第14話 戯れは制約に蝕まれ
『給餌を開始します』
「ひっ!! がは……っ!!」
「うぐ…………っ……も、やだぁ……!」
無機質な給餌時間を告げる脳内音声と共に、ドンと覚悟も決まらない全身に衝撃が走り、シオン達はその場に崩れ落ちる。
全身がビリビリと痺れ、まともに力が入らない。
お陰でたった数メートルの給餌場へ這いずるのも一苦労だが、システムにそんな事情を考慮する温情などあるはずも無い。
『給餌行動遅延につき、懲罰を執行します』
「「そ、そんなぁ……ひぎぃっ!!」」
ようやっとの思いでノズルをお尻に接続したと思えば、無慈悲な宣告と共に流し込まれるのは、あの鬼畜管理部長が好んで使う懲罰用の浣腸液で。
ああ、こういうのを泣きっ面に蜂って言うんだろうなと、二人は悶絶しながら悲鳴を懸命に噛み殺す。
ここは保管庫だけど、二人だけじゃ無い。
……下手に苦痛の叫び声を上げたら、傍で見ている「人間様」から更なる懲罰が飛んでくるに違いないから。
「はぁっ……はぁっ……苦しい…………っ……」
「至、食べないと……辛いの終わらない、よっ……」
思わず滲んでくる涙を必死に堪え、隣で突っ伏したまま動けない至恩を気遣いながら、詩音は目の前の餌皿に並々と注がれた疑似精液を啜る。
まだ取れない全身の痺れと、腹の中が全部出てきてしまいそうな浣腸の苦痛のお陰で味が分からないのは、唯一の救いかも知れない。
……いやもう、そんな些細なことで自分を慰めでもしないと、とてもやってられない。
「ううっ…………首輪が直ったのはいいけどさ……」
「ど、どうして……こんなことになっちゃったの……?」
――15分後、ようやく懲罰から解放された二人がその場に突っ伏したまま嘆くのは、首輪から放たれる散々浴び慣れた電撃の変質だった。
◇◇◇
人間様が二等種を呼ぶとき、給餌や移動の合図に落涙の自動懲罰……様々な場面で首輪から流される電撃が時折流れなくなって一月近くが経って。
けれどずっと秘密にしていた故障は、恐らく央によって発見・報告されたのだろう。この研究室が二人の保管庫となった日からは、一度も不具合を起こしていない。
あの最初の大災害からそろそろ3ヶ月が経とうとしているのに、未だ地上は落ち着きを取り戻していない事を、二人は相変わらずダダ漏れな管理官達の雑談のお陰で把握している。
だから首輪の不調は、そのいざこざで二等種の管理システムにも何らかの不具合が起こっていたせいと考えるのが順当だろう。
正直なところ、慣れた苦痛からの解放より痛みという合図が無くなる不便さとそれに付随する懲罰の苦痛が勝っていたから、修理されたこと自体は悪く無い。
何より人間様への隠し事という小さな反抗状態が改善したお陰で、変な不安もすっかり取れたしめでたしめでたし、だ。
二等種としてすっかり仕上がり、人間様への絶対服従が常識となったシオン達は、心からそう思っている。
……思ってはいるが、それにしたって限度というものはあるわけで。
「……これさ、今までの5倍は痛いと思うんだ……」
「うん、10倍かも知れない。まさかたかが合図のために、まともに動けなくなるレベルの電撃が流されるようになるだなんて……」
「他の作業用品達は変わり無さそうなんだよね……あのさ、僕らまたあの管理官様の機嫌を損ねたちゃった……?」
「ありうるけど、宣告もなしでやるかなあ……」
まだ何となく感覚のおかしい腕をさすりながら、二人は「機嫌を損ねるにしても、心当たりがありすぎて分かんない……」とがっくり肩を落としている。
そう、首輪の電撃機能は完全に復活した。
――ただし、何故かすべての電撃がこれまで懲罰電撃でしか流されたことが無かった強度に格上げされた上で。
せめて懲罰電撃の強度に変更が無かったのが、不幸中の幸いか。
懲罰電撃は最初から流されるだけでバイタルアラートが鳴るレベルだったから、流石にこれ以上威力を上げると命に関わると判断されたのだろう。
にしても、もうお前に与えるものは須く懲罰でいいだろう? と言わんばかりの容赦の無さったらもう。
いくら自他共に認める変態ドマゾ、性処理用品の適性の方が高い不良品であっても、容易に悦楽へと変えられるものではないのだと、声を大にして叫びたい。
……二等種如きには、絶対に言えないけど。
「はぁ……やだ……触るの止められなくてもいいっ、痛いの怖い……っ!」
「はっ、はっ、んっ……ごめんなさいっごめんなさい……お願いだから普通のビリビリで止めてぇ……」
カリカリ、カチャカチャ……
灯りが煌々と灯る研究室に響くのは、金属の擦れる音と、切羽詰まった嘆き声。
懲罰の苦痛が取れれば、貞操帯に覆われ渇望を溜め込んだ身体は、自然と股間に手を伸ばし腰を振り、報われない動きを繰り返す。
ただ、今までなら「辛いのに止められないのも美味しい」「電撃で無理矢理止められるって、いかにもモノ扱いなのがいいよねぇ」なんてすっかり無様な境遇に耽溺していた二人だけれど、数時間後消灯の合図と共に振り下ろされるこれまでとは比較にならない鉄槌を思えば、とても楽しみだけに脳を焼かれてはいられない。
かと言って、刻み込まれた尽きない衝動のお陰で自ら自慰を止めることは不可能だ。
結果、シオン達は毎日のように渇望と恐怖の入り交じった渦の中へと突き落とされ、自分達のマゾ性がいつかこの環境すら美味しいと飲み込めるようになることを切に願いながら、無意識に人間様への謝罪を叫びつつ自慰に励むのである。
(……あー、うん、ちょっとばかしやりすぎちゃったかもなぁ……)
そんなシオン達の醜態を、同じ部屋の中で書類片手に眺める小さな影が一つ。
……言うまでも無く、今回の「元凶」である。
「きもちよくなりたい」「もっと、もっとぉ……!」「でもびりびり、こわい……っ」と譫言のように呟き続け、それでも何とか封じられたいいところに刺激を届けようと奮闘するシオンにちょっとだけ憐憫の情を覚えながらも、央は(だって)と心の中で全力の言い訳を叫んだ。
(だって、あんまりキミが変態過ぎるからさ! 動揺してついうっかり加減を間違えちゃったんだよ!! …………まあ、それでもキミだから、いつか慣れるよね……慣れてよね、頼むから!)
◇◇◇
シオン達は気付いていない。
央により自分達の魔法を解明されたあの日、リセット時の手間を省くために刻まれた魔法が首輪では無く彼らのうなじに直接打ち込まれたことに。
(首輪の機能が中途半端に残ったのは……まぁ、明らかに常人とは異なる魔法だからそういうこともあるのかな……新しい知見だけど報告の上げようがないね、これは)
シオン達の首を覆う、分厚い銀色の首輪。
これは施錠するだけで二等種から魔法抵抗力を奪い取るのみならず、GPSに各種モニタリングや薬剤・魔法の装填、更には緊急時の処分機能まで備えた、非常に高機能な二等種用拘束具である。
見た目に反して軽量なこの首輪は、施錠すれば1時間もしないうちに内蔵された魔法によって内側が完全に皮膚と癒着する。
解錠するためには、金属に皮膚成分が一片たりともない状態にすることが条件となるため、一度嵌めれば首を切り落としでもしない限り外すことは不可能だ。
棺桶の中で命を散らした二等種を焼却処分後に灰の中から回収し、更に洗浄と滅菌を施してようやくその合わせ目を外すことができるのである。
何度かのアップデートは行われているが、基本的な機能は首輪が開発された500年ほど前から変わっていない。
どんな過酷な環境でも損耗せず、個体データを初期化すれば使い回すことも可能なため、初期型の首輪は今でもどこかの二等種の首に嵌まっているという。
まさにこの首輪は、人間による二等種制御の象徴と言えるデバイスなのだ。
――ただ、どこにでも変なことを考える人間はいるもので。
首輪の開発中から、好奇心故かもしくは下心からか、自ら着用したり誰かに着けたりする研究者は後を絶たなかったらしい。
その上製品として完成してからは、矯正局からこっそり持ち出して一般人に着用する事案まで発生したお陰で、当時地上では非常に大きな問題になった。
その結果、現在では首輪にセーフティー機能が実装され、魔力を持つ人間が装着した場合は全ての機能がほぼ全て動作しなくなるように作られている。
とはいえ、技術的に魔法抵抗力を下げる機能の排除だけは難しく、しかも機能が停止するだけで生涯外せないことに変わりは無いため、首輪を装着した(させられた)人間の未来は……あまり明るくは無いのだが。
ともかく、魔力を持っていればこの首輪はただの金属の輪っかに過ぎない。
だから魔法を発現した段階で、シオンの首輪はその機能の大半が停止している。
完全に停止しなかったのはシオンの魔法と魔力が想定外の理論で成り立つが故だろうが、これはこれでシオンの魔法の存在を秘匿したい央にとっては好都合だ。
(停止した機能は、二等種全体にかけられる汎用魔法と一部の自動電撃機能。性処理用品ならともかく人間による管理の割合が少ない作業用品なら、目立たない場所に直接魔法で刻んでしまえば十分誤魔化せる)
