沈黙の歌Song of Whisper in Silence
沈黙の歌Song of Whisper in Silence
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15話 選択の代償は歪みを呼んで

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 断言しよう。
 性処理用品にとって貞操帯(貞操具)による2週間以上の射精・絶頂管理は、間違いなく下手な拷問より、下手すればあの棺桶よりも効果的な懲罰だと。

 何故って? そりゃ、自他共に認めるドマゾ変態二等種で、なのに貞操帯が性癖ど真ん中の自分達ですら、その選択を何度も後悔しているからだ。
 ――まあその、その後悔と絶望の裏に、そこからしか得られない麻薬のような恍惚があることは否定しないけれど。

「はぁっはぁっ……お、お願いします人間様……!! 何でもします、ご迷惑もおかけしません! だから、せめてトモダチがちょっと触るのはお許しを……」
「うん、貞操帯を外さなければいくらでもいいよ? ……なに、そのあからさまにがっかりした顔は。…………ふぅん、触って貰っていいって許可を出したのに文句があるんだぁ……」
「ひっ……!! あ、ありませんありませんっ! でもっ、もうこれ以上は無理です壊れちゃいます! ほっほら、貞操帯を着けたまま子宮をちょっと揺らせる魔法とかないんですか?」
「はぁっ? 何を考えてるんだい!? ただでさえ欲求不満の子宮を刺激するとか、うっかり達したらそれこそ大惨事じゃん!!」
「…………はっ、そう言われれば」
「言われなくても気付いてよそのくらい!! 第一、二等種如きに魔法の無駄遣いなんて出来るわけが無いでしょ! まして魔法は、キミの変態遊びのために存在するんじゃ無いんだよ!」

 今日も今日とて研究室という名の保管庫の中では、それぞれの世界でシオンの切羽詰まったおねだりが続いている。
 そう、実に平常運転だ。ねだられる央は全くもって平穏では無いが。

「んもう、毎日毎日性懲りも無くねだり続けられるよね! いくら不良品は多少のおねだりは許されているったって、ダメなものはダメなの!!」

 ただでさえ、二等種はその思考を快楽の方向に引きずられるよう加工済みだ。
 12歳以降まともな教育を受けていないのもあって、その思考形態は実に浅く、短絡的である。
 その上に通常の懲罰では決して発生することの無い「貞操帯連続装用25日目」ともなれば、常に懲罰の危険が及ぶ作業中はいざ知らず、緊張の緩む保管庫内ではもはや獣並みに……いや、獣でさえもう少し思慮深いと感じるほど、封じられた内側を刺激する事だけに囚われてしまうようだ。

(出したい……出したい……ごしごしして、しゃせー、したい……)
(逝きたい、お腹ずっとジンジンして、もじもじして……ああ、中を思い切り触りたい……!!)

 寝ても覚めても、作業中ですら二人の頭の8割くらいは「気持ちよくなりたい」で埋め尽くされている。
 一度リセットと称する絶頂の欠片を掴めば多少は落ち着くものの、それにしても心ゆくまで絶頂出来ない期間が長く――魔法の発現からだと、もう半年以上経っているはずだ――続いていると、小さな不満は澱のように溜まり続けるのだろう。

(そりゃ、リセットが無いよりは絶対にマシだけどさ……)
(なんだか……息つく暇も無く水の中に沈められてるみたい)
(わかる、もっとはっきりしたメリハリが欲しい……!)

 今後、更に期間が延びたときに自分達は果たして狂わずにいられるのだろうか。
 今でさえ、我ながらよく作業用品として動けているなと感心するほどなのに……

「キミが人間様に見つかるか、ボクがこの魔法を止める手段を見つけるか、どちらが早いかだね」と央は言っていたけど、正直なところ人間様がシオンに辿り着く前に自分からやらかしそうな気がしてしょうがない。
 シオンは頭に過った最悪の展開に一瞬震えるも、そんな心配は次の瞬間には濁流のような衝動に押し流されてしまうのだった。


 ◇◇◇


「はぁっ、んっ……はっ……」
「ちょっとじっとしていてよ、やりにくいんだけど」
「ううぅ……申し訳ございません……」

 部屋の隅に二つ並んだ、金属フレームの拘束具。
 言うまでも無くシオン達のリセット時に使われる設備だが、給餌装置と同様に央からは自分の世界の分、つまり1セットしか見えないらしい。

 今、二人はそこに並んで拘束され、それぞれの世界の央による定期チェックを受けている。

(だめ……身体が、期待しちゃうよ……)

 カチャリとなる金属音に、手足に嵌められた性処理用品のような冷たい金属の枷。
 ここに全身を戒められると、身体は否が応でも「ご褒美」の瞬間を思い出すらしい。
 さっきから下腹部にじわりとした熱が溜まって、勝手に腰をカクカクと動かしてしまう。

(いやぁ、こういうの……いいよね。躾けられてる感じがすごくいい……)

 条件反射を植え付けられた事実は、どうしようも無くそそる。
 だから余計に身体の熱は高まって……ああ、これじゃ自分はまるで肉で出来た淫猥な永久機関のようだ。

(そう、金属の音……南京錠が外れるんだ。で、詩の手がずるずるってプレートを抜いて……)
(ドロドロになった股間に、至が……最初はいつも指の腹でつぅって……んっ、割れ目を撫でる感触……ああ、気持ちがいい……)

 つぅ、とまた透明な雫が糸を引いて床に垂れる。
 隣に繋がれているはずのトモダチの手が股間に近づいて、この覆いを外して……熱に浮かされたそこをそっと撫でるその感触を、二人は無意識に脳内再生していた。
 当然、そこに快楽など何一つ無い。だから身体は想像した刺激を与えて欲しいと、切なく泣き叫ぶばかりである。

「オナホ……被せてぐちゅぐちゅ……柔らかくて、温かくて……吸い付くんだよねぇ……ああっ裏筋をなぞるのもいい……!」
「はいはい、妄想で楽しむのは止めないけど暴れすぎ」
「んぎゃっ!! ……ひぐっ、ひぐっ……ご、ごしどうありがとうございます……」

 検査がやりにくいと懲罰を与えれば、シオンは正気を取り戻し苦痛でくしゃりと顔を歪め、しかし央の姿を認めれば慌てて不器用な笑顔を作って決められた感謝を口にする。

(……そうじゃないんだよ、シオン)

 ……違う、ボクが見たいのはそんな作り物の笑顔じゃ無い。
 そんな顔を見るくらいなら、まだ本気で苦しんでいる顔の方が……
 一瞬とんでもない考えが過って、慌てて央はかぶりを振り「それにしても」と無理矢理話題を変えた。

「全く、自分の才能が怖いねぇ……見てごらんよ、計算通りのペースで浅葱色の髪の面積が増えている」
「……っ…………」

 央の言葉に、二人のシオンは(分かっていたけど)とがっくり肩を落とす。

 鏡は無くとも、互いの髪色の変化から自分の状況は予想がつく。
 メッシュ……と呼ぶには太さも長さも広がってしまった浅葱色の髪の量は、そのまま自分達の貞操帯管理期間に直結するのだ。いくら自分の容姿に頓着しない至恩達でも敏感にならざるを得ない。

 予想通りの央の言葉から察するに「その日」は近いのだろう。
 ならせめて覚悟を先に決めようと、至恩は怖々と央に問いかけた。

「その、貞操具の、着用期間は……」
「うーん、ちょっと悩ましいところだね。実は前回の災害規模も、予測曲線の上ギリギリだったんだよ……今回も同じレベルなら、次回は5週間に延ばした方がいいかもしれない」
「っ…………いきなり1週間延長……」
「……分かっていた話だろう? いずれ延長は必要になるって。まさか、その前にボクが対策を確立すると思ってた? 有能さを期待されるのは悪くない気分だけどさ、前にも言ったとおり研究ってのはそんな一足飛びに進むものじゃないんだよ」
「……はい…………」

 隣からも「また辛くなる……」と鼻を啜る音が聞こえる。
 きっと詩音も同じように期間の延長を予告されたのだろう。

(永久封印までのリミットは2年だって、前に央様は仰ってた)

 厳格な貞操帯管理を行うようになって、確か今回が3回目のリセットだ。
 魔法が発現してからもう半年以上が経っているというのに、央からは芳しい成果を一度も聞いたことが無い。
 なにせ直接観測できない魔力に、種類も規模もおかしい「最初の魔法」ときたもんだ。流石の央を持ってしても、解析には相当難儀しているのだろう。

「全く、課題は山積みだし地上の会議は増える一方だし、一日が100時間くらい欲しいね! はぁ、いいよねぇ不良品は……何があったって毎日8時間たっぷり寝られて、管理官様の指示通りに動いていればいいんだからさ!」
「……も、申し訳ございません…………」

 そう苛立ちを隠すこともなく吐き捨てる央の顔は、相変わらず疲労の色が濃い。
 ……心配ではあるけれど、自分達は所詮ただのモルモットだ。結果を急かすなんて事は当然、労ることすら許されない。
 精々、これ以上央が頭を悩ますような……災害の規模増大が無ければいいと、腰を振りながら祈るくらいである。

(でも、正直……自信が無いよ)

 諸々の事情は重々承知だ。
 全てを理解した上で、それでもシオンは熱に浮かされつつこれからの不安に嘆く。

(もう限界だよ……この身体で更に期間を延ばされたら)
(……誤魔化しきれない……無意識に魔法を使ってしまいそうで……)

 今はまだ、時々やらかすことがあってもあの鬼管理部長による懲罰だけ(だけというには大概ではあるが)ですんでいる。
 央の命令通り、この部屋の外で意図的に魔法を使ったことはない。それに聞こえてくるものを傍受するくらいなら、日々央の魔力を浴びているこの身体に残されたシオンによる魔法の痕跡を見つけるのは不可能だと、央のお墨付きだ。

 けれど、相手は歴戦の管理官。
 調教のプロであり、作業用品制御のプロでもあるのだ。
 今後ちょっとした事案から、彼が何かしらの違和感に気付かないとは言い切れない。

 ――これは直感だ。
 意識的、無意識に関わらず、恐らく何か一つでもほころびを見せれば、あの管理官は必ず災害とシオン達の関係に辿り着いてしまう。

(見つかったら……バレたら、どうなる……?)

 一度心に落とされた黒い不安は、止めどなく拡がりシオンを浸食する。
 頭も、身体も、全部熱いのに……ゾクッと冷たいものが全身を駆け抜ける。

「……少なくとも処分は無いよ」
「え……?」

 惚けた顔に恐怖の色を滲ませたシオンの内心を覗いたのだろう、央は拘束具を外しながら「棺桶送りはね、出来ないと思う」と蕩々と説明を始めた。
 ……まるで大切なモルモットを安心させるかのような行動は、やはり管理官様に比べると甘いな、と不遜にも思ってしまう。

「正確には処分したくても出来ない、だね」

 シオンは、未だその全貌どころか一端すら掴みきれない魔法を行使する。
 それも無意識に――いや、絶頂はしているけど意図的に魔法を発動させることは出来ないという意味でだが、とにかく他者はおろか本人にすら制御は不能な代物だ。

 そんな不確定要素満載のものを、いくらドマゾで棺桶に放り込んだら妄想が捗りました! などと豪語する変態とはいえ、精神の極限状態に果たして置こうと思うだろうか?
 棺桶収納後、命が潰えるまでには短くても1ヶ月、長ければ実に5年の歳月を要するのだ。その間に何が起こるかなど、どれだけ優秀な人間でも予測不可能だろう。

 魔法を発現したての子供が、ちょっとした精神的動揺により魔法を暴走させるのは地上では日常茶飯事だ。
 同様の事態が起こらないとは言い切れないし、特に彼らの魔法の場合は暴走による被害が……冗談抜きに世界が崩壊しかねない。

 だから処分という選択肢は人間様からすれば絶対にありえないんだと力説する央に、シオンは何気なく疑問を呈する。
「なら棺桶なんてまどろっこしいことをせずに、さっさと殺せばいいのに」と。

 だが、その答えは……ある意味では二人の想定内で、しかしある意味では想定以上に残酷な現実だった。

「無理だよ。それだけは何があっても出来ない。……人類が二等種の命を奪えば、それに関わった者全員が二等種堕ちするから」


 ◇◇◇


「…………な……っ」

(二等種を殺せば、人間様が二等種堕ちする……!?)

