沈黙の歌Song of Whisper in Silence
沈黙の歌Song of Whisper in Silence
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2話 愛しい猛獣の作り方(前編)(SIDE BL)

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「じゃあ行ってきます、ムシュカ様」
「うむ、無事の帰還を祈っておるぞ」

 今日も今日とて、ストライプの入ったカラーシャツにネイビーのスラックスを身につけた新太は、玄関の前で見送るムシュカに向き直り、すっとその場に跪く。
 そうすれば神様は在りし日の威厳を纏い、新太の額に指で紋様を描いて武運の加護を与える……

 毎朝のように行われる「出勤の儀式」は、元はと言えばかつて経験した突然の別れへの不安が抜けない神様を安心させようと、新太が考案したものであった。
 ムシュカがこの世界に渡ってきて、二年あまり。当初の後遺症がすっかり鳴りを潜めた今も、二人がこのひとときを欠かすことは無い。

(今日も神様は、美しくて格好よくて尊みに溢れてて……はぁ、外に出るのににやけが止まらない……)

 伴侶に対して行うには少々堅苦しく、かつての主従を思わせる行為は、新太にとっては神様から与えられる祝福であり、守るべき人を確認する大切な時間。
 美味しいご飯と推し神様の笑顔、そして祝福まで頂いて元気が出ないはずが無い! と、今日も新太は良い笑顔を残して扉の向こうへと消える。

 ――そう
 穏やかな笑顔で余裕たっぷりに見送る麗しの人の、小さな葛藤に気付くことも無く。


 ◇◇◇


「昼から雨、か。洗濯物は、ヴィナが戻ってきてからコインランドリーに行けばよいな……」

 リビングへと戻ったムシュカは、スマホで今日の天気を確認し手際よく朝の家事を始める。
 今日はバイトも休みだから、掃除を終えたら作り置きを仕込んでおこうと、まずは箒を手に取った。

 一応この家には掃除機もあるのだが、王宮に比べればささやかな広さであるし、なにより大きな音の出る機械は今も少し苦手だから、床掃除は箒とフロアモップで終わらせるのが基本だ。

「……つくづく初心で臆病で、どこまでも優しい男よな、私の愛し子は」

 ベッドを整え床を磨きながら、ムシュカは壁に飾られた寝具に目をやり、しみじみと独りごちる。

 以前は頭の上に飾られていた、東雲の空を模したブランケットと枕カバーは、今のマンションに引っ越して以来、対面の壁に飾られるようになった。
 この寝具達は普段は大人しくしているのだが、何故か新太が情熱的に――はっきり言えば瞳に獰猛さを宿した状態で荒々しく事に及ぼうとすると、まるでその行為を諫めるかのように壁から落ちてきて二人を包んでしまうからだ。

 お陰で何度、ムシュカは夢の中で「どうしてそこで邪魔をするのだ!?」と嘆いただろうか。
 目を覚ますや否や、ブランケットをわなわな震える手で握りしめ「恋愛成就の織物なのだから、人の恋路を邪魔するでない!」と説教したところで、彼らが聞くはずも無い。
 ……そもそも寝具に、耳は無いのだし。

 かと言って、クローゼットにしまいこめば当たり前のようにベッドに移動し、愛する二人を包み込んでしまうものだから、封印庫よろしく片付けることも叶わない。
 丁寧に箱詰めなんかした日には、まるで臍を曲げたかのように二人の手をすり抜け、壁に飾られることすら拒否する始末である。

「……東国のまじないとは、恐るべき秘術だな」
「これ、確か封印庫に数百年置いてあったんですよね? もう付喪神でも入ってるんじゃ」
「もう神であっても良いから、こやつらを納得させる方法を教えて欲しいものよ……はぁ……」

 そんな我が儘な寝具達に手を焼くこと、実に半年。
 最終的に二人は、対面の壁を定位置とすることで寝具と和解(?)する。
 お陰で、ここへ引っ越してからの一年半あまりは勝手にベッドを占拠することも無く、二人を静かに見守ってくれているようである。

 ……ただ、数ヶ月に及ぶこのお邪魔虫寝具騒動は、残念ながら我が最愛の奥手な伴侶にちょうど良い言い訳を与えてしまったらしい。

『ムシュカ様、その、あまり激しくするとまた枕カバー達に叱られますし……俺も出来れば目一杯優しくしたいんです……頑張ってご満足させますから、ね?』
『ぬぅ……まぁ、無理矢理夢の中に放り込まれるよりは良いか……どうにも腑に落ちぬがな……』

 新太は、かつて『ヴィナ』として生きていた頃と変わらず、誠実で真面目な男だった。
 その上この世界に広がる「推し」なる概念を獲得したお陰で、普段の生活では……まあ、時々訳の分からない悲鳴を上げたり鼻血を出したり尊死したりはするけれど、その距離はずっと近く対等になったと思っている。

 ……ただ一つ、夜の営みが全くもって進展しないことを除けば、だが。

「優しいのが嫌いでは無いのだ。そう、あの大きな身体で優しく愛でられれば、全てが蕩けてしまうくらいには幸せで……ふふっ、まだお主の熱がここにあるようだぞ、ヴィナ」

 昨夜のことを思い出せばずくりと疼く胎に、何とも食いしん坊な身体だと笑みを浮かべながら、ムシュカはそっと彼のいた場所を掌で擦る。
 ほぼ毎日のように交わされる熱は、あれからずっとムシュカの芯を灯し、温め続けたままだ。

「ん……っ……」

 思わず漏れるため息は、愛し子の名残に浸る幸せと、小さな渇望を含んでいて……新太の耳に届いたところで、きっと色事に免疫の無い彼の理解には及ばないだろう。

 大柄な愛し子はいつも推し神様を気遣い、まるで宝物のように丁寧に身体を開いていく。
 凶悪な質量を埋めても、許可を得なければ動くことは無く、まして自分本位に快楽を貪るなど思いつきもしないと見た。

 ムシュカだって受け入れる側とは言え、れっきとした男なのだ。
 この身体はそこまでひ弱では無い、だからそのような気遣いは無用だと何度諭しても、新太は「俺はムシュカ様を大切にしたいんです!」と決して首を縦に振らず、とろ火でじっくり炙るような緩やかな抽送で神様を天国へと導き、その穏やかさと快楽に翻弄されて終わるのが常である。

 その交わり自体に、不満はない。在りし日の彼を思えば、これでも随分成長したものだと感慨深いものがある。
 ただ、それでも……時折ムシュカは燻る熱を抱いて、静かに自問するのだ。

「……ヴィナよ、やはり私は……剛気なお主も欲しい」

 あれから二年。
 最早日常の一部となった優しい、けれど代わり映えの無い交わりに、どこか物足りなさを覚え激しさを希求するのは、我が儘が過ぎるであろうかと――

「あの日、ここに……お主が付けた痕が、恋しいのだ……」

 ムシュカの手は、華奢な腰へと伸びる。
 愛おしげに指を這わせるそこに、初めての夜に刻み込まれた新太の徴が浮き出てくれれば良いのに……そんな切ない想いが、胎の奥をきゅぅと震わせる。

 脳裏に描かれるのは、この世界の片隅で初めて想いを遂げた夜のこと。
 散々煽られた愛し子の振る舞いは、まさに貪り尽くすという表現がぴったりであった。
 結果、ムシュカが過ぎた快楽に身を捩ることすら許さないと言わんばかりに強く握られた腰には、数日にわたって消えない指の痕を残したのだ。

『ヴィナ、ヴィナぁっ、あ゙っ……う゛ぁ゙っ、お゙ごっ……!」
『ははっ……気持ちいい……あー神様そんな声も出せるんですね、ほんっとかわいい…………っ、また、出る……っ!』

 月明かりに照らされた愛し子の相貌は、一瞬でムシュカを滾らせる。
 甘い快楽に沸騰した本能に主導権を渡し、獲物を仕留めようとその中心を叩き込み、迸らせ、その内側を蹂躙する姿は、まさにムシュカが惚れ抜いた戦う男の『ヴィナ』そのもので。
 あまりの激しさに何度も気を失い、奥を穿つ衝撃で叩き起こされ、グズグズになった身体は翌日から暫く熱を出して伏せる羽目になった。