そう判断した央は、絶頂時に電撃を発動させる魔法を首輪に組み込む……ように見せかけて、シオン達のうなじに首輪の機能を補う魔法を全て刻み込んだのだ。
そう、全て。現在動作している機能が今後何らかの事情で停止した際には、首輪の機能を即座に代替するという念の入れっぷりである。
(貴重な被検体なんだ、こんなことで国に取り上げられちゃたまらないからね)
全てはこの災害の対策と並行世界の証明という壮大な研究を、誰にも邪魔されずに続けるため。
央は自らに言い聞かせるように、心の中で繰り返す。
……そこに下心があるかだなんて、考えてはいけない。そんなことは自分が一番よく分かっているのだから。
(やらかしたとは言え、一応この強度ならバイタルアラートは鳴らないから良しとしたけど……久瀬さんには一言入れておいた方がいいかな。この一週間、作業に支障が出たという報告は受けてないから大丈夫だとは思うけどさ……)
キーボードを叩きつつ、ちらりと部屋を仕切る透明な防護壁の向こうを垣間見れば、シオンは相変わらず目を爛々と輝かせ、しかし時折どうしようも無い切なさとこれから確実にやってくる苦痛への恐怖に顔を歪めながら、一心不乱に股間を覆う金属を引っ掻き、せめてもの慰めとばかりに胸を弄っている。
その姿はどこまでも浅ましく、惨めで……そう、人間ならばせせら笑って終わらせるべきものなのに……
(…………シオン……)
……ああ、だめだ。今日も執務室に帰ったらまず「自分」を何とかしないと。
このまま眺めていては仕事にならないと、央は昂ぶった己を叱咤しつつ書類に目を落とし、本音を隠すように心の中で独りごちる。
(でも…………失敗作でも無害化の効果は抜群だよねぇ……嫌になるくらいに、さ)
――もう一つ、シオン達は重大なことに気付いていない。
謎理論とは言え魔法が発現した彼らは、今やその気になれば人間様が使う転送陣を自由に利用できることに。
まして、今の彼らは他者の恐怖や不安という外部要因が必要とは言え、あれほどの災害を起こすだけの魔力を瞬間的に蓄えられるのだ。
少し考えれば、央を襲いここを破壊し、地上に逃げるなんて造作も無いはず。その身体に不可逆的に刻み込まれた発情はともかく、致命的となる排泄管理の魔法だって恐らくは無効化できるだろう。
だが、研究のために央が思考を読んでも、彼らの中にそういった企みは一欠片も見つけられない。
(……本当に、思い至れないんだ。魔法の教養を幼少期から叩き込まれているシオンでも……人間様に逆らうような思考は自動的に切り捨てられる)
12歳から約10年。
ありとあらゆる手法を用いて二等種をただの人間様のモノにしてしまう「無害化」は、各種加工と同様、魔法を発現したところで全く薄らぐ気配が無い。
彼らの頭上には厳然とガラスの天井が備え付けられ、飼い慣らされた心と体はその天井の存在にすら死ぬまで気付くことは無いだろう。
人としてのありとあらゆる権利を奪われ、気まぐれのように与えられたささやかな……楽しみと呼ぶことすら憚られるようなものを押し抱き、ありがたがる事だけを許された存在。
知識としては、二等種はここまで貶めなければならない有害なモノだと分かってはいても、スッキリ割り切れるほど自分はまだ大人にはなれていないらしい。
――あるいは、自分も別の意味で「異端」であるからこそ、どこか人ごとには感じられないのかもしれないけれど。
「…………本当に残酷なのは、どっちなんだろうねぇ」
央から思わず漏れたつぶやきは、それでも強者の側に立つ自分をどこか断罪するような色を帯びていた。
◇◇◇
「……というわけでさ、絶頂時に自動で電撃が発動するように術式を組み込んだつもりが、あまりの変態っぷりについ基準の電撃レベルを……」
「ああ、何の問題も無いっすね」
「無いんだ!? ほ、本当にそれでいいのかい……?」
翌日。
調教管理部長室を訪れた央は、いつものように上着を脱ぎ捨てソファに沈み込む久瀬と向き合っていた。
あの大災害ほどの規模では無いものの、明らかに頻発するようになった国土水没という前代未聞の事態に追われているせいか、久瀬の顔には疲労が濃く滲んでいる。
……忙しいのは央も同じだが、保護区の管理が主な業務である央とは異なり、二等種の調教業務をこなしながら災害対策という余計な仕事も押しつけられる調教管理部長には、同情を禁じ得ない。
(いや、これ……気のせいかな、さっき匂いを嗅いだ鼻がちょっとひりつく気が……)
今の彼の精神状態は、央がこの皿の上に盛られた赤い茶菓子に「口にしたら死ぬ」と本能的な危機感を覚えるレベルのようだ。
何とかして休ませたいところだが、残念ながら管轄違いの自分にそこまでの権限は無い。
「……キミさ、ストレスが溜まるともしかして激辛度を上げてない…………?」
「ん? ああ、言われてみればそうっすね。脳天気な作業用品と出来損ないの素体、なにより現場のことなんて何一つ分かっちゃいない官僚共相手に疲弊した心には、消化管が焼け付き明日に後悔を残すくらいの辛さがちょうど良い」
「いやいやいや、もっと身体を労りなよ! もはやストレス発散という名の自傷行為だよね、それ!!」
全力で突っ込みを入れながらも、央は本気で久瀬の嗜好を止めはしない。
その依存と呼んでも差し支えない激辛好きは、彼がこの保護区域に異動という名の実質左遷をされてからだと、昔本人から直接聞いたことがあるから。
……出来れば、同好の士にしようと何かにつけて誘われるのだけは勘弁願いたいが。
何にせよ、と久瀬はお手製の激辛チキンサンドを頬張りながら、央に実に良い笑顔を見せる。
「魔法の追加が1週間ほど前ですっけ。確かにその頃から首輪で呼ぶ度に悶絶して反応が遅れがちではありましたが……さっさと反応しなければ追加で電撃を流すと宣告したら、それなりに動くようになりましたし」
「へ、へぇ、そうなんだ……それで、作業に支障は」
「出ていません。出たとしても俺が適宜懲罰で何とかします。ですので、区長は心置きなくあれで遊んで下さい。いくら見知った二等種とは言え、あんな変態相手に真面目な研究だけじゃストレスも溜まるでしょうし」
「うんまぁ、正直予想外のストレスは溜まってるよねぇ。別にあれがどれだけ変態だろうと今更動揺はしないけどさ、どうしてあれは油断するとすぐに人を変態の同類へと引き込もうとするのか…………あ、あの、久瀬部長……?」
「……次はあのガバガバのケツに、この茶菓子でも詰め込んでやりましょうか。人間様の食べ物を分け与えられるなんて、きっと泣いて喜ぶに違いない」
「あわわ、気持ちは分かるけどボクは大丈夫だから、ちょっと落ち着こう、ね!」
(ダメだこの人、思った以上に精神的にきてるじゃないか!!)
いつも通りどことなくやる気の無い表情のまま、眉一つ動かさず物騒な懲罰を考案しかけた久瀬に、央は反射的に身を乗り出して制した。
親子ほど年が離れているせいだろうか、久瀬はここの区長に就任した当初から何かにつけて央を気にかけてくれる。特にあの大災害以降はその扱いが加速して、今やすっかり央の保護者(過激派)状態だ。
こんなナリだから庇護欲も沸くのだろうな、と央はいろんな意味で久瀬の好意をありがたく受け取り、少しの罪悪感と共に利用させて貰っている。
(正直、矯正局の監視をフリーパスにして貰えるのは……実にありがたいからね)
ごめんね久瀬さん、と心の中で謝りつつ、央は「今回の報告書ね」とデータを転送する。
言うまでもなくこれは123番の保管庫における素行報告書だ。検分や目視による監視を央が一手に引き受け定期的にデータを共有することで、あの研究室内での出来事は全て「何の問題もない」ことにして貰っている。
調教管理部としても、調教用作業用品としての性能はともかくあまりに作業用品らしくない123番に目を向ける機会が減るのは、文字通り渡りに船だったようだ。
久瀬も「まぁ何かあれば、AIによる作業用品自動管理システムが検知しますから」とあっさりしたものである。
……まさかその管理システムが、あの大災害を機にシオンを対象外にしているだなんて夢にも思いやしないだろう。
◇◇◇
二等種の全ての言動は、首輪を通じてシステムによる24時間自動監視・管理下に置かれている。
製造段階や製品種別によって懲罰となるレベルや人の手の関与度合いに差はあるが、管理という意味では幼体から性処理用品や作業用品まで一貫して同じ状況にあるのだ。
ただし、それはあくまで首輪が正常に機能していることが大前提。
魔法の発現と共に首輪の機能の半分以上が停止したシオンの管理は、早々にその事実に気付いた央の手で生存に関わる部分のみシステムが動作する形に書き換えられている。
(隠蔽処理は施したとは言え、流石に見つかるかなと心配していたんだけど……これについてはシオンのこれまでの言動に感謝だね、正直感謝なんてしたくないけどさ!)
