第10話 才能と性癖の狭間で
『ただいまより検分を実施します。基本姿勢で待機するように』
「……ぐぁっ…………くそ、良いところだったのによぉ……」
今日もいつもと変わらない作業を終え、保管庫でお気に入りの動画を流しながら自慰に耽っていたクミチョウは、頭の中に突如響いた宣告とそれに続く電撃にその場で悶絶する。
ひとたび自慰を始めれば管理官による電撃無しには終われない身体には、複雑な思いこそあれもう慣れた。だがこの電撃だけは、壊れるその日までずっと苦痛以外の感覚を感じられなさそうだ。
「……てか、停止の電撃はぜってぇ強くなってやがる……いつか首がもげるわ……」
「当たり前だろう、慣れたら意味が無いからな」
「!!」
あんのクソ管理官め、と忌々しげに呟けば頭の上から聞き慣れた気怠い声が降ってきて、クミチョウは(こりゃ、やっちまったな)と反射的に身体を硬くした。
堕とされとは言え、人間様への恭順は骨の髄まで叩き込まれている。例え内心思うところがあっても、この身体は常に人間様の顔色を窺い、些細な言動一つで容易に歓喜にも恐怖にも傾いてしまうのだ。
案の定「誰がクソ管理官だと?」といつの間にか転送されてきていた銀髪の大柄な管理官――久瀬が眉を顰め咎める声と共に全力で振り下ろされた鞭の鋭さに、クミチョウは思わず悲鳴を上げた。
この管理部長は、とかく自分に対しては何かと容赦が無い。少々因縁もある長い付き合いだから、仕方が無いのだが。
「ぐっ……ご指導ありがとうございます、管理官様……」
「はぁ……お前がそんなだから、うちの作業用品はどいつもこいつも管理官に対する口の利き方がなってないんだ……大体、誰が作業用品どもにここまでクソ派手なタトゥーを流行らせろと言った? お陰でよそで製造された穴は、お前らの外見だけで恐慌状態に陥りやがる」
「俺ぁ何もしてませんぜ、管理官様。ま、懲罰や再調教がスムーズになって何よりじゃないすかね?」
「抜かせ」
人間様と二等種。仁王立ちになった管理官と、土下座し床を見つめることしか許されない作業用品……
その力の差は圧倒的なのに、彼らの応酬はどこか気安い。
この検分は不定期に実施される、作業用品と管理官が直接相対する数少ない機会の一つである。
特に管理用作業用品にとっては、唯一の対面といっても過言では無い。
作業用品は無害化に失敗した二等種であるという性質上、生活も作業も全て遠隔での対応が基本だ。
ただ時折顔を見せることにより、二等種に対しては服従心を刺激しわずかな反抗の芽も摘み取る機会を、そして管理官にとってはややもすると希薄になりがちな二等種への嫌悪と恐怖心を刺激する機会を持つことで、業務が滞りなく遂行される事を目的としているらしい。
まあいい、と久瀬は早速本題に入る。
二等種の淫臭に満ちた保管庫に長居など論外なのだろう、さっきまで使われていたとおぼしきドロドロのディルドに眉根を寄せあからさまな嫌悪を示しながら。
「管理業務の性能に問題はない。抜き打ちの筐体検品でも異常はなし。引き続き、人間様の道具として使い倒されろ」
「……かしこまりました、管理官様」
「ああ、それと。明日からお前を地下に配置する」
「…………はい?」
唐突な地下行き……調教棟への配置転換に「俺、リペアも受けてねぇっすよ」とクミチョウが怪訝な顔で思わず聞き返せば、久瀬はその理由を説明する。
何でも調教用作業用品を「製造」する為の機材が全保護区域に配備されることになったそうで、そのメンテナンス要員としてクミチョウが選ばれたらしい。
「正確には少し前に配備はされていたんだがな。ようやく『地下行き』が出て、稼働の目処が立ったということだ。で、お前が一番作業適性が高かった」
「稼働……? それ、もしかして」
「もしかしなくてもあのへっぽこ変態個体だ。AIの判定によれば、数年に一体の逸品らしい」
「嘘だろ、あれが!? いやまぁ、あのリペア後の対応は悪くは無かったけど」
「信じられないのはこちらも同じだ。だが、システムの判定には異議を唱えられん。ということで、お前は明日からあれと一緒に地下配備になる」
「そうっすか。ようやく新人のお守りから解放されるんなら、ありがてぇこった」
彼が管理用作業用品として設置されて、既に20年近く経つ。
この見た目のせいなのか、それとも外見とは裏腹に意外と面倒見が良いせいなのか……ともかく配置されて2年も経たないうちに管理用作業用品を束ねる立場になってしまったクミチョウは、これでようやく肩の荷が下りると心の中でガッツポーズを決めた。
突然の移動で多少の混乱はあるかも知れないが、その辺は管理官様が上手く次の頭を決めて収めるだろう。
この管理部長は非常にやる気が無さそうに見えるが、その実頭が切れることはよく知っているから。
「あれのせいで、うちの矯正局は随分苦労したからな。これがまさか調教用作業用品として役に立つ日が来るとは……これで、あれをここまで持ってきてしまった区長の心労も和らげば良いのだが……」
「……良く分かんねぇっすけど、人間様も苦労されていたんすね」
「初期管理部は特にな。管理番号を呼ぶことすら忌み嫌われる個体なんざ、俺はこれまで聞いたことも無い。……ちなみにお前は、新人共のお守りからは解放されんぞ」
「へっ」
「最初はともかく、軌道に乗れば製造機につきっきりになる必要はなくなるからな。こちらの都合に合わせて、適宜配置場所は変更する」
「げっ」
「何なら、あの変態の伝言役も継続だ。……それが嫌なら、あれをさっさと人間様とやりとりが出来るように整えろ」
「ひでぇ、どんなブラックだよ……極道の方がよっぽどホワイトじゃねーか……」
淡々と、どこか面倒くさそうに告げられた無茶振りに、流石のクミチョウもがっくりである。
モノ使いが荒いのは今に限ったことでは無い。所詮、凡庸な二等種など替えのきく道具に過ぎないのだから。
にしても、地上と地下の兼任だなんてこれまで聞いたことが無い。作業量はどう考えたって増えるだろうし、この男のことだ、そのうち復元時間以外は何かといちゃもんをつけてこき使われそうな気配すら感じてしまう。
(はっ、この外道管理官め!!)
だから、ただでさえ良いところで邪魔されて苛立っていたクミチョウが、うっかり口を滑らせるのも理解できなくは無い。
「へいへいかしこまりましたよ、管理官様。ったく、ただでさえこっちは余計な作業をこなしているんすから、少しは労って欲しいものですがね」
「……そうか、ならその股間を労ってやろう」
「げ」
(しまった、流石に言い過ぎたか)
この程度の失言なら、普段はちょいと(?)肉体の限界まで懲罰電撃を流されて終わりだろうが、この冷徹な管理部長がそれで終わるはずが無いことを、クミチョウはよく知っている。
やらかした、とさっと顔色を変えたクミチョウがうっかり顔を上げれば「誰が目を合わせろと言った」と思い切り靴で頭を踏みつけられた。
――ねっちょりした感触が気持ち悪い。こいつ、人の頭で汚れた靴底を拭いてやがる。
「ほう、どうやら久しぶりに『あれ』を嵌められたいらしいな」
「うぐっ……ちょ、そっ、それだけは」
「そうだな、初心を思い出すために一ヶ月しっかりつけてやろうか。平らになった股間は、さぞ快適だろうよ」
「ひっ!」
「ああ、でかいモノが無いと歩くにもバランスが取れないか? なら疑似ペニスもサービスで着けてやる。そうすりゃ、作業後も存分に遊べて一石二鳥だな」
「……も、申し訳ございませんでした……」
(やべえ!それだけはマジで勘弁してくれ……一ヶ月なんて、気が狂っちまう!!)
慌ててしおらしく謝る彼を「お前は不良品の二等種だ、いくら作業用品といえど人間様に意見など許される訳がないだろうが」と冷たい視線で見下ろしながら、久瀬はその足をクミチョウの頭からどかす。
そのまま二歩後ずさった久瀬の様子に、クミチョウは検分の終わりを察知してそっと額に浮いた汗を拭った。
この保管庫に転送された段階からずっと、検分が終わった後ですら管理官は作業用品を警戒して決して背中を見せない。こちらを向いたまま後ずさり、転送魔法を起動するのはいつものことだ。
(た、助かった……)
……どうやら、股間を金属の檻で封じられる最悪の事態だけは避けられたらしい。
「ともかく明日は地下に転送する。あの変態には事前通告をしないから、お前から説明しろ」
「かしこまりました」
「では、な」
久瀬の足元にふわりと転送陣が光る。
伏せたまま彼がいなくなるのを待っていれば「そうだ」と久瀬が再び声をかけてきた。
……相変わらず冷徹なその声色に、今は少しだけ喜色が混じっていて、実に嫌な予感がする。
「腰の刻印を操作した。俺が許可するまで精液は一滴たりとも出ないからな。そうだついでに、自慰停止電撃は消灯時のみに制限してやろう、痛いのは嫌なのだろう?」
「……はい?」
「余計な口をきいたこと、検分だというのに部屋を掃除もせず、人間様の靴を汚したこと。十分な懲罰理由だな? なぁに、たったの1週間だ。お前は何度も経験があるだろう? 擦れる竿を残してやっただけ、ありがたいと思え」
「え、ちょ」
精々無様に啼きながら射精をねだるか、メスの快楽だけで我慢することだな――
去り際にチラリと見えた久瀬の口元は、明らかに笑みを湛えていて。
「あんのクソ管理官……!! チンコがフリーのままじゃ、それはそれで辛いっての! ったく、どこまでも趣味が悪ぃ……!」
悪態をついたところで、作業用品が渇望を溜め込んだ身体を自ら制することなど不可能だ。
クミチョウは管理官がいなくなるや否や、虚空に向かって叫びながらもさっき放り出したディルドをぐちゅりと腹の奥深くまで突き刺し、気まぐれに振り下ろされた射精禁止の鉄槌に唇を噛みしめながらも、だらだらと透明な蜜を零す屹立を扱き始めたのだった。
……数時間後、普段は硬派なオスの悲痛な懇願が部屋の中に響き渡ったのは言うまでも無い。
◇◇◇
「え……どこ、ここ?」
明くる朝、目の前に広がる光景にシオンは目をぱちくりさせていた。
作業用品は使用時間になると、展示棟にある転送ポイントへと強制的に転送される。
ポイント自体は複数存在するそうだが、どこに飛ばされても窓の無い病院の廊下の様な風景と作業用品達の話し声、そして足元を這う製品から漏れる音に満ち溢れていて、最初の頃は数年ぶりに感じる喧噪だけで疲れを覚えていたほどだった。
けれど、今日は明らかに見覚えの無い場所に連れてこられたと断言できる。
確かに壁も床も展示棟と変わりは無い。窓の無い廊下には、部屋の扉が等間隔に並んでいる。
ただ……ここには生き物の気配が――
「やっぱりこっちは静かすぎて……不気味だよな」
「っ、く、クミチョウさんっ!?」
突如背後からかかった声に飛び上がり振り返れば、そこには見慣れた鋭い目つきの作業用品がしゃがんでいた。
「お前はいつまで経っても……はぁ……」と早速ため息をつくクミチョウは、しかしこの状況を予期していたかのようにすっくと立ち上がり、シオンに手を伸ばしてくる。
「移動しながら話すぞ」
「あ、はい……えと……」
「……てめぇは何も見てない、いいな?」
「はひっ!」
頬をほんのり上気させ目を潤ませたいつもと違うクミチョウに戸惑いながらも、シオンは人っ子一人見当たらない廊下を矢印に沿って歩いて行く。
……そう言えば通路の片側にずらりと並んでいた、製品用保管庫のシャッターもここには見当たらない。空調の音が静かに響くだけの通路には妙な圧迫感すら感じる。
「前にリペアをやったろ? 無気力個体の」
「あ、はい。……もしかして」
「そのもしかして、だ。良かったな、今日からてめぇは晴れて地下配置……調教用作業用品だ」
その言葉にシオンは、数日前に管理官(中継クミチョウ)と交わしたやりとりを思い出す。
無事リペアが終わり保管庫に戻された72番は、現在アイマスク無しで展示されながら3つの「袋」の拡張を行っているそうだ。
その穴の性能のみならず、人間様に対する積極性も新品同様に復活したお陰で、拡張が完了する3週間後には既に貸出の予約が入っていると聞いて「大丈夫だ、彼女は壊れるまで全力で生きられる」とシオンは少し悲しみの混じった安堵を覚えたものだった。
心の傷を開くどころか更に深くする所業に、胸が痛まないわけでは無い。例えそれが人間様による絶対命令であったと言っても、己の所業に言い訳は出来ない。
それでも、諦めてしまったらその先にもしかしたらあるかも知れない「ましな未来」へは辿り着けなくなる。
……だからこれで良かったのだと、あれから何度トモダチと慰め合っただろうか。
(……性能が評価されたから、地下に降ろされた……でも、これは72番に与えた絶望の結果……)
シオンの複雑な内心には気付かず「お望みの貞操具もたんまり見られるぜ、良かったな」と口の端を上げるクミチョウは、やはりどこか様子がおかしい。
大丈夫かなと身を案じているうちに、二人は調教用作業用品一時保管庫、通称「待機室」に辿り着く。
部屋には20体近い作業用品が集っていて、ドアが開いた瞬間ざっとこちらに向く視線に、シオンは小さな悲鳴を上げ慌ててクミチョウの影に隠れた。