 ――まあだから、寝具が気を遣う気持ちも分からなくはない。納得はしないけれど。
 
 以来、新太は決して己の凶暴な本性を出すまいと固く誓い。
 しかしそれほどの目に遭っていながら、ムシュカは愛し子の全てを再び曝け出して欲しいと願い続けている。

 誰も悪くは無い、想い合った結果がこれなのだ……
 そう己に言い聞かせながら、しかしどこか諦めきれない様子で、ムシュカは手に取ったにんじんをいつもより細かくみじん切りにするのだった。


 ◇◇◇


「まぁ、流石に翌日に響いても良い日でないと無理だが……何とかあの頑な臆病さを打破出来ぬものか」

 早々に全ての家事を終えたムシュカは、ソファに腰掛けスマホのブラウザを開く。

 一人の昼は意外と長い。
 夕食の仕込みをするまでは特段することも無く、暇を持て余すくらいならもう少しシフトを増やして貰うのも良いかと思いつつ、好奇心を纏った指が紡ぐのは……概して碌でもない方向と決まっている。

「……マンネリ対策、新たな刺激……ふむ、考えることは皆同じか。しかし既に道具も使っているし『こすぷれ』とやらも散々やりつくしたしな……あれはヴィナには刺激が強すぎて逆効果だったが……」

 悩める夫婦の奮闘はあらかた試した後だなと、画面を見ながらムシュカは小さなため息をつく。
 ここに越して半年ほど経った頃からバイトを始めて以来、部屋にはちょっと破廉恥な衣装や妖しいグッズが次々と増えていった。
 当初一つしか無かった小さな棚は、今や二回り大きな物が二つに増え、ついでにクローゼットの三分の一を占拠している。

 何せ元王族であった彼は、これまでの人生で自ら稼いだ金を使うという経験をしたことが無かったのだ。
 分担すると決めた生活費を引いた残り、誰にも気兼ねなく使える収入を手に入れた結果、ついはっちゃけてしまうのも無理はなかろう。

『ヴィナよ、こんな物を着てみたのだが……どうだ? ……んっ、ふふっ、この布は思った以上に窮屈でな、まるでお主が全力で抱き締めているかのようだ……お陰でお主が育ててくれた胸がほら、こんなに浮き出て』
『な……っ、まさかの競泳水着いぃ! ? ひょぇぇ……かみさま、おまたがきわどい、ぴちぴち…………きゅぅ……』
『ぬ? どうしたヴィナ? …………なるほど、お主には即死級の供物であったか……! まったく、ちょうど良く発憤させる加減が難しすぎるな、ヴィナよ』

 しかし、どれだけ道具を手に入れ蠱惑的に誘おうが、新太が取る行動は二つだけ。すなわち欲望を全力で押し殺すか、暴走して事に及ぶ前に尊死するかである。
 ヴィナを猛獣モードに切り替えるのは、この世界の叡智を持ってしても困難なのでは? と少々心細く思い始めた矢先……恐らく指が当たってしまったのだろう、少し雰囲気の異なるサイトがムシュカの目の前に展開された。

「ん? ……しゃせい、かんり…………?」

 それはいわゆるBDSM系、それも女性上位で男性を管理する情報を提供するサイトだった。
 多種多様な拘束具の画像にはかつての扱いを思い出したのだろう、思わずぶるりと身を震わせ、鞭やパドルは「ヴィナが見るだけで泣くな、これは」とあっさりタブを閉じかけた神様の目にふと留まったのは、四文字の新しい概念。

 一体何かとリンクをタップすれば、開いたページにはこのプレイの目的や詳しいやり方が、数多の体験談と共にとんでもない熱量で書き込まれていた。
 その中には、写真や動画と共に憐れな男達の恍惚と嘆きが混じった投稿も混じっている。

 局部を大写しにした画像は、どれもこれも大切なところを囲い、覆い、自由を奪う様々な仕掛けを身に付けていて。
 こういう趣味は無いなと思いつつも、何となく中身が気になって。

「ふむ……男の性にこのような使い方があるとは……いや待てよ、これは……」

 ……いつしかムシュカは、彼らの体験談を無我夢中で読み漁っていた。

 一見すると快感の剥奪による服従心強化を目的としたこのプレイは、自分達には最も必要が無いものに見える。
 主従関係など向こうの世界で散々やり尽くした後だし、かといってこれを逆手にとってムシュカを蹂躙しろと命じたところで、心優しい新太が応諾するわけが無い。

 だが、副次的な効果を最大限活かせば、これはムシュカの望みを――合意の上でとことんこの身体を貪り尽くすヴィナを、顕現させられるのでは無いか?

「…………もう少し、調べてみるか。ああ、必要な物も注文せねばな」

 ぽつりと呟いた神様の声は、いつになく真剣で。
 数多のタブと共に開かれた更なる情報を読み込む瞳は、そのえげつない内容とは裏腹に純粋な幼子のような輝きを放っていた。


 ◇◇◇


「ムシュカ様、お迎えに上がりました!」
「ああ、いつもすまないなヴィナ。もう少しで終わるから、そこで待っておれ」

 それから二週間ほど経ったある日、定時で仕事を終えた新太は車でとある学園へと向かう。
 敷地の片隅に立つ学生食堂へと足を踏み入れれば、そこには遅い時間だというのに体操着に身を包んだ女子学生に囲まれ、和やかに談笑するムシュカの姿があった。

「ほら、もう暗くなるぞ。これを食べたら家に帰るが良い、親御さんが心配するであろう」
「やった! この時間に来たら鞍馬さんのまかないが食べられるって噂、本当だったんだ-」
「いやぁ部活の後に美味しいご飯、サイッコーだよ!」

 黄色い歓声が上がる中、部活終わりであろう学生達が手にしていたのは、山盛りの焼きそばが載った皿だった。
 我が推し神様の授けし聖餐に舌鼓を打つ彼女達が口々にムシュカを褒める度、流石俺の推し! と新太は賑やかな様子を傍で見つめながら、心の中でガッツポーズを決めている。

 ――ムシュカがこの学園で、学食の調理補助スタッフとして働き出したのは一年ほど前のことだ。
 塔における監禁生活の後遺症もほぼ治まり、そうなると仕事をしていないのが落ち着かないと言い始めた神様が選んだのは、調理師免許も取れるという食にまつわる仕事だった。

 料理の腕のみならずその美貌を買われレジ係に抜擢されたムシュカは、あっという間に「学食のイケメンお兄さん」の地位を不動のものとしたらしい。
 相変わらず王族らしい威光と言葉は抜けないけれど、それも愛嬌だと学生のみならず学食スタッフにも可愛がられているようだ。

「待たせたな、ヴィナよ」
「いえ、じゃあ帰りましょうか。寄り道します?」
「いいや、今日は早く帰るぞ。……実はな、お主に見せたいものが届いているのだ」
「…………そのキラキラした眼差し、ちょっとどころでなく嫌な予感がするんですけどねぇ……」

 しゃらん……

 三角巾とエプロンを外し髪を整えるムシュカの耳に、ポケットから取り出された耳飾りが揺れる。
 夢の中で何度も聞いた涼やかな音色が耳に戻るこの瞬間を、新太は殊更大切にしていた。

 ――この音は、神様の降臨を知らせる合図。
 耳飾りを付ければ……そして己の無骨な耳に輝く音と合わされば、みんなの学食のお兄さんが自分だけの推し神様に戻るような気がして、何とも言えない満ち足りた気持ちが胸に溢れてくる。

「足はまだ痛そうだな」
「あはは、お恥ずかしい……打撲だから2-3日もすれば元通りですよ」
「うむ、まだまだあの頃の強さにはほど遠いのだ。くれぐれも気をつけるのだぞ」

 車に向かう道すがら、少し足を引きずる新太に「あのヴィナがここまで筋肉を使いこなせなくなっているとは、逆に新鮮だな」とムシュカは苦笑する。
 前世の勇猛さを思わせる額の傷が、まさかの立ったまま居眠りこけた結果(×三回)であったことを知ったときには、流石に呆れ果てたものだった。