 衝撃的な事実に、二人は自由になった身体を強張らせる。

(何かあるとは思ってた。人間様は二等種を殺せないんじゃ無いかって考えたこともある)
(けど、まさか……そんなとんでもない仕組みがあるだなんて!)

 遠い昔、まだこの身体が粗末ながら布というものを纏っていた頃。
 初めて「壁飾り」を見学させられ不安に泣き出しそうな詩音を元気づけようと「人間様はきっと、二等種を殺せないんじゃ」と苦し紛れの持論を展開した事を、至恩はふと思い出す。
 あの推測は当たっていたのだ。ただ、その方向性が思った以上に残酷だっただけで。

「……そんなことを、二等種に話しても……?」
「んー、堕とされの二等種なら全員が知ってる話ではあるけどね。まぁ、話したところで不良品のキミに出来ることはないだろうし、他言しなければいいんじゃない?」
「はぁ……」

 この話を聞いていいのか不安に苛まれるシオンを横目に、二等種って簡単に作れるんだよと央が指さしたのは、シオンの首を戒める太い銀色の輪っかだ。

 この首輪には、緊急処分機能というものが実装されている。
 まさに名前の通りで、人間に害を為したり危険だと見做された二等種をコマンド一つで死に至らしめる機能だ。即死するため二等種の苦痛は無いと言われているが、それについては事実か定かでは無い。
 キミの首輪にも当然、その魔法が込められているよと央に言われ、シオンは思わず首輪に手をやった。

「二等種堕ちってのは、人間の世界じゃ最高刑なんだよ。この国には死刑が無いから……まぁ、死刑の方がよっぽどマシだろうけどね、その場の苦痛で終わるのと、そこからどんな経路を辿るにせよ最低数年間は自分達が蔑んできた二等種として生かされるのじゃ、雲泥の差だろう?」
「……でも、その刑罰はどうやって」
「ボタンを押させるだけだよ。タブレットに執行同意書を表示してね、同意ボタンを押せば即時二等種のできあがり」
「そ……っ、そんな簡単に!?」

 二等種落ちの執行用ボタンは、棺桶に収納されているF品と呼ばれる性処理用品のなり損ない――正式なモルモットであり部品というやつだ――もしくは廃棄処分となった性処理用品ないし作業用品の中から、ランダムで一体の緊急処分機能を動作させる。
「懲罰で収納されている個体は対象外だから、安心しなよ」と央はこともなげに言う。もう棺桶にいる段階で安心など無いと、突っ込んでもいいだろうか。

「そもそもあの棺桶は、ボクたちが誤って二等種に堕ちないためのセーフティなんだよ」
「セーフティ……」
「そ、少しでも命に関わるような処置をしてしまえば、人間は簡単に二等種に堕とされてしまう。だから、あの箱の中でも壁飾りとして展示する際も、生命維持機能を取り付けるんだ。我々人類は手を尽くした、だが二等種が『勝手に』死んだ、という形にするためにね」
「!!」

 いやぁ、昔の人も良くこんなことを思いついたよね! と央は笑う。
 ……けれど央の瞳は笑っていないし、その言葉はどうしようも無い嫌悪感と自罰的な感情を帯びていて。

「あ、あのっ……」
「……今、キミは何も見ていない。いいね?」
「…………はい」

 威圧するような瞳で、けれどもどこか苦しそうに釘を刺す央に、シオンは複雑な思いを抱きながらもこくりと首を縦に振った。
 きっとそれは、人間様として抱いてはいけない感情なのだろう。
 ……央の中には人間様になる前の心も多少は残っている、その事実に少しだけ歓喜を覚えたことは内緒だ。

「だから、現状でキミの事がバレた場合、永久封印になるって言ったんだよ」
「そっか……永久封印すれば、少なくとも災害は防げますか?」
「今のところは、ね。もしかしたら永久封印すら時間稼ぎかも知れないけど。それに何よりキミは、作業用品としては非常に優秀だ。他の保護区域から視察が来る程度にはね」
「へっ、し、視察!?」
「ま、視察に来た管理官は皆衝撃と落胆を抱えて帰還するんだけどね!! 前代未聞の被虐嗜好持ち個体が、そのドマゾっぷりを素体に見せつけることで品質を向上させているなんてとても真似できないから!」
「…………何だろうこの複雑な気持ち」
「それ、ここの管理官全員が思ってるよ」

 有能故に、恐らく矯正局はシオンを永久封印した状態で調教用作業用品として使い倒すだろう。
 それこそシオンの魔法の全容が解明され、安全に処分できる日まで……いや、今のこの国には耐用年数を無視して使い倒す技術があるから、もっと碌でもない結果になるやも知れない。

「だから絶対にバレるなって言うんだよ」と央は再度強調する。
 少しはその加工された頭でも、事の重大さを分かって欲しいと願って。

 ……しかし残念ながら(当然ながら?)央のまっとうな願いが届くほど二等種は思慮深さを持たず、シオンの思考はどこまでも性癖に偏っているのである。

「……確かに、永久封印されて死ぬまで働かされるのは困るかも」
「でしょ?」
「だって、リセットが無くなったら」
「うんうん、淫乱極まりない二等種風情にとっては一大事だよね」
「あんなちょっぴりでも、ご褒美があるから我慢を楽しめるのにさ」
「そうだよね…………うん?」

「そんな、ただ封印するだけなんて……折角の貞操帯だよ!? 宝の持ち腐れすぎる!」
「はあぁぁ、どうして毎度毎度そうなっちゃうのかなぁ!?」


 ◇◇◇


 次の日、リセットを2日後に控えたシオンは昨日同様拘束具に全身を戒められ、膝立ちで目の前の央を眺めていた。
 その瞳には久しぶりに喜びと純粋な期待が宿っている。いや、これを純粋と呼んでいいかはともかくとして。
 対照的に央はカートに用意した器具を眺めながら「ほんっとうに……理解できない……」と首を振り、浮かない顔でぶつぶつ呟いていた。

「ねぇ、123番」

 いつもより低い声で央はシオンを呼ぶ。
 その顔には「頼むから否定してくれ」とちょっと悲痛な願いがこもっていたのだが、浮かれきったシオンには届くはずも無く。

「本当に、こんな太いものをぶっ刺すのがいいの?」
「はい! むしろ太い方が好みです!」
「何なら性処理用品がぶら下げている様な大きなリングでも」
「っ、このバカっ、ヘンタイ、頭おかしいんじゃ無いの!? ……だからそこでなんで嬉しそうな顔をするんだってばあぁぁ!!」

 ボクはやりたくないんだけど!! と顔を真っ赤にして怒鳴りつける央の隣。
 緑の覆布を敷いた銀色に光るカートの上には、消毒キットと共に見たこともないような太い針とピアスが鎮座していた。


 ◇◇◇


 事の起こりは、昨日の検査後である。

 現状詳細な災害発生の原因が分からない以上、災害の規模を抑える方法はシオンの絶頂間隔を延ばす事だけ。
 当然この方法だけでは限界が来ることも予測されているから、何かしら他の手段を見つけなければならないと、央は延長の気配を感じ取り少し焦っていた。

「減災の手法がいくつか見つかれば、それを組み合わせられるんだよね……」
「その、延長だけではだめなんですか?」
「……いやまぁ、キミが最終的に永久封印される前提ならそれはそれでありなんだけど……大体たった1ヶ月の禁欲でこのザマだろう? キミ、今月何回管理部長から懲罰を食らったっけ」
「う゛っ…………私が21回、至が20回……」

 ほぼ毎日だよねそれ、とじっとりした目でシオンを睨めば、二人はその場でしょぼんと縮こまり「申し訳ございません……」と小さな声で謝罪を口にする。
 いや、これでもシオンは最大限の努力をしているのだ。ただそんな奮闘など鼻で笑うレベルに、性欲の管理が二等種には厳しすぎるだけで。
 分かってはいるが、だからといってここで甘い顔をするわけにはいかない。

「キミが痛い目を見ようが、触ることも出来なくて狂おうが、それはどうでもいいんだけど、それだけ懲罰を食らうってことは作業効率も落ちているだろう? これで性能まで落ちたら目も当てられないからね」
「狂ったら作業効率は落ちるんじゃ……」
「そこはほら、性処理用品に使われる正気を保つオクスリはよりどりみどりだから!残念なから変態を矯正するクスリはないけとね!!」
「知りたくなかった……」

 災害規模は増大傾向にあるとは言え、どちらの世界も災害の頻度自体は厳格な射精・絶頂管理のお陰できっちり4週間でコントロールされている。
 忙しいのは相変わらずだが、ようやく本来の研究の時間も取れそうだからいい方向に転ぶといいんだけどねぇ、と央はソファにぽふりと身を投げ出した。
 足をパタパタさせているのは、央が考え事をしているときの仕草だ。これは子供の頃から変わらないままらしい。

「本来の研究……」
「そう、並行世界の証明だね。……恐らくキミの魔法は、並行世界と関連しているとボクは踏んでいる。となれば、キミのトモダチとその世界の存在を実証していく中で、何かしら解決法が見つかるかもしれない」

(並行世界が……魔法に関連……?)
(人間様に分からない魔力、私達以外に分からない世界……)
(んー、例えば謎魔力も並行世界由来だとか? 世界が違うから観測できない、みたいな)

 央の説明に、至恩達は何気なく念話でやりとりする。
 ふと思いついた仮説を心の中で呟けば、それをめざとくキャッチしたのだろう至恩の世界の央が「あ、それはあるかもしれない……!」と目を見開いた。

 ……思った以上に、央は二人の念話を盗み聞いているようだ。
 聞こえるのは自分の世界の呟きだけだというけれど、想い人に心の奥底まで覗き込まれるのは……つまりあれやこれや見られたくないものまで筒抜けの可能性があるわけで。

 それは死ぬほど恥ずかしくて……ちょっとゾクゾクする。

「123番、トモダチ経由で今の仮説を向こうのボクにも伝えて。今回のリセットで……うん、今からでも間に合うはずだから、実験をしよう。詳細は今から渡す」
「あ、はい」
「それはそれとして、減災の試行錯誤は続けないとね……原因が分かるまで待てる余裕も無いし」

 至恩の世界の央は机に向かい、仮説を実証する手段を書き記していく。

(……鋭い。やはり至恩の思考は天然モノにしては残りすぎている、いや墜とされよりも高いかもしれない)

 先ほど聡明なひらめきを与えた彼は「減災かぁ……」となにやらトモダチと話し合っているようだ。聞こうと思えば聞けるけど、あのだらしない顔は絶対に碌でもないことを考えてるから、聞こえないことにした方がいい。

(成体になったときもそうだった。あの頃から思考力は落ちたように見えて、全く衰えてない。……あくまでそのリソース配分が性癖に全振りされただけ)

 何故なのか、なんて理由を深掘りする気は無い。何となく予測はついているし、何より貞操具のお陰で変態方向以外の思考力は十二分に削がれているから、作業用品の管理上は特段問題も無いだろう。
 むしろ今回のように、自分の性癖を心ゆくまで満たす目的なら冴えたアイデアを得られるかも知れない。モノは使いようと言う奴だ。

(……まぁ、変態特化ってのは…………複雑だけど、さ)

 すっかり「キーホルダー」「ご主人様」認定されちゃったし、と心の中で愚痴りながら央はデバイスを至恩に渡す。
 こうやって物を渡すときですら、決して指先が触れることは無い。許可無く人間様に触れることは重罪であると身体に刻み込まれている彼のすっかり大きくなった手が、あの頃と変わらないこの小さな手を握ることは、きっと……

「あの、人間様」
「……っ、な、何?」

 物思いに耽っていれば、それぞれの世界のシオンがおずおずと話しかけてきた。
 研究室内では人間様の顔を自由に見て良いと許可を与えているにもかかわらず、相変わらず土下座で額を床に擦りつけながら、だ。
 その態度に少し苛つきを感じつつも尋ねれば、シオンは「あの、減災とはちょっと違うんですけど」とそのままの姿勢で話を切り出す。

「顔は上げて話しなよ。それで?」
「ありがとうございます……その、懲罰を食らうのってめちゃくちゃ欲求不満だからだと思うんです。リセットだけじゃ全然足りないし……それで」
「絶頂はダメだよ、あと貞操帯を外すのも」
「あ、そ、それは分かってます。だから、条件を守ってこの不満を少しでも解消するために…………その、人間様が『ヘンタイ』って詰りたくなるようなことをして頂いても、いいですか?」
「…………はい?」


…………


 ヘンタイッテ ナジリタク ナルコト ?