「あれ、クミチョウじゃん? どしたの? まさかこっちに配置換え?」
「配置換えなのはこっち、ってだから隠れるなってのシャテイ! 俺は仕事が増えただけだ、上と兼任だとよ」
「うわぁご愁傷様……ってまた凄い名前つけられたのねその子。何、クミチョウの使いっ走り?」
「むしろ俺がこいつの伝書鳩だよ。……なぁ、シャテイ?」
「ひっ、ごめんなさいごめんなさいヘタレのできそこないでごめんなさいいぃ……」
シオンを引き剥がそうとするクミチョウを作業用品達が取り囲んではやし立てていれば、突如頭の中に『作業用品共、管理部長からのありがたいお言葉だ。基本姿勢で拝聴しろ』と声が響く。
そして即座に平伏する作業用品達に、今日からシオンが調教用作業用品としてここ調教棟に配備されること、シオンの「製造」は新しく配備された調教用作業用品製造機により行われること、またその製造機のメンテナーとしてクミチョウが不定期に地下に配備されることが通知された。
……ついでに、当面はクミチョウが管理官の伝言係としてシオンの面倒を見ることも。
『初日はF079Xが二体を案内すること。M906Xは起動手順書を確認、初期設定を行え。……以上』
「……ええと……本当にシャテイには何の指示もなかったね、管理官様……」
「ビビらずに話が出来るようになるまでは、余程のことが無い限り直接話す気はねえんだってよ。ったく……っと危ねぇ、これ以上文句言ってたら懲罰が増えちまう」
「あ、懲罰中? だから妙に色っぽいんだ、久々にやらかしたねぇ」
ブツンと頭の中の通話が切れれば、作業用品達は何事も無かったかのように立ち上がり、また直立で管理官からの指示を受け、それぞれの持ち場に散っていく。
シャテイには「まぁ頑張りなよ新人」と軽い激励を、そして渋い顔のクミチョウには慰めをかけ……ているようで、その苦々しい顔を堪能している様に見えた。
(前々から思ってたけど……明らかに作業用品ってSっ気が強いような……)
そんな中「改めてよろしくね、シャテイ」とこちらに寄ってきた顔には見覚えがあった。
管理番号31CF079、通称ナコ。先日のリペア個体の再調教を担当した、調教用作業用品のとりまとめをしている個体だそうだ。
(はぁ、何か頼れる姉貴分って感じ……かっこいい……)
「つまりあたしは、上のクミチョウと同じ立場って事ね」と笑う笑顔が眩しくて、うっかりときめいてしまう。
……その顔から胸にかけて入ったタトゥーと、形の良い下唇を貫く3つのリングが無ければ普通の美人なのに、お陰で妙な凄みが増しているのが実に惜しい。
「あたし今日さ、機能実装の初日なのよ。アシスタントに任せるとこまで出来たら戻ってきて案内するから、それまでここで待ってな」
「はっ、はい」
「でもさぁ、ただ待ってるのも暇だわねぇ……あ、管理官様があたしの調教風景を映像で送ってくれるらしいから、それでも見ながらゆっくり待ってて」
「げ……マジかよ、ナコそれもしかして指示を出したのは」
「ふふふ、あたしへの指示はあんたと一緒、つまり全部管理部長からに決まってるじゃないか! いやぁ楽しいねぇクミチョウ!!」
「楽しくねぇよ! あのクソ管理官、いらねぇことばっかりしやがって……」
あんまり暴言を吐いてるとまた懲罰を増やされるよ! と笑いながら、ナコもまた部屋を去って行く。
クミチョウ曰く、調教棟は素体と呼ばれる二等種の入荷状況により作業の忙しさには波があるらしい。新人作業用品を入荷してから最初の3ヶ月は最も素体の入荷が多いため、この時期は待機室にいる方が稀なのだとか。
ちなみに入荷が無くても、製品の再調教は定期的にやってくるし、そもそもの個体数も展示棟に比べれば少ないため暇になることはないそうだ。
「あんにゃろ……こっちが逆らえないのをいいことに好き放題しやがって……ぜってー楽しんでやがる……」
相変わらず管理官への文句を垂れ流すクミチョウに「あの、そのくらいにしておいた方が」とシオンがつい声をかければ、どうやらこれは藪蛇だったらしい。
途端に「あぁん? 言わなきゃやってられねーんだよこっちは! 大体てめぇが原因でもあるんだからな!?」と思い切り胸ぐらを掴まれた。
どうも今日のクミチョウは、いつも以上に殺気立っている。まるで背中に鬼が見えそうだ。
……実際に刻まれているのは狼だけど。
「お、映像来たな。……げっ、よりによってこれかよ……」
「これ? ……えええ!? うあああ痛そう……」
もうだめ、と恐怖で三途の川が見えたシオンの視界に、ぽん! と映像が展開される。
クミチョウにも見えたのだろう、話が逸れて助かったと無意識に握りしめていた拳をほどいたシオンはしかし、流される光景に思わず目を疑った。
だって、そこには
『ぎゃあぁぁっ!! やめでえぇ!』
『あははっ、うっわぶっさいくな顔! そんな潰れたブタみたいな鳴き声じゃ、人間様は悦ばないよ? ……ほらさっさと可愛く啼けやオラァ!!』
『いやあぁぁっ、いだいっ、死んじゃうたしゅけてぇ……!!』
艶めかしい肢体を金属フレームで出来た拘束具によってがっちりと拘束され、臀部には鋲の付いた木製のパドル……いやむしろ釘バットにしか見えない物体の餌食になり、ついでに指と爪の間にぷすぷすと返しの付いた針を刺されて絶叫している素体達が延々と流されていたから。
止まらない涙に反応しているのだろう、首輪も乳首や股間を貫くピアスもバチバチと青白い光を放ち続けている。
(はい!? ちょっと待って、これ、製品を作ってる……調教してるんだよね!? どう見てもその筋の人が一般人をタコ殴りにしているようにしか見えないんだけど!)
3体の素体を思い思いの方法で嬲る、タトゥーとピアスを纏った作業用品達。
絶望の中で許しを乞い続ける素体とは対照的に、彼らは実にご機嫌だ。素体の懇願など聞こえないと言わんばかりに……いや、むしろ更なる悲鳴を上げさせようと趣向を凝らしているのが画面越しでも覗えた。
……でも、気のせいだろうか。
悲痛な絶叫にどことなく甘さが乗ることがあったり、股間からどろりと何かが滴っているように見えるのは。
「じ、地獄絵図ってまさにこのことですね……」
「ん? まぁ俺にとっちゃ別の意味で地獄絵図だが……はぁっ、くそっ……こんなドンピシャのオカズを持ってくるとか、これも懲罰の一環かよあの悪魔め……!」
「……え、ええと……これがクミチョウさんに刺さるんですか……!?」
どうやら作業用品にとっては、この映像は本来ただのご褒美にしかならないらしい。
これをやりたくて地下行きに憧れる先輩作業用品達の気持ちは一生理解できそうにないなと、シオンは終わらない暴虐を致し方なく眺めるのである。
(これは……いや、調教とは言え本当にこんなことをする適性があるだなんて、自分じゃ思えないんだけど……)
人間様の使っているシステムとやらは、本当に大丈夫なんだろうかと、シオンは心底疑問に思う。
当初から変わらない管理官様の言い草から察するに、こちらの性癖は少なくとも人間様には筒抜けの筈だ。正直適性というなら、作業用品より性処理用品の方がよっぽど高いと自負しているくらいなのに。
される側の視点で見ればちょっとは楽しめるかな、と試行錯誤(?)するシオンの隣で、クミチョウは相変わらず辛そうな顔をしながら、しかし「何か懐かしいな……」と謎の感想を呟いている。
管理番号から見るに、彼はかなりの古株だ。もしかしたら管理用作業用品としてもこういう機会を得たことがあるのかも知れないとシオンはふと思って尋ね……そして全力で後悔した。
「……クミチョウさんも、こういうのをやったことがあるんですか?」
「ん? いや、俺はずっと地上配置だったからねぇよ。ただな、見てると昔を思い出すんだよなぁ……」
「昔、ですか」
「ああ。実家じゃ親父を慕う怖ーい兄貴達が、寄ってたかってこうやって性処理用品を作ってたんだよ」
「え」
「首からヤバいオクスリを入れながら殺すつもりで甚振ってるとな、そのうち痛みは快楽だって脳が覚えちまうの。目の前で痛みに叫びながら、もっとって涎垂らして腰を振り出す瞬間は見ものだぜ? 今思うと俺の性癖の目覚めなんだよな、あれは」
「ひぇっ、クミチョウさんの幼少期が思った以上に歪んでた……というかどれだけヤバいお家だったんですか!!」
「いや、極道なら普通だろ?」
「普通って何!?」
(ひぃぃ聞くんじゃ無かった……!! 人間様はやっぱり怖いよぉ!)
人間様の残虐性は十分知っていたつもりだったけど、まさかこんな作業用品がやるような事まで人間様自ら手を下しているだなんて、世界の闇は深すぎる。
そんな人間様の中に、無防備極まりない状態で放り込まれる性処理用品の道を選ばなくて本当に良かったと、シオンは心の底から自分の選択を肯定するのである。
そして、どう見ても興奮する要素の無い映像ですっかり昂ぶり、しかしここでおっぱじめることは許されないが故に拳が白くなるほど握りしめ我慢するクミチョウや、映像の中で明るい笑い声を上げる先輩作業用品達に(やっぱり作業用品って……突き抜けた変態だよね)とすっかり自分のことを棚に上げて恐れ戦くのであった。
◇◇◇
「お待たせ、クミチョウ、シャテイ。んじゃ行こっか……ってどしたのさ、そんなぷるぷる震えて隠れちまって」
「……あー……さっき快楽変換機能の実装やってただろ? あれ見てすっかりビビっちまって……ほらしゃんとしろシャテイ、てめぇがやられるわけじゃねえんだから!」
「あはは、ほんっとうに変わった子だねぇ! あの時の有能っぷりはどこに行っちまったんだい?」
それから数時間後、ようやく待機室に戻ってきたナコと共に、シオンは物品転送室で受け取ったスーツケースを転がしながら空き部屋へと向かっていた。
展示棟で使用される道具は作業用品達が洗浄や消毒、簡単な補修を行っているが、ここ調教棟で使用する道具は素体に合わせて個別に作られた物が多く取扱いも難しいため、ほぼ全ての手入れを調教管理部、つまり人間様が受け持っているという。
道具は全て指示を受けたときに物品転送室で受け取り、また返却するのが決まりだそうだ。
「あたしたちで管理するのはベルトと鞭くらいよ、疑似ペニスだってしょっちゅう細かい規格が変わるみたいだし」とはナコの弁である。それだけ人間様は今でもよりよい製品を作るために研究を重ねていると言うことだろう。
(……これだって、その研究の成果だよねぇ)
馬鹿でかいスーツケースを転がすシオンは、そっと心の中で独りごちる。
調教用作業用品の製造機なんて言うくらいだから、てっきり何かしらの機械とか、それこそ漫画で見たパワースーツのようなものが出てくるのかと思っていたら、物品転送室で渡されたのはあまりにも見慣れたスーツケースで、もうこの中に何が入っているかあらかた想像が付いてしまった。
それはクミチョウやナコも同じだったらしい。「あんた、先に資料読んで知ってたんじゃないの?」「いや、実装映像が楽しすぎて何にも見てねぇ。にしてもまさかこんな形とは」とちょっとうんざりした顔で話しているから。
「よいしょ、っと……んじゃ、開けるか」
「はい」
普段は奉仕実習で使われるというだだっ広い部屋の真ん中で、三体は早速スーツケースを開ける。
緩衝材に包まれていたのは、案の定全身をベルトでぎっちりと拘束された……どう見ても二等種にしか見えないメス個体だった。
強いて言うなら、耳のある当たりには硬質な光沢のあるパーツが取り付けられているお陰で通常の二等種とは違う様相に見えるだけだ。
「……本当に二等種と区別が付かないねぇ、これ。ちゃんと手首足首にも刻印があるしさ」
「見た目だけなら完全に作業用品だな。ちょっと耳におめかししているだけの」
「待った、これおめかし認定なんですか」
「だってよ、俺らのタトゥーやピアスと大して変わんねぇじゃねえか」
雑談をしながら、管理官により解錠された南京錠付きのベルトを一つ一つ外していく。
閉じた瞳から伸びるまつげの長さと量が、大変羨ましい。そして栗色のつやつやした癖のない髪を胸まで伸ばした個体は、そっと触れると温もりまで感じられて、どう見ても生きているようにしか思えない。
本当にただの二等種では無いのかと、つい疑いたくなるくらいだ。
製造機である彼女を床に転がし、クミチョウは目の前に資料を展開して読み進める。
「取りあえず起動は……ああ俺らを起こすのと同じか」と確認していた彼の眉が、ぴくりと上がった。
「どしたの? クミチョウ」
「いや……これ、脳みそ以外は『本物』のパーツを使っているらしいな……」
「…………嘘でしょ、いくら何でも悪趣味すぎない……?」
「?」
どう言うことかと尋ねるシオンの目の前で、クミチョウはリモコンを製造機に向けてペアリングし、操作する。
途端に電撃が流れたのだろう、ビクッと身体を震わせた製造機の瞼がすっと開いた。
「!!」
「…………見ての通りだ」
そのヘーゼルの瞳は、艶やかに濡れていて……そう、この光沢は決してガラス玉なんかじゃ無い。
明らかに血の通った……自分達と同じものを、製造機は持っていて。
(そんな……まさか、二等種を『部品』として使ったってこと……!?)
