沈黙の歌Song of Whisper in Silence
沈黙の歌Song of Whisper in Silence
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13話 望んだ管理を手に入れて

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「「ただいま」」

 いつもの倍は動いたように感じるほど神経を使った作業時間が、ようやく終わりを迎える。
 保管庫に放り込まれた至恩達は、互いの姿を発見するなりいつものように挨拶を交わした。

 けれど、その顔にはどこか困惑が浮かんだままだ。

(……作戦会議、しよっか)
(あ、うん。……そっか、これなら管理官様にもバレない)

 しばしの沈黙の後、至恩の頭の中に詩音からの言葉が響く。
 管理官様からの連絡のように、耳の後ろに埋め込まれたレシーバーから聴神経に叩き込まれる音では無い、今まで存在しなかった感覚器による心の声のやりとりは……相手が詩音だからだろうか、何だか温かいものがすっと胸に入ってくるようで心地がいい。

(あ、でもずっと黙って座ってたら……)
(間違いなく怪しまれるよね。……遊びながらならどうかな? ある意味いつも通りだし)
(それいいよね! ……と言っても、肝心なところは触れないんだけどね! はあぁ、だめっもう意識した途端に……)
(ああごめん、藪蛇だった)

 二等種に魔法が発現する――それがあり得ることなのか、今の至恩達には判断がつかない。
 ただ、これまでの知識と経験の中に存在しない可能性であることを鑑みれば「絶対にない」ものとして動いた方がいいと二人は判断する。

 天宮の家に生まれたお陰で、小さい頃から知識だけはたんまり叩き込まれてきたことを、これほど感謝した事は無いかもしれない。
 二人は遠い記憶をたぐり寄せながら、かつて学んだ魔力の隠蔽方法を「これで出来ているのかな……」と不安を覚えつつも駆使し、特に管理官とのやりとりでは絶対に魔力を悟らせないように全身全霊をかけた。

 つまり、今日も貞操帯による戒めを堪能する事は出来なかった訳で。
 その結果、緊張により完全に押さえ込まれていた渇望が保管庫に帰った途端暴発してしまったのである。

「あぁ……はぁっ……んっ、さわり、たい……やあぁ触れない……っ!!」
「はっ、はっ、はんっ……辛い……これ、辛い……ちょっとでいいから、ごしごしさせて……!!」

 一度自覚した渇望は、濁流のように至恩達の理性を押し流す。

 二人は何とかして刺激を得ようと必死に貞操帯を掻き毟り、貞操具の隙間から指を突っ込み、腰を床に擦り付けカクカクと無様に揺らして無駄な足掻きを繰り返す。
 はぁ、と熱い吐息が口から漏れ、虚ろになった瞳は物理的に使うことを許されない玩具の山に釘付けで、それが余計に辛さを倍増させるというのに……目を逸らせない。

((……こ、これで作戦会議……できるの……?))

 すっかり欲望に満たされ惚けた頭で、もどかしさに涙をにじませ悩ましい声を上げつつ、それでも至恩達は片隅に残された思考をフル活用してゆっくりと事実を確認していく。

(これが魔法なのは……んっ、間違いないよね)
(うぅっ……うん…………念話だっけ? 少なくとも詩とはこれで話せるし……朝、管理官様達の会話が聞こえたのも)
(多分、何かの魔法で隠されてた会話が……私達に魔法が発現したから、聞こえちゃった……ああもう、乳首カリカリするぅ……!!)
(詩、それ多分、地獄への一本道だと思うよ……)

 現時点で確実なのは、二人に魔法が発現したこと。
 ただし現時点で使える魔法は、念話とあの夢だけだ。他の魔法も使えるか試してみたい気持ちはあるが、管理官様に感付かれるリスクを冒してまで確認することでは無い。

 そして、あの夢も予知夢では無いと彼らは判断する。
 管理官様の話から察するに、地上で起こった出来事をニュースのように夢で知ったと考えるのが自然だろう。

(はっ……はぁ……で、でもっ……何で魔法が……? 僕ら二等種なのに……)
(あへぇ……きもちいい……でもぉ足りないよぉ……お腹がずくずくするよぉ……!!)
(……ああうん、もう話すどころじゃないよね……僕も、もう限界……っ)

「い……至ぅ……お尻は禁止ぃ……」
「ひどいぃ……僕、詩ほど乳首は感じないんだからお尻くらい……あひぃっごめんって許してってばぁ!! ちょ、らめぇ腋弱いの知ってる癖にぃ!!」

 限界を突破して理性が無くなった詩音からの容赦ない反撃に、至恩は悲鳴を上げる。
 ああ、どんどん溜まる一方の熱で、頭が壊れてしまいそうだ。

(これは辛いや、二等種の懲罰に貞操帯が使われるだけの事はあるよね……ううぅ、いっぱい扱きたいぃ……!)

 にしても、たった一日の装着でここまで追い込まれるのは正直想定外だった。
 調べた限りだと、射精欲という逃れようのない生理現象を持つオスであっても、不意の勃起で痛みに悶えるのはともかく、触れたくてどうしようも無くなるのは3日を過ぎてからだろうと踏んでいたのに。

 これまで自分達が見てきたコンテンツの内容は全て人間様基準で、特に性衝動と忍耐という面に於いて二等種には何一つ当てはまらないことを、彼らは今になってようやく思い知る。

(……魔法が発現したって、何も変わらない、か)

 壊れた機械のように休む暇なく貞操具の表面に爪を立てながら、至恩は諦め混じりの結論に達する。
 今の惨状が表す通り、ここまで変えられた頭と身体が魔法の発現だけで人間様のように戻ることはないのだと。
 
 そもそも、人生の半分近くを孤立した空間に閉じ込められ、人間様への恭順を叩き込まれ、魂まですっかり二等種という概念に合うよう染められたのだ。
 例え全ての人権が復帰して地上に戻れたところで、あの「人間様」になることなどどう考えても不可能だろう。

 それなら、自分達の生活は何も変わらない。
 これまで通り管理官様の道具として、同じ境遇であった二等種をただの穴に変えるために使われ、そして

「いやぁぁ……外して……外してよぉ……もう我慢できないのぉ……!」
「ううっ、痛いぃ……興奮するのに……興奮したら痛くて……あぁ……っ!」

 ――ようやく与えられた性癖を堪能する時間を、小さな絶望と煩悶混じりの悦楽と共に貪るだけだ。

「これで、1週間……あはは、絶対大変なことになっちゃう……」
「触りたい、触りたいっ、欲しいよぉ、もう壊れちゃうよぉっ!!」
「…………詩、そんなに辛いなら……鍵、外す?」
「やだ……あああ触りたい……でも、やだぁ……」
「だよねぇ」

(魔法が発現したって、僕たちの居場所は地上にない)
(それなら魔法のことはもう忘れて、貞操帯生活を楽しめばいいと思うの)

 もし彼らが、幼少期にほんのわずかでも地上で幸せを見出していたなら、話は違ったのかも知れない。
 けれど、彼らの人生における楽しみと安らぎは、自室と認定された場所だけで出会えるトモダチだけだから……それなら、敢えてこの境遇から抜け出すだなんて、考える必要すら無いのだ。

「ひぃ……手が、止まらない……触れないのに……!」
「触らせて……お願い……触らせて……!」

 とにかく、管理官様に魔法のことがバレないように。
 今は、それだけでいい――

 結論を得た至恩達は、理性など邪魔だと言わんばかりに思考を止め、床で悶えながら報われない動きを繰り返し嘆くだけの……端から見れば気が狂っていて、けれど本人達にとっては念願のシチュエーションに、とろりとはしたない汁を溢すのだった。


 ◇◇◇

(勢いで決めるものじゃなかったね、これは……)

 数日後。
 やはり段階的に期間は延ばすべきだった、そう至恩は全力で後悔していた。

 だからといって、詩音にカラビナのロックを外して欲しいと頭を下げるという考えは微塵も無い。

 この苦しさは、確かに思っていた以上だった。いやもう「以上」なんてレベルじゃ無い、想定の10倍は辛いと言い切れる。
 それでも一度決めた期間を撤回するのは、その後再装着をすることが確定していても何だか凄く勿体ない気がして。

 その思いは、詩音も同じだったのだろう。
 2回目の貞操帯装着が始まって4日目、限界など2日目には既に突破している。
 しかし保管庫にいるときは餌を啜っていてすら自らを慰めようとする手が止まらない程追い詰められていても、詩音は決して至恩に中断を懇願しない。

「……何とか、今日も……作業中は我慢できた……!」
「懲罰電撃と……何より浣腸の恐怖があるお陰だよね……あれを思い出すだけでちょっと辛さがましになるもの……んっ、おぇ……」

 その分、ここに戻されてからが地獄だけどねと掠れた声で呟きながら、詩音はお気に入りのディルドを喉奥まで頬張っている。
 下の穴が埋められないなら、せめて上を埋めようという作戦なのだろうか。

「……う、詩……? それ……ふぅっ、辛くないの? ……苦手だよね、喉の奥おえってされるの」
「辛い……めちゃくちゃ苦しいの……でも……苦しい方がお腹のずくずくも紛れるし……ちょっと、んっ、気持ちいいかなって」
「マジで?」

 胎の熱は上がる一方で、しかしどうにも刺激を貰えないことに苛立った身体は、貞操帯に覆われていない部分の感度を劇的に上げることで、少しでも疼きを慰める方針に切り替わったらしい。
 なるほど素体に自慰や絶頂を禁じているのはこれも目的だったのかと、茹だった頭の片隅が冷静に分析している。

「僕もやってみようかな……ってだめだ、手が足りないぃ……」
「床に固定したら? あ、でもそれじゃ股間が見づらいね」

 一方、血走った至恩の目は股間に釘付けだ。
 その左手には詩音が頬張っているのと同じタイプの疑似ペニスが握られていて、余りの衝動に小刻みに震える手が、グロテスクな物体の根元をひたすら金属の蓋に押しつけている。

 封じられた股間は先ほど魔法が発動したのだろう、昂ぶりによる痛みが消失していて、それが故にどうしようも無い射精欲を直接頭に叩き込んでくる。
 元々二等種は体液分泌量を増やされているとは言え、これまでに無い我慢に――作業用品になる前だって、自慰そのものを日単位で禁じられたことは無かったから――平らな金属プレートの中心から溢れ出す粘液の量は、日を追う毎に増える一方だ。

 この3日、至恩はそんな壊れた蛇口と化した股間から床に滴った体液を舐め啜りながら、詩音とは異なり存在を消された平らな股間を「ない……何も無いの、辛い……!」と嘆きながら必死に掻き毟っていた。
 が、とうとうそれでは日々募る焦燥感を紛らわすことも出来なくなったらしい。

「はぁっ……ここ、ここが気持ちいいんだよ……うあぁ……ここに欲しいんだよぉ……!」

 保管庫に収納されるなり、至恩は角に積まれた玩具の山から躊躇いなく疑似ペニスをがしっと掴み取る。
 詩音が目を丸くする中、無言で床に座り込んだ至恩はその紛い物のペニスを股間に当てがい、まるで己の屹立を扱くかのようにやわやわと愛撫を始めたのだ。

 ぐちゅ、ぐちっ……くちゅ……
 粘液質な音が、鼓膜を、脳髄を揺らす。
 あるべき所に硬さを感じる、それだけで一気に「慰めている」気分になれる。

「はっ……はっ…………もっと……もっと…………っ……」

 普段ここに聳え立つ代物には到底叶わない貧弱な――といっても一般的な人間様よりは大きいのだが――陽根を模したディルドは、それでも生えている物が視覚的に見当たらないという根本的な絶望を、ほんの少しだけ癒やしてくれるようだ。

「ひぐっ……ひぐっ……ここをゴシゴシしたいっ……これ、気持ちいい、絶対気持ちいいのにいぃ……!!」

 ……しかし、今の至恩を慰めるには、こんなものでは余りにも無力すぎる。
 当然ながらディルドを扱いたところで、至恩の身体には何一つ欲しい刺激は与えられない。まして錯覚如きで収まるほど、二等種として加工された身体の疼きは甘くは無い。

 それどころか、自ら視覚からの興奮を追加することで首を絞め、ますます逃れられない沼へと沈められていくだけで。

「あと、3日……はぁっ、もう壊れちゃうよぉ……」
「…………至……つ、次は3日間にしよう、よ……だめだよこれ、もうちょっと慣れてから期間……伸ばさないと、んっ……いつか作業中に触って、懲罰になっちゃう……!」
「賛成……うあぁあと3日もあるんだぁ……ううっ、辛いぃ……!」

(辛い……ほんっと辛くて堪らないんだけど)
(でも、途中で外したくは……ならないんだよね)

 精神を削り取られる苦痛の中で、けれどその心の内からは全く違う物が溢れている。

 確かにこの身体は渇望に泣き叫んでいる。衝動に嘆き続けている。
 でも、その全ては――彼らが初めて心の底から望み、そして叶えることを許されたものだから。

((……ああ、満たされる))

 周りが覚醒により、もしくは保管中の娯楽により、人間様の想定内に収まる性癖を満たす姿がずっと羨ましかったのだ。
 こんな場面ですら自分達は仲間はずれで、欲しいものを得られなくて……けど、ようやく彼らの様に耽溺することを許されて――

(研究者様に見つけて貰えて、良かった)

 狂気の淵を覗きながらも、二人は心の底からこの残酷な装具を与えてくれた名も知らぬ人間様に感謝するのだった。


 ◇◇◇


 ……そうして、ようやく待ち望んでいた時間がやってくる。

「え、餌っ、終わったからっ!! ねぇ至、早くリセットしようよっ!!」
「待って待って詩っ、先に替えのカテーテルと消毒薬を貰わないとダメだってばぁ!」
「ええええ早くしてえぇっ! もう無理、頭壊れちゃうよおぉ!!」

 装着から1週間。
 作業中は集中して……いるはずが、やはり何かしら漏れ出るものがあるのだろう。
 最後の方は「おい大丈夫か」「シャテイ生きて」と周囲の作業用品達に心配されながら、時には管理官様から「作業効率は落ちてないが、反応が悪い」とやや理不尽な懲罰電撃を食らいながらも、何とか作業時間を乗り切る始末だった。

 特にここ2日は、保管庫に戻されてからの記憶があやふやだ。
 染みついた習慣により餌と浣腸だけは多分こなしていると思うが、頭の中は「触りたい」「気持ちよくなりたい」で満たされ、何とかして少しでも刺激を得ようと二人で泣きながら悶えていた、のだと思う。

 とにかく辛くて、もういっぱいいっぱいで――
 けれど無情にも消灯時の停止電撃を食らった次の瞬間には次の日を迎えていて、このもどかしさはまだ終わらない、休むことすら許されないという絶望を突きつけられる……その繰り返しだ。

(せめて夢でも見られたら、楽なんじゃ)
(……むしろエッチな夢ばっかり見て辛くなりそうじゃない?)
(ああ、それはあり得る……にしても、あれから一度も見ないね、夢)
(ほんと、あれは何だったんだろうねぇ……親が死ぬときだったから虫の知らせ、みたいな?)