 思いがけない懇願に、央の頭はフリーズする。

 それも当然の反応だろう。
 目の前で不安そうに懇願する今も、シオンの手はずっと金属の覆いをカリカリと引っ掻き、腰を床に押しつけてくねらせ、眦に涙をにじませて時折無意識に「逝きたい……」と呟いているのだから。
 誰がどう見ても限界、欲求不満の極致。
 なのに、それを癒やすためにねだるのが、事もあろうに更なる変態行為とは、これ如何に。

(ま、まぁ……作業効率をこれ以上落としたくないのは本心だけどね……)

 とてつもなく嫌な予感はする。
 だが、あの有能且つ勘の鋭い久瀬にバレる事態だけは、なるべく遅らせたい。……正直いつかはバレると思うけど、今はまだ早すぎる。
 その点において、央とシオンの意見は一致している。

 ……だからと言って、一応話だけは聞こうかと「そっ、それで、何をするの?」と問いかけてしまった10秒前の自分を、全力で止めてやりたい。

 央の言葉にぱぁっと目を輝かせたシオンは「あ、ピアスです!!」と叫ぶ。
「ずっと憧れてて」「ね、いいよねぇピアス……」と……多分二人で語り合っているのだろう、うっとりした様子のシオンに、央はほっと胸をなで下ろした。

(なんだピアスか! そのくらいならちょろいちょろい、ボディピアスは変態とまでは言わないでしょ!)

 確かにこの保護区域では、作業用品がタトゥーやピアスを入れるのは日常茶飯事だ。
 耳や鼻、唇、臍など、彼らは思い思いの場所に多種多様の形の金属を通して飾る。色は首輪と同様銀色のみと定められているけれど、それでもピアスは人気があって身体に2つ以上穴の開いていない作業用品は非常に稀だ。

 央は管理官では無いから、二等種へのピアッシングの経験は無い。
 だがそれは久瀬に教えを請えばいいだけだし、彼も特段理由を求めては来ないはず。
 つまり、彼らの要求は災害の元凶を暴露することには繋がらないと央は結論づける。

 だから。
 ほんのちょっとだけ、忘れていたのだ。

「やった! じゃあ、性処理用品の……ほら、製品が着けてるようなぶっといピアスを乳首に通したいです!!」
「…………キミ、やっぱり貞操帯を手に入れてからますます頭がおかしくなってない!?」

 目の前で嬉しそうに笑う二等種は、筋金入りのドマゾ個体だと言うことを。


 ◇◇◇


 と言うわけで。
 それぞれの世界でシオンは興奮に目を輝かせながら、央は目眩を覚えながら向かい合っている。

「あは……人間様が開けてくれるんだぁ……はぁっはぁっ、あ、鼻血が」
「ちょ、ティッシュティッシュ……ったく、まだ何にもしてないのに、良くこれだけでそこまで興奮できるね!? 調教管理部の許可は得たし手順書も貰ったけど、ピアスなんて初めてだからね! 後で痛いとか何とか文句言わないでよ?」
「はっ、初めてえぇ!? あはっ、にっ、人間様の初めてを……」
「ごご誤解を招くような言い方をするんじゃないよ、ふっ不良品如きがっ!!」
「ひぎゃあぁぁっ!!」

 ああ、だめだ。
 あまりの嬉しさに昨日はろくに眠れなかったのもあって、どうやらいつも以上に脳みそはお花畑になっているらしい。
 詩音はまだビリビリ痺れた身体を何とか立て直しながら「やっちゃった……」と隣でオロオロしている至恩に涙目で笑いかける。

「あ、あの詩、一体何があったの……?」
「……あのね至、人間様はピアスを開けるの初めてなんだって」
「!? …………は……初めて…………それは人間様のしょ」
「待って至、それ以上呟いたら私みたいになっちゃう」

 慌てて口を噤んだ至恩の言いたいことは、当然理解できてしまったのだろう。「もう、キミもトモダチも脳みそ溶けてない?」と嘆息し、こちらの央は椅子に座って手順書を確認しながら紫のマーカーを手にした。

 ……気のせいだろうか、央の耳が真っ赤に染まっている。

「ほら、背中を丸めない!」
「っ、はい」

(はっ、始まるぅ……!)

 お楽しみの時間がやってきたと、二人の心臓が早鐘を打つ。
 カートの上、清潔な青い布の上に鎮座するのは、病院どころか地下に閉じ込められてからもついぞ見たことない太さの針と、それと同じ太さのシャフトを持つバーベルピアスだ。

 隣には消毒薬に浸された綿球が数個、そして先端の異なるハサミのようなものが2本。
 片方は馬鹿でかくて先端が輪っかになったもの。
 もう片方は先端が穴の開いた三角の形をしていて、その底辺には切れ込みが入っている。

(うわあぁ、本格的ぃ……!)

 ああ、これからこの身体を彩る輝きを、そして無機質で無慈悲な道具達を見るだけで、ぞわぞわと背中に走る何かが止められない。
 こんなにドキドキして、息が荒くなるほど怖いと思っているのに……怖いが、気持ちいい。

「興奮するのは勝手だけど、動かないでよ。場所がずれちゃう」
「はっ、はっ、あは……はい……」

 つんつん、と央が乳首の根元、側面を楊枝でつついていく。
「一番反応が良い場所に刺せばいいって」と誰かに(十中八九管理部長だ)教えて貰ったのだろう、少しつついてはこちらの反応を伺い、また少しずらしてつつくことを何度も繰り返す。

「んっ、んぅっ……はぁっ……お腹がぁ……」
「何、乳首を突いてるだけで子宮が疼いちゃうの? 擦られても」
「んはぁっ!!」
「捏ねられても無いのに? ……スケベだなぁ、123番は」
「あ、あ、ああ……はぁ……はぁ……」

 すりすり、くにくに。
 央の、今はプラスチックの手袋に覆われた指が、器用に詩音の育ちきった胸の飾りを擦る。
 その度にぞくん、ぞくんと腹に重いものが溜まっていくようだ。
 ……ああ、至恩はついでに息子さんを叩き起こしてしまうのだろう。もどかしげに腰を振りつつも、時折痛みに顔を顰めている。

「ちょっと、じっとして」
「んぐ……あ、ありがとうごじゃいましゅ……」
「っ、バカじゃ無いの!?」

 濁った悲鳴を上げた至恩が、苦悶の表情を浮かべながらもへらりと笑っている。
 ちょっと軽い気持ちで重そうに垂れ下がるふぐりに鞭を入れたら、すぐこれだ。本当に被虐嗜好の二等種というのは御しがたい。

「まったく……マーキングだけでどれだけ時間を取らせる気だよ……」
「はぁ、なんだかこれだけで疲れちゃった……ん、左右の高さも揃ってるね」

 嘆息しながら央は大きなハサミのような器具――消毒鉗子でびしょびしょの綿球を掴む。
 乱雑にぐりぐりと胸を擦る刺激は、冷たさと相まって頭を……冷やしてくれるはずなどなく、むしろ二人の期待を煽るだけだ。

「……すっごい太い……」

 二人は、改めてカートの上に置かれたピアスと針を見つめる。
 できるだけ太いのがいいと全力で力説した結果、選ばれたのは8G。太さ約3.2ミリ、シャフトの長さは至恩が16ミリ、詩音に至っては18ミリ。
 一般的な乳首用のファーストピアスは12から10G(2~2.5ミリ)、シャフトも12ミリ前後が一般的なのだが、二等種として加工され肥大化した乳首にはそんな可愛らしい長さでは足りないらしい。

 ピアス用の針は中が中空になっている。いわゆる注射の針と同じ構造で、だからこそ切り口の径が異様に大きく映って……それがまた、被虐心をそそる。
 と、央が小さな滅菌バックをパリパリと開けて、コロンと中身を布の上に出した。

「手袋を替えて、と……ほら、自分の変態っぷりが自覚できるでしょ?」
「え、あ……」

 飴色のラテックスの手袋を着けた央が、カートを目の前に持ってくる。
 良く見ればさっき出したのも針、のようだ。といっても8Gの針と比べれば随分細く見える。

 いいことを教えてあげる、と央は細い針をすっと太い針の中に差し込んだ。

「……ね、すんなり通る」
「…………え……?」
「キミも幼体の頃には散々身体に針を刺されてあれこれ注入されていたでしょ? ……その時に使っていた針がこれ、14G」
「………………!!」
「ま、地上の病院じゃこんなぶっとい針を人間に刺す事なんてほとんどないんだけどね! 二等種は人間じゃ無いから、太い針でも痛みなんて『無い』んだよねぇ? ……まさか忘れちゃったの? 幼体の頃に教えられた筈なのに」
「っ、は、はい……注射、痛くないです、ありがとうございます……!」

 反射的に教え込まれた「正しい応答」を口にする二人の前で、ピアス用の穿刺針の中に差し込んだかつてあれほど恐ろしかった針は、何の抵抗もなくぽとりと布の上に落ちる。
 ……しないはずの音が耳に届いた瞬間、ぞわっと至恩達の全身に鳥肌が立った。

(え、あ……あの、針!? あんな太い注射したこと無いっていつも半泣きだった針が……するんって……)
(ねぇ、至。もしかしてこのピアスの針って、乳首の肉が)

「ああ、この太さだし肉をくりぬかれるだろうって言ってたよ。ちなみにもう一つ大きいサイズでもいいんだけど、ボクが初めてだからこっちにしろってさ。いやぁ残念だったね、管理部長に頼めば6Gで……製品と変わらない太さのピアスを着けて貰えたのに」
「ひぃっ!!」

 念話を拾い上げた央は、薄ら笑いを浮かべながらすかさず畳みかける。
 ……その言葉の後ろから、お前ら二等種に許されているのは苦痛だけだ、快楽であっても苦痛に繋がらないものは与えないと冷たく言い放つ管理官様の声が聞こえた気がする。

「分かってると思うけど、麻酔なんて上等なものは使わないから。ま、性処理用品と違って調教の必要は無いから、治癒魔法と一緒に痛みは止めてあげるけどね。ふふっ、こんなもので肉を抉り取られて喜ぶだなんて……堕ちたもんだね、キミも」
「あ、あ、あ……」

(……詩、もしかしなくてもさ)
(うん……私達、やらかした……? 肉を麻酔無しでくりぬかれるって……)
(四肢切断魔法よりはきっと痛くない、痛くないよ、多分……)
(それ、何の慰めにもなってないってば!!)

