第3話 愛しい猛獣の作り方(後編)(SIDE BL)
(……出したい)
仕事に集中していれば無視出来るほどの、小さな疼き。
けれど、渇望はふとした隙を狙って、新太の心を苛んでくる。
「んっ…………ちょっと、だけ……」
トイレを装って個室に入った新太は、がばりと下着を下ろすと厳つい指をそっと中心へと伸ばす。
何とか隙間から良いところを触れられないかと悪戦苦闘し、けれど格子は体積を増した膨らみに軽く触れることは出来ても、決して今一番欲しい快楽――射精に繋がる刺激は決して通してくれない。
そうこうしているうちに更なる膨張を始めた屹立は檻に食い込み、カテーテルを食い締め、装着以来毎朝のようにやってくる地獄が頭に過って……新太は仕方なくぐっと手を握りしめ、落ち着く時を待ち続けるのである。
「はぁ、出したい……」
何ともすっきりしない重さを抱え、熱の籠ったため息を一つ。
一体どれくらい、無為な時間をここで過ごしてしまったのだろう。これはもう仕事に集中して乗り切るしか無いなと新太は諦め、ズボンを上げて何食わぬ顔をして自分の机に戻る。
――その瞳には、隠しきれない情欲が灯っていた。
雄芯がこの小さな檻の中に閉じ込められて、3日目。
元々それほど性欲は強い方では無いし、今までの経験から辛くなるのは5日目くらいからかな? と踏んでいた新太は、この2年に渡る神様との甘い生活をすっかり失念していた事に今更ながら気付かされる。
初夜こそ二人で寝込んだお陰で間が開いたものの、新太が穏やかな交わりを心がけるようになってからは大体週に4日ペースである。
なんなら神様が「まだ足りぬのう……ほれ、もっと食べぬか」とすっかり淫らに綻んだ下のお口で屹立をもぐもぐした暁には、次の日目の下に隈が出来るくらいには搾り取られるわけで。
(よく考えたら俺、ムシュカ様がこの世界に来てから自慰したの、出張に出てるときだけじゃん!)
――そんな過酷な扱いに何とか適応していた健気な息子さんからすれば、いきなり狭苦しい檻に閉じ込められて精を吐き出すな! なんて言われたら、文句の一つも付けたくなるであろう。
「3日目でこれか……ちょっと先が思いやられるな……ああでも、早めに神様の望みを叶えれば……いやいや無理無理! 理性の飛ばし方なんて分からないし!!」
装着前に言い渡された、今回の「猛獣ヴィナ降臨作戦(なんて酷い名前だ!)」には、二つの解錠ルールが定められている。
一つ、装着から10日後、すなわち来週の金曜の夜を迎えること。
一つ、明らかに新太が理性を失い、目的が達せられるとムシュカが判断すること。
このどちらかの条件を満たした段階で、射精管理は終了。その後は……まあ、言うまでも無いだろう。
わざわざ3連休の前夜を解放日とする辺り、神様の本気が透けて見えて非常に恐ろしい。多分次の日の自分は、風が吹いたら空も飛べそうな抜け殻になっているに違いない。
「そりゃ俺だって神様を笑顔にしたいし……ちょっとだけ、ああ言うのも良いかなって思うけど……いやいや、いくら最推しの頼みだからって、酷く抱き潰すなんて出来るわけないじゃんか!!」
理性と、本能と。
3日目にして早々に負け戦の葛藤に放り込まれた新太は、何はともあれ早く家に戻ろうと、運転席で揃いのイヤリングを身に付け……その音にうっかり元気になった中心に「いやそこ反応しすぎっしょ!」としばし悶絶するのであった。
……新太は、気付いている。
神様の笑顔は、自分がひたすらに推し続ける――まだその行為を愛と素直に受け入れるのは難しいけど――ことで維持され、輝くものなのだと。
だから最推しを喜ばせるためなら、ちょっと酷い抱き方をするのも悪くない……そう心の片隅でちょっとだけ主張している。
けれど「ヴィナ」は頑なに信じている。
殿下の笑顔を自分が作れるなどうぬぼれてはいけない、ただその笑顔を守ることこそ己に課された使命だと。
故に、新たな生を得て芽生えた小さな泡のような欲望は分不相応かつ不埒であると、鋼の自制心を発揮して叩き潰すのだ。
遠い過去に囚われているのは自分もだったと気付いていながら、いまだ振り払えない臆病さを、この小さな金属が全力でぶち破るまでにはもう少し時間がかかりそうだ。
◇◇◇
どうにも長かった昼間を乗り越え、今日も神様の膝で癒やして貰おうとようやく家に辿り着いた新太は、局部の締め付けられる痛みと共に予想外の事態に戸惑っていた。
「んっ……今日も大義であったな、ヴィナよ……ふぅっ……さっき夕食も出来上がったところなのだ、さぁ早く着替えて食事と相成ろうではないか……」
「いやいやちょっと待った、何で夕食と一緒に神様まで出来上がっちゃってるんですか!?」
玄関のドアを開ければ、いつものようにエプロン姿のムシュカが出迎えてくれる。
しゃらん、と揃いの耳飾りを鳴らしながら満面の笑みで帰宅を喜んでくれる我が推し神様は、しかし初手から新太の脳みそと股間をバズーカで撃ち抜いてきた。
「は、は……裸、エプロンってえぇぇ!? え、まさか神様そのっ、下着も着けてないとか」
「案ずるな、調理中に抜けては困るから下着は装着済みだ」
「もっと酷かった!!」
思わず前屈みになって痛みに目を潤ませる新太の前で、麗しの人はくるりと背を向ける。
そこには使い慣れた革製の下着――大切なところが隠せてないが――と、それにより押さえつけられている極太ディルドをやわやわと食む肉の綻びがあって……新太は思わず「ムシュカ様っ、こっち向いてえぇ!!」と叫び床に崩れ落ちた。
「……ぬ、どうしたヴィナ……ふふ、今日のお主は殊更可愛らしく見えるな……」
「神様、それ絶対だめなパターンです」
よろよろと座り込んだ食卓に用意されていたのは、あんかけ揚げ麺だった。
細めの麺を揚げ、その上から海鮮たっぷりの餡をかけてフォークで崩しながら口に運べば、最初はサクサクした、そして次第にしっとりした食感に変わる様を楽しめる故郷の辛くない麺料理は、今日という日を耐え抜いた愛し子に贈られる神様からの恩賜だ。
……そう、恩賜ではあるけれども。
目の前の姿はどう見ても、新太の死亡フラグである。
「あのっムシュカ様、またどうしてそのようなとんでも無いお姿に」
「いやな、最初は裸であったのだが……麺を揚げていたら跳ねてちょっと痛かったものでな」
「まずどうして裸で料理をしようと思ったのかを、全力で問い詰めたいんですけど」
「ぬぅ、お主今日は妙に勢いがあるな……」
自家製の生唐辛子醤油漬けを麺にかけて「このくらいの辛さは欲しいところよな」ともぐもぐ口を動かすその唇さえ、今夜は何だか艶めかしい。
これは貞操具のせいじゃない、完全に神様のせいだと確信を持って尋ねれば、潤んだ瞳がすっと細められた。
「実はな、重大な事実が発覚したのだ」
「……はい」
「ヴィナ、お主が貞操具を着けている間はまぐわうことが出来ぬ」
「…………はい?」
何を今更、と突っ込みかけたが、どうやらこの神様は煩悩に脳を焼かれてこのような所業に出ただけあって、そんな基本的なことすら忘れてしまっていたらしい。
実に大真面目な顔で「お主が出張の時は平気だったのだが……」と首を傾げている。
「ヴィナがもうすぐ帰ってくると思うと、我慢が効かなるようだな。なるほどこれは新しい知見」
「ぐはっ! その言葉は股間に効き過ぎるぅ……その、ムシュカ様は別に……ええと、だっ、出して頂いていいんですよ?」
「出したところでお主の立派な剣で貫かれねば、私は到底満足などできぬぞ。ヴィナよ、お主この二年でどれだけ私の身体をお主専用に染め上げたと思っている」
「ひいぃ……尊さと痛さで墓が二ついるぅ……」
まあこれも愛し子を堪能するためだ、仕方が無いな! とあっけらかんと笑う神様の頬が、ほんのり染まっていて。
どんぶりを拭き上げながら漏れるため息はどこまでも艶めかしく、胸元には小さな飾りが浮き出て、うっかり目を下に降ろそうものなら……エプロンを持ち上げる不自然な膨らみと、まろい尻から突き出た突起が新太を全力で誘う。
(ちょ、暴力反対っぐぅぅ……痛ったい……)
「神様……俺は理性を吹き飛ばされる前に、息子さんが息絶えそうです」
「これはまた随分と元気であるな……しかし貞操具の力とは凄いものだな、たった3日でここまでお主を苦しめるとは」
「むしろ俺を苦しませてるのは、裸エプロンなんですけどね! 何その色気の暴力!!」
その後。
推しの尊さゆえの苦悩(物理)と、この世界の男性にとって裸エプロンが如何に魅力的であるかを切々と語った甲斐あって、神様の忠実なる愛し子は「新太が在宅時は目の前であられも無い格好をしない、まして穴の手入れは論外」という約束を取り付けたのである。
◇◇◇
「…………ちっ……」
「……その、ヴィナよ……そろそろ出かけねば」
「ん? あ、ああ、そうですね……ふぅっ……」
一日中推しといられる至福の週末が、こんな地獄になるだなんて思いもしなかった……
ちょうど折り返し地点となる日曜の朝、新太は珍しく不機嫌を露わにしてソファに沈み込んでいた。
その手は無意識に中心へと伸び、固い感触に当たる度にチリッとした苛立ちが下腹部に溜まる。
(触りたい、出したい、くそっ……ここを触りたい……!)
隣に座るムシュカは――流石に膝枕は危険を感じて丁重にお断りした――いつもの休日よろしくのんびりと書物を読み耽っている。
最近は歴史に興味を持ったらしく、図書館で分厚い本を何冊も借りてきては真剣な表情で目を通している。
普段はそんな神様の膝を枕にしながら、新太がスマホゲームに興じるのが常であるが、流石に今はそれどころでは無い。
(……そこに、鍵がある…………っ、だめだ、考えるな……!)