 初めての夜に全力を尽くした結果、過労で倒れあわや額の傷が一本増えかねない事態に陥って以来、新太は体力作りと筋肉をまともに使えるようになりたいと、隣町にある空手道場に通い始めた。
 とかく不器用な愛し子は、未だ中学生にもあっさり負ける有様ではあるが、当初と比べれば少しは強くなったように思う。

(……私のために、か。実にヴィナらしい……本当に愛されておるな)

 チラリと隣を見れば、目に映るのはハンドルを握るゴツゴツした手。
 途端に乱暴に腰を掴まれた感触が蘇り、ムシュカはほうと熱いため息を漏らす。

 ――どうやら自分は、思った以上に猛獣となったヴィナを求め続けているようだ。
 この二年、神様を思うが故に押し込めてきた獰猛さを、あの秘密兵器なら解き放てるに違いないという確信と来るべき未来が、今日は余計にムシュカを昂ぶらせる。

 喉が渇いて、鼓動がうるさくて……
 耳元で涼やかに鳴る愛の証さえ、熱を送り込んでくるようだ。

(私を好いておるが故にそこまで我慢出来るというならば、私の願いのために一肌脱いでくれるであろう? 私の……ただ一人の愛し子よ)

 ああ、この胸の高鳴りの理由を目の当たりにしたとき、彼はどんな表情をするだろうか。
 戸惑いか、恐れか。少なくとも目を丸くして叫ぶのは間違いないだろう……

(……あれならいくらヴィナとはいえ、尊死することはなかろうよ)

 新太が知れば全力で突っ込みたくなるような結論を下したムシュカは、時折うっとりと愛し子の姿を見つめては「あの……ムシュカ様、俺っ運転中なんで……さっきから尊さが眩しすぎる……」と厳つい青年をもじもじさせるのであった。


 ◇◇◇


「ムシュカ様、やっぱり俺めっちゃくちゃ嫌な予感がするんですけど」
「ふむ、まだ箱も開けてないのにか? 普段の荷物に比べれば小さいであろう?」
「小さいからって中身がヤバいものじゃない保障はどこにもないって、俺はこの二年で学びましたから!」

 夕食後、リビングのソファでムシュカの膝枕を堪能する新太は、神様の手にした箱に冷や汗をかいていた。
 大きさからして、今回はコスプレではな無いようだ。だが、このサイズの箱だからといって油断は禁物だ。
 大切なところが丸見えのスケスケランジェリーやら人外ディルドやら……この神様は清廉な外見からは想像も付かないような残念な戦利品を、嬉々として披露してきた実績があるのだから。

(今日の平麺焼きそば、絶品だったな……揚げた小魚の塩気とあっさり醤油ベースのたれの組み合わせに、そぼろ肉と温泉卵を絡めるのは鉄板…………そう、この展開は鉄板過ぎるってご自分で気付いておられますか、ムシュカ様!?)

 特に今夜は、非常にまずい。
 そもそも、神様宛の荷物がまともな商品であることは非常に稀なのだが、特にムシュカが腕によりをかけた……辛くない故郷の麺料理を振る舞った後に披露されたグッズや提案されたプレイで、新太が憤死しなかった事は一度も無かったのだから!

 前回は輪状の拡張器を使い、事後に限界まで拡げた穴の中をじっくり見せつけられ、鼻血を噴き出す羽目になった。
 どうかあれよりはましでありますようにと祈りつつ、新太は引き攣った笑顔で視界の外に消えていった箱の中身に震え、せめて覚悟を決めようと耳を澄ます。

 カチン……チャリ……

「なるほど、こういう構造か……で、組み立てるときは……」

(……金属音?)

 かすかに聞こえるのは、憔悴した神様を戒めていた鎖を思い出させるような固く鋭い、けれど濁った音。
 およそ甘いひとときに聞こえていいとは思えない音に、ひときわ新太の心臓がうるさく警告をかき鳴らし始めたとき、ふと目の前に影が出来た。

「寝ていては見づらいであろう、これなのだが」

 ムシュカの手に握られていたのは、銀色に光る謎の道具であった。
 掌にすっぽり収まるような大きさのそれは、直径4センチくらいのリングと傘の骨のような半球状の部品、そしてその頂点からぶら下がる先端に金属を取り付けた半透明のチューブで構成されているようだ。

「触ってみるか?」
「……ええ」

 流石に下からではよく見えないと、新太は身体を起こしてその金属を受け取る。
 良く見るとリングには小さな穴が開いていて、そこに籠状の部品から伸びるピンを差し込むようだ。
 そうするとピンの上に付いたパーツがリングの上にあるパーツと組み合わさり、そこに鍵を差し込んで固定する形らしい。

 何かのパズルみたいだな、と眺めていれば「ヴィナよ、射精管理というものを知っておるか?」と肩に頭をもたせた神様が切り出した。

「しゃせいかんり、ですか? いえ、初めて聞きました」
「なるほど、まああの感じだと、この世界でも一般的な手法ではないのかもしれぬな」
「……もうそれだけで聞きたくなくなるんですけど」
「まあそう言うな。読んで字の通りでな、パートナーが勝手に射精しないように期間を決めて股間を管理する事を指すのだ」
「…………はい?」

(とんでもない事を言い出したぞ、うちの神様……)

 ムシュカ曰く、これは本来パートナーを服従させるために使われる手法らしい。
 男性にとって射精とは単なる性欲の発散のみならず、身体の機能上必要な行為である。
 性欲とは関係なく精子は延々と作られ続けるが、睾丸に貯めるにしても精々数日が限界。だから、ある程度溜まれば身体は生理的な排泄欲求を起こし、性交なり自慰なりといった形で出す必要が出てくる。

 では、それを誰かの手で禁じればどうなるか?

 出すべきものを出せない状態は、非常に強い欲求と苦痛を与えることになる。
 射精を禁じられた男性は尽きぬ射精欲に振り回され、本能に根ざした反応故に何とかしてずっしり溜まった精子を思いきり出そうと足掻く。

 だが、それが自らの手では叶わないと思い知ったとき、渦巻く欲望と苦悩から解放してくれるであろう相手に対して……徐々に服従心を高めていくのだ。
 何とか解放して貰おうと媚びを売り、射精のためならばどんな理不尽な命令にも耐え――そうして迎えた解禁の迸りは凄まじい快感を伴うらしく、一度解放されても忘れられない瞬間のために自ら再びの管理を願い出る者すらいるという。

「……とまあ、これが本来の効能でな。この貞操具は射精管理をより効率的に行うための装具というわけだ。ここに装着すれば最後、射精はおろか自慰も、勃起すらも封じられる」
「ここ、って……その、おちんちんですよね? え、その金属に押し込める! ? もう聞いただけでタマヒュンしそうなんですが……神様、気持ちいいのが好きなことまでは否定しませんけど、そこまで身体を張って快楽を追い求めるのはどうかと」
「何を言っておる、これを着けるのはお主だぞ、ヴィナ」
「………………はい!?」

(え……俺が、射精管理を、される……?)

 一瞬の静寂の後、ガチャン、と何かが落ちる音がする。
「ぬ、大丈夫か」とムシュカが足元にかがんだのを満て、ようやく新太は己が手にしていた貞操具を落としたことに気付いた。

(これを、俺が着ける……! ? いやいやいや、冗談でしょ! ! 流石にそれは無いって……言ってないですよね、その神様の顔は!!)