 いくら脳天気が服を着て(着てないけど)歩いていると言われる至恩達でも、はっきりと分かる。
 これは間違いなく、針を刺された瞬間に後悔するやつだと!

(ひっ、怖い……怖い、怖いよう……!)

 恐怖に身体は震え、歯の根が合わない。
 真っ青になって「あ……ぁ……」とか細い声で訴えたところで、元はと言えば自分達が希望したものだ。ここで央が引き下がってくれるはずが無い。
 それどころか、想い人は「ちょっとは性根に入れやがれ、このポンコツドマゾ変態二等種め」と言わんばかりの冷たい目でこちらをねめつけている。

 ――うん、それはそれで眼福だけど、残念ながら堪能している余裕は無さそうだ。

「あ、着け忘れてた。舌を噛んだらまずいからね」

 ふわり、と黒いモノが目の前に浮かんだと思ったら、無理矢理開けられた口にズブリと何かが差し込まれる。
 思わず嘔吐けば「吐くなよ」と電撃を浴びせられ、その間に手際よくベルトをぎりりと締め込まれた。

「体験したことことあるでしょ? 入荷した素体に着ける口枷だよ」
「んむうぅぅッ……」
「んじゃ、始めよっか」

 そう言って央が手にしたのは、あの針と呼んで良いのかも怪しい凶器……ではなく、さっき綿球を掴んでいたより一回り小さい鉗子だった。
 一体何を、と戸惑っている内に、央は下から乳首を三角になった先端で……ぎゅっと挟み込んだ。

「んううううう!!」

 カチカチ、と金属のかみ合う音がする度に少しずつ圧力が強くなる。
 このままでは潰れる、と恐怖に駆られるも、身を捩ることすら許されない。

 「あれ、この針……嘘だろ、スリットが狭すぎて通らないじゃん!仕方ないか、少し深めにかけて中を通そう」
 「んおぉっ!!」

 一度鉗子を外されて、再び深くかけ直される。
 ほんの十数秒挟まれていただけで、鉗子のギザギザが残る先端は真っ赤になり、血が通う拍動に合わせてじんじんとした痛みが走っている。
 そこに間髪入れず鉗子をかけられるのだ、このままでは乳首がもげてしまいそうな激痛が二人を襲う。

「うがあああっ!!」
「ぐうっ……!」

 どれだけ叫ぼうが、央の手が止まることはない、
 暫くしてつん、と何かが乳首の側面に触れた。
「ほら、見てみなよ」と央に促された至恩たちの目の前には、いつの間にか使い慣れたホログラムのスクリーンが表示されている。

 そこに映るのは、限界まで潰され白くなって悲鳴を上げる胸の飾りと――あの凶悪な針。

「こう言うのって、見えるのと見えないの、どっちがいいか分からないけどさ」

 ぐっ、と央の手に力がこもる。
 ぷつん、と表皮が切れた感触が何となく伝わってくる。

(……あ、そこまで痛くない)
(挟んでいる方が痛いね、これ)

 最初の一撃はそれほどでも無かったことに安堵した至恩達を襲うのは

「自分の発言には責任を持って、最初から最後まで見届けるべきだとボクは思うんだよね」
「んぐううっ!!」
「うぎゃあぁぁ……っ!!」

 鋭利な刃物がゆっくりと締め付けられた肉の中を無理矢理通り抜け、ぶちぶちと組織を断裂し抉り取られる、これまで味わったことも無い痛みだ。
 ……いや、冷静になれば確かに魔法で四肢切断されたときよりはマシな気がするが、敏感な場所に穴を開けられる痛みと恐怖はそれどころでは無くて。

(まだ、終わらない……!?)
(痛い、怖い、痛い、死ぬ、痛い……助けて……!!)

 口は塞がれていても、心の中はずっと絶叫したままだ。
 ……そして央は、基本的に念話をずっとチェックしている。
 だから

「んもう、うるさいなぁ……乳首の組織って硬いし、ボクの筋力じゃ時間がかかるんだよ。ちょっとは大人しくしてなよ!」
「が……っ……!!」

 額に汗を浮かべ、よりによってぐりぐりとねじりながら針を貫く央が、苛立ち紛れに懲罰電撃を落とした途端、二人の緊張と痛みと恐怖が一気に脳を駆け抜ける。

 狭くなった視界に映るのは、太い金属に憐れにも串刺しにされ、悲鳴を上げる己の胸の飾り。内に秘めたドロドロした被虐の想いを凝縮し、まるで見せびらかすような惨めな姿――

『……ヘンタイ』

 妄想の中の央が、心底呆れたような表情で冷たく言い放って。
 その声色にゾクリと身体が震えた、次の瞬間

「……ぁ…………?」

(なに、これ)

 頭の中に、星が瞬く。
 痛みは消えない。恐怖も終わらない。緊張なんて心臓が破裂しそうな勢いだ。
 なのに……その全てが、一気に快楽へと反転して……

「……あひぃ…………」
「ふぅ、やっと通った……123番、ピアスを通すからまだ動かないで、ってちょっとキミなんて顔をしているんだい!? え、待った、まさかこれで絶頂とかしてないよね!?」

(気持ちいい……)
(ああ、やっぱりドマゾプレイはさいっこー……)

 二人は随分久しぶりに、被虐の先にある快楽と満足感を堪能したのである。

ピアッシング



 ◇◇◇


「は……気持ちよかった、だって……!?」

 すっかり「飛んだ」顔をした至恩達に冷や汗をかきつつも、首輪のモニタリングと災害情報を確認し絶頂は回避したことに安堵した央は、だらしなく惚けた二人を一旦気にしないことにした。

 針のお尻にピアスを取り付けぐっと押し込めば、直径3.2ミリの眩く輝く飾り……というには随分凶悪な見た目のピアスは、すんなりと乳首の根元を貫き収まった。
 そのまま左の乳首も貫通し――貫通する度悩ましい呻き声が漏れてヒヤヒヤしながらもピアスを取り付けた央は、汗だくの二人から口枷をずるりと抜き去る。

 そして……暫く嘔吐いた後に彼らが発した言葉は

「はぁ……痛いのに、気持ちいい……あっ、中がきゅって……」
「ちょっと……出そうだった、あはっ……」
「「はああああ!?」」

 ――もはや詰る言葉さえ失うほどの、ある意味お約束の反応だった。

「嘘だろ、え、いっ痛かったよね!? 君さ、性処理用品の訓練なんて受けてないでしょ? てか受けていたって針を刺されること自体に興奮する製品は無いし、どれだけマゾなんだよ!!?」
「ねぇ見て詩、ほら! ピアス、似合ってるかな?」
「うん、すっごくいい!! でもさ、やっぱりリングの方が良かったかな。もっとマゾ奴隷とか家畜っぽくて……」
「君らちょっと人の話を聞きなよ!!」

 時折痛みに顔を顰め、しかもその痛みをどこか喜ぶかのような蕩けた表情を見せる二人に、央はぐったりである。
 もうこれ、傷は魔法で治癒させても痛みはそのままで良いんじゃ無いだろうか。いや、痛いから余計に意識しちゃうとか言ってるからダメか。

「……うん、さっさと終わらせてボクは執務室に帰るよ」
「え、まだ消灯時間じゃ……」
「これ以上ここにいたらボクまで頭がおかしくなりそうだからね!!」

 ブツブツ文句を言いつつ、央は治癒魔法をかける。
 見慣れたはずの二等種の裸は、ただ二つの銀色で胸の先端を飾られただけなのに……妙にドキドキが止まらない。
 ……この後ボクは椅子から立ち上がれるのだろうか。トモダチの方のボクは男として生きているからともかく、自分は……これだけは見られたくないのに。

 そんな央の煩悶を知らないシオンは、相変わらずうっとりと悩ましい声を上げている。
 いや、心なしかその声はさっきより切羽詰まっているようだ。

「んっ……」

 じんじん、する。
 さっきまでは穿刺の衝撃と激痛で完全にマスクされていた、脈動するような小さな、けれどとても無視できそうに無い快感が、穿たれた先端から送り込まれる。

(もどかしい……)

 思わず腰が揺れる。
 呼吸で胸が上下する。
 ……そんな小さな動きを、ピアスで刺激されたままの乳首はすぐさま気持ちいいに変えてしまう。
 ああ、拘束を解かれたら今日は思いっきり胸を弄ろう。今ならそっと先を撫でるだけで、頭がトロットロに蕩けて腰のヒクつきが止まらなくなるに違いない……

「至ぅ……乳首で逝っちゃいそう……」
「…………はい?」
「これ、凄い気持ちいいね詩……いつもよりずっと脳みそが溶けて無くなりそう……」
「感度あがったよね……んふぅ、これなら至も乳首アクメ決められるよ……」
「………………嘘でしょ……」

 早く、早く、拘束を解いて欲しい。
 この感覚は間違いなく、緩いアクメへと向かうはずだ。
 早くこの手で触れて、柔らかな肉を彩る無機質な印を実感して、ピンとピアスを弾いたら中から快感が広がって……

 二人の頭の中は、未知の頂への期待ですっかり満たされる。
 拡がり続ける妄想の向こうで、カチャカチャと金属の音が……きっと央様が拘束具を外している音だ。
 もう少し、あと少しで、ここに、触れられる――

「……?」
「はい、おしまい。じゃ、ボクは執務室に戻るけど大人しくしてるんだよ」
「へっ」

 不意にかけられた声に、至恩達は戸惑いを覚える。
 だって、確かにフレームからは外されて自由に動けるようになったけれど、まだ手は後ろで繋がれたままだから。

(……何で? 手は自由にしてくれないの?)
(んっ、これじゃっ……んふっ、触れない……)

 どうして、とこちらに背を向けた央に縋るような視線を投げれば、央は振り返ること無く「当たり前でしょ」と言い放つ。

「分かってる? キミに勝手な絶頂は許されない」
「え、あ、でもほら、股間じゃ無いし……」
「股間じゃ無いなら大丈夫だって証拠はないよね?」
「そっそれは……実験、しないと……」
「うん、そうだね?」

 央の足元で、転送用の陣が光り始める。
 光に包まれた央はようやっとこちらに振り向き……その表情を見た二人はヒュッと息を呑んだ。

(あ、あれぇ……央様……?)
(えっと、ちょっと……どころで無く、怒ってる……?)