ただの普段着に身を包んだ姿だというのに、髪をかき上げる仕草や何気ない耳飾りの音、肩を寄せ合う温もり……その全てが新太の劣情をかき立てる。
そして何より目を惹くのは、ムシュカの首にかけられた金属のネックレス……その先にぶら下がっているはずのもの。
「……辛いよな」
「っ、分かってるなら……くそっ、何でもないです……っ……」
「ふむ……全く、そんな状態になってもお主は……それで、どうするのだ? 今日は流石に休むか? 行くなら私が運転するが」
「…………いえ、行きます。身体を動かさないとやってられないですから……あと、ムシュカ様は大人しく助手席に座っていて下さい。貞操具を解放する前に、二人揃って魂が肉体から解放されかねません」
「今のお主より危険だというのか……これでも随分上手く運転出来るようになったと思うのだがな」
珍しくぶっきらぼうに振る舞う新太は、行きますよ、と神様の手を引く。
時折もどかしそうに腰をゆすりながらも、繋がれた手はどこまでも優しい。
(……私は5日で限界であったが……お主の自制心は相変わらず鉄壁であるな、ヴィナよ)
ある意味予想の範囲内ではあるがと腰に低い振動を感じながら、ムシュカは心の中で溜息をつく。
いくら自分より七つも年上とは言え、まだ新太は三十にも乗らぬのだ。
毎夜のように推しとベッドを共にしていれば、渇望はどこまでも膨れ上がる一方だと火を見るより明らかだというのに……まるで遠くなったあの頃に戻ったかのように、新太は閨では神様の艶やかな御髪にすら触れようとしない。
(これ見よがしに見せつけても、鍵をねだりも、まして奪おうともせぬとは……本能すら凌駕する忠義は天晴れであるが、今はもう必要ないのだぞ、ヴィナよ)
無意識であろう、ハンドルを握る新太の瞳には殺気じみた迫力が灯っていて。
ムシュカは背中に走った痺れに酔いしれながら、けれど運転中の愛し子を苦しめないようにそっと視線を外すのだった。
――早くその瞳を私に向けてくれと、熱を溜め込んだ胎を震わせて願いながら。
◇◇◇
「今日のヴィナは、いつもにも増して勇壮であったな。まるで騎士であった頃のお主が乗り移ったようであった」
「ま、それでも中学生に軽く捻られちゃったんですけどね! ……でも行って良かったです、ちょっとすっきりしました……いや、まぁ身体は全然ですけど」
日曜の午後は、新太の運転する車で空手の稽古に同伴する。
こじんまりした町道場の中は若い熱気で溢れていて、かつて自室の窓から眺めていた風景を懐かしく思いながら愛し子の奮闘を見守るこの時間は、ムシュカにとって至福のひとときだ。
……残念ながらその筋骨隆々とした外見とは裏腹に、中学生どころか時折小学生にすら負けているのだが。
射精管理の鬱憤を全て詰め込んだかのような迫力を持ってしても、その腕が元に戻る日は大分遠そうだ。
「ふぅ、汗びっしょり……すみません、臭いますよね。直ぐシャワーを」
「そうだな。ならば今日は一度きちんと洗うか。ちょうど折り返しであるしな」
「え」
家に帰るなりシャツを脱ぎ捨てた新太を、ムシュカは呼び止める。
そうして提案された、思いがけない神様の慈悲に……愛し子はぽかん、と間の抜けた顔を見せた。
(…………洗う?)
きちんと、洗う。
――その言葉が指すところなんて、一つしか、ない。
「え、えっ、あっ、あのっ」
「先に身体を洗って置くがよい。少し準備もあるのでな」
「はっ、はいっ!!」
(は……外して、貰える…………っ!)
どくん、と歓喜の音が心臓から響いてくる。
ああ、鏡を見なくたって分かる。きっと今自分は、どこまでもだらしない笑顔を神様に晒している……!
「じゃ、じゃあ入ってきますっ!」
「うむ。ほら、前を向いて歩いた方が」
「いでっ!! ……えへへぇ……」
慌てすぎて入口にの壁に小指をしこたまぶつけたけれど、こんな痛みで喜びが潰えるはずも無い。
もちろん、洗浄が終わればまた閉じ込められることは分かっていても、ほんの一時自由な膨張を許される、それだけで十分嬉しいし
「洗いながらちょっとだけ……うん、ちょっとだけで良いから……ふふっ」
約束は絶対だけど、洗浄中に良いところに触れるくらいはきっと、自分をここまで愛して下さっている神様のことだからお目こぼし頂けるに違いない――
熱いシャワーを頭から被りながら、新太はようやく訪れた一時休戦に心の底から安堵し、神様の慈悲に深く感謝するのであった。
「……むぅ、ちゃんと説明をしておいた方が……もう遅いかのう……」
……バスルームから漏れ出るあまりの喜びっぷりに、ムシュカが少々どころでない罪悪感を覚えているなどとは、思いもせずに。
◇◇◇
「ヴィナよ、用意が出来たが入っても良いか?」
「あ、はい! もう全部洗い終わってますから!」
こんこんと響くノックの音に、期待の鼓動はますます早くなる。
ああ、その扉を開けて、あの白く美しい指でこの金属の鍵を外して……
逸る心を抑えきれない新太の目の前で、扉が開く。
「すまない、待たせたな」と少し申し訳なさそうな顔で謝るムシュカは、艶やかな髪を後ろで束ね、Tシャツとホットパンツを身につけている。
みだりにその美しい肢体を晒さないで欲しいという新太の願いは、こんな時にも守られている……その事実は、じんわりとした温かさを愛し子の胸に満たすのだ。
「いえっ全然待ってませんから! ……って、その、これは……?」
「ああ……まあ作業をしながら話そう。むしろ……私は謝らねばならぬのだが」
「?」
そして手には……いくつかの道具と手袋、そしてガラスのコップが載ったトレーが握られていた。
……何かが頭の片隅に引っかかって、小さな胸騒ぎを覚える、気がする。
「取りあえず一度後ろを向いてくれるか」
「あ、はい」
何だろうと首を傾げながら、新太は言われたとおりに湯船で立って背中を向ける。
「いつ見てもお主の背中は広くて……逞しいな」とうっとりした声で愛し子をほめそやしながら、ムシュカはそっと新太の手を後ろに回した。
次の瞬間
カチカチカチ……
「へっ」
冷たい何かが親指に触れた、と思ったら、小気味よい音共に関節が締め付けられて。
「……ムシュカ、様……?」
「…………そのまま動くでないぞ」
「……」
何が起こっているのか、予想外の事態に頭は思考を止めてしまって。
そうこうしているうちに首には革の首輪が巻かれ、じゃらり、と頭上で音が鳴った。
「うむ、これでよいな。……気をつけてこちらを向くのだぞ」
「…………あの、ムシュカ様……」
静かに言い放たれた言葉に、気をつけてとは、と動こうとして……新太は気付く。
親指はただ金属の何かで締め付けられたのでは無い、左右を繋がれ、戒められていることに。
(手が……え、後ろで縛られてる!? 待って、それじゃ)
嫌な予感に、身体の感覚が鈍くなった気がする。
どこかすがるような瞳を向ける新太に、ムシュカは心の中で謝りながら「これは指錠というやつでな」と口を開いた。
「親指の関節を戒めれば、大の男でも外すことはできぬという」
「え……」
「すまない、ヴィナ。先にきちんと話しておくべきだった。……私の力ではお主の膂力に勝てぬから、首輪も着けさせて貰った。暴れると首が絞まる、どうかじっとしていてくれ」
「…………ま、さか……」
心臓が、痛い。
けれどこの痛みは、先ほどまでとは全く色合いが違う。
温かいはずのバスルームなのに、背中に伝うのはどこまでも冷たく、嫌な汗。
カラカラになった喉で「どうして」と泣きそうな声を響かせれば、神様は再び「すまない」と苦しそうに謝りながら、首にかけた鎖を外す。
「貞操具での射精管理はな、装着者に自慰と射精を禁じる。それは最初に話したな」
「はい」
かちゃり、と小さな音が、やけに耳に響く。
引き抜かれた錠は、新太にはどうやっても届かない場所に置かれたトレーに載せられ、続けてゆっくりと半球状の檻が外された。
ずるり、と音がしそうな勢いで抜かれる尿道カテーテルの感触に「んうぅっ……」と漏れた声は思った以上に甘い。
(こんなものまで……気持ちいいって思うなんて……)
「管理者は装着者がうっかり射精を、そして自慰をしてしまうのを何としても防がなければならない。貞操具をただ着けるだけでは管理は完成では無く……おっと、急がねば抜けなくなるな」
解放の気配を察知した中心は、直ぐに固さを増そうとする。
慌ててムシュカは兆した雄を腹の奥に向かって押し込み、固定用のリングを根元から外した。
そうしてたっぷりのボディソープを泡立てずっしり重いふぐりに塗り込み、ぬめりを借りて一つずつ、慎重にリングをくぐらせる。
――この間ほど痛みを感じなかったのは、十分な潤滑剤故だろうか、それとも……あまりのショックに、世界を感じられなかったせいか。
「……痛くはないか」
「…………っ……ムシュカ様……これじゃ……」
「人の意志は、本能の前には無力だ。例え洗浄目的であっても、つい魔が差して約束を破ってしまう可能性はゼロでは無い。だから」
聞きたくない、と言わんばかりに新太はぶんぶんと首を振る。
その瞳は涙に潤み、絶望を湛え、身体は小刻みに震え……ようやく全力を出せた剛直は、その先端からつぅ、と糸を引く涙を零しているのに。
「こうやって拘束して、お主の手が一切触れぬ状態で私が洗い上げるのだ。なるべく快楽を拾わぬように、な」
「ひぐっ……そんな、神様……ひっく、ひっく……うう……っ……!」
あまりにも無情な宣告に、一度期待した心の糸はプツンと切れて。
大きな身体を震わせしゃくり上げる愛し子に「すまぬ」と短く謝罪を口にしたムシュカは、そのままうっすら汚れの付いた貞操具をゴシゴシと洗い上げるのだった。
◇◇◇
「はぁっ、はぁっ、ムシュカ様っ、んっ……!」
「これ、あまり動くでない。……そう腰を振っても触れてはやれぬぞ」
「ううっ……はぁっ、うあぁっ!!」
洗顔用のネットを使って、もこもこになった泡をたっぷりとまぶして。
尽きぬ熱情に打ち震え久方ぶりの完全復帰を果たした剛直を、ムシュカは丁寧に洗っていく。
普段から念入りに洗っていたとは言え、やはり完全に清潔を保つことは難しかったのだろう。
溜まった汚れを指の腹で軽く擦れば「はぁっ」と上から熱い吐息が、そして涙に潤みながらも突き刺さるような視線が降ってきた。
(やだ、そんなんじゃ余計に辛いっ……ムシュカ様、お願いしますっ触って……!)