 先ほどまではただの小さな装具にしか見えなかった金属の檻が、途端己の尊厳を刈り取る残酷な凶器として、恐怖と共に新太の心に浸食する。
 その顔からはすっかり色が抜け落ちていて、あまりに唐突に下された残酷な宣告に理解が追いつかず「なんで……?」と震えが止まらない。

「ムシュカ様……俺、何か悪いことをしましたか? ……はっ、愛されていることにあぐらをかいて、神様と対等だと思ってしまったからか! そうですよねあり得ないですよね、そんな神様に対して俺如きがなんと無礼な振る舞いをっ、かくなる上は」
「腹は切らんでよい! ! ……まったく、私がお主を虐げ服従させようなどと思うはずが無かろう」
「じゃあ、何でっ……」

 涙目でパニックを起こしかける新太の頭をぽんぽんと撫でながら「話は最後まで聞けい」とムシュカは己の理論を説明する。

 確かに第三者による長期間の貞操具管理は、肉体的のみならず精神的にも確たる主従関係を構築する。
 ただ、キーホルダーと言われる管理者に対する服従心が諦観とともに訪れるまでには、抑圧された射精欲とそれを解放して貰えない不満により、むしろ反抗心が高まりやすいと聡明なる神は考えたのだ。

 つまり

「これを着けて、無意識の諦めが生じない程度の間自慰と射精を禁じれば、我慢強いお主であっても理性の箍が外れて、あの獰猛な瞳で私を射貫き、獣の如くベッドの上で貪ってくれるかと」
「だめだこれ残念な神様モードだ、論理の飛躍も甚だしいじゃないですか!!」

 ――これならムシュカは、性欲の獣と化した新太を存分に堪能できる。
 一方の新太も「これは貞操具と神様による射精管理のせい、俺は悪くない」と自分を許せるのでは無いか――
 
 平穏な営みに小さな燻りを感じていた異世界育ちの神様は、常識という概念を窓から投げ捨て、知性溢れる思考をどこかにぶっ飛ばしてしまったのである。

「なに、やるからには全力で管理をする。確実にお主が勇猛さを取り戻せるように、な!」
「うあああ神様の力の入れ方がおかしい! お願いですムシュカ様、目を覚まして下さい! ! そんな変態にならなくても、俺は神様の望みなら」
「…………出来るというのか」
「……ごめんなさい嘘つきました、出来ないです申し訳ございません」

 思わず床に土下座した新太に、何とも馬鹿正直な愛し子よと苦笑いを浮かべ「そうでなければ、私とてこのような手段は執らぬ」とムシュカは仁王立ちとなる。

(ああ、これは久々にやらかした……!)

 自分を見下ろすその瞳には固い決意と……少しだけの不満が滲んでいて、新太はようやくムシュカの抱いていた煩悶の大きさを自覚するのだ。

 神様がこの世界に降臨して一月も経たない頃に起こった、あの初夜未遂事件。
 すっかり妖艶なる獣と化したムシュカに組み敷かれたあの時、新太は十分思い知らされていたはずなのだ。

 ――殿下はいつだって積極的で、精力的で……こと色恋に関しては少々(?)強引なところのあるお方だと。

 だというのに、事後の痛々しいお姿が折に触れて頭に過り、寝具による協力もあってどれだけ求められ許されても新太が再びの蹂躙に踏み切ることは出来ず。
 そんな日々が二年も続いたツケが回り回って、大切なところを戒める金属の檻と拷問のような提案と言う形で己の身に降りかかるのは、火を見るよりも明らかであろう。

「言っておくが、私は別にお主を苦しめたいわけでも、変態でもないからな」と前置きして、ムシュカは頭を上げられない新太の前にしゃがみ込み、そっとその頬を包む。

「……ただ、私はお主を心より愛しておる」
「はい、それはもう、よーく存じ上げています」
「だからな、格好よくて優しくて、初心で臆病でそのくせ頑固で融通が利かない鈍感なお主だけではなくて」
「今、さりげなく俺をけなしていませんでしたか……?」
「こほん、とっともかくだな、私はどこまでも獰猛な……幼き私の心を射貫いた修羅を纏うお主も、全部この身で受け止めて丸ごと愛したいだけなのだ」
「…………!!」

(ずるい)

 澄み切った真剣な眼差しに、目を逸らすことが出来ない。
 このお方はいつだって、元王族らしい素直さと天然の傲慢さを隠さず、それでいて事ここに及んでも己の応諾を静かに待っている。

(神様の愛は、深すぎるのに執着じゃないんだよな……)

 多分ここで新太が拒否すれば、この話は無かったことになる。
 ――まあ、その結果更に過激な手段を考案する可能性は非常に高いだろうが、少なくとも神様は己の意志を新太に無理矢理飲ませはしない。

(でも…………うん、そう。俺も……たまには)

 それにきっと、ムシュカは気付いているのだ。
 新太はひたすら我慢をしている――心の奥底では、あの日のように神様を足腰立たなくなるまで我が物顔で蹂躙したいと願う心が、いつも小さな雄叫びを上げていることに。

「どうなっちゃうか分かりませんけど、その……やりすぎって怒らないで下さいね……」
「怒るものか、むしろ骨までしゃぶり尽くして貰えるなら本望だな!」

 だから、新太は推し神様の赦しに、そっと手を伸ばす。
 愛し子のおずおずした手をそっと握りしめ、ムシュカは実に嬉しそうに「ようやくお主の全てを愛せるな」と微笑むのである。


 ◇◇◇


「ええと、それを着ける前に風呂に入った方がいいですよね?」
「うむ、だがその前にしておきたいことがあってな」
「しておきたいこと……ええとムシュカ様、何で剃刀なんか持ってるのかなぁ……?」

 覚悟は決めたものの、未だ衝撃はやまず。
 どこか呆然とした様子でソファに沈み込んだ新太を気にしつつも、ムシュカは台所で何かをしていたようだ。
 ようやく戻ってきた神様の手には、何故かT字の剃刀とハサミ、タオル、そしてシェービング用のジェルが握りしめられていて。

(うん、嫌な予感しかしないし絶対当たってる!!)

 戸惑いがちに思わず下腹部に視線を向ければ「そういう事だ」とムシュカはソファテーブルに用意した道具を並べ、スツールに腰掛ける。

「……どうしても必要ですか?」
「一応剃らずとも出来なくは無いが、清潔を保ちにくくなるし……何より、貞操具に毛が絡まって痛い思いをするのは嬉しくなかろう」
「まぁ、それはそうですよね……」

「やっぱりかぁ……」と観念した様子の新太は、その場で下履きを脱ぎ捨てごろんとソファに寝転がる。
 近所のホームセンターで購入した二人がけのソファは、簡易ベッドにもなる優れものだ。こういう意図で買ったわけじゃないんだけどなと心の中で愚痴りながらも、神様の指示とあらば特段反抗する気も無く、新太は大人しくまだ元気の無い中心を晒す。

 ――明るいところで股間を晒すだなんて。
 この二年で散々見られ慣れている筈のに、いつもと体勢が違うのはどうにも気恥ずかしい。

「先に短く切ってから剃る。お主がやるよりは、上手に出来るはずだ」
「あー、自分でやりますとはちょっと言えないっすね……髭すら剃刀は苦手なのに」
「あれほど刃物を自由自在に振り回してたというのに、その能力がお主に継がれぬとは少々意外であったな」

 新太の緊張をほぐすためだろう、軽口を叩きながらムシュカはハサミを手に取る。
 ふわふわした毛がしゃくしゃくといい音を立てて短くなっていく間は、なんとも言えない複雑さを抱きながらもまだ耐えられたが、流石に急所を滑る刃物の絵面は心臓に悪い。

「動くでないぞ」
「はい」

 たっぷりと泡をまぶした下腹部に、温かな刃が触れる。
 どうやら先に温めておいてくれたらしい、ひやりとした感触を覚悟していた身体からふっと力が抜けて、大きなため息をつく新太を横目に、ムシュカは真剣な眼差しで剃刀を丹念に肌に這わせる。

 しょり……しょり…………

「……うわぁ…………」
「ふふ、何も無いとお主のここはますます立派に見えるな」
「えええ、むしろ子供みたいで情けないんですけど……」

 根元の叢を根絶やしに蒸しタオルで拭き上げれば、神様の手はそのまま双球へと伸ばされる。
 自在に伸縮する皮膚は、やはり相手をするのが大変らしい。
 時折引っ張られたせいか、それとも毛が引っかかったのか軽い痛みは覚えるけれど、耐えられないほどではない。

(うああああ神様のご尊顔が! そんな汚いところに! ! はっ、まだお風呂入ってないから臭うよな! ? どうしよう、俺の神様を穢すような真似を……って、なんでこれで元気になるのさ、俺! ! これじゃ俺が変態みたいじゃないかああ!!)