「触らせてぇ……」と譫言を繰り返し力なく貞操帯を掻き毟るような状態でも、問題のありそうな話題は自然と念話に切り替えられるのは、自分でも不思議でならない。
 確かに地上にいた頃も、大人達やクラスメイトが何も話し合っていないのに示し合わせたかのような行動を取ることがあったのを、二人はふと思い出す。

 人間様にとっては、口で話すのも心で話すのも自由自在なのが当たり前なのだろう。
 であれば、念話では意思疎通が出来ない二等種が「訳の分からないモノ」に見えるのも仕方が無いのかも知れない。

 何にしても、夢を自由に見られるようになったわけでは無いのだろうなと思ったその時、ぽすっと部屋の中に何かが落ちてきた。

「……!!」

 それは人間様から転送された、再装着用のグッズが入った箱だ。
 中身を確認した詩音が途端に目を輝かせ「鍵っ! ね、至っ鍵いぃ!!」と思い切り至恩を押し倒した。
 その瞳には狂気が浮かんでいて、この1週間の鬱憤をまざまざと感じさせる。

 つまり、とても、非常に、ヤバい。

「おおお落ち着いて詩っ! そんなに興奮したら鼻血出ちゃうし、ほら、ちゃんとタイミング合わせないと変に見えちゃう!!」
「うん分かったほら鍵、ねぇ、鍵とってぇ!」
「全然分かって無いじゃん!!」

 至恩だって、激情に任せてとっとと鍵を手に入れたいのは同じなのだ。
 だが、前回の教訓は活かさなければならないと、ぶんぶんと頭を振って「聞いて、詩」とはやる詩の頬をむにゅっと両手で包み込んだ。

「うぅ……ひぐっ、はやくぅ……至の意地悪ぅ!」
「意地悪じゃないって! ……あのさ、詩ちゃんと聞いて。大事なことだから」
「だ、いじ?」
「うん。リセットは自分でする」
「…………へ?」

 予想だにしない提案に戸惑いを浮かべる詩音に、至恩は理由を説明する。

 確かに成り行きだったとはいえ、詩音の手で逝かされるのは凄く良かった。
 その事は全力で強調しながら……けれど、それ故に歯止めが効かなくなり前回のように息も絶え絶えで停止電撃を申請する羽目になること。
 そして何より

(……お互いに逝かせるとさ、その……映像的には玩具が……)
(あ…………もしかしなくても、勝手に動いてるんじゃ……)

 至恩達には二人分の山積みになった玩具が全て見える。だが、互いの世界に属するものは、他の人には見えない。
 ただし例外として、身につけていれば相手の世界の物であっても他の人に見えることは、小さい頃からの経験上分かっている。

 だからこそ二人はカラビナを躊躇無く交換できたし、玩具を使うときもあれだけ理性が吹っ飛んでいながら互いに挿入する物は互いの世界のものを選んだのだ。
 けれど、それを動かすトモダチの姿は見えない。
 そして、あの状況で「自分で玩具を動かしている」フリが出来るはずも無く。

(ま、まずかったかな……バレてない、よね……?)
(どうだろう、少なくとも何も言われていないから大丈夫だとは思うんだけど……でも、これからは)
(うん、気をつける。お互いを逝かせない、分かった)

 そうと決まれば、さっさと外しちゃおう! と詩音が自分の首輪に手をかける。
 そこに至恩が手を伸ばし、そっとカラビナのロックを外した。


 ◇◇◇


 1週間の我慢は、とんでもない快感を引き連れてきた。
 ――初めてのリセットのような、互いの手で絶頂を迎えさせられる幸せにはほど遠いことを、ちょっと惜しみながらだけれど。

「いぐっ……はぁっ、はっ……はぁ……も、もっと……気持ちいい……触れるの、気持ちいいよぉ……!! …………ああ、もっと奥に欲しいぃ……!」
「んっ、出るぅ……すごっ、こんな濃いの出たこと無いよ……あーだめだ手が止まらない……んひぃっ、前立腺やばい、なにこれこんなに……頭飛ぶっ……!!」

 ぐちゅ、ぬちゅ、ぐぷっ……
 部屋の中には湿った音と二人の嬌声がひっきりなしに上がっている。
 互いの熱と異性の匂いが余計に身体を疼かせ、アクメを迎えては叫ぶその甘さの欠片も無い獣じみた声すら、麻薬のように頭を狂わせる、

「あひぃ……また、くるぅ……あへぇ……」
「あっあっこれしゅき、このぞわっとしたの、しゅきぃっ!!」

 熱で破裂しそうな胎からぞわぞわした快楽が、頭に幾度となく叩き込まれる。
 髪の毛がぞわりと逆立つようなこの不思議な感覚も、多分「気持ちいい」なのだ。
 貞操帯管理生活を始めてから生じるようになったこの新しい感覚は、子宮やペニスから生じる快楽とはちょっと質が違って、言葉に出来ない高揚感をもたらしてくれる。

 それがまた堪らなくて、もっと味わいたくて……手が、止まらない。
 いや、手が止まらないのはいつだって一緒だけど、どれだけ達しても止めたいと思えない――

(止めるなんて、もったいない)
(いっぱい我慢したのに……ああもう、ずっと気持ちよくなっていたい……!)

 今の二人に、快楽を追う以外の思考は存在しない。
 原始的な欲求に従い、彼らはただひたすらありとあらゆる玩具を使い倒し、体力の続く限り……腕を動かす力が無くなれば玩具の力を借りてでも、自らを慰め続けた。

(……あれ? 何だか今日……いっぱいできちゃう……?)

 散々遊び倒し、それでも全く収まらない渇望に――それはいつものことだが――流されながら、二人は妙な違和感を覚える。
 いつもならいくら快楽に溺れていても、最後には体力が尽きて泣きながら管理官様に停止をねだらなければならない筈なのに、今日は全く体力が尽きる気配が無いのだ。

 確かに腕は疲れているけれど、何故か絶頂すればするほど体力はみなぎってくる。
 こんな感覚は作業用品になって……いや、性というものを知って以来、初めてかも知れない。

「……あはぁ、もっとぉ…………」
「まだ出る……っ……あは、凄いね詩……貞操帯って……」
「うん、いっぱい我慢したら……いっぱい、気持ちいい……!!」

 ――なるほど、これは頭がおかしくなりそうでも、1週間我慢した甲斐があったというものだ。
 快楽で完全に蕩けてしまった頭で、二人はこの不思議な現象も貞操帯のお陰だと安直に解釈した。

 しかし、暫くは間隔を狭めて我慢に慣れようと、彼らは心の中で誓い合う。
 流石の二人も、ちょっとだけはっちゃけすぎた事を反省したらしい。この考え無しな行動は二等種故なのか、生来の気質故なのかわからないけど。

「うぎ……っ……はぁっ、はぁっ……終わり…………?」
「いてて……お、終わりみたいだね……あれかな、再装着を消灯までに終わらせろってことかも……」

 あれから何時間が経ったのか。
 多分この様子を観察していた研究者が痺れを切らしたのだろう、消灯間際になって流された停止電撃によりお楽しみの時間を終わらされた事に、二人はちょっぴり名残惜しさを感じる。

 だが、乱れている内にすっかり綺麗に洗浄された装具と、後片付けよろしくドロドロになった床を舐めている間にさっぱり清められた身体に気づき

「やっぱり、研究者様は管理官様より優しい」
「こうも優しいと、ちょっと調子が狂うけどね……」

 と感謝しつつ、二人は再びその火照った身体を金属の檻の中へと閉じ込めて……大変な満足の中、眠りにつくのだった。

 …………まさかその幸せを全力で叩き壊すような、新たな災害の夢を見るとは思いもせず。


 ◇◇◇


(詩、あのさ……これってやっぱり)
(うん…………多分、私達のせいだと思う……)

 初めての貞操帯装着から、1ヶ月が経過した。
 今日も今日とて保管庫で触れないもどかしさを堪能しながら、しかし内心どことなく沈鬱な様子で二人は再びこの現象を検証する。

 あれから二人は、セルフ貞操帯管理生活を順調に満喫していた。
 最初の内は3日間でも限界を突破するほど脳を焼かれていたが、今では数日なら作業中はほとんど支障なく過ごせるようになったし、リセット後2日くらいは比較的余裕を持って……そう、今日のようにこうやって不可思議な現象を念話で理性的に語るくらいはできる。

 ちなみに今回は、満を持してあの日以来の1週間再チャレンジだ。
 封印された期間が長ければ長いほど、快楽もだが精神的な開放感が大きいことはこの一月でよく分かったから、この調子で少しずつ日数を伸ばしていくのだと張り切っている。

 そう、表面上は極めて順調に、この性癖を満たし続けているのだが。

(……リセットの夜の「夢」を見る確率って、今のところ100%だよね)
(昨日は集落が水没してたよね……多分、この国のどこか……)

 代わりに二人は、誰にも言えない悩みを抱える事になる。

 リセット……すなわち一定期間貞操帯を連続で装着し、その後一時的に外して溜め込んだ鬱憤を晴らすかのように、人間様に電撃で止められるまで延々と自慰を繰り返すご褒美的な行為を行った日に限って、彼らは必ず災害の夢を見るようになった。

 それ以外の日に、夢を見たことはない。
 どうやら夢を見る権利は、内容が災害だけという実に微妙な制限の上で、彼らの元に戻ってきたのだろう。

 とは言え、その規模は初めての時のような、エリア一つ――どんな田舎であっても、一つのエリアの人口は70万人を切らないと昔習った記憶がある――が丸々水没するほどの大惨事では無い。
 大きくても一つの初等教育校がある地域が沈むくらい、小さいときは2-3軒が周囲の道路ごと水没する被害が起きる程度だ。

 そして、その夢は現実に起こった災害で間違いなさそうである。
 それは夢を見た次の日の管理官様からの指示が遅かったり、もしくは指示の合間に彼らが災害について語る雑談が聞こえてしまうことから判断している。

 ――これだけなら、単にリセットが発動条件となって地上の夢を見られる(ただし災害に限る)と二人は考えたかも知れない。
 ただ、いくら脳天気な彼らでもちょっと見逃せない事実がそこにはあって。

(……貞操帯を着けている期間と、災害の大きさってって反比例……してない?)
(間違いないよね……貞操帯を連続で着ける期間が5日になったら、災害が小さくなった)
(で、試しに2日にしてみたら……エリアの3分の1が沈んだっけ……あの時は管理官様が本気で嘆いていたね)
(というか、行政区域と保護区域って対になってたんだね。この上にあるのが行政区域Cだなんて知らなかった)

 つまりは。
 どう言う理屈かは分からないが、自分達がこの災害を起こしている可能性がある。
 しかもそれが貞操帯管理と連動している――そんな仮説が成り立ってしまうのだ。

(いくら何でも荒唐無稽だとは思うんだけどさ……)
(うん。そんな災害を起こすようなとんでもない魔法を使えるとは思えない、でも)
(……今の情報だと、そうとしか思えないんだよ…………)

 二人が装用期間を延ばそうとする理由は、もちろん単なる性癖の発露が8割だ。
 ただ、確たる証拠は無いとは言え棘のように刺さったこの小さな事実を思えば、もしかしたら装用期間を延ばすことで災害は無くなるのではないかという思いも心の片隅にはある。

 正直、地上には未練も愛着も無い。
 故郷は既に水の中だし、家族だけでは無い、あのエリアに住んでいたかつての知り合い達も、もうこの世には残っていないだろう。

 それでも心のどこかには、地上を思う気持ちがまだ残っているのかもしれない。
 ――それが、人間様に植え付けられた恭順故である可能性は否定しないが。


 ◇◇◇


『給餌を開始します』
「! ……人間様っ、54CM123に浣腸と餌をお恵み下さい」
「に、人間様、54CF123に浣腸と餌を、お恵み下さい……」

 作戦会議に夢中になっている内に、いつの間にか給餌時間を迎えていたらしい。
 突如頭の中に、無機質な音声が響き渡る。

 その声にビクッと身体を震わせた二人は、慌ててその場に跪きいつもの口上を述べた。
 暫くして許可が降りれば、心なしかほっとした様子でいつもの部屋の隅で腰を下ろす。

(……危なかった、今のはスルーするところだった)
(ちょっと不便だよね、これ……)

 いつからだろうか、給餌のアナウンスがあるときには必ず流れていた首輪からの電撃が流れなくなってしまったのは。
 最初の内はその事に気付かなくて、何度か給餌のアナウンスを無視して自慰に浸っていたせいで、管理官から「とうとう幼体並みのできそこないになったのか?」と手ひどい懲罰を食らったものだった。

 それ以来、二人は保管庫に戻されてからも給餌が終わるまではなるべく玩具に手を出さないように心がけている。
 電撃で知らせて貰えない以上、下手に没頭するのは危険すぎるから。

(最近首輪も調子悪いよね、自慰以外で涙を流しても電撃が流れないし……これも魔法の発現と関係があるのかな)
(どうだろう……僕ら、念話以外に魔法は使ってないんだけど……何か無意識に魔法を発動させてるとか)
(それなら管理官様が気付いていそうだけどね)

 話をしている内に、とぷとぷと腹が浣腸液で満たされていく。
 あの拷問まがいな浣腸液を幾度か経験した身には、普段の薬液はもう水と変わりが無い。腹の渋りなんて無視できるレベルだ。

(……話した方がいいのかな)

 いつもの餌を啜りながら、詩音がぽつりと溢す。
 何を、など聞くまでも無い。この不可思議な現象も、首輪の事も、人間に絶対服従を仕込まれた二等種としては話すべきなのだ。
 ここのところ感じている妙な不安感は、恐らくこの事実を隠しているせいでもあるのだし。

 けれど、詩音の言葉に至恩は首を縦に振れない。
 管理官様にこの事実を知られたときに、受ける仕打ち……自体は、実はそこまで心配していない。
 二等種の扱いなど家畜以下のモノでしかないのは今に限ったことでは無く、いいように使われて不要になれば処分されるだけ。それはもう、逃れようのない運命だから諦めもついている。

 ただ

(僕は、詩と離れたくない)
(至……)
(色々調べられて、並行世界のことも分かって……その時、管理官様が僕たちを今まで通り一緒に置いてくれる保障はないと思う)
(それは……うん、そうだよね。私もやだ……ずっと一緒にいたいくらいなのに……だからせめて保管庫にいる間だけは、至と一緒がいい)

 物心つく前から一緒だった、たった一人のトモダチを、失うことだけは耐えられない。
 ――これだけは、どれだけ恐怖を感じようとも人間様に最後まで抗い続けられると断言できる。

(……今まで通り、黙っているのがいいよね)
(うん。電撃が来ないのは……演技で乗り切れないかな)
(だね。食らったときの反応は身体に染みついてるし、誤魔化すくらいは出来るよ!)