思わず懇願を叫びそうになる己を全力で押さえつけ、新太は歯を食いしばる。
一言でも「刺激が欲しい」「出したい」と口にしてしまえば……もう、歯止めが効かなく未来しか見えないから。
「ひぐっ……くそぉっ……!!」
泡で撫でられる感覚にすら、身体が勝手に跳ねる。
かくかくと情けなく腰を突き出しては、何とかしてその白い手に包まれたいと、滾った中心をぷらぷらと揺らす。
荒い息の合間にはずっと鎖の音が鳴っていて、何度も引き千切ろうと引っ張り続けている親指には、きっと苦闘の痕が刻み込まれているはずだ。
どうせ出せないなら、扱けないなら、檻の中に閉じ込められている方がずっと楽だ――
きっと施錠の音を聞いた瞬間から解放を願うと分かっていても、この狂おしい時間をさっさと終わらせてくれと、馬鹿になった頭は放逸を希求する叫びと共に己の首を絞める思考だけを繰り返す。
「うむ、綺麗になったな。しかしそのままでは着けられぬか……鎮められるか?」
「無理に、決まってる、でしょっ……!」
「だろうな。すまぬが少し手荒にするぞ」
「何を……うぐっ!!」
そんな愛し子の苦悶をさっさと和らげようと、ムシュカは湯桶で手早く泡を流し、そっと拭き上げた股座にたっぷりとワセリンを塗り込む。
「傷も腫れもないな……歯を食いしばっておれ」
「……っ……ふっ、ぐ…………ぅ……!」
外したときより明らかに強く指で潰される痛みに、思わず大粒の涙が新太の瞳からこぼれ落ちる。
……けれど、もう、そんな最悪の痛みですら……「射精したい」の五文字が頭から消える瞬間を作り出せない……
(痛い、痛い、出したい、痛い……出したいっ……!)
お願いします、どうか出すことが叶わなくとも。
その白い御手で、あなた様への愛しさを叫ぶこの砲身を一度だけ、包んで欲しい――
そんな声にならない願いすら汲み取って頂けない、神様への小さな怒りが胸の奥で弾ける。
……この方に怒りを覚えるだなんて、前世でも無かったというのに。
「よしよし、大人しくなったな、えらいぞヴィナ……直ぐに終わらせるからな、もう少し辛抱してくれ」
「……ひぐっ……はい…………」
カチリ……
なんで、どうして……
茹だった頭は当初の目的をすっかり忘れ、ただ本能という激流の中で慟哭を上げながら、再び煩悶の日々が戻ってきた合図を耳にする。
その音は小さく、けれど大きく、深く、魂まで抉り縛り付けられるかのようだった。
◇◇◇
「大丈夫、ではないな……洗浄は辛いと書いてあったが……」
「そんな言葉で終わらせないで下さい……されてみれば、分かりますよっ……」
「……お主の言うとおりだな。そこまでは自分では試せなかったから」
「っ……」
本来の使い方なら、きっと管理者は冷徹に装着者を戒め、突き放し、もしくは翻弄するのだろう。
けれど服従を目的としないが故に、最推しの神様はどこまでも愛し子を気遣い、甘やかす。
……一番甘やかして欲しいところは封じられたままという、残酷さを伴いながら。
「……これでもまだ、だめなのだな」
「何が、ですか……ぐぅっ、出したい……」
「側にいると頭がおかしくなりそうですから」と少しだけ距離を離し、けれどやっぱり同じソファの端に腰掛けながら、新太は少し心配そうにこちらを伺うムシュカに苛立ちを載せた恨み言を呟く。
どうやら初めての洗浄は、これまでの比ではない苦痛を愛し子に与えたのだろう。その拳は白くなるほど固く握りしめられていて、今この瞬間も収まらない射精欲に悶えていることが一目で見て取れた。
「欲を放ちたい衝動には、波がある。普段は忘れたふりをしていても、些細なきっかけで情欲は燃え上がる。ちょうど、今のお主のようにな」
「……そうですね」
「日が経つにつれ、波は頻繁に起こり、高さも増す。……きっと今のお主はこれまでに無い衝動を感じているはずだ。殺気が漏れ出すくらいには、な」
「そう思うなら……ぐぅ……」
それでもお主は、強請らないのだ。
そう嘆息する神様の瞳には、小さな悲しみが見て取れる。
「私に開放を強請らぬような状況でその戒めを解いたところで、お主はきっと私を襲わない。精々トイレに駆け込むのが関の山であろう? ……そう睨んでも、事実は事実だ」
「……ならもう、諦めて下さいよ……まだ半分だなんて、このままじゃ俺、壊れてしまいますって!」
「ならぬ。ここで中途半端に終わってしまえば、正気に戻ったお主が腹を切りたいと言い出す未来しか見えぬからな」
流石に壊れる前には襲ってくれると信じておるのだがな、と伸ばされる手を握るのすら、今は癪に障る。
だが、きっと神様の言っていることは正しいのだ……
留まることを知らない渇望に焼かれた頭の片隅には、それでも消えないかつての主君への、そして推しへの熱い信頼が灯っていて。
「……反抗は謝りませんから」
「何を謝る必要がある、お主が耐えている証であろうが。その理性があと五日で剥がれるよう、全力で手助けするでな」
「それは手助けじゃ無くて拷問って言うんですよ……くそっ、ううっ……」
文句を言いながらも白魚のような手をそっと優しく握りしめた愛し子の掌は、いつもより熱くて、しっとりと汗ばんでいた。
◇◇◇
なるほど、ずっと苛まれるようになるというよりは、落差が酷くなるのか。
出来ることならこんなことは生涯知りたくなかったと、ハンドルを握る新太の手には、血管が浮き出ている。
「出したい……射精したい……出したい……」
ちっ、と時折舌打ちをしながらひたすらに欲望を口にしていることに、新太は気付いていない。
仕事はむしろ、集中力が増したようにすら思う。
いつもよりタスクが片付くのが早くて、お陰で息抜きとばかりにトイレに駆け込む余裕もできるし、定時にも上がれて万々歳である。
ただ……仕事に邁進している時間以外が、尽きぬ衝動に飲み込まれたままになっただけで。
(出したい……これを、神様の中に……いっぱい、包んで貰って……ごしごしして……)
いつものように家路につく新太の瞳には、現実はもう映っていない。
溜め込んだ脳内推し神様コレクションを永遠に再生しながら、神様の笑顔を願う愛し子は……今、ようやくその本性を顕し始めたのだ。
◇◇◇
「っ……ヴィナ……ちょ、ちょっと待たぬか……!」
「はぁっ……いい匂い……今日のムシュカ様はいつにも増して美味そうだ……」
「はぁんっ!!」
いつもより言葉少なに夕食を終わらせ、片付けを終えて風呂に入り。
濡れた髪を乾かそうとドライヤーを手に取りかけたムシュカの手を、やおら握りしめた新太は、戸惑いを口にする神様の言葉にも振り向くこと無く寝室へと大股で歩いて行く。
(……!!)