 それよりも、麗しの人が真剣な眼差しでふぐりと格闘する姿はちょっと尊さが溢れすぎて……うっかり素直な反応を見せた我が儘な息子さんに気付いて赤面する新太に、ムシュカがすっかりご機嫌になっていたことは内緒である。

「少し腰を上げた方がよいな……ヴィナよ、このクッションを腰の下に入れるぞ。そのまま足を曲げてくれ。ああ、これならよく見える……ふふ、お主はいつもこんな風景を眺めておるのだな」
「ひいぃっ、お願いしますムシュカ様、そんな汚いところ見ないでぇ!!」
「見なければ剃れぬでは無いか、そう固くなるでない」
「ううぅ…………」

 剃刀の刃はそのまま玉裏へ、そしてするりと何も知らない蕾の方へ降りてきて、さも当然のように周囲の毛を刈り取っていく。
 さっきの道具の形状からして、お尻は関係ないんじゃと問いかければ「まあここだけ生えておるのもな」とうそぶくムシュカの口の端はちょっと上がっていて。

(……あー…………そりゃ男としてはこの体勢はそそるよな……まして相手は俺だし……)

 ――どうやら神様は、いつもと逆のポジションにちょっと興奮していると見た。
 万が一にも無いとは思うのだが、この貞操具がきっかけで攻守交代なんて羽目にならないことを、新太は切に祈るばかりである。

「もうだめ、恥ずかしさが天元突破した……死ぬ……」
「お主は恥ずかしくても死ぬのか。いくら何でも、命を粗末にしすぎではないか? ……第一、毎夜のように私のあられも無い姿を見ておろう? ならば、大して変わらぬではないか」
「そっ、それは、向こうの世界に恥じらいを置き忘れてきたムシュカ様だから、平気なんですってば……」
「…………向こうにいた頃の私に、恥じらいがあったと?」
「いやあったでしょ! ……あった筈ですよ、俺の記憶には全く存在しないけど!!」

 がっくりと気が抜けそうなやりとりの間に、温かいタオルで股間を拭われ「保湿剤は湯浴みの後でよいであろう」とようやく恥辱の体勢から解放された新太は、思わず股間に目をやる。

「うわ……ほんっとうに、ない……」

 眼前に広がるのは、つるりとした、何とも頼りない己の象徴だ。
 先ほどまではご乱心めされていた分身も、流石に己を守るものが無くなったのが堪えたのだろう、今はすっかり縮こまっている。

 確かに子供の頃はこれが当たり前だったのに、一度茂った物を刈り取られるのがこれほど心に来るとは思わなかった。
 きっと神様は、こんな惨めな姿を嗤いはしない。
 それでも強烈な光景は、まるで自分が劣った未熟者だと――今だって成熟した大人と言えるかは微妙だけど――烙印を押された様に感じて、どうにも落ち込んでしまう。

 きっと新太がしょぼくれることは想定内だったのだろう、片付けを終えたムシュカは「確かに、下の毛が無いのは心許ないものよな」と、ソファで悄然と俯く愛し子の頭をそっと撫でる。
 そうして

「……まあそう落ち込むでない、ヴィナよ。なにお主だけに不憫な想いはさせぬ」
「俺、だけに……いやちょっと待って」
「私もお主のように赤子のような股間に」
「待って下さいって! そんな、俺は大丈夫……ではないけど、神様にそんな変態みたいな真似をさせるわけには」
「いや、もうしてあるが」
「ふぁっ!?」

 ほれ、と勢いよく下ろされた下着の向こうに広がっていたのは、しみ一つ無い透き通るような白い肌と……その中心で息づく、ほんのり赤みを帯びた雄の象徴で。

「え、ちょ、そのっ、なにそれ神様もはや生きた芸術作品……ふぅ…………むぎゅ」
「おっと危ない……こんなこともあろうかと、ティッシュを用意しておいて正解であったな」

 推しのあまりに衝撃的な光景に、新太は案の定鼻血を出して倒れ、しばし作業は中断を余儀なくされた。


 ◇◇◇


 正気を取り戻し湯浴みを終えた新太は、再びソファへと誘われる。
 テーブルの上には大きめのガラスコップが置いてあって、中には先ほどの貞操具が分解された状態で、透明な液体に浸かっていた。

(何だろう、洗ったのかな……? というかこれ、本当に俺に着けられるサイズ……?)

 さっきはショックが大きすぎて気付かなかったが、形から察するにあの檻のような部分が己の徴に被せられるのだろう。
 しかし太さは萎えた状態なら十分収まるであろうが、長さは……足りないどころでは無い、どう見ても親指の第1関節ほどしか無いではないか。

 更に、その中心から伸びるチューブの存在。
 この状況でそんな細長い物が入りそうな場所など、一つしか無いわけで……それに気づいた瞬間、胸の奥が焼け付くような感覚に新太はぶるりと身体を震わせる。

(俺の息子さん、もしかしなくてもとんでもない目に遭うのでは……?)

 貞操具の入ったガラスコップの横に並んでいるのは、ワセリンとディスポの手袋。
 ついでに消毒キットや謎の銀色のパウチもあって……思った以上に物々しい準備態勢に、緊張は高まるばかりだ。

「それ、俺が自分で着けるのは……」
「着けるのは少々コツがいるらしくてな、お主の馬鹿力だと下手をすれば股間に大惨事が」
「ひょぇっ! おっ、お任せいたします!!」

 ワセリンを手にしながら、ムシュカは新太に浅めに腰掛けるよう促す。
 せめて装着は自分で、と恐る恐る尋ねるも、どうやらこれを着けるには少々コツがいるらしいと聞いて、新太はあっさり要望を引っ込めた。
 そういう難儀なものは、器用な神様にお任せした方がお互いのためだ。

「ふふ……たゆんたゆんであるな」

「金属が触れる以上、皮膚の保護は必要だからな」と股間全体にたっぷりとワセリンを塗り込みながら、風呂上がりですっかり伸びきったふぐりを、ムシュカはどこか楽しそうに弄んでいる。
 自分にだって付いているものだろうと指摘すれば「お主のだから、良いのだ」とこれまた直截な愛情がぶっさり新太の胸に刺さって、嬉しいやら恥ずかしいやら……非常に複雑な気分だ。

 ぬるぬるした感触に何とも言えない表情を浮かべる新太の前で、ムシュカはグラスからまずはリングを取り出す。

「……サイズは確認したが、本当に小さいな……大丈夫であろうか」
「あのう、めちゃくちゃ不安なんですけど、その言葉……」

 金属の部品はあらかじめ処理の甘い部分を研磨した上で洗浄し、カテーテルを着けてこの消毒薬の中に漬けてあったらしい。
 「ここまでせずとも問題はないであろうが、お主に何かあってはならぬからな」と話すその心遣いはありがたいが、そんな気遣いができるなら貞操具なんて恐ろしい物には手を出さないで欲しかった。

「このリングをな、ここに通す」
「ここ、って……タマにですか? いやいや、どう見てもそのサイズじゃ通らないっすよ」
「片方ずつなら何とか通せるのだ。……まあその、少し潰しながらだが」
「えっ」

 ――今、神様、潰すって、言いませんでした?

 その言葉を理解する前に、ムシュカはリングを片方の膨らみへと当てる。
 そうして「どれ」と掛け声をかけた瞬間、新太の全身にぶわっと脂汗が浮いた。

「――――! ! ――!」
「ぬぅ、片玉がちょっと潰して通るくらいが良いと書いておったが、こうもにゅるにゅる逃げてると難しいな。自分のものとは勝手も違うし……もう少し潰さねばならぬか」
「まっ……か…………は……っ!!」

(い……痛すぎ…………るぅ……!)