 どんな悲惨な状況に堕とされたって、互いさえ奪われなければ、きっと自分達は生きていける。
 だから、確証は持てないながら何かしら関係のありそうな災害を少しでも減らし、こちらに疑惑が向く可能性を無くすためにも、少しでも貞操帯の連続装用期間を延ばそうと二人は心の中でそっと誓い合うのだった。


 ◇◇◇


 それは救済なのか、それとも地獄への扉なのか。
 ただ一つ言えることは……確実に性癖は満たされると言うことだろうか。

『ただいまより検分を実施します。基本姿勢で待機するように』
「!!」

 餌を食べ終え、ほっと一息ついたお陰で貞操帯に閉じ込められた憐れな性器の疼きに気付き「ああぁ来たぁ……」「触りたい……」と絶望混じりの笑みを浮かべた瞬間、頭の中に叩き付けられた宣告に二人は冷や水を浴びせられ、さっと緊張を走らせる。
 並んで床に伏せ頭を擦りつけた二人は、あの冷徹な管理部長の来訪に恐怖しつつ、随分とご無沙汰だったイベントに戸惑いを覚えていた。

「え、検分……?」
「いつ以来だっけ……何か随分久しぶりな気が……」
「ええと……1年ぶりくらいだね。キミ、どれだけ管理官に疎まれてるんだい? ヘンタイ過ぎるのも考え物だよ、123番」
「「…………!!」」

 こそこそと話す二人の頭の上から降ってきたのは、いつもの感情の無い低い声……ではなく、心底呆れ果てたような……懐かしい子供の声。
 至恩達は思わず頭を上げそうになるが、良く躾けられた身体はこんな時でも人間様の許可無く動くことが出来ないらしい。

(……間違いない、この声)
(なんで? ……どうして、央がここに……!?)

 ここは保管庫だ。二等種、それも不良品である作業用品を収納している、人間様からすれば危険地帯でしかない。
 そんなところに管理官でもない央が何故立っているのか……突然の事態に顔を伏せたまま二人がオロオロしていれば、ふと頭の中に会話が聞こえてきた。

『すみません鍵沢区長、緊急の製品補修で呼ばれました。……参ったな、サポートにつける者がいない』
『仕方ないよ、立て続けにこの区域で水没が起こってるんだし。この変態個体相手ならボクは大丈夫だから、行っておいでよ』
『……申し訳ない、終わり次第すぐに戻りますから』

 声から察するに、これは央と管理部長の念話だろう。
 本来なら念話は受け取る対象を自然と絞って行うものだが、そもそも二等種に念話を聞き取る力は無いため、無防備にも垂れ流していると見た。
 今までの検分も、目の前に立つ管理官だけで無く、別の場所から監視が入りこうやって念話で会話をしながら行っていたのだと二人は気付かされる。

(そりゃそうだよね、危険物に接するのに単身で……なんて人間様がするわけが無い)
(今、思いっきりしちゃってるけどね……あれだけ災害が起きてたら人間様も大変なんだろうね)

 どこか人ごとのように、二人はそっと念を交わす。
 ……実際に人ごとなのだ。地上は二等種の存在する場所では無い、まして作業用品である自分達には生涯縁がないことが確定しているのだから。

 けれど、そんな気持ちは「はぁ、いいよ顔をあげて、123番」という央の声で全て吹き飛んでしまう。

「ありがとうございます……っ!?」
「……なに? どうかしたの」
「え……あ…………何でも、ないです……」

(央……!?)

 そこに立っていたのは、確かに央だった。
 作業用品としての処置を受けたときと変わらない、いや初等教育校で最後に会った時から時が止まったかのような幼い風体の央は、しかし一目で分かるほど酷く憔悴していた。

 ……少し、痩せただろうか。
 頬に影があるし、くっきりと隈を描いた目にも力が無い。

 一体、どうして……
 そんなシオンの疑問が聞こえたかのように、それぞれの世界の央は「まったく、いい身分だね」と口の端を上げた。

 その顔は、今にも泣き出しそうで。

「……地上がどうであろうが、キミら不良品はこの地下でぬくぬくと人間様に使われていればいいんだから」

 その言葉は、まるで身を切り裂くような嘆きに溢れていて。


(…………あ………………!!)


 ――災害の夢、水没、エリア39、かつて暮らした故郷……
 これまでの情報が一気に頭を駆け巡り、央の憔悴の訳をシオンはややあって理解する。

 次の瞬間、さっと顔は青ざめ、涙を浮かべたシオンはそれぞれの世界の央に向かって、頭が床にめり込む勢いで再び土下座し、思わず震える声で叫んでしまうのだった。

「…………ごめんなさい……ごめんなさい、人間様の家族を奪って……本当にごめんなさい……っ!!」


 ◇◇◇


 人間様には、絶対に隠し通す予定だった。
 けれど、想い人を苦しめてしまったかもしれないという現実を突きつけられた今、この人にだけは隠してはおけない――
 そんなシオンの想いを、今この話を聞く者が央しかいないという現実が後押しする。

 もしかしたらそこには、あの地獄のような地上でも唯一自分を害することの無かった大切な人への、単純且つ無条件の信頼があったのかもしれないと、後になって二人は回顧している。

「…………」
「その……信じられないかも知れないけど……でも、な……じゃない、人間様の故郷を水没させたのは、自分達かもしれないんです……!」

 突然泣きながら何度も謝罪を叫び始めたシオンに、央は虚を突かれつつも「……どう言うことだい?」と問いかける。
 そして10分後……今度は央が呆然と立ち尽くすのだった。

「……それは妄言、と片付けるには……あまりにも……だね…………」
「人間様……」

 泣きじゃくりつっかえながらシオンが話した内容は、荒唐無稽でありながら、何も知らないはずの二等種からは決して出ない筈の情報を含んでいた。

 貞操帯装着によるリセット日に必ず見る災害の夢。
 並行世界にいるトモダチも同じ夢を見て、そしてそれぞれの世界で本来は聞こえないはずの管理官達の話が聞こえるようになったことで、それが現実だと知ったこと。
 初めてのリセット以来、魔力を感じるようになったことから、この災害に自分の魔法が関係しているのでは無いかという推測。

 そして何より、最初の災害の地がエリア39……すなわちシオンや央の故郷である事も、さっき央が久瀬と交わした念話の内容も聞こえていて、今この会話を聞いているのが央だけだという事も知っていること……

 これはもう、ただの妄言と切り捨てることは出来ない、そう央は確信する。

(まさか……魔法の発現は気付いていたけど、この災害との関係があるかもしれないだなんて……!)

 平静を装いながら、央は未だ顔を伏せたまま肩をふるわせて泣くシオンに「うん、人間様を害したかも知れないなんてのは……空言であったとしても聞き捨てはならないね」と電撃を流す。
 ……そう、まるで何かを誤魔化すかのように。

「泣けば懲罰だって知ってるだろう? いい加減に泣き止んで顔を上げなよ。ああ、電撃もご褒美になるか、キミはヘンタイだもんねぇ」
「ぐ……っ…………」
「ま、どちらにしても、ボクはただの被検体としてキミを使うだけだよ。今の話も研究対象になるだけだね」
「…………え?」
「ん? 管理部長から聞いてないのかい? 123番、キミはボクの研究用の被検体になったんだ」
「!」

 しかしこうなると、専用のラボが欲しいかなと思案し始める央の前で、シオンは思わず頭を上げ、目を丸くして想い人のかんばせを見つめる。
 というか、央の口から出た突然の情報に頭が追いつかない。

(被検体……研究……)
(まさか、央が『研究者様』だったの……!?)

 何と言うことだ。
 シオン達の希望を汲み取り、期待を上回る製品を与え、さらに説明や指示の端々に管理官にはない二等種如きへの奇妙な配慮が見え隠れする謎の研究者が、今も小さな恋心を抱き続けている目の前の人間様だったなんて。

(そ、それもそうだけど……つまりこの貞操帯を作ったのは、央な訳で……)
(この貞操具の出来映え、あの説明の細やかさ、随所に感じる解釈一致……まさか)

 驚愕と歓喜が、シオン達の胸に溢れる。
 あまりの衝撃に、相手は央だけれど「人間様」だという事すら頭からすっぽ抜けてしまった彼らは、本日最大の失言に久しく食らっていなかった強度の懲罰電撃を流される羽目になったのである。

「「……人間様、もしかして……性癖、一緒?」」
「「はあぁ!? なっ、何をどうしたらそう言う解釈になるんだい? そんなこと、ある訳ないだろうっ!!」」
「「うぎゃあぁぁぁっ! ご、ごめんなさいいぃぃっ!!」


 ◇◇◇


『戻りました、鍵沢区長……ええと、そのくらいにしておかないと壊れますよ、それ』
『はぁっはぁっはぁっ……そ、そうだねありがとう、久瀬部長……つい我を忘れて……』
『大丈夫ですか? 一体席を外している内に何が』
『…………その、貞操帯好きの同士だと認定されてさ……』
『……俺が許可します、もう1セット電撃を流しましょう。いやむしろこっちから流します』

((そんなあぁぁ!!))

 ……これまた随分恨みの籠もった電撃を、追加で流されたような気がする。
 シオン達は再び帰ってきた久瀬の提案に絶望しつつ、しかし反抗できるはずもなく大人しく電撃を受け、ぴくぴくと床に伏していた。

(死ぬ……いやもう死んでる……鬼、悪魔ぁ……)
(今の失言、後で覚えておくんだね。……いいかい123番、ボク以外には絶対に魔法を悟らせないで。キミはその方法を知っているはずだ)
(……っ、はい)

 痺れきったする身体を持て余し、声にならない呻き声を上げているシオンにすっと央からの念話が差し込まれる。
 ああ、少なくとも魔法の発現については信じてくれているのだとちょっとだけ嬉しくなりながらシオンが返事をすれば、央はそのまま久瀬と念話で話し始めた。
 ――当然、シオン達に筒抜けであることを前提として。

『実際に接してみて思ったけど、ちょっと手を加えながら実験する必要がありそうだね。と言っても、作業用品をモルモットにした場合ってラボはどうすればいいんだろう』
『F品であれば本調教棟の地下5階を使用しますが……区長、調教管理部の監視は必要ですか?』
『…………あ、なるほど。そうだね、できたらちょっと遊びたいかな、なんて……いいのかな?』
『何の問題もありません。それなら、うちの監視は入らない方がいいっすね。保管庫の一部にラボを設えましょう、半日あれば作れます』
『はやっ、相変わらずキミは優秀だね……これを使う上で気をつけることはあるかい?』
『特には。うちとしては、作業用品としての使い勝手に支障が出ない範囲なら、煮るなり焼くなりお好きにどうぞ。不良品の使い道が増えるのはいいことですから』
『ありがとう、話が早くて助かるよ』

(よし。想定外の事態は起こったけど……上手くいった)

 久瀬との念話を終え、央は検分の担当者らしくデータを表示しながらあれこれとシオンを評価していく。
 作業用品としての性能に問題は無く、反抗的態度も見られない。作業用品となってまだ1年と少しだから、不具合は当然見られない……
 一通りのデータを確認した上で「まぁ問題なのは変態過ぎるくらいじゃない?」と締めくくった央の口は笑っているのに、目はまるで汚物でも見るかのような蔑みを浮かべていて。

「……っ……ありがとうございますっ!!」
「ちょっと待って?ねぇ、今ボク何か感謝されることを言ったっけ!? いやいやなんでそんなに興奮してるのさ!!?」
『あー区長、それ、変態と蔑むと喜ぶ真性ですからお気になさらずに。……心なしか区長に言われると、バイタルの変動が大きいようですが』
「っ、どれだけ変態なんだよ! このポンコツっ! もう、信じられないっ!!」

(はぁぁ、久々に央にヘンタイって言われたぁ……)
(そうそう、やっぱり本物はいいよね! 管理官様に言われるとちょっと傷つくけど、央なら許せちゃう、むしろもっとちょうだい!)