調教管理部に於いて、不良品である作業用品への管理官の関与は「使用時」すなわち作業時間のみが原則。
まして、散々人間様を悩ませてきた超弩級の変態不良品を、好き好んで眺めようなどという変わり者はいない。
……いや、ここに一人いるが、そこは見なかったことにして。
「データ確認しました。特に変わりはないっすね、いつも助かります」
「研究のために便宜を図って貰ってるんだし、このくらいはね。じゃあ、また……あー1時間後に再会か、地上で会議が入っているや」
「もう勘弁して欲しいっすね……俺もいい加減製品作りに集中したい……」
何にせよ全てをシステムに頼りきりであるが故に、そして長年何の問題も無く運用してきた実績により、彼らは想定外の綻びに気付くことすらできない。
普段の言動とは対照的に勘が鋭く有能な久瀬をして、この状態だ。これならシオンの異変は当面は隠蔽できそうだと、央は心の中でほっと胸をなで下ろすのだった。
◇◇◇
人間様がどうしてあそこまで二等種をモノとして扱えるのか、今の自分達にははっきりと分かる。
確かにこれは、この施設に置かれた備品の足元にも及ばない「モノ」だ――
「あがっ……!! もうやだあっ、逝きたくないぃっ!!」
「はぁ? あんなに気持ちよくなりたいですって言ってただろうが! ほら、存分に絶頂を味わえよ。気絶したら、死ぬほど怖くなるオクスリをぶち込んでやるからな!」
「いやあぁぁっ!! 助けて……おねがいします調教師様、助けてください……っ!」
「え-、そんな勿体ないことを……折角いくらでも絶頂できるんだし、たっぷり楽しんだ方がいいよ? はぁ、ほんっと羨ましい……」
「ひいぃっ、そんな……んあぁいぐっ……!!」
「…………シャテイは相変わらず無自覚にキレッキレだな……」
「?」
余りの苦痛に懇願してきた素体に、ちょっぴりどころでない羨ましさを込めて笑顔を返せば、素体は絶望をその瞳に浮かべ、作業用品は「まぁシャテイだもんな」と苦笑する。
そしてシオンは「なんだかなぁ」と嘆息しつつ、熱っぽい視線を素体達に送りながら淡々と強度を調整するのだ。
全てはいつもと変わらない、調教用作業用品としてありきたりな日常の一コマである。
「かしこまりました、管理官様。……はぁ、掛け持ち先を見に行けってよ」
「あーあお気の毒様。にしてもさ、心なしか前より作業用品使いが荒くなってね……?」
最初の災害から暫くは滞りがちだった管理官からの指示は、ここ2週間ほどでようやく元のペースに戻ったようだ。
作業用品達は復活した忙しさに「元に戻っちゃった」「ちょっと暇なくらいが良かったのに」と実に残念そうである。
そこに、何故指示が滞りがちだったのかと疑問を抱くだけの思慮は存在しない。
彼らは地上の大惨事など何一つ知らず、知ろうともせず、相も変わらず性に塗れた単調な日々を堪能するだけだ。
「いやぁぁっ、もう逝きたくない!! 止めて、お願い止めてぇ!!」
「あーもううるせぇな、その喧しい口塞いで……あ、塞いでいいんすね! ありがとうございます、管理官様!」
「そんなっ、おねがいむぐぅぅ……っ!」
今日、この訓練室で行われているのは絶頂管理機能の実装である。
熱気が籠もる部屋の中ではいつも以上に咆哮がひっきりなしに上がっていて、拘束具を引き千切らんがばかりに暴れる素体と言い、さながら地獄絵図のようだ。
この機能の実装は、機械的に身体を連続絶頂させ、余りの刺激に脳が意識を落とせば死にそうなほどの恐怖を与えて無理矢理覚醒させるという拷問じみた手法を採る。
これまで絶頂を禁じられていた素体達は、訓練とは言え絶頂という名前がついていることにほんの少しの期待を抱き、そしてたった数分の内にそれを絶望へと塗り替えられる。
一週間もすれば、素体達は「イケ」のコマンド無しにはどれだけ刺激しても絶頂を得られず、またひとたびコマンドを入れられればどんな状態であっても即座に絶頂し、最低でも1時間程度の連続絶頂では気絶すら出来ない身体へと変えられてしまう。
勘のいい個体は既にその事実に気付いているのだろう、周囲の素体より絶望の色が深い。
「おーおーいつもながらいい光景だなぁ! シャテイお疲れ、交代時間だぜ」
「あ、もうそんな時間なんだ……ふぅっ、も、申し送りを……」
「……おいおい大丈夫かよ、相当キてるな? それ、連続何日目だっけ」
「じ、11日目……」
「…………おう……強く生きろよ……」
苦痛と絶望の最中にいる素体の傍で、作業用品達は皆ご満悦な様子だ。
彼らにとって調教作業は趣味と実益を兼ねた天職なのだから、当然と言えば当然か。
シオンもまた、彼ら同様に興奮に目をギラギラとさせ悩ましい吐息を漏らしつつ作業に励んでいる。
――まあ、その意味するところは正反対だけれど。
(いいなぁ……逝けるの、ほんっとうにいいなぁ……)
頭の中に、かつて得た自由気ままな絶頂の瞬間が何度もフラッシュバックする。
今となっては思い描くことしか許されない、あの恍惚とした瞬間を求めて、また封じられた器官が疼き出す。
まずい、そう思っても一度発火した思考は渇望の叫びを止められない。
「はぁ、っ…………」
何の前触れも無く突然絶頂の瞬間を連続で叩き込まれ、その快楽も余韻も苦痛で塗りつぶされる状況で意識を落とすことすら許されない素体達の境遇は、今のシオンにとっては喉から手が出る程欲しくてたまらない夢のような責めだ。
自然と息を荒げ、本来作業中には溢れないはずの淫らな体液を股間から垂らすのも、致し方ない。
(苦痛に変わったっていい、その瞬間が羨ましくて……ああ、分けて欲しい……っ!)
連続絶頂……多分、自分には生涯許されない贅沢な概念。
禁じられた行為はどこまでも脳内で美化され、強い憧れと共にシオンを煽り続ける。
(欲しい、刺激が、欲しいっ……だめ、装具の上からでも触ったら、管理官様から懲罰……っ!)
股間をまさぐらないよう、鞭を握る手にグッと力が入る。
そんな様子に遅番の担当からは「シャテイ、すげぇ欲求不満がダダ漏れだぞ? マジでいつか俺達に襲われそうだよな」と冗談めかして言われ「それは勘弁」とちょっと引き攣った笑顔を返しながら、シオンは煩悩を全力で振り払い、いつものように引き継ぎを始めた。
――虚ろで出来た様にしか見えない存在達に混じる、性癖以外でも二等種の定義から大きく外れた自分に、どこか違和感と小さな悲しみを覚えながら。
◇◇◇
(それにしても……本当に『モノ』にしか見えなくなるだなんて)
逝き狂う素体とそのデータを供覧しつつ、シオンの欲情に塗れた瞳はそっと周囲を見渡す。
あれから何十回と確認したけれど、その風景はいつだって変わらない。
魔法を発現したあの日から、目の前にいる作業用品達も、拘束台で泣き叫ぶ素体達も、今のシオンには「欠けた」存在としか捉えられなくなってしまった。
……それは、幼体時に散々聞かされ、しかし全く理解不能だった概念を一瞬にして把握させられたかのような衝撃で。
始めてその事を自覚した日は、言葉に出来ない感情が渦巻いて二人してまともに眠れなかったのを覚えている。
(分かってる。彼らは何も……そう、何一つ変わっていない)
それは敢えて例えるならば、彼らだけ色を失ったかのような空虚さ。
この世界に満ちる魔力という輝きを内に一欠片も持たず、そこだけが世界から切り取られているかのような違和感。
身につけている首輪や鞭からは魔力を感じるだけに、余計にその存在の異様さが際立っている。
(……ただ、自分の『見方』が変わっただけなのに)
その口から発せられる言葉には、魔力が全く乗らない。
魔法が発現した今となっては、あの無味乾燥に感じられるAIによる人工音声ですら魔力を帯びていて、目の前で欲情し、もしくは絶望している彼らの激情たっぷりの音よりずっと「自然な声」らしく聞こえる始末だ。
なるほど魔法が発現した状態で二等種を認識すれば、それが同じ生き物に見えないというのは比喩でも何でも無かったのだと、シオンは地上にいた頃時折両親から向けられていたなんとも言えない怯えが混じった眼差しを思い出す。
多分、魔力を発現する前の子供達もこれと同じように見えているのだろう。
ただそれは、あくまでも成長の途上として存在を許されているだけで……だからこそ、早々に魔法を発現して「人間」になる事を大人達は望み、喜ぶのだ。
(気持ちは分かったけど……納得は出来ないよね)
保管庫で互いに一致した感想を、シオンはそっと心の中で繰り返す。
確かに世界はがらりと変わり、地下に閉じ込められた同士達は異質なモノにしか見えなくなった。
かと言って、シオンに彼らへの優越感や侮蔑といった感情は一欠片も浮かばない。
そもそも変わったのは彼らでは無い。
異質と断じるべきは、むしろ自分の方だと思っているから。
そして――ほんの3ヶ月前までは、自分だって同じモノであったから。
「こんな所かな。明日には絶頂禁止機能を入れられると思う」
「だな。今夜中に第一段階はクリアさせよう。シャテイも辛いだろ? ずっと絶頂してるのを見るのは」
「あはは、流石に来るね……はぁ、リセットの日が遠いよ……」
「お気の毒様。ま、俺らはシャテイのそんな姿もいいオカズにさせて貰ってるけどな!」
「えええ、それは趣味が悪すぎでしょ……」
いつも通り和やかな会話を終え、使用時間が終了したシオンは運動場へと転送される魔法に身を任せる。
少なくとも作業用品との関わりは、何も変わらない。変える必要も無い。
以前クミチョウが話していたような、堕とされであっても人間の要素があるなら誰もが抱くという二等種に対する本能的な恐怖感は、魔法が発現した後もシオンの中に生じなかった。
だから自分は、魔法が使えても二等種であることに変わりは無いと、何の疑いも持っていない。
(どうしても『普通』から外れるのは、もうお約束なのかな……なんだかなぁ)
はてさて、今の自分は人間様から見ればどう映っているのだろうかとシオンは思いを馳せ、しかし未だ央以外の人間様に魔法の発現がバレていない段階でお察しだと、さっさと自己完結するのである。
◇◇◇
その夜。
とある保管庫では、全身にタトゥーを纏った目つきの悪い作業用品と、どことなくやる気の無い様子の管理官が向かい合っていた。
……向かい合うと言っても、作業用品は地べたに這いつくばり、管理官はその頭を踏みつけているのだが。
「……で、上も下も変わりは無いか」
クミチョウの頭に革靴を載せたまま、久瀬は感情の覗えない表情のまま静かに言い放つ。
この管理部長は、どうしても検分の時には自分の頭を踏みつけたいらしい。他の作業用品と同じ扱いをしてくれる日は来なさそうだな、とクミチョウは心の中で吐き捨て、しかしそんな感情はおくびにも出さず「いつも通りっすね」と応えた。
「管理用も調教用も、ちょっと前まで暇になっていたのに、元に戻っちまって残念がってますよ。後は……M021Xが一昨日『覚醒』したのと、シャテイが時々ものすごい色気を振りまいて、周りがすっかり盛ってるくらいっすね」
「……全く、不良品は平和なものだな。ちなみにお前も、あの懲罰の終盤は同じ顔をしているぞ。二等種同士の性的コミュニケーションを禁じていなければ、とうに襲われていただろうな」
「うっそだろ、それは知りたくなかったわ……」
淡々と交わされるのは、クミチョウによる「監視」の報告だ。
こうやって検分という名目で(いや実際に検分は行われるのだが)やってきた久瀬に、管理官からは見えづらい作業用品達の細かな様子を伝える……作業用品としてここに配置された日から密かに久瀬によって命じられた、クミチョウのもう一つの「使い道」である。