 央はに満面の笑みを湛えていた。
 ……ただし、額にくっきりと青筋を浮かべながら。

「だから、乳首で絶頂した時の魔法発動についても調べようね、リセット日に!」
「えっ」
「だからそれまで乳首はお触り禁止!! あ、壁と床に乳首を擦りつけたら電撃が流れるように術式を組んで置いたから、バカな事は考えるんじゃ無いよ?管理部長にもよーーく申し送っておくから」
「えええ、最後のは勘弁してほしいなって」
「はぁ、リセット日まであと3日しか無いのに……手が自由でも乳首を触れない仕組みを作らなきゃ……」
「えええええ!?」

 少しはボクを楽させようとか考えて欲しいんだけどな! と叫びつつ、央はシュンっとその場から消えてしまった。
 ……後に残されたのは、一ヶ月近く封じられたせいで限界を突破した上に、性癖に走る選択の代償と言わんばかりに切なく疼き続ける、なのに全ての良いところに触れることを許されない、憐れな不良品達だけ。

「そ……そんな……え、もう消灯!?」
「嘘でしょ、こんなにジンジンして辛いのに……ああっ、押しつけたい! 擦りたい!」

 カチッと小さな音共に明かりが消える。
 シオン達は真っ暗な中、慌てて横になった。

「んっ……」
「ふぅぅ……っ……」

 床に擦りつけないように細心の注意を払いながら、二人は何とかこの渇きを癒やそうとする。
 けれどどれだけ身体を揺すったところで、空気の流れ如きではこの辛さを癒やすことなどできるはずがない。

「えええ、僕明日まともに作業できる気がしない……」
「これじゃ……状況が悪化しただけじゃない……!! うわあぁん触りたいよぉ!!」

 ……その夜、研究室では未明まで熱っぽいすすり泣きが止むことは無く。
 泣き疲れて眠れたかと思えば、案の定起床出来ずに「刺激は欲しいけどそうじゃない」と朝から嘆きたくなるような電撃を乳首の内側にまで流される羽目になったのだった。


 ◇◇◇


「ということで、今回のリセットは二つの実験を兼ねて……って聞いてないね、これ」
「はっ、はやくっ、至ぅ触ってぇ! 乳首も! クリトリスもっ、中も……全部、全部っじわじわして、無茶苦茶にして欲しいのぉ!!」

 今日は詩音からリセットするから、そう一方的に宣告された詩音は必死の形相で至恩に刺激をねだり続けている。
 心なしかいつもより愛液の量も多そうだな、と貞操帯を外した途端どろりと股間から白い糸を引く様に、至恩は思わずゴクリと喉を鳴らした。

「人間様、貞操帯です……」
「ん、記録して洗浄を終わらせるからそのまま待機」
「? はい」

 すぐに詩音を逝かせていいよと言われるかと思ったのに、今日は珍しく焦らすつもりだろうか。
 もじもじしながらも洗浄をぼんやり待つ至恩とは対照的に、身動きの取れない詩音はガチャガチャと金属音を立てながら「触ってぇ、ねえ、早く触ってよぉ至っ!!」と我を忘れ涙混じりの声で叫んでいる。

 そうこうしているうちに処置が終わったようだ。
 すっかり綺麗に洗い上げられた貞操帯を手にし「やっぱり分かんないよ……こんなものをつけて過ごすなんて、何がいいんだか」と首を捻りつつ央が戻ってくる。
 気付けば詩音の愛液に塗れていた股間も、きれいさっぱり洗浄されていた。まぁ、洗ったところで満足を知らない身体は延々と白濁した液体を垂れ流すのだが。

 はい、と央が至恩に貞操帯を手渡す。
 ポカンと見上げていれば「早く装着しなよ」と急かされて、ようやく至恩は先ほど央が話していた実験の意味を知るのだ。

「あ、あの……まさかとは思うんですけど……」
「その通りだよ。今日は乳首で絶頂した時の魔法発動も調べるって言ってあっただろう? だから股間はいらない」
「っ、い、いらない……!?」
「だってあの時も、乳首だけでアクメ決めそうだったんでしょ、キミのトモダチ。なら股間の刺激なんて余計なノイズ無しに、純度100%の乳首逝きで実験が出来る」
「そんな……!」

(うわぁ、詩が気の毒すぎる……!)

 なまじ開発済みの敏感乳首を持つお陰で、月に一度のお楽しみさえ取り上げられるだなんてあんまりだと、至恩は泣きそうになりながら膝立ちで拘束されたまま腰を揺らす詩音を見つめる。
 自分が辛いのは、いつものことだから諦めている。だが、やっぱりトモダチが辛くて悲しいのは(性癖に刺さってない限りは)胸が粉々に砕けそうなほど、苦しい。

「はぁっはぁっ、はやくっ、はや……え……いた、る……?」
「…………ごめん、詩」

 せめてひとなでだけでもと至恩が指を伸ばしかけるも、指が固まって動かない。
 その強張りは、普段ここでは意識することの無い人間様への絶対服従を思い出させる。
 もう一度(ごめん)と心の中で謝った至恩は、そっと綺麗になった透明なカップを詩音のなだらかな……ほんのり色づき震えている秘部を覆うように押しつけた。

 ……どうやら詩音も、実験のことを思い出したのだろう。みるみるうちに瞳から大粒の涙が零れ、バチン! と脳天まで焦げてしまうような電撃に見舞われる。
 力が抜けて崩れ落ちたくても首が締まるから、気合いで膝立ちの姿勢を保つしか無い。

(ああ、そんな……! やだ、やだっ、つけないで至、まだ何にもしてないのにっ! お願い一度でいいから触ってえぇぇっ!!)

 心の中で懇願すれど、泣き叫びはしない。まして、嫌だと反抗することなんて出来やしない。
 数ヶ月の貞操帯管理は、詩音の中でどの人間様よりも央を最上位に位置づけ、今や神に等しい存在と化しているから。

「……あぁ…………!」

 小さく諦念のため息が漏れるのと、カチンと南京錠の軽快な施錠音が響くのは、ほぼ同時だった。


 ◇◇◇


「んひいいぃ……あはぁ、至、もっとぉ……もっと先っちょこしょこしょしてぇ……」
「うん、こう?」
「あはぁぁっ!! そっ、それっんうっいいのぉ……! はひぃっ……あぁぁ……」
「気持ちいいよね、乳首って、どこよりもずっと甘くて……溶けちゃいそうに気持ちいい……」

 両方の世界の央が固唾を呑んで見守る中、詩音はゆっくりと、しかし確実にトモダチの手管によって追い上げられていく。
 これも魔法が発現してからだろうか。元々互いのいいところは全部知り尽くしていたけれど、今は言葉を交わさずともどんな風に刺激されたいかがはっきりと分かるのだ。
 リセットの時には絶頂させるタイミングも相手の好みに合わせられるから、とても助かっている。あんまり長くなると央に止められちゃうけど。

「あひっ、いぐ……これ、いぐっ……」
「うん。もう、いい?」
「もういいっ、だって中トントン出来ないもん……! はやくいがぜでぇ……!!」

 ぐしゃぐしゃになった顔で訴える詩音に「いいよ、逝って」と囁きかけ、同じリズムで淡々と胸の飾りを筆で擦り続ける。
 程なくしてガチャン! と大きな音を2度、3度立てて詩音はぐるりと目を上転させ、言葉も無く甘やかな極みへと達した。

「いぎっ……ううっ、乳首はここからがいいのにぃ……」

 白い波が幾度も押し寄せてくる、中に近くて、けれどもそれよりずっと甘くてトロトロの……練乳の中に使っているかのようなアクメは、この渇望を癒やすには優しすぎるけれどそれでもちょっとした安らぎにはなる。
 ……なるはずなのに、最初の波だけで無理矢理堰き止められるだなんて。きっと央様はこの良さを知らないに違いない、知っていたらそんな平然と「はいはい、絶頂したから終わりでしょ」と言ってのけやしないと、詩音は決して言葉に出来ない愚痴を呟きながら、胸元で至恩が作業をするのをぼんやり眺めていた。

「……至、それなに……?」
「ええと……これで乳首を覆うんだって」
「覆う? んっ……」

 くるくるとネジを回して、至恩がずるりと左胸のピアスを外す。
 思わず「んふぅ」と甘い吐息を漏らせば「ちょ、もう逝ったらだめだからね!」と慌てて央がリモコンに手をかけた。
 これ以上ビリビリは嬉しくない、と詩音はハッと真顔に戻り、感じちゃダメ、感じちゃダメと言い聞かせながら至恩の作業を見守る。

 乳首に被せられたのは、銀色のフードだ。
 ちゃんと詩音のぷっくり腫れた乳首の大きさに合わせ、フードが先端に触れないように加工されている。
 良く見ると左右には穴が開いていて、至恩は慎重にピアスの穴と位置を合わせているようだ。

「ピアス、着けるよ」
「うん……んぁ……っ……」

 乳首の中を抉られる感覚には、まだ慣れない。いや、気持ちいいという意味でだ。
 何もしなくたってこの太い金属棒に貫かれていれば、敏感な先端は24時間休むこと無く物足りない刺激に苛まれる。

「……よし、でてきた。これでこっちの部品を……」
「っ……うわ、ぁ……」

 金属のフードごと乳首をピアスで貫き、球状の留め具をねじ込む。
 この留め具はカラビナ同様、互いのトモダチのみが外せる仕様になっているのだそうだ。
「触るのはトモダチのリセットが終わってからだからね!」と央にきつく止められているから今は触れないが、乳首のてっぺんから根元までを完全に覆ったフードは、どうみても繊細な刺激をこの敏感な突起に響せてはくれなさそうだ。

(あは……乳首を触る権利まで、奪われて……)

 意識すればするほど、この金属の下の疼きは強くなるばかり。
 これはまずいと詩音はぶんぶんと頭を振り、研究ブースに戻ってしまった央の姿を追った。


 ◇◇◇


「うーん、予測通り……いや、しかし……んん? これは…………」

 央は相変わらず研究モードに入ってしまうと、こちらの声が聞こえなくなるようだ。
 その真剣な眼差しに見惚れながら待つ詩音の隣では、分析が終わるまでリセットをお預けされた至恩がぴったり寄り添い、頭をぐりぐりと肩に押しつけては切なそうな吐息を漏らしている。
 当然、事故が起こらないよう手は後ろで拘束されたままだ。

「んっ……はぁ、出したいよぉ……」
「もうちょっとの辛抱だって、ね。……あれ、でも至も今日はおちんちん無しなんじゃ」
「えええ、それじゃ僕逝けないよ!? 乳首アクメは未体験なのにぃ」

 そんな至恩の様子を、同じく手持ち無沙汰で眺める至恩の世界の央の心中はあまり穏やかで無い。
 いや、央の目に映るのはあくまで至恩だけだ。虚空に向かって笑いかけ、身体を揺する姿は常識的に見れば奇異で「頭がおかしい」とそか思えないだろう。

(……ボクも、あそこに)

 けど、今の央にはその姿が想像できる。
 至恩と同じ髪の色を持ち、二等種らしい男を誘う淫らな身体を露わにしたメスが、隣で……きっと至恩と同じように(話に聞く限りはそれ以上に)欲情に塗れてトモダチと言うには近すぎる触れ合いを楽しんでいるのだ。

 隣にいるのが自分であれば、どれだけ良かっただろう。
 まだ地上でそれなりに至恩と同じ教室にいた頃に、この想いを告げていれば――いや告げていたところで、シオンが二等種になってしまう運命に変わりは無い。

(服を着ているから、魔法で女の子と認識させているから……だからボクを好きなだけだよ、至恩)

 ああでも、常に欲に飢えもがいている今のキミなら、この身体ごと好きだと言ってくれるだろうか……

(ねぇ、向こうのボクも同じように思っているのかい?)