ぞわり、と背中に悪寒が走る。
何と言うことだ、人間様は二等種を死なせないどころか、二等種から紛い物の命まで作り出してしまうのかと吐き気を覚える三体の前で、その製造機はすっと立ち上がり……誰から作られたか分からない桜色の唇を開けて、涼やかな「声」で起動の挨拶を紡ぐのだった。
「起動完了しました。当機は調教用作業用品製造機、T125Xです。始めに初期設定と操作者及び製造対象の登録を行って下さい」
◇◇◇
調教用作業用品製造機、T125X。
どこからどう見てもただの作業用品にしか見えない「彼女」は、保護区域9で製造され数々の優秀な製品を作り出したとある調教用作業用品をベースに、各保護区域で性能の高かった作業用品のデータと経験を組み込んだ脳機能モジュールをコアとする、成体部品で構成されたアンドロイドである。
このコアモジュールは魔法素材で作られ半永久的に稼働する特殊な機構を兼ね備えていて、まさにこの世界における魔法工学の集大成といえよう。
機械でありながら筐体のベースが生体のため作業用品と同様の扱いで動作し、側頭部に取り付けた送受信モジュールから研究室に稼働状況をフィードバック、更には現在も稼働しているというオリジナルの知見を追加したパッチをリアルタイムで受信し適用することで、常に最新の状態を保つことが可能。
しかも筐体に不具合が出れば、わざわざ中央に返却せずともそれぞれの保護区域で修理ができる。一応その外観に関してはある程度の規定はあるが、日々発生する「処分品」から似たようなパーツを探し出すのはそれほど難しい話ではない。
「この機体には、作業用品と同等のコミュニケーション能力がある。実在する作業用品から性格もコピーされているらしくてな、だから作業用品同士で会話をするように対応すること、だと……」
「うわ、つまりこの外見と性格のオリジナルがどこかにいるって事?」
「んー…………そうみたいだな。どうやらオリジナルも脳機能は既にコアモジュールに転写されていて、更に知見を溜め込むことが出来るって書いてやがる」
「……それって……管理官様がリペアの時に言っていた……」
「半永久的に壊れない作業用品、ってやつだろうな」
ひでえもんだぜと呟くクミチョウは、珍しく嫌悪の色を顔に浮かべている。
どうやらこれは、自分達よりも人間としての人生経験が少し長く、ついでに人間社会の暗い部分にどっぷり浸かっていた彼ですら眉を顰めるような「作品」なのだろう。
(……そっか。人間様から見たら、二等種はこれと同じなんだ)
目の前で笑顔を浮かべたまま初期設定を促す文言を繰り返す製造機に、シオンもまた沈鬱な気持ちを覚えていた。
確かに自分達も、人間様からすればただのモノにすぎない。
それでも、不可逆的に変質したとは言え元は人間であった肉体を、そして機能的には劣っていても有機物で出来た脳を持っている。そこに人工物の混じる余地はない。
対して目の前の「彼女」の中心は、本当の意味でモノ……部品の出所がどうであれゼロから作られた人工物なのだ。
どれだけ長年モノであると言い聞かされても、やはり同等に扱われるのは心理的抵抗を覚えるらしい。
「メンテナンスも基本的に作業用品と同じ。餌も食べりゃ排泄も管理される。これの保管庫は調教棟にあるけど、内部設備は同じってか……自慰もするし娯楽も嗜むアンドロイドって、どれだけ力入れてやがるんだよ人間様は」
「まぁあたし達を作るのだって、大概なことをやってるしね。ある意味これは、人間様の目から見た作業用品の理想型なんじゃ無い?」
……けれどよく考えれば、自分達だって既に人間様から……それどころか生き物からは遠くかけ離れた存在になっているのだ。
思考能力を落とされ、ありとあらゆる生き物としての権利を奪われ、人間様の庇護なしには生きることすらできない。
そしてひとたび自慰に手を出せば、人間様が無理矢理止めない限り壊れるまで快楽に溺れ続ける……
ここまで生き物として破綻した存在でありながら、人工物とは違うだなんて胸を張れるかと言われれば、答えは否である。
「……生きてるってさ、なんだろうねぇ」
(本当に……自分達は果たして、これでも「生きて」いるんだろうか……)
ぼそりと呟いたナコの言葉が、妙にシオンの耳に残った。
◇◇◇
気を取り直したクミチョウが、渡された資料を読みながら製造機の設定を始める。
といっても、うなじにある設定ボタンを押せば初回の更新パッチ適用や基本的な設定は勝手に受信してくれるらしい。
「125だから……名前どうしよっか」とナコが何気なく尋ねれば「その必要はねぇ」とクミチョウはあっさり提案を却下した。
どうやら、この製造機に愛称をつけることは禁じられているらしい。何でも性能の劣化に繋がるとかなんとか。
「にしても、何なんだこの原始的な接続法法は……管理官様が遠隔でデータを送りゃ一発だろうに」
憮然としたクミチョウの首輪からは、細い金属ケーブルがT125Xの右耳のモジュールへと延びている。
二等種の首輪には装着者の全データがリアルタイムで保存されているが、作業用品のデータは調教管理部が一括管理しているから通常ここからデータを読み取られることは無い。また製品情報を一般人が確認するときは、スマホカメラで首輪を映せば簡単に閲覧可能だ。
だからまさかこんな形でデータを見られることになるとは思わなかったと、クミチョウは「そうやってるとますますモノっぽいよねぇ」と茶化すナコを睨み付けた。
「操作者の初期データ送信及び首輪モジュールとのリンクが完了しました。この機体の操作者は37CM906Xで間違いありませんか?」
「おう、合ってるぜ」
「…………登録を完了しました。続けて製造対象品の登録を行って下さい。対象品の首輪モジュールにケーブルを繋ぎ……」
「だとよ、ほれシャテイ、繋いでやるからこっちに首を差し出せ」
「はひ……うぅ、なんか変な感じ……」
データの送信中は、125Xは目を閉じているようだ。流石にこんな無機質なケーブルで繋がれた上に見つめられるのは気味が悪いから、ちゃんと目を閉じる機能を実装してくれた人間様にシオンは心から感謝する。
クミチョウのデータ送信にもかなりの時間を要したし、今日は登録だけで全てが終わりそうだなとぼんやりしていれば、突如125Xがパチリと目を開けてこちらを振り向いた。
思いがけない行動に「ひょえっ」とシオンは後ずさりする。
「…………」
「あ、え、ええと……」
(な、何っ!? うあああ無言で見つめないでぇ圧が強いよおぉ!!)
そのまま、彼女はじっとシオンを見つめ続ける。
唇には笑みを浮かべたまま、天然モノの二等種らしい美しいかんばせとちょっと威圧感を感じる真っ直ぐな瞳にタジタジとしていれば、ふいにその唇から言葉が漏れた。
「……そう、あの子は人間様に買い取られたのね」
「…………へ?」
たった一言。
意味不明の言葉を発した個体、目を開けたまま再び沈黙を貫く。
(あの子? ……買い取られた? どういう、こと……?)
シオンは当惑しつつ、クミチョウを振り返る。
だが彼にもその言葉の意味は分からなかったようだ。「何だろうな、バグか?」と首を捻っている。
「……まぁ管理官様から突っ込みもねぇし、データ自体はまだ転送中みたいだし、そのまま待てばいいんじゃね」
「えええ、せめてこの目を閉じて欲しいんですけど……」
「諦めやがれ。大体今日初めて弄るんだ、俺にもやり方なんて分かんねえよ!」
「そんなぁ……」
そうこうしているうちに「製造対象品の登録が完了しました」と音声が流れる。クミチョウより随分早く終わったのは、年齢の差だろうか。
ともかくこれでこの妙な圧から逃れられると安堵したシオンに、しかし彼女は笑みを崩すことなく、更に謎の言葉を発するのだった。
「……ありがとう。子ネズミちゃんを生かしてくれて」
◇◇◇
「つまり、元データに存在するこれまでの性処理用品調教データと、シャテイの行動データに共通する製品がいて、感情プログラムが反応したと」
『そういうことだな。まあ製造が終われば対象作業用品のデータは削除されるから問題は無いだろう。変に反応しなければいい』
「かしこまりました。ありがとうございます、管理官様」
再びの奇行に「何これ訳が分かんない怖い!!」とすっかり怯えてしまったシオンに活を入れつつクミチョウが管理官に事の次第を報告するも、特段の対処が行われることも無いまま、シオンはビクビクしながら無理矢理125Xと向き合わされていた。
「ほれ、取りあえず自己紹介しとけ! 作業用品同士の会話と同様にすりゃいいだけなんだ、管理官様相手じゃねえんだから喋れるだろうが!!」
「ひぃ、そう言われたって何か不気味じゃないですかぁ!!」
怯えるシオンとは対照的に、125Xはにこりと微笑んだままだ。
暫くすれば「製造対象品を確認しました。製造モードに移行します」と音声案内が入った後、彼女はシオンに向かって「改めてよろしくね」と呼びかけた。
「はっ、はいいぃっ!! あ、えっと、T125Xさん……」
「125X、でいいわよ。あなたはシャテイね。で、そっちがクミチョウとナコ」
「はいよ、よろしく。と言ってもあんたを使うのは初めてだから、あたし達もどうすりゃ良いか分かんないんだけどさ!」
「大丈夫よ、この子ウサギちゃんの製造は全て私が担当するわ。といっても、保護区域が違うと細かいルールは違うから、その辺はサポートして頂戴」
(あ、話し始めたら意外と普通だ……)
まずは移動しましょ、と部屋を出るイツコの様子に、シオンは少しだけ安堵する。
外見は生体部品と言うだけあって自分達との違いは感じられないし、受け答えも非常に自然だ。人型そっくりのアンドロイドにありがちな不気味の谷も感じないあたり、人間様の熱の入れようが見て取れる。
「……調教棟って、展示棟に比べると何だか静かですね」
「そうね。素体の輸送時にはなるべく他の素体とすれ違わないように時間や経路が調整されているわ。製造工程の進んだ素体を目にすることで、加工効率が落ちることもあるの。子ウサギちゃんみたいなタイプだと余計にね」
「へぇ……」
(そっか、まだ製品になってないから……数ヶ月前の自分と変わらない個体だっているんだよね……)
基本的に素体の調教は、朝、昼、夜の3パートに分かれていて、訓練室の移動が生じる時間帯はいつもこんな感じなのだそうだ。
「もう少しすれば、通路を行き交う作業用品は増えるわよ」と話す125Xに、シオンはさっきから気になっていたことを尋ねてみた。
「それで……あの、どうしてさっきから『子ウサギちゃん』って……?」
「あら、シャテイと呼ばれる方が良いのかしら? ……だって、素体ならいざ知らず管理官様に怯えすぎて指示を放棄されてしまうような腰抜けの作業用品なんて、私のデータのどこにも存在しないんだもの」
「ぶっ!!」
「あなた、本当に調教用作業用品なのよね? 実は素体なのに、間違えてこっちに紛れ込んだんじゃ」
「ないですっ!! ちゃんと! 作業用品ですからぁっ!!」
「そう、これは新しいわね。中央にフィードバックした方が良さそう」
耳のモジュールが点滅を始める。どうやらデータが送信されているらしい。
「にしてもこの腑抜け具合……反応も素晴らしいし甚振り甲斐がありそうねぇ」とにっこり微笑む125Xにシオンは一抹の不安を覚える。
(だ、大丈夫なのかな、これ……てかそっちはそろそろ笑うのを止めて、真面目にサポートして欲しいんだけどな!!)
……人の気も知らないで「ちょ、辛辣すぎる」「言ってることが当たりすぎてて腹がいてぇ」と笑い転げるクミチョウ達に口を尖らせつつ、虎の子の製造機にすらその資質を疑われるシオンの調教用作業用品としての日々が、今幕を開けたのだった。
◇◇◇
いや、言いたいことは分かる。
確かに作業内容を身をもって体験すれば、その意図も加減も分かりやすくなるだろうから。
けれど、だからといって
「じゃ、手始めに懲罰体験しよっか。一番重い懲罰ね、『棺桶』で明日の朝まで過ごして頂戴」
「はい!?」
……何でいきなり「どんな素体でも作業用品に従順になるけど、時々壊れちゃう個体もいる」危なっかしい懲罰に処されてしまうのか、全力で突っ込みを入れたい。
「詳しい説明は準備をしながらするわね。ナコ、手伝って。二人分の筋弛緩剤が必要なの」
「分かった、拘束具も2セットね! 取ってくるわ」
「おい待て何で俺までなんだよ!!」
しかも、どうやら体験するのはシオンだけでは無いらしい。危険を察知したクミチョウが、全力で125Xに凄んでいる。
……ああ、あのクミチョウがあんなに顔色を悪くして震えるだなんて、一体どんな恐ろしい懲罰なのだろう。
必死に訴えるクミチョウの横で、シオンはもう魂が半分くらい抜けてしまっている。
ちなみにクミチョウの沙汰は、あのだるそうな管理部長からの直々の指示らしい。
「元が素行の悪い落とされだから、何もなくても定期的に懲罰を与えておくようにって」と125Xが無邪気に伝えたお陰で「そんなことまでインプットしねえでくれよ、管理官様……」クミチョウががっくりと崩れ落ちている。
あの様子だと、さっきまでの暴言もまずかったのでは無かろうか。だから言わんこっちゃないとシオンは同情の視線をクミチョウに向けた。
そんなクミチョウに、125Xは笑顔を絶やさない。……いや、むしろこれは、クミチョウの嘆きを楽しんでいるようだ。
そんなところまで二等種を再現しなくても良いのにと呆れていれば「あらでも、棺桶でいいならあなたは随分楽なんじゃないの?」と125Xは新たな燃料を投下する。
「クミチョウあなた、普段の懲罰は管理官様……それも管理部長直々に射精管理をされているそうじゃないの。あなたのような厳つい個体が製品みたいに貞操具を嵌められて無様に啼かされるだなんて、作業用品達の格好のオカズになりそう。ねぇ、子ウサギちゃんも見てみたいと思わない?」
「!!おまっ、何でそんなことまで」
「はぇっ!? ちっ懲罰で貞操具ぅ!? ちょ、それ詳しく!!」
「こら、何でてめえは貞操具の話になった途端豹変するんだシャテイ!? そんなに(するのが)性癖に刺さるのか!?」
「はい!! (されるのが)大好物です!! なので是非生々しい体験を」
「絶っっ対に喋らねえからな!!」
……流石は高性能な製造機。対象のやる気を爆上げする方法を心得すぎである。
「も、もしかして素体にも貞操具を使った懲罰が」
「残念ながら、素体の貞操具は懲罰としては使われないのよ。この手の懲罰は作業用品だけね、『私達は』ある意味性欲に振り切って狂っちゃってるから」
「!!」
「だからそこで目を輝かすなよ!!」
そうこうしているうちにナコが戻ってくる。
筋弛緩剤を受け取った125Xが「じゃあ準備を始めるわよ」と声をかけ、続いて首筋に痛みを感じた次の瞬間、目の前が二重になって息苦しくなり、ぐらりと世界が揺れた。
(へっ、これ、力が入らない……!?)