久瀬曰く「お前は堕とされで天然モノに比べれば頭も回るし、裏社会を見てきた分二等種の事情にも詳しいから」選ばれたそうだ。
クミチョウとしても、特に断る理由は無い。そもそも二等種にそんな権利は認められていない。
それは反対の立場から十分地上で味わったからこそ、彼は特段の反抗も無く久瀬に従っている。
「……にしても随分疲れていそうっすね、管理官様。最近指示も妙に遅れがちだし、いつも以上にやる気が無さそうな声だ」
「お前にまで見抜かれるとは、相当だな…………これだけ訳の分からない災害が続けば疲れもする」
「…………災害?」
訝しげに問うクミチョウに「地上は碌でもないことになっているぞ」と久瀬はうんざりした様子で口を開いた。
監視という余計な使い道の見返りなのだろうか、久瀬は時折地上の話をクミチョウに聞かせる。
話は地下と同じくそこまで代わり映えは無いが、彼が二等種に堕ちた頃には無かった技術やサービスの話はまぁ、何の役にも立たないとは言え興味深く受け取っている。
だが、今回の話はそれらとは一線を画す深刻な事態だった。
3つのエリアが何の前触れも無く突如水の底に沈み、今も二週間おきにこの国の……いや、世界中のどこかで陸地が沈み続けているという謎の自然災害。
どの国も災害の復興(といっても沈んだものはどうしようもないが)と原因究明に躍起になり、一般人の間には「次に沈むのは、自分の所かも知れない」といううっすらとした不安が蔓延していることを、久瀬はつれつれと語る。
そこに、特別な感情は感じられない。
二等種相手に漬け込まれるような隙は一切見せないように、管理官として訓練を受けているだけのことはある。
魔法を奪われる前なら、ちょっとはそこに乗る感情を知れただろうになとクミチョウは思うが、そんなものは今更だ。
「しかしそんな重要な話を、二等種に話しても問題はないんすか?」
「なに、話したところでお前に何が出来るわけでも無いだろう」
「それはそうっすね。第一、俺は親父もお袋も兄貴分達もみーんな部品かモルモットになっちまったし、地上がどうなろうと知ったこっちゃねぇっすから。誰かさんのせいで、ね」
「………………」
クミチョウのどこか揶揄うような言葉に、しばしの沈黙が保管庫に流れる。
心なしか頭を押しつける久瀬の足に、力がこもった気がした。
……クミチョウはただ、次の言葉を静かに待つ。きっと、それもいつもと同じだから。
「…………俺は、謝らない」
ややあって久瀬の言葉から発せられたのは、その意味とは裏腹にどこまでも苦しげな音を持つ言葉だった。
ああ、きっとこのだるそうな管理官は、この瞬間唇を噛みしめ、己がそう断じる「罪」に向き合っている。
(二十年は経つってのに、ったくよ……)
クミチョウは内心ため息をつきつつ「それ、何百回目っすかね」と返す。
この応答も、彼らにとってはもうルーティンのようなものだ。
今までも、これからも、きっとどちらかがこの保護区域から去る日まで、このやりとりは変わらない。
――そして恐らくは、クミチョウが壊れる日まで彼がここを去ることは無い。
「別に、謝ってもらう必要はねぇっすよ。親父達は管理官様が告発するに足るだけのことをやってきたし、俺はあんたを恨んじゃいない。……懲罰の時以外は、っすけどね!」
「それも何百回目だろうな。そんなに懲罰が恋しいならいつでも……と言いたいところだが、災害のこともあって仕事が山積みでな。当分は遊んでやれん、命拾いしたな」
「ったく、油断も隙もありゃしねえ……」
「元の素行が大概だったお前には、何がなくとも継続的な懲罰が必要だからな、ありがたく思え」
「へいへい、感謝してますよ管理官様」
(いい加減、吹っ切りゃいいのによ……)
用を終えた久瀬が部屋を去り、クミチョウは頭の泥を払いながら今度こそ大きなため息をついた。
あの管理部長の言動はどこまでも人間様らしいが、そのやる気の無さそうな外見とは裏腹に、中身は随分とクソ真面目なのだ。
とはいえ、その真面目さの発揮方法がおかしいせいで、クミチョウは毎度周囲より殊更厳しく理不尽な懲罰を食らう羽目になっているのだから、たまったものでは無いのだが。
「『非常に稀な堕とされの不良品、しかも元極道の息子ともなれば、少しでも反抗的な態度が出ないように厳格な調整を施すのが俺の責務だ』ってよ……どれだけ拗くれた親切だよ……」
本当に、許されるのであれば全力で突っ込んでやりたい。
いい加減に、お前は俺から解放されるべきだと。こっちは本心で恨んでいないと言っているのだと。
だが、それが通じる日が永遠に来ないことも、クミチョウは分かっている。
自分は堕とされとはいえ、二等種だ。人間様にものを言う権利など無いし、例え言葉に出来たとて二等種の言葉を額面通りに受け取る人間様など存在しない。
……かつての自分だって、そうだったから。
「はぁ、気が済むまで付き合ってやるしかねぇんだよな……困ったおっさんだぜ」
『誰がおっさんだ? ああ、あの変態個体に触発されて貞操具が恋しくなったのならそう言えば』
「げっ、も、申し訳ございませんっ!!」
全く油断も隙もありゃしねぇ。
クミチョウは頭の中に響くだるそうな声に対して心の中で独りごちながら「貞操具だけはお許し下さい!」と己の体液で泥濘んだ床に額づくのだった。
◇◇◇
「明日……ああっ、明日が遠いっ……!」
「触りたい、触りたい、ちょっとでいいから……自分で触りたいよぉ……!!」
いつもながらリセット前日の研究室は、異様な雰囲気に包まれている。
一心不乱に股間をかきむしり、玩具をしゃぶり、扱いて刺激した気になろうと努力するシオンの熱に当てられながら、央はデータを黙々と打ち込み、明日のリセットに向けた観察の準備を整えていく。
(にしても……思った以上に耐久度が高いね。保管庫ではこの有様だけど、最大懲罰期間を超えた管理でも作業自体に問題は生じていないだなんて)
流石は希代の変態個体だね、と央は心の中でそっと呟く。
人間と異なり飛躍的に性欲を高められ、しかも精神的な絶頂の満足感を取り上げられた作業用品において、貞操帯での管理は一般的には10日間が限界、これまでの経験から最長は1ヶ月だったと以前久瀬が話していた。
そもそも、今ではどの保護区域でも一般的になった貞操帯による自慰禁止を作業用品の懲罰として初めて採用したのは、ここに赴任したての久瀬だったと聞いたことがある。
「もっとこちらで制御が必要かと思いましたが、区長が上手く飼い慣らしてくれているお陰で助かっています」と褒められるあたり、彼にとっても今のシオンはいい方向に想定外なのだろう。
あの疲労を滲ませた笑顔の前では、ボクは特段何もしてないよとは流石に言い出せなかったな……と、央は目を血走らせたシオンに目をやった。
(まあ、今のところ管理は順調。研究の方もまずまずってところだね。そろそろ並行世界の観測と証明に着手したいところだけど……あと3ヶ月は様子を見たい)
2週間の装着はこれで何回目だったか。
最初の頃は1週間を過ぎれば保管庫ではまともな意思疎通が難しくなるほど渇望に翻弄されていたが、今ではすっかり慣れて……いや、相変わらずその手が止まることは無いけれど、向こうの世界のシオンと時折笑みを浮かべながら話すくらいの余裕はあるようだ。
ほら、今日もシオンは妖艶な、それでいて自分には決して向けない無邪気な笑顔で、見えないトモダチに話しかける。
……そこは自分には入っていけない領域だと分かっていても、少しだけ胸が苦しい。
「はぁっ……でもさ、明日はリセットだって分かってるから、今日はちょっと気が楽じゃない?」
「それ分かる、辛いのは1週間過ぎてから昨日までだよね……でも、このくらいがちょうど良いよ」
「だね、絶望も辛さも、リセットの気持ちいいのも全部バランス良く堪能できるって意味では二週間って一番いいのかもね……あ、でもそのうち慣れてきそうだよねぇ」
「慣れるよ、絶対慣れるって! だってあの我慢大会だって、途中で飽きてたんだから!」
(はい!? キミ……あのとち狂った我慢大会に飽きてたの!!? ……バカなの!? いや、超弩級のヘンタイだったか!!)
…………うん、前言を撤回しよう。
ボクは変態の領域に足を踏み込む気は無い、むしろ入っていけなくて万々歳だと!
(前々から思ってたけど、キミ明らかにこの状況を楽しんでるよね!? 分かってるの!? キミの性癖は人類の深刻な危機に関わっているんだけど!!)
嬉しそうに語るシオンに懲罰電撃を落とし思わず怒鳴りつけたい衝動を、央は必死に押さえ込む。
どれだけ主張したところで、シオンは二等種だ。それも地上になんの未練も持たない、並行世界のトモダチ以外を自分の世界に置かないような、孤独なモノなのだ。
どれだけ人間側の事情をぶつけたところで、一般的な二等種以上にシオンの心に本当の意味でその深刻さが響くことは無いだろうから。
それならば、今のままでいい。
彼らにとっては性癖を満たすただの遊びのまま、壊れるその日まで脳天気に堪能してくれた方が、こちらとしても都合がいいのは事実だ。
幸いにも今のところ、地上は国内に限れば二週間おきにどこかの地域で2-3軒が水没する程度の被害ですんでいる。
……いや、十分な被害ではあるが、最初のことを思えば些末事だろう。
このまま被害をコントロールしつつ、更なる減災を、最終的にはシオンのこの魔法を押さえ込む。
そうすればシオンは、こちらの思惑からも解放され、本当の意味で純粋に性癖を満たせるようになるのだ。
(二等種という存在からキミは自由にはなれない。だから、せめて……性癖を満たすくらいは、自由に……)
そんな央の秘めた想いは、残念ながら明日のリセットですっかり変なテンションになっているシオンには届かない。
「だからさ、慣れてきたら期間を延ばそうよ! 常に限界にチャレンジしてこそ貞操帯管理は楽しいんだし、さ!」
「それ、人間様が許してくれないと始まらないよ? ……ああでも、最低期間が2週間だから、大丈夫なのかな」
「延ばす分には問題ないでしょ! それに」
内緒の話は、すっと念話に切り替わる。
魔法の発現からそろそろ4ヶ月が経とうとする今、シオン達はその微弱な魔力ですっかり魔法を使いこなしていた。
と言っても万が一の発覚を回避するため、央によって許されているのは念話と管理官達から漏れる話を聞き取るくらいだったけれど。
(……こんな変態な装具をさ、辛いのにずっと着けっぱなしにしてたいです、なんて言ったら……きっと央が)
(あは、またあのゴミを見るような目で冷たくヘンタイって罵られちゃう……最近ご無沙汰だもんねぇ)
にまにましながら交わす念話は、しかし当然のごとく研究者でありシオン専属の監視者でもある央には筒抜けなわけで。
「ふぅん……そんなに汚物を見るような目で見られながら酷い目に遭わされたいんだぁ……」
「え、あ、あのっ、人間様……?」
コツコツと靴の音を響かせて、央がこっちにやってくる。
その笑顔には、明らかな怒りが滲んでいて……まずい、これは実に嫌な予感しかしない。
案の定、その予感は的中して。
「ならさ、明日のリセットは取りやめにしよっか。限界を見たいんでしょ? ……この、ヘンタイ」
「…………へっ!? その、ヘンタイはご褒美でありがとうございますだけど、ええええ!?」
「いやっ、そこもご褒美で無くていいんだけどな!」
((あああ、やらかしたあぁぁ!!))