 央は至恩の向こうに、見えない「自分」を想う。
 向こうの世界のトモダチとやらは、随分とはっちゃけた性格をしているようだから、きっと男として生きている自分は全力で振り回され、怒鳴り回し……それをどこか楽しんでいるに違いない。
 ……もちろん、その根底には叶わない望みへの諦めを抱いたまま。

「……様……人間様?」
「え、あ、どうしたの123番」
「ええと、トモダチが……結果が出たからこれを」
「分かった、確認する」

 至恩からデータを受け取った央は、早速中身を確認する。
 ある程度予想したとおりの、しかし意外な結果にほうと感嘆する央の目に、余白にそっと添えられたテキストが飛び込んできて。

「……ああ、やっぱり一緒だよね」
「人間様?」
「何でも無い、こっちの話」

 鼻ガツンと痛い。
 央は泣きそうになるのをぐっと堪え「準備は出来てると伝えて」と至恩に告げた。


『キミも、シオンの隣にいたいと思っているかい?』


 ◇◇◇


「予想通りだね。どの部位で絶頂しても、それは魔法発動のトリガーとなる」
「そうですか……」
「だからその乳首のシールドは貞操帯同様、リセット時以外は外さない、いいね?」
「うう…………」

 至恩を手際よくポールに拘束していく中、央はそれぞれのシオンに最初の実験結果を告げる。
 案の定、乳首であっても絶頂さえすれば災害は起こってしまうようだ。
 そして抑制の効かない変態不良品であることを鑑みても、万が一の事故を防ぐために絶頂の可能性がある箇所は全て封印した方がいいという結論になったらしい。
 まさかお尻も? とおずおずと至恩が尋ねれば「そうだキミお尻で逝けたっけ」と央が頭を抱えている。

「貞操帯にしてしまえばお尻もガード出来るんだけど……キミ、確か貞操具の方がいいんだよね……」
「はいっ!!」
「ちょ、声がデカい!! ……参ったなぁ、大抵のことは人間様の命令で何とかなるけどキミのヘンタイっぷりだけはどうしようもないから……ちょっと管理部長に相談してみるよ」
「ひっ、あわわわよりによってどうしてそこに!?」

 絶対碌な目に遭わない、と真っ青になる至恩に「けれど、悪い結果ばかりじゃ無いんだよね」と央は空中に投影したディスプレイを指さす。

「これ、今までの災害とキミ達の最大謎魔力量との関係なんだけど……分かる? これまでの相関が今回は有意に崩れている」
「……災害の規模が小さくなってる?」
「そう。詳しくは後で調べるけど、これなら次回もリセットは4週間後でいけそうだね」
「!!」

 その言葉に、二人の表情が一気に明るくなる。
 数日前の話から、きっと今回は1週間延長になると覚悟をしていたのに、何という僥倖だろうか。

「やったよ、延びなかった!」と叫んだ詩音が、既に拘束されて身動きの取れない至恩に思わず抱きつく。
 うん、嬉しいのは同じだがそれはよくない。リセット直前の飢えきった身体には、いくら詩音とはいえメスの甘い匂いも柔らかな膨らみも、即死レベルの攻撃にしかならないから。

「まぁ、正直喜ばしいようで、非常に不愉快な予感がするんだけどね……」
「んはっ……えっと、不愉快?」
「こっちの話。さ、じゃあ貞操具を外して洗浄しようか。すぐに再装着するから」
「「へっ」」

 喜びに沸く二人に、央がいつも通りリセットの指示を出す。
 と、二人は意外そうな表情を浮かべ「再装着……?」と目をパチパチさせて首を傾げた。

 詩音が装具を外していくのを待ちながら、央はさも当然のように「条件は揃えないと」返す。

「もう忘れたのかい? 今日は魔法に並行世界の影響があるかを調べるんだよ」
「……あ、そう言えば」
「今回、事前に片方の世界でちょっとした仕込みをしてあってね。それぞれのリセットで何かしら差が出ないかを観測するんだ。……つまり、両方の世界でリセットの手法自体は揃える必要がある。被検体のオスメスの差はあるけど、このくらいは問題ないでしょ」
「リセット手法を統一……」

 だからね、と爽やかな笑顔を見せる央に、ゾクリと背中に快感が走る。
 ああ、その瞳の奥に混じる愉悦を目にすると、きっと手ひどい扱いが待っているって……怖いのに期待してしまう……!

 果たしてシオンの期待が裏切られることは無く。

「気合いで乳首イキを達成するんだよ、何時間かかってもいいからさ」
「「やっぱり!!」」
「あ、どうしてもダメそうなら腰の刻印を弄ってあげるよ。そしたらすぐによわよわ乳首になって簡単にメスアクメを決められる」
「「それなら最初から使ってほしいんですけど!!」」
「二等種に使う魔力はできる限り節約する、これ鉄則ね。ほら、さっさとやって」
「「ほんとひどい」」

 ……かくしてこれから3時間近く、至恩は待ち望んだアクメを得られず、ついでに封じられた股間からの猛抗議に顔を歪めながら「もう許して、逝かせてぇ!!」と泣き叫ぶ羽目になるのであった。


 ◇◇◇


「うーん、二等種であっても、そして乳首にピアスを通したところでオスの乳首開発はメス同様にはいかないと……こりゃ刻印を弄るしか無いね。もうすぐ消灯だし」
「はぁっはぁっはぁっ……もうだめ……しぬ……」
「はいはい調整してあげるから、さっさと無様にアクメ決めちゃいなよ、このヘンタイ」
「はひぃっ!? んは、あっ、うぁっくるっ詩っ何これ来るぅ!!」
「うわ……刻印の力凄すぎる……」

 お尻の割れ目の上辺りに央の手が触れる。
 柔らかな手袋の感触にぞくりとしているうちに、いきなり乳首の皮が2-3枚剥けたかのような刺激が脳に叩き込まれ、至恩は思わず「あひぃ……」と白目を剥いた。
 幼体の頃に、オスの脳はメスと同レベルの痛みや快感を浴びると壊れてしまうと習った。二等種の場合それでは色々と不都合なため、取りあえず壊れない程度に脳を弄ってあるとも。

 ……人間様のやることだからあくまで壊れないだけで、壊れそうな感覚に陥るのは変わりが無いのだけれど。

(やばいやばいやばい、これ死ぬ、本当に死んじゃう……!!)

 弄られているのは乳首なのに、腰から下が、そして頭がドロドロに溶けて輪郭が消えて。
 真っ白な波に、溺れる――! !

(あ、死んだ)

 身体の感覚が無くなって、全身が白の中に詰め込まれた、次の瞬間

「え……うわ、ちょ、何これ眩しっ!?」
「えええええ至ぅ!? しっ死なないでえぇ!!」
「…………はひ? ……はあああ!?」

 何の脈絡も無く至恩の頭が、ぱああと眩く発光した。


 ◇◇◇


 突然素っ頓狂な叫び声を上げた詩音に「一体何があったんだい?」と尋ねれば、央には見えない世界で想定外の事態が起こったことを詩音がつっかえながら報告する。
 なにそれ是非直で見てみたい、と最初に思ってしまうのは、研究者の性だろうか。向こうの世界のものは映像にしても映らないのが実に惜しい。

「……つまり、キミのトモダチが絶頂した途端、頭が光ったままになったと」
「はい、もう眩しくて目が開けてられない位で……でもちょっとずつ落ち着いてきたかな」
「そりゃよかった。髪の色だけならともかく発光現象を誤魔化す魔法なんて、きっと向こうのボクも思いつかないと思うよ」

 しかし乳首アクメで頭が光るなんて、変態も極めれば大変なことになるんだねぇと暢気な感想を抱いている内に、どうやら光は落ち着いてきたらしい。
 これは検証のしがいがありそうだと詩音の世界の央が情報を待っていれば……そこに提供されたのは、実に厄介な事象だった。

「……面積が、増えた?」

 至恩の乳首にシールドを取り付けながら詩音が話すには、どうやら浅葱色の髪の毛の面積が絶頂した瞬間に広がったようだ。
 向こうから渡された殴り書きのメモを見るに、これまでの増殖ペースから完全に逸脱しているのは間違いない。

(これは……うん、明らかな差異だ。それも向こう側の世界で……ということは)

「……これで確定だね」
「え」
「123番、キミの謎魔力の源は『並行世界の』恐怖と不安だ」
「!」


 ◇◇◇


 2日前、詩音の世界の央は実験の事前準備として密かにとあるデマを流す。

 いわゆる超常現象を扱うサイトに匿名で書き込まれたその話……エリアをまるごと水没させるような大災害が再びやってくるという情報は、瞬く間に世界中に広がった。
 もちろん、政府は即座にその情報をデマだと否定する。だが、半年にわたり続く災害で疲弊し、また遅々として進まない復興により高まった政府への不信感ゆえに、国がデマだと断定する度にその情報は真実としてかなりの層の支持を得てしまう。

 結果として、詩音の世界は一気に災害への不安が高まり――至恩の世界との大きな差が生じたのである。

「123番の魔法は、人間の不安と恐怖を糧とする。この状態でリセットを行った場合、何かしらの影響が生じると踏んだんだ。とは言え今回のリセットで溜め込んだ謎魔力が使われるのは次回のリセットだから、本格的な確認は来月の予定だったんだけど」
「……至の頭が光っちゃったと」
「そう。この世界に属するキミではなく、向こうの世界に属するトモダチに異変が生じたんだよね。だから、少なくともキミの魔法は並行世界の影響を強く受ける事が確定したって訳」

 発光現象自体は面白いけど特筆すべき事では無い、そう央は断言する。
 問題なのは、謎魔力の最大蓄積量に直結する、浅葱色の髪の量だ。
 恐らくは許容量を遙かに超える不安を受け取った結果、少しでも多くの謎魔力を蓄えようと何かの力が働いたと見るのが自然だろう。

「ええと、つまりあり得ない大きさのディルドを無理矢理入れたら」
「穴がガバガバになって戻らなくなったような」
「…………実に二等種らしい例えだね。お願いだからボクの研究をそんな下劣なものに貶めないで貰えるかな!?」

(……でも、これで並行世界は無視できなくなった)

 碌でもない例えに電撃を落とし「ひどい」と嘆かれながら、央は思索する。
 これまで、並行世界との接点はあくまでもシオンの個人的な繋がりだけだった。彼らの性癖に多大な影響は与え合っていたけれど、それはあくまで彼らの閉じた世界での話でしかない。
 が、今回少なくともシオンを通して、この世界は相互に大きな影響を与えることが確定したわけだ。

(相互に影響……その辺にシオンの魔法の謎を解く鍵がある)

 残されている時間は、余り長くない。
 実験の結果とは言え更に縮めてしまった事に(ちょっと軽率だったかな)と振り返りつつも、その報いを受けるのはアレだから問題ないや! と央は性懲りも無く「人間様が横暴すぎる」とぶつくさ文句を言うシオンに向かって「そこまでいうなら」と仁王立ちになった。

「言われずくなら横暴な方がいいよねぇ? どうせ、キミはボクに虐められたら、涎垂らしてありがとうございますって尻尾を振るポンコツ二等種なんだから!」
「ひっ、そっ、そのこれは言葉のあやで……ああでもありがとうは言っちゃうけど」
「ふぅん……そっかぁ……じゃ、喜んで。次のリセットは5週間後ね!」
「「なんで!?」」

 おかしい、今はそれほど央をぶち切れさせるような言動は取っていなかったはずだ。
 折角現状維持で胸をなで下ろしたばかりなのにと愕然とした顔で見上げるシオンに「は?」と央は鼻を鳴らす。

「まさかキミ、気付いてないの? 浅葱色の髪の面積が増えたって事は、その分災害の規模は大きくなるし、謎魔力を最低限のレベルまで減らすのに時間もかかるって事でしょ?」
「はっ!!」
「相互関与することが分かった以上、条件は常に一定にしないとね。だからどっちの世界でも、リセットは1週間延長。ほら、いつもみたいに土下座して感謝するんだね!!」
「そんなっ……な、何でもありませんっ……!」

(あ、やっぱり央様キレてたんだ……)
(うう、正直に性癖を暴露してしまうこの口が憎いぃ……でも人間様には嘘がつけない……)

 4週間も5週間も大して変わらないよ、ね? と圧をかけて笑う央に、封じられた性器を掌握されているシオン達が逆らえるはずも無く。
 二人はがっくり肩を落としながら、央の気が済むまで土下座して「出来損ないの性欲を管理して頂いてありがとうございます、人間様!」と叫ばされたのだった。