その場に崩れ落ちたシオンとクミチョウに、125Xはナコと共に手際よく準備を施しながら二等種の懲罰について説明を始めた。
「素体の懲罰は、調教の進捗に合わせて決められるわ。素体にとっての懲罰は調教も兼ねているからね。あまり懲罰点を溜め込めば棺桶に入れられるけど、日数は最低限
。それに壊れないように、精神状態はしっかり管理されるわよ」
うなじの辺りからさぁっと冷たい感触が全身を襲う。
冷たい床に触れているはずの手の輪郭が、何だかあやふやだ。
呼吸はとうの昔に首輪からの酸素補助に切り替わっているし、気のせいか顔の筋肉も全く動かせない。
「製品は全例棺桶。何せ製品ってのは懲罰電撃以外、肉体的苦痛を与えても基本的には快楽に変えてしまえるように加工されているのよ。つまりこうやって全身の感覚を剥奪し動きを抑制した上で完全放置する『棺桶行き』以外に、お手軽に製品に苦痛を与える方法が無いってことね」
ぼやけた視界に何かが迫ってくる。
銀色に光る器具が口の中に入って……多分、奥深くまで突っ込まれ顎を無理矢理開かされ、更に迫ってきた管らしきものを体内に入れられているのだろう。
特段気持ち悪さは無いが、入れられた感触も無いのが何とも不気味である。
「あ、ちゃんと生命維持はされてるわよ? ここはただの懲罰室じゃ無くて、性処理用品として出荷できなかったF等級を保管したり、廃棄処分になった二等種が絶命するまで置いておく場所でもあるの。だから正しく棺桶でもあるの」
「あー心配しなくてもいいぞ、シャテイ。F等級と廃棄処分以外は、ちゃんと発狂しないようにオクスリもたんまり盛られるから。……正気を保っていられる分きっついけどね!」
今、何だか碌でもない話が聞こえた気がする。
しかし
(これ……え、呼吸も給餌も排泄も全部自動? しかも一切動けないどころか、力すらいれられないまま!? 文字通り何もできないんだ……!)
シオンはそれどころでは無かった。
この棺桶なる処置の目指すところを理解した瞬間、シオンの背中にゾクゾクとしたものが――それは一般的には興奮と呼ぶのだ――駆け抜ける。
「一時的に性欲からも解放されるから、楽になるでしょ? と言っても楽なのは今だけよ、ふふっ……初めてだと棺桶から出したときの反応が楽しみだわぁ」
「あんた本当にいい性格してるね、125X。……むしろ経験済みの方が恐怖は強いんだよな、なぁクミチョウ?」
「あら、随分バイタルが乱れてるわね。……へぇ、他の二等種を庇って棺桶入りだなんてまた珍しい個体ね。……叫び声が聞こえないのが、実に残念だわ。この見かけとのギャップは美味しすぎるのに」
(くそっ、人を玩具にして遊ぶんじゃねえよ!)と恐怖に目の前が真っ暗になりながら必死に叫んだところで、クミチョウの表情はピクリとも動かない。
それはシオンも同様で、125Xとナコはその内心が恐慌状態に陥っていることを想像し、はぁっと熱い吐息を漏らしながら淡々と作業を進めていく。
棺桶の中に収められた肉体は、一時的に装着された枷と鎖によって収納時にずれないよう厳重に固定される。
中にはスライムのようなおなじみの緩衝剤が敷き詰められているが、既に感覚を失ったシオンにとっては、ふわふわと身体が浮いているようにしか感じられず、どうにも頼りない。
頼りないのだが。
(うわああぁぁこれ、ちょ、本物の完全管理、完全拘束ってやつだ!! ギチギチの拘束とはまた趣が違うけど、圧迫感が無いのに何も動けない……生きるための全てを剥奪され、管理されてるって……)
実に残念なことに、能面の下でシオンは絶賛盛り上がり中であった。
それもそうだろう。これまで数多のコンテンツでありとあらゆる拘束を目にし、いつか体験してみたいと妄想に耽っていたのがこんな形で実現したのだから。
しかもよりによって、なかなか体験出来そうにない「レア」なやり方で!
(……あれ、ちょっと待って)
「これでよし、と。じゃあ蓋を閉めるわね、子ウサギちゃん」
「明日の朝までじっくり堪能しておいでよ、死にゃしないからさ! クミチョウも、な!」
そして、シオンは気付いてしまうのだ。
――これはもしかしなくても、自分にとっては懲罰体験じゃ無くてただのご褒美では無いか、と。
浮遊魔法により、二つの棺桶が壁へと収納される。
それを見守る作業用品達は、すっかり興奮した様子だ。今日の作業後のオカズはもう確定だろう。
管理官から125Xの施設案内を指示されたナコ達は、「いやぁ役得だねぇ」と鼻歌交じりで実験用個体保管庫を後にする。
(くそっ、最悪だ……またあの恐怖がやってきやがる……!)
(はぁぁ、最高じゃん……ああもう、こんな状態で放置されるだなんて妄想が止まらないいぃぃ……!)
そして表向きは何の反応も啼く、しかし全く相反する感情を内包したまま、棺桶の中は静謐な絶望を湛えた地獄と化したのだった。
……化した筈である、多分。
◇◇◇
実験用個体保管庫、通称『棺桶』
その名の通り、性処理用品や作業用品としての要件を満たせずモルモットや各種パーツとして使われることになった、F等級の個体を保管するための場所である。
全ての二等種は耐用年数を超え修理不可能と判定された段階で、廃棄処分となりここに収容される。
最低限の生命維持措置は実施されるが、全身の運動及び感覚、さらには睡眠すらも剥奪された二等種は、何も策を講じなければ数時間で妄想に襲われ恐慌状態となり、1週間と経たず精神が完全に破壊されるという。
以後、肉体が緩やかに衰え死を迎えるその日まで、二等種は永遠に続く幻覚の恐怖の中で声なき声を上げ続ける事しか許されなくなるのである。
もちろん表向きは、二等種は何の苦痛も無く処分されると喧伝されている。
……表情すら穏やかなまま動かすことが出来ないのだから、確かに苦痛は無いようにしか見えないのだろうが。
なお、F等級や廃棄処分以外のいわゆる懲罰として棺桶を使用する際は、懲罰期間中決して正気を失わないよう大量の薬剤と魔法で精神状態をコントロールされる。
発狂した方が楽になれるレベルの精神的苦痛を与えられつつ、決して狂気の中に逃避できない残酷さは語るまでも無いだろう。
それ故に、この懲罰は何度食らっても決して慣れることが無い、最も重く且つ効果的な懲罰として管理官に重宝されているのである。
――そう、そのはずなのに。
「はぁっ、はぁっ、うげっ……」
「おーおー相変わらず棺桶の後はぐっだぐだだねぇ、クミチョウ!」
「…………当たり、前だろっ……うええぇ……」
次の日の朝。
「流石に先輩の面子ってものを立ててあげないとね」というナコの提案により、先にクミチョウが棺桶から取り出される。
表情こそ平坦なままだが、軟膏をべったりと塗られた筈の瞳はすっかり涙で洗い流され、淀んだ瞳は恐怖と絶望に覆われているのが一目瞭然だ。
「大分来てるねぇ……いやぁクミチョウのこんな姿を見られるなんて役得役得」
「そうね、普段硬派を気取っている個体がグズグズになるのは滾るわよね……ところで彼は、どんな幻覚を見るのかしら」
「あー、実家で作っていた違法性処理用品に襲われるって言ってたっけ」
「それはまた、自業自得ねぇ」
軽口を叩きながら、二人は薬剤を投与し、覚醒したクミチョウから管を取り外す。
盛大に咽せ、嘔吐きながらのたうち回る様子は、とても彼を慕う作業用品には見せられたものでは無いだろう。だからクミチョウのこんな姿を知るのは、調教用作業用品の中でもごく一部だけだ。
……尤も、彼が自身の罪や管理官の気まぐれで棺桶に放り込まれたことは一度たりとも無い。
どうやら彼を制御する管理官――管理部長の中では、棺桶はあくまでも連帯責任などのちょっとした(?)おまけでしかなく、クミチョウに最も効果的なのは貞操具による射精管理という認識らしい。
「気持ちわりぃ……うえぇ、突っ込まれたチンコの感触が生々しすぎて……」
「ここより酷い現場を知っている堕とされってのも、なかなか大変ねぇ。ほら、さっさと立たないと管理官様から電撃を食らっちまうよ!」
「すまねぇ……なんだ、シャテイはどうした」
「あんたが落ち着いてから出そうと思ってね。ま、棺桶なんだし搬出時間が1時間くらいずれようがそう変わりはないっしょ」
(それは変わるだろうが、どいつもこいつもひでえもんだ)と、青ざめたクミチョウは心の中で毒付きつつも、ナコの気遣いに感謝する。
いつもは鬼畜な管理官も、この状況でさっさと作業を進めろとは言わないらしい。止まらない涙をゴシゴシと拭いつつ、クミチョウはすぅと深呼吸を繰り返した。
「……すまねぇが、シャテイは二人で出してもらえるか?」
「あいよ」
クミチョウの様子を見つつ、もう一つの棺桶が保管庫から取り出される。
「ふふ、子ウサギちゃんはどんな悲鳴を上げてくれるかしらね」と相変わらずご機嫌で蓋を開けくたりとした身体を取り出した125Xであったが、ふと真顔になり「あら?」と不思議そうに首を傾げた。
「ん? どしたの、125X」
「……ナコ、これちょっとおかしいわ」
「え!? まさか、精神崩壊」
「あ、いや、そうじゃ無いの。無いのだけど……」
「何だか、肌艶が良くない?」
「「はい!?」」
思いもかけない125Xの言葉に、クミチョウは顔を顰めながらも棺桶から出されたシオンの元に駆け寄る。
自分と同じく表情の抜けた顔で投げ出された肢体は、しかし確かに消耗のしの時も見られない。
3体は「棺桶は、ちゃんと機能していたよな……?」と訝しみつつも、シオンに取り付けられた器具を外していく。
「電撃で起こして……起きてるな…………」
「何だかにやけてるわねぇ……おーいシャテイ、聞こえてる?」
「あはぁ……こんな状態で……にゴミを見るような目で見られたら……んぎゃっ!!」
「…………管理官様直々の電撃かよ」
焦点の合わない瞳で何やらブツブツ呟いていたシオンの言葉を聞き取ろうとする前に、管理官から直接全身に電撃が流される。
……首輪の光り方からみるに、これはただの気付けじゃない、滅多に使われない最大出力の懲罰電撃だ。何かが管理官様の気に障ったのだろうか。
(え、あ、あれ……あ、終わっちゃった……?)
ひときわ大きな叫び声を上げたシオンは、正気を取り戻し懲罰体験の終わりにようやく気付いたようだ。
「……はぁ、終わっちゃった……」と非常に満足げな、いやむしろ名残惜しそうなため息をついている。
全身はびっしょりと汗で濡れそぼっていて、しかしその意味がどうやらクミチョウとは違うことは、あの呆けた顔からも一目瞭然だ。
「……シャテイ、大丈夫? もしかして辛すぎて、ネジが飛んじゃった?」
「あ……ナコさん……えへぇ、めちゃくちゃ辛かったですぅ……頭壊れちゃうかと思いましたぁ……ふふっ」
「いや待て、話してる内容と表情が合ってねえだろ!! おーい管理官様、シャテイがおかしくなっちまった……え、正常!?」
(管理されるって……いいよねぇ……)
目の前で「どうなってんだ」「こっちが聞きたいわよ!」と当惑するクミチョウ達に気付かず、シオンはすっかり降って湧いたような「プレイ」の余韻を楽しんでいた。
これまでだって魔法で一ミリも動けないように拘束されたり、首輪の呼吸補助が必要な状況で苦しめられたことは散々あったけれど、自分の存在すら曖昧になるほどの拘束(と読んで良いのだろうか)を受けたのは流石に初めてだ。
本来ならば拷問に等しい所業は、けれど「命は奪わない」という絶対条件とシオンの拗れきった性癖のお陰で単なるご褒美と成り代わり、存在を失う不安と恐怖から生じるはずの絶望しかない幻覚は何故か未知への期待から留まることを知らない淫らな妄想に変換され……
つまり18時間に及ぶ素敵な妄想で、シオンの頭は別の意味でネジがすっとんでしまったのである。
そんなシオンの変態っぷりを知らないクミチョウとナコは「こいつ、時々おかしなスイッチが入るしな」「そ、そうなの? まあそれならこんなことも……規格外だけど……」と何とか理屈をつけて納得しようと悪戦苦闘し。
そして
「ええと……これは……………………」
「125X? …………んん? 動きが止まってね?」
「………………『予期せぬエラーが発生しました。手順に従い再起動を行って下さい』」
「「はあぁぁ!?」」
柔軟性という面では一歩及ばないアンドロイドである、125Xをフリーズさせてしまったのだ。
◇◇◇
それから30分後。
真っ青になったクミチョウが管理官からの指示を受けながら、どうにかこうにか125Xの再起動を果たし「エラー内容を送信します」と耳のモジュールが点滅を始め、どこかすまなそうな眼差しがこちらに焦点を合わせたことで、ようやく事態は収束する。
「ごめんなさい、停止しちゃって」
「あ、いや、まあ優秀な製造機ったって想定外はあるわよね」
「にしても、この様子じゃシャテイには棺桶の懲罰は使えなさそうだな……どうするんだろうな、管理官様」
「それは管理官様にお任せしましょう。ナコ、次は保管庫の生活を体験させたいのだけど」
「わかったわ。まあ私達が考えてもどうしようも無いわよね」
ほら行くぞ、と引きずられるように実験用個体保管庫を後にするシオンの顔には、まだ先ほどまでの余韻が残っているようである。
無理も無い、拗れきった被虐の性質をいくら二人がかりとは言えあの狭い保管庫で、しかも制限された器具を使って満たしきるのはほぼ不可能と諦めていたところに、とんでもないイベントが差し込まれたのだ。
しかもあれは懲罰の一種だという。二等種として生きている以上、何もしなくたって人間様は気まぐれな懲罰を与えるのはこの身に染みているし、きっとまた体験できる日は近い筈。
(それに……作業用品の懲罰は貞操帯も使うって……ここの作業でもつけて貰えて、懲罰でも……人間様がやるから、絶対辛くて頭がおかしくなるやつだ……えへへ、楽しみぃ……)
まさかここに来て、こんな素晴らしい展開が待っているだなんて。
たった一人の味方であるトモダチと慰め合うことで何とか生きていられるような碌でもない人生だったけど、ここまで生きてきて良かった……と、シオンは大げさで無く信じてもいない神に感謝するのであった。
……まあ、世の中はそんなに上手くできていないのだと、すぐさま思い知らされるのだけれど。
『おい、ゴミマゾ』
「ぴゃっ!?」
移動中、突然頭の中に響く管理官様の声に、シオンの頭は一瞬にして緊張状態に引き戻される。
……どうやら管理官様は、こちらの管理番号すら呼ぶ気が失せているらしい。言葉の端々に「もううんざりだ」と言わんばかりの棘を感じて、何だか心がちくちく痛い。
「なんだなんだ、珍しく管理官様直々の指示か?」とクミチョウ達が興味深そうに直立不動で震えるシオンを眺める中、管理官様――この声は間違いなく、あの管理部長だ――は残念なお知らせをシオンに突きつけるのだった。
『……お前に『棺桶』や自慰禁止系の懲罰はやらない』
「へっ」
『お前が懲罰対象になったら、その頭の中に俺の説教と黒板を爪で引っ掻く音を、俺の気が済むまで流してやる、大音量でな! どうせ棺桶の中でも詰られる妄想に浸っていたんだろうが、この穢らわしいマゾブタが』
「えええそんなぁぁ!! ……ひぎっ、ごしどうありがとうごじゃいましゅうぅ……はあぁ、がっくり……」
『ほう? そんなに今すぐ与えて欲しかったのか、それは気が付かなかった』
「ひいぃぃごめんなしゃい! 頭が削れるぅいやああぁっ!!」
◇◇◇
「うう……折角の維持具体験だったのに……何にも感じなかった……」
「管理官様は、性感の制御機能を無駄遣いしてると思うの……折角新しい扉が開けるかと楽しみにしてたのにぃ」
『誰が無駄遣いだこのポンコツが。素体よりぶっ飛んだアヘ顔を晒して、調教効率を下げないように調整しただけだろうが』
「「ヒィッかかか管理官しゃまあぁ!? あわわごめんなひゃいっ何でもしますから懲罰だけはぁ!!」」
『そうか何でもするか。なら今日は朝まで俺の声で説教を垂れ流しておいてやろう。終わらない自慰に溺れながら、ありがたく拝聴しろ』
「「うあああまた何でもするって言っちゃったあぁぁ!!」」
――調教用作業用品として至恩達が地下に配備されて、3ヶ月が経った。
あの日から125Xと共にありとあらゆる装具や調教作業を体験し、ここ数日は少しずつアシスタントとして指示を貰うことも増えてきたが、この3ヶ月が彼らの二等種人生に於いて最も懲罰を食らった期間だったのは間違いない。
(ううう、へなちょこで甚振りやすいからって、ちょっと酷すぎない? 他の作業用品だって、作業のおこぼれで性癖を満たしてるのに!)
