ、そうなりますよね」
「…………いや、ボク全く理解が追いつかないんだけどさ、あれは一体何をしているんだい?」
「それが……どうやら幻覚と一緒に自慰我慢大会をやっているようで」
「はい!!?」
と、その時『あ、触っちゃったね』と声が上がった。
どうやら幻覚のトモダチとやらが、我慢できずに性器を触ってしまったらしい。
『ふふっ、ご褒美…………うん、今日は50回ね!』と何やら訳の分からないことを言いつつ、シオンはその場に四つん這いになる。
そして
『んあぁぁっ!! ……ぐぅっ、はうぅっ……!! はぁっ、はぁっ……ね、もっと強く……ったあぁぁ……っ!!』
何やら涙をにじませ、悲鳴混じりの甘い声を上げながら、幻覚におねだりを繰り返しているのだ。
「…………」
「…………」
部屋の中に何とも言えない沈黙の帳が落ちる。
初めて見る事態に央は凍り付き、初期管理部のスタッフ達は「ほんともうやだ」と言わんばかりのうんざり顔だ。
(これは……とうとう狂ったのか……?)
どこか辛そうな、けれどうっとりした表情で啼き続けるシオンに、央は一瞬精神崩壊を疑う。
だがそれはあり得ない、と考えを振り払うように頭を振った。
(もし精神崩壊しているなら、既に初期管理部が判断して「処分」しているはず。けれどここにこの動画が出てきたと言うことは)
しばしの思案の後、視線を合わせてきた央に「……ご推察の通りです」と部長が大きなため息をつく。
「どうやら、幻覚と一緒に自慰を我慢して……我慢できずに触った方がペナルティとして、相手の尻を打ち据えているようです」
「待って、それペナルティが逆じゃ」
「それは問題ないです、ドマゾの世界では打たれる方がご褒美ですから。きっと打っている方は羨ましくて仕方が無いんでしょう、あれも幻覚を打っているときは羨ましすぎて涎を垂らしそうな顔をしていますし」
「へ、へぇ……?」
なんとも言えない表情をする央に、部長は更に話を続ける。
この奇行が始まったのは1ヶ月ほど前、前回のミーティングの後かららしい。
あまりにも突拍子もない行動にスタッフには動揺が走り、慌てて精神状態のチェックを行うも相変わらず健康そのもので、すわこれで処分ができると色めき立った管理官達を落胆させたそうだ。
「それ以後も継続して精神状態はモニタリングしていますが、至って正常です。非常に面白い現象は見られますけど、それ以外は特筆すべき事も無く……いやもう、あれはこのまま放置で良いんじゃ無いかなと」
「同感です。あれに労力を取られ精神を削られるのが、非常に無駄に思えてきました」
「そ、そうかい? まぁそれはそれでいいけれど……何というか、なまじボクの知り合いだっただけにちょっと申し訳なくなってしまうね……」
「いえ、区長は十分対処して下さいましたし、あんなのどんな人間だって取り扱いに苦労しますよ! ……最近では、むしろ志願しない方が人類のためかも知れないとすら思えて」
「そりゃ随分だねぇ……」
(…………おかしい)
無難な返事を返しつつ、しかし央はシオンの様子に何か引っかかるものを感じていた。
面白い現象、と部長が指さした先。
そこには四つん這いになったシオンの尻が映っている。
悩ましい悲鳴を上げ続け、時折「痛いぃ……」とうっとりしたため息を漏らすその双丘は、徐々に赤く腫れ上がっていたのだ。
人間は思い込みだけで痛みや傷を生じさせることができる、それは周知の事実だ。
今回の場合であれば、シオンの強固な妄想――きっと尻を打たれているのだろう、特に適した道具はないから手だろうか――がシオンの肉体に作用した結果と捉えるのが自然である。
余程の条件が揃わなければ発生しないとは言え、極限まで追い詰められた心身とそこからの逃避である妄想であれば、理論的にも矛盾は無さそうに見える。
だが、気になるのだ。
あの表情は……正気であることが確認されているならば余計に、シオンの紡ぐ物語が虚妄で無い可能性を示しているのでは無いか? と。
(……シオンは、器用に嘘をつけるような子じゃ無かったんだよ)
いつの間にか黙り込んでしまっていたのだろう、部長に「区長?」と話しかけられた央は一旦その思考を傍に置いて「ともかく」と彼ら初期管理部に方針を指示することにした。
「あれはもう君たちに任せるよ。狂うなら処分でよし、正常なままおかしな行動をとり続けるならもう放置で構わない。それより、折角これだけの成果を出しているんだ、こうなったら前代未聞の出荷率9割を見てみたいものだね」
「ははっ、区長はなかなか手厳しい! あくまでAIの予測ですよ、予測! ……ですが、夢物語では無いと断言しましょう」
「いいねぇ! なら、9割を超えたらボクの奢りでお祝いするかい?」
「!!! 区長、その約束忘れないで下さいよ!」
あの変態個体にうんざりした空気はどこへやら。
央の一言に一気に士気を上げた管理官達は、早速銘々解散しつつ出荷効率を上げる策を講じ始める。
そんな背中を見送りつつ、央は一人彼らとは別の方向へ……保護区管理局へと繋がる転送室へと足を運んでいった。
……だが、その顔にさっきまでの笑顔は無い。
「……シオン、キミは……そこまでして何を求めているんだい?」
央の口から、ぽつりと独り言が漏れる。
その音は明らかに戸惑いの色を纏っていた。
――だってシオンの行動は、明らかに理解不能なのだ。
そのまま性処理用品として加工されれば地上にだって出られるし、人間様に使って貰えばその抗いがたい渇望だって多少は癒やされるだろう。
それが決して幸せかどうかは分からない。二等種が幸福感を持つことなどそもそも許されていないし、性処理用品となった二等種はその心の内を表出させることを生涯できない用に加工されるから、彼らの本音なんて何があっても知ることはできないのだ。
ただ、穴として使えるだけの機能を備えて、快楽のみを希望として存在した方が、ここに閉じ込められ永遠の渇望に嘆くよりは余程楽だろうに。
「キミのその愚かな選択は……キミが全て責任を取るんだよ、なのに……」
分からない、そう央は何度も繰り返す。
けれど分かっている、どれだけ考えたって一生理解なんてできない。
自分は人間様、シオンは二等種なのだ。その精神すら成長過程で捻じ曲げられ加工された人ならざるモノ……しかも、前代未聞の被虐嗜好を持った二等種の考えなんて、理解できる人間は存在しないだろう。
どちらにしても、シオンの行く先はほぼ決まったようなものだ。
人間様の慈悲の手を取らなかった報いは、その身で生涯贖うしか無い。
「どうしてそんなことになるんだよ……ボクは手を尽くしたよ? そのままキミは、真面目に素直に性処理用品に堕ちてくれれば良かっただけなのに……!」
転送魔法を起動させる央の顔は見えない。
けれどその言葉は……いつも自信満々の央からは想像もできない程、まるで今にも泣き出しそうなか細い声だった。