そうして……ふわりと抱き上げられたかと思えば優しくベッドの上に下ろされ。
見上げた愛し子の瞳に明らかな獰猛さを見出したムシュカは、しかしそれを喜ぶ暇も無く組み敷かれ、新太の供物と成り果てた。
――そう、なったはずなのに。
「はっ、はっ、ムシュカ様、ムシュカ様っ……挿れたい、ここにっ挿れてっ、いっぱい出したい……!」
譫言のように繰り返す新太は、確かに在りし日の獰猛さを呈してはいたが……焦点の合わない瞳に情欲を灯し、神様の滑らかな下腹部に一心不乱に檻の中で涙を零す小さな猛りを打ち付けるだけ。
当然、戒めの中でその中心は天を突こうとして阻まれ、持ち主に痛みを味わわせているはずなのに、腰の動きは激しくなる一方で……突如始まった虚しい交わりごっこは止まる気配が無い。
「んふっ……我を、忘れる前にっ……んぁっ、鍵を外してくれと、頼まぬか……ちょ、こらっ、一度止まって、んはぁっ……」
いつもより少し乱暴な愛撫にぞくぞくと甘い痺れを感じつつ、ムシュカは「どうしてお主はそう極端なのか……」と思わず呟いていた。
(普通はそこまで我を忘れたら、私から鍵を奪おうとするであろうが! そこまでは出来ずとも、解放しろと強請るであろうと思っておったのに……)
大切に想われているのは身に染みているし実に嬉しいけれど、少々頑固が過ぎやせぬか……? と、ムシュカは時折胸の飾りを愛でるぬめりにあえかな声を上げながら、苦笑いを浮かべる。
だが、これは少々困った事態だ。そこまでなるならまず解錠をと窘めようにも、すっかり理性を飛ばした可愛い獣に、神様の声は間違いなく届くまい。
(そのうち力尽きて寝るか……? いや、このままヴィナを肉布団にすれば、明日の私はぺったんこだな……)
どうしたものかと、久々の情交(?)に歓喜を覚えながら神様は思案する。
そして、こんな時こそ力を借りずしてどうする! と足元の壁に向かって声を張り上げたのである。
「まじないの織物よっ……んっ、私の困った愛し子を、夢の中に誘ってはくれぬか……!」
その言葉が終わるや否や、足元でふわり、とほのかな光が生じる。
次の瞬間、ムシュカの目の前に広がったのは、何度も抱き締めた東雲の色で。
「わぶっ! ちょ、ちょっと待て織物よ、このまま眠りについては私は押しつぶされ……むにゃ……」
久々の願いに張り切った寝具達は、愛する二人を包み込み――ムシュカの悲鳴ごと、懐かしい夢の世界へと彼らを送り届けたのだった。
◇◇◇
ぱちゅん、ぱちゅんと、湿り気を帯びた何かを叩き付ける音が、ぼんやりと聞こえてくる。
それに混じる聞き慣れたあえかな声が、ますます身体の熱を上げて……けれどどこか、感覚はあやふやだ。
「ふぅっ……もっと、もっと…………え、あれ? ムシュカ様?」
「んぁ……っ……やっと、正気を取り戻したかっ、まったく……あぁっ……!」
「はうっ! って何でこんなことに……待った、ここもしかして夢の中っ!?」
ようやく目に光が戻った新太の腕の中には、全身をほんのり赤く染め、すっかり蕩けきった神様の姿。
その腹はべっとりと己の白濁で濡れていて、くたりと力を無くした中心が律動に合わせてぷるぷると揺れている。
慌てて周りを見回せば、そこは何もかもが白で彩られた空間だ。
あの頃の名残を残すテーブルや椅子、ソファに小物達……その横にかつては存在しなかった大きなベッドが居座り、どうやら自分はその上で麗しの神様相手に腰を振っているらしい。
「……中、入って……ああ、貞操具が取れてる!!」
「んうぅ……ゆっ、夢の中、だからではないか……? 姿は自由に変えられるから、んっ、お主が今望む形に」
「ああ、なるほど……はぁああったかい……久しぶりのムシュカ様の中だぁ……ふふっ」
「だから、って少しは話を聞かぬか、ヴィナ、はぁっ、あっあっあっ、ちょっそこは、あうっ……!」
夢の中。
その言葉を聞いた瞬間、獰猛な瞳がキラリと光ったのを、ムシュカは見逃さなかった。
ああ、これはまずいなと思うも後の祭り。我が愛し子は、実に爽やかな笑顔を――獲物を屠る喜びを露わにして、先ほどよりも深く、そして激しく、猛りきった分身を抽送する。
その度にぐぽぐぽと神様の奥は暴かれ、勝手に身体がガクガクと震えて、涙が止まらない。
「お……ご…………っ、ヴィナ……ぁ……」
「あーもう喋れなくなっちゃいました? ふふっ、これが欲しかったんですよ、ねっ!」
ああ、ようやくだ。
やっとこの出せない苦しみから逃れられる、全力で射精を堪能出来る――
「んむぅ……んうぅ……っ!」
くちゅっ、ぐちゅり……
形の良い唇に割入り、中の甘さを全力で堪能し。
新太は待ち望んだ瞬間に向けて、ますます腰の動きを早めるのである。
そこに理性の欠片は見当たらない。
神様だってこの状況を望んでいたし、夢なら現実の神様を傷つけない――設えられた言い訳は鋼の自制心を打ち砕き、新太をただの獣へと変貌させる。
「はぁ、奥が美味しそうに俺を食べてる……これじゃどっちが食べてるのかわかんないや……」
「ぷはっ……そっ、それっ、あっ、ヴィナ、ヴィナっ……」
(いや確かに欲しかったのはそれだが……『ここで』では無いのだぞ、ヴィナ!)
一方、快楽に翻弄されながらも、ムシュカは心の中で新太に全力の突っ込みをかましていた。
衝動に頭を焼かれ、放逸の瞬間だけを望み腰を振るこの愛し子は、恐らく気付いていない。
織物が作り出した夢の中で味わう交わりは、いくら鮮明であっても実体は無い。故に、二年にわたり互いに与え合った本物の温もりや快楽にはほど遠い――まさに輪郭のぼやけた熱だけが与えられるのだと。
それに自分の推測が正しければ……今の新太の願いが叶うことは、決してない筈だ。
「ふっ、ふっ…………!? っ、ああもう、またっ……」
「なるほど……何かあれば強制的に夢から一時離脱させられると……」
「最悪です、よっ……こんなに気持ちいいのに、起きたら痛いだなんて……ああもう、またいっぱい動かさなきゃ……」
一心不乱に腰を振っているはずの新太は、時折ふっと目の前から消える。
どうやら淫夢に反応した現実の身体……その中心が、眠りを妨げるほどの痛みを発するお陰で、ほんのしばらくの間とはいえ目を覚ましてしまうらしい。
「現実で神様の身体を潰していたのは、ちゃんと離れたんで安心して下さい」とこんな時でもムシュカを気遣う新太だが、途絶と再開を繰り返す毎にその眉間には深く皺が刻み込まれ、荒げた息にはもどかしさと苛立ち、そして焦りが見え隠れするようになる。
やはりか、とムシュカが己の推測を確信するのと同時に、愛し子の口から飛び出したのは「どうして!?」という切なる嘆きだった。
「なん、でっ……出ないんだよぉっ! はぁっ、はぁっ、くそっ、出ろよっ、お願いだ出てくれっ、もっと、もっと気持ちよくなりたいのにっ……!!」
いつもならとうに果てているだけの動きはしているはずなのに、どうやってもあのせり上がるような感覚がやってこない。
いや、それだけではない。己の雄を抱き締め貪る神様の柔肉も、今日は何だか刺激がぼやけていて……圧倒的に気持ちよさが足りない……!
「やだ、やだっ……」と幼子のように首を振りながら必死に腰を叩き付ける新太を気の毒に思いながら、神様は冷静に事の次第を説明する。
――自分がこの状況で冷静に言葉を発せられることこそ、確たる証拠だと言外に滲ませて。
「ヴィナ、よっ……落ち着いて感じてみよ」
「ぐっ、はぁっはぁっんっ……なにを、ですかっ、ムシュカ様っ!」
「…………お主、今本当に良いところを刺激されているか?」
「へっ……?」
何を一体、と訝しみながらも、神様の示唆は愛し子を煽れど傷つけるはずは無いからと、新太は少しだけ腰の動きを緩める。
……といっても、もはや衝動に飲み込まれた頭は、カクカクと情けなく腰を振る動作を止めることは出来ないのだが、それでも言われたとおりに少しだけ集中して、感じ取って……さっと顔を青ざめさせた。
(なん、で……挿入してるのに…………!?)
いつもよりぼやけた熱さが纏わり付くのは、ほんの先端だけ。
確かに見た目には下腹部が入口に触れるほどに深いのに、全体を包み込むようないつもの快楽はどこにも見当たらない。
何より――迸りに繋がるはずの良いところは、あれほど柔肉に擦りつけているはずなのに、まるで何かに遮られているかのようで。
「……ムシュカ様……俺、おかしいです……」
「んっ……おかしくは無いのだ、ヴィナよ」
「何でですか!? だって俺、全部挿れてるのにっ! 先っぽしか気持ちよくないんですっ!」
「そうであろう。……現実のお主は、何をしても最も欲しい刺激は貰えぬ状態であるからな」
「!!」
織物の誘う夢の中であっても、全てが万能で完全無欠に慣れるわけでは無い。
現実の体調や境遇を反映し、多少夢で与えられる幸福で緩和されることはあっても、原因そのものが取り除かれるわけでは無い――それはこれまでお互い嫌と言うほど味わってきた事実だ。
(そんな)
(夢の中ですら……俺は、あの忌々しい檻から逃れられない……!)
「ううっ……ひぐっ……やだ…………」
「……ヴィナ…………」
ぽたり、ぽたりと熱い雫がムシュカの頬に落ちる。
限界をとうに超えた愛し子の心が、ぱきんと折れて……ずっと押し込めていた欲望が、一気に噴き出して。
「やだ……出したい、こんなのやだぁっ……!!」
「う゛ぁ゙っ……あ゙っ、あ゙っ、んが…………っ!
絶望と共に止まらぬ抽送は、更なる渇望を煽り、激しくなる一方だ。
しかも夢の中では、これまでの経験上体力も尽きることが無い。だから……射精への衝動を引き留める物は、どこにも無くて。
「出させて、おねがいっ出させてもう無理だよっ……うわあああ……っ!!」
――この日以来、夜は気を利かせた(?)寝具により必ず夢へと誘われ、目覚めのアラームが二人を優しく起こすその時まで、新太はこれまでに無くムシュカを貪りつくし、決して精を放てぬ虚しい交わりに慟哭する羽目になるのである。
◇◇◇
「もう良いんじゃ無いですか、ムシュカ様……ちょっと織物にお願いして、時々夢の中でバーサーカーモードになるってことで、ここは一つ手打ちを」
「却下だな。お主の熱をこれほどまでに刻み込まれている身体に、夢の朧気な温かさごときが満足を与えられると? 先ほどお主も、十二分に味わったでは無いか」
「うっ、それは……ぐうぅ、思い出したらますます出したくなってきた……」
「ならばここでも、先ほどのように激しく求めてくれ……は、しないな。お主の顔には、現実の私にあのような無体を働くなどとても無理だと、でかでかと書いておる」
「そんなぁ、顔洗って消してきますからぁ……!」
そうして現実に戻ってきたところで、身体に燻り続ける熱の量に変わりは無く。
それどころか夢のお陰でますます燃えさかり、切ない疼きを二人して――そう、ムシュカだって固くて熱い昂ぶりが欲しくて、いい加減限界なのだ――抱えるも、最早ここまで来て引くなどと言う選択肢は存在しない。
――そして神様が続行と決めた以上、新太に出来るのは煩悶を抱えたまま首を縦に振ることのみ。
「しかしこんな状態でも、寝ている私から鍵を奪わないとは……流石と褒めるべきか、頭かちんこちんの頑固者めと窘めるべきか……」
「ううっ、そんな騎士道に反することが『俺』に出来る訳がないって知ってる癖に……!」
(出したい……もう限界、早く出したい……っ! まだ3日もあるとか、え、もしかしてこれから毎日俺理性をすっ飛ばして夢でやらかす予定!?)
(はぁっ、夢の逢瀬だけではとても足りぬ……あと3日で現実にあのヴィナを顕現させられるか不安になってきたが……だが夢で実現したとなれば方法は間違えていない筈。ここまで来て諦めてなるものか……!)