(ちょっとくらい楽しませてくれてもいいじゃない! はあぁ、どうして私達だけこんな目に遭うのよぉ……)
迂闊な発言を後悔しながらも、扱いの違いに納得できない二人は心の中で嘆きを上げる。
そんな状況でも快楽を貪る手は止められない。
今日も彼らは朝まで止めて貰えない説教と自慰に満身創痍となり「ごめんなさい……」「もうしません……ゆるして……」と泣きながら朝を迎えることになるのである。
――扱いを変えざるを得ないほど、自分達の性癖が作業用品の定義からかけ離れていることには終ぞ気付けぬまま。
素体用の枷やピアスの仮装着から保管庫での拘束に奉仕訓練、維持具を詰め込まれての動作訓練など、ここには調教用作業用品にとっては二度と思い出したくない、しかし二人にとっては単に性癖を満たす魅力的な体験が目白押しで。
しかしそれらはことごとく『お前の性癖を満たしてやる義理はない、このドマゾ不良品が』とあの久瀬という管理部長によって、あるときは感覚を剥奪され、あるときは体験の一部が取りやめとなり、またあるときは頭の中に不快な音を延々と流し煩悩と集中を削ぐことでせっかくの楽しい時間(?)を妨害され続けてきたのである。
久瀬からすれば、別に嫌がらせをしているわけでも無い。何なら、好きで懲罰を与えてるわけでも無い。
素体と作業用品の間には決して超えられない身分の差が存在し、素体の調教効率を上げるのに一役買っている。
だというのに、このへなちょこ変態個体ときたら体験はもちろんのこと、アシスタントとして調教に参加してさえその残酷な内容に興奮するのみならず「一緒に甚振って欲しいなぁ」と言わんばかりの被虐願望丸出しの蕩けた顔を無自覚に晒してしまうのだ。
これでは、身分も何もあったものでは無い。
お陰で、久瀬はできる限り連絡を取りたくないにも関わらず、毎日のように対応に追われている。
結果として、久瀬の行動は嗜虐の極みの集団の中でシオンを守る事にも繋がっているというのに、このあんぽんたん共は……二等種だから仕方が無いとは言え、己の性癖を満たすことしか考えやがらない。これでは、嫌みの一つも言いたくなってしかるべきだろう。
『いいか、お前のそのねじ曲がった変態性癖を絶対に表に出すな。他の作業用品に目をつけられて暴虐の限りを尽くされるのはまだいいが』
「ひぃそれは勘弁して、いだだだっ!」
『ドマゾなお前にとっては本望だろうが。……だが、そんな性質を素体に感付かれでもしてみろ。お前の命令を素体が受け付けづらくなる、引いてはうちの製造効率が落ちるんだ、この役立たずが』
「ううう、申し訳ございません……」
……どうやら既に、久瀬からの通信は途絶えているようだ。いつもと同じ説教が、冷徹な声で延々と頭の中に響いてくる。
聞き流したくてもこの音量では二人で会話をするのも難しいし、何より内容に合わせて謝罪を口にしないと途端に懲罰電撃が飛ぶようにプログラムされているらしく、おちおち寝ることすら出来ない。
復元時間すら無視されるなんて、よほど管理官様は自分達の行動にご立腹なのだろう。
「はっ、はっ、うっでるぅ……はぁっ……もうやだぁ……」
「ひぐっ……かんりかんさまごめんなさい……手を止めてぇ……」
はぁはぁと荒い息づかいに、ぐちゅぐちゅと湿った音が部屋に響く。
そんな音すら頭の中の説教はかき消してしまって、このままじゃ自慰をする度にあの管理官の感情の無い眼差しを思い出して肝が冷える羽目になりそうだ。
「んあぁっ……アシスタントでも懲罰続きなのに……担当なんて……」
「展示棟に戻りたいよぉ……はぁっはぁっ……無理だよ僕らに、調教なんて……」
「……んっ……そんなの、どんなに気をつけたって調教されたくなるに決まってるじゃ無い……!」
熱に浮かされ、説教に魘されながら二人の頭を過るのは、今日の作業終了時に125Xから告げられた管理官からの指示だ。
『子ウサギちゃん、明日入荷予測が立ってる個体の担当になったわよ。初めての調教、楽しみにしてなさいな』
『はい!?』
それは、まさかの4ヶ月目にして素体の調教担当に選ばれたという知らせだった。
125Xの楽しそうな言葉に、これだけ懲罰を食らいまくっている個体に担当を持たせるとは一体管理官様は何を考えているのかと、流石の二人も耳を疑ったものだ。
何せ調教担当作業用品は、管理官の指示に基本的に従うとは言えかなりの裁量をもって素体の調教に臨むことになる。
その分課せられる責任も重く、調教中はおろか出荷後であってもあまりに成績が悪ければ「使用作業用品の不備だった」として懲罰対象になってしまうのだ。
それこそリペア対象にでもなろうものなら、精神崩壊ギリギリまで棺桶に放り込まれることもあり得るのだとか。
製品が耐用年数を超えるまで免責にならないだなんて、ちょっと理不尽が過ぎるとは思うが、人間様の作った掟は絶対である。抗う余地は一ミリもない。
(それ、働けば働くほど懲罰の機会が増えちゃうんじゃ……)
(しかも僕と詩だよ!? どう考えたって調教用作業用品の才能は無いって、この3ヶ月で人間様は思い知ったんじゃ無いの!?)
ああ、やっぱりこの世に神なんていない。世界はいつだって自分達の敵なのだ……
二人は自棄になって暴れ出しそうなほどの渇望と恐怖のどん底で、明日からの確実に懲罰が激増するであろう日々に身震いするのだった。
ちなみに、この指示に頭を抱えているのは、二人だけでは無くて。
「冗談だろ? これに担当を持たせろとか、うちのシステムはとち狂ってるんじゃ無いのか……? 製造者は俺になるんだぞ、これで粗悪品が出来たら俺の評価に直結するってのに、流石に笑えねぇわ……はあぁ……」
越えられない壁のこちらと向こうで、相容れない管理官とモノは同じ悩みにがっくりと肩を落とす。
そんな彼らを、AIによる自動監視システムはただ静かに見守っていた。
◇◇◇
次の日。
皆がそれぞれの持ち場に散ってがらんとした待機室では、ガチガチに緊張した至恩が早速125Xのチェックを受けていた。
「入荷個体の処置が終わったって、管理官様から連絡が入ったわ。子ウサギちゃん、情報はもう確認したかしら?」
「あ、はい。全部頭に叩き込みました!」
「そう、じゃあ取りに行きましょ。今回クミチョウは訓練室に立ち入り禁止だから、連絡係は私がするわ。で、もう一人の担当はF079X……あら、同性が素体を担当するの?」
「ん? むしろ異性の個体しか担当しないなんて保護区域もあるのかい?」
「ええ、私のオリジナルはそうだったみたい……『データを更新しました』これで大丈夫よ」
処置室に移動しながら、至恩は念のためにともう一度素体データを見直す。
今回の素体は、入荷時まで全ての穴が未使用であった、ある意味貴重だが面倒な個体である。
本来なら絶対に新人には任せないタイプだが、幼体時から対人恐怖症のきらいがありタトゥーとピアスで武装(?)状態の作業用品が担当すると調教に支障が出ると判断されたため、片手にも満たないまっさらな躯体の持ち主の中で最も適性が高かった至恩に、白羽の矢が立ったのだ。
ちなみにこの事実を知るのは「だから、無闇にタトゥーなんて許すもんじゃない」「まがりなりとも公的機関の備品なのに見た目のガラが悪すぎるよな、うちの作業用品は……」と、この手の案件が発生する度に頭を抱える調教管理部だけである。
「まあ、気楽にやりゃいいよ。入荷時等級予測がDじゃいくら頑張ったってCが限界だろうし、シャテイの性格からしてやり過ぎて壊すことは絶対にないっしょ? 125Xもついてるから何とかなるって!」
「うう、頑張ります……もう不安しかない……」
「子ウサギちゃん、その扉を開けたら態度だけは堂々としなさいな。第一印象は大事よ?」
いつもは通らない廊下を通り、首輪によるセキュリティチェックを三度も受けてようやく辿り着いた重い扉。
この先は、調教棟に入荷した素体の処置室。作業用品が唯一許可を得て足を踏み入れることが出来る「人間様の世界」だ。
と言ってもこの扉の向こうにいるのは、処置を終え鎖に繋がれて作業用品による引き取りを待つ、素体になりたての二等種だけだが。
(…………ここにいるんだ。僕が性処理用品に堕とさなければならない二等種が)
突然の担当指示と昨夜の懲罰のお陰ですっかり頭からすっ飛んでいた事実が、この場に来てぐっと胸に迫ってくる。
この数ヶ月たくさんの製品や素体を見てきたし、調教にだって参加してきたけれど、彼らはあくまで誰かの作ったモノだった。
……これから出会う素体は違う。自らの手で、あのちょっと羨ましい調教と……全く羨ましくない性器への従属反応を植え付けただの穴に落とさなければならない、ほんの数時間前まで自分とさほど変わらなかった二等種なのだから。
ふと脳裏によぎるのは、リペア処置を行ったツインテールの製品の瞳。
あの幸福と悦楽の奥に絶望を湛えた眼差しを持ちながらも明日を生きられる製品を、本当に自分が作れるのだろうか。
(……拒否権は無い。だから、せめて生きることを諦めずに済むよう調教するから)
今頃詩音も、この重たい扉の前で拳を握りしめ、覚悟を決めているに違いない。
世界が違えども、僕たちはいつだって一緒だ。
至恩はすぅと一つ大きな深呼吸をして、目の前の扉に手をかけた。
◇◇◇
(こんな目に遭うなら、性処理用品になんて志願するんじゃ無かった)
その個体は、終わらない苦痛に呻いていた。
バチバチと青白く光る電撃が止まらない。
首も、手足も、さっき穿たれたばかりの敏感な場所も、全部が痛くて……こんな状況でどうやって涙を止めろというのだろう。
昨夜、消灯直前に性処理用品へと志願したメス個体55CF043は、朝を迎えるが否や素体として新たな場所へ出荷される。
その先には3人の人間様が待ち構えていて、あっという間に手足に枷を付けられ、乳首とクリトリスには見たことも無い太いピアスを穿たれ、その痛みに泣き叫んでいればうるさいとばかりに喉の奥まで枷を突っ込まれた。
そしてくぐもった絶叫を上げる中、ロイヤルブルーのケープを羽織ったどうにもやる気の無さそうな人間様の手によって、一度も暴かれたことの無い二つの穴に激痛と共にはち切れんばかりの質量を詰め込まれたのだ。
(痛い……痛いよう……全部痛い……!)
いくら弛緩剤を使っているとは言え、指一本すら入れたことの無い穴では限度というものがある。
「ったく、初期管理部も『事故』を起こしておいて欲しかったんだがな……ああ、やる前に志願してしまったのか、運が無いな」と面倒くさそうに呟く人間様は、しかしこちらの慟哭など何も聞こえないかのように処置を終えると、よりによって床と穿たれたばかりの股間のピアスを繋いで「四つん這いな。そのまま待機」とさっさと部屋を出てしまったのだ。
(いつまで……? いつまで、待機なの? もう無理っ……!)
待機の辛さに少しでも身体を動かせば、リングが揺れて酷い痛みが走る。
そうで無くても落涙の懲罰電撃は止まないままだ。
一体何時間経ったのだろう、腕も足も痺れて感覚はとうに無い。
ああ、自分は訓練すら受けられずにこのまま壊れてしまうのかも知れない……
そんなことを思い始めた43番の耳に、ガチャリと扉の開く音と人の話し声が飛び込んできた。
「あ、あれね。F043」
「えっと……まず管理番号の確認をして……」
「そうそう、それから鎖を繋ぎ替えて、保管庫まで輸送だよ。シャテイが先導やってみな」
「は、はいっ」
(やっと、ここから動ける……早く、どこかに連れて行って……!)