 容赦なくへしゃげられた内臓からの痛みに、新太の焦点の合わない瞳からは勝手に涙が滲み、はくはくと震える唇からは言葉も出ない。
 俺、こんなことをされて今後も真っ当な男でいられるんだろうかと、あまりの苦痛に逆に冷静になった思考が囁きかけ、ちょっと意識が遠のきかけたとき、ずるんっ! ! と輪が外側を滑り抜ける感覚と共にすっと痛みが遠のいた。

「はーっ、はーっ…………死んだかと、思いました……」
「うむ、私も通していて冷や汗が出たぞ。……大丈夫か、ヴィナ」
「全っ然大丈夫じゃないです……」

 装着一つでこの有様とは。
 もう今日の気力を全部使い果たしました……と涙目で訴える新太に、しかし実にすまなそうな顔をしながら、ムシュカはそっとふぐりに手を添え

「……あ」
「残念ながら、玉は二つあってな……」
「…………うっそでしょ……」

(うん、騎士として負った傷の方が……ずっと痛くなかった記憶があるなぁ……)

 忘れていたかった事実を口にしながらリングに押しつけられた瞬間襲いかかった、二つの人生を合わせても最大級の痛みに、新太の身体からはちょっぴり魂が抜けた気がするのだった。

 ◇◇◇


「神様……俺、このままじゃスタートラインにすら立てる気がしないんですけど」
「案ずるな、最も苦痛な箇所は通り過ぎた。なに、あとは出すはずの穴に挿れられる気持ち悪さを我慢すれば終わる。ヴィナ、お主ならこの程度の苦痛は造作も無かろう?」
「それ、全然慰めになっていませんって! ! あと前世の俺も、こんな穴の中を怪我した覚えはありません!」

 あまりの苦痛にすっかり縮み上がった雄芯は、いつの間にか先ほどのリングを通されていたようだ。
 根元を取り巻くリングは確かにサイズが合っているのだろう、ぐらつくことも無ければ特段の締め付けも感じない。

「このリングで貞操具が抜けないよう固定するから、あまり緩いのは問題でだな」と話す神様の声をぼんやり聞いていれば、ふと先端に冷たい感触が触れる。
 ソファに沈み込みながらもチラリとそちらを見れば、ムシュカが手袋を着けて、鈴口の周りを湿った綿球でせっせと拭っていた。

「ここはしっかり消毒しておいた方がよいらしい。お主の中を傷つけては大変だからな」
「もう十分傷ついた気がしますけど……」

 念入りに消毒された亀頭に、あらかじめ封を切っておいたパウチからとろとろと透明な蜜が垂らされる。
 どうやらこれは潤滑剤のようだ。普段利用する場所とは異なりばい菌に弱い場所だから、潤滑剤も一回使い切りの清潔な物を使用するのだと説明しながら、神様は左手でそっと中心を支え、右手に貞操帯の檻パーツを持ち、そこから伸びるチューブの先端を鈴口につん、と触れさせた。

 良く見ると、チューブにも潤滑剤はまぶされているようだ。
 先端の金属は思ったより冷たくて、思わず「ひっ」と乾いた悲鳴が新太の口から漏れた。

「そ、それ、本当に挿れるんですか!?」
「これが無いと、うっかり抜けてしまうことがあるのだ。なに、思ったほどの違和感はないから案ずるな」
「いやいやそんな長い物を入れて、違和感無しとかあり得ないですってば、んぅ……っ!」

 つぷ……ずるり……

 新太の抵抗も虚しく、はくはくと震える小さな口にチューブが押し込まれる。
 潤滑剤のお陰で何の抵抗もなくするすると咥え込まれていく感触は、少しだけしみるような痛みと、竿の裏側になんとも言えない違和感を生じさせ、思わず新太は眉根を寄せた。

「うぅ……気持ち悪いぃ……」
「まだ狭いところを通っているからな。この通り道は奥の方で直角に曲がっておって、そのあたりは少し広くなっているのだそうだ。ちょうどそこに先端が当たると違和感が一気に減る」
「そ、そういうもの……?」
「ちなみに更に奥の方に入れるとだな、お主がいつも愛でてくれる『めすいきすいっち』に当たって実に悦い感じに」
「それは勘弁して下さい! ……あ、あれ? なんか変な感じがましになった気が」

 とん、と亀頭に檻が触れれば、ムシュカはそのまま力を入れて先ほど根元に通したリングへと近づけていく。

(にしても……いつもながらよく調べているよなあ……)

 蕩々と語られる知識は実に詳しく、どこか情感が籠もっている。
 恐らく神様のことだから、やると決めた以上は完璧にせねばと、全ての暇な時間をこの変態な情報探索に費やしたのだろう。
 その情熱を向ける方向はどうかと思うが、これも自分への愛のためと思えばまぁ、新太とて悪い気は……しないけど、やっぱり神様はどこか残念極まりない。

「ムシュカ様、今回はどこでこんな情報を見つけたんですか……? いかがわしいサイトの体験談とかです?」
「そうだな、検索もしたし、えすえぬえすでも情報を拾ったぞ。それに、こういうときは愛しい人と同じ物がついているというのが便利で良いな、いくらでも試すことが出来る」
「そうですね……そうですねええ!?」

(いくらでも、試すって……ちょっと待った、え、それってつまり……はああぁ!?)

 男の徴をぐりぐりと押しながら発せられた、新太の素朴な問いへの返答は、実に予想外のものであった。
 一瞬にして新太の脳内で、この銀色の檻を着けた麗しの神様の姿が大量に生成されたのも、仕方の無い話であろう。

(そっそんな、これを神様が自分で……つまりあの美しい股間が銀色に輝く檻に閉じ込められて……あわわわ……!)

「後はここのピンと穴を合わせて、鍵をかければできあがりだ。これが意外と合わせにくくてな……」

 そんな愛し子の異変にも気付かず、ムシュカは嬉々として自分用の貞操具を試しに購入したこと、新太が1週間の出張に出かけている間に何度も装着と脱着を繰り返し、時には仕事にも着けていって(!)経験を積んだことを語る。

 ――ここに来て無自覚に供給のお替わりを提供してくるとは、神様は今日も絶好調だ。

「鏡で見ると多少不自然な膨らみがある気もするが、細身のズボンで押さえれば意外と気付かれないものでな。ただトイレが少々大変で……ぬ、ヴィナよ、少し落ち着いてくれぬか? なかなかピンが穴に、んっ、入らぬのだが」
「そんな、推し自ら新たな18禁供給を増やしてきたら、息子さんだって尊さに喜んじゃいますよおぉ!」
「なんと、今のどこが供給であったのだ! ? 推しとはどうにも難しい概念であるな!」

 ともかくしょぼくれさせるべし! との勅命に慌てて素数を数えたところで、推しの大量供給があっさり消え失せるはずも無く。
 結局「かくなる上は……少し握ってみてはどうか」とちょっぴり赤くなったふぐりに神様が手を伸ばしたお陰で、現金な息子さんは見る間に大人しくなるのであった。


 ◇◇◇


 ……そうして。

「ん、これでよいな。どうだヴィナ、管の違和感は感じるか?」
「いえ、無いわけでは無いですが……本当に楽になりましたね……」
「これならずっと入れっぱなしでも、十分耐えられよう? ……ふふ、分かっていたとは言え実際に見ると凄いものだな。お主の立派な逸物が、これほど小さな檻に押し込められるとは」
「…………っ」

 かちん、と鈍い音を立てて、リングと檻のパーツが組み合わさる。
 ずれないように指で押さえられた下腹部は、本当に掌に収まる小さな金属の中に閉じ込められていて――

「……あ…………」

 途端、言い知れぬ不安がぞわりと新太の背中を駆け上がった。

(……あぁ…………これ、このまま俺、閉じ込められる……!)