互いに背中を合わせて、ぐるぐると回る熱を持て余して。
そんな微笑ましい茶番を、壁に戻された織物達がどう思っているのかは……誰にも分からない。
◇◇◇
あと少し、もう少し――
ようやくやってきた金曜日、新太は逸る心を宥めつつ、家路を急ぐ。
「うう……またしっとりしてる……」
ねちょり、と男であればまず味わうことの無い気持ち悪さを感じて、新太は盛大に顔を顰めた。
既に今日は二回もライナーを変えているというのに、この分だと自宅に帰る頃にはべっとりであろう。
自慰を我慢し続けた息子さんは、壊れた蛇口のように渇望の涙を零し続けるようになるだなんて……何て無駄な知識が付いてしまったのだろうとため息をつきながら、しかしこれもあと数時間の我慢だと確たる希望を抱いて、新太はアクセルを踏み込むのだった。
夢の中でまで一晩中寸止めされるような生活に、新太の身体は明らかに限界を訴えている。
檻の中の雄芯は、何をしようが大人しくなることは無い。狭い金属の中で痛みが来ないギリギリまで膨らんだまま、ほんの些細な刺激――それこそ女性が近くにいるだけでも、このずっしり重くなったふぐりの中身をぶちまけたいといきり立つ。
車の振動すら、今の自分にはちょっとしたご褒美で、とんでもない拷問だ。
意識を切り替えれば気にならない、それは事実だが、逆に言えばふっと気を抜いた瞬間一気に頭の中は射精一色に塗り替えられるから、いつも以上に運転には慎重にならざるを得ない。
「俺、頑張ったよな……? 流石に今回は、神様のご褒美が欲しいよなぁ……」
ようやく訪れる解放に向けて、新太は「その後」への期待をこぼす。
ムシュカの願いを叶えた後――多分次の日は伏せっているだろうけど、元気になったらちょっとだけ神様に甘えさせて貰おう……そう思索に浸ってでもいないと、とても正気でいられる気がしなくて。
頭の中に浮かぶのは、これまで振る舞われた絶品料理ばかりなのは、もう仕方が無い。
久しぶりに故郷の甘い物でも作って貰おうか、それとも本場仕込みの魚団子麺か……想像するだけでお腹は元気な音を立てて、どうしようも無い射精欲からちょっとだけ意識を逸らしてくれる。
ただ、正直「これから」に不安を覚えているのも事実で。
「……本当に……これを外したら出来るのかな、俺……」
そもそもこの貞操具による射精管理の目的は、ムシュカが新太の抑圧された獰猛さを引き出し、丸ごと愛するためであって。
確かに今の新太は、盛りの付いたオス犬状態だ。今、仮に何らかの事情で貞操具がすっぽり外れたならば、人目も気にせず中身が空っぽになるまで延々と精を吐き出し続ける自信がある。
実際あの寝具達によるお節介もあって、夢の中では毎夜のように推しを蹂躙しているのだ。
身体は十分、あの美しい神様を貪り尽くせという指令を嬉々としてこなしている。
ただ
「……現実で……あれは、やっぱり無理なんじゃ……」
事ここに及んですら、新太には自信が無かった。
きっとムシュカのことだから、解放されるが否や存分に自分を煽り、赦し、全てを男らしく受け入れてくれるであろう。
あの初めての夜を超えた後の様に、足腰が立たず声も出ず挙げ句の果てに熱まで出そうが、偉大なる推しは「ようやくお主の全てを受け入れられた」と爽やかな笑顔をもたらすに違いない。
そこまで分かっていても、果たして今夜彼と向き合ったときに、自分は理性を忘れた獣になれるとは思えなくて――
「…………まぁ、無理だったら土下座するしか無いな……」
例え失敗したところで、ムシュカは絶対に新太を責めない。
ただし、あの神様に「諦める」という概念が存在しない以上、またとんでもない作戦を練ってくることは確実だが。
「……とにかく、行きますか」
車を停めた新太は、ズボンのポケットから耳飾りを取り出す。
しゃらん、と涼やかに耳元で揺れる音にもどかしげに腰を揺らし、しかしここで変な動きをしたらそれこそお巡りさんこちらです案件になる! と気合いを入れて、仕事を終えたであろう新太の待つ学生食堂へと足を運ぶのであった。
――そこに最後のトリガーが待ち受けているとは、露ほども思わずに。
◇◇◇
「ムシュカ様、お迎えにあがりまし……た……?」
「ああ、来たかヴィナ。すまぬが少しだけ待っていてくれるか? まだこの子の迎えが来ていなくてな」
「え……あ、はい……」
いつものように学食に入れば、そこにはムシュカと一人の女子学生が向かい合って腰掛けていた。
栗色のボブカットに、ほんのり赤みを帯びた白い肌。ヘーゼル色のくりくりした瞳を持つちょっとぽっちゃりした彼女は、ここで何度か見かけたことがある。
(確か一年生だっけ……父親の仕事の都合で時々迎えが遅くなるから、ここで待たせて貰っているって言ってたよな)
新太の姿にぎくりと身を固くした少女は、ぎこちなく会釈をして再びムシュカとの会話に戻る。
このガタイに額の傷だ、どうしても怖がられるよなと新太は少しだけ離れて座り、二人の様子を見守っていた。
「そうか、チセは北欧の血縁を持つのか。確かにこの国ではあまり見ぬ髪色だな」
「母方の祖母がスウェーデン出身なんです。お陰で目立っちゃって……鞍馬さんは確か、海外生まれなんですよね」
「ああ、母は日本人だが父が南洋の人でな。と言っても親は早くに亡くしたから、写真でしか知らぬのだが」
こちらに合わせた設定を織り交ぜ、和やかに話す様子は、いつもと変わりが無い。
今日は少し遅い時間だから彼女以外の学生はいないが、普段はムシュカ、否、学食のお兄さん目的に(ついでにまかない目当てに)やってきた学生で、夕方とは思えないほど賑わっているし、新太にとっては見慣れた光景だ。
(……ムシュカ様はいつだってスマートだよなぁ……誰にでも好かれるし……はぁ)
なのに。
今日は二人の空間が、妙に気になって仕方が無い。
あれか、この金属の檻のせいで学生にまで反応しているのか!? と、じわじわ痛みを訴えてくる股座にげんなりしていれば、チセと呼ばれた少女は目の前のデザートを口に運び「はぁ、天国の味がするぅ……」と実に幸せそうに微笑んだ。
(今日はデザートなんだな、まかないじゃなくて、って、あれ……まさか……)
新太は、何気なく彼女の手元に視線を移し……そうして、ピシリと固まる。
――今の顔を神様が見ていなくてよかった、いや、むしろ見て欲しかったと、矛盾した思いを抱きながら。
「それにしても、このかき氷めちゃくちゃ美味しいですね。ココナッツミルクとあんこの組み合わせなんて思いつきもしませんでした……緑のゼリーには青虫かなって、最初びっくりしましたけど」
「ははっ、青虫か! だがその割には他の学生と違って、試食会の時から大口開けて堪能していたようだが」
「うぅ、意地悪言わないで下さいよぉ! 鞍馬さんが作るご飯は、何だって美味しいのが悪いんです!! お陰で最近ちょっとほっぺのお肉が増えた気もするしぃ」
「なに、美味しい物に罪はないからな。ほら溶けてしまわぬうちに食べるが良い」
「あっはい、ふふっ……ほんっと幸せぇ……」
一口、また一口とかき氷を口に運ぶ少女に、そしてそれを穏やかな笑顔で見守るムシュカ。
どこか現実離れした光景が眼前に流れる中、新たの胸にはこれまで感じたことのない想いがふっと過った。
神様が、よりによって俺以外を、餌付けしている――
(…………ああ、早く迎えが来れば良いのに……)
あまりの射精欲で、苛立ちが押さえられなくなっているのだろうか。
とにかく一刻も早く神様を連れて家に帰りたい、そしてこの戒めを解いて貰いたいと、新太はどうにも度し難い濁った気持ちをそっと瞳に宿してムシュカに視線を送る。
……当然ながら、学生の相手をしている彼が気付くことはないけれど。
(まあそうだよな。ムシュカ様は別に男色って訳じゃない。どっちだっていけるんだし)
穏やかな雰囲気とは裏腹に、新太の胸の内はすっかり荒んでいた。
こんなガチムチの大男より、若くて健康的な女性の方が魅力的に決まっている。それは前世から変わらない『ヴィナ』の自己評価だ。
決まっているけど……何故なのだろう、今日に限っては耳の後ろがチリチリして、胸が妙に焼け付くように感じてしまう。
(折角、貞操具から解放されて久々にえっちできるのに……いや、夢の中では散々してるけどさ……)
二人の笑い声が妙に耳について、このままじゃ神様の前で笑えない気がして。
新太は早々にこの時間が過ぎ去ることを祈りながら、拳を……爪の痕が残るほど強く握りしめていた。
◇◇◇
「どうした? ヴィナ。折角の解放日だというのに、あまり嬉しそうではないな」
「え? い、いや、そんなことはないですよ? やっと気持ちよく出せるかと思うと……今すぐここで始めてもいいくらいで」
「それはまた熱烈なお誘いだな。その割には……何かあったのか?」
「…………ちょっと、イライラしてるんです」
夕食は外で終わらせ、家に辿り着いたムシュカは早速シャワーを浴びる。
受け入れる側はどうしたって準備が必要になる。既に昼間から慣らしは万端(!)であるが、解放されればすぐにでもまぐわいたいであろう愛し子を、これ以上待たせるのは忍びない。
(さて、今日はどのようにして誘えばよいか……)
仕込みは十分。
後は自分の煽り次第で、この世界に猛獣となったヴィナを顕現させられるはずだとあれこれ思案しながらリビングに戻れば、意外にもそこには浮かない顔をした新太が俯いて腰掛けていた。
(……様子がおかしいな)
解放を前に逸る気持ちを抑えているのかと思ったが、それにしては随分と……珍しくとげとげしたものを感じる。
苛立ちを口にした新太に「ふむ、懺悔でもするか?」とソファにもたれかかれば、愛し子はこれまた珍しく口を尖らせぶすくれた様子で、だが躊躇することなくごろんと神様の膝に寝転がった。
少し伸びた髭が、太ももに刺さってむず痒い。
ぐりぐりとほおを押し付けてくる様子はまるで駄々っ子のようで、こんなヴィナは初めて見たなと目をぱちくりしていれば、どこか拗ねたような声色で新太はぼそりと呟いた。
「……ムシュカ様は、ああいう若い子が、お好みですか」
「…………ん?」
「だから、その……美味しそうに食べてくれる子なら、若い女の子の方がいいのかって、聞いているんです」
「若い女子……む、先ほどのチセの事か」
チセ、という名前を聞いただけで、新太は一層口をとがらせ身体を強張らせた、気がする。
「あのかき氷……クラマ王国のものじゃないですか……」と小さな声で訥々と零す初めての仏頂面に、ムシュカは一瞬面食らい……そして十数秒にわたる思案後、大きく目を見開いた。
「ヴィナよ、お主まさか……焼きもちを焼いたのか?」
「え」
「何という事よ、お主に嫉妬などと言う感情があったとはな!」
「へぁっ!?」
(え……俺が、嫉妬!? 学生さんに!?)