その先に待つものが決して楽とは思わないけれど、それでも少しは休めるのでは無いかと期待した43番は、最後の力を振り絞り人間様の命令を待ち続ける。
と、横に大きな手が伸びてきた。
「ええと、バイタルは……せ、正常?」
「うん、壊れてないから正常でいいっしょ。で、先に許可を取ってから鎖の付け替え」
「はひっ……『か、管理官しゃまっ、43番の、いっ陰核拘束解除を、申請しますぅっ』いでででっ!!」
「落ち着いて子ウサギちゃん。ほら、外れたから牽引用の鎖を繋ぐわよ」
「はいぃ……あわわ、手が震えるぅ……」
(……? 何だろう、慣れてないのかな)
命令が出ていないからまだ四つん這いの姿勢は崩せないが、どうやら股間と床を繋ぐ短い鎖は外れたようだ。
随分頼りなさそうな声で返事をする男性スタッフが、震える手で新たな鎖を手に取る。
――何故この人間様は、手首にこんな鎖のようなタトゥーを入れているのだろうか。
「つ、繋ぎましたっ!」
「オーケー。43番、聞こえてるよな? ほら、その場で直立、手は後ろで組んで」
「!!」
後ろから飛んできた女性の鋭い声に、43番は慌ててその場に立つ。
すっかり痺れた足は子鹿のようにぷるぷると震えていて、正直一歩も歩ける気がしない。
(……え?)
しかし何とか立ち上がり目の前の人影をはっきり認識した43番は、予想だにしなかった光景にぴしりと固まっていた。
「あんぇ……?」
「あ、ええと」
「シャテイ、詳しい説明は保管庫に行ってからでいいよ。ほら、リモコンのペアリングはした?」
「あ、そうだった! ありがとうございますナコさん」
(なんで……二等種が、ここに?)
そこにいたのは、くすんだ藤色に鮮やかな浅葱色のメッシュが入った、どうにも気弱そうな……けれどその中心は猛りきったオス個体。
その隣には、栗色のストレートヘアをかきあげにっこりと微笑むメス個体が佇んでいた。
どちらも手足には鎖のようなタトゥーを刻み、腰には黒いベルトを巻いている。
そしてその下には、管理番号らしき刻印が見えた。
「じゃ、い、行きますっあわわ」
「ちょっとシャテイ、何も無いところで躓かないでよぉ」
オス個体が自分の足に躓き鎖が引かれた瞬間、股間に痛みが走って43番は思わず「いぎっ!!」と悲鳴を上げしゃがみ込んだ。
しかしどうやらそれは悪手だったらしい。更に引っ張られた股間にバチバチッ! とこれまでに無い強い電撃が弾ける。
(嘘でしょ、なんて所に鎖をつけて引っ張るのよ……!!)
驚くことに彼の持つ鎖は、股間のピアスへと繋げられていたのだ。
これから自分がどこかに連れて行かれるのは間違いないが、ここは普通首輪じゃ無いの? とどこか冷静な自分が突っ込んだその時「何やってんの、さっさと歩く!」と尻に衝撃が飛んできた。
「んあぁぁっ!!おえっ、おげぇっ……!」
「ほらほら、歩かないならいくらでも打ってあげるわよ! あ、どうせならピアスを打たれたい? いいわよぉガンガン叫んじゃって、歩いてさえくれれば、ね!」
「ひぎぃっ!!」
……どうやら後ろにも二等種がいたようだ。
前で鎖を持つオス個体が「あ、あのっ、ナコさんそれじゃ歩けないんじゃ……」と恐る恐る伺いを立てているというのに「だいじょーぶよ、壊れてないなら歩けるって!」とご機嫌そうな声は鞭を振り下ろす手を止める気はなさそうである。
(無理! こんなに痛いのに、歩くなんて無理だよ! やめてよぉっ!!)
あまりの痛みと、何より突如現れた二等種――そう、自分と同じモノから加えられる暴虐に、既にいっぱいいっぱいだった43番の精神がぷつりと切れる。
二等種同士のコミュニケーションは重罪だと言うことすら吹っ飛んだ43番は(もうやめて!)と唸り声を上げて後ろを向いて
「ひっ!!」
(え……ヒィッ、ふ、不良!!?)
ナコのタトゥーとピアスで彩られた顔を見るなり
「……あ、ちょ、何倒れてるのよ!!」
「ナコさん打ち過ぎじゃないですか!? あわわ気絶してるよどうしたら」
「落ち着きなさい子ウサギちゃん、こういうときは電撃で起こせばいいのよ」
(何でこんな所に明らかにヤバそうなチンピラが……!? だめだこれ、確実に殺される! ああ、儚い人生だった……)
パタンとその場で気を失ってしまったのだった。
◇◇◇
(もうやだ……作業用品だか何だか知らないけど、こんなチンピラヤクザな二等種に調教されるだなんて、性処理用品になる前に命が無くなっちゃうよ!!)
いつも通り目を覚ました43番は、今日も朝が来てしまったことに絶望を覚えながら、怯えた瞳で固く締まった檻の扉を眺めていた。
じきにあのシャッターが開く。そうすれば……また奴らがやってくる、と。
「はぁっ、はぁっ……もうやら……うあぁ…………」
あの日、電撃で無理矢理起こされたと思ったら「ほらぁさっさと立ちな! また鞭が欲しいんならくれてやるけどな、あぁん?」と顔を覗き込んできたメス個体に凄まれ(たと思った)再び泡を噴いて倒れてしまった43番は、まともな格好(と呼んで良いのだろうか)をした残りの二等種達になだめすかされつつ、ようやっと保管庫へと辿り着く。
そこで彼らが作業用品と呼ばれる、性処理用品の道を選ばなかった二等種であること、性処理用品の調教は人間様の指示を受けた作業用品が直接行うことを宣告されたのである。
(はあぁ……これも人間様がすることなら、怖いのも頑張って我慢するのにぃ……)
彼女は人間様に対して崇拝に誓い感情を抱いていて、性処理用品の広告を見たときにも「これなら対人恐怖症の自分でも人間様のお役に立てるかもしれない」とその穴が全く未使用にも関わらず志願を決めた個体である。
こういう動機で志願する個体は快楽目当ての個体に比べれば少ないが、それでも2割程度は混じるあたり、幼体時からの人間様による「躾」は一定の成果を上げていると言えよう。
それがまさか、いくらバックに人間様がいるとは言えただの二等種によって調教されると知れば、落胆するのも無理は無い。
しかも餌と浣腸のためにやってくる二等種達は、どれもこれもカタギとは思えない面構えに派手なタトゥーで全身を彩っていて、ついでにいつもこちらを鋭い視線で睨み付けてはドスの効いた声で脅してくるのだ。
お陰で43番が万全の状態で訓練に臨めた日は、入荷以降一日もない。むしろそんな状態で良くあの無茶苦茶な訓練をこなしていると、自分を褒めてもバチは当たらなかろう。
――正直彼女にとっては訓練による筋肉痛や処置の痛みより、あのゴロツキ共に従わなければならない胃痛の方がよっぽど辛かったりする。
「おい、43番餌だぞ! さっさとこっちに来やがれ!」
「ひぃぃっ!!」
からからとシャッターの上がる音と同時に響く命令に、43番は飛び上がり慌てて檻の方へと近寄る。
目の前に立つのは、眼光鋭いオス個体だ。良く見れば結構イケメンな気もするのだが、ガラの悪さと首筋から広がるタトゥー、そしてさっきからチラチラと見える二股に分かれた舌に(ひっ、まさか調教師様には蛇とのキメラまでいるのかよ……!?)と43番はあまりの恐怖にぶっ飛んだ妄想を展開する始末である。
「なに人の顔見てビビってんだ、あぁ? ……てめぇが汚した口枷だろうが、さっさと舐めろやコラ」
「はひいいぃぃっ!! うむっ、はっ、んうう……」
「そうそう、サボんなよ? ちょっとでも手を抜いたら、その腹が破裂する寸前まで浣腸をぶち込んでやるからな」
「ひっ……!!」
(いやあぁっ、そんなっ!! それ、手を抜かなくたっていちゃもんつけられて懲罰になるやつうぅぅ!!)
――ああ神様、私は今日も無事生きていられるのでしょうか。
ここでの調教は12週間に及ぶと最初に説明されたが、正直、自分が生きて地上に出られる未来が全く見えない。
43番は今日も電撃の甲斐無くぽろぽろ涙を零し、精鋭(?)揃いの作業用品達に怯えながら訓練室に引きずっていかれるのだった。
……ちなみに、当の調教用作業用品達に素体を脅している自覚は無い。そう、全く、これっぽっちも。
彼らは「俺ら、服も着られねーし、身体におしゃれするくらいはいいよな?」と実に軽い気持ちで身体にタトゥーを入れピアスで飾り、代々の作業用品から受け継がれてきたガラの悪いコミュニケーションを新たな常識として身につけてしまっただけである。
そう、確かにクミチョウの全身トライバルタトゥーはこの閉鎖された世界にちょっとした流行をもたらしたが、ヤクザまがいの状況はそれ以前から……初代作業用品の中にこれまた立派な彫り物を背負った、元極道の堕とされが紛れ込んでいたころからである。つまり、ここの「伝統」だ。
当然ながら「いくらモノとはいえこれはどうかと思う」と歴代の管理部長は何度も装飾品を禁止しようと試みた。
しかしその度に、目に見えて作業効率が落ちた上に嗜虐性が高くなってしまい不良品の輩出率が上がってしまったこと、更に彼らの話し方までは矯正できなかったため断念したという経緯がある。
――保護区域Cで作られた性処理用品の品質が微妙なのは、その構造上もうどうしようも無いのかも知れない。
◇◇◇
「時間だよ、43番。……うわ、床がびしょびしょだね。今日は随分興奮してたんだ」
「っ、あぉ……」
(ああ、やっと来た……お願い、早く訓練室に連れて行ってぇ……!!)
そんな43番にとって、唯一の救いはこの作業用品(と、彼の隣にいつもいる美しいメス個体)だった。
これまでやってきた作業用品の中で、唯一「綺麗な」身体をしていたシャテイと呼ばれるオス個体は、素体である自分にとっては絶対的強者の筈なのにいつもどこかおどおどしていて、話し方も荒っぽくない。
これは新人だからなのだろうか。どうかこのまま、悪い大人に染まらないでもらいたいものだ。
顔は二等種のくせに凡庸というか、何の印象にも残らないのだけど、あんな個性をはき違えた作業用品に比べれば100倍はましだと43番は思っている。
……ただまあ、彼はあくまでも「まし」なだけであって。
「そっか、拡張も進んでるからちょっときついかなと思ったけど……いやでも、きつくて苦しいのもいいよねぇ! そりゃこんなに濡れちゃうよね、分かる分かる」
(いやそこ、分からなくていいから!!)
「それなら今日の奉仕訓練は、奮発して大きい疑似ペニスにしちゃおっか。あ、うん、大丈夫遠慮はいらないから!! いやぁホント羨ましいなぁ、あんなぶっとい『おちんぽ様』を気持ちよくするためだけに腰を振らされるだなんて、いかにも穴だけの存在って……はっ、ダメダメまた涎が」
(そんな気遣いは要らないって!! ああもう、どうしてこの調教師様はいつもそうやって全力で誤解して突っ走っちゃうの!?)
そう、今日も彼はこちらの絶望を悦びながら、更なる苦痛を嬉々として与えてくるのだ。
どうやら作業用品というのは、二等種の性質が開花した個体が大半を占めるらしい。
つまり他者の苦悩は蜜の味、絶望は今日のオカズ。人間様による制御があるからこそ、調教用の道具として辛うじて役に立てるいわば不良品なのだと、調教中に小耳に挟んだことがある。
人間様にとっては、性処理用品こそが二等種の正当な「使い方」であり、望ましい形なのだそうだ。
けれどここでは、不良品が調教する側。そしてまだ性処理用品になっていない素体である自分は調教される側だ。
そこには圧倒的な身分差が存在し、人間様よりは多少緩いとは言え反抗的な態度はすぐに懲罰へと繋がってしまう。
……どうにも納得はいかないが、こればかりは仕方が無い。
「125X、次のサイズをクリアしたら、43番にも維持具装着許可がでるのかな」
「……そうね、これまでのデータ上確率は高いわ。けれど維持具を装着後も拡張の手は緩めちゃダメよ。より高品質な穴にするためには拡張は必須だから」
「うん。未使用からこのペースで拡張できるだなんて、125Xのお陰だよ」
「それはどうかしらね。ほら、もっとしっかり鎖にテンションをかけなさいな」
「あ、はいっ」
今日もどこかおどおどとしながら、彼は43番を訓練室へと連れて行く。
例え不良品らしい破綻した性格であろうが、こちらが恐怖しなくて良い作業用品は貴重だと、彼女も特段の反発無く、ぺたぺたと四つん這いで付き従った。
正直最初の頃は、あまりの苦痛に性処理用品に志願したことを心から後悔した。
穴を使ったことが無くても大丈夫だという宣伝を信じて飛び込んだら、まさかその日のうちにあんな馬鹿でかいモノで処女を奪わるとは思いもしなかったし、それ以来次々と拡張器具を太くされて慣れることの無い圧迫感に呻く日々に、いくらモノだからってあまりに扱いが酷いと保管庫でこっそり嘆いたものだった。
それでも。
死ぬまで地下に閉じ込められ、人間様からは出来損ないだ役立たずだと見做されて腐っていく(ように見える)作業用品よりは、例え穴であっても人間様のお役に立てる性処理用品の方がずっといいと、今では思っている。
……そう思い込まないと、正直やってられないともいう。
(これも人間様のお役に立つため……調教が終われば人間様の世界に戻れるんだから……!)
だから今日も、彼女は自らただの穴へと一歩近づくのだ。
◇◇◇
転機は唐突だった。
あの時、この地味な性処理用品の本心を知らなければ、自分は黒い被膜に覆われたただの穴となり、念願の地上に戻ったことも分からぬまま早々に狂わされていただろうと、後に彼女は振り返っている。
(ああ、それって確か見学で見た……とうとう着けられちゃうんだ……!)
その日、いつもと違う訓練室に連れてこられた43番は、拡張器具を抜かれ軽くなった身体をはしたなく見せつけつつ作業用品達を見上げ、説明を聞く。
そこで彼女は、口腔性器機能が完成した……つまりこの口が人間様の欲望のためのただの穴になったこと、そして拡張を終えた口から喉の状態を保つための維持具を、今後特段の理由が無い限り24時間着けたままにすることを告げられたのである。
(そっか、もう私の口はただの穴……)
その宣告に、少しだけ胸が痛い。
人間様のお役に立つとはそういう事だと分かっていたし、望ましい変化だと喜ぶべきところなのだろうけど、やはり自分が生き物からかけ離れたただのモノになることを、そしてモノにならない限りかつていた「普通」の世界に居場所がないことを思い知らされるようで。
……そして思うのだ。
自分も本当に、ここに来た日に見学したような、常に幸福の中で人間様に奉仕が出来る性処理用品になれるのだろうかと。
(こんな自分でも、何とかなるのかな……確かに今はどの穴でもだって凄く気持ちよくなれるけど……)
考え込んでしまった43番の前に、すっと影が落ちる。
何かと思えば目の前には担当のオス個体がちょっと心配そうな顔をしてしゃがみ込んでいた。
「ええと、話を続けるけど、聞いててね」
「……はい」
他の作業用品のように容赦なく懲罰電撃を使えば良いのに、この個体は時々不思議な行動を取る。
どうにも調子が狂うと思っていれば、オス個体は「それでね」と側に置かれたカートから何かを持ち上げた。
ずるり……
「ひっ!!」
「口腔性器維持具って言うんだ、これ。見学の時に製品から抜いて見せたやつね」
「……!!」
(え、ちょっと待ってこんな物体だったっけ!? いやいやいや、どう考えても口から入れちゃいけないものでしょそれ、大きさも材質も!!)