 顔を真っ赤にして文句を言いながら保管庫から央が去った後、二人がその言葉を脳内でエンドレス再生しては自慰に浸りまくったのは、言うまでも無い。


 ◇◇◇


 ――前から知っていたんだよ、シオン。
 キミの魔法が発現している事に気付いているのは、きっとキミと、ボクだけだ――

「はぁぁ……疲れたぁ…………別の意味で危険物だよ、キミは……」

 最後の最後ですっかり調子を崩されたと区長室のソファに突っ伏したまま、央は先ほどのやりとりを思い出す。

 調教管理部公認の被検体とは言え、あくまでもあれは作業用品だ。
 当然調教用の道具としての使用が優先されるから、実際に実験を行えるのは夕方の餌の前後からだろう。
 久瀬の口ぶりから、数日内には実験を始められそうだ。それまでに状況を整理しておこうと、央はあの日のことを……人生最大の悲しみの日を、振り返り始めた。


 今から一月ほど前、央の退勤間際に発生した、エリア39がまるごと水没する大災害。
 この国では他にも2カ所のエリアが水没し、死者・行方不明者は合わせて240万人に上ると推計されている。

 地上では少しでも生存者を見つけようと懸命の捜索が行われるのと同時に、該当エリアにて貸し出されていた性処理用品の回収が生死を問わず敢行された。

 性処理用品はその性質上、人から外れた肉体加工と首輪による酸素補助がある分、短期的には生存確率が人間より高くなる。
 その反面、人間様の庇護無しでは餌も排泄も許されない存在である以上、例え生き残っていてもそのうち命を落とす可能性は非常に高い。
 
 ただ命を落とすだけなら、そのまま放置すればいいのだ。
 だが、万が一地上で何の手当もなく命を落とせば、直前に関わっていた人間が「命を奪った」と判定され、自動的に二等種に堕とされてしまうリスクがある。

 故に、二等種の回収は生存した人類を守るためにも最優先事項なのだ。

「久瀬部長、地上からうちに4体収容要請が来てる。うち3体は生存、残りは即処分室送り」
「受けて下さい。3体なら何とかなります。ただ、次の受け入れは1時間は難しいかと」

 地下では、調教管理部のみならず他部署の管理官も総出で、回収した性処理用品の修理と処分に追われていた。
 本来であれば処分は作業用品を使用するが、このような緊急事態の場合は地上の異変を二等種に悟らせないよう、全ての業務を人間の手で行う必要があるためだ。

「……大丈夫ですか、鍵沢区長。その、少し休まれては」
「休めないよ。ボクはここの最高責任者だ。それに……お願いだから、休ませないで欲しい」
「区長……」
「動いていないと、頭がおかしくなりそうなんだ……だから……」
「……分かりました。ですが、絶対に無理をしないで下さい。あなたはここの責任者なのですから」

 その日、央はすぐさま矯正局と連携して職員に緊急招集をかけ、陣頭指揮を執っていた。

(母さん……父さん…………みんな…………)

 本音を言えば、今すぐにでも故郷に飛んで帰りたい。
 最近は仕事が忙しくて碌に連絡も取っていなかった家族や、初等教育校の同級生達、懐かしい風景――その全てが一瞬にして消え去っただなんてとても信じられなくて、映像すらどこか知らない世界に見えて……だからせめて、この目で確かめたいとずっと思っている。

 けれど、エリア一つが水没している状況で自分一人が駆けつけたところで、出来ることは何も無い。
 だから自分が為すべき事は、ここで区長としての職務を果たすことだ――

 央は何度も己に言い聞かせながら、がむしゃらに働き続ける。
 ……気がつけば時計は、次の日の夜明けを指していた。

「ふぅ……寝ないと……寝られるんだろうか……」

 回収は続いているものの、区長が倒れては元も子もないと久瀬に説得された央は、いつもの仮眠室でベッドに寝転がる。
 しんとした部屋は逆に息苦しくて……とてもじゃないけど、睡魔なんて襲ってくる気配が無い。
 それでも横になっていれば少しは回復するはずだと、央はベッドに寝転がったままタブレットを手にする。

 もちろん見るのは、災害の情報では無い。
 ……こんな時は、地上の惨状なんて何も知らずに与えられた貞操帯に小躍りしているであろう変態個体の様子を伺うぐらいが、精神的にもちょうど良いだろう。
 きっとシオンなら、今の自分に――その変態っぷりに呆れるという形であっても――束の間の日常を取り戻させてくれるだろうから。

 しかし、その期待はとんでもない方向で裏切られることになる。

「接続も悪いな、災害の影響か……よし、繋がった…………っ!?」

 メインマシンからデータを取得した映像が表示された瞬間、央は信じられないものを見たのだ。

(これ、は……魔力!? びっくりするほど薄いけど……でも、間違いない! それにこの目の使い方……明らかに魔力を感じてる……一体、何が……!?)

 そこに映っていた個体――シオンを取り巻く、昨日までは無かった輝きを央はめざとく見つける。
 それは魔法が発現したての子供の足元にも遠く及ばない、非常に微弱な輝きだった。

 国内でもトップクラスの能力を持ち、かつシオンを定期的に観察していた央でなければ、単なる管理官による干渉の残滓にしか見えなかっただろう。

(……目の錯覚…………なわけが、無いよね……)

 あまりにも信じがたい光景を、央はまじまじと見つめる。
 疲れた身体に鞭打って、シオンのかすかな輝きを全力で感知し、分析すれば……人間とは随分質が違うように感じるけれども、それは紛れもなく魔力と呼ぶべきものだ。

「うそ、だろ……シオンは二等種じゃなかったのか……!?」

 思わず溢れた己の呟きを耳にして、央はとんでもない事態を予感し、ぶるりと身を震わせた。


 ◇◇◇


 ――それからの央の行動は早かった。

 数多の会議をこなし大災害への対処を指示しつつも、空いた時間を使ってはシオンを観察し、更に権限を行使してありとあらゆる文献を読み漁った。
 中には一般に公表されていないような研究データもあって、しかし混乱の渦中にある国は閲覧申請もほぼフリーパス状態だったお陰で、央は数日の内に目の前で起きた事態を把握する。
 
「やれやれ……次の会議は2時間後、か。昼食が食べられたのも久しぶりだねぇ……」

 未だ多忙ではあったものの、ようやく休憩時間を確保できるようになったある日、央は区長室のソファに寝転んで束の間の休息を取っていた。
 空調の音だけが小さく響く静かな部屋で、手にしたタブレットをぼんやりと眺めながらため息をつく央の顔色が悪いのは……決して過労のせいだけでは無い。

「シオンは確かに二等種だ。けれど……これはつまり『本当の意味』では二等種じゃ無かった、ってことだよね……」

 ――辿り着いた結論は、央にとって余りにも重いものだった。

 現在、世界的に二等種の定義は「満年齢で12歳に到達した段階で、魔法の発現が無い個体」とされている。
 これは、12歳を過ぎた人間が魔法を発現することはないとされているからだ。

 しかし、この法則は実は絶対では無かったことを……隠された真実を央は知ってしまう。
 有史以来、記録に残っているのは世界中を捜しても片手に満たないが、12歳以降に魔法が発現した例は確かに存在していたのだ。

 当時はまだ二等種という制度が全世界に普及していなかったため、この対象者は普通の人間として生涯を終えたらしい。
 そして制度発足前の希有な例ということもあって、二等種制度においてはこの例外は完全に無視されることになったようだ。

 だから、シオンは法的には二等種である。それは魔法が発現した今でも変わらない。
 しかしながら、本当の意味では二等種では無かった……そう考えれば、この二等種らしからぬ残念な性癖にだって説明がついてしまう。

(………………シオン)

 央はグッと唇を噛みしめる。

 ただの人間であったシオンを、二等種というモノに堕としてしまった。
 その制度の穴に引っかかってしまった不運な個体への哀れみと、それを大いに手助けしてしまった事実が、央の胸を締め付ける。

 シオンの未来を閉じた責任の一端は、自分にもあるのだ――

「………………」

 涙は出ない。
 あの大災害以来、泣きたくなることしか起こらないお陰で感覚がおかしくなっているのだろう。

 それにシオンの境遇を、そして己の所業をどれだけ嘆いたところで、シオンはもう……


「もう遅すぎたんだ、シオン。…………だからキミもこの事実も、絶対に表には出せない……」


 悄然とした顔で、央は画面の中でいつものように作業用品として働く、けれど常にどこか緊張を浮かべたシオンに向かって話しかける。

 多分、シオンは自分の魔法に気付いている。
 発現の瞬間は、どんな人間でもこれが魔法だと自覚できるだけの衝撃があるし、何よりシオンはあの天宮家の人間だったのだ。
 数多の優秀な魔法使いを輩出してきたエリート一族に産まれ、しかも当初は跡取りとして育てられていながら、魔法について無知な訳がない。

 その上で、シオンは恐らく魔法を隠そうとしている。
 それはきっと、魔法の発現を人間様に感付かれることを恐れているから……そして、魔法が発現したところで、自分の生活が良くなることは無いと思っているからではないだろうか。

「……そう、多分それが賢明だよ、シオン」

 それについては、央も全く同意見だ。
 ここで央がシオンの魔法発現を公にしたところで、人権復帰が認められることは無い。
 少なくとも12歳の段階で魔法が発現していなかったという事実が覆らない以上、シオンは死ぬまで二等種の定義に当てはまるからだ。

 それに、と央はシオンの後ろ姿を見つめる。
 央自ら刻み込んだ腰の性感制御刻印は、対象者に永続的、且つ不可逆な変化をもたらす。
 そうでなくてもこの10年近く、数多の魔法と薬剤によって加工された心身は、例え現代の最新医療を持ってしても元の身体に戻すことは不可能だ。

 どう足掻いても、地上に戻れる希望は無い。
 こんな状況で魔法の発現を人間に知られれば……良くて生涯あらゆる研究の被検体、最悪は危険個体と見做されて速攻棺桶行きだろう。

 少なくとも何の罪も無い人間を二等種に堕としてしまった、その事実を国は全力で隠蔽するに違いない。
 だって、この保護区域には、既に……表では知られていない「前例」があるのだから。

「頑張って隠すんだよ、シオン。キミは……それだけの知識を持っているはずだから」

 幸いにも、シオンの魔力は恐ろしく少ない。
 央を持ってしても、余程集中して観察しなければ観測できないレベルだから、そもそも作業用品の監視を魔力感知機能の無いただのAI仕込みのシステムに任せてある状況であれば、隠し通すことはそう難しくないはずだ。

 後は前々から用意していた、並行世界の研究の一環でシオンと接触し、その時に適宜こっそりと対応すればいい……

「……せめて、今の幸せだけは…………」

 人並みの幸福など、二等種には当然許されない。
 それでもシオンはその捻れた性癖を満たす環境を手に入れ、今まさに満喫し始めたところなのだ。
 これ以上、ささやかな楽しみすら奪い絶望の底に落とすような事があってはならない……

「ま、ボクに出来ることは……キミをただのモルモットにすること位だけど、ね」

 悲しい笑みを浮かべながら、央はソファから起き上がり、次の会議の準備をする。
 タブレットの中では相変わらず央にしかわからない緊張を浮かべたシオンが、管理官からの命令を忠実に実行していた。


 ◇◇◇


 そうして、話は現在に――あの大災害から1ヶ月余りが経過した日に戻る。
 検分から数日後、いつものように作業を終えた至恩達が運動と洗浄の後に戻されたのは、いつもの保管庫……ではなく、見慣れない部屋だった。

「…………え?」

 棚に並ぶ大量の薬品に、魔法に関する書物や道具。
 更には拘束具や鞭、謎の機材が整然と並べられた部屋に「ここは……?」と至恩が呆然と呟けば「ボクの研究室だよ」と奥に座っていた人物がこちらに歩いてきた。

「!」

 慌てて跪いた至恩の前に央が立つ。
「いいよ顔を上げても」と声をかけた央は、ここが検分の時に話題に上った研究室であること、今後至恩は保管庫ではなくこの部屋に保管される事を告げた。

「123番の自己申告によれば、並行世界のトモダチとやらと逢えるのは自分の部屋と認定された場所だけだろう? だから今後は、この研究室がキミの自室だ。…………さぁ、今この部屋には誰がいる?」
「あ、ええと、僕と、人間様と……っ、詩ぁ!?」
「うわっ! い、いきなり至が現れたぁっ!? ……あ、あのっ、至が……トモダチが今、突然ここに」
「うん、無事ここが自室と認定されたようだね。なら準備はよし、と」

 双方の世界の央は、状況を確認する。
 シオンにとっての自室と認定されたこの研究室には、今、二つの世界のシオンと央が集っている、ようだ。
 あくまで「ようだ」なのは、央から見えるのは自分の世界のシオンだけで、シオンから見えるのも自分の世界の央とトモダチだけだから。トモダチの世界の央の存在については、あくまで向こうの世界のシオンから話を聞く必要があるらしい。

「ええと、今詩……じゃない、トモダチが」
「ああ、あだ名で呼んでもいいよ。ここは中央からの一切の監視が無いし、作業用品があだ名を付けることは黙認されているから」
「あ、ありがとうございます……詩がお気に入りのディルドを振り回してるんですけど」
「振り回すのはどうかと思うけど、ボクには彼女もディルドも見えないね。123番もほら、お気に入りの玩具を見せつけてあげなよ? このオナホだよね確か」
「うぅ……全部バレバレ……恥ずかしすぎて死ぬぅ…………」

 シオンの話から、部屋の構造が双方の世界で全く同じなのは確認できた。
 研究室の床には真ん中にラインが引かれていて、そこから奥は央のみが入れるスペースだ。
「ラインなんて無くても、今のキミには分かるだろうけどね」と央が言うとおり、そこには魔法で編まれた防御壁が聳え立っていて、央の実力の高さをまざまざと見せつけている。

 手前のスペースには二人分の給餌と浣腸用のノズルが設置され、元の保管庫から二人のタブレットと玩具も既に運び込まれていた。
 広さは……今までより少し広くなっただろうか。これなら詩音の寝相の悪さで起こされることも減りそうだ。

 ただし、部屋に出入り口は無い。当然ながら窓も時計も無い。
 至恩達の生活は基本的には今までと変わりなく、央は研究の時にここへ魔法で転移してくるという。

 一通りの確認を終え、どうやら両方の世界の央はそれぞれのシオンに対する指示以外は同じ内容を話していることも発覚したところで「なら、説明をしようか」と央がラインの向こうのソファに腰掛けた。
 当然、至恩達は床に跪いたままだ。

「ボクの研究課題は二つ。キミが語る並行世界の証明と、相互関与の方法を探すこと。そして……キミの貞操帯管理と災害との関係を明確にすること、だね」
「……証明……って、どうやって……」
「それをこれから考えるのさ。何せキミたち同士は互いを認識できているけど、ボクは向こう世界のトモダチもボクも全く感知できないからね! さっきから魔力を探ってみているんだけど、なしのつぶてだし……そもそも同一人物なら探るのは難しすぎる」

 ただ、緊急を要するのは後者の研究だからと、央は戸棚から何やら箱を持ってくる。
 ……詩音の世界の央は、ついでにティッシュの箱もだ。もうこの段階で、詩音は嫌な予感しかしない。

「あ、あの、人間様……?」
「確か……現在の連続装用期間は5日目だよね。ちょうどいい、今ここでリセットして再装着しよう」
「「へっ」」

(ま、待って……!? え、ここで央に見られながらリセット……そっその、自慰しろってことだよね……!?)
(えええ!? そんな……そんなことしたら、央きっとまたあの冷たい目で『ヘンタイ』って笑ってくる……あはぁ)
(うっ詩ぁ落ち着いて!! 鼻血出ちゃうから!!)