ああ、央と同じ空間にいるとついつい気が緩んでしまうようだ。
これは完全な失態だとシオンはさっと顔を青ざめ、慌ててその場に土下座して「申し訳ございません人間様っ!!」「もうその靴で、頭とか股間を踏まれたいって望みませんから! お願いします明日リセットして下さいぃ!」と謝罪がてら余計な欲望を叫んだお陰で、きっちり1週間の延長というお仕置きを食らうのであった。
……でも、思い返せばこの頃は本当に「遊び」だったのだ。
地上が滅ぼうが自分達の世界には関係が無いと諦観し、目の前にやっと差し出された享楽を存分に満喫し……こんなやらかしすら嘆いているようで、どこか楽しんでいた日々。
金属に覆われたもどかしさと共に、壊れる時までずっとこんな生活が続くのだと、暢気に思っていたのに――どうしても運命の神様とやらはデレることを知らないらしい。
◇◇◇
「はぁっはぁっ……んっ、おねがいしますっ……人間様、これ、外して……おねがいします……!」
「はいはい、焦らなくたって今日は外してあげるってば。まったく、これじゃ盛りのついた犬状態だね、ってなんでそんな嬉しそうな顔をするのさ!?」
「ひっ、犬って言われて喜んでごめんなさいっ!! 許して下さいどうかリセットだけは……!」
「ああもう、分かったから! 早くどっちからリセットするか決めてよね」
央の少し苛立った言葉に、シオンはぱぁと表情を明るくし、早速トモダチと相談を始める。
どうやらリセット直前にして突然ゴールをずらす所業は、至恩達に思った以上の絶望をもたらしたようだ。
たった一週間、されど一週間。
期待を裏切られた身体は得られなかった安息に咽び泣き、これまで以上に日常のありとあらゆる隙にその激しい衝動をぶち込んでくる。
これがずっと保管庫の中で過ごせる時間であるならば、まだマシだっただろう。何せこの空間の中ではケダモノであることを許されているのだから。
なまじ、道具として正常に動作しなければならない時間の方が長いから苦痛は強まるのだと、二人はこの一週間文字通り「痛感」させられる羽目になったのだ。
(久瀬さんも容赦ないなぁ……わざと利用せずに廊下で晒し者にして、うっかり貞操帯に触れる度股間に電撃を流すだなんて。まぁ、お陰でその様を見物させられた作業用品や素体も従順になって良かった……のかな?)
なるほど、確かに貞操帯とは日常の中に潜む檻だと央は実感する。
ただ装着し、施錠し、時折ご褒美の快楽を与えるだけで相手を――恐らく人間相手もでも同じだろう――じわじわと服従に追い込む、残酷な檻だ。
性欲という牢獄に囚われた作業用品を人間の意のままに操るのに、これほど簡便で効果的な装具はそうそうないだろう。久瀬が懲罰として採用したのも頷ける。
そもそも貞操帯が本来想定していた日常とは、二等種にとっての欲情に塗れた保管庫生活ではなく、人間様の定義によるものである。
そう言う意味では、彼らはこれまで以上に貞操帯の真価を思い知り、かつてから抱いていた望み通り骨の髄まで堪能した訳だが……流石に性に狂った心身には、少々仕置きが強すぎたと見た。
(あーあー、こんなに必死に縋っちゃって……実に惨めだね)
人間様と、二等種。
厳然たる種族の差がありながらも、これまでのシオンはトモダチと話す念話の中ではどこか昔の対等な関係を匂わせていた。
だが、リセットの延長を央に言い渡されたことがきっかけで貞操帯は本来の効能を発揮し、じわじわと管理者への従順で心を蝕んでいく。
それが証拠にこの一週間で、彼らは念話の中でも「央様」と想い人を敬語で呼び、央をその性癖を満たす妄想のお供では無く文字通りの支配者と無意識に見做して、何かと彼に阿り不十分な解放を得ようと模索するようになっていた。
ちなみに、央への恋心が消えたわけでは無い。あくまで明確な支配者としての役割が追加されたとでも言えばいいだろうか。
(…………いや、そもそも念話でもボクの事を名前で呼ぶこと自体がおかしかったんだ)
これは良い兆候だ、そう央は己に言い聞かせる。
二等種たるもの、例え心の中だろうが人間様と対等であると勘違いするような振る舞いは許されないのだと。
今回のリセット後に呼び方が元に戻るかどうかは分からないが、戻らない方がいいのだ……この世界の常識からすれば。
そう、一抹の寂しさには、蓋をするのが人間様として正解なんだよ――
そっと浮かんだ思いを振り払えば、央の胸がつきりと痛んだ。
◇◇◇
「はっ、はっ、はやくっ、詩っ早くぅ……!」
「落ち着いてって至、そんなに動いたら外しにくいよぉ」
(だって!! もうこれ以上我慢なんて、出来ないんだもん!!)
無意識に放逸を求めてカクカクと情けなく動く腰が止められない。
その度に戒めの鎖は無機質な音を立て、何があっても自ら快楽を得られない事実を至恩に突きつけてくる。
いつものように、このどうしようも無い状況に昏い悦びを覚えるほどの余裕はとても無い。
今の至恩の胸に過るのは、この金属の下で解放を待ちわびている分身への刺激の希求と、例え覆いを外されても思うがままに快楽を貪れない絶望、そして……少しの安堵感だ。
(これなら……僕がおかしくなったって、詩も央様も絶対に傷つけなくてすむから……)
これまではリセットの度に施される過剰とも思える拘束に「ここまでしなくたって、詩に乱暴なんてしない。まして、人間様を襲うなんてありえないのに」と内心ぼやいていたが、今回ばかりは確かに必要だと至恩は己の股間に延びる詩音の手を瞬きもせず見つめながら、この拘束具を用意した央に感謝の念すら抱いていた。
貞操具を外すときは、厳重な拘束を――
これは貞操帯管理における基本的なルールだ。
単に自らの性器に触れられないようにするだけで無く、渇望に頭を焼かれた装着者がうっかり管理者(キーホルダー)に危害を加えないようにするためにも、拘束は必須となる。
まして、貞操帯の装着者が二等種、そしてキーホルダーが見た目は10歳かそこらの子供にしか見えない非力なふたなりともなれば、万が一を考え拘束は強固にならざるを得ないだろう。
「はぁっ……はっ、はぁっ……」
「あんまり暴れると首が締まるよ、至」
「だ、ってぇ……もう、がまんできない、しっ……この体勢、辛いぃ……」
至恩は、床から生えた十字の金属フレームにその身体を戒められていた。
十字架のてっぺんは首輪と繋がれ、頭の高さを変えることを許さない。
腕は横に渡されたフレームを背中に抱え込むように回され、腰に装着された金属のベルトに両手首を繋がれている。
膝のすぐ上には腿枷が嵌められ、左右の枷は金属バーで繋がれているから、太ももを閉じることも叶わない。
ベルトは足枷とも短い鎖で繋がっていて、至恩は膝立ちの状態から立ち上がることもその場に屈み込むことも出来ないのだ。
目や口は塞がれていない。この辺はその時のオプションでどうするかを決めているが、少なくとも至恩は目だけは塞がれない方を好んでいる。
だって、視覚情報があった方が……より興奮するし、そしてより絶望できるから。
「せめて、ボクにも向こうの様子が観測できるようになるといいんだけどね……123番、今キミのトモダチはどうなっている?」
「あ、えと、至は拘束完了してます。ここに貞操具が」
「……んー、やっぱりキミが指で触れるだけじゃ見えないか。向こうの世界のものは手に持たないと……じゃあ、トモダチから鍵を取って、外して」
「はい」
期待と興奮で瞳孔を開き、涙目で息を荒げる至恩に「外すよ」と声をかけると、詩音は慣れた様子で鍵を貞操具の南京錠に差し込む。
そしてカチリと小さな音をたてて外れた南京錠と、プレートとリングを合わせていた小さな金属バーを引き抜き、慎重にプレートを外した。
何度も経験して大丈夫だとは分かっていても、ずっと金属の蓋の下に押しつけられているものだから、トモダチの先端とプレートが首輪のように癒着していそうで毎回ちょっとドキドキしてしまう。
「んうぅっ……!」
「はぁ、どろどろだねぇ……ちょっと臭う、かも」
「ううっ、やだ詩っ、言わないでぇ……汚いの見ないで、臭いも嗅いじゃやだぁ……っ!」
「それは流石に無理かな。ふふ、至のおちんちん、お外に出られて嬉しいって、ぴくってしたよ」
「ぁ……っ……」
毎日物理的にも魔法でも洗浄はされているけれど、どうしても少しずつ汚れは溜まるらしい。
ずるりとカテーテルを引き抜けば、半透明のカテーテルには明らかに白い汚れが浮いていた。
央曰く、貞操帯の構造上詩音の方が清潔は保ちやすいのだそうだ。
確かに水で汚れを落とすことは難しいけれど、人工物と皮膚粘膜が触れている部分が少ない分、魔法での洗浄で十分対応できるのだとか。
「向こうのボクに貰った資料に、オスの貞操具は4週間に一度カテーテルの交換が必要だって書いてたけど……メスはこの形ならずっと着けっぱなしだって問題ないよね」なんて言われて、思わず鼻血を出した日が懐かしい。
ただ突如の装着延長をようやっと終えられる身としては、永久装着は流石に妄想の中だけにしておきたいと切に願っている。
(ん……三週間だと臭いが強い……向こうの央様、先に洗浄してくれるかな……)
すえた臭いは普通なら顔を顰めたくなるなのに、至恩のものだと思えばそこまで気にならないのは何故なのだろうか。
とは言え、これだと至恩は臭いが気になって折角の刺激に集中も出来ないだろうと思案していれば、そこは央が汲み取ってくれたのだろう。
至恩がほっとした様子で「詩、人間様が……一旦洗浄するから、ちょっと待ってって」と腰を揺らしながら教えてくれた。
「良かったね、至。……あ、洗浄で出しちゃだめだよ? 今日は」