 ◇◇◇


 数日後。
「キミのトモダチが本当にキミと同じ存在なのかを確認したい」と言いだした央は、何やらどでかい分析機器を研究室に持ち込み、せっせと採取した試料を放り込んでいた。

「うーん、ちょっと量が足りないな……123番、トモダチの首輪に薬を追加、15分後にもう一度ミルキングを。溢さないでね」
「! っ……はい……」
「ふぅ、メスと違ってオスは無限に搾り取れないのが難点だねぇ……」

 央から受け取ったシリンジを「至、また、だって……」と申し訳なさそうに見せれば、シオンはヒッと喉を鳴らして震えながら無意識に後ずさる。

 彼女が持っているのは、精嚢分泌液の生成速度を一時的に上げる魔法薬だ。
 これを首から注入すれば、数分とたたず下腹部がずっしり重くなって……猛烈な射精欲に襲われる。
 だが射精を許されない以上、そのままではたっぷり溜まった精嚢分泌液を採取できない。

 そこで央が採った手段は、実に単純だ。
 そのまま出てこないなら押し出せばいいとばかりに、直腸に細めのディルドを挿入し精嚢を直腸壁越しに押しつぶす、いわゆるミルキングと呼ばれる処置を詩音に命じたのである。

 憐れ至恩は、作業が終わり保管庫に戻されてから既に4回この薬を打たれ、その度に耐えがたい射精欲に泣き、しかしミルキングをしたとて楽になるのは身体ばかりでむしろ射精できなかった絶望混じりの渇望に激しく悶えるという罰ゲームのような仕打ちを繰り返されている。
 まだ作業用品になる前、射精を禁じられていた時に魔法で精液を垂れ流されたときは、その惨めさに随分と興奮したものだったが、1時間に1-2回のペースで無理矢理作らされ搾り取られるのを繰り返されては、美味しい境遇に酔う余裕などあるはずもない。

 でも、ドマゾな自分はきっと数日もすればこの瞬間を興奮と共に思い出すのだ。
 あれは実に素晴らしい体験だったと、思い出に浸る自分の姿が目に浮かぶ――

「……ううう、出したい……いっぱいゴシゴシしてぶちまけたい……」
「そりゃ無理な話だね、キミはペニスに関するあらゆる権利を奪われたんだ。それにどれだけ刺激したって、スッカラカンになってるから出てこないよ?」
「うぐっ……そうですよねぇ……はぁっ……うあぁぁ出したい、辛すぎるっ! ひと擦りでいいから刺激が欲しいぃ!」
「あ、ついでだからこっちで分析する用の試料も絞るようにトモダチに伝えて。あと、トモダチの体液ももう少し必要だね」
「うわあぁぁんそんなぁ!」

(もう無理! ホント無理!! 楽しめるレベルを超えちゃってるよぉ!!)

 まるで乳牛のように搾り取るだけ搾り取って放置され、煮詰められた身体が熱い。
 頭にはもやがかかっているようで、けれど「射精」の二文字だけは絶対に消えないようくっきりと刻み込まれている気がする。

「はぁっ、はぁっ、詩……ちょっとでいいから……前立腺でいいから、触って……」
「……あ、出てきたね」
「あぁ……!!」

 詩音がすっかり慣れた様子で慎重に至恩の中を押せば、ツンとした感覚と共に四つん這いになった至恩の股間、丸い金属プレートの中心から、つぅ、と白濁した粘液が糸を引き、床に置かれたビーカーに溜まっていく。
 そこに快楽は微塵も無い。命令通り前立腺を刺激しないように処置されているお陰で、後ろからも欲しい刺激は得られない。
 ああ、これが狭い尿道の中を勢いよく駆け抜けてくれたら、どれだけ気持ちよくてスッキリするだろうかと至恩は歯噛みする。
 ……自分に許されるのは、ただ力なく流れ出る白濁を見つめるだけ。なんて情けない存在なのだろう。

(いかにもモルモット、って感じだよね……まあ、僕はモルモット以下の二等種だけどさ……)

 今だけは本当に詩音が羨ましいと、至恩は隣で貞操帯から垂れる愛液を集める詩音を物欲しそうな顔で見つめる。
 元々成体二等種の愛液は床に水たまりを作るレベルに垂れ流しだから、メスの分泌液は何もしなくても簡単に採取できてしまうのだ。
 この際だからオスも我慢汁で良しとしてほしかったが、そうは問屋が卸さないらしい。実に解せない。


 ◇◇◇


「人間様、至の体液です」
「ん、じゃあ暫く待機」
「……はい」

 央の命令に、シオン達はへたりと床に座り込む。作業時と違い、ここでは待機中の座位は認められているのが救いだ。
 待機と言っても二人に出来ることと言えば、この熟れきった身体を何とか慰めようと腰を床に擦り付け、乳首を覆うシールドを掻き毟り、無駄な足掻きを繰り返すくらいだが。

「んっ、はっ……ふぅっ……ぁっ……」
「いやぁ、本当に全部一緒なんだねぇ、性別以外は……」
「成分的には、こちらの世界の二等種と変わりが無い……つくづく現物が見られないのが惜しいね、せめて映像だけでも見えればいいのにさ」

 少しでも気を紛らわせようとあえかな声を上げ腰を振っているシオンを横目に、央はディスプレイに表示された数値を一心不乱に解析している。
 シオンは最初からトモダチのことを並行世界の性別の違う自分だと主張していたが、あくまで判断基準は状況証拠のみだったことが判明している。
 故に央は判断を保留していたのだが、目の前の結果はまさに揺るがぬ証拠だ。だから央は「間違いないね」とようやく確信を持ってシオンの言葉を肯定できる。

「キミの言ったとおりだったよ。123番、キミとトモダチは組成からも性別だけが異なる同一人物だ」
「え、じゃあ……はっ……人間様は、トモダチの存在を……んっ、認めてくれます……かっ……?」
「……え、っと」

 遠慮がちに尋ねるシオンの、熱っぽく、けれどどこか思い詰めたような視線に一瞬虚を突かれつつも、央は「まぁ、ここまでエビデンスが揃えば認めざるを得ないね」と大仰に手を開く。
 ……認めるも何も、少なくともキミが嘘をついているとは思っていなかったという本音は飲み込んで。

「……そっか…………そっかぁ……」
「……?」

 そんな央の言葉に、シオンはいたく感じ入っているようだ。
 たかが実験結果じゃ無いかと訝しみつつ、央はふとシオンの思念を覗いて……思わず言葉を失った。


(ねぇ、詩……初めて詩の存在が、僕以外に認められたよ……!)
(至は幻覚じゃ無い……妄想じゃ無いの……やっと、やっと分かってくれる人間様が……!)


「…………!!」

 立ち尽くす央の前で、シオンは何度も胸の内で央の何気ない言葉を噛みしめるように繰り返す。
 そして、彼らは今になってようやく気付くのだ。
 自分達は幼い頃からこの閉じた小さな世界を……大切な宝物を、誰かに認めて欲しいとずっと願っていたことに。

(人間様が……それも央様が認めてくれた……)
(ふふ、凄いね……通じるって、理解されるって、こんなに嬉しいことなんだ)

((きっと僕達は、この先どんな目に遭っても……この喜びを抱き締めて壊れるまで生きられる))

「……123番、キミは…………」

 思わず呟く央の眼前で、シオンは相変わらず渇望に苛まれ、無様にも淫らな二等種らしい仕草を繰り返す。
 けれどその瞳から流れる涙は、明らかに切なさ以外の何かを纏っていた。


 ◇◇◇


「……やっと、触れることを許された気がするよ」

 消灯後、保管庫の研究ブースで央は今日の成果を纏めていた。
 目の下にはくっきりと隈が刻まれている央の表情は、けれど心なしかいつもより明るい。

 それもそうだろう。
 何せ今日は、ずっとシオンが外に理解を諦め、何よりここでは生きるために隠し続けてきた世界に、本当の意味で央が足を踏み入れた記念すべき日なのだから。

「これまでキミ達以外に、互いの世界で異なる形を取っていたものはあるかい?」

 あの後、央は改めて互いのシオンに並行世界の聞き取りを行う。
 それは幼い頃に聞いた話と大半が同じだと央はメモを取りながらかつての日々を思い出し、ああ、自分もシオンの話をずっと真に受けずどこかおとぎ話として聞き流していたのだなと実感する。

「…………つまり、ほとんど全てが一緒、って事か」
「はい。地上にいた頃は、周りの人も学校の時間割も、その日の……その、出来事も全部一緒で」
「不思議だよね、部屋に持ち込むおやつまで一緒だったんだから」

 彼ら曰く、二つの世界に明らかな差異が生じる頻度は二等種となってから増えたという。
 と言っても、それは給餌のタイミングが数分ずれるといった些細な出来事が大半で、今だって作業内容から懲罰まで一日の流れは何一つ変わらないそうだ。
 一番大きな違いは、成体として輸送されるときに至恩の身体がスーツケースに入らなくて四肢を「分割」されたことだったと詩音に聞かされた央は、詩音が規格外に育たなくて良かったと内心胸をなで下ろしたものだった。

「多分、二つの世界は元々一つだったんじゃないかな……」

 纏めた資料を眺めながら、央はキーボードを叩いて己の考えを整理していく。
 一応、後日向こうの世界の央と意見交換をするつもりだけど、同じ「自分」なのだ、きっと辿り着く結論も変わらないだろうと思いつつ。

 この世界の暦は「新暦」と呼ばれている。
 三千年以上前に暦が切り替わったのは間違いないが、実は旧暦時代の詳細な情報はほとんど残っていない。精々旧暦は世界暦と呼ばれていたこと、当時は魔法が存在しないものの現代と変わらないかそれ以上の文明が発達していて、ただし貧富の差が酷く不満と不安が蔓延していた(その状況を打破したのが魔法を得た新人類だった)ことが伝えられているだけだ。
 だから、もしかしたら暦が変わる頃に世界が二つに分かれた、そのひずみで魔法という概念が発生したという仮説もありえそうだ。

「今でも二つの世界は歴史や魔法の発達から個人の人生まで、同じ道を辿っている……けど、今はシオンという明確な違いがあるんだよね」

 央は空になったビーカーを見つめる。
 試料として使用したトモダチの体液は央の分析が終わるや否や、跡形もなく消滅してしまった。
 それはこれまで互いの世界の央が交換したデバイスも然りで、シオンが明確に所有権を自覚していない物質はどうも並行世界では一定期間が過ぎると存在を保てなくなるらしい。

「……というよりは、その世界との差異が大きすぎるから、存在してはいけないものと見做されるのかな……シオン以外は床の塵まで同じでなければならない、って」

 央の脳裏にふとよぎるのは、シオンが何気なく話した「でもなか……じゃない、人間様はちょっと違うんですよね」という内容だ。
 これも以前から何となく聞いてはいたが、至恩の世界の央は女性として、そして詩音の世界の央は男性として生きている。ただしそれは性別そのものが異なるわけではない。

「あの、人間様もふたなり、なんですよね……?」
「また今更だね。この成長しない身体が全てを物語ってるでしょ? それとも何、ボクの裸が見たいとか言い出すのかい? まったく二等種とは言え、とんだ痴女だね!」
「そっ、そんなんじゃなくて!! ……だって、至の世界の人間様は教えてくれたって言ってたから……」
「…………キミに知られたいわけがないじゃないか」
「え?」
「何でも無い」

(存在としては、どちらの世界でも同じ。ただどちらの性別で生きているかが違うだけ、だから……ボクの存在は違いと言えば違いだけど、シオンの様な明確な特異点ではないと思うんだよねえ……)