 鼓動が、早くなる。
 気がつけば身体はカタカタと震えていて、これから放り込まれる未知の世界への恐怖が、インクの染みのようにじわじわと心を染め上げていく。

 それは遠い世界で命をかけて戦い続けてきたときとも、この世界で真っ当な思考を奪われるほどの過労に消耗していたときとも違う、本能に訴える得体の知れない何かで。

(どうしよう、どうしよう……)

 不安の正体も分からぬまま、ぐるぐると回り続ける思考に翻弄されかけたその時、新太はふと額に温かさを感じた。
 ぎぎぎと音がしそうなぎこちなさで動いた瞳が捉えたのは、片手を己の急所に添え、もう片方の手を額にかざし……すい、といつもの加護を描く、愛しい神様の穏やかな笑顔だ。

「……ムシュカ様」
「大丈夫だ、ヴィナ。お主の本性を解き放つために、少しだけここには我慢して貰うだけだからな。……外せばちゃんと、今まで通り元気になる。だから何も案ずるでない!」
「…………はい」

(そっか。ムシュカ様も多分最初は、同じだった……使い物にならなくなるかもって、怖かったんだ)

 きっと神様は、愛し子を少しでも安心させるために、まず自らの身体を差し出したのだろう。
 ……まぁ、彼のことだろうから好奇心も多分にあったとは思うが、少なくとも彼は異世界の、それも急所に取り付ける未知の道具を試しもせずに伴侶に着けるような、薄情なお方では無い。

(……神様が大丈夫って言ってるなら、うん、大丈夫)

 細長いシリンダー錠を刺した鍵が、組み合わさった上部の筒の中に横からすっと差し込まれる。
 くるりと回された鍵は、錠を筒の中にのこしかすかな音を立てて引き抜かれ、そのままチェーンを通してムシュカの胸元へ。

「……うむ、しっかり施錠出来ておるな。ではヴィナよ、これより十日間は自ら慰めることと精を放つことを禁じる」
「承知しました、ムシュカ様。……ほんっとうに、俺がどうなっても……嫌わないで下さいよ?」
「嫌うわけがなかろう、どんなお主も私の自慢の愛し子に変わりは無い」

 無言で見つめ合った二人は、そっと唇を交わす。
 ――こうして、神様による愛し子の猛獣化計画は幕を開けたのである。


 ◇◇◇


 いつもなら、かつて逢瀬の終わりを告げたアラームが、この意識をふわりと浮上させる筈なのに。
 隣から聞こえる呻き声に目を覚ましたムシュカは、まだ薄暗い部屋の中でこちらに背を向け丸まっている愛し子の姿に「やはりそうなるよな」と同情の眼差しを向け、そっと腰に手を伸ばす。

 ……その背中にはじっとりと汗が滲んでいて、そう言えば昨日説明するのをすっかり忘れていたなと心の中で新太に謝りながら、ムシュカは静かに声をかけた。

「……ヴィナよ、起きられるか」
「ううぅ……ムシュカ様ぁ……これ、何なんですか……めちゃくちゃ痛い……」

 脂汗を流しながら息も絶え絶えに訴える愛し子は、多分己の股間に鎮座する銀色の檻のことをすっかり忘れているのだろう。
「灯りを付けるぞ」と枕元のライトを灯せば、歯を食いしばり涙目になった新太の顔がぼんやりと浮かび上がった。

「恐らく朝勃ちのせいであろうが……見せて見よ」
「うぐ……いだい……」

 ムシュカが手助けをしながら、ようやっとのことで下履きを脱がせる。
 そこには見慣れた新太の男の徴が、いつものように朝を告げようとして全力で檻に阻まれ、格子に肉を食い込ませて何とかいきり立とうと奮闘していた。
 外側がこの有様なのだ。きっと内側は、カテーテルを尿道で食い締めて悲鳴を上げている事であろう。

 ――良く見れば、ふぐりも色が悪く、こころなしか一回り大きくなっているようだ。
 これはいかんなと、ムシュカは少し難しい顔をしながら「ヴィナよ、トイレに行くぞ」とその背を起こす。

「ぐぅ……といれ……?」
「まずはその元気になった中心を鎮めねばならぬ。朝はトイレに行けば収まるであろう? ほれ、肩を貸すから気合いで動け」
「はひ……っ、こんな痛み……戦でも経験がなかったような……」

 ようやっとの思いでトイレに辿り着いた新太は、震えながら便器に腰掛ける。
 出来れば扉は閉めて欲しいが、心配そうな表情を浮かべる神様にすげなくするのも憚られ、ふぅふぅと息を荒げ少し身体を斜めに傾けながら、下腹部に力を入れた。

 しょろろろ……と恥ずかしい音を立てている所を神様に見つめられて、けれどそんな事に気を回す余裕すらない。
 ぽたり、と握られた拳に落ちた冷たい汗が、新太の苦悶を物語っていた。

「ふぅっ、ふぅっ……」
「……昂りは収まったな。それでだヴィナよ、少し根元を調整するが良い。恐らく位置が悪くて根元を締め付けてるせいで、ふぐりが腫れて痛んでおるはずだ」
「は、はひ……神様、物知りすぎ……」
「いや、私も同じ目に遭っただけだが」
「神様はいくら何でも身体を張りすぎですって、もう……」

 リングによる圧迫が良い感じに解除されたのだろう、痛みは随分引いてきた様に思う。
 新太はウォッシュレットを使って丁寧に股間を洗い清め、トイレットペーパーで丹念に雫を取った。
 どれだけ拭いても何となく汚れている気がしてどうにも落ち着かないが、このままでは埒があかないと諦めて立ち上がれば、ぽたりと雫が垂れて床を濡らす。

「水、取り切れませんね……」
「まあ普段のようにはいかぬよな。なに、これを使えば服を濡らさずにすむ」
「……ええと、これって…………」

 戸惑う新太にムシュカがすっと差し出したのは、小さな四角い包みだ。
 ほんのり花の香りがする白い包みを開ければ、そこには薄っぺらいシートが入っていた。
「雫くらいならこれで十分吸える。裏紙は剥がさずに、下着に挟めば問題ない」と位置を確認する神様は、多分この製品の本来の用途を知らない。

(これ、パンティライナー……女性用の衛生用品じゃん! ! うあぁ、こんな物を着けてるなんてバレたら俺絶対変態扱いされる!)

「うむ、これでよいな。替えはそこの棚にあるから、念のために持っていくと良いぞ」
「ええと……これはちょっと外では出せないな、なんて……」

 いつもの朝食がどことなく味気なく感じるのは、間違いなくこの股間のせいだ。
 あるべき物が閉じ込められ、しかも男なら一生お世話になるはずの無いものを着けているという事実が、どうにも胸をざわつかせる。
 こんな状況では、とても仕事にならなさそうだ。「外では意外と気にならぬものだった」とケロリとした表情でトーストを頬張るムシュカの体験を、今のところは信じるしか無い。

 それにしても、と新太は呆れ半分、感心半分でムシュカの用意周到さを褒める。
 よくライナーなんて物を思いつきましたねと零せば「いや、あれは私も困ってだな」と神様は少しだけ遠い目をした。

「水が零れるなど、どこにも載っていなくてな。どうにも不快で、職場のご婦人に相談をしたのだ」
「……そう、だん?」
「いや、流石に貞操具の話はしてないぞ? ただ、少し漏れることがあると話したら」
「待って」
「その歳で尿漏れは辛かろうと同情されてな……少々騙しているようで気が引けたのだが、軽い尿漏れならこれでいけると教えて貰って、その足でドラッグストアに」
「ちょおおおお! 待ってムシュカ様、これ通販じゃ無くってガチで買いに行ったんですか!?」
「うむ、売り子に事情を話したら快く売り場まで案内してくれた。皆に親切にして貰って、ありがたい事よ」
「ひょえぇ……うちの推しが最強過ぎた……」

 ああ、恥じらいを知らないというのは恐ろしいとその場でがっくり顔を伏せる新太の心配になど気付くことも無く、ムシュカは店員に教えて貰ったというこのライナーの良さを蕩々と語り、新太の精神力を朝から半減させてしまうのだった。


 ◇◇◇


「毘名さんすみません、ちょっとこっちのログを見て貰えますか?」
「あ、はい。5分待って下さい」

 一体どうなることやらとおっかなびっくりで出勤した新太だったが、周囲の視線が気になっていたのはほんの数十分だけ。
 基本的には椅子に座っているし、職場で股間を注視されることはまず無いよなと気付いてからは、あれほど心配したのが嘘のようにいつも通り仕事に励んでいた。