「う……うん! 今日はいっぱい寸止めして貰うんだし……ってひいぃっ!? そんにゃっ、ちんちんの中までごしごしすりゅのきいてにゃいいっ!」
「……あー……頑張って、至……」
(うわぁ、ブラシ? あんなの突っ込まれて洗浄するなんて……はぁ、いいなぁ……洗浄とは言え、央様の手で責められるなんて)
どうやら余りの汚れに、至恩の世界の央はまず物理的に洗浄することにしたようだ。
詩音からは向こうの央の手が見えないから、鎖をガチャガチャ鳴らして嬌声を上げる至恩の中心に何やらぬめりを纏った細い触手で出来たブラシのようなものが、ずるずると勝手に出入りしているだけだ。
以前あれを使われたときには「終わらない射精と、無理矢理それを戻されるのを繰り返されているみたいで……飛んだね、正直」と至恩が恍惚とした顔で教えてくれたっけ。
詩音としては、央の慈悲の無い洗浄によりうっかり達して、泣きながら再び蓋をされる羽目にならないことを祈るばかりである。
いや、それはそれでシチュエーションとしては美味しいのだけど、流石に今回ばかりは勘弁してあげて欲しい。
(あ、いけない。今のうちに貞操具を)
暫く見とれていた詩音だが、はっと後ろを振り向き貞操具を差し出せば、央はなんとも言えない表情で口を尖らせている。
ああ、洗浄が必要なのにすぐに持ってこなかったから機嫌を損ねたのだろう。ここで再度リセット延長なんてなったらまずいと、詩音は慌てて「も、申し訳ございませんっ!!」とその場にひれ伏した。
「……いいから、さっさと貸して。記録も取りたいし、洗浄してカテーテルを付け替えないと」
「は、はいっ」
おどおどとした様子の詩音から渡された貞操具をラテックスの手袋を履いた手に載せ、央は使用後の装具の状態をじっくりと観察する。
今頃向こうの世界では、洗浄をしながらこれを装着していたトモダチとやらの股間を確認しているはずだ。
お互いのシオンに合わせ、貞操帯(貞操具)は最初に時間をかけてフィッティングしたから問題もそう起こらないと思っていたが、不思議とどこかしら不具合が出てくるのはやはり二等種とは言え生き物相手だからだろうか。
央は明らかに垢では無い汚れを見つけて「また調整だねこれ」とデータを打ち込む。
その内心は、ちょっと穏やかではない。
(……さっきのあれ、絶対向こうのボクがやってることが羨ましいって思ってた)
詩音曰く、今トモダチは向こうの央の手によって亀頭と尿道を念入りに磨かれているらしい。
相当悲痛な悲鳴がこの部屋には響いているのだろう。詩音は時折苦しそうな表情を見せながら、けれどどこか羨望の眼差しで、央にとっては何も無い空間を見つめている。
その表情に、胸が切なさを訴えて。
(いいなぁ、ボクも詩音に……いやいや! それじゃ嬉々としてヘンタイ仲間扱いされちゃうじゃ無いか!! はぁ、我ながら何を考えてるんだよ……)
ふと過った考えに、央はぶんぶんと頭を振る。
全く、どうかしてると己を叱咤しながら。
こちらとしては洗浄中に絶頂すること自体を咎める気は無い。
作業用品の性質上、完全に絶頂を封じられるのは多大なストレスがかかり引いては性能や耐用年数の低下に繋がるため、どんな形であれリセット時に一度の絶頂や射精は認めているからだ。
だから、わざわざ絶頂しないように気を遣う事は無い。
そもそも人間様が二等種に気を遣うことなどあってはならない。トモダチにより少しでも楽しんだ上で絶頂を迎えたいなら、それは彼らが何とかしなければならない問題である。
だというのに、詩音の望む形が――どうしようもない被虐の思いが見えてしまうと……
ああ、本当にこの感情はどうにも御しがたい。
(……はぁ、今のところ直接出会うことすら出来ない自分と詩音のトモダチにヤキモチを焼くだなんて……ボクもどうかしてるね)
せめて彼女にあんな顔をさせる向こうのトモダチが、この管理で少しでも苦しめばいい。
……いや、同じ性質を持っているなら何だってご褒美になるのは変わらないのだろうけど、それでもちょっとだけしんどい目に遭って欲しいと願う。
分かっている、これは実に醜い八つ当たりだ。
けれど、見ることも触れることも出来ない異性のシオン相手なら、このくらいの八つ当たりを心の中で唱えるくらいは何の問題も無いだろう。
「あ、あの……央様? 至の洗浄が終わったみたいで……その……」
「ああ、じゃあさっさと始めて。どうせ時間がかかるんでしょ?」
「は、はいっ!」
詩音を通じて向こうの洗浄が終わったことを知った央は「いいよ、今日もしっかりトモダチを……『満足』させてあげるんだね」と少しだけ意地悪な笑顔を浮かべるのだった。
◇◇◇
ぐちゅぐちゅと巨大な屹立を扱く、粘ついた、どこまでも卑猥な音。
そして下から見上げるのは、ほんのり頬を染め悩ましい吐息を漏らす、潤んだ瞳の詩音。
ああ、その興奮で薄く開いた艶のある唇を見つめるだけで、うっかり達してしまいそうだ。
「うっ、んっ、でる、でるぅ……」
「おおっと……だめだよ? 至。今日は限界まで寸止めして、お尻も弄られながら出したいんじゃ無かったっけ?」
「ううっ、そうだけどっ!! もう無理だよ、出したいよおぉっ!! 出させて、お願い、出させてっ……!」
「ふぅん…………本当に? 出したらまた2週間お預けだよ? いいのかなぁ?」
「ぐ……っ、それは、ちょっと…………ふぐっ、そんなっ先っぽだけうああぁぁ……!」
「約束だもんね、1時間は何があっても射精させないで、って。だから……うん、頑張ってね?」
「ひっ……うああああごめんなさい! もう出させてぇ……っ!!」
つぅ、と詩音の指が、鈴口をなで続ける。
そこじゃない、気持ちはいいけどくすぐったくて欲しい快楽は得られないと、至恩は涙混じりの甘い声で啼き続けるけれど、詩音がそんな懇願で許してくれるわけが無いこともよく知っているのだ。
(頼んだのは僕だけど、さっ……いつもながら容赦が無いよね、詩は!!)
確かに性別は違うはずなのに、詩音はまるで勝手知ったるかのように至恩を翻弄する。
最初は一気に追い上げて、無意識に最後の一撃を求め腰が揺れる状態にしてから、わざといいところを外して焦らされると、目の前がチカチカして、視界がどんどん狭まってくる。
にちゅっ、ぐちゅっ……
湿った音に混じって響く、己の懇願が遠い。
(はやく、はやく、だしたい……はやく……だして、すっきり……)
出してしまえばまた封じられる――厳然たる事実は、はやる気持ちの前に既に至恩の頭からすっぽ抜けている。
リセットの日はいつもこうだ。
最初は触れて貰えるだけで十分ありがたいと、押し込められた屹立が外の空気に触れる度に歓喜し、しかし刺激を受ければ10分もしないうちに感謝を忘れ、こんなものじゃ足りないと全身が叫び始める。
……限界を超えた三週間ぶりの解放故に、今日の至恩にはそんな己の浅ましさに自嘲する余裕すら与えられない。
そうして迎えた頂に一瞬だけ開放感を覚え、次の瞬間には容赦の無い電撃で地に堕とされて。
余韻すら楽しむ間もなく、再び始まる自慰禁止の日々に早々の放逸をねだった事を後悔しながら――そこにうなじがゾクゾクするほどの被虐の悦びが混じることは否定しない――無情にも南京錠は閉じられるのだ。
繰り返される狂宴が、終わる日は来ない。
まるでハムスターのように、変わらない風景の中回し車で走り続けるような日々なのに……いや、もしかしたらいつまでも変わらず淡々と続くサイクルだからこそ、余計に被虐の心が満たされるのだろう。
(何度やっても、辛くて……何やってんだろうって時々正気に返って……)
(でも…………管理される事から、逃れられない。……逃れたくないんだよね)
鳴り止まない金属同士のぶつかる音と、いつもより濁った鳴き声に、詩音はゾクリと肌を粟立てる。
(後からリセットになると……1時間余分に焦らされるんだよね……ああ、いいなぁ、早く欲しいな……っ……)
半ば半狂乱で「お願いします、出させて、詩っ!!」と戒められた身体でもがきながら叫ぶ至恩の姿は、数十分後の自分の未来。
延々と繰り返される二週間(今回はちょっと延びたけど)の地獄と一瞬の天国は、まさに麻薬と呼ぶにふさわしいよねとどこか羨ましそうな表情を見せながら、詩音は央の「123番、1時間経ったよ」の言葉と共にようやくその手を至恩の求める場所へと延ばした。
「あは……至、いつもよりぐっちゃぐちゃ……ねぇ、楽しんだ?」
「ひぅっ、もう無理! 無理だよ詩っ!! 頭壊れちゃう!」
「ん、じゃあ……いっぱいぴゅっぴゅして、気持ちよくなろう、ね? ほら、そっちの央様に許可を貰って」
「っ!! あああっ、人間様、123番に射精の許可をお願いしますぅっ!!」
「…………いや、別にこっちは射精の瞬間だけ報告してくれればいいんだけどな……どうして毎度毎度許可を得ようとするんだか……まぁいいや、準備は出来てるからいつでもどうぞ」
「はひぃっ、ありがとうごじゃいましゅっ!!」
ぐちゅっ、ぐちゅっ、ぐぽっ……
感謝の言葉を皮切りに、詩音の手の動きが変わる。
右手はぐちゅぐちゅとくびれを扱き、左手はずっぽりと押し込められた異様な形の巨大ディルドを小刻みに揺らして……ああ、そんなことをされたらあっという間に、あ、込み上げて、頭の中で何かがスパークして――
「あっあっ、ああっんあっ出るうぅ……!!」
詩音の手腕により至恩は一分とたたず情けない悲鳴を上げながら白目を剥き、溜め込んだ鬱憤を一気に晴らすかのように大量の白濁を二度、三度とその先端から放つ。
そして
バチッ、バチバチッ! !