 これから先、幸運にも向こうの世界に渡ることができるようになったとしても、違いを許さないなら央だけは滞在時間に制限が出来そうな気がする。
 全く同じである他の人なら、問題は無いかもしれないと思うと……ちょっとだけ妬ましい。

 第一、その違いを引き起こしたのはキミなんだけどねと、央は暗がりを見つめる。
 シオンは既に復元状態……深い眠りの中にいるのだが、床からは時折悩ましい声が聞こえてくる。きっと彼らには自覚できない8時間の間も身体はずっと渇望に悩まされ、魘され続けているのだろう。
 ……だめだ、集中して聞いていたらおかしな気分になってしまう。

「そうだ、ま、魔法! 彼らの魔法の解明に、今日の情報が役に立つかも知れない!」

 これではいけないと央はかぶりを振り、邪な思いを振り払うように声を出す。少々大声を出そうが、復元状態に入ったシオンは薬剤の力により決して目を覚まさないから。
 正直、こういう分析は執務室でした方が落ち着いて集中できるのだが、情報漏洩を危惧する以上このどうにも悩ましい空間を使わざるを得ないのだ。だからせめてさっさと終わらせようと、疑問点をリストアップしていく。

「一番訳が分からないのは、この発動条件なんだよ……いや、ドスケベ二等種で変態のシオンらしいとは思うけど」

 よりによって何故魔法のトリガーは絶頂という通常ではあり得ない――少なくとも央が調べた限りは存在しない手法になったのか。
 そして、トリガーの連発は何故災害規模の拡大に繋がるのか。いや、原理としては分かっていても、どうしてこの魔法はそんな「設計」になってしまったのか。

 彼らの性癖を満たすため、趣味と実益を兼ねた……なんて身も蓋もない結論にするのは容易だが、話はそこまで短絡では無い気がする。
 というより、央が認めたくない。いや、どうしようも無いドマゾだとは分かっていても……超えてはいけない一線というのはあるだろう。むしろあってくれ。

「何より動機だよねぇ……今日のシオンの反応から見ても、きっとシオンを迫害してきた世界や人間への恨みは深い。だからこの魔法の元になった願いは復讐と考えるのが自然……なんだけど」

 初めて発現する魔法は、術者の願いを形とする。それはシオンも例外では無いと央は踏んでいる。

 並行世界のトモダチの存在を認めただけで、あれほど人生がひっくり返るような感激を覚えるのだ。二等種として隔離されてからは言うまでも無く、それまでの人生ですら彼らがいつも不遇な立場に置かれていたことは、央の知るシオンだけでも疑いようが無い。
 ゆえに溜め込んだこの世界への怨嗟が、世界に害を為す形で結実するのは決して不思議では無いのだ。

 ただ、だとすればその効果は自分の世界限定であっていいはずなのだと、央は今日の実験結果を振り返り頭をぽりぽりと書く。

「……わざわざ並行世界の感情を使う点が、どうも引っかかるんだよねぇ……」

 であればその動機は、大切にしているトモダチの世界への復讐、なのだろうか。
 それとももっと他の願いがある……といっても、これまで観察してきた限りでは魔法の発現に、それもこんな災害を起こすにふさわしい願いは見出せないのが現状で。

 何かがずれている。けれど、その違和感の正体が分からない。

「ふあぁ……だめだ、今日はもうここまでにしよう……」

 画面を見ながら唸ること2時間。残念ながら、いつまでもお子様な身体はこれ以上の睡眠不足を許容しないらしい。
 央はモニターの電源を切り、制服を脱ぎ捨ててそのままソファに寝転がる。
 今日はもう眠すぎて、仮眠室に戻る気力すら無い。久瀬には危険だから研究室では寝るなと何度も諫められたけど、シオンに限って寝込みを襲うなんてことは……いや変態だからあり得るか、もう少し防護壁を厚くしてから寝よう。

(……残りは、明日…………ん…………待てよ……?)

 うつらうつらとする意識の中、ふと央の中に小さな疑問が過る。
 いつもながら、どうしてメモを取れない状況の時に限って重要な事を思いついてしまうのだろうかと、これまた半分夢の中で愚痴りながらも央はその思考に意識を向けた。


(幻覚じゃ無い、妄想じゃ無いの……やっと分かってくれる人間様が…………!)


 実験中にのぞき見た思念とそこに宿る感情から察するに、シオンはトモダチの存在を肯定する央の返答を聞くまで、自分達がトモダチの存在を誰かに認めて欲しいと思っていたことにさえ気付いていなかった。
 正確には、余りに傷つきすぎたが故にその想いが意識に上がらないように蓋をしていたのだろう。

 ――では、それと同じように、魔法を発現するほど強い願いを自覚していないとしたら?

「…………んん…………何が……考えられる…………?」

 半分寝ぼけた頭に、ぷくぷくと泡のように浮かんでは弾けて消える推論。
 ただの思いつきだと分かっていても、妙に心に引っかかって。
 気がつけば央は寝転んだままタブレットを起動し、自分が区長として就任する前――幼体時のシオンの記録映像を漁っていた。

 そして……どのくらいの時間が経っただろうか。

「…………これは」

 とある記録を見た瞬間、まるでパズルのピースが嵌まったような感触に央の眠気が一気に吹っ飛んだ。
 幼い姿のシオンが虚空に向かって何気なく囁いているその言葉が、先ほどまで袋小路に嵌まり込んでいた央の推論を、一気に推し進める。

「トリガーの連続による規模の拡大……この推論から導き出せる結果は……」

 飛び起きた央は慌ててモニタの電源を入れ、キーボードを叩き始める。
 その目つきはいつになく真剣で、ようやっと研究の進展が期待できると喜びを宿していた。

 ――けれども。
 それから1時間後、央は画面の前で呆然と手を止める。
 とめどない思索の果てに待っていたのは

「これで恐らく間違いない。どこにも矛盾は生じていない。けど」

 全てが繋がった末に見出した真実――魔法の発現に関わった願いと、彼らの抱く願いの先にある世界の残酷さ。
 そして

「嘘だろ……いくらなんでも、あんまりだ…………!!」

 それ故に央の前に突きつけられた、神をも呪いたくなる「願いの選択」だった。


 ◇◇◇


「あれ……人間様……?」

 いつものように起床のベルが鳴り響く前に、意識はふわりと上昇する。
 詩音と一緒に床に座り込んだ至恩は、研究ブースに珍しく点灯したままの灯りに気付いた。
 机の上に置かれたスタンドライトは柔らかくその周囲だけを照らして……傍のソファにこんもりと盛り上がった塊の存在をこちらに示している。

「…………人間、様?」
「……至、こっちの人間様は寝てるみたい」
「こっちもだね…………何か、あったのかな……」

 言うまでも無くそれは、ブランケットにくるまって眠る央の姿だった。
 地上での記憶から寸分違わぬ見た目のままだから、無防備な姿はあの頃の……シオンが惚れた優しくて人気者の央のままだ。
 ただ、音を立てないようにそっといざり寄り様子を窺えば、その目の下にはくっきりと隈が刻まれ、眦は赤く染まり……そして、頬には涙の跡が幾筋も伝っている。

「…………」
「………………届かない、ね」
「うん……」

 保管庫ブースと、研究ブース。その境目厳然と存在するのは、二等種を決して人間様の領域に踏み込ませない透明な壁。
 その涙をそっと拭ってあげたくても、手を伸ばすことは出来ない。例え手を伸ばせたとしてもその手は容易に弾かれてしまう。

 第一、今の自分達は下劣で有害な二等種の不良品だ。
 人間様に触れることなど許されるはずも無く、ただその寝姿を胸を痛めながら眺めるだけのモノにすぎない。

「……僕は十分だよ、詩」
「だよね。……至の事を信じて貰えただけでも……」

 二人だけの世界を、愛しい人が見つけてくれた、認めてくれた。
 けれどその隔たりが縮まることは無い。……これまでも、これからも、ずっと。

「私達に出来るのは、人間様のストレス解消に……穴になるくらい?」
「不良品だからそれも無理だよ、詩。それにきっと人間様は……央様はそんなことを望まない」

 ――縮まらなくてもいい。
 そもそも不良品の分際で央のモルモットに選ばれて、しかも性癖まで満たされて生きているだけでも十分幸せなのだ。
 これ以上は二等種には過ぎた望みに違いないから。

『使用時間です、調教棟へ転送します』

 今日もまた、変わらない一日が始まる。
 強いて言うなら、前回のリセットが乳首だけで終わってしまったのと、気を紛らわせるための胸の飾りすら封じされたお陰で、以前に比べて作業時間中に叫びたくなるほどの渇望に襲われる事が増えたくらいか。
 それもきっと、時間が経てばこの淫乱な身体はただの悦楽として取り込み、そして慣れきって……その頃にはまた管理が厳しくなるのだろう。

「ま、先のことは分からないけどさ」
「うん、まずは目の前の作業時間だよね」
「管理官様にバレないように。魔法は絶対に使わない……ね」

 転送魔法の光が二人を包む。
 彼らはいつも通り顔を見合わせ、とびきりの笑顔で約束を交わして……それぞれの世界へと戻っていった。

「今日も、生きよう」


 ……


 …………


「…………キミを穴として、なんて……使うわけないじゃないか」

 魔法の残滓が消える頃、ソファから鼻を啜る音が聞こえる。
 全く、相変わらず処置に困る変態だよと毒づきながら身体を起こす央の目は真っ赤だ。
 どうやら昨日は、そのまま泣き疲れてここで寝落ちしてしまったらしい。らしくないねと自嘲するその瞳に映る感情は読めない。

「……さ、準備をしないとね……流石にシャワーを浴びないとまずいかな」

 タブレットを開ければ、今日の予定がずらりと並ぶ。
 ある意味ではいつもと変わりが無い、実に忙しい会議三昧の一日に、央ははぁと大きなため息をついた。

「…………」

(……二つの、願い)

 一夜明けても、昨日の衝撃は薄れない。
 今だってふとした拍子に「どうして」と涙がにじんでしまう。こんな状態で人に会いたくは無いが、今はむしろあの大災害の時のように忙殺されていた方が気分的には落ち着くかも知れない。

 ブランケットを片付け、脱ぎ捨てた制服を乱雑に羽織る。
 どうせ執務室へと直接転移するから、誰に見られるわけでもない。
 会議まではあと1時間ある。身なりを整え気持ちを切り替えるには十分だ。

「……こんな顔で久瀬さんに会ったら、会議をすっぽかして真顔でシオンを詰めに行っちゃいそうだしね」

 起動の呪文を唱えれば、足元に転送陣が光り始める。
 光の中で央が見つめるのは、今は主のいない保管庫ブース。

「…………選べる選択肢はひとつだけ? そんなもの……誰が決めた?」

 シオンの笑顔が、そしてきっとシオンによく似ているであろうトモダチの姿が、ふと何も無い空間に浮かぶ。
 どこまでも脳天気で、ポジティブで、何よりドマゾの度しがたい変態で……けれど本当の願いを知った今、叶えないという選択肢は央には存在しない。

 そして――ああ、自分は思っていた以上に欲深かったようだ。

「どちらかなんて選ばないよ、ボクは。……絶対に両方を掴み取ってみせる」

 最期まで、諦めてなるものか――

 小さな、けれどはっきりとした口調で世界に叩き付けられた決意という名の挑戦状はどこまでも真剣で、そして少しだけ悲壮感を帯びていた。


おまけ ピアッシング表情差分

ピアッシング差分

© 2025 ·沈黙の歌 Song of Whisper in Silence