 突然のリセット宣告に呆然とする二人の前で、それぞれの央は目の前に箱を置き、中身を……再装着に必要なキットを取りだしていく。
 どうやら床に置かれた段階で、互いの世界の物はシオンには認識できるようになるようだ。
 そこにティッシュの箱があることに気付いた至恩は「さすが、詩の方の人間様は分かってる……」とぽろりと感想を溢す。

「ん? どうしたんだい、123番」
「あ、ええと……詩のほうの人間様がティッシュの箱を用意していて、ここに」
「ボクには箱は見えないけど…………そもそも、なんでティッシュ?」
「その……人間様に見られながらリセットなんてなったら……詩、確実に鼻血出しちゃうから……かな」
「はああ!? ちょ、キミのトモダチ、もしかしてキミより変態度合いが高いのかい!?」

 呆れながらも全ての道具を用意した央は、再びソファに腰掛け「じゃ、やって」と短く命令する。

「……っ」
「さっさとやってよ。消灯までには終わらせたいんだ、観察記録を纏める必要もあるし」
「今までも画面越しには見ていたけどね。今回は直に観察しながら詳細なデータも集めるからさ」

(ああ……そうだ。央は研究者だ)
(そして……人間様なんだ……)

 真顔になってこちらを見つめる央の瞳には、何の感情も伺えない。
 まさにただのモノを観察すると言わんばかりの冷たい視線に、二人の背中はぞわりと粟立ち。

「「……かしこまりました、人間様」」

 幾度となく妄想の中で思い描いていたシチュエーションに、妄想以上の興奮を覚えながら、互いの首輪にそっと指をかけた。


 ◇◇◇


(いつ見ても、無様だね。快楽にすっかり溺れちゃってさ……)
(あのキミがこんな姿に……そうしたのはボク達人間様だけどさ……)

 ソファに腰掛けたそれぞれの世界の央は、目の前ではしたなく乱れ泣き叫ぶシオンを冷静に眺めていた。
 
 最初こそ羞恥心からか動きの悪かったシオンだが、装具を外し疼きの止まらない股間に手を伸ばした瞬間、そんな人間じみた感情は吹っ飛んだらしい。
 今は目の前で延々と玩具相手に腰を振り、何度達しても決して癒やされない渇望に「もっと……もっとぉ……!」と譫言を漏らしている。

 獣じみた醜態は、それでも美しくて……こちらもつい妙な気分になってしまいそうだ。
 そんな自分を(いやいや、これは研究の一環だから!)と叱咤しながら、央はそれぞれの世界でニュースを確認しつつ、データを計測し続ける。

(……小さな地震も含めれば、絶頂した時刻に必ず何らかの災害は起きているね)
(これ、同時に絶頂しているかどうかも確認した方がいいかな……データの共有はシオンを通せばできそうな気がするけど……)

 表向きは「まだ証明されていないし、存在するとは言い切れない」と言いつつも、央は並行世界の存在を既に確信していた。
 相手が央だから、そして人間様の命令だからだろう、何のカモフラージュも無く互いのカラビナのロックを外した……央には何の魔法も発動していないのに勝手にロックが外れるように見えたことで、その根拠はまた一つ増える。

 だから、並行世界の研究についてはそれほど急いではいない。
 むしろ災害とシオンとの関係を紐解いていく中で、並行世界に関する話も進展が見られるのではないかと、研究者の勘が告げていた。

(にしても、良くこれだけ絶頂し続けて疲れないものだね。というより、むしろ元気になってる気が……極微量の魔力が、3倍くらいになっている)
(まぁ、3倍になっても相変わらず魔力測定器じゃ検出限界以下ではあるんだけど……んん? 絶頂するとちょっと増えてない?)

 その希有なデータに、いつしか央はシオンで興奮する事も忘れ、すっかり釘付けになる。
 それから3時間余り、消灯一時間前にかけたスマホのアラームが鳴り響くまで、シオンは快楽に、央は観察に没頭し続けることになったのだった。


 ◇◇◇


 ひときわ派手な電撃の破裂音と青白い光と共に、享楽の時間は終わりを告げる。

「はぁっ、はぁっ……うぅ、もっとぉ……」
「はいはいおしまいだよ。ほら電撃で手も止められただろう? 洗浄魔法もかけたからさっさと再装着して、床を綺麗にして」
「は、はひぃ……」

 実に名残惜しそうな表情で股間から手を離すシオン達は、しかしどことなく満足げだ。
 精神は決して満たされていない。作業用品にかけられた呪いのような渇望は、死に至るその瞬間まで解けることはないから。
 なのにどうして、と興味が湧いた央は、そっとシオンの胸の内を覗いて
 
 ……全力で、そう、本当に心から後悔した。

(いやぁ、見られながらするってゾクゾクするねぇ)
(うん、いつもの無機質に止められるのもいいけど、こうやって面と向かって直接再装着を命令されるのは……癖になりそう……)
(これからずっとこれなんだ……あーもう、興奮して手が滑っちゃうぅ)

「「っ、なんでキミは何でもかんでもご褒美にしちゃうかなぁ、このバカ! ヘンタイ!!」」
「「え? あ、ええと……ありがとうござい、ます?」」
「「そこは喜ぶところじゃないから!!」」

 全くもう、とそれぞれの世界で天を仰ぐ央達は、再装着を終えいつものように床を舐めるシオンを横目に、データを整理し始める。
 そして、ふと思いついて「そうだ123番」と声をかけた。

「ああ、そのまま舐めながら聞けばいいよ。さっきも言ったとおり、並行世界の研究については一旦置いておいて、当面は災害とキミの関係を紐解く方に全力を尽くすから、そのつもりで」
「んっ、ふぅっ、はいぃ……」
「で、その関係でなんだけど。今日のデータと……この一ヶ月間のデータももう一度洗い直して精査するから、全部終わるまではその装具、着けっぱなしね」
「はひぃ…………はい!?」

 二人は思わず顔を上げて目を見開く。
 異性の匂いと味に頭を焼かれながら、半ば朦朧とした状態で床を舐め続けるシオンに突然降りかかった宣告は、実に非情なもので。
 信じられない、といった顔で二人は同時におずおずと央に尋ねるのだ。

「あ、えと……その、リセット、できない?」
「当然。リセットの度に災害の夢を見ているんだろう? なら、因果関係が分かるまではそのままにしておいた方がいいに決まってるじゃないか」
「そ、そんなぁ……! あの……い、いつまで……ですか?」
「そんなもの、分からないよ。とにかく終わるまで。まぁ少なくとも1週間じゃ終わらないと思うけどね」
「!!」

 いとも容易く断言された、終わりの見えない装着。
 最低でも1週間以上……それは、これまで二人がチャレンジしてきた最長装用期間を超えることが確定したということ。

「あ……あぁ……!」

 身体が、震える。
 そんなの無理、そう叫んだところで、もう己のいいところは全て金属の檻の中だ。
 こんなことならもっとたっぷりリセットを堪能しておくべきだったと、後悔したって後の祭り。

(どうしよう、どうしよう……それ、絶対きつい……!)
(1週間だってまだギリギリなのに……しかも、終わりが分からないなんて……!!)

 ……意識した途端に、ぞくりと胎が痺れる。
 耳が遠くなって、はっ、はっと息が荒くなって……

「はふうぅぅ堪んないいぃぃっ!!」
「うあああ詩ぁ落ち着いてえぇっ!! ちょ、ティッシュ、ティッシュぅ……!」
「……うわぁティッシュが勝手に浮いて鼻に詰められてる……キミ、どれだけトモダチに迷惑をかけまくってるんだい……?」

 案の定の事態に、詩音の世界の央は新たな並行世界の観測事象を手に入れたにもかかわらずドン引きし

「123番、何をやってるんだい? ……はぁ? 本当にトモダチが鼻血を出したのかい!? ……ボク、まさかキミがまだまともに見える日が来るだなんて、思いもしなかったよ……」

 至恩の世界の央は、呆れ果てたまま実に失礼な感想を至恩に投げかけるのだった。


 ◇◇◇



 それからの時間は、天国と地獄が一緒に舞い降りてきたかのようなカオスだった。

「はぁっ……はぁっ……人間様ぁ、辛い……まだですか……?」
「あのさ、いくら何でも2日じゃ無理だってば。キミは知らないだろうけどさ、データ分析ってそんなに簡単に終わるものじゃないんだよ。大体、ボクは区長としての仕事もあるんだからさ」
「うぅっ……触りたい……もう無理、ゴシゴシしたいっ……!」
「というか、人間様を急かすだなんていい度胸だね? いや、ボクは別にこのままずっとリセット無しでもいいんだよ?」
「「ひいぃっ!! ごめんなさいごめんなさいっ、我慢しますもう急かしませんから許してえぇぇ!!」」

 最初の2-3日はもう慣れたものだから平気だと、二人は高をくくっていた。
 けれど、明確に期限を切られない自慰禁止期間というのは、思った以上に二人の不安と……興奮を煽ってしまったらしい。

 何より、彼らの生活にはとんでもない要素がぶち込まれてしまう。

「ただいま」
「……え、ああ、おかえり123番」
「!! っ、に、人間様っ!? あっあのそのっ申し訳ございません! 今のは至に……トモダチに挨拶をしたのであってその……」
「ああ、そういうことか。びっくりしたよ、人間様に向かってまた随分気安い挨拶をしてくるだなんてさ」
「あわわわ……ごめんなさいぃ……」

 作業を終えて、保管庫代わりになった研究室に収納されれば、そこには央がいる。
 もちろん央も仕事があるから朝から晩まで常にいるわけでは無いが、少なくとも夕方の餌と浣腸の時間に央がいなかった日は無い。

 ……つまり、自ら尻の穴に管を突き刺し腹を膨らませ、あのドロドロした餌を啜る惨めな姿を。
 そして、募る渇望を癒やすこともできず貞操帯を引っ掻き、せめてもの慰めにディルドを舐めたり扱いたりする痴態を……ずっと観察されているわけでは無いとは言え、目の前で惜しげもなく晒す羽目になるわけで。

 そんな状況で、この二人が今まで以上に興奮しないわけが無い。

(ううぅ、央がぁ……央が見てるぅ……)
(はぁ、辛い……見られてたらもっと辛くなる……けど……)

((好きな人に見られてるのって、いいかも))

 そして言うまでも無く、シオンの内心が央にバレていないわけが無くて。

「はぁ……キミ、ほんっとうにボクの事が好きすぎない!? ったく、諦めが悪すぎでしょ! そもそもいろんなヘンタイ的要素がダダ漏れで気が散るんだけどな!!」
「あはぁ、ごめんなしゃいぃ……その顔、いい……っ!」
「っ、ちょっとは自重しなよ、123番っ!!」
「うぎゃあぁぁっ!! ……うう、ご指導ありがとうございます……」

 お陰で央は、度々タスクを中断させては「気持ち悪いっ! このヘンタイっ!! ああもう、何て言えばキミのお仕置きになるんだよぉ!!」と頭を抱えることになった。
 その分央の作業の効率は落ち、分析には想定外の日数がかかってしまう。
 
 その結果、シオンがとうとう我慢の限界を突破し。
 ある日作業中にうっかりミスをして管理官の逆鱗に触れたのは、もうシオンの自業自得である。

『折角区長が、お前の様な変態不良品如きを研究に役立てて下さっているんだ。この程度のことで作業効率を落とすな、このクソマゾブタド変態不良品野郎が』
「うぐぅ……ごめんなさい……これ、毎日は辛いよぉ……!!」
「あ、管理部長から懲罰の止め時はボクが決めていいって言われたからね。そのお尻がゆるゆるに壊れちゃう浣腸液、リセットの日まで続けるから!これで不埒な考えも止まるでしょ!!」
「…………ヒィ……!!」

(しかし凄いね、その浣腸液って確か製品の懲罰用だからかなり後を引くはずなのに……そんな苦痛でも止められないほど、切羽詰まってるってことか)

「お腹が焼ける」「ゴロゴロ止まらないよぉ」と嘆きながらも、渇望がもたらす淫らな行動が止まることは無い。
 お陰で頭を悩ますような念がこちらに飛んでこなくなったのは幸いだが、ただの人間をここまで獣以下のモノに貶めてしまう刻印の効能に、央は薄ら寒いモノを覚えつつ分析に励むのである。
 
 ……その恐ろしさを感じたのは、刻印だけでは無い。
 むしろ、今のシオンの精神状態にこそ、人間の二等種への狂気じみた執念が見え隠れして、人間の端くれとしてはどうにも居心地が悪く感じる。

(シオンの性癖に刺さりまくっているから、こんな状態でも管理を中断しないというのはあるだろうけど……多分、これは『服従』の力が大きいんだ)

 1週間を超える管理、しかも、ゴールを明確にしない自慰禁止状態。
 シオンにとってはこれまでに無く厳しい条件で、実際限界なんて既に突破しているであろうに、それでもシオンは一度たりとも「ロックを外して」とトモダチに頼まない。

 それは、この条件を指定したのが央……人間様だからだ。

(……確かに、モルモットとして使うには、この性質は非常に便利なんだけどね)

 幼体の頃から徹底的に人間様への服従を叩き込まれた彼らは、命令と呼べないほどの些細な指示にすら、従おうと思う前に身体が勝手に動いてしまう。
 許可が無ければ土下座の状態から頭を上げることすら出来ないのは、恐怖でも何でも無い、そもそも身体が動きすらしないからだ。