「ひぎい…………っ!! ……ぁ……うぁ、もっと……ぉ……!!」
いつも通り放逸の開放感溢れる至上の快楽は、これまた余韻を抱き締め堪能する間もなく、一瞬にして無情にも奪い去られたのだった。
◇◇◇
「いつも、思うんだけどさ…………うぅ……もうちょっと……5秒でいいから、電撃を遅らせて欲しいな、って……」
「分かる…………5秒あったらもっと気持ちいいのを……頭の中にいっぱい広げられそう」
「その5秒の間に連続絶頂してしまったたら元も子もないって、分かってる?」
「「ぐぅ……」」
それから2時間後。
ポジションを交代して無事(?)リセットと再装着を終えた二人は、毎度のよう再び始まった忍耐の日々への絶望、そして中途半端に解放を与えられたが故に強まった渇望で脳を焼かれたまま、しかし自分達の置かれた境遇にすっかりご満悦のようだ。
こうやって小さな不満は漏らすけれど、それすら否定される悦楽を見出すことを前提にしているようだなと、央は(本当にヘンタイが過ぎるよ)と心の中で嘆息しつつも早速データの整理と地上の観測に余念が無い。
……間違えても、これは口にしてはいけない。
単にシオンが喜ぶだけならいざ知らず「央様は自分達を喜ばせてくれる、やっぱり同士だ」だなんて認定されたら、それこそ互いにいろんな意味で後戻りが出来なくなりそうだから。
大丈夫、自分はシオンに感化されて歪んだ性癖に目覚めたりしていない! と央は何度も己に言い聞かせながら地上の災害情報を収集する。
その後ろでは、相変わらずシオンが暢気にトモダチとお花畑な会話を展開していた。
「三週間の装着は、僕らには早すぎると思うんだよね……人間様はあっさり一ヶ月の管理とかやっちゃうみたいだけど」
「二等種の身体と貞操帯管理ってさ、実は相性めちゃくちゃ悪い……? ああでも、頭がおかしくなりそうなほど辛くなれるってのは、むしろ相性がいいってことかな」
「少なくとも僕らにはご褒美だよね。……でも今回のではっきりした。やっぱり当面は二週間でいいよ。そのくらいがその、一番楽しいし……」
(そうだよね、キミはそうやってただヘンタイを堪能していればいいんだよ! ったく、こっちの気も知らないで……)
央はどうしようもない苛立ちを、心の中で吐き捨てる。
だがその時
「…………あれ、おかしいな……」
違和感にふと呟きが漏れた。
(これは……見間違い? じゃ、ないよね)
央の目の前に提示されるデータが、明らかに予想範囲を超えている。
急遽連続装用を三週間に延長したとは言え、延びる分には少なくとも災害には何の影響も無いはずだ。何か見落としがあるかもしれないと、央は丁寧に前提条件を見直していく。
「ええと……いや、これで合っている。となると、予測曲線の再描画を……」
「…………人間様?」
「ああ、向こうのボクにも情報共有が必要だ。123番、これをトモダチに渡して」
「え、あ、はい」
突然緊張感を増した空気に、至恩達は戸惑いを覚えつつも互いの央から渡されたデータを交換する。
受け取った央は「やはり……間違いないや……」といつになく真剣な顔で呟いた。
その眉間には珍しく深い皺が寄っている。
(……央様?)
(何かあったのかな……空気が、痛い……)
さっきまでのもどかしさも、ひりつくような空気にすっ飛んでしまったようだ。
二人はどことなく嫌な予感を覚えながらも、央の言葉を待つ。
ややあってガタンと椅子から立ち上がりこちらに向かってくる央の顔は……今までに見たことがないほど強張っていた。
「問題発生だ。……災害の規模が、大きくなってる」
「…………え?」
◇◇◇
「理由はあくまで推測なんだけどさ」とどこか上の方に視線を向ける央は、どうやら予想外の事態に、まさに今頭の中で論理を組み立てながら話しているのだろう。
「誤差範囲にはあったけど確かに少しずつ上振れていた、今思えば兆候はあったんだよね……はぁ、ボクとしたことが……」と央はどこか悔しそうに爪を噛む。
「キミの魔力量は変わっていない、なのに、災害の規模が誤差範囲を超えて拡大したんだ」
「変わってないのに……?」
「ああ、変わってないのはキミに帰属する魔力量。前にも話したけど、人間に観測できるのはそのミジンコみたいな魔力だけだ。災害発生のトリガーとなる、ね。災害の規模を決める謎魔力については、現時点でも測定方法が確立していない」
「はぁ……」
「恐らく、だけど。……今、度重なる災害で地上には災害への不安が蔓延している。それを謎魔力として取り込んでいるなら、災害の度にキミが一時的に蓄える魔力量は確実に増えているはずさ」
その推測を確かめる術が無いのがもどかしいけどね、と央は腕組みをする。
至恩達の、人間の負の感情にまつわる謎魔力は、時間経過で減衰する。
当然ながら最初の貯蔵量が上昇すれば、減衰ペースが変化しない限り当初予定した魔力量まで減少するには時間を要するはずだ。
理論としては破綻していない。ただ、証明する方法が無いだけで。
「今回の災害規模と過去のデータから、災害を最低限にするための貞操帯装着期間は再計算できたけど……定量的に測定できればこうなる前に手が打てたのに、くそっ……」
「人間様……」
「……ああ、キミに言ったところでしょうが無いね。所詮ただの二等種であるキミには何も出来ない……ん? ちょっと待った」
「ひょえっ!?」
いつものように地面にひれ伏し央の話を聞いていたシオンの首筋に、すっと央の手が伸びる。
突然の感覚にシオンは素っ頓狂な声を上げ、慌てて「申し訳ございません!」と謝るも、それに対する返答は無い。
ただ、央はひたすらシオンの耳の後ろを撫で……髪をすくい上げている。
「…………」
「んっ……んふぅ…………ぁ……っ……はぁ…………っ」
その繊細な感覚も、今の二人の頭は容易く快楽へと変換する。
身体がびくりとはねて、思わず小さな喘ぎ声が漏れてしまうのは仕方が無い。
何より、今自分に触れているのは央なのだ。そんなもの、この熟れた身体には熱を上げる材料にしかならなくて……案の定至恩は「うぐ……」と股間の痛みに顔を顰めている。
「あ、あのっ、人間様……?」
「ねぇ123番。キミ……こんなところまでメッシュが入っていたっけ?」
「へっ?」
よく分からないけど、もっと触っていて欲しい……
そんな不遜な願い事は、央の意外な問いかけであっさりと終わらされた。
「ほら、ここ。襟足と……前髪も……」
「え、あ、あのっ!!」
(あわわわわ、近い! な、央様のいい匂いがああ!!)
ずいと顔を近づけ、白い手袋越しに前髪をすくい取ってしげしげと眺める央の姿に、心臓が爆発しそうだ。
だが央はすぐに手を離し「そうだ、こういうときこそトモダチの出番でしょ」と言いながら自分の机へと戻っていく。
「僕はキミのこれまでの映像を調べるから、キミはトモダチにそのメッシュの変化を見て貰って」
「え、変化って」
「キミは鏡を持たないから、自分の変化は分からない。けど毎日顔を合わせているのなら、トモダチには分かるだろう? 特にリセット前後で変わっているかだね。ほら、さっさとやって」
「はぁ……」
何が何だか分からないと言った様子で、至恩は同じように戸惑いを隠せない詩音と向き合う。「そんなこと言われても、よく分からないよねぇ」と互いに頷きながら。
「むしろ毎日見ているから、いまいち変化が分からないというか……あれ? でも至って、後ろにメッシュはほとんど無かったし、前髪だってこんなには……」
「そうなの? 気にしたことが無かったや……言われてみれば、詩のメッシュもだね、元々先の方にちょっとだけしかなかったし、そんなバリバリにインナーカラーを入れましたって感じじゃ無かったよ」
二人は何とか記憶を思い起こそうとする。
見た感じ、少なくとも昨日と今日で互いの髪の印象は変わっていない。
ただ、確かに作業用品になった頃に比べれば……本来成体になった頃から変化するはずの無い浅葱色のメッシュは明らかに面積を増したようだ。
少なくとも至恩の前髪が、成体になった頃に分け目の左右でくっきり色が分かれるほどメッシュの範囲が広くなかったのは間違いない。
それを央に伝えれば「うん、映像にもしっかり映っていたよ」と答えが返ってきた。
それならわざわざ互いに直接確認する必要はなかったのでは、と思うが「映像に映らない可能性もあったから」なんて二人に思いもつかない事を想定しているあたり、やはり央は聡明な人間様だ。
「最初はリセットでメッシュが増えると思ったんだけど、そうじゃないね。魔法が発現した日から、少しずつメッシュの面積が増えてきている」
「えと、それはどういう……」
「ちょっと待ってて。メッシュの範囲拡大と災害の規模、推定の謎魔力量を……ああ、装着期間のデータもいるか……」
ブツブツと独り言を呟きながら、央はキーボードを叩きマウスをクリックしている。
こうなると至恩達に出来ることは無い。かといって「災害の規模が大きくなった」という情報を得た今、何の考えも無しに渇望の中に舞い戻るには少々興ざめだ。
「あーうん、多分これで合っていると思うけど……123番、データをトモダチに」
「はい」
何とも微妙な気分のまま、二人はそれから消灯時間近くまで、時折央による運び屋をしながら手持ち無沙汰な時間を過ごすことになったのだった。
◇◇◇
互いの央による幾度かのやりとりの後、実にあっさりと告げられたのは今回を遙かに凌ぐ……遊びでは無い、本当の意味での「管理」の始まりだった。
「結論から。今後のリセット間隔は四週間。……ただ、それも今後延びる可能性が高い」
「「な……っ!?」」
(よ……四週間……!? これまでの倍、今回より更に長い……)
(そんな、いくら何でも無理だよ……耐えられない……っ!)