オス個体が手にしたのは、顎の限界に挑戦し喉を完全に塞いでしまいそうな太さと、どう考えても喉では収まらない長さを兼ね備えた、触手のような物体だった。
想像していたよりずっと大きく悍ましい装具に、さっきから43番の涎と嘔吐きが止まらないが、作業用品達はそんなことは気にもせず説明を続ける。
「ちなみにこっちが入荷時に装着されたペニスギャグね。心配しなくても、この維持具が入る程度には拡張済みよ。挿入時にはアイマスクをつけているから気付いてないでしょうけど」
「この維持具はオーダーメイドなんだよ。最大径は46ミリ……うわ凄い、46ってかなり大きいよね! 確か僕が体験で着けたのは43ミリだったっけ、あれより太いんだ……圧迫感凄そうだよね……うはぁたまんない……」
「そうねぇ、しかも入れた後に胃の中と喉の辺りで膨らませるから……ええと、こんな感じね? 初めて入れてから数日はどんな個体も悶絶するわよ? ふふっ、あなたはどんな顔を見せてくれるのかしらね」
とんでもない太さにはしゃぐオス個体と、ポンプで膨らませた凶悪な器具を43番に見せつけうっそりと微笑む125Xの頬は、ほんのり色づいている。大方、これからあれを突っ込まれて絶望に染まり苦悶する姿を想像して興奮しているのだろう。
本当に二等種というのは害虫と言われても仕方が無い存在よねと、43番は心の中で溜息をつく。
何にせよ、素体である自分に拒否権は無い。心臓はさっきから口から飛び出しそうなほど早鐘を打っているし、想像しただけで気持ち悪さに冷や汗が止まらないが、どう足掻いたってこの運命からは逃げられやしないのだ。
(ああ、また今日私は、一つ生き物からかけ離れる。そして……彼らから蔑まれるんだ)
せめてこの姿を嗤いオカズにするのが人間様なら気分も違ったのにと、43番はどうにも鳥肌が立ちそうな外見の維持具を持ったオス個体が近づいてくる姿にゴクリと唾を飲み込むのだった。
◇◇◇
「うえぇぇっ、おげっ……おえぇ……!!」
「あれ、入らない……? よいしょ、っと」
「んぐぇぇっ!!」
「シャテイ、力づくじゃ入らないわよ? 飲み込みに合わせて押し込みなさい。先端が食道まで落ちれば、後はすんなり入るから」
……ああ、きっとこの調教師様は維持具を入れるのが初めてなのだと、43番は止まらない吐き気と圧迫感にもがき涙を零しながら、虚ろな瞳で悪戦苦闘する至恩を眺めていた。
(せめて最初くらい、上手な人に入れて貰いたかったなぁ……涙止まらない、電撃痛い……あーあ、125Xが今にも絶頂しそうな顔してる……)
頭では分かっているのだ。素体と呼ばれる自分達は、作業用品にはとってまさにただの「素材」で、更に言うなら二等種らしい嗜虐嗜好を存分に満喫するための玩具でもあると。
その立場上、上下関係が発生するのは仕方が無い。だけど不良品である彼らに、人間様に臨まれる形になろうとしてる自分が格下扱いされた上オカズとして消費されるのは、ちょっとどころでなく心がもやっとする。
(この調教師様も、私がこんな目に遭っている姿を楽しんでいるんだろうな……)
白目を剥きながらもどこか冷めた気持ちを抱えていた43番は、しかし次の瞬間、全ての苦痛を吹っ飛ばされた。
「……はぁぁいいなぁ…………僕もギチギチにされたかったなぁ……」
(…………)
(………………今、何て?)
ぐぼっと、先端が喉の奥のその向こうへ落ちていく感触を覚えると同時に聞こえてきた、熱っぽい囁き。
あまりの苦しさにとうとう幻聴でも聞こえたかと43番は涙で潤んだ目を上に向けて……そして、喫驚した。
「はぁっ……あーもう食道もみっしりだよね……考えるだけで喉が苦しいや……口も閉じられない……息をする穴があったって、お腹はずっと重いし圧迫感は半端ないだろうし……こんな状態でずっと……いいなぁこんなの、一人じゃ絶対できない……!」
潤んだ目に映るのは、明らかに興奮した様子の作業用品だ。
……それだけならいつも通り。
これまでだってこのオス個体が目を輝かせちょっと涎を垂らし、今にも達しそうになって人間様から電撃を食らう姿は、何度だって見てきたから。
(うん、そう、興奮するのはいつものことだけど……これって……まさか)
けれど今、彼は明らかにこの凶悪な装具を「挿れられる」側で興奮している。
それどころか……使われるその時まで決してこの胃まで埋め尽くす拘束から逃げられない自分を、性処理用品の素体であるこの惨めな姿を、心の底から羨んでいる……!
(冗談、でしょ……? あなた、作業用品なのに……それでいいの?)
信じられない、そう目を見開く43番の脳裏で、何かパズルが嵌まったような音が聞こえる。
(……違う、最初からだ)
この凡庸な容姿の新人作業用品は、あの処置室に自分を取りに来たときからずっとこの目をしていた。
奉仕訓練で自分の快楽を追うことを禁じられ、懲罰電撃を浴びながら必死に腰を振っていた時も、環境適応訓練で乳首とクリトリスのピアスだけで動きを指示され、機械的に四つ足で歩かされたときも……いつだって彼は自分を調教しながら「自分がされたい」とその中心から涎を垂らしていたのだ。
その事実に気付いたとき、43番の中で何かが弾け、世界が反転する。
「顎の固定もよし、と……後はベルトを締めて」
「締めなくても抜けはしないけど、今まで通り緩みなくね」
「はい。……よし、じゃあ膨らませます」
「んむうぅぅっ!!」
ベルトで固定されポンプを接続された途端、胃の中と喉の辺りに猛烈な圧迫感が生じる。
堪らず43番が喉を反らせば「あ、しっかり前を向いて。基本姿勢は崩さないよ」と胸元にオス個体からの鞭が飛んできた。
……けれど、その痛みはどこか甘い。
その鞭に込められた気持ちが、今の43番には手に取るように分かってしまうから、
「いいわね。じゃあこれで今日は奉仕訓練を……」
「……どうしたの、125X?」
「ええと……うん、大丈夫よ。問題は無いわ。むしろ良い傾向かも」
「?」
一瞬怪訝な顔をした125Xはしかしすぐにいつもの微笑みに戻り、オス個体と共に今日の訓練用の器具を準備し始めた。
43番は基本姿勢のまま、相変わらずおどおどした様子の後ろ姿を眺める。
息は出来ているはずなのに頭はクラクラして、じくじくと疼きを訴える下半身とのギャップでおかしくなりそうで……それでも心はどこか凪いでいて。
(苦しい、これきっつい……)
(でも……ふふ、いいでしょ)
口腔性器維持具は、これまでの拡張器具などとは比較にならないくらい、圧迫感が強い。
確かに呼吸はしやすくなったけれど、限界まで広げられた苦痛は想像以上で、これからこの状態で腰を振るだなんて素面じゃとても不可能だろう。
――つまりこれから私は、また何かしらの非人道的な手段で無理矢理奉仕訓練へと向かわされるに違いない。
今までなら、調教だから仕方ないとは言え苦痛はただの苦痛で、嫌なことでしか無かった。
けれど、この状態を心から羨ましがっているモノが少なくとも目の前に一体はいることに、彼女は気づいてしまった。
しかもそれはよりによって、本来格上であり辛苦と絶望に喘ぐ自分を楽しみ「ああはなりたくない」と思っているはずの作業用品なのだ!
自ら性処理用品になる道を絶ったはずの二等種が、こんな扱いを受けたいと本気で望んでいる事を知った今、調教への、そして作業用品への気持ちは一変する。
(ね、いいでしょ? あなたにはもう絶対に許されないの)
43番が初めて感じた、作業用品への優越感。
素体を格下扱いし偉ぶっている個体の中にも、この気弱なオス個体のように性処理用品の道を……人間様のお役に立てる道を選べば良かったと心底羨んでいる二等種がいるかもしれないという事実は、彼女にちょっとした自信を与えてしまう。
(そう、私は性処理用品になるの。人間様の欲望の穴として、害しか為さないはずの二等種だった私が、人間様のお役に立てるモノになるのよ!)
……そう思えば、これからも続くであろう過酷な調教が楽しみで仕方が無い。
だってこの道は、調教師様すら羨む「正道」へと続くのだから。
(ねぇ、いっぱい羨ましがって。その情けない顔を、いっぱい私に見せて)
あなたが羨めば羨むほど、私はあなたにとって絶対に手の届かない素晴らしい製品になってみせるわ。
そしてあなたと違って、私はかつて私たちがいた世界に存在を許されるようになるの――
作業用品にあるまじき被虐の思いを「調教師様」に見出してしまった43番は、頭を絶頂できない渇望に焼かれ限界を超えて追い詰められているが故に、盛大な勘違いと妄想で己の道を全力で正当化する手段を得てしまう。
そしてこの日以来、彼女の「ヤクザな」二等種に対する恐怖心は一気になりを潜め、それどころかあらゆる調教に対して実に積極的に取り組むようになるのである。
◇◇◇
「基準は……うん、大丈夫です」
「いや、実に素晴らしい。穴の拡張具合も奉仕機能も十分、性器従属反応も既に初期設定終了レベルに達しています。この積極性は付与した機能からくるものだけではないですね」
「…………S、ですかね」
「ですね、異議ありません」
それから数週間後、出荷前検品室では製造担当管理官である久瀬と2名の品質検査官がやや当惑気味に等級判定を行っていた。
検品に立ち会う至恩は、いつも通り小さくなって125Xの後ろに隠れたままである。
しばしの沈黙の後「……まさか初期判定Dからここまで等級が上がるだなんて」と品質管理官の一人がまだ信じられないと言った表情で感想を漏らす。
「初期判定と出荷時検品の乖離は、あっても1等級が基本なのに……いや、流石は久瀬部長ですね。こんな素体を4年ぶりのS等級に仕上げてしまうとは」
「使用作業用品は……ほう、初稼働でこれですか。人間への態度はともかく中身はなかなか高性能だ!」
「中央から配備された製造機のお陰ですかね」
「ええ、まぁ……そんなところでしょう」
これでうちの製造品質も上がりそうですね、とご機嫌に地上へ戻る品質管理官を見送った後、至恩達は隣室で出荷前の準備を指示される。
当然のように久瀬も準備室にやってきてソファにどでんと陣取ってしまった。何を考えているか分からない目でじっと射貫かれるお陰で、どうにも作業がやりにくい。
「とっ、等級刻印終わりました」
「……うん、きれいにできてるわね。じゃあ資料用の写真撮影をして梱包しましょ」
(あああ、お願いもう見ないでえぇぇ……作業はちゃんとやりますからっ!!)
久瀬の視線を感じながらも、シオンは淡々と43番を撮影する。恐怖で時々画像がブレるのは致し方ない。
と、ようやく検品時の絶頂から降りてこられたのだろう43番が「……調教師様」と声をかけてきた。
本来ならば製品となった性処理用品は自発的な会話を禁じられているし、そもそも維持具と性器従属機能により不可能である。
だが今回は、準備のため維持具を外したままにしていたのが仇となったようだ。
まずいと思った至恩は、慌てて43番を諫めた。
「あ、えっと、あの43番、会話は」
「……構わん。どうせこれが最後の機会だ。S品だし、俺が監視している分には問題ないだろう」
「っ、あ、はひっ……」
「返事ははっきり」
「はひいぃぃ!!」
久瀬に促された至恩は、引き攣った笑顔を43番に向ける。
どうやらこの作業用品は、自分以上に対人恐怖症が強かったらしい。こんな状況で作業用品になってしまうだなんて気の毒だなと、今の彼女は至恩に同情すら覚えていた。
(ふふ、性処理用品になっていれば性器従属機能がやりとりもアシストしてくれるから、人間様を不快にしなくてすんだのにね)
今は従属反応が発動していない。きっと人間様の言うとおり、何の覆いも無いままこの口が本心からの言葉を語るのはこれが最後なのだろう。
ならばと43番は至恩に向かって微笑み、小さな声で何かを呟く。
「え?」と聞き直した至恩の耳元に向かって、周りの誰にも聞こえないように。
「……羨ましいでしょ? 調教師様が欲しかったもの、これから私は全部手に入れて堪能できるんですよ」
「!!」
至恩が思わず目を丸くすれば、43番は心の底から勝ち誇った様子で微笑んでいる。
――ああ、その瞳は絶望なんてしていない。これから先どんな目に遭ったって、自分は正しい道を選んだと断言できてしまう、そんな眼差しだ。
(えええ、バレてた!? いつバレちゃったの!?)
まさか、よりによって性処理用品に己の歪んだ性癖がバレていたとは今の今まで気付いていなかったシオンは、慌てて小声で「あ、あの、それはその内緒に……」と43番を口止めする。
その様子はますますもって43番に自信を付けさせるのだ。
「言いませんよ、調教師様。……調教師様のお陰で、私は自分の選択が……性処理用品となることが正しかったことを確信できましたから」
「へっ」
「調教師様が存在を許されない地上で、いっぱい人間様のお役に立ってきますからね! どうぞそこで指をくわえて羨ましがっていて下さい!」
「えええ!?」
(……おかしい、こんな筈じゃ無かったんだけど!!)