 骨の髄まで染みこんだ服従が、取れる日は来ない。
 壊れて処分室で灰になるその日まで、例え業務上は比較的自由な会話が許された作業用品ですら、人間様の指示を嘆くことは出来ても拒否の言葉が出ることは無い。
 両者の間には、種族などという言葉すら緩いほど、超えられない高い壁が聳え立っている。

 ……そう、央とシオンの、間にも。

(ボクは、従わせたいわけじゃ無いんだけどね……)

 自分達に許された関係は、人とモノ。
 あるいは圧倒的強者と、ただの道具。それだけだ。

(……どうせなら道具として、恋心なんて途中で消し去ってくれれば良かったのに)

 全く、こちらの気も知らずに脳天気に変態っぷりを披露できる身分が羨ましいと心の中で独りごちながら、どうにも釈然としない思いをぶつけたくなったのだろう。
 央は「ちょっと静かにしてくれない? 分析の邪魔になるんだけど」とあえかな声を上げ続けるシオンに向かって、少しだけ強めの懲罰電撃を流すのだった。


 ◇◇◇


「123番、トモダチと話し合って。どっちから先にやるか」
「……へっ? ええと、人間様?」
「いいからさっさと決めて。向こうのボクも同じ事を言っている筈だよ? ……決めないならリセットは延期にするけど」
「!! 決めます、すぐに決めますぅっ!!」

 最後のリセットから10日後。
 相変わらず劇物としか思えない浣腸液のせいで、腹の焼け付くような痛みと酷い蠕動がもたらす排便衝動に呻きながらも、必死にコツコツと貞操帯のカップを叩き続けていた詩音に、央が唐突な指示を出す。
 リセットの四文字に思わず瞳孔を開いた詩音は、同じくその場で飛び上がった至恩と共に、早速じゃんけんを始めた。

「勝った! じゃ、私が先ね」
「あ、キミが先なんだね。じゃあこれをトモダチに渡して、拘束して貰って。着け方は向こうのボクが説明するでしょ」
「…………!!」

(これ、まさか)

 先攻を取った詩音に、央は部屋の片隅に置いてあった拘束具を渡した。

 金属で出来た枷は、一つは短い鎖で繋がれ、さらに鎖の真ん中どころからもう一本の鎖が垂れ下がっている。
 もう一つは金属のバーの両端に枷がついていて……これは見たことがある、恐らく足を開いた状態で固定するためのものだ。

「手枷は後ろで固定して。延びてる鎖は首輪の金具に繋ぐんだ」
「はい。……詩、手を後ろで組んで」
「っ、うん……」

 カチッ、カシャン……

「……っ…………」

 枷を着ける音が、やけに耳に響く。
 唐突に始まったこれまでに無い形のリセットに、まだ頭は追いついていない。

(……今日は、自分で外せない……? 触る、ことも……!?)

 ……ああ、身震いが止まらない。
 全身が心臓になったようで、目の前の風景が、ちょっと遠い。

「……着け、ました…………」
「なるほど、至恩が手を離すとボクからは枷が見えなくなるね。向こうのボクはどうなんだろう?」
「あ、えっと……詩、そっちのなか、じゃない、人間様に枷がどう見えたか聞いて貰える?
「はぁっ……はっ……手、動かせ、ないっ……」
「……あー完全に入っちゃってる……おーい詩ぁ、聞こえる?」

 だめだこりゃ、と嘆息する至恩に「まあそれは後々にしようか」と央も何となく事情を察して早々に確認を諦める。
 至恩曰く、同じ自分であっても性別が違うせいでちょっと性格は違うと聞いていたが、どう考えてもこっちの至恩のほうがまだまともで話せるような気がするのは……うん、考えるのはよそう。

「じゃあ外して」という合図で、至恩が詩音の首からカラビナを外し、鍵を手にする。
 カチッと小さな音を立てて外れた南京錠を床に置き、カップを身体から離せば、途端にむわりとしたメスの匂いが部屋を満たした。
 
 至恩が手にしていれば、至恩の世界の央にも詩音の貞操帯が見えるようだ。
 「へぇ、また凄い貞操帯だね……すけべすぎる……」と少し顔を赤らめながら、まじまじと眺めている。

「はっ……あぁ……至、早く……っ……!」
「あ、ええと……人間様、この後は」
「最初のリセットでやっただろう? トモダチを逝かせてあげなよ。ボクにはトモダチは見えないからさ、逝ったらすぐに教えて」
「っ、はい……!」

(この体勢でするの……結構難しそうだね……)

 膝立ちで足を大きく広げたまま、ぽたぽたと股間から愛液を滴らせ「お願い……至、早く……!」と涙混じりの声を上げる詩音。
 その股座にぷっくりと赤く膨らんで主張する敏感な肉芽を、至恩はそっと愛液を纏わせた指でなぞる。
 途端に「ひいぃぃっ!!」と甲高い嬌声が詩音の口から上がった。

「ああ、もう限界だよね……」
「止めないでぇっ! 至、お願いもっとスリスリしてっ! 中っ、中もちょうだいっ!!」
「あ、うん。……やっぱりこれだよねぇ」
「んふうぅっ!! それ、いいっ!! うあぁぁ中もっとおぉぉ!!」

 ガチャガチャと拘束具の音を激しく鳴らしながら、詩音は必死に腰を動かす。
 反らせた喉の白さが何とも眩しくて、詩音の匂いと相まってこちらまで熱が上がってしまう。
 
 それでも何とか彼女にむしゃぶりつかずに手を動かせるのは、未だ自分の息子さんがこの金属に封じられているからだろう。

(やっと外せたのに、余裕なんてないよね……僕もいつも、こうなんだ……)

 なりふり構わず絶頂をねだる詩音に、理性の光は残っていない。まさに獣という言葉がぴったりだなと至恩は改めて実感する。
 何せ、トモダチの手で与えられる快感は自分でするのとは全く別だから、乱れ方もひとしおだ。

 当然ながら詩音が終われば、次は自分の番だと――そして、こんないつも以上に無様な姿を央に見せるのかと思えば思えば、背筋がゾクゾクして、腰が重くなって。
 
 ――ああもう、待ちきれない。
 早く詩音を満足させて自分のリセットをしてもらわなければ。

「あっあっいぐいぐいぐうぅっ、いぐっ……!! ああっ、んああぁ……っ!!」

 ガシャン!! と大きな音を立てて詩音の身体がその場で何度も跳ねる。
 弾みで倒れ込んだ詩音を至恩は慌てて抱え込んだ。
 ……腕の中で白目を剥いて、10日ぶりの絶頂を満喫する詩音の姿が愛おしくて、ちょっと羨ましい。

「ん? どうしたの」
「あ、えと、詩が絶頂して、倒れちゃって」
「ああ……ちょっと危ないね。次からは首輪を天井から吊って、膝は床に固定できるようにしようか。じゃあトモダチを弄るのをやめて、元の姿勢に戻して」
「へっ」
「……いいから、もう刺激しない」
「はっ、はいっ……」

(……何で…………?)

 冷たく言い放たれた指示に疑問を抱きながらも、慌てて至恩はずるりと詩音の泥濘からバイブを抜き去る。
 その刺激に「はぁんっ!!」とまたひときわ高い声を上げた詩音をゆっくりと起こし「大丈夫?」と声をかければ、目を潤ませたままの詩音は焦点の定まらない瞳を至恩に向けた。

「え……あ…………いた、る……?」
「ええと、こっちの人間様から……もう刺激しちゃダメ、って」
「へ…………? 待って、んっ、足りない……こんなんじゃ足りないよぉ、至っ……!!」

 刺激を、貰えない。
 その言葉にさっと顔色を変えた詩音が、必死に腰をくねらせる。
 けれど手足を戒めた状態では、彼女に出来ることなど何も無い。

「いやぁぁっ!! もっと、お願い早く次を下さいぃっ!!」
「はいはい暴れないの。魔法で洗浄するからさ」
「せっ、洗浄っ!?」

 詩音は死に物狂いで至恩に、そして自分の世界の央に刺激をねだる。
 その度にガチャガチャと枷が音を立てて、自分では何もできない無力感を突きつけられ、余計に熱が上がってしまう。

(足りない、もっと、触って……逝かせて……!!)

 あんな普通の絶頂、それも一回ぽっちで、10日間溜めに溜め込んだ疼きが収まるはずがない。
 いや、そもそもこの身体が渇望を手放せる日は生涯来ないのだけれど、それにしたってリセットの名の通り、一度全てを忘れて気が狂わんがばかりに慰め続けなければ、とてもじゃないけどいつもの状態にすら戻れない――そんな思いを込めて、縋るような目つきで詩音は央を潤んだ瞳で見つめる。

 なのに、央の口から告げられた言葉は、あまりにも残酷で。

「……はい、これで綺麗になった。って言ってる傍から垂れてきてるけど……123番、トモダチに洗浄が終わったことを伝えて」
「そっ、そんなっ……!!」
「…………123番?」
「っ!! …………わ、分かりました……」

(うそ、でしょ……洗浄が終わったって……それじゃ、もう終わりみたいな……)

 絶望を顔に貼り付け、カタカタと震えながら詩音は「至……せ、洗浄、終わった……」と告げる。
 その言葉と詩音の様子に、至恩もまた真顔になり、不安を貼り付けたまま思わず後ろを振り向けば、央は感情の見えない顔を崩すこともなく

「あ、洗浄終わったって言われた? なら、再装着して」

 詩音を、そして至恩を地獄に叩き落とす非情な命令を下した。


 ◇◇◇


「いやっ、いやぁっ至っ!! これで終わりなんてやだぁ!! お願いっ、後一回! もう一回だけでいいから触って、逝かせてよおぉ!!」
「っ……詩…………ごめん……」
「あ、あ、ああああっ……!!」

 貞操具を持つ至恩の手が、ブルブルと震えている。
 これを着けてしまえば、詩音はこの気が狂いそうな渇望を碌に癒やせないまま……また全てを閉じ込められ、刺激を求めて泣く日々に引き戻されるのだ。

(ひどい……酷いよ、央……こんなの、残酷すぎる……!!)

 心の中で至恩は嘆きを上げる。
 言葉には出来ない。それは、人間様への反抗と見做されるだろうから……そもそも喉が詰まって、息の音にすらならないだろう。

「いや……いやぁ……おねがい、至……ごめんなさい、ごめんなさい人間様っ! どうか……お許し下さい……」
「……詩、これは人間様の指示なんだ」
「いや、別に許すも何も無いよ。ボクが決めたことにキミもトモダチも従う、それだけだから」
「ううっ、ひぐっ……いやぁ…………!!」

 必死にかぶりをふる詩音の股間に、至恩は透明なカップを沿わせる。
 ドームの中に閉じ込められる、ほんのり色づきぽってりと腫れた泥濘が、まるでこのままにしないでと泣き叫んでいるかのようだ。

 あんなに必死で我慢したのに……その苦労の全てが無に帰すような無力感に至恩の瞳にも涙がにじむ。
 そして、数分後には自分にも訪れる……処刑の足音が、聞こえる気がして、胃の中に焼けた鉄を入れられたような感覚に陥る。

「やだ……これだけ……やだ…………あ……ああっ……!」

 こんなに絶望を湛えた詩音の顔を見るのは、地上にいた頃以来かも知れない。
 彼女の涙を見るだけで、胸が苦しくて、こちらまで頭がおかしくなりそうだ。

 ――それでも、二等種にとって人間様の命令は絶対だから。

 至恩は悲痛な懇願を振り払い、腰ベルトの両端にあるリングを股間から回したベルトの金具に引っかける。
 そして小さな南京錠を筒型の部品にかけて


 人差し指がつるにかかって


「おねがい、ゆるして、至、おねがい……」
「…………ごめん、詩」


 カシャン――


「っ、いや……いやああああっ!!!」

 いやに大きな施錠音が、耳に届いた瞬間。
 絶望の底に叩き落とされた詩音の慟哭が、至恩の胸に深く深く突き刺さった。


 ◇◇◇


「はぁっ、はぁっ……ほしい、私っ、もっと、もっと欲しかったのぉ……!!」
「ひっ、詩ぁ……そんな、お願い逝かせてっ!! もう焦らさないで……!!」
「……後で分かるよ、至……こんなことなら気が狂うまで焦らされていた方が、ずっと良かったって……!!」

 何の心構えもなく唐突に厳しいリセットを突きつけれた詩音は、完全にネジが吹っ飛んでいた。
 拘束を解き、至恩の番になった途端、詩音は決して至恩が射精に至らないように細心の注意を払いながら全身をゆっくりと愛撫し始める。
 望んだ快楽に余りにも遠い刺激に、至恩はさっきから固くそそり立った屹立をピクピクと跳ねさせながら、何度も射精を懇願していた。

(辛い、辛いよぉ詩っ!! こんなもどかしいの、耐えられない……!!)