唐突なムシュカの指摘に、次は新太が膝の上で目を丸くする番だ。
「なに、私の心がお主一人だけのものであることは、お主が一番よく知っておるであろう?」と優しく額の傷跡をなぞるムシュカの口元は、堪えきれない喜びですっかり緩んでいた。
それが余計に気に入らなくて……ああ、今日は随分無礼な口を聞いてしまうと思いつつも、新太は問いかけを止められない。
「……だって、俺こんなに頑張ってるのに……ムシュカ様のためなのに……学生さんの前でもあんな風に笑うんだって思ったら……もう、何でそんなに嬉しそうなんですか!」
「ふふっ、嬉しくもなろうぞ! 大体お主、あの頃は私がレナと仲良くしようが、他の正室候補と二人きりで茶会を楽しもうが、そんなことは一言も言わなかったでは無いか。それどころか、自分よりも彼らの方がずっと殿下に相応しいと平然と抜かすばかりで……」
「それは、そうですけど……」
「あれはあれで、私は悲しかったのだぞ? ああ、しかし欲を封じることにこんな効果があるとはな! そうかそうか、ヴィナが私に焼きもちを……はっ、これがお主の言う『尊い』の感覚」
「そんなところで、推しの概念を会得しないで下さい!」
ならばさっさと外そうでは無いかと、ムシュカは新太を促す。
まだ何か納得がいかない様子ではあるが、解放自体は早いに越したことは無い……そう新太はしぶしぶ起き上がり、下着をその場に脱ぎ捨てた。
「……臭いですよ、まだ洗っていないし」
「なに、外してから洗う方が二度手間にならぬであろう。それに……お主の匂いだ。強い雄の匂い……っ、私も大概きているようだな、胎が疼いて堪らぬ」
「っ、もう……」
その場に腰を落としたムシュカが首の後ろに手を回す。
ちゃり、と小さな音を立てて目の前に現れたのは、喉から手が出る程欲していた貞操具の鍵だ。
改めてみると、こんなちゃちな鍵一つでこれほどの苦悶を強いられるだなんて、貞操具とは恐ろしいアイテムだなと、新太はどこか人ごとのように心の中で独りごちる。
「これほど分かりやすく持っておったのに、結局お主は一度も鍵を奪いに来なかったな……」
「当然です、ムシュカ様に手をかけるだなんて概念は、俺の辞書にはありませんから」
「ヴィナよ、騎士としてのお主の忠義は大層厚いものであったが、そろそろ甘い関係になっても良かろうに」
「……えっちしてるので、あまあまです」
「そうかこれであまあまか……まあヴィナであるからな……」
鍵を差し込み爪の部分を回せば、ロックは簡単に解けてしまう。
ムシュカはそっと檻を掴み「外すぞ」と一声かけて、ずるりと奥に埋まった管を抜き始めた。
「んぅ……気持ち悪い……」
小さな呻き声を上げ顔を顰めて、新太は内側を擦られる感覚に耐える。
ふと細目を開ければ、そこには新太を傷つけないよう真剣に、けれど穏やかな笑顔を湛えて装具を抜き取る推し神様の姿があって……
じわり、と心の中に粘ついた泥が広がった、気がする。
(ムシュカ様……あの子にだって、同じ顔をしてた……)
どこか嬉しそうに装具を外す神様は、頬を染めうっとりと潤んだ瞳でその中心を見つめていて、どう見ても新太が欲しくて仕方が無いと全身で訴えているようだ。
……なのに、今日は足りない、そう感じてしまうのは……欲を吐き出したいと叫ぶ衝動のせいか、この泥のような気持ちのせいか。
(まだだ、もっと、美味しくなる)
窮屈な檻がようやく外れ、身体の中に押しこみリングから引き抜かれた途端に、むくりと頭をもたげる己の凶器。
いつもよりも血管をくっきりと浮きだたせ、止まらぬ涙でムシュカの手を汚すその姿は、新太に初めての感情を訴えて。
(麗しの神様をもっと、俺好みの……俺だけのためのごちそうに作り替えなければ)
……今の新太に、それを拒む力は無い。
拒みたいとも……思わない。
「っ……」
「最初よりは上手く通せるようになった気がするな。まぁこれで終わりなのだが……痛みや痺れは無いか? 見た感じ、傷も腫れもなさそうだが」
「大丈夫です」
「うむ、ならば湯浴みをしてくるといい。……待っておるぞ、私の愛し子よ」
「…………はい」
双球をつるんとリングから押し出して、ようやく金属の感触から解放された喜びも、今の新太には些末事だ。
愛おしそうに己を見つめる神様の柔らかな唇にそっと口付けを落とし、言葉少なにくるりと踵を返して、獰猛さを宿した獣は部屋を後にする。
「……ふふ、良い顔をしておる。……今日こそお主の全てをこの身で受け止められるのだ、何と素晴らしきことよ」
ぱたん、と扉の音が閉まると共にムシュカの口から漏れたため息は、どうしようも無い熱と恋心を帯びていて、これまでになく彼が舞い上がっていることをありありと示していた。
「なるほど、嫉妬とはな……記憶が戻ったときといい、お主は本当に面白い男よ……んうぅ……」
んっ、と下腹部に力を入れれば、ムシュカの中を埋めていたプラグがぬるんと抜け落ちる。
太ももを伝うぬめりに「気合いを入れて入れすぎたか」と慌てて尻を締め付け、床に落ちたプラグを拾えば己の熱が指先に伝わった。
獰猛さを纏った私の愛し子の熱は、こんなぬるいものでは無い――
そう思えばますます胎は寂しさを訴えて……ああ、ほんの数分がこれほど長く感じるとは!
「ふぅっ……ヴィナ…………早く、戻ってこい」
次に扉が開くときに、愛し子が見せる表情を夢想して。
ムシュカは無意識に胎をさすり、その時を待つのであった。
……けれど、彼は最後まで気付かなかったのだ。
バスルームへと向かう新太の背中には……明らかに今までと違う凄みが宿っていたことに。
◇◇◇
「ふぅ……何か敏感になっちゃってる気がするな……」
このまま細腰を抱いてベッドに押し倒し、思うがままに貪りたいと叫ぶ欲望を、最後に残った欠片ほどの理性で押し込め、新太は丁寧にシャワーを浴びる。
仮にも推しとまぐわうのに汚れなど塵一つ残すわけにはいかない。
特に先ほどまで押し込められ、毎日の洗浄では取れなかった汚れと蒸れた臭いを放っている己が分身は、いつも以上に丁寧に洗い清めた。
その念入りな所作とは裏腹に、頭の中は荒れ狂う波に翻弄されていたのだけれど。
(……そんな、ただ食べるだけじゃ……足りない)
衝動のままに食い散らかす?
これほどの我慢を強いられ、耐え抜き、あまつさえあのような形で知らなかった醜い感情を心に灯されたのに、ただ神様の望みを叶えるだけだなんて、もったいなさ過ぎる――
「ふぅ……気をつけないと暴発しちゃうな……」
あまり刺激をしないようにそっと雫を拭って、タオルを巻くことも無く新太はリビングへと戻る。
寝室に向かう足をふと止めたのは、ムシュカの愛用品(?)が飾られた棚だ。
「…………」
暫く無言で棚を見つめた新太は、すっと手を伸ばす。
そうしていくつかの道具を傍にあった籠に放り込み、神様の待つ寝床へと再び足を向けた。
◇◇◇
「お待たせしました、ムシュカ様……ムシュカ様?」
「え、あ、ああ。待っておったぞ、私の愛し子よ」
その姿を見た瞬間、ムシュカの全身に走ったのは歓喜でも興奮でも無く、畏怖に似た震えであった。
(何と……ヴィナよ、お主はそのような顔も出来たのか……!)
手に籠を抱えて下着も身につけず戻ってきた新太の身体は、いつ見ても均整が取れていて美しい。
その中心は腹に付くほど反り返っていて、こんなに離れているのに雄の匂いを嗅がされたかのようで……すっかりお預けを食らっていた胎がきゅぅと切なさを訴えてくる。
だが、今ムシュカを興奮させているのは、そこではない。
初めて出会ったときのような……飢えきった獣に極上の料理を差し出したときの狂気すら感じられるような熱情が、その瞳にはくっきりと宿っている。
逃がさない、あなたの全ては俺のものだ――
そんな言葉が聞こえたような、気がした。
「ふふ……独占欲か。お主がそのような物を向けてくれるとは、感激で涙が出てしまいそうだ」
「……ムシュカ様?」
「ああ、何でも無い。ほら、こちらへ」
逸る心をどうどうと宥めながら、ムシュカは愛し子をベッドへと誘う。
この分なら余計な手助けは要らぬであろう。ただベッドにこの身を横たえ、全てを味わい尽くせと微笑むだけで、きっと彼は全ての理性を手放し、その本性を叩き付けてくれるはず。
だが、新太はその誘いには応じない。
籠をベッドサイドに置き、神様の前に立つと「……ムシュカ様、ここへ」と自分の足元を指した。
「……座れば良いのか」
「はい」
ムシュカは言われるがままに、床にぺたりと座る。
目の前には新太の屹立がそそり立っていて、ごつごつした右手がそれを握り、ぴとり、と唇に押しつけてくる。
その行動の意味を察した神様は、すっと愛し子を見上げて「今日は構わぬのだな」と念を押した。
「無理はしておらぬな? お主は私が口を使うのを、大層嫌がっておったが」
「はい、大丈夫です」
「うむ。練習はしておるが……上手くいくかは分からぬぞ?」
なるほど射精欲に脳を焼かれれば、これまで不可能だった事も可能になるのかと感心しつつ、ムシュカは目の前のぷるんとした先端を食もうとする。
と、不意にその頬が、しっとりした温かさで包まれた。
再び見上げれば、そこには限界を超えてなお己を押し殺す、愛しい獣の姿。
頬に添えられた手の温もりに、ほぅと吐息を零せば「……ムシュカ様は」といつもより低い声が降ってきた。
「今日は……俺の全てを受け入れてくれるんですよね。どんな俺でも……いいんですよね?」
「うむ、当然だ。そのために、お主にここまで無理を強いたのだからな!」
「そうですか、なら」
口を開けて、と掠れた声で囁くその表情は読み取れず。
言われるがままにその小さな口を開けて舌を差し出せば、がしっと頭を抱えられて
「んぶおっ!?」
どちゅん、と音が聞こえるかの勢いで、口に、喉に衝撃が走る。
(な……何が……!? 苦しい、喉っ、息が出来ない……!)