突然の死刑宣告に等しい所業に凍り付いたシオンに「仕方が無いよ。これはもう、キミのヘンタイな遊びを兼ねられる状況じゃ無いんだ」と固い表情を崩さないまま、央はそっとシオンの首筋に手を回す。
こういうとき、いつもなら央はこちらを嘲笑い茶化すかのような態度を取るのに……それが微塵も感じられないという現実が、事態の重大さを物語っているようだ。
「……これでよし。目くらましの魔法だよ。髪の色の変化を、この部屋以外で気付かれないようにね」
「はい……あの、このメッシュは……」
「それね、謎魔力の最大蓄積量を表す指標になるんだ」
「!!」
「現時点の謎魔力量は相変わらず測定できないけど、リセット直後は最大蓄積量に達していると考えて間違いない。で、これまで仮説を元に作ってきた減衰率の計算式と、災害発生時のメッシュの面積割合……この二つから、ようやく正確な現状と予測が立つようになったってわけ」
残念ながらあまり喜ばしい未来では無いけれど、と続ける央の話を要約するとこうだ。
幼い頃からシオンの髪にメッシュが入っていたことは央も知っている。だから、先天的にシオンには他者の何かしらの感情を謎魔力に変換し一時的に蓄積する能力があったと思われる。
恐怖や不安を対象にする理由までは分からない。ただ、恐らくは幼少期からの環境と、二等種としての扱いによりそうなったのだろうと央は推測するし、シオン達にも異論は無い。
央の知るシオン……12歳以前の彼らと、二等種としての記録を取り始めてからのメッシュの変化は一定だ。
成長に伴い、少しずつメッシュの範囲は広がっていたけれど、それはあくまで自然な変化の範疇。少なくとも、災害を起こすほどの魔力量は無かったと考えられる。
それが変わったのは、まさに魔法が発現した……初めて貞操帯を装着し、リセットを迎えたあの日。
「あの日の、ぐっちゃぐちゃに乱れて逝きまくってた映像を見返したんだけどさ」
「うっ……分かっていても恥ずかしすぎる……」
「良く見ると、絶頂する度にメッシュの範囲が少し広くなっているんだよね。明らかにこれまでとは異なるペースで広がっている。で、その日以来面積の拡大速度は大きくなった」
「…………それじゃ、このままだと……」
「キミの髪色が藤色から完全な浅葱色に変わるまで、計算上は約2年。今後、自然な魔力の減衰のみに頼るのであれば、近い将来確実に生涯絶頂禁止……貞操帯による永久封印をしなければならなくなるね。2年後にはどれだけ期間を空けて絶頂を許可したとしても、この間の大災害の再来……いやそんなものじゃない、多分全ての大陸が水の底に沈むだろう」
「…………!!」
(うそ、だよね……)
(冗談でしょ……いくら何でも、たかがリセットで……?)
あまりのスケールの大きさに、シオン達の頭はついていけない。
ただ、これだけは理解した。
央の研究が進まない限り、近い将来自分達は四週間の貞操帯管理どころか、二度と絶頂を得ることが出来なくなる――
「そん、な…………また、奪われるなんて……」
「ひどい……私達は何もしてないのに……!」
余りの事実に、思わず二人の口から切なる慟哭が響いた。
◇◇◇
生涯絶頂を……いや、央の話しぶりからすれば万が一を排するために性的な刺激すら取り上げられる。
年単位で限界まで性衝動を不可逆的に高められ、不良品の烙印として例え絶頂出来たとしても精神的な満足感は決して得られないように作り替えられた身体に、今度は刺激すら与えることを禁じられるだなんて……一体世界はどれだけ自分達を敵視しているのか。
いくら至恩達が被虐嗜好の持ち主だと言っても、それはあくまで趣味であり、遊びの範疇でだ。
この悲惨な境遇を紛らわせる唯一の楽しみであるからこそ、触れられない辛さやもどかしさをただの性癖を満たす要素として咀嚼できただけ。
だが今後自分達の未来に待つのは、そんなささやかな楽しみすら許されない日々。
人間様の都合で変えられた身体を、また人間様の都合で理不尽に封じ込められ、壊れられるその日まで狂おしい地獄の中で過ごすことになる。
――ああ、あの子に与えた明日を祈る絶望すら、きっと自分達には許されない。
「……最悪の事態にはならないように、努力はする」
二人の悲痛な嘆きが念話で伝わったのだろう、央は静かに宣言する。
「永久封印なんて事態になったら、君を被検体として使うのは難しくなるからね」と付け加えながら。
目の前に仁王立ちになる支配者の表情は硬く強張ったままで、央の中にどんな感情が渦巻いているかまでは分からない。
「……今、地上は最初の大災害の調査に躍起になっている」
「はい……」
「ボクは折角手に入れた被検体を手放す気は無い。だから、自らキミのことを外に漏らすつもりは無い。バレたら確実にキミを取り上げられちゃうからね」
「…………漏らさ、ない」
「もちろんキミのことがバレない保障はない。とは言え、二等種に魔法が発現なんてこの制度が始まってから千年、いや新しい暦が始まって以来一度も無かった珍事だから、人間がキミを見つけるまでにはそれなりに時間がかかると踏んでいるけどさ」
「……人間様」
「だから、キミはこれまで以上に魔法のことを周りに知られないようにすること。そして……精々ボクがキミの魔法を止める永久封印以外の手段を、キミが誰かに見つかるまでに確立する事を祈っているんだね」
互いの利益は一致するだろう? そう言い放つ央の言葉には、並々ならぬ決意の感情が乗っていて。
――だから、シオンは確信する。
央は、本気だ。
研究者としての必要に駆られてではあるけれど、ただの二等種に過ぎない、モルモットである自分を守ろうとしている。
そしてそれは間違いなく、地上の倫理からすれば世界に対する反逆罪。人間でありながら、人間を敵に回す行為だと――
「……っ…………」
(まずい、これは絶対にまずい)
(人間様に害を為してはいけない……二等種ごときが、人間様に隠し事をしてどうするの?)
管理官様に全てを話して、人間様のお役に立てるように動くのが二等種だろう? と、植え付けられた服従心がうわんうわんと二人の頭の中で鳴り響いている。
けれど、どうしようも無い不安の片隅に、決して捨てきれない想いがずっと、かすかな声を上げ続けているのも事実で。
どちらにせよ、彼らに選べる道は二つしか無い。
全てを洗いざらい管理官様に告げて、この小さな反逆とも取れる行為への罪悪感から逃れる代わりに永遠に快楽を失うか、これまでのように性癖を堪能できる日々を取り戻せる可能性にかけて、たくさんの人間様を騙し害する罪悪感に苛まれながらも想い人の思惑に乗るか。
(…………何だっていい。少なくとも央は今、自分達を見てくれている)
(それに被検体として使えなくなったら、きっと央とは二度と一緒にいられなくなる……それはやだな……)
――そんなもの、考えるまでもなく答えは決まっている。
自分達は二等種。
何の役にも立たない、名実ともに人間様に害を為すだけのモノ。
けれど自分達は、例え多くの人間様を害することになっても、目の前の想い人に笑って貰うことを選ぶ。
だって今の本心はどうあれ、央は地上に於いて唯一自分を傷つけなかった人間様だから!
「……私は、人間様を信じます……絶対解決法を見つけてくれるって……!」
「人間様……どうか、僕を……ううん、僕らを人間様の研究に使って下さい」
ズンッ――
決断を発した瞬間、これまでに無い恐怖が二人の全身を襲う。
ああ、ここまで二等種は人間への根源的な服従を植え付けられているのだと痛感する。
(っ……怖い、怖い……!!)
(人間様に……逆らうなんて、絶対にダメなのに……!!)
今この瞬間、自分は人間様に反逆したのだ。
地べたに伏せた身体の震えが止まらない。目の前の床がぐにゃりとたわんでいる気がする。
この選択の先に待つのは、懲罰、いや晒し者か処分か……
恐怖心と共に様々な最悪の展開が頭を過る。
「……そんなに心配しなくていいよ」
そんな二人に、頭の上から降り注ぐ央の言葉は、冗談めかしているようで……ちょっと、温かい。
「ボクを誰だと思っているんだい? これでも地上じゃ天才と評される若手研究者なんだよ! ボクがキミの魔法を制御して災害を抑えれば、それはキミが人間様を害さなくなるのと同義。……だから、全てを隠してモルモットでいることは、人間様のお役に立つことだ」
「お役に立つ……本当に……?」
「当然だよ、決まってるじゃないか! 全く、そんなにボクが信じられない? ……はぁ、失望したよ。キミのボクへの想いはそんなものだったんだね……なら、安全のためにもうちょっと装着期間を延ばしちゃおうかなぁ」
「うわあああごめんなさいごめんなさいそれだけはっ!! 四週間の装着がいいですっ、これ以上延ばすのだけは勘弁してくださいぃ!!」
(……あ、ちょっと楽になった……)
互いの世界の央に必死に縋り付きながらも、シオン達は不思議と薄らいだ恐怖感にほっと胸をなで下ろす。
これでいいのだ。央の研究さえ上手くいけば、人間様に害を為すことは無くなる。央だって、きっと世界の崩壊を食い止めた英雄として湛えられるに違いない。
何より、トモダチと再びどうしようもない性癖を存分に堪能できる日々を取り戻せるのだから。
(ガチ勢ったって、こういうスケールの大きいガチは望んでないんだよ)
(私は至と……時々央様にヘンタイって罵られながら、空を知らない檻の中で拗れた性癖を満たせれば、それで充分)
この本音は央様にはナイショだからねと、二人は心の中で指切りげんまんを交わす。
こうして人間様と二等種による、性癖による世界崩壊を防ぐ秘密裏の試みは始まったのである。
(……そうさ、ボクならできる。いや、やってみせる。キミが最悪の事態を迎えないために……!)
――そんなシオン達の欲望は当然の如く央にはダダ漏れだったのだけれど。
一方で「全く、ちょっと装着期間の延長をちらつかせただけでピーピー泣いちゃってさぁ、ほんっと無様だねぇ!」と鼻で笑う央の裏に隠された感情をシオン達が知るのは、もう少し後の話。