(確かに神様の言うとおりだった……意外と気にならないんだ)

 もちろん、完全に装具のことを忘れられるかというとそれは無理がある。
 ふとした瞬間に金属の固さを感じて、己の大切なところが封じられている事実を突きつけられたり、時には不意に元気になった愚息が内外を締め付ける圧迫感と苦痛を訴えてきたりするけれど、それさえやり過ごせば仕事に支障は無さそうだ。

 これを好んで着ける人たちは初日から興奮して――戒めに興奮する人たちには痛みすらスパイスになるのだとか――大変らしいと神様から教えて貰ったが、幸いムシュカも新太もそんな趣味は持っていない。
 強いて言うなら、仕事中にも息子さんはマイペースに膨らんだり縮んだりしていたのだな、と純粋に驚いたくらいか。

(良かった、これなら十日間だろうが二十日間だろうが、何とかなりそうだ)

 これも念入りに調査し準備してくれた神様のお陰だなと、新太は惚気と感謝を胸の内で叫びながら新たなタスクにとりかかるのだった。

 ――その頭から真の目的がすっぽ抜けていることに気付くのは、もうちょっと先の話。


 ◇◇◇


 とは言え、全てが今まで通りとも行かないのも事実であって。

(……うう、座ってするだけでも何となく居心地が悪いのに……何だかなぁ)

 仕事の合間、勢いよく便器に叩き付けられる雫を眺める新太の胸中は、どうにも複雑だ。

 貞操具が己の性器を戒めるという意味は、単純な自慰と射精の管理だけでは無かった――
 装着から既に何度か体験しているにも拘わらず、新太は今更ながら言いようのない虚しさを小さな箱の中で噛みしめていた。

 いつもなら立ったまま半ば無意識に行われる排尿という行為が、金属の檻に阻まれ許されない。
 ただ座って出すだけ――これだけの事に無力感を感じるとは、正直予想外だった。
 トイレで誰かに鉢合わせる機会はそれほど無いとは言え、毎回個室を使う姿を見られたらと思うと嫌が応にも緊張は高まるし、無意識に小便器の前に立って金属の檻に気付いた瞬間の脱力は……こういうプレイを嗜む変態なら楽しかったんだろうなぁとでも思わないと、どうにもやっていられない。

「……すっきりしない…………出てる、のに……よく分からない……?」

 しょろろ……

 便器を汚さないよう角度を調整し力を緩めれば、膀胱を満たしていた液体は見る間に空になっていく。
 だが全てを排出したところで、新太は更なる事実に気付くのだ。

 ――出し切ったはずなのに、物足りない、と。

 半透明の管を通り抜ける水流は、排尿という尿道に生じる原始的な快楽すら取り上げてしまう。
 それは生活の中では些細な剥奪に過ぎない筈なのに……じわじわと新太の心の中に言いようのない泥を流し込んでいくようで。

「はぁ……」

 これだけはきっと慣れることが無いんだろうな……と、少し憂鬱な気持ちで机に戻れば、ぴこん、とポケットから軽快な音が聞こえた。
 ……この音を鳴らす相手は、一人しかいない。

「こんな時間に? 何かあったのかな」

 スマホを開ければ、案の定そこに表示されていたのはムシュカからのメッセージだ。
 今日の献立に悩んでいると珍しい相談に、新太は早速返信をタップする。

『ヴィナは何か食べたいものはあるか?』
『うーん、俺はがっつり肉が食べたい気分ですね』
『なら今日は豚の生姜焼きが良いか』
『いいですね、あー神様の生姜焼き楽しみぃ! でも珍しいですね、献立に悩むなんて』
『いや、初日だしお主も大変だろうからな……トイレは大丈夫か』

「あ……ふふっ……」

(……うん、やっぱり俺の推しは尊みが過ぎる)

 ひとつ、ひとつ。
 この神様は、己の仕入れた知恵と体験に基づき、新太が直面する小さな痛みを掬い上げて癒やしてくれる。

 いやまぁ、これを着けた元凶もこの麗しき神様ではあるのだけれど、なんだかんだ言って無茶振りの自覚はあるのだろう。
 元王族とは思えない細やかな気遣いは、自分だけに向けられた物であることが分かっているだけに……余計に新太の熱は上がるばかりで。

『……神様、神様が尊すぎて物理的に辛いです』
『いや、私は何もしておらぬぞ! ? お主の推し概念は、炸裂場所が難しくてかなわぬ!!』

「はぁぁ、痛ったい……流石にどれだけ尊くても痛みは取れないや……」

 うっかり元気になった息子さんに一人悶絶しつつも、スマホを見つめる新太の顔はすっかり緩んでいたのだった。


 ◇◇◇


「ムシュカ様、お風呂上がりました」
「うむ、どうだ? 沁みるところはなかったか」
「はい。ただちょっと洗いにくいのが気になりますね……汚れが取れて無さそうで……」
「それは解決法を考えておるから、案ずるでない」

 家に帰れば、醤油の香ばしさで途端にお腹が歓喜の音を立てて。
 いつも通り語らいながら楽しい夕食時を過ごし、お風呂に入れば早速ムシュカによる観察だ。

 痛みは無いか、傷は出来ていないか、浮腫はどうか……
 神様はその美しいかんばせを愛し子の股間に鼻が付くほど近づけてじっくり確認していくものだから、新太はひたすら上を向き素数を数えながら息子さんを宥めるしか無い。

「あのう……ムシュカ様、そんな、汚いのが付いちゃいます……」
「なに、まだ初日だしちゃんと洗浄したなら問題はない。それに汚れていたところで、そんな些細なことを私が気にするとでも?」
「お願いですからそこは気にして下さい!」

 確認が終われば、金属が当たるところに改めてワセリンを塗り込めて、ようやく終了だ。
「傷も赤みもない、これなら調整は要らぬな」と安堵した様子でソファに腰掛けるムシュカの手招きに、新太はいそいそと下着を着けていつもの膝枕体勢を取った。
 途端、身体がずんと一気に重くなった気がする。どうやら慣れない装具を着けての一日は、思った以上に負荷がかかっていたらしい。

「……ふふ、久々に懺悔の時間といくか? ヴィナよ」
「えーもう大丈夫ですよ! ブラック時代とは違いますし……あ、でも正直トイレは……」

 今日のことをつれつれと語れば、ムシュカは優しい手つきで頭を撫でて「うむ、ヴィナは頑張っておるな」と褒めてくれる。
 それだけで、心に溜まった泥も、染まった沁みも、洗い流されていくかのようだ。
 ……ちょっとだけ息子さんが檻から出せと文句を言っているのだが、そこは気合いで耐えることとする。

(……うん、やっぱり俺は神様が笑顔でいるのが一番嬉しい)

 この穏やかな笑顔こそが、あの頃の新太にとっては生きる全てだった。
 人生のどん底で差し伸べられた手とご飯の温かさを、きっと自分は生涯忘れることが無いだろう。
 そして……この方を笑顔にするためなら、局部を閉じ込められるくらい安いものと新太は心の底から思っている。

 ちなみに、いつか逆の体勢を試したいという神様の望みはまだ叶わぬままだ。
 正確には一度チャレンジしようとしたが、己の太ももに後光がさす光景は圧巻であった。……つまり即座に鼻血を神様の頬に垂らす失態に発展し、以後新太の成長が見られるまでは禁じ手とする協定が交わされたのである。

「えへ……ムシュカ様ぁ……」
「ん? 今日はもう寝るか。慣れぬ装具は疲れたであろう」

 もぐもぐと小さく口を動かしながら、いつしか愛し子は膝の上で微睡んでいる。
 本当にお主はどこまでも食いしん坊だなとムシュカはうっそり微笑み、寝ぼけ眼の新太をベッドに誘うのだった。

「おやすみ、アラタ。……目覚めはきっと苦痛だからな、せめて共に良き夢を見ようぞ」

© 2025 ·沈黙の歌 Song of Whisper in Silence