「んむっ! んぇっ、おげっ……!!」
突然の侵入者に目の前には星が散り、喉が震えて嘔吐きが止まらず、目を白黒させて滲んだ視界に捕らえた、愛しい人は
「……それなら、全部の穴で俺をたっぷり堪能して……俺だけの神様になってください」
見たこともない凶暴さをその顔に浮かべて、うっそりと笑っていた。
◇◇◇
「あー凄い、喉の奥からヌルヌルしたのが出てる……」
「がはっ、えほっえほっ、おえぇ……っ!」
「ほら、ムシュカ様、ちゃんと息して。俺のために、この穴も一生懸命育ててくれたんですよね? なら、もっと食べてもいいですよね」
「んぐうぅぅ!!」
「そうそう、喉の力を抜いて……歯は立てないで下さいね。ああ、嘔吐くとキュッてしまるのもたまんない……」
ぐちゅっ、ぐぽっ、ぐちゅり……
粘ついた音をたてた抽送は深く、ただ獣と化した新太の情欲を満たすためだけに動かされる。
(苦しい……頭がぼやけて……ああ、ヴィナが私の口を穴にしている……!)
悦に入った掠れた声も、今のムシュカには届かない。
喉の奥まで入り込んだ剛直は呼吸を奪い、反射による痙攣で新太を楽しませ、ぐるりと目が上転し意識を失う直前で引き抜かれれば、ぼたぼたと糸を引く透明な液体が溢れ出して床を汚す。
「おぇっ……ヴィナ……ヴィナ……っ」
「ふふっ、流石俺の推し神様だ。ぐちゃぐちゃになった顔もお美しい……ああ、お口だけじゃ寂しいですよね? 後でお尻はたくさん食べてあげますから……これでも堪能して下さい」
「んぐうぅっ……!」
くるくるとネジを調整したクリップが、ぷっくり立ち上がった胸の頂を挟み込む。
ジンジンとした痛みに思わず身をかがめれば「ほら、神様は胸を張ってなきゃ」と無理矢理背中を反らされ、ちりん、とクリップにぶら下がった鈴が可愛らしい音を立てた。
「ね、これも好きなんですよね? わざわざ買って、耳飾りと一緒に鳴らして俺を誘って……俺の脳内エロスチルは増える一方ですよ? どうするんですか、これ以上俺が尊死しちゃったら」
「んぎっ! ひ、ひっぱるなぁ……」
「えー、何でも受け入れるって言ったのは神様じゃ無いですか」
鈴を引っ張られる度、じんとした痛みが胸を苛む。
堪えきれなくて身を捩れば、じっとしていろと言わんばかりにネジを緩められて、更なる痛みがムシュカを襲った。
「ひぐっ、いだい……」
「真っ赤っかですねぇ。しゃぶり甲斐がありそうだ……あ、こっちも寂しそうですね」
「っ、待て、ヴィナそれはっ」
獰猛さを孕んだ視線が射貫く先。
そこにはムシュカの屹立が痛いほどに存在を主張していた。
先端にはぷくりと透明な雫が盛り上がっていて、こんな状況でも彼が快楽を拾っていることを物語っている。
「……折角だし、俺の苦しかったのも分けてあげますね」
「なに、を……くうぅ…………!」
いつの間にか用意したのであろう、消毒薬と潤滑剤をたっぷりとまぶした先端に、銀色の球が連なった細身のプラグが触れる。
さっと顔を青くした神様の懇願など聞こえぬと言わぬばかりに、新太の指が力を加えれば、その鈴口は健気にも大きく口を開けて8ミリもある球を一つ、また一つと飲み込んでいった。
「あーすっごい……こんな太いの、普通は入らないんですよ? 何でこんなところまで拡げちゃったんですか、神様?」
「ひうぅっ……ヴィ、ヴィナが……私が『めすいきすいっち』で啼くと喜ぶから……んあぁっ!!」
「そうですよね、俺を喜ばせるためにこっちからも開発しようとしたんですよね? ほんっと、俺の神様はドスケベすぎて可愛いんだから!」
「ひっ、しょこっ、うあぁっいぐっ、いぐうぅっ!!」
ごりゅっ、ごりっと内側から球が前立腺を抉る。
その度に頭の中でピカピカと何かが破裂して、強烈な快感に脳が焼かれ、思考を、言葉を塗りつぶしていく――
(まずい、この状態で逝くのは、まずいっ!!)
その後に来るものは、何度も経験済みだ。
射精だけはしてはいけないと、必死に頭を振って快楽を逃がそうとするも、そんな小さな抵抗は大きな手の平にあっさり阻まれる。
「だめ、ヴィナ、これっだめ、だめ……」
「…………っ……はぁっ、サイッコーですよ、神様っ……!」
「んぶぇっ!!」
頭をがしっと掴まれたかと思えば、次の瞬間にはまた熱で喉を塞がれて。
先ほどより激しく小刻みに繰り返される抽送は、放逸の時が近いことをムシュカに告げている。
(くる、しい…………きもちいい……なにも、わからぬ……)
「っ、出ます……全部飲んで……一緒に逝きましょう、ムシュカ様っ……!」
「ひっ、んごっ、んおおおおっ!!!」
喉の奥で、何かがぶわっと膨らんだ気がして。
そして次の瞬間
ヴーッ!! ヴーッ、ヴヴッ!!
カチリと音がしたかと思ったら、尿道を深々と貫く金属のビーズが一気に震え初め、ムシュカの腰がずんと重くなる。
(むり、でる……でないで……だめ……だ……!!)
「んうう……っ!!」
ムシュカの願い虚しく、鋭い快楽にビクン! と何度も身体が跳ねる。
けれどきっちりと塞がれた隘路に快楽をもたらす精液が送られることは無く、極限まで煮詰められた熱は腹の中でぐるぐると回り、放逸を遂げられなかった渇望が一気に襲いかかって
「んおおおお!!」
「っ、出る……っ!」
びゅくっ、びゅるっ……!
(ああ、ヴィナの匂いが……濃い……いっぱい、終わらない…………あああっ、私も出したい……っ!!)
同時に喉奥で弾けた愛し子の、いつまでも終わらぬ迸りを喉に送り込まれながら、ムシュカの意識はぷつんと暗闇に転じた。
◇◇◇
「あぁっ、んぁっ、はっ、はぁ……ヴィナっ……あっ……」
「んふっ……ここですよね、ムシュカ様の大好きなところ……ほら、すりすりしたら中がきゅって締まって、俺を美味しそうにしゃぶるんです……」
ちゅぅ、とまた一つ、柔らかい唇が背中に痕を付ける。
耳に、首に、鎖骨に……口付けて、吸って、舐めて、時々歯を立てて。
どうやら私の愛し子は、今日こそ頭のてっぺんから足の先まで全てを貪り、その痕を刻み込む気になったようだ。
(出したい……ああ、熱い……ぐるぐるして……)
しゃらん、と耳飾りがその存在を主張する度、ムシュカの薄い腹に熱い楔が打ち込まれる。
あぐらの中に神様を閉じ込め、そこかしこに情交の徴を残しながら、新太は実にマイペースに、腕の中の推しを貪り続けていた。
クリップで散々痛めつけられた胸の飾りには、今は乳首用のローターが取り付けられている。
柔らかなシリコンのブラシが真っ赤に腫れ上がった先端をズリズリと舐め上げる度、腰にずん、と重いものが生じて。
どこまでも甘ったるい、そしてどれだけ達しても降りられない沼のような感覚に、頭の中から思考は……とうに抜け落ちた。
「んぁっ、はぁっ、ヴィナ……いぐっ、ヴィナ……!」
だらしなく舌を出し、ドロドロに蕩けた瞳には何も映さず、紡げる言葉は律動に合わせて勝手に出てくる声帯を震わせる音と、愛し子の名前だけ――
ああ、せめて一度で良いから、白濁を思い切りまき散らしたい……そう切に願う中心は、先ほどよりも太い金属のブジーで完全に塞がれていて、きっとこの交わりが終わるまで放逸を許されないのだろう。
気持ちいいも、辛いも、もう、ぐちゃぐちゃで、何も、分からない……
焦点の合わない神様の瞳から、また一つぼろりと涙がこぼれ落ちた。
「あーもう、ムシュカ様はどこもかしこも気持ちいいっすね……ふふ、十日間お預けだった俺は美味しいですか? 今日は俺がスッカラカンになるまで、一滴残らず全部注いであげますからね?」
「ヴィナ……ぁ……だし、たい……」
「だめです。今日は俺を全部受け入れてくれるんでしょ? なら、俺がいっぱい辛かったのも、受け止めてくれなきゃ、ねっ?」
「おご、っ……!」
ひときわ強く穿たれた中が、ガクガクと痙攣している。
入ってはいけないところを易々と蹂躙する長大な剛直は、どうもその入口を先端のくびれに引っ掛けて行き来するのがお気に入りのようだ。
ぐぽんと中から音が聞こえる度、ムシュカの口からは勝手に濁った悲鳴があがり、新太を恍惚へと導いていく。
「……ね、ムシュカ様。もう十分お召し上がりになられたでしょう? ……少しは無茶を強いたなって、反省されました?」
「ぁ…………」
強烈な快楽に遠くなった意識の片隅で、愛し子の声が聞こえる。
その声色はいつになく低く、少し怒りを滲ませていて……なのに、その事が嬉しくて堪らない。
(やっとか。……ここまでしてやっと、お主は私を諌められるのか)
主従という強固な殻には、ようやくほんの少し、穴が開いたらしい。
この交わりが終わればまた閉じてしまうのかも知れないけれど、一度出口を知った思いは、きっといつか自分達の関係を本当の意味で対等にしてくれるはず。
だから。
「……そうだ」
「…………ムシュカ様?」
「お主が……猛獣となったヴィナが、欲しかったのだ、私は……」
「っ……!」
だから、ムシュカは煽る。
少しでも穴を大きくして、何なら殻をぶち壊して、最愛の人に更なる幸せを与えるために。
「ムシュカ様、あなたという人は……」
「んぁっ……はぁっ、ヴィナよ……いや、アラタよ、まだだ…………遠慮、するでない……もっと…………たんと、食え……」