上機嫌になった製品の梱包を進めながら、シオンは大いに戸惑っていた。
確かに自分は、担当素体くらいはたとえ絶望の中でも明日を生きられる製品に仕上げたいと考えていた。
初めての担当で正直いっぱいいっぱいだったけれど、性能面では全体のわずか1%しか排出しないS等級判定に到達できたし、性器従属機能を実装してもこれまでに見てきた製品や素体ほどストレス値も上がらず絶望の度合いも少なかったから、まあ及第点だろうとは思っている。
……思っているけれど、この展開は流石に斜め上過ぎやしないか。
「なんでこうなっちゃったかなぁ……」
実に満足した様子の43番の梱包を終えスーツケースを地上に転送した至恩は、いやこれはこれでいいんだろうけどね……とどこか納得のいかない顔でひとりごちる。
そんな無自覚な高性能作業用品に向かって、久瀬もまた心の中で「どうしてこうなった」と突っ込みを入れるのだ。
(……AIが『変態嗜好を見せた分には懲罰を加えずに自由にやらせろ』ってしつこく指示をするから、仕方なく腹をくくったが……いやはや、たかが管理官のお粗末な経験など当てにならんものだ)
少しでも隙を見せればその性質を無意識に発揮し人間を害する二等種には、徹底的な抑圧こそが正しい接し方である……長年人類が積み重ねてきた経験そのものを否定する気は無い。
だが、どこを向いても最底辺の扱いしか受けない中でちょっとした「隙」を与えることが――この変態個体は無意識に与えていたけれど――これほど効果的だとは思わなかった。
性処理用品の製造に関わる研究者としては学会で発表したいレベルだが、そもそも人類史上初の被虐嗜好を持つ二等種が引き起こした事象では、あまりにレアケース過ぎて後進の役には立たなさそうだ。
「……なるほど、確かにぶっ飛んだ変態も役に立つんだな」
これでうちの成績も多少はマシになるかもしれん――
ぼそりと呟く久瀬の口の端が、少しだけ上がった気がした。
「え、あのっ」
「…………何でも無い。さっさと次の担当の用意をしろ。データは送ってある、恐らく3日以内には入荷される」
「はひっ!! ……え? つぎの、たん、とう……?」
「当たり前だ。これだけの結果を出した以上、お前は次世代の高性能作業用品としてその魂がすり切れるまで使い倒してやる」
「ひっ!」
「類い希なるド変態の才能に感謝するんだな? ……あと、また挙動不審になったから懲罰」
「そっそんなぁうぎゃあぁぁぁその音いやあぁぁ!!」
そうと決まれば、この変態個体にはさっさと経験を積ませなければ。
久瀬は125Xに引き続きシオンの製造指示を出し、そしてしばらくの間お役御免で地上に戻されていたクミチョウには相変わらずの無茶振りで悲鳴を上げさせるのであった。
「おい、事情が変わった。1ヶ月以内に変態個体がビビらず俺と直接やりとりできるようになんとかしろ」
『は? 冗談っしょ管理官様、そもそもご自分なら出来ると思われてるんすか?』
「絶対無理に決まってるだろうが。だからお前がやれ」
『ひでぇこのクソ鬼畜管理官……いやあの、今のはちょっとした言葉のあやでっすんませんでしたあぁぁっ!!』
◇◇◇
「……まぁそんなわけで、このクソどマゾ変態個体の使い道が出来ました」
「うん、どうしてこうなった」
「それは俺も聞きたいっすよ……」
1時間後。
調教管理部長室ではいつも通り制服の上着をその辺に脱ぎ捨てた久瀬と、相変わらずきっちりと着込んだ央がソファに腰掛け向き合いタブレットを眺めていた。
「4年ぶりのS品排出は実にめでたいけどね。まさか性処理用品の境遇を羨む作業用品の存在が品質向上に繋がるだなんて……そんなもの考えつきもしなかったよ」
「まず性処理用品の境遇を羨む作業用品なんてものが、ツチノコみたいなものっすからねぇ……しかしこれで区長の心労も少しは和らぎますか」
「……うん。キミには随分気を遣わせちゃったね。あーあ、他の部署もキミくらい対等に付き合ってくれる連中ばかりなら楽なんだけどなぁ」
「諦めた方がいいっすよ、矯正局に勤めようなんて人間は大体頭おかしいか曲者ばかりですから」
よりによってあの変態個体が調教用作業用品として素晴らしい結果を残した事実は、調教管理部に複雑な喜びをもたらした。
あるものは「やはりこのシステムは素晴らしい、あんな変態を役立てるだなんて人間の発想じゃ無理だ」と国の科学技術を賞賛し、またあるものは「これを機に、性処理用品の立場を羨む作業用品型アンドロイドを作れば品質向上に繋がるかも知れない」と早速研究課題を立ち上げる。
だが、大多数の管理官は
「……うちの製品の質が上がるのは大歓迎ですがね。変態の相手をする機会が増えてしまうんすよね、これじゃ」
「あー……そうだよねぇ、出来れば最低限の指示だけで放置しておきたかったんだもんね」
そう、なまじ高性能であるばかりに、人間様との頻回な交流が必要になってしまった変態の取扱いに頭を抱えていたのである。
ちなみに原則として、一体の作業用品を利用する管理官は最大5名までと定められている。その性質の関係上作業用品の個体差は大きくかつ癖も強いため、自分なりの制御方法を試行錯誤する必要があるためだ。
利用者はこれまでの成果と管理官との相性を加味しながら決定するのだが、いくら性能が良くても規格外な変態個体を使いたいと思う管理官など当然ながら存在しない。
結果的に久瀬は管理部長の立場でありながら、シオンを使った性処理用品製作作業に勤しむ羽目になってしまったそうだ。
(しかし本当に意外だったよ……まぁこれはこれで良かったのかな……)
がっくり肩を落とす久瀬に今度美味いつまみでも持って行こうかと思いながらも、央はこの結末に存外満足している。
もちろん、あのリペアで垣間見た酷薄な性質が消え失せたわけでは無い。
シオンが『覚醒』を迎えるのは間違いないだろうし、その後もこの性能を発揮できるかは現段階では未知数だと久瀬も話していた。
(見守ることしか出来ないけど……うん、これでいいんだ)
それでもこの調子なら、シオンはそれなりに幸せな不良品人生を送れそうだと、央はほっと胸をなで下ろすのだった。
◇◇◇
歓談する二人の目の前に置かれたタブレットには、話題の変態個体……シオンの現在の様子が映っている。
どうやらシオンは、午前の訓練を終えて一旦休憩に入ったらしい。125Xと随分ガラの悪そうな作業用品と共に、どこかへ向かっているようだ。
『ねぇ子ウサギちゃん。ちょっと確かめたいことがあるのだけれど』
『あ、はいっ! えと、何を……』
『今すぐ四つん這いになって、そのまま待機室まで引っ張られてくれる?』
『はい…………はいいぃぃ!?」
「「……はい?」」
あまりに突拍子も無い125Xの提案に、シオンやクミチョウはおろか、様子を窺っていた久瀬と央もぴしりとタブレットの前で固まる。
一体何を言い出すのだこの製造機はと眺めていれば『なんで……?』と戸惑いながらもシオンは大人しく首輪に鎖を繋がれその場にすっと四つん這いになり、央は思わず「キミもどうして従うんだい!?」と声を荒げてしまった。
「ねえ久瀬部長、この製造機って本当に正常に稼働しているのかい!?」
「……ええ、数値に問題はありません。むしろドマゾ変態個体の方こそ正常なのか疑うレベルですが」
「正常に決まってるじゃ無いか! ドマゾなんだから!!」
「あ、そっすね」
画面の中では鎖を携えた125Xが「じゃ、いつも通りの輸送といきましょ、クミチョウ」とさっさと歩き出す。
「ほら」と強めに首輪を引かれれば途端に電撃が流れて、シオンはぐっと呻きながらも震える手を床に下ろした。
『クミチョウ、しっかり後ろから鞭も入れて。子ウサギちゃん、口枷は無いけど喋っちゃダメよ?』
『んー良く分かんねぇけど……ほらよ、さっさと歩けシャテイ』
『ぐ……っ……』
クミチョウの容赦の無い打撃が、尻や背中に赤い痕を作る。
少しでも怯んで歩みを遅くすれば、たちまち懲罰電撃を流された。
その扱いは、明らかに素体と同じだ。125Xなんて、いつものようにうっとりとした表情で明らかに不必要な頻度でボタンを押している。
(うう、痛いぃ……何でこんなことになっちゃったの……!?)
ちょうど休憩に入っている個体も多いのだろう、すれ違う作業用品の好奇の視線を浴びながら、シオンはペタペタと久しぶりに建物と作業用品の圧を感じながら、矢印の指し示すまま待機室へと向かう。
『はぁっ……はぁっ、んぅ……』
(見られてる……うあぁ、視線がぁ……)
その瞳が次第に潤み、吐息に熱いものが混じることに、シオンは気付かない。
いや、どうやらクミチョウや他の作業用品も不思議と気付かないようだ。ただ「うっわ何やってんのシャテイ」「125Xのお遊び? そりゃ気の毒になぁ」と愉快そうに笑うだけ。
「……全く、見るに堪えない変態っぷりだな」
「同感だね……どうしてこうなっちゃったんだか」
顔を顰めつつ央達が画面の向こうで見守る中、ようやくシオン達は待機室に戻る。
そうすれば『シャテイ、基本姿勢を取って』と更に125Xからの追撃が飛んだ。
(えええ……待って、ここであの姿勢をみんなに見られるの!?)
「……そこで嫌だって言わずにやっちゃうんだ……」
「流石は変態っすね」
半泣きになりながらも、シオンはすっと言われたとおりの姿勢を取る。
そんなシオンを暫く見つめた後『ちょっと待ってね』と125Xは目を閉じた。
さっきから両耳のモジュールが複雑な点滅を繰り返している。どうやら何かの演算処理を行っているらしい。
『なんだなんだ、シャテイどうした? クミチョウにお仕置きでも食らってるのか』
『俺ぁ何もしてねえよ、125Xに聞いてくれ』
ぱちりと再び目を開けた125Xに、作業用品達の視線がザッと注がれる。
一体何が起こるのかと期待する彼らに微笑んだ125Xは、そのままシオンと目を合わせさらりと演算結果を口にした。
『子ウサギちゃん、あなた性処理用品の適性が非常に高いわ」
『へっ』
「え」
『データから判断するに、性処理用品への転向を管理官に申請した方がいいわね!』
「「…………えええええ!?」」
◇◇◇
「そんなの、僕が一番分かってるんだってばあぁぁ!! ううっ、あんなみんなの前で堂々と言われちゃうだなんて……」
「クミチョウさんなんて、笑いすぎて腹筋攣って悶えてたよ……ああもう明日から作業に行きたくない、絶対弄られるに決まってる……!」
その夜、保管庫に戻された二人は互いを見るなり「あれはひどい」と今日の出来事を嘆き始めた。
全く、何故ここには良さそうな布団もやけ食いできるおやつもないのだろうか。流石にこんなドロドロの餌じゃ、ストレス発散にもなりゃしない。
125Xによる突拍子も無い――いや、二人からすれば至極当然ではあるが――提案に、待機室は一瞬の静けさの後爆笑の渦に巻き込まれる。
しかも、その反応にきょとんとする125Xが「もしどうしても作業用品でいたいなら、定期的にこうやって晒し者にした方が性能も上がりそう」なんて火に油を注いだから、調子に乗った先輩作業用品が「OK分かったシャテイ用の調教プログラムを組もうぜ!」なんて張り切り始める始末で。
ちょうど良いタイミングであの光景を見ていた久瀬が『アホかお前ら、貴重な調教リソースを勝手に使うんじゃねえ』と全員に懲罰電撃をぶっ放し、125Xの提案を即時却下してくれなければ、明日から至恩達は先輩達の娯楽として格好の餌食になっていただろう。
いつもは怖い管理官様だが、今回ばかりはその采配に全力で感謝している。そう、巻き添えで食らった懲罰電撃が「この変態が、面倒事を増やしやがって」と言わんばかりの恨みを加算された威力だったことも、笑って許せるくらいには。
「むしろあそこまでやられても、私達の性癖はみんなにバレないのが凄すぎるよね……」
「よっぽど少ないんだろうね、被虐嗜好の二等種って……あんなに性癖のデパート状態なのに、信じられない」
いつものように今日の玩具を選びながら、二人は不思議そうに首を傾げる。
それは単に作業用品の概念の中に被虐という言葉が存在しないくらい、自分達の存在が極めて稀であるせいなのだが、彼らは事ここに及んでも自分は凡庸でありふれた性癖の持ち主だと思っているのである。
「まぁでもさ……んっ、僕らでもなんとか調教は出来そうだなって、思えたよ……ふぅっ……」
今日の至恩はシンプルに尿道責めを楽しむことにしたらしい。緩くカーブを描くステンレスのブジーを剛直の中に埋め込み、もうちょいかな? と良いところを探っている。
「正直、何が上手くいったのかよく分からないんだけど、ねっ……でも、あの子は随分……あっ、まっ、前向きだったからっ……」
「あんな風にシンプルに、人間様の役に立つことを喜べるものなのねぇ……はぁっ……あーこれいい……」
詩音は先が細くなったローターを濡れそぼった泥濘に這わせている。一番敏感なところは避けた方が、少しでも絶頂地獄に入る時間を遅らせられるかららしい。
「心を身体に封じ込められることが、必ずしも絶望に繋がるわけでもないのね」と何度も繰り返すあたり、性器従属機能を植え付けられてもなお「これでもっと人間様のお役に立てる、私にも地上に居場所が出来る」と前向きだった43番の姿は、相当衝撃的だったのだろう。
43番を待つ地上は、決して優しくは無い。
けれど人間様の敵意に満ちた眼差しと扱いの中でも、きっと彼女は何かしら生きる目的を見つけそうだと、二人は確信している。
常に自分の選択を後悔するような調教環境の中で、それでもあなたは正しいと間接的に背中を押してしまう彼らだからこそ、高品質な製品に仕上がったという関連性に彼らは気付かない。
……気付かなくても良いのだ。二人は作業用品と言う立場でいる以上決して満たされることが無い性癖を持つ限り、ただ作業をこなすだけで数多の素体の背中を無意識に押すのだから。
「はぁっもうだめいっちゃうぅ……!!」
「んひっこれやばっ頭おかしくなるっ!!」
穴としてしか生きられないなら、せめて絶望では無く希望で明日に命を繋げるように――
すぐにやってくるであろう次の担当に思いを馳せながら、二人は今日も終わらない渇望に頭を焼かれ続けるのだった。