「……随分ねちっこく射精を引き延ばされてるみたいだね。まあ、トモダチが判断することまでは文句を付けないよ、きっと向こうのボクも了承済みなんだろうし」
「逝かせて……詩、逝かせてぇ……!!」
「あ、もうトモダチのリセットを見たから、自分がこれからどうなるかは分かるだろう? ……今後のリセットは、全てこれだから」
「「!!」」

 快楽に、そして衝動に囚われた頭にも突き刺さるほどの、過酷な指示。
 それぞれの世界の央は「今回のリセット結果を確認してからだけど」と前置きをした上で、二人に向かって今後のルールを突きつける。

「ボクの推測通りに物事が進むなら、今後キミたちのリセットで許される絶頂は1回だけだ」
「そん、な……っ!!」
「むしろリセットを許してあげるだけ優しいと思うけど? たった1回とは言え定期的に絶頂を味わえるんだから、感謝してもらいたいくらいだよ」

 リセット時の絶頂を1回に制限する関係で、今後貞操帯の脱着及びリセットを行うのは、トモダチの役目とする。
 さっきの詩音の乱れ方をみるに、とても自分で手を止めることは難しいだろうし、ましてその状態で自ら貞操帯を再装着できるとは思えないからだ。

 だから、必ず対象者は貞操帯及び貞操具に覆われた部分に触れられないよう厳重な拘束を施され、なすすべもなく与えられる刺激に悶え泣き叫び、何の足しにもならない絶頂をありがたがって再び全てを覆われることになる。

「ま、刺激方法はキミたちに任せるよ。その辺は変態らしく、何かしらそそる方法があるんじゃないの? 今の焦らしみたいに。さ」
「うひぃぃっ、出る、出るぅっ!!」
「まだだめ……至、もっと我慢、しよ?」
「いやだあぁぁもう無理我慢できないっ、お願い詩、もう出させて! こんなの耐えられない!!」
「…………人間様、1時間経ったら教えて頂けますか。1時間後に射精させますから」
「い、1時間っ!? 冗談でしょ、詩あぁぁ!?」

 ――どうやら詩音は、リセットの時間があっさり終わったことが相当ショックだったらしい。
 すっかり目が据わってこちらの話など聞こえそうにない彼女の内心は、多分「至はちょっとでも満足させてあげたい」というぶっ飛んだ親切心で満たされているだけだと何となく分かるけど、それならそれでもうちょっと覚悟を決める時間が欲しかった……
 最早まともな言葉が紡げない至恩は、その叫びに心の底からの嘆きをそっと載せる。

 そして。

「ひぎぃ……まだ、でりゅ…………あひ……」
「…………うわぁ、まさか1時間も寸止めされるだなんて……見てるだけでこっちまで辛くなっちゃうよ……」

 1時間にわたる執拗な寸止めの後ようやく放逸を許された至恩は、開放感からすっかり三途の川に片足を突っ込み

「ふふ、気持ちよかったねぇ、至……人間様、洗浄をお願いします」
「え、あ、うん……キミ、割と酷い事を平気でできちゃうんだね……ちょっと敵に回したくないなぁって……あはは……」

 ぶち切れた詩音の所業は、両方の央の肝を冷やすのであった。


 ◇◇◇


「あへぇ……うぁ…………」
「あああ、欲しい……足りない、私ももっと焦らして欲しかったのにぃ……!!」

 再び屹立を封じられてもまだ余韻が抜けない至恩と、そんな至恩に煽られたお陰でますます辛さが増したのだろう、ひっきりなしに貞操帯をカリカリと引っ掻く詩音を横目に、双方の世界の央は今し方手に入れたデータを急ピッチで分析していた。

「123番、このデータをトモダチに渡して。トモダチ経由で向こうのボクに渡すんだ」
「はぇ……えへぇ……」
「あーもう、いい加減にこの世に帰っておいでよ!」

 カラビナと同じ要領なら向こうの世界ともやりとりが出来ると、央達はシオンを通してそれぞれの世界のデータをやりとりする。
「うわ、規格も全部一緒……データ作成の癖まで一緒じゃ無いか! 並行世界って本当に同じなんだ」と感心しつつ、分析に集中すること、2時間。

「「……うん、これで間違いない」」

 それぞれの央が目を輝かせ、グッと拳を握りしめる。
 自分の推論が現実に証明されるというのは実に楽しいものだ。これなら対処法も予定通りで行けるねと、ちょっと疲れた顔に笑顔を覗かせながら、央はシオンのほうへと歩み寄った。

「…………話を聞けるようにした方がいいね」
「「うぎゃっ!!」」

 まずは停止用の電撃を一発。
 状況が飲み込めていないシオン達に「ほら、説明するから基本姿勢!」と声をかければ、二人は慌ててその場に跪く。

「説明が欲しければ、後でしてあげるから。まずは結論からね」
「……はい」
「一連の災害は、キミの……キミたちの魔法によるもの。魔法と言っても少し人間様とは仕組みが違うけれど、少なくともキミは間違いなく魔法を発現している」
「!!」

(やっぱり、央の家族を奪ったのは)
(私達だったんだ……!!)

 9割方そうだろうと確信はしていたけれど、央の口から断定されるのはやはり心に来るものがある。
 思わず「……ごめんなさい」と謝罪を口にすれば「そう思うなら、ボクの指示には従って貰うよ」と央から冷たい言葉が降ってきた。

 ……それも、央の悲しみを思えば当然だ。
 ここで処分されなかっただけでもありがたいと思わなければと、二人はぐっと唇を噛みしめる。

「さっきも話したけど、今後のリセットは、互いを拘束して交互に行うこと。リセット時の絶頂は1回のみ。ボクは必ず立ち会うから、逝かせたら洗浄してそのまま再装着ね」
「……はい」
「鍵はこれまで通りの管理でいい。リセット時にトモダチが外して使うには問題ないしね。……人間様の命令だから大丈夫だとは思うけど、絶対に共謀して勝手に貞操帯を外さないこと。そもそもこの部屋でしか貞操帯は外せないし、絶頂や射精をしようものなら一発でバレるのは分かっているよね?」
「災害が……起こる……」
「そ。…………これ以上ボク達人間様の世界を壊したくないなら、変なことは考えない方がいい」

 話を聞く限り、央は直接貞操帯管理には関わらないようだ。
 そりゃ穢らわしい二等種に触れたくなんて無いよね、とちょっとだけ央による管理を期待していたシオン達は心の中で落胆する。

(でも、どうして……?)

 とはいえ、腑に落ちないことはある。
 自分達はこれほどの災害を起こした張本人、それこそ人間様が描く害悪しかもたらさない二等種だというのに、どうやら今後も変わらず調教用作業用品として生かされるらしい。
 それどころか、この研究室で知った内容は一切他言無用だと央に念を押される始末だ。

 これではまるで、シオン達を央が匿っているようだと疑問を口にすれば「当たり前だよ」と央はそんなことも分からないのかと言わんばかりの呆れ顔で、しかしシオン達の期待にはそぐわない理由を教えてくれる。

「あのさ、ボクは折角並行世界の証明と干渉を研究できる、絶好のチャンスを掴んだわけだよ? 世界で唯一の、ね! ……それをみすみす逃すような真似をしたいと思うかい?」
「……そ、そういうもの……?」
「研究者ってのはそういうもんなの。そりゃ、世界が滅ぶような災害を起こされたらたまったもんじゃないけどさ。幸いにもキミの魔法は、その変態道具によって制御が可能だ。最低2週間の連続装着と、リセット時の絶頂を1回に制限すれば、地上への、引いては人間様への影響などほぼ無いに等しいからね」
「はぁ……」
「全く、ここまで余計な手間をかけさせられたんだ。その分キミにはモルモットとしてキリキリ成果を出して貰うからね!」

(ああ、そっか……あくまでモルモットとして……そうだよねぇ……)
(ううっ、ちょっとだけ期待しちゃった自分のお馬鹿さ加減に泣けてきちゃうよ……)

 もしかしたら、央にも昔のような情が少しは残っているのかと思ったが、そんな都合のいい話は残念ながら存在しなかった。
 ホント、運命の神様はどこまでも僕らに塩対応すぎるよ……と至恩は心の中でひとりごち、そして……今更ながら気付く。

 ――今、央は、どうやってこの災害を制御すると言った?

「…………あ、あのっ、人間様……その、災害の制御方法……」
「ん? 何? ちゃんと聞いておいてよ。人間様に何度も説明させるだなんて二等種失格だなぁ……だから、リセットの絶頂は1回、貞操帯は最低でも連続2週間装用、分かった?」
「…………に…………にしゅう、かん……?」

 うんざりしたような央の言葉に、シオン達がぴしりと固まる。
 今、この目の前の想い人は……さりげなく鬼のようなルールを追加してなかったか?

(いやいやいや、流石にこれは聞き間違いだよね!!)
(うん、それはない、いくら何でも無い! そうだよ空耳だよ!!)

 震える唇で、何かの間違いではと祈りを込めて確認をするも、やっぱり運命の神様は塩対応どころか、大量の唐辛子まで追加してきたようで。

「そ、二週間。ちゃんとこれも根拠があってさ……」
「うっそでしょおおおおお!!?」
「ににに、二週間!? 10日だって死にかけてたのに、これで二週間っ!?」
「え、ちょ、なに」

「「そんなの無理だよ! いくら二等種だからってあんまりだあぁっ!!」」

 ……思わず二人は央の言葉を遮り、声を揃えて力のあらん限りに叫んでその場に崩れ落ちるのだった。


 ◇◇◇


「……ったく、ちょっとは落ち着いたかい?」
「ひぐっ……が……あぅ……」
「…………ま、バイタルアラートが鳴るまで懲罰電撃を浴びせたんだ。流石に暫くは動けないか」

 これまで必死に張り詰めていたものが切れてしまったのだろう、床に突っ伏し「ひどい」「人間様は鬼か悪魔か」「二等種より鬼畜な所業だ」とおいおい泣き始めたシオン達に弱り果てた央が取った行動は、実に人間様らしい懲罰だった。

「まったく、誰が二等種より鬼畜だって?」とギロリとシオンを睨み付けるも、限界まで電撃を浴びせられた身体は容易には動かせないらしい。
 ただ虚ろな瞳をこちらに向け、身体を痙攣させるだけだ。

「そうだ、ちょうどいいや……うわ重っ、こんなの魔法使わないとひっくり返せないね」
「うぅ……」

 何かを思いついたのだろう、央はシオン達がまともに動けないのをいいことにひょいと魔法でその身体をうつ伏せにする。
 そしてうなじを明らかにすると、そっとその首筋に小さな両手を添えた。

「ぁ…………」
「動かないで。と言っても動けないだろうけどさ。……これは魔法を追加した方が良さそうだからね」

 ぽぅ、と央の両手が光る。
 これまでの処置では分からなかった、央の魔力が首筋に流れ込んでくるのを感じる。

(……温かい…………)

 魔法をかけられたときにはこれまでも熱を感じていたけど、魔力にこれほど感情が乗るものだとは知らなかった。
 そんなことを大昔にお母様が言っていたっけ、と朧気な記憶を辿りつつ、しかしシオンは与えられる温かさにそっと身を任せる。

 ……何故だろうか。
 央は確かに人間様で、二等種なんてただのモノで、自分達は央の研究欲を満たす為のモルモット、感情なんて勘定にも入れて貰えない部品だというのに……その魔力は、どこまでも慈しみと優しさを感じるのだ。

(……人間様の魔力は、こういうものなのかな……央しか知らないから、よく分かんないや)

「…………よし」

 数分後、そっと央は手を離す。
 シオンのうなじ、ちょうど髪で隠れる当たりに刻まれた刻印を確かめ頷くと「終わったよ、もう身体も動くでしょ?」と先ほどの温かさが嘘のような冷たい言葉を投げかけた。

「あの、えと……何を……?」

 即座に跪き問いかけるシオンに「ああ、管理をやりやすくする魔法だよ」と央は淡々と告げる。

「リセットの時に暴れたり叫んだりすると、観測が大変なんだ。処置だってやりにくいだろう? だから、絶頂を感知して停止電撃が流れるようにした」
「え……それって、絶頂の度に……?」
「当然じゃない。別に問題ないだろう? キミは今後死ぬまで連続絶頂は許可されないんだから。それに貞操帯を着けていても一度絶頂で入った渇望のスイッチは止まらないって、さっき分かったしね」
「ええええ……ぐっ、な、なんでもありませんっ……!!」

((ひどい、やっぱり央は鬼だった!!))

 つまりそれは、リセットの絶頂で余韻を楽しむことすら許されないと命じられたようなものだと、多分央は気付いていない。
 だが再び絶望に打ちひしがれるシオンにそっと忍び寄るのは……並外れたポジティブさが箍を外した思考で。

「……ふふ、ふふふ…………」

 いきなり笑い出したシオンに、央は訝しげに「どうしたんだい」と声をかけ……その表情にギョッとした顔を見せる。

 ――だめだ、これはやらかした。
 ボクはまた、シオンの変態スイッチに無意識に触れてしまったらしい。

「あ、あのう……123番……?」
「これは……つまり人間様からの挑戦状……」
「はい!?」
「許される絶頂は1回、しかも余韻すら許されない……その1回すら喜んで、全力で尻尾を振っておねだりするような敗北よわよわド変態のマゾブタになれと!」
「いやそんなこと言ってないから」
「うん、まだまだ自分達は未熟だったって事だね! ここはひとつ、人間様が認める真の変態に」
「「ならなくていいってば!!」」

 次の瞬間、再び激しい電撃音と、二人の叫び声が上がったのは、言うまでも無い。


 ◇◇◇


「……で、ちょっとは反省した? ねぇ123番?」
「えへぇ……もうしわけ、ごじゃいません……」
「「っもうやだ、なんで何をしてもキミにはご褒美になっちゃうんだよ!!」」

 仕置きが難しすぎない?とがっくり肩を落としながらも、央は今回のルールを決めた理由……シオン達の魔法について詳しく話し始める。
 わざわざ二等種に説明をしてくれるだなんて、やはり央は管理官様に比べれば研究者という身分故か二等種の扱いが……よく言えば丁寧で、悪く言えば甘いのだろう。

「まだ、完全に解明されたわけじゃ無いけど」

 そう前置きして始まった央の説明は、実に驚くべきものだった。
 というのも、至恩達が天宮の家で教えられたものとは明らかにかけ離れた法則を持っていたから。

「魔法の発動条件は性的な絶頂、もしくは射精。そしてキミの魔力の大半は……災害で生じた人間の不安と恐怖から作られたものだ」
「な……っ!!」
「大昔の文献の中に『二等種は、まるで人間の不安と恐怖をエネルギーとして生きているようだ』と書き残した研究者がいたんだけどさ、キミの魔法はそれを地で行っていると、ボクは思っている」

 愕然とするシオンを見つめながら、央は淡々と事実と、そこからの推測を告げる。

 シオンが絶頂ないし射精を行った時刻と、災害の発生時刻は完全に連動している。
 並行世界の央から供覧されたデータから、二人が同時に絶頂した場合は災害の規模が大きくなることも確認された。
 このことから、この災害を発生させる魔法は互いの世界に干渉する何らかの現象の一つだと、互いの世界の央の意見は一致している。

 災害により生じた人類の恐怖や不安といったネガティブな感情は、シオンの魔力……正確には純粋な魔力では無いが、疑似魔力のようなものとして蓄えられる。
 これが、何度リセットして筋疲労が生じても体力だけは尽きない理由だろう。