「……ぐっ……もう!! どうしてあなたはいつもいつも、そうやっていけない方向に俺を煽るんですかっ!!」
「んひぃっ!」
ずるり、と固い熱が中心から引き抜かれる。
もはや穴の感覚など無い。折角注いでもらった熱が溢れてしまって勿体ないな……とぼんやり天井を眺めていれば、ぬっと目の前に愛し子の顔が現れた。
その手に握っているのは……なんであろうか。
「ムシュカ様、口を開けて下さい」
「ん……あ…………むぐうっ!?」
「ほら、しっかり開けて。じゃないと全部入らないですよ?」
言われるがままに口を開ければ、再びその中は満たされる。
だが、その感触は先ほどまでの熱では無い。布地らしき感触が目一杯詰め込まれ、舌を動かせぬよう固定された。
「んぉ……!?」
「はいはい、そのままじっとしててください、よっ、と」
「んむうぅぅっ!」
表情の抜け落ちた顔で、新太はビーッとテープを伸ばす。
あれは確か、怪我をしたときに固定するためのやつだ、と気付いたときには、ムシュカの唇は布を吐き出せぬよう、少しずつ角度を変えて何枚か張られた非伸縮のテーピングテープにより完全に覆われてしまっていた。
何を、と口にしようとしたところで、出てくるのはくぐもった呻き声だけ。
「これでもう、何を言っても分かりませんね」とうっそり笑う新太の瞳には、見たこともない凶暴さが宿っていて、今度こそムシュカは歓喜と共に悟る。
――どうやら私は、この愛し子の奥底に眠る凶暴さを、ようやっと完全に引きずり出せたようだと。
「もう、今日はいいですよね? 大事にしたいって思わなくても」
「んむぅっ!?」
かちゃり、と首元で金属の音がする。
何であろうかとムシュカは手を動かそうとして、続く金属音にさっと顔色を変えた。
首輪と、手枷。
いつの間にか取り付けられた3つの拘束具が、カラビナで繋げられている――
「んうううう!!」
「ははっ、気持ちいいですね? だって、もっと欲しいんですものね? いいですよ、神様がお腹いっぱいになるまで、全部……骨まで食い尽くしてあげます。…………お腹いっぱいだって、言えるのなら、ね!!」
「おほおぉ……っ!!」
ぐちゅっ、ぐぽっ、ぐちゅり、ぐちゅ……
新太の野太い腕が、がしりとムシュカの細腰を掴む。
爪が食い込むほどの力で握られた腰は、ますます激しく打ち付けられる抽送を受け止め、堰き止められた熱は全身を暴れ狂い、銀色に串刺しにされた憐れな屹立はその度にぷるんぷるんと跳ねて……
叫ぼうにも、布を詰め込まれた上封じられた口では熱を逃すこともできず。
そして口の中に充満するのは、愛し子の匂いと味で……先ほどまで彼が履いていた下履きの、濃い雄のフェロモンが、更に神様を狂わせる。
(死ぬ……快楽に狂い死んでしまう……苦しい…………)
もはや、快楽と苦痛の境目など、感じられない。
否、己の身体の輪郭すらあやふやで、全てが新太の血肉になったようにすら感じられて。
(何とも、激しく、恐ろしく…………美しい獣よ、私のアラタよ)
「っ、また出る……ほら、全部飲んで下さいよ、っ!!」
「ぬ゙ぉ゙…………っ……!!」
(ああ、笑っている……なんとも雄々しい笑みだ……)
アラタ、私はお主が心の底から笑っているのが、いっとう好きだ――
熱い迸りが、奥の奥に叩き付けられる心地よさに酔いながら、ムシュカは弾ける快楽の波の中に意識を手放したのだった。
◇◇◇
「……その、ムシュカ様」
「腹は切らんでよい。私も散々煽ったし、何より十分に満足したからな。何の問題もないぞ」
「うぅ、でもっ……流石にこれはやり過ぎです、誠に申し訳ございません……!!」
既に日は高くなった、次の日の朝。
宴の後は、なんとも言えない気怠さと共に幸せを噛みしめ……るにしては、少々悲惨な状況だなとがっくり肩を落としながら、新太は半泣きで床に突っ伏していた。
理性を失っていても染みついた忠誠心はしっかり仕事をしたらしく、目を覚ませば隣に眠る麗しの神様は清潔な寝間着に身を包み、ベッドもきちんと整えられていた。
だが、洗濯まで終わらせて寝た俺えらいと思ったのも束の間。
目の前で寝息を立てていたムシュカが瞳をゆっくり開けた瞬間、新太は昨夜の所業を突きつけられたのである。
「……ムシュカ様、大丈夫ですか」
「えほっ…………腰から下が……力が入らぬ……」
「まぁ、そうですよね……」
「すまぬがヴィナよ…………トイレをここに持って来てくれぬか……」
「…………なん、ですと……!?」
麗しの推し神様は、独占欲を全開にした猛獣ヴィナによる蹂躙の結果、支えを得て座ることすら困難になっていた。
目はぽってりと腫れて充血し、声は案の定掠れて息の音しか響かない。
首筋には大量のキスマークが残され、嫌な予感がしてそっと寝間着を捲れば、マーキングにしてもこれはない、と自己嫌悪に陥りそうなほどの多種多様な痕が残されていて。
「ひっ……む、ムシュカ様っ……俺……」
「……よい、話は後だ。…………その、漏れそうでな」
「あわわすみませんっ、すぐ何とかしますっ!!」
途端脳裏を駆け巡る昨日のえげつない扱いにさっと顔を青くした新太は、慌てて台所にあった空のペットボトルを持ち込み「失礼します」と下着を下ろした瞬間
「……もう、俺の馬鹿……!!」
と天を仰ぐのである。
「……先がどうにもヒリヒリしてな……出来れば下着も履きたくないのだが」
「あああ、ほんっとうに申し訳ございません!」
昨日散々太い管やビーズが出入りした入口は、可哀相なほど腫れ上がっていた。
これはちゃんと出せるのだろうかと不安に思いながらも、新太はそっとペットボトルの口を鈴口に沿わせる。
――だめだ、これは見ていたらまた理性がどこかに飛んでいくやつだ。
「あのっ、俺向こう向いてますんで、そのまま出して頂ければ」
「ん? いや、別に見ていても問題はないぞ? 零したら大変ではないか?」
「ムシュカ様は、そろそろ恥じらいという概念を会得して下さい! あと、見たら俺が死にます」
「人の排尿で死ねるとは、お主は初心にも程があろうが……」
どうにも納得のいかない顔で括約筋の力を抜いたムシュカが、あまりの激痛に叫ぶこと十数秒。
そうして何とか決壊という惨事を防いだ後、新太はいつも通りその場に土下座し……現在に至るわけである。
「……ヴィナよ」
「ひゃいっ!!」
「…………寝床が冷たいのだ。ほれ、責任を持って温めぬか」
「っ……その…………」
「よいからこちらへ来い」
ムシュカの呼びかけに、新太はおどおどと身体をベッドに横たえる。
そっと胸元に抱き締めた神様の身体はいい匂いがして、昨日あれだけ貪った癖に早速お替わりを所望する息子さんに耳まで真っ赤になっていれば「お主が元気なのは良いことだ」と撫でながら、ムシュカは優しい口付けを愛し子に与えた。
「身体は動かぬが、心は満たされておる。……ふふ、お主はあんな風に私をめちゃくちゃにしたかったのだな。……だから怒っておらぬ、そんな今にも死にそうな顔をするでない」
「うう、だって……ムシュカ様、ボロボロじゃ無いですか……お肌はつやつやだけど……」
「私の全てをヴィナが満たしたお陰だな。どうだ? お主好みのごちそうであったか?」
実に晴れ晴れとした様子で微笑みかけるムシュカに、新太はため息を一つ。
どうやらこの神様は、昨夜の蹂躙をいたくお気に召したようだ。
実はムシュカ様、ちょっとマゾの気がある? との思いが過るも、それは全力で叩き潰しておく。これ以上推しが変態の道へと突き進まぬようお守りするのも、伴侶たる自分の役目だろうから。
……ただまあ、その、見たことがないほどぐちゃぐちゃに乱れた神様の姿は
「…………大変美味でございました、ムシュカ様」
「うむ、お主が喜んでくれると私も嬉しいぞ!」
たまには味わっても良いかな、と思えるくらいには素晴らしきものだったのだけど。
でも、もうこれはこりごりです、と新太はベッドサイドに置かれた銀色の装具を指さす。
出来ることなら目にも入れたくないのだろう、何となく視線を逸らす愛し子を労いながら、ご機嫌な神様は頭を胸に埋め……だが全く安心出来ない「次」を匂わせるのであった。
「私もお主を苦しめ、嫉妬を煽るのは本意では無い。とはいえ、これで分かったであろう? 私も望んでいるし、ヴィナもやぶさかでは無い。なら、たまにはこういう刺激的な交わりも良いものだと」
「それはまぁ、そうですが……やっぱりまだ抵抗が……」
「なに、自主的に出来ぬと言うならば、また同じ事を繰り返すだけだ。……私がこのような提案に走る前には、猛獣となって降臨するが良いぞ」
「ひぇ」
……とは言え、生来纏わされた優しさと臆病さの衣は、そう簡単に脱げるはずが無く。
何故か、この日を境に織物達が二人の恋路を邪魔しなくなったのもあって、ムシュカは穏やかな交わりに限界を迎えるや否や、この銀色の檻を突きつけ
「これを二週間着けるのと、今すぐ私を抱き潰すのと、どちらか良いか選ぶが良い」
「ええええ神様酷い、何その究極の選択!!」
と、それはそれはいい笑顔で愛し子に迫るようになったそうな。