 そして、溜め込んだ魔力は絶頂により一気に魔法の発動に消費される。
 魔力量がそのまま災害の大きさに直結していることは、これまでの観測から間違いない。
 実際、連続絶頂をしているときは徐々に災害の規模が大きくなり、大体最後の絶頂で水没を伴う災害を引き起こしているようだ。

「だから、リセットは1回だけに……」
「うん。そうすれば被害は最小限に抑えられる。自慰禁止期間と組み合わせれば、ちょっとした地震程度で収まるはずだよ。早い話がキミが我慢すればするほど、災害の規模は小さくなるってわけさ」

 そして、シオンの魔法、というよりはその身体は非常に稀な特徴を持っている。
 それは、魔力を長期間保持できないという性質だ。

 シオンの魔法に使われる魔力は、シオン自身が生み出す極微量の魔力が発動に、人間の感情によるエネルギーからなる疑似魔力がその規模を決定すると、央は推測する。
 だからリセット直後、つまり災害直後の合計魔力は相当高いはずである。

「高い、筈?」
「残念ながら、現代の技術ではその謎魔力を直接計測することは出来ないんだよ。せいぜい災害の規模から概算値を出すくらいだね」

 ただ、その性質故か、もしくは……二等種に加工されたが故に何かが変質したためか。
 原因は分からないが、シオンの合計魔力量はリセット直後を最大とし、そこから時間が経つにつれて急速に減衰していく。
 央の計算によれば、現時点ではリセットから10日で謎魔力部分は完全に底をつき、この状態でリセットを行えば今回のように局地的な小さな地震レベルで災害は収まるようだ。

「残念ながら、君自身の魔力があるかぎり、絶頂時の災害を完全にゼロには出来ない。それがミジンコ以下の量であっても、魔法は問題なく発動する」
「……そんな…………」
「ある意味では二等種らしいよね、その存在が人類の脅威となる……貞操帯に惹かれたのはおあつらえ向きだったのかもね。何せこのまま野放図に毎日楽しく絶頂しまくっていたら、世界が滅亡していただろうから」
「ひえっ」

 この結果から、シオンの絶頂・射精管理は最低でも2週間連続で行い、かつリセット時のアクメも1回に制限する必要があると、央は結論づけたのだ。

(……人間様に害を為すだけの存在…………)
(名実共にそうなっちゃったんだね、僕ら……)

 正直、作業用品に訪れる嗜虐嗜好への「覚醒」など可愛く思えるほどの力を得てしまった事に、流石の二人も落ち込みを隠せない。
 いくら地上に何の未練も無いとは言え、好き好んで世界を破壊するかも知れない力を、しかも無意識に発動するだなんて悪夢以外の何物でも無いだろう。

「…………」
「……そんなにがっくりしなくたっていいじゃないか。キミは二等種、しかも正真正銘の不良品なんだし」

 沈鬱な空気を破ったのは、央の言葉だった。
 出来損ないであることを辛辣に突きつけながらも、央の言葉はどこか優しく感じる。
 ――それは、シオンが内に秘めた恋心の成せる業だろうか。

「確かに初回の災害はとんでもなかったけどさ、それ以降は連続絶頂でも威力は抑えられている。魔法の発現時は人間でも暴発することはままあるから……恐らくあの規模の災害が起こることはもう無いと思うよ」
「……本当ですか」
「うん。それに何より、今はこれがあるだろう?」
「んっ……」

 とん、と央が装具を突く。
 たった一回の絶頂しか許されず、飢えきった身体には、そんな些細な刺激すら――しかも央から与えられた刺激なのだ――全力でしゃぶり尽くしたくなる。

「ボクの計算に従って、最低連続装用期間を守ること。リセットの絶頂は一回、これは電撃が作用するようになったから簡単に守れるはずだ。……この指示に従っている限り、キミの魔法は大した影響を人間様に及ぼさない」
「…………はい」
「作業用品としての性能を落とさず、災害も制御する。まぁ、今のキミに2週間の我慢は相当大変だと思うけど、そこは頑張ってね!」
「う……が、頑張ります……」
「大丈夫さ、管理部長には実験の関係で装着時間を延ばしているとだけ伝えておくから。脳みそを発情で焼かれて動きが悪くなれば、適宜対応して貰えると思うよ」
「「待った、それただの厳罰化ってやつじゃ!?」」


 ◇◇◇


「それだけはいやあぁぁ!!」「電撃もおしり壊れちゃう浣腸もあの音もエンドレス説教も、もう勘弁してぇ……」と嘆きつつも、一度火のついた身体を沈める術は無いらしい。
 無意識に腰を振っているシオンをソファに座って眺めながら、央は「全く、無様を通り越して憐れだね、作業用品ってのは」と苦笑する。

 だが、その瞳は笑ってはいない。
 ずっと何かが引っかかっているような、そんな眼差しがシオンを射貫いていた。

(……まだまだ分からないことは、多いんだけど)

 央の脳内では、未だ消えない疑念がずっと渦巻いている。

 そもそも疑似魔力という概念にしても、現時点では推測の域を出ない。
 また、魔法の発現時だったとはいえ、初回の災害は2回目以降とは明らかに規模が違いすぎる。恐らくは、まだ何か見落としている要素があるはず。

 だが、何より大きな疑問は、あの魔法そのものだ。

(なんで……よりによって、こんな魔法が「最初に」発現した?)

 ――魔法が発現するとき、すなわち人生で最初に使えるようになる魔法は、その子の内に秘めた望みが具現化するパターンが非常に多い。
 大抵は子供の他愛ない夢が元になるから、ちょっとポケットから無限におやつが出るようになったり、空を飛べたり(これはこれで事故を起こすことも多いのだが)足が速くなったりと、大人達が微笑ましく対処できる程度のものである。

 央の場合も同様だ。
 その魔法はおまじない程度のものだけれど、今でもシオンに会うときには必ずかけている。
 普段はただのふたなりでもいいけれど……シオンには「異性」らしく見えて欲しいから。

(そう、本当にささやかなものばかりなのに……シオンの魔法は余りにも規模が壮大すぎるんだよ)

 央は、小さい頃からシオンを知っている。
 初等教育校に入る前からの付き合いだったから、シオンの家のことも、そこでどう言う扱いを受けていたかも、そして学校における残酷な扱いも……全部、覚えているのだ。

 確かに、シオンにとって地上での生活は、そして二等種として捕獲されてからだって、一度たりとも世界が味方だったことはない。
 きっとシオンは並行世界のトモダチだけを味方に、そして不遇故に身についたであろう脳天気と称される程のポジティブさを武器に、二人で寄り添いながら何とかこの20年間を生きてきたのだろう。

 その深層意識に、世界への恨みがあることは否定できない。
 故に世界を破壊できるほどの、それも自分達を虐げた人間様のエネルギーを使って災害を起こす魔法を発現すること自体は、そこまで論理的に破綻していないと思う。

 ただ、どうしても引っかかるのだ。

(……なんで、よりによって発動のトリガーが絶頂なんだ……? それに、並行世界との連動も……)

 優秀な魔法使いとして、そして若き研究者として、央の勘が告げている。
 多分、これはただの二等種が発動した希有な魔法なんて話では終わらないと。

「まぁ……何にしてもすぐに結論は出ないし……そもそもこれ、本当に2週間耐えられるのかな……」

 ごめんね久瀬さん、今後も装用期間は短縮されないし、慣らすためにも性能が落ちたらがっつり懲罰しておいて――
 央はシオンが聞いたら目を剥きそうなメッセージを久瀬に送りつつ、早速目の前で「だめぇもう限界」「詩、早すぎるよまだ一日も経ってない……でもゴシゴシしたい……」と悶える変態達にやれやれと肩を竦めた。


 ◇◇◇


「ちょっと仕事があるから」と央が区長室に戻った後、二人は案の定渇望に翻弄され、せめてもの救いを求めて触れられる部分を気が狂ったように愛撫していた。
 央にあの冷たい視線で射貫かれながら悶えるのも実に美味しいが、央のいないところで遠慮無く理性を手放し、欲しいところには決して届かない辛さを抱き締め啼くのも、これはこれで楽しいひとときである。

 ……いやもう、めちゃくちゃ辛くて頭が壊れそうではあるのだけど。

「あのさ、至……この管理生活……実は理想の管理に近づいてない?」
「それ思った。だってさ、これでもう僕らは生涯二度と自分の性器に触れない……うぅっ、興奮したら痛いいぃ……」
「あは、至は痛くなるから大変だねぇ……んっ……んふっ……」

 痛みに悶える至恩の前でうっそりと微笑みながら、詩音は悩ましげな吐息を漏らす。
 その手はずっと両胸の飾りをすりすりと擦り続け、もじもじと摺り合わせた股の間からはとぷりと愛液が透明なカップの中に溜まっていくのがよく見えて、その光景に至恩は思わずゴクリと喉を鳴らした。

 ……正直、痛みというストッパーがある分、渇望を紛らわすことにかけては自分の方がまだ楽なんじゃ無いかと思う。

(にしても……自分で触れることを完全に禁止された途端、ここまで触りたくなるなんて……ああ、もう一度だけでいいから、自分のちんちんに触れたい……)

 初日からディルドの世話になるだなんて先が思いやられると頭の片隅で嘆息しつつも、至恩も手は止められない。
 この間手に入れたばかりの、二等種サイズの巨大な疑似ペニスを片手で支え、平らな股間から溢れ出る粘液を擦り付けてはちゅこちゅこと良い場所を扱き続ける至恩に、ねぇ、理想なのはそれだけじゃ無いよ? と掠れた囁き声が聞こえた。

「はっ……んっ……う、詩……?」
「あのね、至…………それ、央が触ってるって……想像して……」
「ひぃっ!! ちょ、詩それ反則ぅ……!!」
「あはぁ、いいでしょ? ……ねぇ、央がこうやって、後ろから抱きついてさ……あの小さな手で、そのばかデカいおちんちんを、ゴシゴシするの……」

 詩音の囁きに、目の前が真っ赤に染まる。
 頭まで心臓になってしまったかのような鼓動の中……央の可愛い声が、ちょっとだけ棘を含んだ蔑みが、聞こえた気がして。

『無様だね、こんな紛い物を一生懸命扱かないと生きていけないだなんて、さ』

「うあぁぁっ!! やめ、やめてぇ央ぁ……あぁぁ……!」

 ずくん、と腰が重くなる。
 折角落ち着き始めていた蓋の下の質量が、また力を増して痛みを訴えてくる――

「ふふっ……ねぇ、央に管理して貰ってる妄想、いつもより楽しいでしょ?」
「ひどいよぉ詩……いてて……はぁっ、んっ、こんなの……」
「…………リアルすぎて、癖になる?」
「あたりまえ、じゃん……っ!!」

 だよねぇ、と笑う詩音の手も、ずっと止まらない。
 さっきから乳首を転がし、爪を立て、ぎゅっと引っ張り……そして時折耳の後ろから首筋をなぞる指は、多分央にされていることを妄想している仕草だ。
 さっきの幻聴もだが、毎日のように央と顔を合わせているせいか、妄想の再現度が飛躍的に上がっていることを至恩は思い知る。

(ああもう、当たり前だよ! そんなの堪らないに決まってる……!)

 だって、性別が違ったって自分達は「同じ」なのだ。
 ずっと、そう、心の奥底に閉じ込めていた願望が、現実味を帯びた今表に出てくるのだって、一緒に違いない。


「管理、されたい……詩にしてもらうのも、いいけど」
「うん……どうせなら央に、全部……管理されたいよねぇ……」


 二等種如きが大それた望みを抱きすぎだとは、重々承知の上だ。
 それでも、この首輪にぶら下がった鍵を央に預けてしまいたい。
 こうやって装具の中に一番欲しい場所を閉じ込めたまま、気狂いのように恥も外聞も無く解錠をねだるまで、央に好き勝手に弄ばれたい。

 そして、ようやく赦されたたった一度の絶頂も、あの小さな手で完全にコントロールされたら、なんて……
 こんな歪みきった想いを央に知られたら、今以上に幻滅されるに違いない。

『……この、ヘンタイ』

 そう思えば、央の声が、口の端を上げて笑う央の姿が脳内で再現されてしまう。
 ――だめだ、幻滅されてすら自分達は確実に興奮してしまう、どうしようも無いモノだった。

「これ、内緒だよ、央には……知られたくない」
「あはぁ、言えるわけないよね……いや、バレてあのゴミを見るような目で見られるのもいいけどさ……そんなことをねだったら、それこそ」
「央の懲罰もだけど……あの管理官様がすっ飛んできそうで怖いや……」
「ひっ、いやあぁぁやめてぇぇ!! 折角妄想に浸れる時間を壊さないでぇ!」

 絶対に、央の前で言っちゃダメだよ? と瞬時に真顔に戻った二人は指切りを交わし。
 でも、実質央に管理されているようなものじゃないかなぁと、詩音がぽつりと呟く。

「央が管理?」
「だってさ、リセットまでの最低期間も絶頂の回数も、全部央が決めてるんだし」
「まぁそうだよね、僕らもう央の前でしかリセットできないしさ」
「でしょ、だから私達はもう央に管理されてるんだよ! あはっ、これってさ……私たちの理想の形に到達しちゃったんじゃ無い……?」
「…………そっか。うん、央が全部管理してる……そうだよ、僕は作業用品、あくまで人間様の……央の道具として詩をリセットしてるだけだもんね!」

 脳天気な上に発情でバカになった頭ほど、始末の悪いものはなかったようだ。
 至恩の「自分達は央の道具として使われているだけ説」は、突っ込み不在の中あっという間に採択され「これはリセットの日が楽しみすぎる」「ねぇ、それならお互いに追い込むのもありじゃない? 央の道具らしく、さ!」とすっかり盛り上がってしまって。

「いや、ボクはキミを管理してなんかないから!!」
「どうしてキミはいつもいつも、ボクをキミの変態極まりない世界に引きずり込もうとするんだい!?」

 当然ながら区長室でも仕事をこなしつつ様子をモニタリングしていた央から、全力の突っ込みが入ったことにも気付かず、消灯の停止電撃(央による1.5倍増し)を食らうまで、都合のいい妄想の世界でその渇望を癒やし続けるのであった。

© 2025 ·沈黙の歌 Song of Whisper in Silence